ハイスクールD³   作:K/K

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不明、仮名

 折れる聖剣。ジークフリートは確かに新たなエクスカリバーをそう呼んだ。現存するエクスカリバーは、破片となった本物のエクスカリバーを錬金術師達が再構築したことで出来上がったもの。欠片も無くエクスカリバーと名乗るのは本来ならば烏滸がましい行為である。

 しかし、バルパーはエクスカリバーに対して異常な執着と昏い情熱を秘め、最悪なことにエクスカリバーの研究に関しては他を抜きん出ている知識と技術がある。そんな歪んだプライドを持つバルパーがただの紛い物にエクスカリバーの名を冠するとは思えない。

 見れば見るほどに特徴の無い形をしている『折れる聖剣』だが、本物由来の素材が無くとも本物に近い力を有している可能性は大いに有る。

 

(オンギョウキさんも気になることを言っていたしね)

 

 オンギョウキは戦いの中で『折れる聖剣』を文字通りへし折ったと言った。しかし、何故か折れても元の形に戻っていたと言う。実際に木場達の前に折れていない形で出されている。

 何かしらの絡繰があるのは既に分かっていた。

 未知のエクスカリバーに警戒するのは分かりきったことだが、もう一つの問題がある。ジークフリートが纏っている人工神器──フリードの事である。

 聖魔剣と木場の力でも貫くことが出来なかった防御力。そうなると自然に選択肢は決まって来る。

 木場は横目でゼノヴィアの方を見た。ゼノヴィアは木場の視線に気付いて微かに頷く。

 この場に於いて最強の火力を持つのはゼノヴィアのエクス・デュランダルである。エクス・デュランダルが見せた一撃からジークフリートの人工神器を破る可能性が見えた。ゼノヴィアも木場と同じ事を考えている。

 実際にエクス・デュランダルの初撃の際にジークフリートは防御では無く回避を選択している。人工神器の防御力を過信せずエクス・デュランダルの威力を警戒している。それにあれもまだエクス・デュランダルの全力では無い。

 問題はどうやってエクス・デュランダルをジークフリートに叩き込むかである。ジークフリートは余裕を見せているが油断は全くしていない。如何なる攻撃も冷静に対処している。

 全力になればどうしても動作が大きくなり大振りになる。そんな隙だらけの攻撃が簡単に入る様な相手では無い。木場とゼノヴィアが上手く連携してジークフリートの隙をこじ開ける方法しか考えられなかった。

 木場は摺り足でゆっくりと前に出る。先ずは自分が動いてジークフリートのエクスカリバーの分析、あわよくば注意を惹き付けるつもりである。

 

「ふふ。そんなに恐い顔をしなくてもいい。エクスカリバーなんて大層な名前を付けているけど、こんなものは鈍以下さ」

 

『折れる聖剣』を酷評するジークフリート。少なくともジークフリート自体に『折れる聖剣』への愛着などは皆無の様子。

 

「大層じゃないエクスカリバーなんてあるのかな?」

「名付けたのはバルパーさ。──全く、良い趣味をしているよ、あのお爺さんは」

 

 バルパーのネーミングセンスに呆れた様子で皮肉る。

 

「なら、その大した事の無いエクスカリバーの切れ味、見せてもらうよ?」

 

 木場は踏み込み、瞬時に最高速度による詰めをみせる。一方でジークフリートはその動きが見えており、その場から動かないまま接近と同時に放たれる聖魔剣の斬撃に合わせ、自らも『折れる聖剣』を繰り出す。

 両者の間に起こる剣戟の音。木場は聖魔剣と『折れる聖剣』が衝突した時、聖剣特有の聖なる気が閃光の様に発せられるのを感じ、目を細める。同時に『折れる聖剣』と打ち合った聖魔剣から強い衝撃を感じた。それはかつてゼノヴィアが愛用していた『破壊の聖剣』に似た衝撃であった。

 

(少なくとも破壊力は本物並みか!)

 

 手に来る痺れから木場はそう分析する。ジークフリートは低く評価していたが、実際に受けた木場は名前負けとは思わなかった。

 だが、その一撃を受けても聖魔剣に破損は見られない。まだ打ち込めると思っていた木場の目に信じられない光景が飛び込んで来る。

 

「えっ?」

 

 戦闘中とは思えないぐらいに間の抜けた声が出てしまった。しかし、それも仕方のないことかもしれない。これからという時にジークフリートの持つ『折れる聖剣』は文字通り鍔から上が折れて無くなっていた。

 

(一回打ち合っただけで? 文字通りに折れる? 折れた剣身は何処に? いや、もしかしたら剣身だけが再生を──)

 

 想像していたのと違った光景に木場の思考は混乱しつつも状況を分析しようとしていたが、残された鍔や柄に罅が入って粉々に砕け散ったせいで、その混乱は加速してしまう。

 あれだけ堂々と出したのにたった一回で完全に壊れてしまった『折れる聖剣』。バルパーは一体何のつもりでこんなエクスカリバーを、と木場が思った時──

 

「木場!」

 

 ──ゼノヴィアの鋭い声と右半身に殺気、寒気を覚えたのはほぼ同時であった。

 木場の体は己の感じた感覚に従い右方向へ聖魔剣を翳す。そこに打ち込まれる斬撃。それは先程と全く同じもの。

 

「それは!」

 

 ジークフリートの左手には先程壊れた筈の『折れる聖剣』が握られている。

 

(二本目だって!)

 

 完全破壊された直後に出された二本目の『折れる聖剣』。精神にも不意打ちを受けた気分の木場であったが、迫りくるエクスカリバーの恐怖が皮肉にも乱れる思考を一本に正し、木場は咄嗟に聖魔剣を振り抜いた。

 破砕の金属音。ジークフリートの二本目の『折れる聖剣』がまたも砕け散るが、今度は木場の聖魔剣も無事では済まなかった。剣身に蜘蛛の巣の様な罅が入っており、次に攻撃を受ければ確実に折れてしまう状態になっている。

 咄嗟に振ったせいで十分な力が聖魔剣に乗っていなかったのが理由の一つだが、もう一つ理由があった。木場の動体視力だからこそ見えたことだが、恐ろしいことにジークフリートは『折れる聖剣』を最初に打ち込んだ箇所に二撃目を入れていた。切っ先が消える程の速度で振るわれた聖魔剣に合わせる正確無比な斬撃。

 踏み止まっての打ち合いは危険と判断し、木場は即座に後退をして間合いをとる。半壊状態の聖魔剣を消し、新たな聖魔剣を創造する。

 

「やっぱり良い反応をするね、木場裕斗。そうこなければこれを出した甲斐が無い」

 

 朗らかに笑うジークフリートの右手には三本目の『折れる聖剣』が既に握られていた。これも全く同じ形状であり、気色悪さを感じる程に差異が無い。

 

「大凡だけど、そのエクスカリバーの特色について分かったよ」

「本当か? 木場」

 

 ゼノヴィアの方は次から次に出て来ては壊れていくエクスカリバーに困惑していたので、思わず聞いてしまう。

 

「へえ……君の推察、拝聴させてもらおうかな」

 

 ジークフリートの方は木場の推察に興味を示していた。

 

「そのエクスカリバー──正直、エクスカリバーと呼称していいのか分からないけど──最初から使い捨てを前提としているね。使用回数は不明だけど、恐らく一度か二度全力で振るえば自壊するぐらいに脆い。だからこそその脆さを数で補っている」

 

 木場の目が鋭くなる。エクスカリバーの為に我が身や仲間を犠牲にされ、心の底からエクスカリバーを憎悪していた時とは考えられない義憤が今の木場の裡に湧いてくる。

 

「バルパーによって量産されたエクスカリバー……それが今の君が持っている『折れる聖剣』だね?」

「正解。賢い相手は色々と説明が省けて楽だね」

 

 隠すことなく肯定するジークフリート。

 

「エクスカリバーの量産だと……?」

 

 ゼノヴィアは信じられない気持ちであった。長い年月の中でエクスカリバーの名を冠する聖剣はたった七本しか生み出されていない。それが絶対だと思われていたが、その領域に易々と踏み込んだばかりでなく、神秘性と名誉が地に落ちる行為がされているなど簡単に信じることなど出来ない。

 

「一本につき一振り。それがこのエクスカリバーの限界。──本当に救い難いよね? あのお爺さんは」

 

 バルパーの執念にはジークフリートも理解出来ない範疇であった。

 ただひたすらに求めてきた老人。求めても、求めても答えてくれない相手に対してのバルパーの答えは、その高みから引き摺り下ろすというもの。

 地に堕ちれば地べたを這いずることしか出来ない自分も手にすることが出来ると本気で思っている様子であった。

 バルパーの生涯を賭した研究と『禍の団』の資金等を合わせて創り出されたエクスカリバー。それはお世辞にも成功とは呼べない失敗作であった。

 本物のエクスカリバーと同じ威力を出すことは出来るが、たった数度使用すると耐久力を超えて自壊してしまう。

 これには他の研究者たちも悩み、どうすれば耐久力を伸ばせるのか模索したが、バルパーはここで逆転の発想をする。

 

『数回で壊れるならば、いっその事もっと脆くすればいい』

 

 この考えによって生み出されのが『折れる聖剣』である。ジークフリートが言う様に一回で壊れてしまう程に脆いが、その代わりにコストを極限まで下げることができ、大量生産を可能とした。

 そして、最初から一回で壊れるのが分かっているのであれば、いつ壊れるのかという警戒も必要無くなり予め次のエクスカリバーを用意すればいい、という考え方も出来る。尤も、そんなエクスカリバーを扱える技量を持つ者は『禍の団』に殆ど居らず、唯一ジークフリートの技量のみが基準を満たしており、結果的に彼しか扱うことが出来ず、彼専用の剣となってしまった。

 ジークフリートによる『折れる聖剣』についての簡単な説明を聞き、木場とゼノヴィアは啞然とした表情になっていた。そこまでするのか、と顔に書いてある。

 

(まあ、この話で一番面白いのは、そこまでエクスカリバーを劣化させておいても本人は全く使用出来ないってことなんだけどね)

 

 極限まで劣化させたエクスカリバーですらバルパーには一切反応しない。表面上は平静だったらしいが、ジークフリートはその内面を想像すると憐みよりも滑稽に思えてしまう。

 

「個人的な感想としては悪くはないと思うけど……まあ、使い手のことなんて全く考えていないよね。これと同様に」

 

 ジークフリートは自分の体を指差す。

 

「……彼のことかい?」

「そう。どうやって造ったか聞きたいかい?」

「いや、結構だよ」

「気分が悪くなると分かっていて聞く奴はいないぞ」

 

 説明の拒否にジークフリートは笑う。聞かなくて正解だと彼も内心思っていた。何せ聞かされたジークフリートもフリードに多少同情した程である。

 今纏っている人工神器フリードの製造方法など大したものではない。回収されたフリードの細胞を増やし、磨り潰し、薄く伸ばして衣状にしただけである。

 恐るべきはこの状態でもまだ生体反応があり、適応していない者が纏うと捕食するという現象が起こる、とジークフリートは纏った後にバルパーから説明された。ついでに材料がフリードであると知ったのもこの時である。

 流石に説明された時は、反射的にバルパーを斬りそうになった

 何の因果かジークフリートのみが人工神器フリードを御することが出来る。人工神器フリードは攻撃が迫ると防衛本能により柔剛の性質を持つ細胞変化を起こし、鉄壁の防御を発揮する。

 ジークフリートは今でも嫌悪感を覚えるが、役に立つのは事実なので割り切って使用していた。

 露骨に嫌悪感を露わにしている二人にフリードを纏った時、自分もあんな風な表情をしていたのだろうと苦笑しつつ、左手にも『折れる聖剣』を召喚する。

 

「──そういうことなら同じスタイルで行かせてもらうよ」

 

 気を取り直した木場は追加の聖魔剣を創造し、二刀流になる。

 

「確かに。あの説明を聞いていたらその方が良いな」

 

 ゼノヴィアはエクス・デュランダルの一部に触れる。するとその部分が変形して柄が現われ、それを引き抜くとエクス・デュランダルから取り外され、柄の部分から剣身が伸びて行く。

 エクス・デュランダルの仕掛けにジークフリートは少し目を輝かせる。

 図らずとも二刀流同士の対決となる。木場とゼノヴィアは両手に持つ剣を構えて、ジークフリートの出方を窺う。

 

「ふふっ」

 

 警戒する木場たちを嘲笑うかの様にジークフリートは堂々と歩いて間合いを詰めて来る。無謀としか言えない行為であるが、剣の天才であるジークフリートがやればそれだけでプレッシャーを生み出す。

 二十歩詰めれば間合いに入る程の距離をジークフリートは五歩、十歩と大胆に歩いて行く。

 ジークフリートが近づく度に木場とゼノヴィアの集中力が増していく。今更、重圧で剣が鈍る程繊細ではなく、伊達に修羅場を潜っていない。ジークフリートへの緊張感が寧ろ木場達の感覚を鋭敏にさせていく。

 ジークフリートが間合いまであと一歩の所まで来た。ここまで来ると木場たちの集中力は最大まで研ぎ澄まされる。

 刹那、ジークフリートが一気に踏み込み、木場へ初撃を打ち込む。

 

「っ!」

 

 先手を取られてしまった木場は聖魔剣で初撃を受けざるを得なかった。ジークフリートは木場を攻撃する最中にゼノヴィアへもエクスカリバーを振るう。視線は木場に固定されているにも関わらず、正確な斬撃によりゼノヴィアの出鼻を挫く。

 ジークフリートは大胆な様でいて極めて冷静に二人を観察していた。敢えて緊張を煽る動きを見せた後、二人の緊張感と集中力が最大に高まる寸前というほんの僅かな瞬間を狙って先制したのだ。

 それにより折角高まっていた集中力が霧散され、二人は後手に回ってしまった。

 二人に一撃ずつ打ち込んだことで『折れる聖剣』はジークフリートの説明通りに砕ける。だが、ジークフリートは空の手で腕を振るうとその間に次が補填され、攻撃へと繋がる。

 ジークフリートの二撃目も木場たちは防がざるを得なかった。木場へは胴体への横薙ぎ、ゼノヴィアには上段からの振り下ろしと、相手の動きに対して斬撃の動きを最も効果的なものへ変えている。

 

「くっ!」

「ちぃっ!」

 

 一振りすれば武器が壊れるというのに、ジークフリートの攻撃には隙が無い。補填されるエクスカリバーを高速で振り、三撃目、四撃目を繰り出す。

 二刀流の対決だが、ジークフリートは個々を片手で相手している。しかも、相手に攻撃する暇を与えない。ジークフリートの速さが二人を上回っていることを認めるしかない。そして、ジークフリートは右腕と左腕で全く異なる斬撃を繰り出すことが出来る。腕に脳みそが埋まっている様な器用さであった。

 剣士としてのプライドを大いに傷付けられながらも木場とゼノヴィアはジークフリートの僅かな隙を見つけようと防御しながら動きを探る。少しでも隙を見つけたらそこへ即座に攻撃をねじ込む。

 ジークフリートの攻撃は気付けば十を超えていた。木場とゼノヴィア、それぞれに十以上の攻撃をしているので『折れる聖剣』は既に二十本以上は壊れている。

 壊しているジークフリートに消費を抑える様子は無い。少なくともこの戦いで尽きることが無いぐらい『折れる聖剣』は量産されているのが分かる。

 一見全ての攻撃を防いでいる木場達であったが、その体の至る箇所には細かな切り傷が生じていた。これらは全て『折れる聖剣』の破片が散った際に出来たもの。破片は木場達の皮膚を容易に裂き、聖なる気という残留した毒により木場達の体を蝕み、消耗させる。

 破片や聖なる気が小さな事から致命傷には程遠いが、時間が経てば木場達が不利になるのは目に見えていた。

 木場は防戦の中でゼノヴィアにアイコンタクトを送る。それは次の攻撃の時に反撃を試みるというもの。木場とゼノヴィアの目もジークフリートの動きに慣れてきた。そろそろ一方的な場面を打開する必要がある。

 ジークフリートが剣を振る直前、木場とゼノヴィアもまた剣を震わす。

 

「っと」

 

 二刀流対決になってからの初めての反撃。ジークフリートの斬撃が最大の力を発揮する前に打ち込まれ、脆弱性しかないジークフリートのエクスカリバーは木場とゼノヴィアの一撃で呆気無く折れる。

 二人はジークフリートがエクスカリバーの補填する前にもう一方の剣で追撃を行う。新たなエクスカリバーが召喚されるよりも木場達の刃が届く方が速い。

 ジークフリートの体は人工神器によって守られているので、頭部を狙う。

 

「ふっ」

 

 ジークフリートは一笑し、残った柄の部分を握り砕く。そして、その破片を二人の顔に向けて撒く。

 折れたとしても破片には僅かな聖なる気が残っている。ましてや悪魔である彼らの目などに入れば失明は免れない。

 だが、それに臆する事なく二人は踏み込んだ。木場は頬に、ゼノヴィアは額に小さな切り傷が出来る。

 この動きにジークフリートは初めて目を見開く。聖なる気を恐れるのは悪魔としての本能であり、易々と克服出来るものではない。だというのに二人が前進するまで一切の躊躇いが無かった。

 ジークフリートに二人の刃が届く──刹那、白光が煌めき、二人は同時に剣ごと弾かれる。

 今度は二人が目を見開く番であった。今までとは段違いの衝撃が両手に伝わって来る。

 

「困ったなぁ。使うつもりは無かったのに」

 

 ジークフリートの眼前でパラパラと散っていく『折れる聖剣』の破片。だが、ジークフリートの左右の手は無手。

 木場達の斬撃を弾いたのは、ジークフリートの背中から生える三本目の腕が持つエクスカリバーであった。

 砂でも零すかの様に『折れる聖剣』の残骸を握った手から落としていくその腕は、銀色の鱗の様な装甲で包まれた人外のもの。その形に木場達は既視感を覚える。

 ジークフリートが生やした第三の腕は、一誠の『赤龍帝の籠手』に似ていた。

 

「まさか、『龍の手』!」

「その通りさ。まあ、ありふれた神器の一つだから当然知っているだろうね。でも、僕の場合はちょいと特別でね。亜種に属するんだ。こうやってドラゴンの手が生えるんだからね」

 

 本来ならば籠手の形をしている神器の『龍の手』を振る。木場達を揶揄っている様にしか映らない。

 

「君達が思っている以上に頑張るからついつい出しちゃったよ」

「格好を付けている所悪いけど、つまり君の目が節穴だった、ということじゃないかな?」

「意外と言うな、木場」

 

 上から物を言うジークフリートに木場は薄っすら笑みを浮かべながら辛辣な台詞を吐く。隣人の悪い一面にゼノヴィアは少し感心していた。

 

「ふふふ。そう虐めないでくれ。何せ同年代で僕相手にここまで粘った相手は居ないんだ。そりゃあ、見る目も曇る訳さ」

 

 大して堪えた様子も無いジークフリートは自然な動作で両手にエクスカリバーを握る。しかし、今回はそれだけではない。『龍の手』にもエクスカリバーが握られ、二刀流から三刀流となる。

 

「君達が頑張れば頑張る程、僕もやる気が出て来るってもんさ。さあ、もっと見せてくれ、君達の力を。僕はまだ全部を見せていないよ? 魔剣の全力も禁手もっ!」

 

 ジークフリートは容赦無い現実を突き付けながらも、木場達に期待する笑みを浮かべた。

 

 

 ◇

 

 

 巨大な爆発の後、地面に深いクレーターが出来上がる。その爆心地で無傷の状態で立っているヘラクレスは、クレーター中心で埋まっているそれを両手で掴んで持ち上げる。

 

「驚いたな。原形が残ってやがる」

 

『巨人の悪戯』の能力を付加させたパワーボムをケルベロスへとお見舞いしたが、ケルベロスの体毛の何箇所が焦げているだけで、見た目には大きなダメージが見受けられない。

 

「グルル……ヤカマシイダケダッタナ」

 

 それどころか減らず口まで叩いてみせた。物理攻撃と炎熱に対して強いケルベロスだからこそ生身で耐え切ってのけたのだ。

 

「生意気な奴め……」

 

 ヘラクレスは額に青筋を浮かび上がらせ、ケルベロスの体をもう一度持ち上げる。一度でダメなら二度、三度同じ事をすればいい、という考えであった。

 

「お前の体で地面を耕してやるよっ!」

 

 ヘラクレスがケルベロスごと跳び上がろうとした瞬間、横から飛んで来た複合された魔法がヘラクレスの脇腹に直撃。

 

「ぐおっ」

 

 油断していたことと比較的筋肉の厚みが薄い箇所に当たったことも相まってケルベロスを掴んでいた手が緩む。

 

「グルルッ!」

 

 ケルベロスは身を捩り、ヘラクレスの顔面に尾を叩き付けた。

 骨の様に節ばったケルベロスの尾がヘラクレスの顔、それも両目付近へと当たる。

 

「っう!」

 

 流石に眼球まで鍛えることは出来なったヘラクレスは、両目を強く押し込まれる不快感と痛みに気を取られ、ケルベロスを掴む力が更に緩む。

 

「アオーン!」

 

 前肢による横殴りがヘラクレスの頬へめり込む。視界が遮られているヘラクレスは完璧に入ったその一撃によって殴り飛ばされた。

 ヘラクレスの巨体が地面を跳ねていく中で持ち上げられていたケルベロスは地面に着地。首の調子を確かめる様に首を左右に振る。

 

「ごほっ、ごほっ、大丈夫ですか?」

 

 咳き込みながらロスヴァイセがケルベロスの傍に来る。ヘラクレスの爆発込みのラリアットを受けていたが、鎧の胸元の一部が破損している程度でそれ以外に目立った外傷は無い。

 

「ごほっ、念の為に体に防御用の魔術を施していたんです。ごほっ、げほっ! ロキ様との戦いで他の魔術も勉強した方が良いと思ったので……こほっ! それでもかなり効きました」

 

 喉にダメージを負い、やや擦れた声で説明するロスヴァイセ。

『戦車』の特性に合わせ、防御力を上昇させる魔術を仕込んでいたのが結果として吉と出た。だが、鉄壁に近いロスヴァイセの防御力を突き破るヘラクレスの力と神器は侮れない。ケルベロスとロスヴァイセは自身の特性によって上手く切り抜けられたが、普通なら形すら残っていなくてもおかしくなかった。

 

「はっ! 気が合わねぇのは分かっていたが、相性まで最悪かよ!」

 

 魔術で撃たれて赤くなった脇腹を撫でるヘラクレス。口だけ笑みを浮かべているが、額には太い血管が何本も浮き上がっており、内にある激情が今にも外に飛び出しそうであった。

 

「とことん敵だなぁ! 俺達はよぉ!」

 

 喜んでいるのか怒っているのか分からない程の大声を出すヘラクレス。全身の筋肉が膨張していく。

 

「直撃したのにあんなに元気ですか……少しショックですね」

 

 攻撃魔法にはそれなりの自信があったロスヴァイセのプライドが少し傷付く。

 

「グルル……一回デダメナラ十回ヤレバイイ。最後ニ効ケバオマエノ勝チダ」

「──もしかして、慰めてくれてます?」

「アンナ奴ニ負ケタクナイカラナ」

 

 その為なら慰めの言葉の一つぐらい吐く、とあくまで利己的であると主張するケルベロス。とはいえ、ロスヴァイセとしてはそんなケルベロスの存在は心強く感じられた。

 

「良い子なんですね。ケルベロス君は」

 

 ケルベロスの鬣を撫でながらつい言ってしまう。

 

「グルル……ソウイウノハ後ニシロ──クルゾッ!」

 

 ヘラクレスが両拳を地面に打ち込む。神器が発動し、打ち込まれた地面が爆発を起こす。ヘラクレスはその爆発を利用し、前方へ飛び出してきた。

 巨体が砲弾の如く凄まじい速度で迫って来る。触れればヘラクレスの神器によって爆破される。

 ケルベロスは炎を吐き、ロスヴァイセは魔法陣を展開して北欧魔術を発動。炎と魔法の合わせ技がヘラクレスを迎え撃つ

 言葉交わさずとも息の合った攻撃を見せる二人だったが、ヘラクレスの方もただ単純に突っ込むだけではない。

 炎と魔法の合成技がヘラクレスに命中しようとした瞬間、爆発が起こった。

 熱や衝撃波によって顔を背けてしまう二人。急いでヘラクレスの方を見たが、そこに何も無い。

 自分の攻撃で跡形も無く消え去った──などという楽観的な考えを抱くことはしなかった。戦い、肌で感じているからこそヘラクレスがこんな簡単に倒れないことを理解している。

 その時、ケルベロスの鼻が動く。漂う微かなニオイでヘラクレスの位置を察知する。

 

「上ダッ!」

 

 ケルベロスが叫び、ロスヴァイセも頭上を見上げる。巨体が豆粒に見える程の高度にヘラクレスは居た。ケルベロス達の技を爆破で防ぎながら、爆風を利用してそこまで一気に跳び上がったのだ。

 

「一気にぶっ飛ばさせてもらうぜ! おりゃああああああああ! 禁手化ゥゥゥ!」

 

 生半可な攻撃では無駄に時間が掛かると思ったのか、ヘラクレスが仕留めにかかる。

 禁手化を合図にヘラクレスの全身が光り輝き、手、足、背中から突起の様なものが形成される。

 

「これが俺の禁手ッ! 『超人による悪意の波動』だぁぁぁぁぁ!」

 

 ケルベロスとロスヴァイセは実体化したヘラクレスの神器を見ても反応は薄かった。もし、ここに一誠やシンなどの現代に関する知識を有する者が居れば、ヘラクレスの生やした突起を見てある現代兵器を連想していただろう。しかし、残念なことにこの場に於いては、現代兵器の知識が極めて薄い者しか居なかった。

 その時、ケルベロスとロスヴァイセは悪寒を覚える。何かに見られている様な感覚であった。

 その感覚が正しかったことを直後に思い知ることとなる。

 

「消し飛べやぁぁぁぁぁ!」

 

 ヘラクレスの咆哮を号令とし、全身の突起が撃ち出される。火を噴きながら飛んで行くそれはまごうことなきミサイルそのもの。数え切れない程のミサイルが一発一発独自に軌道を変えて正確にケルベロスとロスヴァイセへ飛んで行く。

 二人が見られていると思った感覚は、照準を付けられたことを意味していた。

 

「くっ!」

 

 ロスヴァイセが悪魔の羽を広げて飛び立つ。ミサイルを少しでも多く自分に引き付けるのが目的である。その意図が伝わったのかケルベロスもまた地面を駆け出していた。ミサイルから逃れつつ、狙いを外させる為に初速から全力を出す。

 天と地に分かれてミサイルから逃れようとするケルベロス達。

 

「はっ! 二手に分かれて俺の禁手を分散させようってか! 中々仲間思いじゃねぇか! だが、無駄だぜぇぇぇぇ!」

 

 ヘラクロスの体から追加で発射されるミサイル。ロスヴァイセの視点からは視界一杯に映り込み、ケルベロスの視点からは雨の様に空を埋め尽くす。

 

「このままでは……!」

 

 ロスヴァイセはミサイルの進路方向に魔法陣を無数に展開。ある程度の数を減らそうと考えたが、ミサイルは魔法陣の展開を感知し、旋回もしくは魔法陣同士の隙間へ入り込んで通過するという正確な動きをする。

 

「そんなっ!」

「一発一発が俺の神器なんだぜぇ! 見てりゃあ欠伸が出る程簡単に避けられるんだよぉぉぉぉ!」

 

 ロスヴァイセの行動を失策と笑う。

 

「逝けやぁぁぁぁ!」

 

 ミサイルの弾速が増す。ヘラクレスが説明した様にミサイルの形をしているがこれは神器である。使い手によって威力も性能も変化させられる。

 最早、避けることは叶わないと覚悟したロスヴァイセは、限られた時間の間に自身に何重もの防御用の魔術を施す。自分の魔術と『戦車』の防御力を信じて耐える道を選んだ。

 同時に地面でもケルベロスが広範囲に炎を吐き出していたが、何発か誘爆させた程度で大した成果を得られなかった。こちらも覚悟を決めた様子で、可能な限り身を縮まらせ防御に徹する。

 天と地で巨大な爆発が起こり、爆風が周囲のものを吹き飛ばす。上空に生じた爆煙を突き破ってロスヴァイセが地面に落下していくが、意識はまだあり上手く着地をする。

 銀髪は煤で汚れ、鎧も数箇所欠損している。腕や額から流血しており、かなりのダメージを負っていた。

 一方で地面の煙が晴れると大きなクレーターの中心でケルベロスが横たわっていた体を起こしている。こちらもミサイルの衝撃によってすぐには動けない程のダメージを与えられていた。

 

「ははっー! 耐えるか! だが、まだまだぁぁぁ!」

 

 禁手による攻撃後のヘラクレスは不思議なことに滞空したまま落下する気配が無い。翼や羽は無いのに高度を維持し続けている。よく見ると背面にあるミサイルから炎が噴き出しており、その出力によって高度を維持している。

 ヘラクレスは滞空の為の炎を噴射させて空中を駆け抜ける。通り過ぎた後に大量のミサイルを残して。

 

「危ないっ!」

「グルルル……!」

 

 まだ動けない状態のケルベロスにロスヴァイセは駆け寄り、その周囲に魔法陣の結界を張り巡らせる。

 ばら撒かれたミサイルが結界に命中。爆発が起こり、結界に亀裂が生じる。改めて学び直した防御魔法であったがヘラクレスの神器の前には付け焼き刃に等しくロスヴァイセは悔しさから唇を強く噛む。

 結界がミサイルを耐えられるのは後一回か二回程度。ミサイルに対抗する為に全方位に張り巡らせたせいで脱出するのも難しい。仮に逃げ道があってもそもそも雨の様に降って来るミサイルを避けることの方が遥かに難易度が高い。

 

「すみません、ケルベロス君……もっと、もっと……私が強ければ……!」

 

 自分の無力さを心の底から悔しがるロスヴァイセ。ケルベロスが何かを言おうとするが、それよりもヘラクレスの大声が響き渡る。

 

「呆気ねぇなぁ! 犬ッコロ! ケルベロスって名の割にはこの程度かぁ? 頭一つのせいで実力も半人前以下なんて笑えねぇぞ!」

 

 罵倒と共にミサイルが降り注ぐ。ケルベロス達を守る結界はミサイルによって破壊され、身を守る術を失った彼らは集中砲火に晒された。

 紅蓮の爆炎が天高く伸びて行くのを見て、ヘラクレスは地面へ降りる。

 

「──あーあ。曹操のとこでも行くか」

 

 戦いの最中は昂っていたが、終わってしまえば呆気の無い結末。戦いの熱もすぐに冷めてしまい、ヘラクレスは禁手を解いて曹操の許へ行こうとした──

 

 グルル

 

 爆炎の中から聞こえる唸り声。何度も聞いたせいで聞こえる幻聴──ではない。明確な殺気を感じ、ヘラクレスの背を粟立たせる。

 

「何だぁ?」

 

 仕留め損ねたことに寧ろ笑みすら浮かべるヘラクレス。退屈が楽しみに反転する。

 ヘラクレスの見ている前で爆炎が急速に小さくなっていく。鎮火しているのではなく、まるで時間を逆回しにされているか、吸い込まれているかの様な不自然な縮小であった。

 

「──おいおい。どういう仕組みだ?」

 

 縮小する炎の根本に立つケルベロス。あれだけの爆炎は全てケルベロスの体へと吸収されていた。

 彼に守られる様に覆い被さられていたロスヴァイセもヘラクレスの禁手を全て取り込んだケルベロスに驚いている。

 

「ケルベロス君、貴方──」

 

 そこから先の言葉をロスヴァイセは呑み込んでしまった。牙を剝き、喉を唸らせ、目を血走らせて怒気と殺気を無差別にばら撒くケルベロス。膨張し過ぎた怒りに何か一言でも刺激を与えればたちまち爆発して矛先が向けられるのではないかと思えたからだ。

 ケルベロスは自分のことを丸くなったと客観的に思っていた。冥界でシンともう一人に敗れた後、シンに拾われて仲魔となって。すると、シンだけでなく小さな仲魔も付いてきた。

 少々喧しく、我儘の多い連中であったが、不思議と不快感を覚えなかった。幼い頃に同族から追い出され、孤独と孤高を共として生きてきたケルベロスにとってはそこは初めての群れと言えた。

 そこで芽生えたのか、それとも生まれ持ったものかは分からないがケルベロスはピクシーらへの庇護と責任感を覚え、彼女らを自然と守ろうとしていた。言えばピクシー達に反発されるかもしれないが、シン達の仲魔の中でケルベロスは自分をサブリーダーの位置にあると思っていた。

 このまま暮らしていけば自分はもっと大人しくなるのではと思っていたケルベロスであったが、結局のところ自分は何も変わっていない。ヘラクレスの強さと禁句に触発され、無意識に縛っていた獣性と魔性が表に出て来る。そのことに解放感すら覚える。

 ヘラクレスが侮辱した。殺す。殺意と行動が直結した思考。最早、それ以外のことはどうでも良くなってくる。間近にいるロスヴァイセのことすら頭の片隅へと追いやられた。

 

「グルルルッ!」

「今更やる気が出て来たのか? はっ! おせぇよ! 頭が少ねぇとそういうのも鈍くなるのか?」

 

 ヘラクレスの方も分かっていて侮辱に侮辱を重ねる。退屈と思っていた戦いがようやく面白くなってきたのだ。ケルベロスが何処まで怒るのか遊び半分で挑発する。

 

「頭が足りないのが力が足らねぇって訳無いよなぁ?」

 

 ケルベロスは頭の中でブチブチと何かが切れる音を聞く。

 

 足りない、足りないと喧しい。そんなに見たいのならば見せてくれる。

 

 ケルベロスの鬣から炎が噴き出す。先程、取り込んだ爆炎が変換され、ケルベロスの力と化していた。

 

「ケ、ケルベロス君!」

 

 至近距離に居たロスヴァイセの身の安全を一切考慮しない熱量。しかし、動けば炎に巻き込まれる可能性の方が高かったので、ロスヴァイセは仕方なく耐熱、耐炎の魔術を自分に掛け、じっとしているしかなかった。

 噴き出した炎は渦巻き、形を変えていく。

 炎は犬の頭部の形となり鬣を挟んで左右に一つずつあった。炎を操り、存在しない二頭を作り出す。

 ケルベロスの名に相応しい三つ首となった彼は咆哮を上げる。当然ながら聞こえる声は一つ。模倣された頭からは咆哮は聞こえず、動きだけを見せる。

 

「ほぉ……」

 

 ヘラクレスは驚きで目を丸くし、次に獰猛な笑みを浮かべる。退屈するのはまだ早過ぎると分かった故に。

 

 

 ◇

 

 

 燃える右腕を見ながら、シンは淡々と考えていた。肉の焦げるニオイや熱さなど気にする素振りすらない。

 

(やっぱり音が関係しているだろうな)

 

 デイビットが直前に奏でた音楽。それを聞いたシンは頭の中で火や炎、熱などを強制的にイメージさせられた。そのすぐ後に自分の右腕が燃えていることに気付いたとなれば、関係があるのは間違いない。

 現実的に考えるなら非常識だが、相手はヴァイオリン一挺で聞く者を強制的に眠らせる演奏をする魔人である。聞かせた者を燃やすぐらい容易く思えた。

 シンは右腕を振り払う。その一振りで右腕の炎は消し飛んだ。派手に燃えていた割にはシンの右腕には焦げた跡は無く、火傷も殆ど無い。炎に対して強い耐性を持っているので極めて軽傷で済んだ。

 デイビットの後方で待機しているレオナルドは、それを見て微かに眉間へ皺を寄せる。思っていたよりも効果が無いことを不思議に、そして残念という二つの思いを混ぜた表情であった。

 レオナルドがデイビットの背中に視線を送る。それだけで指示は伝わり、デイビットはヴァイオリンを構え直す。

 奏でられる新たな音。シンは音が力だというのならそれを妨害する方法を試してみることにし、大きく息を吸い込む。そして、吸った息を全て雄叫びとして吐き出す。

 デイビットの繊細な音楽とは真逆の粗野そのもの。大気を殴りつける様な大声。シンが発する声の大きさに無表情のレオナルドも体をビクリと震わせ、目を見開く。

 デイビットは演奏を淀ませることなく奏で続けるが、シンの大声の前にはその音楽も殆ど掻き消されてしまう。

 だが、いつまでも息が続く筈が無いので雄叫びを継続させながらシンはデイビットに接近する。

 デイビットと跳ねる様な動きでシンから距離を取ろうとするが、それよりも先にシンは足裏に集中させていた魔力を爆発。靴が片方完全に駄目になる代わりに前へ一気に押し出され、後ろに跳ねたデイビットの眼前にまで移動。

 速度を乗せた拳がデイビットの顔面に命中し、その白骨の顔面に罅を入れる。

 予想以上の手応え。能力も強力で身体能力も決して低くは無いが、今まで戦って来た相手と比べると動きは一段、二段劣る。もしもマタドールなら、軽々と回避するか当たる前に攻撃をしてくるかのどちらかであろう。

 拳を一気に振り抜くと、デイビットの体が独楽の様に回りながら殴り飛ばされていく

 デイビットは空中で体勢を整え、きちんと着地した。だが、枯れ木が折れる様な音の後にデイビットの足元に何かが落ちる。細かく砕けた白い物体。先程のシンの一撃によって砕かれた頬骨や歯の一部であった。

 顔の一部を失ったデイビット。剝がれ落ちた箇所は、中を塗り潰した様な黒しか見えず、空洞にも何処へ繋がっているか分からない異空間にも見えた。

 シンは足底が無くなり、ボロボロに裂けている靴の片方を脱ぎ捨てながら制服の胸元を指先で摘まみ、引っ張る。制服の表面から薄い氷が剥がれ落ちた。

 デイビットの音を掻き消す前に僅かに耳に届いていた。背筋が凍る様な冷たい旋律をたった一小節聞いてしまっただけで体に薄い氷が張り、体温を下げられた。そのせいで体の動きが鈍く感じてしまう。

 デイビットの音を妨害する以外に自身の聴力を封じるというアイディアもあったが、鼓膜をどうにかする程度でデイビットの音を完封出来るとは思えず、無駄に傷を負うだけと実行しなかった。

 レオナルドはデイビットを傷付けられたことに不愉快そうな表情をする──と言ってもせいぜい眉と目が若干吊り上がった程度の変化だが、レオナルドの表情が無表情過ぎた為にその差で分かる。

 レオナルドは吐息と区別が付かないぐらいに小さな声で呟く。デイビットの砕けた箇所が光り、元通りの顔になっていた。神器から派生した存在なのでレオナルドが望めば幾らでも修復出来る様子。

 シンの会心の一撃をあっさりとリセットされ、戦況がゼロへ戻される。尤も、シンは負傷しているので厳密にはシンの方がマイナスとなっていた。

 デイビットを簡単に治せるのなら、シンの戦い方の選択は限られてくる。

 一番手っ取り早いのは使い手であるレオナルドを戦闘不能状態にすることだが、そうなってくるとデイビットの存在が邪魔になってくる。もう一つはデイビットを修復出来ないレベルまでダメージを負わすことだが、先程の光景を見るとかなり時間の掛かる持久戦となる。現状、あまり時間を掛けたく無いのがシンの本音である。

 危険を承知で最短を取るか、なるべく危険を避けて時間が掛かるのを覚悟して戦うのか。

 極めて短い時間で選ばなければならない。

 自分の状態、手札を考慮した上でシンが選んだのは──

 

「あっ! 見つけました!」

 

 ──張り詰めた空気など知るかと言わんばかりの喜々とした少女の声。目だけ動かせば、安堵した表情のルフェイがそこに立っていた。

 

「間薙様! 遅ればせながら手伝いに来ました!」

 

 シン達が二条城へ向かう途中で転送されてしまったせいで合流し損ねたヴァーリ側の協力者であるルフェイが、やっとのことで一人目を見つける。

 

「──ああ」

 

 レオナルドとデイビットとの戦いに集中していたせいで、今の今までルフェイの存在を完全に忘れていたシンは、返事するのに少し間が開いてしまった。

 

「はい! キチンと遅れを……あっ、レオナルド君。それと……どちら様でしょうか?」

 

 既知の間柄であるレオナルド。その近くに居るデイビットにルフェイは首を傾げる。形だけなら魔人と変わらないというのに臆せずその反応。大した心臓の持ち主と言える。

 

「もしかして、だいそうじょう様やマザーハーロット様のお仲間でしょうか?」

 

 未知なる魔人に対して当然の反応と言えるが、この場に二人が居たら紛い物と一緒にされたことに怒りを露わにしていただろう。

 レオナルドの方は不味いものを見られた、と言いたげな表情をしている。初めて見せる『魔獣創造』の新たな側面である。英雄派のメンバーならまだ良いが、ヴァーリのチームであるルフェイに見られたのは失策と言えた。

 知られたからには誰にも話せない様にすればいい。レオナルドの視線に不穏なものが混じる。その意志に反応し、デイビットはゆっくりとルフェイの方を見る。

 

「ダメですよー。人をそんな目で見ちゃ」

 

 レオナルド達の不穏な感情をすぐに感じ取ったルフェイ。恐れることなく普段通りの態度のままでレオナルドを窘める。当然ながらそんな言葉でレオナルドの考えは変わらない。

 

「仕方ないねー。そちらがその気なら、こちらもそれ相応の対応をしますよ?」

 

 ルフェイの前方、足元に大きな光の円が出現する。円の中では光が渦巻いており、それが中央へと集まって行くと、渦の中心から轟音と共に巨人が召喚される。

 巨人は上半身しか地面から出ておらず、そもそも下半身があるのかすら分からない。しかし、その状態でも見上げる程の巨体であった。

 その姿は人のシルエットの様な至ってシンプルなデザインであり、体色は出現前の円と同じ淡い金色。よく見る胴体に白い線の模様が入っており、顔にあたる部分には丸で目と口が描かれていた。

 巨人の体は半透明で向こう側が透けて見える。ゼリーの様な柔らかさを想像させる見た目をしていた。

 巨人は右手に上半身以上の長さを持つ棍棒を握っており、その棍棒は中央部分が稲妻の様にギザギザとした変わった形状をしている。

 

『#$%$! +・@・“・¥!』

 

 呼び出された巨人が言語らしき音で咆哮するが、シンやレオナルドの耳には意味不明な音としてしか入らない。

 この巨人はルフェイの護衛として就かされた存在。ゴグマゴグと同じ次元の狭間にて見つけられた。

 その正体は謎に包まれており、分かっているのはゴグマゴグのよりも更に古い存在であること。発見され、動くこと自体が奇跡であるが、中に込められた情報が古過ぎるせいで誰にも解析が出来ず、未だに正体は判明していない。

 正体不明。謎が多過ぎて危険な存在ではあるが、その性能は放置しておくにはあまりに惜しい程高い。

 ヴァーリは危険を承知でこの巨人をチームに加え、ルフェイもゴグマゴグ同様にそれを気に入っていた。

 この巨人の正式な名前は誰も知らない。ゴグマゴグと幾つか共通する部分が見受けられることから、ゴグマゴグの原型機(アーキタイプ)ではないかと推測されている。

 だから、ルフェイがそれに与えた仮の名は──

 

「いっけー! アーくん!」

『######! &・@・¥・;!』

 

 




正体不明の巨人こと威霊アルビオンの参戦となります。でも、白龍皇と名前が被ってしまうので、作中では名前は一切出ません。

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