ハイスクールD³   作:K/K

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挑戦、相談

「待て! 待ってくれ! 曹操!」

 

 これからのことで準備を進めていた曹操は急に呼び止められて足を止める。その隣に居たジークフリートも止まり、呼び止めた相手を訝しげに見ていた。

 

「君は──」

「頼む! 今度の! 今度の赤龍帝の戦いに俺も参加させてくれ!」

 

 二人が止まると同時にその人物は地に伏せ、二人を見上げる。

 嘗て駒王町を襲撃した『禍の団』の刺客であるサングラスの男。神器『闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)』の所有者であり唯一生き残った者でもある。

 

「無理や無礼であることは承知している! だが、どうしても俺は赤龍帝と戦いたいんだ!」

 

 そう言って額を地面に叩き付ける勢いで頭を下げた。

 英雄派内部には明確な上下関係は存在しない。曹操がリーダーであることは間違い無い。ジークフリートたちも幹部として扱われているが、それは周りの者たちが勝手に祭り上げているに等しい。なので他の英雄派は曹操たちに敬称を付けたり、敬語で接したりするのかまちまちであった。

 ただ唯一分かっているのは曹操と彼が連れているメンバーは他の英雄派と比べて一線を画す実力者であること。そして、英雄派の中で一、二の実力を持つ曹操とジークフリートに直談判することは命知らずの行為に等しい。場合によっては追放、もしくは殺されても文句は言えないとサングラスの男は考えていた。

 しかし、だからこそサングラスの男は命懸けで頼む。

 

「君には別の任務があった筈だが?」

 

 今、曹操がどんな顔をしているのかサングラスの男には見えない。だが、その声を聴くだけで全身が冷や汗で濡れ、ガタガタと震えそうになる。

 

「分かっている! それは分かっている! けど、俺はどうしても赤龍帝と戦いたいんだ!」

 

 震える口で舌を噛まずに言い切れたのが奇跡に思えた。そして、言い切ってしまった。リーダーである曹操の指示を拒否して、我儘を言ってしまった。

 最早、後戻りは出来ない。

 

「頼む……!」

 

 暫く続く沈黙。このままジークフリートの魔剣で首を落とされてもおかしくはない。

 

「──顔を上げなよ」

 

 サングラスの男は下げていた頭を上げる。極度の緊張のせいで筋肉が強張り、上げるのにも一苦労であった。

 見上げた先、曹操とジークフリートの顔。気分を害した様子は無く、寧ろ微笑すら浮かべている。

 

「まずは立つんだ。これじゃ話しにくい」

 

 曹操はサングラスの男の肩を叩いて立つように促す。サングラスの男は恐る恐る立ち上がるが膝が震えている。

 二人の目線が同じ高さになった時、曹操は話の続きを問う。

 

「どうしてそこまで赤龍帝に拘るんだ?」

 

 曹操が理由を訊いてくる。

 

「お、俺にとってあいつは、超えるべき存在、いや超えなければならない存在なんだ……!」

 

 彼の人生は負け犬の様な人生であった。望まぬ神器のせいで疎まれ、迫害され自分がこの世のカスであると信じ込まされた人生。

 その中でそれを払拭してくれる光と出会い、負け犬の人生からやっと人の人生を得られた。その絶頂を砕いたのが赤龍帝であった。

 

「俺は奴に負けた……言い訳出来ないぐらいにボコボコにだ。今でも俺の中に悔しさと、そ、それ以上の恐怖が残っている……だからこそ、戦わなきゃならないんだ! ここで戦わなければ俺はずっと負け犬のままなんだ!」

 

 心に負った傷を消し去るにはその原因を取り除くこと。サングラスの男にとってそれは赤龍帝と戦い、勝つという困難を極めるものであった。

 傍から聞けばただの無謀。自殺願望、死にたがりと思われても仕方がない。しかし、サングラスの男の覚悟を聞いた曹操は笑みを深くしていた。

 

「いいな、その想い。人間、そうでなくちゃ。ましてや神器使いとなればそのぐらいの心意気がある方が良い!」

 

 サングラスの男を讃える曹操。その表情に噓偽りは無く、心の底から称賛の言葉を送っていた。しかし、称賛し終えた後『ただし──』という言葉を付け加える。

 

「俺の記憶が確かならば、君はまだ禁手に至っていない筈だ。赤龍帝と戦うなら最低でもそこに至っていないと話にならない」

「──それについては問題無い」

「へえ」

 

 サングラスの男の言葉を理解し、曹操は感心の声を上げ、ジークフリートも軽く驚いている。

 

「赤龍帝への屈辱が俺を次の領域に至らせてくれた」

 

 サングラスの男もまた禁手の領域へ足を踏み入れていた。英雄派は多数の神器使いが所属しているが、禁手に至っている者は少ない。この情報は曹操らにとっては嬉しい誤算と言える。

 

「成程。直談判してくるだけのことはある。だけど、禁手に至ってもやっとスタートラインだ。赤龍帝は強いぞ?」

「百も承知だ。勝てる勝算は少ない……! だが、ただでは負けない……! 負けるにしても手足の一本は貰っていく! 俺が勝てなくとも、曹操お前が──」

「待った」

 

 サングラスの男の言葉を曹操は遮る。

 

「言っておくが自分が負けても俺に夢を託せる、や俺の野望の踏み台になれるなら本望、とか言わないでくれよ? 言った瞬間俺は君を見限る」

 

 まさに言おうとしていたことを咎められ、サングラスの男は焦った表情に変わる。その顔を見て曹操は苦笑する。

 

「その気持ち自体は素直に嬉しいとは思う。だが、よく考えてみてくれ。俺の夢や野望は本当に君の夢と野望なのか? 例え、俺の夢が叶ったとしてそこから見える景色は君が望む光景なのか?」

 

 曹操が見る夢とサングラスの男が見る夢は違う。曹操に救われた彼は曹操の為に己を捧げようとしていたが、曹操本人から止められ戸惑う。

 

「お、俺はどう足掻いても曹操やジークフリートたちの様にはなれない……。お前に英雄派へ導かれた時から俺はお前の為なら死ねると思った……。俺みたいな地面を這いつくばるだけの奴の夢なんて……」

「ダメだなー、それじゃあダメだ。高尚な夢だろうと卑小な夢だろうと関係無い。必要なのは本気で叶えようと本人が想うことだ。君も神器使いなら分かるだろう? 神器の強さと本人の想いの強さは繋がっていることに」

 

 サングラスの男はおずおずと首を縦に振る。

 

「ここで散っても託したあいつが自分の夢を叶えてくれる? 確かにそれはそれで美談だ。だが、見方を変えればその時点で心が折れた、諦めたと同じだ。俺が英雄派の仲間たちに望むことは強さじゃない。最後の最後まで諦めないことだ。心折れた神器は弱くなる。しかし、心を強く持ち続ける限り神器は強くなる。俺はそれを人の可能性だと思っている」

 

 曹操の言葉を聞き入っていたサングラスの男。すると、曹操は少しだけ照れ臭そうな表情をする。

 

「──と長々と語ったが、実際のところはもっとシンプルな話さ。……俺は仲間に死んで欲しくない、それだけだ」

 

 サングラスの男は呆けた表情をした後、何かを堪える様に強く拳を握る。

 

「……俺は必ず赤龍帝を倒す……!」

「いい決意だ。分かった。赤龍帝は君に任せた。準備が出来たら連絡を入れる」

「ああ……!」

 

 サングラスの男は足早にこの場を去って行く。残された時間全てを神器の扱いに費やす為であった。

 

「相変わらず人をやる気にさせるのが上手だね、曹操は」

「本心を言っただけさ」

 

 揶揄う様に言うジークフリートに曹操は心外だと言わんばかりに返す。

 

「だが、さっきの彼のことは羨ましくも思うし眩しくも思える。僕にはそこまで命懸けになれる目標が無いからね」

 

 ジークフリートは自嘲する。

 

「教会を抜けた時点で僕の人生の目的はほぼ達成されたものだからね。新しい目標を見つけるとなると中々難しい」

「そういうものだ。焦る必要は無いさ、ジーク」

 

 曹操はジークフリートを敢えて本名で呼ぶ。英雄の血を引く者ではなくジークという個人に話し掛けている意味を示していた。

 

「取り敢えずはそれで納得しておくよ。──なら、ここは彼を見倣って僕も少し我儘を言ってみようかな?」

「興味深い。聞かせて貰えるか?」

「聖魔剣の木場祐斗、デュランダルのゼノヴィア、天使長ミカエルのA紫藤イリナ。この三人と戦ってみたい」

「三人か……中々強欲だな」

「こういう風に我儘を言うのは初めてなんだ。加減が分からない。これでも遠慮はしているんだよ? 途中で止めたオンギョウキや人修羅の間薙シンを入れてないんだから」

 

 ジークフリートは肩を竦めながら小さく笑う。

 

「でも、三対一となると流石に──」

「問題ないさ。僕が勝つよ」

 

 言い切ってみせるジークフリートに曹操は不敵な笑みを浮かべる。

 

「それでこそだ」

 

 

 ◇

 

 

 料亭『大楽』のとある個室。そこでは重苦しい沈黙が流れ続けていた。部屋の隅で全員が視界に入る様にして立つ漆黒の鬼──オンギョウキ。二メートルを超える長身が見下ろしてくる圧迫感は尋常ではなく、また事前にオンギョウキが暗殺のプロフェッショナルと聞かされているせいで気を抜くことすら出来ない。

 事実、この部屋に居る全員に気付かれることなく天井に張り付いていたのだから。

 

「……座ったらどうだ?」

 

 天井から下りたのはいいが、立ったまま部屋の隅にいるオンギョウキを見かねてアザゼルが声を掛ける。

 

「結構。私は食事をしに来た訳では無い」

「でも。話す事はあるんだろう? でなきゃ馬鹿正直に返事して姿を見せる筈がねぇ」

「そうそう☆ ここは一緒に食事でもしながら会話でもしましょ☆ ここの鶏料理は絶品なのよ☆」

 

 アザゼルに続いてセラフォルーも勧めてくる。

 

「誠に申し訳ない。貴方方が今回の八坂様の誘拐に関わっていないことは間違いないであろう。気を使ってくれているのだろうが、私は他人からの飲食物を受け付けない習性なのだ」

「お、おお……何か忍者っぽい……」

 

 オンギョウキの断り方に一誠はそんな感想を洩らす。

 

「凄い! 本物のジャパニーズニンジャに出会えるなんて☆ 後でサインをしてくれる☆」

 

 セラフォルーが興奮で目を輝かせ、オンギョウキにサインを頼む。予想とは違う反応なのかオンギョウキは表向き動揺していないが黙ったままというのが内心を露わにしていた。

 

「しかし、これが本物の忍者か……! 忍者といえば日本一強い戦士の称号なのだろう、木場!」

「え、ええ……?」

 

 ゼノヴィアの発言に木場は困惑し──

 

「違うわよ、ゼノヴィア。忍者は日本の陰の歴史を支配していた人たちのことよ!」

 

 それをイリナが間違った知識で否定し──

 

「忍者というと各国の裏社会で暗躍している人たちのことを指すと聞きましたが……」

 

 アーシアが偏った知識を引っ張り出し──

 

「北欧に居た頃に聞きました。忍者の使う忍術は魔法を超える代物だと」

 

 ロスヴァイセは、ことオンギョウキに於いてはあながち的外れではないことを言う。

 

「……」

 

 各々の忍者に対する偏った、間違った知識にオンギョウキは否定するよりも先に閉口してしまう。

 

「……まあ、用心深いのは結構だが、うちはこういう感じな所もあるからそう肩に力を入れなくてもいいぞ?」

 

 アザゼルの言葉にオンギョウキは軽く溜息を吐く。呆れているという訳では無く、無駄に張っていた力を抜けさせている様に見える。

 

「──かもしれないな」

 

 オンギョウキの方がほんの少しだけ歩み寄ってくれたのを感じられた。

 

「今回の件、間違いなく『禍の団』が関わっているだろうが、何があったのか教えてくれねぇか?」

「──ああ。勘違いとはいえ我らはお前たちを襲撃してしまった。お前たちには知る権利がある」

 

 事の発端は数日前のこと。九尾の狐であり京都の妖怪たちを取り仕切るボス──八坂が須弥山の帝釈天から遣わされた使者との会談の時に起こった。

 八坂とオンギョウキを含む護衛の妖怪たちが使者を待っていた時、突如として襲撃された。

 襲撃者の数はたったの三人だが、三人とも手練れであり他の者たちでは犠牲が出ると判断したオンギョウキが自ら襲撃者たちの相手を買って出て足止めをしようとしたと言う。

 

「……だがそれがそもそもの間違いだった。足止めをされたのは……私の方だ」

 

 三人の襲撃者をたった一人で相手にしていたが、その時に傷だらけの姿で戻ってきた警護の烏天狗によって八坂が攫われたことを知ると、それに合わせて三人の襲撃者は退いたのを見て自分の方が嵌められたことを理解した。

 

「警護の者が言うに全ては一瞬のことだったらしい。突然霧が満ちると八坂様の姿が消え、霧の中から放たれた術によって警護の者たちはやられてしまった」

 

 不可思議な霧となると思い付くのは一つしかない。

 

「その霧は『絶霧』だな。──ったく英雄派ってのは人材だけは豊富だな」

 

 アザゼルは頭を掻きながら皮肉を言う。

 

「『絶霧』というとあの『絶霧』か?」

「そうだ。神滅具の中でも上位クラスに入っている神滅具だ」

 

『絶霧』という神滅具は一誠たちにとっても縁のある神滅具である。三勢力の会談の時に周囲の空間から切り離され謎の怪物を送られたり、最近ではアーシアとギリメカラが『絶霧』の所有者であるゲオルクと必死の逃走劇を行っていた。

 

「……どうりで京都中を駆けずり回っても奴らの根城や痕跡を見つけられない筈だ」

「『絶霧』の能力は結界や転送能力だけじゃない。禁手になれば所有者の想像通りの結界を生み出すことが出来る」

 

『絶霧』の禁手を使えばオンギョウキですら探知出来ない結界による拠点を自由自在に創造することが出来る。こっちが必死になって探し回っている間に英雄派の者たちは悠々自適に準備を進めることが出来るという訳である。

 シンも現実と結界の区別がつかない内に英雄派によって隔離された。英雄派との戦いでは間違いなく『絶霧』のゲオルクが出て来ると考えられる。

 神滅具所有者が一人でも居るだけで頭が痛くなってくるが、事前に知っておいただけ今のうちに覚悟が出来ると割り切りオンギョウキから他の情報も訊く。

 襲撃してきた三人はオンギョウキの話とシンの話を合わせてヘラクレス、ジャンヌ、ジークフリートであるのは間違いない。

 ヘラクレスは爆発を生じさせる神器。ジャンヌは神器『聖剣創造』。そして、ジークフリートは多数の魔剣を所持しているのが分かっている。

 だが、オンギョウキはジークフリートに関して更なる情報を齎す。

 

「──奴の体は尋常では無かった。奴の体は我が刃を通さぬ程であった」

「ああ? 何だそりゃあ? ジークフリートの名前通りにドラゴンみたいな皮膚になる神器でも持ってんのか? お前ら何か知っているか?」

 

 教会時代のジークフリートを知っているゼノヴィアとイリナに尋ねてみるが二人は揃って首を横に振った。

 

「悪いが聞いたことが無いな」

「そもそもジークさんが任務で神器を使ったとか怪我を負ったっていう話すら無いのよね」

 

 二人の話を聞く限り悪魔祓いの時から逸脱した存在であるらしい。

 

「なら『禍の団』に寝返った時にその力を手に入れたのか? ……まあ、考えるのは後にするか」

 

 情報が足りない状況であれこれ考えても所詮は憶測に過ぎない。一先ず置いておいて話の続きを聞く。

 

「確かにそのジークフリートは強敵であった。ヘラクレスとジャンヌと比べても頭一つ抜けている実力者だ。かく言う私も奴に手傷を負わされてしまった」

「傷を? 大丈夫なのかよ」

「傷自体はそう深くは無い。しかし、斬られた武器が聖剣──エクスカリバーだったせいで治りが非常に遅い」

 

 エクスカリバー。その名を聞いた瞬間に全員が目を剥くが特に木場、ゼノヴィア、イリナの反応は顕著であった。

 

「馬鹿な! エクスカリバーだって!」

「そんな筈は無い! イリナとアーサーが所持しているエクスカリバー以外は教会が保管している!」

「そうよ! そうよ! 絶対に偽物よ!」

 

 ゼノヴィアが言う様に現状所持されているエクスカリバーはイリナの『擬態の聖剣』とアーサーの『支配の聖剣』のみ。残りの五本は教会と天界の監視の下、厳重に保管されている。八本目のエクスカリバーなどあってはならない・

 

「本当にエクスカリバーだったんですか! 見間違いか勘違いだったんじゃないんですか!」

「おい、木場!」

 

 身を乗り出してオンギョウキに詰問しようとしているので一誠が思わず窘める。一誠に注意されて正気に戻った木場は、未熟さから我を忘れてしまった己に羞恥を感じて顔を赤く染めた後、気不味そうにオンギョウキの方を見る。

 

「すみません……失礼なことを言ってしまって」

「構わない。誰にでも我を忘れてしまうモノが在る。お前にとってそれがエクスカリバーであった、というに過ぎない」

 

 暗殺のプロフェッショナルと称された人物もとい鬼とは思えない程の人格者。古風な雰囲気に見合ったいぶし銀である。

 

「奴が持っていたエクスカリバーが本物か偽物かは私にも分からん。が、少なくとも聖剣であることは間違いない。傷の具合からしてな。腹立たしい話ではあるが新しいエクスカリバーの試し斬りにされた」

 

 新しいエクスカリバー。その言葉を聞いて嫌でもとある人物を思い出す。『禍の団』でエクスカリバーを生み出せる程の知識と技術を持つ人物は一人しか該当しない。

 

「バルパー・ガリレイ……!」

「間違いなく奴が絡んでいるな。まさか、独自にエクスカリバーを創り上げるとは……」

 

 木場は怨敵の名を拳を握り締めながら吐き捨て、ゼノヴィアも不愉快そうに眉間に皺を寄せている。

 

「オンギョウキさん。聞いてもいいかしら? そのエクスカリバーにはどんな能力があったの?」

 

 七本のエクスカリバーはそれぞれ固有の能力を有している。ジークフリートの持つ新たなエクスカリバーにも同じ様に固有能力が在るかもしれないと考え、イリナは質問した。

 

「……能力かどうかは分からんが、不可思議なことがあった」

「それってどんなことですか?」

「ジークフリートとの戦いの最中、私は確かにその新しいエクスカリバーを折った」

『えっ!』

 

 思いも寄らない情報に皆が口を揃えて驚く。

 

「しかし、次の瞬間には何事もなかったかの様に折られる前のエクスカリバーが握られており、それに不覚をとってしまった……情けない話だ」

「自動修復する能力なのか……? いや、わざわざエクスカリバーを創っておいて折れる前提の能力を与えるものか?」

 

 アザゼルは技術者目線で新たなエクスカリバーに疑問を抱く。そのままブツブツと小声で独自の考察を呟いていたが、ハッとした表情になって呟くのを止める。没頭しそうになる前に踏み止まった様子であった。

 オンギョウキの襲撃時の話も終わり、英雄派に関しての情報も現段階で得られる分は得た。

 そして、本題はここからである。

 

「お前んとこの今の大将と俺らが話し合うことは出来るのか? っていうかそれをする為に来たんだろ?」

「如何にも」

「でも大丈夫? 京都の妖怪さんたちすっごい怒っているみたいだし?」

「九重様の心は非常に不安定な状態なのだ。慕う母を奪われ、大将という肩書きの重圧を乗せられ」

「その九重ってのは八坂の娘なんだよな?」

「そうだ」

 

 オンギョウキの赤い目が細まる。

 

「お前さんでも止められなかったのか? 京都の妖怪の中じゃかなりの実力者だろ? お前は」

「腕を買ってくれることは有り難いが見込み違いだ。私を含む『四鬼』は全員流れ者。八坂様の温情によって京に住まわせて貰っている立場。影に生きることが我々の定めよ」

 

 古来から京に住む鬼ではなく外から来て居付いた鬼の集団が『四鬼』である。その事に感謝し居候という立場を弁えて影から支えることを徹している。

 

「──その割にはお前以外の鬼は積極的にイッセーたちと戦っているじゃねぇか。聞く限りじゃお前以外の三鬼は忍者っぽくねぇし」

「……言うな。あれでもましになった方だ」

 

 オンギョウキの方もスイキ、キンキ、フウキに手を焼いている様子。

 最初に京都の妖怪らに召し抱えられたのはオンギョウキであり、残りの三鬼はオンギョウキと同じく仕える為──ではなく力で京都を牛耳る為に来たのだ。

 物事を力で押し切ろうとする乱暴者。相手が誰であろうと逆らう跳ねっかえり。強いくせに平然と媚びた態度で油断させ不意を衝く卑怯者という連中であり、当然のことながら京都の妖怪たちも手を焼くこととなった。

 そこで出て来たのがオンギョウキであり、逆らう気が失せる程徹底的に叩きのめした結果、三鬼はオンギョウキの強さに惚れ込んで彼の部下となり今日まで呼ばれることとなる『四鬼』となったのだ。

 

「でも、あの場で九重って子を退かせたのはオンギョウキ──さんの判断ですよね? あのまま戦っていたら交渉の余地がなくなるかもしれないって思ったんじゃないですか?」

 

 一誠はオンギョウキが乱入して来たことを思い出す。絶体絶命的な状況かと思いきやオンギョウキの言葉で九重を動かし全員を退却させた。

 

「……今でも出過ぎた真似だとは思っている。影に徹するべき私が九重様に進言するなど身分違いだ。そもそも私は九重様にそんなことが出来る様な資格など無いというのに」

 

 オンギョウキは変わらず能面の様な顔をしているが、その顔に暗い陰が射した様に見えた。

 

「私は八坂様を守れなかった。九重様から母親を奪ってしまった無能者だというのに……」

 

 皆がオンギョウキの負い目を強く感じた。九重も妖怪であるからして見た目通りの年齢では無いかもしれないが言動からして親離れはまだ早く感じた。

 ある日突然親がいなくなる。それがどれほどの不安かは全く分からない訳では無い。ただ、今回の場合はその不安を紛らわせる方法が良からぬ方に作用してしまった。

 

「──しかし、今は一刻も早く八坂様を探さなければならない。その為には京都の妖怪たちの意思を統一させ、敵を『禍の団』と定め、悪魔とも協力するべきなのだ」

 

 立場は重んじるべきだがそれに固執して真に大事なことをないがしろにするなど言語道断。

 

「九重様との会合の場は私が責任を以って設ける。先ずはレヴィアタン殿に九重様と会ってもらい今回の件について誤解を解いてもらいたい」

「ま、妥当だな。いくら悪魔を敵と勘違いしていても四大魔王のセラフォルーが出て来るのなら向こうも耳を貸すだろう」

「うん☆ 頑張っちゃうわ☆」

 

 セラフォルーはいつも通りの笑顔で応じる。

 

「んじゃ、俺も話し合いが終わるまで独自で動いてみるか。もしかしたら英雄派の連中が釣れるかもしれねぇしな」

 

 アザゼルもやる事を決め、注がれていた酒を呷る。

 

「あ、あの、俺たちは……?」

 

 アザゼル、セラフォルーのするべきことが決まったのなら、自然と自分たちも何かをするべきだと思いアザゼルに尋ねる。

 

「お前たちがすることは決まっている……旅行を楽しめ」

 

 あっさりと言われた言葉に全員拍子抜けした表情となる。

 

「何かあったら、その時は呼ぶ。でも、それまでは修学旅行を楽しんで来い。お前らガキにとっちゃ二度とない貴重なもんだ。面倒くさいことや詰まらんことは俺たち大人に任せておけ」

「そうよ。皆は今は修学旅行を楽しんじゃってね☆ 私もお仕事終わったら楽しんじゃうから☆」

「あー、早く終わらせないとな。酒と舞妓が恋しいぜ」

 

 年長者にそう言われてしまうと一誠たちもどうしようもない。何かせねばとは思ってしまうが、現状の一誠たちは京都に於いて伝手も何も無い世間知らずの学生たちに過ぎない。下手に行動すれば逆に迷惑を掛けてしまうかもしれない。

 

「……ちゃんと呼んでくださいね?」

「分かってる、分かってるって。お前もそれで──」

 

 いいか? とオンギョウキに声を掛けるアザゼルであったが、肝心のオンギョウキの姿は既に消えていた。

 

「っていねぇ。色々と早過ぎだろ……」

 

 音も気配も無く現れたかと思えば、今度は逆に消えてみせた。アザゼルは行動の早さに呆れた様な表情をしていた。何も言わずに去ったということは、アザゼルたちのやり方にオンギョウキは文句無しであると判断する。

 

「まあ、いいか。ほれ、お前ら食べろ食べろ。まだ料理は残ってるぞ」

「そうそう☆ 美味しい料理を食べて明日も頑張っちゃいましょう☆」

 

 アザゼルとセラフォルーに勧められて料理に箸を伸ばす。まだ料理は冷めていない。長い時間が経った様な感覚だったが、実際は僅かな時間の出来事だったのが分かる。

 アザゼルたちの言葉に取り敢えずは納得してみるものの内心ではいつでも戦える様に心構えておく。

 リアスは京都の町並みや文化を好んでいる。好きな女性の好きなものを守る為に一誠は静かに決意を抱いていた。

 

 

 ◇

 

 

 早朝。暗い空が白け始める頃、ホテル屋上にて風を切る音が響いていた。

 風切り音を鳴らすのは一誠の突き出した拳。突き出された拳の先にはシンが立っている。

 そのまま一誠の拳がシンへと命中──する寸前に拳が寸止めされ、シンの前髪を僅かに揺らす。

 

「ああ! くそっ! 全敗かよ!」

 

 拳を離して一誠は悔しそうに叫んだ。そんな彼の様子を少し離れた場所でアーシアがオロオロと見ている。

 一誠とシンがやっているのはゲーム形式でやる反射神経のトレーニングであった。

 ルールは簡単。相手の顔に拳を繰り出してそれが寸止めか、そうじゃないかを判断するもの。十発放つ内あらかじめ何発本気で打つかを第三者──この場合はアーシア──に伝え、それを見極める。

 このルールでシンと勝負した一誠は、見事にシンに全部見切られてしまった。

 

「次はこちらの番だな」

 

 涼しい顔で宣言するシンに一誠は唾を呑み込む。シンの拳の痛みは身を以って知っているので是が非でも全て回避しなければならない。

 

(ああ、やだなぁ……)

 

 自分から言い出した特訓であるがいざ自分の番に回って来ると憂鬱な気持ちになる。何故なら一誠はこの特訓でシンに勝ったことが無い。

 どれもこれも全部本気で殴るどころか殺ろうとしている様に見えて生きた心地がしない。

 やるからには勝つ、という気持ちは勿論あるがどうせ負けてしまうという気持ちがそれと同等以上あった。アーシアが見ている前で負けるのは嫌だが、それでも根付いたものは中々払拭出来ない。

 

「一つ訊いていいか?」

 

 シンは一誠ではなくアーシアの方を見ていた。

 

「は、はい! 何でしょうか?」

「アーシアの神器は骨折を治すのにどれぐらい掛かるんだ?」

「そんなに時間は掛からないと思いますが……」

「朝食までには間に合うということか」

「そ、それって……」

 

 アーシアが表情を蒼褪めさせる。一誠も似た様な顔色になり冷汗を流していた。

 

『耳を貸すな相棒。奴の策略だ。呑まれるぞ』

(そう言うけど、間薙なら本気でやりそうだし……)

『……』

 

 ドライグは否定しなかった。

 

「仮にだが下顎が無くなっても骨折と同じ時間で付くか?」

「え、ええっ!」

 

 シンの残酷な質問にアーシアは声を裏返して驚く。一誠も裏返った悲鳴が出そうになる。

 

「止めろぉぉ! 盤外戦術仕掛けてくんじゃねぇぇ!」

 

 シンの恐ろしい発言に対して一誠が抗議する。シンの方はいつも通りの無表情であったが、一誠の恐れ具合にやや呆れた雰囲気を纏っていた。

 

「こんな言葉一つで一々怖がるな。特訓で怖がっていると本番でどうする気だ?」

「そう言ってもなぁ……」

「俺が本気でやると思っているのか?」

 

 一誠は無言で頷く。アーシアは首を縦に振ることは無かったが、横に振ることも無かった。

 

「──分かった。なら望み通りにしてやる」

 

 シンが拳を一際強く固める。今まさに拳を繰り出そうとする。

 

「朝から頑張っているね」

 

 そのタイミングで掛けられる声。声を掛けたのは木場であり、隣にはゼノヴィアとイリナがいた。

 

「木場か」

 

 シンが固めていた拳を解き、木場たちの方へ振り返る。シンからの重圧が消えて一誠が内心ホッとした瞬間、シンが振り返り様に腕を振るって一誠の顎に鞭の如く振るわれた指を当てた。

 シンが木場たちの方を見るのと一誠が崩れ落ちるタイミングは丁度同じであった。

 

「気を抜くなよ」

 

 屋上の地面でうつ伏せになっている一誠へ背中越しに言う。

 

「相変わらず容赦が無いね、間薙君は」

「そうか? 折れても千切れてもいない」

「やっぱり容赦無いね……」

 

 平然と言うシンに木場は苦笑する。

 

「お、お前たちも来たのか?」

 

 倒れていた一誠が起き上がる。綺麗に顎に入ったせいでまだ足がガクガクと震えているが、傍に立って心配しているアーシアにつかまり立ちすることせずに自力で立ってみせた。

 

「大分慣れてきたな」

「慣れたかねぇーよ、こんなの」

 

 顎を擦りながら一誠は顔を顰めていた。

 

「セラフォルー様やアザゼル先生は任せろと言っていたけど、やっぱりじっとはしていられないよね。いつ襲撃が来ても良い様に仕上げておかないと」

「そうだな。特訓を一日でも怠れば感覚も微かに鈍る。例え微かな変化でも相手がそこへ付け入ることもある。私たちの戦いとは常にそういうものだ」

「主への祈りを欠かさない様に特訓も欠かさない様にしないとね!」

 

 そう言ってゼノヴィアとイリナは木刀を構える。どちらも修学旅行の土産として買ったものであった。

 

「さて、間薙。イッセーが回復するまでの間、私の相手をしてもらおうか?」

 

 ゼノヴィアは木刀の切っ先をシンに突き付けて挑戦してくる。因みにゼノヴィアもこのゲーム形式での特訓はシンに全敗している。理由は至ってシンプル。ゼノヴィアが直情的なせいで見切る以前に読み易いからだ。

 

「今日こそは勝つぞ?」

 

 好戦的な笑みを見せるゼノヴィアに、シンは涼しい顔で答える。

 

「無理だな」

 

 特訓は朝食の時間ギリギリまで続けられた。

 

 

 ◇

 

 

 曹操により英雄派の主力メンバーが一か所に集められていた。

 

「で? 話って何だよ?」

 

 ヘラクレスが集められた理由を曹操に問う。

 

「報告が二つある」

 

 曹操が指を二本立て、その内の一本を折る。

 

「一つ目はヴァーリの所に送っていた監視がバレた」

 

 曹操があっけらかんと言い放つが、他のメンバーは呆れた様に溜息を吐いた。

 

「もう、だからお姉さんはもっと出来の良い子を送れって言ったのに……必死に頼まれたからって甘過ぎ!」

「いやぁー、あれだけ意気込んでたのにこれだけあっさりと見つかるとは思っていなかった」

 

 曹操は困った様に頭を掻く。

 

「アーサーとルフェイの勧誘も難しくなったな……」

「じゃあ、ヴァーリの野郎が来るのか?」

「無理じゃないかな? 本人は来たがるだろうけど周りが止める筈だ。まだマタドールとの戦いによる消耗も回復していないからね」

 

 ゲオルクは溜息を吐き、ヘラクレスはヴァーリ参戦を予想して高揚するがジークフリートによってやんわりと否定される。

 

「まあ、代理で誰かを寄越すだろうね。赤龍帝の味方でもさせるかな? 何せ今の赤龍帝と白龍皇は仲良しだからね」

 

 曹操が皮肉る様に言う。

 

「それで二つ目は?」

「ああ。実はそっちの方が本題だ。──来てくれ」

 

 曹操に呼ばれて姿を見せたのはサングラスの男。曹操とジークフリートを除くメンバーは、サングラスの男を『誰だ?』という目で見ていた。

 

「彼に今度の戦いで赤龍帝の相手をしてもらう」

 

 曹操の宣言にメンバーは一気に騒めく。

 

「おいおい! どこの馬の骨とも分からない奴に赤龍帝の相手を任せるのかよ!」

「だーかーら! そういうのは止めよってさっきお姉さん言ったじゃない!」

「また勝手に……」

 

 メンバーが不満を露わにするが、曹操は全部それを笑顔で受け流す。

 

「不満はごもっともだ。だが、彼の話を聞いて俺も一つ思いついたんだ。──今度の戦いは俺たちも希望の相手と戦う様にしよう、って」

 

 曹操の提案に騒ぐ声が止む。

 

「これって重要なことだと思うんだ。俺たちの神器は良くも悪くも持ち主の精神状態に作用される。なら、戦いたいと思う相手と戦えば今まで以上の力が出せるんじゃないかってね」

「今まで以上ね……でも、震えているじゃねぇか、そいつ」

 

 ヘラクレスが言う通りサングラスの男は体を震わせていた。赤龍帝の相手という大役を任された重圧によるもの。

 

「恐怖を覚えるのも悪くない。少なくとも油断や慢心はしないからな」

 

 曹操は恐怖に震えることを否定せず、サングラスの男の肩に手を置く。

 

「その震えから解放される手段は二つだ。恐怖に屈して折れるか、それとも恐怖を乗り越えて成長するか、だ」

 

 出された道は二つ。彼に逃げ道など無い。だが、曹操に直談判をした時から自らの逃げ道など塞いでいた。

 

「赤龍帝は……俺に任せてくれ……!」

 

 歯を食い縛りながら宣言。その言葉に少しだけ彼を見る目が変わる。

 

「そして、俺の仲間たちは全員が後者であることを知っている。是非とも今回の戦いで成長して欲しい。人間らしく、ね」

 

 そう言ってサングラスの男から手を離す。

 

「それは良いが望めばちゃんと希望した相手に割り当てられるのかよ?」

「そこは大丈夫だ。ちゃんとやってくれる──ゲオルクが」

「お前なぁ……」

 

 曹操の丸投げにゲオルクは苦虫を嚙み潰した様な表情となる。

 

「──上手くいけばお前がアーシアとギリメカラの戦いに誰も横槍を入れないぞ」

 

 曹操の言葉にゲオルクの表情が僅かに緩むがそれでもしかめっ面であった。不満を言わない辺り納得した様子。

 

「なら、あの犬っころだ! 今度こそあの毛皮を剥いでやるぜ!」

「うーん。お姉さんは特に居ないかなー。強いて挙げるとすれば可愛い子がいいなー。それで曹操は?」

「俺は余りもので結構だ。皆の希望が第一優先だからな。それで──」

 

 曹操の視線が動く。向けられた先にはレオナルド。この会議が始まってから一言も発しておらず存在感を消していた。

 

「君は誰がいい?」

 

 曹操の質問に誰もがレオナルドは答えないと思っていた。

 

「──」

 

 だが、予想に反してレオナルドは戦いたい相手の名を出す。それにも驚いたが、出された名にも驚いた。彼とその人物との間には因縁というものが無いと思っていたからだ。

 

「──ああ、そういうことか。分かった。君に任せるよ」

 

 曹操の方はその理由を察して納得。レオナルドに全て任せることに決めた。

 

「さーて、じゃあ祭りの準備を進めようとか。悪魔に天使、堕天使や妖怪も夢中にさせてやろう」

 




作中で最後まで名無しだったサングラスの男参戦。この作品でも名前を付けない予定です。

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