『赤龍帝の鎧』の背部にあるブースターを動かし、そこから魔力を噴射することで一誠は急加速。加速した状態から拳を振り上げた。
今までとは比べ物にならない速度で動き出す一誠であったが、サイラオーグの目はしっかりと一誠を捉えている。一誠とサイラオーグの目は一瞬たりとも互いから逸れていない。
だというのにサイラオーグはその場から一歩も動くことはしなかった。一誠はサイラオーグが初っ端から勝負を挑んで来ているのを理解する。
その気概に一誠も強く引っ張られ、ブースターの出力を限界まで上げる。一誠自身も自分の速度に感覚が追い付かなくなりそうになるが、体ごとぶつかるつもりでサイラオーグに挑む。
一誠の気概もサイラオーグに伝わり、サイラオーグは嬉しそうに、それでいて野性味ある笑みを浮かべると急接近してくる一誠に向けて拳を繰り出す。
激突する拳と拳。先に衝撃が巻き起こり、トレーニングルームの床が蜘蛛の巣に罅割れ、天井にも無数の亀裂が生じる。少し遅れて音が発生し、激突音と破砕音が重なって大音量となった。
「ははっ」
一誠は兜の下で笑った。というよりも笑うしか無かった。
全力且つ全速力で放った一撃をサイラオーグは拳一つで止めてしまった。そして何よりも恐ろしいのは──一誠は右腕を見る──殴った籠手の方に罅が入っていることだった。
それを認識すると右腕に痺れが起こる。拳を一度強く握ってみる。軽い痛みを感じるが幸い骨に影響は及んでいない様子。
サイラオーグは拳を引く。すると引いた拳が消えた。何をするのか分からず、一誠は勘でその場から一歩下がる。
目の前を突風が通過していく。風が通り過ぎた後、一誠は腹部の装甲に真一文字の亀裂が生じていること、サイラオーグが消えた拳を振り抜いていることに気付く。
今までストレートのみであったサイラオーグが恐らくはフックを放ったのだ。直撃せず掠っただけで『赤龍帝の鎧』に罅を入れる程の破壊力。下がるという判断をしていなければ上半身と下半身で別れていたのでは、と思えてしまう程の切れ味。
サイラオーグの肩が微かに動いたのを見て、ブースターを逆向きに噴射させて距離を置く。
「流石は噂に名高い神滅具だ。何かに打ち込んで痛みを覚えたのは久しぶりだ」
サイラオーグは拳を開き、手首を軽く振るう。拳頭部分に擦り傷の様なものが出来ていた。見ている者たちにしてみればその程度で済んでいるサイラオーグに戦慄する。
「本当に色々と凄すぎますね、サイラオーグさん。……どうすればそこまで強くなれるんですか?」
「──何時如何なる時も己の体を信じてきた。それだけだ」
言葉で言うのは簡単だろうが、実際は容易い事では無い。自分の力が何時開花するのかも分からず努力することはどれ程の苦難か。ましてや、サイラオーグは先天的に備わる筈であった魔力が無い。他の悪魔よりもマイナスの地点からスタートしている。
劣等感。周りの悪意。鍛えることを止める理由など幾らでもある。もしかしたら、心折れそうな日があったかもしれない。だが、それでも折れずに己の体を鍛え続けてきた。そして、それは今も続いている。
一誠の右腕を痺れさせる痛みが熱へ変わる。その熱は腕を伝って一誠に体へと注がれた。右腕と腹部が赤いオーラに覆われ、破損した箇所を修復する。
サイラオーグの熱が拳を通して一誠に伝わり、それが一誠の中で戦意を燃やす燃料となる。
「サイラオーグさんは凄い悪魔です」
自然とサイラオーグへの敬意が口から出てしまう。
サイラオーグは遥かに高い壁。だが、いつかは乗り越えなければならない壁でもある。ならば今はどれだけその壁を登ることが出来るのかを試す。
「俺はサイラオーグさんに比べればまだまだですが、とことんやってみます!」
「遠慮など不要! さあ、来い!」
サイラオーグが男らしく言い切ると、一誠は『騎士』から──
「『戦車』にプロモーション!」
──『戦車』にプロモーションをする。
「『戦車』、か」
総合的に優れた『女王』ではなく『戦車』をプロモーションに選んだことを意外に思うサイラオーグ。しかし、意表を突かれたという程のものではない。
『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』
繰り返される倍化により一誠の力が一気に跳ね上がる。
「行きます!」
ブースターを噴射。最初よりも数段上の速度で一誠は動き出す。しかし、左右に動くなどのフェイントなどはせずにサイラオーグへ真っ直ぐ飛ぶ。
「見えているぞ!」
一誠を迎え撃つサイラオーグの拳。手加減無しのそれが一誠の顔面に叩き込まれ、兜に亀裂が生まれる──だが、それだけであった。
『戦車』の特性によって防御力が上がっていること、倍化で高まった力を兜の部分に集中させることで一撃を耐え切ってみせた。
もし、サイラオーグが別の箇所に打ち込んでいたらその時点でお終いであっただろう。
そして防御を固めても痛みはある。と言ってもサイラオーグの拳が痛いのは分かっていること。我慢をすれば何とかなる。
「うおりゃああああ!」
一誠は顔面を殴られたままサイラオーグの顔を殴り返す。サイラオーグの頬に拳がめり込むが、サイラオーグの太い首はそれにも耐える。
「まだまだぁぁぁぁ!」
籠手部分が変形し、噴射孔が生まれるとそこから噴き出す魔力でサイラオーグの顔面を殴り抜ける。
「ぐっ!」
床目掛けて殴り飛ばされたサイラオーグ。その体が硬い床を砕きながら跳ね、三メートル程の高さまで跳ね上がった。
追撃しようかと考えた一誠であったが、次の光景を見た時に即座にその考えを取り消す。
サイラオーグは宙に浮いた状態で右足を突き出す。爆ぜる音と共にサイラオーグは壁でも蹴り付けた様な動きで後転し、地面に着地する。
当然空中に足場など無い。サイラオーグは、音の壁を突き破る反動を使って空中を移動したのだ。しかも、不安定な体勢のままで。
一誠がサイラオーグに追撃を試みていたら、間違いなくあの右足を貰っていた。
着地して構えるサイラオーグ。その口の端からは血が垂れている。戦いが始まってから初めて付けた傷らしい傷であり、捨て身の一撃はサイラオーグに確かに届いていた。
サイラオーグは垂れる血を指で拭い嬉しそうに笑う。尤も、一誠の視点から見ると肉食獣が牙を剝き出しにしている様なイメージである。
「最初から俺の一撃を貰うつもりだったな? その為の『戦車』か……。見事に反撃を喰らわされた。俺の拳を敢えて受けるその覚悟は賞賛しかない。お前と戦えて良かったと心の底から思う」
「ありがとう、ございます……!」
下に見られ続けていた一誠へ送られるサイラオーグの賞賛。一誠はそれに感動しているのか声と体を震わせていた──だが、サイラオーグは一誠の体から放つ気配により、その心情を凡そ把握していた。それを口に出すのは野暮だと思い、見て見ぬふりをするが。
(いってぇぇぇ! いってぇぇぇ! いてててててててて! 顔痛い! 手痛い! 何なら殴った反動で全身がいたぁぁぁぁぁい!)
全ては覚悟の上であった。そして、殴られ殴り返した。我慢もした。でも、痛いものは痛いからしょうがない。
殴られ頬はズキズキし、頭もクラクラし、サイラオーグを殴った手は恐らく真っ赤に晴れている。
一誠が体を震わせているのは、サイラオーグに受けたダメージを必死になって我慢し、隠しているのが本当の理由であった。
『落ち着け相棒……と言いたいところだが、よく我慢していると褒めておこう』
(攻撃全部がこっちにとっちゃ即死級だからこえーよ! 実際に痛いし! 殴ったら殴ったで山を動かそうとしているのかと思った!)
兜を被っていて良かったと心底思う。兜の下では叫ぶのを我慢する代わりに苦痛の百面相が行われていた。それでも痛みは和らぐことが無いので、心の中で絶叫している。効果は劇的では無いが多少は気が紛れた。
本当ならばのたうち回りたい気分だがリアスたちの前、そしてサイラオーグの前であるからこそ精神力でねじ伏せることが出来る。
特にサイラオーグは他意なく純粋に自分のことを評価してくれた相手。男気あるサイラオーグの前では少しでも格好を付けたい。
「赤龍帝──いや、兵藤一誠。お前が次に何をしてくるのか俺は楽しみで仕方がない。まだ色々と秘めている筈だ。それを俺に見せてみろ!」
飛ばされる声に鎧が震える。不思議なことにサイラオーグのその声で痛みをあまり感じなくなった。痛みが和らいだのではなく、一誠の意識が痛みからサイラオーグとの戦いに集中している為である。
「ええ! 出し惜しみなくいきますよ!」
一誠は左手を突き出す。高められた魔力が左腕を通じて撃ち出される。
サイラオーグの身長よりも遥かに大きなドラゴンショット。だが、サイラオーグは臆することなくそれに向かって駆けだし、ドラゴンショットを拳で迎撃する。
巨大なドラゴンショットがサイラオーグの拳一撃で弾ける。見ていたリアスたちはサイラオーグの一撃の破壊力に戦慄するが、当の本人は困惑していた。
(軽い……?)
予想を上回る手応えの無さ。魔力を高める『僧侶』ではなく『戦車』の為、一誠の魔力弾の威力が低い、かと考えたがそれでも技の見た目と威力が合っていない。
サイラオーグはハッとし撃ち出された方を見る。そこに一誠の姿は無い。
(目晦ましか!)
敢えて張りぼての様な魔力弾を放ったことに気付いたサイラオーグ。一誠の気配を探るとすぐ横から彼の気配を感じ取る。
視線を動かすと、右手の五指を限界まで広げた一誠が飛び掛かってきている。指先に魔力が集中しているのが見て分かる。
退くか、防ぐか。否、サイラオーグは選ぶ選択は攻めるのみ。
拳を突き出した体勢のまま、床を削り取る勢いで体の向きを変え、上半身の捻りに合わせて突き出されていた拳を横薙ぎの拳打として繰り出す。
一誠が振り下ろすドラゴンの爪とサイラオーグの拳が衝突。五指先端に溜め込まれた魔力がサイラオーグの腕に傷を付けるが鍛え抜かれた筋肉までは突破出来ず皮膚のみ裂く。腕を負傷しながらサイラオーグの拳は一誠の掌に叩き込む。
衝撃が貫通して手の甲側の装甲は弾け飛び、同時に亀裂が肘辺りまで生じて一誠の腕から籠手だったものが破片としてバラバラと落ちていった。
痛みが一瞬走ったかと思ったがすぐに消え去る。しかし、それはいい意味では無い。手の機能が麻痺する程の衝撃であるという悪い意味でのこと。現に手首から先の感覚が無くなっていた。
(来るっ!)
片腕がまともに機能しなくなった所にサイラオーグの三連撃目の拳が放たれた。狙いは的の大きな胴体。今の一誠にそれを回避する余裕は無い。
(回避出来ないならっ!)
一誠はまだ無事な左手に魔力を込めると、サイラオーグの拳の前に左手を翳す。直撃すれば左手も使用不可能になるが一誠は敢えて賭けに出た。
(成功させてやる!)
サイラオーグは一誠が何かを狙っていることに気が付いていたがその狙いに興味を持ち、拳を引かずに突き進む。
一誠の左掌にサイラオーグの拳が打ち込まれた瞬間、サイラオーグは不思議な感覚を覚える。まるで力が一誠の手の中へと吸い込まれていき、自分の手が自分のものでは無くなる感覚。
「行け!」
一誠が左手を動かすとサイラオーグの拳もまたそれに連動して動く。マタドールの虐待の様な実戦訓練で見様見真似で覚えた捌き技。
雷神トールにも通用したこの技は、サイラオーグに通用する──とこの時までは思っていた。
「──あれ?」
行けると思った瞬間に力の流れの感覚に狂いが生まれる。一誠にとってこの技は殆ど試行回数の無いもの。一度でも力の操作に失敗すれば修正が効かなくなる。
結果、力の流れが乱れてサイラオーグの腕に逆流。事前に傷を付けていたせいか、そこから一気にサイラオーグの腕の皮が捲れ上がり、手首から肘に掛けての皮膚が剥がされ、筋組織が剥き出しとなった。
「ひっ!」
という声が観戦側から聞こえて来る。一誠も目の前のことに情報処理が追い付かずに啞然としていた。
剥き出しになった筋肉にポツポツと赤い点が生じ始め、それが次第に大きくなり、繋がり、剝かれた皮の先から滴る血になってようやく思考が追い付き、一誠は慌てて左手を離す。
「あ、あの! その!」
舌が回らず上手く言葉を発せない。戦っている時は負けてもサイラオーグの両腕をへし折ってやる、という意気込みであったが、不本意な形で惨い攻撃をしてしまったことに戦意よりも罪悪感が上回ってしまう。
「──ふむ」
サイラオーグは皮を剥がれた自らの腕を見る。痛がる様子も無く掠り傷の様な反応であった。
「今の技は誰かに教わった技か? 赤龍帝ではない別の誰かの影を感じた」
「えーと、その、それよりも!」
怒る様子も無く真面目に尋ねてくるサイラオーグに一誠は困った様子。質問よりも先に腕の怪我をどうにかしたいのだ。
「兵藤一誠自身も戸惑っている。この戦いは一旦ここまで、ということで構いませんか?」
「ええ。それを言う為に来ましたので」
「うおっ! いつの間に!」
音も無くすぐ傍に立っているセタンタに驚かされる一誠。
一誠がサイラオーグの腕の皮を剥いだ時点でサーゼクスの指示でセタンタは動いていた。サイラオーグは兎も角、一誠の方は傍から見ても分かる程の戦意が萎えていたのだ。それにまだ幼いミリキャスにはこれ以上の戦いを見せるのは刺激的過ぎるという思いもあった。幸い皮剥ぎの瞬間はグレイフィアがミリキャスに目隠しをした御陰で直視を妨げられた。
「すぐに傷の手当てを」
「あ、それなら、アーシアの神器が」
「気遣い感謝する。だが、自前の物がある」
すると、サイラオーグは衣服からガラス瓶を取り出し、中身の液体を腕に掛ける。腕の傷は瞬く間に治ってしまった。
「フェニックスの涙……ですか?」
「ああ。ライザー殿とはとある縁で交流をする仲になった。彼とその眷属とは何度か実戦形式トレーニングをしたりしてお互いに良い刺激になっている。このフェニックスの涙も彼からの贈り物だ」
「あのライザーと……」
サイラオーグとはタイプが真逆だというのに、呼び捨てや口振りからしてそれなりに仲が良いことに一誠は驚く。
「ライザー殿は赤龍帝への再戦を果たす為に己を鍛え直している。無論、間薙シンとの決着もな」
「何でそこで間薙の名が?」
「以前冥界に来た時に一戦交えたという話だが……聞いていないのか?」
シンがライザーと戦っていたなど初耳で一誠は目を丸くする。深く聞きたい所だったが、すぐに怪我のことを思い出してサイラオーグに謝る。
「す、すみませんでした! 折角の対戦を台無しにすることをして!」
「気にすることは無い。それに中断を願い出たのは俺だ。お前が謝ることは無い」
「で、ですけど……」
一誠はそれでも食い下がろうとするが、セタンタがそれを止める。
「兵藤様。練習とはいえこれは戦い。傷付けたことを謝罪するのは美徳ですが、過ぎれば侮辱になりえます」
この戦いは互いに傷付け合うことを同意として行っている。一誠もサイラオーグに何発も殴られているが、そのことでサイラオーグを恨む気持ちなど微塵も無い。自分が同じ立場になってサイラオーグが殴ったことを謝られ続けたらと思うと、セタンタの言葉がすんなりと入ってくる。
「分かりました……」
「いや、寧ろこれで良い。お前もまだまだ戦えるが俺もまだまだ戦える。──だが、これ以上戦うと歯止めが効かなくなる、俺自身のな。きっと最後まで戦い続けることになると思うが、それでは勿体無い」
笑みを見せるサイラオーグ。その笑みには相手を惹き付ける強い魅力があった。その男らしさに引き込まれそうになる。
「さっきの技は未完成なのだろう? それにしても意表を衝かれた。真っ直ぐ攻め込む剛の技が全てかと思いきや、まさかあの様な柔の技も持っているとはな。本当に誰に学んだんだ?」
「いや、まあ、その……」
魔人マタドールです、などとは口が裂けても言えない。赤龍帝と魔人の中でも特に危険人物が知り合いなどスキャンダルでしかない。
それとは別にサイラオーグにはマタドールへの関心を持って欲しくは無かった。関心を持つことはその内関わりを持つことに繋がる危険があったからだ。特にサイラオーグはマタドールが好む強さと性格をしている。目を付けられたらサイラオーグも無事では済まない。
一誠の曖昧な態度で言いたくないのが伝わったサイラオーグは、それ以上の追求はせずに話を変える。
「お前の中には目覚めていない可能性が多く眠っている。戦った俺が断言しよう。ならばこそ、その可能性を目覚めさせろ赤龍帝。俺とのレーティングゲームの日までに。上役の方々や大衆の前で拳を交える。これこそが俺たちにとっての最高の舞台だ」
不本意な攻撃を受けても一誠に期待してくれるサイラオーグの器の大きさに圧倒されそうになる。男であるが、リアスと出会う前に勧誘されていたら心が傾いていたかもしれないとさえ思ってしまった。
「そうね。そこでお互いの夢を懸けて戦いましょう、サイラオーグ」
いつの間にかリアスたちやサーゼクスたちも近くまで来ていた。一誠は鎧を解除する。
「そうだな、リアス。それまでにしっかりと赤龍帝を鍛え抜いてやってくれ」
「それは──」
「だ、だ、大丈夫です! イ、イッセーさんには、と、ととと。とっておきのパワーアップ方法がありますから!」
普段は大人しいアーシアが大声を出すので全員の視線がアーシアに集中した。
「ほう? そんなものがあるのか?」
サイラオーグが興味深そうに訊く。
「は、はははい! イッセーさんは、おおおお、おお、おっぱいを触ればもっと強くなれるんです!」
沈黙。サイラオーグの表情が訊いた時のまま固まり、リアスは『何故それを今ここで!』という表情となり、サーゼクスは吹き出しそうになるが横目でセタンタが睨み付けていることに気付いて我慢しそのせいで体が細かく震えている。グレイフィアは何となく嫌な予感がしていたのかミリキャスの耳を塞いでいた。
「そ、そうか! その手があったか! イッセーはおっぱいドラゴンだ! 私たちの胸に触れれば力が増す! 禁手の時もそうだったと聞く!」
アーシアの発言に同調するのはゼノヴィア。この二人が絡み出すと色々と暴走が始まる。
「リアスお姉様! 私でも構いません! ど、どうかイッセーさんにおっぱいの力を!」
一誠がサイラオーグに今のままでは勝てないということをアーシアも感じ取ったのか、一誠に負けて欲しくないという気持ちからかアーシアなりの精一杯のサポート。言っていることは卑猥な内容だが込められた想いは何処までも純真そのもの。
「そうですぅぅぅ! イッセー先輩は触ったら強くなるんですぅぅぅ!」
ギャスパーもまたこれに同調。尊敬する先輩が負けそうになったのが我が事の様に我慢出来ず、もっともっと強いということを涙ながらに叫ぶ。
「そうね! イッセー君の力の源はそれだわ!」
イリナもまたこれに納得。
ハチャメチャなことになってきているが、皆が一誠の負ける姿など見たくは無い為に発言している。
一誠は皆が心配してくれる様子に感動するが、言っていることが言っていることなだけに若干複雑な思い。リアスは顔を真っ赤にしているし、朱乃はクスクスと笑い、小猫は無表情だが若干呆れが浮かび、木場は苦笑している。
もしもここにシンが居れば一誠に『どうするんだ? この空気を?』という意味を込めた冷たい目を一誠に向けていただろう。
「毎度こういうノリなんですか? ここは?」
さっきまでの緊迫した空気が一気に吹き飛び、その温度差に付いて行けなかったロスヴァイセが小声でジャックフロストに尋ねている。
「だいたいこんな感じだホ! 大丈夫だホ! ロスヴァイセも多分同類だホ!」
「ど、同類ってどういうことですか! 私ってこんな感じに見えるんですか!」
「ヒホ」
ジャックフロストが首を縦に振ると、ロスヴァイセはショックを受け立ち尽くしてしまう。
「ふむ……噂ではなく赤龍帝は女の乳を触ると本当に強くなるのか?」
「……本当です」
真面目な顔で訊いてくるサイラオーグに小猫も真面目な顔で答える。
『……相棒。このバアル家の男に改まって訊かれると心が死にそうになるんだが、何でだろうな……』
一誠の脳内にドライグの乾いた声が響く。強さを認めた相手だからこそ乳龍帝としての面を知られるのが嫌な様子。
「ふ、ふははははははははは!」
小猫の答えを聞いたサイラオーグが豪快に笑う。茶化していると思われても仕方ないののに心底愉快そうに笑っている。
「な、成程、くくく。リアスや他の女たちの胸でも強くなれるのか。ふふふ、覚えておこう」
笑いを嚙み殺そうとして嚙み殺しきれないサイラオーグ。余程ツボに入っている模様。
一通り笑った後サイラオーグは一誠たちから視線を離そうとし、動きを途中で止める。
「どうぞ」
戦い前にサイラオーグが脱ぎ捨てた貴族服をサイラオーグに手渡すセタンタ。きちんと折り畳まれている。
「申し訳ない」
サイラオーグはそれを羽織る。その動作も一々格好が良い。
「では、俺はこれで」
「ああ。良いものを見せてもらった」
サーゼクスに別れの挨拶を済ませ、サイラオーグはこの場を去って行く。
一誠はその背を悔しさと憧憬が混じった瞳で見えなくなるまでずっと見続けていた。
◇
「ってことがあったんだよ」
京都へ向かう新幹線内部で隣の席に座るシンに一誠は冥界であったことを語っていた。
座席前に松田と元浜が座っているが、松田は初めて乗る新幹線にテンションを上げており、元浜もそれに触発された状態で二人仲良くお喋りをしているので、シンと一誠の会話が耳に入っていない。
いつもなら騒がしいピクシーとジャックフロストも今回の修学旅行には連れて来ていない。リアスたちに世話を任せて仲魔全員を置いて来ている。連れて行かないことも文句を言っていたが、お土産を買って来ることといざという時には呼び出すことを条件として取り敢えずは納得してもらった。
「成功すれば回避、失敗しても相手の皮剥ぎ。いい技だな」
「それ嫌味で言ってねぇか?」
サイラオーグ戦の時の失敗技の評価を一誠は皮肉と捉える。
「嫌味じゃない、素直な感想だ。ドラゴン・ピーラーとでも名付けるか?」
「やっぱ馬鹿にしてるだろ!」
皮むき器などという名前など付けたくもない。
「女は服を剥いで、男は皮を剥ぐか……」
「いや、何処の鬼畜ゲー主人公だよ!」
「目の前に居るな」
「止めろ! 前者は否定できないが、後者は否定するぞ!」
揶揄う言葉を強く拒絶する一誠。
「とーにーかーく! そういうのはいいんだよ! 重要なのはサイラオーグさんだよサイラオーグさん! 近い内に戦うかもしれないんだ! もっと強くならないと! お前も前にサイラオーグさんと会ったんだろ」
「ああ」
「どんな感じだった」
「少し喋っただけだ。参考にはならない」
本当は密かに試されていたが、互いに牽制し合っただけなのでシンの言う通り参考にもならない。
「そうか……本当にどうしようかな……俺と戦っていた時ですら手足に負荷が掛かる封印を施してある状態だっていうし……」
戦闘後にサーゼクスから聞かされたことである。
「随分な相手に目を付けられたな」
「他人事みたいに言うけどな、お前も興味持たれているからな? いつか決闘の申し込みでもされるかもよ?」
「そうか」
一誠は脅す様に言うが、シンは興味無い様に軽く流す。
「──ところでよ。部長が卒業してからも部長を部長って言うのはおかしいか?」
「……急に何だ?」
いきなり意味の分からない質問をしてくる一誠をシンは半眼で見る。
「ミリキャス様から言われたんだよ……リアス部長が高校を卒業しても部長って言い続けるのか、って」
一誠は指摘され改めて考えることとなった。リアスが卒業した後のことを。本音を言えば名前で呼びたい。しかし、同時にそれを恐れ多く思う自分がいる。
「どうだろう……?」
「好きに呼べばいい」
身も蓋も無い答え。それがどうした、と言わんばかりの冷たい対応であった。
「冷てぇなー」
「俺がどうこう言って解決する問題じゃない。それとも俺がずっと部長と呼び続ければいい、と言えば納得するのか?」
答えているのも同然な言葉に、あからさまに不服そうな表情となる一誠。
「どうせその内答えを出す」
いつまでも引っ張ることなく自力で解決出来ると遠回しに告げ、これ以上は何も言うことは無いと言わんばかり腕を組んで座席にもたれ掛かる。
一誠は頬杖を突いて新幹線の外で流れていく景色を見始める。シンの言わんとしていることは分かっているらしく、窓ガラスに映る彼の顔は何かに悩む表情をしていた。
「ちょっといいか?」
二人の会話が終わったタイミングでゼノヴィアがやって来る。
「一応報告しておきたいことがあるんだ」
「何だよ?」
窓からゼノヴィアの方へ顔を向ける一誠。シンも目だけ向けている。
「実は私は今、デュランダルを持っていないんだ。つまり丸腰だ」
ゼノヴィア曰く、正教会に属している錬金術師がデュランダルのオーラを効率良く制御する方法を見つけたので天界経由でそちらに送ったと言う。
三勢力が協力態勢になったことで正教会も今のゼノヴィアに協力的になっているという。
「──信じていい話なんだな?」
聖剣中でも二つと無いデュランダルを正教会へ送り出すことに懐疑的に見てしまうシン。
「大丈夫だ。ミカエル様を始め、セラフの方々も協力してくれている。正教会もミカエル様たちを裏切る様な真似はしない」
「それならいい。邪推だったな」
「気にするな。君はそれぐらい捻くれている方が丁度良い」
褒め言葉には聞こえなかったが、凛々しい笑みで言い切るゼノヴィアを見て嫌味や皮肉で言っている訳ではないのが分かる。
「了解。いざという時はアスカロンを貸せってことだな?」
「ああ。そのいざという時が来ないのが一番なのだが」
「まあな。あと木場にも言っておいた方がいいと思うぞ? 場合によっちゃ木場の神器で聖剣を創ってもらうことになるかもしれないし」
「そうだな。言っておこう」
ゼノヴィアの目線が横を向く。
「丁度いい。話しておこう」
ゼノヴィアの視線を辿ると木場がこちらに向かっていることに気付く。わざわざ別車両から移動である。
木場の存在に気付いた女子たちが黄色い声でざわめき始める。
「やあ」
「お前もこちらに来たのだな」
「うん。イッセー君たちに少し話があってね」
「そうか。私も実はお前に話がある」
そう言って木場とゼノヴィアは数言会話する。内容は一誠たちに言った時とほぼ変わらない。木場が了承しながら頷くと、ゼノヴィアは自分の座席に戻っていく。
「何か用か?」
「あちらに着いた時の行動を聞きたくてね。一応、有事の際を想定してさ」
別クラスで班ごとにスケジュールも違う為、ここで互いのスケジュールを交換し、万が一の場合にスムーズに連絡が出来る様にしておくつもりらしい。
木場が行く先のスケジュールを話し、一誠も京都巡りのスケジュールを木場に教える。予定通りだと三日目に同じ場所を巡ることになる様子。
「──ところで、間薙君はイッセー君とサイラオーグ・バアルの模擬戦闘の話は聞いたかい?」
「ああ」
すると、木場がいきなりシンの方に顔を寄せて来る。部外者には聞かさせたくない悪魔関連の話なので顔を近付けて小声で話し掛けているのだろうが、木場の話に注目している女子たちからは別の視点で見られていた。
「き、木場きゅんと間薙君が……!」
「た、滾る! 滾ってくるわ!」
「やだ! 目的地に着いていないのにテンション上がっちゃう!」
色々と妄想を捗らせている一部の女子。幸い会話に集中しているシンと木場の耳には届いていない。因みに会話に入っていない一誠の耳にはしっかりと届いており、苦虫を嚙み潰した様な表情になっていた。
「率直な感想として、彼は脅威だね。素手でイッセー君の鎧を壊せる存在なんて限られている。いや、同じ神滅具所持者や神という例外を除けば、上級悪魔では彼ぐらいしか出来ないだろうね」
サイラオーグと一誠との戦いを見ていた木場は、自分ではサイラオーグに及ばないと語る。
「まず僕は真っ向から戦えないね。唯一の取り柄のスピードも僕と同等──あの時、制限を掛けていたと考えると僕以上だね。同じ速度で紙みたいな防御力の僕じゃ一発受けただけで致命傷だよ」
弱気な発言とも取れるが、冷静にそして客観的に見た事実がそれなのであろう。だが、木場もその現実を甘んじて受け入れている訳でもなく、表情に悔しさが滲み出ている。
「今の所、一番勝つ可能が高いのはイッセー君だろうね。もし、他に可能性がある人物が居るとしたら──」
木場は無言でシンを見詰めるが、すぐにそれを笑って誤魔化す。ないものねだりというのが分かっているのだろう。
「修学旅行が終わったら、対サイラオーグ・バアルのトレーニングに付き合って欲しいんだ。勿論、イッセー君も」
「おお、いいぞ」
「分かった」
二人から快諾を貰うと木場は満足そうな様子で座席へ帰っていく。来る時と同じ様に帰る時もその背に女子らの黄色い声を受けて。
「チクショウ……相変わらずモテてんなー、イケメンめぇぇ」
一誠が嫉妬に塗れた言葉を洩らす。大事な友人で仲間だと思っているが、それはそれこれはこれである。
「そんなに羨ましいなら整形でもしたらどうだ?」
「……お前も容赦の無いこと言うなぁ……」
「──失言だったな。医療や技術でも限界はある」
「本当に容赦無いなお前っ!」
◇
新幹線が京都に着くと班行動となり周囲を軽く観光しながら目的のホテルを目指す。
用意されたのは、学生が泊まるには不釣り合いな程の豪華なホテル。その名も『京都サーゼクスホテル』。一目見ただけでグレモリーが裏で関わっているホテルだというのが分かる。しかし、そのお陰で学生全員良い修学旅行の思い出が出来るのなら有難く使わせて貰うだけのこと。
駒王学園二年生全員がホテルに到着したのが確認されると、先生方から注意事項があった。引率の先生の中には当然アザゼルとロスヴァイセの姿が見られた。
午後からは班ごとで自由行動だが、行ける範囲は京都駅周辺。午後五時半までには自室へ戻っている様にとのこと。
早速荷物を部屋に運んで行くのだが、割り当てられた部屋は想像以上に豪華なものだった。
「すっげぇぇぇ!」
「駒王学園に入って良かったと心底思うな」
京都の街並みを一望出来る窓。清潔感溢れる洋室にこの部屋に泊まる元浜と松田は感動する。
二人が荷物を置くと、今度は一誠とシンが泊まる部屋へと向かうが、アザゼルから渡された鍵は彼らの部屋は男子が泊まる階層よりも数階上の部屋番号を示している。
取り敢えず部屋がある階層へ向かう四人。エレベーターを出た瞬間から明らかに違うのが分かった。
「え? 何この豪華なカーペットは?」
「何かあらゆる物がキラキラしているんだけど……?」
他の階層とは豪華さが段違いとなっていることに元浜たちは顔を引き攣らせる。
そして、シンと一誠が割り当てられた部屋に入ると二人揃って絶叫する。
「何じゃこりゃああああああ!」
「別次元じゃねぇか!」
広さも内装も桁違いになっている洋室。素人目でも分かる程の格の差があった。
「何でお前らだけこんなに豪華なんだよ!」
「どう見ても最上級の部屋じゃねぇか!」
不満を口に出す二人。シンと一誠もこんな桁違いの部屋を用意されて反応に困っていた。
その時、部屋を誰かがノックする。
「イッセー君? 間薙君? もうここに来ていますか?」
尋ねて来たのはジャージ姿のロスヴァイセであった。
「ロスヴァイセちゃん! 抗議します! 何でイッセーと間薙はこんなに良い部屋なんですか!」
「同じく抗議します! ロスヴァイセちゃん! 納得がいく説明を!」
「もう、先生のことをちゃん付けしないで下さい」
軽く窘めるがそれ以上怒ることは無かった。生徒からの親しみの証として、一応受け入れているみたいである。
「実はホテル側でトラブルがありまして、生徒数の数え間違いが起こっていたみたいです。二人部屋を急遽用意しようとして、トラブルに対するお詫びも兼ねてこの部屋になったという訳です」
ロスヴァイセからの説明に二人は不満気な表情ながらも取り敢えず納得する。
「ぐぬぬ……何て運の良い奴らだ……」
「こんな良い目に会ってたら罰が当たるぞ……」
「……何なら変わるか? その代わり夜は間薙と部屋でずっと一緒だぞ?」
『う、うーん……』
そう言われて元浜たちは眉間に皺を寄せて悩む仕草を見せた後──
「うん。やっぱりあの部屋でいいや」
「そうだな。つう訳で準備したらホテルの玄関に集合な」
──あっさりと退き、部屋へ戻っていった。
「全く失礼な奴らだよな、なあ、間薙?」
「お前もな」
「ぶふっ!」
シンと一誠のやり取りにロスヴァイセは思わず吹き出してしまう。見た目も性格も全く異なる両者だが、妙に噛み合う部分が可笑しくてしょうがない。
二人の視線が向けられていることに気付き、ロスヴァイセは咳払いをした後にこの部屋にした本当の理由を話す。
「ここは私たちが話し合う為にリアスさんが用意された部屋なんです」
「ここで話し合い? あー、悪魔的な?」
「まあ、そういうことですね。京都で何かしらのことが会った時に話し合いが出来る所を確保しておいて損は無いです」
実はもう一つ部屋の候補があったが、そちらは一人用の狭い和室であった為、シンとの同室が無理ということになり、この部屋となった。
「という訳でこれから教師の会合がありますので、急いでアザゼル教諭を探さないと……」
「アザゼル先生がどうかしたんですか?」
「ホールでの確認が済んだらいつの間にか居なくなっていたんですよ! 生徒よりも先に羽目を外すなんて……!」
「アザゼル先生、何処に行ったんだ……?」
「酒か女のどっちかだろうな」
京都へ旅行に行く前から舞妓と京料理に興味津々だったことを思い出す。
「もう! こんな時間から不埒なことを!」
ブツブツとアザゼルへの文句を言いながらロスヴァイセが部屋を後にしようとする。
「──流されて一緒に飲まないで下さいね」
「飲みませんから!」
シンの忠告に声を大にして否定し、去って行く。
「どっちだと思う?」
「うーん……勧められてもギリギリで断って飲まない、の方に」
「なら、俺は勧められた挙句断り切れずに飲む、の方だ」
ロスヴァイセのこの後を予想し合いながら外出の為の準備を勧めた。
◇
午後の自由時間。折角だから観光に行こうということとなり近場にある伏見稲荷へ行くこととなった。有名な場所であり一駅分しか移動しないので、予定時刻にも戻って来ることも出来る。
稲荷駅に着くと早速店頭に置かれた物に興味を示すアーシアたち。その様子を松田がカメラに収めている。
修学旅行らしい光景だが、少し離れた場所でそれを眺めているシンと一誠は小声で会話をしている。
「──見られてねぇか?」
「そうだな」
駅に着いた時目線を感じる。それも四方からのものであり、明らかに一人二人では済まない。
京都に住む超常側の存在にしてみれば悪魔や天使は余所者。監視の目を光らせていてもおかしくはない。しかし、それでもやや鋭すぎる気がする。
「妙に殺気立っているな」
「ああ、チクチク刺さって気になってしょうがねぇ」
京都側とトラブルを起こさない為にリアスからフリーパス券と呼ばれるカードを渡されている。このフリーパス券というのは前以って京都を牛耳る存在に話を通し、発行してもらうことで自分たちがきちんと手順や通達を済ませていることを証明する為のもの。
「……大丈夫だよな?」
「取り敢えず人目が有る所では襲って来ないだろう」
元浜たちに急かされて一誠とシンも最初の鳥居を抜ける。その向こうには大きな門があり、両脇には魔除けの狐の像が置かれている。
一誠にはその狐の像が睨んでいる様に見えてしょうがなかった。
周囲を気にしつつも本殿へ進み、観光しながら稲荷山へ登っていく。ここまでは順調と誰もが思っていた。
数十分歩いた後、一誠らは稲荷山の休憩所に着いていた。頂上まではまだ遠い。
そこから見える山風景をアーシアたちは楽しむ。
一方で一誠は山で何度も修行してきたせいか、山の頂を見たくなり皆に断りを入れてから頂を目指そうとする。
「うおっと! すみません!」
走り出した直後に肩がぶつかり合い、一誠は反射的に謝る。
「ああ、大丈夫。気にしないでくれ。兵藤一誠君」
「へ?」
名前を呼ばれて驚くがすぐに納得した。肩をぶつけた相手は自分と同じ駒王学園の制服を着ていた。
「あ、駒王の」
「そう。クラスは違うがね」
黒髪の青年がクスクスと笑う。整った容姿のせいかもしれないが、何故か目を惹かれる。これだけ存在感があると覚えていそうだが、一誠の中では記憶に無い。
(こんだけイケメンだと覚えていそうなんだけどなー)
「まさか、ここで有名人に会えるとは思ってもいなかった」
「有名人? 俺が?」
「そう」
きっと碌でもない意味で有名なんだろうなと苦笑いしてしまう。
「これから山頂に向かうのかい? 引き留めて悪かったね」
「いや、こっちこそ」
「それじゃあ、気を付けて」
爽やかな笑みで別れの挨拶を送りながら青年は去って行く。
「んじゃ行くか」
気を取り直して山の頂を目指し駆け登って行く一誠。周囲に多くの観光客がいるせいで彼は気付かなかった。
監視の目が急に殺気立ち始めたことに。
そして、同じタイミングで班のメンバーがあることに気付く。
「ねえ」
桐生の呼び掛けにアーシアたちは観光を止め、そちらを見る。
「間薙君は?」
いつの間にかシンの姿が消えていた。
◇
普段から鍛えていたおかげで一誠はあっという間に山頂へ辿り着いた。頂上、と思われるが適当に走って来たせいで断言は出来ないが。
木々が生い茂っているせいで日が出ているのに薄暗く、空気が冷たい。一応古ぼけた社があるので観光する場所なのだろうが、雰囲気のせいで観光客は一切見当たらない。
一誠は折角来た記念に社でお参りをすることにする。
手を叩き、頭の中で願う。正直、願いの中身は煩悩塗れであったが。
「お主……」
幼い声の後、周囲の木々がざわめき始める。一誠は周りを囲まれているのに気付く。かなりの数が潜んでおり、強そうな気配も感じる。
「母上のニオイがするぞ……!」
「女の子?」
警戒する一誠の前に現れたのは巫女装束を着た小学校低学年程の少女。頭髪は眩い金髪であり、その頭髪からは獣の耳が生え、腰あたりからも大きく膨らんだ尻尾が見えている。
狐を連想させる姿をした明らかに超常側の存在。
「余所者め……! 母上を何処にやった!」
「は、母上? 何のことを──」
「惚けるでない! そのニオイこそが証拠!」
狐の少女は聞く耳を持たずに怒鳴り付ける。
「いや、本当に──」
「なら力尽くで聞くまでのこと! 行け! キンキ! スイキ! フウキ!」
木々の影から先程感じた強い気配の持ち主たちが現れる。
「オ前ガ獲物カ」
全身が金色。金属の様な質感の体。額が尾鰭の様に広がった形をしている。鎧そのものの様な上半身には何も着けず、下半身に赤い猿股のみ着用。右手には身の丈程ある薙刀を持っている。
鮫の様な鋭い牙を見せ、赤い目で一誠を獲物として捉える。
「おひい様が言うんじゃ仕方ねえ。ちょっと半殺しになってくれや」
紫色の体に赤紫色の縞が入り、灰色の衣を上下に着ている。頭頂部に横向きに生える白い角が左右に四本ずつ並び、その下から長い黒髪が生えていた。口にあたる部分には半円状に無数の黒い線が入っており、そこから言葉を発している。
へら状になった鈍器を左右に付けた武器を構え、一誠を小馬鹿にした態度をとる。
「あーあー暴力反対。何て言うと思うかアホめ。お嬢の言う通りにくたばれや」
白い衣が覆う水色の体には年輪の様な紋様が描かれていた。頭頂部には四本の角が生えているがそれよりも目を引くのが顔。顔の中央部分が鍵穴形にくり抜かれており、目も鼻も口も無く、辛うじて残っているのは下顎から生える牙のみ。
一誠に対しふざけた態度をとりながら、その手に持つ両端に片刃の剣を付けた武器を振り回す。
「な、何だこりゃあ……!」
二メートルを超える巨体が一誠を取り囲む。タンニーンやグレートレッドの様な現実離れした大きさではないが、凄まじい威圧感があった。
どんな存在かは分からないが、狐の少女が呼んだ名からして鬼と思われる。
「かかれっ!」
狐の少女の号令により三匹の鬼が一誠へ襲い掛かった。
◇
「……やられた」
鳥居が並ぶ石階段に腰を下ろしてシンは呟く。観光客の迷惑になる行為だが誰も咎める者は居ない。何故ならばこの空間には彼一人しか存在しないのだ。
何か違和感があった訳では無い。先を行く一誠らについていき、何気なく瞬きをした瞬間に世界がガラリと変わった。
先を歩いていた一誠たちは居なくなり、周囲の観光客も消えてしまった。
石階段を登っても登っても頂上に着くことが出来ず、同じ場所を何度も通ってしまう。
気付かない内に仕込んでいた、或いは気付けない程早く展開した結界の中に閉じ込められていた。
暫くの間調べていたが、やがてシンは調べるのを止めて、堂々と石階段ど真ん中で休憩することにした。
一誠たちから隔離することが目的ならば、いずれ首謀者の方からやって来ると考え、無駄に体力を消耗するのを止めたのだ。
そして、その考えは的中する。
カツカツと聞こえてくる足音。それは辿り着けない筈の上階段から聞こえてきた。
シンは立ち上がり、階段の上を見る。駒王学園の制服を着た青年がこちらへ下りて来ている。その最中に漢服を羽織りながら。
「一度はやってみたかったんだ。スパイの真似事を」
漢服の青年は敵意なくシンに微笑む。
「似合っているかい? 人修羅?」
答える代わりにシンは手加減無しの魔力波を放った。結界内の偽物の鳥居は吹き飛ばされていく。
「はははは。早いな」
漢服の青年が手を突き出す。そこに光が発し、光は槍の形となる。そこに魔力波が衝突するが、魔力波は槍型の光に触れると四散してしまった。
槍の形をした光。だが、シンの目には光が強過ぎて槍の形をしているのが分からない。直視しようとすると光で目が潰れそうになる。
漢服の青年が発した力には既視感がある。一誠やヴァーリの神滅具と同じ気配を感じた。この漢服の青年もまた神滅具所持者であり、神滅具の発動の余波だけで魔力波を消し去ったのだ。
警戒するシンだが、予想に反して漢服の青年は槍を光に還して霧散させてしまう。
「そんなに警戒しないでくれ。一応、俺は話し合いに来たんだ」
「話し合い?」
「ああ。俺は英雄派を仕切らせてもらっている、曹操という者だ」
『禍の団』の英雄派。しかも、その中心人物の方から接触してきた。
「あれこれと言うつもりは無い。内容は簡単だ。俺たちの仲間にならないか?」
まさかのスカウトにシンはやや目を細める。
「君のご同類の魔人にも俺たちの協力者がいる。君にも興味があったし、声を掛けてみようと思ってね」
「断る」
「はははは。本当に早いな、君は」
即答で断ったシンに対し、曹操は気分を害した様子は無い。予想出来ていたことらしい。
「じゃあ、こっちも手早く行こうか。ヘラクレス!」
「おうよ!」
シンの頭上の巨漢の男が出現し、シンの脳天目掛けて拳を振り下ろす。
数歩移動しそれを避けると、空振ったヘラクレスの拳が石階段を叩き壊す。
「ジャンヌ!」
「はいはーい」
シンが移動した先に金髪で鎧を着た女性──ジャンヌが現れ、剣を振るう。剣が纏う気配は紛れもなく聖剣のもの。
聖剣の間合い外まで一気に跳び、初撃を躱すシン。背中に軽い衝撃が当たる。いつの間にか鳥居を背にしていた。
「ジークフリート!」
シンは悪寒を感じてしゃがみ込む。直後に鳥居から剣先が飛び出し、シンの喉があった場所を通過。素早く鳥居から離れると剣先が一閃され、鳥居が斬り倒されるとその影から白髪の青年──ジークフリートが現れる。
「今のを全て躱すか……やるね」
曹操は石階段に腰を下ろし、観戦に入っている。
「でも、これからだ」
曹操が笑う。英雄の名を持つ三人がシンを相手に己の力を振るう。
メガテン3側の悪魔を追加しました。性格は口調を参考にしています。