中級悪魔試験という大きな試練が終わり、今まで張り詰めていた緊張が程よく解けた休日。すぐに忙しくなる休み明けに備えてこの日だけは心穏やかに静養する。
ただし、それは一誠たちの都合。敵はそんな都合など関係無い。
何事も無く終わるかと思われた休日。最初に異変に気が付いたのは最強のドラゴンであるオーフィスであった。
アーシアやルフェイ、レイヴェルに囲まれながらいつものように一誠とドライグの観察をしている。だが、不意に一誠に向けていた視線を離し、彼女は虚空を見詰め出す。
「……霧のニオイがする」
小さく呟かれたオーフィスの言葉。最初にその声を聞いたのは彼女の周りに集まっていたピクシーたちだったが、オーフィスの言葉の意味を理解することが出来なかった。
オーフィスが感知してから少し遅れて異変を察知したのは、離れた場所で鍛錬を行っていた小猫と黒歌の猫魈姉妹。気配察知に長けた彼女たちは空間を浸食する嫌な気配を敏感に感じていた。
「姉様……!」
普段は隠している猫耳を無意識に出し、それを動かして異変を感じ取る小猫。黒歌もまた同じように猫耳をぴくぴくと動かしている。
「ありゃりゃ。向こうも強引な感じで来たにゃん。このいやーな感じ、間違いなくあの陰険インテリ眼鏡の仕業だにゃん」
軽くを言っているがその表情は好戦的なものとなっており、既に臨戦態勢に入っている。
「──白音。さっさと赤龍帝の所へ行くにゃん。ついでにまだ気付いていないお友達に声を──」
黒歌が言い終える前に小猫は走り出していた。近くで特訓をしている筈の木場、ゼノヴィア、イリナに異変の前兆があることを告げる為に。
「うーん。迅速なのは良い事だけど、もっと落ち着きももった方が良いにゃん」
せっかちな妹の行動を良くも悪くも評価しつつ、当の本人はマイペースな様子で一誠たちの許へ向かった。
オーフィス、小猫と黒歌に続いて一誠たちも違和感を感じ取る。
その場に居る全員が周囲を見回し始め、ぼんやりと感じる違和感の正体について探し始め出す。
「どうしたんだ? イッセー? リアスさんも?」
「虫でも居たの?」
我が子とリアスらが急に不審な動きをするので一誠の両親は一誠たちを心配する。
「いや、ちょっと──」
訝しむ両親に言い訳をしようとした瞬間、そこに居る筈の両親の姿が消える。
「父さん!? 母さん!?」
親が突然消えてしまったことに一誠は驚いた後、かつてない程の焦りを覚え、顔から冷や汗が噴き出す。身内に何かが起こった。そのことが一誠の中から冷静さを奪おうとするが──
「イッセー」
──アザゼルの落ち着きに満ちた言葉が消え掛けていた冷静さを繋ぎ止め、焦る心にブレーキを掛ける。
「ア、 アザゼル先生……」
「落ち着け。よく観察しろ。消えたのはお前の両親じゃない……俺たちだ」
一誠は考えるよりも前に深呼吸をする。何かしなければならないという気持ち。しかし、無駄になことをするべきではないという気持ち。その折衷案がその場での深呼吸である。それを数度繰り返すと焦りは少し治まる。そして、アザゼルに言われたように改めて周囲を注意深く観察する。
見た目は自分の家と変わらない。だが、本能的な部分が本物ではないと訴える。同じようで全く違う場所。一誠には既視感があった。
一誠は窓に近付き、外を眺める。案の定、外には霧が漂っている。一誠に倣って外を見たアーシアは顔色を変えた。
「イッセーさん……これって!?」
「ああ。だろうよ、アーシア。この現象にあの霧! こんなことが出来る奴なんて一人しかいない!」
一誠の脳裏に浮かぶのは英雄派のメンバーであり神滅具『絶霧』のゲオルク。霧による転移や現実世界を模した大規模な異空間を創造出来るのは彼ぐらいである。
「遂に駒王町を攻めにきたか……まあ、遅かれ早かれって所か。どうする? リアス?」
アザゼルが問う。
「どうする、ですって?」
問われたリアスは笑っていた。否、度を超えた怒りで顔が引き攣って笑っているように見えただけであった。
「思い知らせてやるだけよ。──自分たちが何をしたのかを」
グレモリーとシトリーの縄張りに土足で踏み込む相手に容赦など不要。
「腹立たしいよなぁ。……俺もだ」
相手の狙いはオーフィスしか考えられない。
事は順調に進んでいた。リアスにはまだ報せていないが、サーゼクスとオーフィスを引き合わせる場を設けており、近々会わせるつもりであった。少しでも良い方向へ進める為にアザゼルは全力を尽くすつもりであった。ここでオーフィスを奪還される訳にはいかない。
そして、アザゼルはもう一つ気掛かりなことがある。オーフィスを連れ出したヴァーリたちのこと。ルフェイ、黒歌に何度か聞いたがヴァーリたちが曹操たちの足止めとして残ってから連絡は入っていない。アザゼルが助っ人として送ったマダからも何も報告は無かった。
ヴァーリもマダも簡単に死なないとは思っているが、敵が攻め込んで来た以上どうしても不安が過る。
「リアス部長! イッセー君!」
異変に気付いて慌てて戻って来た木場、ゼノヴィア、イリナ、小猫。リアスや一誠の無事を確認すると安堵の息を吐く。
「敵だな?」
「もう! 折角のお休みなのに! 空気の読めない敵ね!」
「……気を付けて下さい。そうとう広範囲に結界が張られています」
ゼノヴィア、イリナは聖剣を構え、小猫は猫耳を出して既に臨戦態勢に入っている。
「遂に来たって感じかにゃ? ヴァーリたちも粘った筈だけど……」
一足遅れて黒歌もやって来た。
「ヴァーリ様たちは大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫にゃ、ルフェイ。あのヴァーリが負けるなんて考えられないにゃ。負けそうになったら逆にパワーアップするようなタイプだし。それよりもアーサーのことを心配したらどうにゃ?」
「兄もそう簡単に死ぬような人ではありませんから」
ヴァーリを心配する一方でアーサーについてはきっぱりと断言する。薄情にも思えるが、それだけ信頼しているとも言える。
「ジャッ君も心配ですし……」
「あの生意気黒雪だるまのこと本気で心配しているのは貴女ぐらいよ。まあ、美候も居るから大丈夫でしょ」
「そうですね。美候さんも居るから……」
美候も性格的に言えば自由人だが、割とフォローも出来る。その分色々と苦労するかもしれないが。
「揃ったわね」
現在兵藤家に居る者たちが居間に集まる。
「あ、シンは居ないんだった」
唯一外出をしていたシン。彼が不在であることを仲魔を代表してピクシーが言う。
「シンは……」
リアスは苦渋に満ちた表情になる。結界の範囲が駒王町全域で、シンが駒王町内に居るのなら自分たちと同様に隔離されていることになる。その場合、孤立している可能性が高く、もしかしたらシンが会っている人物らも巻き添えになっていることも考えられる。
一誠は携帯電話でシンへ連絡を入れてみた。
「あ、繋がった! おい! そっちは大丈夫か!?」
幸い、向こうと繋がったのだが──
『──、──、──』
──雑音だらけで何を言っているのか全く分からない。
「聞こえるか? こっちが何を言っているのか分かるか?」
返って来るのは雑音のみ。通信出来たが会話には至らない。やがて、通信電波が乱れたのか勝手に切れてしまった。
「何を言っているのかさっぱり分からん……」
「連絡出来るということは、まだシンは無事なようね」
取り敢えずシンの無事は確認出来た。しかし、懸念していた通りシンもまた結界内に隔離されている。一刻も早く合流する必要が出て来る。
「通話は出来た。もしかしたら、場所によっちゃ会話ぐらいは出来るかもしれん」
それは外に出ないといけない、という意味だが、どちらにしろ一誠たちはこの場所に留まり続けるつもりはなかった。
「早く合流しないと!」
「……出来たらな」
孤立していると思われるシンを心配する一誠。アザゼルも内心では彼の身を案じていた。しかし、事が易々と自分たちの都合の良い方へ運ばないと分かっており、それ故にこれから自分たちの身に起こることへ集中する為に表面上には出さなかった。助けに行くにもまず自分たちの身の安全を確保しなければならない。
兵藤家から飛び出す一誠たち。道には霧が漂い、周囲の建物や道路には人の気配を感じられない。
「気持ち悪りぃ……」
一誠は思っていたことを素直に吐き出す。
全てが自分にとって子供の頃から見慣れた景色。だが、どれもこれもが『絶霧』の禁手によって生み出された瓜二つの偽物である。限りなく本物に近いのに一誠の本能が強い違和感を訴える。それが堪らなく不快であった。
「いつぞやの京都のように私たちだけが強制転移させられたみたいだな」
ゼノヴィアはエクス・デュランダルの柄を握りながら周りを注意深く観察した後にその結論を出す。
「……ああ。正直助かる」
駒王町の人間まで結界内に引き摺り込まれて人質にされたら手も足も出なかったかもしれない。
もし、それが父と母だったら。そう考えてしまうだけで一誠は血が沸騰する感覚を覚える。
『怒りを鎮めろ、相棒』
狭くなっていく視界。鈍っていく思考の中で脳内に響くのは頼れる相方の声。
(悪い……アザゼル先生の言った通りクールにならないとな……)
『違う』
(え?)
『今ここで怒るな、という意味だ。その怒りは敵にぶつけろ。じゃなければ勿体無い』
冷静になれとは言わず怒るタイミングを間違うな、というアドバイス。
ドライグの助言に一誠は自然と口角が上がる。
(だな!)
同意し、湧き上がった怒りに蓋を閉じる。次に怒るときは曹操たちの顔を見たときだと決めて。
「これからどうしますか? 手分けして探しますか?」
落ち着きを取り戻した一誠はリアスにこの後どうするのか訊く。
「──いえ。その必要はないみたいよ」
リアスは視線を動かす。一誠たちも同じ方向を見た。漂う霧が動き出し、道を開ける。一方でそれ以外の道に漂う霧は濃くなり、他の道を完全に見えなくしてしまう。
「来い、ということかしら」
退路を断たれている時点でその道を行くしかない。濃霧の道を進めば何処に転移させられるか分かったものではない。
「上等ですよ。お望み通りに行ってやりましょう」
罠という可能性も考慮しつつ一誠は相手の誘いに乗ることを進言する。例え罠であったとしても内側から食い破るつもりであった。
「そうね。罠だったとしても纏めて消し飛ばしてあげましょう」
リアスも一誠と同じ事を考えていた。
「気の合うカップルだな」
アザゼルが横から口を挟むと二人はシリアスな表情のまま頬を赤く染める。
「こういうときに茶化さないで!」
「茶化してねぇよ。頼もしいなと思っただけだ」
アザゼルはニヤリと笑う。他者に内面を見透かせない笑みであった。
「兎に角行くわよ!」
話を切り上げ、リアスは霧が拓かれた道を進む。眷属たちもその後を付いて行く。
道中襲撃を受けることはなかった。それが不気味さと相手の自信を感じる。道中襲わなくとも遭えば倒せるという傲慢なまでの自信を。
誘われるまま一誠たちはある場所へ辿り着いた。そこは駒王町の中心部に当たる地点であり、それを示すかのように時計塔が立てられ、それを囲うようにベンチが並べられている。
目立つ場所なので休日は恋人たちの待ち合わせ場所として良く使われる場所だが、今はカップルたちの姿は無く、代わりに一誠たちの知る人物らがベンチに座っていた。
「やあ、赤龍帝」
一誠たちが声を掛けるよりも先にベンチに座っていた青年が爽やかに笑いながら挨拶をしてくる。そして、徐に立ち上がり一誠たちへ気さく手を振る──代わりに握っていた聖槍を一閃させた。
挨拶の延長線上かと思うぐらいに自然な動作。振り抜かれた聖槍から真一文字の光の線が放たれる。
並び立つ一誠たちを纏めて薙ぎ払うかと思いきや、指を鳴らす音が響く。一誠たちへ届く前に放たれた光の線は霧散してしまった。
一誠は構えを解く。『赤龍帝の籠手』で自らを盾にして光の線を防ぐ筈であったが、その必要もなくなった。
「オーフィス……」
誰が防いでくれたのかすぐに分かった。だが、当の本人は相変わらず無表情で無反応であった。
「おや? これは予想外」
「……曹操っ!」
一誠は絞り出すように先程の攻撃を行った人物──曹操の名を呼んだ。
開幕と同時に放った攻撃は一誠への挨拶代わりのつもりであった曹操は、オーフィスがそれを防いだことに少し驚いている。
「オーフィスにも情というものが湧くらしいな」
「ああ。俺も驚いている」
曹操が隣に立つゲオルクに話し掛ける。曹操同様に彼もまたオーフィスらしからぬ行動に驚きと興味を持っていた。
「いきなり随分な挨拶だな……!」
出会い頭に攻撃を仕掛けてきたことに噛み付く一誠。曹操は聖槍を指さばきで巧みに回した後に肩に担ぎ、柄で肩をトントンと一定の間隔叩きながらクスクスと笑う。
「いやいや。あれは本当に挨拶のつもりだったんだよ。あれぐらいの攻撃じゃ赤龍帝は倒れないと思っていたからね。俺なりの信頼? という奴さ」
「何が信頼だっ」
一誠は吐き捨てるように言う。一誠からすれば一方的な、それも敵からの信頼など気色が悪いだけであった。
「そう邪険にしないでくれ。京都で会ったときよりも顔付きが良くなっていたから試したくなったんだ。──結果としては違ったが、自ら進んで盾になろうとする姿は流石だと思ったよ。サイラオーグ・バアルとの一戦は君を更なる高みに引き上げてくれたな」
冥界でのことを何で知ってんだよ、という言葉が出かけたが寸での所で呑み込んだ。あれだけ冥界を熱狂させたレーティングゲームである。その気になれば『禍の団』でも情報を仕入れることは簡単なのだろう。
「サイラオーグ・バアルとの戦い、良い試合だったじゃないか。禁手の鎧を纏った者同士の一進一退の壮絶な殴り合い。戦闘が好きな者たちからすれば垂涎ものだ。正直、俺も憧憬を覚えたよ。俺には到底無理な戦いだ。何せひ弱な人間だ」
苦笑し、悪魔に及ばない脆弱な肉体を嘆く。
曹操の台詞からしてサイラオーグとの戦いで見せた『真紅の赫龍帝』もバレている。有名になるというのも考えものだと一誠は心の中で密かに思った。
「やはり戦いは良いな。それが強敵との戦い──試練ならば尚のこと良い。その試練を乗り越えた君は称賛に値するよ、赤龍帝」
曹操はそう言い拍手を送る。すると曹操は横目でゲオルクを見た。何も言わずとも表情で『俺もやるのか?』と語っていたが、暫くして溜息を吐いた後ゲオルクも拍手をする。
煽りも含まれているだろうが半ば本気で称賛もしているらしく、曹操の茶目っ気とゲオルクの真面目さが合わさってシュールな光景になっていた。
「下馬評を覆しての若手悪魔ナンバーワンだ。おめでとう、グレモリー眷属の諸君。そして、賛辞の言葉を送らせてもらおうか。おめでとう、リアス・グレモリー。良い眷属たちだ。『禍の団』が恐ろしさを覚えるぐらいに」
「ありがとうと形だけ言っておきましょうか。テロリストの称賛が価値あるものとは思っていないから。そう言えば、言い遅れていたわね。初めてお目にかかるわ、曹操」
世界を騒がすテロリストに対して淑女として完璧な笑みで応え、リアスなりの皮肉った態度をとる。
「いつかは挨拶したいと思っていたが、こうやって言葉を交わすことが出来て感激だ、リアス・グレモリー」
「そう? ならたっぷりとその感激を味わっておきなさい。これで最期にするつもりだから」
リアスの敵意に曹操は笑みを深める。刺激的程度にしか感じていない様子。
不意に曹操の目が左右に動き、一誠たちを数えるように見た。
「おや? 人修羅──間薙シンは居ないのか?」
「会いたかったの? 残念だけど彼は不在よ」
すると、曹操はゲオルクに小声で喋り掛ける。その声は小さく、一誠たちの耳には届かない。
「転移は出来ているのか?」
「対象にはしてある。だが、ここから離れた場所に居るみたいだ。ただ……」
「どうかしたのか?」
「どうやら転移の際に何名か巻き込んだみたいだ。気配からして一般人だとは思うが……」
歯切れが悪い言い方をする。存在の小ささからしてゲオルクの言うように一般人の可能性が高いが、妙なノイズのようなものも感じ取っていた。そのノイズがゲオルクに不穏なものを感じさせる。
「それで? わざわざ駒王町を模したフィールドに私たちを転移させたのは何のつもり? 挑発目的なんてふざけた理由ではないしょうね?」
小声でやり取りをしている曹操たちに対してリアスは不快を露わにし、滲み出る紅色の魔力で髪を揺らしながら問う。
「本当ならもう少し早く顔を出すつもりだったが、色々と予定が狂ってね。場所と時間をずらす必要があったのさ。ゲオルクには随分と骨を折って貰ったよ」
曹操が横目でチラリとゲオルクを見る。ゲオルクは溜息を吐きながらずれた眼鏡の位置を直していた。言いたいことは山程ある様子だが、曹操の無茶振りは今に始まったことではないので半ば諦めている模様。
「にゃはははは。ヴァーリたちに相当手を焼いたということかにゃ?」
曹操の予定が狂った原因を察して黒歌は神経を逆撫でするような笑い声と笑みを曹操へ向けた。
「やあ。黒歌にルフェイ。──俺は悲しいよ。ヴァーリと一緒に『禍の団』を裏切るだなんて。嘗ての同胞にこの槍を向ける……こんなに胸が裂けるような悲しみはあるか?」
曹操は大袈裟に、そしてわざとらしく嘆く。一誠たちは曹操が急に演技を始め、訳の分からないことを言い出すのでポカンとしてしまうが、黒歌とルフェイには意味が通じていた。
「成程、成程。『禍の団』の中ではそういう筋書きになっているのかにゃん」
「さしずめ、私たちがオーフィス様の力に目が眩んでオーフィス様を拉致した、ということにされているのでしょうね」
「そんでもって命惜しさに宿敵である悪魔にオーフィスを対価に庇護を求めたって感じかにゃん?」
二人はサラッとした態度で現在濡れ衣を着せられていることを察した。
「いやいや! そんなのバレるだろ!」
『禍の団』に属する者なら彼らの象徴であるオーフィスが容易く拉致られるとは思っていない筈。どう考えても曹操たちの狂言を疑う。
「どうかにゃー。私たちって結構嫌われてるしー」
「力ある若者というのがおじ様方には受けが悪いみたいです」
『禍の団』から疎ましく思われていることを素直に認めてしまった。
彼らにとって事実などどうでもいいのだ。ヴァーリたちを排除する大義名分が出来た。不都合なこと、不自然なことなど喜んで目を瞑ってしまう。
「俺たちも嫌われているという自覚があったが、どうやら6:4ぐらいで君たちの方が嫌われ者だったらしい。実力があり自由に振る舞えるヴァーリたちが老人方にはよっぽど目障りだったみたいだ」
「──いつの世もそういった輩は何処にでもいるな」
曹操は小馬鹿にし、ゲオルクは嫌悪感と共に吐き捨てる。彼らにとって都合の良い存在ではあるが同時に唾棄すべき存在でもあった。
「まあ、こんなつまらない筋書きはどうでもいいさ。一番大事なのは今から為すべきことさ」
曹操はオーフィスを見る。相変わらず微笑を浮かべているが、細めた目の鋭さが違っていた。刀剣を彷彿とさせる冷たさと恐ろしさがそこには秘められている。
「曹操、我を狙う?」
オーフィスは前に出て無邪気な子供のように曹操に訊く。曹操からすればその邪気の無い態度は敵とすら認識されていない証拠だが、それでも構わなかった。針の先程の隙がそれで生じていれば儲けもの。
「ああ、オーフィス。俺たちにはオーフィスが必要だ。だが、今の貴方は必要がないと判断した」
曹操が告げた言葉に一誠は驚愕する。てっきりオーフィスを連れ戻しにやって来たと考えていたが、曹操が言っていることが本当ならば実際は──
「ちょ、ちょっと待てよ! 曹操! オーフィスはお前たちにとって首領だし、同じ『禍の団』のメンバーじゃ……」
混乱する一誠は答えを求めるように仲間たちの方を見た。リアスや彼女の眷属らは曹操の狙いを知って一誠と同じ反応をしているが、アザゼル、黒歌、ルフェイは最初から知っていたかのように平然としている。
「説明、よろしいでしょうか?」
ルフェイが挙手をし、混乱している一誠たちに説明することを求める。一誠たちは怪訝な表情をしながらも頷くとルフェイも笑顔で頷き返す。そして、同様の台詞を曹操たちにも言った。
「説明、よろしいでしょうか?」
ルフェイは笑顔であったがその笑顔には圧があった。ルフェイの傍にフェンリルが並び、牙を剥いて曹操たちを威嚇する。そして、ルフェイの背後には僅かな空間の歪みが生じており、いつでもゴグマゴグを呼び出せられる状態になっている。
許可を求めているようで実際は脅迫。曹操たちが邪魔をするのならば神喰狼と古代兵器が曹操たちに襲い掛かる。
ルフェイのえげつない脅しに曹操は苦笑しながら「手短に頼む」と言い、聖槍を構えるのを止める。
「えーとですね。事の発端はオーフィス様が赤龍帝──おっぱいドラゴンさんに会いたいというものでしたが、それと同じタイミングで私たちはオーフィス様が狙われているという情報を入手しました」
そこでヴァーリはアザゼルを通じてオーフィスと一誠が会える場を提供。同時にオーフィスを隠すことでオーフィスを狙う者たちをいぶり出した。
「何となくそうだろうな、とは思っていましたが案の定オーフィス様を狙っていたのが曹操さんたちだったということです」
「簡潔な説明、どうもありがとう」
ルフェイの説明は曹操の皮肉を混ぜた言葉によって終了する。
「話は以上だ。さて、では説明された通りにオーフィスを狙わせてもらおうかな」
担いでいた聖槍を曲芸のように回しながら構えようとする曹操。曹操が今まさに仕掛けようとして来ることに一誠たちの緊張感が高まっていく。
曹操が聖槍を構える──と、一誠たちが一秒先の光景を幻視したとき、曹操はその予想された光景を裏切るように更に一秒先の行動、瞬足を以てオーフィスへと接近し、一誠たちが止める間もなく光の刃でオーフィスの腹を貫いていた。
聖槍を回すという行動は一誠たちの注目を聖槍に集める為のパフォーマンス。意識を逸らさせている内に足に力を込め、構えに移行する段階で既に攻撃の準備を整えていた。曹操の言い分である弱い人間だからこそ出来る不意を衝く突き。故に一誠たちには曹操が予備動作もなく動いているように映っていた。
「──やれやれ。もう少し希望を持たせてくれても良かったんじゃないか?」
オーフィスに一撃を入れた曹操。だが、彼から発せられた言葉は呆れと案の定という感情が半々に含まれたもの。
突いた聖槍の穂先は確かにオーフィスの腹部を貫いている。ただし、ドレスの薄衣一枚分だけ。そこから先はいくら押し込んでも進まない。
軽口を言いながらも曹操の額からは汗が流れ出ている。押し込むだけでなく聖槍に全精神力を注ぎ込んでもいる。本来ならば見ている一誠たちにも致命傷になりかねない聖なる輝きを発する筈だが、刺されているオーフィスが力で無理矢理それを抑え込んでいた。
「そんなに、彼らを気に入っているのかい? オーフィス?」
力が入り過ぎて途切れがちになりながらオーフィスへ問う。
「──分からない。けど、我、曹操に負けない」
自分が行っていることを疑問に思いながらもオーフィスは曹操へ宣言する。
「何事も経験だと思って正面から挑んでみたが……ダメだな。これだけ差があると得るものも無い」
曹操はさっさと聖槍を抜いて後方へ下がる。聖槍を抜かれたオーフィスのドレスは当然のように無傷であった。
「オーフィス!」
一誠がオーフィスに近寄り、刺された箇所を慌てて見ている。そして、何もなかったことに困惑していた。その様子を見て曹操は呆れたように溜息を吐く。
「赤龍帝、彼女はオーフィスだぞ? 無限の存在だ。君たちですらまともに喰らえば消滅を免れない聖槍の一撃を与えても削るどころか届きもしない」
心配するだけ無駄だと遠回しに告げるが、一誠からすれば曹操の言い分こそ知ったことではない。
「知るかよ、そんなこと。刺されたら心配するのが普通だろうが!」
言い切った一誠に曹操は目を丸くし、オーフィスも心なしか目を見開いているように見えた。
「知っていると思うが、彼女はこの世で最強に近い存在なんだが?」
「それでもだ」
「オーフィスだけじゃなく、そっちも情が湧いたのかな?」
「かもな」
曹操はくっ、と短く笑う。失笑のような、呆れたような笑いであった。
「そのお人好しさは流石に俺の想定外だ」
曹操は聖槍の刃を一誠に向ける。オーフィスを守ろうとする一誠が邪魔であると認識した。
「だめだめー。赤龍帝は先約済みだにゃ」
「準備完了しました」
黒歌とルフェイの足元が光を放ち、魔法陣が浮き上がる。二つの魔法陣からは光の線が伸び、二人に間に居たフェンリルの足元にも魔法陣を描く。
「曹操、あんたのんびり過ぎ。まあ、そのおかげで準備が出来たにゃ」
「ゲオルクさんの霧の結界のせいで少々時間が掛かりましたが」
フェンリルを囲う魔法陣から光が弾ける。次の瞬間にはフェンリルは居なくなり、代わりに銀髪の青年──ヴァーリが立っていた。
「ご苦労だった黒歌、ルフェイ。……そして、また会ったな曹操」
「サプライズが多いな、今日は」
ヴァーリの登場に曹操は微笑を浮かべるが、そのこめかみからは汗が流れ落ちている。
「会っていきなりだが、殺気立っているな……誰に向けてのものだ」
ヴァーリの視線がオーフィスに向けられ、その後に一誠へ移動する。
「──まさか、兵藤一誠に向けたものじゃないだろうな?」
場の空気が一瞬で塗り替えられる。そこに引力が発生したかのように誰もがヴァーリから目を離せなくなる。
「曹操、個人的に君のことは嫌いじゃない。だが──」
ヴァーリの五指が折り曲げられ、拳を作る。それだけで呼吸を忘れてしまう程の緊張感が生まれる。
「赤龍帝は白龍皇の獲物だ」
◇
時間は遡り、とあるスイーツ店内。普段は女性客の声で賑わっている筈なのだが、今日に限って店内は声量が抑えられている。
その原因となっているのはとあるテーブル。女性客らは会話の合間合間にチラチラとそこに座る四人の男性に視線を送っていた。
一人は金髪にワインレッドの派手なスーツジャケットに下のシャツは胸元を開けて着崩した優男。危険な香りがする甘いマスクをしているが今は不機嫌なのか眉間に皺を寄せている。
その隣に座る精悍な顔をした黒髪の男性は、ワインレッドの男性とは対照的に派手さの無い黒のスーツジャケットを羽織り、ワインレッドの男と似たような着こなし方をしていた。一目で鍛えていると分かる肉体の持ち主であり、無駄の無い引き絞られた筋肉が時折衣服の間から見え、そういったものを好む女性の視線を釘付けにしている。
その向かいに座るのはふわふわとした印象を与える金髪の青年。端正な顔立ちをしているが常に緩んだ表情を若干の勿体無さを感じさせる。特徴的なのはその格好であり、何故か神父の格好をしていた。
最後に神父の隣に座る青年。格好は特に目立たない普通の私服。顔立ちは綺麗だが、他の三人と比べるとこれといった特徴はない。しかし、不思議と目を惹きつけられるような、視線を逸らしてしまいそうになるような怖いもの見たさと畏怖を同時に感じてしまう。
一人一人異なる存在感を出しており、それが同じテーブルに向き合って座っていることで店内を支配してしまう程の影響力を発揮してしまう。
「お前、どういうつもりだ……? 明らかに教会関係者を同席させやがって……」
半眼で睨むライザーがシンへ問う。待ち合わせ場所にも驚いたが、席を見るなり神父──デュリオが一緒に居ることに目を見開いた。
「俺たちを教会に売る気か?」
「その発想は無かった。──こいつは幾らで売れる?」
シンは真顔のままデュリオに訊くと、デュリオは首を傾げる。
「う~ん……幾らだろ? 結構高そう……?」
「何だ高そうって! そこはせめて高いと断言しろ!」
値踏みされることよりも少し安く見られたことにライザーは憤慨する。
「……くっ」
小さい、しかし、熱を感じさせる呼気が聞こえた。黒いスーツの男──サイラオーグが口の端を上げて笑っている。
「すまない……笑うつもりはなかったのだが、つい」
三人のやりとりがサイラオーグにとって新鮮且つ愉快なものであったので、戦い以外のことで笑いを零してしまった。
「……みっともない所をお見せしてしまいました」
ライザーは気恥ずかしくなり、気炎を下げる。
「おい。いい加減に誰なのか教えろ」
声のトーンを下げてデュリオについて紹介を求める。
「だそうだ」
「はいは~い。ども、初めまして、シンたんのお友達の方々。自分、デュリオ・ジェズアルドと申しまーす。以後、お見知りおきおー」
デュリオが名乗った瞬間にライザーの表情に緊張が走り、サイラオーグの微笑の質が変わる。
「噂に聞く『御使い』にして天界の切り札か……」
「神滅具所持者だと……どういう交友関係を持ってんだ、お前は?」
サイラオーグはデュリオを興味深そうに見る。ライザーは唖然とした後に変なものを見るような視線をシンへ向けた。
「あれ? 俺って有名人? 照れちゃうなー」
デュリオの何とも言えない態度。話に聞くよりも軽い人物であったことにライザーは本当に本人かと疑いの眼差しを向ける。
「ふふっ」
一方でサイラオーグはデュリオが実力者であることを微塵も疑っていなかった。強者故に強者のニオイのようなものが彼には分かるのだ。
「自己紹介が遅れたな。サイラオーグ・バアルだ」
「……ライザー・フェニックスだ」
サイラオーグが名乗った。そうなると名乗らない訳にも行かず、ライザーも少し遅れて自己紹介をする。
「わーお。若手悪魔ナンバーワンのサイラオーグ・バアル? それに元七十二柱のフェニックスも一緒なの? 面子が豪華過ぎない?」
デュリオもサイラオーグの名に目を見開く。天界まで届く程に有名な名らしい。
「若手悪魔ナンバーワンはリアスに譲った」
「レーティングゲームではそうかもしれませんが、個人では今でも貴方が一番だと俺は思っていますよ、サイラオーグ卿」
あくまで一番はサイラオーグだとライザーは彼の肩を持つ。
「サイラオーグ卿、か……」
「──何だよ? 文句あるのか?」
シンの小声の呟きにライザーが噛み付く。目が「余計なことは言うな」と語っている。電話で話したときはサイラオーグを呼び捨てにしていた気がするが、本人を前にすると敬称を付ける様子。媚びているというよりもライザーの礼節と思われる。
「そんな二人が何で人間界に? 俺、気になっちゃいます」
「……誘ったのは俺だ。サイラオーグ卿の息抜きになると思ったからな」
「息抜きですかい?」
「人間界は好まないと聞いたが?」
ライザー曰く炎と風のニオイが合わないとのこと。
「……冥界よりマシだと思ったからだ。正直、今のサイラオーグ卿の周囲は見ている方も息が詰まる」
顔を顰めるライザー。好かない人間界に来る程となると余程のことなのだろう。
「……ライザー殿には感謝している。俺を連れだしてくれたことに。そうでなければ今頃俺は色んな場所へ駆り出されていただろうな」
リアスとのレーティングゲームで良くも悪くもサイラオーグの環境は変わった。彼を支持していた後援者たちは敗北を理由に離れた者が何名も居たが、レーティングゲームのサイラオーグの鬼神のような戦いっぷり、そして神滅具所持者という事実が判明したことで新たな後援者も増えた。
大王派としてはサイラオーグ個人に支持者が集まるのは面白くないが、老獪故にそれを利用しようと陰で動く。一誠との激戦からまだ完全に回復していない病み上がりのサイラオーグに無理を言い、宣伝として都合よく操り、動かそうと画策していた。
人気が上がれば今度は離れた筈の後援者たちもその人気にあやかろうと戻って来る。ご丁寧に温情で戻ってきてやった、という上から目線の恩着せがましさで。
「うわー。想像するだけで嫌な空気ー」
デュリオは不快感で表情を歪める。度を超えた力を持つ者として似たような経験をしているのかもしれない。
「色んな欲を煮詰めたような最悪な環境になっていたな。もう少しサイラオーグ卿を労われって話だ」
ライザーはそんなサイラオーグの状況を見兼ねて気分転換という理由で彼を連れ出した。
「よく連れ出せたな」
「文句は言われたさ。だが、今のサイラオーグ卿を本気で止められると思っている奴は大王派にはいない」
ライザーが言うようにサイラオーグはレーティングゲームで誰もが戦慄する程の力を見せつけた。口ではどうこう言おうとも実力行使する者は居ない。
「手を出して来ない分、口は出されたがな。……あの野郎……由緒正しいフェニックス家を成金と侮辱しやがって……!」
そのときの陰口の記憶が蘇ったライザー。漏れ出した怒りが外気に触れると焦げたようなニオイが生じる。
「落ち着け」
「っと……ちっ」
シンが窘めるとライザーはバツが悪そうな表情をし、舌打ちをしてそっぽを向く。
「ライザー殿のおかげで母上の見舞いにも行けた。母上も喜んでくれた。俺に友人が居たことに」
「……身に余る光栄です」
堂々と友人発言されたライザー。相変わらずそっぽを向いていたが、気恥ずかしさでこちらを見られないようであった。
「それで休養を兼ねてこっちに来たという訳か。俺に駒王町の案内でもさせるつもりだったのか?」
「その通りだ」
完全にプライベートで来ているのでリアスたちに気付かれないように細工はしてある。だが、リアスに見つかるよりも面倒なことが起こってしまっていた。
「そしたら何故か天界の切り札と顔合わせする羽目になったがな! 自己紹介されたときはマジで俺たちを暗殺するのかと思ったぞ!」
プライドの高いライザーだが、過去の敗戦で神滅具所持者には勝てないと認めてしまっている。しかも、相手は神滅具の中で二番目に強いと言われている『煌天雷獄』。サイラオーグも強いが、彼の神滅具であるレグルスは一誠の戦いで粉々になるまで損傷したので今も療養中である。認めたくない気持ちはあるが勝てるビジョンが見えなかった。
「何でこうなったってねぇ?」
「偶然だ」
デュリオもシンもそう言うしかない。
「偶然でこうなるのかよ……!」
「約束が重なったからどうせなら会わせてみようかと思った」
「頭おかしいのか、お前は!?」
天界の将来、冥界の将来を担う存在。それが引き合わせられたらどんな事態になるのか分からない。それを悪びれる様子もなく行ったシンの神経を疑う。
「落ち着いてくれ、ライザー殿。相手に敵意が無いのは会ったときから分かっている筈だ」
「そうっス。俺はおたくらと喧嘩するつもりはないよん」
デュリオのにんまりとした笑みにライザーも警戒することに馬鹿馬鹿しさを覚えてしまう。
「──にしても何でここを待ち合わせ場所にしたんだ?」
人間界の店について詳しく知らないライザーだが、自分たちの存在が浮いているのは理解していた。今も女性たちの好奇の目が向けられているのを肌で感じる。女好きのライザーは悪い気はしなかったが、それでも気になった。
「あ、この場所指定したのは俺っス」
デュリオが手を挙げて主張する。
「お前が? 何故ここに?」
「それは──あ、店員さーん」
ライザーの質問に答える前にデュリオは傍を通り掛かった店員を呼び止める。
「これ四つ」
メニュー表を指差し、注文をすると先程の続きを述べる。
「個人的な趣味の為なんス」
「趣味?」
「美味しいもの巡りでーす。調べてたら、この店の季節限定メニューが気になっちゃって、気になっちゃって。あ、そういえば前に世話になったシンたんが居る町じゃーんってなって呼んじゃいました」
デュリオはにへっと笑う。天界の最強戦力とも噂されているデュリオが美味しいもの巡りなどという自由気まま行動をしていることも気になるが、それよりももっと気になることがあった。
「お前、シンたんなんて呼ばれているのか……?」
シンの似合わなさ過ぎる愛称にライザーが戦慄している。
「お前も呼ぶか?」
「言うぐらいなら舌を切り落とした方がマシだ」
悍ましい、と言わんばかりにライザーは顔を顰める。一方でサイラオーグは真剣な表情をし──
「……そう呼んだ方が好ましいか?」
──真面目に検討しようとしていた。
「……冗談だ」
「そうだったのか……すまない、つまらない反応をしてしまった」
同性且つ年齢の近い相手とこういった機会が少ないのかサイラオーグは距離感の詰め方に手古摺っている。
「あれ? そういうの意外とオッケーなタイプッスか? じゃあ、サイラオーグどんって呼ぼうかなー。俺のことは呼び捨てで構わないッスよ? 堅苦しい喋り方は苦手なんで」
デュリオもデュリオで一気に距離を詰めてくる。
「それなら俺も敬語は要らん。名も好きに呼んでくれ」
「いやー。サイラオーグどんは体も器もおっきいなー!」
普通に仲良くなり始めている二人にライザーは何とも言えない表情をしていた。サイラオーグの気分転換になっているのか構わないが、相手が天界の『御使い』なので複雑な心境である。
「あれ? 渋い顔してどったの? あ、そっちもライザっちて呼んでいい?」
「距離間バグってんのかお前は? あとそう呼んだら燃やすぞ……」
馴れ馴れしいデュリオに対し、ライザーはあくまで一線を引く。天界とは今は同盟関係だが、それでも本能的に歩み寄りたくない。
「あらそう? 残念ッスわ」
「こういう場所ならいいが、公の場ではサイラオーグ卿にはきちんとした言葉で話せよ?」
「えー。喋り辛いー。別にいいと思うんだけど? ねぇ?」
「俺はライザー殿も彼や間薙シンのように接してくれても別に構わないが?」
「勘弁して下さい……バレたら兄上たちに半殺しにされます……」
バアル家当主候補のサイラオーグとフェニックス家の三男のライザーでは立場が違う。その辺りは弁えている。もしも、ため口で話しているのが知られたらどんな目に遭うか想像もしたくなかった。
「お待たせしました」
店員がデュリオの注文した品をトレイに載せてやってきた。シンたちは目の前に置かれて初めてデュリオが何を注文したのかを知る。
ガラスの器に入ったそれは幾つもの層が出来ていた。一番下はカスタードクリーム、その上にスポンジケーキ、次に生クリーム、栗の甘露煮と続く。その上に細かく刻まれた栗が混ぜられた生クリームが盛り付けられ、茶色のマロンクリームを網目状にかけられ、最後に頂点に栗の渋皮煮が載せられている。
夏が過ぎ、秋の気配が感じられる今日。それを先取りするかのような季節限定の栗のパフェがシンたちのテーブルに四つ並べられる。
「来た来たー!」
お目当ての品が来てデュリオのテンションが上がる。一方でシンとライザーは沈黙していた。シンもライザーも別に甘い物が嫌いな訳ではない。しかし、目の前のパフェに対して相応の覚悟を強いられていた。何故ならこのパフェ、縦と横の幅が平均サイズの倍以上。見ているだけで血糖値が上がりそうな気分になる量である。
「……でかいな」
「見ているだけで胸やけしそうだ……」
「食べ応えありそうでしょ?」
シンとライザーは置かれたスプーンを手に取るのに若干躊躇している。
「ふむ……こういったものを食べるのは初めてだ」
サイラオーグの方は前向きであり、スプーンを手に取り何処から掬おうか真剣な表情で考えている。心なしか楽しそうにも見えた。
「じゃあ、いただきまぁす」
デュリオが先陣を切り、パフェに金属のスプーンを突き刺そうとした次の瞬間──
「──シンたん」
「ああ。分かっている」
──世界が塗り替えられ、『絶霧』の結界内へ四人は引き込まれた。
「何だこれは……!」
『絶霧』の結界に取り込まれるのが初めてのライザーは慌てて椅子から立ち上がり、周囲を確認する。あれだけいた客は全員消え、周りには薄気味悪い霧が漂うのみ。
「この霧……話に聞く『絶霧』なのか?」
「正解」
「また神滅具かよ……!」
ライザーは頭を抱えそうになる。
「『禍の団』の構成員は結構倒したけど、神滅具所持者は初めてだねぇ。こりゃ当たりッスわ」
「ふふふ。『禍の団』の討伐を何度か申し出たが、まさかこのような形で望みが叶うとはな」
異常事態に対して動じないデュリオとサイラオーグ。ライザーは頼もしいと思う一方で慌てている自分を酷く無様に思えてしまう。シンの様子を横目で見てみるが、案の定普段通りの無表情であった。
「……にしても不覚ですわ」
デュリオの声に重みが加わる。悔いている。そう感じさせる声の響き。ジョーカーと呼ばれた自分がまんまと敵の術中に嵌ったことを反省している──
「パフェ、一口も食べてないのに……」
──訳ではなく、何も置かれていないテーブルに悲しそうにスプーンを置いて美味しそうなものを目の前から取り上げられたことを悔やんでいる。
「そっちかよ!」
すると、サイラオーグがテーブルに両肘を置き、組んだ両手を口元へ持ってくる。
「……俺もだ」
「貴方もですか……」
デュリオに同調するサイラオーグにライザーは思わず呆れた声を出してしまった。
「──なら行こうか。八つ当たりでもしに」
シンが椅子から立ち上がりながらそう告げる。デュリオとサイラオーグはニヤリと笑うと答える代わりに立ち上がる。その姿を見たライザーは、背中に寒気が走った。緩い日常を送る者が戦士として切り替わったのを見た。
ライザーは密かに思う。この三人が組んで戦うのを間近で見ることは幸運なのでは、と。そして、同時に思う。この三人を敵に回した『禍の団』は不幸である、と。