ハイスクールD³   作:K/K

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相談、夕飯

 事の発端はシンが部室を訪れる数分前まで遡る。

 ミーティングを終え、アザゼルとロスヴァイセが教師としての仕事が残っているので職員室へ戻った後、一誠たちはいつも通り文化祭に向けての準備を進めていた。

 すると投写用の魔法陣が出現し、そこからフェニックス家の現当主の妻、つまりライザーとレイヴェルの母親が投影された。

 目的としては今まで出来なかったリアスへの挨拶である。本人は直接するのが礼儀だと分かっていたが、今は情勢のせいでフェニックスの涙の需要が非常に高まっており、それの製造に手が離せない程忙しくなっており、投影という形で挨拶をするしかなかった。

 リアスも事情が分かっているので微笑んで応じ、ここまでなら特に問題は無かった。

 レイヴェルの母はここで一誠に話し掛ける。レイヴェルに悪い虫がつかないように、特によろしく頼む、と念を入れてお願いする。

 含みを持たせた言い方に大概の者たちは、その言葉に込められた意味を察するが、一誠は特に深く考えず──

 

『分かりました。俺にどこまで出来るか分かりませんけど、娘さんは俺が守ります!』

 

 ──と快諾。この時点からリアスから只ならぬ気配が漂い出していた。

 レイヴェルの母はその返答に快くし、ご丁寧にレイヴェルがフリーの『僧侶』であり、将来的に──という遠回しなお願いをした後に魔法陣を消滅させた。

 リアスはその直後に一誠に訊いた。

 私のこと、守ってくれる? と。

 一誠は当然のように答えた、勿論、と。

 アーシアは守るのかと訊いた。

 一誠は勿論と答える。

 朱乃は、と訊かれ一誠は同じような答えを出す。

 一誠にとっては皆等しく大切な存在。だが、訊いたリアスにとっては──

 リアスは最後に訊く。一誠にとって自分は『何』で『誰』なのかを。

 質問の意図を把握し切れていなかった一誠は正直に答えてしまう。

 

『俺にとっては部長は部長で──』

 

 一誠にとっては特別な意味があったのかもしれない。しかし、受け取る側にとってはどこまで行っても『部長』という肩書きの存在。

 耐え切れなくなったリアスは『バカ』という言葉を残し、泣きながら部室から去ってしまった。

 そして、そのすぐ後にシンが現れる。

 

 

 

 

「馬鹿が……」

 

 同じ罵倒を繰り返す。事情は全て聞いた。馬鹿という言葉が一度言うだけでは全然足りない。

 

「本当に馬鹿が……」

 

 三回目。流石に一誠が何かを言いそうになるが、喋る前に手で制して出鼻を挫く。

 

「黙っていろ。この場でお前に何かを言う権利は無い」

 

 ゲーム前に面倒ごと起こしてくれた鈍感極まる対応をしてくれた筋金入りの無神経男。事情を上手く呑み込めていないこの男に対して、シンは容赦無く責め立てる。

 三度言っても言い足りない。言う口も足りない。なのでシンは面白そうに眺めている仲魔たちをけしかけた。

 

「お前たちも言ってやれ」

「いいの? じゃあ、バーカバーカ」

「ヒーホー! おバカホー!」

「その情けない面は何だホ! そんな面する奴はヴァーリのライバルに相応しくないホ! バカ! 大バカ! ドバカ!」

「ヒ~ホ~。バ~カ~」

「オレモ言ウノカ……バカ」

 

 仲魔たちによる一誠へのバカの合唱。聞かされている一誠は思いっ切り凹んでいるが、シンはまだ足りない。

 シンは朱乃の方を見る。シンの目を見て何を求めているのか朱乃はすぐに察してくれた。

 

「イッセー君……この際だからハッキリと言いますね──馬鹿」

 

 いつものおしとやかな表情を急変させ、氷のような眼差しと共に鋭利な刃物の如き罵倒を一言。言われた一誠は鋭過ぎる馬鹿の一言に悶絶する。

 

「はい。次はアーシアちゃん」

 

 朱乃はアーシアにバトンタッチをする。

 

「え、えっ! 私もですか!?」

「こういうときはキチンと言うべきですわ」

「じゃ、じゃあ……イッセーさんの馬鹿っ!」

 

 ぐはっ、という声を上げ一誠は胸を押えて崩れ落ちる。大事にしているアーシアからの馬鹿発言は朱乃とは対極の破壊力を秘めていた。

 

「はい、アーシアちゃん良く言いました。次の人はアーシアちゃんが選んでね」

「それも私ですか!? え、えーと……木場さん!」

「僕? うん、分かった。君は僕にとって大切な友人だけどリアス部長も大切な人なんだ。それを泣かせた君には敢えて言わせてもらうよ。イッセー君、君は馬鹿だ」

 

 真摯な想いを込めての言葉。鋭さは無いが重い。

 

「小猫ちゃん」

「……はい。遠慮なく言わせてもらいます。……イッセー先輩は馬鹿です」

 

 半眼で睨みながらいつも以上に冷たく言い放つ。

 

「……ギャー君」

「ぼ、僕ですか!? えーと……その……あの……イッセー先輩……ば……馬鹿……」

 

 消え入りそうな声ながらも一誠に非があることは分かっているので誤魔化すことはせずに言う。

 

「ゼ、ゼノヴィア先輩ぃぃ!」

「ふむ。私か。今回ばかりはお前が悪いと私でも分かったぞ、馬鹿」

 

 ズバリと言うゼノヴィア。俗世に疎い彼女でも今回の一誠の態度は間違っているのは分かり、非難を込めて言う。

 

「イリナ」

「はーい! イッセー君! 本当にダメダメよ! あれは! ダメダメっていうか馬鹿馬鹿よ!」

 

 イリナはリアスに同情し、強い口調で一誠を叱る。

 ほぼ全員が言い終えた。シンはレイヴェルの方を見ると彼女と目が合う。レイヴェルは目があった途端、凄い勢いで首を横に振った。

 切っ掛けとなったことに責任を感じているレイヴェルに一誠を責めさせるのは酷な話であり、事情を説明されていたシンは最初からレイヴェルは除けて考えていた。

 オカルト研究部一同から馬鹿と呼ばれた一誠は真っ白に燃え尽きている。相当応えているのが分かる。

 

「これからどうしますか?」

 

 打ちひしがれた一誠を放ってシンは朱乃へ訊ねる。部長が不在の今、副部長の言葉を最優先とさせる。

 

「そうですね……ひとまずは──」

 

 皆の顔を見回すと朱乃は普段の笑みを浮かべる。

 

「お茶にしましょう」

 

 朱乃の発言に真っ先に戸惑った様子を見せたのはアーシアであった。

 

「あの……今すぐリアスお姉様を探しに行かなくていいんですか……?」

 

 アーシアはリアスを探したくてソワソワとしている。

 

「ちゃんと探しに行きますわ。そのときはアーシアちゃんも一緒にね。でも、今すぐに探そうとするのは反って逆効果ですわ。リアスも一人になって冷静になる時間が必要よ」

 

 付き合いが長いだけにリアスの心情を把握している朱乃は少し間を置く必要があるとアーシアを諭す。

 

「レイヴェルちゃんもお茶にしましょう」

「で、でも……」

「気にしなくていいのよ。誰が一番悪かったのかもう決まっているから」

 

 レイヴェルを慰める意味も込めてのお茶の時間。皆がソファーに座り朱乃が淹れるお茶を待つ。

 因みに一誠はお茶の時間が終わるまで真っ白になったままであった。

 

 

 

 

 お茶会が終わると朱乃の指示の下で学園祭に向けての準備を進める。

 女性陣は出て行ったリアスを探しに。木場とギャスパーは外へと買い出し。一誠は悶々と苦悩しながら空き部屋で一人作業。

 シンは一旦生徒会室へと戻っていた。残って学園祭の準備の手伝いをしても良かったが、朱乃からしばらくの間、一誠に一人で考える時間をあげて欲しいと頼まれたからである。

 生徒会室では生徒会メンバーが相変わらず仕事をしている。もしかしてと思い、リアスの姿を探してみるが居ない。友人のソーナに悩みの相談でもしているかもしれないと思っていたが空振りであった。

 

「誰かを探しているのですか?」

 

 ソーナが話し掛けてくる。シンの何気無い視線移動で人を探しているのを見抜いている。

 

「──リアス部長とは会っていませんか?」

「リアスですか? いいえ、会っていません。彼女は今、部室に居ないのですか?」

「はい。タイミングが悪かったみたいです」

 

 飛び出したというのはリアスの名誉の為に伏せておく。しかし、何か隠しているのを悟られたらしくソーナは怪訝な表情をしている。

 

「生徒会の仕事はいいですが、会長たちもゲームが近いですよね?」

 

 話を逸らす為にレーティングゲームの話を出す。リアスとサイラオーグのレーティングゲームが大きな注目を集めているせいであまり話題になっていないが、同時期にソーナたちも若手悪魔の注目株の一人であるシーグヴァイラ・アガレスと試合を行うことになっている。

 

「心配はご無用です。スケジュールの管理は完璧なので」

 

 ソーナがキラリと眼鏡を光らせながら断言する。そこには揺るぎない自信と共に自分たちが挑むレーディングゲームへの情熱が込められていた。

 

「余計な気遣いでしたね」

「いえ。心配してくれるのは悪いことじゃありません。生徒会のメンバーとして気遣ってくれるのは嬉しいことです」

 

 微笑むソーナにシンは大したことじゃないです、と謙遜する。他のメンバーにはそれが照れ隠しのように見え、微笑ましく思えた。

 仕事の続きをする為に自分の席に座ると匙が小声で話し掛けてくる。

 

「まあ、心配すんなって。アガレスとのレーディングゲームは俺たちが勝つ。俺とヴリトラが会長を勝たせてみせる」

 

 自信に満ちた様子で宣言する匙。京都での一件以来ますますヴリトラとの絆が深まり、神器の能力を高めている。匙の状態を確認したアザゼル曰く──

 

『禁手に至っていないのに禁手級の力を扱えるようになってやがる。滅茶苦茶ロマンがあるな。神滅具でもないのにレアなことが起きてるな。面白れぇ、今すぐ俺の研究所に連れていって調べてぇ……!』

 

 ──と興奮した様子で目をキラキラさせながら話していた。

 

「絶好調だな」

「おうよ。特訓も良い感じだ。他の皆との連携も形になってきたしな」

 

 嬉々として話す匙。絶不調のドライグと足並みが乱れているリアスたちとは対照的なのが皮肉に思えてくる。

 

「兵藤の方はどうなんだ?」

 

 ライバル視している一誠の様子を窺う。

 

「絶不調だな」

「えっ!? マジかよ!?」

 

 隠さず言うと匙は目を丸くするが、すぐに納得した表情になる。

 

「あー、そういや兵藤の奴新しい能力を手に入れたって言ってたな。上手くコントロールするのに苦戦しているのか」

 

 一人納得する匙。ある意味では正解かもしれないが、新しい能力への覚醒は不調の切っ掛けに過ぎない。しかし、ここで乳神関連の話をすれば間違い無く喋っているシンの正気が疑われる。勘違いを訂正せずそのままにしておいた。

 

「まあ仕方ねぇか。俺だって色々と苦労したしな。何か手伝えることがあれば、やれる範囲で手伝ってやると兵藤に伝えておいてくれ」

 

 自分も忙しい立場だというのにしれっとこういうことを言える匙は、やはり情に厚い男である。聖剣絡みの騒動のときといい京都のときといい、巻き込まれてかなり酷い目に遭っていたというのに。

 

「伝えておく」

 

 そこでソーナの視線を感じたので会話を中断し、生徒会の仕事に掛かる。暫くデスクワークをしていたが、ソーナから声を掛けられた。

 

「すみません。これを届けておいてくれませんか?」

 

 渡された学園祭に関する書類を、指定された部活動の代表に届けるよう指示されたので、シンは席を立つ。

 放課後である為、部活動の代表も部室やグラウンドなどに居たので仕事自体はスムーズに進み、簡単に終わった。

 そろそろオカルト研究部もメンバーが戻っているかもしれないと思い、一度生徒会に顔を出してからオカルト研究部部室へ戻ろうかとシンが考えていたとき──

 

「──あっ」

「……あっ」

 

 思わず声を洩らしてしまう。向こうも同じ気持ちだったらしくシンと似た反応をしていた。

 探し人であるリアスが目を丸くして立ち尽くしている。

 近くに朱乃やアーシアたちの姿は見当たらない。リアスを探しに出ていたがまだ見つかっていない様子。もしかしたら、リアスの方が見つかりたくなくて彼女たちから逃げている可能性もある。

 

「奇遇ね……」

「──そうですね」

 

 リアスの声に元気は無くいつもの凛々しさが無い。未だに落ち込んでいるのが伝わってくる。

 

「事情は……聞いているのかしら?」

「はい」

「そう……ごめんなさい。無様な姿を晒して」

 

 力無く微笑むリアス。実に弱々しい。トレードマークの赤髪も今は色褪せて見える。

 

「一人になりたいのだったら、俺は止めませんよ」

 

 偶然出会ったリアスにシンなりの気遣いをする。気持の整理がまだ出来ていないのなら無理に引き留めることはしない。

 リアスは一瞬だけ迷った表情をする。だが、すぐに何かを決めた顔付きになった。

 

「シン。少し時間はあるかしら?」

 

 

 

 

 駒王学園屋上。本来なら生徒は立ち入り禁止で厳重に鍵がかけられているが、悪魔の力を使えば簡単に開錠出来る。

 シンとリアスは手摺に寄りかかりながら夕暮れと夜の境目のような空を見ていた。

 

「あの後……イッセーはどうだった?」

「呆然としていましたよ。やったことがやったことなので全員で馬鹿って言っておきました」

「ふふ……でも、私も馬鹿よね……」

 

 リアスは少し笑ったがすぐに表情を暗くする。

 

「姫島先輩やアーシアが部長のことを探していましたよ」

「知っているわ……だけど、会わす顔が無いの。主としても部長としてもみっともない姿を見せてしまったから。それに……」

 

 リアスはそこから先は口を噤んだ。朱乃とアーシアが一誠に強い好意を持っていることを彼女は知っている。リアス自身も同じ立場故にどうしても彼女たちにどう向き合えばいいのか分からなくなっていた。

 日々男として成長していく一誠。それに惹かれる女性たちも増えていた。それを近くで見ていたリアスの中に生まれる焦燥と嫉妬。好意を向けたとしても一誠の鈍感さのせいか手応えが感じず、いつまで経っても『部長』という変わらぬ呼び方。その呼び方自体がリアスと一誠との距離間を表しているようで、今日この日溜まりに溜まっていた感情が遂に爆発してしまった。

 主として皆を率い、導く立場としては軽率な行動。実際、彼女も感情を爆発させた後に少し時間が経つと冷静になり自分のしたことを強く恥じた。だが、同時に彼女も年頃の女性である。理屈や理性では分かっていても制御し切れない感情もある。

 

「ねぇ、シン。誰かにとっての特別、一番になりたいと思うことって傲慢なことかしら?」

「……まだ冷静じゃないですね、部長」

「え?」

「俺なんかに恋愛相談する辺り冷静とは思えません。明らかに人選ミスです」

 

 シンが真顔で言うのでリアスは思わず笑ってしまった。

 

「そこまで言うの? 貴方だって恋愛とかに興味は無いの?」

「残念ですが、全く。もしかしたら、この先も無いかもしれません」

「まあ」

 

 シンの乾いた感情にリアスは目を丸くする。

 

「そんなことを言う割には由良って子と何度もデートしたって聞いていたけど?」

「デートじゃないです。一緒に食事をしたことが何回かあるだけです。──というか誰に聞いたんですか? ……会長ですね?」

 

 リアスは答えず誤魔化すように笑う。

 

「今は俺のことよりも話すことがあるんじゃないですか?」

「ふふ。ごめんなさい」

 

 シンが普段よりも若干眉間に皺を寄せて言う。リアスにはそれが不貞腐れた表情に見え、また笑ってしまう。ここだけ切り取れば男女の年相応のやり取りに見えるかもしれない。

 会話に間が出来る。その間にリアスの微笑はゆっくりと消えていった。

 

「俺は助言は出来ません──でも、話だったら幾らでも聞きます」

「──そうね。今はそれがいいのかもしれない」

 

 リアスは話す。今日に至るまでの一誠への気持ちの変化を。

 最初はお馬鹿だが可愛らしく問題児な眷属ぐらいの認識だった。眷属にした段階で只者ではないとは分かっていたが、『赤龍帝の籠手』の所有者と知ったときは思わぬ当たりを引いたと思った。

 初めてときめきを覚えたのは、ライザー・フェニックスとの戦いであった。あの戦いで一誠はリアスの為に命懸けで戦ってくれ、そして自由を与えてくれた。今まで経験したことがない程、胸が高鳴った。

 コカビエル、ヴァーリといった強敵たちと戦う度に一誠の顔はより男らしいものへ変わっていくのをリアスは間近で見ていた。

 上級悪魔を真っ直ぐと目指す眼にいつも胸が高鳴る。だからこそ、望んでしまった。その目で自分を見つめて欲しいと。

 成長していく想い人。変わらぬ距離感。募る焦り。一誠にとって自分がどんな存在なのか分からなくなっていく日々。

 大事なレーティングゲームが控えているときに自分からチームワークを乱してしまうのは間違っていることは自覚している。それでも抑え切ることは出来なかった。自分でも把握していない程に一誠への想いは強く、熱くなってしまっていたからだ。

 リアスの思いの丈を打ち明けられている間、シンは黙ってそれを聞き続けていた。相槌を打つようなことをせず、目を逸らすことなくリアスを見続けていた。

 全てを話し終えたリアスは夕闇を見詰める。その瞳は潤んでいた。

 

「今が大事な時期なのは分かっているのよ……サイラオーグを失望させるような真似をしたくないのに……それでも私は耐えることが出来なかった……!」

 

 自分の未熟さを恥じるリアスに対し、シンは口を開く。

 

「でも、これは必要なことだったと思います」

「えっ……?」

「あの鈍感な馬鹿に考えさせるには、これぐらいのことをした方が丁度良い」

 

 シンはリアスを否定しなかった。

 

「鈍感馬鹿って……それに私、皆に迷惑を掛けたし……」

「俺は部長の眷属じゃないので正直何とも思っていませんし、貴方の眷属たちだって今回のことで部長を責めたりはしません。寧ろ、貴方を想ってあの馬鹿を怒っていましたし。まあ、今回は所謂、ガス抜きのようなものだったということで」

 

 深刻に悩んでいたリアスにシンは今回の件は通過儀礼のようなものであったと軽く言う。重荷を取っ払おうとしている発言にリアスは戸惑う。

 

「……そんな軽く考えて良いのかしら?」

「俺が言っていることはあくまで俺の意見に過ぎません。正直、偉そうに意見が出せる程自分のことを過大評価していません。こういう考え方もあるという参考程度にしておいて下さい。決めるのは部長ですから」

 

 リアスの表情は未だ迷いに満ちている。シンはそれが当然だと思った。他人の意見に乗っかるのは楽かもしれないが、そうはしない。リアスの中に在るプライドがそれを許さないのだろう。例え、悩み苦しむことがあっても自分で自分が納得する答えを出す。それが、シンが知るリアスである。

 

「……もう少し考えてみるわ」

「それがいいと思います。それにきっとあいつも今頃、部長と同じように悩んでいる筈でしょうし」

「イッセーも?」

「はい」

 

 シンは首を縦に振る。シンは生徒会へ戻る前に一度一誠の様子を確認しに行っている。

 頼まれていた作業が手に着かないぐらいに一人頭を抱えながら苦しむように考えていた。

 リアスの一件でリアスの気持ちにようやく気付き、同時に自分の気持ちにも気付いているのかもしれない。

 だが、もしかしたらリアスからの好意に対して心から信じることが出来ないのかもしれない。シンから見て一誠は基本的には陽気な男であるが、時折自分を卑下している部分も見えた。どうせ自分なんかが好かれる筈が無い、というネガティブな考えに囚われている可能性もある。

 傍から見れば一般家庭で生まれた悪魔としての才能が薄い転生悪魔の下僕と由緒正しい家柄と血統を持つ上級悪魔の主。釣り合うポイントを見つける方が難しい格差ある立場。

 今までは一誠をリアスが可愛がり、リアスを一誠が慕うという関係。その関係が一線を超えてしまうことで崩れてしまうのを恐れているかもしれない。

 それが分相応。それが安定。それが平穏。それが一番リスクの無い関係と考えるだろう。だが──

 

「でも、きっとあいつは答えを出すと思います。鈍い頭を必死にフル回転させて」

 

 ──シンは決して兵藤一誠が現状維持などという妥協した考えに至るとは思っていなかった。馬鹿で鈍感なのは知っているが、シンには無い熱を心に宿している。その熱がある限り詰まらない真似はしないと確信していた。

 

「──信じているのね、あの子のこと」

「それなりの付き合いですからね」

「……思えばイッセーと一番対等な関係を築いているのは貴方なのかもしれないわね、シン」

 

 眷属の中で女性陣は皆、一誠に好意を持っている。男性陣もまた一誠に対して恩や尊敬の念を持っている。そんな中でシンと一誠は互いに歯に衣着せぬ言い合いをしていることが多々あった。下手をすれば仲違いしてもおかしくないのにそんなことはなく、だからといって唯一無二の親友というような厚い関係ではなく、でも互いのことを信頼している不思議な関係性。リアスでは築くことの出来ない特異な繋がりであった。

 

「色んな意味で一誠にとって貴方は特別なのかもしれないわね──嫉妬しちゃうわ」

「止めて下さい。気色悪い」

 

 少し顔を顰めるシン。もし一誠に同じことを言ったら、シンと同じ反応をするのが容易に想像ができ、リアスは吹き出してしまった。

 

「ふふふ……やっぱり、最初に思ったときからずっと変わらずに貴方は面白い子ね」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 最初は胸の内に重く辛い錘のような御し切れない感情が渦巻いていた。だが、シンと会話をしている内に段々とそれが軽くなっていくのが感じられた。誰かに悩みを話したから気持ちが軽くなったのもあるが、話す相手がシンだったのも理由なのかもしれない。

 未だにその内に未知を秘めた男。恐れもあるが、何故か安堵も覚える。底が見えないからこその計り知れない彼の器が、全てを受け止めてくれると信頼しているからかもしれない。

 だからこそなのだろうか。リアスは時々思ってしまう。

 

(シンが悪魔の道を進んだら、どれだけの存在になるのかしら……)

 

 人と悪魔の狭間を行ったり来たりしているのが今のシンであり、どっちつかずな在り方をしている。もし悪魔として道を選ぶのであれば、その将来は有望なものであろう。

 

(上級悪魔にはまず間違いなく成れる筈よ。最上級悪魔も不可能な話じゃない。もしかしたら、それ以上……)

 

 悪魔としての頂点であり、兄のサーゼクスと同じ高みである魔王。飛躍し過ぎな考えかもしれないが、リアスはどうしてもそれが夢想とは思えなかった。

 

「部長?」

「な、何かしら?」

 

 シンから声を掛けられ、リアスの意識が現実へと戻ってくる。将来のシンの想像は皮肉にもシン本人によって打ち消されてしまった。

 

「俺はそろそろ戻ろうと思います。部長はどうしますか?」

「私? 私は……もう少しここで考えてみるわ」

 

 一誠が悩んでいるなら自分もまた悩もうとリアスは思った。

 

「そうですか」

「ええ。話を聞いてくれてありがとう、シン。おかげさまで少し心に余裕が出来たわ」

「それなら何よりです」

 

 シンはそう言うとリアスを残して屋上から出ていく。

 階段を下りながら多少なりともリアスの気が晴れたのを感じ、少しだけ安堵する。

 気持の整理が完全についた訳ではなく、当分はギクシャクとした関係が続くかもしれないが、それでも今日のようなことが起こらないと思われる。

 

(……あいつはどんな様子だ?)

 

 生徒会に顔を出してからオカルト研究部へ向かおうと考えていたが、予定を変更して先にオカルト研究部へ向かう。

 一誠が一人作業をしている空き部屋の前まで来た。中からトンカチを叩く音が聞こえる。

 扉を少し開けて中の様子を眺める。一誠が黙々と作業をしていたが、前に見たときとは様子が違った。

 前は悩みに満ちた表情をしていたが、今は妙にスッキリとした表情をしている。悩みが晴れた、或いは決心がついた、そんな顔に見えた。

 

「……うん? うおっ! びっくりした!」

 

 視線に気付いた一誠が扉の隙間から覗いているシンを見て仰天する。

 

「やめろよ、お前! 心臓に悪いだろうが!」

「悪かったな」

 

 見つかったのなら仕方がないのでシンは空き部屋へ入る。一誠は心臓を押えながらやや大袈裟なリアクションをしていた。

 

「何だよ? もう生徒会の仕事はいいのか?」

「まあな」

「もしかして、俺のことが心配で様子を見に来てくれたのか?」

「そうだと言ったら?」

「俺、そうされるぐらい酷い顔をしてたのか……」

「今はいつも通りだがな」

 

 やはり、一誠の中で気持ちに整理がついたような気がした。リアスと話している間に一誠の中で決心が決まる出来事があったと思われる。

 

「あのよ……明日の夜、時間はあるか?」

「あるが、何か用か?」

「一緒にメシでも行かね?」

「……お前と二人でか?」

 

 露骨に嫌そうに言うと一誠は少し怒った顔付きになった。

 

「何だその反応は! 俺だってお前と二人っきりなんてごめんだ! お前だけじゃなくて木場やギャスパーも誘うよ!」

「男メンバーだけか?」

 

 表情を引き締め、何かを覚悟したように一誠は言う。

 

「……ああ。皆に話したいことがあるんだ」

 

 

 

 

 翌日の夜。シンは待ち合わせ場所で一誠たちと合流する。一誠に折角だからと言われたので仲魔のジャックフロスト、ケルベロス、おまけでジャアクフロストも連れて来ていた。

 

「よお」

「やあ」

「こ、こんばんは!」

「ヒ~ホ~。待ってたよ~」

 

 一誠に続いて木場とギャスパーも声を掛けてくる。ギャスパーの頭の上には相棒のジャックランタンが乗っかっていた。

 色々と重要なイベントが重なって日々忙しいグレモリー眷属だが、先日のこともあって本日は文化祭の準備のみで特訓も悪魔の仕事も休みになっており、男子眷属全員問題なく一誠主導の晩御飯に参加している。

 因みにピクシーは面子が面子なだけにリアスたちへ預けておいた。ピクシーは不満そうだったが朱乃が用意してくれた菓子を見てすぐに機嫌を直し、去っていくシンを見送ることもせず速攻で菓子に飛びついていた。

 全員集まると一誠に先導されてある場所へ向かう。一誠曰く、アザゼルも晩御飯に誘ったら『丁度良い。お前ら全員に俺が奢ってやる』と言って、この場所へ来るようにと一誠に住所だけ教えられていた。

 それに従い道を歩いて行くが、段々と人気の少ない場所へ向かっていく。どんどん建物も無くなっていくと自然と不安が高まってくる。

 

「あってるよなぁ……?」

 

 道案内している一誠が不安そうに呟く。

 

「人気も建物も無い場所だね……食事が出来る場所があるのかな?」

「うぅぅ……何か怖くなってきました……」

 

 目印になるものも見つからず、アザゼルのことを少し疑ってしまう。

 

「何か見えるな……」

「マジか? ……本当だ」

 

 シンが見ている方へ一誠も目を凝らす。小さな灯りがポツンと見えた。

 その灯りを目印にし、シンたちはそこへ向かう。

 近付くにつれ灯りの正体が見えてくる。

 灯りの正体は提灯。青い屋根からぶら下げられており、屋根の下は透明のビニールの幕で囲われている。ビニールの幕越しに見えるのは暖簾。その暖簾には『おでん』と描かれていた。

 風に運ばれて漂ってくる出汁のニオイ。こんな人気の無い場所にあるおでんの屋台など怪しさしか感じられないが、その出汁のニオイはその怪しさを一旦忘れさせ、足を向かわせるには十分魅力的であった。

 意を決して暖簾を潜る一誠たち。

 

「いらっしゃい」

「あっ!」

 

 先頭で入った一誠は驚く。

 

「アザゼル先生!?」

 

 煮えるおでん鍋の前で割烹着を着て頭に手拭いを巻いたアザゼルがそこに居た。

 

「何で?」

「何でって奢ってやるって言っただろう? だから、こうやってお前たちの為に一から準備してやったんだ」

「一からって……」

「そりゃあ、仕込みから屋台まで全部よ」

 

 その返答に唖然とする一誠。分かっていてもアザゼルの行動力の早さと大胆さには驚かされてしまう。

 

「まあ、俺も一度はやってみたいと思って密かにおでんの料理研究もしててなぁ。丁度良い機会だから、お前たちに振る舞ってやろうと思ってよ」

 

 念願が叶ったからかアザゼルは上機嫌であった。

 

「お前も遠慮せずに食えよ」

 

 その言葉は一誠たちではなく別の人物へ向けられていた。

 アザゼルの視線を追うと、既に先客がいた。その人物に一誠はまたしても驚かされる。

 

「セ、セタンタさん!?」

「こんばんは、兵藤様」

 

 グレモリーの番犬であるセタンタが蒟蒻を箸で挟みながら一誠に挨拶をした。

 




次回は男だらけの食事回となります。
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