ハイスクールD³   作:K/K

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陰謀、集結

 実技試験が終わった直後の一誠は、呆けた顔をしていた。

 試験の緊張感から解放されたというのもあるが、実技での戦いが想像を上回る程呆気無く終わってしまい、不完全燃焼な状態。

 

(本当に終わったのか?)

 

 半信半疑にもなってしまっており、キョロキョロと不安気な様子で周りを確認している。その様子は実技試験を受ける前よりも落ち着きがない。

 一誠が途方に暮れていると試験官が番号を呼ぶ。呼ばれたのは木場の番号。

 木場がバトルフィールドに入って行く。それを見た一誠は、呆けるのを止めて木場の応援に集中することを決めた。

 木場の対戦者もバトルフィールド内に入る。身の丈はある剣を持った『騎士』か『戦車』と思われる転生悪魔。

 

「始めて下さい!」

 

 試験官が合図を出す。一誠は木場に声援を送る。

 

「木──」

 

 その瞬間木場の姿は消え、次に現れたときには全身を打たれて地面に這いつくばった対戦者の背後に居た。

 

「……場?」

 

 一誠が声援を送る前に木場は対戦者を瞬殺してしまい、試験官も啞然としてしまっている。

 

「に、『26』番! 木場裕斗選手の勝利です!」

 

 我に返って木場の勝利を告げる。試験官が唖然としている時間の方が木場の試合時間よりも長いくらいであった。

 

「イッセー君、おめでとう」

 

 試験を終えた木場が一誠を見つけ、少し遅れて一誠の勝利を祝福する。

 

「……応援する前に終わった」

「あはは。大丈夫。気持ちはちゃんと伝わっているから」

「くっそー! 勝ち方までイケメンかよ!」

「意識しているつもりはないんだけどね」

 

 自分とは対照的な木場のスマート且つカッコイイ勝ち方にジェラシーを見せる一誠。一誠の僻みを受け、木場は苦笑する。

 二人がいつものようにしている間に朱乃の順番が回ってきた。

 朱乃は一誠と木場が見ていることに気付き、小さく手を振る。試験直前でも朱乃は普段通りであった。

 

「始めて下さい!」

 

 朱乃の実技試験は木場よりも速かった。開始と同時に閃光と轟音が鳴ったかと思えば、朱乃は対戦者に向けていた人差し指をさっさと仕舞ってしまう。

 試験官が対戦者に駆け寄る。対戦者は既に気絶していた。開始直後に放たれた朱乃の雷により一撃で失神してしまったのだ。

 

「速過ぎますって、朱乃さん……」

「流石、朱乃さん」

 

 リアス・グレモリーの『女王』に恥じぬ圧倒的勝利に一誠たちもそう言うしかなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 朱乃は二人の言葉に花のような笑みで応えた。

 

 

 ◇

 

 

 実技試験も終わり、一誠はレイヴェルに頼んで通信用魔法陣を展開してもらう。連絡先は試験会場の近くにあるホテルで待機しているアザゼル。

 

『よお。早かったな』

「はい……あのー実技試験が思ったよりも早く済んだので……」

 

 言葉を濁しているが、本音を言えば──対戦者には申し訳ないが──楽勝であった。あまりに簡単に勝ってしまったので逆に不安感を覚えてしまうぐらいである。

 

『圧倒的だったんだろ?』

 

 まるで見ていたかのような確信に満ちた言葉。一誠は思わず頷いてしまう。

 

『当然の話だ。お前らは下級悪魔だがそれは肩書きだけだ。今までの戦闘経験は下級悪魔の範疇をとっくに超えている。んでもってその経験をちゃんと糧にしているからな。下級悪魔の中でも異例の強さだ。はっきり言って実力だけなら上級悪魔クラスだ』

 

 アザゼルから評価に一誠は驚きつつ、自分のこれまでの戦いを振り返る。堕天使レイナーレの戦いを始まりとし、元七十二柱のライザー・フェニックス、グリゴリの幹部堕天使コカビエル、白龍皇ヴァーリ、匙と五大龍王ヴリトラ、曹操と英雄派チーム、北欧の神ロキに雷神トール、サイラオーグ、魔人であるマタドールとも戦ったこともあった。

 これまでの強敵との戦いを指を折りながら数え終えた一誠はポツリと呟く。

 

「……今日まで良く生きていたな、俺」

『そう思えるぐらいの死線を潜り抜けてきたんだ。これでトリアイナや真『女王』形態になったら魔王にも届くかもしれん。サイラオーグと一緒だな』

「俺たち……そんなに強くなっていたんですね……」

 

 高く評価されたことに嬉しく思うが実感が湧かない。いつも必死になって戦って来た一誠からすれば、まだまだ自分が認められる強さには至っていないと考える。

 

『実感が湧かないか? まあ、そこら辺の嚙み合わせ方はきちんとしとけよ。次は俺があれこれと口を出さないようにしておけ』

 

 今更ながらアザゼルが実技試験に対し縛りを設けたり、事前に特訓を受けさせていた理由を理解した。自分の実力を把握していない者──特に一誠──が試験で事故を起こす可能性減らす為にしてくれていたのだ。

 アザゼルが色々と言ってくれなければ一誠は試験で躊躇わず禁手を発動していただろう。対戦者に不幸な事故や二度と消えないトラウマを刻み込んでいたかもしれない。

 

「……先生。ありがとうございました」

『礼を言うなら合格してからでも遅くはねぇ……と言いたい所だが、どうせ合格しているだろうし前祝いの乾杯だっ!』

 

 通信用魔法陣の枠外であった為に気付かなかったが、アザゼルは並々に酒が注がれたグラスを掲げた後、中身を一気に煽る。

 

「先生、昼間っから酒ですか?」

『昼間から飲む酒は最高だな。特に教え子を祝って飲むとなると格別だ』

 

 アザゼルは上機嫌そうに酒を飲み続けるが、そんな彼に呆れる者が居た。

 

『アザゼル。まるでイッセーたちを祝って飲み始めたように言っているけど、それ二本目でしょ? ハイペースで飲み過ぎよ』

 

 通信用魔法陣から聞こえるリアスの声。教え子をだしにして酒を飲む理由を正当化させているアザゼルを窘めている。

 

「えぇ……連絡入れる前から酒盛りですか?」

『ふっ。それだけお前たちの実力を信じていたってことだ』

 

 ニヤリと笑いながら本音か嘘か判断し辛いことを言うアザゼル。イッセーを含めた他のメンバーをそんなアザゼルを半眼で見ていた。

 

『本気で言っているんだぜぇ? よくまあこんなメンツが巡り合って一つに集まったな、って。お前も、お前の惚れた女も出会いに恵まれているな』

「──はい。リアスは最高の女性ですし、そんな彼女に会えた俺は最高に幸運ですから」

 

 噓偽りの無い本音を口に出す一誠。通信用魔法陣に映し出されていたアザゼルはポカンとした後、顔を横に向けて枠の外に話し掛ける。

 

『おいおい、今の聞いたかよ。素面で言えないようなこと平然と言いやがったぞ。リアス、良かったな。こんなお熱い台詞を貰って……うおい、顔が真っ赤だな』

 

 映っていないリアスをアザゼルが茶化す。

 一誠も言った後に恥ずかしくなってきたのか赤面していた。

 

『お前も何赤くなってんだよ。かぁー! お熱いこって! 空気が甘ったるくなっちまう! おーい! 誰か強めの酒を持って来てくれぇ! 独り身には堪えるんだよ! この空気!』

 

 煽っているようで悔しがっているような台詞で恐らく従業員に呼び掛けているアザゼル。

 

「も、もう、それぐらいで勘弁して下さい、先生」

『……まあいいや。これ以上言ったらみっともない僻みにしかならないからな。何はともあれ試験は終わったんだ。センターの魔法陣を使って、こっちに来い。一緒に打ち上げだ』

 

 そう言うとアザゼルとの通信が切れる。アザゼルのやや強引な誘いに一誠たちは顔を見合わせて苦笑する。

 

「ここはお言葉に甘えておこうよ。アザゼル先生も労う気持ちは本当だと思うし」

「そうですね。合否はまだですが、手応えは感じています。結果が出るまでくつろぐとしましょう」

「いやぁ……まだ中間テストがあるんですよ? 朱乃さん。それが終わるまで気が抜けませんよ」

 

 一誠の言葉に木場と朱乃は目をパチクリさせる。

 

「……どうかしましたか?」

「イッセー君が真面目にテストのことを考えているのが少し意外だったから……」

「気付かない内に真面目になってきましたね、イッセー君」

 

 感慨深そうに言う二人。指摘されて一誠も初めて気付いた。

 

(俺……テストとか真面目に考えたことあったっけ?)

 

 自分でも知らぬ間に勉学に対して真摯に向き合っていることを知る。

 

「中級悪魔試験だけでなく中間テストもサポートさせて頂きますわ!」

 

 レイヴェルもやる気を見せるが──

 

「いや、レイヴェルは自分の勉強をしないとダメだろ? まだこっちの勉強にも慣れていないだろ?」

 

 ──一誠の指摘にレイヴェルは言葉を詰まらせる。図星を指されたらしい。

 

「また皆で勉強会をしようか」

「そうですね。その方が楽しいでしょうし」

 

 どうせ勉強をするのなら楽しい方が良い。中級悪魔試験のときも皆で勉強をしたので大変ではあったが苦ではなかった。

 

「はぁ……神滅具の力が勉強にも使えたらなー」

「流石の赤龍帝のパワーも中間テストでは揮えないだろうね」

「うるせぇー。どうせ俺はパワーバカですよー」

 

 木場の皮肉混じりの冗談に一誠は子供のように不貞腐れた態度をとる。朱乃とレイヴェルはその様子を見てクスクスと笑っていた。

 

 

 ◇

 

 

「やれやれ……」

 

 簡素な内装の部屋。設置されてある数少ない家具のソファーに腰を下ろしていた曹操が天井を見上げながら零す。その顔色は若干青白く、疲労の色が出ている。

 

「順調、とは言えないな。計画に遅れが出ている」

 

『禍の団』のアジトの一つで珍しく愚痴を零す曹操。

 

「かかかか。万事上手く行くと思っておるのか? まだまだその辺りが青いのう、曹操」

 

 曹操一人っきりだった筈の室内に響く老人の声。だが、曹操はそれに驚くことはしない。神出鬼没は彼らにとって代名詞のようなものであるからだ。

 

「だいそうじょう。俺だって全てが思った通りに行くと自惚れていないさ。それでも予定が大きく狂えば愚痴りたくもなる──人間だからね」

 

 ソファーに凭れながら首だけ後ろへ向け、曹操はだいそうじょうに苦笑を見せる。

 

「ヴァーリチームにマダの組み合わせは冷や汗ものだったよ。我ながら良く生き残ったもんだ」

 

 ヴァーリたちに連れ去られたオーフィスを追い掛ける過程でヴァーリ、美候、アーサーと戦ったが、そこに何故かオーフィスに力を貰って暴走したジャアクフロストと何者の要請を受けて乱入してきたマダと戦う羽目になった。

 その戦いは曹操の人生の中でも五指に入る死闘であり、戦いの中で何度も死を覚悟することとなった。結果として生き残ったが、曹操は戦いの最中に切り札を見せる程に追い詰められた。尤も、ヴァーリの切り札も切らせてみせたが。

 決して浅くない傷を負った戦い。だいそうじょうにより傷の方は既に癒えているが、神器を酷使したので精神的な疲労が残っている。他のメンバーも似たような状態であり、ヘラクレス、ジャンヌ、レオナルドはまだ本調子ではない。

 何事も万全な状態で挑めることは出来ないのは分かっているつもりだが、だからといって疲労が残っている状態で事を起こす程曹操も馬鹿ではない。

 

「本当なら今頃動いている筈だったんだがね……」

 

 曹操たちがオーフィスを狙っていることは既にバレている。そのことに関しては別に問題はない。想定内である。大事なものもう一つの狙い。

 彼らと慎重に交渉を重ねて得た密約。それがバレると今までの苦労が水泡に帰す。

 英雄派のメンバーでも曹操を含めた上位の者たちにしか知らないので外に漏れることは無いが、交渉相手側から漏れる可能性はゼロではない。秘密というものは知る者が多い程バレやすく、時間が経つ程に明かされ易くなる。

 

「こっちがバレないようにするのは当然だが、向こうも慎重に動いて欲しい所だ」

「かかかか。ただ利用されているだけかもしれんぞ?」

「向こうがこっちのことをどう思っているかなんて顔を見ていれば一発で分かるさ。散々、そういう目で見られて来た」

 

 自信ではなく自嘲に満ちた曹操の台詞。心なしか浮かべている微笑から覇気が薄れる。しかし、すぐにそれは強気に満ちた笑みによって覆い隠された。

 

「お互いに分かり易い関係さ。それなら互いにとことん利用し合うだけだ」

 

 利害は一致している。しかし、目的は一致していない。道程の中で如何に相手に悟られないよう出し抜くか。そんな危うい関係。

 

「慎重と言えば、そっちの方はどうなんだ? 『龍喰者』も大事だが、もう一つの方もバレないように進んでいるのか?」

「問題無い。『龍喰者』の為に氷の牢獄の封を緩めてくれたおかげで拙僧も忍び込むことが出来た。かかかか。久方ぶりに彼奴の顔を拝んで来たわい。あの間の抜けた面を汝にも見せてやりたかったぞ?」

 

 悪意を露骨に見せるだいそうじょう。その悪意を向ける相手が心底嫌いなのが伝わってくる。英雄派のメンバーと喋るときは頼りになる好々爺だが、今は魔人の名に相応しい死の重圧を撒き散らす。

 

「力は十分に抜き取った。せいぜいこき使わせて貰おう」

「悪い顔してるなー、僧正なのに」

 

 表情筋の無い髑髏の顔だが、曹操にはだいそうじょうがどんな顔をしているのか想像が付いた。僧正という名に相応しくない邪悪で悪意に満ちた笑顔である。

 

「──彼奴に注意を払うのは結構じゃが、女狐の動向にも目を光らせておけい」

「女狐……マザーハーロットか……」

 

 だいそうじょうは嫌っているが、曹操個人としてはマザーハーロットのことは嫌いではない。曹操の精神力を以ってしても一瞬惹かれてしまう猛毒のような魅力と麻薬のような包容力を放っている。

 目立った動きはしておらず、レオナルド関連で助力されているが、だいそうじょうが指摘しているように腹の中では何を考えているのか分からない。

 

「何やら裏で動いているようじゃしのぅ」

 

 どういう訳かマザーハーロットは帰還したシャルバ・ベルゼブブに目を付けている。何をするのか見当もつかないが、出来ることなら敵対したくないというのが曹操の本音である。

 仮に敵に回るような行動を取られた際、メンバーの一人であるレオナルドがどちら側につくのか気掛かりであった。曹操たちとはそれなりに良好な関係を築いているが、レオナルドはマザーハーロットを母のように慕っている。もし、レオナルドが離反すれば英雄派は切り札を一枚失うことになる。

 

「やれやれ……」

 

 龍神に悪魔に魔人。それらを御するには曹操は若過ぎた。掌の上で転がすなど人生を百回繰り返しても足りないだろう。

 

(だからこそ挑む甲斐がある……!)

 

 しかし、眩暈がするような高い目標だからこそ曹操は挑む。高みを見上げなければ自分が何に挑むのかすら分からない。

 

「自分で選んだ道よ。せいぜい足掻くが良い。愚痴ぐらいならば拙僧が聞いてやろう」

「ありがとう、だいそうじょう。お礼に肩でも揉んであげようか?」

「かかかか。拙僧に凝る肉など無いわ」

 

 曹操の冗談にだいそうじょうは顎を震わせて笑った。

 

 

 ◇

 

 

「ただいまー」

 

 一誠たちが転移魔法陣を通って帰宅する。

 

「我、ドライグたちを迎える」

 

 転移魔法陣の前では一誠たちの帰宅を知っていたかのようにオーフィスが待ち構えていた。その隣にはシンも居る。

 

「試験は──良かったみたいだな」

 

 一誠たち全体の雰囲気を見て、試験が上手くいったことを察する。

 

「ああ。バッチリだ……多分」

 

 一誠の自信があるような無いような返事。筆記はともかく実技が予想以上に楽勝だったせいでも今も実感を持てていない。

 

「そうか」

 

 シンは短い言葉で応える。相変わらずの無表情で試験の手応えに対して全くと言って良いほど反応が見えない。角度を変えれば見ようによっては安堵している風に映る──かもしれない。

 

「……イッセー先輩」

「おお! 小猫ちゃんも出迎えてくれて──」

 

 一誠の言葉はそこで区切られた。出迎えに来た小猫は頭髪と衣服が激しく乱れており、顔も紅潮して呼吸が荒い。妙に艶と色気を感じさせる表情をしている。

 

「こ、小猫ちゃん?」

 

 また発情期が来たのかと戦々恐々となる一誠たち。

 

「別に心配しているようなことは起こってないにゃん」

 

 一誠たちの不安を見抜いて安堵させる言葉を掛けるのは黒歌。しかし、現れた彼女の姿は小猫と変わらないぐらいに乱れている。

 

「小猫ちゃんも黒歌もどうしたんだよ? その恰好は?」

「白音が激しくって……」

 

 両頬に手を添えながらわざとらしい仕草で恥ずかしがる黒歌。

 

「激しい!? 小猫ちゃんが!?」

 

 黒歌の発言に喰い付く一誠。一誠程では無いが目を丸くするリアスたち。ゼノヴィアとアーシアは言葉の意図が分からずに首を傾げ、純真無垢な反応を見せる。シンは黒歌のリアクションに冷めた視線を向けていた。

 

「……特訓の話です」

 

 シンと同じく位冷たい視線を一誠に向ける小猫。

 

「あ、特訓……え? 小猫ちゃんと黒歌が?」

 

 不仲な関係だと思っていた姉妹が、一緒に特訓をしていると聞いて我が耳を疑う。他のメンバーも一誠と似たような表情をしている。

 

「……はい。……私は皆さんにご迷惑をお掛けした上に何日も特訓を休んでいました。……遅れを取り戻すにはこれが最適だと思いました」

 

 自らの意思で選んだことを告げる。

 

「小猫。本当に良いの?」

 

 リアスは主として彼女の心を案じて問う。実姉であるが、複雑な感情を抱く相手。強いストレスにならないかを心配する。

 

「……はい。私が選んだことです」

「そう……ならこれ以上何も言わないわ」

 

 心配が消えた訳では無いが、小猫の意思を尊重する。

 

「小猫のことは任せたわ。……でも、何かあったらそのときは覚悟してちょうだい」

「にゃははは。怖い、怖い。大丈夫。お姉ちゃんは妹を傷付けないにゃ」

 

 赤いオーラで威嚇するリアスに黒歌はおどけた態度をとる。しかし、その目は一切笑っておらず、ふざけた態度でありながら微塵も油断をしていない。

 

「はいはい。帰って早々にバチバチやってんじゃねぇぞ」

 

 乾いた音が鳴る。緊張感が帯び始めた空気にアザゼルが強制的に介入し、手を打ち鳴らして場の空気を変える。

 

「重要イベント終わったんだ。羽を伸ばすなり、次の事に備えるなり各自好きにしろ。とは言っても気を緩め過ぎるなよ。まだ重要な案件は残っているんだからな」

 

 皆の視線が自然とオーフィスに向けられる。中級悪魔昇格試験も大事なことだが、それよりももっと大事なことの前座に過ぎない。何せ悪魔の未来が懸かっていると言っても過言ではない。

 

「我、再びドライグたちを見る」

 

 オーフィスの興味もまだ一誠とドライグから離れていない。

 

「まあ、暫くは家でゆっくりとしてます」

 

 外出したい気持ちもあるが、そうなるとオーフィスも付いてくる可能性が高い──前科があるので。

 

「お前はどうすんだ?」

 

 一誠はシンの今後の予定を確認する。

 

「特に用は──」

 

 シンの言葉が途切れた。シンのポケットから鳴る振動音。マナーモードにしてある携帯電話が震えている。

 シンは着信している携帯電話を後回しにして話を続けようとするが、一誠は「出たら?」というジェスチャーをし、特に急ぐ話でもないので自分の方を後回しにさせる。

 シンは仕舞ってある携帯電話を取り出す。番号を確認し、微かに目を細めた。その番号はシンの知らない番号。間違い電話かと思ったが、シンは直感的に電話に出ることを選んだ。根拠はない。ただそうするべきと思ったからだ。

 シンが電話に出る。すると、向こう側から早速話し掛けられた。

 

「……何でお前が俺の番号を知っている?」

 

 シンの反応からして知り合いからの連絡らしいが、番号を交換する程親しい関係では無い様子。

 通話相手が何かを話す。すると、シンの視線が一瞬だけイリナの方へ向けられた。

 

「それで何の用だ?」

 

 連絡した理由を問う。すると、シンの眉間に微かに皺が寄る。分かる者から見たら困惑している反応だと察する。

 

「明日だと……?」

 

 通話相手と明日会わないかと誘われているらしい。

 

「……予定は特にない」

 

 通話相手は早口で何かを告げた後、シンの返事を待つことなく切ってしまった。

 

「……」

 

 一方的な会話内容だったせいかシンは携帯電話を耳に当てたままになっている。

 

「お前、明日誰かと会うのか?」

「……そういうことになった」

 

 シンは短く溜息を吐く。会話内容を把握し切れていない一誠たちもかなり強引な誘いだというのは理解出来た。

 

「行くのか?」

「──ああ。一応、世話になった相手だから」

「世話に……?」

 

 どんな人物なのか首を傾げる。

 

「一体、誰──」

「待て待て」

 

 電話の人物が誰なのか追究しようとするのをアザゼルが止める。

 

「あんまり相手のプライベートに踏み込むようなことはすんな。ちゃんとそういう線引きは必要だぞ?」

 

 親しき中にも礼儀あり、と言わんばかりに窘める。

 

「別にそんな大層なことじゃないですけど?」

「だからといって気軽に踏み込んでいいもんじゃねぇだろ。お前が良くとも向こうが良いとは限らん」

 

 隠す必要もないと考えるシンだが、それはあくまでシン個人の考えであるとアザゼルは指摘する。

 

「……にしても」

 

 アザゼルは何故か優し気な眼差しでシンを見た。

 

「こいつら以外で遊びに誘ってくる相手が居るんだなー、お前」

 

 一誠たち以外と交流が殆ど無いと思っていたので、遊びに誘ってくる相手が居たことを意外と思いつつ、ちゃんと他の付き合いがあることシンに温かな目で見る。

 

「そんなに意外ですか?」

 

 全員が首を縦に振った。シンが頼りになる人物なのは知っているが、本人は意図せずとも近寄りがたい雰囲気を纏っているのでシンを良く知る者たち以外との交流関係はほぼ全滅だと思っていた。

 

「──そうですか」

 

 拗ねたように視線を明後日の方へ向ける。人付き合いが壊滅的だと思われているのが不本意だった様子。

 

「……食事を奢る約束はまた今度だな」

「へ?」

 

 明後日の方向を向いたまま言ったシンに一誠は一瞬何のことか分からず呆けた声を出す。少し間を置いてから思い出した。中級悪魔試験を受ける前に合格したら食事を奢るとシンが言っていたことに。

 一誠たちが合格することを疑わないシンの台詞に一誠は苦笑した。

 

「気が早いんだよ」

 

 

 ◇

 

 

 一つの大きなイベントが終わり、各々自由行動に移る。自主練習をする者、勉強をする者、遊ぶ者と分かれて時間を潰す。

 シンも戻ってオーフィスの遊び相手の続きでもしようかと考えていたとき、再び携帯電話が震えた。

 番号を見る。今度は知っている番号であった。

 

「──何か用か?」

 

 開口一番素っ気無い言葉を発する。案の定向こうから怒鳴り声が返って来た。他の者たちに聞こえそうな大声量だが、幸い今はシン一人しか居ない。

 

「用件を言え、用件を」

 

 慣れた態度で話を先に進める。時間はあるが怒っている相手に付き合う程暇ではない。

 これ以上怒鳴っても無意味かと思ったのか、相手側はクールダウンした様子で内容を告げる。

 

「……何だと?」

 

 内容を聞いてシンは眉根を潜めた。

 

「生憎だが先約がある。残念だったな」

 

 すると、内容の続きを聞いてシンの目が僅かに見開いた。

 

「何故、お前だけじゃなくあの人も……?」

 

 ある人物の名前を出され、シンは驚いていた。

 

「……成程」

 

 そうなった経緯を説明され、一応納得する。シンとしても可能ならば応じたい所だが、そうなると先約の方をどうにかしないといけなくなる。

 

「……」

 

 シンは暫しの間沈黙する。先約と今の話、どちらを優先すべきか迷っていた。だが、すぐに一つの考えに思い至る。

 

(面倒だから引き合わせてみよう)

 

 わざわざスケジュール調整をしてあれこれ奔走するぐらいなら引き合わせて纏めてしまった方が手っ取り早い。

 何かが起こるかもしれないが、そのときはそのときだと割り切る。

 

「別にいいが、当日に──」

 

 

 

 ◇

 

 

 翌日、一誠は目を覚ます。ぼやけた目で目覚まし時計を確認する。朝と昼の境目の時間。本日は休日だが、いつも以上に眠ってしまっている。本当ならば早朝の朝練があるのだが、前日が中級悪魔試験だったことを配慮してくれたと思われる。

 

(流石にアーシアも部長もいないな……)

 

 一緒に寝ることが多い彼女たちの姿は見えない。休日でもきちんとした生活を送っているのが実に彼女たちらしかった。

 

「ふぁぁ……うおっ!?」

 

 ショボショボする眼を擦りながらベッドから降りようとする一誠だったが、部屋の隅でジッとこちらを見ているオーフィスに気付き、危うくベッドから転がり落ちそうになる。

 

「……オーフィス、何をしているんだ?」

「我、ドライグたちを見ていた」

 

 一気に目が覚める。オーフィスは相変わらず何を考えているのか分からない無表情で同じようなことを言っていた。

 

「今までずっとか?」

「我、ずっと見ていた」

「そりゃ悪かったな……」

 

 オーフィスが勝手にやったことだが、今の時間まで構ってやれていなかったことを謝る。

 

「さて……オーフィスはメシ食ったか?」

 

 オーフィスは首を横に振った。

 

「じゃあ一緒に食うか?」

 

 今度は縦に振る。

 寝間着姿のまま居間へと行く。

 

「起きたか、イッセー」

「休日だからって少しだらしないわよ?」

 

 居間では一誠の父と母がお茶を飲みつつ今まで寝ていた我が子のだらしなさに少し呆れる。

 

「イッセー君は昨日遅くまで中間テストの勉強をしていましたから」

 

 二人に茶を注ぎ直しながら朱乃がフォロー。

 

「あ、起きたんですね、イッセーさん。今、朝食を温め直しますね」

「お寝坊さんね、イッセー」

 

 アーシアは食事の準備に入り、リアスは一誠の顔を見て微笑む。

 

「アーシアが準備している間に顔を洗ってきなさい」

「はい」

 

 一誠は言われるがまま洗面所へ向かい、顔を洗って残っていた眠気を完全に飛ばす。

 

「よお、寝坊助」

 

 戻ると食卓にアザゼルが座っており、一誠を揶揄いながら容れられたコーヒーを飲んでいた。

 

「木場やゼノヴィア、イリナ、小猫は自主練しているのにお前さんはのんびりしてんなぁ」

「嫌味を言わないで下さいよー」

「まあ、真面目過ぎるのもどうかとは思うがな。偶にはお前ぐらいのんびりする必要がある」

「皮肉にしか聞こえないんですけど……」

 

 アザゼルを半眼で見ている一誠の前に温め直されたスープやスクランブルエッグ、パンが置かれていく。今日の朝食は洋風だったらしい。

 

「いただきます」

 

 パンを食べ、スクランブルエッグを食べ、スープを飲む。

 

「あれ?」

 

 スープを飲んだときに一誠は首を傾げる。

 

「味、変えたか?」

 

 いつもと味が違うような気がしてアーシアに尋ねる。

 

「そのスープ、レイヴェルさんが作ったんですよ」

「レイヴェルが?」

 

 一誠はアーシアの隣に居るレイヴェルを見た。レイヴェルは不安そうに伏し目がちで一誠を見ていた。

 

「……お口に合いませんでしたか?」

「いや、美味しいよ」

 

 お世辞ではなく本音である。いつもと違う味で少し驚いただけのこと。

 

「本当に美味しい!」

「そ、そうですか。それなら良かったですわ」

 

 赤面してさっさと引っ込んでしまう。

 

「流石だな」

「な、何が流石なんですか!?」

「次の彼女を見つけるには早くないか?」

「そんなことしません!」

 

 アザゼルの揶揄いに今度は一誠が顔を真っ赤にして否定する。

 

「くくく。そうマジに受け取るなよ。冗談だよ、冗談」

 

 悪戯に成功した子供のように笑うアザゼル。実力はともかくとして精神的な部分ではアザゼルに勝てる気がしない。一誠はこの先ずっとアザゼルとはこんな関係が続いて行くのではないかと思い、軽く身震いをする。

 

「まあ、さっきも言ったようにちゃんと休むことも大事だ。シンの奴も珍しく羽を伸ばしに行ったみたいだしな」

「……あいつ、一体誰と会うんでしょうね?」

「さあぁ? あいつの交友関係は俺も殆ど把握していないからな……意外と大物と密会しているかもな?」

「まさか」

 

 そこまで言い掛けて一誠の脳裏に疑念が生じる。シンもまた何かを持っている。それが思いもよらない出会いを手繰り寄せていてもおかしくない。

 

「まさか、な」

 

 同じ言葉を呟くが、その言葉は先程よりも語気が弱かった。

 

 

 ◇

 

 

 シンは一人とある店に足を踏み入れた。入った瞬間に突き刺さる無数の視線。シンの感覚が人一倍な為良く分かってしまう。敵意は無く興味と疑問を含まれている。

 それも当然と言えば当然のこと。シンの存在は完全に場違いであった。

 内装、客層、どれもが完全に女性向けの店であり、そこにシンという青年が入るのは目立つ。近寄りがたさを覚える綺麗な顔立ちをしているので余計に。

 店員が笑みを浮かべながら接客してくる。スムーズな接客は経験の豊富さを物語っているが、それでもシンの存在は異端らしく若干笑顔がぎこちない。

 

「申し訳ございません。只今、満席で──」

「おーい」

 

 言い終える前に店の奥にある席からのんびりとした男性の声で呼ばれた。

 

「こっちこっちー」

 

 その席からはシンの姿は見えない筈なのだが、何故か席の人物はシンが来たことに気付いている。

 シンは呼ばれるがまま声の方へ行き、声の主が座っているテーブルに同席する。

 

「おひさー。シンたん」

 

 恐らくシンのことを唯一無二の呼び名で呼ぶ青年。天界の切り札(ジョーカー)であり、『黄昏の聖槍』に次ぐ神滅具『煌天雷獄』の所持者──デュリオ・ジェズアルド。

 

「……こんな所へ呼び出した理由は何だ?」

「いやさー、美味しいもの巡りしてたら駒王町に良さげなスウィーツがあったわけ。これは食べねば! って思ってたら『そういやシンたんも近くに住んでるじゃーん』と思い出したのよ。ほら、俺たち冥界で一緒に戦った仲じゃん? あのときのお礼よ、お礼」

 

 マイペースで喋るデュリオ。天界にとって最強戦力の彼が悪魔の縄張りに入って来るのは大問題と思われる。尤も、それを抜きにしても今はタイミングが悪い。

 

「あ、ちゃんと迷惑かけないようにお忍びだし、色々と気配とか痕跡とか消してあるから大丈夫っスわ」

 

 デュリオなりに慎重に動いていることを伝えたいのだろうが、シンとしてはさっさと帰って欲しかった。何せ今は『禍の団』の象徴であるオーフィスが一誠の家にいる。デュリオの性格は把握し切れていないが、万が一それを知ってしまったら大きな問題が引き起こされるかもしれない。

 シンがデュリオの誘いに付き合ったのも彼を監視する意味もあった。

 

「何か怖い顔してない?」

 

 シンは変わらず無表情の筈だが、デュリオは何かを感じ取っていた。

 

「……急な話だがこの後連れが二人来る」

「あら?」

「約束が重なってしまった。連絡が遅れて悪かった」

 

 ダブルブッキングした上にその相手を連れて来るという、かなり印象の悪い行為を今になって伝えるシンだったが、デュリオの方は気にせずヘラヘラと笑っていた。

 

「別にいーよー。シンたんのお友達なんて俺、興味津々。どんな人?」

「すぐに分かる」

 

 そのとき、誰かが店に入ってきた。シンとデュリオは確かに感じた。

 人間の世界には無い熱と覇気を。

 

「ここで良いのか? ライザー殿」

「間違いないかと、サイラオーグ卿」

 

 

 




敵側に振り回されているなら、主人公側も振り回してこそイーブン。
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