ハイスクールD³   作:K/K

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覇龍、仕込

 それが顕現した時、真っ先に放たれたのは咆哮であった。否、咆哮というにはあまりに痛々しい叫びであり、肺を限界まで絞り、喉を極限まで震わせる身を裂かれる時に発する絶叫に近い。

 響き渡る絶叫は、空気も大地も震わし、凍結した地面は罅割れ、木々は砕ける。

 ドラゴンに似た鎧はより鋭い形に変質。背中には巨大な翼が生え、両手両足からは刀剣すら容易く断てそうな爪が揃い、兜からは角が幾つも伸びていた。

『赤龍帝の鎧』よりもよりドラゴンらしい見た目に変貌する一誠。虚仮脅しなどではなく尋常ではない暴力的な量の魔力を無差別に放つその姿こそ、赤龍帝の最期の切り札である『覇龍』。

 

「イ、 イッセー……」

 

 怪物同然と化した一誠の姿を見て、リアスは震えた声でその名を呼ぶ。あれ程一緒に居た一誠を恐れるなどリアスにとってあってはならないことであったが、『覇龍』が放つ膨大な魔力が悪魔としての本能に恐怖を与え、リアスの意志に反して彼女の体を寒さ以外で震えさせる。他の眷属たちも同じ様な状態であり、何とか震えを止めようとある者は奥歯を強く噛み締め、ある者は爪が食い込む程自らの腕を掴み、ある者は手の感覚が無くなる程、持っている武器を握り締める。

 

「ギャアアアアアアアア! グギャアアアアアアアアア!」

 

 立っていた一誠はその場で四つん這いになり、絶叫を上げながら目を動かし、周囲を確認する。物理的に緑の光を発している目を動かす度に残像が残り、頭部を左右に動かし、首を伸ばしたり、縮めたりしている姿は獣そのものである。

 

「あれが赤龍帝の『覇龍』か……──はっ、魔力のデカさは認めてやるがケダモノになっただけじゃねぇか。頭の中身を一瞬で空っぽにするなんて大した手品だ──確かに強大な力だが、随分と醜いな」

 

 周囲を確認していた一誠は突然動きを止める。翼を大きく広げ、四足が大地を割る程に力を込める。

『覇龍』と化した一誠は、その本能でこの場で最も危険な存在が誰であるかを判別し、見つけた。それを排除する為に一誠の中の『覇龍』が殺意と本能を剝き出しにする。

 動く。誰もがそう感じ、ロキは次に来るであろう衝撃に備え密かに魔法陣を空間に仕込む。

 一誠の姿が消える。その動きは音を置き去りにする速度。

 そして、一誠はロキへ襲い掛かる──のではなく何故かシンに向かって飛び掛かっていた。

 

「なっ」

 

 自分に来るものだと思っていたロキは言葉を失う。他もロキと似た様な状態であった。絶句してしまうロキらの前で一誠は、口部状に変形した兜でシンに喰らい付こうとする。

 

「──随分と利口な判断をするな」

 

 頭に齧り付こうとしていた兜を片手で鷲掴みにして押さえ付けながら、シンは皮肉、聞く者によっては自嘲とも取れる台詞を一誠に送った。

 

「イッセー! 止めなさい! イッセー!」

「イッセーさん! 違います! 間薙さんは仲間です!」

 

 リアスとアーシアが血相を変えて叫ぶ。冷気で体力を削られているが、それに構わずに大声で呼び掛ける。

 強大な力に振り回され、理性を失っているとは言え、一誠が友人であるシンを傷付けようとする姿など見たくはない。

 

「グ、ガガ、アアア……!」

 

 その必死な叫びは一誠に届いているのか、全身に力が込められ、それが暴走する力を抑えているのかガクガクと体を震わせている。獣性によって押し込まれた理性が抗っている様にも見える。

 その証拠にシンに噛み付こうとするだけで両手両足の爪でシンを切り裂こうとする動きがない。そうでなくとも背中の翼、もしくは魔力を背部から噴射すれば掴んで押さえているシンを地面に叩き伏せ、そのまま擦り下ろしてしまうことも可能である。

 細い糸の様な理性が、辛うじて『覇龍』の手綱となっていたが、それも何時まで持つか分からない。

 

「イッセー君! 止めて!」

「イッセー! 正気に戻れ! お前の敵は彼ではない!」

 

 仲間の呼び掛けが『覇龍』の暴走を食い止めるが、それだけでは足りない。何か決定的と言える強いショックを与える必要がある。

 何が一番動揺させるかとシンは考え、一つの答えを出す。そして、答えと同時にそれを実行する。

 兜を掴んでいた両手を離し、牙と化している部分に右腕を差し出す様に押し込む。この時点で兜から生えた牙が腕を掠り、何箇所に裂傷を生む。

 そこから何を思ったのか、左拳で一誠の顎を突き上げた。

 

「グアッ!」

 

 衝撃によるものか、シンの行動に驚いたものか分からない声を発する一誠。突き上げられた拳のせいで兜の口が閉じ、差し込まれていたシンの右腕に牙が突き刺さる。

 右腕の傷から流れ落ちる血は、自然と兜の中へと注ぎ込まれていく。タンニーンの炎を吸収した影響で異常なまでの熱を含んだシンの血が鎧の中に伝わり、血の匂いで鎧内部を満たす。

 

「ガ、アアア、ガ……!」

 

 苦しむ様な呻き声を出し始める一誠。誰の血に触れているのかか細い理性が気付き、それを激しく揺さぶる。

 そこにもう一度左拳を叩き込むシン。牙は更に深く食い込み、流血の量も増える。

 

「これが望みだったんだろう?」

 

 自傷行為に対し、何も感じていないかの様に平然と言うシン。

 

「何なら腕一本くれてやる」

 

 その言葉は挑発ではなく紛れない本気に聞こえた。少なくとも傍から見ていたリアスたちは、シンがやると言ったら本気でやると思っている。

 

「くれてやる代わりに──相手を見誤るな」

 

 地面に亀裂が出来そうな程の体の震えがピタリと止まる。そして、閉じていた口を自ら開ける。未だ、兜から覗かせる緑の眼光には獣性が宿っているが、これ以上シンに害を与える様子は無いらしい。

 一先ず一誠から危険性が失われ、リアスを含む眷属たちは安堵の息を吐く。その直後、一誠はシンの体を突き飛ばした。

 まだ完全に暴走が解けていないのかと思われたが、シンが突き飛ばされると同時に一誠の周囲に魔法陣が展開される。足元、頭上、前後左右を埋め尽くす程の魔法陣の密集。

 その魔法陣から極光の輝きを持つ魔法が全方向同時に放たれた。攻撃の魔法陣は同時に防御の精神も持っており、一誠を魔法陣の中から逃がさず、また発動させた魔法も洩らさない。魔法による完全密閉の全方位攻撃が一誠を極光で呑み込む。

 

「随分と舐めた真似をしてくれるな、赤龍帝……」

 

 空中で魔法を発動させているロキ。その顔には今までにない怒りが浮かんでいた。

『覇龍』と化した一誠が最初に狙ったのは、ロキではなくシンであった。その光景を見てロキは、暴走して敵味方区別を無くした愚者──とは見なかった。『覇龍』と化したことで獣同然となっていた一誠。溢れんばかりの力で自分を無視して、格下と認識しているシンを襲ったことにロキの神としてのプライドが大きく傷付けられた。

 弱かろうと魔人だから、という理由で襲ったのではない。この場で最も危険と判断してシンを襲ったのがロキには分かった、分かってしまった。

 あろうことか北欧の悪神など眼中に無いかの様に。

 ロキがわざと道化の様に振る舞い、相手に侮らせる、格下と見做させたのならまだ意図してやったことなのだから納得出来る。だが、自分に来るものと思い、構え、無視してこちらを道化にすることは許されない、許しては置けない、決して。

 ロキの中の神という誇りはそれ程までに大きい。

 

「お前は欠片も残さずに屠ると約束しよう、天龍。──ひゃははは、久しぶりに本気でキレているじゃねぇか、いいぞぉ! 悪神を舐めた罰を味わわせてやれ!」

 

 静かに怒るロキに対し、もう一人のロキはそれを煽るかの様に高揚した声を上げる。

 

「イッセー!」

 

 リアスは魔力を集中させて球状にし、密閉されている一誠目掛けて投げ放つ。脱出させる為の風穴一つでも開けられればいいとの思いで放ったが、その小さな足掻きすら今のロキは許さない。

 リアスの滅びの力を込めた魔力の前に魔法陣による結界が張られる。結界に魔力が触れるとそれを簡単に貫通するが、その穴を埋める様に別の結界が展開される。ロキは魔法陣によって結界を無数に重ねていたのだ。

 リアスの魔力は結界を次々に貫いていくが、結界を貫く度に威力を削がれていき、一誠に届く前に消えてしまう。ロキは滅びの力がどれほどのものか一度見て正確に把握している。同じことが通じる程甘くはない。

 

「恐ろしい力だが、魔王に比べればまだまだ非力だな。リアス・グレモリー」

 

 自身の力を防がれ、リアスは悔しさで表情を歪め、口を強く噛み締める。

 リアスに続いて、朱乃が雷光を、木場が聖魔剣で、ゼノヴィアが聖剣の二刀流で一誠を閉じ込めている魔法陣をどうにかしようとする。

 ロキはリアスたちに向けて無造作に腕を振る。猛烈な冷気がリアスたちへ襲い掛かった。

 

「下がって!」

 

 ロスヴァイセが叫び、リアスたちを後方に下げながら自らは前に出る。迫る絶対零度に近しい冷気に対し、宙にそれぞれ描かれている文字が違う魔法陣を複数展開し、ロキの冷気からリアスたちを守る。

 複合させた魔法陣の相乗効果によってロキの冷気を防ぐことが出来たが、辛うじてである。ロスヴァイセは凍てつく様な寒さの中で滂沱の汗を流しながら一瞬たりとも気を緩めることなく魔法陣の維持を続ける。

 既に自分を含め、リアスたちの体温はギリギリの所にあった。タンニーンたちが身を以って守ってくれたおかげで危機を免れたが、これ以上体温が下がれば動けなくなり、そのまま死に繋がる。

 ロスヴァイセは自分とリアスたちの命を背負うという重圧に屈せずにロキの攻撃に耐える。

 魔法陣を侵食する様に凍り付き始めるのに気付けば、魔法陣の効果が失われる前にすぐに新たな魔法陣を展開して複合魔法陣の効果を下げない様にする。下げたら即座に破られてしまうからだ。

 ロキの攻撃はたった数秒のことだが、その間に何十回も魔法陣の再展開と維持をし続け、その度にロスヴァイセは消耗する。

 冷気が止む。だが、ロスヴァイセはそれでも魔法陣の展開を止めなかった。限界寸前までそれを張り続ける。

 

「──オーディンの見る目だけは本当に褒めてもいいな」

 

 自分の攻撃を耐え切ったロスヴァイセを、ロキは遠回しに褒めた。ロキの手の中に魔法陣が浮かぶ。

 

「これはどうだ?」

 冷気は魔法陣で防げたが、今から放つメギドラは魔法陣を容易に破る。

 ロスヴァイセはロキが何をしようとするのかを察し、青白い顔から更に血の気を引かせ死人と区別付かない様な顔色となる。

 息をする様に複雑な魔法陣を組み上げたロキは、その力を解放──しようとして止まった。

 視線が一誠を閉じ込めている魔法陣に向けられる。それにつられて他も同じく一誠の方を見た。

 

「……何か聞こえます」

 

 小猫が気付いて小さく呟くと、リアスたちも耳を傾ける。

 

『──ide』

 

 確かに何かが聞こえる。ロキも同じものが聞こえている様子で眉間に皺を寄せていた。

 嫌なものを感じ取ったのか、ロキは一誠を囲う魔法陣を更に重ねる。その直後にロキは訝しむ表情となった。展開している魔法陣の力がロキの想定よりも下回っているのだ。

 まるで何かに力を削げられているかの様に。

 

「これは……」

『Divide!』

 

 今度はハッキリと聞こえる。それは白龍皇が半減の力を発する際に響く音声。この場に白龍皇は居ない。ならば半減の力を使っているのは──

 

『Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide!』

 

 魔法陣内から連続して鳴り響く声。各魔法陣から放たれる極光はその声が響く度に輝きと威力を失っていく。

 やがて維持することすら出来なくなったのか、全ての魔法陣が一斉に砕け散り、極光も収まる。

 閉ざされた魔法陣から出て来た一誠。その背にある翼は白色に輝き、白龍皇を彷彿させる。

 

「白龍皇の力だと……? いつの間に……!」

 

 一誠が白龍皇の力を使ったことにロキは驚く。一誠自身、現在の成功率が低い為に実戦で使用することは滅多に無いので知らなくてもおかしくはない──が、ロキは一誠が白龍皇の力を取り込んでいることを知る機会があった。それは気まぐれで観戦したリアスとソーナのレーティングゲームの時である。そこで知っていたのならきちんと対策を考えていただろう。途中で飽きて観戦を放棄してしまったことのツケが今になって巡ってきた。

 

「グルアアアアアアアアア!」

 

 宙に居るロキに向かって一誠は威嚇の咆哮を上げた。今度はロキを敵として認識している様子。しかし半暴走状態である為に油断は出来ない、と皆が思っていた所にシンが一誠の隣に歩いていく。

 そして、一誠と並ぶなり、その側頭部を指で軽く二、三回叩いたのだ。

 シンの蛮行に誰もが絶句してしまう。猛獣を刺激するも同然である。

 一誠は横目でシンを睨む。だが、それだけで視線をすぐにロキへ戻してしまった。

 

「今度はちゃんと分かっているみたいだな」

 

 真っ先に襲われたというのに、一誠を挑発する様な行動をとるシンに見ている方の寿命が縮む思いである。

 

「連携なんて最初から期待していない。こっちは好きにやる」

 

 シンは右手に魔力剣を形成。いつもはマグネシウムを燃やした様な白色だが、タンニーンの炎の影響で内側に橙色の光を内包している。

 

「お前も好きにやれ」

 

 ロキに向けて魔力剣を振るうと圧縮された魔力が解放され、魔力の乱れた渦がロキを襲う。更に魔力は炎へと変換され、四方八方から引き千切る様に呑み込む渦が炎の渦と化す。シンとタンニーンの力が合わさることで文字通りの熱波剣と化す。

 荒れ狂う炎の渦に、ロキは舌打ちをする。冷気で防ぐには炎の熱が邪魔であった。仕方なく魔法陣で防御しようと思った時、炎の渦を突き破って一誠が突っ込んで来る。

 

「なっ!」

 

 炎の渦を目晦ましにした奇襲にロキの反応も遅れる。咄嗟に魔法陣を張るが張ったロキ自身、それでは強度が足りないと分かっていた。

 一誠の拳が魔法陣に触れようとした直前に魔法陣が砕ける。一誠の発する魔力の圧によって触れずに壊れてしまった。

 一切の妨げの無い拳がロキの頬にめり込む。

 

「ガアアアアアアアアア!」

 

 咆哮と共に拳を捻り込みながら一誠が真下に向けて拳を振り抜いた。ロキの首は限界まで捻じれながら隕石の様に地面へと叩き付けられる。

 この戦いが始まって、初めてロキに攻撃がクリーンヒットした瞬間であった。

 地面に落下した瞬間、シンは右足を振り抜く。収束されていた魔力が振り抜く勢いと共に幾本もの魔槍と化して空高く飛んで行くと、弧を描きながら落下。ロキ目掛けて降り注ぐ。

 大地に魔槍が突き立つと、そのまま炎の柱となって炎上。複数の炎の柱が束になると巨木の如き大火となって十数メートル内を焼き尽くす。

 だが、そこで攻撃は止まらない。一誠は大炎上する炎の大木に五指を向けた。指先に灯る赤い光。輝きを押し込め、魔力の球体にするとそれを指先から飛ばす。

 五指から発射される五発の魔力弾。炎の大木の中にそれが入っていくと、炎の大木を内側から突き破る赤色の大輪が咲く。

 一誠が発射したのは極限まで魔力を圧縮したドラゴンショット。一発の威力は、『赤龍帝の鎧』を纏った一誠が全力で放つそれを上回っている。

 大地は深く抉られ、数え切れない程の亀裂が生じ、そこから断層が生まれる。地図に記された地形をいとも簡単に変えてしまった。

『覇龍』の凄まじさに誰もが息を吞む。戦う為だけに存在する様な圧倒的な力と速さ。技など無いに等しいが、それを補う程の身体能力を持っている。

 不安はあるが、ロキへの勝機が見える。だが、同時に嫌な予感もした。一誠が初めて『禁手』を発動した時、左腕を代価に支払っている。あれ程の戦闘力を出す為に今度はどんな代価を支払ったのか。

 

「──つくづく獣だな」

 

 リアスたちの不安を一蹴する苛立った声。巨大なクレーターの上にロキが浮かんでいる。流石に無傷では済まず、殴られた頬は皮膚が破れて血を流し、纏っているローブには何箇所か黒焦げた穴が開き、煤が付いた箇所は体中の至る所にあった。しかし、あれだけの攻撃を受けてもその程度で収めてしまうロキ。心技体全てが優れているからこその結果である。

 

「もう少し──」

「グガアアアアアアア!」

「──最後まで聞け」

 

 一誠は大口を開け、そこから咆哮を放つ。しかし、それは威嚇ではなく声に魔力を乗せて放ったもの。咆哮が通り過ぎた後は大地が粉砕されていく。

 殺傷能力を持った咆哮に対し、ロキは防御魔法陣を展開。殺気と破壊を帯びた咆哮は魔法陣によって防御される。

『覇龍』の攻撃を完全に防ぐロキ。だが、今の一誠にとってはそんなことは些細なこと。咆哮を終えると同時に一誠は翼から赤色の魔力を噴射させて突撃。

 高速で移動することで自分そのものを武器とし魔法陣に体当たり。速さと堅さ、そして重さが掛け合わせることで世界で二つと無い砲弾と化すと、魔法陣をその破壊力によって強引に突破。

 破られた魔法陣の向こうではうんざりした表情のロキ。

 

「野蛮にも限度がある」

 

 知性など一切無い力のみで魔法を下した一誠に苦言を呈すが、野獣そのものの一誠の耳に届く筈も無い。

 一誠はロキを捉える為に、前脚──ではなく両手で掴みかかる。

 鋭い爪を有した手が、ロキを掴む。しかし、掴んだのはロキの体では無くロキの手。それもロキの方から伸ばした手を組み合う、手四つの状態であった。

 

「まさか、トールの真似事をする日が来るとは──誰にも見せられねぇな。この無様な姿は。取り敢えず見ている奴は皆殺しだ」

 

 己の行為を唾棄しながらも、細身の体型からは想像も付かない力で一誠の握力に拮抗する。一誠は他に攻撃手段もあったが、真っ向から力で勝負されているせいで野生が刺激されたのか、一誠の方も力で勝負しようとして結果均衡した状態となってしまう。

 

「──ん?」

 

 別の方向から魔力を感じ取ったロキは、視線だけそちらに抜ける。視線の先にいたのは、全身に魔力を充填させているシン。

 ロキの視線に気付くと同時に背部から曲射の様な軌道を描く魔弾を無数に放つ。

 

「正気か!」

 

 弾数の多さからして一誠だけを外して狙っている様子では無い。味方撃ちを覚悟の上で攻撃をしている。

 ロキはすぐに魔弾の射程外に移動しようとするが、組んだ一誠の手がそれを許さない。

 

「離せ!」

 

 ロキは一誠の眼前に魔法陣を作り出し、そこから放つ魔法で怯ませようと考えたが、一誠はそれよりも先に頭突きでその魔法陣を砕き、続いてロキの額に頭突きを炸裂させる。

 一瞬で意識が飛びかける程の衝撃が脳内を貫いていくが、ロキはそれに耐えた。

 そんな攻防をしている内に一誠とロキに魔弾が降ってくる。一発、一発にかなりの魔力が込められており、ロキですら痛みを覚えるそれが数え切れない程降り続ける。

 そんな魔弾の雨の中、一誠は魔弾を全身に浴びながらロキの額に頭突きを打ち込み、何度も何度も繰り返す。

 

「はな、せ! こ、の! けだ、もの、がぁぁぁ!」

 

 頭蓋を粉砕される様な衝撃と全身に貫く様な痛みに耐えながらロキは藻掻く。しかし、ロキが言っている様に獣同然の一誠の耳にそれは届かず、喚くロキを黙らせる為に更なる頭突きを見舞う。

 シンは今の一誠との連携は不可能であると最初から思っていたので、先に言った様にお互いに好き勝手に戦うことに決めた。だからこそ、一誠は熱波剣の中にわざわざ突っ込んで攻撃し、シンはロキと一誠が動けない所を攻撃した。

 一誠を気遣えば攻撃は出来ず、やり過ぎれば矛先が自分に向けられるかもしれないが、それを躊躇無くやるシンの顔は、相変わらず無表情であった。

 

「──代われ!」

 

 ロキからもう一人のロキへ切り替わると、二人の頭上に球体が生まれ、その中で光球が衝突し合う。

 リアスたちを戦慄させたメギドラを自分も巻き添えにして放とうとしているのだ。

 一誠の野生の本能が完成しようとしているメギドラを危険と判断。背部の翼を白く輝かせる。

 

『Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide!』

 

 瞬時に繰り返される半減の力。メギドラの球体が一気に縮小していく。だが、ロキはこれを待っていた。

 

「離れろっ!」

 

 ロキの手が解放され、そこから柄にも無く繰り出される拳の連打。一誠の鎧に数発打ち込まれるが凹みもしない。しかし、打ち込んだ箇所には代わりに魔法陣が刻まれる。

 魔法陣が光を放ち、爆発。その衝撃によって一誠は地面に埋め込む勢いで叩き付けられた。

 展開されていたメギドラは、効果が発揮出来ない程半減されて消滅する。

 

「このロキがこんな野蛮な戦い方をするとは……! ──助かったんだから文句言うな。──分かっているが屈辱だ! これだからこういう輩は嫌いなのだ!」

 

 殴った拳を擦りながらロキは不満を爆発させていた。知や魔ではなく、それと対極にある力を使う戦い方をさせられたこと、一誠の暴力に引っ張られて自分もまた同じ様な戦いをさせられたのが余程不本意であった様子。

 ロキは生暖かい感触を顔に感じ、指で触れる。指先には血が付いており、ロキの割れた額から流れ出ていた。ギリギリと奥歯を噛み締め、ロキは乱暴な手付きで額の血を拭い捨てる。

 

「グアアアア……!」

 

 土砂をまき散らして地面の凹みから一誠は体を起こす。相変わらず鎧には傷一つ無い。否、小さな傷が多少あったが瞬く間にそれが修復されてしまう。鎧が膨大な魔力によって修復されたのか、それともほぼ生物と変わらない姿をしているので再生能力を得たのかは分からないが、どちらにしても今の一誠には生半可な攻撃は通用しないということである。

 一誠が手を伸ばす。すると、『覇龍』化の際に落としていたミョルニルレプリカが飛んできて、一誠の手に収まる。今度は反対側の手を伸ばす。

 

「むっ」

 

 ゼノヴィアの手からアスカロンが消えた。

 

『Blade!』

 

 左手甲から伸びるアスカロン。譲渡していた物を強制的に回収し、装備する。

 右に槌、左に剣という変形的な二刀流。その姿を見たロキは、思わず笑ってしまった。

 

「はっ。ミョルニルのレプリカに、アスカロンだと?」

 

 上等過ぎる武器を構えるのが獣に等しい一誠。という光景に否が応でも失笑してしまう。使う本人が牙か爪の延長線程度にしか思っておらず、『宝の持ち腐れ』という言葉がこれ程相応しい状況は無い。

 

「ガアアアア!」

 

 飛び立った一誠は、ミョルニルレプリカを振る。『覇龍』の魔力を吸って巨大化し、それに相応しい重さが備わったミョルニルレプリカによる一撃。しかし、大振りであった為にロキは後ろに下がり難なく躱した──筈だった。

 

「かはっ!」

 

 胴体を抉る様な衝撃が右から左に抜けていく。それは一誠のミョルニルレプリカを振った軌跡に沿っていた。

 直撃すればロキですら危ういと思うミョルニルレプリカの一振り。例え、空振りしたとしても振るった衝撃が大気を伝わり、凶器と化す。要はただの風圧でロキは息が詰まる程のダメージを受けたのだ。

 そこにすかさずアスカロンで突こうとする。しかし、ロキはアスカロンの先端の前に数重に重ねた防御魔法陣を発生させて防ぐ。

 アスカロンは数個の魔法陣を貫くがそこで勢いが止まる。数少ない聖剣の一本であるが、ドラゴン以外ではどうしても切れ味と破壊力が落ちてしまう様子。

 だが、そんなことは今の一誠には関係の無いこと。多量の魔力がアスカロンへと注がれたかと思えば、アスカロンの剣身を媒介にして魔力を射出。

 杭打機の様に剣身型の魔力が打ち込まれ、魔法陣が纏めて射抜かれる。

 

「ちいっ!」

 

 貫通してくる赤い剣身を見て下へ移動するロキ。その直後に防御魔法陣を全て貫いてきた剣身型魔力がロキの肩を掠めて、彼方へ飛んでいった。

 

「くっ!」

 

 熱の様に感じる痛み。ロキが掠めた部分に手を当てると生暖かい血の感触が伝わる。微かに触れた程度なのに、指が埋まる程抉られていた。

 砕け散った防御魔法陣の向こう側では一誠がもう一度アスカロンから魔力を撃ち出そうとする。

 アスカロンに赤い魔力が充填されていき──小さな亀裂音が聞こえた。

 すると、一誠はアスカロンに魔力を充填するのを中断してしまう。よく見るとアスカロンの刃の一部に小さな欠けがある。もっと目を凝らすと無数の罅割れが剣身に出来ていた。

 たった一度、『覇龍』の魔力を注ぎ込まれたことでアスカロンは大きなダメージを受けていた。あと一回同じことをすればアスカロンは確実に折れてしまう。

 譲られた物を折ることを忍びないと思ったのか、それとも本能的に使えないと思ったのかは分からないが、一誠はアスカロンを手甲の中に納め、ミョルニルレプリカを両手で握り締める。

 ミョルニルレプリカは更に魔力を吸い、槌部分が巨大化する。戦いでは到底使えないまで変化したミョルニルレプリカを担いで飛んでいる一誠の姿は、味方が見て頼もしいと感じると同時に恐ろしさを覚える。

 一方でロキが抱く感想は真逆であった。どれだけ破壊力を増したとしても、ミョルニルレプリカからは静電気一つ発しない。『覇龍』を使用した一誠はもしかすればトールに届くまでの強さを手に入れたのかと一瞬考えたロキであったが、担い手も武器も本物とは程遠いことを改めて認識した。

 勝利を齎すグングニルを携え、あらゆる魔術を自由自在に操るオーディンに比べれば知性が足りない。

 万物を砕き、万雷を轟かせる剛力無双のトールに比べれば迫力が足りない。

 冷静になれば良く見える。目の前の敵は、極端な力を振りまくだけのたかがドラゴンに過ぎない。

 ロキ自身、オーディンによる他国の神々との融和は気に入らず、トールに至ってはこの世から消えて欲しいと本気で思っているが、同時に北欧の神々こそが最強であると確信しており、必然的にその両者の実力も認めている。

 

「ふっ。所詮は力だけか……色々と翻弄はされたがここまでだ。──オーディンやトールの旦那には及ばねぇな──神に血を流させた報いを受けさせてやろう!」

 

 それに応じる様に一誠は吼えると、巨大になったミョルニルレプリカをロキの脳天に振り下ろす。

 ロキは防御の為の魔法陣を今度は展開せず、影を下ろす程巨大なミョルニルレプリカに片掌だけを向ける。

 ミョルニルレプリカに対し、あまりに小さな掌が槌部分へと触れる。しかし、それでミョルニルレプリカは止まらず、一誠はロキごとミョルニルレプリカを振り抜こうとする。

 ピキリ、という亀裂音が誰の耳にもはっきりと届いた。

 ミョルニルレプリカに触れているロキの手の骨が砕けた音では無い。寧ろ逆である。

 音が鳴っているのはミョルニルレプリカの方であった。

 亀裂音は瞬く間に断続的な音へと変わり、それに反応するかの様にミョルニルレプリカに罅が見え始める。

 次の瞬間、ミョルニルレプリカの槌部分が完全に砕け散る。そして、それだけに止まらず、柄を伝って一誠の左半身は完全に凍り付く。翼まで凍ったことで浮力を失った一誠は下に落ちていった。

 

「イッセー!」

 

 リアスは悲鳴染みた声を上げる。あれ程優位に進めていた戦いが一回の反撃で逆転されてしまった。

 落下地点で動けなくなっている一誠を見下ろしているロキの顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。

 ロキがミョルニルレプリカに対して行ったのは、もう一人の彼が得意とする凍結魔法。ただし、広範囲を対象にしたものではなく対象を極端に絞ることで絶対零度を超えた科学では証明出来ない領域の極低温を発生させたのだ。この極低温に耐えられるものはなく、破壊されるか二度と使い物にならなくなるのかのどちらかである。

 メギドラに次ぐロキの切り札の一つであるが、現状対象一人にしか使うことが出来ないので使用する機会は限られている。まだ名の無い魔法であるが、いずれは彼の娘が統治する氷の国の名を冠しようと考えている。

 左半身を完全に凍結した一誠は最早満足に動くことも出来ない。手こずりはしたが、最後に勝利を得るのは自分であるとロキは高揚する。

 残すは魔人一人と半分凍結しているリアスたちのみ。未熟な魔人と弱った悪魔たちなどを倒すなど容易い。

 

「これで──」

 

 その時、何故かロキは顔色を変えて辺りを警戒し始めた。その顔には明らかに動揺の色が浮かんでいる。

 

「この気配……! ──おいおい! まさか来ているのかよ! 何処だ!」

 

 リアスたちからすればロキの行動は不審なものである。姿無き何かに対し、異様な警戒をしているのだ。

 周囲を大袈裟な程に見回すロキであったが、やがてその視線は一点に集中する。それは、地面の上で動けない一誠。

 

「おのれ! 何か仕込んでいたかっ! 小賢しいことを!」

 

 ロキは声を荒げて一誠に止めを刺そうとする。ここまで余裕の無いロキをリアスたちは初めて見るが、一誠の命が掛ったこの瞬間に理由まで考える暇など無かった。

 

「これで──なっ」

 

 突然、ロキの眼前に雷光が迫る。反射的に魔法陣でそれを防ぐ。朱乃が放った雷光であるが、放った瞬間をロキは見ていない。

 そう思った次の時には無数の聖魔剣とデュランダルから飛ばされた聖なる気がロキに届こうとしていた。

 一誠への止めを一旦中断し、空を飛んでそれらを回避する。

 

「そういうことか……!」

 

 警戒を怠っていないにも関わらず発生する攻撃の見落としの原因を理解したロキは、周囲に手を振るう。

 掌の冷気が伝播し、一瞬にして凍てつく突風となって周囲を吹き抜けていくと、闇夜の中から落下していく大量の何か。

 霜が下りて白くなっているが元は黒い体に赤い目をした蝙蝠。ギャスパーの分身体である。

 密かにロキの周りに滞空させ、邪眼によってロキの時間を停止させていたのだ。しかし、種が割れれば最早意味が無い。

 分身である蝙蝠を凍らされたことで本体であるギャスパーにもフィードバックする。

 

「ご、ごめんなさい……僕は……」

 

 これ以上戦えないことを仲間に詫び、ギャスパーは意識を失う。

 

「……ギャー君!」

 

 小猫が呼び掛けるが返事は無い。触れるとどんどん気が弱まっていくのが分かる。分身の蝙蝠を大量にやられたせいで命に危険が及ぶ程消耗している。

 

「小猫、お願い!」

「……はい!」

 

 ギャスパーに触れると小猫は仙術をかける。生命の源泉というべき場所を仙術で活性化させることで弱まっていく生命力を補おうとする。

 

「……これで何とか」

 

 その時、小猫の猫耳がピクリと動く。少し離れた場所にいる黒歌の猫耳も同じ様に動き、何かの動きを捕捉した。

 狼の唸り声。凍り付いていた筈のスコルとハティが体表の氷を剥がしながら動き始めている。

 

「親譲りなのは牙だけではない! その生命力もだ! 我が氷結でやられる様ならこの場には連れて来ない! 汚名返上の機会を与える! 食い散らかせ! スコル! ハティ!」

 

 ロキの言葉を合図にしてスコルとハティが再び動き出す。咆哮を上げ、体に氷を付着させた状態で二匹の狼たちがリアスたちに走って来る。

 木場たちはロキへの攻撃を断念し、スコルとハティの足止めをしようとする。木場は魔剣を放ち、ゼノヴィア、イリナは聖剣を振るう。しかし、冷え切った体は木場たちが思っている以上に動きを鈍くさせ、スコルとハティの動きに僅かについていけず、二匹が通過した箇所に攻撃が命中してしまう。

 無傷で突破したスコルとハティの前に美候とアーサーが立ち塞がる。美候は如意棒を長くし、二匹纏めて薙ぎ倒そうと振るうが、スコルが体を張って如意棒を受け止めてしまい、その間にハティが前に進んで行く。

 アーサーがその前に立ち、コールブランドでハティの足を斬ろうとするが巨体を跳躍させて躱してしまう。

 そして、ハティはギャスパーの治療の為に動けないリアスたちにその牙を突き立てようとするが──その牙が彼女たちに届くことは無かった。代わりにバラキエルがその身に受けた為に。

 

「どう、して……」

 

 朱乃は我が身を犠牲にしたバラキエルに瞠目し、声を震わす。

 二本の牙が肩から背を貫いている状態でバラキエルは全身から雷光を放ち、ハティの口内を焼く。

 頑丈でタフなハティもこれに耐え切れず、バラキエルから牙を抜き、弾かれる様に後ろへ跳ぶ。

 しかし、一気に牙を抜かれたせいでバラキエルの傷口から大量の血が噴出し、バラキエルは崩れ落ちる様に倒れる。冷気によってかなり消耗している状態でこれ程の傷は命に関わる。

 

「すぐに治しますから!」

 

 アーシアは神器による淡い緑色の光を発し、それを傷口に流し込む様に飛ばす。治癒の神器により傷口に肉が盛り上がり、薄い膜が張られる。少なくとも失血による死は免れた。

 

「何故、私たちを……!」

「お前まで、失う訳には、いかない……」

 

 バラキエルは蒼褪めた顔のまま、はっきりと言う。

 

「朱璃を、私の不甲斐なさで、失い……娘のお前まで失ってしまうなど……耐え切れん」

「そんなこと……そんなこと今更言わないでよ……貴方をずっと拒絶していた私が、馬鹿みたいじゃない……」

 

 涙に濡れた声。朱乃は俯いてバラキエルに今の顔を見せない。

 

「すまない……いつだって私は、大事なことに遅れてしまう……」

 

 朱璃を助けられなかったこと。娘への思いをきちんとした言葉にすること。バラキエルはそれらを自嘲する。

 父と娘が初めて向き合おうとした時、その流れなど無視して復帰したハティが唸り声を上げる。

 大事な瞬間を台無しにされた朱乃は俯いていた顔を上げ、怒気に染め上がった瞳でハティを睨み付けた。

 

「今っ!」

 

 感情が昂り過ぎたせいか朱乃の背から悪魔と堕天使の羽が飛び出し、帯電し始める。

 

「私と父がっ!」

 

 両手に眩い光を放つ雷光。空気の爆ぜる音が連なる。

 

「話している最中でしょっ!」

 

 激情に身を任せ、己の身すら焼け落ちるかもしれない程の限界を超えた雷光。視界が一瞬白い光一色塗り潰された後、ハティの巨体が何度も跳ねながら彼方へ行ってしまう。

 力の殆どを瞬間的に出し尽くした朱乃は、脱力してその場にぺたんと座り込む。すると、偶然バラキエルの顔を覗き込む形となった。

 

「いつも私は……お前を泣かせてばかりだな……」

「──違うわ。只の汗よ、これは……」

 

 汗一滴すら噴き出さない極寒の中で、朱乃は強がる様に言った。

 

 

 ◇

 

 

 スコルとハティが上手く敵をかき回してくれている隙にロキは一誠に急いで接近していた。まだ動いていないが、気配がどんどんと強くなっているのが分かる。

 危なくなる前にロキは一誠を完全に凍結させ、粉々に粉砕するつもりであった。

 あと数歩移動し、手を伸ばせば一誠に届く──筈であった。横から伸びて来た手がロキの手を掴まなければ。

 

「貴、様……!」

「神も焦るものなんだな?」

 

 シンはロキを掴んだまま揶揄する。ロキは一秒でも早く一誠を抹殺しなければならない。しかし、神としてのプライドが神を嘲る存在を許すことが出来なかった。

 

「魂ごと凍て付け!」

 

 ロキはシンの頭を鷲掴みにし、絶対零度を超える凍結によって彼を凍らせる。タンニーンの炎を取り込んだシンですらも抗うことの出来ない氷結の速度。だが、シンはロキの手首を掴み返す。

 シンの全身が氷で覆われるまで数秒も掛からない。だが、その間に何かが砕ける音が聞こえた。

 氷像と化したシンが発したものではない。

 

「く、この……!」

 

 呻くロキ。その手首は歪に変形している。シンによる最後の反撃により、ロキの手首は砕かれてしまった。

 勝った筈なのに泥を付けられたロキは、怒りのままシンを砕こうとする。

 その横目に映る赤い閃光。次の瞬間、ロキの姿は消え、少し遅れて地表で雷鳴による轟音が響き渡る。

 その後に数百メートル先で土が弾けた様に吹き飛び、数十メートル間隔でそれが繰り返される。誰もそれが吹っ飛ばされたロキが何度も地面を跳ねているとは思ってもいない。

 シンを守る様に立つ一誠だが、その左腕は大きく変化していた。左腕全体が何倍も巨大化しており、立っているだけで拳の先が地面に着くアンバランスな見た目。装甲の厚みが増し武骨になった手の甲から肘に掛けて宝玉が等間隔で並んでおり、それらの中には青白い輝きが閉じ込められ、左腕全体から赤い稲妻が発生し、空気が爆ぜる。

 

「俺の友達に何しようとしてんだよっ! この野郎っ!」

 

 獣の咆哮ではなく、それは紛れも無く理性ある人の叫び。友の身を案じ、義憤に燃える声。

 キロ単位まで殴り飛ばされたロキにもその声は届いており、仰向けに倒れたまま忌々しそうにその名を口に出す。

 

「トールッ……!」

 

 神を滅ぼすと言われた神滅具に神の力を分け与えるという暴挙。それによって生み出された新たな『覇龍』

 

覇龍・雷神(ジャガーノートドライブ・タイプトール)

 

 




最後の形態は良いルビが思いつかなかったのでそのまんまの印象を付けました。
あと少しで七巻の話も終わります。

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