(これは……やばい……!)
聖槍によって刺された腹部からは傷の深さ以上の出血が起こり、聖槍が持つ聖なる気によって悪魔の体から白煙が上がっていた。焼かれる様な痛みと体の奥底から冷えていく様な喪失感。
流れ出る血と共に大事なものまで外に出て行く感覚。最上位の聖なる気が一誠という悪魔をこの世から消滅させようとする。
突き刺さっている聖槍を引き抜こうにも意識がどんどんと薄れていき、腕を動かすことが出来ない。
『相棒! 気をしっかりと保て!』
ドライグが薄れ行く一誠の意識を呼び戻そうと何度も呼び掛けるが、声を聞く度にその声は遠く離れていく。
このまま為す術もなく聖槍によって消滅するかと思われた時──
「イッセーさんっ!」
──その声だけは何故かハッキリと一誠の耳へ届き、沈み掛けていた一誠の意識が浮上する。
そして、一誠は己の体が緑色のオーラに包まれていることに気付く。腹部の激痛は緑のオーラによって緩和されている。
暖かさを覚える緑のオーラが何なのか一誠は知っていた。何度も世話になっているからだ。
離れた場所でアーシアが手を組んで祈りを捧げるポーズをして集中している。彼女の持つ『聖母の微笑』の治癒の能力を一誠へ飛ばし、全力で回復させていた。
アーシアがここに来たのは偶然であり、真っ先に見たのは一誠が聖槍によって刺されている姿であった。
その光景にパニックならずすかさず神器を発動させたことは最良の判断と言える。後数秒遅かったなら間に合わなかった。
しかし、『聖母の微笑』の治癒力でも聖槍が生み出す破壊を完全には止められない。進行を遅らせるのがやっとである。
(問題、ねぇ……!)
『Transfer!』
『赤龍帝の贈り物』による譲渡が発動。アーシアの神器の能力が一気に引き上げられ、一誠の体から上がっていた白煙が消える。
「ふぬっ!」
聖槍を両手で掴み、腹から抜く。抜いた瞬間に全ての光景が点滅する様な激痛が生じたが、『聖母の微笑』のおかげで腹の傷が閉じると同時に消え去る。
聖槍を押さえつけたまま曹操にお返しの一撃を与えようと拳を突き出す。
「──がっ!」
だが、事が上手く進むとは限らない。アーシアが合流し、流れが向いて来ていると思いきや、一誠が放った反撃の拳は曹操に届くことはなく、逆に曹操の足が一誠の顎を蹴り上げていた。
真下からの蹴撃に反応出来ず、顎への強い衝撃と共に空を見上げており、脳が揺らされたせいで一瞬何をされたのか分からなかった。
蹴られた、と認識した時には曹操の姿が消え、数メートル先に移動している。ドラゴンショットで遠くまで飛ばした珠をいつの間にか戻し、一誠の間合いの外へ転移していた。
「聖槍で傷付けられた悪魔すら癒すか……しかも、これだけの距離があいているのに」
曹操の眼差しがアーシアへ向けられる。敵意とは異なる欲求に満ちた目にアーシアは体を震わせた。
「邪魔だと思う反面、欲しいとも思ってしまうな。悪魔すら癒す神器なんてとても公平だが、他から見たら不公平そのものだ」
アーシアへの処置を一考する曹操。アーシアに危害を加えるかもしれない曹操に一誠は怒りを露にする。
「アーシアに指一本も触れるなよ! もし、触れたら消し飛ばしてやる!」
「そういう台詞、出来たらカッコいいんだけどねぇ」
怒声に対し挑発が返って来る。
アーシアの神器で聖槍の傷は治ったが、表面上の傷だけである。まだ内部に残留している聖なる気が一誠の肉体を蝕み閉じた傷を開こうとしているが、一誠はそれに構わず動く。
「アーシア! 『女王』にプロモーションだ!」
アーシアがこの場にいるからこそ可能なことがある。アーシアに渡されてある代理認証カードがあれば一誠はプロモーションが出来る。
「はい!」
アーシアが同意したことでプロモーションが発動し、一誠は『女王』になることで能力が一気に上昇する。
上昇した能力を爆発させる様に放出し、曹操へ向けて最大速度で飛ぶ。赤い残像が尾の様に伸びていく。
「おっと」
今までよりも上回る速度で接近してきた一誠の渾身の突きに対し、曹操は最小限の動きで横に移動しただけで躱してみせた。
高まった能力は確かに驚異的ではあるが、所詮は直線的な攻撃である。きちんと見極めれば避けられない訳では無い──そう思っていた。
「ん?」
腕に熱の様なものを感じ、腕を見る。袖の一部がいつの間にか裂けており、その下の肉が僅かに抉れ、流血していた。
完璧に避けたと思った曹操だが、一誠の拳は彼に触れていた。
「むっ!」
圧を感じ、その場から素早く移動する曹操。そこへ赤い光が突き抜けていく。大量の魔力を噴射している一誠は攻撃が外れるのが分かると、無理矢理噴射の向きを変えて切り返してきた。
一瞬にして間合いを詰めてきた一誠。回避直後の不安定な姿勢では次の回避に間に合わないと悟った曹操は、珠の力によって転移。
一誠から数十メートル以上離れた位置に移動する。だが、一誠は止まることなく即座に曹操の位置を見つけると息を吐く暇も与えずに急接近した。
そのまま体ごとぶつかっていくが、またも転移によって回避されてしまう。
曹操の戦い方が先程よりも慎重になってきており、必要以上に一誠との距離を取ろうとするが、一誠の方は距離など関係ないと言わんばかり高速移動を続ける。
接近と離去を交互に繰り返す両者。段々とアーシアとも離れていく。
アーシアの神器は直接触れた時が最も効果を発揮し、逆に距離が遠くなればその分治癒効果も薄れていき最終的には範囲外となって治癒出来なくなる。
アーシアはこれ以上離れると一誠の治癒が出来ないと思い、二人の後を追おうとするが──
「近付くのはいいが……あんまり、近寄り過ぎるなよ……?」
──それに対し前以って注意する声が飛んで来た。
「アザゼル先生!」
アザゼルの存在に気付き、彼が重傷を負っていることにも気付きアーシアは二度驚く。
慌てて彼の傷を神器で治そうとするが、アザゼル本人がそれを止める。
「すぐに死ぬ訳じゃねぇ……俺よりもイッセーの方に、集中しな……」
「でも!」
脂汗を流し、顔も蒼白となっているアザゼルを見て、傷を放置することなど酷な話であった。
「いいから……イッセーを勝たせたいなら……割り切れ……」
躊躇うアーシアの優しさに苦笑しながらアザゼルは敢えて軽い口調で言う。
すると、アーシアの足元の影から今まで沈黙していたギリメカラが現われる。ギリメカラは単眼を細めた。深手を負っているアザゼルの姿を痛々しく思っている──
パオッ! パオッ! パオォォッ!
──など微塵も抱いていない。『神滅具所持者だからって人間のガキにそこまでやられてるなんでダサすぎだろ! ははははははは!』という内容の台詞を言った後に爆笑する始末。
パオ? パオオ?
『どうした? 急に耄碌した? 大丈夫? アザゼルおじいちゃん?』という追い討ちまで掛けて来る。
「ギリメカラさん! いくら何でも言い過ぎです!」
温厚なアーシアもギリメカラの情け容赦の無い暴言に憤慨する。一生懸命戦ってくれたアザゼルを嘲笑することは色々と助けてくれたギリメカラでも許すことは出来ない。
「ああ。いい、いい。言わせておけ……つー訳で老人介護頼むわ。いざって時の為になるべくイッセーの近くまで連れて行ってくれ……」
アザゼルはギリメカラの暴言をさらりと流し、自分とアーシアの護衛をしながら一誠の後を追う様に頼む。
ギリメカラはアザゼルの反応が淡白だったことにつまらなそうに長い鼻を鳴らしながら、言われた通りにアザゼルとアーシアを持ち上げて自分の両肩に乗せ、アーシアの神器の効果が切れない様に且つ巻き込まれない様に適度な距離を保ったまま一誠と曹操を追い始める。
「あ、ありがとうございます!」
パオ
アーシアが礼を言うと、『そんなことはいいから集中しろ』と言われた。
目を固く閉じ、神器に力を込めるアーシア。一誠の無事を強く念じ始めると周りの雑音は消え、ギリメカラに運ばれていることも気にならなくなる。
「イッセーさん……!」
自分は戦うことは出来ない。だからこそ自分の代わりに戦い、傷付く一誠の為にアーシアは強く、深くその無事を祈り続けた。
◇
『断罪の聖龍』は聖剣の集合体であるが生物の動きをリアルに再現し、巨大な翼を動かして飛翔していた。
実際の重量なら同じ体格の本物のドラゴンよりも重い筈だというのにまるで猛禽類の様に自由に空を飛び続けている。
空を飛ぶことが出来ないルフェイの巨人達に向けて聖龍は口を開ける。大口から放たれるのはブレス代わりの多種多様な聖剣の束。
一撃の威力は本物のブレスよりも低いかもしれないが、聖剣一本一本にそれぞれ固有の能力が込められているので防ぐとなると困難を極める。
吐き出された大量の聖剣に巨人の子機である緑の分身が竜巻を吹く。
高速で回る風の渦が聖剣を吹き飛ばしていく。が、竜巻によって吹き飛ばされたのは全体の二、三割程度。無数の聖剣の中に混じる風を裂くことに特化した聖剣による影響であった。
竜巻を突き破った聖剣らを待ち受けているのは、空を焦がさんとして走る赤色の炎。緑に代わって赤の分身が炎による攻撃を開始する。
だが、それも他の聖剣の能力に中和される。しかし、竜巻の時と同じ数の聖剣が燃え落ちて使い物にならなくなった。
最初の数から半減した聖剣を猛吹雪が襲う。絶対零度に近い極低温で冷やされた聖剣に轟音と共に落雷が落ちる。
黒の分身と黄の分身の合わせ技によって砕かれ更に数を減らし、最初に吐き出された数の一、二割程度しか残されていない。
威力を殆ど削げられてしまったが、それでもやっと巨人に攻撃が届くかと思いきや、巨人が持っていた棍棒を一振りすると残された聖剣は全て木端微塵になって散ってしまった。
四体の分身による迎撃と巨人の怪力により聖龍のブレスを無傷で切り抜ける。
それを見ていたジャンヌは面白くない。
「そんな隠し玉があるなんてずるくない? あーあ。ルフェイちゃんは隠し事の出来ない正直な子だと思っていたのになー。お姉さんショック」
「単純にジャンヌさんが私のことを良く知らないだけだと思いますよ?」
ジャンヌの嫌味にルフェイはニッコリと笑って返す。嫌味で返すというよりかは思ったことを言っているだけに見え、意図せずジャンヌの正直な子という部分を証明していた。
「まあ、他の派閥同士だからねー。これからお互いを知ってく?」
ジャンヌは微笑みかけながら周囲に聖剣を創造、それらをルフェイへ一斉発射する。杖を構え、魔術を唱えようとするルフェイの前にイリナが降り立つと『擬態の聖剣』を鞭の様に振るい射られた聖剣を全て叩き落す。
「ありがとうございます!」
助けてくれたイリナにルフェイは無邪気に礼を言う。一方でイリナの方は複雑そうな表情をしていた。
現れたタイミングを考えればルフェイは味方なのかもしれないが、ジャンヌと顔見知りな所を見ると少し怪しく思えてしまう。しかし、完全に疑うにはルフェイが礼を言った時の笑顔は綺麗なものであり、それが余計にイリナを迷わす。
「大丈夫です! 私は皆さんのお手伝いに来ただけです!」
未だに迷っているイリナを見て安心させる様にルフェイは言う。
「決して貴方に危害は加えません! おっぱいドラゴンの名に誓って!」
「え? おっぱいドラゴン?」
「はい! 私はおっぱいドラゴンの大ファンなんです!」
おっぱいドラゴンはちびっ子の味方。子供を守ることは正義。正義のおっぱいドラゴンを信奉するということはルフェイも正義の味方。
「なら問題無し! 一緒に平和の為に戦いましょう!」
「はい!」
恐ろしく単純な図式がイリナの頭の中に浮かび、あっという間にルフェイを信じることとなった。
「もうずるーい! 可愛くて良い娘で素直だとすぐに仲良くなっちゃうの? お姉さん嫉妬しちゃう!」
あっという間に共闘体勢になった二人にジャンヌは本気でヤキモチを焼いている様な反応をする。
「だったらお姉さん、もっと本気になっちゃおー」
ジャンヌが指を鳴らす。すると、聖龍の体が解れ出し構成している聖剣が飛び出したかと思えば、それらが高速で回転を始めて聖剣による竜巻を発生させた。
竜巻が進めば地面が深く抉れていき、竜巻に直接触れずともある程度の距離まで近付くとバラバラに斬り裂かれる。
「はっ!」
イリナは天使の力で生み出した光の槍を限界まで出現させ、それらを聖剣の竜巻目掛けて放つ。
一本でも人間や並の悪魔なら四散する威力を秘めているが、イリナの光の槍は竜巻を貫く前に聖剣の切れ味を持つ旋風によって全て裂かれてしまった。
「うぅ……全然ダメ」
イリナは悔しさで表情を歪める。今のがイリナの放てる最大火力。『擬態の聖剣』は応用が利くが『破壊の聖剣』などと比べると火力不足である。今のが通じないとなるとイリナに竜巻を防ぐ手立てはない。
「大丈夫です! アーくん達が行きます!」
ルフェイの声に従い、あらゆるものを切り裂く聖剣の竜巻に巨人が向かっていく。恐れ知らずなのか、それとも恐れる心を持っていないか分身を引き連れて前進する巨人に一切の迷いは無かった。
棍棒を振り上げ、迫り来る竜巻に挑もうとする巨人。分身達もそれぞれ魔法を放つ為に力の充填を始める。
最大の一撃で打ち砕こうとした時──
「引っ掛かった」
巨人の足元から竜巻と化した筈の聖龍が飛び出し、頭部から伸ばした巨大な聖剣で巨人の胸を貫く。
「ああっ!」
「アーくん!」
聖龍は首を振り上げる。胸に刺さっていた刃が巨人の頭頂部まで滑っていき、振り上げた後には上半身が真っ二つになった巨人が残された。
巨大は棍棒を振り上げた体勢のままゆっくりと倒れて行き、地響きと共に仰向けになって動かなくなる。
「ざーんねん。大きなお友達、倒しちゃった」
竜巻による攻撃は目を逸らさせる為のフェイントに過ぎない。竜巻に使用した聖剣は聖龍を構成する聖剣の約半分。それを派手に動かすことで聖龍本体が地面を潜行しているのを隠していたのだ。
巨人を倒したことで竜巻は解除され、無数の聖剣が聖龍に戻って来る。聖剣を取り込み、半分ぐらいの大きさになっていた聖龍は元の大きさへ戻った。
聖龍と互角以上に戦える巨人を失ったことに焦るイリナ。現状では巨人が最も頼れる存在であった。
巨人の分身達が倒れている巨人を取り囲む。まるで親を失った子達の姿に見える。
しかし、イリナは心を折れない。こういう時だからこそ自分がしっかりしなければならないと自らを奮い立たせる。
分身達が哀しんでいる様にルフェイもまた共に戦っていた巨人を失い哀しんでいるだろうと思い、何か慰めの言葉を言おうとしてルフェイの方を見る。
「?」
ルフェイはキョトンとした顔をしてイリナの方を見返してきた。何でそんな悲しそうな表情をしているのだろう、と目が語っている。
ルフェイが何故そんな表情をするのか分からず、イリナの方も頭に疑問符が浮かぶ。
「アーくん。油断しちゃったね」
倒れた巨人に対し、特に哀しんでいる様子も無く平然と言う。無慈悲な言葉に思えるかもしれないが、ルフェイが平然としている理由はすぐに分かることとなる。
分身達が両手を天に掲げ、踊る様に腕を波打たせる。分身達の円陣が白い光を発し始め、光の柱となって天へ打ち上げられた時、そこには無傷の巨人が立っていた。
『ええっ!』
あっさりと巨人が復活したことにイリナとジャンヌは声を上げて驚く。特にジャンヌは策を弄して撃破したと思っていたので、その衝撃はイリナ以上であった。
「何で! どうして! 何が起こったの!」
ジャンヌは余裕が顔から剥がれ、思わずルフェイを問い詰めてしまう。苦労と勝利が一瞬で水泡と化す理不尽を目の当たりにすれば当然の反応と言える。
「皆が居ればアーくんは大丈夫なんです!」
巨人のことを自慢するかの様に誇らしげに語るルフェイだが、ジャンヌからすれば絶望を齎す様な情報である。
「えーと、あの子達がいればあの巨人さんは死なないってこと?」
「はい! 逆にアーくんが居ればあの子達も復活出来るんです!」
イリナの疑問にルフェイがダメ押しの答え。
「ずるい! ずるい! そんなのインチキ! お姉さん、そういうの良くないと思う!」
ジャンヌが抗議するがルフェイの代わりに、知ったこっちゃないと言わんばかり巨人と分身達は散らばってジャンヌと聖龍を囲む。
巨人を完全に倒すには分身達を倒す必要がある。分身達を完全に倒すには巨人を倒す必要がある。つまり、巨人と分身達を一遍に倒さなければならない。
巨人達が無機質な殺意を放つのに対し、ジャンヌの聖龍も唸って威嚇する。
「もう! こうなったらお姉さんとことんやってやるんだから! ルフェイちゃん! 天使ちゃん! 覚悟してよね!」
ジャンヌとしては折を見てジークフリートと合流し、そこから曹操と合流する予定であったが、この状況からして余力を残して戦うのは無理、というより無謀である。腹を括りこの戦いに全力で挑むことに切り替える。そうしなければ多分負ける。
聖龍が飛翔し、ジャンヌは聖剣を創造。イリナは『擬態の聖剣』と光の槍を構え、ルフェイは魔術を準備に入る。
決着をつける為の最終ラウンドを告げるゴング代わりに巨人は振り上げていた棍棒を振り下ろした。
◇
『龍の手』の亜種禁手。それに足されるフリードの細胞から造られた人工神器。ジークフリートの肉体を浸食するかの様に肩部から胸部に掛けて巨大な眼球を形成しており、血走った眼でキョロキョロと見回し続けている。
「気持ち悪いな」
ゼノヴィアが思ったことを素直に言葉に出す。ストレートな感想にジークフリートは苦笑し──
「だろうね」
──同意する。
「その内、お前もフリードの様になるんじゃないだろうな?」
ゼノヴィアの言葉に苦笑していたジークフリートが真顔になる。
「そんなことになるぐらいなら、自分で自分の首を斬り落とした方がましさ」
ジークフリートにとっても最悪の未来なのか冗談には聞こえず本気で言っている様だった。
「──まあ、万が一でもそうならないように」
ジークフリートが六本の剣を異なる角度で構える。
「負けてくれるかな?」
一歩踏み込んだ瞬間、ジークフリートは空気の壁を突き破りシン達の目の前まで移動する。
六本の腕から繰り出される剣技が三人へ同時に迫る。
ゼノヴィアは真っ向から来る魔剣をエクス・デュランダルで受け止める。その途端、突き抜ける衝撃が螺旋となり防御していたゼノヴィアは螺旋に呑み込まれて吹き飛ばされる。
木場は聖魔剣の二刀流でグラムの一撃を防いだが、そこにハンマーの様にディルヴィングがグラムに打ち込まれ、二本の聖魔剣が砕け、グラムの刃先が木場の肩から胸までを斬り裂く。
シンは初撃を紙一重で躱し、踏み込んでジークフリートを殴り付ける。だが、シンの拳が当たったのはジークフリートの体ではなく彼が間に差し込んだ『折れる聖剣』。強度がほぼ無いその聖剣は拳で容易く破壊されるが、破片がシンの拳に突き刺さり残留した聖なる気で焼く。
動きが読まれていた。恐らくは初撃を躱せたのはジークフリートが意図したもの。シンはジークフリートにまんまと動かされた。
聖なる気による影響を受けてしまったせいで拳の動きが鈍る。そこへすかさず魔剣を振るうジークフリート。防ごうとすれば切れ味に特化したそれが防御ごと斬り裂く。
シンの首へ吸い込まれていく魔剣。断ち切ろうとする寸前、ジークフリートの体が後方へと吹っ飛んで行く。
真っ直ぐに伸ばされたシンの右脚。拳を止められた時から既に次の攻撃を繰り出しており、寸での所で間に合いジークフリートを蹴り飛ばした。
数十メールもの距離を飛んで行くジークフリートであったが、両足を地面に着けて急停止する。ジークフリートの様子から見て大したダメージは無い。実際、蹴った本人も手応えの無さを感じていた。
「っつ……! 間薙君、大丈夫──」
自分も斬られているというのにシンの身を案じる木場だったが、言葉が途中で止まる。シンが自分の首筋に手を当てているのだが、指の隙間から血が零れ出ていた。切断は免れたが、刃は届いていたのだ。
「自分の心配をしろ」
シンは素っ気なく言うが、シンの視点からすれば木場の方が重傷である。袈裟切りにされた傷から今も流血しており木場の制服を赤く濡らしている。
「どっちも自分の心配をしろ」
そこに口を挟むのはジークフリートに吹き飛ばされたゼノヴィア。何かに叩き付けられたらしく、頭部から血を流していた。
先程の戦いはジークフリートに軍配が上がる。『阿修羅と魔龍の宴』によって更に上昇した身体能力に反応が追い付かなかった。
だが、同じミスは繰り返さない。ジークフリートの動きに細心の注意を払いながら三人は少しずつ離れていく。
密集すればさっきの二の舞になる。三者間の距離を空けることでジークフリートの狙いを拡散させ、一人を集中して狙う様な陣形となる。
言葉を交わして行った訳では無い。三人が自然と考えついた陣形である。要は一人を餌にして釣り、残りの二人で叩くという至ってシンプルな戦法であった。
しかし、この戦い方は必ず一人が集中的に狙われる。誰が狙われるのか分からない。三人は来るなら自分の所へ来い、と思いながらジークフリートの出方を待つ。
「何か有効な手段は有るか?」
相手を警戒しつつ、この状況を打破する方法を模索する。
「……無いことは無いかも」
木場の中にはジークフリートの禁手へ対抗する手段があるらしい。
「でも、確実とは言えない。時間も掛かる」
「なら時間を稼げばいい」
不安を残している木場にシンはあっさりと言う。
(さてさて。どうしようかな)
ジークフリートは慌てることはせず、『折れる聖剣』を補充する。禁手で強化された動きを見たシン達は、自分と相手との身体能力の差をまざまざと見せつけられている。力と速さならジークフリートが完全に上回っており、どうしても後手に回っている状態である。故に現在の主導権はジークフリートにある。焦る必要など無い。
ジークフリートは相手の傷の具合をじっくりと観察する。
木場の傷はそこまで深くはないが、範囲が広いせいでかなりの量を出血している。また肩に傷を負っているので剣の振りに影響が出ている可能性が高い。
シンは傷自体は小さいものの首という人体の急所の一つを負傷している。高い再生能力を有しているがノートゥングによって付けられた傷が中々閉じないらしく今も傷口を押さえてなるべく血が出ない様にしている。
ゼノヴィアは三人の中では最も軽傷であるが、ゼノヴィアが二人と合流しようとした際に足が一瞬もつれたのをジークフリートは見逃さなかった。頭部に衝撃を受けたことで脳震盪を起こしていると思われる。見た目に反して最も戦いに影響が出ているかもしれない。
やろうと思えば誰からでも殺れる。だが、だからといって考え無しの不細工な戦いをするつもりにはなれない。ここは冷静に見極めて──そこまで思考していたら頭を内側から殴られる様な頭痛がジークフリートを襲う。
は や く や れ
脳内で醜悪な声が響き渡り、脳をガンガン揺らす。誰の声なのか嫌でも理解してしまう。
「いい加減、鬱陶しいね……死人に口なしって言葉を、知らないのかい?」
人工神器に宿るフリードの残留思念、或いは怨念がシンを殺せ、木場を殺せ、ゼノヴィアを殺せと喚く。
細胞単位まで磨り潰されたというのにここまでこの世にしがみつくその生き汚さは脱帽ものかもしれないが、この戦いに於いては酷いノイズであった。
ジークフリートの禁手化、戦いの中での高揚による神器の活性化が人工神器にまで影響を及ぼし、フリードの怨念を引き出している。戦いが長引けば今は雑音で済んでいるが、いずれは肉体を乗っ取ろうとしてくる可能性がある。
心を鎮めるか禁手を解けばこの呪縛から解放されるかもしれないが、それはジークフリートにとっては無いに等しい選択であった。
「こんな心躍ること、止められる訳が無い……! 渡すつもりも……無いっ!」
そもそもフリードの怨念如きにこの楽しみを放棄することこそ有り得ないこと。
頭の中の怨念を騒がせながら、ジークフリートは踏み込み、最大加速して接近する。高速で移動した先に待つのはシン。
シンの両手に炎が灯る。来るか、来ないか関係無く既に力を溜めていた。後は相手が動けばすぐに攻撃へ移れる。
両手を合わせ、二つの炎が重なり大火と化す。両手をジークフリートへ突き出せば、大火は射線状のもの全てを焼き尽くす熱線となって放たれる。
熱線に向かって進路変更もせずに真っ直ぐと突き進むジークフリート。構えるのはグラムとダインスレイブ。
グラムの力を引き出した途端、ジークフリートの全身に激痛が走る。グラムに備わった龍殺しの特性が、ジークフリートの禁手に反応して彼に悪影響を及ぼしているのだ。別にグラムもジークフリートに嫌がらせをしている訳では無い。備わってしまった機能が自動的に発動しているだけであり生物の反射の様なもの。
ジークフリートも禁手を発動させた時からこうなることは覚悟していた。体内を駆け巡る龍殺しの力に抗い、更なる力を引き出す。
全身の血管が浮き出し、片眼から血の涙が零れ出る。その様な状態になっても尚ジークフリートは笑みを浮かべ、血が滴ると同時に二本の魔剣を振るう。
相乗効果によって高められる魔剣の力。振り抜かれたことで巻き起こる剣風は超低温となり、瞬時に氷塊を無数に創り出していく。
氷塊も積もれば氷山となり、熱線を阻む巨大な壁と化す。
氷山に熱線が触れた瞬間、氷山は即座に水蒸気となって辺り一帯を覆い尽くす。
シンが狙われていると分かった木場とゼノヴィアはすぐに援護をするつもりであったが、大量の水蒸気がそれを阻み、シンの位置を見失わせてしまう。
熱線は氷山を貫いていくのだが、ジークフリートに届くまでの時間を遅らせ、熱線が氷山を貫いた時にはジークフリートは自らが生み出した氷山の頂上に立っていた。
上から見下ろした先には白い水蒸気によってシンの姿が隠されている。しかし、ジークフリートにとっては標的が見えないことなど関係無い。
高い位置から振り下ろされるディルヴィング。一振りによって発生する文字通りの重圧が広範囲に起き、地面が陥没する音が響く。
間髪入れずに振り抜かれるのはノートゥング。ディルヴィングの攻撃によって動けなくしたところで空間をも裂く魔剣の斬撃が逃げ場を埋め尽くす様に飛んで行く。
漂う水蒸気がノートゥングの斬撃が通る度にカットされていき、細かく分割されていく。
ノートゥングを振る回数が二十を超えた辺りで一旦止めた。
殺す気で魔剣を振ったが、心の何処かでは生き延びていることを期待してしまう矛盾した思い。楽しい時間を終わらせない為にもっと抗ってくれて願ってしまう。
ジークフリートの背筋に氷山が生み出す冷気ではない悪寒が走ると同時に、それが何なのかを確かめるよりも早く氷山を蹴って跳び上がる。
水蒸気を穿つ光線らしきものが放たれ、氷山の頂上へ命中。光線は横へ滑り、レーザーカッターの如く頂上を綺麗に切断する。
空中にてそれを見ていたジークフリート。すると、また水蒸気を突き破って何かが飛び出してくる。
しかし、それはジークフリートから二メートル程離れており、わざわざ魔剣で防ぐ必要も無かった。
何かの誘導かと思いつつ、一応飛び出してきたものを確認しようとする。
そして、それを認識した瞬間、ジークフリートは瞠目し固まってしまった。
鮮血で円を描きながら回る人の腕。二の腕辺りから切断されたそれが物の様に投擲されている。誰の腕かなど蛍光色を放つ紋様を見れば一目瞭然である。
何故そんなことを、とジークフリートが思ってしまう程の精神的な不意打ち。だが、投擲された意味をこの後身を以って知る事となる。
ジークフリートに当たることなく通過していくかと思いきや、握られていた手が開く。その手の中には既に溜められていた魔力の光弾があり、切断された腕がまるで意思を持っているかの様にジークフリート目掛けて光弾が発射される。
「──まともじゃないね」
思わずそう口走ってしまうぐらいに動揺していたジークフリートは回避が間に合わず、六本の剣を以って迎え撃つしか方法は残されていなかった。防御など選択に入らない。今のジークフリートにとって攻撃することは如何なる守りよりも確かなことだからだ。
切断された腕から放たれるのはジークフリートの背丈はある程の魔力の塊。ジークフリートは魔剣の固有能力ではなく純粋な力を引き出すと共にそれらを刃に乗せ、六本同時に振るった。
横薙ぎ、袈裟切り、逆袈裟、上段。複数の斬撃が光弾を分割。細かく裂かれた光弾は、避ける様にしてジークフリートを通り過ぎ、形を維持出来なくなり彼の背後で霧散する。
捨て身の不意打ちも彼の力と魔剣の前には無意味に終わる──かと思っていた。
「──っ!」
頭上が急に明るくなる。同時に感じる気配。元悪魔祓いとして良く知るそれは聖なる気が生み出す光によるもの。ジークフリートは頭上を見上げる。彼の眼前には光の柱が迫っている。
空中という自由に動けないジークフリートにエクス・デュランダルが繰り出す極大の光の斬撃が振り下ろされた。
咄嗟に魔剣を交差させ、エクス・デュランダルの一撃を受け止める。しかし、空中という足場の無い状態では跳ね除けることが出来ず、ジークフリートは叩き落された。
「くっ!」
足元から着地すると衝撃で地面は割れる。両足を粉砕骨折してもおかしくない勢いの着地であったが、禁手によって身体能力が高まっていたのでそれは免れた。
その直後のことであった。白い蒸気の中を突き破って現れた拳がジークフリートの顎を下から突き上げる。
「っあ」
衝撃が脳にまで届き、ジークフリートの意識が一瞬だけ飛ぶ。飛ばされた意識は、鳩尾に突き刺さる爪先によって無理矢理引き戻された。
「ぐはっ!」
蹴り飛ばされ、自らが生み出した氷山に背中を打ち付ける。
揺れる視界。機能しない肺。今にも意識が絶たれそうになる中でジークフリートは殺気が迫って来るのを感じ取っていた。
そこから先の動きは身に染み付いていた反射行動に等しい。間近に来た殺気に向けて六本の魔剣を突き出す。
剣が肉を突き刺す感触が伝わると同時に胸骨を全て粉砕する勢いの拳打が入り、衝撃はジークフリートの体越しに氷山にも伝わり、巨大な氷山に真ん中を線引く様な大きな罅が生じた。
だが、シンの方も無事では済まなかった。
左腕は切断され、脇腹、脚、肩に魔剣に貫かれている。ただ、全て刺し貫かれている訳でも無く、ノートゥングの刃は左脇に挟んで受け止めていた。
「やるじゃないか……!」
血反吐を吐きながらジークフリートは賞賛する。激痛と衝撃を与えられながらも気絶せずに意識を保ち続ける。その間にも人工神器が宿主の体を無理矢理修復していく。ジークフリートが死ねば人工神器も死ぬ。運命共同体故に人工神器のフリードはジークフリートが死ぬことを許さない。
「思い切り振り抜け」
シンは刺されたまま呟く。否、それは譫言ではない。誰かへの指示。
晴れぬ水蒸気越しでも分かる圧倒的光量。エクス・デュランダルによる横薙ぎの一撃がシン、ジークフリートへと迫って来ている。
ゼノヴィアにはシンの状態は分からない。しかし、シンの言葉を信じて全力でエクス・デュランダルを振るう。
自分ごと斬らせようとするシンに狂気を感じながらも心中するつもりはなく、貫いていた魔剣を引き抜こうとする。
「うっ!」
脇に挟まれたノートゥング。そして、脇腹を刺しているダインスレイブが抜けない。ダインスレイブに至ってはいつの間にか剣身がシンの右手に掴まれている。
禁手で強化している筈なのに引き抜けない。時間を掛ければ抜けるだろうが、エクス・デュランダルのせいで時間が無い。このままでは共倒れとなる。
ジークフリートの表情が悔しさで歪んだ時、光の斬撃が氷山を一刀で斬り飛ばした後、その余波で漂う水蒸気をも払う。
残されたのは紙一重でエクス・デュランダルを避けたジークフリートと仰向けになって倒れているシン。ノートゥングとダインスレイブを奪った状態で。
剣を扱う者としてこの上ない屈辱をジークフリートは味わっていた。シンが持つ二本の魔剣は自らの意志で手放さざるを得ない状況に追い込まれた証拠である。
彼の人生の中でも一、二を争う程の恥を晒した瞬間とも言えた。
血塗れ、しかも片腕を切断されたシンを見てゼノヴィアは驚き、そして怒る。今にも飛び掛かりそうなゼノヴィアを止めたのは、木場であった。
「木場! 何故──」
ゼノヴィアは続く言葉を呑み込む。怒りも哀しみも浮かべていない能面の様な木場の無表情、だが、そこから放たれる圧に気圧されてしまった。
木場は指揮者の様に指を振るう。空中で何十もの聖魔剣が創造され、地面に突き立てられる。
そして、木場の口から驚くべき言葉が囁かれた。
「
聖魔剣の前に光球が出現し、光球から触手の様に無数の光が伸びて行く。それらは絡まり、人の形となっていく。
光が剥げ、その下から甲冑を纏った騎士達が現れる。全ての騎士から聖なる気と同じ気配が放たれていた。鎧と鎧は光によって繋がれており、時折隙間から光を零している。
顕現した騎士達は、突き立てられている聖魔剣を抜き、呼び出した木場へ忠誠を誓うかの様に聖魔剣を己の眼前で垂直に立てた。
「禁手の並行発動だと……!」
『魔剣創造』ではなく『聖剣創造』による禁手。不完全な形でありながらも発動させてみせた。
土壇場で見せた木場の切り札にジークフリートも驚愕するしかない。
木場自身もまた聖魔剣を構える。
「後は任せてくれ」
戦友の意思を継ぎ、戦友が作った轍を騎士達が走る。
本当なら木場の禁手は並行発動出来ませんが、片方が不完全な禁手だったから両立出来た、という感じでお見逃しを。