ハイスクールD³   作:K/K

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新しい章の始まりとなります。


修学旅行はパンデモニウム編
決闘、隠形


 悪神ロキとの激戦。シンたちは様々な助力を得て辛うじて勝利することが出来た。しかし、その戦いは多くの爪痕を残す。

 例えばタンニーンはロキの凍結魔法によって片腕と片翼をもぎ取られるという重傷を負った。幸い処置が早かったので無事接合が出来たが、完全に元に戻るにはそれなりの日数が必要となる。

 また、同じくロキの凍結魔法で凍らせられたジャックランタンとケルベロスは元々冷気に弱い体質であり、凍結状態から復帰しても体調不良の日々が続いていた。

 ピクシーもロキ戦以降一日の大半を寝て過ごす生活が続いている。外傷は無いがロキとの戦いで自分の器量以上の魔法を使用し、力が枯渇するまで使用した影響である。

 そして、ロキとの戦いで最も体を張った男である一誠もまた強い後遺症が残っていた。

 

「……どうですか?」

「うん。気持ち良いよ」

 

 一誠宅にて二人きりの室内で言葉を交わす一誠と小猫。小猫は薄布地の白装束一枚という姿で上半身の衣服を脱いでいる一誠に抱きついている。

 二人の行為は決して卑猥が目的のものではない。一誠が必死に理性を保とうとして時折保てずにだらしない表情になっていても、小猫が顔を赤面させていても、だ。

 今行われているのはれっきとした治癒行為。そうは見えないかもしれないが仙術を使用した紛れも無い治療。それを示す様に小猫の頭部には仙術使用の際に生える猫耳がある。

 表面的に見れば一誠が小猫とじゃれ合っている光景だが、実際のところは一誠の将来を大きく左右するものである。

 一誠がロキとの戦いで使用した『覇龍』。それに加えて雷神トールの力も使用した。『覇龍』の消耗を賄う程のトールの力であったが、それを使用した一誠の体は反動で生命エネルギー、平たく言えば寿命を削ることとなったのだ。

 悪魔の寿命は普通に生きれば数千年という長いもの。だが、大量に消耗した一誠の寿命は百年以下。人並みの寿命にまで落ちてしまっていた。

 これはロキ戦後、ドライグから相談を受けたアザゼルが一誠の体を調べたことで発覚した。ドライグもアザゼルも『覇龍』とトールの組み合わせに不安感を抱いていたせいである。

 一誠はその宣言をアザゼルから聞かされた時には、普段明るい一誠もショックで言葉を失う程であった。そして、この事実は主であるリアスも聞かされており、彼女もまた言葉を失い落涙した。

 だが、全く希望が無い訳では無い。その希望というのが、今一誠が小猫に施されている仙術による治療なのである。

 仙術の考えでは生命力には源泉というべき核というものが存在する。今の一誠の体内はその核が限界寸前まで酷使された状態であった。だが、この核は枯れ果てなければ元の状態に戻ろうとする作用がある。それを小猫の仙術によって活性化させ、徐々に一誠の失われた生命力を元に戻そうとしているのだ。

 しかし、小猫の仙術はまだ熟練の域には達していない為、かなり長い期間が必要な治療と言える。だが、治療を繰り返せば小猫の腕も上達していくので一誠の寿命が先に尽きるということは無い。

 とはいえこの治療が終了するまで『覇龍』は禁止というのは中々痛い。ヴァーリとの決着が残っているし、『禍の団』の存在もある。最近では『禍の団』の神器使いの中にも禁手を使用出来る者が現れてきていた。まだ『赤龍帝の鎧』で対抗出来るが、いずれはそれのみでは厳しい状況が来るかもしれない。

 

「……不安、ですか?」

「え?」

「……そういう顔をしていました」

 

 知らず知らずのうちに表情に出てしまっていたらしい。一誠は慌てて笑ってみせるが、このタイミングでは逆効果であった。

 小猫は少しの間黙った後、ただでさえ赤かった顔をもっと赤くし、意を決した表情となる。

 

「……先輩。この治療にはもっと効率的な方法があります」

「へえ、どういうの?」

 

 少しでも早める方法があるのなら是非とも知りたい。

 

「…………」

 

 いつも喋る時に間を置く小猫だが、この時の間はいつも以上に長かった。

 

「……ぼ、房中術です」

「ぼーちゅーじゅつ? 何それ?」

 

 聞き覚えの無い言葉だったので聞き返す。

 

「……気の使いに長けた女性が男性に気を分け与えることで生命力の活性化を大きく促す術です」

「はー、そんな術があるんだー。仙術ってのは便利だなー。それなら今度小猫ちゃんにやってもらおうかな」

「……わ、私でいいんですか?」

「え? 小猫ちゃんなら出来るんでしょ?」

「……で、出来ることは出来ますが、初めてなので……」

 

 何気無く頼んだことなのだが、小猫の反応を見ていた段々とおかしいことに気付き始める。

 

「……因みになんだけど、房中術っていうのはどういう風にするの?」

「…………男女が一つになることで、その……仙術使いの女性の気を直接男性の体に送る術のことです……」

 

 説明し終えた小猫の顔は、今にも湯気が噴き出しそうであった。

 

「そ、それって、エ──」

 

 一誠が何かを言う前に小猫が一誠の口を押えてしまう。

 

「……こ、声が大きいです」

 

 もう大きな声を出さないと何度も頷いて一誠は小猫の手から解放される。

 

「い、いや、でも、それは……」

「……わ、私は覚悟は出来ています! ……そ、それに猫又は古くから異種族と交わって繁栄してきた種族ですから!」

 

 猫又という種族は基本的に男性が少ない。その為に猫又は子孫を残す為に他の種族と交わることが当たり前だと言う。その相手は主に人間が多い。

 子供も出来る覚悟で言っている小猫に対し、一誠は葛藤する。『はい! お願いします!』と即答出来れば楽なのだが、その脳裏に同じ屋根の下にいるリアス、朱乃、アーシアの顔が交代する様に浮かんできて事を運ぶ気にはなれない。

 だからといって、小猫の覚悟を無下にするのは気が引ける。真摯に言っている小猫を悲しませるのも同じくらい気が引ける。

 

(お、俺は一体どうすれば……!)

 

 葛藤が苦悩へと変わり始めたその時、一誠は誰かの視線を感じる。

 向けられている視線を辿ると一誠の目は自然と下に向けられる。そこには一誠たちをじっと見つめているジャアクフロストが立っていた。

 ジャアクフロストを預かることになってから決めたことだが、ジャックフロストとジャアクフロストを同じ空間に居させると喧嘩が始まるので二人を引き離して生活することになっており、ローテーションでジャアクフロストは各眷属の家に預かることになっていた。シンもそのローテーションに入っており、シンがジャアクフロストを預かる場合、ジャックフロストが他眷属の家に泊まることになっている。

 そして、今日は一誠らがジャアクフロストを泊めさせる番であった。

 

「……いつの間に」

「い、いつからそこに居たんだよ」

 

 すると、ジャアクフロストは口を窄めて──

 

「どうですかー? うんきもちいいよー」

 

 ──とさっきまでの一誠と小猫のやりとりを真似する。妙な誇張を入れた明らかに相手を虚仮にしたモノマネであった。

 

「お前なぁー」

 

 ジャアクフロストの悪ガキっぷりに少し怒りながら、すぐに部屋から追い出そうとジャアクフロストを捕まえようとする。

 

「ヒホ」

 

 ジャアクフロストが急に天井を指差した。それに釣られて一誠と小猫は天井を見上げる。しかし、そこには照明器具があるだけ。

 

「隙有りホォォ!」

「きょわっ!」

「イッセー先輩!」

 

 何を思ったのかジャアクフロストが跳び上がりながら拳を突き上げた。一誠の股間目掛けて。

 意識は集中せず別のものが集中していたそこへの攻撃は、力の制限をされた非力なジャアクフロストの拳でも強烈なダメージを与え、一誠を崩れ落ちさせる。

 

「……突然何をするんですかっ!」

「ヒーホッホッホッホッ! 馬鹿みたいに油断していたから一発入れてやっただけホー。そんなじゃヴァーリになんて勝てないホ! やっぱり、ヴァーリのライバルは俺様だホ!」

 

 ヴァーリが一誠のことを高く買っていることを気に入らないジャアクフロストは一誠を敵視していた。いつかは一撃を与えてやろうと密かに企ていたことを今日実行したのだ。

 おかげで一誠は隙間風の様な呼吸をしている。

 

「一体どうしたの! さっきの声は何! イッセー! 小猫!」

「何があったんですか、イッセー君!」

「イッセーさん! 小猫さん! どうかしたんですか!」

 

 一誠の絞められた雄鶏の様な声を聞き付けてリアスたちが部屋へ飛び込んで来る。そこで見たものは、悶絶している一誠と彼の傍に付き添う小猫と何故か居るジャアクフロスト。

 

「これは一体──」

「あいつがあいつを襲っていたホ」

『えっ!』

 

 一誠を指差し後に小猫を指差すジャアクフロスト。事態を把握していないリアスたちはいきなり告げられたジャアクフロストの堂々たる嘘に驚かされる。

 

「……ち、違います! 私がイッセー先輩を襲ったんです! ……はっ!」

『えっ!』

 

 ジャアクフロストの言っていることは嘘だと弁解しようとしていた小猫だったが、慌てていた為にとんでもないことを口走ってしまい、リアスたちを逆に混乱させる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! えーと、一誠と小猫はここで治療を──」

「あいつが発情していたから俺様が止めたんだホー」

「イ、 イッセーさんが急にそんなことは!」

「……アーシア先輩、騙されないで下さい! ……その性悪雪だるまが言っていることは出鱈目です!」

 

 混沌とする空間。小猫は必死になって何があったのかを伝えようとするが、その度にジャアクフロストが嘘を並べていくので、どれが本当なのかリアスたちも分からなくなっていく。

 この不毛な言い争いは、悶絶している一誠が回復するまで続いた。

 

 

 ◇

 

 

 修学旅行も間近に迫っていた今日、リアスたちは冥界のグレモリー邸に集まっていた。眷属が全員揃ったことをリアスの父母に紹介する為である。

 

「初めまして。この度リアス・グレモリー様から『戦車』の役目を拝命したロスヴァイセと申します」

 

 背筋を伸ばし凛とした表情でリアスの父母に挨拶するロスヴァイセ。彼女だけではなく、もう一人自己紹介する者がいた。

 

「初めまして! 紫藤イリナといいます! ミカエル様の下で『御使い』をさせて頂いています! 天使の私が上級悪魔のお屋敷にお邪魔出来るなんて光栄の限りです!」

 

 目をキラキラさせながら感激するイリナ。彼女もまたリアスたちの大事な仲間としてリアスの父と母に会わせることにしたのだ。

 そこからお茶会を楽しみながらの会話が始める。ロスヴァイセは将来的にはグレモリー領内にて北欧魔術の学舎を設立したりなど、今までの冥界には無かった新しい事業をしたいと語る。

 それはリアスの父には好感触であり、将来を期待すると共に助力を惜しまないことを約束してくれた。

 各眷属たちも現状を日常会話と共に報告し、和やかな雰囲気のままお茶会は終わる。

 このままお開きになり、リアスたちが帰還しようとした時、サーゼクスがグレモリー邸に帰って来たという報せが入り、皆で挨拶をしようという事になった。

 

「僕も一緒に行きます!」

 

 サーゼクスの子息であるミリキャスも父であるサーゼクスを出迎えたいということで同行することになった。ミリキャスが行くとなると彼の子守りをしているセタンタも当然付いて行くことになる。

 そして、一行はサーゼクスの許へ向かう。サーゼクスが戻る際に使っている移住区の通路にてサーゼクスとグレイフィアを見つける。彼ら以外にもう一人おり何かを話していた。

 

「お邪魔をしている。元気そうだな、リアス。お前の眷属も勢揃いだな。何人か初めて見る顔もいるが」

 

 サーゼクスと一緒に居たのはサイラオーグであった。以前は動きやすい軽装であったが、今は貴族が着る様な質の良い生地に金紐、銀紐で装飾された服を着ている。軽装では野性味と精悍さが際立ち、貴族服ならば凛々しさと高潔が際立つ。どちらの姿でもサイラオーグの魅力が陰ることが無い。

 

「来ているのなら一声掛けてくれたらいいのに。ええ、貴方も元気そうね。き──っと挨拶が遅れました。お兄さま、ご機嫌よう。こちらへ帰っているとうかがったのでご挨拶だけでもと思いまして」

 

 サーゼクスはミリキャスを抱き上げながらリアスたちに微笑む。

 

「わざわざすまないね、ありがとう。ミリキャスも出迎えてくれてありがとう」

「はい! お帰りなさい父様! 母様! サイラオーグさんもお久しぶりです!」

「少し見ない間にまた凛々しくなったな、ミリキャス」

 

 ミリキャスが無邪気に微笑むと、サイラオーグは普段は闘志で鋭い輝きを宿している紫の双眸を優し気に細める。

 サイラオーグがグレモリー領にきたのは、今度のレーティングゲームについてのいくつかの相談があったからだ。

 ディオドラ・アスタロトの件で若手悪魔のレーティングゲームの大きな見直しが検討されることになったが、その前に冥界の住人たちや他勢力からリアス・グレモリーとサイラオーグ・バアルの一戦、ソーナ・シトリー対シーグヴァイラ・アガレスの戦いを熱望されていた。まだ確定はされていないが、サイラオーグの動きを見るにほぼ決まっていると見た方がいい。

 

「リアス、今度のゲームについて彼といくつか話をしていてね。彼はフィールドを用いたルールはともかく、バトルに関しての複雑なルールを一切排除してほしいとのことだ」

 

 その言葉にリアスと眷属一同は驚く。つまりはリアス側は能力の制限無しに戦っていいという事である。一誠の『洋服破壊』や『乳語翻訳』といった使用禁止能力も使用可能に。それどころか、使用禁止にされてもおかしくはない木場の聖魔剣、ギャスパーの邪眼、ゼノヴィアのデュランダル、朱乃の雷光すらも許容するを意味している。

 

「サイラオーグ、貴方がそういう人では無いということは重々承知で言うけど、私たちのことを過小評価している訳では無いのよね?」

 

 リアスの真剣な眼差しをサイラオーグは覇気ある笑みで受け止める。

 

「まさか、だ。寧ろ俺はお前たちに対して微塵も油断していない。だが、その上で全てを許容する。たとえそれが不確定要素から来る強大な力であっても俺はお前たちの全力が見たいんだ。それを受け止めることが出来なければ、大王家の次期当主など名乗れる筈も無い」

 

 その宣言に誰もが息を呑んだ。気迫と覚悟だけで圧倒されそうになる。そして、敢えて苦難の道を歩もうとする姿に一誠と木場は男として尊敬の念を覚えた。一方でギャスパーの方はガタガタと身を震わせながらもその目をサイラオーグから離すことが出来なかった。

 自分ですら忌み嫌う『停止世界の邪眼』をこうも前向きに受け止めてくれる人物は居なかった。そのことに逆に恐怖を覚えると同時に、男としてこれぐらい堂々と雄々しくありたいという敬意という矛盾した思いを抱く。

 

「何なら間薙シンも──うん?」

 

 サイラオーグが視線を動かしシンの姿を探す。彼もまたリアスたちと一緒に居ると思っていた。代わりに居たのは──

 

「ヒホ!」

 

 ──彼の仲魔のジャックフロストである。冥界にジャアクフロストは連れて来ていない。一誠宅での件もあるが、ジャアクフロストがリアスの父母の前でどんな暴走をするか分かったものではないし、『禍の団』に一応籍を置いていた彼を会わせる訳にもいかず冥界に行く前にジャックフロストと交代していた。

 

「お前は間薙シンの……」

「彼なら居ないわよ。それと、貴方にとって良い報せか悪い報せかは分からないけど、シンが今後レーティングゲームに出ることは無いわ。少なくとも私側ではね」

「何、そうなのか?」

「彼が出る理由が無くなったからよ。私の眷属が全員揃ったから」

「そういうことか……」

 

 サイラオーグが複雑そうな表情をする。

 

「すまんな、リアス。素直にここは全員揃ったことにおめでとうと言うべきだな」

「いいのよ、気にしないで。貴方の性格はよく知っているから」

 

 試練として戦いに挑むという純粋な戦意の持ち主である。目を付けていた相手ともう戦えないと知れば気を落とすもの仕方がないこと。

 

「──ふむ。そう言えば、サイラオーグ。君は赤龍帝──イッセー君と少し拳を交えたいと言っていたね」

 

 少し湿っぽくなった空気を察してかサーゼクスが過去のサイラオーグの発言を持ち出す。

 

「──ええ。以前、そう申し上げましたが……」

「丁度いい機会じゃないかな? ここで軽くやってみたらいい。天龍の拳がどれ程のものか確かめるいい機会だと思うが?」

 

 サーゼクスの提案にリアスを除き眷属たちは驚く。サイラオーグは驚くことはせず微かに口の端を緩め、リアスは何となくそう言うだろうと先読みしていたので内心で『やっぱり』と思いながらも、前のレーティングゲームでサイラオーグが不戦勝をしていてデータが無いので彼の戦いを直接観察出来る良い機会だと判断した。

 そして、現状サイラオーグと近接戦が出来るメンバーは限られている。その内の一人である一誠がサイラオーグとの戦いを経験しておくのは悪くはない。

 

「お兄様が──魔王様がそうおっしゃるのであればお断りする理由などありません。イッセー──」

「はい! 俺ならいつでも出来ます!」

 

 出来るわね、というよりも早く一誠が声を上げた。必要以上に声を張り上げて無意識に自らを鼓舞している。

 遅かれ早かれ戦う相手。ここで一戦交えて攻略方を見い出すのも悪くない、と主従似たような考えに至る。

 気迫に満ちたサイラオーグの双眸は紫炎が宿っているかの様に輝き、圧のある眼光を一誠に向ける。その圧に屈することなく真っ向から受け止める一誠。両者の交わした視線は、互いの戦意を昂らせる。

 

「では決まりだね。私の前で若手悪魔ナンバーワンの拳と赤龍帝の拳を見せてくれ」

「この様な機会を与えて下さり心より感謝します……! そのご期待に沿えるよう我が拳を存分にお見せしましょう……!」

 

 高揚からかサイラオーグの箍が一つ外れ、獅子を彷彿とさせる笑みと共に覇気と戦意が溢れ出す。ただ純粋に喜んでいるというのにそれに触れたものは暴力に等しい圧迫感を覚える。

 戦いに慣れていないミリキャスは顔を蒼褪めさせて震えるとすかさずグレイフィアが頭を撫でて落ち着かせる。

 サイラオーグの気迫を受けたセタンタはマフラーの下でサイラオーグと似た様な笑みを浮かべていた。この若さでこれだけの力、それもまだ完成に至っていない。血が騒めき是非とも一手願いたくなるが立場からそれを押し込める。少しだけ一誠を羨みながら戦いの場所へ赴くサーゼクスの後を付いていく。

 

 

 ◇

 

 

 戦いの場所に選ばれたのはグレモリー邸の地下にあるトレーニングルーム。駒王学園のグラウンドが収まる程の広さがあった。

 その中央で一誠とサイラオーグは向かい合うと、サイラオーグは徐に貴族服の上着を脱ぐ。その下は灰色のアンダーウェアであり、首や肩、腕が露出するが一誠はその鍛え抜かれた筋肉に目を丸くする。

 どういう鍛え方をすればそこまで引き絞ることが出来るのかと尋ねたくなる程一切の無駄をそぎ落とされた肉体。それなりに体を鍛えてきたと自負する一誠だが、サイラオーグと比べると細く、薄く感じてしまう。

 男であるのならば一度は描く肉体の理想像。それを体現しているがサイラオーグの体であった。

 

「ドライグ、行くぞ」

『任せろ』

 

 一誠は『赤龍帝の籠手』を顕現させて構える。しかし、サイラオーグの方は構えをとらない。そのことを訝しむ一誠。

 

「俺は赤龍帝の全力を求めている。遠慮することは無い。使え、禁手を。俺はそれまで手を出さない」

 

 サイラオーグが禁手を使えと言ったのは余裕からではない。言葉の通りに一誠の禁手が見たいのだ。

 余計なことはしたくないという心遣いなのだろうが、リアスの代表として戦う一誠はそれを素直に受け取ることが出来ない。

 

「サイラオーグさんこそ遠慮することなんて無いです」

 

 一誠は『赤龍帝の籠手』の甲をサイラオーグの方に向ける。甲に埋まる宝玉には数字が浮かんでいた。

 

「この数字がゼロになれば禁手になれますが、待つ必要なんて無いです。俺はサイラオーグさんと戦いに来たんですよ!」

 

 若手悪魔ナンバーワンを前にして無謀で生意気な発言なのは分かっていた。だからといって全力を出すまで態々待ってもらうなどリアスの眷属として相応しくないと思ったのだ。

 サイラオーグは一誠の発言に一瞬目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに目を細める。

 

「──そうだったな。失言だった、謝罪しよう。……リアスは良い眷属を得た」

 

 一誠の宣言を讃え、サイラオーグは構える。特別な構えには見えないのにサイラオーグが構えた途端に全身の汗腺が開き冷や汗が流れ出る。サイラオーグの放つ重圧により体が一誠の決意を無視して反応していた。

 

「開始の合図はお前が出せ、赤龍帝」

「……はい!」

 

 開始は今から十秒後。最初の倍加の音声が鳴った時が合図と告げると場が一気に静まる。

 長いようで短い十秒。この十秒の間に一誠はサイラオーグの重圧を跳ね除け、気を引き締める。

 

『Boost!』

 

 最初の倍加。同時に禁手のカウントダウンが始まる。

 開始直後にサイラオーグは一気に距離を詰めてきた。左右に移動することなく小細工無しで最短距離の直線を突き進む。

 

(速っ!)

 

 控えめに見ても木場と同等。禁手化した自分よりも速いかもしれない速度。木場とのトレーニング、マタドールのイジメの様なしごきを経験していなかったら確実に反応出来なかった。そう、今の一誠ならばサイラオーグの速度に反応が出来る。

 

「うおりゃっ!」

 

 左拳をサイラオーグの顔面目掛けて繰り出す。吸い込まれる様にサイラオーグの顔面に入る。倍化した力にサイラオーグ自身の速度も合わさって十分な威力を出す──

 

(いったっ!)

 

 ──筈であったが、一誠が感じたのは殴った感触が掻き消される痛み。殴られたサイラオーグの顔に傷一つ無く、殴った一誠の方が逆に拳を痛める。

 

(やべえっ!)

 

 顔面に拳を打ち込まれた状態でも前進してくるサイラオーグ。このままでは手首が折れ曲がるので一誠が素早く拳を引いた。途端、左頬辺りがひりつく気配を感じ、その感覚を信じて右に一歩──とまではいかないが半歩動く。

 耳の傍を大砲が通り過ぎたかと思った。風を切る音が暴力の様に鼓膜を叩き、通過する風が頬の肉を後ろに持っていく。それがサイラオーグの拳によるものだと理解した時には既にサイラオーグの二撃目が突き出されている。

 認識した瞬間に一誠は左腕を動かす。何処を狙っているのかは分からずただ動かすことだけを考えて。二撃目の軌道に左腕を偶然持ってこられたのは幸運であった。

 しかし、サイラオーグの拳が『赤龍帝の籠手』に触れると、その幸運も儚いものであると思い知らされる。

 籠手にサイラオーグの拳が叩き込まれると装甲部分に亀裂が出来る。完全に受け止めると籠手が破壊されると直感で理解した一誠は腕を転の様に回すとサイラオーグの拳が回転の向きに沿って外側に外れる。

 一誠の腕には衝撃による強い痺れが残る。痛みもあるが骨にまで達していない。判断が遅ければ籠手ごと腕まで砕かれていた。

 一誠は掌をサイラオーグに向けるとそこから魔力の塊を発射。ドラゴンショットに至る程では無い軽いものであった。

 サイラオーグは当たり前の様に避けることはせず、一誠の魔力がサイラオーグに命中し赤く強い光が生じるが、サイラオーグが拳を突き出すと全て消し飛んでしまう。

 

「──良い判断だ。神器だけでなく己自身も鍛えているのが良く分かる」

 

 魔力の向こうにいる一誠を狙って放った拳だが、空を切るだけで終わった。一誠はサイラオーグの拳の届かない場所へ既に移動していた。

 魔力の塊を放ったのは攻撃の為では無く、サイラオーグへの目晦ましと発射時の反動で距離を取る為のものだったのだ。

 

「サイラオーグさんに……そう言われて……光栄です。俺は、サイラオーグさんが強過ぎて……滅茶苦茶ビビッてます……!」

 

 たった数秒間の攻防だったが、一誠の顔は冷や汗に塗れていた。サイラオーグの重圧と恐怖は体力ではなく精神力が削られる。それでも一誠は笑ってみせる。ダラダラと汗を流し顔も引き攣っているが精一杯の瘦せ我慢を見せる。

 

「そう言う強がり……俺は好ましく思う」

 

 サイラオーグが踏み込む。その直後に一誠の目の前に立っていた。

 やはり速いと思いながら一誠はサイラオーグの拳に最大の警戒をするが、そこで気付く。

 サイラオーグは左右どちらも拳を握っていない。

 嫌でも強く印象に残る拳が来ると想定していた一誠は、それに意表を突かれた。ならば何が来るのかと考える前にドライグの鋭い声が脳内に響く。

 

『拳じゃない! 蹴りだ!』

 

 一誠の死角から跳ね上がるサイラオーグの脚。真横から一誠の頭部目掛けて迫る。

 一誠にはその蹴りがまだ見えない。しかし、サイラオーグの蹴りに込められたものが先行して一誠に伝わり、それが本能を刺激する。

 頭が粉微塵になるイメージが浮かび上がった瞬間、一誠は縮こまる様にしゃがんでいた。

 頭上を通過する蹴り。聞き間違いでなければ空気の壁を突き破った音が聞こえた。

 普通の状態なら防御する間も無く直撃していた。しかし、サイラオーグの蹴りがあまりに強過ぎたせいで当たる前に一誠の本能が働いたこと。ドライグの警告が聞こえると同時に『騎士』にプロモーションし、本能と反射に対応出来る速度を得られたことがこの回避に繋がった。

 

(っんでどうする! ここからどうする!)

 

 サイラオーグの前でしゃがみ込んだ状態の一誠。このままでは次の攻撃は当てられてしまう。

 どうするどうする、と考えた時、ドライグの声が飛ぶ。

 

『多少の怪我と痛みは駄賃だと思え、相棒』

 

 その言葉が何を意味しているのか。サイラオーグが下から拳を突き上げる体勢に入っているのを見て、一誠は理解する。

 本音を言えば物凄い嫌であるが、何もしなければもっと嫌な目に遭う。

 

「う、おおおおおっ!」

 

 一誠は飛び出した。サイラオーグの拳に向かって。

 

「むっ!」

 

 一誠の行動にサイラオーグは驚くが、攻撃を中断するには至らない。飛び込んで来る一誠に拳を突き上げようとし──一誠の方から先に拳に体を当てた。

 

「良い判断だっ!」

 

 拳に一誠の体を突くサイラオーグ。突くというよりも一誠を拳に乗せて飛ばした様なものであった。サイラオーグの拳に自分から間合いを詰めることで最大威力が発揮するまでの溜めと距離を潰し威力を大幅に削ぎ、本来の威力の二、三割程度にまで抑えた。

 矛盾して聞こえるかもしれないが一誠の行動はまさに捨て身の防御と言えた。

 サイラオーグの拳で十数メートル空を飛んだ後上手く着地する一誠。拳が当たった箇所を触れる。そこには肉の感触があった。

 

(あ、穴が開いたかと思った……)

 

 サイラオーグの拳が当たると衝撃が全身を駆け巡り、内臓全てを揺さぶられる。息がするのも苦痛。吐き気を覚えると共に着地した両脚がガクガクと震える。

 

『かなり威力を殺した筈なのにこれだけのダメージを与えてくるとは驚きだ。あのバアル家の男、純粋に力のみを伸ばし続けたのだな。速さも頑丈さも極端に力を伸ばした副産物といった所か……興味深いな』

「凄いなぁ、本当に……」

 

 痛みあるし恐怖もある。だが、それでも尊敬せずにはいられない。

 本来ならばリアスと同じ滅びの魔力を持つ筈の血筋だというのに運命の悪戯か、それを持たずに生まれてきた持たざる者。悪魔としての素質が無かった一誠はその境遇に親近感を覚える。

 無いなら無いで体一つを鍛えに鍛え抜いたサイラオーグを素直にカッコいいと思ってしまう。

 サイラオーグの実力は一誠だけでなくそれを見守っているリアスたちにも伝わっていた。

 同世代のサイラオーグの力を目の当たりにしてリアスは強く拳を握り締める。いずれは超えなければならない大きな壁としてその戦いを目に焼き付ける。

 朱乃、アーシアは吹っ飛ばされた一誠の姿を見て表情を蒼くする。今すぐにでも飛び出したい衝動に駆られるが、一誠を信じて堪える。

 木場、ゼノヴィア、小猫、ギャスパー、ロスヴァイセ、イリナもまた顔色を悪くしている。一誠の身を案じての意味もあるが、戦闘者として自分を一誠の立場に置き換えてサイラオーグとの戦いをイメージした結果、現時点で勝つ方法が見えないからだ。

 木場は聖魔剣でサイラオーグの蹴りを防ぐ場面を想像する。刃筋を立てているのにサイラオーグは躊躇い無く蹴り抜き、聖魔剣ごと体を折られる想像が浮かぶ。

 ゼノヴィアはデュランダルがサイラオーグの拳に打ち負ける光景、イリナは『擬態の聖剣』が断たれる光景を幻視。

 ギャスパーは邪眼でサイラオーグの動きを止める前に死角に回られるのを想像し、小猫とロスヴァイセは『戦車』の能力を以ってしてもサイラオーグの拳に防御を貫かれる光景が見えた。

 傍から見ていてもこれだけの脅威。直にぶつけられている一誠の心境はどんなものか想像も付かない。

 

「ヒーホー! 負けるなホー!」

 

 ジャックフロストはただ声援を送る。友達が負ける姿など見たくは無い。

 

「俺の拳はどうだった? 赤龍帝」

「物凄く痛いですよ……でも」

「でも?」

「もっと痛いパンチを打つ奴を知っています……」

 

 脳裏に浮かぶはシンの姿。単純な力ならサイラオーグの方が上だろう。だが、受けたくないと思うのはシンの方であった。どういう理屈かは知らないが、シンの拳はとにかく痛い。

 

「それは間薙シンのことか? ふっ、なら是非とも殴り合ってみたいものだ。それと──」

 

 サイラオーグの目が『赤龍帝の籠手』に向けられる。

 

「そろそろ時間だな」

『Welsh Dragon Over Booster』

 

 サイラオーグに応じる様にカウントダウンが終わり、一誠の体が赤色のオーラに覆われ、閃光が放たれるとオーラは鎧と化す。

 禁手『赤龍帝の鎧』を纏う一誠を見て、サイラオーグは不敵な笑みを浮かべる。

 

「先程までの戦いも悪くはなかった。しかし、その姿を見るとやはり滾って来るな……!」

 

 サイラオーグの威圧感が更に増す。体中の筋肉が隆起していくのが分かる。

 一誠も禁手に至り、確信したことがある。

 

(やべえ……勝てる気がしねぇー……)

 

『赤龍帝の鎧』を纏い、力を得たからこそ分かるサイラオーグとの差。禁手になっても埋まっている気がしない。

 しかし、だからといって一誠はネガティブにはならない。

 目の前の敬意を払うべき男が自分に対して期待をしてくれている。リアスたち以外でここまで自分を評価してくれた人は初めてかもしれない。

 ならば失望させない為に勝っても負けても全力で挑むだけ。

 

 

 ◇

 

 

 某日某所。

 凄まじい爆発と共に剣が豪雨の様に降り注ぐ。放つのは『禍の団』の英雄派である巨漢の男と金髪の女性。その二人が相手にしているのは巨大な怪物でも魔物の大群でもない。

 彼らの相手はたった一人であった。

 

「はっはー! いいねー! 退屈な仕事だと思っていたらとんでもねぇ奴が紛れていたぜぇぇ!」

「お姉さんとしてはもっと楽だったらいいんだけどねー」

 

 軽口を言いながらも姿を消した敵と探す二人。

 

「──っそこかぁぁ!」

「ちょっ!」

 

 巨漢の男が金髪の女性の影を殴りつける。途端、爆発が起こり、爆炎の中から二人が飛び出す。

 

「もう! 殆ど自爆じゃない!」

「そうでもしなきゃ勝てねぇよ!」

「だからって──お見通しよ!」

 

 すると、虚空から無数の剣が生み出され、近くの木に目掛けて発射される。木の幹に突き立てられる剣ら。木の向こう側から姿を現したのは二メートルを超える巨体。全身を黒一色の衣を纏い、影の中から這い出て来た様な姿をしている。

 文字通り仮面の様な顔をしており、くり抜かれた様な両目と口の部分は赤く染色され、額から二本の角が生えている。

 黒い鬼は両端に三日月型の刃を付けた両剣という変わった武器を握っていた。

 金髪の女性が再び剣を投擲する。黒い鬼が両剣の先で地面を突くと畳状に圧縮された土が隆起して剣を防ぎ、その土が砕けると黒い鬼が口から炎を吹き出す。

 

「多芸だなぁぁ!」

 

 巨漢の男が拳を突き出すと炎と衝突。炎が爆発によって掻き消される。

 

「……何の為に御大将を狙う?」

 

 黒い鬼が初めて口を開く。

 

「それは内緒」

「俺らに勝ったら教えてやるよ!」

「──なら吐かせるまで」

 

 黒い鬼が冷たい殺気を発する。

 

「ちょっと待ってもらおうかな」

 

 そこに待ったを掛けるのは腰に何本もの剣を差した白髪の青年。

 

「ここは僕が預からせもらうよ」

「おいおい! そりゃねえだろ!」

「ジー君、お姉さんたちから美味しいとこ持ってちゃうの?」

「曹操からの指示だよ。僕に色々と試せってさ」

 

 不満を出していた二人だが、曹操の名前を出されると渋々といった様子で引いてしまう。

 

「──さて。ここからは僕が相手をさせてもらうよ。いいかな?」

「……問い質す口が一つあれば十分」

「言うね。でも、そう言うのも仕方ないね。君は僕よりも強そうだ。いや、強いね」

 

 実力差を感じながらも白髪の青年は微笑む。

 

「──だから丁度良いんだ」

 

 黒い鬼が左手の人差し指と親指で輪を作り、右手でそれを覆った後木の影に触れる。黒い鬼の体が影の中に入り込んで消えてしまう。

 虫の声と木々の葉が擦れる音。黒い鬼は完璧に気配を消していた。

 

「凄いね。確か隠形っていう術だよね、それ」

 

 答えは返って来ない。

 

「君ってもしかして忍者っていう奴かい? それなら嬉しいなぁ。本物を見るのは初めてだ」

 

 その瞬間、黒い鬼は白髪の青年の影から飛び出し、その首に刃を引っ掛けると一気に引く──が。

 

「強いから試し甲斐があるよ。このちょっとした無敵の体と──」

 

 刃を当てられた白髪の青年の首の一部が鱗の様に変化し刃を止めている。

 

「──新しいエクスカリバーの試し斬りの相手に」

 




人修羅の出番は無しですが次からあります。

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