ハイスクールD³   作:K/K

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ゲスト登場回。


亜種、弦奏

「ふあああ」

 

 二条城を監視していたフウキは欠伸をする。顔自体に大穴が開いているので顔そのものを開いて欠伸している様に見えるかもしれない。

 

「暇だなぁ。敵もだんまりしていないでいっその事、二条城をド派手に爆破するぐらいしてみろや」

 

 不謹慎極まりないことを言い放つフウキ。

 

「確かに。それぐらいしてくれりゃあ、俺たちも退屈せずに済みそうだ」

 

 その不謹慎発言に同意するのはスイキ。彼は監視が目的だというのに片手に酒器を持っており堂々と飲酒をしている。

 

「喧シイ奴ラダ……ダガ、確カニ退屈ダ」

 

 キンキは喚く二人に文句を言いつつも、スイキの手から酒器をひったくって口に酒を注いでいる。

 アザゼル配下の堕天使、セラフォルー配下の悪魔は自分勝手に振る舞う三鬼に対して驚きと非難が混じった視線を向けていたが、三鬼の方はそんな視線に全く動じない上に態度も改めない。

 これに肩身の狭い思いをしているのが京都の妖怪たちである。自分たちの大将である八坂を救う為に堕天使と悪魔が協力してくれているというのに三鬼この態度、酔っ払ってここを宴会場か何かと勘違いしているのではないかとすら思えてしまう。

 妖怪たちが何か言いたそうな素振りを見せているが、三鬼はそれを知ってか知らずか場違いな品の無い笑い声を上げながら、三鬼以外の空気を冷やし尽していた。

 堕天使、悪魔らは自分たちの仕事をしていたが、『どうにかしろ』という圧を妖怪たちに飛ばす。

 出来ればそうしている、と妖怪たちは内心で思っていた。三鬼はこの場にいる妖怪たちの言う事を素直に聞く様な性格はしていない。言う事を聞かせるのならば九重かオンギョウキを連れて来なければならないが、両方とも現在不在である。

 戦力としては頼りになるが、それ以上に跳ねっ返りの三鬼の手綱を上手く握ることが出来ず、妖怪たちは板挟み状態であった。

 そんな中で救世主が現れる。

 

「君たちー、ここはそんなことをする場所じゃないよ☆」

 

 裏京都で待機している筈のセラフォルーが三鬼の前に現れる。彼女は着物や魔法少女の姿ではなく魔王としての正装に身を包んでいた。

 

「レ、レヴィアタン様……!」

 

 前触れもないセラフォルーの登場に悪魔たちはどよめく。堕天使、妖怪たちも同じ反応であった。

 

「おんやぁ? これはこれはレヴィアタン殿ではございませんか? 我々に何か御用で?」

 

 今気が付いた、と言わんばかりのわざとらしい態度。四大魔王の一人が目の前に現れても三鬼は微塵も臆しない。

 

「頑張る我らに労いで酌でもしに来ましたか?」

 

 フウキがおどけた態度で酒器をセラフォルーに向けて掲げる。声色だけで嫌らしい笑みを浮かべているのを連想させた。

 その態度に、三鬼を除いた周りのものたちが絶句する。無礼などという言葉を通り越して魔王に死を乞いている様にしか見えなかった。

 

「ふふふ。ダーメ☆」

 

 セラフォルーはただ微笑む。次の瞬間、フウキが持っていた酒器が凍結。超低温によって一気に凍て付かされた酒器は崩壊し、中身の酒と共に氷の塵となってフウキの手から消えてしまった。

 

「ほーう?」

 

 掲げていた酒器が一瞬よりも尚早く消滅したことで、僅かに氷の塵が残る手を興味深そうに眺めるフウキ。スイキは感心した様に口笛を鳴らし、キンキも赤眼を好奇で輝かせていた。

 セラフォルーを前にしてもふてぶてしい態度を崩さない三鬼。一方で悪魔、堕天使、妖怪らは心臓が止まる思いであった。

 何せセラフォルーが今どんな心情なのか一切分からない。怒気や殺気などの圧を全く外に出さず、魔力による威圧もせず、外から分かる情報はセラフォルーが微笑んでいるということだけ。完璧なまでに外部への情報を遮断させていた。

 

「──流石は魔王殿。空気の締め方というのを心得てらっしゃる」

 

 スイキはセラフォルーに対して尊大な態度を潜めて、幾分の敬意を込めた態度へ変わった。フウキ、キンキも同様に振る舞う。

 妖怪たちの煮え切らない態度──そんなことになっていたのは三鬼たちのせいだが──に嫌気が差していたが、かつて敵対関係にあった悪魔と堕天使の妙に慣れ合った空気も気色悪いと思っていた。

 三鬼としては、そんな生温い空気よりも、それこそ場合によって敵ごとこいつらも消してやる、というもっと殺伐とした空気が好みであった。

 場のつまらなさに思わず掻き回してやろうと思い、好き勝手横暴に振る舞ったが誰も何もしてこない。正直、呆れてしまい妖怪以外の外の連中もこの程度かと半ば失望していた所であった。

 そこに現れたのがセラフォルー。最初見た時の三鬼の印象は『顔は良い』ぐらいの認識であったが、先程の力の一端を見せられて印象は変わった。何せ、酒器が砕け散るまでセラフォルーの動きを全く把握出来なかったからだ。

 魔王の名を受け継ぐ者の実力を垣間見る。その気になれば自分たちを酒器の様に塵に変えることが可能であろうと三鬼たちは感じた。

 三鬼は暴力に等しい強さが好きだ。自分たちが向けるのも、向けられるのも、それを気ままに振るうのを好んでいる。

 平穏な世では受け入れられない存在であることは認識している。だが、変わるつもりは無い。その考え方のせいで平穏な世から更に弾かれることになろうともだ。

 力ある者に媚びる訳ではないが、三鬼自身もそれに及ばなくとも力ある者の立場。それを得るに至るまでのことを想像すれば敬意の一つも抱かずにはいられない。

 彼らの大将であるオンギョウキとまでは行かないが、それなりの態度で三鬼はセラフォルーに接する。

 

「うーん、一目で分かる困ったちゃんたちだね☆ でも、こういう時には君たちの様な子たちが必要なんだよねー☆」

 

 三鬼の扱い難さと有用さを瞬時に理解するセラフォルー。きちんとした戦力として扱うには自分が直々に指示を出す必要があると思った。

 

「それで? レヴィアタン殿は何故ここへ?」

「そうそう。裏京都で待機という話でしたが?」

「ソレニ、オ嬢様ト一緒ニ居ル筈デハ?」

「それなんだけど……」

 

 九重が八坂救出に行きたいということで独断で一誠たちと合流に向かってしまったと告げる。一応、護衛として密かにオンギョウキも付いていったと説明した。

 

「流石はおひい様。中々のお転婆ぶりだぜ」

「最近は塞ぎ込んでいたことが多いから、それぐらい好き勝手してくれた方が良いなー」

「ソレグライ元気ナ方ガ、コチラモ見テイテ安心スル」

 

 そのことについて特に気にする様子の無い三鬼。

 

「でも……九重ちゃんとオンギョウキさんと連絡が付かなくなっちゃったの」

 

 九重だけでなくアザゼルたちとの連絡も取れなくなってしまった。九重が合流していることはアザゼルから聞いていたが、その後に行方不明になってしまったのだ。護衛に付いていたオンギョウキとも連絡が付かなくなっているので巻き込まれた可能性が高い。

 

「ふーん。なら、大将らも何処かへ連れ去られたということか」

「うちらの大将攫うなんて、相手もやるじゃねぇか」

「相手ニトッテ不足ナシ」

 

 このことに関しても三鬼が動揺することは無かった。妖怪たちの姫、自分たち大将が英雄派に拉致されたかもしれないというのに薄情にしか映らない薄い反応。しかし、セラフォルーには違って見えた。

 

「君たち、オンギョウキさんのこと本当に信頼しているのね☆」

 

 彼らの薄情な態度は、オンギョウキに対する信頼故のものであるとセラフォルーは感じ取っていた。オンギョウキならば九重を無事に連れて帰って来るだろうという絶対的な強さへの信頼。

 

「おうよ。俺達の大将だからな」

 

 スイキはさも当然と言わんばかり頷く。

 

「その内、戻って来るだろー」

「ソウダナ」

 

 フウキ、キンキも無事に戻って来ることを信じて疑わない。

 

「君たちって、色んな意味で素直だよねー☆」

 

 何処へ行っても問題を起こすだろうし、彼らを扱うにはかなり手を焼くのが簡単に想像出来る。

 彼らの手綱を握る役目のオンギョウキが居ない以上、セラフォルーは自分が彼らに目を光らせておく必要があると思い、なるべく手の届く範囲に置いておこうと考えていた時、唐突にセラフォルーの視線が三鬼から外された。

 セラフォルーの視線が動くと同時に三鬼もまた同じ所へ視線を向けている。その手に得物を構えながら。

 黒い影が大きく地面に広がり、そこから這い出て来る黒い肌のモンスターたち。太い四肢を持ち二足歩行をしている。手足は均等に揃っているが、目鼻口などのパーツが目隠しして付けたのかと思える程バラバラに配置されており、目が口の下にあったり、鼻が口の真横にあるなど意図的に崩された絵画の様な顔になっていた。

 数はかなりのもので軽く見ても百は超えている。

 突然出現した謎のモンスターたちに、三鬼は愉し気に笑っていた。

 

「鬼相手に百鬼夜行かぁ? 随分と味な真似をしてくれるじゃねぇか」

 

 スイキがそんな冗談を飛ばした瞬間、モンスターの一体が口を開き、そこから一条の光が放たれる。

 

「ふん!」

 

 スイキがその光に向けて武器を突き出す。光線がそれに接触すると四方に飛び散り、飛び散った光は地面に触れると爆発を起こす。

 

「へっ。見た目の割には派手な攻撃をしてくれるじゃねぇか」

 

 光を防いでいたスイキの武器は赤熱化しており、それを握っているスイキの手からも白煙が上がっているが、本人は気にすることなく武器を握ったままであった。

 

「普通の光じゃねぇなー」

「一度見タコトガアル堕天使ノ光ニ似テイタ」

「似てる、じゃないよ。あれは天使や堕天使が使う光そのものだよ」

 

 セラフォルーは一目で相手の攻撃の分析を済ませていた。彼女が言う通り、黒いモンスターが放ったのは間違いなく光の攻撃。それが何故モンスターが行えるのか。

 セラフォルーの脳裏に一つの情報が浮かび上がる。

『禍の団』が各陣営に刺客を送り込んだ際に、団員だけでなく正体不明のモンスターが混じっていたという報告があった。それらは倒した後に跡形も無く消え去ったという。

 最初はそれが戦力不足を補う為に『禍の団』が人工的に創り出したキメラなどの異形の類だと思われていた。

 もしそれが各陣営のデータを収集するのが目的に送り込まれたものであるとしたら。そして、そんなモンスターを大量に創り出し、更には光の攻撃を付加させる。

 そんなことを可能にする神器をセラフォルーは一つ知っていた。

 神滅具『魔獣創造』。

 その所有者が英雄派のメンバーにいる可能性が高い。連絡が付かなく一誠たちもそれに襲われていることも考えられた。

 心配だが今は目の前のモンスターたちを退治することを優先とする。

 

「君たち! この辺り一帯には結界が張ってあるから思いっきり暴れていいよ!」

 

 セラフォルーの言葉に三鬼は意気揚々とそれぞれの得物を振り回す。

 

「じゃあお言葉に甘えて暴れるとするかぁ!」

「退屈な時間は終わりだ終わり!」

「三鬼ヲ相手ニシタコトヲ後悔サセテヤル!」

 

 なだれ込んで来るモンスターたちに三鬼は雄叫びを上げて突っ込んでいった。

 

 

 ◇

 

 

『絶霧』の領域外で時間稼ぎ為の対三勢力用のモンスター──アンチモンスターを解き放ったレオナルドは領域内でもそのアンチモンスターたちをシンに襲い掛からせていた。

 レオナルドは『魔獣創造』の力に目覚めてそこまで経っている訳ではない。また精神力も十分な成長を遂げていないので『魔獣創造』の力を完全に引き出していない成長段階にある。現時点で二百近い怪物を生み出しているが、それでも完全に覚醒した『魔獣創造』の能力を知る者がいれば『少ない』と思う事だろう。

 完全覚醒した『魔獣創造』ならば二条城よりも大きい怪獣を群れにして各陣営に放つことすら可能である。

 そういう意味では、まだ未熟な内に戦っているのは幸運と言える。だが、レオナルドもそれを自覚しており、自らの能力を過信していない上に驕ってもいない。

 レオナルドがシンに差し向けたアンチモンスターの数は百。上級の悪魔であっても塵すら残らないだろう。

 シンの頭部を嚙み砕く為に大口を開けて飛び掛かってくるアンチモンスター。その牙が届く前にシンの拳が下顎を突き上げて粉砕。その隙を狙って別のアンチモンスターが光線を発射する。シンが光の攻撃に対して耐性が低いことを調査済みであった。

 顎を粉砕したアンチモンスターの口に指を引っ掛け、その力だけで振り回して発射された光線への盾にする。

 光線が触れると爆発を引き起こすが、盾にしたアンチモンスター自体にも光への耐性があるのか体の一部が抉れるだけで済んでいた。

 シンはそのままアンチモンスターを掴んで突進。その間にも二発目の光線が放たれるが、それも盾にしているアンチモンスターで受け止める。

 二発連続で受け続けると流石に瀕死状態になっており、三発目には耐えられない状態にもなっていた。だが、三発目は受ける必要は無い。もう十分に距離を詰めることが出来た。

 盾のアンチモンスターの背に掌を押し当てる。掌に集束した力は蛍光色に輝き、光弾となって撃ち出された。

 光弾は盾のアンチモンスターを貫き、三発目の光線を発射しようとしていたアンチモンスターの顔面に命中。上顎から上を吹き飛ばしながら更に後方にいた別のアンチモンスターの頭部を三分の二に吹き飛ばす。

 体に人が通れそうな風穴を開けられたアンチモンスターを物の様に投げ放ち、別のアンチモンスターたちを巻き込んで転倒させると、シンはその間に接近して手を振り下ろす。五指先から放たれる線の様に圧縮された力によってアンチモンスターたちの体が一瞬でバラバラにされた。

 本の僅かな間に十近いアンチモンスターを倒したシン。しかし、周りにはまだ何十ものアンチモンスターたちが控えている。すると、シンは大きく息を吸い込んで肺を限界まで膨らますと、体内で吸い込んだ空気を変換して今度は一気に吐き出す。

 吐き出されるのは霧の息。魔力を含んだ霧が瞬時に広がっていき、シンの姿だけでなくアンチモンスターたちも覆っていく。

 視界を完全に閉ざされ、シンを見失ってしまうアンチモンスターたち。霧の外にいるレオナルドも中がどうなっているのか分からない程の濃霧であった。

 次の瞬間、白い霧の中で何かが叩き潰された音がした。

 音がすれば全員がその方向へ向き、アンチモンスターたちは光を一斉発射する。

 放たれた光が何かに命中して爆発を起こす。爆発の際に生じる爆風でも漂う霧が吹き飛ばされない。本来ならば派手な閃光が起こるが霧で覆い隠されている為、霧越しに微かに光った程度であった。

 攻撃の後、様子見をするアンチモンスターたち。霧の中で何かが落ちて転がる音がする。

 転がったものがアンチモンスターの一体の足先に当たって止まる。そのアンチモンスターが視線を下ろすと、下から見上げる自分と似た顔をした別のアンチモンスターの首が見上げていた。

 驚くことは無かったが、近くにシンがいるかもしれないと思い警戒を強めるアンチモンスター。その直後、頭上から降ってきた魔槍によって体を貫かれる。

 魔槍によって貫かれたアンチモンスターは一体では済まなかった。十数体のアンチモンスターが霧で遮られた視界によって避ける暇も無く魔槍によって串刺しにされていく。

 正確性の乏しい攻撃ではあるが一度に放つ数は多く、またアンチモンスターたちの数も多いので放てば面白いぐらいに当たる。

 次々と標本の様に突き立てられていくアンチモンスター。しかし、見た目は生物であっても中身は神滅具で生み出された疑似生命体。恐怖で臆する、足を止めるという精神性は無く魔槍が降り注ぐ中でシンを探して駆け巡る。

 不明瞭な視界の中で数に物を言わせてシンを探し続けるアンチモンスターたち。その最中でも数は減っていく。だが、その甲斐あってアンチモンスターの一体が霧の中で移動するシンの姿を捉えた。

 その情報はすぐに近くのアンチモンスターへ飛んで行く。『魔獣創造』によって生み出されたモノ同士であるのもあって互いの存在を感知でき、尚且つ情報を直接相手に送ることも出来る。

 目撃情報を受け取ったアンチモンスターは、その情報に従いすぐに手を伸ばす。その手は移動していたシンの腕を掴み取った。

 シンを捕らえたという情報はすぐに他のアンチモンスターたちに伝播され、彼を八つ裂きにする為に集まっていく。

 霧の中で浮かび上がる多くの影。それが捕まえられているシンを取り囲み、今まさに襲い掛かろうとする瞬間であった。

 シンの体表に青白い電気が起こり、体から『放電』が起こる。地上にて雷鳴を彷彿とさせる音が響き渡ると同時にシンを掴んでいたアンチモンスターや囲んでいる他のアンチモンスターたちに電気が流れ込んでいく。

 体を仰け反らせながら激しく痙攣するアンチモンスターたち。やがて、体から煙が上がり、その立ち昇る煙の数がすぐに増えて行く。そして、一定の数に達すると同時に発火し、アンチモンスターたちは嘔吐する様に口から炎を零す。

 捕らえたつもりが、まんまと誘き寄せられる形となった。何処まで意図した動きかはアンチモンスターたちが知る由も無いが、少なくともこの様な状況になったとしてもシンにはそれを脱する手札があることを見せつけた。

 シンの出した霧の外で待機しているレオナルドは、創造したアンチモンスターが減って行くのが分かっていた。それもかなりの速度で減少している。

 先に述べた通り、アンチモンスター百体ならば上級悪魔なら跡形も残らない。つまり──

 霧が晴れる。そこに立っているのはシン一人。

 ──彼が上級悪魔以上であることをレオナルドが図らずも証明してしまった。

 互いに感情を見せない表情のまま目を合わせる。視線を合わせて初めて相手の感情に気付くこともある。

 レオナルドはシンの目にただ純粋な敵意を感じた。

 シンはレオナルドの目から明確な殺意を感じた。同時に強い使命感の様なものも感じ取った。

 シンの右足が跳ねる様に上がり、左足を軸にして振り抜かれる。細く伸びる光。無数の光芒は突き進む大気によって研がれて魔槍と化し、全槍がレオナルドを狙う。

 レオナルドの影から出現するアンチモンスター。それが壁となって魔槍からレオナルドを守る。

 次々と貫かれて消滅していくアンチモンスターたちだが、消滅した端から補充されていきアンチモンスターの壁が薄まることは無い。

 シンは引き裂く様に制服の上着を脱ぎ棄てる。その体には手の紋様と同じ紋様が浮かんで発光しており、全ての紋様が繋がっている。

 体を屈めることで全身が紋様とは異なる光を発し、その輝きが最大に達すると光条となり、広がる無数の光の道筋が武器となって放たれた。

 二重の攻撃を防ぎ切れないと即座に判断したレオナルドは、先に受けた攻撃のデータを基にしてシンの魔力に抵抗を持つアンチモンスターを『魔獣創造』によって創り出す。

 見た目は先のアンチモンスターらと変わらないが、光の凶器を受けたアンチモンスターの体は一度目は貫かれることなく耐え、二度目の攻撃によって貫通された。

 シンの攻撃によって受けるダメージを三分の二程度まで抑えることに成功する。本当ならば無傷で済ませるのが一番だが、時間が足りないので出来なかった。それでもほんの一瞬で僅かでも抵抗を持つアンチモンスターを創造するのは脅威でしかない。

 魔槍と光の重撃をアンチモンスターたちの犠牲の壁で受け止めて行くレオナルド。その時、偶然にもアンチモンスターたちの隙間をくぐり抜けた光がレオナルドの側頭部を掠めていく。

 頭髪が何本か千切れ、僅かに血が流れるがレオナルドの表情は全く変化しない。その僅かな傷がこの重撃による成果であった。

 

(どうしたものか……)

 

 子供相手に戦うのは気が引ける──とは全く思わないが流石に命を奪うことには少々抵抗を覚えるので、戦いの中で手足の一本もダメにすれば決着がつくと思っていたが攻撃が届きすらしない。

 数で攻めて来るのは厄介だが、一体ごとの力はそれ程でもないので苦戦はしない。しかし、どう見てもまだ本気を出している様子では無いので楽観視は出来ない状態であった。

 そしてそれは、レオナルドの方も同じであった。容易く倒せる相手とは微塵も思っていなかったが、戦ってみて理解出来ることがある。

 シンという魔人の底がまだ見えない。人修羅という最も若い魔人であり未熟であることは知っていたが、それでも魔人と呼ばれることはあり勝利へのビジョンが未だに見えない。

 だからこそ、レオナルドはここで人修羅を屠る必要があることを再認識した。

 この強さはいずれ彼女へ届く。レオナルドにとって最愛の存在であるマザーハーロットに。

 人修羅を一目見た時からレオナルドは危機感を覚えていた。この十番目の魔人がマザーハーロットに害を及ぼす危険を幼い直感で感じ取っていた。だからこそ、普段は何も主張しないレオナルドがあの場でシンを名指ししたのだ。

 レオナルドにとってマザーハーロットは、その名の通り母に等しい存在である。認めらず、受け入れられなかった者たち全てを抱擁する最後の母。毒婦、大淫婦と誹られていようとそんなことは彼女に抱き締められた者たちには関係無い。

 曹操が魔人であるだいそうじょうに気を許しているのと同じく、レオナルドはマザーハーロットを敬愛──否、信仰していた。

 このまま人修羅を放置し続けていれば、いずれその魔手はマザーハーロットへ届く。その前にここで息の根を止める。

 だが、この段階のレオナルドでは人修羅を倒すことは叶わない。しかし、それでも時と場合によっては例外も存在する。

 レオナルドは曹操の言葉の意味をこの時になって理解した。倒すべき相手が目の前に居ることで心の内に想いの力が溢れ出てくる。

 今ならば可能な気がした。段階に至っていないのであれば、この瞬間に自らをその位まで押し上げる。

 シンの攻撃を阻んでいたアンチモンスターたちが一斉に崩れ出し、黒い液体に成った後に消滅する。

 何か良からぬことが起きるのが嫌でも分かる。無表情のレオナルドの目からは今までに無い強い意思の輝きが放たれていた。

 シンが妨害する間も無くレオナルドはその言葉を発する。

 

禁手、化(バランス、ブレイク)……!」

 

 

 ◇

 

 

 サングラスの男が放つ気配は不思議なものであった。一誠と戦うことに戦意を昂らせている一方で明確な恐れも抱いている。

 一誠はその態度に既視感を覚えた。何処かで見た様な気がしたのだ。

 

「──あっ」

 

 小さく声を上げてしまった。サングラスの男に一誠が覚えた既視感の正体は、嘗ての自分の姿であった。

『赤龍帝の籠手』を発動させて間もなく、体も鍛えていないヒョロヒョロでまだ自分に自信を持てなかった頃の自分に重なる。

 何となくサングラスの男の心情が分かる。今の彼はダメだった頃の自分から脱却しようと足掻いている最中なのだ。だからこそ、この戦いは苦しいものになることが分かる。

 出し惜しみなどしていられない。すればそこに付け込まれて負ける。

 

(最初から全開で行く!)

 

 一誠は籠手を出現させ、禁手までのカウントダウンを開始する。その間、九重を守りながら戦わないといけない。

 すると、サングラスの男が口の端を震わす。本人としては笑っているつもりなのかもしれないが、上手く笑うことが出来ずに引き攣った様に見える。

 

「禁手を始めたな?」

 

 言い当てられて一誠は内心ドキリとしたが、サングラスの男は言うだけで攻撃を仕掛けて来ない。

 

「俺もまだ成って間もないから時間が掛かるんだ……。安心しろよ、赤龍帝。何もしないさ。今は、な」

 

 サングラスの男から重圧が放たれる。すると、周囲にある柱や自動販売機、ベンチの下などありとあらゆる場所にある影がサングラスの男へ地面を這って伸びて行く。

 この重圧。そして、この現象。サングラスの男がしようとしていることは一つしかない。

 集まる影がサングラスの男の男を包み込んだ時、籠手のカウントダウンがゼロとなる。そして、二人は偶然にも声を揃えてその言葉を言い放つ。

 

『禁手化……!』

 

 一誠の体から赤色の光が発せられ、サングラスの男は包み込んでいた影が飛沫の様に飛び散る。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!』

 

『赤龍帝の鎧』を纏った一誠と対峙するのは、こちらもまた影で作られた全身鎧。

 頭から足先まで余すところ影が覆い尽くしており、サングラスの男の体型に合わせて密着しているので全身鎧でも細身に見える。影は常に生物の様に蠢いており、流動していた。

 

「この禁手、あんたの禁手をイメージしたもんなんだぜ? あんたに負けた時、恐怖と同時に羨望も抱いた。あんな鎧が俺も欲しい! あんな強さが欲しい! ってな」

 

 サングラスの男は禁手となった自分を見る。改めて自分がこの段階に至れたことに感動を覚えていた。そして、その感動は自信へと繋がり、自信は神器に力を与えてくれる。

 

「そして手に入れたんだ! この力を! 感謝してるぞ、赤龍帝! あの敗北が俺を変えてくれた! さあ、赤龍帝、あの時の反撃をさせてもらうぞ! 『闇夜の大盾』の禁手状態、『闇夜の獣皮』で!」

 

 サングラスの男が叫ぶと流動していた影が隆起して毛を逆立たせている様な見た目になる。獣皮の名に相応しい姿であった。

 

『相棒。同じ禁手でもこっちの方が格上なのは間違いない。だが、油断はするなよ? 相性次第では苦戦を強いられる。最悪の場合、負けることだってあるぞ?』

(分かっているよ)

 

 頭の中のドライグが警告してくれたが、一誠は相手を舐めるつもりも無いし自身も油断するつもりも無い。確かに今の一誠には自信があった。コカビエル、ヴァーリ、ロキという面々と戦って生き抜いてきたことで得た自信と友人でありライバルでもある木場とシンと日頃行ってきた練習による自信。

 アーシアが傍にいないのでプロモーションを使用することが出来ないが、それが返って程よい緊張感を一誠に与えてくれる。

 

(まずは動け! じゃないと相手の禁手も分からない!)

 

 禁手になったことで何かしらの能力が増えていると予想した一誠は、牽制として背部から魔力を噴射させ、急接近すると共に左拳をサングラスの男の顔面へ突き出す。

 左拳はサングラスの男の顔にめり込む──どころかそのまま突き抜けてしまった。手応えを想像していた一誠は驚き、そのまま突っ込んでしまうが一誠の体は何事もなかったかのようにサングラスの男の体を通過してしまった。

 当たった感触が一切無い。まるで煙を通ったかの様な気分になる。

 噴射孔の向きを変え、急旋回して再び突撃する一誠。だが、その結果は同じ。全身で空を切り裂く感触だけが残った。

 

(物理攻撃は無効かよ!)

 

 これにより直接攻撃が主体の一誠は一気に攻撃手段を制限される。

 元の位置に戻り、九重を守る様に前に立つと残された限りある攻撃手段であるドラゴンショットを繰り出す。

 片手から野球ボール程の大きさの魔力の塊が放たれる。サングラスの男はそれを見ても避ける素振りを全く見せない。この段階で一誠は嫌な予感を覚えた。

 ドラゴンショットがサングラスの男の体に触れる。通常ならば凝縮された魔力が一気に広がるが、それが起こることなくドラゴンショットはサングラスの男の体の中に沈み込んで消えた。

 

「あっ」

 

 自分の失敗に今更ながら気付き、その迂闊さに思わず言葉を零してしまう。すっかり頭から抜け落ちていた。この男の神器の元々の能力は──

 一誠は九重を抱えて今いる場所から移動する。いきなり抱き抱えられた九重は何が何やら分からず驚きで固まってしまっている。

『闇夜の大盾』は影に取り込んだものを別の影から出すことが出来る。様々な影に囲まれている状況では何処から取り込まれたドラゴンショットが撃ち返されるのか分からないのでなるべく影の少ない場所へ移動しようとしていた。

 

「無駄だ」

 

 その考えを見透かして嘲笑すると、一誠の足元からドラゴンショットが飛び出した。よりにもよって一誠の影を出口にしたのだ。

 

「おおおおっ!」

 

 一誠は咄嗟に手を出し、飛んで来たドラゴンショットを掴む。接触と同時にドラゴンショットの圧縮された魔力が解放される刹那──

 

『Divide』

 

『白龍皇の籠手』を連続して発動。ドラゴンショットの魔力は数度半減されたことで白くなった右手に握り潰される。

 

「あ、ぶねぇ……」

 

 様子見を兼ねてドラゴンショットの威力を調整しておいて正解であった。あれ以上の魔力を込めていたら『白龍皇の籠手』の力でも消し切れなかった。鎧を纏っている一誠なら問題は無いが、傍には九重が居る。守ると言った九重が一誠の魔力によって傷付いてもしたら笑い話にもならない。

 

「やるなぁ! 赤龍帝! 一々カッコ良くて腹が立ってくるぜ! だからこそ超える価値があるんだがなっ!」

 

 サングラスの男が勢い良く地面を踏み付ける。この空間内にある、ありとあらゆる影が波打ち出し、触手の様に一誠たちへ伸びて行く。

 一誠たちの近くまで影が伸びると、地面から捲れ上がり、鋭い切っ先を作って一誠を斬り付けに来た。

 それを腕で防ぐ。『赤龍帝の鎧』の硬さの方が影の刃を上回っており刃を通さない。反対に刃に拳を打ち込んでへし折ってみせる。

 折れた影は霧散して元の影へと戻った。実体化させられた影は一定以上のダメージで元に戻るらしい。

 別の影から槍の様に形を変えて貫こうとしてくる。そして、一誠を逃がすまいと足に絡み付いてくる影もあった。

 

「うらぁ!」

 

 一誠は避けることをせずに槍の影を胸で受け止めた後、足元目掛けて腕を振り小さな魔力の塊を投げ放つ。その魔力によって拘束していた影を吹き飛ばし、足が自由になると槍の影を全て蹴り砕いてしまう。

 

「頑丈な鎧だな。俺の影が一切通らないとは。けど、そちらの攻撃もこっちには通らないのは同じだ。折角だから持久戦でもしてみるか? そうなると勝っても負けても俺達にとっては都合が良いが!」

 

 サングラスの男がわざと挑発しているのは一誠は分かっていた。持久戦になった時点で一誠は大きく不利になる。禁手の時間は限られているし、消耗すれば維持する時間も減る。そして、勝ってもその後には曹操たちとの戦いも控えている。禁手無しでは勝てる相手には思えない。

 そこまで冷静に考えることは出来るが、考えれば考える程に焦りを覚えてしまう。離れ離れになった仲間たちのことが一番気になる。

 戦闘能力が高いシン、木場、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセは心配要らないが、自衛手段が乏しいアーシアのことを思うと余計に焦りが加速する。ましてや、アーシアは稀少な治癒の神器を所持している。英雄派にとっては色々な意味で見過ごすことが出来ない存在。

 一誠の内心を知ってか知らずかサングラスの男は言葉を重ねてくる。

 

「どうした? 焦っているのか? 天下に名高い天龍様がそんなのでどうした? 俺が羨望した赤龍帝は俺程度の言葉で動揺するのか? 失望させないでくれよ!」

 

 挑発なのかもしれないが、幾分か本音も混じっている様にも聞こえる。敵でありながらもこうであって欲しい、こう振る舞って欲しいという心境が洩れている。恐怖と憧れが入り混じった複雑な想いを抱いているサングラスの男。しかし、その複雑さが神器に強い影響を与えているのも事実であった。

 サングラスの男が指揮者の様に両腕を上げると周囲の影が一誠へ伸びて行く。

 効かないと分かっていても同じ事を繰り返すのに、何か意図があるのかと思いつつ迫って来るそれらを弾く一誠。

 一誠の気が影に向けられた一瞬の隙にサングラスの男が急接近してくる。

 反応が遅れてしまった一誠に対し、サングラスの男が影を纏った掌を突き出してきた。

 一誠の顔に掌の影が掛かる。触れることが出来ないので、一誠はすぐに九重を抱えて後ろに下がる。サングラスの男はそれ以上追撃してくることはしなかった。

 

「何度も何度も急に動いてごめんな」

「いや、私のことは気にせずに──」

 

 九重が言葉はそこで途切れる。

 

「どうした?」

「せ、赤龍帝、顔が……」

 

 九重に言われて兜に触れる一誠。その指先が僅かな段差を感じ取る。一誠の視点からは分からなかったが、一誠の兜は掌の形に浅く削られていた。

 

「何だこりゃあ……!」

 

 攻撃された記憶など無い一誠は戸惑うが、サングラスの男が直前にやった行動を思い出す。

 サングラスの男は一誠の顔に掌で影を作った。

 

「やっぱり頑丈だな、その鎧は。その程度しか削り取れないとは」

 

 サングラスの男は『赤龍帝の鎧』の硬さに舌を巻く。行ったことが単純な攻撃ではないので当人の驚きは一誠よりも大きい。

 

(な、何が起きたんだ? 分かるか、ドライグ?)

『やったことは影を使った転送の応用だ。自分で作った影に覆われた部分を無理矢理別の影に移動させて俺達の鎧を削いだんだ。気を付けろ。この鎧だからこそ削がれた程度で済んだが、顔を晒していたら影に全て持っていかれていたぞ』

 

 自分の顔が掌の形に穴が開く光景を思い浮かべ、一誠は兜の下で顔色を悪くする。

 思いも寄らない攻撃を仕掛けてきたサングラスの男。元より持久戦に付き合うつもりは無いが、先程の攻撃のせいでますます早く倒す必要が出て来た。

 今は浅く削られる程度だが、削り続ければいずれは生身に辿り着く。そうなったら今度は肉体を削り取られる羽目になる。

 物理も効かず、魔力も利用されてしまう状況でどう仕掛けるべきか一誠が知恵を絞っていた時のことであった──

 

「あ?」

『ん?』

 

 耳に入って来るとある音色。その音を認識すると同時に一誠は戦いを忘れて棒立ちになってしまった。敵を前に無防備を晒すがドライグはそれを咎めない。何故なら内に宿るドライグもまた一誠と同じ状態であった。

 その音色をどう表現すべきか。一音一音が脳を震わす度に味わったことのない幸福感と陶酔感を覚えてしまう。戦うことなど馬鹿らしく感じ、ただこの音色を聞く為だけの存在に成り下がってしまう。

 自然と瞼が落ち、音色に身を委ねて夢の中へ──

 

 起 き な さ い ! 

 

「うわっ!」

『うおっ!』

 

 神器を通じて脳内に響き渡るは歴代赤龍帝であるエルシャの声。その一喝によって一誠とドライグは正気に戻る。

 

「な、何が起きた?」

 

 全身から冷や汗が滲み出て来た。自分のことだというのに、さっきまでやっていたことが信じられなかった。

 戦いの最中に戦いを放棄し、あろうことか寝てしまいそうになるなど異常としか思えない。

 

「大丈夫か? 九──」

 

 九重は一誠にもたれ掛かって寝息を立てている。一誠と全く同じことが起きていた。今度はサングラスの男の方を見る。サングラスの男もまた壁に寄りかかって眠っていた。

 

「何だこりゃあ……何が起こって」

 

 再びあの音色が聞こえて来る。だが、今度は音を聞いた途端、全身に寒気が起こる。

 それは一誠が嘗てとある存在から感じたものと一緒であった。

 

「まさか……!」

 

 

 ◇

 

 

『禁手化』。レオナルドがその一言を発した瞬間、見えざる圧が場を支配する。とても子供が放つものではない。

 そして、同時に全身の体温を奪い尽す様な冷たく、恐ろしい気配。

 シンはその気配に似たものを経験から知っていた。しかし、それは信じ難い事実であり本来ならばあり得ない事である。

 レオナルドの傍の地面に黒く渦巻く穴が出現する。そこからある音が聞こえて来る。

 奏でられるのはヴァイオリンの音。音楽への知識が乏しいシンですらその音色に一瞬心奪われてしまう程の至上のもの。

 感動するというよりも音が直接心に突き立てられているかの様に呆然とさせられる。

 我を忘れてヴァイオリンの音に聞き入ってしまったことに気付き、急いでレオナルドへ意識を向けるシン。

 レオナルドの隣に、既にそれが居た。

 上はピンクを主とした袖の短い服。下はピンクと白の縞のズボン、こちらも丈が短い。袖と裾は南瓜の様に膨らませた作りになっており、ヨーロッパの貴族の衣装を連想させる。

 その袖と裾から伸びるのは白骨の手足。足には衣装に合わせた色の靴を履き、手には白い手袋を着けていた。

 白い手袋が握り、構えるのはヴァイオリンと弓。ヴァイオリンの弦を弓が摩擦する度に鳴り響く歓喜を呼び起こす音色。

 だが、それを奏でるのは紛れもなく魔人であった。

 肉と頭髪を全て削ぎ落した頭蓋骨は、頭部にピンクの帽子を斜めにして被り、ヴァイオリンを弾くのに合わせて帽子中央に付けられた飾りの鳥の羽根が揺れ動く。

 レオナルドの神滅具がこの場に魔人を創造してみせる。

 レオナルド自身は、禁手がこの様な形になるとは思っていなかった。だが、納得はしている。

 彼が禁手を発動する時に思い描いたイメージは『死』であった。マザーハーロットに傍に居れば嫌でも覚えてしまう死のイメージ。それを『魔獣創造』に叩き付けた結果、この魔人が創造された。

 魔人と接触し続けた者が生み出した魔人。何の因果でヴァイオリンを奏でるこの姿になったのかはレオナルドにも分からない。見えざる力が働いたとしか言えない。

 これが魔人であって魔人ではないことは分かる。レオナルドの知っている魔人と違って、この魔人には心が無い。しかし、シンという魔人に死を齎すにはこれ程合った存在はいないだろう。

 魔人はヴァイオリンを奏で続ける。聞く者を惑乱させ陶酔させ、やがて死への舞踏を舞わせる為に。

 これがレオナルドの『魔獣創造』が禁手亜種によって創造したシンへのアンチモンスター。

 

弦奏魔人(デイビット)

 




という訳で禁手の亜種という形で出してみました。あくまで神滅具で創り出した本物っぽい偽者です。

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