ハイスクールD³   作:K/K

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これにて七巻の話は終了となります。次は幕間になるかも。


終幕、弁当

 何だ、これは? 

 

 完全に消し飛んだ戦勝ムードの中で全員に共通の思いが宿っていた。

 日常へ戻ろうとしていた空気はマタドールの登場で罅割れ、次に現れたホワイトライダーが粉微塵に吹き飛ばす。

 

 魔人ホワイトライダー

 

 その姿を直接見た者はマタドール以外居ない。ロキですら名を知っているだけの存在である。だが、跨る異形の白馬。黒い衣に白骨の顔。そして、頭部に輝く金の王冠という特徴だけは広く知れ渡っている。

 最も目撃数が少ない魔人もとい魔人集団。四騎士と呼ばれる魔人の一人が隠そうとしない殺気と共にマタドールを文字通り蹂躙している。

 魔人の放つ死の気配。それとは別にシンたちは不思議な感覚に陥っていた。

 ホワイトライダーを目にした瞬間、戦い方というものが一切浮かばなくなる。少なくとも、今まではどんな攻撃でどう攻めるか頭の中に浮かび上がるものであったが、まるでそれが全て無駄だと言わんばかり微塵も描かれない。

 要は『勝てる気がしない』のだ。

 ホワイトライダーはシンたちの視線を無視し、跨る異形の白馬の足場で転がっているマタドールに視線を下ろす。眼球など無いのにその目が憤怒で彩られているのが分かる。

 

「戦うことしか頭に無いイカレがっ! その挙句が今の様に芋虫が如く四肢を奪われて地面を這うかっ! 無様だなっ! だが、お似合いとも言えるっ!」

 

 マタドールに浴びせられる容赦の無い罵倒。底気味悪く、騎士という仰々しい肩書きに反してホワイトライダーの口調は粗野なもの。そんな荒々しい口調でマタドールを侮蔑し、軽蔑する。

 だが、死者と見紛う体から放たれる殺気は死そのもの。五感のどれかに触れただけで己の急所に凶器を突き付けられている感覚に襲われる。直接向けられていないただの傍観者と成り下がったシンたちがその様な感覚を味わうということは、マタドール自身はそれの比ではない、精神に死を直に浴びせられている状況の筈。

 しかし、同じ魔人であるマタドールにとって死など良く知る隣人にしか過ぎない。ホワイトライダーの殺気に対し、小馬鹿にする様な笑いを見せる。

 

「くくく……今更現れて残飯でも漁りに来たのか? 実に狗らしい。貴公にお似合いだな」

 

 ホワイトライダーの罵倒を、彼の言った言葉を借りて投げ返すマタドール。

 

「お前は残飯ではなく塵だがなっ!」

 

 ホワイトライダーが吐き捨てると、異形の白馬はマタドールの顔面を蹄で蹴り上げた。

 浮き上がるマタドール。ホワイトライダーはマタドールの首を掴み、宙吊りにする。

 四肢を完全に破壊されたマタドールに抗う術は無かったが、首が軋む程絞められてもマタドールの口は止まらない。

 

「狗というのは認めるか……大した忠犬っぷりだ……にしては躾がなっていないが」

「舌も無いのによく回る口だっ! お前を見ていると欠片も残さずに消し去りたくなるっ!」

 

 生ある者ならその恐怖から逃れる為に自死を選ぶであろう殺意に染まった怒気をマタドールにこれでもかと浴びせるが、マタドールの笑い声を断つことは出来なかった。

 

「くくく……消し去りたくなる、か。どうやら、貴公は私の命を奪うことは禁じられているらしいな。そうでなければ、そんな言葉を吐く前に殺っている」

 

 ホワイトライダーの言動からその目的の断片を読み取ったマタドール。

 

「そして、現れた目的も使命から来るものでも無いか……となると貴公が現れた理由は」

 

 ホワイトライダーはマタドールが最後まで言う前にその首を強く締め、喋れなくする。

 

「本当に無駄口の多い奴だっ!」

 

 ホワイトライダーは吐き捨てると、マタドールの足元にある地面が歪み、赤黒い光の円が生まれ、円の中に光一つ無い黒い穴が出来る。

 

「お前の言う通りだっ! お前は殺さんっ! まだなっ! だが、死ななければ何をしてもいいっ!」

 

 何処へ繋がるか分からない黒い穴の中にマタドールを投棄しようとする。

 

「く、くく、そうか……なら、最後に一つ、言い残したことが、ある」

 

 マタドールは首を締め上げられながらも顎を動かし、途切れ途切れに喋る。

 

「聞かんっ! 失せろっ!」

 

 当然ながらホワイトライダーは聞く耳を持たない。

 

「私の言葉では無い……姫島朱璃が最期に残した、言葉だ……」

 

 マタドールが出した名にバラキエルと朱乃は、今の状況など忘れて声を発してしまっていた。

 

「何だと!」

「母様の!」

「黙れっ! 喧しいぞっ!」

 

 二人の反応にホワイトライダーが怒鳴りつけるが、今の二人はその程度で怯む筈が無い。ホワイトライダーに対する恐れよりも、最愛の妻であり母である朱璃の言葉を知りたいという切望の方が強かった。

 

「一応は、人を守護する立場に、あるのだろう? 死者とはいえ、人を第一に考えるのが、貴公らの筈だった、と思うが?」

「……俺たちの目的はあくまで人々の守護っ! たかが遺言程度で……」

「ならば、このまま、私をこの奈落へ、落とせばいい」

 

 マタドールはそう言って口を閉ざす。マタドールを掴んだまま真っ直ぐと伸ばされるホワイトライダーの腕。たった五本の指を離せば、瞬く間にマタドールの姿は黒い穴の中へと消える。

 しかし、ホワイトライダーの指は中々マタドールの首から離れない。恐怖を煽っている──という訳では無い。

 少ししてギリギリと堅い物を擦れ合わす音が鳴り始める。鳥肌を立たせる高音。その音はホワイトライダーから発生していた。

 真一文字に結ばれるホワイトライダーの剝き出しの歯。音はその口腔内から響いている。

 音の正体はホワイトライダーの軋り合わせる歯の音。

 今すぐにでもマタドールを穴の中に沈めたい。だが、ホワイトライダーの意志に反して指は動かなかった。

 四騎士に科せられた何かしらの誓約が、ホワイトライダーにそれの実行を強制制止する。

 

「……とっとと言えっ! 俺の理性が擦り切れる前にっ!」

 

 心の底から屈辱だと言わんばかりの憤怒に満ちた言葉。

 

「なあに、すぐ済む」

 

 それを愉しむ様にマタドールは笑うが、その笑いもすぐに消えた。

 

「『貴方と出会ったあの日から、最期の今日まで何一つ後悔は無く、幸せでした。私の大切な朱乃を私の分まで愛して下さい』」

 

 魔人の言葉を鵜吞みにすることは間違ったことかもしれない。しかし、この状況でマタドールが出まかせを言うとは思えなかった。何よりマタドールによって伝えられる朱璃の最期の言葉は、バラキエルと朱乃の耳には朱璃の声となって届くのだ。

 双眸の奥が熱くなっていくのを感じ、バラキエルは顔を上げる。そうしなければその熱いものが目から流れ出そうになる。彼の脳裏には朱璃と共に過ごした時の思い出が駆け巡る。

 心の何処かで朱璃は自分のことを恨んでいるかもしれない。そんな女性では無いことは知っていた。だが、朱璃の死の原因にバラキエルは間接的に関わっている。その罪悪感がありもしない可能性を生み出していた。或いはそのありもしないこともバラキエルにとっての自罰であったのかもしれない。妻を死なせ、娘の心に深い傷を与えてしまって尚おめおめと生きている自分への償うことも許されない罰。

 しかし、バラキエルは許された。最愛の女性の遺言によって。バラキエルの心の隅に引っ掛かっていた小さな棘が消え去った気がした。

 涙を堪えるバラキエル。人前で見せるのを恥じたのではない、強い父である為に朱乃の前で滂沱するのを耐えているのだ。

 朱乃はそんなバラキエルの姿を見ると、バラキエルの肩に顔を押し当て、涙を流さない父の代わりに自身が涙を流す。

 

「しかと伝えたぞ」

 

 マタドールは何処か満足気に言う。

 

「なら消えろっ!」

 

 そんな余韻を消し去るホワイトライダーの煮詰められた怒りの声。

 

「待って! あの時、私を助けたのは──」

「──ふっ」

 

 朱乃の問いに答える代わりに、マタドールは一笑。すると、マタドールは砕けた腕でホワイトライダーの腕を跳ね除ける。その拍子にホワイトライダーは手を離し、マタドールは抗うことなく地面に生まれた奈落の穴へ落ちていく。

 

「貴公に落とされるのではない。私自身の意志で行くのだ」

 

 何もせずに落とされるくらいなら、抵抗して自ら落ちる。マタドールは最後の瞬間まで自分のプライドを貫き通す。

 マタドールが穴の中に消えると穴も消滅し、マタドールはこの世界から完全に姿を消してしまった。

 

「──そのままでいい、聞け」

 

 ロスヴァイセと匙は、魔人に極限まで警戒しているところへ不意に掛けられた言葉により跳ね上がりそうになる体を懸命に抑える。

 声の主は二人が拘束しているロキ。『覇龍』と雷神の力で打ちのめされたというのにもう意識を取り戻していた。

 

「これから何があろうとそこから一歩も動くな。死にたくなければな」

 

 耳元で囁かれているかの様に聞こえるロキの声。何かしらの魔法を使っている様子だが、魔法封じの魔法陣を何重にも重ね掛けされた上にヴリトラの黒炎で死なないギリギリまで消耗させ続けているというのに、まだ使用出来ることに二人は表情には出さず内心で驚く。

 

「ロキ様、どういう意味ですか?」

 

 ロスヴァイセの、殆ど唇を動かさず羽虫の羽音の様な声量を絞り切った極小の声。それでもロキにはキチンと届き、返事が返って来る。

 

「何かしらの接触があると踏んでいた。──大当たりだったなぁ。ひゃははは」

「まさか……全ては貴方の予定通りだと言うのですか!」

 

 ロスヴァイセは声を震わせる。匙もまた戦慄していた。登場からここまでの流れが全てロキの掌の上だというのなら、途方も無い策謀家である。

 が、予想に反してロキは不機嫌そうな声が返ってきた。

 

「……俺が我々が敗北することを前提に計画を立てる間抜けに見えるのか? ヴァルキリー? 我々の計画が全て上手く行っていたら地面に這っていたのはお前たちで、今頃オーディンの首を獲って全ての神々に見せつけていたところだ」

 

 その段階で何かしらの接触があると予測していたロキであったが、折角の計画も一誠たちによって邪魔され最初の一歩で躓く形となってしまった。

 

「魔法も中々だが嫌味も中々だな、ヴァルキリー」

「い、いえ、そういうつもりで言った訳では……」

「──けっ。そういう配慮が無いから行き遅れるんだよぉ」

「な、なあっ! ひ、酷い……酷過ぎます! もう一人のロキ様っ!」

 

 もう一人のロキによる容赦無い罵倒でロスヴァイセは涙目になる。

 

「取り敢えず、そういうのは後にしてくれ! 一歩でも動いたら死ぬってどういう意味だよ!」

 

 視線はホワイトライダーに固定したまま、匙は肝心の話に戻す。

 

「決まっている。奴の狙いは我々だ」

「我々って……」

「こんな状態である以上、ここから先は、気に喰わないが賭けだな」

 

 何が賭けなのか匙が問おうとした時、全身に悪寒が駆け抜ける。見られていると理解した匙とロスヴァイセは、弾かれた様に悪寒の元の方を見る。

 ホワイトライダーが弓を構え、弦を引いている。矢は番えていないというのにその姿を目に入れた途端、体が竦んで動けなくなる。

 一誠とリアスが恐怖を押し殺して逃げろと叫んでいるのが聞こえたが、その必死な叫びが鼓膜を震わせても匙たちは微動だに出来ない。

 ホワイトライダーが弦から指を離す。張られた弦が戻ると共に弦音を鳴らす。その時、番えていない筈の矢が出現。彗星の様に尾を残すそれは、光そのものを射っているかの様に見えた。

 極限までの緊張状態は、二人に最大限の集中力を与え、匙たちの目には射られた光矢の軌跡がコマ送りの様に映っていた。ただし、見えているだけであり、体の方は一向に動かない。

 馬上から射られた為、上から斜め下へ向かって飛んで行く光矢。自然とその動きを目で追ってしまう匙とロスヴァイセ。

 やがて、光矢は拘束されているロキへ接近していき──命中を見届ける前に強い閃光が走り、強烈な風が匙たちを煽ぐ。

 

「くうっ! ヴリトラ!」

『不味いぞ。今ので奴とのラインが切断された』

「くそっ!」

「気を付けて下さい! 私の魔法陣が破壊されました!」

 

 ヴリトラの黒炎が吹き飛ばされたのを内なるヴリトラは感じ取り、ロスヴァイセも展開していた魔法陣が破壊されたのを感じた。

 ホワイトライダーの矢が着弾した地点には砂煙が立ち昇っており、ロキが今どうなっているのか確認出来ない。

 匙とロスヴァイセは急いでロキの安否を確認しようとする。ここでロキが死ぬ様なことが起これば、一誠たちの戦いが無駄に終わる。命懸けで戦った挙句が理不尽な横槍による決着など認められない。

 

「──動くなと言った筈だっ!」

 

 しかし、それを許すホワイトライダーでは無かった。弓を構え、弦を引き、離す。その動作を一纏めにしたかの様なあまりに速過ぎる動きに、匙たちは反応することが出来ず、結果として視認するよりも早く光矢が匙たちを射抜こうとしていた。

 が、その光矢が二人に届くことは無かった。射抜く筈であった光矢は横から伸びたロキの手によって空中で掴み取られる。

 ロキはホワイトライダーに見せつける様に手の中の光矢を握り折る。折られた光矢は粒子となって溶ける様に消えた。

 

「ロキ様、何故……?」

 

 ロスヴァイセはロキに助けられたことに困惑する。匙もまた同様であった。つい先程まで戦っていた間柄。助ける義理など無い筈である。

 二人の表情を見て、ロキは鼻を鳴らす。

 

「我々を倒した者たちが、名ばかり騎士に癇癪で倒されようものなら、我々の名にも傷が付く。──要は気に入らねぇんだよ、勝った奴が負けるのがなぁ」

 

 突き放す様に言うと、ロキはホワイトライダーと向き合う。

 

「好きにしろ。抵抗はしない」

「──その潔さだけは褒めてやるっ!」

 

 ロキの足元にマタドールの時と同じく別空間へ繋がる穴が出現し、ロキはその中に落ちていく。

 あれだけ苦労して倒したロキをあっさりと連れ去られてしまい、この場に居る全員は啞然とするしかなかった。

 ホワイトライダーはやることはやったと言わんばかりに愛馬の手綱を引き、ここから去ろうとする。

 あまりに一方的で身勝手なホワイトライダーの行動。それを黙っていられない者がいた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 ホワイトライダーは馬を止め、眼球無き眼光を光らせる。

 

「──赤龍帝かっ!」

 

 一誠は声に出した瞬間に自分でも『しまった』という表情をする。ここで呼び止めるなど無謀もいいとこだが、それでもこんな一方的で理不尽な展開があの戦いの幕引きだと認めたくなかった。

 

「あ、あんた! 一体何が目的なんだよ!」

 

 声を震わせながらも問い質す。相手がどんな危険な存在だろうと、それを知らなければ納得出来ない。

 

「ドライグっ!……未熟者の手綱ぐらい握っておけっ!」

『生憎、誰かの手綱を握るなど俺の性分ではない。握られるのも、な』

 

 吐き捨てるホワイトライダーにドライグは一誠を窘めることはせず、寧ろその行動を肯定する。

 

「未熟故の無知と赤龍帝の名に免じて今のは聞かなかったことにしてやるっ! もう口を開くなっ!」

 

 高圧的であるが一度は見逃すと言うホワイトライダー。

 

「でも」

 

 その言葉が出たのは反射的なものであった。つい無意識に食い下がろうとし飛び出してしまった一言。

 

「二度目は無いっ! 死ねっ!」

 

 ホワイトライダーによる死刑宣告と彼が弓の弦を引き絞り、無数の光矢を周囲に射るのはほぼ同時であった。殺意と行動までの間など無いに等しく、あまりにも流れる様な動きのせいで光矢が射られたことを認識する以前に全員ホワイトライダーの言葉が耳に入っている途中であった。

 一誠の行動は不注意だったかもしれない。だからといって、ホワイトライダーがここまで短気──もとい殺意と行動が裏表の様に密着しているとは誰もが思ってもいなかった。

 ホワイトライダーの『死ね』という言葉が耳奥に入り、脳がその意味を理解した時には放たれた光矢は全員の眼前にまで迫っている。

 矢の光が目に飛び込んできた瞬間、シンの右腕が考えるよりも先に動いていた。最小最短最速の動きを以って死を強く匂い立たせる光矢を掴み掛る──直前になって唐突に消え失せられてしまう。

 見えたかと思えばすぐに消えた。一誠たちは白昼夢でも見させられているかの様な気分になる。

 

『ヒッヒッヒ。阿呆か、おぬしは?』

 

 姿は見えず声のみ聞こえる。老人を思わせる低い声。聞く者に鮮血を彷彿とさせる隠し切れない残虐性を感じさせる。そんな声がホワイトライダーを小馬鹿にする。

 

『そなたの……枯れぬ怒気には……羨望すら覚えるが……時と場合を選べなければ……渇いていた方が……ましに思える……』

 

 男女の区別がつかない今にも消えて無くなりそうな声。乾いた声には水気の代わりにホワイトライダーへの呆れが含まれていた。

 

『お前が真面目なのは十分理解している。だからこそ、敢えて言おう。役目よりも使命を果たせ』

 

 最後に聞こえた声は感情が見えない機械の様な平坦な声。怒りも呆れも嘆きも無く、ただホワイトライダーを窘める。

 

「ちっ……」

 

 ホワイトライダーは皆に聞こえる程大きな舌打ちをし、構えていた弓を下ろす。

 

『四騎士が勢揃いか……』

 

 ホワイトライダーと違い姿を現さない三人の騎士。しかし、姿を見せなくともホワイトライダーと遜色無い死の恐怖を纏った重圧に圧せられる。

 その時アーシアの膝から力が抜け、体が崩れ落ちる。

 

「アーシア!」

 

 傍にいたリアスが咄嗟にアーシアの体を支える。アーシアの顔から血の気が失せ、蒼白になっている。ホワイトライダーへの恐怖でもギリギリ耐えていたアーシアの精神が、残りの騎士たちの登場により限界を迎え、極度の緊張状態を強いられた結果気絶してしまった。

 アーシアだけでない。ギャスパーも精神が限界を超えてしまい、うつ伏せになって静かになってしまっている。

 二人の心が軟弱だとは言えない。寧ろ、意識を保つよりも今すぐ断ってしまった方が心に傷を負わせない為の最善の行動にすら思えてくる。

 ホワイトライダーは忌々し気に一誠たちを眺める。咎められなければ今すぐにでも滅ぼしたいというのが嫌でも伝わり、寿命が縮まりそうになる。

 動かしていたホワイトライダーの視線が一点で止まる。そこに立つのはシン。

 怒り、懐古、憐憫。向けられた視線から複雑な感情が伝わってくる。怒り以外向けられる覚えの無い感情に、シンは内心戸惑いを覚える。

 

「──はっ」

 

 ホワイトライダー自身も裡にある感情を鼻で嘲りながら手綱を操る。白馬は嘶き、地面を蹴る。

 空中に足場でもあるかの様に白馬は走りながら上昇し、そこから加速して流星の如き速さとなって雲を突き破り、彼方へ消えてしまった。

 ホワイトライダーが去ると残りの騎士たちの気配も消失。正真正銘、今度こそ戦いは終わった。終わったが、あまり後味の良い結末では無い。最後の最後で全て台無しにされた。

 

「あー……何だったんだよ、チクショウ……」

 

 極限の緊張状態から解放された一誠は思わず嘆く。

 ロキに勝ったらマタドールが現れ、そのマタドールはホワイトライダーにボロボロにされ、マタドールは朱乃の母の遺言を伝えて何処かに転送され、折角捕まえたロキも何処かに連れ去られてしまい、最後には四騎士勢揃い。

 たった数分間の出来事だが、密度が濃すぎて何倍にも感じてしまう。

 

「なあ……間薙。俺たちって勝ったんだよな……?」

 

 何も実感を得ることが出来ない結末への不安から、シンに問い掛けてしまう。

 

「生きているから勝ち、という訳でも無いな。だが、負けという訳でもない」

 

 返ってきたのは曖昧な答え。だが、心の内のモヤモヤしたものを表現するとしたらそれが近いのかもしれない。

 

「スッキリしないなぁ……」

「ああ。だから、次に会った時はそれを晴らす為に全員殴り飛ばすぞ」

 

 思いもよらないバイオレンスな返しに一誠は目を丸くする。あれだけ強大なマタドールと四騎士に折れずに挑もうと考えているのだ。

 無謀だが勇ましいシンの宣言に、一誠は曇らせていた顔を笑い顔で晴らす。

 

「──だな! それが出来るだけ強くなんなきゃな!」

「ああ」

 

 苦い思いをさせられた戦いが終わった。しかし、それは必ず糧となるもの。まだ新芽の若人たちをいつか咲き誇らせる為に。

 

 

 ◇

 

 

 果ての見えない奈落へ堕ち続けるマタドール。彼は至って平常であった。自らの置かれている状況に絶望して諦めの境地に入ったからではない。彼にとってこの奈落はその程度の状況であるのだ。

 

「約束は果たしたぞ」

 

 落ち続けながらマタドールは独り零す。天へと昇った朱璃とは違い、深淵へと落下していくこの声が届くかは分からない。しかし、マタドールにはそんなことなど無視して語り続ける。

 

「思えば安易な約束をしたものだ。叶えるのに随分と掛かってしまった。美女との約束を断れないのは私の悪い癖だな」

 

 肩を竦めながら自嘲するマタドールだが、その声に悔いの様なものは無い。

 

「だが、何にせよ伝えることが出来て良かった。あまり知られていないが、私は約束を反故にするのは嫌いだ」

 

 誰にも伝わらないと分かっているのにマタドールは喋り続ける。こうなった状況は全て自分が招いたものだと説明している様にも見えた。

 

「さて、久しぶりにゆっくりと休むとしようか。あの走狗が折角寝床を用意してくれたからな」

 

 ホワイトライダーへの皮肉を言いながら、マタドールは脱力する。今まで休むことなく戦い続けてきたマタドールが初めて警戒心ゼロの無防備を晒す。

 

「戦士に戦いは不可欠だが、休養も必要ということだな。さっさとこの手足を治すとしよう。バランスが悪いのは気分が悪い」

 

 瞼など無いがマタドールは目を閉じる。

 この奈落への穴の数少ない美点を上げるとすれば、余計な雑音が無いことだろう。

 今のマタドールは光も映さず、音も拾わない。自他共に考えられないぐらい隙だらけになる。

 あとは意識を絶つのみ。深い眠りにつくまえにマタドールは願う。

 

(叶うならば、目覚めた世界に平穏は無く、強敵と闘争で満ち溢れていてほしい)

 

 そう願い、マタドールは久方ぶりの眠りへと入っていった。

 

 

 ◇

 

 

「あー、疲れたー……」

 

 オカルト研究部部室で一誠はソファーにだらりと凭れ掛かる。

 ロキとの戦いの後、一誠たちは事件の後始末に追われていた。

 無事に会談を終えたオーディンとアザゼルにロキが拉致されたことを告げると、二人とも目をこれでもかと丸くして驚いた顔をしていたのが印象的だった。

 そこから一誠たちは何があったのかを事情聴取され、ロキのことを何度も何度も説明することになった。

 それが非常に面倒くさく大変であったが、何せ北欧神話の悪神が姿を消してしまったのだ。一誠たちがその拉致に関わっていないことをきちんと説明して疑いを晴らしておかないと、この件に関わった者たち全員が北欧神話の勢力から敵視されかねない。

 幸い、北欧の主神であるオーディンが口添えしてくれたので大事にはならなかった。尤も、騒いでいるのは表向きのことで本気で責め立てるつもりは無い、というのがオーディンとアザゼルの見解である。

 何せ北欧の神々の中でオーディンのやり方に面と向かって非難しているのはロキぐらいであり、同じく反感を抱いている他の神々もいるが、表立って非難することはせずロキを陰ながら応援している程度。行方不明のロキ、ヴァーリたちによって連れていかれたフェンリル、全滅した量産ミドガルズオルムなどの最大勢力も失ってしまった現状では大きく出ることはまず無い。

 ただ、この忙しさを過ぎれば、修学旅行という学生にとっての一大イベントが待っている。

 

「やることが多くて疲れが抜けないなー、なあ?」

 

 一誠は天井を仰ぎながらソファーの近くに立つシンへ声を掛ける。いつも通りの無表情で何一つ変わらないシンの様子に一誠は内心羨ましく感じる。

 

「お前、体は大丈夫なのかよ?」

「問題無い」

「問題無いって、お前……」

 

 シンの素っ気ない返答に、一誠は呆れる。ロキによって全身完全凍結された人間が吐く台詞ではない。

 ケルベロスとジャックランタンはロキの凍結魔法によってかなり苦しめられており、戦後にアーシアの神器とフェニックスの涙による治療を施されても完全復帰までかなりの時間を要しており、今も自宅で療養している。

 本人たちはもう回復したと言っているが、念の為でもある。

 そして、ピクシーの方も同じくシンの家で療養している。外傷は無いが、力を激しく消耗しており一日の大半を眠って過ごし、力の回復に当てている。時折起きてシンと軽い会話をするが数分で眠りについてしまう。

 

「お前とタンニーンのおっさんは本当に化け物みたいな生命力をしてんなー」

 

 二人と同様に全身凍結された挙句に片腕と片翼を奪われたタンニーンだが、冥界の医療が総力を挙げて治療を施し、その甲斐もあって腕と翼は無事に接合出来たという。聞くところによるとリハビリがてらにもう空を飛んでいるらしい。流石は龍王に名を連ねていたドラゴンと言うしかなかった。

 

「うぅぅぅ……」

「うっさいホ! メソメソするんじゃないホ!」

 

 会話するシンたちの耳に入り込んで来る女のさめざめと泣く声と、それを容赦無く叱咤する幼い声。

 今回の戦いで残された問題その一とその二である。

 

「だって……だって、私、オーディン様に置いて行かれたんですよぉ! 酷い! あんまりです! あれだけ甲斐甲斐しく尽くしたのに……! そりゃあ、神らしく威厳のある振る舞いをするように口を酸っぱくして注意しましたが……はっ! もしかして、それが原因で!」

「だから、うるさいホ! 何一人で喚いて一人で納得しているホ!」

「そんなにきつく言わなくてもいいじゃないですかー! 置いて行かれた者同士、仲良くしましょうよー!」

「一緒にするんじゃないホ! 女としても行き遅れている奴と!」

「ひ、酷い! 酷過ぎる! 可愛い顔をして何て残酷なことが言えるんですかっ! う、うわああああああああん!」

 

 さめざめ泣いていたのが、容赦の無い罵倒で号泣と化す。騒いでいるのは残された問題その一であるジャアクフロストと問題その二のロスヴァイセであった。

 ジャアクフロストは自分が置いて行かれたと知った瞬間に激怒し、散々ヴァーリたちをボロカスに言った挙句、彼らが迎えに来て謝るまで戻らないことを決意し、こちらへと留まった。

 一応は『禍の団』所属ということもあり、組織についての情報を顔馴染みであるアザゼルが直々に問おうとしたが、余程腹が立っていたらしく何もせずとも自分の方からベラベラと喋っていたらしい。

 とは言ってもジャアクフロスト自身は『禍の団』について一切興味が無く、『禍の団』に入ったのもヴァーリに付いて行ったに過ぎないので大した情報は持っていなかった。アザゼル曰く、話の大半は仲間の秘密の暴露だったと言う。

 そして、ジャアクフロストの身柄はシンたちが預かることとなった。これは、アザゼルの計らいである。顔馴染みのジャアクフロストを預けるに最も信頼出来る人選を考えた結果であった。

 しかし、ジャアクフロストをそのまま預ける訳にもいかないのである処置を施してある。

 ロスヴァイセにガミガミと言うジャアクフロストの揺れる帽子の先端に、金の輪のアクセサリーが付けられている。これは、ジャアクフロストの能力を抑制するものであり、これを付けている限りジャアクフロストは氷、呪殺の能力は使用出来ず、力の方もジャックフロスト並みに弱体化している。

 アザゼルはそれを付ける前にジャアクフロストに一応の確認をした。今まで積み重ねてきた力を失い、また命を脅かされる日々が来るかもしれない、と。

 しかし、ジャアクフロストはあっさり言い放ったという。

 

『さっさと付けるホ。俺様ならそれを付けても元の力が使えるまで強くなるホ! 寧ろ、強くなってヴァーリたちをぶん殴ってやるホ!』

 

 それを聞いて、アザゼルは『ヴァーリに似てきたなー』としみじみと思ったとのこと。

 

「ヒホ! 悪口なんてダメホ!」

「ヒーホー! 悪口じゃないホ! 事実を言ったまでホ! ヒホホホホホ!」

「うわああああああ!」

 

 ジャックフロストが咎め、ジャアクフロストは笑い、ロスヴァイセは更に泣く。そして、ジャアクフロストを成敗する為にジャックフロストが挑みかかる。

 以前はジャアクフロストの方が強かったが、下手に互角になってしまったせいで、ジャックフロストと決着を付けることも出来ずお互いが疲れ果てるまで不毛な争いを続けることになる。

 その後ろでわんわんと泣くロスヴァイセ。リアスが見兼ねたのか、彼女を慰める。

 ロスヴァイセもジャアクフロストと同じくオーディンに置いて行かれていた。ロキ戦の後のごたごたに巻き込まれていたロスヴァイセはそれに気付かず、いつの間にか居なくなっており途方に暮れていた。護衛対象しかも主神であるオーディンに置いて行かれたとはいえ護衛の任を疎かにしてしまったので国に帰ることも出来ず、オーディンも連れ戻しに来る気配も無くロスヴァイセ本人は解雇されたと思い、自らの境遇を嘆く。

 

「てか、オーディンの爺さんも置いて行くかね、普通」

「もうボケていたんじゃないのか?」

「お、お前、仮に事実だったとしてもとんでもないことを言うな……」

 

 まさに神をも恐れぬシンの発言に、一誠は顔を引き攣らせる。

 実は、一誠たちにもロスヴァイセにも内緒にしていることだが、シンは自分の国に帰る前のオーディンと会っていた。

 シンはその時のことを思い出す。あれは、ロキの件についての事情聴取を終えた後のこと──

 

 

 ◇

 

 

 何度目か数えるのを止めたロキとの戦いについての事情聴取。同じ言葉を繰り返し繰り返し喋り続けていたせいで、舌に内容が浮かんでいるのではないかと思ってしまう。

 しかし、理解出来ない訳では無い。神が居なくなったことや各勢力を悩ませている魔人マタドールの出現。追い打ちを掛ける様に出現頻度の少ない四騎士も同じく場所に現れたとあっては、悪魔も天使も堕天使も神経質にならざるを得なかった。

 三勢力の方もこちらに対して一応の配慮はしてくれており、事情聴取の場所を見知らぬ場所ではなくわざわざ駒王学園内部にし、適度の休憩や好きな食事などの手厚いサービスもしてくれている。

 だが、事情聴取は基本的に三勢力から選ばれた者たちと、口裏合わせが無い様にこちらは一人という多対一という形式なので少々気疲れをする。

 シンは本日の事情聴取を終え、帰宅しようとしていた。明日も事情聴取があると思うとウンザリする。

 

「ほっほっほっ。ウンザリ、という顔じゃのう」

 

 オーディンに声を掛けられ、シンは足を止める。シンはいつも通りの無表情であったが、オーディンは細かな表情の変化でシンの内心を正確に見抜いていた。

 

「どうも」

 

 北欧の主神相手に素っ気ない態度で軽く頭を下げるシン。北欧神話の勢力が見れば無礼と怒りそうだが、オーディン当人は全く気にしていない。

 

「何か用でしたか?」

「いやあ、大したことではない。そろそろ国に帰ろうと思ってのう。アザゼルには言っておいたが、このまま帰ろうとした時に偶々お前さんを見つけただけでな」

「そうですか……」

 

 シンは視線をオーディンの周囲に向ける。護衛のロスヴァイセの姿は見当たらない。気配も感じない辺り、近くにも居ない様子。

 

「ロスヴァイセなら居らんぞ。このまま置いて行く」

「──何故?」

 

 オーディンの薄情と言える行動に問う声は少しだけ鋭くなる。

 

「まあ、経験の為じゃのう。あやつの才能や素質を生かすにはワシらの国では狭すぎるし、あやつも頭が固過ぎる。今回の会談で交流の幅が広がったのだ、世界の広さと柔軟な思考を身に付ける為にも北欧から出んとな。それに、ロキが居なくなってもワシらの国の内情はまだごたごたしておる。古い者たちのいがみ合いに若い世代を巻き込むのものう……?」

 

 オーディンは白い髭を撫でながら隻眼をシンに向ける。底知れない知性で満ちた瞳から本気か嘘かを判断出来る程シンは老成してない。

 

「……そうですか」

 

 故にオーディンの言葉を自らの直感で信じる。一度は共闘した関係、それで全てを信じられる訳では無いが、少なくとも信用に足らない人物ではない。

 

「うちの部長が悪魔にスカウトするかもしれませんよ?」

「それも良し。本人が選んだのならワシが口出しする権利なんぞない。それに交流の幅は広がったと言ったじゃろ? そういうヴァルキリーが現れるのも面白い」

 

 これから起こる変化に対し、好意的な態度のオーディン。老神の目にはこの先起こるであろう変化も見通しているのかもしれない。

 

「それにもしも赤龍帝と良い仲となったら、将来的に赤龍帝の血を引く者がワシらの勢力に加わるかもしれんしのー」

 

 本気か冗談か分からない打算的な考え。

 

「何ならお主でも構わんが?」

「……」

 

 オーディンの提案に、シンは無言で見つめる。

 

「『何を言っているんだ? このボケ爺は?』と言わんばかりの顔じゃのう」

「惜しい。正確には『くたばれ、クソ爺』です」

「惜しいのか、それは? 想像以上に辛辣なのじゃが……」

 

 シンの方も本気か冗談か分からない返しをする。

 

「──まあ、色々と思うところがあるじゃろうが、ロスヴァイセのことをよろしく頼むぞ。普段は真面目じゃが、所々が抜けておるので」

「出来る限りのことはしておきますよ」

「頼むぞい」

 

 言いたいことを言い終えたのかオーディンは背を向ける──かと思いきや、その動きを中断してシンへ向き直った。

 

「今の話は内緒じゃぞ。何も知らない方が伸び伸びと羽ばたける」

「恨まれますよ?」

「ほっほっほっ。ワシがどれくらいの輩に恨まれていると思っておる?」

 

 年季の差と言うべきか、今更ロスヴァイセの恨みぐらい苦でもない様子。

 

「──分かりました。黙っておきます。もし訊かれたら、『もうボケていたんじゃないのか?』と言っておきます。……その方が説得力がありますし」

「一言余計じゃわい」

 

 

 ◇

 

 

 少し前のことをぼんやりと思い出しているシンの視線の先では、リアスがロスヴァイセを慰めるついでにロスヴァイセの衣食住の保障をしていた。リアスが言うにロスヴァイセは近いうちにこの駒王学園の女性教諭として働くとのこと。

 そして、自らの眷属にもスカウトしていた。他のメンバーは初耳だったらしく、リアスがロスヴァイセを勧誘した瞬間、手を止めて二人に視線を集中させている。

 

「因みに、今眷属になるとこんなプランが」

 

 リアスがロスヴァイセに書類を見せるとロスヴァイセの目の色が変わり、書類を穴が開きそうな程凝視する。

 

「す、凄い! こ、こんな好条件があるなんて! それにこんなサービスも!」

「仮に私の眷属にならないとしても、グレモリーの人材として貴方を勧誘するわ。その場合はこちら」

 

 別の書類をロスヴァイセに見せる。

 

「こっちも凄い! 魔王輩出の名門であることを知っていましたが、これ程とは……! で、でも悪魔でなくヴァルキリーとしてグレモリー家に仕えてもいいんのですか?」

「グレモリーはいつでもより良い人材を募集しているのよ」

「も、もし、私が眷属になったら、もしかして両方とも……?」

「勿論よ」

「何ていう好条件! ヴァルハラとは全然違う!」

 

 哀しみや嘆きが全て吹き飛び、歓喜で震えるロスヴァイセ。

 

「なあ、ヴァルキリーってどんだけブラックな仕事だったんだろうな?」

「想像するのも止めておけ。俺たちには縁の無い世界だ」

 

 一誠がひそひそと話しかけてくる。社会経験の無い二人にしてみれば未知の領域だが、ロスヴァイセのリアクションを見ていると、自分たちが随分と恵まれた環境に居ることを自覚させられる。

 

「もし、貴女が私の眷属になるなら私は貴女にこの『戦車』の駒を渡すわ。貴女の魔術に加えて『戦車』の頑丈さ、火力と防御力を合わせたまさに要塞が誕生するわ。──ただし」

 

 リアスは最後の『悪魔の駒』を真剣な目で見つめる。

 

「貴女の能力を考えると駒一つでは足りないかもしれない。そうなると私の主としての器が試されるわ」

「どういう事ですか?」

「未使用の『悪魔の駒』は主の成長に反応して性質を変えるの」

「えっ、そんな仕組みがあったんですか?」

「まあ、私も最近知ったのだけど……」

 

『悪魔の駒』を制作したアジュカ・ベルゼブブによる意図的に隠した要素であり、最近になって発表された事だと言う。

 かなり重要なことだと思われるが、冥界はそれを良しとしている。悪影響を及ぼさない限りはその程度のイレギュラーは許容の範囲内のこととして軽く流している様子。

 

「どうする? もし、駒一つ消費で眷属に成れなくてもちゃんとグレモリーの仕事は紹介するわ」

「──いえ、きっと成れると思います」

 

 ロスヴァイセはリアスに手を伸ばす。それが意味することは一つ。

 

「今、こういう状況になったことにどこか運命を感じます。私の勝手な妄想ですけど、貴女たちのレーティングゲームを初めて見た時からこうなることが決まっていたのかもしれません」

 

 差し出されたロスヴァイセの手の中に『悪魔の駒』が置かれると、紅色の光が部室内を覆った後、悪魔の翼を背に生やしたロスヴァイセが立っていた。

 リアスは駒一つで転生出来たことに安堵の息を洩らす。

 転生し終えたロスヴァイセは、全員に向けてお手本の様なお辞儀をする。

 すると、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。

 ドアの方を見るとアザゼルが手を叩いている。その傍にはバラキエルも立っていた。

 

「おめでとよ。これで眷属全て揃ったな。良いメンツじゃねぇか」

「そうね。上等過ぎるぐらいだわ」

「ま、それに見合うだけの成長をしろよ、リアス」

「言われるまでもないわ」

 

 堂々と言い放つリアスに、アザゼルは微笑を見せる。

 

「んじゃあ、俺はこれからバラキエルを送ってくる。部活動は好きにやってくれ」

「そうなんですか? じゃあ、俺たちも見送りを──」

 

 ソファーから立ち上がろうとした一誠を手で制する。

 

「俺だけで十分だ」

 

 アザゼルにそう言われると一誠たちも言われた通りにするしかない。

 朱乃はチラチラとバラキエルの方を見ており、何か言いたげな表情をしている。バラキエルも視線だけ朱乃に向けており、気にしていた。

 

「あ、あの!」

 

 朱乃が声を上げる。

 

「どうした?」

「アザゼル先生! 頼みたいことが!」

 

 朱乃はそう言うと素早くアザゼルのスーツの袖を掴み、部室外へ出ていく。残されたバラキエルは少しだけ寂しそうな表情をしている。声を掛けられたのが自分だと思っていたせいでもあった。

 ある程度のわだかまりは解けたが、それでもまだ親子間でのギクシャクは続いている。

 

「乳、いや、兵藤一誠」

 

 いきなり名を呼ばれた一誠は驚きながらもソファーから立ち上がり、すぐにバラキエルの前まで移動する。

 

「いや、まあ、呼びやすいなら乳龍帝でもいいですよ。好きなのは間違いないですし……あ、でも、食べる程ではありませんよ?」

『俺は嫌だぞ!』

「う、うむ。どうやら、色々と誤解をしていたみたいだ……」

 

 申し訳なさそうに加え照れているバラキエル。ドライグが脳内で抗議しているが、一誠はそれをスルー。

 

「き、君は娘が──朱乃のことが好きか?」

「はい。大好きですよ。頼りになって、優しい女性だと思います」

 

 一誠の即答に周囲の女性は何とも複雑な表情をする。個人として朱乃が好きなのと女としてのライバル視が合わさって表情がコロコロと変わる。

 

「モテる男は大変だな」

 

 その光景を眺めながら他人事の様に言うシン。

 

「いやあ、あれがイッセー君の魅力の一つだと思うよ?」

「は、はいぃぃ。あの率直さは見習いたいですぅ」

 

 シンの小さな声を拾う木場とギャスパー。いつの間にか避難する様に傍に来ていた。

 

「お前たちもあいつのことが大好きだな」

「そうだね。でも間薙君のことも同じくらい好きだよ」

「は、はいぃぃ。僕も一緒ですぅぅ!」

「──それはどうも」

 

 誰だってストレートに好意を示されれば言葉を詰まらせるし、言葉を選ぶ。

 

「おーい。そろそろ行くぞー」

 

 部室外からアザゼルがバラキエルを呼び掛ける。朱乃の頼み事が終わったらしい。

 

「娘のことを頼んだ」

 

 バラキエルはそう言い残し、部室の外へ出ていった。

 

「はい!」

 

 一誠の快活な声を背に受けて。

 

 

 ◇

 

 

 とあるデパート内。そこでアザゼルとバラキエルは土産が入った買い物袋を手一杯に持ってベンチに座っていた。

 バラキエルがグリゴリの同僚たちから帰って来るついでに頼まれた買い物にアザゼルが付き合っていた。武骨で武人気質なバラキエルはこういったことに疎く、しかし責任感は人一倍ある為に素直にアザゼルの力を借りて遂行した。

 おかげで十分な買い物が出来たが、慣れないことをしたせいでバラキエルは少し疲れ気味である。

 アザゼルはチラリと時計を見る。

 

「丁度いい時間だな。ほれ、これ」

 

 アザゼルは手荷物の中から巾着袋を取り出す。明らかにアザゼルの趣味ではない物を見て、バラキエルは訝しむ。

 

「何だこれは?」

「いいから開けてみろ」

 

 手渡された巾着袋を開けると中には弁当箱が入っており、中を開くと和で彩られた料理が入っている。

 

「これは……!」

 

 バラキエルが声を震わす。彼にとってそれは既知のもの。もう二度と見ることは無いと思ったもの。

 

「朱乃からだ。どうも直接渡すのが照れくさかったらしい。そういう所はお前と似てるよなぁ」

 

 バラキエルは弁当とアザゼルを交互に見やる。その様子にアザゼルは苦笑し、早く食べるよう促した。

 バラキエルは添えてあった箸を取り、慣れた手付きで肉じゃがを一つ摘み、食べる。

 一口食べると目を見開き、もう一つもう一つと無言で食べ続けた後、急に俯き弁当箱をアザゼルの方に差し出す。

 

「……お前も、食べろ」

「おいおい。いいのか? 娘の愛情弁当だろ?」

「今、食べたら、……折角の、味が、変わってしまう……」

 

 区切る様に喋るバラキエルの膝には点々と濡れた染みが出来上がっていた。

 

「……そうかい。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 アザゼルは肉じゃがを摘み、口へと放る。

 

「美味い。良い味じゃねぇか」

「ああ、そうだろ? 俺が、愛した味だ……朱璃の味だ……」

 

 バラキエルは目元を覆い、静かに泣き続ける。

 

「なあに、時間は有るんだ。お前たちの溝なんてすぐに埋まる」

「彼が……それまで、朱乃を大事に守ってくれると、信じたい……」

「任せとけよ。良い女ってのは仲間や男に恵まれるもんだ」

「マタドールにも、借りが出来た……」

「次会った時には全力で殴ってやれ。それで喜ぶ変態だ、奴は」

 

 感極まったバラキエルの涙は中々止まらない。今まで堪えてきたものが一気に解放されているかのようである。

 

「ほれほれ。早く泣き止め。でないと俺が全部喰っちまうぞ?」

 

 そういいつつ、アザゼルはバラキエルの涙が止まるまで朱乃の弁当に手を伸ばすことはしなかった。

 

 

 ◇

 

 

 ロキによる騒動はこれにて終幕する。だが、何かが終わることは何かが始まることを意味する。

 

「ここに連れて来られたということは、我らが貴殿のお眼鏡に適ったということでいいのかな? ──随分と物騒な使いを寄越してくれるじゃねぇか」

「手荒な真似はしないでくれと言った筈なんだけどね。まあ、その跳ねっ返りも可愛いものさ」

「あれを可愛いと評するとは……」

「それよりもこれからの話をしよう。君が本当に僕らの仲間になるのかは、僕の話を聞いた後でも遅くはない」

「果たして拒否権があるのかどうかが疑問だ。──気に入らなければサクッと殺れるだろしなぁ?」

「そんな物騒なことはしないさ」

「……まあいい、その甘言に敢えて乗ろう。ところで貴殿らをどう呼んだらいい?」

「そういえば自己紹介がまだだったね。僕のことはベル、そして彼はルイと呼んでくれ」

 

 




ベル「マタドールはまだ役目はあるから倒しちゃダメだよ」
ホワイトライダー「はい。でも気に入らないから半殺しにします」
ベル「人修羅と赤龍帝たちは今後も利用出来るから無傷で」
ホワイトライダー「はい。でもむかついたから殺しに掛かります」
ベル「今回は見逃すけど、ちゃんと反省してね?」
ホワイトライダー「はい。反省します。でも、同じことが起きたらまたやります」
ベル「君って奴は……ヤンチャで可愛いな」

戦後の会話は大体こんな感じです。

 

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