ハイスクールD³   作:K/K

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今年最後の投稿です。来年もよろしくお願いいたします。


幕間 少女、求友(後編)

 ふふ。遊びましょう。遊びましょう。

 

 暗闇の中でアリスの声だけが聞こえてくる。

 

「ロスヴァイセさん。ジャアクフロスト」

 

 名を呼んでも近くにいる二人の反応が返って来ない。分断されたか、この闇は視界だけでなく音すらも遮断するのか。

 闇が消える。すると目の前に誰かが立っているのでシンは咄嗟に拳を突き出し──止めた。向こうの人物もまた拳を突き出して止めている。見覚えのある顔。それはまさしくシンの顔である。

 シンが拳を引くと、目の前のシンも拳を引く。もう一人のシンは鏡に映った鏡像であった。

 真正面だけではない。左右後ろにも映るシンの鏡像。シンはいつの間にかミラーハウスの中へ閉じ込められていた。

 ロスヴァイセとジャアクフロストの姿は見当たらない。同じミラーハウス内にいるのか、それとも隔離をされているのか。

 いつまでも同じ場所に立っている訳にもいかず、シンは仕方なく歩き始める。

 あるく度に常に映り込む自分の姿。ナルシストならばそれに酔い痴れることも出来ただろうが、あらゆる角度に自分しかいないというのは存外不気味である。その感覚的な不気味さが鏡にまつわる怪談や都市伝説を生み出しているのかもしれない。

 周囲を警戒しながらも出口を求めてシンは歩く。絶えず視線を動かしながら、何十枚目か分からない鏡の前を通過し──足を止めた。

 二歩程戻り、通過した鏡の前に立つ。その鏡には何故かシンの姿が映っていない。

 鏡を見ていた視線を横にずらす。そこにも当然シンの鏡像がある。

 

「──悪趣味だな」

 

 その鏡像を見てシンは吐き捨てた。鏡像はシンに向かって歩き始めているのだ。シン本人は立っているだけだというのに。鏡に映る筈のシンが鏡から抜け出て実体を持っていた。

 歩きはやがて走りに変わり、シンに向かって実体化した鏡像が殴り掛かってくる。

 顔面を打ち抜こうとする真っ直ぐな拳。シンは頬に拳圧が触れる程の最小限の動きで頭を動かして避けながら前に踏み込み、腕を交差させながら逆に鏡像の顔面を打ち抜く。

 

(手応え無し、か)

 

 殴った拳からは肉が潰れる感触も骨が砕ける感触も伝わってこない。鏡像が空いた手でシンの胴体を攻撃しようとしてきたので、すぐに後ろに飛び退く。

 顔面中央を殴られた鏡像は凹むどころか、傷一つ無く能面の表情でシンを見つめていた。

 すると、クスクスと笑うアリスの声がミラーハウス内に響き渡る。

 

 無駄だよ。お兄ちゃん。鏡のお兄ちゃんはそれじゃ壊れないよ? 

 

 無邪気な声というのは時と場合によっては癇に障る。特にアリスからは魔人に似た気配もするせいもあって容姿関係無く敵意を抱いてしまう。

 

 でも、いいの。壊れなかったらお兄ちゃんはワタシのオトモダチになるから。他の場所にいるお姉さんと雪だるまさんもワタシのオトモダチに──

「そうか。二人はここに居ないのか」

 

 確証が無かったので控えていたが、アリスの口から二人が別の場所に居ると知ったのなら話は早い。

 

 寂しい? でも大丈夫。ワタシが賑やかにしてあげる! 

 

 指を鳴らす音と共にシンが映っている鏡の中から鏡像のシンたちが抜け出てくる。どいつもこいつも無表情であり、わらわらと群れる光景は不気味であった。

 自分の無表情を相手側の視線で見たらこんな気持ちになるのかと自虐的な評価をする。

 

 お兄ちゃんとワタシのお兄ちゃんで遊びましょう? 

 

 シンは最初からアリスの用意した遊びに付き合うつもりは無かった。

 左手に魔力剣が握られる。衣服越しに輝く体に張り巡らされた紋様。右足に集中する力のせいで履いていたスポーツシューズが弾け飛ぶ。

 

 あら? 何をするの? 

 

 好奇心に満ちたアリスの声に、シンはただ一言返す。

 

「こうする」

 

 左手に握る魔力剣を振ると内包された力が解放され、魔力の波となって広がっていく。狙いは鏡像の群──ではなくそれらが出て来た鏡であり一斉に破壊。

 と同時に右足を振り抜く。右足から放たれた魔力が幾本の線の様に伸び、破壊し切れていない鏡をまとめて貫いていく。

 

 まあ! 

 

 アリスの驚く声が聞こえるが無視し、今度は両手に炎を灯す。燃え盛る炎を宿した左右の手を一つに纏めることで、炎は閃光の様な輝きに変化。その両手を前に突き出すと超高熱の熱線となり、ミラーハウス内を溶かしながら前進。射程限界まで到達すると、シンはその場で一回転をして周囲を焼き切る。

 砕け散った鏡が足元に広がる。シンの鏡像らに亀裂が入ったかと思えば砕け散り、他の鏡片に混ざってしまう。本体である鏡自体が破壊されたせいと思われる。

 全ての鏡が破壊され、広々とした空間となる。ロスヴァイセたちがいないと分かったので徹底的に破壊して脱出口を見つけようとしたのだ。

 

 もう! 乱暴ね! 折角の遊びが台無しなっちゃった! 

 

 少しだけ怒ったアリスの声が聞こえるが無視する。

 

 そんな乱暴な人は、えい! 

 

 亀裂音が頭上から聞こえる。見上げたシンが見たのは崩壊する天井と落ちてくる瓦礫。

 驚くに値しない。シンは出口が見つからなければ、このミラーハウスを完全に破壊するつもりであった。故に既に準備は出来ている。

 体から放つ光がより輝きを増すと、シンの背中から放出される魔力が無数の魔槍となり全方位へ撃ち出される。

 

 

 ◇

 

 

「も、もう、ダメ……!」

 

 ロスヴァイセが蒼褪めた顔で膝を突く。

 暗転した後に連れて来られた場所は巨大なメリーゴーランドであった。ロスヴァイセの周りでは馬の遊具や馬車が回転する床に合わせて上下している。

 ロスヴァイセも最初は遊具を避けてメリーゴーランドの外へ出ようとしていた。しかし、どういう仕組みかメリーゴーランドを囲う柵の向こうに行くと元の位置に戻されてしまうのだ。

 それを何十回も繰り返し、何とかメリーゴーランドの外に出ようと頑張るも上手く行かない。北欧魔術を使って脱出しようとしたが、このメリーゴーランドと北欧魔術が根本的に違う力で成り立っているせいか、上手く解析することが出来なかった。

 頑張り続けるロスヴァイセであったが、やがて異変が起こる。

 視界左右に揺れ始め、頭痛が起こり、胃液が喉元まで上がってくる。毒や魔術の影響──などではなく回転する床のせいでロスヴァイセは目を回して酔い始めていたのだ。

 

(こ、このままでは……吐くっ!)

 

 醜態を晒す前に何とかしようと考えた結果、このメリーゴーランド自体を停止させるという考えに至る。

 だが、肝心の停止方法が分からない。吐き気を堪えて考え、数秒後に出た答えは──

 

「このメリーゴーランドを破壊します……!」

 

 力尽くメリーゴーランドを壊すという結論を出し、ややふらつく足どりでメリーゴーランド中央へと向かっていく。

 

「お姉さん、綺麗なのに怖いことを考えるのね」

 

 アリスの声。ロスヴァイセが急いで振り向くと彼女は馬の遊具に腰を下ろしていた。

 

「折角ならお姉さんもワタシみたいに遊べばいいのに」

「……もうそれを楽しむような年ではありません」

「そんなの関係無いわ。メリーゴーランドを楽しむのに。それに、お姉さんはとっても綺麗だから似合うと思うの」

「そ、それはありがとうございます……」

 

 容姿を純粋に褒められ、少し照れながらつい礼を言ってしまう。

 

「ねえねえ。壊すなんて言わずにここでワタシと遊びましょう? きっとワタシとお姉さんはオトモダチになれるわ」

 

 星でも宿しているかの様にキラキラと輝く目に、世俗の穢れなど一切知らない無垢なる笑顔。恐れるべき相手だというのにその目と笑顔を向けられると首を縦に振ってしまいそうになる。

 暴力や恐怖とは異なる心の屈服にロスヴァイセは必死に抗う。

 

「それは……できません。私は間薙君とジャアクフロスト君と共に戻らなければならない」

「そう……」

 

 星の様に輝いていた瞳は雲が覆った様に光を無くし、無垢なる笑顔は初めて裏切りを知ったかの様な哀しみで染まる。

 今すぐ言葉を撤回したくなる様な強烈な罪悪感がロスヴァイセの心を襲う。オーディンに置き去りにされた時、密かに『クソジジイ』と悪口を言ってしまった時以上の罪の意識。

 

「なら仕方ないわね……でも、お姉さん分かってる?」

「何をですか?」

「壊すなんて言ったら、この子たちが怒るわ」

「この子たち……?」

 

 何を指しているのか一瞬理解出来なかったロスヴァイセだが、アリスが座っている遊具を撫でているのを見て一つの予感を覚える。

 直後にその予感が間違っていないことを告げる無数の嘶きがメリーゴーランド内に響き渡った。

 メリーゴーランドの回転に合わせて上下している馬の遊具らに生命が吹き込まれ前脚を高々と掲げ、メリーゴーランドとの繋がりであり楔でもある棒を自らの意志でへし折り、自由となる。

 

「馬が!」

 

 無機質な見た目なのに生物の馬と同様の動きをする遊具らに矛盾を感じながらも、次の時には生物の馬ではあり得ない速度で突進してくることに矛盾など消し飛ぶ程の驚きを覚える。

 白い馬が走り出せば、白い影となり、黒い馬が駆け出せば黒い影となる。その速度で繰り出される突進は凶器そのもの。

 ロスヴァイセはすぐにスーツ姿からヴァルキリーの正装へ変え、防御力を高める。『戦車』としての特性もあるが、それでも心許ないと思えた。

 最初の二頭の突進を辛うじて避けるロスヴァイセ。すぐに別の馬が仕掛けてくるのが目に入る。

 その馬に対しロスヴァイセは魔法陣を展開。魔法力が込められると共に魔法陣から業火が噴き出し、馬は全身を呑み込まれる。

 炎の中で前進しながら炭化していく馬。頭が焼失し、胴体も無くなり始めていく。次の瞬間、炭化していく馬を砕き散らしながら馬車が突っ込んで来た。

 

「うそっ!」

 

 馬を炎避けにすると同時に目晦ましにしての攻撃。魔法陣の展開が間に合わないと思ったロスヴァイセは横っ飛びでそれを回避。

 しかし、その代償としてロスヴァイセは回転する床の上でうつ伏せの状態となってしまう。

 頭上から感じる殺気に横へ転がるロスヴァイセ。コンマの差も無くロスヴァイセの頭部があった場所に蹄鉄が振り下ろされた。蹄鉄が叩き込まれた箇所は、くっきりとした形で凹んでいる。

 うつ伏せから仰向けになったロスヴァイセが見たのは、地面に向けて前脚を振り下ろそうとする馬たち。

 

「ああ、もう!」

 

 情け容赦無く振り下ろされる殺意しかない攻撃を、ロスヴァイセは転がり、這い、跳んでギリギリで避けて行く。正直、他人には見せられない無様な動きであり、この時だけは独りで良かったとロスヴァイセは思った。

 馬たちの攻撃は苛烈であったが、『戦車』としての防御力を考えれば耐えられない攻撃ではない。しかし、ロスヴァイセは『戦車』の特性がどれ程のものか正確に把握していなかった。同じ『戦車』の小猫ならば同じ状況でも馬の攻撃を『戦車』の頑丈さで受け、力で反撃をしていたであろう。回避を選択してしまったのはロスヴァイセの悪魔としての日の浅さが原因であり、それによって思わぬ苦戦を強いることになってしまった。

 馬たちの踏み下ろしを抜け切ったロスヴァイセ。しかし、彼女を待ち受けたのは先程轢き殺そうしてきた馬車。馬に引かれていない状態でも馬たち以上の速度で動いている。

 そのまま地面に横たわっているロスヴァイセを轢き殺す──かと思いきや、馬車が通過しようとしていた床に魔法陣が浮かび上がり、そこから射る様にして放たれた雷が馬車を下から貫き、真っ二つにして破壊する。

 

「……よーく分かりました」

 

 ゆらりと立ち上がるロスヴァイセが低い声で零す。

 

「貴女は、本気の遊びをしたいのですね、アリス」

 

 既に姿を消しているアリスに向けられた言葉。ここまでされて何も思わない程ロスヴァイセはお人好しでは無い。

 

「なら、私も本気で行きます……!」

 

 全方位に展開される魔法陣。力を注ぎ込むと魔法陣から炎、雷、光、氷が乱れ撃ちされる。

 高熱の炎に焼かれた馬らは炭と化して消え、雷に貫かれた馬はバラバラに裂けてしまう。魔法陣から連射される氷の礫を浴びせられた馬は当たった箇所から凍り付き始め、最後には氷の中へと閉じ込められる。魔法陣から閃光が放たれると数体の馬の首が飛ぶか体に綺麗な穴が開く。

 魔法の火力によって蹂躙されていく遊具ら。やがて、全滅するとロスヴァイセはメリーゴーランドの中央に狙いを定めて火力を集中させた。

 

 

 ◇

 

 

「ヒホ?」

 

 暗闇が明け、ジャアクフロストは自分が別の場所に居ることを知る。左右を見ると高い壁。前後を見ると何も無い通路が伸びている。

 仕方なく前進するジャアクフロスト。暫く歩くと左右に分岐する道に辿り着く。

 適当に右を選んで進んで行くジャアクフロスト。すると、今度は左右に加えて真ん中にも道がある分岐点に着いた。

 これを見てジャアクフロストは理解する。自分は巨大な迷路の中に閉じ込められているのだと。

 

「ヒホー! ふざけんじゃないホ! 俺様はお前の遊びになんて付き合うつもりはないホ!」

 

 勝手に遊び相手にされたことを怒り、空に向かって怒鳴るジャアクフロスト。

 

「まあ! 口の悪い雪だるまさんね」

 

 その声が届いたのか壁の上にアリスが腰掛けている。

 

「ヒホ! 出たなホ! この悪ガキ!」

「本当に口の悪い雪だるまさんね」

「うるさいホ! とっととここから俺様を出すホ!」

 

 喚くジャアクフロスト。アリスはクスクスと笑う。

 

「それなら簡単。この迷路から脱出すればいいだけ」

「だから、俺様はお前の遊びに付き合うつもりは無いホ!」

「ワタシはあるんだもーん」

 

 アリスがパチンと両手を鳴らす。

 

「うん?」

 

 気配を感じてジャアクフロストは振り返る。そこにはアリスが立っていた。ジャアクフロストが壁の上を見上げるとそこにアリスは居ない。

 もう一度後ろを振り返る。アリスは数え切れない程の数に増えていた。

 

「ヒホっ!」

 

 いきなり増えたアリスに驚かされるジャアクフロスト。その驚く姿が愉快だったのか、アリスの笑い声が空から響いてくる。

 

 あははは。さあさあ、始めましょう! 迷路で鬼ごっこ! 捕まったら貴方はワタシのオトモダチよ、雪だるまさん! 

 

 すると、アリスたちの顔が豹変する。口は耳まで裂け、眼球が無くなり黒い穴がぽっかりと開く。可愛らしい人形の様な姿から悍ましい呪われた人形と化すと、ジャアクフロスト目掛けて殺到する。

 

「やっぱり悪趣味な奴だホ!」

 

 伸びて来る手、手、手。掴まればどうなるか分からないので、ジャアクフロストは一目散に走り出した。

 

「付き合ってられないホー!」

 

 短い足をシャカシャカと動かし、迷路の中を走るジャアクフロスト。このまま出口まで逃げ延びたいところだが、そんな余裕は彼には無かった。

 

「あー、もう! 最悪だホ!」

 

 思っている以上に力を発揮出来ない現状に苛立った声を上げるジャアクフロスト。全ては帽子に付いている金の輪のせいである。本来のジャアクフロストならばもっと早く走ることが出来る。それどころか、氷の力で纏めてアリスの人形たちを氷漬けにすることだって出来た。

 しかし、その力を封じられている今は逃げるしかない。逃げるしかないのだが、ジャアクフロストが走っても走っても後ろの人形たちを引き離せない。

 

 うふふ。必死になって走っている姿は可愛いわね。

 

 何処からともなくアリスの声が聞こえて来る。

 

「ヒホ! ヴァーリの鍛錬にいつも喰らい付いてきた俺様の足を舐めるなホー!」

 

 足を倍の速さで動かすジャアクフロスト。ライバル視するヴァーリの鍛錬を真似し続けてきたジャアクフロストは持久力にも自信があった。

 

「ヒーホー!」

 

 低身長からは想像も付かない速度で駆け出す。その足の速さに人形たちも徐々に離されていく。

 

 チョコチョコと走る姿、とても可愛いわ。まるで子ネズミみたいね。ああ、そういえば色も似ているわね。うふふふふ。

「誰がネズミホ! 最悪な例えをするんじゃないホ! この✕✕✕✕✕!」

 

 愛らしい見た目に反したかなり卑猥な罵声を浴びせるジャアクフロスト。

 

 ✕✕✕✕✕って、なあに? 

 

 しかし、アリスが幼過ぎるせいか意味は通じない。

 

「今度、周りの奴らに訊けばいいホー!」

 

 とんでもない時限爆弾をアリスに残しながら、ジャアクフロストは走り続ける。

 しかし──

 

 雪だるまさんなのに、本当に足が速いわね。でーもー。

 

 ジャアクフロストは急停止をし、立ち止まる。進む筈であった前方の壁から二本の腕が飛び出していた。やがて、壁をすり抜けてアリスの人形たちが現れる。

 

 ただ逃げているだけじゃつまんなーい。鬼ごっこはもっともっとスリルがあった方が楽しいわ! 

「こっちは楽しくないホ!」

 

 急いで引き返すジャアクフロスト。すると、来た道の壁からも人形たちが出てきている。

 

「やり方が汚いホー!」

 

 前後の道を封じられたジャアクフロストは、仕方なく横道へ走っていく。どう考えても誘い込まれているが、今のジャアクフロストはひたすら走って逃げるしかなかった。

 走って走って先回りをされたら道を変え、を繰り返した結果ジャアクフロストはとうとう逃げ場の無い行き止まりに辿り着いてしまった。

 

「ヒーホー……やられたホー」

 

 薄々分かっていたが、やはり行き止まりに誘導されていた。

 

 あははは。雪だるまさんも頑張ったけど、もうお終いね。鬼ごっこはワタシたちの勝ち! 

 

 勝ち誇ったアリスの声。ジャアクフロストは悔しそうにギリギリと歯を鳴らす。

 アリスの人形たちが冥府に誘う様に手を伸ばしていき、ジャアクフロストの前には手の壁が出来上がる。

 

 タッチをしたら、貴方も鬼。そしたら、ワタシたちのオトモダチよ。

 

 人形たちの手がジャアクフロストを一斉に掴み掛る。

 

 あははははは……あら? 

 

 人形たちがジャアクフロストに群がる光景を楽しげに見ていたが、何か可笑しいことに気付いて笑うのを中断する。

 その途端、人形たちの体が氷で覆われ、バラバラに砕け散ってしまう。

 

「ヒーホー!」

 

 その下から出て来る拳を突き上げたジャアクフロスト。

 完全凍結を免れた人形たちも居たが、その手は氷で覆われておりグローブでも填めているかのように倍の大きさになっている。

 

「直接触られていないから、まだ俺様は鬼じゃないホー!」

 

 姿の見えないアリスへ見せつける様に舌を出して挑発するジャアクフロスト。

 ジャアクフロストが人形たちを指差すと、そこから冷気が放たれ人形たちは一瞬にして固まってしまう。

 

「全く! こんなギリギリまで掛かるなんてノロマな奴だホ!」

 

 ジャアクフロストの愚痴は、ここに居ないシンに向けてのもの。

 ジャアクフロストの力を制限する金の輪。当然ながらそれを解除してジャアクフロストに本来の力を取り戻すことも出来る。これは、ジャアクフロストが危機的状況に陥った時に自衛出来る様にする為のもの。ジャアクフロストへの認識が捕虜というよりも預かっているという感じに近い為である。

 その解除の権限を持っているのは二人。製作者であるアザゼルとジャアクフロストのお目付け役になっているシンであった。因みに一誠も候補に挙がったが、ヴァーリをライバルとしているジャアクフロストが、そのヴァーリがライバルと認めている一誠に嫉妬し、嫌がったことで無しになった。

 ジャアクフロストが今までひたすら走り回っていたので出口を探すのも理由だが、シンの能力制限解除までの時間稼ぎも兼ねていたのだ。

 

「ヒィィィィホォォォォォ!」

 

 今まで抑えられてきた力の解放。我慢の多かった故にそれは強烈なカタルシスをジャアクフロストに与え、その興奮と解放感に突き動かされたジャアクフロストは全身から絶対零度に等しい冷気を放出する。

 

 きゃっ。寒い、寒い。ここにいたら凍えてしまうわ。

 

 冷気を嫌がるアリスの声が聞こえる。その後にアリスの気配が無くなったのをジャアクフロストは感じ取った。

 

「遊びはお終いホー!」

 

 グルグルと腕を回し、勢いを付けると拳を迷路の壁に叩き付ける。冷気の影響を受けていた壁はあっさりと亀裂が生じ二、三発程ジャアクフロストが殴ると彼が通れる程の大きさの穴が出来上がる。

 

「このまま脱出してやるホ!」

 

 馬鹿正直に迷路の攻略をするつもりは無く、ただひたすらに壁を壊して外へと脱出に向かうジャアクフロスト。

 途端、世界は暗い闇に覆われた。

 

 

 ◇

 

 

 暗闇が晴れると三人は元の場所へと戻っていた。シンはミラーハウスを破壊した後に暗闇に覆われ、ロスヴァイセはメリーゴーランドを破壊した直後に。

 

「ヒホ?」

「ジャアクフロスト君に間薙──きゃあっ!」

 

 ジャアクフロストは拳を突き出した姿で周囲を確認してシンとロスヴァイセを見つけ、ロスヴァイセはジャアクフロストを見つけた後、シンに目を向け小さな悲鳴を上げて両目を手で覆う。

 シンは上半身が露わになっており、ズボンも右膝から下が千切れ靴も履いていない。体に浮かび上がる紋様が淡い輝きを放っている状態にある。

 こういう時に自分の力を不便に思ってしまう。炎や氷の吐息や魔力剣はまだいいが、足や体から放つ魔槍は上着やズボンが破けてしまいその度に買い直す必要がある。それなら予め脱げばいいのかもしれないが戦う前に衣服など脱ぐ暇は無いし、脱ぎ始めたらそれはそれで頭のおかしい奴だと思われる。一誠の『赤龍帝の籠手』や木場の『魔剣創造』などの装備系の神器が羨ましくも感じる──

 

「ヒホ。何でお前、上半身が裸なんだホ? そういう趣味なのかホ?」

「……」

 

 ──こうやって分かっていてニヤつきながら訊いてくる奴が来なくなるので。

 ロスヴァイセは深呼吸を繰り返した後、目を見開いてシンの方を見る。大丈夫であるというアピールなのかもしれないが目が血走っている。

 

「も、もう大丈夫です! 慣れました!」

「顔が変ホ。盛っているんじゃ無いホ」

「違います! そこまで私は飢えていません!」

 

 茶々を入れてきたジャアクフロストに抗議するロスヴァイセ。すると、可愛らしい笑い声が頭上から聞こえてくる。

 

「本当に楽しくて面白いお兄ちゃんたちね。ちょっと乱暴で強引だけど」

 

 空中に置かれたキングチェアに座っているアリスがこちらを見下ろしている。

 

「うん! やっぱりお兄ちゃんたちをワタシのオトモダチにするね!」

 

 何処までも無邪気な笑顔。だというのに強い悪寒と共に死の気配がより濃くなる。

 

「勝手に決めるなホー!」

 

 ジャアクフロストの抗議を無視してアリスは話を進める。

 

「でもね、ワタシとお兄ちゃんたちがオトモダチになるには一つしなきゃならないことがあるの」

 

 アリスはキングチェアの上に立ち、恥ずかしがる様に背を向ける。

 

「ねえ、お兄ちゃんたち……」

 

 死 ん で く れ る ? 

 

 振り返り微笑を向けるアリス。臓腑どころか魂まで凍てつく様な微笑みに本能が最大級の警鐘を鳴らす。

 アリスに従う様にして並ぶ胴体がトランプの兵隊たち。いつの間にかアリスを守護する様に現れる。ハートのクイーンを除く1から13まであり、恐らくハートのクイーンはアリスを意味しているのであろう。

 見た瞬間、ロスヴァイセは吐き気を覚えた。視覚にも伝わる程の濃密な死をトランプ兵たちが纏っている。相手を呪い殺す呪殺の力が桁外れのレベルで施されているのだ。

 見ただけで分かる。あのトランプ兵に傷一つ付けられたら即死級の呪殺を流し込まれるのを。

 それは、同じく見ていたシンも同様の考えであった。今の自分では耐えることが出来ない。

 ならば選択肢など一つしかない。攻められる前に攻める。

 右足に魔力を集中。内側から弾け飛ぶのを覚悟で限界寸前まで溜め込むと、上空目掛けて後ろ回し蹴りの動きに乗せて魔力を解き放つ。

 放たれた力は無数の魔槍と化してトランプ兵へ向かっていく。しかし、シンが攻撃をするタイミングでトランプ兵たちも急降下してきていた。

 魔槍がトランプ兵の胴体を貫いて真っ二つに裂くが、仕留められたのは半数にも満たない。トランプ兵が動いたせいで大分外れてしまった。

 残ったトランプ兵たちはハルバードをシンたちに向けながら落ちて来る。

 

「させません!」

 

 ロスヴァイセが防御用の魔法陣を展開。その魔法陣にトランプ兵のハルバードが突き刺さる──が、あっさりと魔法陣を突破されてしまった。物理的な防御力はあってもトランプ兵たちの呪殺の力には弱く、それによって簡単に破られたのだ。

 

(ああー! こんなことならもっと防御の為の魔法を覚えておけばよかったー!)

 

 攻撃用の魔法は得意で、それ以外の魔法は平凡なロスヴァイセは今更ながら後悔してしまう。

 死の斧槍がシンたちを貫くかと思った時──

 

「ヒホォォォォォ!」

 

 ジャアクフロストがトランプ兵たちに向かって跳び上がり、体ごとぶつかる。密集していたトランプ兵たちがその体当たりによって軌道が変えられ、シンたちから逸れていく。

 シンたちを助けるつもりなどジャアクフロストには毛頭無い。だからといって、アリスという小生意気な少女に好き勝手させる方がジャアクフロストにとって腹立たしい。だからこそアリスの思惑通りになどさせない。

 

「ジャアクフロスト君! ──あっ」

 

 ジャアクフロストの活躍に喜ぶロスヴァイセであったが、すぐに息を呑んだ。トランプ兵のハルバードの槍先がジャアクフロストの腹部に刺さっている。

 

「ヒ、ホォォォォ!」

 

 ハルバードを抜き取りながらジャアクフロストが落下。シンがそれを受け止める。

 

「大丈夫ですか!」

 

 ロスヴァイセがジャアクフロストに声を掛ける。異常な密度の呪を注ぎ込まれのだ、死は免れない──そう思っていた。

 

「ヒ、ヒホ。やかましいホ……」

 

 ジャアクフロストはあれだけの呪殺の力を流し込まれても生きていた。彼自身が呪殺の力を使え、強い耐性があることが生還の理由に繋がった。

 

「俺様は……サイコーのジャアクフロスト……」

 

 強がろうとするジャアクフロストであったが、目を回して気絶してしまう。強い耐性を持っていてもアリスの力はそれ以上のものであったのだ。寧ろ、気絶程度で済んだことの方が驚くべきことである。

 

「やっぱりお兄ちゃんたち強いのね。ワタシが思った通りよ」

「何故、こんなことを!」

「ワタシ、オトモダチにはみーんな死んでもらうの」

「なっ!」

 

 アリスの発言にロスヴァイセは絶句する。

 

「だって死んだらずっと一緒にいられるのよ?」

 

 空中から椅子ごと降りたアリスが肘掛けに持たれながら足を組んでいる。

 無邪気に残酷に自分の考えに何一つ疑問を持つことなく言い切る。シンたちはアリスとこれ以上の会話は無駄だと悟った。考え方の根本から違う。

 

「ワタシはお兄ちゃんたちを気に入ったの。絶対にオトモダチにしてあげる。だから、今度こそ──死 ん で く れ る ?」

 

 シンたちの頭上に現れるトランプ兵。今度はハートからクラブまでのスートが刻まれたトランプも揃えてある。そして、そのどれもが先程と変わらない呪殺の力が込められていた。

 

「こんな……!」

 

 苦も無く同じ以上の攻撃を行えるアリスに戦慄する。先程は辛うじて防ぐことが出来たが、ジャアクフロストが戦闘不能状態になっている以上二度目は無い。

 シンもどうするべきかギリギリまで思考を巡らせる。

 

「うふふ。これでお兄ちゃんたちとワタシはオトモダチ──」

 

 ヒュン、という風切り音が聞こえる。音がしたのはアリスの背後。

 

「え?」

 

 後ろを振り向くアリス。すると、空間に刀らしき先端が突き出しており、それが素早く振るわれると空間が裂かれて剥がれ落ち、その向こう側から強い光が発せられる。

 

「きゃああああ!」

 

 椅子から転げ落ちるアリス。光の方に顔を向けて小さく声を上げる。

 

「あ、あら? おじ様方が来ると思っていたけど、お兄ちゃんが来たの?」

 

 現れた人物と顔見知りらしいアリス。一方でシンたちは強い光のせいで姿がハッキリと見えない。輪郭のみ見えるが、片方は外套を纏い帽子を被っており、アリスの言葉から察するに男性。刀を振るったのはこの男の様子。もう片方の影は小さく、明らかに猫である。

 

『見つけたぞ、アリス。ここに彷徨っていたのか』

 

 低い男性の声。外套の男──ではなく明らかに猫の方から聞こえる。

 

『あの二人はこの時空を恐れ、我らに依頼を頼んだ。ここは意図的に結び付けられた世界。うぬは誘い込まれたのだ』

「むー……つまんなーい」

 

 男の影は刀を鞘に戻し、アリスに手を差し伸べる。不満そうにしていたアリスであったが、反抗することはせずに大人しくその手を掴んだ。少なくとも影の男はアリスが逆らうべきではないと考える程の実力があるのだろう。

 

「バイバイ。お兄ちゃん、お姉さん、雪だるまさん──またね」

 

 不穏な言葉を残しながらアリスが光の奥へ消えて行く。そして、影の男が去る間際、その目は確かにシンへと向けられた。

 

『行くぞ。──』

 

 猫に名を呼ばれると影の男も光の中に消える。その瞬間、全ての光景が崩れ落ち、気付けば最初に転送された場所に三人は居た。

 

「何だったんでしょうか……今までのことは……?」

 

 夢でも見ていた様に呟くロスヴァイセ。すると、すぐにハッとした表情となる。

 

「こ、これってどうすればいいのでしょうか? お仕事失敗なんですか? というか初っ端から特殊ケース過ぎませんか!」

 

 リアスたちにどう説明するべきか頭を悩ませるロスヴァイセ。その苦悶を余所にジャアクフロストは寝息を立てている。

 シンの方もどうリアスたち説明するか考えながら、影の男のことについても考えていた。

 去り際に呼ばれた名が耳に残って仕方がない。

 

「ライドウ、か……」

 

 

 ◇

 

 

「うぇへへへへ。間薙くんわぁー、いい体をしてまふねー」

「……そうですか」

 

 アリスとの邂逅については下手な言い訳もせずにあるがままを伝えることにした。幸い、リアスも怒ることはなく寧ろロスヴァイセの薄幸っぷりに同情する程であった。

 その際にシンが折角眷属が全員揃ったのだからお祝いか記念でもしないか、と何気無く言った所リアスたちは乗り気になり、後日リアス・グレモリーの眷属が揃ったことを記念したパーティーをオカルト研究部で行った。

 そこでアザゼルが酒も持ち込んできており、ロスヴァイセに勧めた結果、見事に酔っ払ってしまい、飲み過ぎ気持ち悪いということでシンが運ぶこととなり冒頭へと繋がる。

 シンはロスヴァイセを背負いながらセクハラまがいの言葉を掛けられつつ、トイレへロスヴァイセを運んでいた。

 

「もう少しなので我慢をしてくださいね」

「らいじょーぶらいじょうぶです。うぇへへへへ」

 

 大丈夫には聞こえない。

 

「──ロスヴァイセさん」

「なんれすか?」

「俺は一度部長の眷属代理としてレーティングゲームに出たことがあります」

「そういえば、そんこと、聞いたことありまふ……」

「その時の役割が『戦車』でした」

「わらひと、同じれすねー」

「部長の眷属が揃った今、俺がリアス・グレモリーのレーティングゲームに参加することはもう無いです」

 

 揃っていない時は何かしらの言い訳をすれば出ることが出来たかもしれない。しかし、揃い切った今はその言い訳も出来ない。リアス・グレモリーと一緒に戦ったレーティングゲームはあのライザーとの戦いが最初で最後なのだ。

 

「たった一度『戦車』の代理をやった奴が言うのはおかしいかもしれませんが……後は頼みますね、ロスヴァイセさん」

「間薙君……」

 

 シンの真摯な願いにロスヴァイセの酔いも一気に醒める。

 

「はい……! 私はもっと勉強や修行をします! 苦手だった防御魔法もいっぱい覚えます……! 『戦車』として頑張ります!」

 

 ロスヴァイセの決意を背中で聞きながら、シンは微かに笑った。

 




今回の話は葛葉ライドウ対コドクノマレビトを参考にしました。

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