ハイスクールD³   作:K/K

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脱落、決意

 挑発をするシンの態度に、レイヴェルは頬や瞼を細かく震わし苛立ちを露わにする。どう足掻いても結果は自分たちの勝利であるというのに、まるで弱者を見下す強者の様な振る舞い方、兄同様高いプライドを持つレイヴェルにとっては許せるものではない。

 

「貴方――!」

 

 レイヴェルがシンへと罵倒を返そうとすると、それを遮るようにカーラマインとシーリスが前へと出る。

 

「言わせておけばよろしいのです、レイヴェル様。私たちがあの自信諸共切り裂いてしまいますから」

 

 勇ましいシーリスの言葉に、暫しの間シンと二人の『騎士』に視線を行き交いさせていたが、シーリスの言葉に怒りの溜飲が下がったのかレイヴェルは腕を組み、表情から苛立った気配を消し、その上に薄らと笑みを浮かべる。

 

「分かりましたわ。いけませんわね、私としたことが安い挑発に乗るところでした。シーリス、カーラマイン、貴方たちに任せるわ」

 

 余裕を取り戻したレイヴェルが二人に指示を出すと同時に、地を蹴り『騎士』特有の超高速で残像すら残らない速度で走る。現在の強化されたシンの視力でも速いと認識する二人に迎撃の構えをとろうとするが、その前にシンの横から疾風が駆け抜けていく。

 響く剣戟の音。

 レイヴェルとシンその両者が立つ、ちょうど中間地点に於いて、三人の『騎士』が再度刃を混じり合わせる。上段から振り下ろされたカーラマインの剣を木場の右手に握る『炎凍剣』が受け、中段から胴体に向けて払われたシーリスの大剣を左手に持つ『風凪剣』の鍔を大剣の鍔に押し当て、均衡した状態を創る。

 

「先走ってごめん。でも、この決着は僕の手で着けたいんだ」

 

 背を向けたまま謝罪の言葉を述べる木場。その状態でも互角の力がせめぎ合い、剣を握る手が細かく震え続けていた。

 

「真面目な奴だな、お前も」

 

 そう言ってシンは握っていた右の拳を開き、そのまま垂れ下げる。それは全て木場に任せるという証であった。

 

「最初に言った通りだ、勝ってこい」

「ああ、任せてよ」

 

 視線は鋭くも口には笑みを浮かべる木場。すると木場は何を思ったのか突如、両手に持つ剣から手を放す。

 

『なっ!』

 

 戦いの最中に自らの武器を手放す行為に、一瞬カーラマインとシーリスの脳内は驚愕に満ち溢れてしまう。

 だが、その後に思い出す。木場の持つ『神器』の能力を。

 二本の剣を手放した木場はそのまま両手を後ろに下げ、勢いをつけて地を掬い上げるように、両手を地面すれすれを滑る様に走らせる。すると地面から左右に間隔を広げて二本の柄が生え、それを握り締めてから引き抜くと共に形状の違う魔剣が現れる。木場はその二本の魔剣で、カーラマインとシーリスを下から斬り上げる。

 コンマ一秒前に木場の『神器』について思い出していた二人は半ば条件反射で身体を動かし、下から迫る二つの斬撃をそれぞれが受け止めた。

 そこで一旦木場は距離を取る。追い詰められていくカーラマインとシーリスであったが、二人の顔には現状に対する恐怖や焦りが浮かんではおらず、カーラマインにいたっては凄絶な笑みすら浮かべている。周囲を詳細の分からない魔剣が覆っている状況である中、その胆力は見事なものであった。

 

「これほどまでとは――魔剣使い、これほど冷や汗を流す相手は久方ぶりだ」

「へえ、それは光栄だね」

「尤もその相手はお前と同じく特殊な剣を使っていたがな。――『聖剣』と『魔剣』、これも因果か」

 

 特に深い考えがあった訳でなく、ぽつりと洩らしただけのカーラマインの言葉。それは木場に劇的とも言う変化をもたらした。

 

「……その話、ぜひとも詳しく聞きたいな」

 

 尋常ならざる殺気と敵意。感情を押し殺そうとする声は低く、獲物に飢えた獣の唸り声を彷彿とさせた。強い意志が込められた瞳は、抜き身の刃の様に温度を感じさせず、目に映る者全てを傷付けようとする危うさが秘められている。その表情は、以前シンが見た木場の踏み込めなかった側面であった。

 あのときは一歩踏み込まず、ただその顔を見ていただけであった。だが今は――

 

「その様子只事ではないな……だが、敵に対しそう易々とは塩を送れないな」

「……そうかい、なら――」

 

『木場っ!』

 

 続きの言葉を紡ごうとした瞬間、木場の鼓膜を揺さぶる爆音のような音が、突き抜けるようにして脳内へと入ってくる。それが声であると認識出来たのは少し間を置いた後であった。

 校舎の窓ガラスが細かく震える程の大音量に、この空間に居る誰もが反射的にそちらの方へと顔を向けてしまう。戦いを見物していたレイヴェルは咄嗟に耳を手に押し当てて目を白黒させ、屋上を目指している小猫と一誠はその声に足を止め何事かと窓の外を見、屋上で戦っているライザーとリアスは戦いの手を止め、アーシアは体が跳ね上がるようにして驚いていた程であった。その発生源となっていたのは今まで静観をしていたシンであり、普段のシンを知っている木場からすればあのような大声を出す姿など見たことも聞いたこともなく、驚きで目を丸くする。叫んだシンは態度に怒りなどは見せず、あれほどの声量を出したのが嘘の様に静かに佇んだ状態で木場を見て口を開く。

 

「その『聖剣』とどんな因縁があるのかは知らないが、とりあえずそれは後にしてくれ。今はそれが目的じゃ無い筈だ」

「だけど――!」

「頼む、木場。その感情は後回しにしてくれ。お前にとって見過ごせない重要なことかもしれないが、それが今最優先するべきことなのか?」

 

 怒声とは一転して相手を宥める為に静かな口調で話すシン。一方で木場の方も頭の中の冷静な部分が現状を自覚しているのか、幾分態度が落ち着く。しかし、その表情には割り切れないものが含まれていた。

 

「それでもそれを優先するなら好きにしてくれ。ただ、願わくば俺はお前がリアス・グレモリーの『騎士』としてあってほしい」

 

 ほんの一瞬の間に木場の表情がいくつも変化する。怒り、悲しみ。後悔、それらの感情が過ぎ去ったとき、いつもの木場祐斗の顔がそこにあった。

 

「……ゴメン、頭が冷えたよ」

 

 申し訳なさそうに眉を下げ小さく笑うと、シンは来ているぞ、とだけ言葉を返した。

 木場が視線を戻すとすぐ側までカーラマインとシーリスが距離を詰めていた。それを見ても慌てることもなく、すぐさま手に持つ魔剣を二本とも投げ放つ。

 相手が受け止めるのを確認するよりも早く、木場は再度剣から手を放すと両手が空いた状態で剣を振るような動作に入る。

 木場の軽く握られた手の中に、地面から飛び出してきた両手持ちの魔剣の柄が完璧なタイミングで納まり、舞う土埃を切り裂いてカーラマインとシーリスへと迫る。

 同じ『騎士』から見ても異常に映る木場の武器の換装。瞬きをする暇も無く変わる剣の形状や長さに反応が追い付かなくなっていき、木場の振るう魔剣を二人で辛うじて防ぐものの、その威力に押され体勢がよろめき、崩れた姿勢のまま後方へと飛ばされたせいで着地するものの二人とも膝が折れ、致命的な隙を自ら生み出してしまう。

 

「『魔剣創造』!」

 

 『神器』の名を叫び、手に持った魔剣を投げ放つとカーラマイン、シーリスを分断するかのように二人のいる位置の中央へと刺さる。しかし、事態はそれだけでは収まらず、突き刺さった魔剣が赤い魔力の輝きを見せたかと思えた次の瞬間には、カーラマインとシーリスを囲むように数え切れない程の魔剣が地面から現れる。

 金属と金属が擦れ合う耳障りな音と共に完成された魔剣の檻、それは一誠から木場に譲渡された力を全て『魔剣創造』に込めたことによる、限定的ではあるが能力の完全開放であった。

 自分たちを囲む魔剣の威圧。それに対して息を呑む『騎士』の二人であったが、本当の脅威はこの後にやってきた。

 無数の魔剣が跋扈する中、最速を以て飛び込んでくる木場。二人の『騎士』はその姿に気付き握る剣を振るうが、木場はそれを跳躍して回避し二人の背後へと回る。

 木場の姿を追い、即座に振り向いた二人が見たのは二本の魔剣を振るおうとする木場の姿。その剣先はシーリスへと向いている。振り下ろされた魔剣を咄嗟の反応で防ぐシーリス、だが、それによって空いた胴を木場のもう一本の魔剣が貫いた。

 

「ぐっ……負けか――」

 

 貫かれたシーリスは自らの敗北を認め、その身体は光に包まれていく。が、シーリスは最後の抵抗として突き刺さった魔剣の剣身を両手で掴み、自らに固定をする。シーリスの足掻き、それはほんの僅かであったが剣を引き抜こうとする木場の動きを緩める結果をもたらした。消え行く『騎士』の片割れの姿を最後まで見る前に、カーラマインの剣が木場の足下から頭部を目指して振るわれる。木場はシーリスを貫いた剣を手放し、もう一本の魔剣を両手で握ってそれを防ごうとするが、カーラマインは防がれるよりも早く、もう一方の手を木場の顔目掛けて突き出した。その手には振るっている剣の半分程の長さの短剣が握られている。

 木場は顔を逸らしそれを避けようとするが、僅かにタイミングが遅れ、頬を掠らせそこに切傷を創る。しかし、木場はそのまま後方へと大きく跳ぶと、背後に突き刺さる魔剣の柄を片足で踏みつけ足場にするや、突き刺さる別の魔剣を両方の手で抜き放ちながら、カーラマイン目掛け、溜め込んだ脚の力を爆発させた。

 直線的な動きではあるが今までの戦いで見てきた中で最も速く、同じ『騎士』であるカーラマインの動体視力でもその影を追うことしか出来ない。

 カーラマインは奥歯を噛み締め、木場が魔剣を振り下ろすよりも先に、唯一の逃走場所として開いていた上空へと跳びあがる。僅差で木場の斬撃から身を守ることは出来たものの、カーラマイン自身この場所に逃げたことを失策だと感じていた。だが、そうしなければ木場の攻撃を防ぐことは敵わず、少しでも時間を稼ぎ事態の打破するのを狙う苦肉の策であった。

 しかし、木場も相手の狙いを既に把握しており、そして次で終わらせる方法は既に頭の中に描き終えてある。

 カーラマインの回避と同時に木場は地面に魔剣を突き立て、両足で地面を踏みしめて急停止をすると、もう一方の魔剣を深々と地面に突き刺す。

 すると、その魔剣から伝わる木場の魔力に呼応し、周囲を囲む魔剣たちが一斉に震え出すと、上空目掛けて一気に噴き上がる。

 

「なっ!」

「これで終わりだよ」

 

 木場は空にいるカーラマインに開いた掌を見せ、それをきつく閉じるとそれら全ての魔剣が剣先をカーラマインへと向け、放たれた。

 四方八方から迫る魔剣の群れを両手の剣で打ち降ろしていくが、手数を上回る魔剣の数にその抵抗は刹那の間だけカーラマインに猶予を与えたに過ぎず、やがて肩や腕、脚、胴体を魔剣が刺し貫き、その抵抗に終止符を打った。

 

「……完敗か」

「急所は外してあるから、命までは奪わないよ」

「残酷なのか甘いのかよく分からない『騎士』だなお前は――」

 

 最後にそう言った後にカーラマインは小さく笑い、光に包まれていく。

 

『ライザー・フェニックス様の『騎士』二名、リタイヤ』

 

 木場の勝利を告げるアナウンス。そして、その直後――

 

『リアス・グレモリー様の『女王』一名、リタイヤ』

 

――勝利の余韻を吹き飛ばす朱乃の敗北のアナウンス。それを聞いたシンと木場の表情は凍り付き、思わずアナウンスが聞こえた方角に顔を向けてしまう。

 その直後、背後から伝わってくる空気の振動と炙る様な熱、そして聴覚を蹂躙する爆発音。振り返るシンが見たものは、先程木場が立っていた場所から上がる黒煙であった。

 

「――木ッ」

「僕なら大丈夫だよ」

 

 黒煙の向こう側から聞こえた木場の生存を知らせる声。安堵の溜息を吐き、黒煙の中から姿を見せた木場を見てシンは頬を震わせ、そして奥歯を噛み締めた。

 木場の左膝から下は黒く焼け焦げた状態となっており、肉の一部が吹き飛ばされたのか絶えず血が流れ続け、背後に赤い線を造り続けていた。

 

「はは、少し逃げ遅れちゃったよ」

 

 困った様に笑う木場。しかし、その顔には幾筋の汗が流れており、今も神経を蝕む激痛に耐えていることが容易に想像できた。浮かべる笑みも放った言葉も、全て心配を掛けまいとする木場なりの気配り。

 足を引き摺る木場に肩を貸さそうと近寄ろうとするが、本日二度目となる上空から聞こえてくる艶のある声にその足を止めた。

 

「残念ね、また失敗。でも、全くの無駄にはならなくて良かったわ」

 

 『女王』ユーベルーナは不満そうな言葉を述べているものの、ローブの下から笑みを覗かせている。撃破までいかなかったものの、『騎士』にとって命とも言える機動力を奪ったことは大きいと考えている様子であった。

 

「うふふ、来てくれたわね、ユーベルーナ。リアス様の『女王』を撃破し『騎士』の力も削ぐなんて流石だわ」

「お褒め頂き光栄でございます。レイヴェル様」

 

 頭を垂らすユーベルーナ。レイヴェルの方も『騎士』二体を倒されたときは不機嫌な気配をありありと出していたが、自分たちの中で最強の駒であるユーベルーナの援軍と、その手土産とも言える成果にすっかり機嫌を良くする。

 

「このままライザー様の下へと向かいますか?」

「……いえ、まずは彼らから撃破しますわ。お兄様への助力はそれからでも遅くはありませんわ」

 

 僅かに思案した後に下したレイヴェルの決断。左腕が使い物にならなくなったシンと左足が使い物にならない木場、現状は最悪と言っても過言では無い。

 

「間薙くん」

 

 通信機から小さ囁く木場の声が聞こえる。

 

「返事はせず、そのままの状態で聞いてほしい。今から僕が君を逃がす為の隙を作る。その間に校舎へ向かい、イッセー君たちと合流してくれ。――安心してくれ、彼女たちは僕がここで抑える」

「木場、お前――」

「動けない『騎士』でも壁ぐらいにはなれるさ」

 

 それは出来ない、という言葉をシンは口にすることは出来なかった。木場の案自体を肯定する自らの冷静な部分がそれを阻んだからだ。満足に動けない木場と走るだけなら十分に動けるシン。供に逃げると言う選択肢はすでに無く、一人の為に一人が贄になるしかこの場を抜ける術がない。

 

「大丈夫、みんなの背中を守るのも『騎士』の役目さ」

 

 こちらの心中を察してか、木場は頼もしい笑みをシンへと向ける。シンは寸刻沈黙を続けた後、軋む程奥歯を噛んでから首を小さく縦に振る。

 それを木場は満足そうに頷き、三秒後に走るように指示を出す。

 

「三……二……一……」

 

 零と木場が口に出すと同時にシンは校舎に向かって全速力で駆け出す。それを見たユーベルーナはすぐさまその足を止めようとするが、それを飛来する木場の魔剣が阻む。

 

「邪魔を……!」

「それ以上はやらせないよ」

 

 続け様に無数の魔剣をユーベルーナに放ち続けるが、『女王』であるユーベルーナも魔術による障壁を張る。無数の魔剣の直撃は避けるものの、幾本かは障壁に突き刺さるのを見て場に留まることを危険視し、翼をはためかせると空中を高速で移動し始め、木場の魔剣の狙いが定まらないようにする。

 その間にもシンは新校舎へと到達し、木場も新校舎に近付かないよう魔剣を弾幕のように張り巡らせ、妨害を出来ないよう手助けをする。

 シンは最後に木場の方へと振り返る。木場は只頷き、シンを鼓舞するように剣を高々と掲げた。

 その姿を目に焼き付け、シンは屋上へと向かって全力で走り出す。疲労した体に階段を昇り続けさせることは酷であったが、一瞬たりとも速度は緩めることは出来ず、コンマ数秒でも早く辿り着く為に肉体を酷使し続ける。

 それが、自ら死地に残った木場に対してのシンが出来る唯一のことであった。

 

 

 

 

「一人……逃がしてしまいましたね」

「はは、大丈夫。貴女の相手は僕がしますから」

「手負いの『騎士』一人で何が出来ますか?」

「うーん。そうだね……」

 

 木場は手に握る魔剣を地面へと今残る力を行使し、グラウンドを刃と魔剣の大群へと変える。これにより木場は譲渡された力を全て出し切ったことを感じた。そして同時に今の木場の魔力ではこれ以上の魔剣を創造することが出来ないことも自覚する。

 周囲に群れなす魔剣たち、それが木場の最後の力であった。

 

「……貴女を倒す、ぐらいかな」

 

 いまだ傷口から血が溢れていく現状でも翳りを見せない木場の笑顔。木場が挑発めいた言葉を口に出した瞬間に木場の足下に魔法陣が描かれる。

 だが、既にその身にそれの脅威を刻まれていた木場は、魔法陣が爆炎を上げるよりも早く、片足とは思えない程の瞬発性を以て魔法陣の中から抜け出すと、その直後に魔法陣から爆風と炎が昇る。

 その風圧に髪は乱され、熱によって頬の炙られていく感触を味わう木場。両足が健在ならば影響の少ない場所まで移動することが可能であったが、いまは直撃のみを避けるので精一杯であった。

 地面を転がるようにして、グラウンドから突き出ている魔剣を握り、周囲の魔剣をユーベルーナへと投擲。だが、ユーベルーナは風を裂いて進むそれらを指一本動かして、創り出した魔法陣から発生する爆発で撃ち落とす。

 全ての魔剣を撃ち落としたユーベルーナは木場へと目を向けるが、そこに居る筈の木場の姿は無い。魔剣と爆発との打ち合いに乗じて姿を消した木場の姿をレイヴェルらが探そうとしたとき――

 

「きゃあっ!」

 

 悲鳴が上がる。すぐさま声のする方へと目を向けると、そこには背後から二本の魔剣で貫かれている『僧侶』の姿、『僧侶』はそのまま光に包まれ、退場となる。そして、消えた『僧侶』の背後から現れたのは姿を消した木場であった。

 

「――やってくれるわね、『騎士』の坊や。私を倒すなんて言っていた癖に最初から狙いは別の駒だったなんて」

「残ると言った以上少しでも相手の戦力を削らなきゃ、『騎士』としても剣士としても名折れだからね」

 

 品の良い唇を悔しげに歪めるユーベルーナ。そして、レイヴェルも相手の狙いに気付けず、本当の意味での傍観者と成り下がっていたことを思い知らされ、ユーベルーナと同じような表情となる。

 だが、それでも木場の危機的状況は変わらない。むしろ先程よりも悪化しているといってもいい。流れる血は足を無理に動かしたせいでより量を増し、木場の顔から血色を奪い蒼白と化していき、多くあった魔剣も既に創造時の三分の一程の本数へとなっていた。

 これ以上時間を掛けることは出来ず、次の攻撃が木場にとって最後の攻撃となる。木場は残った魔剣の群れを見て、その中から最後に使用する魔剣を心の中で選択し、最後の勝負を前に軽く息を吐く。

 不思議なもので、このグラウンドで戦う前は緊張で震えていた手はすっかりと納まり、心臓の鼓動も平常時の様に穏やかで、口の中が緊張で枯れるようなことも無かった。

 木場は何故こうも落ち着いていられるかを考え、そしてその答えはすぐに導き出された。それは自分が倒れても意志を託せられる存在が背中にいるという安心感。初めは頼りなかった一誠も相手の『駒』を倒せるほどの実力となり、無口で感情をあまり表に出さないが優しく仲間思いの小猫、いつも無愛想で冷めているといっても過言では無いが頼れるシン、それらのことを考えると精神〈こころ〉が強くなっていくような気がした。

 木場は笑みを浮かべる。自分と仲間の勝利を信じて。

 

「いくよ」

 

 突き刺さる二本の魔剣を引き抜き、決戦の言葉を口にすると残り全ての魔剣がユーベルーナに向かって突貫する。

 すぐさま迎撃をするユーベルーナであったが、数本を撃ち落としたとき目の前に影が現れる。それが剣を振り上げる木場の姿だと認識した瞬間、ユーベルーナは自らの勝利を確信した。

 飛び込んでくる木場との距離なら、いくら最速の動きを持つ『騎士』であっても、ユーベルーナが魔法陣を描く速度の方が上回っている。勝負を急ぐあまり捨て身の戦法を使わざるをえない状況になったと判断し、ユーベルーナは瞬時に自分と木場との間に魔法陣を形成した。

 展開は一瞬、そしてその発動も一瞬。空中に描かれた魔法陣が真紅の光を放ったかと思われた次のときには、紅蓮の爆炎が木場を開かれた口の様に飲み込もうとしていた。

 それを見て、木場は笑った。賭けが自分の勝ちであると確信した為に。

 迫る爆炎に向けて己の両手に握られた二本の魔剣を交差させて振り抜く。それによってもたらされた現象にユーベルーナは絶句した。

 圧縮された力を熱に変えて荒ぶる炎は、粉雪の様な小さく儚い氷の礫たちに変り果て、唸りながら全てを飲み込み砕く筈の爆風は、ただ髪を揺らすだけのそよ風に成り果てる。

 そんな、という言葉の動きをユーベルーナの唇がする。

 木場が振るった二つの魔剣は『炎凍剣』と『風凪剣』。前もって『騎士』たちの炎と風の加護を無効化したことから、ユーベルーナの爆発を抑えられるのではないかという推測からこの剣を選択した。その結果は木場の目論見通りとなる。

 大技を使ったことで出来る隙、それを狙い残りの魔剣が群れを成してユーベルーナへと襲い掛かった。それを障壁を張り防ごうとするが、それよりも先に数本の魔剣がユーベルーナに突き立つ。右肩、左足大腿、左脇腹、左上腕、それらを貫き、ユーベルーナの纏うローブに血を滲ませ苦鳴を上げさせる。

 

「ううっ!」

 

 複数の魔剣に貫かれたユーベルーナの動きが完全に止まる。木場は躊躇う事無く二本の魔剣をその胴体へと貫こうとした。しかし――

 

「っ!」

 

 木場の側面から強襲する真紅の炎。それが誰が放ったものかを考えるよりも先に『炎凍剣』を振り抜く。だが、凍らせることが出来たのは表面の僅かな部分、すぐに凍りきらなかった炎が凍った炎を飲み込み一つとなる。

 木場は決して軽んじている訳では無かった。自分の『炎凍剣』ならば多少は持ちこたえることは出来るという考えはあった。しかし、結果は無残にも木場の予想を裏切る。それほどまでにレイヴェルの放った不死鳥の炎は強力なものであった。

 迫る炎に魔剣を捩じ込み、その勢いで体勢を捻りなんとか躱す木場であったが、その咄嗟の行動で生まれた相手の突き入る隙。木場が僅かの間ユーベルーナから目を離し、再び戻したとき眼前にはユーベルーナの姿。

 木場が剣を振るうよりも先に、ユーベルーナの掌打が木場の左胸に討ち込まれる。その一撃は大したものではなく、木場の肺を少しだけ押し、僅かな酸素を外に押し出した程度の威力しか無かった。

 だが、ユーベルーナの狙いはそれでは無い。

 

「――まいったね」

 

 苦笑する木場が見たものは自分の体に張り付かされた魔法陣の輝き。すでに描かれた文字は赤く発光し始め、爆発は秒読みの段階へと入っている。

 制服を切り裂いて直撃を避け、至近距離での爆発を魔剣で防ぐという案が一瞬浮かんだが、それはすぐさま消えた。木場の持つ二本の魔剣のうち『炎凍剣』が先程のレイヴェルの炎によって融解し始めていたからだ。炎をも凍りつかせる魔剣も不死鳥の炎には完全に敵わなかった。

 

「……ごめん」

 

 自然に口に出た言葉。それが誰に対しての謝罪であるかを木場自身が気付く前に、その身体は爆炎の中に飲み込まれた。

 その爆炎の中、零れ落ちた二本の魔剣。落下していく二本の魔剣はその最中に剣身が折れ、銀色の塵となって消えていくのであった。

 

 

 

 

『ライザー・フェニックス様の『僧侶』、リタイヤ。リアス・グレモリー様の『騎士』、リタイヤ』

 

 グレイフィアのアナウンスが脱落した二名の名を告げる。

 両者殆どの眷属が集結して争ったグラウンドも戦いの喧騒は消え去り、静寂だけが残った。

 そのグラウンドに立ち尽くすレイヴェルの姿。強敵であった『騎士』を倒したにもかかわらず、その顔には喜びも勝利して当然という傲慢さも無く、ただただ悔しげに唇を噛み締めているだけであった。

 その様子を心配げに見るユーベルーナ。レイヴェルは無言で懐に手を入れると、中から『フェニックスの涙』が入った小瓶を取り出し、それをユーベルーナへと手渡す。

 

「使いなさい」

「ですが、それはレイヴェル様の……」

「いいから、使いなさい」

 

 静かではあるが威圧するレイヴェルの言葉に負け、ユーベルーナは小瓶を開けると、木場との戦いで貫かれた場所に振るい傷を癒す。その傷が治っていく最中、レイヴェルはユーベルーナへと独り言のように話し始めた。

 

「……私、最後までこの戦いに手を出すつもりはありませんでしたわ。相手がどんなであろうとフェニックスが負ける筈がないという自信がありましたから」

「レイヴェル様……」

「だけど、彼らの戦いを見ているうちにだんだんと不安が込み上げてきましたの。もしかしたら、もしかしたら、という考えが嫌になるほど浮かんできて……そして、ついにはあの『騎士』との戦いで、貴女が負けるかもしれないという思いが抑え切れず、手を出してしまいましたわ……」

 

 自己嫌悪するレイヴェル。自らの決めたことを自らの手で反故にしたことが、勝利を上回る敗北感となってレイヴェルを蝕んでいた。

 

「お気になさらず、そのおかげで私は敗北をせず、リアス様の『騎士』も撃破することができました。全てはレイヴェル様の判断の結果です」

 

 その言葉を聞いてもレイヴェルは俯いたままであったが、やがて何かを決心したかの様に面を上げる。その表情は最初にあった傲慢さもついさっきまであった弱々しさは無く、戦う意思を露わにした戦乙女を彷彿とさせる凛々しさがあった。

 

「私、決めましたわ」

 

 不死鳥の名に恥じない強い決意の炎を瞳に宿し、放たれる言葉の重みは突風の様な圧力を感じさせた。

 

「お兄様に辿りつく前にあの三人を倒します。付いて来てくれるかしら、ユーベルーナ?」

「お望みとあらば何処へでも付いていきます。レイヴェル様」

 

 並々ならぬ意志を秘め、レイヴェルは本当の意味での参戦をこのとき決意した。

 

 

 

 

 屋上へと向かい走っていく一誠と小猫。一誠は疲労の色と共に痛みに耐えるかの様に背一杯歯を噛み締めて走り、小猫の方もいつもと変わらない無表情の筈であるがその顔にはどこか悲痛の色があった。

 ここまで来る道中いくつもの情報がアナウンスと共に流れ、一誠はその度に足を止めグラウンドへと戻りたい衝動に駆られていた。ライザー側の眷属が倒されたという情報をもたらされた歓喜の後に仲間が倒されたという悲報、実際朱乃と木場が撃破された際足を止めてしまうことがあったが、その度に小猫から小さくも鋭い声で正気に戻され、心の中で錘のように圧し掛かったまま、衝動を断ち切るかの様に無理矢理足を動かしていく。

 

「くっそぉぉぉぉ!」

 

 胸の中にある嫌な感情を忘れたいが為に、無理矢理大声を出して走る速度を上げる。もし、自分がいたらという可能性の話が頭を過ぎる度に、声を出し払拭する。

 

「……誰がいても結果は変わらなかったと思います。……イッセー先輩がいても私がいても」

 

 並走する小猫の慰める言葉。その言葉には小猫自身の悔しさも込められているのを一誠は感じ取り、そんな風に気を遣わせた自分を殴り飛ばしたい衝動に駆られながらも、それらを飲み込んで無理矢理笑顔を張り付ける。

 

「心配かけてゴメン……さっさと部長のとこに行って、朱乃さんや木場の分までライザーの奴をぶん殴ってやろうぜ!」

「……はい」

「残念ですけど、そういう訳にはいきませんわ」

 

 あと少しで屋上という場所まで来て、聞こえる敵の声。一誠―たちの進む廊下の正面にレイヴェルとユーベルーナが立ち塞がっていた。

 

「なっ! お前はグラウンドに居たはずだろ……何でもうここにいるんだよ!」

「もしもの時を想定してこの校舎の至る所に転送用の魔法陣を張り巡らせておきましたの。……只の保険のつもりでした筈でしたけど」

 

 足下に目をやるレイヴェル、そこにはレイヴェルが言ったように魔法陣が描かれていた。先回りをしていたレイヴェルに注目していた一誠であったが、ここでレイヴェルに付き添うユーベルーナの姿に気付く。

 

「お前は……てめぇが朱乃さんや木場をやったのか!」

 

 体育倉庫付近で接触したライザーの『女王』の姿を見て激昂する一誠。ユーベルーナはその怒りを浴びても表情一つ動かさず、冷淡な顔で言う。

 

「そうですが、それが何か問題でも?」

 

 一誠の拳に自然と力が入り、それが震えとなって籠手を小刻みに揺らす。ユーベルーナの冷徹な肯定は一誠の怒りに火を注ぐには十分であった。

 

「だったら! この場で木場と朱乃先輩の仇を取ってやる! 俺の『神器』の力思う存分叩き込んでやるから覚悟しやがれ!」

「こちらもそのつもりです。お嬢様、赤龍帝は私が相手をします」

「ええ、私はそちらの『戦車』の相手をいたしますわ」

 

 レイヴェルの背中から蝙蝠を彷彿とさせる翼ではなく真紅に燃え上る炎の翼が広げられ、そこから舞う火の粉は散っていく羽根の様であったが、注目すべきなのは漂う火の粉がいつまでも小さく燃え盛り、鎮火する気配がない。通路にも幾つも落ちるがその場で燃え続け、薄暗い廊下をレイヴェルと共に照らす。まさに不死鳥の名に相応しい不滅の炎であった。

 小猫も臨戦態勢に移る一誠を制することなく、自らも拳を握り構えをとる。この様な状況であっては戦闘の回避は難しく、仮に抜けることが出来ても態々ライザーの下へ二人の増援を連れていくという結果になってしまう。

 出来ることならば体力の温存が望ましいが、相手は眷属最強の『女王』と、『僧侶』ではあるがフェニックスの血族。手を抜いた戦いはまず出来ない。

 一刻を争う状況で互いに緊張感を高めていくとき、一誠、小猫の通信機からある人物の声が届く。

 

『二人とも無事か』

「間薙! お前は大丈夫なのか!

『そういった話は後だ。もう屋上には着いたのか?』

「……その手前で眷属二人に足止めされています」

『――分かった。今から十秒後、全力で走って飛べ。そいつらは俺が引き受ける』

 

 思わぬ言葉に一誠、小猫が目を見合わす。その様子を不審に思ったのかユーベルーナはすかさず魔法陣を空中に描くとそこから二人目掛け爆炎を放つ。すぐさま廊下の隣にある教室に飛び込む二人。ユーベルーナの爆炎の余波で廊下や教室のガラスが一斉に砕け散っていく。

 

「一体何するんだ!」

『説明をしている暇は無い。あと五秒だ』

「……イッセー先輩。間薙先輩の言葉を信じて一気に行きます」

「ああ、もう! 頼んだぞ!」

 

 小猫と一誠が同時に逃げ込んだ教室から飛び出し、一直線でレイヴェル達に突っ込んでいく。

 無謀とも言える二人の行動に多少の疑問を持ちつつも、絶好の機会と言わんばかりにレイヴェルは両手に炎を生み出し、ユーベルーナは巨大な魔法陣を形成する。

 一誠と小猫が頭の中で数えていたカウントがゼロとなったと同時に、両者は背中から黒い翼を広げ、天井ぎりぎりを飛翔する。

 それを追い、見失わないよう天井を見上げ、すぐさま撃ち落とそうとするレイヴェルとユーベルーナ――その身体が突如沈む。

 見下ろしたユーベルーナが見たものは轟音を上げながら崩れ落ちていく廊下。それを認識した途端、重力の力で廊下の下へと落下していくユーベルーナ。あまりに突然の出来事に翼で飛翔する余裕も無い。

 周囲の落下物でユーベルーナの体勢が崩れ、瓦礫と一緒に頭から下の階へと落ちていく。そこに現れる――

 

「また会ったな」

 

 ――上下逆さまに映るシンの姿。

 落下していくユーベルーナの胴体に狙いを定め、舞う土煙を切り裂きながらシンの蹴りが襲い掛かる。

 

 




若干主人公の影が薄くなり、木場がメインで頑張る話となりました。
正直、木場の『神器』の設定は便利で強いですね。

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