広大な空間。あらゆる特訓を想定して造られたグレモリー領地下のトレーニングルーム。その広過ぎる空間にシンは一人佇む。ここで行う特訓の為にシンは先に来て待機をしている。
仲魔たちは付いてきていない。纏めてイリナに預けてきた。オーフィスとトランプをしているのを目撃されており、ピクシーたちもオーフィスに興味を持ったのだ。
龍神相手に怖くはないのかと尋ねてみると、ピクシー曰く──
『もう怖いとか怖くないとかそういう次元じゃないよねー。アタシたちが何をやったところで気紛れで消し飛ばすことが出来るんだから、びくびく隠れていても仕方がないでしょ?』
──差があり過ぎるせいで逆に開き直っていた。
暫くの間、オーフィスも退屈はしないだろうと思いながら、シンは先程黒歌から聞いた小猫の異変について考えていた。
小猫の異変、それは『発情期』、とのこと。
猫又の女の体は子を宿せるようになると一定周期で発情期に入る。これは猫又の本能によるもので、猫又の中でも更に稀少な猫魈でも例外ではない。猫の妖怪故に猫と同じことが起こっている。猫又の女の特性として求める相手は気に入っている異種族の男であり、その相手と交わり子を成す。
ただし、小猫の場合少し問題がある。小猫は発情期に入るには体がまだ未成熟なのだ。未熟な体での出産が危険なのは猫又も人間と変わらない。
小猫は通常よりも早く発情期に入ったとのことだが、そうなった詳細な理由を黒歌はシンに話さなかったが、周りの環境によるものとだけ説明された。
今は処方された薬である程度症状は抑えられているが、改善した訳ではない。完全に落ち着くまで待つしかないのだ。
小猫が発情期に入って恐らく間もない頃のことを思い出す。小猫の急な行動に少々驚いた記憶があるが、発情期が理由だとしたらその心情は如何なるものだったのだろうか。
先輩、もしくは兄分のように慕っていた相手を性的な目、行動をとったことに対して自己嫌悪で満ちていたかもしれない。
その辺りの欲が薄く、殆ど無いシンにとっては正確に測れないことではあるが、心身共に負担が掛かる状態が続いている。
(解決出来るとしたら……)
同じ猫魈であり、先達である黒歌が最も相応しい。しかし、小猫と黒歌は不仲。黒歌がどう思っているかは知らないが、小猫は色々と複雑な心境を抱えており、中々素直にはなれない。どちらかが歩み寄らなければ事は上手く運ばないだろう。
「早いなー、お前」
一誠の声が聞こえ、シンは一先ず小猫の件について考えるのを中断した。
シンも使用した魔法陣の上に一誠、木場、朱乃、そしてレイヴェルが居る。四人を代表してレイヴェルが前に出て来る。
「間薙様。今回の特訓に協力して頂け、改めてお礼を申し上げます。ありがとうございます」
レイヴェルは完璧という言葉を体現したかのような礼を見せる。
「私、イッセー様のマネージャーとして今回同行させてもらいました。私なりに特訓のプランを考えてきました。こちらをお目通し下さい」
レイヴェルから一枚の紙を渡される。
シンが紙に目をやると若干幼さを感じさせる文字で特訓の内容が書かれていた。
「こっちの文字もちゃんと練習したんだな」
「え、ええ! 勿論です! それぐらい当然のことですから!」
内容よりも先に文字の方を褒められたのでレイヴェルは少し動揺しながらも、それでいて少しだけ嬉しそうな反応を示す。
当たり前のことだが、人間界で使用する文字と冥界で使用する文字は異なる。この紙の文字はレイヴェルが書いたものであり、文字に幼さを感じるのはまだ慣れていないからであった。しかし、事前に勉強していたとしても期間を考えるとちゃんと読めるレベルにまで達しているので大した学習能力である。
「そ、そんなことよりも内容の方です! ちゃんとご確認して下さい!」
誤魔化すように語気が強まる。
シンが再び紙に目を向けると、見ている中で紙に書かれた文字が変わる。特殊な魔術を仕込んであるらしく、一枚で何十枚分の内容が圧縮されていた。
シンはそれぞれの項目に目を通し、内容を覚える。それが終わるとレイヴェルにその紙を返す。
「分かった」
内容を把握したことを告げると、レイヴェルは一誠たちの方へ向き直る。
「アザゼル様から皆様に伝言を預かっています」
ここには来ていないアザゼルに代わってレイヴェルが告げる。
「今度の試験では皆様に制限を掛けさせる、とのことです」
「制限?」
「はい。朱乃さんは『雷光』の使用を禁止。当日は雷の魔力のみで実戦試験に受けてもらいます」
雷と堕天使の光の複合である『雷光』を使用禁止と言われ、朱乃は『まあ』と言っていたが特に不服そうではなかった。
「祐斗さんとイッセー様は『禁手』の禁止です」
『聖魔剣』と『赤龍帝の鎧』の当日使用禁止。木場は表情を変えないことから妥当な判断と思っているらしいが、一誠の方は一気に不安気な表情となる。
「大事な試験なのに、そんな手を抜いた真似をしていいのかよ……」
「アザゼル先生曰く、万が一のことが起こるかもしれないから、とのことです」
「万が一って……尚更──」
「『尚更禁手を使った方が良いんじゃ、とイッセーが言うかもしれないが、だからこその特訓だろうが』とのことです」
レイヴェル経由でアザゼルに台詞を先読みされた一誠は、それ以上何も言うことが出来なかった。
「他に疑問などはございませんか?」
レイヴェルの問いに他のメンバーは首を横に振る。
「では始めましょう」
◇
シンとの特訓。最初の相手は朱乃。シンが事前に伝えられていた特訓の内容は、朱乃に対して接近戦を仕掛けるというものである。
リアスの『女王』であり強い雷の魔力を持つ朱乃だが、主な攻撃方法は遠距離攻撃である。チームとして戦うのなら前に出て戦う一誠、木場、ゼノヴィアがおり、守りの方も小猫とロスヴァイセがいるので問題無い。しかし、試験は一対一で行われる。同じレンジで戦うのなら朱乃に分があるが、相手が近接戦を得意とするなら嚙み合わないこともある。
その為に今のうちに近接戦の相手に慣らしておく。
シンは朱乃と向き合う。思い返すとこうやって実戦形式で朱乃と戦うのは初めてのことであった。シンの主な特訓相手はアタッカーである一誠、木場、ゼノヴィア、小猫の四人である。
「では始めてください」
レイヴェルが開始の合図を出す。
「行きます」
「お手柔らかにお願いします」
言葉を交わした瞬間にシンは前に出た。朱乃はその踏み込みの速さに驚く。しかし、心は驚いても体は適切な行動を起こしており、羽によって後方へ飛ぶと同時に雷の魔力を撃ち出す。
轟音と閃光。シンに雷の魔力が直撃する。一直線に迫って来ていたシンに対して真っ直ぐ飛ぶ雷。
朱乃はある程度加減はしたもののシンに普通に直撃したことは少し予想外のことであった。シンの勘の良さや反応の良さからしてこちらが何かしらの行動をとればすぐに回避行動に移ると思ったからだ。
だが、すぐにシンが回避しなかった理由を知る。シンは朱乃の雷を受けながら直進し続けている。
朱乃の雷は正確に言えばシンに当たっていない。シン自身が体から放電を行い、命中する筈であった雷の魔力と相殺させ、周囲に散らしているのだ。
雷に対する耐性を見せながらシンは拳を振り上げながら朱乃との距離を詰め、力を解放して一気に振り下ろす。
鳥肌が立つような風切り音が鳴る。しかし、それだけであった。拳の先から朱乃の姿がなくなっている。
朱乃は拳が振り下ろされる前に空中へ飛び上がっていた。
羽を動かしてシンから離れる朱乃。それを追おうと踏み込んだタイミングで朱乃は指を鳴らす。シンの周囲に紫電を放つ複数の球体が出現。球体から槍のように雷が飛び出したのでシンはその場で踏み止まった。
球体から発生した雷はシンの前方と後方を通過していく。前に出たら雷に貫かれ、かと言って咄嗟に避けようとして後ろに下がったら同じく雷に貫かれていた。
「えげつねぇ……」
朱乃の用意したトラップに一誠は蒼褪める。可愛らしい部分を良く知っているだけに戦いのときのサディスティックな部分に戦慄する。
「でも、避けた間薙君も流石だね。判断が早い」
その場に留まるという常人ならばまず出来ない行動を取ったシンを木場は称賛する。
観戦しているだけだが、普段は戦わない二人が戦っているのが新鮮であり、見ているだけでも色々と為になる。
「あらあら、やっぱり間薙君は凄いですね。顔色一つ変えずに今のを見切るなんて」
「姫島先輩が手加減をしてくれたので」
「間薙君も手を抜いてくれていますよね?」
シンは朱乃が展開する雷の魔力に普段のキレが無いことに気付いていた。朱乃は拳を振るうシンから威圧感が無いことが分かっていた。しかし、同時に温さも感じてしまう。あくまでもこれは特訓であり、相手を傷付けるのが目的ではない。全力が出せないフラストレーションを自らにそう言い聞かせて抑える。
朱乃はいつでも雷の魔力を発動させる準備をしながらシンの顔を見つめる。相変わらず感情が見えてこない無表情。朱乃が好きな一誠は喜怒哀楽を素直でころころと表情を変えるので、その差で余計に強く感じてしまう。
(綺麗な顔をしているのですけどね……)
表情が乏しいので折角の顔立ちが無駄になっていることを惜しみながらも、無表情だからこそシンの顔立ちが綺麗に感じるとも思っていた。人間としての魅力を代償に一種の神秘性を放っている。
シンの顔を見ていると朱乃の中に久しぶりの衝動が湧き上がってくる。
あの無表情をどんなことをしても変えたい。朱乃のサディスティックな部分がシンの無表情を前にして対抗心のように燃え上がり始める。
「……朱乃さん、何か顔赤くね?」
「だね。……うーん、朱乃さんの癖が出てきちゃったかな……」
仲間に対しては慈母の如き優しさと包容力を見せ、敵に対しては内なる衝動に従い、興奮が冷めるまで痛めつける彼女だが、このときは珍しく仲間に対して普段は向けない筈のS心を向けていた。
「──愉しそうですね」
「ええ。間薙君とこんな風に戦うのは新鮮ですから」
「それは良かったです」
勘の良いシンは朱乃の内心に既に気付いていたが見て見ぬふりをする。朱乃の趣味に付き合う気は無いが、咎める気も無い。朱乃の好きなように戦えば良いし、シンも自分の好きなように戦う。相手に振り回されるようなことがあれば、それは相手よりも弱かったというだけのこと。
朱乃の目が妖しく輝く。何かを企んでいると感じさせる眼差し。
「──間薙君相手ならアレを使ってもいいですね」
小声で呟くと、朱乃は掌に魔力で雷を発生させる。そして、それをシン目掛けて投げ放つ。
雷鳴と共に飛ぶ雷。シンは朱乃が腕を振り抜く前に既に回避行動に移っていた。一直線に飛ぶ雷が、虚空を通り過ぎていく──かと思いきや、突如として生物のようにうねり、シンの動きを追尾してきた。
シンの目は迫る雷の違いに気付いていた。それは自然に発生する雷のような形をしておらず、生物に近い姿をしている。それは、まさに──次の瞬間シンの顔面付近で雷が弾けた。
「うお!?」
「間薙君!?」
特訓とはいえ顔面に雷が直撃したことに一誠と木場は焦った声を出してしまう。
「大丈夫ですよ」
しかし、朱乃は落ち着いた口調で二人を宥めた。
「流石ですね」
賞賛の言葉の先にはシン。翳された左掌。その掌には焦げ跡が付いている。
顔面に命中する直前に左手を割り込ませ、朱乃の雷を防御していた。ただ、流石に放電での相殺は間に合わなかった。だが、それでも平気そうにしている。シンの体は炎のときと同じく電撃を操れるようになってから耐性が出来ていた。
初見の攻撃だったのでなるべく威力を抑え、当たっても痺れて暫くの間動けなくなるぐらいの威力で放ったのだが、シンは初めて見る攻撃に対して反応してみせた。しかも、素手で受けたのに感電している様子も無い。いつの間にか電撃に対しての耐性を身に付けていたことに朱乃は内心驚いていた。
観戦していた一誠と木場も朱乃と同じように驚く。一誠は自分だったら直撃していたと思い、その光景を想像して身を震わせ、木場は初見だったのなら回避出来るかどうか五分五分であったと予想する。
『そこまでだ』
ここから更に特訓がヒートアップするかと思った矢先、この場に居ない人物の声が終了を告げる。
「アザゼル先生?」
声の方を見るとそこに居るのはレイヴェル。彼女の両手から浮かび上がる小型魔法陣を介してアザゼルの顔が映して出されている。
『よお』
魔法陣の向こう側のアザゼルが手を挙げる。
『出来る事なら立会いたかったが、色々とグリゴリの仕事もあってな。悪いがこんな形でやらせてもらう』
オーフィスの件で色々と過敏になっているが、堕天使総督としての仕事も疎かに出来ない。寧ろ、こういうときだからこそ普段通りにアザゼルは振る舞う必要がある。常人だったら壊れてしまいそうな仕事量だが、アザゼルは至って平然とこなしている。それでも体は一つなので、今のようにグリゴリ本部にいながら一誠たちの特訓の様子を監督している。
「あらあら。私としてはまだまだ出来るのですが……」
『特訓と言っても本番に向けての最終確認だ。朱乃、お前の場合は接近戦相手にどうやって捌くかを確認したかった。シン相手にそれだけ出来れば十分だ』
アザゼルは及第点を与えるが、朱乃は不完全燃焼といった様子で少し不満気な様子。
「もう少し戦いたかったですわ」
『不満か? 悪いがここまでだ。どっちも大怪我させたくないからな。欲求不満なら後でイッセーに解消でもしてもらえ』
アザゼルがそう言うと、朱乃は横目で一誠を見る。戦い後のせいか普段よりも艶があり、且つサディスティックさを感じさせる眼差しであった。
「うふふ。それもいいかもしれませんね」
意味深な発言をする朱乃に一誠は背筋を震わす。それは決して寒気だけによるものではない。
「お手柔らかに……」
「顔が気持ち悪いぞ」
「うるせぇ!」
一誠の締まりのない表情にシンがストレートな感想を言ってきたので一誠は怒声で返す。木場は二人のやりとりを苦笑していた。
パン、と手を叩く音。音の方へ注目するとレイヴェルが半眼でシンたちを見ている。
「仲がよろしいのは結構ですが、まだ特訓は終わっていませんよ?」
マネージャーとして厳しく律する、表面上は。内心ではシンたちの短いやりとりで仲の深さが伝わって来たので、レイヴェルは疎外感を覚えてしまい少々きつめの態度が出てしまった。
『おーし、次は木場だな。木場が『騎士』なのは広く知られているし、お前の『聖魔剣』も有名だ。お前が敵の立場ならどうする?』
「そうですね……」
木場は少し考えた後、自分で自分の攻略法を提示する。
「さっきの朱乃さんのときとは逆に遠距離攻撃をメインにして戦います。後は『騎士』の足を殺す為に足場を崩したりして動きに制限を掛けてもいいですね」
『分かってんじゃねぇか。……っていうかここまで理解しているのなら特訓する意味があるのか? 普段からそういうのを想定して訓練している感じもするが……』
「必要です!」
木場が真面目さは良く知っているので改めて特訓することに対し疑問を抱き始めるアザゼルであったが、そこに待ったを掛けたのはレイヴェルであった。
「特訓は特訓に過ぎませんが、それでも必要です! 本番で普段通りの実力を発揮させるには常日頃から本番を想定した特訓が必要なのです! 特訓を重ねた回数が本番でどれ程の実力を発揮出来るかに繋がります! 0.1パーセントでも実力を発揮させる為に特訓は必要なのです! っと私はこの前言った筈です! アザゼル様!」
『お、おう。そうだったな……』
レイヴェルの気迫に呑み込まれるアザゼル。魔法陣越しでもレイヴェルの異様な熱が伝わってくる。
流れでレイヴェルが言ったように今回の特訓はレイヴェルが発端で、彼女がアザゼルに監督を求め、彼が了承したことで実現した。普段から特訓などを行っている一誠たちが特別という名目でシンと戦うことに少々の疑問を抱いたが、今のようなレイヴェルの熱意に押されて結局受けてしまった。
受けてしまった以上、一誠たちに課題を与えて本番に向けての実力の方を再確認するつもりであったが、アザゼルの予想よりも一誠たちはしっかりと実力を身に付けていた。
「何かレイヴェルの方が俺たちよりもやる気じゃないか?」
「サーゼクス様にイッセー君のマネージャーを頼まれているからじゃない?」
「それはそうなんだけど……何というかそれだけではない熱意のようなものが……」
レイヴェルの熱意にやや不純な気配を感じた一誠。しかし、レイヴェルが一誠たちの中級悪魔昇級試験の為に色々とサポートしてくれているのは良く知っている。一誠はレイヴェルのサポートを非常に感謝していた。彼女のサポートが無かったら、今以上に頭を抱える毎日を送っていたに違いない。
これまでの日々を思い返し、そんな献身的なレイヴェルが不純な動機を抱えているかもしれない、と疑ってしまったことを内心反省する。
「──いや、やっぱ気のせいだわ」
先程感じたものを気のせいと判断し、今回の特訓は素直にレイヴェルが自分たちの為に用意したものであると納得する。
(……危なかったですわ)
特訓を中断させようとしていたアザゼルを説得でき、レイヴェルは心の中で安堵の息を吐く。
(間薙様と祐斗さんとの対戦! こんな好カードを中断させる訳にはいきません!)
一誠に対し好意を持っているレイヴェルだが、同時にシンのファンでもある。レーティングゲームなどに参加しないと公言している以上こういった機会が無ければシンの戦いを見学することは出来ない。
シンと木場との戦いは決して見逃すことは出来ない。彼女にとってこの二人の対戦は、彼女がシンのファンになるきっかけとなった対戦カードであった。
一誠の泥臭い戦いに惹かれる一方でシンの血と暴力のニオイがする戦いにも惹かれてしまう。悪魔としての性なのか、レイヴェル個人の趣味趣向なのか判断は付かないが、レイヴェルの脳はシンの戦いがしっかりと刻まれていた。
「では、準備の方をお願いします」
内なる興奮を押さえ、レイヴェルは表面上冷静に指示を出す。
シンは木場に背を向け、事前に与えられていた特訓内容に従って歩き出す。
五メートル、十メートルと離れて行き、最終的には木場と十五メートル程離れた位置に立った。
『準備出来たかー? 木場、さっきも言ったようにお前は遠距離相手にどんな風に対応するかの特訓だ。今からシンにお前に対して攻撃をさせる。どんな方法でもいいから五分間シンの攻撃に耐えろ』
朱乃の特訓とは違い、木場に対して課題と縛りを与えた特訓。
「防御と回避に専念すればいいということですね?」
『そうだ。近接戦ならもう言うこと無し、だからな。その反面、持久力や耐久力を見させてもらう』
一誠としては例え五分間だとしても反撃もせずシンの攻撃を受け続けることは御免被りたい。攻撃している方が性分に合っている。
アザゼルからの課題を貰っても木場はいつも通り爽やかな──否、少しだけ好戦さを混ぜた笑みであった。
「いいですね、それ。敵陣地に斬り込んで行くのも『騎士』ですが、味方陣地を守るのも『騎士』の務めですから」
顔に見合ったカッコいい台詞を言うので一誠は顔を顰める。自分では同じ台詞を言っても決まらないのが客観的に見て分かる。
「カッコつけやがって……」
「別にそんなつもりじゃないだけどね……ほら、今ってゼノヴィアが居るじゃないか? ゼノヴィアは何て言うか……一直線だし」
言葉を濁した評価をする。
「お前程器用じゃなし、大雑把だからな」
「そう言わないであげてよ……」
折角言葉を濁したのにシンが身も蓋も無い事を言う。
「──兎に角、そういうのをサポートする意味でも守りに重点を置いた戦い方をするべきだと思うんだよね。──ということでさあ、やろう!」
これ以上喋っていると愚痴に変わりそうになるので、強引に話を打ち切り、特訓へ移る。
『それじゃあ……始め』
アザゼルが合図を出し特訓が始める。尤も、木場は守りと回避に専念するだけなのでシンの出方を伺うだけ。
シンは開始の合図が出されると同時に息を吸い込む。一瞬で大量の空気を体内に取り込み、それを一気に吐き出す。吐き出された空気はシンの体内で変換され火炎となる。
シンの吐く火の息。元々はそこまで射程距離がある技ではなかったが、シンの成長により距離と威力は初期よりも遥かに強くなっており、十五メートル離れた木場にも届く。ただし、そこまで届かせるとなると加減が効かず、全力の攻撃になる。
木場の視点から見れば火の壁が迫る迫力ある光景。
だが、木場に全力で攻撃しても大丈夫だと確信していた。それを証明するように木場は『魔剣創造』により氷の剣を創造する。
『炎凍剣』と名付けられている魔剣が火の息の前に立ち塞がると、一本だと思われていたが、実は複数重なった状態になっており、それが扇状に展開。数本の『炎凍剣』がシンの火の息を止める。
火炎に対抗する為に創られた魔剣なので見た目は氷でも溶けることはせず、触れている火炎を打ち消していき、火の粉すら木場に届かせない。
(流石!)
創造された魔剣で火の息を防ぐ木場を称賛。一方で火の息を吐くシンに対しては──
(俺も赤龍帝って呼ばれるからには炎ぐらい吐いた方がいいのかな……間薙に聞いたらやり方教えてくれるか?)
──ずれた関心を抱いていた。
『炎凍剣』によりシンの火の息は完全に防がれた。通常の戦いならば、複数の『炎凍剣』を火の息の中を逆流させてシン自身を狙うところだが、これは特訓なので守りに徹する。
暫くして火の息が止まった。文字通り息切れを起こしたのかと『炎凍剣』の防御の隙間から様子を確認する。
火を吐くのを止めたシン。代わりにその両手に炎が灯る。業火が宿る両手を頭上に掲げ、二つの炎が一つに合わされ、炎は高熱のエネルギーと化す。
「あっ」
シンが何をしようとしているのか察し、木場は即座に『炎凍剣』の防御から離れる。
シンが両手を突き出すと、エネルギーは熱線となり一直線に伸びていく。『炎凍剣』が熱線を受けるが、『炎凍剣』は融解を通り越して蒸発し、熱線は遥か後方の壁に突き刺さり、命中箇所周辺をドロドロに溶かして壁の中に消えていった。
「危ないなぁ」
木場はシンの容赦無さと強引さに苦笑する。
『炎凍剣』は火を消すことに特化した魔剣である。そこでシンは熱そのものをぶつけて無理矢理突破してのけた。『炎凍剣』にも熱への耐性がある筈なのだが、シンが放った熱線の温度が耐性を易々と破る程高いということなのだろう。
熱線を放ち終えたシンは再び息を吸い込む。木場は魔剣創造により新たな魔剣を創り出そうとする。
木場は創造するより先にシンは息を吐き出す。火の息とは真逆の氷の息が吐かれ、白い靄が木場に迫る。
それに対抗して木場は燃える炎の魔剣を創造し、『炎凍剣』と同じくその魔剣で氷の息を防御する。事前に何が来るのか分かっていないと創造出来ないピンポイントの魔剣であったが、木場は何となくではあったがシンが何をしようとするのか読めていた。尤も、これが特訓であり、シンがわざと分かり易い行動をとったからであるが。
「間薙君って器用ですわねー」
氷の息を吐くシンを見ながら朱乃は感心したように言う。最初は素手で殴るだけであったが、いつの間にか氷の息を吐き、火の息を吐き、電撃を放ち、熱線を放ち、魔力剣で薙ぎ払うなど多彩な技が増えた。
「──知ってます? 朱乃さん。あいつ目からビームも出せるんですよ?」
「本当に凄いですわね……イッセー君も出せません? ビーム?」
「え!? ……見たいですか? 俺がビーム出すの?」
「はい!」
「……ドライグ。赤龍帝なら目からビームぐらい出せるか?」
『お前、ドラゴンを何だと思っているんだ……』
真剣な顔をして馬鹿なことを訊いてくる一誠に、ドライグは頭痛を覚える。
吞気に観戦している一誠たち。彼らが見ている前で不意にシンは攻撃を中断する。
次の攻撃に移るのかと思ったとき、シンの眼前を何かが通り過ぎ、床に突き刺さる。床に真っ直ぐ突き刺さるのは木場が創造した炎の魔剣。シンの攻撃を防いでいるどさくさ紛れ、一本空中へ投げ放っていたのだ。
「おーい! 攻撃するのは反則じゃなかったのかよー!」
見ていた一誠が抗議の声を上げる。
「いやぁ、今のは攻撃じゃなくて──」
『挑発だな』
木場の言葉を継いでアザゼルが説明する。
『その気になればいつでも当てられる、とアピールする為にわざとシンの目の前に落としたんだ』
「何でそんなことを……」
『特訓とはいえ、やられっぱなしも癪だったんだろ? 特訓だけど気を抜いたらこうなるぞーって言いたかったんだろうな』
「はぁ……祐斗君も男の子ですね」
「でも、急にそんなことしたら間薙も怒る──」
『──わけないだろ、気付いてたんだから』
アザゼルの指摘は正しかった。シンは落ちて来る前から魔剣の存在を感じ取っていた。だからこそ、目の前に降ってきても仰け反ることもせず、瞬きもしない。
「ふひゅっ」
空気が抜けるような、可愛らしいようなそれでいて不純な感じがする変な音が聞こえ、一誠と朱乃は音の方を反射的に見る。
「何か?」
視線の先にいたレイヴェルが二人の視線に対し、小首を傾げてキョトンとした表情を返す。
「いや、何でもない」
気のせいか或いは聞き間違えたのか。一誠たちは『何だったんだろう?』と思いながらシンと木場の方へ向き直る。
(──今のは少し気を抜き過ぎていましたわ)
やはりというべきか音源はレイヴェルであった。
涼しい顔をして男の子の面を出す木場と、木場の挑発に対して瞬きもせずクールな対応をしてのけたシン。そのシチュエーションについつい興奮が抑え切れず、はしたない声を出してしまった。一誠と朱乃に気付かれたときは内心ドキリとしたが、何事もなかったかのような振る舞いをすることで何とか切り抜けられた。
『……興奮するのも程々にしておけよ』
ただ、すぐ近くにいたアザゼルにはバッチリと聞かれていたので勘違いで済ますことは出来ない。レイヴェルは反論せず、動揺もせず淑女らしい笑みを浮かべて誤魔化す。
その面の皮の厚さにアザゼルはレイヴェルが将来大物になる予感がした。
炎、氷と来て次は朱乃のときのように電撃でも放つのかと予想し、いつでも耐電用の魔剣を創造する準備をしていた木場だが、そんな思惑とは裏腹にシンの方は構えをとらず、木場の方をじっと見ているだけ。
その状態で数秒経過する。特訓の最中でのシンの棒立ち。それが何を意味するのか木場は最初分からなかったが──
(あれ? もしかして……)
──シンを観察するように見ていてふと思い至った。
「何か躊躇しているのかい?」
木場はシンの行動からその内心を推測した。
「躊躇!? 間薙と一番縁が無い言葉だろ、それ! その気になれば死に掛けの爺さん、婆さんくらい殴り飛ばせそうな奴だぞ!」
「イッセー君、もう少し間薙君のことを信じてみてはいかがかしら?」
一誠からシンへのあんまりな評価に朱乃もつい窘めてしまう。尤も、一誠の言う通りやろうと思えば出来るので一誠の評価もあながち間違いではなかった。
「これは特訓だ。でも、もう少し難易度が上がっても僕は構わないよ」
躊躇しているそれを使うよう催促してくる。シンの方も相手が許可を出しているのなら、使わざるを得ない。
シンは左手に魔力を集めて剣の形にする。ここまでは木場たちも良く知っている。シンは、作り出した魔力剣を鞘のように右手に収めながら、そこから体を九十度捻りながら前へ一歩踏み出し、抜刀の構えとなる。
その構えを見た瞬間、木場は背筋が震えるのを止めることが出来なかった。燃焼反応のように激しく揺らいでいた魔力剣が、右手に収められるとその揺らぎを無くし、研磨されたかのような一本の剣と化している。
恐ろしいレベルでの力の圧縮と安定。それだけでも凄いのだが、木場が戦慄したのはシンのとった構え。木場の良く知る人物と何故か重なる。
(師匠……!?)
木場の剣の師であり、サーゼクスの『騎士』である沖田総司。剣に関しては素人の筈のシンだが、その構えだけは様になっていた。
木場の直感は正解である。シンの今の技が完成したのは木場の師匠のおかげである。総司も弟子にこの技が向けられる日が来るとは思ってもいない──とは言い切れない。もしかしたら、その日が来ることを予想し、木場がどう対処するのか試す試練として先を見越して用意したかもしれない。
シンは木場の指摘に何も言わなかったが、間違いではない。編み出して日が浅い技なので今のシンには手加減という器用な真似は出来ない。しようとすればシンの方が自爆する危険性がある。
技の体勢に入ったからには手加減無しの全力で放たなければならない。
「……死ぬなよ」
特訓にあるまじき台詞だが、これはシンから木場への気遣い。逆に言えばどうにかしないと木場は死ぬ。
「……あれ? これって不味いんじゃ……」
観戦していた一誠も明らかに特訓の域から超えた技を使おうとしているのに気付き、顔色を変える。
「ですが、下手に介入したら逆に被害が大きくなってしまいます」
朱乃も顔色を悪くしていたが、状況を冷静に見ていた。朱乃が言う通り、どうにかする段階はとっくに通り過ぎている。
『何で特訓でこんな事になってんだよ……』
こうならない為に色々と制限を与えたつもりだったが、そんなの知ったことかと言わんばかりに二人共勝手な行動をし、いつの間にか命のやり取りにまで発展してしまった。
シンと戦うのが余程テンションが上がるのか、木場はシンに本気を出せと言い、シンはそれにすぐに応じている。優等生に見えて利かん坊の木場と物静かなように見えて人の言うことを平然と無視するシン。二人の組み合わせが悪い方向へ働いてしまっている。
「──アザゼル様」
どうにかして二人を止めようと頭を働かせているアザゼルの思考を止めさせるレイヴェルの声。
「ここは御二人を信じましょう」
誰よりも冷静でありながら、内心ではこのシチュエーションに血液が沸騰しそうな興奮を覚えているレイヴェル。隠し切れない紅潮した頬のまま事の成り行きを見守る。
シンが動く。魔力剣が抜刀され──
(はっ──)
──気付けば抜き放たれていた。
(──やっ!?)
一誠が感想を抱いたときには既に攻撃は終えていた。
「はぁ……」
緊張から解き放たれた木場の吐息。しかし、木場の姿は見えない。何故ならば、木場は長大な魔剣の壁によって姿を隠されているからだ。
「危なかった……」
木場がやったことは最初のときと変わらず魔剣による防御。今回使用したのは、木場の魔剣の中でも禁手である聖魔剣を除けば最も攻撃力の高い魔剣。嘗て、ゼノヴィアと戦った際に使用したものである。
威力は申し分ないが、破壊力重視である為に重く、長い。そのせいで『騎士』の強みを殺してしまう。聖魔剣が切れ味で斬るのならこの魔剣は重さで潰し斬る。
ゼノヴィアに全く通じなかった以降、木場が使用することはなくなったが、今回はその重量を生かしてシンの攻撃への壁として使った。
木場の前に刃をシンの方へ向けた巨大魔剣が隙間なく並んでおり、しかもそれが五層となって過剰過ぎる程に守りを固めていた。
しかし、そんな強固な守りを作っても木場は冷や汗を流している。
シンの放った極限まで圧縮した魔力による横一文字。それは木場の巨大魔剣の壁を四層まで斬り飛ばし、五層の壁も三分の二程削った所でシンの斬撃は消失した。威力を高めた分持続力が乏しいのだ。
金属がへし折れる音がする。切れ目が入った五層目の巨大魔剣の壁が自重に耐え切れずに折れた音であった。
巨大魔剣の向こうの木場が心なしか勝ち誇ったような顔をしている。
「丁度五分だね」
「お前の勝ちでいい」
初見で先程の攻撃を防ぎ切った木場にシンは勝利を譲る。特訓なので本来ならば勝ち負けなど無いのだが。
そんなことなど些細な問題と言わんばかりに、木場は照れくさそうに笑い、シンは視線を下げ見ようによっては悔しそうにしているように見える。
まるで青春の一ページのような光景だったが──
『誰が本気でやり合えって言った! 特訓だっつってんだろうがっ!』
──アザゼルの怒号が響く。二人は納得しているようだが、本来の目的から大きく逸れているのでアザゼルは怒るのも無理はない。
『ちょっと来いお前ら!』
アザゼルが映る魔法陣前に呼び出され、そこからアザゼルの正論に次ぐ正論のお叱りを受ける。
木場は戦いの熱がすっかり冷め、頭も冷静になったのか今までのことを振り返って『やってしまった……』という表情で反省しながらアザゼルに叱られているが、シンの方はいつもの無表情で反省しているのかすら分からない。
「何かシュールな光景ですね」
「うふふ。私は新鮮な感じがしますけどね」
魔法陣はレイヴェルが展開しているので、彼女の前で説教をされているシンと木場の姿は一誠の言うようにシュールであり、普段は優等生な二人が怒られていることは朱乃の言う通り新鮮でもあった。
『──反省しておけよ? お前ら……?』
「はい」
「はい……」
アザゼルの説教は回りくどいことや嫌味っぽいことを言わない合理的なものであったので短く済んだ。ただし、内容はきついものだったので木場は精神的に疲れた表情をしている。
「──それでこの後どうするのですか? 間薙様が信用出来ないので特訓をお止めになるのですか?」
『まあ、それは──』
「アザゼル様がご立腹になるお気持ちは良く分かります。ですが、私はイッセー様のマネージャーです。ここでイッセー様だけ特訓を受けずに中断されるのは賛成しかねます」
雰囲気的に中断しそうな流れであったが、ここでレイヴェルが待ったを掛けた。
「先程のこともあって信用出来ないという気持ちがあるでしょうが、ここは敢えてイッセー様との特訓を行い、間薙様の名誉挽回を」
反省を言葉ではなく行動を見させるというレイヴェルの提案に、アザゼルは顔を顰める。
『それっぽいことを言っているが、単にイッセーとシンが戦っているのを見たいだけじゃないのか?』
「──まさか」
図星であった。先程のシンと木場の戦い。悪くはなかった。寧ろ良いとレイヴェルは思っている。だが──
(物足りない……)
──と感じている自分も居た。どうにもバイオレンスな戦いで興味を持ち、もっとバイオレンスな戦いで興奮を覚えてしまったせいでレイヴェルの趣味趣向はやや偏ってしまっている。
『……まあ、お前さんの言っていることは別に間違っちゃいねぇ。ここで中断するのも締まりが悪い。とはいえ俺たちが勝手に決めても当の本人にやる気が無いとなぁ』
アザゼルの視線が一誠へ向けられた。
「朱乃さんと木場がやったのに、俺だけやらないというのも……」
自分だけ免除されるというのも疎外感を覚える。苦しいことや痛いことを積極的に求めてはいないが、それでもやれるのならやりたいというのが一誠の意思である。
「──ということですが?」
『分かったよ。そう言うのなら続ければいい。ただし、また同じようなことになれば、俺は今すぐ仕事を放ってお前たちを殴りに行くからな……?』
圧を込めて釘を刺す。
「俺はそんなことしませんって。それで俺の特訓内容はどんなのですか?」
朱乃も木場も何かしらの枷があったので、一誠にも何かを課せられると思っていた。
『お前はそんなに器用じゃないし、やれることが決まっているから、やることは簡単だ……シンと殴り合え』
「……キャンセルって出来ます?」