ハイスクールD³   作:K/K

121 / 190
今が愉しければそれでOKという話です。


相思、相殺

 何をどうしたら攻撃していたフェンリルの方がひっくり返るのか、マダもヴァーリも皆目見当がつかない。物理法則も何もあったものではない、マタドールのカポーテによる捌き。

 戦いに於いて比類なき才能を持つヴァーリも、長い年月を生き、神々とも戦ったことのあるマダも全く原理が把握出来ない。

 マタドールの赤のカポーテを見た二人の反応は異なる。ヴァーリは色褪せることの無い芸術とも言えるマタドールの技に素直に感心し、マダは改めて見せつけられる唯一無二の魔技に表面上は無反応であったが、僅かながら目を奪われてしまったことに内心で舌打ちをしていた。

 マタドールは、たった二人の観客へ好戦的に笑い掛ける。

 

「何なら拍手をしても構わない。その方が私の気分も高まる」

「はっ」

 

 賞賛を求めるマタドールの言葉を受け取り、マダは鼻で笑うと四本の手を動かし、細かく手を打ち鳴らさず一回一回が発破音の様に大きい、下品な拍手を嫌味の様に送った。

 マダの品性が欠ける大きな拍手音を聞いて、地面で仰向けになって呆然としていたフェンリルが正気に返り、地面を砕く勢いで立ち上がり、風切り音を出しながら移動してマタドールたちから距離を取る。

 負傷しているヴァーリはまだ脅威とは感じられないが、突然乱入してきたマダとフェンリルの巨体を難なく地面へ転がしたマタドールの実力は未知数。警戒を強める必要がある。

 ヴァーリは兜の下で悟られない様にフェンリルの動きを目で追っていた。マダもまたそれを目で追っていたが、そもそも何処に目があるのか分からない顔なので悟られる心配も無い。

 マタドールに関しては、最初の時と同じくフェンリルを完全に無視し、警戒すらしていない。あれ程の巨体を持つ狼を路傍の石ころ同然の扱いをする。

 マタドールの侮辱しか感じられない舐め切った態度に、フェンリルは怒りで体中が熱くなり血液が沸騰し、血煙になりそうになる。このまま衝動に任せて飛び掛かりそうになるが、辛うじて踏み止まり理性を僅かながら保てていた。これは、皮肉なことに初撃をマタドールによってあしらわれたことによるものである。

 

「一つ聞いていいか?」

「何かな?」

 

 ヴァーリの質問に対し、マタドールは快く応じる。フェンリルとは比べ物にならない程の親しみが籠った態度であった。

 

「兵藤一誠を鍛えていたか?」

「ああ、あれか。言っておくが私が誘った訳では無い。確かに私の方から彼に接触したが、挨拶で済ませるつもりだった。特訓を申し出て来たのは彼の方からだ。──まあ、暇潰しも兼ねて快諾したがね」

「うへぇ……命知らずめ」

 

 自分の知らない所で一誠がとんでもなく危ない橋を渡っていたことに、マダは呆れ混じりの言葉を小声で漏らす。

 

「俺と比べてどうだった? 兵藤一誠は、お前との戦いで中々面白い技を覚えたが……もしかして、あれはお前が教えたのか?」

「貴公の素質と赤龍帝の素質を比べるなど烏滸がましい。天秤に載せて量る必要も無い程圧倒的な差だ。それとアレを見たのかもしれないが、それも私のと比べないでくれ。侮辱だ」

 

 一誠に対して辛辣なまでの評価を下すマタドール。一方で褒め称えられるヴァーリは気を良くする──とはならず、兜越しでも少し面白くないという態度が感じ取れた。

 

「そう言う割には楽しそうだな」

「そうかね? 私は純粋な評価を口に出したまでだ」

「兵藤一誠から惹かれるものを感じたのか? ──まあ、それには同意するが……」

「やれやれ。もしかしたら、妬いているのか? 年不相応な面しか見た事が無かったが、存外可愛げのある所があるではないか。誤解しないでくれ、私が最も期待している才能を持つのはヴァーリ、貴公だ。貴公が私にとって一番なのだよ」

「気持ち悪い喋り方するな、お前」

 

 マダが茶々を入れる。真剣な話だが、マタドールのやたら熱っぽく扇情的な口調のせいで痴情の縺れの様に聞こえてきた。女好きのマダが、男同士のそんな話を聞いても面白くも無い。

 

「素敵な女性を口説き落とすことと手強い強者を仕留めることは案外似ているもの。どちらも自分を磨くことと攻め方が重要だ」

「そういうものなのか……?」

「んな訳あるかぁ。おめぇだけの価値観だよ」

 

 恋愛経験皆無のヴァーリは、女性の例えを出されてもピンと来なかったのか首を傾げ、マダの方は即座に否定する。分かっていたが、マタドールの考え方はマダには合わない。

 

「はん! まあ、おめぇが男泣かせの女泣かせなのは知っているぜ。色んな意味でな。男泣かせ時はそっちの剣使って、女泣かせる時はもう一本の剣でも使うのかぁ?」

「──やれやれ。品の無い冗談だ」

 

 マダの下品な返しに、マタドールは呆れた様に首を振る。

 

「何? マタドール、お前は二刀流だったのか……?」

『ヴァーリ、そういう意味ではない……』

「じゃあ、どういう意味なんだ?」

『……』

 

 経験皆無のせいでマダの揶揄を言葉通りに受け取ってしまうヴァーリ。アルビオンが一応否定するが、意味まで問われると流石に口を閉じてしまう。

 傍から見れば、三人が戦場で不似合いな心底下らないお喋りをしている様にしか見えない。表面上は。

 少しでも戦いに身を置いていた者ならば気付く。下らないお喋りの中で三人が見えない牽制をし合っていることを。

 フェンリルが彼らのお喋りを黙って見ているのは、フェンリル視点でそれが見えていたからだ。

 ヴァーリが僅かに腕を持ち上げると、そこから拳を繰り出す幻影が見えた。すると、マタドールの体から突き出された拳を剣で斬り落とす幻影が見える。二人の攻防の隙を狙い、マダが炎を吐きだす幻影を感じ取ったが、途端にヴァーリとマタドールの攻撃の幻影が消えて、マダに向けて拳と剣が放たれる幻影へ変わる。すると、三人の争う幻影が消えてしまった。

 つまり、ヴァーリとマタドールの攻防はマダの攻撃を誘う為のフェイクであり、それにマダが気付いたせいで攻撃するのを止め、ヴァーリとマタドールも誘うことに失敗したと察して止めてしまったのだ。

 こういったイメージだけの攻防を先程から何百回も繰り返している。見ているフェンリルの方が精神を削られる思いであった。

 

 グルルルル。

 

 試しにフェンリルも攻撃の意志を込めて唸ってみる。その瞬間、三人の殺気がフェンリルへ突き刺さった。ヴァーリとマダは『掛かってくるなら来い』という意味を含ませた殺気だが、マタドールの方は『引っ込んでいろ、犬畜生』という侮蔑と警告を含ませた冷たいもの。

 向けられただけで精神が粉砕され、心臓すらも止まるだろう殺気を受けながらも、フェンリルは牙を剝く。

 フェンリルとて悪神ロキという偉大なる存在に我が子として生み出された誇りがある。実力はあるがまだ若い白龍皇、ふざけた態度の阿修羅、頭の中身が狂っている魔人如きに舐められる謂われなど無い。全員を神殺しの牙の餌食にしてくれると意気込む。

 フェンリルが臨戦態勢に入ったことを察してヴァーリは戦意を高める一方で、マタドールは興味を引かない相手が横槍を入れて来ることに戦意を弱め、代わりに殺意を高める。

 空気がそれぞれの放つ気が一気に張り詰めたものとなり、今すぐにでも爆発しようとしているタイミングで──

 

「まあ、させねぇけどな」

 

 ──マダが一言呟いた瞬間、ヴァーリ、マタドール、フェンリルが自ら意志に反して膝を折る。

 

「こ、れ、は……!」

 

 ヴァーリの呂律が回らない。

 

「くっ! いつ、の間、に、……!」

 

 同じくマタドールの口調もおかしくなっている。フェンリルが立ち上がろうとするが、脚に力が入らずに巨体が何度も崩れ落ちる。

 共通して呂律が回らない。視界に異常をきたし周りが溶け合って一つになったかのようになる。思考に所々空白の箇所ができ、頭の回転が極端に鈍くなる。

 そして、一口も飲んでいないというのに酒精のニオイが体から漂ってくる。

 

「本気の戦いに水を差すのは趣味じゃねぇが、お前さんらがぶつかるのは危な過ぎるんでな」

 

 イメージだけとは言え何度も繰り返し戦うことで分かってしまった。ヴァーリ、マタドールが本気で戦えば大きな被害が出ることに。

 いくら人気の無い場所とはいえ、大規模な破壊は人に危機感を与える。それを防ぐのがマダの役目である。

 

「クラクラするだろ? そのまま気持ち良くなって眠ってなぁ」

「この身に、なって、ここまで、酔うのは、久しぶり、だ……!」

「中毒になるまで注いでやるよ」

 

 マタドールは自分の身に起こっている異常を把握していた。兜の下のヴァーリの顔は真っ赤に染まっている。マタドールの指摘通り酔っ払った症状である。

 マダという名は『酩酊』を意味し、その名の通り彼は相手を酔わすことが出来る。酔わせ方も自由自在。酒を楽しむほろ酔い気分から、意識を失う質の悪い酔わせ方まで。

 老若男女だけでなく異形、妖怪、幽霊、それどころか神相手ですら区別なく差別なく強制的に酔わすことが出来る、まさに『大いなる酩酊』。

 アザゼルがマダを選んだのも相手を無力化させるこの能力があってのこと。あくまでも相手を酩酊させるだけで、直接的な死には繋がらない。死んだ方がマシと思えるぐらい酔うが。

 

「戦いが終わるまで大人しくしてろい」

 

 マダがそう言うと酒精のニオイが一段と濃くなり、急激に回る酔いに耐え切れなくなったのか、フェンリルは崩れ落ち地響きを鳴らす。

 マタドールも片膝を突いた状態で俯いて動かなくなり、ヴァーリもうつ伏せの状態となって微動だにしなくなった。

 

「これで仕事も終わりだ」

 

 マダはその場で胡坐をかき、仕舞っておいた瓢箪を出して仕事の完了を祝う様に中身を呷る。

 人気の無い森では木の葉が擦れ合う音、虫の鳴き声、そしてマダが酒を嚥下する音しか聞こえない──筈だった。

 

「我……目覚めるは……」

 

 雑音に紛れ何かが聞こえてくる。

 

「覇の理に、全てを……奪われし……二天龍、なり……」

「あん?」

 

 聞こえる筈の無い声を聞き、マダは酒を飲むのを止めて、暫しの間周囲に耳を傾ける。

 

「無限、を妬み……夢幻を、想う」

「おいおいおいおい」

 

 信じられないと言わんばかりにマダは立ち上がる。ヴァーリの体内に強い酒精を発生させ、意識を完全に断とうとする。

 しかし、何故か止まらない。

 

「我、白き、龍の覇道を、極め……」

 

 ヴァーリの口から紡がれる詠唱は、間違いなく『覇龍』へ至らせるもの。以前、ヴァーリが一誠に見せた部分的な解放ではなく、『覇龍』の力を完全解放させる為の詠唱である。

 マダは舌打ちをすると、物理的にヴァーリの意識を断つ為に両手を組み、鉄槌としてヴァーリの後頭部に振り下ろした。

 その瞬間、白い閃光がマダの視界に映ったかと思えば、大木の幹に背中から叩き付けられていた。

 

「うおっ」

 

 マダの巨体を受けた大木が衝撃に耐え切れず根本からへし折れる。マダが胸を手で触れる。青銅器の様なマダの胸から胴体に掛けて拳による凹みが七つも出来ていた。

 それをやったのは間違いなく十数メートル先で拳を突き出した構えで固まっているヴァーリの仕業である。

 拳を放った瞬間が見えなかった。それどころかうつ伏せから立ち上がるまでの動きも見えなかった。

 

「──とんでもねぇなー」

 

 この時点でマダはヴァーリの『覇龍』を止めることを諦めた。無駄に体力を消耗するよりも後の為に残しておくのが賢明と判断。

 マダが見ている前でヴァーリは最後の一節を唱える。

 

「汝を、無垢の、極限へ、誘おうっ!」

 

 ヴァーリの鎧に填め込まれた各宝玉が七色に輝いたかと思えば、ヴァーリは凡庸な悪魔、天使、堕天使ならば圧殺出来てしまう程のオーラを白い輝きと共に発する。

 

『Juggernaut Drive!』

 

 マダとフェンリルは思わず目を閉じてしまう。彼らでも直視し続ければ失明の可能性すらある圧倒的な光量。無差別に放つオーラも光も暴力にまで昇華している。

 閉ざされた目の代わりに耳で周囲の状況を確認するマダとフェンリル。音を立てて変化するヴァーリの鎧と共に、この世の者ではない叫びも聞こえて来た。

 

 〈やめてっ! やめてっ! やめてっ!〉

 〈怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!〉

 〈誰か! 誰か! 底が無い! 限界が無い! こんなの有り得ない〉

 〈嫌だ! 嫌だぁ! 恐ろしい! 恐ろしい!〉

 

 白龍皇の内に存在する歴代白龍皇の思念の声。二天龍内に内包された歴史の思念は無念からか大なり小なり怨念の様なものを持っている。過去にマダも覇龍に至る瞬間を見た事があるが、その際には使用者を道連れにする様な怨念の籠った声であった。しかし、ヴァーリから聞こえてくるのは救いを求める絶叫。

 以前の限定覇龍の時といい、歴代白龍皇の思念らはヴァーリの限度を知らない才能に完全に振り回されている。

 光が収まったとき、その場に立つのは人とドラゴンの中間の様な姿となったヴァーリであった。

 全身の鎧が鋭く、触れれば切断されそうな切れ味のあるものと変わり、兜に牙が生え、よりドラゴンに似た作りになる。背部に展開される光の翼は左右に三対六枚に増え、体の各部に埋め込まれている宝玉は巨大化し、白い光を内部に閉じ込めている。

 

「あー、あー、どうすっかなぁー、これ」

 

 声は軽いが内心は声ほど穏やかなものではない。ヴァーリの『覇龍』は軽く見ても神にも引けを取らない存在感と力。最盛期のマダならば止められるだろうが、大きく力を削がれた今では厳しい相手である。

 フェンリルもまたヴァーリに戦慄していた。酔いで鈍った思考が一気に目覚める程の力。意志とは無関係に尻尾が丸まってしまい、体が恐怖の合図を出す。屈辱的だがそれも仕方のないこと。フェンリルがこの世で最も尊敬し、畏怖し、最強であると信じて疑わない存在(ロキ)にもしかしたら勝てる可能性が在る者が現れたのだ。

 

「ふ、ふふふ、ふはははは、はははははっ!」

 

 響き渡る哄笑。自暴自棄や発狂によるものではなく心の底から歓喜に震える笑い声。声の方に目を向けたマダは、これ以上は勘弁して欲しいという気持ちが勝手に口から出てしまう。

 

「げっ」

 

 泥酔して動けなくなっていた筈のマタドールが笑いながら立ち上がっている最中であった。

 

「大人しく寝ておけよ……」

「これ程のものを見せられて黙って寝られる訳が無い……!」

「どいつもこいつも……プライド傷付くぜ……」

 

 自身の能力に対し、それなりに自信を持っていたマダだが、立て続けに耐えられてしまい、少しだけ愚痴を零す。

 

「ふ、ふふふ、勝利の美酒に酔うことは多々あれど、ここまでキツイ酔いを味わったのは、初めてだ……! 良い、経験となる……! だが、一つだけ、見落としていたな……! 真の戦士は、酒などでは、酔い潰れない……! 戦士が酔うのは、闘争だけだ……!」

 

 ただの矜持のみでマダの能力に耐えてみせるマタドール。理論も理屈もない精神論。もっと単純に言えば根性とプライドだけでマダの酔気に抗っているのだ。

 

「ご高説どうも。でも、そんな危なっかしい足で大丈夫か?」

 

 マダの指摘通り、マタドールの両脚はマダの酔気で震え、ヨタヨタと左右に足踏みをしている。神速の足捌きを持つマタドールとは思えないぐらいにおぼつかない。

 すると、マタドールは徐に魔力で銛を作り出し、何を思ったのか自分の両足の甲をそれで突き刺す。

 

「──これで問題無い」

 

 無様な醜態を晒すぐらいならば両足を地面に縫い付けて固定した方がマシ──というのがマタドールの答えらしい。その行動にマダは心底呆れてしまう。

 

「お前のカッコつけたがりは、病気の域だよ」

「褒め言葉として、受け取っておこう。──さて、ヴァーリ」

 

 マダの言葉を余裕を持って流すと、『覇龍』を発動させたヴァーリに話し掛ける。

 

「最初に言っておく。……私は『覇龍』というものが気に入らない。どれだけ力と速さが増そうとそれを扱える頭が無ければ獣同然。私は獣を狩る狩人では無く、戦いを求める闘士だ。故に一度だけ尋ねよう」

 

 その答え一つで今まで培われてきたヴァーリとマタドールの関係は一変する。

 

「──私の声が届いているか?」

 

 誰にも悟られるつもりは無いが、その一言を発したマタドールは僅かに恐れを抱いていた。ここでヴァーリが理性無き獣と成っていた時、彼はヴァーリの命を絶たなければならない。二つと無い才能が畜生まで落ちる姿など見るに堪えないからだ。

 ヴァーリにはまだ先がある。マタドールですら見通すことの出来ない先が。ここでその先が断たれるのをマタドールは恐れた。

 完成されたヴァーリ。その途方も無い才によって得た力がマタドールの前に立ち塞がった時、マタドールは自らの強さを一つ上に押し上げることが出来ると確信していた。

 ここでヴァーリの未来が閉ざされることは、マタドールの未来も閉ざされることに繋がる。だからこそ、マタドールは恐れた。そのエゴの為に。

 一瞬の沈黙の後―—

 

「聞こえているさ……」

 

 ──ヴァーリは確かな理性を以ってマタドールの声に応じた。命すら削り、理性すら溶かす強力無比な力を膨大な魔力と精神力によって制御してみせた。

 

「流石、流石だ! 信じていたぞ! 貴公を! 貴公ならば『覇龍』を使いこなせると! そうだとも! ああ、そうだとも! ヴァーリ・ルシファーという唯一無二の存在が己の力に押し潰される筈が無い! 聞こえるか、アルビオン! 誰が何と言おうとヴァーリ・ルシファーは間違いなく最強の白龍皇となろう! 先にも後にも彼を超える白龍皇は居ないだろう! 私が保証する! 否と言う者が居るのなら私の前に連れて来い! 私がそいつを殺してやろう!」

『お前に言われるまでも無い。知っていたことだ』

「そうか! それは失礼した!」

 

 マダの酔気の影響が少ないのかアルビオンの喋り方はしっかりとしている。

 いくらヴァーリが期待に応えたからといって、マタドールのテンションの高さは異常と言えた。見ているマダもフェンリルも温度差で引いてしまう。

 

「まだ少しクラクラするな……」

 

『覇龍』化の影響で体内にある酒精は大分消えたが、それでも影響が残っている。ただ、悪影響ではなく心地良さと体温の上昇が感じられた。

『覇龍』の放つオーラと高揚するマタドールが発する気。神聖さを秘めたヴァーリのものとは違い、マタドールが辺りに死と恐怖の気配を無差別にばら撒き続けている。

 何とも精細さに欠けるマタドールの行動。そして、異様なまでの興奮状態にマダはある疑問が生じていた。

 

(もしかしてコイツ……悪酔いしているのか……?)

 

 骨の体のせいでどれだけ酔っているのかは分からないが、言動に関して異常な部分が目に付く。元々、頭がおかしいと言われているマタドールだが、今の彼は表向きの冷静な仮面を剥がしている様に思えた。

 

「しかし、しかしだ! 私も悪い癖だと思っている! そのせいで何度過ちを冒してきたか分からない! だが、それでも、治すべきだと思っていても! つい、やってしまう!」

 

 マタドールは剣の切先をヴァーリへ向ける。

 

「貴公のもっと先を見てみたい!」

 

 マダはマタドールが完全に酒乱になっていると悟る。『覇龍』を理性のある状態で制御出来ること自体、歴代の白龍皇の中で数える程しか存在しない。自分の欲求を押し付け、剣を突き付けて脅迫するその様は、理不尽でしか無かった。

 

「『覇龍』の先か……ふふふ」

 

 しかし、ヴァーリはそれに呆れる様子も無く、肩を震わせて笑ってすらいる。

 

「今の俺が何処まで出来るのか、ギリギリまで試すのも面白いかもしれない」

 

 そう言うと同時にヴァーリの肩の装甲が弾け飛ぶ。

 剝がれる『覇龍』の鎧にマタドール、マダは、フェンリルは虚を衝かれた表情となった。

 続けてもう片方の肩の装甲が飛び、腕や手甲、胸部、頭部などの各部分の装甲が飛んでいき、埋め込まれた宝玉もまた外れていく。

 外れた各装甲は、ヴァーリの周囲に浮かんでいる。

 瞬く間に上半身が露わとなるヴァーリ。『覇龍』化の際の膨大なオーラのせいで上半身の衣服は千切れ飛んでおり、陰影が見える程に鍛え抜かれ、彫刻細工の様に均整の取れたヴァーリの上裸が晒される。フェンリルの牙によって出来た傷からはまだ流血しており、そのせいでヴァーリの体はやや蒼褪め、白さが目立つ。尤も、その儚げな白さはヴァーリの容姿と兼ね合って耽美と化す。

 

「──いや、ギリギリじゃダメだな。限界を超えていくとしようか!」

 

 剥がれた『覇龍』の装甲が変形し始める。宝玉と装甲が組み合わさり、別の形となっていく。

 

「これは……!」

「『覇龍』の再構築だと……!」

 

 目の前で起こっている現実をマタドールたちは驚愕と戦慄の眼差しで見ていた。

 そして、出来上がったのはドラゴンの頭部に似た八つの浮遊体。開けた口に宝玉が填め込まれている。

 

「──素晴らしい」

「こりゃ……やべぇ……」

 

 それが何なのか瞬時に見抜いたマタドールは感動し、マダは冗談を言う余裕すら無く、すぐ様ある場所に連絡を入れる。最早、マダ一人ではどうにも出来ない状態になっていた。

 ドラゴン型の浮遊物体に填め込まれた宝玉が輝きを帯び始める。その途端、この場にいる全員が体から力が抜けていくのを感じた。

 木々が、大地が、空間そのものが充填されていく宝玉によって吸い尽くされていく。それだけでは無い。周囲を囲っている結界にも影響が既に出始めており、秒単位で崩壊し始めている。

 恐るべきは、これが浮遊体の能力では無いということ。力を溜め込むのが強過ぎて周囲に悪影響が出ているのに過ぎない。もし、一誠とリアスがこの場に居たのなら、それが何の前兆かに気付き、そして恐怖しただろう。

 浮遊体の本質はもっと直接的且つ暴力的なもの。八つの浮遊体は、あるものを撃つ為の砲口に過ぎない。

 天を穿ち、神をも貫く聖槍の一撃を。

 その力の片鱗を感じ取ったマタドールは世界を揺さぶる様な哄笑を上げ、マダはヴァーリが見た目とは裏腹にとんでもない戦闘馬鹿であると理解する。

 攻守共に最強クラスである『覇龍』のバランスを自ら崩し、最低限の防御力だけ残し、後は攻撃に振り分けているヴァーリの行動は狂気の域。

 

「八発同時発射か……流石に死ぬかもなぁ」

 

 耳を疑う様な台詞を、マダは他人事の様に零すのであった。

 

 

 ◇

 

 

『聞こえるかー、魔王様よー。とんでもない状況になってんだがー』

「ああ、聞こえているよ、マダ殿。これは私にとっても予想外の事態だ」

 

 頭の中に響き渡るマダの声に、サーゼクスが応じる。

 マダはアザゼルから万が一手に負えない状況になったらサーゼクスの手を借りる様に言われていた。マダ自身はそんな事態になる訳が無いと笑っていたが、結果として自分ではどうしようもない状況になってしまった。

 尤も、仮にマダで無かったとしても彼が陥っている状況を打破出来る存在などほぼ皆無だろう。

 サーゼクスの方は四大魔王としての業務の傍らで日本の神々とオーディンの会談、リアスたちの戦況を映像等で確認していたが、ロキに何か変化が起こった後に突如としてリアスたちの様子が確認出来なくなってしまった。

 その事態に嫌なものを感じたサーゼクスは、魔王の仕事と会談を後回しにしてリアスたちの安否確認をすることを最優先とし、妨害の原因を探る様にグレイフィアへ頼む。

 グレイフィアが調べたところ、強い力の干渉を受けているせいで外部からの干渉を一切遮断されていると言う。悪魔として類稀なる力を持つグレイフィアですら介入出来ず、簡単に撥ねられてしまっていた。

 そんな状況下の中で飛んできたマダからの緊急連絡。外部を一切通さないのに、マダからの連絡が入るのは、マダの高い能力故としか言いようがない。

 そこで知るヴァーリとマタドールの接触。それが予想外の事態を招いていた。

 マタドールの足止めをしたことは大きいが、マタドールの存在がヴァーリを強く刺激し、そのマタドールもまたヴァーリを強い刺激を受けていた。

 このまま何もせずに両者を戦わせれば途轍もない被害が起こる。ヴァーリたちとの共闘に賛成したサーゼクスは、その責任の為にあれこれと対策を考える。

 

「サーゼクス」

 

 その最中にある人物がやって来た。その人物は、今のサーゼクスが最も必要としている存在と言え、最高のタイミングと言えた。

 

「アジュカ。来てくれたのか」

 

 髪を後ろに撫でつけた男性ながらも妖麗な美しさを持つアジュカ・ベルゼブブ。サーゼクスと同じ四大魔王の一人であり、『悪魔の駒』やレーティングゲームのシステムの根幹を創るなど冥界に於ける技術面を担当している。彼の存在によって冥界の技術は飛躍的な進歩を遂げた。

 政治的な考えややり方で対立することがある二人だが、決して仲が悪い訳では無い。寧ろ、互いに友と呼び合う程の間柄である。

 

「今回の件は俺も気になっていた。しかし、白龍皇と魔人との接触がこうも劇的とは……」

 

 アジュカが指を動かし四角を描くと、そこに映像が投影される。映像はノイズの様なものが混じり不安定であったが、ヴァーリとマタドールが対峙し、少し離れた場所でマダとフェンリルが映されている。

 

「これが分かるか? サーゼクス」

 

 アジュカが指差したのは、ヴァーリの周囲に浮かぶ浮遊体。

 画像越しでもヴァーリが何をしようとしているのかサーゼクスは察する。

 

「彼はロンギヌススマッシャーを撃つもりか……」

「ああ、それも一発じゃない。この浮遊体の数だけ撃つ気だ。──八発同時だな」

「八ッ……!」

 

 いつも冷静なグレイフィアもアジュカの言葉に驚き、思わず言葉が飛び出てしまったが、それ以上は驚き過ぎて続かなかった。冗談しにか聞こえなかったがアジュカはふざけている様子は無く、全て事実であると告げている。そうなるとヴァーリが尚更規格外のことをしようとしているのが現実であり、グレイフィアは身震いした。

 

「どうにか彼らを隔離したい。マダ殿の方は自分ごと構わないと言っている」

「問題無い。既に準備は済んでいる。後は発動させるだけだ。そのことを言いに来た」

「流石だ。仕事が早い」

「既存の技術を応用しただけのこと。褒められる程ではない」

 

 謙遜ではなくアジュカにとっては本当に大したことでは無い様子。

 

「彼らの周囲に結界を多重に張り、完璧に内部へ閉じ込める。計算上では結界外に被害は及ばない──筈だ」

「筈、か……」

「現白龍皇の潜在能力は未知数だ。マタドールは過去の戦闘データはあるが、また強くなっている。──厄介なことにマタドールは相手が強ければ強い程に力が高まっていく傾向にある」

「──ああ。それは身を以って知っているさ」

「この二人が全力で戦った時、どれほどの破壊を生むのかは正確には計算出来ない。だからこそ、結界には大量のエネルギーが必要になる」

「必要なら私の魔力を使えばいい」

「馬鹿を言うな。そんなことをしたら干乾びるぞ、サーゼクス」

 

 半ば本気で言ったサーゼクスを無茶だと窘めるアジュカ。

 

「俺がここに来たのは報告と許可だ」

「許可?」

「結界と冥界を直接繋げ、発動と維持に必要なエネルギーをそれで賄う」

 

 グレイフィアは目を見開く。聞いた事も無い方法であること、それを短時間で構築したアジュカの技術、前例が無いせいでどの様な弊害が起こるか分からないなど様々な考えが頭の中を過っていく。

 

「分かった。責任も後始末も私がキチンと付けよう」

「そうか」

 

 サーゼクスはそれを即決する。アジュカも短く答えるとすぐに結界を発動した。

 その影響か、アジュカが浮かべていた画像が消え、完全に見えなくなる。同時にサーゼクスはマダとの繋がりが消えたのも感じた。

 ここから先は完全に向こう側の状況を把握出来なくなる。

 

「こうなるなら、私がマタドールの相手をした方が──」

「駄目です」

 

 何気なく漏らしたサーゼクスの言葉をグレイフィアは最後まで言わせなかった。

 

「絶対に、駄目です」

 

 念を押す様にもう一度強く言う。グレイフィアは無表情であったが、サーゼクスには泣き顔が重なって見えた。

 マタドールと三度目の戦いで引き分けた後、グレイフィアを随分と泣かせてしまったことを思い出す。

 

「俺からも言っておくが止めておけ。奴を喜ばせるだけだ」

「あまり本気にしないでくれ。あの時程の無茶はもうしないつもりだ」

 

 友人からも真面目な口調で忠告され、サーゼクスは苦笑する。

 

「──さて、きっと忙しくなる。今のうちにやれることはやっておこう」

 

 異変が起き、混乱するだろう冥界の住人たちに心の中で詫びながら少しでも早く事態を収拾出来る様にサーゼクスたちは準備を始めた。

 

 

 ◇

 

 

 一体何処まで力を溜めていくのか。延々と魔力を高めていくヴァーリの姿。ここまで来ると流石にマダも呆れてしまう。

 そして、それに呼応してマタドールからも途方も無い力が放出されていく。鮮血に似た魔力の様な力が空間を塗り替える様に満たされ、自分色に染め上げていく。

 

「ははははは! いいぞ! もっとだ! もっと見せてくれ! その強さが私に更なる力を与えてくれる!」

「言われなくとも見せてやるさ!」

 

 マタドールの力が高まれば、ヴァーリの白色の魔力がマタドール色に染まった空間を塗り返していく。

 幸いマダの連絡が通じて周囲を結界で囲み隔離状態となっている。もしも、結界が無かったらどれだけの影響が及ぶか考えたくも無かった。

 相乗効果で力を増していく二人を見て、マダは改めて自分がやらかしたことを自認する。マダが彼らを酔わせたことで、彼らの中にある自分でも気付かない内に填めていた箍が外れてしまった。

 そのせいで今の二人は後先など全く考えていない。ここで終わってもそれで良し、という思いで全力を尽くそうとしている。

 完全に二人だけの世界へ没入しているのを見て、マダは逃げようとはせず、その場で腰を下ろした。隔離された今、マダがやれることはこの戦いを最後まで観戦することだけ。

 

「──この技を貴公に見せるのは初めてだったな」

 

 暴風の様に吹き荒れていたマタドールの力が、構えた剣へと注ぎ込まれていく。荒れ狂っていた力がただの剣一本の中へ集っていく光景は異常そのもの。雪崩を一本の筒に入れる様な、雷を針に正確に落とす様な精密過ぎる技術。

 圧倒的な暴力を見せつけてくるヴァーリとは対照的な姿と言える。

 マタドールが見せた初めての構えに、ヴァーリの心境を表すかの様に魔力が噴出する反面、力の収束によって空間が軋みを上げていく。

 

「どんな技か、期待で胸が張り裂けそうな気分だ!」

「同感だ! 無くした心臓の鼓動が聞こえてくる!」

 

 際限無く高まっていく両者の力であったが、やがて終わりが来る。マタドールはあれ程狂った様に放っていた力を一本の剣にのみ宿し、ヴァーリの周囲に浮かぶ浮遊体は直視出来ない魔力の輝きを宝玉に充填させていた。

 互いに互いを運命の宿敵として認めていた。相手が強くなれば自分も強くなれるそんな相手。しかし、どんなに高みを上っても頂点へ辿り着けるのは一人のみ。いずれは決着を付けなければならない。

 今日がその日だったとしても二人に後悔は無かった。

 ヴァーリは赤龍帝のことも、唯一無二の白になることも全て忘れ、一撃を繰り出す。

 マタドールは後に控えるロキも赤龍帝も人修羅のことも忘れ、我が身を燃え尽す勢いで技を出すことを誓う。

 あれだけ騒々しかった場が静まり帰る。

 すっかり蚊帳の外へ追われていたフェンリルは、異常な力がぶつかり合う前兆に気付き、千鳥足ながらもこの場から少しでも離れようとする。

 その途端、上から何かに押さえつけられた。

 

「おいおい。何処行こうってんだよ」

 

 フェンリルを上から押さえつけるのはマダ。振り解こうとするフェンリルの顎を地面に叩き付け、動けなくする。

 

「結界で周囲を塞いでんだ、何処にも逃げられやしねぇよ。それよりもお前さんもどうせなら楽しんだらどうだ?」

 

 フェンリルはマダの言っていることが理解出来ない。一体何を楽しめば良いというのか。

 

「こんなもん一生に一度見れるかどうかも分かんねぇ。どんだけ派手なことが起きるか見物じゃねぇか」

 

 豪快に笑うマダ。フェンリルはようやく気付く。この場に於いてまともな思考を持つ者など存在しないことに。

 

『Longinus──』

「血の──」

 

 ドラゴンの口から撃ち出される八つの極光。それと相対するのは、数多の屍を築き上げた末に得た技の極致。

 

『Smasher!』

「アンダルシアァァァァ!」

 

 両者の技の発動直後、隔離用に展開されていた万単位の結界の内の九割が消滅。

 同時刻、冥界全土にて震度三相当の揺れを確認。幾つかの施設がその影響で機能停止となる。

 地震直後、人間界と合わせていた冥界の時間に大きな狂いが生じたことが確認された。

 大量の力を消耗したことにより、冥界から疑似的に再現された夜と月が消失し、住人たちは天変地異の前触れとして恐怖した。

 この日、たった二人の人物によって冥界全土が震え上がった。

 




マダがやらかしてヴァーリとマタドールがキャッキャッしてフェンリルがドン引きする、というのが今回の話の要約ですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。