ハイスクールD³   作:K/K

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開始、先制

 会談当日。この日、シンたちは予定通りに学園に通っていた。いつも通り登校し、いつも通り授業を受け、いつも通り放課後にオカルト研究部部室へと集まる。

 そして、そこで対ロキに向けての作戦会議を──

 

「はい! おっぱいメイド喫茶を希望します!」

「却下」

 

 ──するのではなく今度の学園祭で行う部での催し物を話し合っていた。

 決戦近くに何を呑気に、と思うかもしれないが、この日の為にリアスたちはやるべき事は一通りやってある。当日になって慌てて色々と決める様な無様を晒すことは無かった。

 なので、オーディンと日本の神々との会談までの間に先にやっておくべきことはやっておく。

 

「な、何故に!? お二人のおっぱい! アーシア、小猫ちゃんの可愛さ! ゼノヴィア、イリナの美貌があれば学園祭の売り上げ一位なんて楽勝なのに……!」

「でも、そうなると他の男子に皆の胸とか見られることになるんだけど……?」

 

 そこで一誠はハッ、とした表情となる、盲点だったと言わんばかりの顔であった。

 

「生徒会メンバーの立場として見たら……?」

「一筆書いておけ」

「……何を?」

「退学届。そもそもうちの学園が認める訳がないだろうが。いかがわしい店擬きみたいな催し物を」

 

 シンにもダメ押しされ、一誠は溜息を吐く。

 

「無念だ……これじゃあ、代替案のおっぱいお化け屋敷も無理か……」

 

 深夜の大人向けのテレビ企画の様な案を自ら没にする一誠。オカルト研究部のメンバーの何人かはそれに呆れていた。

 そこからはあれこれと意見の飛び交う会議となった。オカルト研究部部員のレベルはハッキリ言って高い。

 リアス、朱乃は男女関係無く人気が高く、木場は学園女子にとってアイドル的存在、アーシア、イリナ、ゼノヴィアも同学年で美少女として多くの注目を集めており、ギャスパーなど一部の界隈に於いて上記の者たちよりも熱狂的な人気を誇っている。

 

「人気者ばかり。そして、残されたのは俺たち二人というわけか。悲しいよなぁ」

 

 同意を求めて肩に伸ばしてくる学園で悪名高きエロ男子の一角の手を、シンは簡単に躱す。

 

「仲間と思われるから止めてくれ──本当に」

「念を押すな! 念を!」

 

 すると、シンの肩を誰かが指で叩く。振り返ると目を輝かせているイリナが居た。

 

「間薙君! この機会を逃す手は無いわ!」

 

 テンションが高い。イリナのアレなスイッチが入っている証拠である。それを察して一誠は素早く距離を置く。

 

「──どうした?」

「私と貴方のクラブ『紫藤イリナと間薙シンの愛の救済クラブ』の存在をアピールするには学園は絶好の機会よ!」

「そう言えば、あったなそれ……」

 

 イリナが立ち上げた、困っている人たちを助ける為のクラブである。部員数が規定に達していないため同好会レベルであるが。

 設立してからそれなりに経過しており、活動の方も割と評判は良い。だがしかし、部員数は設立した時のまま。イリナと名前だけ貸しているシンの二名のみ。

 原因は二つ。一つはそれほど名が広まっていない事。もう一つはイリナ本人にある。活動自体はボランティアの延長戦の様なクラブであり、そういったことに興味がある生徒は何人か居た。居たが、入って早々イリナによるプロテスタントの有り難いお言葉や教えの洗礼を受けるともう来なくなってしまう。

 日本人にとってはあまり馴染みの無い宗教とそれに熱狂的な信者という組み合わせは、部員希望者に二の足を踏ませることとなり、部員は増えずという結果となった。

 

「間薙君も頑張りましょう! そして罪深い異教徒たちに主の教えと愛を振り撒きましょう!」

「……」

 

 言葉だけ切り取ると殆どカルトを彷彿とさせる台詞である。これが、本物のクリスチャンで天使であるイリナが言っているのだから、世の中は皮肉に満ちている。

 

「──取り敢えずは、知名度を上げないと意味が無い。単独でやるよりもオカルト研究部の催し物に便乗する形にしてクラブの名前を広めたらどうだ?」

 

 乗り気はしないが、一応自分の考えを出す。

 

「それだわ!」

 

 イリナもそれに賛同し、オカルト研究部メンバーに混じって意見を出し始める。

 オカルト研究部の方はというと、オカルト研究部の女子の中で誰が一番人気か、と一誠が何気無く呟いた一言でリアスと朱乃が自分が一番だと豪語し、火花を散らし始めた。

 最近色々と思い詰めていた朱乃。それを心配して悩んでいたリアス。その二人が衝突し、口喧嘩している様子を見て、二人とも調子を戻していることが伝わってくる。

 騒がしかった会議が別の形で騒がしくなる。こうなると最早催し物を決めることなど出来ない。

 

「まあ、部長も朱乃さんも落ち着いて下さい。取り敢えずここまでにして、催し物については明日に持ち越しましょう?」

 

 その瞬間、全員の視線が一誠へと集まる。

 

「え? え? ど、どうしました?」

「──そうね。次に決めましょうか」

「そうですね。ふふふ」

 

 笑い合うリアスと朱乃。一誠本人は意味が分からず困っていた。

 本人は自覚していないが、悪神ロキと神喰狼フェンリルと戦うというのに、明日のことを考える一誠。

 そもそもこの会議が事情を知る者からすれば現実逃避に見えるかもしれない。明日が来るか分からないのにオカルト研究部の皆は今後のこと、つまりは未来について話し合っている。それは、ロキとの戦いに負けないこと、全員生還することを強く信じ、それを成そうとする意志に表れでもあった。

 それを自然と口に出した一誠に、皆の気が楽になるのを感じた。言葉に出さなかったが、全員が同じ気持ちである。

 

「青春してんなー」

 

 部屋の隅で茶を飲みながら会議を静観していたアザゼルが、そう言って笑う。茶化している雰囲気は無く、一誠たちを眩しそうにそれでいて楽しそうに見ていた。

 だが、窓の外の夕暮れを見てその笑みを消す。

 

「……黄昏か」

 

 日本の神々との会談を破談させ、オーディンすら討取り神々の黄昏を起こそうとするロキ。黄昏とは最盛を過ぎたことを意味する。ロキにとって既にオーディンは黄昏というべき存在と見なしているのだろう。故にオーディンを亡き者にすることで北欧神話を最盛させるつもりなのかもしれない。

 とはいえ、それが目的で起こさなくてもいい戦いを起こす必要など無い。少なくとも、堕天使の長であるアザゼルはそう考えていた。

 

「神々の黄昏にはまだ早い」

 

 黄昏にはまだ余力が残っているという意味もある。オーディンはその余力を以って北欧に新たな流れを汲もうと考えている。今回の会談はその為の一歩。だからこそ絶対に失敗出来ない。

 

「気張っていけよ、お前ら」

『はい』

 

 アザゼルの言葉に全員意気込みが籠った返事をする。

 

「ところで──」

「うん? 何か質問か?」

 

 一誠がおずおずとアザゼルに話し掛ける。

 

「匙ってどうなりました?」

 

 一誠は、アザゼルが匙をグリゴリの研究施設に連れて行って以降姿を見ていない。シンも生徒会の仕事の手伝いで生徒会室に何度か顔を出したが、匙を見かけなかった。

 

「ああ、匙か。匙は……何と言うか……」

「え? もしかしてヤバいことになってるんですか?」

 

 アザゼルのハッキリとしない態度に、一誠は匙の身に何か起こったのではないか不安になってしまう。何せアザゼルの特訓である。過去に冥界で一誠にタンニーンとマダによる地獄の特訓をさせた人である為、最悪の想像をしてしまう。

 

「まさか、殺──」

「す訳ねぇだろう。細心の注意を払っているっつーの」

 

 アザゼルが顔を顰めて否定する。

 

「じゃあ、何か問題が起きて特訓が上手くいかなかったとか?」

「逆だ、逆。好調過ぎて怖いぐらいだ。匙の奴、この短期間でかなり強くなったぞ」

 

 アザゼルの言葉に驚くと共に一誠は嬉しくも感じていた。

 自分でも不思議な感覚だと思う。だが、この時だけはヴァーリが自分に向ける感情を少しだけ理解出来た気がした。

 

「そのせいでアルマロスとサハリエルの熱が入り過ぎてな、ギリギリまで調整をするつもりらしい。まあ、安心しろ。ロキとの戦いには間に合う」

 

 アルマロスとサハリエルはグリゴリの幹部の名である。

 

「念の為に聞くけど、大丈夫なのよね?」

 

 リアスが聞くと、アザゼルは爽やかに笑い──

 

「あいつらは、基本的に頭はおかしいが大丈夫だ」

 

 ──何とも不安になる返答をしてくる。

 

「不安になることを……」

「堕天使なんてのはなぁ、基本的に自分勝手で頭がアレなんだよ、どいつもこいつも。何せ、全員が神の定めたルールを自分の意思で破る様な連中ばっかだからな」

 

 堕天使の長直々にとんでもないことを言う。だが、説得力もある。一誠の脳裏には彼にとって堕天使の代名詞と言えるレイナーレの姿が過り、急いで頭を振って忘れる。思い出しても碌なものではない。

 

「さーて、もう聞きたいことは無いよなぁ? ほれほれ、もう解散だ。全員家に帰って準備を始めろ。今夜は長くなるからな」

 

 手を叩いてオカルト研究部の活動をお開きにするアザゼル。彼の言う通り何時までも部室で喋っている訳にはいかない。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 部室を後にするオカルト研究部のメンバー。一旦ここで解散し、後で合流する。一誠やリアスたちは一緒に家に帰るが、木場やギャスパー──この時、ジャックランタンは大人しくギャスパーに付いて行く──は一度家に戻る。シンもまた仲魔たちと一緒に一度自宅へ戻る考えであった。

 旧校舎を出て、新校舎の校門へ歩いていくシンたち。

 

「あれ? 間薙君じゃん」

 

 名前を呼ばれ、足を止める。

 

「桐生か」

 

 シンに声を掛けた桐生は、いつもの様に悪ガキの様な笑みを浮かべている。

 

「珍しいな」

「あ、私がこの時間まで学校に居ること? 実はちょっと学校内で裸の付き合いをねー」

「そうか」

「もー、反応が鈍いなー、間薙君は。友達のお手伝いしてただけだって。──それとも本当に裸の付き合いをしてたと思った?」

 

 不満そうな表情を一転させ、いやらしい笑みを浮かべる桐生。一誠やアーシアを揶揄う時によく見せる顔である。

 

「かもな」

「あははは。してない、してないって。どう? こういう如何にも慣れてそうな感じで実は奥手っていうのギャップ萌えしない?」

「自分で言わなければそうかもな」

「間薙君は相変わらずクールだねー」

 

 ノリが悪いと言えるシンの反応に、桐生は気分を害した様子も無くケラケラ笑っていた。

 だが、急に笑うのを止め、シンに顔を近付けてジッと見つめる。

 

「どうかしたか?」

「間薙君、何かあった?」

 

 表情に変化は無かった、と思う。

 

「いきなり何だ?」

「何かいつもよりもピリピリしてる感じがしたから」

 

 普段通りに振る舞っていると思っていても、自分で気付かない内に戦いへの気持ちが零れ出てしまったのかもしれない。よく人を見ている、とシンは素直に感心する。

 

「──そうか?」

「変な話だけどさー、戦争に行く人っていう感じ? 実際に見た事無いからイメージで言っているけど」

 

 戦争と言えば戦争なのかもしれない。北欧神話の神たちによる今後を決める戦争。

 目の前の桐生はそれが今夜起こることを知らない。桐生だけではない。今頃どこかでスケベな話で盛り上がっている松田、元浜も。駒王町に住む殆どの住人たちは戦争が起こることを知らない。

 彼らの未来や命は自分たちに懸かっている。ロキに勝って救えば英雄だ。誰にでも感謝される、いやされるべきなのである。讃えられ、褒められ、崇められる。それこそが正しい在り方──

 

「──って考えられたら楽だろうな」

「へ? 何?」

「いや、大したことじゃない」

 

 ──思わず言葉を洩らしてしまったが、シンはそこまで自惚れことは出来ない。所詮は神同士の内輪揉め。自分たちはそれのお手伝い。感謝されるどころか問題を運んできているに過ぎない。

 だからこそ誰も知らない内に終わるべきこと。誰も知らないことこそが正解なのである。

 英雄に成る気などさらさら無い。英雄は絵物語か夢物語の中にいれば十分。

 

「ホントにー?」

 

 真剣な表情の桐生が更に顔を近付けてくる。甘い香りが淡く漂ってきた。

 

「ああ」

 

 シンは顔を背けることも引くこともしない。

 桐生は更に半歩接近する。角度によっては唇を交わしていると誤解されかねない程の距離であった。

 探る様に見てくる桐生の目。その目からシンは決して逃げない。互いに沈黙したまま十数秒経過する。

 

「ま、そういうことにしておきますか」

 

 引いたのは桐生の方であった。

 

「あれ以上くっついてたら、誰かに誤解されて噂になるかもしれないしね」

「光栄だな」

「あっはっはっは。間薙君はクールだけど口が上手いねー」

 

 さっきまで真剣な表情は跡形も無くなり、いつもの様ないやらしい笑みを見せながら桐生は、気分良さそうにしていた。

 

「桐生、悪いが──」

「あっ、急いでた? 引き留めてごめんね」

 

 今後のことを考えてこの辺りで会話を打ち切る。桐生も特に会話を引き伸ばす様なことをしなかった。

 

「じゃあね」

 

 桐生はひらひらと手を振る。それを見ていたシンは、ふとある言葉を口に出す。

 

「また明日」

 

 一誠と同じく自分たちに明日があることを信じる台詞。部室では言えなかったことを桐生に言う。

 

「うん。また明日ねー」

 

 特別な感情があるから言っている訳では無い。現に桐生も普通に返している。これは、ロキとの戦いに生き抜くことへの決意の証であった。

 また明日を迎える為に、シンは桐生に背を向け、黄昏の時の中を歩いていく。

 

 

 ◇

 

 

 日が落ち、決戦の時刻であり悪魔の時間が訪れる。

 シンたちは、オーディンが日本の神々と会談をするとある高層高級ホテルの屋上に居た。

 周囲を一望出来るが絶景──なのだが、高い場所にあるせいで風が強く、一気に体温を奪っていく。ピクシーなど風を嫌がってシンの懐に退避していた。

 シトリー眷属たちは、周囲のビルの屋上に各自配置されており、魔法陣の準備をしている。

 ホテル屋上にはシンとその仲魔。リアスと眷属。ヴァーリたち。バラキエルとロスヴァイセ、そして上空には術によって一般人に認識出来なくなったタンニーンが待機していた。アザゼルは、仲介役と護衛を兼ねてオーディンの側に居る。

 後はアザゼルが助っ人として呼んだマダだが、この場には居ない。数が多過ぎるとロキを警戒させ、姿を見せなくなるかもしれないと考え、遠く離れた場所で待機させている。転送用魔法陣を使えばすぐにでも移動出来るので、問題も無い。

 会談が始まるまでまだ少し時間がある。一誠は横目で朱乃を見た後にバラキエルの方を見た。

 

「──何だ?」

 

 一誠の視線に気付き、バラキエルが不機嫌そうな声で視線の意図を訊いてくる。最初に会った時よりも若干だが棘が無い──様な気がした。

 

「えっ、ああ……特に何も……」

 

 一誠は誤魔化し、愛想笑いを浮かべる。朱乃がバラキエルを睨む様に見ていたが、それ以上は何もしなかった。

 

(言える訳無いよな……)

 

 マタドールから聞かされた朱乃の母──朱璃の死の真実は、一誠にとって望ましいものでは無かった。

 バラキエルに恨みを持つ者たちが朱璃の命を奪い、バラキエルと戦うつもりであったマタドールが偶然その現場に居合わせ、その連中を皆殺しにした。あわよくば本当の仇はマタドールで、バラキエルの朱璃の死に対する責任が僅かでも少なくなれば二人が少しだけ歩み寄れるのではないかと思っていたが、そうはならなかった。

 もしかしたら、マタドールが噓を吐いている可能性も無くはないが、わざわざそんな噓を吐く存在には見えない。つまり、バラキエルは永遠に妻の仇を討つことが出来ず、代わりにそれを果たしたのが怨敵であるマタドールであるという事実。

 

(最悪だ……本当に)

 

 その事実を知ってしまった時、がっかりすると共に恥ずべきことだが安堵もしてしまった。朱乃の母親の仇から教えを乞うなどしていたら、どんな理由があるにせよ大なり小なり朱乃から失望されていただろう。

 朱乃とバラキエルを交互に見る。最初の時の様な衝突は起きることは無かった。何故なら二人は互いに避けていたからだ。両者の溝が埋まることなくこの日を迎えてしまった。

 

「──時間ね」

 

 リアスが告げる。オーディンと日本の神々との会談が始まったのだ。

 その時、一陣の風が吹き抜ける。全身に鳥肌が立つのが分かった。風の冷たさによるものでは無い。これは大きな力が現れる予兆。

 

「小細工無し、か。恐れ入る。だが、好みのやり方だ」

 

 ヴァーリは口の端を吊り上げて笑いながら、虚空を見つめる。

 

「前門が開いているのに、コソコソと裏口から入る必要があるのか?」

 

 何も無い場所から声が響くと、空間に大きな歪みが生じ、それが穴となって中からロキとフェンリルが現れる。

 

「目標確認。作戦開始」

 

 全員が付けている小型通信機からバラキエルの指示が聞こえると、ホテルを包み込む様にして魔法陣が展開。ホテルの外の建物にいるソーナたちが魔法陣を発動させたのだ。

 ロキはそれに慌てる様子も抵抗する様子も無くされるがまま。

 光が全てを塗り潰すと、魔法陣内にいた全員が別の場所に転送されていた。

 岩や砂利ばかりの大きく開けた場所。暴れてもいい様に用意された採石場跡地である。

 戦闘要員が全て揃っているのが分かると、一誠は神器のカウントダウンを発動させ、禁手の準備に入る。

 ロキは揃えられたメンバーを一人一人眺めている。

 

「余裕そうね」

 

 リアスが挑発的に言う。

 

「どれほどの者たちを揃えるかと期待していたが……随分と舐められたものだ」

 

 わざとらしく失望を込めた溜息を吐くロキ。

 

「魔王の身内が居るので四大魔王の一人でも来るかと思っていたが、全員冥界かな? 魔王も平和な時を過ごし過ぎて目が曇ったか。まあ、タンニーンを連れて来たのは評価しよう。ただ、元龍王なのは減点だ」

 

 リアスたちとタンニーンをあからさまに馬鹿にするロキ。

 

「元とは言え、龍王の炎が如何ほどのものか、その身で味わってみるか?」

 

 タンニーンが口を軽く開き、火の粉を零す。

 

「ふふふふ。その覇気は心地良いな。我が子ミドガルズオルムにお前の半分、いや、三分の一程度の気力があったのなら、オーディンやトールに大きな顔をさせていなかっただろうな」

 

 ロキは笑いながら準備運動の様に指を鳴らす。

 

「さて、お喋りはここまでにしてお前たちを始末させてもらおう。目的はオーディンの首なのでな」

「今、オーディン殿に何かがあれば北欧に混乱を齎すことになる。危険だ」

「混乱? ふっ」

 

 バラキエルの言葉にロキは失笑した。

 

「混乱なら既に起こっているさ。遥か昔から。気付いていないだけだ。誰も彼もが。あまりに当たり前にそこに居るからこそ」

「どういう、意味だ……?」

 

 意図が分からず思わず訊いてしまうバラキエル。他の者たちも同じ心境であった。

 

「どういう意味か、か……」

 

 ロキの視線が一瞬だけシンを、その仲魔たちを射抜く様に見た。

 

「お前たちの隣人は、果たして本当の隣人か、ということだ」

 

 謎めいたロキの言い回しに、言い様の無い不快感を覚える。何か重大なことを聞かされている様な気がしてならなかった。

 

「何を言って──」

「お喋りの時間は終わりだと言った筈だが? そろそろ掛かってきたらどうだ? 禁手に至る時間には十分だろう?」

 

 一方的に話を打ち切るロキ。あまつさえ禁手に至るまでわざわざ待っていたと言う。癪だがロキの言う通り、一誠の禁手のカウントダウンが終了したのは丁度その言葉の後であった。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!』

 

 促すロキに見せつける様に一誠は禁手を発動。同時に『女王』へプロモーションをすることで能力を跳ね上げる。

 

『Vanishing Dragon Balance Breaker!』

 

 一誠の禁手に合わせてヴァーリも禁手を発動。

 赤色の魔力と白色の魔力が全身から溢れ出し、暗い夜を赤と白で染め返す。

 

「壮観だな」

 

 前に出てきた二天龍に、ロキは素直な感想を言う。

 

「このロキを倒す為にいがみ合う筈の二天龍が肩を並べて共闘するか! 名誉なことだな! あの魔人ですら為せなかったことだ!」

 

 本来ならば窮地である状況に、ロキは高らかに笑う。前人未到ということに酔いしれている様にも見える。

 

「マタドールが居なくて良かった」

 

 ヴァーリが一誠にしか聞こえない声量で零す。

 

「きっと嫉妬で猛っていた筈だ」

 

 自分でも味わうことの出来なかったシチュエーションを誰かに取られたと知ったら、マタドールが何をするのか。付き合いの短い一誠ですら容易に想像出来てしまう。

 

(そう云えば、まだ姿を見せてないよな……? こっちの居場所に気付いていないのか? それとももう潜んでいるのか?)

 

 マタドールの姿が見えないことに不安を覚える。ロキごと転送したことで戦いの場が変わったが、マタドールなら必ず嗅ぎ付けてくるという嫌な信頼感があった。

 

「兵藤一誠。マタドールが何時来るのか楽しみなのは分かるが、今はロキに集中しろ」

 

 そう言い残すと、ヴァーリは魔力を噴射し上空へ飛び立つ。

 

「いや、全然楽しみじゃねぇよ!」

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 一誠は倍加によって更に能力を上げ、地面を駆け出す。

 予定通り二天龍が最初にロキへ仕掛ける。

 唸るフェンリルが前に出ようとするが、ロキはそれを手で制する。

 指揮者の様にロキの指が振るわれると、上空、地上に向けて多数の魔法陣が展開。一誠、ヴァーリに向けて魔法陣の術式が同時に発動する。

 上空のヴァーリには魔法陣から幾つもの光弾が狙い撃つ。放たれた光弾の種類は様々で、機関銃の如く秒間百発を超える勢いで放たれるものもあれば、大砲の様に二メートルを超える巨大な光弾が放たれる。

 ヴァーリは白い光の軌道を空に残しながら、光弾の対空砲を次々に避けていく。より正確に表現するのなら避けてすらいない。魔法陣が狙いを修正してもヴァーリの速度に追いつけず、通り過ぎ去った後を弾幕が追うという状況であった。

 一方で地上の方は、ロキが展開した魔法陣が地面を這っていく。一誠が無策で魔法陣の上を通過すると、魔法陣から光が噴き出し一誠を焼こうする。地雷そのものと言えるが、本物の地雷とは違い確実に相手を葬ろうとする意志が火力となって表れている。

 だが、噴き出す光の中から一誠が飛び出す。飛び出した先に魔法陣が在り、またもや光が噴き出し一誠を包み込むが、それも力尽くで突破する。

 技量一切無しの鎧の性能に任せた突撃。無謀としか言い様がないが、一誠の鎧は白煙を上げているが目立った損傷は無く、ロキへの最短ルートを一直線に進んでいた。

 ロキの術式を力と技という対照的な方法で切り抜けていく両者。それを見たロキは、余裕のある笑みを浮かべながら、指を鳴らす。

 展開していた術式に文字が自動的に書き加わる。すると、ヴァーリを斉射していた光弾は、外れると同時に魔法陣へと変化。数百の魔法陣が空中に描かれる。地上でも同じ様に噴き上げられた光の残滓が集まって魔法陣を形成する。

 魔法陣から出現するのは帯状の光。蛇の様にうねり複雑な軌道で迫りながら、その速度は光弾と同等。

 あらゆる角度から来る光の帯に対し、ヴァーリは躊躇することなく光の帯に手を伸ばす。

 光の帯を掴み取るヴァーリの手。他の光の帯もヴァーリに絡み、全身に巻き付いていきヴァーリの姿が見えなくなる。

 その光景を眺めているリアスたち。アーシアやイリナは息を呑むが、美候らは特に動揺している様子は無い。

 その態度の意味はすぐに分かった。

 

『Divide!』

 

 発せられる声の後、光の帯の輝きが一斉に鈍る。

 

『Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide!』

 

 『赤龍帝の鎧』と同じく連続して発動する『白龍皇の鎧』の能力。触れた対象の能力を半減させ、自分のものとする。これにより光の帯はヴァーリによって力を吸収され、余剰となった力は鎧の背部にある噴射孔から出ていく。

 巻き付いていた光の帯らは吸収され過ぎて形を留めることが出来ず繋がっている魔法陣ごと自壊。光の帯を裂くようにして中から現われる巨大な光の翼とヴァーリ。羽化を彷彿とさせる光景であった。

 避けるのではなくわざと受けることで相手の力を我が物としたヴァーリ。今の彼は取り込んだ力を白光の輝きとして放っている。

 一誠は逃げ場を埋め尽くす程迫る光の帯に対し、籠手内に収納していたミョルニルのレプリカを取り出す。金槌程度の大きさが一誠の魔力に反応し、大槌ぐらいまで大きくなる。重量が増したそれを倍加の力で支え、思い切り振るった。

 光の帯に触れておらず、素振り同然であったが、ミョルニルのレプリカが振り抜かれた時、全員の目の錯覚でなければ空間が波打った。

 波紋の様に広がっていく空間の波。光の帯がその波に触れると木端微塵に破砕され、魔法陣まで波が到達すると一斉に魔法陣が破壊されるという爽快感溢れる光景が広がる。

 

「何だこりゃあ!」

 

 振った本人も驚愕する程の破壊力。使い手が本人ではなく尚且つレプリカだというのに過剰と言える威力。ただし、破壊力は凄いがミョルニルだというのに雷が全く出ない。きちんと魔力を込めたが、静電気程の火花すら出なかった。

 ヴァーリの能力を楽し気に見ていたロキも、一誠がミョルニルのレプリカを振るった瞬間雰囲気を一変させ目元を一瞬震わせた。

 

「ミョルニル……レプリカか。雷を生み出す程使いこなせていないが……嫌な物を貸し与えるなオーディン。それともお前が許可を出したのかトール?」

 

 どちらにせよ腹立たしい感情がロキの中で渦巻く。複製とはいえ文字通りの神器であるミョルニルを一悪魔に譲渡されたという事実。そして、振り回されるミョルニルを見て忘れ去った筈の痛みを鮮明に思い出してしまうこと。

 ロキとトールの諍いは一度や二度ではない。大抵はオーディンが間に入って止めるが、時折争いへと発展する。その争いの中でトールの豪腕から繰り出されるミョルニルの一撃を何度か受けたことがあり、比喩無しで体の原型が変わったことがあった。

 

『ありゃあ、忘れられないぐらい痛かったなー』

 

 ロキにだけ聞こえる声も、苦笑混じりで当時のことを思い返していた。少なくともロキは笑って話せる程風化させていない。

 だからこそロキの目は嫌でもミョルニルのレプリカへ集中してしまう。故に、注意が疎かになる。ヴァーリが攻撃態勢へと入っているというのに。

 

「受け取ったものを返そう」

 

 ヴァーリの手元に浮かび上がる魔法陣。それはロキの展開していたものとよく似ていた。ロスヴァイセから教えられ、短期間で習得した北欧の魔術。

 半減によって吸収した力全てをその魔法陣に籠めることで、最早閃光としか認識出来ない程の力が放出される。

 夜を塗り返す白光が収まったとき、ロキがいた場所に底が見えない巨大な穴が出来ていた。

 

「──ちっ」

 

 だが、ヴァーリ本人は不満気に舌打ちをしている。

 出来上がった穴の上にロキが浮かんでいる。それも無傷の状態で。どんなに大規模な破壊を行っても目標を倒せなければ意味が無い。

 ロキはヴァーリが作った破壊の痕跡を見て複雑な表情を浮かべている。

 

「これはどういう感情を持つのが正しいのか分からないな。底が見えない白龍皇の才能に歓喜すれば良いのか、それとも北欧魔術をここまであっさりと使われることを嘆くべきか……お前はどう思う?」

 

 目線を横に向ければ、ミョルニルのレプリカを振り上げて飛び掛かっている一誠。

 大振りのそれがロキの頭蓋を砕こうと振り下ろされるが──突如として間に入ってきた灰色の壁がそれを阻み、ミョルニルのレプリカを受け止める。

 長い体毛で覆われたそれは壁ではなく、伸ばされたフェンリルの前脚であった。

 

「なっ!」

「フェンリル。控えていろと言った筈だぞ?」

 

 後方で待機していたフェンリルがロキの背後に立っている。一誠がミョルニルのレプリカを打ち込むまで悟らせないぐらい巨体に似合わない速度で接近し、ロキを守ったのだ。

 フェンリルは吠えながらミョルニルのレプリカを一誠ごと弾き飛ばしてしまう。

 勝手に動いたフェンリルをロキは咎めず、下顎を撫でる。

 

「やられるかと思ったか? いや、そうではないな。二天龍の闘気に中てられて本能が昂ったか?」

 

 ロキは一誠を見る。

 

「分かっていたことだが、ミョルニルの複製品を全く使いこなせていないな、赤龍帝よ。きちんと扱えていたらフェンリルの脚など小枝の様にへし折れた筈だ」

 

 尤もフェンリルもそれを理解していた上でミョルニルのレプリカを受けていた。

 

「我が子も猛っている。フェンリル! 二天龍の肉をその舌で味わい、その血で喉を潤してこい!」

 

 様子見を止め、神殺しの牙を持つフェンリルが前に出る。

 この瞬間をリアスたちは待っていた。リアスが指示を出す。

 

「にゃん♪」

 

 黒歌が待っていたと言わんばかりに笑うとフェンリルの周囲に魔法陣が展開。空中、地面にまで浮かび上がっている。

 そこから飛び出す巨大な鎖──グレイプニル。意志を持った様な動きでフェンリルに絡みつき捕縛してしまう。

 

「無駄だ! 今更、グレイプニル如きで我がフェンリルを──」

 

 そこでロキの言葉が止まり、グレイプニルを注視する。分析している様な目付きをしている。

 フェンリルが絡みつくグレイプニルを力尽くで引き千切ろうとするが、グレイプニルは軋むだけであった。

 

「フェンリル捕獲完了だ」

 

 バラキエルが代表して成功を告げる。

 

「――成程。強化してあるのか。ダークエルフ辺りの仕業か」

 

 容易にはグレイプニルを解除出来ないと理解すると、ロキは別の手段に移る。

 

「可愛い孫まで使うことになるとはな……」

 

 ロキの周囲が歪み、歪みの中からフェンリルに姿も大きさも酷似した巨大な狼が現れる。

 

「スコルにハティ!」

 

 ロスヴァイセがその姿を見て驚いた様子で叫んでしまう。

 

「何ですかそれ!」

 

 フェンリルを封じたというのに、全く同じ様な狼が現れたことに理不尽を感じながら一誠は聞き返していた。

 

「ヤルンヴィドに住まう巨人族を狼に変えて、フェンリルと交わらせて生ませた。親とよく似ているだろう? 神殺しの牙も健在だ」

 

 生まれた経緯が現代の倫理観とかけ離れているせいで思わず訊き返してしまいそうになるが、目の前で唸る二匹の巨狼のせいでそんな余裕すら無くなる。

 

「そんな! その二匹は厳重に監視していたのに……!」

 

 スコル、ハティの存在は当然オーディンたちも認知していた。故に決してロキの下へ向かわない様に目を光らせていたのだが――

 

「愚か者め! お前たちはこの我が魔術によって姿だけ似た木偶の棒の巨狼を見張っていたに過ぎない! 本物は最初から我が手元に居た!」

 

 ロスヴァイセたちの詰めの甘さを嘲ると、ロキは巨狼たちに指示を出す。

 

「さあ、行け! お前たちの父を捕らえたのは奴らだ! その牙で八つ裂きにし、父への捧げものにしろ!」

 

 巨狼たちが前傾姿勢となると、グレモリー勢の中からシンが、ヴァーリの仲間の中から美候が自然と前に出る。

 直後、巨狼たちの霞の様に消え、グレモリー眷属、ヴァーリのチームの前に現れるが、その動きを予測していたシンと美候は、現れた直後に拳と如意棒によって巨狼たちの下顎を突き上げた。

 ギャオン、と声を揃えて巨狼たちの顔面が跳ね上がる。

 

「ほう?」

 

 出鼻を挫かれた巨狼たちの姿に呆れ、見事な先制を入れたシンと美候を興味深いという眼差しを向けるロキであったが、その体が伸びてきた巨大な手によって掴まれる。

 

「――やれやれ。構って欲しいのか? タンニーン」

「油断し過ぎたな。このまま握り潰されたくなければ大人しくしていろ」

 

 タンニーンの台詞にロキは失笑する。

 

「龍王とは思えない甘い台詞だ」

「同じ事は二度言わん」

 

 タンニーンは手に力を込め、ロキを締め上げていく。だが、ロキは顔色一つ変えない。

 

「――ああ、そうだな。丁度良い」

「何?」

「実戦は久しぶりだったな? どれぐらい振りだ……? ああ、あの時以来か。懐かしさすら覚えるな」

 

 急にロキが独り言を喋り始めた。

 

「何だ? 何をいきなり喋り始めている?」

 

 ロキが俯く。すると立てていた髪が一房前に垂れた。

 

「大したことじゃねぇよ。お前が準備運動に丁度いい相手だって話し合ってただけだ」

 

 粗野な口調。顔を上げたロキから今までの様な冷徹な雰囲気が消え、荒々しい顔付きとなっている。

 

「お前は一体――」

 

 

 ◇

 

 

 一誠とヴァーリは一先ずスコルとハティから対処しようとする。その時、上から巨大な物体が落下し、大地を震わす。

 落ちてきたものを見て、一誠は叫んでしまった。

 

「タンニーンのおっさん!」

 

 タンニーンは全身の至る箇所が凍り付いており、更に片腕と背中の翼も一枚失っている。切断箇所が凍結しており出血は無かった。

 重傷を負ったタンニーン。幸いまだ呼吸をしている。

 

「一体何が……!」

「少し目を離しただけなんだがな……」

 

 ヴァーリが見つめる先を、一誠も見た。霜が付いたタンニーンの千切れた片翼を見せつける様に左右に揺らすロキ。

 二人の視線が向けられると、その片翼をゴミの様に放り棄てる。

 

「てめぇ……!」

「――待て」

 

 怒る一誠を傍に降り立ったヴァーリが止める。

 

「止めるなよ! おっさんが!」

「――誰だ貴様は?」

「はあ?」

 

 ヴァーリの言葉に血が昇っていた頭が一誠の頭が混乱によって冷めていく。

 

「誰って……ロキだろ!」

「違う……見た目はそうだが、放つ気配が別人だ」

「別人って……」

「鋭いじゃねぇか、白龍皇」

「え……?」

 

 一瞬誰が喋ったのか分からなかった。数秒の間を置いた後、それがロキの声に気付く。声も喋り方も全く異なっている。

 

「もう一度聞く。誰だ?」

 

 ロキは鼻で笑い、指を鳴らすとスコルとハティが突然退いた。

 

「これに耐えたら教えてやるよ」

 

 ヴァーリと一誠の足元が輝く。彼らだけでは無い。リアスたちや美候たちにもその光が伸びていた。

 足元から光を放っているのでは無い。光は全員の頭上から降り注いでいる。見上げた先にあるのは半透明の球体。その中で太陽を思わせる光球たちが衝突し合い、一つとなっていく。

 肌で嫌でも理解してしまう。球体の中で高まってく力の危険さを。

 一誠、ヴァーリは急いでリアスたちの下へ飛ぶ。その背に向けてロキは力を解放する言葉を無慈悲に告げた。

 

 メ ギ ド ラ

 

 

 




メガテン3側の魔法を名前付きで初めて出しました。

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