ハイスクールD³   作:K/K

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長くなったので前後編で。後編は近いうちに投稿します。


宣戦、布告(前編)

 ルフェイを連れて取り敢えずアザゼルの所へ向かうことにしたシンとケルベロス。

 ケルベロスの表情は一見すると普段と変わらない様に見えるが、毎日同じ家で過ごしていたシンにはケルベロスが疲れているのが分かった。

 あの後、ルフェイの要望通りに写真を撮ることとなったが、要望された構図が問題であった。

 

「あの、頭を嚙んでもらっていいですか?」

 

 ルフェイの正気を疑う様な構図の要求に対し、ケルベロスは未知の生物でも見るかの様な眼差しをルフェイに向けた後、助けを求める様にシンの方を見てきた。

 取り敢えず期待通りにすればすぐ終わる、という半ば突き放す様な答えを念話で送るとケルベロスは諦めた様な表情──獣の顔付きなのであまり変わらないが──をしてルフェイの頭を口内に収める様に大きく開いた。

 

(イッソノコト本気デ嚙ンデヤロウカ)

 

 というケルベロスのヤケクソ気味な思念が飛んで来る。

 

「あ、魔術で防御を固めているので本気で嚙んでも大丈夫ですよ?」

 

 そんなケルベロスの心の裡を読み切ったかの様なルフェイの気遣い。ケルベロスは、こんなことに本気を出すのも馬鹿らしく思い、ルフェイの頭を嚙むことは嚙んだが子犬を咥える様な甘嚙みであった。

 

「モウイイカ?」

 

 ケルベロスが疲れた様にルフェイから両前足を離す。見知らぬ敵かと思って押さえつけたのは良いが、結果を見れば藪蛇であった。

 

「もう一つだけ、もう一つだけお願いしてもいいですか?」

 

 ルフェイは前屈みにになってケルベロスに視線を合わせながら懇願する。

 

「好キニシロ」

 

 拒否することすら億劫になったのか、ルフェイのやりたい様にやらせる。

 

「じゃ、じゃあ!」

 

 そう言うとルフェイはケルベロスの首に両腕を回し、ケルベロスの豊かな鬣に顔を埋める。

 

「ふわぁ……こんな感触なんですね……」

 

 ケルベロスの鬣が頬擦りをしながらルフェイはウットリとした声を出す。ルフェイに抱き締められているケルベロスは無言でシンを見詰めて来る。

 

『コイツヲ早クドウニカシテクレ』

 

 目がそう訴えていた。今回のルフェイの場合もそうだが、セラフォルーの時といいケルベロスは魔法に関わる女性に振り回される星の下で生まれたのかもしれない。

 これ以上ケルベロスが玩具にされるのも可哀想に思えたので、ルフェイに一先ずアザゼルに引き合わせることを告げると、ルフェイは慌ててケルベロスから離れた。我に返りシンの前で夢中になっていたことを気恥ずかしく思ったのか魔女帽子を少し下げて顔を隠しながらアザゼルへの案内をお願いしてきた。

 そして、その道中へと話は戻り、アザゼルの部屋まで向かう途中にルフェイの方からシンへ話し掛けてくる。

 

「あの、ジャッ君は元気でしょうか?」

 

 シンは一拍置いてその名がジャアクフロストのことを指しているのに気が付いた。シンの頭の中にいる小憎らしいジャアクフロストとジャッ君という名が結び付かなったので、ルフェイが誰のことを尋ねているのか一瞬分からなかった。あと非常にどうでもいい話ではあるがジャッという響きが耳に聴き慣れた音であった。

 

「元気だ。いや、元気過ぎるぐらいだ」

 

 半ば皮肉を込めて言う。ジャアクフロストの口の悪さも常に誰かに噛み付いているのも未だ変わらず。ジャックフロストと一誠への当たりが特に強く、ジャックフロストに喧嘩を売って二人の戦いが始まり、一誠がそれを仲裁しようとして今度は一誠との喧嘩を始め、それをシンが止めるという事態が何度もあったぐらいである。

 捻くれている上で跳ねっ返り者のジャアクフロストを本気で心配している様子のルフェイに、ジャアクフロストをシンの家やリアス眷属の家で順番に面倒を見ていることを教えるとルフェイは安堵の溜息を吐く。

 

「間薙様。ジャッ君の面倒を見て下さってありがとうございます! ジャッ君は素直じゃないですから大変ですよね?」

 

 躊躇なく首を縦に振るとルフェイは苦笑する。

 

「それにしても──」

 

 ルフェイは少し怒った表情をする。

 

「ジャッ君を置き去りにして帰ってしまうなんて、ヴァーリ様たちは本当に薄情です!」

 

 ルフェイが言うにはヴァーリたちはロキ戦が終わり、拠点へ戻った時にそこでジャアクフロストを置き去りにしたことに気付いた。当然のことながら待機していたルフェイはジャアクフロストを連れ戻すことを主張したが、ヴァーリが言うに今迎えに行くとジャアクフロストが暴れる、とのこと。迎えに行くタイミングを今も機会を窺っているという。

 ヴァーリが言っていることはあながち間違いではない。ジャアクフロストはヴァーリたちが土下座して詫びを入れるまで帰らない、とまだ言っているので絶対に話がこじれていただろう。

 

「ジャッ君も怒っていますよね? 私たちのこと何か言っていましたか?」

「全員が迎えに来て謝らないと帰らない、だそうだ。あと今のうちに強くなってヴァーリたちをぶん殴るとも言っていたな」

「そうなりますよね……ジャッ君がそうなると物凄く意固地になるんです」

 

 ジャアクフロストをここに召喚して強制的に押し付けて帰らそうかとも考えたが、ルフェイが言う通りそんなことをしても意地でも帰らず、喚き続けるのが容易に想像出来る。

 そんなことを話している内にアザゼルの部屋の前まで来ていた。かなりの距離があったと思ったが、会話していれば一瞬の距離に思えてしまう。

 扉の前に立ち、ノックする直前に今更ながらそもそも部屋の中にアザゼルが居るのか、という疑念を持ってしまう。

 八坂誘拐、セラフォルーと京都の妖怪たちとの連絡、英雄派の足取りの調査、そして教員としての仕事などアザゼルがやるべき仕事は山ほど有る。不在であってもおかしくない。

 空振りしたら気まずい空気になるのだろうな、と思いつつも指の第二関節は扉を叩いていた。

 

『──誰だ?』

 

 思いの外、鋭い声が返って来た。いつ襲撃があっても良い様に警戒しているのかもしれない。

 扉の向こう側からアザゼルの声が聞こえてきて一先ず安堵する、空振りにならずに済んだ。

 

「アザゼル先生、俺です」

『シンか?』

 

 少し驚きを混ぜた声の後、足音が聞こえて扉が開けられる。

 

「お前が来るとは……何か問題でも起きたのか?」

 

 軽装ではなくスーツ姿のままのアザゼルが顔を出す。

 

「問題と言えば……問題なのかもしれません」

 

 歯切れの悪いシンの言い方にアザゼルは怪訝な表情をする。その表情のまま視線が横に滑り、シンの隣に立っているルフェイへと向けられる。

 アザゼルの視線に圧が込められる。

 

「初めまして、アザゼル様。私はヴァーリ様のチームでお世話になっているルフェイ・ペンドラゴンと申します」

 

 アザゼルの眼光に臆することなくスラスラと自己紹介をするルフェイ。

 ルフェイの名を聞き、アザゼルは顎に手をやりながら言う。

 

「ルフェイか。伝説の魔女、モーガン・ル・フェイに倣った名前か? ペンドラゴンということはアーサーの妹か? そういえば英雄アーサー・ペンドラゴンとモーガンには血縁関係にあったと言われていたかな……」

 

 アーサー王の英雄譚の中に出て来る魔女の名。敵や悪女としての側面が強い存在である。そう言う知識が豊富ならルフェイには似合わない名と思うかもしれない。

 

「んで? ヴァーリの所の奴が何をしに来たんだ?」

「はい。今回の件でお手伝いをするように言われました!」

 

 それだけ聞くとアザゼルは顎を擦りながら喋り出す。

 

「大方、英雄派の奴らがヴァーリたちにちょっかいでもかけたんだろ? それで、ヴァーリもいい加減お冠になった、ってな具合か」

 

 一を聞いて十を知るとはこのことを言うのであろう。そのおかげで話が早く進む。

 

「ヴァーリが一人送り込んだってことは実力の方も申し分ないんだろうな──ところで、だ」

 

 アザゼルは声を潜める。

 

「ここに来る途中、お前たちが一緒に歩いているのを誰かに見られたか?」

 

 アザゼルの質問の意味はすぐに理解出来た。今は『禍の団』の英雄派を悪魔、堕天使、そして京都の妖怪たちと一緒に追いかけている状態である。敵対関係にあるとはいえヴァーリチームのルフェイもまた『禍の団』の一員。そんな彼女と一緒に行動しているのを万が一京都の妖怪らに目撃されたら確実に揉める。

 仮にルフェイの素性を知らなくとも突然詳細不明の魔女が現れたら当然警戒される。そして、この京都に於いてルフェイの素性を知っている者もいるかもしれない。もしかしたら、英雄派の連中がわざとルフェイの情報をばら撒いて仲違いを起こさせる可能性も考えられる。

 考え過ぎ、慎重過ぎると言われればそれまでだが、なるべく迂闊な行動は避けたい。些細な事が大きな問題へ発展することも無きにしも非ず。アザゼルは責任ある立場故に、そういう事に誰よりも敏感でなければならないのだ。

 

「ホテルの従業員と何人かすれ違いはしましたが……」

「大丈夫です。魔術で存在感を可能な限り消しました。きっと誰も私のことなんて覚えていない筈です」

 

 ルフェイは抜け目の無さを見せる。彼女のしている目立つ格好もその魔術によって注目されないのだろう。

 

「そいつは結構。わりぃな、今の状況が状況なだけに色々と周りの目が気になるんだよ」

「いえ。アザゼル様の御立場を考えれば当然のことかと」

「まあ、今は少しでも戦力が欲しい所だ。協力してくれるんなら有り難く手を借りるぜ。──内緒にだけどな」

 

 アザゼルは思いの外簡単にルフェイの協力を得ることを承諾した。色々とあったがヴァーリのことを未だに信じているからこそなのかもしれない。

 

「この後、どうするんだ?」

「間薙様に兵藤一誠様と会わせてもらう約束をしているんです!」

「イッセーと?」

「はい! 私、おっぱいドラゴンのファンですから!」

 

 先程よりも目を輝かせて言い切るルフェイにアザゼルは感心した態度となる。

 

「ほぉー。あいつの人気も幅広いなー。こりゃあ長寿番組になるぜぇ!」

 

 おっぱいドラゴンの人気にアザゼルも上機嫌そうであった。

 

「──ということなら後は任せたぞ。ちゃんとエスコートしてやれよ」

 

 アザゼルはシンの肩を軽く叩いた後、部屋の中へと帰って行く。

 

「それではおっぱいドラゴンの──兵藤一誠様の許へ行きましょう!」

 

 心なしか鼻息が荒くなった気がする。よっぽど楽しみなのだろう。

 

「そうだな」

 

 目的の一つは達したので一誠の所、もとい自分の部屋へ戻るシン。

 部屋まで戻る間、ルフェイは興奮した様子で自分が如何にしておっぱいドラゴンに嵌ったのか、おっぱいドラゴンの魅力について熱心且つ早口で語っていた。

 それにシンは相槌を打ちつつ気付かれない程度に歩く速度を上げて行く。ルフェイには悪いがシン自身は特に興味が無かったので長いこと聞いていられない。

 そして、数分後には自室の扉前に着いていた。

 部屋の鍵は持っているが、中で変なことが起こっていないか──一誠を一人にしているので──を確認する為に扉をノックする。

 扉越しにドタドタと慌てた様子は聞こえない。特に何かがある様子は無い模様。

 

「はーい」

 

 若干元気の無い返事の後に扉が開けられ、一誠が出て来る。特に変わった様子は無い──ということはなく、一誠の片方の鼻穴にはティッシュが突っ込まれていた。

 

「どうかしたのか?」

「何かあったのか?」

 

 同じ様な質問がシンと一誠から同時に出る。

 

「初めまして!」

「うおっ! 誰っ!」

 

 そこに割って入ってくるルフェイ。元気良く、そして不意打ちで挨拶をしてきたので一誠は驚く。そして、ルフェイの一般人と思えない格好に目を瞬かせる。

 

「ルフェイ・ペンドラゴンと申します! 『赤龍帝おっぱいドラゴン』のファンです! 差し支えないようでしたら、あ、握手をしてください!」

 

 初対面の少女に握手を求める手を差し出され、困惑した様子ながらも求められるがまま一誠は握手をする。

 

「ありがとう……」

 

 取り敢えずファンの要望に応える一誠。ルフェイは感動で体を震わせ、『やった!』と跳ねる様に暫くの間喜んだ後──

 

「あ、あの……図々しいお願いですが……サインの方も……」

 

 いつの間にか用意していた色紙とサインペンを一誠に出す。

 

「あ、はい……」

 

 これもまた言われるがまま色紙にサインを書く一誠。

 

『ルフェイ・ペンドラゴンさんへ 赤龍帝おっぱいドラゴン兵藤一誠』

 

 そうサインをして色紙をルフェイに返す。

 

「ありがとうございます! 一生の宝物にします!」

 

 サインを胸に抱き、感謝の意を伝えるルフェイ。

 

「間薙様! おっぱいドラゴンさん! 色々とありがとうございました! それでは!」

 

 別れの言葉に興奮の余熱を含ませながらルフェイは去って行く。

 

「何? 何なの? あの子、何しに来たの……?」

 

 全てが唐突過ぎてついていけなかった一誠がシンに説明を求める。

 

「というか誰だったの?」

「ヴァーリの仲間だ。助っ人に来たとさ」

「はあっ!」

 

 予想外の台詞に一誠は声を大きくして驚く。

 

「ちゃんと説明してくれ!」

 

 シンは仕方なくルフェイについて説明する。ヴァーリのチームに所属していること。英雄派と揉めたのでヴァーリが罰として彼女を送り出したこと。アザゼルには既に紹介しており、内緒の助っ人として力を借りること、を。

 説明を聞き終えた一誠は取り敢えず納得する。

 

「そういうことか……ってか英雄派もヴァーリたちも同じ『禍の団』だったよな……?」

「何処も一枚岩には成れない、ということだ。敵が居たとしてもな」

「何か嫌だよな、そういうの……」

 

 内輪揉めということに対して顔を顰める。悪魔も現魔王と旧魔王が争って敵になっているのを思い出し、そんなことをしている場合ではないのにと思ってしまう。

 

「それで敵が減るなら構わない」

「お前、ドライだよなぁ」

 

 シンの簡素な返事に一誠は苦笑する。

 すべきことも終わったのでシンは部屋の中に入ろうとし、その後にケルベロスが続くが──

 

「ウッ」

 

 ──ケルベロスが息を詰まらせる声を上げた後、扉から後退する。

 

「どうかしたのか?」

「……発情シタ雄ト雌ノニオイガスル……血ノニオイモダ」

 

 シンは一誠を睨む様に見る。

 

「お前……この部屋は俺の部屋でもあるんだぞ……?」

「ちょっと待て! ちょっと待て! 決めつけるな!」

 

 一誠が言い訳もとい説明をするに、シンが不在の間にアーシア、ゼノヴィア、イリナが訪ねてきたという。

 そして、部屋の中で──何があったのかは詳細に語ることは無かったが鼻の下を伸ばしてだらしない顔をしていることから容易に想像がつく。

 

「足りなかったものは十分補充出来た! 今の俺なら確実に『乳語翻訳』が出来る!」

 

 自信に満ちた表情で言い切る一誠にシンは呆れた眼差しを向ける。取り敢えずシンが予想していた様なことは行っていないらしい。

 

「……それで? その鼻血は何だ?」

 

 シンが今も鼻の穴に詰まっているティッシュを指摘すると、一誠は言うかどうか迷っている表情をしていたが、やがて理由を話す。

 

「途中で興奮し過ぎて……それで気絶した」

「それはそれで情けない話だな」

 

 

 ◇

 

 

 翌日、再び観光地へ向かうシンたち。本日は京都駅から嵐山方面へ行き、天龍寺を目指す。

 電車に乗って最寄りの駅で降り、そこから天龍寺まで徒歩で行く。観光名所なのでそこらに案内する看板が設置されており迷うことは無かった。

 天龍寺の大きな門を潜り、境内へ入る。自分たち以外の観光客の姿がまばらに見えた。

 

「おお、お主たち。来たようじゃな」

 

 天龍寺でシンたちを迎えるのは巫女装束に金髪の少女──九重。誤って襲ってしまったことへの謝罪を兼ねて嵐山方面の観光案内を買って出てくれたのだ。

 そんな余裕があるのかと思われるかもしれないが、現状英雄派が事を起こすまでは待機していなければならない状態であり、それが続けば九重の精神にも大きな負担が掛かると思い、気分転換も合わせて九重を一誠たちに同行させたのだ。

 九重の周りの妖怪たちも今回の観光案内に賛成したのは多少なりとも下心がある。理由はどうあれ現魔王の妹の眷属を襲撃したのである。その点を突かれると後々悪魔との軋轢を生じさせると考えている者達もいた。ちゃんと純粋に九重のことを思う者たちも居るが、中には形式的にトップである九重に直接動いてもらうことでこちら側に叛意は無いことをアピールさせることを考えている者達もいる。

 

「九重か」

「うむ。約束通り、嵐山方面を観光案内してやろうと思うてな」

 

 少し自慢げに胸を張る九重。その表情は心なしか明るく見える。母親への不安はまだあるが、この観光案内は気を紛らわせるには十分であった。

 金髪、巫女装束とかなり目立つ姿だが異形の証である狐耳と尻尾はちゃんと隠してある。

 

「はー、随分と可愛い女の子だな。イッセー、お前がこんなちっこい子をナンパしたのか? いつの間に趣味が変わった? それとも間薙か? お前ってこういう子が趣味なのか?」

「んな訳あるか!」

「お前の頭部と同じくらいに笑えない冗談だ」

「俺は禿げてねぇ! 丸めているだけだ!」

 

 松田の軽口に反応する一誠とシン。シンの方は言い返して松田を怒らせているが。

 

「……ちっこくて可愛いな……」

 

 元浜が荒い息を混ぜながら、粘り気を感じさせる様な感想を洩らす。元浜の怪しく輝く眼鏡に一誠は犯罪者でも見る様な目をした。

 

「お前……手を出したら犯罪だぞ?」

「まだ何も出してないっ!」

 

 犯罪者予備軍扱いされ憤慨する元浜。シンはそもそも九重が見た目通りの年齢かどうか分からないので何も言わずにいた。それでもあの見た目に劣情を抱くなら一誠の言った通りになる。

 

「やーん! 可愛い! 何、兵藤、間薙君、何処で会ったの?」

 

 桐生も可愛いらしい九重の容姿に心射抜かれたのか、九重に抱きついて頬擦りをする。

 

「は、離せ! 馴れ馴れしいぞ! 小娘め!」

 

 それを嫌がり引き離そうとする九重。

 

「その上お姫様口調だなんて最高だわ! どれだけキャラを詰め込んでいるのよ! 素敵!」

 

 更に興奮して頬擦りの速度が増していく。このままでは埒が明かないと思った一誠は、シンに目線を送る。その視線に込められた意味を察して、シンは二人の間に割って入る。

 

「そこまでだ桐生」

「あーん。残念」

 

 名残惜しそうに九重から離れる桐生。九重の方は慣れないスキンシップのせいで顔を赤く染めていた。

 

「うむ……礼を言、ひっ!」

 

 気を取り直してシンにお礼を言おうとすると九重が引き攣った声を上げる。原因はシン──ではなく、そのすぐ傍に座っているケルベロスのせいであった。連続してホテルに閉じ籠っているのも飽き、今回はシンたちの観光に同行することとなった。当然、常人には見えないように細工してあるが九重にはバッチリと見えていた。

 二メートル以上はある獅子の如き鬣を持つ大型犬に至近距離で目を合わせてしまい、我慢出来ずに声を上げてしまった九重。

 しかし──

 

「おい! 間薙! こんなちっちゃくて可愛い子を怯えさせるなよ! お前の雰囲気は大人でもビビるんだぞ!」

「間薙ー。お前はもうちょっと自分がどう見られているか自覚した方がいいぞー」

「まあ、どんまいどんまい間薙君。こればかりは生まれつきだからしょうがないしょうがない」

 

 九重がシンを怖がったと勘違いをして元浜、松田、桐生が好き勝手なことを口々に言う。

 シンは相変わらず無表情で言い訳などしなかったが、眉間の皺が若干深くなっていた。

 

「こちらは九重。俺やアーシアたちのちょっとした知り合いなんだ」

 

 また話が逸れるかもしれないと思った一誠が慌てて九重の紹介をする。ケルベロスにビックリしていた九重も一誠に紹介されると先程までの恐れていた表情を引っ込めて、皆に名乗る。

 

「九重じゃ。よろしく頼むぞ」

 

 横目でチラチラとケルベロスのことを確認しつつも堂々とした態度を取ってみせる九重。妖怪たちの長代行を短い間だがしていたこともあり、それなりに虚勢も張れる様子である。

 

「あ、もしかしてグレモリー先輩経由の知り合いだった? それなら納得。あのホテルも先輩の親御さんが経営しているし、そういう会社と関係している感じ?」

 

 桐生の違っているが合ってもいる指摘に一誠の表情が少し引き攣った。図星を指されたに等しいので一誠は一瞬言葉を詰まらせる。

 

「ま、まあ、そんなところだ」

「だよねー。何て言うの? キャラ付けのお姫様口調じゃないって感じ? こう本物のお姫様感が溢れているんだよね。この子もきっと良いとこの御家でしょ?」

「お、おお。そうだな」

 

 桐生が言っていることは殆ど正解なので一誠の方も動揺して声が震えている。色々な意味で桐生は人を見る目を持っている。

 一応の紹介も済み、九重主導の名所巡りが始める。

 九重の名所の案内は決して上手なものではなく、たどたどしい紹介をしつつ、時折説明の為の台詞を思い出そうとして黙ることもあった。だが、自分の住む京都の良さを知ってもらうとするその一生懸命さと、胸を張って自信満々に説明する様子は可愛らしいものであり、その姿に一誠たちは癒されていた。

 名所を回り、大方丈裏の庭園に案内される。世界遺産に登録される和の風景が見る者を圧倒する。

 ふと、一誠は九重を見る。最初に会った時と別人に思える程愉し気な表情をしている。切羽詰まった様子は皆無であり、重圧から解放された無邪気さがそこにあった。

 

「九重ちゃん、本当に楽しそうですよね」

「ああ」

 

 アーシアも九重の様子を見て、一誠にこっそりと話し掛ける。

 

「でも、少し不安でもある。あいつの母親の件もあるし、何処かに英雄派が──」

「その心配なら必要無い」

 

 聞き覚えがある声がし、一誠とアーシアは同時にその方を見るが、そこに彼らが知っている者は居なかった。

 

「ここだ」

 

 もう一度声がする。声の位置は正面。声を発していたのは二人の知らない男性であった。

 年齢は二十代か三十代ぐらいに見え、中肉中背の体型。兎に角説明するのが難しい凡庸な顔立ちに背丈。特徴が無さ過ぎて十人が見たら十人異なる説明になり、その説明を素にすると十通りの別人が生まれるだろう。それも男性を意識していたらの話。大抵の人はこの男性を見たら数十秒後には忘れ去っている。

 

「ええっと……もしかして、オンギョウキさん?」

「如何にも」

「人にも成れるんですね……」

「ただの変装だ」

 

 どこがただの変装だ、という言葉が喉から飛び出しかけるのを必死に押し込む。オンギョウキの身長は軽く見積っても二メートル以上はあった。それがどういう原理で日本人の平均身長サイズにまで押し込められるのが不思議でしょうがない。

 

「す、凄いです……! 忍者ってこんなことも出来るんですね!」

 

 オンギョウキの見事な変装にアーシアは目を輝かせて賞賛する。どう考えても忍者の技術の範囲を超えているが、アーシアの感動に水を差す訳にはいかない。

 

「あ、うん。凄いな忍者って。本当に凄い」

 

 アーシアに合わせて同意する一誠。一誠自身もそれで納得もとい己を誤魔化すことに決めた。深く考えたところで無駄である。

 

「オンギョウキさんが九重のことを護衛しているんですか?」

「ああ。他にも何人か潜んでいるが、ここまで近くで護衛しているのは私だけだ」

 

 楽しんでいる九重になるべく気付かれないようにする配慮。九重にこの観光案内を心の底から楽しんでほしいというオンギョウキたちの想いを感じる。

 オンギョウキは僅かの間、シンたちに説明をしている九重を見る。

 

「楽しそうですよね?」

「──そうだな。久方ぶりに見る御顔だ」

 

 感情を感じさせない声であったが、オンギョウキが安堵しているのが分かった。本当に純粋にこの案内を楽しんでくれて幸いであるとオンギョウキは思う。

 現時点の京都の妖怪のトップは九重であり、一誠たちはリアス・グレモリーという魔王の身内の眷属であるが、一介の悪魔に過ぎない。正直、格が違うと言っても良い。

 だが、謝罪というものは格の有る者がすることによって初めて強い効果を持つ。しかし、この観光案内も見方を変えれば九重が悪魔に媚びを売っている様にも捉えられる。そういうことを気にしてグチグチと陰で文句を言う輩も居れば、ヘラヘラとした態度で九重にもっと取り入る様に心の中で願う輩も居る。オンギョウキはそういった輩に対して何も言わないし何も行動はしない。ただし、誰が何を言ったかは正確に覚えている。

 そういった声が皆と楽しんでいる九重の耳に入らないように努めるのもオンギョウキにとっての役目であった。

 

「何をやっているのじゃ? 先へ行くぞ?」

 

 立ち止まっている一誠とアーシアに九重が声を掛ける。変装しているとはいえオンギョウキと一緒にいるのを見られるのを不味いと思った一誠たちは、慌てて言い訳を考えようとするが──

 

「イッセー! 観光中に二人っきりで抜け駆けなんて出来ると思うなよー!」

 

 松田が嫉妬混じりの野次を飛ばす。その野次に反応して一誠らがそちらに目を向ける。それは一瞬の出来事であった。

 

『あっ』

 

 再び視線をオンギョウキへ戻した二人は小さく驚きの声を洩らす。さっきまでそこに居たオンギョウキの姿形が無くなっている。視線に入る範囲から完全に消えており、オンギョウキがそこに居たという名残すら綺麗に消えていた。

 

「流石忍者……」

 

 オンギョウキの早業に感心する一誠に、もう一度九重の急かす声が届く。一誠たちはオンギョウキを見習い、何事も無かったかの様に合流した。

 

 

 ◇

 

 

「いやー、回った回った」

 

 九重の主導による嵐山観光も大体見て回り、松田は一息つく。色々と歩き回ったが疲労感は無い。それよりも満足感の方が上回っていた。

 そして、九重のオススメということで昼食に湯豆腐を皆で食べる。

 京都でしか食べられないその味に舌鼓を打っていると──

 

「あ、皆」

 

 ──近くの席で木場の班が同じく湯豆腐を食べていることに気付いた。

 

「おお、木場か。今日はお前の所も嵐山見て回るんだったな」

「うん。天龍寺は行って来たかい?」

「ああ。天井に見事な龍があったぜ」

 

 天龍寺の『雲龍図』を思い返す一誠。長い胴を持つ東洋のドラゴン。ドライグはそれを見て五大龍王の『玉龍』を思い出していた。ドライグやタンニーンなどの西洋のドラゴンは会ってきたが、いずれは東洋のドラゴンにも会うかもしれないと密かな期待を抱いた。

 

「間薙君も観光を楽しんでいるかい?」

「まあな」

「こいつ、何処行っても表情一つ変えないから本当かどうかすらも分からねぇ」

「ははは。間薙君らしいと言えばらしいね」

「言った通りに修学旅行を満喫してくれて、俺としては安心だ」

 

 三人の会話に入って来る声。シンたちが視線を動かした先には同じく湯豆腐を食べているアザゼルとロスヴァイセが居た。

 

「よお」

 

 手を上げて軽く挨拶するアザゼル。よく見るとテーブルの上に一升瓶と杯が置かれてある。昼間からアザゼルは酒を飲んでいた。

 

「先生も来てたんですか? っていうか教師が昼間っから酒は不味いでしょ!」

「そうです! もっと言ってください! 私も再三注意しているんですよ! 生徒の手前、そういう態度を見せるのは非常に教育に──」

「こんな程度じゃ酔わねぇし、ちゃんとアフターケアも万全。嵐山方面の調査した後でのちょっとした休憩だ。息抜きも必要だぜ?」

「そういう問題じゃないです!」

 

『禍の団』の調査をしていたと語るアザゼル。彼の言う通り、多少のアルコール程度では色々と鈍る様な体の作りにはなっていない。シンとしては、昨晩の疲れているアザゼルの姿を見ているので休める内に休んでおくことは否定しない。仮に世間一般的には不評を買う光景だろうと。

 ロスヴァイセがあれこれと注意するがアザゼルはのらりくらりと躱していく。年季の差が分かる攻防であり、ロスヴァイセがムキになるほどアザゼルも楽しんでいた。

 他愛のない雑談に花を咲かせる彼ら。本当にこの瞬間だけは学生らしく修学旅行を堪能していた。

 この瞬間までは──

 

「え……?」

 

 誰が出した声なのかは分からないが、少なくとも皆の心境を代弁した声であった。

 観光客で賑わっていた筈の店内から突然客の姿が消える。シンたちを残して。松田、元浜、桐生の姿も無い。木場が同行している班のメンバーも居ない。残されているのは裏側に関わる者たちのみ。

 

「な、何じゃ! 何が起こったというのじゃ!」

「アザゼル先生! これって……!」

「油断した覚えは無いんだがな……! どうやら相当な使い手が居るみたいだぜ?」

 

 アザゼルの表情には悔しさが滲み出ていた。

 隔絶された異空間。シンには心当たりがある。

 

「『絶霧』か……」

 

 シンが出したのは神滅具の名。つまりは近くに英雄派が潜んでおり、自分たちは襲撃されていることを意味する。

 

「俺たちだけ別空間に強制転移させたみたいだな。ご丁寧にさっきまでいた店内までトレースして再現してやがる。前兆を感じさせないなんてやりやがるな」

 

 一応褒めてはいるが、アザゼルの目は鋭いまま周囲を見回している。

 

「や、奴らが……母上を攫った者たちが来ているのじゃな……?」

 

 九重は不安そうに一誠の制服の端を掴む。怯えるのも無理は無い。実戦経験が殆ど無い九重にとっては、この空間自体が恐怖そのものである。

 

「その通り」

「お前っ!」

 

 いつの間にか一番離れた椅子に座る者が居た。アザゼルたちは初対面だが、シンはその人物を知っている。一誠が特に驚いていたのは、修学旅行初日で彼にぶつかったあの時の学生がまさに目の前の男だったからだ。薄々そんな気はしていたが、やはり英雄派の関係者であった。

 

「初めまして、アザゼル総督。君たちとはこの間振りだ、赤龍帝、人修羅」

「曹操……」

 

 


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