ハイスクールD³   作:K/K

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なるべく原作とは違う決着にしようと考えた結果、こんな感じになりました。


心折、壊可

 巨人と共に登場という鮮烈な参戦を果たしたルフェイであったが、当の本人は不安そうに辺りをキョロキョロと落ち着きなく見ていた。

 京都の妖怪らは未知なる少女と巨人の登場に戦々恐々としており、助けられたことへの礼も言えない状況であった。

 

「大丈夫よ。この子たちは味方だから。貴方たちは安全な場所へ避難して」

 

 セラフォルーに指示され、助かったと言わんばかりの表情で凄まじい速度で一礼した後に一目散に走り去ってしまった。

 

「あのー……やっぱり遅刻でしたか?」

 

 アザゼルだけでなく一誠たちの姿も発見出来なかったルフェイは、普段は溌剌している表情を曇らせている。

 

「大丈夫大丈夫。こっちの予定がちょーっと狂っただけだから。貴女のせいじゃないわ☆」

 

 ルフェイの不安を打ち消す様なセラフォルーの輝きに満ちた笑顔。

 

「そうなんですか? あの、アザゼル様やおっぱいドラゴンさん達は何処に?」

「それがね、連絡が取れなくなっちゃったの。多分、ここに来る前にアザゼルちゃん達は敵に連れてかれたかも」

「きっとゲオルク様の仕業ですね。『絶霧』なら多人数を拉致するのにピッタリですから!」

 

 それについてはセラフォルーも同意見であった。

 

「あ、そうなると私がここで合流するのは不味かったですか?」

 

 セラフォルーもアザゼルから事前にルフェイが助っ人として来ることは聞かされていた。真っ先に事情を知っているセラフォルーが合流出来たのは不幸中の幸いと言える。

 今は味方とはいえ彼女もまた『禍の団』に籍を置く者。何かの拍子で彼女がそれを洩らせばややこしい事態になり兼ねない。ただでさえ、その事態を防ぐ為にルフェイのことは最小限にしか報せていないので尚更である。

 

「大丈夫☆ 誤解が起きない様に私がきちんと説明しておくから☆」

「そうですか! よかったー……私、安心しました! そして光栄です! 『マジカル☆レヴィアたん』のレヴィアタン様にお会い出来て!」

「私の番組見てくれているんだー☆ ありがとー☆」

 

 興奮するルフェイにセラフォルーは手を振ってファンサービスをする。一瞬だけ空気が緩んだ様に感じられたがそれは表向きのこと。セラフォルーは微塵も気を抜いていない。番組を見ている、という発言は素直に喜んでいるが。

 

「そのゴーレム……? は貴女の使い魔なの?」

「ゴッくんは私の使い魔じゃなくて、私たちのチームメイトです。パワーキャラ担当なんですよ」

「ゴッくん?」

「はい。ゴグマゴグだからゴッくんです」

 

 ゴグマゴグ。その名はセラフォルーにも聞き覚えがあった。

 次元の狭間に於いて稀に機能停止状態で漂っている古の神が量産した破壊兵器──と言われているものらしい。

 見た目通りの破壊力を秘めた存在だが、それに見合った問題点も多々あったらしく、それが原因で機能停止にさせられ次元の狭間に廃棄されたのではないかと推測されていた。

 

「動いている機体が存在するなんて……」

 

 そう。今まで発見されたゴグマゴグは全機が完全に機能停止させられており、再起動も出来ない状態であった。

 アザゼルがここに居たら目を子供の様に輝かせることだろう。神が創った古代兵器、という言葉など完全にアザゼルの探究心へ突き刺さる。

 

「ヴァーリ様が発見したんですよ。オーフィス様が次元の狭間で動きそうな巨人を感知していたのを知っていたので、後日改めて探索したら見つけたんです!」

 

 次元の狭間にはグレートレッドだけでなくゴグマゴグなどの扱いが難しくなったものを度々処分目的で送り込まれることがあった。グレートレッドは次元の狭間を好きに泳ぐだけで実害は無いが、こういったモノらは時折トラブルの原因になることもある。

 セラフォルーとしてもヴァーリのチームの中に伝説的な巨人が存在するのは初めて知った情報であり、この先のトラブルの種になりそうだと思った。

 

「でもでも! それだけじゃなくて! ゴッくんよりももっと珍しい子が──」

 

 ゴォォォォォォッ! 

 

 巨人が雄叫びを上げて何かを言い掛けていたルフェイの声を遮る。

 

「どうしたの? ゴッくん? もしかして感知したの?」

 

 ルフェイはゴグマゴグの雄叫びの意味を理解し、ゴグマゴグの好きにさせる。

 セラフォルーが見ている前でゴグマゴグは地響きを起こしながら移動し出し、敵も建物も無い所で立ち止まる。

 

「ここ? ここなのゴッくん?」

 

 ルフェイの言葉に応じる様にもう一度雄叫びを上げると、ゴグマゴグは徐に拳を振り上げ、何も無い場所へ放つ。

 空を切る筈の拳であったが、突如として手から肘に掛けての部分が消失する。失ったののではなく不可視の何かに腕を突っ込んで見えなくなっていた。

 

「やっぱりゲオルク様の結界だ!」

 

 ルフェイが確信すると、ゴグマゴグは腕を引き抜く。腕を抜き切るとそこに空間に穴が生じており、その向こう側に別の景色が広がっている。

 ゲオルクの結界を外側から破壊したゴグマゴグ。だが、結界には自己修復機能が備わっているらしく穴が段々と小さくなっていく。

 

「ゴッくん!」

 

 ゴグマゴグはその穴に両手の指を捻じ込み、左右に広げて結界の修復を妨害する。

 そのまま穴を広げようとしているが、結界の修復速度は思いの外早く、また『絶霧』によって創られた結界なだけあって強度も強い。

 ゴグマゴグの怪力を以てしても穴が閉じない様にするのが限界であった。

 

「流石はゲオルク様の結界ですね……ゴッくんのパワーでも開けないなんて」

 

 ルフェイが難しい顔をして悩む仕草を見せる。結界の穴は子供が辛うじて通れる程の大きさであり、これ以上大きく広げられず手詰まりになってしまう。

 その時、ルフェイの懐から音楽が鳴り出す。携帯電話の着信音。因みに着信音は『おっぱいドラゴンの歌』であった。

 

「はい! もしもし!」

 

 ルフェイが電話に出る。魔法使いの格好をしているルフェイに携帯電話はアンバランスであったが、二条城周辺は結界の影響で魔術による通信や念話が妨害されており、手軽な連絡手段が携帯電話しかないので仕方が無いという事情がある。

 

「ヴァーリ様! ナイスタイミングです!」

 

 電話を掛けて来たのがヴァーリと知り、セラフォルーは自然と緊張を帯びる。何かルフェイに指示を出す為に掛けてきたのか、それとも別の目的か。育ての親であるアザゼルとは違ってセラフォルーにはヴァーリの思考が読めない。

 

「実はですね──」

 

 そんなセラフォルーの心情などお構いなしにルフェイは現状をヴァーリに報告する。

 少しの間ルフェイとヴァーリが言葉を交わす。その後にルフェイは携帯電話を操作し出した。

 

『聞こえるかな? セラフォルー・レヴィアタン? ヴァーリ・ルシファーだ』

 

 外部スピーカーに切り替えられ、ヴァーリの声がセラフォルーへ届く。

 

「聞こえているわ☆ 何か手助けでもしれくれるのかしら?」

『ああ、その通りだ。俺も曹操にはちょっかいを掛けられているからな』

 

 あっさりと認め、ヴァーリはルフェイに声を掛ける。

 

『少し体を借りるぞ、ルフェイ』

「はい! どうぞー!」

 

 すると、ルフェイの背部から翼の様に白い光が噴き出す。

 

『Divide!』

 

 セラフォルーは我が目と耳を疑う。『白龍皇の光翼』が発動する半減の音声が電話越しに発せられたかと思えば、ゴグマゴグが結界の穴を広げ始めたのだ。

 

『どうだ?』

「はい! バッチリです!」

 

 ルフェイの背から白い光翼が消える。

 

「嘘……」

 

 セラフォルーは啞然とさせられる。ゴグマゴグが結界を広げ出したということは、結界の力が弱まっているということ。つまり半減の効果が発揮されているということである。

 他者を媒体とした遠距離での白龍皇の力の行使。前例のない白龍皇の能力にセラフォルーは驚き、そして当代の白龍皇であるヴァーリの才に戦慄する。

 この能力は一誠の『赤龍帝からの贈り物』を参考にしてヴァーリが編み出したものである。実践してみせた様に半減の能力を他者を中継点として使用させるというシンプルなもの。その気になれば地球の反対側に居ようとも発動出来る。

 ただし、能力を使用するには発動者となるヴァーリと中継点となる人物が互いに了承していることが条件である。また、半減した力は媒体者にもヴァーリにも吸収されないというデメリットもある。

 そもそもヴァーリ自身が前線で戦うことを好むバトルマニアであるため、今回の様な手を離せない状況でない限りは使用しないという使用者の性格と能力が噛み合っていないという問題があった。

 尤も、それはヴァーリとその仲間たちしか知らないことであり、見ている者にとってはヴァーリの底知れない戦いの才をまざまざと見せつけられていることとなる。

 

「じゃあ、行ってきまーす!」

 

 ルフェイが開いた穴から結界の中へ入ろうとする。

 

「えっ! ちょっと待って! その子、置いていってもいいの?」

 

 結界の穴にはどう見てもゴグマゴグは通れない。

 

「大丈夫です! まだアーくんが居ますから! レヴィアタン様! ゴッくんを任せますね! ゴッくん! レヴィアタン様の言う事をちゃんと聞いてね?」

 

 ルフェイが頼むとゴグマゴグは了承したかの様に短く鳴く。

 

「それではまた後で!」

 

 今度は呼び止めることは出来ず、ルフェイは穴を通って結界の向こう側へ行ってしまった。

 

「アーくんって誰なの……?」

 

 アーくんという謎の名とゴグマゴグを残して行ってしまったルフェイにセラフォルーは途方に暮れた様に小さく零す。

 ゴグマゴグは結界の穴から手を離す。穴は修復され、これでルフェイは戻って来られなくなった。

 

「えーっと……」

 

 セラフォルーがゴグマゴグを見上げる。ゴグマゴグはセラフォルーを見下ろしていた。ゴグマゴグの無機質な双眼はセラフォルーの指示を待っている。

 取り敢えず周囲のアンチモンスターの排除をお願いしようかと思った時、トラブルの方がこちらへやって来る。

 

「おうおう。喧しいと思って来てみたら何だあのデカブツは?」

「よーく見ればお前に何となく似ているかぁー? なあ? キンキ? もしかしてお前の親戚かぁ? それとも隠し子でもいたかぁ? ひゃはははは」

「下ラン冗談ダ。笑エン」

 

 騒ぎを聞きつけて三鬼がこの場所へ来てしまった。ゴグマゴグを見つけた途端にこれでもかと敵意を放つ。ゴグマゴグの方も三鬼の危険な気配と敵意を察知して臨戦態勢に入ろうとしていた。

 何とも予想通りの展開にセラフォルーは溜息を吐きたい気分になる。だが、それをはいている暇はない。

 取り敢えず誤解を解く為に一触即発になっている三鬼とゴグマゴグに声を掛けるのであった。

 

 

 ◇

 

 

 気を抜くと眠りに落ちてしまいそうな眠気と戦いながら、一誠は内なるドライグに呼び掛ける。

 

(なあ! やっぱりこれって魔人の気配だよな! やばいんじゃないか!)

 

 マタドールなどの魔人特有の気配を知っている一誠は、睡魔を誘う旋律と共に感じた気配を強く警戒する。

 

『いや……魔人の気配ではあるが……何か違う……?』

 

 ドライグの方は彼の知る魔人とは異なるものを感覚的に捉えていた。

 

(違うって……何が違うんだ?)

『言葉で説明するのは難しい……何というべきか……強調し過ぎているのが逆にわざとらしく感じる……』

(どういう意味……?)

 

 ドライグの感覚は出現した魔人の気配が神滅具によって生み出されたものだというのをきちんと感じていた。

 強調し過ぎるというのは、生み出された魔人デイビットにはレオナルドが内に持つ魔人へのイメージが強く反映されており、そのせいでデイビットの放つ気配の人工的な部分を敏感に感じ取っていた。一誠の方は経験が浅いのでその細かな所までは分からない。

 その魔人擬きが誰かと戦っているのは間違いないが、問題は誰と戦っているのかである。すぐに助けに行くべきなのかもしれないが、一誠は何となくだが魔人擬きが誰と戦っているのか予想が付いていた。

 

(やっぱ、戦っているのは間薙なのかな……)

『恐らくな』

 

 一誠の勘にドライグも同意する。今のメンバーの中で最も魔人と遭遇し易いのはシンである。

 

 

(助けに行くべきなのかもしれないけど、間薙なら……)

 

 死ぬような目に遭っても死なない、というイメージが一誠の中にあった。一種の信頼であるがそれで割り切ろうとすると後ろ髪を引かれる。

 

『──今は自分の戦いに集中しろ、相棒。お前が死んだら元も子もないんだぞ?』

 

 一方でドライグは簡単に割り切る。冷たさを感じさせる選択だが、下手に迷えば今度は一誠の命が危うくなる。それだけではない。彼が守っている九重の命もまた危険に晒すこととなる。そして、ドライグが言うように一誠が死ねばシンの助っ人にも行けなくなる。

 迷う前に目の前の問題を解決するのが何よりも優先される。感情的になることは決して悪い事では無いが、問題なのはそれで順序を誤る事である。

 一誠はサングラスの男の撃破を最優先とし、意識をサングラスの男との戦いに向けるが、すぐにその決意が鈍ることとなる。

 何せ相手は禁手を維持しているが壁に寄りかかって眠っているという状態。一誠に支えてもらって寝ている九重と変わらない無防備っぷりである。

 

『どうした相棒?』

(いや……寝ている奴を殴りつけるってのは何か気が乗らないっていうか……)

 

 敵とはいえサングラスの男も真正面から正々堂々と挑んで来ている。それを自分が寝込みを襲うのは卑怯ではないかと思ってしまった。そのせいで『赤龍帝の鎧』の力も少し弱まる。一誠の想いがすぐに反映される。

 

『──女の服を剝いたり、縮めたり、胸の声を聞くのが得意技の男の台詞には思えんな』

 

 けっ、と言わんばかりにドライグが不満を垂らす。そんな真っ当な考えを持っているのに俺の力であんな真っ当じゃないことを思い付くな、と言外に表していた。

 

(それは……はい。ごめんなさい)

 

 一誠もドライグのこの文句には素直に謝るしかない。

 言い訳になるかもしれないが、そういう技を編み出した時は色々と滾っていた状態で平常時とは異なる精神状態であった。

 色々な戦いや人物との出会いで一誠も精神的に成長し落ち着き出したのでこういった考えもする様になったのだ──時折、前よりも暴走することもあるが。

 そんな小さな揉め事をしていたら不意に音が消えた。それと同時にサングラスの男と九重が目を覚ます。

 九重は目覚めて暫く何が起こったのか分からずに辺りを見回しており、自分が一誠に引っ付いていたことを認識すると羞恥で顔を真っ赤にし、慌てて離れる。サングラスの男の方は目覚めると同時に弾かれた様に壁から離れて構えをとっていた。

 

「……何かしたのか?」

 

 薄々分かっていたことだが、睡魔を誘うあの音はサングラスの男も知らないものであった。仲間から知らされていなかったのか、もしくは魔人擬きを呼び出した人物が誰にも報せていなかったかは分からないが。

 

「何もしてねぇよ」

 

 一誠の返答にサングラスの男もあの眠りは一誠の仕業ではないと察する。そうなると別の疑問が湧いて来る。

 

「なら何故攻撃してこなかった? あんなチャンスを見す見す逃すなんて……」

「そういうやり方が好きじゃないだけだ」

 

 サングラスの男の責める様な言い方に対し、一誠もぶっきらぼうに答えた。すると、サングラスの男は苛立ち、舌打ちをする。

 

「ちっ……そういうのが腹立たしいんだよ! 赤龍帝ぇぇぇ!」

 

 嫉妬に満ちた叫びを上げてサングラスの男が突っ込んで来る。

 一誠はすぐに九重を離れさせるが、その間にサングラスの男は距離を詰め終わっており、指先から生やした爪で一誠の顔面を切り裂こうとする。

 爪が届く前にその手首を掴み、反射的にカウンターでサングラスの男の胴体に拳を打ち込んでしまう。

 

「あっ」

 

 気付いた時には遅く、一誠の拳はサングラスの男の胴体に沈み込み、一誠の足元の影から出てきてしまう。

 引き抜こうとするがサングラスの男が一誠の拳を踏み付け、それを妨害する。

 一誠の脳裏に影と影との繋がり断ったら腕が切断されるのではないか、という最悪の予測が流れる。

 

「ぐっ!」

 

 しかし、その予測に反してサングラスの男が行ったのは頭突きという原始的な攻撃方法であった。

 数度繰り返される頭突き。打ち込まれる度に兜内の一誠の頭が固い内部に打ち付けられ、痛みと共にクラクラと目眩もしてくる。

 しかもそれだけではない。一誠の兜に影が掛かる度に薄くではあるが装甲が転移によって削られていく。ミリ単位の削りではあるが時間を掛ければいずれは兜の下に届く。

 攻撃を受けながらもサングラスの男はやはり影の転移を解除しない。推測となるが影内部に何か取り込んでいる状態だと転移を解除出来ないのかもしれない。

 だが、それが分かったとしても一誠は厄介な状態に追い込まれていた。

 苦し紛れに膝蹴りを出してみたが、サングラスの男の脇腹に触れると今度は沈まずに通り抜けてしまい、膝に残るのは空を切る感触のみ。『闇夜の獣皮』のせいで物理攻撃が無効化されてしまい抜け出せなくなっていた。

 このまま動きを止められたままだと燃費のことを考えて先に一誠の禁手が解除される。もしくは兜を完全に削り取られて内部をごっそりと抉られるのが先かもしれない。だが、その二つよりも仲間を助けに行かねばならない一誠にとってはここで何も出来ずにいる方が問題であった。

 どうにかして拘束を解かねばと思っていた時──

 

「えいっ!」

 

 九重が幼い掛け声と共に何かを放る。

 

「うっ!」

 

 九重が小さな火球。狐火と呼ばれるそれがサングラスの男の顔に命中する。通常時ならば片手で握り潰せる程度の攻撃なのだが、この時のサングラスの男は一誠を拘束することに全力と全意識を集中していた為に防ぐことも避けることも出来なかった。

 更に九重の放った火球はサングラスの男の眼付近に当たっており、眼球を炙る様な熱が急に来たことで驚いてしまい、そのせいで一誠への力と意識が緩まってしまう。

 この好機を逃さず、一誠は背部の噴射孔から魔力を逆向きに噴射させて腕と膝を一気に引き抜いてサングラスの男から距離をとる。

 

「やってくれたな……! 狐の姫様……!」

 

 顔を押さえていたサングラスの男は指の隙間越しに九重を睨み付ける。上手く行けば一誠を大きく消耗出来たかもしれないチャンスを戦力外と見做していた九重に邪魔をされたことにより、怒りが二重となる。

 今まで生きてきた中で初めて浴びせられる憤怒の眼差しに九重は震え、豊かな尾も萎びた様に垂れ下がる。

 サングラスの男は怒りのまま九重に掌を向ける。

 

「おい! 止めろ!」

 

 一誠が止めようとするが間に合わず、九重の体は下から伸びてきた影によって巻き付けられた。

 

「大人しくしていれば何もしなかったものを……少々痛い目を見てもらおうか!」

「止せっ!」

 

 サングラスの男が掌を閉じる。九重を螺旋状に拘束していた影が引き絞られ、九重の姿が見えなくなる。

 

「なっ!」

 

 守ると約束した少女が影に呑み込まれ、一誠は言葉を失ってしまう。

 

「九重!」

「呼んだかのう?」

『なっ!』

 

 普通に返事が返ってきたことに一誠だけでなくサングラスの男も驚く。その直後に一誠の背に圧し掛かってくる重み。影に閉じ込められた筈の九重がいつの間にか一誠の背に乗っていた。

 

「馬鹿な……! どうやって脱出を……!」

 

 すると、螺旋状になっている影の隙間から何が飛び出して来る。ひらひらと空中を左右に揺れながら地面に落ちたもの、それは木の葉であった。

 

「木の葉……そういうことか……!」

 

 木の葉で九重が脱出した方法を見抜くサングラスの男。九重は一誠の背に乗ったまま数枚の木の葉を扇状に広げる。

 

「狐の変化を甘く見過ぎだのう。それだからまんまと化かされるのじゃ」

 

 甘く見られていたことの意趣返しの様に九重は下瞼を引き下げ、舌を見せる。

 九重を捕らえたつもりが、木の葉に化けた九重に引っ掛かりそれを絞めつけただけのサングラスの男。見事に騙された彼は悔しさからか一誠達にまで聞こえる程の音で食い縛った歯を鳴らす。

 

「やるなぁ、九重」

「ふふん! 私とて足手纏いになるつもりで付いて来た訳じゃないぞ!」

 

 九重を守るつもりであったが変化によって助けられた一誠に褒められ、嬉しそうに尻尾を振る九重。

 

「流石は狐の──」

 

 ふと一誠の中で今まで得た情報が過って行く。

『闇夜の獣皮』は物理攻撃が無効。飛び道具も影から影に転送されて打ち返される。

 ただし、影に対象物を取り込んでいる間は転送を中断出来ない。

 九重の変化は精度が高く、サングラスの男も化かされる程。

 この情報が結び付いていき、一誠の脳裏で一つの作戦を生み出す。

 

「──九重。ちょっと頼みたいことがある」

「何じゃ?」

「あのな──うおっと!」

「のわっ!」

 

 地面から突き出てきた影の槍を間一髪で避ける一誠。すると、移動先を読んで今度は頭上から剣山の様に無数の棘となった影が落下してくる。

 

「ちぃ! 避けるなっ!」

 

 理不尽なこと叫びながらサングラスの男は拒馬を思わせる影の杭を斜め上に向けて伸ばし、一誠を貫こうとする。

 

「よっと!」

 

 素早く後方へ飛び、壁を足場にして向きを変えようとした一誠だが──

 

「赤龍帝! 後ろっ!」

「うん? いいぃっ!」

 

 先読みしていたサングラスの男によって足場にしようとしていた壁には隙間無く影の針が生えている。

 足から着地すれば足が穴だらけになると思い、咄嗟に魔力を噴射して壁から離れる。

 ついでにサングラスの男へ小さな魔力の塊を投げ放つ。

 

「こんなもの!」

 

 影の鎧を通して一誠に返すつもりであったが、魔力の塊の弾道はサングラスの男の手前で落ち、地面に命中して小規模の爆発を起こす。

 巻き上がった粉塵でサングラスの男は一誠たちの姿を見失う。

 僅かに出来たこの隙に一誠は九重に作戦の為にやって欲しいことを伝える。

 

「手短に言うぞ」

「うむ!」

 

 数秒間で九重の役目を伝える一誠。練習など無いぶっつけ本番だがやるしかない。九重がやるべき事をやってくれたのなら一誠がそれに上手く合わせればいい。

 漂う粉塵を掻き分けて振るわれる影の腕。通過した箇所から粉塵が抉られる様に消える。影間の転送を応用して素早く粉塵を消し去っていく。

 粉塵を全て転移し終えるとサングラスの男は改めて一誠たちを睨み付けるが、それを待ち構えていたのは九重であった。

 

「はっ!」

 

 九重の突き出した掌から火球が放たれる。サングラスの男は芸の無い攻撃に呆れを通り越して怒りを覚えながらその火球を手で消し飛ばそうとする。

 

(待て……)

 

 サングラスの男は唐突に違和感を覚えた。攻撃の準備をする猶予があったにもかかわらず攻撃を仕掛けてきたのが九重というのにおかしさを覚える。攻撃をするのならば一誠の方が相応しい。

 九重の攻撃に便乗して何かを仕掛けて来るのでは。そう考えた時、サングラスの男の中の怒りは冷め、油断と共に消える。

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

『Transfer!』

 

 小さな狐火が通路幅ギリギリまで広がる巨大な火球へと変化。更に煌々と輝く炎によって周囲の影が消え去り転移も出来なくなってしまう。

 

「やはり……!」

 

 譲渡で強化された火球の熱量に若干の焦りを覚えるサングラスの男であったが、彼の予想を超えるものではなかった。

 サングラスの男は放たれた狐火に対して臆せずに両手を突き出す。狐火の中へ呑まれるサングラスの男の両手。

 

「っあ!」

 

 狐火の熱が影の鎧を通過して両手を焼くが、サングラスの男はそれでも両手を引き抜かない。すると、狐火が縮小していく。呑まれた筈の両手が逆に狐火を吸い込んでいく。

 だが、吸い込んでも放出する為の出口になる影はサングラスの男の周りには無い。どうするのかと思いきや、サングラスの男の背後数メートル先で突然炎が噴き上がった。

 出火した場所から地面を這って伸びる黒い線。それはサングラスの男の足元に繋がっていた。

 サングラスの男は強化された狐火を見た時、密かに足元から影を伸ばして狐火の輝きの影響を受けていない影に繋げておいた。そして、その影のラインを通じて取り込んだ狐火を転移させたのだ。

 

(これで終わりじゃないよなぁ?)

 

 狐火が消え、次に見えたのはドラゴンショットの構えをしている一誠であった。既に発射段階であり、撃ち出すのを中断出来ない状態にある。

 恐らくは狐火を明かりにして周囲の影を消し去り、転移先を全て消している間にドラゴンショットを撃ち込むという算段だったのであろう。だが、サングラスの男が強化された狐火に手こずるであろうという読みを外してしまい、周囲の影が戻った状態でドラゴンショットを発射されることとなった。

 一誠の表情は兜で見えないが、すぐ傍にいる九重が焦った表情をしている。

 ドラゴンショットが最悪の状況の中で撃たれる。サングラスの男は『闇夜の獣皮』に触れた瞬間に即座に一誠の近くの影から撃ち返すことにし、待つことすら煩わしく思い自ら手を差し伸べる。

 

「自滅しろ! 赤龍帝!」

 

 ドラゴンショットが影へ吸い込まれ、一誠の真横にあった影から撃ち返される。

 巨大な魔力の塊が、一誠たちを呑み込み──ポン、という音を立てて消えた。

 

「──は?」

 

 サングラスの男は目の前で起こったことに思考が追い付かない。

 何故ドラゴンショットが消えたのか。何故ドラゴンショットに吞み込まれ筈の一誠たちが無傷なのか。

 何故ドラゴンショットを放った筈の一誠が、まだドラゴンショットを撃っていない状態にあるのか。

 疑問が理解に至る前に一誠はドラゴンショットを真横の影に放つ。ドラゴンショットが影の中へ吸い込まれていく。

 

「こっちが出口ならまだ入口に繋がってるんだろ?」

「あ……ああ……!」

 

 サングラスの男は全てを理解してしまった。

 巨大な狐火を放ったのは影を消す為ではなく一誠たちの姿を隠す為。

 消えたドラゴンショットとドラゴンショットを撃った筈なのに撃っていなかったのは全て九重の変化によるものであり、姿を隠したのはこの為であったこと。

 ドラゴンショットを影に取り込んでしまった為、解除が不可能になっていること。

 全ては回避も防御も不能な一撃を与える為。

 

「加減はしてやるよ」

「赤龍帝ぇぇぇええええええっ!」

 

 入口となっている『闇夜の獣皮』から赤い光が漏れ出たかと思えば、内部でドラゴンショットは破裂した衝撃で影の鎧が数倍に膨張する。

 

「うぐはっ!」

 

 影の鎧ですら納まり切らなかった衝撃がサングラスの男の全身を貫き、サングラスの男は影の鎧を解除しながら倒れ伏した。

 

「やり過ぎたか……?」

 

 かなり威力を押さえておいたが、倒れているサングラスの男の右腕で左脚は歪に変形しており完全に骨折している。見た目では分からない部分も折れているか或いは罅が入っていると思われる。

 これで終わりかと思いきや、サングラスの男は手足が折れている状態でも立ち上があろうとしていた。

 

「……強い。……やっぱり強いな天龍は。……禁手になっても、全く手が届かない……!」

 

 足掻くサングラスの男に一誠は忠告する。

 

「……もう止めろ。それ以上動くとあんた死ぬぞ!」

「死ぬ……? はっ!」

 

 一誠の忠告を聞いてもサングラスの男は鼻で笑い、今度は折れた手足を使っても立ち上がろうとする。

 その痛みが容易に想像でき一誠は顔を顰め、九重は蒼褪めていた。

 

「死ぬのなら……構わない……! 曹操の下で死ねるなら……本望だ……!」

 

 心の底から本気で覚悟しているのが一誠には分かった。洗脳などで操られているのではなくサングラスの男は自分の意志で曹操に従っている。

 

「何でそこまで尽す?」

「……神器を持って生まれた人間は大抵碌な人生を送らない。一生目覚めなければそれで終わりだが、中には運悪く神器が覚醒する者も居る……」

 

 自嘲するサングラスの男。一誠もアーシアのことを思い出す。彼女もまた神器によって人の世を追われ、今も稀少な神器使いということで狙われてもいる。

 

「今でも忘れられねーよ……あの目が……嫌悪と恐怖に満ちた排他の目だ……何処の誰かも分からない奴に向けられるのなら我慢は出来た……でも、それが血を分けた身内だったら──」

 

 ──その瞬間からこの世界に誰も味方が居ないって思い知らされるんだよ

 

 サングラスの男が味わった孤独。そんな彼に手を差し伸べてくれたのは曹操であった。

 

「曹操は、生まれてきたことを否定された俺を才能を持つ貴重な存在と肯定してくれた……。居場所の無い俺に居場所を与えてくれた……。何一つ未来なんか無い俺に英雄に成れるという道を示してくれた……。俺に全てを与えくれたんだから……俺も全てを懸けて返すのはおかしいことか……?」

「おかしくは無い……おかしくは無いが……」

 

 全く同情出来ないと言えば嘘になる。しかし、だからといってサングラスの男や曹操たちのやっていることは肯定出来ない。彼らのせいで傷付く者達がいる。泣いている九重が居るのだ。

 

「どんな理由があるにせよ俺はあんた達を殴り飛ばさなきゃならない。あんた達のせいで泣く奴がいる」

「……へっ。いつも泣いてばっかりだから、人を泣かせる方法しか知らないんでね……」

 

 皮肉と卑屈を混ぜた言葉を吐きながらサングラスの男はフラフラと左右に揺れながらも立った。

 

「お前らだって……例外じゃないんだぜ? 悪魔……」

「何がだよ?」

「悪魔の存在が認知されれば……きっとお前たちも迫害される……自分を簡単に殺せると知れば仲良く出来るか……?」

 

 一誠はそんな事は無いと反論はしなかった。鈍い一誠でもその可能性は容易く想像が出来る。

 

「その時は……悪魔らしく行くだけだ」

 

 明確な答えではなく曖昧な一誠の返答にサングラスの男は血唾を吐き捨てる。

 

「なら……その悪魔らしさを俺に見せてみろぉぉぉぉ!」

 

 最後の力を振り絞って殴り掛かって来るサングラスの男。

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 瞬間的に掛けられる多重倍化。サングラスの男の腕が伸び切る前に一誠が前に歩を進め、音すら置き去りにする拳をサングラスの男の顔面に突き放つ。

 

(速い。避けられない。無理。死ぬ。終わる。駄目だ。死ぬ死ぬ死ぬ死死死死死)

 

 拳圧でサングラスがへし折れ、クリアになった視界一杯に映り込む真っ赤な拳に男は死を幻視した。

 顔面中央にめり込んだ衝撃で左眼球は破裂し、右眼球は外へ飛び出す。歯、鼻骨や頬骨など骨は一瞬で粉々になって混ざり合い、それらの破片は掠めた脳の一部と共に後頭部から飛び出し、残されたのは顔の代わりに空洞が作られた男の──

 

「っあ……ああ……」

 

 顔に触れる直前、寸止めされた一誠の拳に男は呻く。

 全ては幻。死に直面した男が視たあったかもしれない未来。

 男は下半身から力が抜けて崩れ落ち、辛うじて動かすことが出来た腕で顔から地面に着くのを免れる。男は地面に転がっている割れたサングラスを見つめる様な俯いた姿勢になっていた。

 男から雫が垂れ、赤い点を地面に付けていく。寸止めされてもそれなりの威力はあったのか男は鼻血を垂らしていた。

 男の様子を見て、一誠は九重を連れてその隣を過ぎて行く。九重は何か言いたげな表情をしていたが、大人しく一誠に従っていた。

 去っていく一誠に男は叫ぼうとする。待て、情けを掛けるつもりか、俺はまだ戦える、と。しかし、舌が動かない。声を発することが出来ない。

 ならばと立とうとするが足に力も入らず立つことすら出来ずにいた。男は羞恥で真っ赤になる。腰が抜けていたのだ。

 

(何で……! 何でだよ……!)

 

 男は何度も足を叩き、痛みで起こそうとするがどうしても力は抜けたままで動かない。神器を発動させ、体を起こそうとするが神器すらも発動出来なかった。

 

(覚悟していた筈だ! とっくに! あの言葉に嘘は無い! なのに! なのに!)

 

 死んだと思い体の機能が全て停止。そのすぐ後に生きていることを知ってすぐに機能が回復するかと思いきや体は上手く動かない。パソコンを強制終了させた後再起動をすれば不具合が発生する様に男の体もおかしなことになっていた。

 こうなってしまったのは、それもこれも死を幻視してしまった瞬間に男の心が、掲げた意思に反して折れてしまったからだ。

 あまりの情けなさに涙が出て来る。

 

「せ、せせ、赤龍! 赤龍、帝!」

 

 男は蹲ったまま何とか声を出すことが出来た。

 

「こ、このまま、じゃ、おおお、終わらない! 終わらない!」

 

 呂律の回らない舌で必死に喋る。

 

「かかか、必ず! 必ずお前を……! おおお、俺を! 俺達人間ををを、舐めるなよっ! あああ、悪魔……!」

 

 震える声で言っているせいで傍から聞けば滑稽に思われるかもしれない。だが、男の叫びに一誠は一旦足を止める。

 

「その時は……狙う相手は俺だけにしておけよ?」

 

 敵に向けるにはあまりに優しい口調。男は実感した。もう自分は何の脅威でもなくただ地べたで丸まっていることしか出来ない負け犬であることに。

 

「こ、コンラだっ! 覚えて、おけ……! いつか、いつか、お前を倒す、人間の名だ……!」

「……じゃあな」

 

 止めていた足を先に進める。後ろを警戒する必要も無かった。コンラはもうこの戦いに参戦出来ない。それどころか当分まともに戦えないだろう。

 もしも、コンラが全てに迫害されていた時の、自分をこの世で不要と思っていた時の精神だったのなら一誠の寸止めにもここまで恐れることは無かっただろう。今の恐怖はコンラにとって無意識に生にしがみついた結果であった。

 その生の基となっているのは曹操の言葉。曹操によって肯定され、希望を抱いてしまったことでコンラは自覚すらしていない生への渇望も持ってしまった。

 曹操が言う様に英雄になりたい。誰からも必要とされる存在になりたい。曹操が高みに昇る姿を見たい等々、意識していない欲求がコンラを死から遠ざける。

 

「うう……ううう……あああああああっ!」

 

 去っていく一誠の背を見ることも出来ずコンラは赤子の様に無く。惨めで無様と分かっていても泣かずにはいられなかった。

 九重はコンラの泣き叫ぶ声を聞き、複雑そうな表情になる。英雄派の連中には強い怒りを覚えているが、それでもこんな声を聞いて喜ぶ気持ちにはなれない。

 

(これで良かった……のか?)

 

 一誠は自分の出した決断に胸を張って正しかったとは言い辛かった。直前まで殴り飛ばすつもりであったが、コンラの言葉がフラッシュバックし気付けば寸止めになっていた。

 

『それは俺にも分からんさ』

 

 一誠の疑問にドライグは肯定も否定もしない。

 

『一年後には間違ったと思うかもしれない。十年後にはやっぱり正しかったと思うかもしれない。時間が経てば答えが変わって来ることもある』

 

 一誠の判断の正否が分かるには今はまだ早い。

 

『まあ、百年後には嫌でも分かる。──すぐだな』

 

 結局のところはコンラの寿命が尽きるまで分かることでは無い。人間の百年は途方も無いが悪魔の百年はそう遠くない。

 

(つくづく悪魔だよなぁ、俺は)

 

 その言葉に二つの意味を込め、一誠は内心で呟きつつこの戦いを終わらせに向かう。

 

 

 ◇

 

 

 木場の背中から突き出すグラムの剣先。その光景にゼノヴィアは声を上げそうになるが、木場の表情に気付いてすぐに口を噤む。

 木場は冷や汗を流しながらもその表情に苦痛の色は一切無い。何故なら脇腹に刺さったグラムを木場は紙一重で回避していたのだ。

 グラムが貫いているのは身を捩った時に出来た制服の隙間である。反応が遅れたが、それを持ち前の速度で補ったこと、そして、ジークフリートが慣れていない背面への突きだったこともあって避けることが出来た。

 

「へえ」

 

 当然のことながら貫いたジークフリートも手応えで躱されたことは分かっていた。ジークフリートはその場で体を半回転させ、その勢いで木場の胴体を斬り付け様としたが、ジークフリートの次なる動きを予測していた木場は聖魔剣をグラムに叩き付け、反動を利用して刃が届く前に制服を裂きながらジークフリートから離れる。

 

「木場! 大丈夫か!」

「大丈夫──とは言い切れないかな?」

 

 エクス・デュランダルをジークフリートに突き付けながらゼノヴィアが木場の近くに立ち、具合を確かめると木場は苦笑しながら隠すことなく正直に言う。

 チラリとゼノヴィアが制服の裂けた箇所を見る。無駄な肉をそぎ落とし、引き締まる木場の脇腹には十センチぐらいの切創が出来ていた。そこから血が垂れ、制服やズボンを汚していく。

 見た目は深い傷ではないが、魔剣によって付けられた傷なので楽観視は出来ない。すぐにアーシアの神器かフェニックスの涙で治療すべきだが、それには立ち塞がるジークフリートをどうにかしなければならない。

 ゼノヴィアはさりげなくイリナの様子を窺う。

 イリナは『擬態の聖剣』を駆使して変幻自在に戦っているが、ジャンヌの方も『聖剣創造』を巧みに扱い、創り出した聖剣を組んで人形を生み出すというこちらも変幻自在に戦い、イリナを押している。

 イリナとジャンヌの戦いは当分終わりそうにない。寧ろ、こちらが援護する必要があるくらいであった。

 

「──それにしても」

 

 木場は負傷を気にする様子も無くジークフリートに微笑を向ける。

 

「服の下に何か着込んでいるのかい? 聖魔剣でも斬れないなんて少しショックだったよ」

 

 気軽に話し始める木場。相手に探りを入れているというよりも傷の具合を確認する為の時間稼ぎだとゼノヴィアには思えた。

 

「その台詞を聞いたらバルパーは喜ぶかな?」

 

 木場の微笑が一瞬硬直する。バルパーが一枚嚙んでいたのは予想外のこと。だが、ジークフリートは会話に乗ってきた。

 

「へえ……バルパーが……」

「ああ。何せこれを造ったのはバルパーだから」

 

 ジークフリートは上着の首元を緩め、捲って鎖骨から胸部までを外気に晒す。晒されたジークフリートの肌に木場とゼノヴィアは瞠目する。人の皮膚ではなく黒い鱗の様な形状していた。

 

「何かと便利だよ、これは」

 

 黒い鱗が変化し、人の皮膚の色へと戻っていく。

 答えが返って来るとは思っていなかったが、聞かずにはいられない。

 

「それは……何だい?」

「これかい? 人工神器──みたいなものさ」

 

 ジークフリートはあっさりとその正体を喋る。話しても何の不利にもならないと判断している様子。だが、いきなりそんな情報を聞かされた木場たちは驚くしかない。人工神器の研究を最も進めているのは『神の子を見張る者』でありアザゼルである。聖魔剣に耐えうる防御力を持つ人工神器となると脅威でしかない。

 

「まあ、驚くだろうね。いきなりそんなことを言われたら。でも、安心してくれ。まだ着られるのは僕ぐらいだから」

「それは……嬉しい情報だね」

 

 量産はされていない様子。だが、台詞に反して木場は全く嬉しくは無い。防御に特化した人工神器をジークフリートが扱う。それこそ英雄譚に出て来る不死身のジークフリートの様だ。

 

「今回はこれの実験も兼ねているんだ。どれくらいの機能を発揮するかのね。この人工神器……正式な名前は無いけどバルパーはこう読んでたっけ……()()()()と」

 

 その名に何度目か分からない驚愕を覚える。

 

「フリードって……」

「何を馬鹿なことを……」

 

 自分たちの知る名を出され、木場たちは動揺する。ジークフリートが言っていることが本当なら、目の前の男は何らかの方法で加工した()()()()()()()()()ということを意味する。

 考えるだけでも冒涜的な行いであった。

 

「おや? 顔色が悪くなったね? 聞いていた話だとフリードと君たちは険悪な関係だと思っていたが?」

 

 わざとらしくジークフリートが尋ねる。新たな情報が開示されているのに木場たちは精神的に追い詰められている様な気がしてきた。自分たちが途方も無い悪意と狂気に触れている気持ちになる。ジークフリートはこうなることを知って木場の会話に応じたに違いない。

 

「ここまで教えたからには、もう一つ教えてあげようかなぁ? 木場祐斗、君が一番知りたかったことをね」

 

 ジークフリートはグラムを鞘に収め、素手となる。すると、右掌が輝きを帯びる。それは転送の為の魔術であった。

 転送されたのは一本の直剣であった。それを一目見た時、木場とゼノヴィアはジークフリートが何を取り出したのか理解が遅れてしまった。それ程までに飾り気が一切無く、無個性で特徴の無い、一分で模写出来るぐらいのシンプル過ぎる直剣。

 

「一人の男が焦がれ、絶望し、狂った先に得た憎悪と狂愛の答え。とくと御照覧あれ」

 

 これこそがバルパーが生涯を掛けて研究してきたエクスカリバーに対する愛憎の形。その名は──

 

「『折れる聖剣(エクスカリバー・ブレイカブル)』」

 

 




一つの戦いは終わりましたが、まだ他の戦いは続きます。こんな感じで進んで行きますがよろしくお願いします。

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