ハイスクールD³   作:K/K

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一誠とマタドールの楽しい交流回となります。


師事、私怨

 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。携帯電話でも見ればすぐに時刻が分かるが、今の一誠にはそんなこと簡単な動作すら億劫であった。

 リアスたちに合わせる顔が無く、逃げる様に家を飛び出し、いつの間にか公園に居た。そこはよりにもよってレイナーレに一誠が人間の時に殺された公園である。それに気付いた時、もっとマシな場所は無かったのかと己の行動を罵ったが、同時に彼がリアスによって悪魔としての生を受けた場所であることも思い出し、複雑な気分となる。

 初デートに浮かれていた兵藤一誠はここで死に、リアスに見初められた兵藤一誠がここで生まれた。

 一誠にとっての生死が交差する場所。初心に返るには相応しい場所なのかもしれない。

 だが、初心に返っても何もすることが思い付かない。トールに手も足も出なかった自分への不甲斐なさ、今まで積み上げきた自信の崩壊、その自信の為に協力してくれた人たちのことに申し訳なく思いながらも無気力に手すりにもたれ掛かるだけ。

 そうして無駄な時間を過ごす。

 先程、どれ程の時間が過ぎたのかと思っていたが、かなりの時間が過ぎていることに気が付いた。手すりからボーっと眺めていた視界に落ちる夕日が入って来ている。数時間は経過していた。

 

『少し寒くなってきたな』

 

 ずっと黙っていたドライグがやっと一誠に喋り掛ける。

 

「ああ。そうだな」

 

 夏の残暑がまだあるかと思えば、陽が落ちてくると秋を近く感じる気温となる。

 他愛も無いドライグの言葉は、一誠にはそろそろ戻るべきではないかと暗に告げている様に聞こえた。

 一誠もその通りだと思う。結局、ここに居ても情けなく腐っているだけ。トールに対抗する答えはまだ見つからないが、せめて心配を掛けているリアスたちに謝ろうと帰宅を決意し──

 

「今がどんな状況か知らずにこんな場所で黄昏ているとは」

 

 ──背後から不意に掛けられた声。

 今の今まで気配など微塵も感じなかった。しかし、声を掛けられた瞬間に突如として世界に浮き上がる冷たく、悍ましい気配。細胞が、脳が、魂が警鐘を鳴らす。死が間近に迫っていると。

 群れを成して巣へと帰る鳥たちの声が消え、草むらの中で鳴く虫の声は消え、世界から切り離されたかの様な静寂が場を支配する。ここはこんなにも静かな場所であったか。

 静か過ぎるせいで自分の心臓の鼓動だけが大きく聞こえる。他人に聞かせるには見っともない程に鼓動が早い。

 一誠は徐に振り返る。本当ならもっと早く振り返りたい。しかし、死に近付くことを体が拒否する為、精神力で何とか無理矢理首を動かしているので動きが遅くなってしまう。

 

「当代の赤龍帝は、余程の大物か。それともどうしようもない愚鈍か」

 

 黄金糸で修飾された翡翠色の衣服と帽子。髑髏の顔。そして、心臓が鼓動を止めてしまう様な死の気配。

 その姿は一誠にも伝えられていた。だが、あまりに予想外で唐突な出会い。

 現れた者の名は──

 

『マタドールッ!』

 

 刹那、感情の奔流が脳髄に流れ込み、一誠の思考を一気に染め上げられる。今まで抱いたことの無い殺意、怨念。それが何か考えることすら許さず、一誠の意識を鈍らせて体の自由を奪う。

 左腕に『赤龍帝の籠手』が勝手に発現する。今までこんなことは無かった。左腕が一誠の意識から切り離され、意志とは無関係に拳を握る。左腕だけが別の生き物と化していた。

 そして、背後に立っているであろうマタドールに向け、振り向き様に拳が放たれる。

 突然、一誠の視界が急降下する。それに合わせて体も沈む。体を支えることも間に合わず、顎を地面に打ち付けてしまう。

 顎関節がずれたのでは無いかと思える痛み。脳天にまで一気に達する衝撃に、目の奥で火花が散る。

 

「いきなりな挨拶だな。私好みだが」

 

 マタドールが一誠を見下ろしながら笑う。左腕がマタドールによって踏み付けられ、舗装された地面が割れる程の力でめり込む。あの一瞬で、マタドールは放った本人すら不意であった不意打ちを足一本で止めてしまった。そのせいで、一誠は強かに顎を打つこととなってしまったが。

 

「お前が、マタドールなのかよ……」

「如何にも。貴公が今の赤龍帝か……」

 

 マタドールの空の目が値踏みをする様に一誠を見る。

 視られているだけで体温が抜け出ていく様な気がした。それだけではない。先程から頭痛になる程の怨嗟の声が一誠の頭の中で響いている。

 殺せ、殺せ、マタドールを殺せ、殺させろ。

 これこそが神器に宿る歴代赤龍帝の思念、否怨念である。魔人、それもマタドールに対して尋常では無い憎しみを燃やし、思念だけで一誠を操っている。

 

『Count Down』

「嘘だろっ!」

 

 宝玉に浮かぶ数字。それがどんどん減っていく。禁手化までの時間を現すそれが、一誠の意思とは無関係に発動してしまった。

 

「はっ」

 

 勝手な禁手化に焦る一誠を見てマタドールが──無い筈の──鼻を鳴らし、踏み付けていた足を離し、一誠の左腕を自由にする。

 途端、左腕が跳ねあがり、マタドールへ殴り掛かる。しかし、ただ左腕のみが振るわれるだけの構えも無く、踏み込みもしない攻撃と呼ぶのも烏滸がましい動作ではマタドールに当てることなど到底叶わず、マタドールが半歩後ろに下がるだけで空振りに終わる。

 体勢など考えずに振るったせいでバランスを崩し、一誠はまた顔を地面に打つことになった。

 

「どうやら当代の赤龍帝は大外れみたいだな、ドライグ?」

 

 マタドールは一誠の素質を見抜き、失望し、白けた口調であった。

 

「まさか過去の亡霊共の怨念如きに振り回されてしまう程度の才とは。ここまで来ると笑えんな」

『その怨念を生み出したのは、お前だがな』

「私からすれば、あの戦いはつまらなかった、その一言で済む。あれは私が強かったから死んだのでは無い。あの時の赤龍帝が弱かったから死んだだけのこと」

 

 悪びれた様子は一切無く、寧ろ相手を責める口調。マタドールの言葉で頭痛は強まり、カウントダウンの数字の減りが早まる。

 このままでは一誠の意思を無視されて『赤龍帝の鎧』が発動してしまう。

 爪で地面を掻き毟り、前進しようとしている左腕を右手で押さえつける。

 

「止まれっ!」

 

 神器の解除を試みるが、出来ない。

 

「時間を持て余し、つい懐かしい気配があって立ち寄ってみれば、こんなことになるとはな」

 

 己の左腕と格闘する一誠を、マタドールはただ見ていた。

 

「ヴァーリは貴公に興味を惹かれているらしいが、私は逆だな。全く微塵も興味が湧かない」

 

 尽く一誠を否定する。

 

「ドライグ、同情するぞ。才の無い器に宿った貴公に。この子供では、貴公の受け皿にもならない。二天龍の力が無駄に零れ落ちるだけだ」

『黙れ。何も知らないお前が相棒を見下すことも、否定することも許さん』

「今、否応なく醜態を見せられているのだがな」

 

 マタドールの嘲りに、一誠は反論することが出来ない。無理矢理発動する禁手化のせいで余裕が無いからではない。それが事実であると認めているからだ。

 兵藤一誠は悪魔としての素質はゼロに近い。それは悪魔に成り立ての時に嫌という程知った。

 

「分かるか、赤龍帝? 今、貴公は過去の残滓如きに舐められ、肉体の自由を奪われようとしている」

 

 いくら歴代赤龍帝であろうとも肉体を失い、魂とその記憶が神器に焼き付いている存在にしか過ぎない。それに主導権を奪われるということは、一誠の意思が死人よりも劣っているという証である。

 

「無様。本当に無様だ。どうせなら抵抗などせずに、亡霊の衝動に身を任せたらどうだ? 少なくとも今の貴公よりはマシな姿を見せてくれるかもしれないぞ?」

 

 マタドールはとことん一誠を貶す。

 

「うる、せえ……!」

 

 歯を食いしばりながら持っていかれそうになる意識を繋ぎ止める。苦しいものではなく、眠る寸前の様な意識が遠のいていく感覚。何かが意識の底へ引き摺り込んでいく様に思えた。

 

「吠えるなら犬でも出来るぞ? 吠えるだけではない所を見せてみろ」

 

 カウントダウンが十を切る。残された時間は少ない。

 

「う、くっ!」

 

 ぼやけていく視界。負の感情が一誠を本格的に乗っ取ろうとしている。

 

「おおおお!」

 

 自らの左腕に額を叩き付ける。脳の奥まで響いてくる衝撃。赤龍帝の籠手はこんなにも硬かったのかと身を以って知る。だが、これでぼやけていた意識がはっきりとした。

 マタドールによって死んだ過去の赤龍帝の怨念が今の一誠を使って怨みを晴らそうとしている。怨みを晴らしたい、という想いは否定しない。しかし、だからといって体を好き勝手に使われて良い筈が無い。

 

「おおおおおおおおおお!」

 

 纏わりつく怨念を引き千切る一誠の雄叫び。神器の主導権を取り戻す為に精神をこれでもかと昂らせる。

 

「今は! 俺が! 赤龍帝なんだ!」

 

 力を込め過ぎて一誠の顔は真っ赤になり、鼻血が垂れ落ちてくる。だが、一誠の叫びは止まらない。

 

「そして! おっぱいドラゴンだぁぁぁぁぁぁ!」

 

 冥界の子供たちが目を輝かせている乳龍帝おっぱいドラゴン。子供たちを失望させる様な姿をこれ以上晒すことなど出来ない。

 カウントダウンがゼロになる。しかし、禁手は発動しなかった。一誠が土壇場で神器の主導権を奪い返したのだ。

 

「……急に何を叫び出すのだ、貴公は……?」

 

 神器の暴走を阻止したことを褒めるよりも先に、一誠のおっぱいドラゴン宣言に戸惑ってしまうマタドール。冥界の事情を知らない彼からすれば意味不明などというレベルでは済まない。

 あれこれと言うつもりであったが、おっぱいドラゴンという言葉のせいで全部吹き飛んでしまう。

 

「……まあ、挨拶は済んだ。私は去るとしよう」

 

 色々と振り回した筈のマタドールだが、最後の最後に変な反撃を受けてしまい、特に返す言葉も見つからず、マタドールらしくない普通な去り方をしようとする。

 

「待ってくれ」

 

 それを引き留める一誠。

 

『おい、相棒。こんな奴とあまり関わるな』

「私とて品の無い名のドラゴンと関わりたくない」

『ぐっ! こ、この……!』

「ヴァーリが言っていた。あんたと戦えば、色々と学べるって」

「ほう? 私との戦いを望むのか?」

 

 消えていたマタドールの闘気が再び溢れ出す。一誠は肌が焼け付く様なプレッシャーを感じる。

 

「貴公は運が良い。今の私は時間を持て余し、そして殺めることを自戒している。鱗も碌に生え揃っていない小竜如きと戯れるには充分な条件が整っているな」

 

 一誠はマタドールと戦って何かを得ようと考えているが、マタドールの勝負は基本的に生死を懸けたものである。それを何度も生き抜いてきた者たちが異常であり、殆どの者たちは命を散らす。今回は一誠にとって都合のいい条件が揃っていた。

 

「──とはいえわざわざ私に戦いを挑む? 無謀であることが分からない程愚かではない筈だ」

「……どうしても俺のことを認めさせなきゃならない相手がいる。でも、普通のやり方じゃ絶対に届かない」

「その相手の名は?」

「……トール」

 

 その名を聞いた瞬間、マタドールは感情を爆発させた様に笑い始めた。間近でそれを受けた一誠は思わず両耳を覆う。骨の体からこれ程までの声量が出せるとは思わなかった。

 

「それはいい! トールは間違いなく強い! それに挑むか! はははははは! 愚か者ではなく馬鹿だったか、貴公は! だが、良し! 高みへ挑むには無謀と無茶が付きものだからな!」

 

 マタドールの何かに触れたのか、一気に上機嫌となる。魔人、というよりもマタドールとの根本的な部分が違うことを一誠は感じた。

 

「いいだろう。だが、ここでは目立つ。ついて来い。そこで相手になろう」

 

 マタドールは一誠に背を向けるが、数歩歩いた後に振り返る。

 

「貴公がどうなるか、良くも悪くも楽しみだ」

 

 善というものを欠片も感じさせないマタドールの言葉で全身に鳥肌を立たせながらも一誠は歩き出したマタドールの後に付いて行く。

 

 

 ◇

 

 

 そして、現在。一誠の体は高々と宙を舞い、目に止まらない速さで縦回転をし、腹からコンクリートの床に着地する。

 

「──ッ」

 

 衝撃が強過ぎて声も出ない。必死に呼吸しようとするが中々吸えない。

 地面に積もっていた埃が舞い上がり、一誠の体を白く染めていく。

 立ち上がろうとする一誠であったが、その頭をマタドールの足が踏み付ける。

 

「倒れたのならすぐに立て。でないとこの様に相手に主導権を与えるだけだ」

 

 指導する様な口振りだが、その足は思いっ切り一誠の頭を踏み躙っている。

 

「それとも望んで受けているのかね? 貴公は被虐趣味が有る様に見えるが」

 

 頭蓋骨が圧迫され、痛みで言葉を発することが出来ない一誠に、マタドールは好き勝手言う。

 

「それが趣味なら、正直期待には応えられない。よく誤解をされるが私にはそういう趣味は無い」

『嘘吐け』

 

 喋ることが出来ない一誠に代わってドライグが吐き捨てる。

 

「嘘なものか。そもそも、そんな遊びをしている間に──」

 

 マタドールはそこで言葉を区切り、踏み付けていた足を浮かす。足の下を一誠の手が通過していった。

 一誠の抵抗を笑い、マタドールは剣の背で一誠を弾く。

 日本人の平均的な体格を持つ一誠が、それだけでゴム球の様に飛んでいった。

 回復し切れていない一誠は受け身もとれず、地面を数度跳ねていく。

 

「どうした? まだまだ時間はあるぞ? それとももうお終いか? 私はそれでも構わないが」

 

 伏せている一誠に言葉を飛ばすマタドール。嘲るよりも激に近いものである。

 

「まだ、まだ……!」

 

 顔面を埃塗れにしながらも立ち上がろうとする。

 

「私は教える、育てるということを殆どしたことが無いが、確信を持って言える。貴公は出来が悪い。まあ、その分ヴァーリがどれだけ優れているか実感が出来るがね」

 

 一誠を貶しつつ、ヴァーリを褒める。一誠に反骨心を植え付けるのが狙いかもしれない。

 

「ヴァーリは本当に優秀だ。私が教えることなどせずとも自分で学び、成長していく。手に掛からない。あまりこの言葉は使いたくないが、天才というのはヴァーリの様な存在を言うのだろうな」

 

 人を挑発するか罵倒することにしか声帯を使わないと思っていたマタドールから、褒める、讃える言葉が次々と出てくる。それだけヴァーリに期待を寄せているということである。

 

「さて、才能の無い貴公の為にわざわざ私から時間を与えてやったのだ、さっさと立ったらどうだ? 蛞蝓よりも鈍重だ。貴公には時間が無いのだろう? 限られた時間を一分一秒も無駄には出来ない筈だ」

 

 言葉で急かすマタドール。彼の言う通り一誠には時間の猶予はあまりない。

 

「その様では私に触れることなど未来永劫訪れはしないな!」

 

 マタドールと一誠の鍛錬は至って単純。一誠がマタドールに触れたら鍛錬完了である。ただし、触れる場所は頭部か胴体のみ。マタドールの手足や武器に触れても鍛錬完了にはならない。勿論、マタドールの方から触れても無効である。

 そして、もう一つ。マタドールに一誠が触れた時、教えて貰うことがあった。

 

「く、のっ!」

 

 疲労とダメージで震える両脚を拳で叩き、無理矢理震えを止まらせる。

 

『Boost!』

 

 赤龍帝の籠手による倍化で身体能力も向上。先程よりも倍近い速度で駆け出し、最も狙い易い胴体目掛けて突きを放つ。

 一誠の拳がマタドールを貫いた──と感じるとマタドールは一誠の伸び切った拳の手前に立っている

 

「単純だな」

 

 一誠の攻撃を分かり易いと評する。貫いた様に見えたのはマタドールの残像。本物はわざと余裕を以って一誠の間合いのギリギリ外に移動していた。

 一誠とマタドールの鍛錬は二つのことの繰り返しである。その一つがこれ。何度も何度も一誠の攻撃を寸前で回避し、一誠を嘲ってその心をへし折りに来る。

 足先をほんの少し踏み込めば届く様なミリ単位の回避。しかし、一誠にはその数ミリが途方も無く遠くに感じてしまう。

 どんなに速く動いてもマタドールはその上を行き、一誠に現実の差をまざまざと見せつける。

 常人ならとっくに無理と諦め、心が折れていてもおかしくない。だが、一誠はどうしても届かない数ミリへ、必死に手を届かせようと足掻く。

 

「ふっ」

 

 その足掻く様を鼻で笑うと、伸ばした拳を阻む様にカポーテが掲げられる。

 しまった、と一誠は思うが既に突き出される拳を止める術は無い。拳がカポーテに触れた瞬間、奇妙な感覚が一誠の体内を駆け抜けていく。

 体から拳に注がれていた力が突然急反転し、流れが変わる。足が勝手に地面を離れ、視界が高速で流れていく。分かったのは自分が凄まじい勢いで宙返りをさせられているということである。

 もう一つがこれ。カポーテにより力の向きを変えられ、一誠の体はマタドールによって良い様に遊ばれる。

 込めた力の分だけ一誠の体は高く、早く宙を回る。

 視界が溶ける。目に映る色がぐちゃぐちゃに混ざり合い、激しい回転で上下が分からなくなり脳内もぐちゃぐちゃ。全てがぐちゃぐちゃ。

 

「新記録だな」

 

 マタドールのその言葉が聞こえると同時に、一誠の頭が加速した勢いのままコンクリートの地面に叩き付けられ、一誠の記憶はここで途切れた。

 

 

 ◇

 

 

「あ、あれ……?」

 

 気付くと見覚えのある円形ベッドに座っていた。

 

「ここは……ってことは」

「流石に慣れたかしら?」

 

 横を向くとレイナーレこと夕麻が隣に座っている。

 

「またお前かよ……」

 

 心底うんざりした声を上げる一誠。

 

「だから言っているでしょ? 私は貴方の記憶だって。ここに私が居るのは貴方のせいなの。理解した?」

「ああ! ああ! そうだな! 俺が悪いな! ……チクショウ」

 

 自分はここまで未練がましく、過去を引き摺っている男なのかと突き付けられ軽く凹む。尤も意識が戻れば全て忘れてしまうが。

 

「それにしても、イッセー君ってもしかしてM? 自分から魔人に訓練を頼むなんて正気の沙汰とは思えないわ」

「……普通にやっても勝てない相手に認めさせるんだ、普通じゃない方法を選ぶしかない。あと俺はMじゃない!」

「同じ事でもグレモリー一族の娘か、バラキエル様の娘にされたら悦ぶ癖に……」

 

 今度は一誠の口から否定の言葉が出て来なかった。

 

「どうでもいいだろ! それは! そんなことを言う為に俺を呼んだのかよ!」

「私は呼んでいないわ」

「……え?」

「呼んだのはその人」

 

 夕麻が指差す方に顔を向けた瞬間、一誠の顔が何者かに鷲掴みにされ、ベッドに後頭部を押し付けられる。

 

「うあっ!」

 

 驚きながらも抵抗する一誠。鷲掴みにする手を引き剝がそうとするも両手でも剥がれない。その手の異様な冷たさに、体温を全て奪われていく感覚に襲われる。

 掴まれている指の隙間から襲ってきた人物の顔が見える。男か女か分からない中性的な顔。虚ろな表情をし、眼の焦点が合っておらず、一誠を見ていない。

 だが、ぼそぼそと何かを呟いているのが聞こえる。

 

「……せ……を……ころ……ドール…………をこ……」

 

 呟く度に一誠を掴む手が力を増していく。

 

「マタドールを……殺せ……!」

「その声!」

 

 度々起きていた神器の暴走。その原因である負の思念が目の前の人物であることに気付く。

 

「イッセー君も災難ねー」

 

 夕麻は両掌に顎を乗せ、乗っ取られ様としている一誠を他人事として見ている。所詮は一誠の記憶を基に作られた虚像にしか過ぎず、心配しないのも助けないのも一誠が夕麻なら絶対にそんなことはしないと思っているからである。

 

「殺せ……! 殺せ……!」

 

 冷たい手を通じて一誠の頭の中に何かが流れ込んでくる。すると、ベッドしか置かれていない部屋の壁がスクリーンの様に映像を映し出す。

 

「あら? 何か始まった」

 

 苦しむ一誠を放ってそちらの方に興味を示す夕麻。一誠は無意識に自分が作った夕麻が、ここまで薄情な姿を見て、改めて夕麻のことが嫌いもしくは悪印象を持っていることを自覚する。

 映像に映し出されたのは一人称視点から見たマタドール。場所は分からないが時間帯は夜である。

 夜の闇に煌く銀の線。数十を超えるそれを、赤い残像が全て弾く。銀の線はマタドールの剣、赤い残像は赤龍帝の鎧を纏った両拳。

 数度の攻防。高らかに笑うマタドール。やがて視線の主、負の思念であり歴代赤龍帝であった人物はある決心をする。

 

『我、目覚めるは──』

 

 始まる詠唱。

 

『覇の理を神より奪いし二天龍なり──』

 

 初めて聞く──否、似たような詠唱を聞いたことがある。

 

『無限を嗤い、夢幻を憂う──』

 

 一誠は何故か危機感を覚える。知ってはいけない様な気がして。

 

『我、赤き龍の覇王と成りて──』

 

 映像の中の詠唱と、目の前の負の思念との声が重なり合う。

 

『汝を紅蓮の煉獄に沈めよう──』

 

 映像から溢れ出る光が部屋を赤く染め上げる。

 

『Juggernaut Drive!』

 

 以前ヴァーリが一誠の前で見せた禁断の切り札である『覇龍』。ヴァーリは独自のアレンジをして完全な制御下に置いたが、映像に映るそれは己の命を削り続ける諸刃の剣であり、完全な『覇龍』である。

 鎧が変質し、背中から翼が生え、手甲脚甲から爪を生やし、兜には角が形成される。

 赤鋼のドラゴン。それが一誠の『覇龍』に対する第一印象であった。

 

「うわぁ……禍々しい。こんなの相手にしたくないわ……」

 

 夕麻も眉根を寄せながら感想を洩らす。

 それとは対照的に、映像の中のマタドールは更に笑う。

 

『それが『覇龍』か! 待ちかねたぞ!』

 

 覇龍相手に怯まず、臆さず、喜々として剣を構える。

 

「うわぁ……こっちも相手したくないわ……」

 

 マタドールの筋金入りの戦闘狂な姿に、夕麻は引いてしまう。

 

 

 ◇

 

 

 深層意識の中で負の思念に押さえつけられている一誠。それは現実世界でも影響が及んでいる。

 

「またか……」

 

 マタドールは呆れた声を洩らす。

 気絶している筈の一誠が立ち上がり、『赤龍帝の籠手』の五指を開き、その手をドラゴンの頭部に見立ててマタドールを威嚇する。

 鍛錬中に暴走することは無くなったが、一誠の意識が途切れるとこうやって表立って出てくる。

 

「いい加減死人の思念に引っ張られるのを止めろ。みっともない」

 

 聞こえていないと分かっていてもマタドールは一誠に苦言を呈する。

 牙を突き立てる様に、左手がマタドールに振り下ろされるが、視線を動かさずに難無く回避すると、その場から消える様に移動。

 

「昔を思い出す」

 

 マタドールは十数メートル先の積まれた資材の上に腰を下ろしていた。

 

「貴公は初めて私に『覇龍』を見せてくれた。その点については感謝しよう」

 

 気絶した一誠の体が跳ね、落下と共にマタドールへ拳が振るわれるが、その時にはマタドールは居なくなっており、空振りした拳が資材の山を破砕する。

 

「今思えば、あのタイミングが一番だったのかもしれない。『覇龍』がどんなものか知るのに」

 

 マタドールは操られている一誠の背後に立っている。

 

「分かるかね? 『覇龍』と初めて戦った時の私の気持ちが? 失望、その一言に尽きる。あれほどの期待外れは無かった」

 

 左手が強張る。赤龍帝の籠手が生き物の様に怒りを露わにしている。

 

「力、速さは確かに最上級だった。だが、それだけ。兎に角単調。工夫も技も無い獣以下の攻撃の繰り返し。涙が出るかと思ったな。退屈過ぎて欠伸が出そうになって」

 

『覇龍』によって圧倒的な力を得た。その代償として知性を失い、結果マタドールの前に『覇龍』という名の獣が現れた。

 山を砕く力があろうが、音を超える速さがあろうがマタドールの目にはどれもこれも大雑把な動きにしか映らず、目を瞑っても避けられる粗末なもの。期待が高まっている分、失望も大きく、数分も経たずに飽きが来た。

 

「懐かしいな。実に懐かしい。貴公とはこうやって戯れていたな」

 

 ぎこちない動きによる攻撃を、子供と遊ぶ様に大袈裟に避けたり、或はギリギリまで引き付けて避けたりする。

 

「そう、貴公が死ぬまで」

 

『覇龍』は命を削る。限界まで使用すれば当然使用者は死ぬ。『覇龍』との戦いに飽いたマタドールは、一切攻撃することはせず、相手の命が尽きるまで避け続けた。

 

「獣以下の相手に抜く剣など無い。誇りが傷付いたか? どうせ死んだ後に出来た傷だ。あの時の貴公にはそんなものは一切感じなかった。畜生風情に戦士の誇りを以て戦うなど上等過ぎる」

 

 死者の念すら罵る男。他の者たちからすればマタドールの倫理観こそ唾棄すべきものだが、当の本人が外野の言葉で揺らぐ様な精神を持っていない、もしくは最初から無いせいで果てしなく傲慢で不遜、だが不動の信念と化していた。

 マタドールの喉元を狙った大振りを、最小限の動きの上体反らしで避けると剣を高々と上げる。

 

「思い出話も休憩も、もう終わりだ」

 

 振り上げた剣を下ろし、柄頭で一誠の頭を強打。

 

「そろそろ起きろ」

 

 酔った様に左右に揺れ、真っ直ぐ歩けなくなると仰向けに倒れる。

 十数秒の沈黙の後、一誠は目を覚ます。彼が最初に見たものは、眼前一杯に映るマタドールの顔であった。

 

「目覚めたか? 貴公は寝相が悪いな」

「……迷惑掛けたな」

「さて、休憩も済んだことだ。さっさと続きを始めるとしよう」

 

 嫌とは言わせないマタドールの顔。その顔に額を叩き付けるつもりで上体を起こす。あっさりと躱されたが。

 

「──ああ、当然」

 

 反抗的と呼べる一誠の態度に、マタドールは小さく笑う。まだまだ暇を潰せると分かって。

 

 

 ◇

 

 

 最近、一誠の様子がおかしい。それがリアスたち共通の認識であった。

 学校が終わると家に直接帰らずにどこかへ寄り道をし、夜遅くにボロボロになって戻って来る。

 何をしているのかと問い質せば、対トールの為の秘密特訓をしているとだけしか返って来ない。

 その秘密特訓は本当に秘密にしており、よく一緒に訓練をしている木場やギャスパーも内容を知らず、しかも用意してある冥界グレモリー領の修行場も使っていない。

 

「貴方はどう思うかしら? シン」

 

 一誠を心配してリアスがシンに相談してくる。

 

「心配する気持ちは分かりますが……」

 

 今のシンにリアスの不安を払拭させる気の利いた台詞は無い。

 兵藤家の一室に沈黙が下りる。因みにだが、シンとリアスの眷属たちは全員が兵藤家の空いた部屋で過ごしている。ロキとの対決が近い為、離れて生活するのが危険と判断したからである。

 

「本人が秘密と言っているからにはあまり探らない方が良いと思います。何かしらの根拠があって特訓をしていると思います。トールに負けた直後は本当に落ち込んでいたのに、特訓を始めてからは元通りになりましたし」

「そうだけど……」

 

 納得し切れないリアス。自分の目の届かない場所で危険な真似をしているのではないかと気が気でない様子。

 

「きっと部長には教えないでしょうね。あいつが一番みっともない姿を見せたくないのは、部長ですから」

 

 そういう意味として捉えたリアスの顔が赤くなる。

 

「そう、かしら?」

 

 照れながら笑うリアス。大人へ至る途中の色気と幼さが合わさって、並の男なら一撃で心を撃ち抜かれて一目惚れをするだろうが、この場に居るのは生憎その様な感情とは無縁の男シン。

 そうですよ、という言葉と共にあっさりと流す。

 

「ごめんなさいね、話を聞いてくれて。──そうだ。今からイッセーの為に夜食でも作ってくるわ」

 

 軽やかな足取りで部屋から出て行った。

 暫くしてシンは口を開く。

 

「何か用か?」

 

 ドアを開けてヴァーリが入ってきた。

 

「リアス・グレモリーも心配性だな」

「盗み聞きは趣味が悪いぞ」

「俺が聞いていたことに、気付いていただろ? その時点で会話を止めればよかった」

「確かにな。だが、お前を理由に部長の相談を中断させるのは気分が悪い」

 

 そちらが引けば良かった、という意思を互いに衝突させる。とはいえ刺々しいのは口調だけであり、部屋の中の空気は殺気立ったものではない。

 不本意ながらもシンの方もヴァーリと話をしたいことがあった。

 

「お前は大丈夫だと思うか?」

「兵藤一誠のことか」

「気付いているんだろ?」

「ああ。アザゼルもオーディンも気付いている筈だ」

「……魔人なんて厄介なものに関わるとはな」

 

 一誠の体から漂う魔人の気配の残滓。一誠がマタドールとの特訓を始めた時からシンたちはそれを感じ取っていた。幸いリアスたちはまだ気が付いていない。あの気配を察知出来るのは魔人と深い関わりがある者か、魔人本人ぐらいである。

 問い質すことも出来たが、一誠本人がマタドールのことを隠し、尚且つ何度も接触しているのに怪我程度で済んでいることから様子見の状態であった。

 

「それは自虐か?」

「──存在するべきか、しないべきかで考えたら魔人なんて存在しない方がいい」

「それは困るな。少なくとも俺は悲しい」

 

 言葉とは裏腹にヴァーリは好戦的な笑みを浮かべている。魔人も彼にとっては戦いたい目標の一つである。

 

「相手はまずマタドールで間違いない。──俺の言ったことがこうも早く実現するとは」

 

 くっくっくっ、と上機嫌に笑う。

 

「マタドールに鍛えられているということか? 危険過ぎる」

 

 挑発目的でマタドールの監視の中、堂々と食事会をしていた男とはとても思えない台詞。自分はよくても他人となると途端に心配する。あの時の面子とは違い、一誠本人の実力はまだ発展途上である為、無理もないかもしれないが。

 

「そうかな? あれでもマタドールは付き合いが良い。それに、会議当日まで殺しを封じているという話じゃないか。兵藤一誠が彼から何かを学ぶには絶好の機会だ」

「やり過ぎて殺すという可能性もある」

「無い、とは言い切れないな」

 

 シンは黙考する。このままでいいのかと。得るものもあるかもしれないが、失敗した時に失うものが大きい。

 真剣に考える様子を見て、ヴァーリは苦笑しながら言った。

 

「信じたらどうだい? 兵藤一誠の生命力と可能性を」

 

 一番言われたくない台詞をヴァーリに言われてしまう。

 

「言われるまでも無い」

 

 言ってしまった後にシンは後悔する。売り言葉に買い言葉。反射的に出てしまった。

 

「それならいいさ」

 

 聞きたいことが聞け、満足気なヴァーリ。

 

「──時間は空いているか?」

「何かあるのかい?」

「こっちも特訓だ。付き合ってもらう」

 

 その顔が気に入らず、八つ当たりをすることにした。

 

「その誘い、喜んで受けよう」

 

 口の端を吊り上げ、獰猛に笑う。全く似ていないのにマタドールを思い出す。

 

「行くぞ、ヌードラゴン」

『──ヴァーリ、特訓と言わずこいつを殺ってしまえ』

 

 

 ◇

 

 

「はあ……」

 

 座禅を組んでいた一誠は、溜息と共にそれを崩す。

 魔人との接触で度々暴走が起こっている。その原因である残留思念との対話を試みてみたが、会話が成り立つどころかマタドールへの怨嗟の言葉を吐きながら、こっちを乗っ取ろうとしてくる始末。

 今のところ未熟なせいか他の残留思念は見当たらず、それとしか対話が出来なかった。

 

「頭も体もいてぇー……」

 

 こめかみを人差し指でほぐす。頭痛は怨念、体はマタドールの扱きによるもの。内外ともにボロボロである。

 

「……イッセー君」

 

 いつの間にか部屋の中に白装束を着た朱乃が立っている。いつものポニーテールではなく髪を解いていた。

 

「どうしたんですか? ドラゴンの力はちょっと前にやってもらいましたし……」

 

 朱乃は一誠に近寄りながら、徐に白装束を脱ぎ、肌を晒す。

 一糸纏わぬ朱乃の姿が眼前に迫り、脳が許容量を超えて停止。続いて抱き付かれ、ありとあらゆる柔らかな部位が体に押し当てられたことで意識が覚醒。

 ただ。刺激が強過ぎて全身を硬直させたまま動けなくなる。

 頬を触れさせながら朱乃は一誠の耳元に唇を寄せる。漂う甘い香りも、皮膚から伝わる絹の様な朱乃の肌の感触も一誠にとっては甘美な猛毒。

 脳の許容をまた超えようとしていた。

 

「──抱いて」

 

 艶のある声に鼓膜が震え、全身も震えそうになる。

 

「だ! だだだだ!」

 

 言葉にならない。今この瞬間だけはマタドールにボコボコにされて多くの血を流したことを感謝する。でなければ鼻血が噴き出して台無しになっていたかもしれない。

 

「あ、あの──」

 

 朱乃の顔を真っ正面から見る。

 

(あれ……?)

 

 一誠は気付く。もし、勘違いでなければこれから男に初めて抱かれようとしている女性というのは、こんなに暗く、虚ろで、自棄になった瞳をしているのだろうか。

 真っ直ぐ一誠を見ている筈なのに、朱乃の瞳には自分が映っていない。一誠にはそう感じられた。

 高まっていた興奮が徐々に冷静さに変わっていく。

 その間にも朱乃はゆっくりと一誠の顔に唇を近付けてくるのだが、一誠は両肩に手を置き、それ以上近付けなくした。

 

「どうして?」

 

 朱乃の震える声。それだけで罪悪感が重く圧し掛かってくる。ただでさえ母親の敵かもしれないマタドールから教えを乞いている身なので、余計に強く圧し掛かってくる。

 

(違うんです。違うんですよ、朱乃さん!)

 

 と声を大にして言いたかったが、あまり口が上手い方では無いと分かっているので必死になって言葉を選ぶ。

 

「私に魅力が無い?」

「そんなこと無いです!」

 

 こればかりは即答する。朱乃に魅力が無いと言うなら、この世の女性のほぼ全てが路傍の石ころ程度の存在になってしまう。

 

「そ、そりゃあ、朱乃さんとそういうことになったら一生もの、というか何度生まれ変わっても最高の経験だって断言出来ますけど……」

「なら、最高の思い出にしましょう? 貴方が望めばすぐに叶うのよ……?」

 

 しっとり濡れた瞳で一誠を凝視する朱乃。その瞳を見て、一誠は確信する。やはり、そこに自分の姿が映っていないことに。別の誰かが映っている気がした。

 心当たりは一人しかいない。

 

「朱乃さん……今、お父さんのこと考えていますよね?」

 

 朱乃が息を吞むのが分かった。一誠の予想が当たっていたのだ。

 

「……あの男のことを出さないで。忌々しいだけだわ……」

「だったら、何でそんな悲しい顔をするんですか?」

 

 朱乃は殴られた様に呆然とする。自分がどんな表情をしていたのか、一誠に言われるまで分からなかったのだ。

 

「朱乃さんは、お父さんのことや嫌なことを忘れたい為に、俺に……」

「──そうよ。貴方に抱かれたら全て忘れられる気がしたの。決戦前にきっとこの気持ちが晴れると思ったの」

 

 する前から後悔すると一誠には分かった。一時は忘れられるかもしれない。でも、時が過ぎればそれは傷になるだろう。朱乃は疼く痛みを消し去る為にもっと深い傷を自分に与え、その痛みでそれを気付かない振りをするつもりなのだ。

 

 一誠は無言で脱いだ白装束を拾い、それを朱乃に羽織らせる。

 

「……イッセー君?」

「朱乃さん!」

 

 一誠は朱乃の両肩を掴む。言葉は荒々しかったが、置く手は赤子に触れる様に優しいものであった。

 

「俺は朱乃さんのことを魅力的だと思っています! 同じ転生悪魔としても尊敬しています!」

 

 不器用ながらも真っ直ぐ思ったことを伝える。

 

「そんな朱乃さんが揶揄い目的でもエッチなことをしてくれると嬉しいです! 可愛がってくれることを大変ありがたく思っています! だから、そんな朱乃さんに見合う男になりたいと思っています!」

 

 言っていてどんどん言葉に熱が入って来る。

 

「だからこそ俺を情けない男にさせないで下さい! 朱乃さんの心の隙につけ込むことなんてしたくないです! そんなことで貴方を抱きたくない! だから──」

 

 朱乃を引き寄せ、一誠は抱き締める。それが今の一誠の精一杯であった。

 

「悲しくなったら、辛くなったら、こうやって抱き締めます。元気になるまで。俺は何時もの朱乃さんが好きですから!」

 

 言い切った後、静寂が続く。やがて、朱乃のすすり泣く声が聞こえ始めた。

 

「馬鹿ね……本当に馬鹿。私も……貴方も」

「そうかもしれませんね。でも、馬鹿なりにやれることがあると思います。朱乃さんのことを守る、とか」

「イッセー……ありがとう」

 

 朱乃は一誠を抱き締め返す。

 二人の鼓動と体温を共有する様に、しばらくの間二人は互いを抱き締め続けた。

 

 

 ◇

 

 

 落ち着きを取り戻した朱乃を自室まで送り、一誠も部屋に戻って神器との対話を続けようとする。すると、廊下にシンが壁に背を持たれて立っていた。

 

「手を出さずにいるなんて、お前も辛抱強くなったな」

「な、何のことだ?」

「自分の声の大きさをもう少し認識した方がいいぞ」

「えっ……」

 

 目の前のことに集中し過ぎて一誠は自分がどれだけの声量を出しているのか気付かず、そのせいで一誠と朱乃の会話の内容が外に洩れてしまっていた。

 断片的だが繋げれば部屋の中で何があったのか凡そ想像がつく。

 

「しまった……」

 

 一誠は額に手を当て後悔する。シンだけでなく他のメンバーにも聞かれている可能性が高い。

 

「まあ、何事も無くて安心した」

「……何でお前が安心するんだよ?」

「──ちょっとな」

 

 朱乃の暴走について、シンは少なからず責任を感じていた。朱乃との問答、あれもまた今回の件の背を押す要素の一つであったと思っている。

 

「ところで──」

 

 一誠の目線が下がる。

 

「どうしたんだ? それ……?」

 

 シンの左腕は包帯を巻かれ、ストラップで首から吊るされていた。

 

「ヴァーリと模擬戦闘をしたらこうなった」

「こうなったって……大丈夫なのか?」

「折れただけだ」

 

 一瞬呆気にとられた後、叫ぶ。

 

「折れっ! 戦いが近いのに何してんだっ!」

「少し熱が入って……」

「熱って……ヴァーリの奴、何考えてんだ!」

「──そう責めないでくれ」

 

 何故か折られた本人であるシンがヴァーリを擁護する。

 

「何で庇うんだよ!」

 

 少しの沈黙の後、シンは顔を背けて言った。

 

「──俺もあいつの肋骨を折ったから」

「戦いが近いのに何してんだっ!」

 

 一誠は叫ばずにはいられなかった。

 




次くらいにロキ戦に入りたいと思っています。
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