空間が歪んで行くような錯覚が見える程のヴァーリの濃密な殺気。直接向けられている訳でもないのに一誠たちは緊張感で口の中が乾き、逆に体からは冷たい汗が噴き出てくる。
ヴァーリの殺気を一身に浴びる曹操はというと──
「おいおい、ゲオルク。お前の結界は外からも中からも入れないんじゃなかったのか? 『絶霧』ばかりに頼ってばかりで結界の基礎が疎かにでもなったのか?」
──ヴァーリの転移に多少は驚きつつも、涼しい顔でそれを許してしまったゲオルグを軽くからかっていた。
「俺の詰めが甘かったのは認めるが、生憎新しいタイプの転移魔法陣までは流石に対応していない」
ゲオルクは表面上クールであったが、ルフェイに向ける眼差しは突き刺すように鋭い。自分の発想に無かった魔法陣を目の前で使われたことにより、彼のプライドは大きく刺激されている。
「ゲオルクも認めざるを得ないということか。驚きの召喚法だな」
「──ああ」
敢えてゲオルクの名を出して彼を刺激する曹操。責めているのとは違う。ゲオルクに悔しさを与えることで成長の糧にさせようとしているのだ。
「……大した転移法だな」
ゲオルクが褒めるとルフェイは魔法陣が描かれていた地面を杖でなぞる。
「フェンリルちゃんとの入れ替わりによる転移法です。それでヴァーリ様を呼び寄せました」
「──そういうことか」
ルフェイの簡単な説明。そして、既に消えてしまったがヴァーリが転移される前の魔法陣の形はゲオルクの脳に既に刻まれている。それだけの材料でヴァーリが『絶霧』の結界内に入って来られたのか理解をした。
外からの侵入と内から脱出を拒絶する結界だが、ルフェイは内に既存しているフェンリルを外のヴァーリと入れ替えるという抜け道を使い、結界にヴァーリをフェンリルと誤認させたのだ。フェンリルがまだ中に居ると誤認識しているので入れ替えが起こっても結界も反応しなかった。
尤も、原理は簡単だが誤認させるには膨大且つ繊細な技術と知識が必要になる。ゲオルクの結界の性質を完全に理解しているからこそ出来る転移法であった。
「先に言っておく。もう同じ方法は通じない」
「大丈夫ですよ、ゲオルクさん。一度通じれば十分ですから」
元から使い捨ての手段であることをルフェイは笑顔で告げる。ゲオルクの冷静な表情を引き攣るぐらいに見事な煽り──ルフェイは意図していないが──である。
「オーフィス、まあ当然無事か」
ヴァーリはオーフィスの様子を確かめるが、予想通り何一つ変わっていない。そんな彼女を見詰めるヴァーリの目は僅かに鋭くなる。ヴァーリは少し怒っていた。
「オーフィス。ジャアクフロストに蛇を呑ませたな?」
「我、呑ませた」
オーフィスは素直に頷く。
「ジャアクフロストがそう望んだのか?」
「あの黒い雪精は力を渇望していた。我、それが見えていた」
オーフィスの答えにヴァーリはため息を吐く。
「くれてやるなとは言わないが、もう少し段階を踏んで欲しかった……ジャアクフロストは蛇のせいで暴走したんだぞ?」
ジャアクフロストにオーフィスが何かをして、その後に飛び出して行ったのはルフェイと黒歌も見ていた。それがオーフィスの蛇によるもので、しかも暴走していたのは初耳である。
「ジャッ君は大丈夫なんですか!? ヴァーリ様!」
「俺たちで何とか鎮めた……かなり手古摺ったがな」
「あれは俺も苦労した……」
ジャアクフロストの暴走に曹操も巻き込まれており、その時のことを思い出して遠い目をする。
「だが、蛇の影響でジャアクフロストは少し溶けていたぞ?」
「ヒホ!?」
溶けていたという発言にジャックフロストが恐れを含ませた声を上げた。恐らくはこの世界で唯一残された同胞──ジャアクフロストは否定するが──それが溶けたという発言は、ジャックフロストが独りになったときのトラウマを呼び起す。
「──まあ、今は安定している。眠り続けはいるが」
「ヒホー……」
ジャックフロストの反応を見て、ヴァーリは話の流れでジャアクフロストの現状を報せてあげた。ジャアクフロストの命の別状が無い事にジャックフロストは安堵のため息を吐く。
「ヴァーリ。俺、何も知らないんだが? マダはどうした?」
全部初耳であったアザゼルは、助っ人として送ったマダが今どうなっているのかを聞く。すると、ヴァーリは訝しげな表情をする。
「何も聞いていないのか? やりたい放題やって帰っていったぞ、奴は」
「本当、好き放題してくれたな……」
曹操はますます遠くを見詰める。
「何も知らねぇ……あいつ、俺に何も言わず普通に帰りやがったな!」
マダからの報告が中々無いので万が一の事が起こったのではないかと少し心配していた自分を馬鹿馬鹿しく思ってしまう。そもそも体の九十九パーセントがアルコールで出来ているような万年酔っ払いが事後報告するような真面目さなど欠片も持ち合わせていないことを考えるべきであった。
「……はぁ」
アザゼルが疲れたように息を吐く。これから曹操たちとの戦いだというのに一戦終えた後の精神的疲れを覚えてしまう。
「話していてあのときのことを思い出したよ。一対一の戦いの方が好みだが、あんな風に強い相手が入り乱れる戦いも中々刺激的で楽しかった」
「──まあ、悪くはない戦いだったよ。命が幾つあっても足りないと本気で思うぐらいには。あの戦いのおかげで少し自信も付いた」
ヴァーリは楽しげに言う一方で曹操は皮肉混じりであった。曹操であっても色々と覚悟が必要な戦いであったことが窺える。
「さて、ここで二戦目としようか? それとも決着をつける方が望ましいかな? 選んでくれても構わないぞ?」
どちらを選択してもヴァーリと戦うことには変わらない。曹操は実質一択な選択に苦笑する。
「それともゲオルクと一緒に戦うか? 俺は構わない。──それにしても、英雄派はお前たちだけなのか? 他のメンバーはどうした?」
曹操は答えず微笑を見せるだけ。馬鹿正直に答えるつもりはない様子。
曹操は無言で聖槍を構え、刃の先をヴァーリに向ける。明らかな挑発であった。
「やる気だな。兵藤一誠、すまないが一番手を貰った」
曹操に触発され、ヴァーリは背中から光の翼──『白龍皇の光翼』を発現させ、曹操へ向かって一直線に飛翔する。
誰も制止することなど出来なかった、というよりもヴァーリの実力を知っている故に止めるという発想が出てこなかった。また、自分の戦いの邪魔をするな、というヴァーリの無言且つ無意識な圧のせいで自然と黙ってしまう。
ヴァーリが突撃してくるのに合わせて曹操は構えていた聖槍を掲げる。その不自然な行動にヴァーリは内心で訝しむ。すると、聖槍から聖なる光が発せられた。
悪魔の血を半分しか引いていないヴァーリでも目の奥が痛む。だが、ヴァーリは逆に聖槍の光から目を逸らさない。曹操の行動はヴァーリの視界と意識を聖槍から逸らす為のものだと読んだからだ。
聖槍の輝きの中を突き抜けようとするヴァーリ。曹操の口の端が歪む。動揺ではなく喜びによって。
「やっぱりそう来るか、ヴァーリ」
まるでヴァーリの動きを予測していたかのような曹操の呟き。
刹那ヴァーリの頭の中である考えが過る。
(動きを誘導された……?)
ヴァーリが先行することも、聖槍の光に臆することなく突っ込むこともヴァーリの性格を読み、それにより誘導されたものだとしたら。
聖槍の光。それはヴァーリの注目を集める為と同時にある人物へのサポート。発せられた光により曹操の足元にあった影が伸びている。
何かに気付きそうになっているヴァーリの影と伸びた影が重なり合ったとき、ヴァーリの体がガクンと下がる。
飛んでいる筈の自分が何かに引っ張られている。ヴァーリの視線が自然と下へ向けられた。地面に浮かぶ影。曹操と重なる自分の影。ヴァーリの影が吸収されるかのように曹操の影の中へ吸い込まれていく。
原理は分からない。神器固有の能力なのかもしれないが、影が引き摺り込まれることで本体であるヴァーリも影の方へ見えない力で引っ張られる。
光翼ですぐに脱出を試みようとするが、一歩遅かった。ヴァーリの足が影に触れてしまう。そこから先は早かった。ヴァーリの体が一瞬で影の中へ消えて行く。
影の中。そこはヴァーリにとって未知なる空間であった。目を開いているのに目を閉じているかのような暗闇のみ。粘度や抵抗の無い液体の中を泳いでいるような感覚であった。
ヴァーリの体は影の中を移動させられる。そのまま影の中で放置されるものかと思っていたが違うらしい。
(もしかしたら影の中に引き摺り込むのは能力の応用で、本来は違う能力なのか?)
移動している間にヴァーリはこの影の──恐らくは影を利用した神器の能力について推測していた。
(そういえば影を操る神器使いが居たな。……どんな能力だった?)
該当する神器とその使い手の顔を思い出そうとしている間に黒一色であった影空間の中に一筋の光が差し込む。
光が強くなり、黒を塗り潰す程に輝くとヴァーリは影の外に立っていた。
「ふむ……」
ヴァーリは五感を集中させる。そうすることで一誠のドラゴンのオーラを感じ取る。オーラの強弱で距離を測る。一誠が知れば『気色悪っ!』と言いそうな技で導き出された距離は約一キロ。短時間でそこそこの距離を離された。
だが、ヴァーリからすれば一分以内に到達する距離なので大したことではない。
問題なのは──
「見た顔だな。曹操の仲間の一人だったか?」
──サングラスの男ことコンラにどれだけ時間が掛かるかである。
「白龍皇が来たか。……出来れば赤龍帝が良かったが」
「会って早々言ってくれるじゃないか」
コンラのストレートな言葉にヴァーリは苦笑する。
「──成程。『闇夜の大盾』の能力の応用か」
コンラの顔を見て神器の名と能力を思い出す。影で受けたものを別の影に転移させるカウンター系の神器。影から別の影へ移動させる能力を罠として予め曹操の影に仕込んでいたのか、とヴァーリは推測した。
「やられたな。まんまと嵌ってしまった。やるじゃないか曹操。それと、えーと……」
「コンラだ」
「そうか。失礼した」
「いや、謝らなくていいし別に覚えなくていい。所詮、俺はその程度だと自分でも分かっている。寧ろ、あの白龍皇に顔を覚えられていたことの方が驚きだ」
自虐するコンラ。だが、コンラの言っていることは悲しいことに間違ったことではなかった。十把一絡げの神器使いと十三種しか確認されていない神滅具。比べることが烏滸がましい程の差がある。
「個人的に聞きたいんだが、兵藤一誠と因縁があるのか?」
「赤龍帝と白龍皇と比べたら因縁と呼べるかどうか。ただ、俺は奴に二度負けた。だからリベンジをする。それだけだ」
サングラスの奥の瞳には揺るがぬ意思が見える。ヴァーリはそういう目が嫌いではない。
「邪魔をしたかな?」
「あんたを足止め出来るならそれでいい」
「自分から捨て駒になるつもりか?」
「……ヴァーリ。あんた意外とせっかちだな」
「うん?」
「俺が捨て駒かどうかはこの戦いが終わったときに決まる」
「──ああ。そうだな」
コンラの物言いが気に入ったのかヴァーリは戦意は強いが敵意は薄い。
「赤龍帝とは今回は縁が無かった。それだけだ」
「今回は? ……二度と会えなくなるかもしれないのに悠長な考えだ」
ヴァーリは微笑を浮かべたままであったが、体から発する圧が増す。コンラの考えが甘いと言わんばかりの威圧であった。
威圧だけでコンラは胃の中のものを全部吐き出しそうになる。細胞全てがストレスを感じているかと思ってしまう。ヴァーリと対峙しているだけで寿命が縮んでいくような感覚であった。
だが、コンラも戦いを通じて成長している。過去の二度の敗北はコンラに消えることのない敗北感を与えたが、それと同時に彼に勝利への貪欲さと不屈の闘志も与えてくれた。
「ヴァーリ、それはあんたにも言えることだろ? 赤龍帝に二度と会えなくなるのはあんたの方かもな!」
威圧に啖呵で返す。勢い任せの虚勢。しかし、言い返されたヴァーリは一瞬キョトンとした後、くくくと楽し気に笑う。
「成程。確かにそうだ」
コンラの言葉を馬鹿にせずその可能性を認めた上でヴァーリは構えた。
「付き合ってやるさ。この足止めに」
『ヴァーリ』
「言うな、アルビオン。分かってはいる」
『良く言えば度量がある。悪く言えば辛抱弱い』
「あははは。俺も自分のこの性に呆れている」
本来の目的はオーフィスの護衛であるが、コンラの挑戦を優先して今は二の次になっている。
『恰好を付けて登場して早々に罠に嵌るのは些か締まらないとは思わないか?』
「だな。まあ、曹操の手札を一枚切らせたことで良しとしよう。後は兵藤一誠たちに任せた」
ヴァーリの図太さにアルビオンは呆れを含んだ声を出す。
『……ふぅ。好きにするがいい』
「すまないな」
現在進行形で曹操の術中に嵌っていることを自覚しているが、性分のせいで戦いを避けるという選択肢が無い。
昔は弱い相手には興味無かったが、一誠との一戦の後に趣向が分かってきたのか実力が足りなくともそれを補う程の熱を持つ相手についつい惹かれてしまう。これも含めて曹操の策だとしたらやはり侮れない相手である。
「あんたに俺の名を刻んでやるよ!」
周囲の影が生物のように蠢き、地面を這ってコンラに集う。影はコンラを覆い、鎧となる。
「禁手か」
『少し前までは禁手も珍しかったというのに……最近は随分と安易になった』
「それだけ楽しい時代になったということさ」
着実に確実に変化している今にアルビオンは呆れと僅かな危機感を覚えたが、ヴァーリの方は寧ろ望むところといったかのように変わる今の時代を肯定する。
「『闇夜の獣皮』だ。名前だけは教えておく。後は戦いの中でだ」
「良いデザインだ」
少しだけ『赤龍帝の鎧』に似たコンラの禁手をヴァーリは褒める。
「禁手とその鎧のデザインの褒美だ。先手は君に譲ろう」
「──舐めている、訳じゃないよな?」
残された影が刃のような形となり、その切っ先をヴァーリへ向ける。
「そう考えているのなら……負けるのはそっちだ」
「そうか。──なら、最初から全力で行く!」
あらゆる場所に射した影が凶器となってヴァーリへ伸びていく。
「曹操の為に死ねっ! 白龍皇ぉぉぉぉ!」
◇
「ヴァーリ!?」
ヴァーリが影に呑まれて消えたのを見て、一誠は思わず叫んでいた。
「大丈夫です」
「大丈夫にゃー」
一誠を安心させるようにルフェイと黒歌が声を掛けた。
「ヴァーリ様のオーラを感じます。隔離されただけです」
「ただ霧のせいで何処にいるのか分かり難いにゃん」
転移させられただけだと分かり、一誠は一先ず安堵する。敵対することもあるが、何だかんだライバルとして目標にしている一人である。命に別条が無くて良かったと素直に思う。
「本当は赤龍帝の為に用意していたが、まあヴァーリが掛かってくれたのなら寧ろプラスかな」
曹操はヴァーリを転移させたことに笑みを見せていた。
「イレギュラーは少ない方が良い。──そろそろ頃合いか? ゲオルク?」
「ああ。準備は既に完了している。いつでも行けるぞ」
「──なら呼ぼう。地獄の窯の蓋を開けるぞ」
ゲオルクが指を鳴らす。すると、曹操とゲオルクの後方に巨大な魔法陣が出現した。
「嘘!? あんな巨大な魔法陣を仕込んでいたなんて……!」
「驚かせたかな?」
巨大魔法陣の存在に全く気付くことが出来なかったルフェイの驚く様子を見て溜飲が下がったゲオルクは小さく呟く。魔法陣から放たれる禍々しい気配。アザゼルもプレッシャーを感じていたが、それ以上に過敏に反応する者が居た。
「う、ぐぅぅ……!」
呻きながら膝を着く一誠。
「イッセー! おい! 大丈夫か!?」
アザゼルが慌てて介抱しようとする。一誠の顔色は蒼褪め、体が小刻みに震えている。
「さ、寒いんです……ア、アザゼル先生……! か、体が思うように……動かない……!」
極寒の地に放り込まれたかのような一誠は体の異常を訴える。だが、異常が起こっているのは一誠だけではない。
複数の呻き声が聞こえる。
「お前ら……!」
アザゼルが見るとリアスたちも一誠と似たような症状が起こっている。ただ、症状には個人差がありリアス、木場、アーシア、ゼノヴィア、イリナは顔色を悪くしているだけで済んでいたが、朱乃と小猫は一誠とほぼ同じ状態になっている。
黒歌とルフェイはすぐに一誠たちの状態の確認、治療を試みる。レイヴェルも焦った表情をしながら傍に居る小猫の介抱していた。ピクシーたちもレイヴェルに倣って仲間たちの体調を確認している。
「曹操! イッセーたちに何をした!?」
「信じてくれるとは思っていないが、こうなったのは俺も予想外だった。赤龍帝なら影響が出ると思っていたが……成程、赤龍帝との関わりが深い程同じような影響が出るのか。勉強になった」
一誠たちの状態を見て曹操は一人納得する。その態度はアザゼルの癇に障った。
「──ふざけてんのか? お前?」
「『
アザゼルが殺意を露わにするが、曹操はそれを遮ってある名を出す。
「この名を知っているかな? アザゼル殿?」
「ヴァーリから聞いたお前たちの奥の手のことか? それの影響なのかこれは?」
「名付けたのは俺たちだが、『龍喰者』は既に存在しているんだ、遥か昔から。『聖書の記されし神』によって」
曹操の言葉。一誠たちの状態。そして、『龍喰者』という名。ヒントが三つもあれば聡明なアザゼルはすぐに答えを導き出す。しかし、一つの答えは同時にもう一つの答えを導き出すことを意味していた。
「まさか、お前ら……! いや、彼奴らもか……!」
「察しが良い! だが遅い! 手遅れの段階で分かる答え程もどかしいものはないなぁ!」
魔法陣からまず出て来たのは何かの突起。そこから続くのは人らしき頭部、目には拘束具が付けられており視界を奪われている。次に見えてきた胴体もまた拘束具で締め付けられており、それでも足らないと言わんばかり無数の釘が打ち込められていた。胴体からは黒い羽が生え、そこにも釘が刺されている。
途中から最初に出て来た突起は十字架の先端であることに気付く。堕天使と思わしき人物は十字架に磔にされていた。だが、普通の拘束ではない。一体どんな罪を犯し、どれだけの罰を以てここまでされているのか。
全貌が露わになるにつれ、堕天使が普通の堕天使ではないことを知る。下半身は鱗に覆われ、長く伸びた尾となっている。その尾にもまた数え切れない程の釘が打ち込まれている。
上半身が堕天使、下半身がドラゴンという異形。
その異形は僅かに稼働する首を動かす。そして、一誠を見た。
一誠は心臓が跳ねるような悪寒を覚える。一誠の内にいるドライグも異形の凶悪な悪意によって呻く。
一誠に視線を向けた瞬間、視界を覆っている拘束具の隙間から血涙が流れ出す。
『オオオオオオオォォォォォォオ……!』
怨敵でも見つけたかのように異形は叫ぶ。開かれた口から覗かせる牙、撒き散らされる唾液。正気を感じさせないが、ただ負のみ決して失うことはなくそれが叫びという形になって響き渡る。
喉が裂けてしまいそうな程の絶叫。もしかしたら、実際に裂けているのかもしれない。異形の口から飛び散る唾液には血が混じっている。
異形の召喚により一誠たちの状態はますます悪化する。見えない毒に侵されているかのように。
「こ……こいつは……! やはり……! コキュートスの封印からとんでもないものを出してくれたな……!」
アザゼルは異形の正体について知っている様子であり、見たこともない程の怒りの形相となっている。
「──曰く『神の毒』。──曰く『神の悪意』。エデンにいた者たちに知恵の実を与えた禁忌の存在。今は亡き聖書の神の呪いが未だに渦巻く原初の罪」
曹操は異形の前を歩きながら詩のように異形について語る。
「これが『龍喰者』。蛇とドラゴンを嫌った神の呪いを一身に受けた天使であり、存在を抹消されたドラゴン──サマエル」
異形ことサマエルは曹操から名を出されると呼応するかのように再び叫ぶ。それが自分の名であると告げるように、抹消された世界に自分を刻み込むように。
それは遥か昔から語られる物語。エデンの園に住むアダムとイブを唆し、知恵の実を食べさせた蛇にしてドラゴン。その行為は神の逆鱗に触れ、神がドラゴンに向ける悪意、毒、呪いをその身に全て受けた存在。
神聖である筈の神が抱いてはいけない悪意。矛盾したそれを全て注ぎ込まれたことで誕生したあってはならない猛毒。存在するだけでドラゴンを絶滅しかねない上にドラゴン以外にも影響を与える。それ故にコキュートスの深奥へ封じられていた。
「実際の効果は見るまで分からなかったが……予想以上だ」
蹲る一誠たちを見て曹操は満足そうに頷く。
「下世話な話になるが、その二人が兵藤一誠のお気に入りなのかな?」
ドライグを宿している一誠と同じくらいサマエルの影響を受けている朱乃と小猫。朱乃は契約の代償としてドラゴン化した左腕からドラゴンの気を吸う術式を行っているせいで、小猫は著しく寿命を削った一誠の寿命を治す為に術による治療を行っていることが原因でドラゴンの影響を深く受けていた。日常生活に於いては全く問題無い、よりにもよってこの場で最悪の形で悪影響が出てしまっていた。
他の者たちも軽症だが震えなどの異常が起きているのは、普段から一誠と接触する機会が多いことも理由の一つだが、過去に『赤龍帝の贈り物』の譲渡によりドラゴンのオーラをその身に宿したことが主な原因である。例え残滓であってもドラゴンに関わる者は絶対に許さない。サマエルの憎悪の対象に過去も今も関係なかった。
「悠久の刻を経ても消えることなく煮詰まり、熟成され、腐り果てた神の呪いは究極の龍殺しだ。これなら無限にも届く」
「てめぇ! ハーデスもやはりグルか!」
「そう。ハーデス殿と何度も交渉してね。何重もの制限を設けた上で召喚させてもらった」
「ふざけやがってあの野郎……! 今の体制がそんなに気に食わないってのかよ……!」
冥府を司る神がテロリストに与している事実を苦々し気な表情で吐き捨てる。大きな戦いの火種になりかねない行為である。
アザゼルが憤っている間に曹操は小声でゲオルクに話し掛ける。
「ゲオルク。あの御一行様を準備させておいてくれ。あと待機させているジークフリートも結界内に入れてくれるか?」
「随分と早く動くな。それは目的を達してからじゃないのか?」
「……順調過ぎる。だからこそ嫌な予感がする……まだ確認出来ていない奴もいるしな」
ほぼ思い描いた通りに事が進んでいるが、だからこそイレギュラーに備える。
「こういうときのお前の勘は当たる。分かった」
「だいそうじょうにも伝えてくれ。そろそろ使う、と」
ゲオルクは頷き、曹操に言われた通りに指示を出す。だが、すぐにその眉間に皺が寄る。
「──ジークフリートにはすぐ繋がったが、連中との連絡が繋がらない」
「ほら見ろ。悪い勘はすぐに当たる」
もう既に好ましくない事態になっていることを察し、曹操は肩を竦める。
「──なら、さっさと目的だけは達成しないとな」
曹操は一誠を見る。敵意も殺意も無い。あるのは憐れむような、それでいて悼むような眼差し。
「敵ながら楽に逝けることを祈っているよ」
曹操が指を鳴らした瞬間、サマエルは端が裂ける程口を開く。
サマエルの口から何かが吐かれるが、心身共にサマエルの呪詛の影響を受けている一誠にはそれに反応出来る状態ではなかった。
終わった、という文字が頭に過りかけたとき、一誠の体は何かに引っ張られる。
「……え?」
自分と入れ替わるように目の前に現れたのは黒い塊。人間一人丸々包み込める大きさはあった。何を包んでいるのか。そう思った一誠の背筋に冷たい汗が噴き出す。
一誠は周りを見る。リアスたちは居る。だが、一人だけ欠けていた。彼女だけが見つからない。
「驚いた……本当に驚いたよ。そこまで感化されていたのか──オーフィス」
「オーフィスゥゥゥゥゥゥ!」
気付けば一誠はその名を叫んでいた。サマエルの呪いによる影響はまだある。しかし、身を呈して守ってくれたオーフィスを前にしてガタガタと震えていることなど出来ない。恐れる心と体を気合で動かす。
黒い塊には触手のようなものが伸びており、それはサマエルの口と繋がっている。この黒い塊そのものがサマエルの舌なのだ。
「この!」
一誠は一切の迷いなく左拳を打ち込んでいた。だが、黒い塊は波打つこともなく一誠も攻撃をしたのに手応えを感じない。
『ぐおおおおおっ!』
「ドライグ!?」
頭の中でドライグの苦鳴が聞こえ、一誠は拳を離す。黒い塊に触れた『赤龍帝の籠手』は、指関節部分がどす黒く変色している。そして、一誠の見ている間に変色した箇所が崩壊していき、『赤龍帝の籠手』は手の甲から先が無くなり手甲のような形になってしまった。
「イッセー! もう触るな! あれはお前とドライグにとって究極の天敵だ! 今のは『赤龍帝の籠手』が守ってくれたからその程度で済んだが、素手で触れていたら腕ごと腐り落ちていたぞ!」
アザゼルが二度と接触しないように声を荒げる。アザゼルも余裕が無くなるくらいに不味い状況であった。
「で、でも……!」
一誠は黒い塊を見る。塊に繋がっている触手が脈動し明らかにオーフィスから何かを吸い取っている。
「オーフィスがすぐにくたばるか! 無限の名を持つ龍神だぞ! あいつの強さを信じろ!」
アザゼルの檄が全員に飛ぶ。
「お前らっ! 歯を食い縛って抗え! リアス! ここはお前の縄張りだろうが! いつまでも情けない姿で震えてんなっ!」
気遣うような優しい言葉では効かない。今必要なのは蝕んでいる畏れを焼き尽くす怒りを生む火種となる言葉。
「言われ、なくても……! そのつもりよ……!」
アザゼルの言葉通りリアスは歯を食い縛りながら体を起こすと、黒い塊に向けて消滅の魔力を放つ。
悪魔の魔力、それも滅びの力を持つ消滅の魔力ならば効果があるのではと期待したが、黒い塊に消滅の魔力が触れると沈み込むように黒い塊の中へと消えてしまった。
「くっ!」
リアスが悔しさで表情を歪める。だが、リアスの行動は無駄ではない。主であるリアスの行動は眷属たちに強く影響する。
木場も立ち上がると周囲に聖魔剣を展開。それらを黒い塊目掛けて一斉に放つ。下手をすれば中のオーフィスも串刺しになってしまう危険性もあるが、リアスの消滅の魔力が効かない以上加減など出来ない。
黒い塊に聖魔剣が突き刺さっていき、ハリネズミ状態になる。だが、刺さったと思われた聖魔剣は次々と地面へ落ちていく。落ちた聖魔剣の剣身は半ばから消失していた。
「ダメか……!」
聖魔剣が歯が立たなかったことに木場は強い屈辱を覚える。
大なり小なり一誠の影響を受けているせいでリアスや木場たちの力はドラゴンに対する強い負を帯びている黒い塊には通じない。サマエルの呪いは蝕む毒であると同時に、ドラゴンの存在や力を否定するアンチドラゴンなのだ。
事態は一刻を争う。黒い塊からオーフィスを出すことは今の一誠たちには不可能。中からオーフィスが出て来る気配も無い。
残された選択肢は本体のサマエルを倒すこと。
決断からの行動は迅速であった。ゼノヴィアはエクス・デュランダルを振り被るとサマエル目掛けて聖なる波動を振り放つ。
サマエルの胸から上を斬り飛ばす為の斬撃。しかし、下から上に伸びてきた別の光がエクス・デュランダルの斬撃を両断してしまう。
「怖い怖い。立ち直ってすぐにそんな攻撃をしてくるとは。デュランダルもその使い手も大したものだ」
「簡単に防いでおいて良く言う。褒め言葉ではなく嫌味として受け取るぞ?」
曹操の言葉にゼノヴィアは苦虫を嚙み潰したような表情をする。
サマエルに攻撃を届かせるには曹操をどうにかしなければならない。幸い、ゲオルクの方はサマエルを制御するのに精一杯なのか参戦する様子はなかった。
「ここが決めどころか。ハーデス殿からはサマエルの使用を一度しか許可されていない。つまりここで妨害をされたら俺たちの今後の計画は頓挫する」
わざわざ自分が不利になる情報を開示する。それが相手を見くびっての行動ではないことは一誠たちも理解している。敢えて自らを追い詰めることで今まで以上の力を発揮させようとしているのだ。
普通の人間ならば追い詰められて出せられる力などたかが知れている。だが、曹操という英雄の子孫ならば話は別。誰が何と言おうとも曹操は自分の可能性を信じている。そして、如何なる逆境も乗り越えられると強く思っている。
曹操の内なる心に呼応して聖槍は輝きを増す。
「より取り見取りの強敵たちだ。ここを切り抜けられないようじゃこの槍を持つ資格はない。本気で──」
言葉が途中で途切れ、曹操は何故か空を見上げた。一誠たちもそれを訝しみ、同じく空を見上げる。
「……虹だ」
空に架かる虹。一瞬、誰もがそれに目を奪われてしまう。しかし、すぐに気付く。ここはゲオルクの神滅具によって創造された空間。普通の虹が架かるなど有り得ない。異常な事態が起こっている中で更に異常な事態が起きていることに。
「まさか……」
曹操の顔色が変わる。一誠たちはそれでこの虹が曹操たちが引き起こしたものではないことを察する。
「えっ……嘘……もしかしてデュリオさんの『煌天雷獄』?」
空の虹に心当たりがあるイリナが信じられないといった様子で呟く。
「デュリオに『煌天雷獄』だと!? 何で天界のジョーカーがここに居るんだよ!?」
「し、知らないですよ……そもそもデュリオさんは美味しいもの巡りで各地を放浪している方ですし……」
「それが偶然駒王町にやって来て、偶然巻き込まれたってか? そんなアホな話があるか……」
あまりに都合の良過ぎる話にアザゼルは自分で言って呆れてしまう。
「でも! でも! あんな事が出来るのなんてデュリオさんぐらいですよ!」
イリナが反論する。信じ難い話ではあるが、誰もそれを否定出来なかった。
「何が起こっているんだよ……」
◇
「何が起こっているのやら」
シンはそう呟き、嘆息する。少し前に一誠と電話で連絡を取ってみたが繋がるだけで会話は出来ず、仕方なく霧の漂う空間を移動していたのだが。
「状況が良く分からない……教えてくれないか?」
シンが話し掛けたのは、漆黒のローブを目深に被った男か女か分からない人物。冥界の神であるハーデスに仕える
死神の持つ大鎌は相手にダメージを与えるだけでなく生命力を刈り取る。斬られ続ければいずれ寿命が尽きてしまう。
そんな死神とシンは喋っている。吞気としか言えない態度であった。
相手を舐めた態度では死神の大鎌で命を刈り取られてしまう──と思われるかもしれないが、その心配は無用であった。死神が振るう筈の大鎌は地面に転がっている。
流石の死神も両腕をへし折られてしまうと振るうものも振るえない。
「どうなんだ?」
シンが死神に伸ばす手。本来なら目深に被ったローブから覗かせるギラギラとした目が輝いているのだが今はその輝きは無い。何故ならそこにはシンの指が捻じ込まれているからだ。
ボーリングの玉を掴むように人差し指と中指、親指の三本で死神の顔を締めつけるシン。内と外からの締め上げに死神は声無き叫びを上げ、シンの手を剥がそうとするが歪に折れ曲がった両腕ではそれも叶わない。
シンはその状態で死神を持ち上げる。あまり重くないので片腕でも簡単であった。片足を軸にして百八十度回転。シンの動きに合わせて死神も振り回される。
シンが振り返った直後に持っていた死神の胴体に大鎌が突き刺さった。背後から来ていた別の死神が振るったものである。
盾にされた死神は体を仰け反らせて硬直した後、塵になって消滅する。消滅した死神の向こう側では大鎌を持ったまま固まっている下手人の死神。
多くの命を刈ってきた死神でも同胞の命を刈るのは初めてだったのだろう。尤も、刈られた方も同胞によって葬られるとは思ってもいなかった筈。
相手の動揺など欠片も気にせずに刺していた大鎌の柄を掴んで死神を引き寄せ、胸倉のローブを掴み上げる。
暗い穴のような死神の顔がシンに向けられたタイミングでその穴目掛けて炎の息を近距離から流し込んだ。死神のローブは内側から膨れ上がると炎上して中身ごと灰になる。全てが歯車のように連動した動きであっという間に死神二体を倒してしまう。
シンは手に残った死神の残滓を払う。視界にはまだ多くの死神たちが居た。
死神たちとの戦いが始まったのはほんの少し前。もしかしたら同じく霧の結界に囚われている一誠たちと合流しようという話になり、一先ず一誠宅に向かっていたのだがその道中で何故か死神たちと遭遇してしまった。
『ちーっス。死神御一行さん。駒王町で観光ツアーっスか?』
とデュリオが挨拶をした途端に向こうから襲い掛かって来て今に至る。
次はどの死神の相手をしようかとシンが考えていたとき、側面から気配を感じる。視線だけ動かすと大鎌を振り上げている死神が見えた。
敵の攻撃に対してシンは何のアクションも示さない。避けることも防御することもしなかった。
「はぁ……」
疲れた溜息が聞こえ、大鎌を振り上げていた死神の足元から火柱が生じ、死神を焼失させる。焼け焦げた痕に炎の翼を広げているライザーが降り立つ。
「あー……全部見なかったことにしたい」
ライザーは顔を手で覆い、現実逃避した台詞を吐く。
「やっておいて良く言う」
「やらなきゃやられるだろ! 相手は死神だぞ!」
ライザーは死神と敵対していることを恐れているが、シンはふと疑問を抱く。
「フェニックスでも死神に刈られたら死ぬのか?」
「……」
言われてみたら、という表情になり明後日の方向を見て考え出すライザー。出した答えは──
「……分からん。前例が無い」
「なってみるか? 前例に?」
「燃やすぞ……」
掌から炎を出し、威嚇する。だが、すぐに炎を消してまた頭を抱える。
「くそっ……本当にどうするんだ。『禍の団』相手なら俺だって喜んで戦うさ。悪魔全体の問題だしな。だが、他勢力が関わってくるのなら話は違ってくる。死神が勝手に動く筈もないし、オリュンポスの神ハーデスが関与している筈だ……」
ライザーは上位の悪魔ではあるが、流石に問題が大き過ぎる。一悪魔が関わっていい内容ではない。
「もし、これを理由にしてハーデスと悪魔が戦争するようなことがあったら」
そのもしもを想像したライザーの顔色が一気に悪くなる。彼の頭の中では最悪のシナリオが流れており、今脳内で戦犯としてフェニックス家が取り潰された所まで進んでいた。
「向こうが攻めて来ているのにそんな話に──」
そこまで言い掛けたシンの頭に過るオーフィスの存在。ハーデスが『禍の団』と繋がっているのならオーフィスの情報があってもおかしくない。
敵の首領を匿うという言い訳のしようがない背信行為である。
「──なる訳無い……筈だ」
「何で少し言い淀んだ?」
オーフィスのことを知ればライザーがどんな反応をするのか容易に想像が付くので黙っておく。色々と面倒なことになるので。
「それにもう遅い」
「……だな」
二人の視線が向けられた先には、シンとライザー以上に死神たちを蹂躙している者たちが居た。
死神が大鎌を振り上げる。だが、振り下ろすよりも先に間合いを詰めたサイラオーグ。
「ふん!」
死神の胴体にサイラオーグの正拳が入る。すると、その死神の背後に居た別の死神の首から下が消し飛んだ。その現象は一体だけに留まらず、サイラオーグの拳の直線上にいた死神たちに次々と起こり、体の右半身や腕が消し飛ばされた死神も居た。
致命傷を負った死神たちは、自分の身に何が起こったのか理解する前に塵と化す。そして、最後にサイラオーグに直接拳を打ち込まれた死神も胴体に綺麗な穴が出来ていることに気付いた後、塵に還った。
「──まあ、こんなものか」
闘気と貫通の合わせ技による正拳突きで数体の死神を屠ったサイラオーグの台詞はやや不満気なもの。療養上がりの体がサイラオーグの思っていた以上に鈍っていることへの不甲斐なさから出たものである。自分に厳し過ぎるのではと思われるかもしれないが、サイラオーグが万全であったのなら先程の一撃で取りこぼしなど発生しなかった。
「痺れるねぇ、サイラオーグどんは。強すぎじゃない?」
塀の上に腰を下ろしているデュリオがサイラオーグの強さを讃える。そんな彼にサイラオーグは苦笑する。
「その言葉はそっくり返そう、デュリオ」
デュリオの背後には氷漬けにされ氷像と化した死神。他にも巨大な氷柱で串刺しされて身動きがとれない死神も居た。これらはデュリオが神滅具の能力の一端を使用したに過ぎない。
「やはり強いな……どちらも」
サイラオーグが強いことは知っているが、デュリオの強さも噂以上のもの。ライザーはデュリオからはサイラオーグと同じ強者の気配を感じ取り、微かに震える。
四対多という状況だが、押されているのは死神たち。時間が経過する毎にシンたちの方に戦況が傾いていく。それでも死神たちは臆することなく果敢に挑んで来る。与えられた任務を全うしようとする使命感か、それとも基から恐怖という感情が無いのか。
しかし、そんな死神たちの足掻きもシンたちの強さの前には脆くも散っていく。
戦いの中、シンとサイラオーグの目が合う。二人は直線上に並び、二人の間には複数の死神たち。合図があった訳では無い。シンパシーのようなものが言葉の代わりに交わされ、自然と体が動いていた。
シンとサイラオーグは片足を上げ、互いに向けて踏み込む。シンの足から魔力、サイラオーグの足からは闘気が発せられ、それが踏み込みにより地面に浸透。アスファルトに亀裂を生じさせながら伸びていく。
アスファルト下を走る二つの力。やがて、その力がアスファルト下で衝突。反発する力がアスファルトを突き破って噴出し、その上に居た死神たちを纏めて宙へ打ち上げた。
「何かワクワクするー。こういう風に一緒に戦うのがあんまり無いから」
空に舞う死神たちを見上げるデュリオ。
「テンション上がってきちゃうスわ」
空を指差し、円弧を描く。すると、デュリオの指の動きに合わせて空に虹が架かった。
描かれた虹はただの戯れではない。次の瞬間、刹那の煌めきと共に虹から七条の光線が射られ、打ち上げられた死神たちを全て貫く。それだけではない。残った死神たちも虹からの光線により撃ち抜かれ、塵と化す。
「……化け物ばっかだ」
苦も無く死神の集団を全滅させた光景に、ライザーは小声で思わず本音を零す。
「よっと」
デュリオは塀の上に立つ。死神の集団相手ならば座っていても一掃出来たが、ここから先はそんな余裕がないことが分かっているからだ。
空に描いた虹が攻撃であると同時にメッセージでもある。
「来いよ、『禍の団』。君らの敵、ここにいるよー」