「おーい、間薙ー」
シンを見つけた松田、元浜、桐生が声を掛ける。
「ここで何してんだ?」
何故か一人遅れてきたシンを疑問に思う三人。同じペースで歩いてきた筈だが、体力の無い元浜よりも遅いのを不思議に思っても仕方がない。
「ちょっと、な。──他の皆は?」
曖昧に誤魔化した後に一誠たちの姿が無いことに気付き、質問を返す。
「イッセーの奴、稲荷山の頂上目指して走っていっちまった」
「あいつ、最近体力余り過ぎだろ……」
「んで、少し後にアーシアたちも兵藤のこと追い掛けて行っちゃった。頂上で一緒に記念写真をとるとか言ってたけど、なーんか慌ててたよねー」
桐生の話に嫌な予感を覚えるシン。シンが英雄派に襲われたことを考えると、一誠たちも同じ様な状況に陥っていてもおかしくはない。
シンもまた頂上を目指そうかと思った時、一誠たちが山から下りて来るのが見えた。
「あ、いた。おーい」
桐生が一誠たちに手を振る。それに気付いて一誠たちは小走りで近づいてきた。
「良い写真撮れた? アーシア」
「え、は、はい!」
慌てて頷くアーシア。
シンは一誠たちが緊張状態にあることに気付き、一誠にさり気なく近付いて事情を尋ねる。
「──何かあったのか?」
「ああ。京都の妖怪や鬼に襲われた」
てっきり英雄派の襲撃を受けたかと思っていたシンは、出された名に意表を衝かれる。
「京都の妖怪や鬼? どういうことだ?」
「俺も良く分かんねーよ。でも、リーダーっぽい狐の女の子が、俺に『母上を返せー』って」
シンが聞いても全く身に覚えの無い話である。今日に至るまで京都と一切関わりが無い。稲荷大社に来た時に、確かに妖怪や鬼らしき視線を感じたが、襲って来るのは少々予想外のことであった。せいぜいちょっかいを掛けて来る程度だと思っていた。
その少女の攫われた母上の容疑も濡れ衣である。となるとその濡れ衣をどうやって着せられたか。英雄派の連中の顔がチラつき出す。
他に何か気になることは無かったかと一誠に再び訊く。
「そういえば、母上のニオイがするって言ってたな……」
ニオイとなると何らかの形で一誠にそれを付けたことになる。つまり、接触している可能性が高い。
「襲われる前に何かなかったか?」
「襲われる前……?」
眉間に皺を寄せて襲われる前の記憶を掘り返し始める。暫くの間沈黙した後、あることを思い出した。
「そうだ……稲荷山の頂上を目指す前に誰かにぶつかったな」
「どんな奴だった?」
「えーと、同じ駒王学園の制服を着てたし……同じ高校の奴だぞ」
駒王学園の制服。一誠からすれば特に珍しいものではないが、シンからすれば否が応でもとある人物と結び付く。
「黒髪に俺ぐらいの身長で、目を惹く容姿の男か?」
「ああ、そんな感じの奴だった。──知っているのか?」
「英雄派の曹操という奴だ。お前、そいつに何か付けられたな」
英雄派という名を聞き、一誠は目を丸くする。
「英雄派って……『禍の団』かよ! それを知っているってことは、お前そいつに襲われたのか! 大丈夫なのか!」
修学旅行先でも『禍の団』の魔の手が伸びていることを知り、一誠はシンに怪我は無いかを訊く。
「殆ど怪我はしていない。していないが……少し厄介なことになっている」
シンの歯切れの悪い言い方に一誠は首を傾げる。その時、元浜たちの会話が耳に入ってきた。
「おい。何かさっきから騒がしくないか?」
「何か聞こえてきた話だと、稲荷大社に妖怪が出たんだとさ。何でもでっかい熊か狼みたいな妖怪だったって」
「妖怪? いや、確かに京都なら出てもおかしくはないけどさー」
「まあ、こんな観光客で一杯な場所でねぇ?」
小耳に挟んだ胡散臭い話を全く信じておらず、半笑いの表情となる元浜と松田。
「妖怪って……」
噂話を聞き、一誠の方は京都の妖怪たちとの戦いを誰かに見られていたのではないかと背中に冷や汗を流す。すると、一誠の傍にいるシンが軽く手を振り、違うというジェスチャーをする。
シンは無言で指差す。その方向へ視線を向けるとシベリアンハスキーが人目の付かない場所で座ってこちらを見ていた。一誠には見覚えしかない。
「あいつはもしかしてケルベロスか? ……ってことは今の妖怪騒ぎは!」
「仕方が無かった。多勢に無勢だったからな」
「他の英雄派の奴らとも戦ったのかよ……本当に良く無事だったな、お前」
何度も死地を切り抜けているシンの生命力の強さに感心してしまう。全く羨ましいとは思わないが。
「元の場所に戻せないのか?」
「生憎、一方通行だ」
遠くから喚ぶことは出来るが、帰還させることはシンにまだ出来ない。
京都の妖怪のことや英雄派のことなど積もる話はあるが、取り敢えずはケルベロスのことをどうにかするべきと考え、何か案は無いかと二人で暫し考えた後、アザゼルに頼もうという結論に達する。
アザゼルに相談するべく、シンは携帯電話を操作してアザゼルの番号に繋げる。携帯電話のコール音。数度鳴るが繋がらない。
稲荷大社に行く間際にアザゼルが京料理を満喫しに行った、というのをロスヴァイセが言っていたことを思い出す。アザゼルが既に出来上がっているのではないかという不安を覚えた時、電話が繋がった。
『もしもしぃ……?』
電話に出たのはアザゼルではなく何故かロスヴァイセであった。気のせいか普段よりも気の抜けた喋り方をしている様に思える。
「ロスヴァイセさんですか……?」
『えっ? あっ! 間薙君ですか……!』
電話向こうのロスヴァイセは、シンの声を聞いた瞬間に動揺する。
「アザゼル先生はどうしたんですか? 近くにいるんですか?」
『え、えーと、その、アザゼル教諭は、あの、電話に出られない状況でして……』
「何かあったんですか?」
『あ、あの……じょ、女性の方達と盛り上がっていまして……』
女遊びのせいで出られないという呆れる理由に力が抜ける。そもそも、ロスヴァイセはアザゼルのそういった行為をさせない為に探しに行った筈なのだが、何故一緒にいるのだろうか──理由を凡そ察せてしまうが。
「緊急の用件なのですぐに代わって下さい。今すぐに」
少しだけ語気を強めて言う。ロスヴァイセは若干押しに弱いところがあるので効果は覿面であった。
『わ、分かりました! すぐに──』
「それと」
『はい?』
「アザゼル先生から強く勧められたからと言って、仕事中の酒の量は控えて下さい」
『ど、どどど、どうして、それを! もしかして見ていたんですか!』
シンの鎌掛けにロスヴァイセは清々しい程に引っ掛かるのであった。
◇
アザゼルに起こったこと全てを話し途中で合流。事情を知らない桐生、元浜、松田に不審に思われない様に偶然という形で。
そのまま一旦ホテルに帰ることとなったが、問題となるのはケルベロスの存在である。見た目は首輪の効果で普通のシベリアンハスキーにしか見えないが、問題は見た目ではなくシンたちが泊まっているホテルはペット禁止となっているのだ。
それに関してもアザゼルが簡単に問題解決してくれた。ケルベロスの付けている首輪をほんの少し調整することで、常人には不可視の状態になるよう設定にしてくれた。
試しに松田たちの前でケルベロスを横切らせてみたが、三人共気付くことは無かった。
そしてそのままホテルへと帰り、話し合う為に一誠とシンの部屋にリアスの眷属たちが全員集合する。
事情が事情なだけにソーナの眷属である匙、巡、由良、花戒、草下も集められていた。
「まさか、初日から襲撃を受けるなんて……」
「英雄派の連中も不粋だな……にしても京都側からも襲撃されるとは……」
アザゼルとロスヴァイセは眉間に皺を寄せている。
「初日から襲撃って……お前らとことんついてねぇな。京都に来たんだ、折角だしお祓いでもしてきたらどうだ?」
匙が呆れ半分心配半分の態度で厄払いを勧めて来る。その厄払いをする神社で襲われたのだからどうしようもない。
「京都の妖怪たちは多分誤解だと思うんですよ、俺から母上のニオイがするって言ってたし……」
「ドレ」
ケルベロスが一誠に鼻を寄せ、ニオイを嗅ぎ出す。
『グルル……確カニ雌狐ノニオイガスル……コノ辺リカラダ』
一誠の肩辺りから狐の少女が言っていた母上のニオイがすると指摘するケルベロス。
「やっぱり付けられていたな」
「くっそ……きっと俺たちと間薙を分断させる為にしたんだな……!」
まんまと策に嵌っていたことに怒りながら一誠は肩を手で擦り、少しでもニオイを落とそうとしていた。
「んで? お前を襲ってきた英雄派の連中はどんな奴らだった?」
「ご丁寧に名乗ってくれましたよ」
「ほう? そりゃあ大層な自信だな」
「曹操、ジークフリート、ヘラクレス、ジャンヌ。あと名前を知らないですけど眼鏡を掛けた男と子供が一人」
シンが上げた名を聞き、アザゼルは顔を顰める。同様の顔をゼノヴィアとイリナもしていた。
「曹操っていや英雄派を仕切っている奴じゃねぇか。それに他の面子も曹操の側近と言われている連中だ。……厄介な奴らに目を付けられたなー」
雰囲気からして大物だとは思っていたが、英雄派のリーダー自らが出向いてきたのは意外と言えば意外であった。
「多分、神滅具を持ってますよ」
シンの発言に全員どよめく。アザゼルを除いて。
「まあそうなるな。神滅具の形は見たか?」
「すみません。神滅具の光が強過ぎて見えませんでした」
「気にすんな。神滅具を所有しているって分かっただけでも十分な情報だ。本当によく無事だったな」
アザゼルは無事に生還したシンを寧ろ褒める。
「あの、間薙君。ちょっと聞いていい?」
イリナが真剣な顔で尋ねてくる。
「貴方が言っていたジークフリートという人だけど、もう少し特徴を教えてくれない?」
「特徴……髪は白髪で腰に何本か帯剣していた。グラムという名の魔剣を使って来たな。バルムンクという魔剣も持っているらしい」
ジークフリートの特徴を聞き、ゼノヴィアとイリナは顔を見合わせる。
「やはりそうか……」
「まさか、彼が教会を裏切っていたなんて……」
二人にとってジークフリートは既知の存在らしい。
「二人はジークフリートを知っているのかい?」
木場が問うと二人は揃って頷く。
「その男は悪魔祓い──私とイリナの元同胞だ。『魔帝ジーク』と呼ばれカトリック、プロテスタント、正教会を含めてトップクラスの戦士だ。白髪なのは恐らくフリードと同じ育成機関の出だからだろう。あそこ出身の戦士は皆白髪だ。何かの実験の副作用と噂されているが……」
同じ育成機関出身故に名にも繋がりがあるのだろうかとシンは推測するが、白髪だけでなく容姿にも共通点が見られた。それだけの繋がりだけでは無い様な気がする。
「ジークさんが教会と天界を裏切っていたなんて……! しかもよりにもよって『禍の団』に身を置くなんて万死に値しちゃう!」
御冠なイリナ。それに対してゼノヴィアは複雑そうな表情をしている。ジークフリートと似た様な立場な為、彼女にとっては耳の痛い話であった。
「グラムと言ったら魔帝剣グラムか……聖魔剣よりも凶悪な武器を持ってきてやがるな」
聖魔剣よりも、という言葉に木場の眉が僅かに動く。彼にとって聖魔剣はかつての仲間との絆を昇華させて生み出した禁手。それよりも強いというのは聞き捨てならない。また、『禍の団』には死んだと思っていたバルパーも関与している。木場は自覚しないまま鋭い雰囲気を纏い始めていた。
「間薙君」
剣吞さを感じさせる表情で木場は間薙に問う。
「グラムの使い手は──ジークフリートは僕よりも強かったかい?」
真剣に問う姿に自然と室内は沈黙する。
「お前よりも強かった──」
シンの発言に皆がドキリとする。
「──と言ったら妬くか?」
と思いきや冗談へと切り替えるシン。シンの発言に一瞬キョトンとする木場だが、自分が肩に力が入り過ぎていることに気付いて苦笑する。
「君がそう言ったら妬いちゃうかもね」
通常の視点から見れば友人同士の軽口。だが、別視点から見ると──
「ほほう……?」
「おやおやぁ?」
「これはこれは……」
「副会長にも是非教えておかないと」
──ソーナの眷属たちが妙に愉し気な様子で二人のやり取りを見ていた。
「色んな意味で青春していないで話を戻すぞー」
アザゼルが手を叩いて皆の意識を向けさせる。
「んでだ一誠、京都の妖怪の中で『四鬼』と名乗っていた鬼たちが居たんだな」
「はい。最初に居た鬼三体なら多分禁手で行けるとは思うんですけど……最後に現れたオンギョウキっていう忍者みたいな鬼がとんでもなくて」
「忍者、みたいじゃねえな。そいつは忍者だ」
「へ? 知っているんですか?」
アザゼルの訂正に一誠は聞き返す。
「『四鬼』のオンギョウキって言ったらかなり有名だな、裏でだが。他勢力が京都に手を出さない理由の一つでもある」
「何者なんですか?」
鬼というのは見た目で分かるが、オンギョウキという個人名までは知らない。
「言っただろう? 忍者だよ忍者、本物のな。そんでもってとある仕事のプロフェッショナルだ」
「とある仕事?」
「──『暗殺』」
アザゼルが発した物騒な二文字に、室内の気温が一気に下がった様な気がした。
「あ、暗殺ですか?」
一誠は言い終えた後、人生で初めて暗殺という単語を言葉として使ったことに気が付いた。意味も知っているし、然程難しい言葉でも無い。使う機会が全く無い自分の人生に縁遠い言葉だとは思っていた──今日までは。
「諜報、潜入、そして暗殺がオンギョウキの仕事だ。──まあ、暗殺に関しては上が許可を出さないと流石にやれないみたいだがな」
「詳しいですね……」
「本人に直接聞いたからな」
『えっ!』
アザゼルの返答に何人かが口を揃えて驚いた。
「自分の処の恥を喋ることになるが……昔な、ウチの若い奴らが何を勘違いしたのか京都の奴らに喧嘩を売ったことがあってな……」
アザゼルは苦い表情をする。勝手な真似をするなと何度も言い聞かせてはいるものの、堕天使の中にはアザゼルたちの考えを取り違えて他勢力を襲うものが度々現れていた。質が悪いことに、野心があるというよりもアザゼルたちへの純粋な忠誠心から来る暴走であり、例を挙げるとすればレイナーレたちの様な者たちである。
「それでどうなったんですか?」
「事が大きくなる前にどうにかしようとはした。ただ、問題が大きくならないように京都側に知られる前に終わらせようとしたんだが……それが不味かった」
京都側の協力を得ずに内密で進めようとした結果、堕天使たちの暴走を食い止めることが出来ず京都側の妖怪に犠牲者を出すという事態に発展。
事態を重く見たグリゴリは幹部を派遣して堕天使たちを全員拘束しようとしたが、その幹部が到着した時には、その堕天使たちは見計らった様に全員晒し首にされて幹部の前に並べられていたという。
「うへぇ……」
一誠は話を聞いて自分の首筋を触っていた。オンギョウキに首を絞められていた時の記憶が蘇る。思っていた以上にギリギリの状態であったのかもしれない。
「それでどうなったんですか?」
「この騒ぎは表向きには無かったことになっている。だけど、ちゃんと京都のお偉いさんとは話し合ったさ」
京都の犠牲者が一に対して堕天使側の犠牲者は四名。数的には堕天使の方が被害を被っているが、発端となったのは堕天使側で非はこちらにある。表向きは知らぬ存ぜぬという厚顔な態度を取りながら、裏ではアザゼル自ら出向いてきちんと詫びを入れていた。
「俺一人で京都に行って、京都を統べる連中と話し合って何とか穏便に済ませた、という訳だ」
「一人で行ったんですか! 何て無茶な……」
「他の奴らもそんなこと言ってたなー。まあ、こっちの覚悟と誠意を見せておかなきゃ争いに発展するかもしれなかったしな。今思うとお前さんが言う通り無茶したもんだ。はっはっはっは」
他人事の様に笑うアザゼルに、一誠他何名かが呆れた眼差しを向けていた。
「良く無事で済みましたね」
「向こうも争いごとは御免だったからな。話し合いで解決することが出来た。オンギョウキもその時に会った。流石に堕天使たちを殺した下手人が自分だって名乗った時は驚かされたがな」
「何でそんなことを……」
「今回の様なことは初めてじゃなかったらしい。以前にもはぐれ悪魔祓いやはぐれ悪魔が縄張りに入って来て好き勝手していたから裏で処分するってことが度々あったと言っていたな。だが今回やっちまったのは、はぐれじゃなく組織に属している堕天使だ。──まあ、堕天使も見方によればはぐれ天使みたいなもんだがな!」
アザゼルの自虐的な発言に皆が『笑えない』という表情をする。滑ったことに気付いたが、特に気にする様子も無く話を続ける。
「だけど俺が出て来るってことになったから京都の方も事態を重く見ちまったのかもしれねえ。俺と京都側の思惑のすれ違いだな。場合によっちゃオンギョウキが自分の首を差し出して手打ちにするつもりだったのかもな」
物騒なことにも慣れつつある一誠らではあるが、理解するには難しい世界の話である。
「まあ、こんな経緯だが俺と京都側は顔見知りだ。もう一度きちんと確認を取っておく」
「あのー、部長にこのことを報告するべきでしょうか……?」
一誠がおずおずとアザゼルに訊く。
「まだ何が起こっているのか分からない。余計な心配を与えるな」
アザゼルがそう言って待つように言う。
「お前たちも巻き込んでおいて何だが、まだソーナには言うなよ?」
ソーナの眷属の匙たちにも口止めする。
「それは……」
匙はそれに対し不満──というよりも恐れている表情をしている。もしも、ソーナにばれた時に与えられるお仕置きのことを考えている様子であった。
「責任はちゃんと俺が持つから安心しておけ。事情を把握したらきちんと俺の方から話は通しておく」
アザゼルにそう言われて匙は取り敢えず納得した。
「んで、そっちの問題だが……」
アザゼルの目がケルベロスへ向けられる。彼を呼び出してしまった以上ピクシーたちも何かが京都で起こっているのは気付いている筈。ピクシー経由でリアスたちに告げられる危険があった。
「ケルベロスは家に居たから問題無いです。呼び出した後にピクシーとジャックフロストがガンガン呼び掛けて来ましたが……」
『ねえねえ、何があったの?』『ヒホ! 急にケルベロスが消えたんだホ!』『何かあったか教えてよー』『ヒホ! 言うんだホ!』『ねえねえ! ねえねえ!』『ヒーホー! ヒーホー!』という内容の声が頭の中で響き続けた時は流石のシンも頭を抱えそうになった。
「取り敢えず京都の土産を買って来ると伝えたら黙ってくれると言っていました」
「安いな、おい」
アザゼルが簡単な口止めに半笑いになる。しかし、そちらの方でバレる心配は無くなった。どれだけの信頼性があるかは謎だが。
「さーて、話し合いはここまで。お前らーこの後は飯だ飯。豪勢で豪華な京料理が待ってるぞー」
空気を切り替え、あっという間に学校の先生の振る舞いに戻るアザゼル。緊張感を持つのも大事だが、ホテル内はせめてリラックスが出来る様にという考えからであった。
「──ああ、そうだ」
アザゼルが何かを思い出す。
「飯食った後、お前のことだから女湯覗きに行こうとするだろうけど鉄壁の防御陣形になっているから今回は諦めておけ」
一誠の顔を見て、さも当たり前の様に言う。
「……え? い、いきなり何言ってんですか!」
「でも行くつもりだったんだろ?」
「そ、それは……!」
即答出来ないのが図星と言っている様なものである。当然のことながら女性らの視線が一誠に突き刺さる。
「女風呂への通路途中ではロスヴァイセが陣取っているし、それを突破しても途中で匙が見回りをしているし、ソーナのとこの女たちが女風呂前で見張っている。そして、お前にとっての最難関は──」
一誠の隣にいるシンへ目を向けられた。
「そいつの目を掻い潜って部屋を抜け出すことだな」
一誠は横目でシンを見る。シンも生徒会役員側の存在であり、いつも通りの感情を見抜けない目が一誠を見ていた。その目から逃れる術を思い付かず、一誠はこの場で断念してしまう。
「大人しくしています……」
そんな一誠を慰める様に木場が肩に手を置く。
「まあまあ。いつかの合宿の時みたいに僕と裸の付き合いをしよう。今度こそ背中を流すよ」
「止めろ! 何の慰めにもならねぇー!」
冗談を言う木場とそれを本気にして返す一誠を──
「ほうほう……」
「これはこれで……」
「悪くないわ……」
「副会長へのお土産話が増えるわー」
──生徒会のメンバーが生暖かい目で見ていた。
◇
食事を終え、友人との談笑と遊びを終え、風呂も入り終えた一誠は特にすることもなくベッドの上で仰向けになっていた。同室のシンはまだ部屋に戻っていない。
就寝時間までにはまだ時間はある。一誠は最早日課となっている歴代赤龍帝の残留思念との対話を行う為、目を閉じて意識を神器の中へと送り込んだ。
瞼を閉じて見える闇。すると、段々と瞼越しに白い光が見え始める。
一誠は瞼を開ける。ベッドの上で仰向けになっていた筈の一誠はいつの間にか立ち上がっており、ホテルの部屋ではなくテーブル席が置かれた白い空間に居た。
テーブル席には虚ろな表情をした老若男女が座っている。彼らこそ歴代赤龍帝の残留思念である。
「どーもー。俺でーす。今日も話を聞く為に来ましたー」
いつもの挨拶をする。全員ピクリとも反応しなかった。
ならば全員ではなく一人一人に話し掛けようと考え、誰に話すべきか座っている歴代赤龍帝の顔を見ていく。
その中で自分と近い歳の赤龍帝を見つけたので挨拶をしてみた。
「どうも、先輩! 後輩の赤龍帝です!」
やはり無反応であった。
『そいつは歴代の赤龍帝の中でお前と同じくらいの歳の赤龍帝だった。才能の方も恵まれていた。上から数えた方が早いぐらいだったな。禁手もそうだが覇龍に目覚めるのも早かった』
上からドライグの声が聞こえて来る。
「そりゃあ羨ましい……」
一誠は素質が無いと自覚しているので素直に羨望を抱く。
『──が、それ故に力に溺れた。早熟から来る油断のせいで他の神滅具所有者に簡単に葬られた』
「白龍皇じゃなくてか?」
一誠のイメージからして『覇龍』は対白龍皇の為のものだと思っていた。
『力に溺れれば白龍皇でなくとも『覇龍』で暴れる。『覇龍』の力は実際に破格のものだ。しかし、それは一時の力に過ぎない。歴代赤龍帝たちの何人かはそれで自滅していった』
その時の相棒である赤龍帝で自らの力によって破滅していく姿を間近で見ていたドライグはどんな気持ちであったのか、と一誠は考えてしまう。自業自得と割り切るのか、或いは惜別の感情を抱くのか。
『──昔は何とも思っていなかったが、今になってあいつらにはああいう良い所があったな、と思い出すことがある。今更感傷を抱くというのが我ながらおかしな話だ』
白い龍以外に興味を持てなかった自分がこの様な台詞を言う日が来たことにドライグは密かに自嘲する。長い間を掛けて少しずつ少しずつ丸くなり、一誠との出会いでそれがようやく表面化したのだろう。かつては唯我独尊で天使、堕天使、悪魔を振り回した自分が一誠という存在に色々と振り回されているのは中々笑える話であった。
『──いや、それでもやはり乳龍帝は笑えない……』
「急にどうした?」
センチメンタルな発言をしていたら突然の乳龍帝発言。聞いている一誠もドライグの心境に何が起こったのか心配になってしまう。
『……今言ったことは忘れてくれ』
「そう言うならそうするけど……それにしても『覇龍』か……」
ロキ戦で使用した時、その力は確かに絶大であった。才能の無い自分が悪神ロキに一矢報いる程である。ただ、そこにあの雷神トールの力も加わったことで、心身が燃え尽きてしまいそうになる代わりにロキを圧倒する力を得られたが。
「今思うと俺って凄いギリギリで戦ってたんだなー。『覇龍』だけじゃなく雷神様の力も使ってたんだし」
本人は知らないが実はギリギリではなく完全にアウトの状態であった。今は消滅してしまった歴代赤龍帝の残留思念の一つが自らを使い、辛うじて一誠をこちら側に踏み止まらせたのだ。
「我、目覚めるは覇の理を神より奪いし二天龍なり、か」
現状を考えれば当分唱えることの無い『覇龍』の詠唱を一節を読み上げる。
「どういう目的で『覇龍』なんてものが在るんだろうな? それに無限と夢幻ってどういうことだ? 正直、さっぱり分からん」
詠唱の意味について少し考えるが、一誠の頭では僅かな思考で理解不能という答えしか導き出しされなかった。
「無限はオーフィス。夢幻はグレートレッドを意味するのよ」
白い空間内に一誠とドライグ以外の声が響く。声のする方を見ると波打つ金色の長髪にスリットの入ったドレスを着た若い女性が立っている。
「はーい。初めまして。ようやく顔を合わせることが出来たわね、ボク」
他の歴代赤龍帝とは違い、女性は見て分かる通り感情と自我があった。
『相棒。彼女の名はエルシャ。歴代の中でも一、二を争うほど強かった赤龍帝だ。女性の赤龍帝では最強だな』
最強という言葉に思わず目を丸くする一誠。目の前の美女とその言葉が中々結び付かない。
『まさか、お前の方から出て来るとはな』
「まあ、あの人のこともあったしね……。それとドライグ、勘違いしないで欲しいけど私とベルザードはその前から密かにこの子のこと応援していたんだから」
「ベルザード……?」
知らない名が出て来る。
『エルシャと共に歴代最強の赤龍帝だ。掛け値なしに強かった。白龍皇を二度も倒した男だからな』
「二度も! そりゃすげぇ……」
一度きりの人生の中で二度も白龍皇と遭遇するというある種の不運。だが、それを撃破という形で突破したのだから尊敬の念を抱く。
「そのベルザードさんは……?」
「神器の奥に今も引っ込んでいるわ。段々と意識を失いつつあるしね……」
エルシャが寂しそうに笑う。
「そんな彼でも今の赤龍帝君に興味を持ったんだから大したものね。勿論、私も興味深々だけどね」
「そ、そうですか?」
最強二人に興味を持たれて照れる一誠。ふと、あることを思い出す。
「あの、さっき言っていたあの人って……もしかして消えたあの歴代赤龍帝の人のことですか?」
一誠はどうしても気になることがあった。
「もしかして、あの人が消えた原因って俺が『覇龍』を──」
「大丈夫」
一誠を安心させる様にエルシャは微笑む。
「貴方が『覇龍』を使ったことは何一つ間違っていないわ。あの人が消えたのはあの人が望んだこと。それにね、あの人は救われたの」
「救われた?」
「貴方の行動によってあの人は救われた。この世にしがみつく未練を自分で断つ決心が出来たの。あの人は感謝していたわ、貴方に。そして、私やベルザードからも礼を言うわ。あの人の魂を解き放ってくれてありがとう」
「いや、そんな、俺は自分がするべきだって思ったことをやっただけです……」
自覚が無いので謙遜してしまう。同時に寂寥感を覚える。魔人への怨念に満ちていたあの残留思念が本当に消えてしまったと分かったからだ。ちゃんと会話もせずに別れてしまったことに後悔を覚える。だが、最後は後悔無く消滅したと聞かされたのが一誠にとっての慰めになった。
「あ、そうだ。大事なことを言い忘れていた」
「大事なこと?」
「赤龍帝君。貴方、雷神トールの力を借りたでしょ?」
「借りましたね……」
「凄い神気の影響で赤龍帝のデリケートな部分というかまだ未知の部分とかがちょっと危ないぐらい緩まっている状態なの」
「え? ええええええっ!」
あっけらかんと言われてしまったせいで言葉の意識を理解するのに少し遅れてしまう。
「だ、大丈夫なんですかそれ!」
「さあ?」
「さあって……」
「ごめんなさいね。私にとっても未知の部分だし、それに貴方って『悪魔の駒』も入れてあるじゃない? そういう要素が重なって起こったことだから私もベルザードも把握出来ないの」
歴代赤龍帝、それも最強の二人から助言を貰えないことに不安を覚える一誠。そんな彼を元気付ける様にエルシャは快活な笑みを見せる。
「大丈夫、大丈夫。おっぱいドラゴンの貴方なら大丈夫だって」
『ぶぅぅぅっ!』
ドライグの吹き出す声が聞こえた。エルシャはそれを聞いて笑い出す。
「ふふふふふ。おっぱいドラゴンに乳龍帝! 面白い名前が増えたわねー! 勿論、テレビも見てたわよ! 私もベルザードも一緒に見て大笑いしたわ!」
「えーと……お恥ずかしい……」
『止めろ……その名を出さないでくれぇ……』
一誠は恥ずかしがり、ドライグは落ち込んで死にそうな声を出している。
「恥ずかしがらないで。ドライグも落ち込まない! 私たちは心から楽しんだわ! だから、ドライグも楽しみなさい!」
『いやあ、それは……』
素直に受け止めることが出来ずドライグの歯切れが悪い。
「いいじゃない。皆に愛されるドラゴンなんて。私たちじゃ貴方をそんな存在にすることなんて出来なかった。だからこそ、今の赤龍帝君を面白いと思っているの」
『むう……』
笑いながらもそう言われるとドライグも反応に困ってしまう。
「頑張ってね、ボク。不安はあるだろうけど一歩一歩進んで行きなさい。まあ、まともな最期じゃなかった私たちがアドバイスをしても不安だろうし、私たちのことはせいぜい反面教師にしておきなさい。もう赤龍帝と白龍皇がバチバチとやり合う時代じゃないしね」
エルシャの言葉を聞いていると白い空間が薄れていく。一誠の意識が浮上している表れである。
「あ、そうだ。何か神器の中に変な力も溜まっているって言うの忘れてた」
覚醒間際にエルシャがとんでもないことを言い出す。
「このタイミングで! 変な力って何ですかー!」
「悪い力じゃないんだけどー。何というかいやらしい感じの──」
その瞬間、一誠の意識が完全に覚醒する。
「いやらしい力って何ですかっ!」
現実と神器内のことが混迷してしまい、叫びながら起き上がる一誠。
「……いきなり何を言い出すんだ?」
「グルル……ツイニイカレタカ?」
いつの間にか部屋に戻っていたシンとケルベロスが起き掛けの一誠に白い目で見ている。
「いや、変な意味では──」
どう説明するべきか考えながら取り敢えず話し出す一誠だったが、ドアをノックする音でそれも中断される。
「おーい。いるかー」
ノックの主はアザゼルであった。
「鍵は開いていますよ」
「不用心だなぁ。夜這いでも期待してんのか?」
アザゼルが冗談を言いながら入って来る。
「アザゼル先生、何かあったんですか?」
「ああ。俺とお前たちに呼び出しが掛かった。近くの料亭に来ているそうだ」
「誰がですか?」
「魔王少女様だよ」
セラフォルー・レヴィアタンの名前が出された瞬間、ケルベロスが『ゲッ』と思っているのが犬の表情でも分かる程顔を顰める。
「オレハ関係ナイ」
「すまんなー。お前も居るって言うのを伝えたら是非来いとよ」
ケルベロスは一言も発しなかったが、尻尾の方は力無く丸まっていた。心底苦手意識を持っているのが伝わってくる。
「グルル……」
お決まりの唸り声がこの時ばかりは子犬の様に聞こえた。
◇
本来ならば外出禁止時間なので、アザゼル案内の下密かにホテルを抜け出すリアス眷属にイリナとシン、ケルベロス。
着いた場所は『大楽』という料亭。そこの個室に案内されると着物姿のセラフォルーとソーナの眷属たちが既に座っていた。
「ハーロー! リアスちゃんの眷属の皆、久しぶりね☆」
出会った時から何一つ変わっていないテンションの高さ。それのせいで久しぶりに会うが久しぶりの様な気がしない。
既に机の上には一誠たちの分の料理が置かれているが、彼らを持て成す為にセラフォルーは追加で人生一度言うかどうかも分からない長々とした名の料理を次々と注文していく。ついでに一誠や匙は注文された品の横に書かれている値段に驚愕していた。
「ここのお料理、とっても美味しいの。特に鶏料理は絶品なのよ☆ 赤龍帝ちゃんたちも匙君たちも一杯食べてね。それと──」
セラフォルーはケルベロスを見つけてニッコリと笑う。
「ケル君! こっちおいでー!」
ケルベロスはここに来た時点で腹を括っていたらしく、セラフォルーに言われるがまま彼女の傍に移動し、近付いた途端捕食生物の如くセラフォルーの両腕で抱き締められる。
「相変わらずふかふかー!」
ケルベロスの体毛に頬擦りをするセラフォルー。ケルベロスはされるがままであった。
セラフォルーとケルベロスの戯れを見ながら取り敢えず皆食事を始める。夕飯が近かったが料理の味と悪魔の体質故、全員箸を止めることなく食していく。
アザゼルは京都側とコンタクトを取ると同時に悪魔側にも今回の件について報告していた。そして、悪魔側は外交担当であるセラフォルーが出向くこととなった。
京都の妖怪たちと『禍の団』に襲われて数時間しか経っていない。アザゼルも悪魔側も行動が早い。
セラフォルーが箸を置き、少し真剣な表情となる。
「『禍の団』のこともあるから京都の妖怪さんたちと協力体勢を結びたいんだけど、どうにも向こうも大変なことになっているみたいなの」
「大変なこと?」
「聞いた話じゃ、この地を束ねていた九尾の御大将が先日から行方不明なんだと。十中八九『禍の団』の仕業だな」
セラフォルーの代わりにアザゼルが説明する。
「じゃあ、あの子は九尾の娘さんなのか……」
母親を拉致されたのだ、道理で必死な訳である。
「赤龍帝ちゃんが言っていた子が暫定的に今の妖怪さんたちのトップなんだけど、まだ若い子だから色々と苦労しているみたいなの」
セラフォルーが言うに今の京都の妖怪たちは上手く統率が取れておらず、現状を静観する者や疑わしい存在を襲おうとしている者たちがいるらしい。
九尾の娘自体が後者な為、上手く接触する方法を探している。
「本当にどうしようか悩んでいるのよねー」
「案外簡単かもしれねぇぞ」
簡単そうに言うアザゼルをセラフォルーは半眼で見る。
「もう、アザゼルちゃんたら無責任なこと言うー」
「いやいや、マジで言っているんだって。考えてみろよ? 堕天使と悪魔のトップが二人もここに居るんだぜ? 京都の妖怪連中も気になって気になって仕方ねぇ筈だ。自分たちの今後に関わるからな」
気付けば全員箸を止めてアザゼルの話を聞いている。
「俺だったら探りを入れるな。何せ京都の妖怪の中には本物の忍者もいる」
「え! 忍者! 本物の!」
魔法少女に憧れる魔王少女が目を輝かせる。
「もしかしたら、今も何処かで見張っているかもな。おーい、オンギョウキー……何てな」
アザゼルは冗談の後──
「呼んだか?」
聞こえる筈の無い声が聞こえた。全員の視線が天井に向けられる。
いつ間にそこに居たのだろうか。天井にはオンギョウキが張り付いている。
驚きのあまり誰一人声を発することが出来ない中、もう一度オンギョウキは言う。
「呼んだか?」
「えーと、あー、うん……取り敢えずそこから下りてくれ」
不意打ち過ぎるオンギョウキの登場に、アザゼルはそう言うしかなかった。
オンギョウキはファンタジーな忍者要素を前面に出していく予定です。