ハイスクールD³   作:K/K

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三叉、三変

「──何だ?」

 

 曹操は思わず動きを止めてしまった。頭の中、脳髄の奥底まで響いて来る真摯に願う少女の声。

 

『イッセーさん! お願いです! 戻って来て下さい! リアスお姉様、朱乃さん、小猫ちゃん、ギャスパー君! 皆がイッセーさんが帰って来るのを待っているんです! 私はもっとイッセーさんと色々な場所に遊びに行ったり、イッセーさんともっと一緒に居たいんです!』

 

 聞く者によっては涙すら流させそうな純粋な願い。

 

「これは……アーシア・アルジェントの心の声か?」

 

 突然起こった現象に、曹操はつい警戒をしてそちらの方へ注意を向けてしまう。異常事態故に状況を冷静に分析しようとしてしまう。

 

(神器同士が共鳴して心の声を届けているのか?)

 

 最初に考えたのは神器使い間に於ける共鳴現象の一種。だが、アーシアの近くにいるアザゼルも曹操と同じくアーシアの声無き声が聞こえているらしく彼女の方へ視線を向けていた。ギリメカラも同様にアーシアへ目を細めて訝し気に見ている。

 次に考えられるのは、アーシアに元々備わっているテレパシー能力。しかし、この可能性は薄い。一誠個人にテレパシーを送るのだったら分かるが、敵味方関係無くテレパシーを送る意味が分からない。考えを筒抜けにしてもメリットよりもデメリットしかない。そもそもアーシア当人が周囲に心の声が聞こえていることに気付いていない様子であった。

 

(なら考えられる可能性が最も高いのは──)

 

 曹操が倒れている一誠の方を見る。先程と全く変化は無く、一ミリたりとも動いていない。誰がどう見ても死に体。だが、今起こっている現象が皮肉にも一誠への疑いを抱かせる。

 同時に曹操の中では確信があった。この事態を引き起こしているのは一誠だと。

 もしかすると期待の裏返しなのかもしれない。同じ神滅具を持つ者同士。ここで終わってくれるなという期待。

 

「何かしているな! 赤龍帝!」

 

 曹操の聖槍が今度こそ一誠へと向けて突き出される。アーシアもアザゼルもギリメカラもそれを止めることは出来ない。

 それを止めることが出来るのは──

 

『Desire!』

 

 ──一誠本人のみ。

 

「何っ!」

 

 音声が鳴り、一誠の体が赤い輝きを帯びたかと思えば、それは閃光となって解き放たれる。放たれた光には極大のオーラも含まれており、それが聖槍を阻む壁となり、広がっていくことで曹操ごと吹き飛ばしてしまう。

 攻撃ではなく溢れ出たオーラだけで飛ばされたことに曹操は驚愕する。ついさっきまで死に掛けていた者とは思えないぐらいの力。しかも、明らかに倒す前よりも力の量が増している。

 

『Diabolos!』

『Detemination』

『Dragon!』

『Disaster!』

『Desecratio!』

『Discharge!』

 

 鳴り響く音声。何かが起こっているのは分かっている。

 

『DDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDD!』

 

 狂ったようにDという言葉を繰り返しており、それだけで異常な事態になっているのも分かる。しかし、目を焼かれそうな程の赤い輝きと尋常ではない量のオーラのせいで曹操は妨害することすら出来ない。

 赤い閃光に手を翳して目を守りながら、その耳で曹操にとって不吉を告げるDの音を聞くしかない。

 世界と隔絶させる赤いオーラの中心で一誠はその二本の足で立っていた。

 

『相棒……?』

 

 ドライグが恐る恐る訊ねる。魂が消え掛けていたかと思えば、突然復活し、それどころかこれ程までに強大な力を引き出した。一誠の精神に何かしらの異常が生じていないか一抹の不安があった。

 

「心配掛けてごめんな、ドライグ」

 

 返って来た答えは変わらない一誠そのもの。いつもの彼の声であった。

 

『はぁ……色々と驚いたが、お前はお前のままなんだな? 安心した……』

 

 ドライグは胸をなでおろす。そして、すぐにその声色は愉し気なものへと変わる。

 

『この力……俺は覚えているぞ。だが、懐かしさを感じるぐらいに久しぶりだ。これは、本来の俺のオーラ、俺がまだ肉体を持っていたときの頃の気質だ』

「ドライグ本来の力……」

 

 一誠は自分の体から未だに溢れ続けるオーラを見る。これだけの量を放出しているのに全く枯れ果てる気配が無い。寧ろ、どんどん湧き出て来ており体内に留めておけないぐらいであった。

『覇龍』の時のような圧倒的な力。だが、『覇龍』のように力に呑み込まれる感覚は無く頭の芯が冷静でいられる。感覚としてはロキ戦の時にトールの力を借りた時に近い。

 このような力がドライグの中に眠っていたことに驚かされる。『覇龍・雷神』の時と同等以上の力を感じられた。ドライグの数々の伝説は聞いてきたが、改めて神に等しいドラゴンであることを実感させられる。

 

『あの頃を思い出す。激情による『覇』に身を任せたものではない。呪いでも負の感情でもない。ただただ白いあいつに勝ちたかった頃の想いが蘇ってくる……!』

 

 ドライグの魂が奮えているのが伝わってきた。

 

『どうして俺は忘れていた? ──そうか、神か。俺とアルビオンを封じたあの神が天龍本来の力を……』

 

 力を取り戻すと同時に不自然に忘れていた理由をドライグの中で導き出されていく。そのまま考え込みそうだったが、ドライグは一旦考えるのを中断する。

 

『それは後にしよう。しかし、相棒、お前は一体何をしたんだ? 瀕死の状態からここまで持ち直すとは……』

 

 あの精神世界でリアスの胸を突いた時に得た乳神の加護が恐らくドライグに嵌められていた箍を外したのだろうと一誠は思う。

 今思えば夢のような出来事であったが、指先が覚えているあの感触が夢ではないことを教えてくれた。

 

「……おっ──そんなことよりもあいつに! 曹操にドライグの本当の力を見せつけてやろうぜ!」

 

 真実を言い掛けるが止めた。折角、ドライグが嬉しそうなのに心を乱す情報を与えるべきではない。言ったら確実に泣く。

 

『そうだな! 久しぶりに俺の力を見せつけてやろうではないか!』

「行こうぜっ! 赤龍帝を! 俺たちを! グレモリー眷属の底力をとくとぶっ放してやるぜぇぇぇ!」

 

 滾る力は神器の新たな力を覚醒させる。それは、一誠の体内に取り込まれている『悪魔の駒』に干渉し、駒が記憶している特性を赤龍帝の力に組み込ませていく。

『悪魔の駒』に干渉している影響で『女王』のプロモーションが強制解除されるが、それは些細な事。今の一誠はプロモーション以上の時以上の力を持っている。

 駒の特性を赤龍帝の中へと組み込まれると一誠の脳に使い方が流れ込んで来る。

 

「ははは。こりゃあすげぇ」

 

 提示された自分の新たな可能性に一誠は思わず笑ってしまう。

 

「いくぜぇぇぇぇぇ! ブーステッド・ギアァァァァ!」

 

 

 ◇

 

 

 

 暴風の如き赤いオーラが内から響く一誠の声によって一変する。

 逆回しのようにオーラは縮小していき、最後には一誠の体内へと全て納められた。

 曹操はその光景に静かに冷や汗を流す。死の一歩手前どころか片足を突っ込んでいた筈の一誠が無傷の『赤龍帝の鎧』を纏い、しっかりと大地に根付くように立っているのだ。

 しかも、局地的な台風の如きオーラは一瞬にして消え、後には少し前の光景が嘘であったかのような静寂。

 これが示す事実は、今の一誠はあれだけの力を完璧にコントロールしているという事である。

 

「イッセーさん……?」

 

 復活した一誠に呆然としたアーシアがか細い声を出す。その声はしっかりと一誠に届いており、アーシアの方を向いた。

 

「心配掛けたな、アーシア。待ってろ、すぐに終わらせるから」

「……はい!」

 

 涙を流し感極まりながらもアーシアは頷く。

 

「すぐに終わらせる、か」

「ああ。終わらせてやるよ!」

 

 一誠が吼え、抑え込んでいたオーラが噴き出す。

 

「モードチェンジ! 『龍牙の僧侶(ウェルシュ・ブラスター・ビショップ)』!」

 

 噴き出したオーラは形を変えながら一誠の背中へ集まっていく。赤いオーラは実体となり、長い砲身を形成していき完成したのは両肩に装着される大口径のキャノン。

『悪魔の駒』の『僧侶』の特性が発動し、一誠の中にある魔力が高まっていく。そこに覚醒した赤龍帝の力が合わさることで、その量は膨大なものとなる。

 魔力が体を通じて砲身へと充填されていく。砲口から赤い光が漏れ始める。

 

「……あれは、不味いな」

 

 見ただけで途方も無い魔力がチャージされているのが曹操にも分かった。

 だが、曹操はここで退かず相手の実力を測る為に転移の珠を前方に飛ばす。通じるか通じないかは不明。通じればその程度の相手であっただけのこと。

 だが、もしこの珠が通じなかったら──

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 倍化も加わり、全てを吹き飛ばしかねない程の力が一誠の体に集束される。

 一誠は足の爪を地面に突き立てる。体を固定させるアンカー代わりであった。

 殺されかけたこと、仲間を危険な目に遭わせたこと、折角の修学旅行を台無しにしようとしていること、九重の母親を誘拐、洗脳したことなど、今まで溜まっていた鬱憤を晴らす為に全力でぶつける。

 

「吹っ飛べぇぇぇぇ! ドラゴンブラスタァァァァァッ!」

 

 肩のキャノンから発射された魔力が一つに合わさり、極大の魔力弾となって放出される。撃ち出す反動も凄まじく、爪で体を固定していた一誠だったが地面を削りながら押されていく。

 強化されたドラゴンショット──ドラゴンブラスターが曹操へと向かって行くが、そこに前以って配置させていた転移の珠が立ち塞がる。

 珠が能力を発動させ、ドラゴンブラスターと共に消えた──かと思えばすぐに同じ場所から珠が出現すると共に砕け散り、消えたドラゴンブラスターも何事もなかったかのように現れる。

 

「避けるしかないか……!」

 

 転移失敗は曹操の予想の範疇であったのか、動揺することなく転移で消えていた僅かな時間を利用して射線上から退避する。しかし、予想はしていたとはいえ出来ることなら外れて欲しかったのか、避ける最中の曹操の顔は悔しさが滲み出ている。

 

「空間を歪めやがったのか。呆れるぐらいの魔力量だな」

 

 何が起こったのかをアザゼルは瞬時に見抜く。空間に作用して相手、または自身を転移させる珠の能力を同じく空間に影響を及ぼすぐらいの魔力によって力尽くで突破してしまったのだ。これ以上無いぐらいの一誠らしい攻略の仕方と言える。

 一誠の怒涛の復活劇と反撃のせいですっかりと傍観者となっていたアザゼルたち。アーシアも一誠が助かったことは嬉しいのだが、急に強くなったので目を丸くしている。

 

「アーシア。ここから離れるぞ」

「え? でも……」

 

 その時、地面と空間が震える。見ると彼方で大爆発が起こっており、赤い光が疑似空間の町を照らしている。

 外れたドラゴンブラスターが着弾し、着弾した周囲のありとあらゆるものを広範囲で消滅させていた。

 ドラゴンブラスターの影響はそれだけでは終わらず、疑似空間にもダメージを与えており、空間にノイズのような歪みを発生させる。この空間自体『絶霧』の禁手によって創り出されたものであり、神滅具の禁手を一発で不安定な状態まで追い込んだことになる。

 アーシアはドラゴンブラスターの破壊力に息を呑む。

 

「見ただろ? 俺たちが近くに居たらイッセーの奴が巻き添えを恐れて手加減してしまう。俺らが出来ることはなるべく早く離れて、彼奴に全力を出させてやること。後は勝つのを信じて待つ、それだけだ」

 

 アザゼルの言う事は正しい。だが、アーシアの心情的には一誠の傍で応援していたい。因みにまだ広範囲無差別『乳語翻訳』の影響が残っているのでアーシアの葛藤はアザゼルとギリメカラに筒抜けだった。

 

 パオ。

「きゃっ!」

 

『グダグダ悩むな、小娘が』とギリメカラはアーシアの苦悩を無視して鼻で掴み上げ、さっさとこの場から去る。

 

「イッセーさーん!」

 

 連れ去られながらアーシアは一誠の名を呼ぶ。一誠にもその声は届いており、サムズアップをして伝わっていること、心配するなということを教えた。

 一誠はアザゼルたちの判断を心の中で感謝する。

 

(ありがとうございます、アザゼル先生。──正直、この姿でどこまで出来るのか俺にも分かりません)

 

 ドラゴンブラスターの威力は一誠も内心冷や汗をかく程であった。幸い、無人の町を消し飛ばしただけだったが、仲間を巻き添えしてしまったらと考えると冷や汗以上の冷たい感覚が体内を駆け抜ける。

 だが、その心配も最早無い。

 

(避難してくれたお陰で心置きなく戦える!)

 

 曹操は未だに顕在。しかし、厄介な転移の珠はドラゴンブラスターで破壊した。ここからは一誠が翻弄する番である。

 一誠は内で念じ、『悪魔の駒』のシステムを変更する。新たな力に覚醒したことで自らの意志で自由にプロモーションが出来る。

 選んだ選択は『騎士』。強く欲するのは、誰にも止められない音すら置き去りにする速さ。一誠の中で速さの代名詞というべき存在である木場をイメージし、『騎士』の想像を膨らませていく。

 

「モードチェンジ! 『龍星の騎士(ウェルシュ・ソニックブースト・ナイト)』ッ!」

 

 両肩のキャノンが外れると共に淡い光となり再変換される。今度の形は翼。通常時とは異なり倍近い大きさを持つドラゴンの翼となり、一誠に装着される。

 翼が広げられると同時に魔力により急加速。背面の噴射孔の数が増えただけでなく翼にもブースターが付けられており、一瞬にして最高速度まで上がる。

 空気の壁を裂いて飛ぶ姿は、一誠の中で想像された剣を振るう木場を投影させたもの。

 だが、それでもまだ一誠は遅いと感じる。一誠の中の『騎士』である木場はもっと速く、もっと鋭い。

 貪欲なまでに速さを求める。高速を超えたら音速を。音速を超えたら神速を。

 そして、気付く。未知なる速さを手に入れるには今の自分には余計なものが付いていることに。

 

「装甲パージッ!」

 

 頭部、胴体、手足から厚みのある装甲が外れていく。威圧感があった『赤龍帝の鎧』は、一誠の体にフィットした細身の形状へと変化した。

 防御力を完全に捨て去り、速さに適応することを求めた姿。今、聖槍で突かれたら容易く屠られるだろうが、どのみち聖槍に対しての防御力など無いに等しい。段ボールが薄紙になった所で結果は変わらない。

 

「要は当たらなきゃ良いんだよっ!」

 

 先のことを考えるのは止める。刺されそうになったら刺される寸前の自分に全て任せる。

 今、最も優先すべきことは──

 

「てめえに一発お見舞いすることだぁぁぁ!」

 

 ──曹操に拳でも肘でも頭でも体当たりでもいい。一撃与えることが重要である。

 空気抵抗を極限まで減らした姿で飛翔する一誠。味わったことのない重みが全身に掛かる。良く聞くGというものが一誠に内臓が口から飛び出しそうな吐き気を与えてくる。

 それを堪えて一誠は曹操の正面から突っ込む。一誠が通過するだけで発生した衝撃波によって地面が捲れ上がっていく。

 

(速いっ! だが、馬鹿正直に真っ直ぐでは!)

 

 まだ一誠の動きを追える曹操は、突っ込んで来る一誠を迎え撃つ為に聖槍を構える。一誠の速度に合わせて突くのは至難の業だが、曹操の全く力みの無い構えを見ていると至難の業ですらも成功させてしまうだろう、という説得力があった。

 音速の標的に対し、曹操は神業と言えるタイミングで突きを放つ。

 聖槍が一誠を貫いた──が、すぐにその一誠は消える。曹操が突いたのは一誠の残像だった。

 本物は、突きが眼前まで迫った状態から翼と噴射孔の向きを急変化させ、半円を描きながら高速旋回し曹操の背後に回り込んでいた。

 無防備な背中が一誠の前に晒される。

 

(やはり速い! だがっ!)

 

 一誠の頭上に浮かぶは武器破壊の珠。このような状況を想定して予め待機させていた。

 一誠が曹操に集中しているタイミングで珠が上から降って来る。軽装になっているので触れれば鎧全てを破壊するだろう。

 珠が一誠に命中──するかと思いきや、珠は何にも触れることなく地面へめり込んだ。

 

(何っ!)

 

 曹操の前に一誠が立っている。

 背後に回ってからの再度百八十度のターンを行うことで正面へと戻って来たのだ。

 一誠もまた戦いの中で学んでいた。曹操という男は一ミリも油断のならない男だということを。勝利を確信した時こそ、その勝利を疑うことを。

 

「うらぁぁぁ!」

 

 一誠の拳が曹操の腹部に叩き込まれる。

 

「ぐっ!」

 

 息を詰まらせる曹操。だが、速度特化のせいで拳に威力が乗らず、曹操は殴られた状態から反撃を試みる。

 

「飛んでみるかぁ!?」

 

 噴射孔から魔力を噴射させて急加速。曹操に拳を打ち込んだまま空を飛ぶ。

 

「が、ああああ……」

 

 加速により一誠の拳がめり込んで行き、生々しい音を鳴らし出す。内側へと入り込んで来る拳のせいで曹操は胃の内容物を吐瀉する。

 骨と臓腑が押し当てられる拳により圧潰されていく痛みと不快感。

 このまま続けば一誠の拳は背中まで突き抜けていくだろう。

 

「だが!」

 

 曹操はその状態で一誠の肩を左手で掴む。一誠が逃さないようにしていると同様に曹操もまた相手を逃さないという意志を爪を立てた左手に込める。

 

「その装甲の薄さで俺の槍は耐えられないだろう!?」

 

 右手の中の柄を滑らせ、穂の根本部分を掴み直す。懐に入り込んでいるせいで刺し難いが、そうやって持ち直せば良いだけのこと。

 曹操は聖槍を横振りにし、一誠の首筋を狙う。

 

「これで終わりだっ!」

 

 追い詰められた一誠──では無かった。寧ろ逆。追い詰められて焦っているのは曹操の方である。

 焦り故に短慮となっていた。このような状況になることを一誠が想定していない、などという都合のいい考えが前に出てしまっている。

 一誠はこうなる事が分かっていた。

 横から迫る聖槍に対し、腕を盾にする一誠。刺されば即消滅。聖槍を前に悪魔の盾はあまりに儚い。

 今の段階では。

 

「モードチェンジッ!」

 

 翼が赤い光となって消え、一誠の体を包み込む。

 

「『龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)』ッ!」

 

 一瞬にしてパージされた装甲が戻るが、変化はそれだけでは終わらない。

 全身の装甲の厚みが増していく。特に籠手の強化が顕著で、厚みと太さが通常時の五、六倍になっている。覇龍と雷神の力を合わせた時と比べるとまだ細いが、バランスのとれた形になっていた。

 一誠は聖槍を強化された籠手で受ける。今までの鎧だったのなら聖槍は貫通し、内部まで届いていただろう。しかし、『龍剛の戦車』の籠手は突き刺さるものの貫くには至らず、聖槍は途中で止まっていた。

 単純に厚みが増したから止まった訳では無い。籠手内部には魔力が圧縮された状態であり、聖槍の聖なる気をそれによって押し留めているのだ。

 自慢の聖槍で貫くことが出来なかったことに驚愕する曹操。その時、二人はガクンと地面に向かって落下し始める。『龍星の騎士』で飛翔していたが、『龍剛の戦車』に変わったせいで飛翔能力を失ったせいである。

 揉み合った状態で落ちていく二人。至近距離ならば一誠の方に分があった。

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 瞬時に高められた力。それを拳に乗せる。元々大きくなっていた拳が更に大きく見えるようになる。

 

「受け取れ! クソ野郎ッ!」

 

 罵声と共に振るわれた拳。曹操の顔面へ吸い込まれるように飛んで行くが、一誠が咄嗟の反応を見せたと同じく、曹操も刺さっていた聖槍を抜いて顔面と拳の間に割り込みさせる。

 聖槍の穂先で一誠の拳が受け止められる。聖なる気の力により一誠の渾身の一撃は防がれてしまう。

 

「こんにゃろぉぉぉぉ!」

 

 意地でも殴り飛ばす、という一誠の意志に反応し、肘部分に撃鉄の形をしたパーツが追加される。撃鉄が上がり、打ち込まれた瞬間、溜め込まれていたオーラが火薬のように炸裂し、止められていた拳が再加速する。

 止まった状態から二度目の衝撃が起こり、曹操は地面目掛けて急降下。

 だが、片手で聖槍を巧みに操り、足が地面に触れるよりも先に聖槍の先端を地面に突き刺す。

 どういう技を使ったのか知る由も無いが、聖槍が落下の衝撃を肩代わりし、地面が割れて粉塵が巻き起こるが、その後に曹操は割れた大地へ無事に着地してみせた。

 しかし、余裕の着地という訳では無い。曹操の片腕は力無く下げられている。一誠の拳を受けた代償として肩が脱臼していたのだ。

 一誠はそれを見逃さない。一撃目は防がれたが、その肩では二撃目は防げない。

 一誠もまた落下しながら再び肘部の撃鉄を起こす。今度のイメージは殴るのではなく徹すというイメージ。シンの拳のように衝撃が奥深くまで貫いて来るのを想像する。

 イメージするのは一誠には簡単だった。身を以ってそれを知っているからだ。

 力を絞り込み一点集中させたと感じた瞬間、撃鉄を叩く。

 間合いの外から突き出された一誠の拳。空振りしているように見えたそれに対し、曹操は何かを感じ取ったのか、聖槍で地面を突いて素早く移動する。

 破砕音と共に先程まで曹操が立っていた場所に拳大の穴が開く。それは道具でくり抜かれたような綺麗な穴であり、覗き込んでも底が見えない程に深い。そして、無駄なく一点集中させたことで穴周りには罅も入っていなかった。

 地面ですらこれである。生身の曹操に当たっていたら、今頃は表現出来ないような姿になっていただろう。曹操もそれが分かっているらしく少しだけ頬を引き攣らせていた。

 曹操の勘の良さで攻撃を避けられてしまった一誠は、三撃目を打つ暇もなく地面へ降り立つ。同時に『龍剛の戦車』が解除され、重厚な装甲は風に溶け込むように消え、元の『赤龍帝の鎧』へ戻った。

 近くに立つ曹操を睨む一誠だが、突然膝から力が抜ける。

 

「あれ……?」

 

 本人も予想外のことであり、慌てて踏み止まろうとするがそれも出来ずに片膝を突いてしまった。

 すると、体が今思い出したかのように疲労感と息切れを起こす。

 

「はぁはぁ……」

 

 新しい力を完全に把握出来なかったせいか今更ながら激しい消耗を感じる。

 各能力に特化した形態へ次々と変身したのを考えると無理も無い。新たに覚醒した力により、『僧侶』、『騎士』『戦車』の三位一体の特性を極限まで特化させる能力を手に入れたが当然ながらデメリットも存在する。

 

『相棒。力の解放によって今までに比べれば段違いに禁手制御が出来るようになった。禁手に掛かる時間は短縮され、禁手状態を維持する時間は伸びた筈だ。だが、あの形態はエネルギーの消耗が激し過ぎる。姿を変えれば変えた分だけエネルギーを消費する』

 

 燃費に問題があるというデメリット。禁手の時間は延長されたが、延長分も三位一体の能力を連続して使えばあっという間に無くなり禁手は解除されてしまう。まだ新しい力に慣れていないせいでその問題が顕著に出ていた。

 

『分かっていると思うが、この能力を使って『女王』にプロモーションするなよ? 今のお前だと力が暴発して体ごと拡散することになる』

「はぁはぁ……分かってるよ」

 

 曹操は一誠がすぐに動けないのを見て、聖槍を首と肩で挟んで一旦手放すと脱臼している腕を掴む。一度深呼吸した後に曹操は外れた関節を填め込む。生々しい音が鳴り、曹操の顔色が蒼白になる。

 その痛みがどれほどのものか、叫び声にして誰かに伝えたい。そうでなくとも痛みに対して声を出すだけで意識が声の方に集中して多少は痛みを和らげる。

 曹操は喉まで昇って来たそれを呑み込み、腹の奥底で押さえ付ける。痛みを反省と共に自らの糧にする為であった。

 

「……ふぅ」

 

 全身を強張らせた後に曹操は小さく息を吐き、弛緩させる。

 脱臼を治した腕を軽く動かし、手を握る。どちらも動くことを確認すると曹操は一誠に話し掛ける。

 

「驚くべき変化だ。一体どうすればそうなれるのか是非とも知りたい所だが、訊いても答えてはくれないだろうね。まさか、あの土壇場でそれだけの強さを得られるとは。槍で守らなければこうやって話すことも出来なかっただろうね」

「……くそっ。死んどけよっ」

 

 曹操の賞賛に悪態で返す。

 第三者から見れば曹操が悠長にお喋りをし、余裕があるように見えるだろうが。曹操の現状は膝を突いている一誠と変わらないぐらいに消耗している。

 聖槍の力があっても人間の体では悪魔よりも早く限界を迎えてしまう。更に限定的とはいえ禁手の力も使用しているので心身共に疲弊しているが表面には殆ど出さない。それは曹操の胆力の強さを表していた。

 一誠の方も呼吸を整えながらゆっくりと立ち上がる。だが、すぐには曹操へ襲い掛からない。闇雲に戦っても曹操を倒し切れないのは実感している。静かに魔力を高めながら次に動く時に全力を出せられるようにする。

 意図せず互いの思惑が一致し、戦場にて戦いの準備の為の会話が始める。話し合うが和解の余地は無い。会話が途切れた時が再戦の合図である。

 

「『悪魔の駒』のルールを逸脱した君だけの新たな特性か。まるでイリーガル・ムーブだ」

「イリーガル・ムーブ?」

「おや、知らないのかい? チェスの用語さ。不正な手を意味する」

「反則だって言いたいのかよ?」

「あそこから逆転されたらそう言いたくもなるさ。それに、あの攻撃は明らかに『悪魔の駒』のシステムに不正するような手に見えたからね」

 

 曹操の指摘に一誠の反論は無い、寧ろ納得していた。まず間違いなくレーティングゲームでは使用出来ない能力である。条件を無視して好きなようにプロモーションが出来るとなれば、ゲームのルールを侮辱した行為に捉えられる。このような実戦でしか使用出来ない能力だろう。

 

『俺としてはトリアイナを連想させたがな』

 

 頭の中でドライグの感想が聞こえた。初めて聞く言葉にどういう意味なのか、と聞く。

 

『ギリシャ神話のポセイドンが持つ三叉の矛のことだ。トライデントの方が聞き慣れているかもしれんな。先程の連続しての変身、攻撃がトリアイナのような鋭さと嵐や津波を引き起こすような怒涛を感じた』

 

 イリーガル・ムーブとトリアイナ。二つの響きは一誠にとって悪くはなかった。

 

(いいね、それ。じゃあ、こいつは『赤龍帝の三叉成騎(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)』と名付けようかな)

 

 名前も無しだと不便だと思い、新たな力に命名する。

 

『悪くはない』

 

 ドライグも否定はしなかったので採用となる。

 

「本当に怖い怖い。今だったらヴァーリとも互角に戦えるんじゃないかな?」

「そこまで自惚れてねぇよ。まだ届いていねぇ。あいつ、マジもんの天才で化物だぞ?」

「それには賛同する。何せ類を見ない戦闘狂且つナルシストでエゴイストであるあのマタドールすらヴァーリの才能を手放しで褒めるぐらいだ。そう歳は変わらないというのに恐ろしい話だよ」

「恐ろしいって言っている割には楽しそうに見えるぞ?」

 

 一誠の指摘に対し、曹操は端を吊り上げていた口を隠そうとはしない。

 

「正直、燃えるね。俺もヴァーリとは一戦交えているが、俺の中ではあの時の戦闘の高揚が今でも燻っている。勿論、君との戦いもそうだ。伝説のドラゴンとの戦いはやはり楽しい」

「お前もそっちかよ。バトルマニアばかりで嫌になる」

「それは勘違いだ。俺だって無駄な戦いは嫌いだ。戦いが楽しくなるのはさっきも言ったように相手次第さ。周りにそういうタイプが多いのは、君自身が理由かもしれないぞ?」

 

 思い付きもしなかった発想だったので一誠は目を丸くした後に思いっ切り顏を顰める。曹操の考えが正しいとするならば一誠が必死になって戦わなければ周りからそういう類は消えるかもしれないが、必死に戦わないと一誠の命が消えることとなる。

 ハーレムと平和を築くのが生きる理由の一つである一誠には出来ないことであった。そうなると結局はこの先バトルマニアを惹きつけ続けるのであろう。

 戦闘狂と闘争が待つ血生臭い未来に涙が出そうな気分になる一誠であった。

 

「さて、こうやって和気藹々と君と話すのも悪くは無いが……君も分かっているんだろう?」

 

 曹操は脱臼していた腕を持ち上げ、聖槍を握る。

 

「初めて使う能力っていうのは簡単に使いこなせるものじゃない。予想だとスタミナとオーラの消耗が尋常じゃない筈だ。禁手はあとどれくらい持つのかな? 一時間? 三十分? それとも──十分ぐらいかな?」

 

 あくまで勘で言った数字なのだろうが、忌々しいことに正解であった。

 

(強い奴ってのはどうしてどいつもこいつも勘が良いんだよ!)

 

 心の裡で愚痴る。或いは、そういった普通では手に入れられないものを有しているのも強者となる条件なのかもしれない、と才能無しの烙印を押されている一誠は思う。

 

「図星だったかな?」

「どうでもいい、残り時間なんて。だらだら長引かせるつもりはねぇ。分かっているだろってのはこっちの台詞だ。──次で決めてやるっ!」

 

 残り時間を気にするぐらいなら目の前の相手に集中する。進む時計の針が気になるなら寧ろこっちから早回しにする。残された制限時間を消費して一誠は魔力を高める。

 

「モードチェンジ! 『龍牙の僧侶』!」

 

『僧侶』へのプロモーションにより一誠の魔力は爆発的に上昇。形成された二門のキャノンに魔力が充填されていくが──

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 ──魔力の倍化を極限まで行ったことにより、初撃の際に二門で一発放っていたドラゴンブラスターを一門一発発射出来るぐらいに溜まっていた。

 空間すら歪ませる極大の魔力弾が二発同時発射準備。

 曹操は撃たずとも分かる破壊力に、顔には好戦的な笑みを浮かべているものの尋常ではない冷や汗を流していた。

 言葉に出来ない重圧と高揚で心臓が今まで経験したことがない勢いで鼓動する。体が冷えていくと同時に腹の奥底にはマグマのような熱が溜まっていく不思議な感覚。

 生と死の狭間立つことでしか味わえないものであった。

 

(二発……行けるか? いや、やってみせる!)

 

 一度目は様子見も兼ねて回避を優先したが、二発同時となると避けた先を狙われる可能性が高い。ならばこそ真っ正面から受けて立つ構えをとる。

 今の昂ぶりを聖槍に乗せれば一誠の攻撃を受け止めきれると信じ、念じ、貫き通す。盲信と言えるぐらいに己を信じ切る。

 聖槍の輝きが増す。曹操から気迫が嫌でも伝わって来る。もしかしたら、負けるのでは、と一瞬でも思いそうになる。

 すぐにそんな弱気を吹き飛ばす。これは意地の戦いである。相手に勝つという意地をこれでもかと相手に見せつける必要があるのだ。

 曹操の気迫を浴び、一誠は二門のキャノンが自壊する寸前まで魔力を注ぎ込む。だが、それで終わらなかった。

 一誠は両手首を合わせ、腕を伸ばす。そこに溜められていく魔力。一誠は己の両腕を三門目のキャノンへと見立てたのだ。

 ドラゴンブラスター三発同時発射。ドラゴンブラスターの単発の威力から『覇龍』のロンギヌススマッシャーに近い威力を出すことが可能だと曹操は推測する。

 禁手の完全解放を一瞬考えるが、間に合わないことも一瞬で理解してしまう。まやかしの希望に縋れない己の判断力の良さもこの時ばかりは恨めしく思う。

 

「正念場か? 或いは──」

 

 土壇場かもしれない。無論、転じた意味では無く言葉通りの。

 

「俺の全力だ。逃げんなよ? 英雄?」

 

 三門から撃ち出される三発のドラゴンブラスター。圧縮されても尚巨大な魔力の塊は、着弾地点にて一つとなり、赤い光で世界を塗り潰す。

 その瞬間、偽りの世界は崩壊した。

 

 

 ◇

 

 

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 乱れた呼吸を何とか整えようとするが、上手くいかない。どんなに酸素を取り込んでも足りなく、息苦しい。

 酸欠で狭まった視界で左右を見る。目の前に広がるのは破壊された平野ではなく、二条城の敷地内であった。

 

『どうやら相棒の攻撃で疑似京都があった空間が完全に壊れたみたいだ。ここは現実だ』

「そ、そうか……なら、早く……皆と、合流しないと……」

 

 途切れ途切れで話す一誠。プロモーションは解除され、基本形態の鎧に戻っていた。力をほぼ出し尽くしてしまった為、禁手を維持出来る時間は残り少ない。

 

「はぁ……はぁ……ッ!?」

 

 吐き出す息すら思わず吞み込んでしまう重圧。全身の細胞から熱が抜けていくような悪寒。一誠はそれが何によって齎されているのか過去の経験から知っていた。

 

『馬鹿な……このタイミングでだと……!』

 

 ドライグも驚愕する。それだけ最悪のタイミングと呼べたからだ。

 

「──全く」

 

 その声は曹操のもの。ドラゴンブラスター三連発を何らかの方法で切り抜けていたらしいが、何故か声は不貞腐れていた。

 

「レオナルドの件といい……何時からそんなに過保護になったんだい?」

 

 問い掛けた人物は、曹操の隣に浮かんでいた。

 

「かかかか。同盟相手に手を貸すことが、そんなに不思議なことかのう? 曹操?」

 

 黄衣を纏う高僧の骸骨──魔人だいそうじょうが死の気配と共にこの戦場へと現れた。

 

 

 




一対一の戦いでは実質的に勝っているので助っ人が来てもセーフセーフ。
あと次でこの章は完結の予定です。
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