マダに言いたい放題されて逆に闘志を燃やし、台本に齧り付きになっている匙。凄まじい集中力を発揮しているので出番が来るまで声を掛けるのを止めた。
セラフォルーがピクシーたちと別のシーンを撮影している。因みに内容はミルたんに一方的にやられて落ち込んでしまったレヴィアたんを仲間のピクシーたちが励まし、奮起するというシーンである。
「悪魔さぁぁぁぁん!」
野太い声と共に地面を揺さぶるような勢いでミルたんがシンの方へ駆け寄って来る。シンの視点からすると重戦車が突っ込んで来るような光景であった。
鍛え抜かれた横隔膜から発せられる大声量での呼び声。その声は遠くまで木霊していき、木々に止まっていた鳥たちが一斉に羽ばたく程。
シンの五メートル手前で急ブレーキを掛けるが、勢いが強かったせいで地面を深く抉りながら一メートル前でようやく止まる。ミルたんが急ブレーキを掛けた痕は、黒く焦げており何かが焼けるようなニオイを放っていた。
相変わらずの人の理から外れた力を目の当たりにしながら、シンはミルたんに何故声を掛けて来たのかを問う。
「悪魔さんに改めてお礼がしたかったにょ!」
「お礼?」
「そうにょ! こんな素敵な撮影に参加出来てミルたんは嬉しいにょ! 感激だにょ!」
飛び跳ねて全身で喜びを表現するミルたん。跳ぶ度にツインテールの髪が揺れる。跳ぶ度に巨体が地面を踏み付け、陥没する。
「ん? なんか揺れてないか?」
「ホントだ。地震かな?」
そんなスタッフの声が遠くから聞こえて来る。スタッフたちもまさか震源がここにあるとは夢にも思わないだろう。
「魔法少女になるためにオーディションに行ったにょ。それがダメになったときは悲しかったにょ。でも、それが切っ掛けになって映画に出られて嬉しいにょ! 魔法少女にまた一歩近づいたにょ!」
純粋に感謝の気持ちを伝えてくる。見た目は奇抜で異常だがこういった素直な部分は好感が持てる。流石、ピクシーたちと仲良くなれるだけのことはある。
「憧れ続けて良かったですね。それが今に繋がりました」
夢としては少々というかかなり特殊な部類ではあるが、それを貫き通したことで映画にまで出演している。そのことは讃えるべきだとシンは思った。
「あ、悪魔さんっ!」
ミルたんは感極まった表情になる。途端にシンは背中に悪寒が走ったのでその場から一歩後退した。ミルたんは踏み込んでハグをするが、シンは下がっていたので空振りする。ハグし損ねた両腕は、ミルたんの分厚過ぎる体に叩き付けられ、とても人体から発せられたとは思えない音を鳴らす。
「うん? 誰か花火でもやったか?」
「いや? 何も打ち上げられてないけど?」
またもスタッフの声が聞こえてきたが、訂正する気にはなれない。言っても信じて貰えないだろう。
ハグを空振りしたミルたん。ハッとした表情になると両手で顔を覆う。
「興奮してやってしまったにょ! ミルたんったらはしたないにょ!」
衝動に駆られて抱き締めようとしたことを恥じ、照れている様子。仮にそのまま抱き締められていたら、常人なら骨が砕けて口から内臓を吐き出していたかもしれない。シンなら耐えられるだろうが、その分熱烈な抱擁を長時間受けていたであろう。
「……お気持ちだけで十分です」
「うぅ……悪魔さんはホントに謙虚だにょ」
指の隙間からこちらを覗くミルたん。心なしか顔が赤いような気がするが、見なかったことにする。
そのとき、カコンという軽い音が鳴ってシンの爪先に転がって来た空き缶が当たる。シンがそれを拾い上げると両手に空き缶を抱えたスタッフが歩いてきた。
「あ、すみませーん。拾ってもらってありがとうございます」
若いスタッフはギリギリ抱えられる量の空き缶を抱いたままシンに軽く頭を下げる。
「いやー。ゴミ箱が近くに見当たらなくて探し回っている最中でして……」
聞けば休憩中に出た空き缶の捨て場所を探しており、困った表情をしながら近くにゴミ箱がないかキョロキョロと辺りを見回している。
拾い上げた空き缶をこのまま渡してしまえば再び落としてしまいそうだ、とシンが考えていたときに横から伸びてきた大木の如きミルたんの腕が、シンの持っていた空き缶を取る。
「ミルたんの魔法力で持ち運び便利にしてあげるにょ」
「へ?」
言っている意味が分からずスタッフは間の抜けた声を出す。
「マジカァァァル」
困惑するスタッフの前でミルたんの右腕の筋肉が隆起していく。ミルたんの大きな手の中に空き缶が隠れてしまう。
「プレスッ!」
「ひぃ!」
気迫の叫び。スタッフはその叫びに圧倒されて悲鳴を上げてしまう。メキメキとい金属のひしゃげる音がミルたんの太い血管が浮き出ている右手から聞こえ、数秒後に閉じていた右手が開かれる。
ミルたんの右手の中で空き缶は極限まで圧縮されてビー玉サイズにまでなっていた。
「空き缶を小さくする魔法にょ」
あまりの力技に呆然とするスタッフ。同時に生物としての格の違いを見せつけられ、カタカタと全身を震えさせている。
「他のにも魔法をかけてあげるにょ」
親切心から言っているミルたんに対し、スタッフは震えを継続させながら無言で抱えていた空き缶を差し出し。逆らうという選択肢など最初から無く、機械のように従順に行動している。
「マジカァァァル……フルプレスッ!」
差し出された空き缶を両腕で抱き締め、潰す。激しい音を立てて複数の空き缶は圧縮されていき、最終的には野球ボールぐらいのサイズになった。
人智を超えた膂力。シンはこの力で先程ハグされようとしていたのだ。
「はいにょ」
空き缶だったものをミルたんから手渡され、スタッフは震える手でそれを受け取る。首振り人形のように何度も首を縦に振って礼を言うと逃げるように去って行った。
「今日も魔法で良いことしたにょ」
深い彫りの顔で爽やかに言うミルたん。
「──良かったですね」
話を合わせながらも、やはりこの人物は人間の域からはみ出ているな、と思うのであった。
◇
シーンC『レヴィアたんたちとクローンレヴィアたんの再戦』
「やっと来た」
「あ、貴女は……!?」
「決着をつける」
対峙するセラフォルー一行とミルたん。
先制攻撃を仕掛けたのはミルたんの方であり、ミルたんは近くに生えていた木を根本から引き抜き、槍のようにして構える。
「あれ? いつの間にあんな仕掛け作ったの?」
「え? 知りませんけど」
ミルたんが雑草のように木を引っこ抜いたのを見て監督とスタッフが喋っていた。
「レヴィア・スピアァァァァ!」
気合の一声。技名そのままに木を槍の如く投擲する。
「もう魔法少女の技じゃねぇな……」
「非現実的という意味では魔法だ」
「そうか……そうか?」
一理ありそうでなさそうな考え方に匙は腑に落ちない表情をする。
一直線に飛んで行く木。ご丁寧に錐揉み回転をして殺傷力と破壊力が増しており、回転が凄まじいので枝の葉や根の土をまき散らしていく。
見るからに必殺に等しい攻撃。セラフォルーがステッキを構えるが、それを振るう前にケルベロスが一歩前に出た。
「ガウ!」
前肢を一閃。爪先から斬撃が放たれ、木を真っ二つに裂く。裂かれた木は左右に広がって飛んで行き、セラフォルーの後方に突き刺さった。
「おおー。ケルベロス君はやっぱり画になるねー」
「普段は素っ気ないですけどちゃんとこっちの要望に応じてくれますよね」
ケルベロスの演技を称賛する監督とスタッフ。
「──あれ? 木を投げるの知らなかったんだから、今のってアドリブじゃないのか?」
「……アドリブに寛容なんだろう」
匙が真っ当な疑問を挙げるがシンは適当な返事をする。撮影現場というものがどういうものなのか詳しく知らないので、これが良いのか悪いのか分からない。
セラフォルーたちとミルたんの戦いは、仲間のピクシーたちの援護もあって今度は互角であった。
ピクシーたちが牽制の電撃や氷、炎を出してミルたんにそれを防がせた隙にセラフォルーがビームを放つ。前はビームを受けても前進してみせたミルたんだが、フルパワーで放たれたビームはそうもいかず防御の姿勢のまま耐える。だが、フルパワーのビームを受けても不動を貫いたのは流石と言えた。
長いビームの照射であったが、フルパワー故にセラフォルーが息切れを起こして出力が弱まる。その隙にミルたんは射線状から移動してセラフォルーへ急接近をする。
ミルたんはステッキを全力でフルスイングをする。当たれば大木どころか鉄骨すらも折れさせるような一撃。しかし、それを防ぐケルベロスの前肢。ケルベロスがセラフォルーの矛であると同時に盾の役目も担っていた。
両者の力が拮抗して動きが止まった瞬間にセラフォルーの一撃がミルたんに入り、巨体を殴り飛ばす。
地面を何度もバウンドしながら岩壁に叩き付けられた挙句、崩れた岩がミルたんの上に落ちて来た。
ここで監督がカットを入れる。
「お、おい。あれやばいんじゃないのか……?」
セラフォルーに殴られた上に岩に潰されてしまったミルたんの命を心配する匙。その直後に岩をどけて平然とした様子のミルたんが出て来たので匙は真顔になっていた。
セラフォルーたちが近寄ってミルたんに大丈夫か聞いている。ミルたんは真っ白で綺麗に並んだ歯を見せて大丈夫と笑っていた。
因みにだがここまで一連の流れは脚本に書かれた通りのものである。ミルたんの最初の攻撃は若干アドリブが入っていたものの先制攻撃を仕掛けるという筋書きに沿ったもの。決してセラフォルーも本気で攻撃をしていない──そう見えるかもしれないが。
次の撮影の間にミルたんに特殊メイクが入る。衣服の一部をボロボロにし、顔を土や炭などでわざと汚す。セラフォルーたちの先程の攻撃でミルたんに多少のダメージが入ったという設定の為である。
待機の間にセラフォルーは監督たちと殺陣の話し合いをしていた。ピクシーたちはスタッフから差し入れられた菓子をパクパク食べている。
「なあ、俺の演技をちょっと見ててくれ」
シンも匙に頼まれて彼の演技を見る。演技指導は出来ないが、気になった点は指摘した。匙の場合は冷酷な黒幕なのだが、お人好しそうな雰囲気が出ている点である。アドバイスを求めてきたので、何か役に近い人物をイメージしてみたらどうだと素人という立場ながら助言を送る。
ミルたんへの特殊メイクも終わり次のシーンの撮影に入る。岩に埋もれている所から撮影は開始され、登場を派手にする為に軽い素材で作った偽物の岩に代わっている。
岩を派手に撒き散らしながら現れるミルたん。今まで無表情で戦っていたが、肩で息をしている演技をする。特殊メイクと合わさってダメージが入っているのが見て分かるようになっている。
ここからはセラフォルーとミルたんによる殺陣が始める。同じステッキを振り回しながら剣戟を行う二人。レヴィアたんのクローンという設定の為二人の動きは良く似ており、自然と互いの動きを先読み出来てしまうのでこのステッキの打ち合いではなく相手の攻撃を紙一重で躱していくスリリングな殺陣となっている。
殺陣の最中には台詞は無いものの台本では後付けでセラフォルーの心の声が入る場面であり、セラフォルーは相手の動きが読めること読まれることに戸惑いを覚え、ミルたんが最初に言った台詞を思い出してミルたんの正体に薄々勘付くシーンである。
殺陣もクライマックスに入り、殆ど見えないステッキの応酬が両者の間で繰り返される。そして、その時は訪れる。拮抗を崩したのはミルたんの方。
「うっ……」
ミルたんは呻きながら動きを止める。クローンレヴィアたんである彼女は戦闘に特化した改造を施されたがその代償として長時間の戦闘が出来ない。最初の戦闘で苦しみ出したことと途中のシーンで挟まれた液体のカプセルに入れられていた前振りがここで回収される。
動きが止まったミルたんにセラフォルーのステッキが振り下ろされるが、額に触れる寸前で寸止めをされる。
「何故……止めた……?」
「貴女と戦って思ったの……貴女と話してみたいって。だって……貴女は私だから……」
戦いを通じてセラフォルーはミルたんの正体を察し、仲間意識を持つようになる。戦うのではなく会話をしたいと言われて動揺する演技をするミルたん。
「教えて? 貴女のことを」
セラフォルーはステッキを引き、微笑みながらミルたんに訊ねる。ミルたんは絶好の機会を自ら棒に振ったセラフォルーを信じ難いものを見るかのように見つめた後、ポツポツと自分の素性を語り出す。
自分が義父というべき存在によりセラフォルーの数滴の血を培養して生まれたクローンであること。オリジナルに勝つ為に戦闘力を向上させる改造を受けていること。無理な改造が祟って戦闘時間が限られていること。義父によって命じられたのは自分のオリジナルを倒せということ。
ミルたんの話を聞かされたセラフォルーは絶句。そして、自分のクローンを生み出し、戦わせた顔も知らない黒幕に義憤を燃やす。
ここでミルたんはセラフォルーを不思議そうに眺める演技をする。誕生して間もないクローンにとって誰かの為に怒る、ましてや自分の為に怒ってくれているというのは初めての経験であった。
義父の言葉しかしらない彼女にとってセラフォルーの怒りの言葉は新鮮であり、すんなりと自分の中へと入ってくる。
セラフォルーがミルたんに手を差し伸べる。
「私と友達になりましょう」
友達、という言葉にミルたんは激しく動揺する。初めて触れる友情というものに心が揺さぶられているのだ。
差し出されたセラフォルーの手に、ミルたんは震わせた手を伸ばしていく。
「い、良いシーンじゃねぇか……」
若干瞳を潤ませて匙は感動していた。敵対していた者たちが心を通わせ始める。魔法少女という題材ながらも少年漫画を思わせる友情が芽生えるシーン。王道故に刺さる者には深く刺さる。
しかし、そんな感動シーンも次の時には粉々に粉砕される。
空から降ってくる巨影。大地を踏み砕きながら着地をする。
派手で騒々しい登場をしたのはマダ。マダは登場と同時に吼える。
グルァァァァァァァ!
理性無き獣の叫び。マダに与えられた役は黒幕が創造した与えられた命令のみに従う自我無きゴーレム。その役の為にセリフの類は一切無いが代わりに咆哮のみで見事に自分の役を表現してみせる。
「くぅ……!」
匙が悔しそうに表情を歪めた。匙のことを下手くそと連呼するだけはある演技力を見せつけてくる。匙も文句を言えないマダの演技を見て悔しがることしか出来なかった。
マダは大きく息を吸い込んだ後、炎をセラフォルーたちへ吐く。全員が丸焼きになりそうな所でジャックランタンが間に入り、そのランタンで吐かれた炎を全て吸い取る。
しかし、マダの吐いた炎は目晦ましにしか過ぎず、セラフォルーたちが炎に怯んだ隙にマダはミルたんを抱え上げ、尚且つ四本の腕で拘束する。
「え、絵面が……絵面がキツイ……!」
魔法少女のコスプレをした巨漢を更にでかい怪物が四本腕が拘束するという人に説明をしたらまず正気を疑われる光景。四本腕がどのようにミルたんを拘束しているのかはシンには分からない。見たくないので視線を逸らしている。
マダは改造のデメリットで動けないミルたんを連れて何処かへ行ってしまう。
セラフォルーは天に向けて手を伸ばすが時すでに遅し。ミルたんは連れて行かれてしまった。
ここでセラフォルーにこの戦いの目的が出来る。それは自分のクローンであるミルたんを取り戻して彼女と友達になること。連れ去られたミルたんにそれを誓ったこのシーンは撮影完了となる。
「へっへっへっ。どうよ?」
撮影を終えたマダがこちらを煽りに来た。先程まで理性の無い怪物を演じたとは思えないぐらいの俗っぽさを出して。
わざわざ匙に感想を求めてくる辺りに性格の悪さが際立つ。聞かれた匙はぐぬぬ、と表情を歪めながら──
「──した」
──虫の鳴き声のような小声で感想を言う。
「はぁ? 聞こえねぇよ」
「──た」
もう一度聞かれるが匙は先程よりも小さい虫の羽音のような小声で言う。
「だから聞こえねぇって」
「──」
どんどん小さくなっていく匙の声。最終的には虫の足音程度になっており、マダへの露骨な反抗心を見せる。
匙に聞くのを諦めて今度はシンに聞いてくる。
「どうだったよ」
「──」
シンは匙に倣って虫の心音のような小声で感想を言った
「……もういいや」
マダは呆れた様子を見せた後、離れて行ってしまった。
「見てろよぉ、アル中セクハラ大巨人めぇ……。二度と下手くそなんて言わせねぇからなぁ」
マダへの逆襲に燃える匙。次のシーンは匙がメインとなる場面であった。
◇
シーンD『黒幕登場』
マダに拘束されてとある場所へ連れて来られるミルたん。そこは様々な機器や培養槽などが置かれた如何にもマッドサイエンティストな雰囲気がある内装であった。
「……戻って来たか」
二人に背を向けて立つ匙。前の棒読み気味な演技ではなく、声から情という温度を抜いた冷酷なものとなっていた。数時間の間にここまで仕上がるのは驚きである。
「──失敗作が」
ミルたんを失敗作と謗りながら匙は振り返り、ここでようやく素顔が晒される。髪型はオールバックになっており、右目の周りに長い胴体の黒龍の紋様が描かれている。この紋様は魔術が施された特殊メイクになっており、紋様が生物のように動き今も匙の顔を泳いで鼻筋と頬の間に移動する。
「お、お義父様……」
ミルたんは震える声で匙を義父と呼ぶが、匙の目はミルたんを見ているようで見ていない。人ではなく物を見るかのような無感情な目を向けるのみ。
匙に与えられた役名はドクター・ヴリトラ。そのまんまのネーミングである。研究者、技術者であり演じている匙とは色々な意味で真逆の存在である。
嘗て所属していた組織をレヴィアたんによって壊滅させられたという過去を持ち、その復讐の為にレヴィアたんを狙う──という訳ではなく、組織をたった一人で壊滅させたレヴィアたんの強さに魅せられ、そこから最強を求めて様々な研究を行っている、という少し捻った設定を持つ。
マダが演じるゴーレムもミルたん演じるクローンレヴィアたんも最強に至る為の研究過程で生み出された副産物であり、ドクター・ヴリトラにとって自身の踏み台に過ぎない、という冷酷な悪役である。
「お前の強さはあの程度なのか……? 私はお前をそのように調整した覚えは無い」
「わ、私は……」
「どうして出来なかった? 何故出来なかった? 言われた通りに出来なかった? 本気で出来なかった?」
言葉でネチネチと陰湿にミルたんを責めていく。聞いている者たちが思わず匙を一発殴ってしまいそうになるぐらい腹の立つ演技である。ミルたんは屈強な体を震わせて恐怖に耐える演技をしている。巨体が一回り縮こまったように見えるぐらいの名演である。
「そ、その……」
「……そういえば何か会話をしていたな? 言え。奴と何を話していた」
「そ、それは……」
「言え」
同じ言葉を繰り返すとミルたんは口をガクガクと震わせながら話し始める。ドクター・ヴリトラに絶対服従するように洗脳されているので、彼が強く命じれば意思に反して体が勝手に反応する、という設定がなされている。
「レ、レヴィアたんは……私と友達になりたいと……」
「友達だと……?」
匙は口を閉ざし、次の瞬間には感情が爆発したかのように笑い出す。
「はははははははははははっ!」
感情をゼロから一気に百まで駆け上らせる。匙の練習を何度も見ていたシンだが、本番で練習以上の演技を披露している。
笑い続けていた匙だったが不意に笑うのを止め、ミルたんの頬を手の甲で打つ。ぶたれたミルたんは床に横たわり、そんな彼女を匙は冷たく見下ろした。
「お前には罰と修正が必要だな……連れて行け」
マダに命じてミルたんを何処かへ運ばせた所でこのシーンは撮影完了となる。
「いっ、てぇぇぇぇ!」
カットが入ると同時に匙はミルたんを叩いた手を振りながら悶える。
「大丈夫かにょ?」
殴られたミルたんは平然としていた。匙がミルたんを殴る演技は本気で殴っている。最初はフリの予定だったが、ミルたんからの熱望により実際に殴ることとなった。その結果がこれである。
「い、岩山を殴ったかと思った……」
演技でミルたんが倒れてくれていなかったら手首が折れていたかもしれない。
「お、俺は大丈夫です……あ、あの、殴られた所は大丈夫でしたか……?」
ミルたんの圧を恐れ、腰が引けた状態で話す匙。おまけに敬語にもなっている。
「大丈夫にょ。全く痛くなかったにょ」
「そ、そうですか……」
ミルたんは自分の頬を指差す。赤い痕すら残っていない。痕に残っていないことを喜べばいいのか、それとも赤みすら与えられなかった己の非力さを思い知らされたことを嘆けばいいのか、匙は複雑な表情をしていた。
「サジ君。ちょっといい?」
「は、はい。今行きます」
監督に手招きをされたので、監督の許へ小走りで行く。
監督とスタッフ、脚本家を交えて何かを話す匙であったが──
「ええっ!?」
──数分後に悲鳴に近い声を上げた。
シンが次のシーンまで待機している匙の様子を見に行く、匙は隅で体育座りをして縮こまっていた。
「どうした?」
見兼ねてシンは声を掛けると、匙は死人かと見間違う程に生気を失った顔を向けて来る。
「……どうしよう」
返事になっていない答えが返って来る。その声にも生気が無い。心成しか少し見ない間に痩せた、もしくは枯れたように見える。
「……さっき監督が言ってきたんだ……この後のシーンを少し変更したいって……」
「それで?」
「俺が……ミルたんにお仕置きの意味を込めて再調整をするって場面なんだけど……」
セラフォルーへの情が芽生え始めたミルたんを洗脳し、今度は戦うだけの戦闘兵器へと変えてしまうというドクター・ヴリトラの非道さを強調するシーンである。
「何が変わるんだ?」
「……本来なら機械とかを使うんだけど……監督が俺の神器でそれをやれないかって……」
本来のシーンなら機械で四肢を拘束し、物騒な機械であれこれとする見方によってはアダルトな雰囲気が出る──かもしれないシーン。機械ではなく『黒い龍脈』のラインを使うということは──
「つ、つまり、お、俺はきゃ、客観的に見てミルたんに触手プレ──うぼぇ!」
言葉にするのも悍ましいのか匙は口を押さえてえづきそうになっている。マダとミルたんのとき以上に酷い絵面になることが保証されているから無理も無い。
「だ、ダメだ……やる前から気力が萎えてしまう……」
既にやる気が底辺に達している匙。頭の中で描いてしまった最悪のイメージのせいでこの間にも顔色が悪化している。
最低となったモチベーションを上げるにはどうするべきか。プロフェッショナルならば自らを奮い立たせる方法を知っているだろうが、素人である匙にそれを望むのは酷である。
何か良い方法はないかと視線を匙から離したとき、セラフォルーがピクシーたちと一緒にミルたんと談笑している姿が目に入った。
シンはセラフォルーを見てある説得を思い付く。
「──それで? お前はどうするつもりだ?」
「……直談判して展開を変えられねぇかな?」
「折角のチャンスを自分から棒に振るのか?」
「チャンス……? 一体何のチャンスだっていうんだよ……?」
顔を顰めながら質問を返す。
「匙。お前の夢は何だった?」
「え? 冥界でレーティングゲーム専門の先生になることと……あと、会長とできちゃった婚すること」
「前者はまあいいとして後者の最大の壁が何か分かっているか?」
シンに問われ、数秒後匙は顔を赤めながら言った。
「お、俺が勇気を持って会長に告白すること……か?」
「どうでもいい、そんなこと」
「どうでも良くないだろ!」
「どう考えても最大の壁はあれだろうが」
シンはさり気なく指差す。指した先にはセラフォルー。
「──あっ」
セラフォルーがソーナをどれだけ溺愛しているのか匙も良く知っている。もしもの話だが、セラフォルーにソーナが出来たという話をしたら──
「──」
余程恐ろしい想像をしたのか、匙は生きているのが不思議に思える顔色になっている。
「殺される──ことはないだろうが、それよりも酷い目には遭うな」
匙の想像を肯定するシン。
「そうなる前にお前は少しでも好感度を上げておくべきだ」
その言葉に匙は目を見開く。
「……はっきり言ってお前に対する彼女の中の知名度はあまり高くない。大事な妹の眷属の一人として名前を覚えられているぐらいだ」
「それは……そうかも」
顔を合わせた回数は多いかもしれないが、立場が大分違うので匙はセラフォルーと会話したことはそんなに多くない。ヴリトラの神器の所有者、五大龍王の力を操れるなどのことは知られているかもしれないが、本人の詳細についてはあまり知られていないだろうと匙は思っている。
「だからこそのチャンスだ。この映画に貢献すれば覚えもめでたくなる」
将を射んとする者はまず馬を射よ、という言葉もある。外堀を埋めることは遠回りに思えるかもしれないが、結果的にそれが目的の道へ繋がることになる。
ソーナもセラフォルーの奇行に振り回されているが、それに付き合っているのはソーナもまたセラフォルーのことを敬愛しているから。シスコンまでは行かないがかなり度合いは深いと思われる。
セラフォルーに認められれば、その分ソーナとの距離が縮まるのだ。
「確かに……いや、それでも……だが」
今一つ踏み込めない匙。だが、確実に傾いている。
「チャンスというのはそう何度も来るものじゃない。それをものにするかどうかで今後が大きく変わる……あいつはそれを逃さなかったぞ?」
あいつとは一誠のことを指す。彼に尊敬と同時にライバル心を抱いている匙はその言葉を聞き、立ち上がった。
匙は佇んだまま表情をころころ変える。苦悩に満ちた表情の後、哀しみを背負ったような表情になり、最後は全てを悟ったかのような穏やかな表情になる。
「間薙……俺、行ってくるよ」
あらゆる感情を超越したかのような落ち着いた声。シンは頷いてそれを見送る。
シンは別に匙のことを思って説得した訳では無い。尤もらしい言葉を並べて匙に活を入れたのは、単純に撮影を長引かせたくなかったから。
アドリブに寛容な監督である。このまま撮影が長引けばもしかしたら自分に飛び火してくるかもしれないと思ったからだ。
故に撮影の滞りを無くす為にシンは匙の背中を押す──この場合は奈落へ向けて蹴り落としたという表現の方が正しいのかもしれない。
あれだけ気力に満ちた匙ならば成し遂げることだろう。どうなるか見守るつもりはシンには無いが。
シンとて一生記憶に刻まれるようなものを好んで見るような趣味は無い。暫くの間は撮影場所から離れる。
一時間程経った頃にシンは戻って来た。匙が同じ場所、同じ体勢でそこに居た。一体彼は何を見て、何を体験したというのだろうか。
「お母さぁん……お母さぁん……」
極限状態で人が発すると言われている言葉を何度も繰り返しながら虚ろな目をし、灰の如く燃え尽きて魂が抜けた匙の残骸がそこにあった。
◇
シーンE『レヴィアたんと洗脳されたクローンレヴィアたんと死闘』
セラフォルーとミルたんとの三度目の戦いとなるシーン。事前にマダの襲撃によりピクシーたちと分断されており、セラフォルーとミルたんのタイマンとなる。
一度は友達になれるかもしれないと思っていたが、洗脳されたことにより心を失ってしまったという設定のミルたんと激闘。
セラフォルーは何度も説得を試みるが、ミルたんには届かない。
最早、戦う為だけの存在へ成り果ててしまったミルたん。獣の如き咆哮を上げながら、一撃一撃が必殺かと思わせるような攻撃を繰り出す。
それらを紙一重で避けながらセラフォルーは尚も説得を続け、ミルたんに呼び掛け続ける。
「こんな……こんな戦い……悲しいだけよっ!」
涙を流して叫ぶセラフォルー。このときの演技は真に迫っており、聞く者の胸を締め付ける。
それでも攻撃を続けるミルたん。だが、そのときセラフォルーは見た。ミルたんが涙を流していることを。こちらの演技も見事であり、無表情のまま涙を出し続けている。
その涙を見たセラフォルーは決心する。
「そう……やっぱり貴女も私だね……私と一緒で泣いているから……」
意思とは無関係に戦わされ続けるミルたん。その声無き哀哭はセラフォルーに届いており、セラフォルーはミルたんを止める為に戦う。
セラフォルーの連続魔法。ミルたんはそれを回避、防御。距離を詰めると必殺のステッキを振るう。セラフォルーもそれに応戦してステッキを振るう。
互いにステッキを振り抜いたとき破砕音が鳴り、ステッキの上半分がへし折れて地面に落ちた。
両者共武器を失った。互いの次なる一手は。
セラフォルーもミルたんも後退をせず、足止め、そして力の限り殴り合いを始める。
凄まじいとしか言いようがない拳の応酬。互いに一歩も退かず、想いの全てを拳に乗せての肉体言語。
一応互いに殴り合っているフリをしている筈なのだが、上手過ぎるせいで本気で殴り合っているようにしか見えない──というか殴り合っていないだろうか。
作品名を忘れてしまうような泥臭い殴り合いを続ける二人。監督は興奮した様子で撮影を続けている。
「ま、魔法少女の戦い方じゃねぇ……」
ふと気付く。いつの間にか傍に匙が立っており、啞然とした様子で二人の殴り合いを見ていた。
廃人に見間違いそうになるぐらい真っ白になっていたのに早い立ち直りである。
「立ち直るのが早いな」
「立ち直る? 何のことだ?」
「何って……」
「何かここ一時間程の記憶が無いんだけど、何かあったのか?」
立ち直りが早い理由が分かった。
(こいつ……自分の記憶を……)
心にこれ以上の負担を掛けない為の自己防衛。辛かった記憶を自ら封じてしまったのだ。
「……いや、何も」
「そうか?」
何があったのか教えないのでせめてもの気遣い。再び傷付く必要は無い。とは言っても試写会に出れば嫌でもそのときの映像と記憶を思い出すことになるだろう。精神崩壊が起こらないことをシンは今から祈っておく。
「にしても豪快な……」
二人の魔法少女が殴り合う姿は、正に匙が言い表した言葉そのもの。体格的に倍ぐらい差があるが互角に打ち合っている。
ここで一旦監督がカットを入れ、二人の殴り合いが止まる。あれだけ激しい動きをしていたのに二人共息を切らしていない。それどころか二人共笑顔で楽し気に喋っている。
二人は衣装を変え、メイクを入れる。可愛らしい魔法少女の服は薄汚れてボロボロになった状態の物と変わり、顔には特殊メイクで傷を描かれる。
長時間の殴り合いをした後という場面から撮影を再開。二人共息を切らして体力も限界寸前という演技をする。
ミルたんが拳を振り上げる。セラフォルーも同じく構えようとするが、先に体力の限界を迎えてしまって腕が上がらない。
攻撃も防御も出来ないセラフォルーに、ミルたんの拳が振り下ろされる──が、ミルたんの体が突然糸が切れたかのように脱力し、前のめりになって倒れていく。
セラフォルーは握っていた拳を解き、倒れてきたミルたんを受け止めた。
長時間の戦闘が出来ない体のミルたん。洗脳により制限時間を超えてまで戦闘を続けてしまったことでミルたんの体は限界に達し、命の炎が消えようとしている。
今際の際、正気に戻ったミルたんは弱々しく、そして自嘲するように呟く。
「結局……私は……貴女と……友達になれなかった……」
だが、セラフォルーはそれを優しく否定した。
「ううん……なれたよ、私たち。私と貴女がなりたいって思ったときから友達だよ」
「そう……それなら……嬉しい……」
ミルたんの全身から力が抜ける。最後の最後で二人は友達になれた。
「うっ……」
呻く声が聞こえたのでシンは視線を横へ向ける。匙が上を向いて涙を堪えていた。今のシーンは匙の涙腺にクリティカルヒットしていたのだ。
「……ハンカチ居るか?」
「……足りなそうだからティッシュ持ってきてくれ」
◇
シーンF『レヴィアたんの友達とゴーレムの激戦』
今回の映画の山場の一つが撮影終了し、残る重要なシーンも数少なくなってきた。
次に撮るのはセラフォルーとミルたんが戦っている裏側で行われていたもう一つの戦い。事前に分断されたピクシーたちとマダとの戦いのパートである。
あくまで準レギュラーと中ボスとの戦いなので先程のような戦いにはならないと思われる。
戦いの中心に置かれるのはケルベロス。ピクシー。ジャックフロスト、ジャックランタンだとマダの巨体と吊り合わない為である。三人は援護という形で戦闘に参加する。
「出番かぁ」
傍で聞こえるマダの声。わざわざシンの近くにやって来たことに何か意図を感じる。
「派手に行くとするかぁ。あの監督はアドリブ好きだしなぁ」
不穏な独り言。明らかにシンに聞かせる為に喋っている。まるで犯行予告のようであった。
シンはマダを睨むが、マダの方は一瞥もせず行ってしまう。言動全てに不安しか感じさせない。
シンがそんな不安を抱えたまま撮影が開始される。
「アタシたちだってやれるんだから!」
「ヒーホー! やってやるホ!」
「ヒ~ホ~。負けないよ~」
各々が与えられた台詞を言った後、それぞれの得意な技でマダを攻撃する。マダはケルベロスと組み合っており、その隙にピクシーたちに次々と攻撃を与えられ、苦しそうな声を上げている。勿論、マダの演技である。
シンはそれをなるべく近くで見ていた。マダのあの不穏な独り言が気になってしまい、離れた所で見学をしていたが、今回だけは可能な限りピクシーたちの傍に居て、何かがあったらいつでも動けるようにする。
「うーん……悪くないんだけどねぇ」
撮影している監督は納得し切れていない様子で見ている。セラフォルーとミルたんのシーンが想像以上に良過ぎたので、このシーンももっと良いものに出来ないかと欲してしまっていた。
「迫力はある。緊張感もある。だけど、何て言うか、こう……サプライズ感が足りないような……さっきのセラフォルー様たちの殴り合いや前の映画の段ボール君ぐらいのサプライズが欲しいんだよ」
段ボール君というのはギャスパーのことである。本来ならば序盤に倒されるような敵その一ぐらいの立場だったが、色々なハプニングの末に最終的にセラフォルーと戦うラスボスポジションにまで昇格した。
監督の求めるものが見えないまま展開は終盤に入って行く。ピクシーたちの一斉攻撃で大きな隙が出来た所へケルベロスの強烈な一撃がマダに入り、マダが倒れるというシーンである。
脚本通りピクシーたちの攻撃が入り、マダが苦しそうな咆哮を上げる。そして、そこにケルベロスの一撃が──
「ガウッ!?」
──入らず、マダの四本腕がケルベロスを持ち上げる。
「あれ? こんな展開だったっけ?」
監督とスタッフたちは吞気そうに言っているが、シンの方は嫌な予感が的中したと内心で顔を顰める。
ケルベロスはマダの手の中で藻掻くが、ケルベロスの力を上回っているマダの手はしっかりとケルベロスを掴んだまま離さない。
グオォォォォォォ!
マダはわざとらしく演技を続行しながらケルベロスを放り投げた。様子を伺っていたシンに目掛けて。
このときになってシンは気付いてしまった。あの不穏な言動の意味を。
投げられたケルベロスをシンは両腕で受け止めるが、重さと勢いを完全に削ぐことは出来なかったので後ろに置いてあった衣装や撮影道具の山にケルベロスごと突っ込んでいき、山は崩れて粉塵が舞う。
マダの暴走に誰もが唖然としてしまい、動けない。この中で真っ先に動いたのは他ならぬマダ自身。
何を思ったのかそのまま崩れた道具の山目掛けて拳を振り下ろす。
しかし、道具の山を突き破って現れた手がマダの拳を受け止めた。そのまま積み重なった山を押し退けてシンが現れる。
紋様を浮かび上がらせているシンを見てマダは口の端を厭らしく歪める。目論見通り、と無言で語っていた。
マダは傍観者であったシンをこの映画に巻き込むつもりだったのだ。それが最初からの狙いなのか突然思い付いたのかは定かではない。どちらにしてもシンにとって迷惑なのは変わりない。
「……どういうつもりだ?」
シンの問いにマダの答えは──
グオォォォォォォ!
──演技の続行という形で解答を返す。
最早こうなってしまってはどうにもならない。監督やスタッフが止めてくれることを願うのみ。
シンは吼えるマダの顔面に一切の手加減無しで拳を叩き込み、そのまま殴り飛ばす。マダと違ってシンは演技などしない。台本を貰っていないので。最初から最後まで全部アドリブである。
シンとマダが台本から外れた殴り合いを開始してしまった。それを見ている匙は戸惑うしかない。
「ど、どうなってんだ?」
完全にシナリオには無い展開。こうなってしまっては監督も止めるしかないが──
「これだよ! これ! こういうサプライズが必要だったんだよ!」
「でも、いきなり新しいキャラが出て来たことになるんですけど大丈夫ですか?」
「整合性なんて後でどうにでもなる! 撮れ撮れ! 良いシーンを取り逃すな!」
監督の方は怒るどころか嬉々として撮影を続行させている。良くも悪くも柔軟性が有り過ぎる撮影現場である。
「ダ、ダメだこの人たち……」
監督とスタッフらは頼りにならない。良い映像を撮ることに憑りつかれている。
こうなると頼れるのはセラフォルーなのだが──
「わー! 見て見て☆ シン君が頑張ってるよー☆」
「ホントにょ。悪魔さーん、頑張るにょー!」
──ミルたんと一緒に観戦モードに入ってしまっている。
「……すまん。俺にはどうすることも出来ん」
匙は自らの無力さを謝り、事態が自然に収拾するまで見守ることを選んだ。
周りの考えとは関係なくシンとマダの戦いは着々とヒートアップしていく。
ガアァァァァ!
マダが口から炎を吐けば、シンは自分の火耐性を利用して炎を片手で受け止め、手を払うことで炎の軌道を変えてしまう。
シンが前進し、マダの正面まで行くとすかさず前蹴りでマダの膝を蹴り飛ばす。マダが片膝を着けると更に踏み込んで相手の側面へ移動。大振りの腕を顔面に叩き付けたかと思えば、指先をマダの口の端に引っ掛け、引っ張ってマダの後頭部を地面へ落とす。
右足を上げ、そこに力を集中させるとマダの顔面目掛けて容赦無く踏み付ける。だが、それが届く前にマダの四本の手がシンの足を掴み、倒れた状態でシンを軽々と投げ飛ばす。
投げられながらも空中で落下地点を把握すると、体勢を変えて難無く着地。ほぼ間もなく地面を蹴って走り、立ち上がる途中のマダの顔に膝蹴りを打ち込む。
マダはそれを耐え、四本腕でシンの片足、胴体、片腕を掴むと近くの岩山目掛けて投げ飛ばそうとする。振り被った瞬間、シンは自由に動く手の指先をマダの顔面に押し当て、力の限り引っ掻いた。
金属が削れるような音が鳴り、マダの手が緩んでシンが解放される。シンの引っ搔きでマダの顔に傷が──無かった。
(こいつ……)
シンはマダが本気では無く演技の延長線上程度の力しか出していないのが分かった。手を緩めたのも勿論わざと。じゃなければ傷一つ負わない攻撃で怯む筈がない。
「ひりつく空気だ……! これぞ死闘だ! これを撮らないと勿体無いぞ!」
「はい! ……でも、魔法少女ものでこの絵面ってありですか?」
「知らん! 観客が喜べば正解だ! いや、正解にしてみせる!」
一層気合を入れて撮影し続ける監督たち。
「どうすんだよ、これ……」
どうすれば終わりになるのか分からず、匙は天を仰ぐしかなかった。
◇
「で? 結局どうなったんだ?」
「万が一の場合が起きたら呼ぶようにってアザゼル先生が言っていたことをセラフォルー様が思い出して、アザゼル先生を呼んで治めてもらった。……アザゼル先生、見たことがないぐらい滅茶苦茶怒ってたなぁ……」
後日、匙は当時のことを思い出しながら身震いをする。それを聞いていた一誠は彼に同情する。
映画は無事に撮影終了し、本日はプレミアム試写会である。ソーナたちは勿論のことリアスたちも招待されていた。
「……あれ? 間薙の奴は来ていないのか?」
「断られた。先約があるんだと。代わりにピクシーたちを連れて来たけどな」
アーシアと小猫の膝の上に座るピクシーとジャックフロスト。ジャックランタンは定位置のようにギャスパーに抱き締められており、犬の姿へ擬態しているケルベロスも招待席で体を丸めている。
「何だよ勿体ねぇ」
「気が乗らないんじゃないか?」
「まぁ……それもそうか」
匙が一人で納得している様子に一誠は首を傾げる。
「見れば分かる」
「そうなのか……? っていうか噂のミルたんの姿も見えないが……?」
準主役と言っても過言ではない役を与えられたミルたんが上映会場に見当たらない。あれだけ目立つ姿なら嫌でも目に入る筈なのだが。
「あの人も上映会には出ないってさ。映画に出られただけでも満足で、後は冥界の皆に楽しんで貰えたら十分なんだと」
「滅茶苦茶謙虚だ……」
「まあ、感謝の印としてセラフォルー様がこの映画のDVDをプレゼントしたみたいだしな。メイキング映像も入ったスペシャル仕様だぜ」
セラフォルーが言うにはそのときに互いの連絡先も交換したとのこと。これからは魔王少女と漢の娘魔法少女の交流が自由に行われる。
会場のライトが徐々に暗くなっていく。
「そろそろだな」
「ああ、楽しみだ」
そして、映画が始まる。
始まりは、とある組織があった場所から。既に瓦礫と化していた場所に降り立つ黒い影。彼は瓦礫に付着した血を採取し、ニヤリと笑う。
「あれお前?」
「どうかなぁ?」
ネタバレを避けて濁した言い方をする匙。
話は進み、レヴィアたんとクローンレヴィアたんの邂逅。そして始まる戦い。
「う、うぉ……なんつう迫力だ……」
「あれ一切CG使ってないからな」
「えぇ……セラフォルー様は分かるけどミルたんはどういうことだよ……」
ミルたんの常人離れした戦闘シーンに一誠は驚きを超えて恐怖を覚える。
終始凄まじい戦闘の後、次なるシーンへと移る。再び黒幕である匙がシルエットのまま登場し、培養槽に入ったミルたんを眺めている。
「お前もボス役か……俺も前のセラフォルー様の映画でボス役だったな……ギャスパーに後から取られたけど」
「悪人の演技は難しいよなぁ……」
両者とも悪役が初めての演技だったので相手の苦労が分かってしまう。
物語は進んで行き、セラフォルーとミルたんの再戦。ここでもまた激しいバトルが繰り広げられるが、同時に二人の間で絆が芽生えようとする。
「普通に良い展開だ……」
「絵面に戸惑うかもしれねぇけど、話は結構熱血寄りの王道なんだよなぁ」
少年漫画を好む一誠は、予想以上に話に引き込まれてしまっていた。
芽生えそうになる友情を阻むマダの登場。そして、黒幕である匙がいよいよ顔を露わにする。
「……ガラが悪いですね、サジ」
「へぇ! 元ちゃんカッコイイじゃん」
匙のドクター・ヴリトラとしての姿に対し、真面目なソーナの反応は若干悪く、ソーナの眷属たちからは割と好評であった。クールな悪役というのが普段とのギャップがあって受けている。
冷徹な悪役であるドクター・ヴリトラによるミルたんへの仕置きと洗脳。その衝撃的過ぎるシーンを見た一誠は──
「お、おお……お、お前、よくあんなシーンを──」
匙を見る。彼は白目を剥いて気絶していた。封じていた記憶が蘇ったので自己防衛の為に自ら意識を断ったのだ。
「……お疲れ様」
匙の心の傷に一誠はひっそりと同情の涙を流す。
匙が気絶しても話は先へ先へと進んで行き、セラフォルーとミルたんの三度目の戦いとなる。
魔法少女らしくない拳による真っ向勝負。しかし、その先に待つのは悲しき決着。
限界を超えて肉体を酷使したミルたんがセラフォルーに抱き締められながら光の粒となって消滅するシーンは、会場内の至る所からすすり泣く声が聞こえて来る程であった。一誠も不覚にも目頭が熱くなってしまう。
「何て……何て悲劇なの……!」
「やっと友達になれたのに、悲し過ぎます……!」
「う、うぅ……! な、涙が止まりませんぅぅぅぅ!」
イリナ、アーシア、ギャスパーなど号泣しながらスクリーンを見ている。
ミルたんの悲劇を背負い、セラフォルーが最終決戦に挑むところで場面が変わり、マダとピクシーたちの戦いが映し出される。圧倒的な耐久力とパワーでピクシーたちを追い込むマダ。遂にはケルベロスもマダの怪力により投げ飛ばされてしまう。
『レヴィアたんのお友達であるピクシーちゃんたち最大の危機! だが、この危機にケルベロス君が今まで隠していた能力が発動する!』
何故か挟まるナレーション。急な展開を訝しむ一誠たち。投げ飛ばしたケルベロスを追撃するマダであったが、その追撃の拳を受け止めたのはシンであった。
『何故っ!?』
シンを知る者たちが声を揃えて驚く。サプライズ過ぎるシンの登場に度肝を抜かれてしまった。ケルベロスが戦っていると思っていたら急にシンと入れ替わったのだから無理もない。見ている子供たちも自分たちが知っているケルベロスではなく全く知らないシンが登場したせいで戸惑っていた。
『これこそがケルベロス君の隠された能力! ケルベロス君は数年に一度人の姿へ変身することが出来るのです! 変身したケルベロス君の力は十倍だ!』
ナレーションが何が起こったのかを説明してくれた。これが監督たちが用意した辻褄合わせ。事前にケルベロスが戦っていたので、シンをケルベロスの変身した姿と設定したのだ。
「劇場版限定フォームかよ……ちびっ子が喜びそうな設定付けられたな」
演技しているというか、どう見ても本気で戦っているようにしか見えないシンとマダの迫力が有り過ぎる戦闘シーン。シンが映画に出るような性格に思えないので、一誠は誰かに嵌められたのではないかと推測する。
シンとマダの戦いは、最終的にマダの顔面にシンの拳が打ち込まれ、その状態で地面に叩き付けられるという結果に終わる。普通なら死んでいてもおかしくないが、マダなら大丈夫だろうと一誠は特に心配はしなかった。
(……あれ? もしかして間薙が試写会に来なかったのって自分が出ているシーンを一緒に見たくなかったからか?)
シンがマダを倒した後に発光の演出が入り、再びケルベロスになる。ナレーションが言うに力を使い果たしたからとのこと。
もし、シンが居たら間違いなく登場シーンの後にシンを凝視していただろう。それを嫌がって先約があると嘘を吐いて断ったのではないかという疑惑が生まれる。
そんなことを考えながら映画を鑑賞。映画は遂にクライマックスを迎えようとしている。
クローンレヴィアたんとレヴィアたんの戦闘データを解析し、そこから自己強化する為の細胞を生成。自らがこの世界の最強として君臨すると宣言し、ドクター・ヴリトラはその細胞を自らに注入する。
ドクター・ヴリトラの体が膨れ上がり、強化されていく。その状態に恍惚とするドクター・ヴリトラであったが、ここで異変が起きる。膨張が止まらず、ドクター・ヴリトラの体が別のものへと造り替えられていく。ドクター・ヴリトラの最後の実験は失敗してしまったのだ。
結果として生まれたのは自我無き黒い龍であった。
「映画の為に龍王変化も使ったのか……」
見せ場の為にヴリトラへ変身した匙に驚きと呆れを覚えてしまう。その匙は未だに気絶をしている。
異形となったドクター・ヴリトラ。暴走しているがその力は本物であり、セラフォルーと途中で合流したピクシーたちを追い詰めていく。
ヴリトラの黒い炎がセラフォルーを呑み込もうとする。セラフォルーは折れたステッキから放つビームで対抗するが、徐々に黒い炎が押していく。
セラフォルーが絶体絶命に追い込まれたとき、光がセラフォルーの体から溢れ出た。
『こ、これって……』
光はミルたんの幻影となりステッキを持つセラフォルーの手にミルたんの手が重ねられる。ステッキが光を放ち元の形に──元よりも豪華絢爛な形となって復活する。
『力を貸してくれるの?』
ミルたんが頷き、共にステッキを握る。
『いっけぇぇぇぇぇ!』
七色に輝くビームが黒い炎を押し返していき、最後にはドクター・ヴリトラを貫く。
断末魔の叫びを上げ、ドクター・ヴリトラは消滅。
セラフォルーは勝利を喜び、隣を見るがそこにミルたんの姿は無かった。光の粒子が風に乗って遠くへと運ばれて行く。
『……ありがとう。私のお友達』
セラフォルーは涙を浮かべながら、しかし笑顔で友達になれたもう一人の自分を見送った。
これで話は終わり、エンディングへと入る。
会場は泣きながらスタンディングオベーション。拍手が鳴りやまない。
「中々……よ、良く出来ているじゃないの……」
「リアス、泣いているのですか?」
「ソーナこそ目が真っ赤じゃない」
リアスとソーナも思っていた以上に良作であった為に涙を堪えている。
セラフォルーはステージ上で喝采を受け、笑顔で手を振っていた。
誰もが大絶賛する中で匙は相変わらず白目のまま気絶をしていたのであった。
◇
『……ありがとう。私のお友達』
「うぅ……名シーンだにょ……!」
目から滝のような涙を流しながら感動するミルたん。その隣にはシンも座って再生された映像を見ていた。
これがシンの言っていた先約である。ミルたんの方から『鑑賞会がしたい』という連絡があったのだ。
大スクリーンで自分が登場するシーンを見たくもなかったし、その後に衆目に晒されることが嫌だったのでシンはこちらを選んだ。
シンとしては自分が登場したシーンを全カットして欲しかったのだが、周りの者たちから説得された。その中にはミルたんも居り、是非とも残して欲しいと願われた。自分で誘った手前、ミルたんの願いを無下にすることは出来ず仕方なく劇場版のみの登場という条件として映像に残すこととなった
「じゃあ、もう一回にょ」
DVDを頭から再生するミルたん。
「ここのシーン、ミルたん初めての演技だったから緊張したにょ!」
「その割には自然な演技だったと思いますよ」
「台本をいっぱい読んで練習した甲斐があったにょ!」
一回目は黙って鑑賞していたが、二回目からは場面ごとにミルたんが感想を言い、シンがそれに言葉を返していく。
それを繰り返しながらシンが登場する場面まで来る。
「悪魔さんカッコイイにょ! 劇場版限定フォームが付くと更にカッコイイにょ!」
「そんな大層なものじゃ……あっ」
シンはあることに気が付いた。劇場版のみなら良いと了承してしまったが、この先セラフォルーが三作目、四作目と映画を製作しないとは限らない。前例を作ってしまった以上、シンにも声が掛けられる筈。
「しまった……」
重要なことを見落としていたことに今更気付き、シンは珍しく人前で頭を抱えてしまった。
次からはシリアスな本編へと入って行きます。