ハイスクールD³   作:K/K

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魔剣、譲渡

 襲い掛かる二つの影に、シンは咄嗟に腕を交差し防御の構えをとる。その後に襲ってくる両腕への痛みと衝撃。その場に立っていることが出来ず後ろへと飛ばされたシンは、背中から地面へと落ち、勢いはそれでも弱まらず、更にそこからグラウンドの土を背中で巻き上げながら二メートル滑っていく。

 止まると同時にシンは両手を強く地面へと叩きつけ、その反動で立ち上がるが、立ち上がったシンは誰にも悟られない程微かに目元を震わせた。

 左腕から感じる断続的な痛み。試しに左手の指を少し動かしてみると、その痛みは一気に倍増しシンの脳に異常を訴える。左腕を上に右腕を下にして交差させた構えで受け止めたせいで、左腕が思った通りに動かせる状態では無くなっていた。骨折などの経験が無いシンから見て、左腕の症状を正確に把握することは出来ない。

 

(――利き腕よりはましか)

 

 自分を納得させる様に、半ば無理矢理に前向きな考えへと内心で切り替えると前方を見る。そこには新たにライザーの眷属が四人現れていた。背中に大剣を背負った軽装の女性は『騎士』、そしてシンに襲い掛かった頭に動物の耳を生やし、人外と思われる『兵士』の少女が二人、そして着物を纏った『僧侶』の女性。朱乃と戦っている『女王』を除けばライザーの眷属が全てこの場に揃っていることとなり、最初の方は有利であった数の差も、今では一転して不利な状態となっていた。

 

「シーリス、思ったよりも早い到着ね。結構なことだわ」

 

 シーリスと呼ばれた『騎士』の女性はレイヴェルに軽く頭を下げ、背負っていた大剣を抜き放つ。

 

「ユーベルーナから念の為にと言われ、少し早めに行動を起こしました。それで私はあの『騎士』を倒せばいいのですね?」

「さすがは『女王』ね、良い判断だわ。聞きましたかしらカーラマイン、決闘はここでお終い。今からはシーリスと二人でその『騎士』を倒しなさい」

 

 レイヴェルの言葉に木場と鍔迫り合いをしていたカーラマインは木場を後方へと押しやると、自分も後方に下がり距離が開いたのを見計らってレイヴェルに異を唱える。

 

「お待ちくださいレイヴェル様! 私も奴もまだ全力を出し切ってはいません! どうかあと少しの猶予を!」

「駄目よ」

 

 懇願するカーラマインの言葉を一刀で拒否するレイヴェル。

 

「私の強さを……信じては頂けないのですか?」

「信じてはいるわ。でも、貴方には不必要な決闘を黙認する譲歩までしましたわ。これ以上のことはただの貴方の我儘。それとも貴方は『王』の名誉よりも『騎士』として、個人としての名誉を取るつもりなのかしら?」

 

 レイヴェルの威圧を込めた言葉、それに対しカーラマインは悔しそうに唇を噛んだが、レイヴェルの言葉に反論することは無く、レイヴェルもそれを肯定と受け取った。

 

「もう一度言いますわ。カーラマイン、シーリス、貴方達二人でその『騎士』を倒しなさい」

「御意」

「――心得ました」

 

 納得し切れた様子ではないカーラマインであったが、一度だけ木場の方へと謝罪の念を込めた視線を送り、剣を構え直す。木場の方もその視線に込められた意味を把握し、気にするなという言葉の代わりにいつもの笑みを返した。

 

「二対一で戦うのは気が引ける……だが、こうなってしまった以上全力で倒させてもらうぞ、リアス・グレモリーの『騎士』よ!」

 

 雄々しい声を上げるカーラマイン。するとその声に反応し、剣から炎が吹き上がりその剣身全てを包み込む。燃える炎を熱量は離れている木場どころか、一誠、シン、小猫の肌にも熱いと感じさせる程の熱を放っていた。

 だが、その高熱の中心にいるカーラマインはその熱で炎上することはなく、それどころか汗ひとつかいていない。それは近くにいるシーリスも同様であった。

 そして、シーリスの方も大剣の周囲の空気が歪み始め、剣身の周りをいくつもの輪らしきものが高速で回転し始める。シーリスが地面へと剣先を下げた瞬間、グラウンドの土が抉られ、その破片を辺りに撒き散らす。

 

「フェニックスの眷属になることで得られる炎と風の力、あなたに耐えられて?」

 

 レイヴェルは本気を出したカーラマインとシーリスの姿を満足気に見た後に、視線をシンの方へと向ける。そして、指を鳴らすと獣人の『兵士』二人が前に出た。

 

「ニィ、リィ。貴方達はそちらの『戦車』代理の方を倒しなさい。あの方、中々人への助力がお上手ですわ。他の眷属たちと協力し始めると厄介なことになるので、その前に素早く倒しなさい」

「にゃ」

「にゃにゃ」

 

 気の抜けるような返事をした二人の獣人がシンの方へと目線を向けたとき、その場から突如姿がシンの視線から消失する。

 脳から鳴り響く危機を知らせる信号。それに従い、半ば反射的に右腕を顔の右側面へと持ち上げる。すると、そこに現れた獣人の片方の拳が叩きつけられた。骨と骨がぶつかり合う感触、それによって起こる痛みを押し殺し、反撃へと転じようとする。が、シンの呼吸が突如止まった。それは、もう片方の獣人が一息の間を入れてから、シンの脇腹へと足の甲を打ちつけられたことによる弊害である。

 止まった呼吸により脳の動きも一時的に鈍くなる。それによって起こる身体への影響は、シンを二人の獣人にとってのただの的へと変える。

 痛む脇腹を庇うように、右肘を先程蹴りつけた方の獣人に向けて振るうが、あっさりと回避されたばかりか、それによって生じた無防備をもう片方の獣人に付け込まれ、背中に強烈な打撃を貰う。

 それでも、シンは相手が攻撃したことによって出来た僅かな硬直を感じ、思考するよりも早く右手を伸ばし、獣人の衣服の一部を掴むと左腕を振り上げる。だが、そのときに奔る左腕の激痛。それにより、シンは無意識に左腕の動きを止めてしまい、左腕を中途半端な高さに持ち上げた状態となる。

 

(不味い)

 

 敵を前にしての不自然な停止。ただ、隙が出来ただけの認識ならばシンにとってましであった。しかし、シンの目は確かに、二人の獣人がシンの動きを見て、唇の端を吊り上げたのを見てしまった。

 

「にゃ!」

 

 掴んでいるシンの右腕に、高々と跳んだ獣人の片方が右足を振り上げて、踵を振り下ろそうとする。咄嗟に掴んでいる手を放し右腕を引き寄せるが、今度は掴んでいた方の獣人が一気に間合いを詰めてきた。距離を詰めた獣人はそのまま右足を跳ね上げ、シンの左から攻める。

 

(流石に気付かれたか)

 

 僅かな隙を見せてしまったことで、露呈してしまった現在の自分の状況。それについての反省をする暇も無く迫る右の蹴り。

 

「――つっ」

 

 それを激痛が続く左腕で無理矢理受け止めた。衝撃とそれにとって誘発される痛みに、シンの頬から冷たい汗が流れる。

 短い思考時間でシンの下した判断は、左腕の放棄であった。どうせ狙われるのならば、左腕を庇うことは一切せず防御に徹底させ、攻撃はそれ以外でするという考え。

 それによって左から攻めた獣人もシンの行動に目を丸くし、驚いた表情となっている。間髪入れずシンの右腕がその獣人の喉元を鷲掴みにする。

 掴んだと同時に手加減一切抜きで、全力を持ってその喉を締め上げるシン。獣人の方も顔色を一気に変化させられるも、抵抗するように掴んでいるシンの右手にその鋭い爪を立て、皮膚と肉を裂いていく。

 シンはそこから一歩踏み出し、獣人の隣に立つような状態となると、右手を下方向に向けて押し出し、獣人の体を無理矢理仰け反らせる。そして、そこから九十度右に回転すると、仰け反る獣人の後頭部に左膝を叩きつけた。

 十数年の人生の中でなんとなく知識にある人体の弱点、そこをどうしたらどうなるのか、そういった知識は全く無く、ただ下手をしたら死ぬかもしれないというぐらいの浅い知識と認識の中、シンは危険性を無視し全くの躊躇も無く、全力で後頭部から首筋にかけての間を膝で蹴り上げた。

 膝で強打された獣人の目の焦点が、素人目に見ても合わなくなっている。そこで気を抜く暇も無く、シンは迫るもう片方の獣人の気配を感じると右手を振るい、自分とその獣人との間に遮る壁の様にして、手で掴んでいる獣人を持ってきた。

 シンのこの行為に、走る相手は速度を緩め衝突を避けようとするが、そんな彼女に対し、壁として扱われていたもう片方が突如として迫る。

 遮られていたことで相手の方からは見ることは出来なかったが、シンは壁にしていた獣人の背中を勢いよく蹴りつけ、互いに衝突することを狙っていた。

 だが、予想に反し迫ってくる獣人はその持ち前の反射神経を駆使し、それを背後に跳びあがることで回避、シンの目論見は崩れる。

 

「リィ!」

 

 相手の名前を呼んだことから恐らくニィと思われる獣人は、倒れ伏せたリィに近寄るが、その前にリィの体は光に包まれていき、最後には消失をしてしまった。一定以上のダメージ及び戦闘で再起不能の状態と判断されたことによるリタイヤ。リィという『兵士』が強制的にフィールドから転送されたことを示している。

 

「よくも……リィを……!」

 

 獣の耳の毛を逆立て、親の仇でも見るかの様にシンを睨みつけるニィ。転送先は医療設備が整えられた場所であり、命に別状はないと分かっているが、目の前で行われたシンの行為は見過ごすことも許せるはずも無く、ニィの怒りを燃え上らせる。

 やった本人であるシンからしてみれば、その怒りは当然のことであり、躊躇なく行った自分の姿は、客観的に見ても『善』とは言い難い。だからといって、謝罪の意味を込めて相手に勝ちを譲るということをする気は微塵も無く、怒りを向けるニィにシンは、まともに上げられなくなった左腕をぶら下げながら、右手の拳を固く握り締めた。

 一方、小猫の代わりにイザベラと戦うこととなった一誠。相手の持つ技量に押されながらも喰らい付いていた。

 

「ぐうっ!」

 

 右頬と右脇腹に重い拳が瞬時に二発刺さる。三発目が鳩尾に入るかと思われた時、一誠は両腕を交差し三発目を防ぐ。が、すぐさま左の側頭部に拳が入り、一誠の上体がぐらつく。だが、その状態で踏みとどまり、不安定な体勢から限界まで倍加した拳を突き上げる。イザベラは四発目を放とうと拳を引くが、その際にほんの少しだけ一誠の拳が掠る。イザベラが拳を引いたことで出来た、攻撃の止まる瞬間を見極め、一誠は後方へと数歩分飛び、間合いを開かせた。

 

「――しぶといな。かなりの数撃ち込んだが潰れる気配を見せない。成程、良く鍛えこんでいるな。少しプライドが傷ついたよ」

 

 左手を軽く振りながらイザベラは一誠を見る。その手には先程掠ったことで出来たとお思われる裂傷があり、一誠の拳の威力を如実に現していた。

 

「だが、大体の動きはもう見切った。次で終わりとしよう」

 

 そう告げるイザベラに対し、一誠は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「終わりなのはどっちかな?」

「なに?」

 

 押されている筈の一誠から出た勝利を確信した声。その声に眉を顰めるイザベラ、そのイザベラに見せる様に一誠は左腕を持ち上げ、中指を親指に押し当てる形を作る。

 

「弾けろ! 『洋服崩壊』!」

 

 発動の宣言と同時に指を鳴らす。すると前に体育館で見せたときと同様、イザベラの衣服や下着など、身に付けているもの全てが細切れになって崩壊し、中から白い裸体を曝け出される。

 

「な! こ、これは!」

 

 突然の事態に思わずイザベラの手は、胸などの部分を隠す、人並みの羞恥心を持つ者ならば当たり前の行動である。しかし、戦いの最中であることを考えるならば、イザベラの行動は自ら両手を塞ぐということにしかならない。

 生み出した最大の反撃の機会、これを見過ごす一誠では無い。自らの最高の一撃であると自負している技を放つ為に両手の手首を上下に合わせ、そこに魔力を流し込む。

 間も無く、両手の中に小さな魔力の塊が生まれ、その塊を『赤龍帝の籠手』の力によって瞬間的に数倍へと高める。

 

「いっけぇぇぇ!」

 

 イザベラへと放たれたそれは、イザベラの体を飲み込む程巨大な魔力の塊と化し、着弾と同時に地を消滅させ、その余波で激しい突風を辺りへ巻き起こす。

 魔力の光が消えた後、中心地は跡形も無く消滅しており、大きな穴を地面に刻み込んでいた。

 シンたちとの会話の中で言っていた一誠の『ドラゴンショット』。放つのは二度目となるものの、手加減をした上での目の前の威力に、流石に一誠も言葉を失い、改めて自分の『神滅具』の強さを実感、そして、同時に消えてしまったイザベラへの不安が心の中に湧く。

 

『ライザー・フェニックスさまの『戦車』一名、『兵士』一名、リタイヤ』

 

 アナウンスから聞こえるグレイフィアの報告。相手の安否を確認出来たことによる安堵と、初めて単独で敵を倒したことの喜びが、一誠の胸の内に満たされていく。

 

「よぉっし! 小猫ちゃん! 俺勝ったよ!」

 

 離れるよう言っておいた小猫に、一誠は自らの勝利を伝える。小猫は負傷していた目を微かに開き、一誠の勝利する姿を見た。

 

「……おめでとうございます。そして、助けてくれてありがとうございます……でも」

「でも?」

「……スケベなのは駄目だと思います」

「……ごめんなさい」

 

 素直に謝る一誠、その耳に二つの音が飛び込んでくる。一つは鈍い打撃音、もう一つは甲高い金属音。音のする方へと目を向けた一誠が見たのは、ライザーの『兵士』に殴り飛ばされ背中から地面へと倒れていくシンの姿と、二人の『騎士』の剣圧で後方へと吹き飛ばされる木場の姿であった。

 その姿を見て慌てて助太刀に入ろうとする一誠であったが、一歩前進をした瞬間に目の前で突如青白い火花のようなものが爆ぜ、見えない力で押し戻されその場で尻餅をついてしまった。

 

「な、なんだ!」

 

 驚く一誠が左腕を前に伸ばすと再び青白い火花が爆ぜ、反射的に手を引いてしまう。

 

「……結界です」

「結界だって!」

 

 現状を把握した小猫が一誠へと目の前の現象について説明をする。続いて結界ならば術者が近くに居るという小猫の言葉に従い辺りを見回すと、一誠たちの頭上に着物を着た『僧侶』が上空でこちらに対し何かを呟いているのが見える。

 

「あれか! くそ、こんな壁なんて――」

 

 『ドラゴンショット』の構えをとり、結界を無理矢理破壊しようとする一誠であったが、無情な音声が左腕から聞こえてきた。

 

『Reset』

 

 その途端、一誠の中からあれほどまで漲っていた力は煙の様に消え、残るのは途方も無い疲労感のみ。固定していた倍加状態がこのタイミングで解け、その反動で一誠の動きが見違えるほどに鈍重となる。

 

「チクショウ……! こんなときに!」

 

 すぐさま倍加を開始するが、結界を破壊するに至るまでには数十秒掛かる。その時間をもどかしく感じる一誠の横を小猫が通り、結界の前に立つ。

 

「小猫ちゃん」

「……今度は私の番です」

 

 小猫は拳を握り、腰を落として構えると全力で前方に拳を放つ。小猫の拳が結界へと接触したと思った途端、青白い火花が花火の如く周囲に飛び散り、いくつもの種類の金属を同時に叩きあったかのような、耳障りな騒音が結界内で響く。思わず一誠が耳を塞いでしまう程に、不快かつ喧しい音であった。

 リアスの眷属の中で最も腕力を持つ小猫の一撃は、結界内に波紋を浮かび上がらせたがそれだけに止まり、小猫の方にも、結界を力尽くで破壊しようとした反動が襲い掛かった。

 

「小猫ちゃん!」

 

 正拳を放った小猫の手を見たとき、悲痛に満ちた声を一誠が上げる。小猫の手に装着していたオープンフィンガーグローブは、結界の反発によってぼろきれの様な姿へと変わり、その中にあった小猫の白い手は赤く爛れ、水泡が出来ており火傷に酷似した状態であった。

 

「無駄ですわ。その結界は『戦車』の腕力を以てしても簡単には崩せません。そこで大人しくお仲間の様子を見ていて下さい。ニィ! シーリス! カーラマイン! あと一分以内に決着を付けなさい! その時間まで『赤龍帝の籠手』の倍加をしなければ結界は壊すことはできませんわ!」

 

 的を射たレイヴェルの言葉に一誠は歯噛みするが、小猫はそんなレイヴェルの言葉など無視し再び拳を結界に叩きつける。

 先程と同じ轟音。レイヴェルも自分の言葉を全く意に介さない小猫の態度に唖然とした表情となる。

 

「なんのつもりですか? 言ったはずですわ、『戦車』の力でもその結界を壊せないと――」

「……あなたの忠告なんて知ったことじゃありません」

「なっ!」

 

 レイヴェルの言葉を一言で切り捨て、何度も拳を叩きつける小猫。その後ろ姿を見ながら一誠は、同じ場所で同じことを出来ない自分の非力さをこのとき恨めしく思う。

 皆が必死になって戦っている光景。その光景を見て、もっと力が欲しい、このときの一誠はそう強く想っていた。

 

 

 

 

 カーラマインとシーリス、二人の『騎士』を相手取り、木場は苦戦を強いられていた。技巧と速度で攻めてくるカーラマインと、力と速度で押してくるシーリス。この二人の連携は木場を防戦一方の状態とさせていた。

 

 「くっ!」

 

 短く呻く木場。いまの木場の格好は制服が何箇所も切り裂かれ、あるいは焼け焦げているという現状であり、いつもの甘い顔には汗が絶え間なく流れている。

 カーラマインが踏み込み横薙ぎに剣を振るう。木場はそれを受けるのではなく、大きく後方へと下がることで避けるが、その燃える剣身から発せられる熱波は木場の体を炙り、その熱によって新たに額から汗が流れ落ちる。

 木場が後方へと下がり、地に足を着ける瞬間を狙って、間合いを詰め、大剣を上段に構えたシーリスがその大剣を振り下ろす。回避は不可能であると判断した木場は、握る剣を自分に向かって振り下ろされる大剣の側面へと押し当て、火花を散らしながら軌道を逸らす。軌道が外れた大剣が地面を抉り、その破片を撒く。そしてそれと同じくして、大剣に宿った風の加護が暴れ狂い、その余波が木場へと襲い掛かった。

 胸部を強く押されたかの様な衝撃を感じながら数メートルも飛ばされる木場、着地と同時に今度はカーラマインが剣を振るってきた。

 繰り返される絶え間ない敵の連撃。木場は完全に自分の攻めるタイミングを潰されていた。剣の腕ならば二人相手でも問題は無い。だが、何よりも厄介なのは二人が剣に宿した、フェニックスの加護による炎と風の力である。その力は剣の間合い以上の範囲を持ち、着実に木場の体力を削っていった。

 少しの時間があれば、この現状を打開する策は木場の中にある。しかし、その僅かな時間すら生み出す余裕を、目の前の『騎士』二人は与えてはくれない。

 木場の視界の片隅では、シンがライザーの『兵士』を相手に押されている状況が見える。先程のアナウンスで相手の『戦車』と『兵士』を倒したのは知っているが、一誠たちは囚われた状況となり、シンの方も不自然に左腕を垂れ下げていることから、負傷して十全に動けないことが見て分かる。

 数では互角であるが戦況的に不利な状況、焦燥感が木場の胸の内で燻り始める。だが、そんな焦りを秘める木場の耳に突如轟音が飛び込んできた。

 思わずその方向へと目を向ける木場。シンも同じくその音の方向を見る。

 そこには自分を捕えている結界に拳を叩きつけている小猫の姿があった。小猫の行為を無駄と断じるレイヴェルの言葉を全く聞かず、何度も拳を叩きつける小猫。その拳は結界のせいで傷付き、拳を振り上げる度に血が舞う。

 その姿を見たとき、木場は猛烈な恥を感じた。この現状を招いたのは元を辿れば自分であるということ、招いた本人が傷付かず、巻き込んだ自分を助ける為に仲間が血を流していること。それは『騎士』という自分に与えられた役目にそぐわないものであった。

 

「ごめん、みんな」

 

 小さく謝罪の言葉を口にし、いま自分がするべきことに全ての神経を集中させる。相手の『騎士』二人との距離は、現在数メートル程離れている。『騎士』の速度を以てすればその距離は実質零と言っても過言では無く、その距離を縮めるのに一秒もかからない。

 その距離と時間は、木場が自らの切り札である『神器』の能力を発動させるのにギリギリで足りるという、一切の余裕の無いもの。一歩間違えたのならば、相手の剣により自分が倒れてしまう可能性があった。

 だが、いまの木場の中には失敗をさせるという選択肢も引くという選択肢も無い。カーラマインとシーリスも木場の心境の変化を機敏に察知したのか、その表情を一段と厳しいものとする。

 

「何を企んでいるかは知らないが、次で終わりだ」

「散れ」

 

 二人の『騎士』が一歩踏み込むと、一気に最高速度で木場へと迫る。対する木場は両手で握っていた剣を何故か片手に持ち替えると、同じくして視界では追い切れない速度で動く。一秒も無い刹那の交差、あまりの速度に複数の剣戟音が重なって一つに聞こえる。

 

「バカな……!」

「こ、これは!」

 

 互いの位置を入れ替えて現れたカーラマインとシーリスの表情には、驚きが張り付けられてあった。その驚きの視線の先にあるのは自らが持つ剣、カーラマインの持っていた炎を宿した剣は、剣身から柄の部分まで氷が張り付き纏っている炎は消され、シーリスの方の大剣もまた風が掻き消され、刃の一部が欠けていた。

 

「『炎凍剣〈フレイム・デリート〉』――そして、『風凪剣〈リプレッション・カーム〉』。この短時間で二本も魔剣を出すのは初めてだから冷や冷やしたよ」

 

 背後の二人に向き返る木場の両手には異なる二本の剣が握られており、片方は剣身が氷で覆われた剣であり、剣身から鍔元まで白い冷気が漂っている。もう片方の剣は剣身部分に大きな円状の穴が形成されており、その中心では唸るような音を上げて高速で何かが回転をしている。

 

「バカな……二つ以上の『神器』だと! まさか、他人から『神器』を奪った後天的な『神器』所有者――」

「それは違うよ」

 

 カーラマインの推測を否定すると、木場は手に握っていた魔剣の柄を口に咥え、片手に空きを造る。するとその手から魔力の光が放たれ、それが一瞬にして剣の形を形成する。稲妻の様なジグザグとした形の剣の柄を握ると、それを一誠たちが捕えられている結界の壁へ投げ放った。

 その剣が見えない結界の壁へと接触する。だが、結界が放った火花などものともせずに剣は結界の壁に深々と刺さり、そこを中心として空間に無数の亀裂が生じ始める。

 

『そんな!』

 

 驚愕の声を出したのはレイヴェルと結界を張った『僧侶』の二人。結界の強度を知っている者からすれば、目の前の光景は悪夢でしかない。

 

「今のは対結界用の魔剣さ。僕はこうやって想像した任意の魔剣を『創る』ことが出来る」

「『創る』……だと」

 

 木場の言葉の意味を理解し、『騎士』二人の顔色が変わる。

 

「そっちが正々堂々と名乗りをしたからこっちも正直に言わせてもらうよ。あらゆる魔剣を創り出す、それが僕の『神器』『魔剣創造〈ソード・バース〉』の能力さ」

 

 木場の説明が終わるのとほぼ同じタイミングで、木場の魔剣によって脆くなった結界が小猫の拳によって叩き割られる。抜け出す筈がないと高を括っていたレイヴェルは、それを悔しげな表情で睨んだ後、上空を飛ぶ『僧侶』にカーラマインたちに協力するように指示を出す。いくら結界を張っても木場の力のせいで無と帰すことを考えた上で、この場で最も危険な敵と認識した為である。

 そして、ついでに――

 

「その方にも気をつけなさい! その方の手に触られたら問答無用で衣服を剥ぎ取る破廉恥極まりない技を使いますわ! イザベラもそれで全裸の辱めを受けた上で倒されています!」

 

 レイヴェルの忠告に残りのライザーの眷属は皆、ぎょっとした視線を一誠へと集中させる。

 

「なんと恐ろしい技を……」

「中々狡猾な技を持っているな」

「女の敵!」

「最低」

 

 口々に感想を洩らすライザーの眷属の面々。

 

「僕も今日までどんな技か知らなかったからね。いやー、うちのイッセーくんがスケベでゴメンなさい」

「本当になんであんな女の羞恥心を抉り出す様な技を編み出したのか……」

「やめろぉ! 木場、謝るなぁ! 間薙、まじまじと考えるなぁ!」

 

 剣を握って対峙している状態で一誠に代わって謝る木場と、殴打によって口腔内を切ったのか、唇の端から流れる血を拭うシンが場の空気にそぐわない程、至ってマイペースに思ったことを口にする。

 

「と、とにかく数では互角になったんだ! 手を貸すぜ! 二人とも」

「いや、いい」

「へ?」

 

 意気込む一誠の意志をあっさりとシンが断ったせいで、一誠は言葉の意味を一瞬理解することが出来なかった。

 

「いいってお前! ここは――」

「僕も間薙くんと同意見だね」

「木場! お前も――」

「……分かりました。後はお任せします」

「小猫ちゃん!」

 

 シンと木場、二人から言われた助力の拒否。それに対し一誠は動揺をするが小猫の方はいち早くその言葉に含まれている意味を理解していた。

 

「……イッセー先輩、ここは木場先輩と間薙先輩が食い止めてくれます。だから私たちは少しでも早く本拠地を目指します」

 

 相手に聞こえないよう通信機に向けて小声で話す小猫。小猫の言葉で二人の真意を知った一誠の表情は悔しそうに歪む。心の裡では共に戦いたいと思っているが、二人の意志も無下にすることが出来ない。少しの間立ち止まる一誠であったが、意を決して二人に背を向け、ライザーの拠点である新校舎の生徒会室を目指そうとする。だが、次に通信機から聞こえてきた言葉に事態は急変する。

 

『皆さん! 聞こえますか!』

 

 通信機の向こう側に居るのはアーシア。切迫した様子の声色に堪らず一誠は、何があったのかを強い口調で尋ねる。

 

『い、今、部長とライザーさんが一騎打ちを始めました!』

 

 それは想定していなかった事態であった。もたらされた予想外の情報に、皆の顔色が緊張を帯びたものに変わる。

 事前にリアスたちも単独で動くことを聞かされていたが、この展開はシン個人としての考えでは好ましいものではない。上級悪魔同士の戦い、控えめに見て両者の実力を五分と考えても、ライザーの持つ『不死鳥』の力はそれを簡単に覆す。時間が掛かれば掛かる程、リアスは不利になっていくのは容易に想像できた。

 

「場所は?」

『は、はい! 新校舎の屋上です』

 

 その言葉にメンバー全員が屋上の方へと目を向ける。するとそれを合図にしたかの様に、屋上付近から天に逆昇っていく炎の柱と、真紅の魔力の柱が衝突し合い、一つとなって空に浮かぶ擬似の雲を吹き飛ばす。

 

「あらあら、お兄様ったらあんなにはしゃいでしまって、『王』らしく最後まで拠点で構えておいで欲しかったのに。――もっとも貴方たちが意外なほどに出来るから少しだけ、本気を出して下さったのかもしれませんわね。お兄様が前線に出れば負けはありえませんから、ホホホ!」

 

 最後に、それではせっかくハンデとして行うレーティングゲームの意味が有りませんけど、と挑発と笑いを混ぜた言葉を一誠たちに投げる。その態度に真っ先に怒りを露わにしたのは一誠であった。

 

「だが、フェニックスだって弱点がある!」

 

 一誠の言うフェニックスの不死を打破することが出来る策は、それは再生の度に精神力を消耗することを利用して精神を折ること、もう一つは一瞬で再生できない程のダメージを与えること。

 フェニックスであるレイヴェルもそのことを重々承知しているのか、一誠の言葉を聞いて憐れむような笑みを見せる。

 

「あら? それはもしかして不死鳥の心が折れるまで攻撃するということかしら? 中々の名案ね。『都合よく』お兄様が一切反撃をせず一方的に攻撃出来たり、『都合よく』あなたが全力を出し切ったらちょうどお兄様の精神力が削りきれたり出来たらの話ですが。それとも貴方は一撃でフェニックスの不死を破る、神に匹敵する力を持っているのかしら、それだったら、まあ怖いですわ」

 

 一の言葉に十の言葉が返って来る。正論に聞こえるレイヴェルの言葉を上手く返すことが出来ず、悔しそうに歯を噛み締める。

 

「いつまでもこんな所で喋っている場合か」

 

 レイヴェル側の余裕を切り裂く様なシンの鋭い声。一誠は思わずシンの方を見た。

 

「行くか、行かないか、必要なのはそれだけだ。後のことは着いた後でも考えておけ」

「そうだね。イッセーくん、例え無謀だと分かって行くのがキミだろ? 早く行くんだ、僕たちは部長の為にも負けられない」

 

 一誠を奮い立たせる二人の戦友の言葉。その言葉を噛み締めた後に一誠は両手で頬を張り飛ばし、自らの内にあった弱気を吹き飛ばす。

 

「ああ、そうだな! こんな鳥娘とペチャクチャ話してる場合じゃなかったな! 木場! 間薙! 俺は行ってくる! だけどその前に――」

 

「聞こえてんだろ、赤龍帝さんよ。俺の中にある想いが! 部長の為にも! 他の仲間の為にも! 俺に力を貸しやがれ!」

 

 そのとき、シンは以前廃教会の地下で感じた、凄まじい気配を再び感じた。肌が総毛立つその感覚、それは何かが起こる前触れであった。

 

「ブーステッド・ギアァァァァァ!」

『Dragon booster second Liberation!』

 

 極限まで放たれる赤い閃光の中で、一誠の叫びに応えるように『赤龍帝の籠手』はその姿を変化させていく。変化した籠手は装甲がより攻撃的に、より重厚的な形状へと変わり、手の甲の部分だけでなく腕の部分にも、新たな宝玉が形成される。

 輝く閃光の中で新たに目覚めた力に一誠は笑みを浮かべ、その光の中で声高々に叫ぶ。

 

「第二の力! 『赤龍帝からの贈り物〈ブーステッド・ギア・ギフト〉!』

『Transfer!』

 

 眩い光が収まったときレイヴェルたちが見たのは――校舎へと向かって走っている一誠と小猫の姿であった。

 

「ちょ、ちょっと、お待ちなさい! あれだけ格好をつけていたのに私たちを無視して進むつもりですか! 貴方、一体何をしたの!」

「うっせー! 態々敵に言う訳ないだろ、この焼き鳥妹! 木場! 間薙! さっきのはな――」

 

 レイヴェル達に聞こえない様に通信機に向かって小声で話す一誠。通信機から伝わって来た言葉で、シンと木場はあの光の中で一誠が何をしたのかを理解した。

 

「へぇ、そういった使い方もあるんだね」

「分かった」

 

 シンと木場はそれぞれ頷き、後を追おうとしているレイヴェルたちの前に立ち塞がる。

 

「邪魔ですわ!」

「なら力尽くで退かすんだな」

 

 レイヴェルは短く舌打ちをし、側に居る者たちに指示を出す。その中で真っ先に飛び出したのは『兵士』のニィであった。今だ片割れを倒された怒りが冷めないのか、シンに向かって全速力で襲い掛かる。

 シンが自分の間合いへと入った瞬間、幾度もその身体に打ちつけてきた拳を、シンの喉元目掛けて繰り出す。

 

「成程、良く見える」

 

 ニィの繰り出した拳はシンの右脇へと挟まれ、あまりにあっさりとその動きを拘束した。何度も放ち、その度に相手の体に傷を刻み込んできた自分の拳の動きを簡単に見切られ、ニィの表情に動揺が浮かぶ。なにより、ついさっきまでシンはニィの動きについてこられなかった為、その動揺は一入であった。

 シンがニィの動きを見切れたその理由、それこそが一誠の新たに目覚めた力『赤龍帝の贈り物』の効果であった。籠手によって高められた倍加の力を自分以外の者あるいは物に譲渡し、与えられた側の力を向上させる能力。

 この能力によって身体能力を著しく向上させたシンの目には、ニィの動きを目で追うことが出来、なおかつ反応することも出来た。

 片腕を挟まれ、必死になって抜け出そうとするニィであったが、締められた部分はびくともしない。

 そして、シンの方もこのまま何もする訳も無く、首を後ろに仰け反らせると、ニィの脳天目掛けて全力で額を叩きつける。響く肉と肉、骨と骨の衝突音。その凄絶な音は周囲の人物の顔を引き攣らせ、肌に鳥肌を立たせるものであった。

 シンは掴んでいた腕を放す。ニィはその場から二、三歩後ろへ下がると白目を剥いて崩れ落ち、光に包まれて消える。

 

『ライザー・フェニックス様の『兵士』一名、リタイヤ』

 

 アナウンスが聞こえてくる中、シンは軽く首を鳴らすと、レイヴェルたちに向けて右手で手招きをし、挑発的な態度をとる。

 

「次はどいつだ?」

 

 

 




気付けばこの作品を投稿してから半年の月日が経ちました。
今後もこんな感じで投稿していこうと思っていますが、展開を遅く感じてしまうかもしれません。
二巻の話を終わらせるのにはあと五、六話は掛かりそうです。

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