ハイスクールD³   作:K/K

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新章突入となります。


学園祭のライオンハート編
密約、著名


 ディハウザー・ベリアル。予想外の来訪者と彼が発した台詞にシンは玄関で固まっていた。

 

「──唐突ですね」

 

 出て来たのはディハウザーが訪れたことへの驚きを表したものだったが、言った直後にシンは『しまった』と思った。

 

「……すまない。気を害してしまったのなら謝罪しよう。本来ならこういうことはちゃんと手順を踏んでからするべきだった」

 

 案の定、ディハウザーはシンの台詞をいきなり訪れたことへの不快感を示したものと受け取ってしまい申し訳なさそうな表情をする。

 

「全てがいきなり過ぎた。日を改めさせてもらおう」

「いえ、大丈夫です。別に怒っている訳ではなく少し驚いただけです」

 

 帰ろうとするディハウザーをシンは呼び止め、誤解を解く。シンが不快に思っていないことが伝わり、ディハウザーは安堵の息を吐いた。

 

「誤解をさせてしまいました」

「いや、君の反応は当然のものだ。……しまった。こういうときは手土産の一つも用意すべきだった……」

 

 真剣な表情で悩み始めるディハウザーを見て、どういうべきかシンも迷ってしまう。

 

「取り敢えず立ち話はここまでにして──」

 

 自宅に招き入れようとすると──

 

「誰? 誰? 誰と話してるのー?」

「ヒホ? お客様かホ?」

「ヒーホー! 俺様の縄張りに勝手に入れるなホ! 俺様の許可をとれホ!」

 

 騒がしい声が聞こえてきたのでシンは玄関から出て後ろ足で蹴って扉を勢いよく閉じる。『うきゃっ!?』『ヒボ!?』『ビホ!?』という悲鳴が聞こえたが無視。

 

「──散歩がてらに話の続きでもしませんか?」

「……そうしよう。私もこの町を少し歩き回ってみたいと思っていたんだ」

 

 二人は特に目的地を定めず、駒王町内を歩き始める。

 

「ディハウザーさんに頼んだのは、やっぱりサイラオーグさんなんですか?」

「いや、違う。こうやって直接頼みに来たのは私の独断に過ぎない。しかし──」

 

 ディハウザーの目線がシンの左腕に向けられる。シンの左腕は未だに戒めの為にギプスで固定され、吊るされている。

 

「タイミングが悪かったようだ。こちらとしては君が望めば魔術の腕に長けた者やフェニックスの涙を用意するつもりだが……」

 

 ディハウザーは怪我をしていると誤解しているが、それでも怪我を治させて戦えるようにしようとしている。ディハウザーとしては多少強引にでもサイラオーグとの対戦を実現させたい様子。

 

「大丈夫です。勝手に無理をしたので、その罰の意味でこうしているだけです」

 

 シンはアームホルダーから左腕を抜き、ディハウザーの前で左手を何度か開閉してみせ怪我が無いことをアピールした。

 

「それならば安心した。サイラオーグ卿の願いを成就させるつもりが、空振りの勇み足になるところだった」

 

 軽く笑うディハウザー。ディハウザーはサイラオーグに随分と肩入れをしているように思えた。

 

「サイラオーグさんの為に随分と動くんですね。レーディングゲーム王者の貴方が?」

「肩入れし過ぎだと思うかい? あくまでサイラオーグチームのアドバイザーである私が? ──私もそう思うよ」

 

 自覚がある分質が悪い、とディハウザーは苦笑する。

 

「常に目の前に壁がそびえ立ちながらもそれを超えていく彼の生き方に共感──いや、それだと烏滸がましいな──感動したんだ。だからこそ、是非彼の手助けをしたいと思ったんだ」

 

 サイラオーグが今までどんな生き方をしてきたのかシンは知らない。だが、出会ったときからサイラオーグには一本の芯が入った真っ直ぐな強さを感じていた。それは才能や普通に生きてきただけでは手に入れることが出来ない強さなのだろう。

 

「どちらかと言えば謙虚なサイラオーグ卿が魔王サーゼクス様に直訴してまで君との戦いを希望していることを聞いてね。リアス・グレモリー嬢とのレーティングゲームも近い。それまでに是が非でもサイラオーグ卿の願いを叶えたいと思ってね」

「……そんなこともありましたね」

「あまりいい返事は貰えなかったとも聞いた」

 

 あのときはきちんとした返事はせず、保留するような形で返事を先送りにしてしまった。リアスとのレーディングゲームが近いということからサイラオーグではなくディハウザーの方が痺れを切らしたのかもしれない。

 

「……戦う理由が特にないので」

 

 言い訳もせずに正直な気持ちを言う。シンとて理由も無く戦うことは億劫に感じる。戦いそのものに悦びを見い出すような人種ではないのだ。

 

「──成程。そうなると説得も難しい。君は物で釣られるようなタイプには見えないな」

 

 ディハウザーがその気になれば相手の望む物を何でも用意することが出来るが、シンにはそれが通じないことは一目で分かっていた。

 

「どうすればいいのか悩んでしまうよ」

「時間はまだあります。散歩しながら考えましょう。──付き合いますよ?」

「ふふ。頼めるかな?」

 

 会話はここで一旦終わり、無言で駒王町を散歩し始める。常人ならば気不味さを覚えるかもしれないが、元々口数が多い方ではないシンは特に苦にならない。ディハウザーの方も沈黙を気にすることなく駒王町の町並みを見回していた。

 

(それにしても……)

 

 シンはとある違和感に気付いた。駒王町の住人が誰もこちらを気にしていない。

 言葉だけ聞くと自惚れのように思われるかもしれないが、ディハウザーという人目を惹く存在がいれば納得するだろう。

 スーツがよく似合うモデルのような八頭身。赤銅色の肌に映える銀髪。一生に一度出会えるかどうかの整った顔立ち。思い描いた空想を遥かに上回る異国の美丈夫が町を歩いているとなれば誰の視線も釘付けになるだろう。

 それなのに誰も全く注視しない、不自然なぐらいに。まるで路傍の石ころのような価値の無いもののように。

 恐らくはディハウザーが魔術か魔力によって何かしているとシンは推測する。同行するシンへの配慮やあまり会話の内容を他人に知られたくないのだろう。シンからするといつの間やったのか、という手際の良さに感心していた。

 ディハウザーは駒王町の町並みに興味があるのかしきりに見ている。レーティングゲームの王者という多忙な立場である為、日本の文化が珍しいからとも考えられた。

 

「──平和な町だ」

「一時期は大変でしたが、駒王町の管理者としてリアス部長とソーナ会長が色々と手を尽くしてくれたお陰です」

「……そうかい。それは良かった」

(ん……?)

 

 一瞬だが肌がざわつくのを感じた。怒り、敵意を感じたときに近い感覚である。誰かが発したとなるとそれは──

 

「歩き続けるのもいいが、あそこで少し喋らないかい?」

 

 ディハウザーが指したのはテラス席のあるカフェ。特に断る理由が無かったのでシンは同意した。

 店内に入る。が、店員が誰も反応しない。やはり、不自然な程の無関係さはディハウザーが何かしているようであった。

 

「すまない」

 

 ディハウザーが店員に声を掛ける。二十代ぐらいの女性店員は一瞬呆けた表情をした後、顔を一気に赤く染め上げる。

 

「ひゅ、ひゃい! な、何か御用でしょう」

 

 声が裏返っている。ディハウザーの顔を見て動揺と興奮を同時に体感している。

 

「空いている席はあるかな? 出来ればテラス席が良いんだが」

「こ、こちらです!」

 

 激しく動揺している女性店員に案内されテラス席へ座る二人。コーヒーを二つ注文すると女性店員は最後までディハウザーを目に焼き付けながら戻って行く。

 恐らくは周囲が無関心になる術を解いたと思われる。そうしなければ来店すら気付かれず、席への案内もされない。

 

「君はこういう所へは来るのかい?」

「偶にですが、友人に誘われて」

「友人というとリアス・グレモリー嬢やその眷属たちとかい? 君はリアス嬢の協力者という立場だと聞いているが」

「……そういうときもありますね」

 

 無難な返事をする。余計な事を喋らない為に。立場を考えればディハウザーはサイラオーグ側でシンはリアス側である。何かしらの探りを入れられる可能性も無いとは言い切れない。

 ディハウザーも気付いたらしく苦笑を浮かべる。

 

「これでは君に探りを入れているようだ。不快に思わせてしまったかな?」

「お気になさらず」

 

 ディハウザーに対し素っ気無い態度のシン。ディハウザーの肩書きを知る者からすれば卒倒ものなぐらいに失礼な態度だと思われるだろう。シンも愛想が無いことは自覚しているが、媚びるつもりも遜るつもりも無い。いつも通りの自分で接していた。

 ディハウザーは気分を害した様子もなく『それは良かった』と言って視線をテラスの外へ向ける。

 すぐ傍の歩道では夫婦や小さい子を連れた家族、同性の友人連れ、カップルなどが歩いている。

 ディハウザーはそれを穏やかに見つめていたが、その雰囲気の中には微かな険が混じっているような気がした。

 

(やはり、さっきのは……)

 

 肌がざわついた理由が分かったとき、先程の女性店員がコーヒー二つをトレーに乗せて運んできた。

 

「お、お待たせしましたっ!」

 

 ディハウザーの魅力の影響がまだ残っており、凄まじく緊張している状態のせいでトレーに乗せてあるコーヒーが今にも零れそうな程波打っている。

 震える手付きでコーヒーがテーブルの上に置かれる。まだ一滴も零れていないのはちょっとした奇跡であった。

 

「ありがとう」

 

 火に油を注ぐようなディハウザーの微笑み。緊張と興奮が極限まで高まっている彼女にとっては致命的な一撃になり得る。

 

「……」

 

 かと思いきや、女性店員の顔から一気に赤みが消え、首を傾げながら何も言わずに去って行った。

 ディハウザーが一度解いたものをもう一度発動させていた。きっと女性店員は理由も分からなくなった動悸と興奮に戸惑っているのだろう。

 砂糖もミルクも入れずにブラックのコーヒーを飲みながらディハウザーが何をしたのか考える。もしかしたら、リアスに聞けば分かるかもしれない。ベリアルはグレモリーと同じ元七十二柱。ベリアルがどんな特性の力を持つのか知っている可能性がある。

 と、そんなことを考えている自分の思考に待ったを掛ける。頭の中でディハウザーと戦う為の方法云々を自然と考え始めていた。

 

「どうかしたのかい?」

「──いいえ」

 

 自分の思考に嫌気を覚えたのが表面に出てしまったのかディハウザーが伺ってくる。シンは感情の色が見えない無表情で短く応えるだけであった。

 特に示し合わせた訳では無いがシンとディハウザーは同時にコーヒーのカップを掴み上げる。

 ディハウザーがゆっくりと飲む一方でシンは挽き立てのコーヒーを一気に飲み干す。香りを堪能することも熱さも無視した情緒の無い飲み方であった。

 空になったカップをソーサーの上に戻し、シンは単刀直入に言う。

 

「人間の世界は苦手ですか?」

 

 シンの問いにディハウザーはカップからゆっくりと口を話す。

 

「──ああ。色々と気を回し過ぎたせいで誤解されてしまったかな?」

 

 シンの目が観察するようにディハウザーを見る。自然な笑み。離したカップに揺れは無く、中のコーヒーですらさざ波が立っていない。一切心の揺れを感じられない。

 

「私の容姿だと不必要に視線を集めてしまうと思ったので配慮させてもらった。こう言うと自惚れているように聞こえてしまうな。だが、それが返って君の不安を煽ってしまったみたいだ」

 

 語られる言葉には淀みは無く、自然な語り口。寧ろ聞き心地が良いぐらいである。

 

「私もそれなりの肩書きがあるせいでね、中々人の世界に足を踏み入れることは少ないが、だからといって人間に対して悪意は持っていないし敵意も無い。見下しているつもりも無い旧魔王派のとは違うよ」

 

 ディハウザーは、シンの疑問を『旧魔王派と同じような思想では?』と疑っているのではないかと捉えていた。

 尚、シンは旧魔王派の名を出され『そういえばそんな連中もいたな』と思い出すぐらいに関心が無い。あまり関わっていないので仕方ないと言えるが。

 

「すみません。疑うようなことを言って」

「いや、気にしなくていい。こういうことはキチンと向き合い、話し合うべきだと私は考えている」

 

 先程感じたものは思い違い──とシンは思わなかった。答えに掠ったような気がする。ディハウザーの笑みが深まり、態度がより穏やかになったのは逆に相手に踏み込ませない為のもの。

 シンは自分の感覚に従い──

 

「そうですね。きっとディハウザーさんは人間の世界に思う所は無いでしょうね」

 

 一歩引いたと思わせて──

 

「でも、駒王町は好きじゃないですよね?」

 

 ──躊躇無く踏み込む。

 

「……どうしてそう思うんだい?」

「ディハウザーさんから時折ヒリつくような感じがしたので。後は勘です」

 

 ディハウザーから穏やかな気配が消失する。敵意は無い。悪意も無い。だが、王者の名に相応しい眼光でシンに向けていた。

 尋常ではない重圧感に周囲の無関心な人々にも伝わっており、説明しようがない不安にキョロキョロと忙しなく周囲を見ていたり、顔を青く染めたり、空調が効いているのに寒気を覚えたりなど反応は様々であった。

 

「……サイラオーグ卿が君に執着する理由が分かった気がする」

 

 ディハウザーは静かに語る。

 

「君は得体が知れない。底が見えないんだ。知らない、見えないということは恐怖に繋がる。サイラオーグ卿は君を倒すことで恐怖を圧倒する力を手にしたいのかもしれない」

 

 シンはディハウザーを観察するように見ていたが、ディハウザーもシンの最奥を覗き込むように見つめていた。

 空気が凍り付いたような沈黙が流れる。

 

「……ふっ」

 

 暫くしてディハウザーは小さく笑い、放っていた重圧感を消す。

 

「場所を変えて話そう。我々がいたら営業妨害になってしまう」

 

 落ち着かなくなったり気分が悪くなったりして帰る客やチラホラと見え始める。

 

「そうですね」

 

 このまま長居すれば変な風評被害が起きかねないのでシンもそれに同意した。

 カフェから出るとディハウザーが先導して歩き出す。シンも後を付いて行く。

 歩いている間、会話は無かった。シンは目的地を聞くこともしない。

 二人の間に流れるのは町行く人々の会話と雑踏。そして沈黙。

 それでも言葉を発することなく二人は歩き続ける。アスファルトを歩き、坂を上り、土に足跡を残し、雑草を踏む。

 やがて、ディハウザーの足が止まる。目的の場所へ着いた様子。

 そこは駒王町を一望出来る丘であった。柵やベンチが置かれてあるが、経年劣化でボロボロになっていたり色が剥げている。長い期間、人が立ち寄っていない証拠でもあった。

 ディハウザーは駒王町を眺める。シンは彼の後ろになっており、ディハウザーがどんな表情で町を眺めているのか分からない。だが、その背中からは強い念のようなものが感じられた。

 

「……君の質問に答えよう」

 

 ディハウザーは背を向けたまま喋る。

 

「私は確かにこの町に対して良い印象は持っていない。だが、だからといって何かしようなどとは思っていないよ」

 

 ディハウザーの声から哀愁を感じた。

 

「この町は私にとって大切()()()者が愛した町なんだ」

 

 だった、という過去形。ディハウザーの大切だった人物がどうなったかは、それとディハウザーの態度で凡そ察せられる。

 

「……今の私に言えるのはここまでだ」

「もっと聞きたいと言ったら?」

「残念ながら、私と君はそこまで親しい間柄ではない。まあ、仮にそうだったとしても言えないこともある」

 

 微笑を見せているがこれ以上の詮索はするな、という無言の圧があった。探ろうとすれば火傷では済まないだろう。

 だが、シンは気になった。正直なところ、ディハウザーの過去に関わることを知ったとしてもシンにとって何の利益は無い。しかし、シンはディハウザーと駒王町、それに関わっていた人物に不穏なものを感じ取っていた。

 いずれ巡り廻って災厄となって降り注いでくるのではないか、とシンの直感が囁く。杞憂であって欲しいが、当たって欲しくないこと程良く当たるものである。

 いつか来るかもしれない。そう思っただけで行動するには十分である。

 

「……ディハウザーさん。サイラオーグさんとの戦い、受けますよ」

 

 シンは今出せる最高の手札を切る。

 

「受けてくれるのかい? それは良かった。……それで、話の流れからしてそれ相応の対価を貰おうと考えているのかな? 対価は……私の話の詳細かな?」

 

 シンがこの場でサイラオーグとの対戦を受け入れたことで、ディハウザーは全てを察する。シンが言わずとも話が先へ進んだ。

 

「話が早いですね」

「それしか考えられなかったからね」

 

 ディハウザーは苦笑する。サイラオーグの為に来たが、思わぬ藪蛇になってしまったと言わんばかりに。

 だが、逆に言えばディハウザーが出て来たからこそ先程の言葉をシンから引っ張り出すことが出来た。シンは無表情だったが明らかにサイラオーグとの対戦に乗り気ではなかった。もし、サーゼクスやサイラオーグ本人が来たとしても交渉は難航していただろう。

 

「困ったな……」

 

 隠そうとはせず本当に困った表情をしている。

 

「正直に言おう。実は私はとある真実を探している段階であり、まだ確証を得ていない。この真実は先程の話と密接な関わりがある。……憶測で軽々と喋る訳にはいかない」

 

 一瞬だが、ディハウザーは苛立った表情を見せる。ディハウザーもまた何かに藻掻いている最中なのだ。

 

「時が来たら……私が真実を知ることが出来たのなら話の続きをしよう。今度は何一つ隠すことなく」

 

 今ではなくいつか話す。もしかしたら、その時が来たら手遅れになっているかもしれない。だが、シンにはそれ以上の譲歩を引き出すことは出来ない。

 

「──分かりました。それでいいです」

「そうか。なら、これは私と君との約束……いや、悪魔らしく契約としよう。対価は既に貰った。君の願いは必ず叶えることをここに誓おう」

 

 この日、シンとディハウザーの間で密かな契約が為された。

 

 

 ◇

 

 

 駒王学園の廊下。シンと一誠は肩を並べて歩きながら雑談をしている。主に喋っているのは一誠であり、シンは時折相槌を打っていた。

 一誠は冥界でおっぱいドラゴンが大人気である為、冥界でわざわざ本人実演のヒーローショーに出ている。

 娯楽があまり多くない冥界では物珍しさと現実に一誠自身が活躍していることもあって冥界の子供たちに大ウケとのこと。

 ヒーローショーには一誠だけでなく木場と小猫もそれぞれキャラクターに扮して出演しており、木場は年上の女性たち、小猫は大きなお友達に人気とのこと。

 シンは一度だけ木場と小猫の衣裳姿を見たことがある。特に感想も思い浮かばず黙って凝視していたら、そんな目で見ないでくれと懇願され、それ以降シンの前でその衣裳を着ることは無くなった。

 初めてサインと握手会をしたと一誠は嬉しそうに、楽しそうに語る。自分の手を満面の笑顔で握ってくれる子供。下手くそな悪魔文字のサインで感激してくれる子供。そんな素直な反応がたまらなく嬉しくて仕方なかったと語った。

 一誠は誰かに夢を与えられる存在になったことに感動していた。激戦だらけで痛い思いをし、自分や仲間の命を危険に晒されていたことへの癒しにもなる。

 そして、この平和と仲間を守ろう、と気を引き締める思いであった。

 冥界では立派にヒーローをやっている一方で人間での一誠の評価はというと──

 

「……あれ、二年のケダモノ先輩……?」

「……やだ、見られるだけで謎の催眠術にかかって好き放題されちゃうって噂の……?」

「それで学園のアイドルを皆手籠めにしたって……怖い……」

「聞いた話だと最早男女の見境も無くって、あの木場先輩も……」

「やだ、何それ……興奮する」

 

 ひそひそ語られる根も葉も無い代わりに尾鰭が付けられた噂話。学生の間では一誠はとんでもないクリーチャーに成りつつある。冥界での扱いとは正反対であった。

 そういう風に見られるのは今に始まったことではなく成長を見せた一誠は、甘んじて周りの視線と噂話を受け入れる──若干受け入れ切れずに目から流れ出てしまっているが。

 

「……それで、そっちは何かあったか?」

「いや、特にない。いつも通りだ」

 

 ディハウザーやサイラオーグの件は黙っていることにした。ディハウザーとの契約はディハウザーから口止めされている。サイラオーグのことはリアスの協力者という立場上かなり黒に近いグレーと思っているのでトラブルを起こさない為に隠す。

 

「ねぇねぇ……ケダモノ先輩の隣にいるのって誰?」

「知らない……誰だろう?」

 

 ひそひそ話の矛先が一誠からシンへ向けられる。ただ、リアスや朱乃、木場、一誠とは違ってシンの知名度は一年生の間では低いらしく顔も名も広まっていない。

 一誠のような噂話が浸透するぐらいなら透明人間のように誰にも知られていない方がましである。

 そう思っていたが──

 

「でも、ケダモノ先輩と話しているってことはアレよね?」

「きっとアレよアレ。アレに違いないわ……」

「仲良さそうだし……多分アレよ……」

 

 ──一誠と一緒にいるせいで良からぬ印象を持たれ始めている。

 すると、そんな話が聞こえたのか一誠は暗い笑顔を浮かべ、馴れ馴れしくシンの肩に手を回す。

 

「へっへっへっ……一緒にこの学園で消えない汚名を残して行こうぜ……? マァァイフレェェンド」

 

 死なば諸共の精神。地獄の底へ引き摺り込む道ずれを求めている。

 

「結構だ。それにあだ名ならお前の方が数え切れないぐらいあるだろ? 子供に大人気の」

 

 おっぱいドラゴン、乳龍帝。そんな名がこれから先もどんどん増えていく気がしてならない。

 

『がはっ!』

 

 一誠ではなくドライグの方がダメージを受ける。乳神様やそれに仕える精霊の存在を知り、更にはそんな良く分からない存在から力を与えられて覚醒したことを教えられてから、この手の話題に対してドライグが過敏に反応するようになった。

 ドライグの悲痛な声を聞き、小声でそれを宥める一誠。独りブツブツと呟く姿にまた囁く声が増える。

 廊下を進む度に増えていく一年生の生徒たち。それもその筈シンと一誠はとある目的があって一年生のクラスに続く通路を歩いているからだ。

 

「あら貴方たちも様子見?」

 

 一年生たちではない声。二人が振り返ればリアスが居る。

 

「部長もですか?」

「ええ。気になって」

 

 目的のクラスへと着き、中を覗く。金髪の縦ロールの少女──レイヴェル・フェニックスが他生徒に囲まれて雑談をしている。

 一年生のクラスに出向いたのはこれが目的である。今日はレイヴェル・フェニックスが転入してくる日だった。

 レイヴェルの様子が気になった一誠に誘われてシンも付いて来たが、実は別の人物からもレイヴェルの様子を確認するよう言われていた。

 言って来たのは彼女の兄であるライザー・フェニックスである。

 昨晩、ライザーから連絡が入りレイヴェルの様子を確認しろと頼まれたのではなく、一方的に命令された。

 もし、レイヴェルをいじめるような人間がいたら構わず殺せ、とも言ってきたので、少々苛烈な妹想いに、シンは生返事をして電話を切った。

 一応頼まれたことなのでレイヴェルの様子を窺う。周りの女子生徒たちの様子は好意的なものであり、外国人の美少女であるレイヴェルに色々と質問していた。

 レイヴェルの方はというと、質問攻めに対してしどろもどろになっている。高圧的で高飛車な様子は完全に潜めており、視線を彷徨わせて何を言うべきかどうか迷っていた。

 ギャスパー程ではないが人見知りを発揮している。

 同じクラスにはギャスパーと小猫も居る筈なので二人を探す。二人は教室の隅におり、会話をしているのが見えた。二人の視線は時折レイヴェルに向けられていることから会話内容もレイヴェルについてのものと予想される。

 正直なところ、二人がレイヴェルに助け舟を出すのは難しい。ギャスパーは凄まじい人見知りであり小猫も親しい相手以外には積極的に接しない。

 すると、レイヴェルがこちらに気が付いた。

 リアスは軽く手招きをしながら一年生の教室から離れる。シンと一誠もそれに付いて行く。少しして席を立つ音とレイヴェルの『失礼しますわ』という声が聞こえた。

 レイヴェルが後を付いて来るのが分かると、そのまま人気の少ない場所まで誘導する。

 周りを確認するとリアスは足を止めた。

 

「ありがとうございます。リアス様」

 

 レイヴェルは優雅にお辞儀をして礼を言う。

 

「慣れないことが多くて大変ね」

「は、はい……そうなんです。ど、どう接していいのか分からなくて……私、悪魔ですので、人間の方々が好む話題も見つからなくて……」

 

 恥ずかしそうに顔で頬を染めるレイヴェル。

 

「何か可愛らしい反応だな」

 

 一誠はシンに小声で話し掛けた。

 

「でも、貴女だって話したくない訳じゃないのでしょう?」

「も、勿論ですわ! 私だって成長する為にここへ来たのです! 貴族だけの世界に閉じ籠らずに平民の生活を知ることで何かを学ぶのも大切だと思っているんです!」

 

 向上心はある模様。だとするならば何かしらの切っ掛けが必要なのかもしれない。

 

「ああ、だったらあの二人に──」

「……呼びましたか?」

「は、はいぃぃ」

 

 一誠の声に応える小猫とギャスパー。レイヴェルが教室を出た後に追って来ていた。

 

「丁度良かった。二人にお願いがあるんだ」

「……何ですか?」

「は、はい。何でしょう?」

「レイヴェルの話し相手……というか学校生活のフォローをして欲しいんだ。同じ学年で同じクラスの二人にしか出来ない。頼むよ」

 

 ギャスパーと小猫がレイヴェルの方を見る。

 

「ぼ、僕は構わないですけど……」

 

 ギャスパーは消極的ながらも受け入れたが──

 

「……」

 

 小猫の方は眉根を寄せ、口を尖らせている。普段が無表情のせいで分かり易いぐらいに不機嫌そうな表情である。

 小猫自身がレイヴェルに対してあまり良い感情を持っていないことと、一誠がレイヴェルを気遣うのが気に入らないのが理由だろう。

 少しの間、悩んだ後答えを出す。

 

「……分かりました」

 

 不本意というのがありありと表情に出ているが、一応は協力してくれる。

 

「ということで、レイヴェル、小猫ちゃんとギャスパーがフォローをしてくれるから」

「……どうぞよろしくお願いいたしますわ」

 

 レイヴェルがそう言うと──

 

「……イッセー先輩。……私やギャー君がフォローしてもこの人がヘタレだったらフォローしきれませんよ?」

 

 纏まり掛けていた空気が凍る。

 

「い、今何とおっしゃいましたか……? 私の聞き間違えでしょうか……?」

「……貴女がヘタレ焼き鳥姫だったらフォローし切れないといったんです」

 

 レイヴェルの額に青筋がくっきりと浮かび上がる。シンはそれを見て、怒る顏がライザーそっくりだな、と吞気に思っていた。

 

「フェニックス家の息女たる私にそのような物言いなど……!」

「……大層な肩書きの割に小鳥みたいにオドオドしているからそう思っただけ。……人間界に来るには心構えが足りない」

 

 レイヴェルの怒りは小猫の言葉で更に増し、全身からオーラが立ち昇り始める。それに同調し温度も上がり出す。小猫の方も気を漂わせ、レイヴェルを睨んでいた。

 一触即発の状況。リアスは喧嘩を始めそうな雰囲気の二人に呆れた表情をし、一誠は止めようとするが二人の迫力に押されたギャスパーにしがみつかれて咄嗟に動けない。

 

「──そんなに喧嘩がしたいか?」

 

 小猫とレイヴェルはビクリと体を震わす。

 声の主であるシンは、誰かが来ないか見張っているので二人を見向きもしていない。掛けた声も至って平静。

 

「したいならすればいい。……俺の目の届く範囲で出来るなら」

 

 生徒会メンバーであるシンは風紀を取り締まる義務がある。当然ながら生徒同士の喧嘩は御法度。やろうものならばそれ相応の手段を用いて止める。

 シンは怒っている訳ではなかったが、小猫とレイヴェルはシンの横顔を見て、すっかり萎縮してしまった。

 

「まあまあ。急に仲良くしろとまでは言わないからさ。どっちも出来る範囲で良いから、意識し合ってくれたら俺たちも安心出来る」

 

 一誠がそう言うと二人は微妙に納得し切れていない表情をしていたが、頷いて了承する。

 

「ギャスパーも頼んだぞ?」

「は、はいぃぃ」

 

 前途多難ではあるが、打ち解ける時間はある。

 レイヴェルが良い学園生活を送れるかどうかはこれからである。

 

 

 ◇

 

 

 その日、シンは仲魔を連れて冥界に訪れていた。サイラオーグとの対戦の為である。

 ジャアクフロスト以外はレヴィアタン関連で度々訪れていたので慣れているが、ジャアクフロストの方は以前襲撃に現れたとき以来の冥界なのでキョロキョロと周りを見ている。

 不安というよりも好奇心で周りに目移りしている様子。その癖、プライドだけは高いのでキョロキョロと見回していることに気付かれると慌てて興味の無いフリをし出した。

 シンたちが来ているのはグレモリー領。サイラオーグと対戦する話はサーゼクスの耳にも入っており、サーゼクスから直々に場所を指定された。

 使いの者も寄越すと言っていたので探そうとしたらすぐに見つかった。

 気配が明らかに違う男性が立っている。

 日本人ならば殆ど知っているだろう有名な羽織を着た二十後半の男性。髪を後ろに結んでおり涼し気な顔立ちをしている。

 シンたちのことに気付いており、柔らかな笑みと共にシンたちの方へ来る。

 

「お待ちしておりました」

 

 その男は何故だか木場を思い浮かべる雰囲気を纏っていた。

 

「貴方がサーゼクスさんの?」

「はい。そうです」

 

 男の腰には大小の刀が差し込まれている。

 

「貴方のことはサーゼクス様と祐斗から聞いています。間薙シン殿」

「木場からも?」

 

 男の口から木場の名を出され、シンは聞き返す。

 

「申し遅れました。私はサーゼクス様の『騎士』であり、祐斗の剣の師を務めさせております、沖田総司と申します」

 

 不意打ちのように歴史上の人物が目の前に現れ、シンはその顔を凝視するしかなかった。

 

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