ハイスクールD³   作:K/K

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今年もよろしくお願いします。


日々、下宿

 目が覚める。寝起きの半分ぼやけた視界に見慣れない天井が見えた。緩やかであった血流が覚醒と共に全身を駆け巡り、ぼやけた思考と視界を瞬時に正常な状態にする。

 ここは一誠たちの家であり、シンは使用していない一室を与えられ、そこでピクシーたちと寝泊まりすることとなった。

 何故寝泊まりすることになったのかは──

 

「起きた」

 

 ──シンの上に乗って彼を見下ろしているゴスロリの少女オーフィスが原因である。

 

「……何をしている?」

「我、見ている」

 

 一誠共々オーフィスの興味の対象となっており、理解する為に見ていたいと言われ、オーフィスの目が届く範囲に居る為に一誠たちの家に暫く泊まることとなったが、昨日の今日で積極的に観察してくる。

 オーフィスが声を発するまでシンはオーフィスが乗っていることにすら気付かなかった。存在感も無ければ体重も感じない。向こうから行動を起こすまでまるで虚無のような存在であり、こちらが認識した瞬間に虚無から浮かび上がってきたかのようであった。

 

「我、魔人を、良く見る」

 

 オーフィスがその言葉を発すると同時に上に乗っているのも構わずシンは上体を起こす。オーフィスはシンの上から転がり落ちていった──と思ったら、いつの間にかシンの隣に座っている。

 

「その言葉、部長たちの前では出すな」

「魔人? 何故? 人修羅は魔人」

「言えば問題が発生する。俺を観察することも出来なくなる」

 

 いつかは分かることだろうが、どのタイミングで知らせるのかはせめて自分の都合でやりたい。その内、事故のように判明する可能性もあるが、事前に防げるのならそれに越したことはない。

 

「見ていたい。我、分かった」

 

 オーフィスは素直に頷く。こうして話していると純粋というべきか自我が薄いというべきか。『禍の団』に象徴として祀り上げられ、良い様に使われていたのもこういった性格が原因と思われる。

 寝起きから少し疲れた気分になりながら、今も吞気に眠っているピクシーたちをシンは起こすのであった。

 

 

 ◇

 

 

 シンが洗面所で顔を洗っていると誰かの足音が聞こえて来る。

 

「よぉ……おはよ──うおっ!?」

 

 やって来たのは寝ぼけまなこの一誠であったが、シンの姿を見た瞬間に一気に眠気が飛んで目を見開く。

 シンはリュックサックのようにオーフィスをぶら下げていた。

 

「おはよう」

 

 何事もないかのように挨拶を返すシン。一誠は驚きを張り付けたままオーフィスを指差す。

 

「……何で背負ってんだ?」

「知らん」

 

 シンは簡潔に答えると洗面所の方へ向き直る。実際、オーフィスが何のつもりで背中に張り付いているのかシンも分からない。部屋を出るときには既に乗っかっており、重さも感じないので気に掛けることなくそのまま行動していた。

 感情が読めない四つの目が一誠へと向けられる。こうして見るとどことなく兄妹のようだ、と一誠は思った。顔は似ていないがどちらも無表情で底知れない感じがし、雰囲気が似ているのかもしれない。

 

「しかし、まあ……」

 

 一誠はシンを半眼で見る。

 

「同級生の、しかも男が家に居ると何か変な感じだ……」

「そうか。すまないな」

 

 シンは全く申し訳なさそうに言う。一誠は眉間に皺を寄せて何とも言い難い表情をしている。

 自分の縄張りに侵入されたような違和感。同性のしかも同級生が自宅に泊っている事実にどうしても居心地の悪さを覚えてしまうのは思春期故の心の機微なのかもしれない。

 それは一誠だけでなくこの家に住む女性たちにも影響を与えていた。

 いつもなら一誠が起床すると寝床でリアスや朱乃、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、レイヴェル、小猫が入って来て、一誠にとって嬉し恥ずかしなことをしてくれるのだが、今日はそれが無い。特に恋人であるリアスからの目覚めのキスが無かったことは一誠にとって少なからずショックであった。

 一人加わるだけでこうも自重するのか、と思ったが一誠の方もあまり見られたくなかったので安堵と残念が半分半分の気持ちであった。

 とはいえほぼ日課となっている甘い時間が無かったことに対し、恨めしそうな目でシンを見ていると──

 

「何か言いたそうだな」

 

 洗面所の鏡越しに一誠の視線に気付いていたシンが振り向くことなく訊く。気付かれことに内心焦りながらも表面上は惚ける。

 

「べ、別に」

「憩いの時間を邪魔した奴を見るような目をしていたぞ?」

「そ、そ、そんなことないぞ……?」

 

 心を読めるのか、と思わず叫びそうなぐらいに正確に内面を読んできたことに、あからさまな動揺を見せてしまう。正解と言っているようなものであった。

 

「──学園では生徒会の仕事として取り締まるが、プライベートまでは介入しない。好きにすればいい」

「そう言われて、『はい! そうします!』なんて言えないし出来るかっ! お前が家に居るだけで、何かこう……大人しくなっちゃうんだよ!」

 

 色々な意味を含めて言う。

 

「恨むならアザゼル先生を恨め」

 

 シンは自宅から持って来たタオルで洗った顔を拭いながら、一誠とは対照的に冷めた感じで言う。

 

「うぅ……行き場の無い感情が俺の中で渦巻く……」

 

 溜まった不満を自ら消化することを選び、一人悶える。そんなどうでもいい姿もオーフィスは監視していた。

 

「空いたぞ」

 

 顔を洗い終えたシンは一誠と交代する。一誠も顔を洗おうとするが──

 

「あ、そうだ。忘れてた」

 

 ──何かを思い出すとポケットの中から瓶を出す。そして、何故か『赤龍帝の籠手』を装着すると、瓶を開けて中の液体を『赤龍帝の籠手』の宝玉に振りかける。

 

「ドライグ。薬の時間だぞ」

『お、おお……待っていたぞ……この薬、き、効くなぁ……』

 

 宝玉の中に吸い込まれていく液体。恍惚としたドライグの声。傍から見ると危うい光景であった。

 

「……何をしているんだ?」

「いやぁ、ドライグの心が疲弊しているから、それを和らげる為の薬をな」

 

 一誠が言うに色々とアレなパワーアップをしてきたことで、ドライグの今まで積み重ねてきたプライドなどがボロボロになっており、心が病む寸前にまでなってしまったので、アザゼルが紹介した専門のカウンセラーに診てもらい、特別に調合した薬を処方しているとのこと。

 

(脆いもんだ……)

 

 と思ったが口には出さない。なけなしのプライドがズタズタに引き裂かれることになる。

 

『ククク……笑ったらどうだ? 薬漬けの天龍など滑稽だろう?』

 

 何とも痛々しい自嘲をするドライグ。いっそのこと冗談で笑ってみようか、という考えが過る。やったら恐らくドライグの自我が崩壊すると思われるが。

 何か言っても傷付くだけなのでシンは無言で通り過ぎようとするのだが、背中に張り付いているオーフィスが悪意無く問う。

 

「ドライグ、乳よりも薬が好き? 乳を司るのは止める? 乳と薬どっちが良い?」

『がはぁ!?』

 

 無邪気な言葉の刃が防御力ほぼゼロのドライグの心に突き刺さる。

 

『あ、相棒! く、薬を……! もっと薬を……!』

「いや! 適量じゃないと毒になるから!」

『俺にこの痛みを忘れさせてくれぇぇぇ!』

 

 精神のバランスが崩れてしまい、ドライグが泣き叫ぶ。

 

「間薙! ドライグを落ち着かせるからオーフィスを連れて離れてくれ!」

 

 これ以上オーフィスがここに居たら、何を言うのか分かったものではないので離れさせる。

 シンもドライグがここまで追い詰められていたとは思っていなかったので、彼を気遣いオーフィスと共に足早に去る。

 

「我、ドライグと所有者、もっと見たい」

「後で幾らでも見られるから、今は俺で我慢をしてくれ」

 

 

 

 ◇

 

 

 どたばたと落ち着かない早朝も過ぎ、朝食の時間となる。食卓にはシンの知る顔馴染みが座っており、ドライグを宥めることに成功したのか──やや疲れた表情をしている──一誠も椅子に座っている。

 台所では一誠の母が筆頭となりリアス、アーシアと朱乃がテキパキと動いて料理を作っている。イリナ、ゼノヴィアはそこまで料理が得意でないのか簡単な手伝いに留めている。レイヴェルはまだ人間世界の料理が詳しくないので見て学んでいた。

 

「いやぁ、年甲斐もない話だが、食事を用意してくれるこの時間が一番の楽しみなんだよ」

 

 隣に座っている一誠の父がシンへ話し掛けてくる。

 

「『胃袋を掴まれる』っていうのはまさにこのことなんだと実感するよ」

 

 頷きながら満面の笑みを浮かべる一誠父。笑う顔は一誠とそっくりである。

 

「あの娘の誰かがイッセーの嫁になってくれると思うと……くぅ」

 

 感極まって目頭を押さえている。女っ気の無かった息子がここまでモテるようになったことに感涙していた。何故、モテているのかは知らないだろうし一誠も言うつもりはないだろう。

 

「先が楽しみですね」

「そうなんだよー! 今から孫の顔が楽しみで楽しみで」

「ちょっと父さん! 気が早いって! あとそんな話を間薙にしないでくれ!」

 

 一誠は照れて話を中断させようとするが、一誠父とシンの話は止まらない。

 

「未来の義娘の手料理を今から食べられるなんて義父親冥利に尽きるってもんだよ。しかも、皆料理上手だからね!」

「確かに。何度かご馳走になっています」

「美味しいよねー。しかも、和洋中と得意分野が違うからローテーションで楽しめるんだから凄いよ」

 

 と気軽に話してくれる一誠父。暫くの間、居候する身のシンはなるべく愛想の良い態度で接する──傍から見れば普段と誤差程度だが──向こうも息子の同級生だからといって変に気遣ったりはしてこず自然で接してくれている。

 家の中で小火が起こり、修繕と改築の為に少しの間暮らせる場所を探しており、そこで一誠が自分の家に来るよう言った、という嘘で居候させてもらっている。

 

「どうぞー」

 

 一誠母がテーブルに料理を置いて行く。今日は焼き魚にお浸し、煮物といった和食がメインの朝食であった。

 

「はーい。パスカルちゃんもねー」

 

 一誠母が置いた銀の器には、鶏肉と野菜を混ぜて煮た手製の犬用朝食が入っている。

 ピクシーとジャックフロストは一般人の目には見えないが、ケルベロスは見える。今はシベリアンハスキーに擬態した状態である。

 

「わざわざありがとうございます」

「いいのよ。一度犬を飼ってみたいと思っていたし」

 

 一誠母はパスカルことケルベロスの頭を撫でる。

 

「これはフェンリルちゃんの分ね」

 

 ケルベロスの隣に座っているフェンリルにも同じ手製のドッグフードを置き、嬉しそうに顎下を撫でる。撫でる感触が心地良いのか一誠母は暫くの間、二匹を撫で回しており二匹はされるがままであった。

 

「お腹減ったにゃー」

「黒歌さん。はしたないですよ」

 

 テーブルに伏せる黒歌をルフェイが窘めている。

 

「……」

 

 オーフィスは椅子に座って一誠を凝視。一誠ばかり見ているのか思いきや、シンの方にも視線を向ける。それを機械のように一定の間隔で繰り返している。

 シンたちだけでなく、オーフィス、黒歌、ルフェイが泊まることを快諾してくれた一誠の両親はかなり懐の深い人物である。因みにオーフィスたちはリアスや小猫の親戚と説明している。

 ほぼ全員集合しているが、来ていない人物もいた。昨日から姿を見せていない小猫である。体調不良が原因だが、何がどう不調なのか詳細をシンは知らない。昨晩、小猫を看病していたギャスパーにも聞いてみたが、彼も事情を知らされていないとのこと。

 後でリアスか朱乃に聞いてみようかとシンが考えていたとき、ズボンの裾が引っ張られる感触があった。

 テーブル下に視線を向けるとピクシーとジャックフロストが不満そうな顔で居る。

 

「ごはんまだー?」

「お腹減ったホー!」

 

 空腹を訴える二人。もう少し待っていろと小声で伝える。

 やがて全員分の料理が配られる。良く見るとシンの皿に盛られた料理の量が多い。ピクシーたちに分け与えることを見越して多めにされていた。

 

『いただきます』

 

 声を揃えて言うと各々食べ始める。

 

「……」

 

 オーフィスは勝手が分からないのか、或いは食欲という概念が無いのか目の前に置かれた朝食をジッと見ている。

 

「あ、あの……」

 

 それを見兼ねたのかアーシアが勇気を持って声を掛ける。本当ならば全員停止してもおかしくない行動であったが、一誠の両親の目がある手前不自然な行動をすることは出来なかったので食事を装いながら目はアーシアとオーフィスの動向を見守っていた。

 

「オーフィスさん。これはこうやって──」

 

 オーフィスに箸の使い方や器の持ち方、食べ方などの見本を見せる。

 

「我、理解した」

 

 一通り見た後にそう発言すると、オーフィスは一瞬で箸の使い方をマスターし、アーシアが見せた動きを完璧に模倣して朝食を摂り出す。

 

「お上手です!」

 

 オーフィスを褒めるアーシア。そこに龍神への畏怖は微塵も無かった。

 

「美味しいですか?」

 

 パクパク食べるオーフィスにアーシアは味の感想を尋ねてみる。

 

「……我、良く分からない」

 

 このような食事は初めてなのかオーフィスは首を傾げながら思ったことを話す。美味い、不味いは一旦置いておいて、少なく食事という行為自体はオーフィスにとって不愉快なものではないのだろう。思い返せば昨日淹れたお茶や菓子を飲み食いしていた。

 無限を生きる龍神に空腹という感覚はあるのかは分からない。飢えることがなければ食事という行為は不要なのだが、オーフィスは食べている。もしかしたら、オーフィスなりに食事という行為に楽しみを見出しているのかもしれない。

 やや機械的だが黙々と食事を続けるオーフィスの姿に、一誠たちは当初抱いていた畏怖が少しだけ薄れた。

 

 

 ◇

 

 

 いつも通り学校へ行き、家へ帰る。ただし、シンの帰る家は一誠の家。

 玄関を開けるとまるで予知していたかのようにオーフィスが待ち構えている。

 

「我、観察を再開する」

 

 出迎え早々にそんなことを言われた。

 オーフィス、黒歌、ルフェイは一誠宅から一歩も外に出ていない。見つかったら事なので当然である。三人をこの家で匿うときに決めた絶対条件であった。

 

「──ただいま」

 

 一応オーフィスに挨拶をする。オーフィスは何も言わずにこちらを凝視しているだけであった。

 そのままオーフィスの隣を抜けて廊下を歩く。すると、レイヴェルが向かい側からやって来た。レイヴェルは視線を落として何かブツブツと呟いており、シンの存在に気付いていない。

 

「ただいま」

「ひゃっ!? 間薙様!?」

 

 衝突する前にシンが声を掛けるとレイヴェルは可愛らしい声を上げて驚き、赤面した後咳払いをして落ち着き淑女として振る舞う。

 

「おかえりなさいませ、間薙様」

 

 改めて挨拶を返すレイヴェル。一瞬で立て直したのは流石の一言であった。

 

「あの……」

 

 そこでレイヴェルの言葉は途切れ、視線がシンの肩辺りに何故か向けられる。シンが視線を辿るといつの間にかオーフィスを背負っており、顎を肩に乗せていた。相変わらず存在感を自由に操っている。

 

「……仲がよろしいのですね」

「そう見えるのか?」

 

 レイヴェルは若干表情を引き攣らせながら言う。オーフィスにまだ恐れを抱いているので色々と慎重に接している。

 

「えーと……その……」

 

 何か言いたげな様子のレイヴェル。オーフィスに話すタイミングを狂わされたのでどう切り出そうか迷っているらしい。

 

「遠慮しないで言ってくれ」

 

 シンの方から言うように促す。

 

「あの、間薙様に協力して欲しいのです!」

「協力?」

「はい! イッセー様、祐斗さん、朱乃さんの中級悪魔試験の件です!」

 

 試験が近いことはシンも知っている。だが、協力するにしても何をするのかピンと来ない。

 

「筆記試験の方は私の過去の問題や資料の方を集めています。間薙様に協力して欲しいのは実技試験の方なのです」

 

 何をするのかそれだけで察する。

 

「実戦式で三人と模擬戦闘をやればいいということか?」

「はい、そうです! 間薙様が訓練相手ならば実技試験も合格同然です!」

 

 レイヴェルは随分とシンのことを評価している。以前見学したシンとサイラオーグの非公式戦に余程脳を焼かれたのであろう。

 

「普段やっていることとあまり変わらないと思うが?」

「それでもです! 間薙様が発する殺気染みた威圧感は、実技試験の本番のような緊張感を与えてくれる筈です! 練習で慣れさせれば本番でも実力を発揮出来ます!」

 

 熱を込めていうレイヴェル。一誠たちを合格させたいという気持ちは本当だが、同時にレーティングゲームに出場しないと公言しているシンに、疑似的なレーティングゲームをさせたいという下心もあった。

 しかし、レイヴェルの熱量は尋常ではない。一誠たちを中級悪魔試験に合格させることに使命感のようなものが感じられる。

 

「手厚いサポートだな」

 

 シンがそう言った瞬間、レイヴェルは待っていましたと言わんばかりに表情を輝かせる。

 

「これぐらい当然です! それがイッセー様のマネージャー! ──としての務めですから!」

「マネージャー?」

 

 レイヴェルが一誠のマネージメントをしているのは初耳であった。

 

「はい! サーゼクス様直々に推薦されました! イッセー様はこれから忙しくなる方です。人間界では学業、冥界では興行、これからイッセー様の需要はどんどん高まっていきます。今のうちにきちんとしたスケジュールの調整や管理が必要なのです!」

 

 冥界の事情に精通し、人間界に留学して勉強をしているレイヴェルにその役目が与えられた。

 

「イッセー様の昇格はその第一歩なのです!」

 

 使命感に燃えている理由を理解した。魔王に任命された大役であり、ファンでもある一誠のマネージャー。まだ若いレイヴェルには大層な重圧の筈だが、それをものともせず寧ろ喜んでいる。流石は名立たる悪魔の貴族。器の大きさが普通とは違う。

 背景に炎が見えそうなぐらいにやる気を見せるレイヴェル。その熱意をシンとオーフィスは間近で浴びせられていた。

 

「あのー、ちょっといい?」

 

 そこへイリナが声を掛けてきた。

 

「話の最中だったら後で話すけど……」

「あら? イリナさん。何か御用ですか?」

 

 話は一区切りついていたのでイリナの話を聞く。

 

「そっちのドラゴンさんとお話があるんだけど」

 

 シンは腕を回してオーフィスの体を掴み、イリナの前へ突き出す。オーフィスはイリナの顔を見ながら首を傾げた。

 

「オーフィスさん……トランプやらない!」

 

 イリナはそう言い、トランプを見せる。

 レイヴェルはイリナがオーフィスを遊びに誘ったことに唖然としていた。最強のドラゴン相手にとんでもない行動力である。

 

「トランプ……」

 

 オーフィスはイリナの言葉をオウム返しをし、何故か首を回してシンの方を見て来た。まるでシンの許可を確認するかのように。

 

「……何故、俺を見る?」

「トランプ」

 

 同じ言葉を繰り返すオーフィス。そこでシンは察する。求めているのは許可ではなく同行。オーフィスはシンもトランプに誘っているのだ。

 イリナもオーフィスの意図を察し、レイヴェルに確認をする。

 

「もしかして、間薙君ってこの後用事があるの?」

「い、いえ。間薙様にはイッセー様たちの実技試験の為の特訓をお願いしましたが、その前に筆記試験の為の勉強がありますので、夜までは大丈夫ですが……」

「そう! 分かったわ! 間薙君も一緒にトランプしましょう!」

 

 天真爛漫という言葉を体現するイリナの誘いに、断る理由も言葉も特に思いつかなかった。

 

 

 ◇

 

 

 兵藤家の一室。三方向から向き合うシン、オーフィス、イリナ。三人の中央で重ねられたトランプの山。シンの手にはカードが二枚、イリナの手には一枚。イリナの指先はシンの持つ二枚のカードの間を彷徨う。

 オーフィスはそんな彼らの様子を無言で見続けていた。

 イリナはやがて答えを決め、左のカードを抜き取る。裏返しにされたカードに描かれていたのは、イリナの葛藤を嘲笑う道化師。

 ショックで固まるイリナを余所にシンはイリナの手にあったカードをあっさりと抜き、数字を揃えて上がってしまった。

 

「もう! 二人共ババ抜き強過ぎよー!」

 

 敗北したイリナが悔しそうに叫ぶ。今ので五回連続最下位であった。

 

「楽しいけど悔しいぃぃ! 全然表情が読めないぃぃぃ!」

 

 イリナは素直に悔しさを表して頭を抱える。

 イリナの言う通りシンとオーフィスの表情からは全く手札を読めない。剣士として優れた動体視力を持つイリナは、その気になれば黒目の動きで誰の手にジョーカーがあるのか見抜くことが出来るが、シンとオーフィスはポーカーフェイスというレベルでは収まらないぐらいに感情と表情が無い。

 

「もう一回! もう一回しましょう!」

 

 この台詞も四度目となる。時間はあるので再び三人でのババ抜きが始めった。

 シンとオーフィスは変わらずポーカーフェイス。二人の表情の変化が乏しい分イリナは一喜一憂しながらカードを抜いている。

 中盤に差し掛かって今まで黙っていたシンが口を開く。

 

「──紫藤としては今回の件はいいのか?」

「へぇ!?」

 

 話題を急に振られたイリナは声を裏返して驚く。

 

「いいのかって……どういうこと?」

「天界側として見過ごしていいのかという意味だ」

 

 秩序を重んじる天使としては、今回のアザゼルの件は規約違反である。速攻でアザゼルを問い質し、それ相応の天罰を与えることになるだろう。ましてや、イリナは四大天使のミカエルに属する立場。見過ごしたとあればイリナ自身も重い罰を受けるかもしれない。

 

「……正直に言うと複雑な気分。ミカエル様に問われたら私は全部喋っちゃう。でも、聞かれない限りは黙っているわ」

 

 下手をすれば堕天してもおかしくないギリギリの所だが、イリナはそう心の中で割り切ることで辛うじて堕天を免れていた。彼女としてもそれが妥協としての限界であった。

 

「はぁ……堕天しちゃったらどうしよう……」

「そのときは、アザゼル先生に責任をとってもらえ。グリゴリに幹部待遇で入れてもらえばいい」

「安泰かもしれないけど、そんなのやだー!」

 

 幼い頃から教会に仕えている身としてはアイデンティティに関わることなのかもしれない。

 

「無理をさせられたんだから、今度は先生に無理なお願いをしてみたらどうだ?」

「例えば?」

「同好会が部に昇格するまでの手伝いとか、部になったときに顧問になってもらうとか」

 

 イリナは数度瞬きした後に思案顔になる。シンの提案を悪くないと思っている様子である。しかし、すぐに頭を横に振る。

 

「ダメよダメよ! 相手の弱みにつけ込むようなことはしちゃ! 私はミカエル様のAなんだから!」

 

 邪念を振り払おうとしているイリナ。それぐらい許されるのではないか、とシンは思ったが真面目なイリナにとってはNGだったらしい。

 

「我、終わった」

 

 そんなことをしている間にオーフィスの手札は無くなっていた。

 

「俺も終わりだ」

 

 続いてシンも無くなる。

 

「またぁ!? もう一回! ねぇもう一回!」

 

 

 

 ◇

 

 

 夜になりそろそろレイヴェルに頼まれた実戦式の特訓の時間が近付いてきた。特訓といってもやることは普段と変わらない。

 訓練場所はいつも通りグレモリー領地下にある広大な空間。転移魔法陣を使えば一瞬で行けるので今のうち軽く準備を済ませとく。

 ずっとあったオーフィスの観察は今は無い。『我、ドライグを見る』と言って一誠たちの方へ行っている。自由気まま、無軌道、或いは何も考えていない行動なのかもしれない。

 心身ともに軽くなっている内にやるべき事を済ませておく──そう考えていたとき、床が軋む音が鳴った。

 誰かが廊下を歩いている。シンの視線は軋み音が鳴った方を向く。

 

「……あっ」

 

 数日ぶりに会う小猫。白装束を着ており、普段隠している猫の耳と尻尾を出している。その顔は熱に浮かされているように赤い。

 

「久しぶりだな」

「……あ、あの」

 

 小猫はシンの顔を見た途端、紅潮していた小猫の顔が更に赤くなる。心なしか息遣いも荒くなっているように見えた。その反応は何時ぞやの小猫を思い出させる。それどころかあのよりも悪化している。

 

「……わ、私」

 

 何かを言い掛けるが、耐え切れなくなり小猫はシンに背を向けて走り去ってしまった。

 

(……アザゼル先生に聞いておくか)

 

 数日経っても変わらない小猫の症状。調べると言ったアザゼルに詳細を尋ねる必要がある。

 時間が空いている内にアザゼルと連絡を取ろうと考えていたとき──

 

「ふむふむ。意外な反応だにゃー」

 

 ──黒歌が音も無く現れて壁に寄りかかっている。

 シンは黒歌を一瞥したが、すぐに見なかったことにして去ろうとする。

 

「ちょっと待つにゃん! こういうときは普通『どういう意味だ?』って聞くところだにゃん!」

 

 露骨に無視された黒歌が抗議の声を上げる。しかし、シンの足は止まらない。

 

「ちょ!? 本当に待ってってば! そこまで無視することないでしょ!?」

 

 いつもの語尾が無くなり、本当に慌てた様子であった。ここまで蔑ろにされたので意地でもシンを引き留めようとする。

 だが、それでもシンは聞く耳を持たず、そのまま廊下の角に姿を消そうとする。

 

「白音に何が起こっているのか教えてあげるから!」

 

 シンの足がその言葉でようやく止まる。Uターンをして黒歌の前に立つ。

 

「塔城に何が起きている」

「あの……もう少し仲良く──」

「敵と馴れ合うのは趣味じゃない」

「……ここまで私に興味無いのは流石に傷付く……にゃん」

「そうか。戦うときが来たらこちらが少し有利になるな」

「え、こわっ……」

 

 ナチュラルにこちらを倒すことを考えているシンに黒歌は引いてしまうと同時に恐怖も感じてしまう。

 黒歌とてすぐに馴染めるとは思っていない。しかし、招いたアザゼルの顔を立てて一誠たちは多少警戒しているものの黒歌やルフェイにある程度受け入れている。

 しかし、シンという男は何を考えているのか分からない無表情の内で常に黒歌たちが敵になったときのことを考えている。ある意味、バトルマニアのヴァーリに通じるものがあるが、ヴァーリからはここまでの冷たさを感じたことはない。

 

「……分かっていると思うけど、この家に居る間はお互い不戦状態だからね?」

「何もしなければ、こちら側からは何もしない」

 

 裏を返せば何かをしたら即座に戦闘が始まることを意味する。

 

「もう少し歩み寄っても良いと思う……にゃ」

「それは行動次第だ。信じさせてみせろ」

 

 シンからヴァーリチームに対する信頼度は、敵対したことや共に戦ったことを考慮して良い意味でも悪い意味でもゼロである。シンが言う通り今後の行動によってはプラスの方に傾き手を貸しても良いと考えることもあれば、マイナスに傾き敵としか認識しないこともある。

 全ては今後による。

 

「これはその第一歩だ。塔城にどんな異変が起きている?」

 

 言われるがまま黒歌は小猫の身に何が起こっているのか説明する。その間、シンは瞬きもせずに黒歌を見続けていた。ただそれだけの行為に異様なプレッシャーを感じ、説明し終えた後黒歌は一戦闘終えたような疲労感を覚える。

 

「分かった」

 

 それだけ言うとシンは用は済んだと言わんばかりに去っていく。残された黒歌は啞然としてしまった。

 自分の容姿に自信を持っている黒歌であるが、ここまで眼中に無いのは──

 

「……いや、待つにゃん」

 

 ──思い返してみるとヴァーリチームの男たちの中で黒歌の容姿を褒める者が居た記憶が無い。ヴァーリは戦闘大好きなので興味無し。美候は黒歌に友人のように接してくるだけ。アーサーは紳士だが紳士過ぎて逆に何も言って来ない。ジャアクフロストに至っては論外。

 そして、先程のシンの塩対応で女としての自信の根本が揺らいだような気がした。

 ショックを受けた様子でフラフラと歩いて行く黒歌。

 

「おい。どうかしたのか?」

 

 丁度勉強に一区切りついた一誠と会い、一誠は覇気の無い様子の黒歌に声を掛ける。

 

「赤龍帝……」

 

 黒歌は唐突に扇情的なポーズを取る。

 

「なっ!?」

 

 一誠は驚くも、その艶めかしさに赤面しながら生唾を飲み込む。

 一誠の素直な反応に失い掛けた自信が戻って来る。

 

「──ありがとう」

「え!?」

 

 何故か涙ぐみながら礼を言ってきた黒歌に一誠はただただ困惑するしかなかった。

 

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