死神の群れを粗方片付けたシンたち。
「誰か来るかなー」
「ふむ。出来れば強敵が良い。そうすればリアスたちの負担を減らせる」
「あれだけ目立つ目印ならすぐに来る」
今も空で燦然と輝く虹を見上げながらシン、デュリオ、サイラオーグはいっそ暢気に感じさせるぐらい普通に会話をしている。
「思えば虹を見るのは初めてなのかもしれん」
「冥界って虹が架からないんスか?」
「ああ。──人間界に来ることなどほぼないと思っていた。この目で見る機会があるとは……」
「おっ。もしかして、虹を出したのってファインプレー? リクエストがあれば丸い虹とかも出来るよー」
「普通の虹で十分だ」
ライザーは少し離れた所でその三人を眺めていた。
「死神たちを一掃した後の会話に思えん……」
ライザーも空にデュリオが出した虹は綺麗に思うが、死神を光線で射抜く物騒な虹だと知っていると感動も半減してしまう。
倒した死神は恐らく下級であるが、それでも下手な中級悪魔よりも強い。それを苦も無く倒し切った。ライザーも何体か倒しているが、それでも余裕があった訳ではない。
シンの方は相変わらず涼しい──ライザーが一番腹の立つ──顔をしており、サイラオーグとデュリオに至っては半数以上屠っている。しかも殆ど消耗した様子もなく。
その強さに嫉妬を覚えないと言えば嘘になるが、同時に同じカテゴリーに入れられたくないという常識的な感覚に囚われる。ライザー視点からしてあの三人は間違いなく怪物であった。
(俺は普通の悪魔だな)
自分の立ち位置を再認識し、ライザーはそれに安心感のようなものを覚える。強くはなりたいが怪物になりたい訳ではない。
不意にシンが途中で会話を止め、視線をある方向へ向ける。
「サイラオーグ」
「応」
「攻撃してくれ」
シンがその方向を指差す。サイラオーグの右腕の筋肉が膨張。そして、右腕のみに限定して闘気を纏わせる。右腕に発生した闘気はやがて右拳のみに集中する。
「ふん!」
右拳を突き出す。塀や家屋が壁となって連なっているが、サイラオーグから放たれた闘気がそれらを纏めて吹き飛ばし、紙のように貫く。
「おおー」
デュリオはその光景に感嘆の声を洩らしながら小さな拍手を送っているが、ライザーの方は啞然としていた。
誰よりも先に何かに気付いたシンとそれに応じて敵が見えないにもかかわらず何の迷いもなく攻撃を行ったサイラオーグ。いつの間にか築き上げられた信頼関係。しかし、どちらも攻撃に対して躊躇が無いのでライザーは引いてしまう。ついでに凄い芸でも見せられた程度のリアクションのデュリオにも同様であった。
サイラオーグの拳から闘気の光が消えるが、サイラオーグは残心をとっている。突き出し拳の先には何も無く、舗装されていた道も数十センチ程抉れており土が剥き出しになっている。
こうなってしまうと敵が居たのかどうかすら分からない。
「いきなり酷いな……」
しかし、そんな疑いを晴らすかのように声と足音が聞こえる。声も足音もサイラオーグの拳の向けた先からであった。
一体の死神がこちらへ向かって来ている。先程倒した死神よりもローブと大鎌の装飾が豪華になっており、明らかに格上と思われる。
破壊の具現化のようなサイラオーグの一撃を耐えた死神。そうなるとライザーは自然と警戒が強める。
「お前か……」
シンが呟いた言葉にライザーは訝しむ。前方の死神と面識がある様子。
「知っているのか? あの死神を?」
「そっちじゃない。その後ろの奴だ」
後ろと言われ、ライザーは改めて死神を見た。よくよく見ると死神は両腕を垂らし、ローブから覗かせている筈の眼光が無い。
すると、死神のローブの一部が盛り上がっていき、ローブを突き破って剣の先が現れる。
胸を貫かれた死神は塵となり、死神の背後に隠れていた人物が露わになった。
「やあ。京都以来だね」
爽やかに挨拶する白髪の優男──英雄派のジークフリート。
「うわぉ。裏切り者のジーク君じゃん。元気してた?」
「まさかと思っていたけど、君がいるとは……デュリオも久しぶりだね」
デュリオもジークフリートも教会に所属していたエクソシストという経歴を持つ。面識があってもおかしくない。
二人共笑顔を見せながら挨拶を交わしているが、目は笑っていない。相手に対して微塵も隙も心も許していなかった。
「知り合いか?」
「顔見知り程度の関係っス。『魔帝』ジークフリート。簡単に言えば教会の悪魔祓いでトップクラスの戦士だよ」
「ほぅ……」
デュリオの答えを聞き、サイラオーグの目に興味の色が浮かぶ。
「それにしても……」
ジークフリートは死神を持ち上げていた剣──グラムを鞘に納めながら周囲を見回す。無駄なく綺麗に破壊された痕跡に関心を示していた。
「あの先制攻撃は流石に酷いしズルいな。そのせいで折角連れてきた死神たちが全滅だ。中級クラスの死神たちだったのにね……正直驚きだ」
下級死神で中級悪魔以上とするのなら、中級ならば上級悪魔以上の力を持つことを意味する。それを拳一突きで一掃したサイラオーグの化物っぷりにますます拍車がかかる。
「僕もちょっと危なかったかも」
サイラオーグの攻撃の直前、嫌な気配を感じ取ったジークフリートは咄嗟に中級死神の群れの最後尾へと移動。そのすぐ後に闘気の塊がやってきた。最前列の死神たちは成す術もなく消滅。中列の死神たちは大鎌で懸命に防御するが敵わず消滅。後列の死神たちは前の死神たちの頑張りで威力を削られた闘気の塊に対して全力で防御するが、一歩及ばなかった。
ジークフリートは最後尾でそれを眺めており、防ぎ切れないと悟ると目の前にいた死神にグラムを突き刺し、持ち上げて盾にして紙一重でサイラオーグの闘気から自身を守った。
「にしても錚々たるメンバーだ……」
ジークフリートは一人一人じっくりと眺める。
「天界のジョーカーにして『煌天雷獄』の使い手であるデュリオ・ジェズアルト」
次に視線を向けたのは──
「若手悪魔ナンバーワンの実力者として名高いサイラオーグ・バアル。──ああ、そういえば『獅子王の戦斧』の現所持者でもあったね」
その次は──
「『人修羅』間薙シン。君の心身の強さは嫌でも知っているよ」
シンが魔人であることを知っているデュリオとサイラオーグは『人修羅』という異名を初めて聞き、シンにしっくりと来るという感想を抱く。ライザーは知らないので何でそんな仰々しい名が付いているのか疑問を浮かべていた。
「そして……」
ジークフリートはライザーを見て何故か次の言葉が出て来ない。
「そして……誰だ君は?」
冗談ではなく本気で知らないのか真顔で訊いてきた。
「……」
ライザーの顔が愉快な程に痙攣する。声も発せられないぐらいに怒り狂っていた。
「人間風情が……ライザー・フェニックスの名ぐらい頭に刻み込んでおけ……!」
絞り出すように自分の名を教える。
「ライザー・フェニックス……ああ。フェニックスか」
ジークフリートはライザーの名ではなくフェニックスの家名の方に反応した。
「そう言われると……成程」
ジークフリートはライザーの顔をまじまじと見る。その目にライザーは強い不快感を覚えた。
「確かに似ているな」
「ああ?」
ジークフリートのよく分からない呟きに、ライザーは訝しむ。
「これは失敬。フェニックスには色々とお世話になっているというのに、その一族の顔を知らないのは確かに失礼だった」
ジークフリートは恭しく一礼するがどうにもそれが鼻につく。言っている内容も皮肉としか聞こえない。
「……そういえば『禍の団』がフェニックスの涙を使用したという話を耳にした。一体何処で手に入れた?」
「伝手を使えばいくらでも手に入るさ」
「とぼけるな。お前たちがフェニックスの涙を使用したという情報が入った段階でフェニックス家は身の潔白を証明する為に独自でフェニックスの涙の個数調査をしていた。その結果、分かったことがある」
ライザーの目付きが猛禽類のものとなる。
「個数が合わない。明らかに流通している数以上のフェニックスの涙が確認された。……もう一度聞くぞ。お前たちの使っているフェニックスの涙はどうやって入手した?」
ライザーの問いにジークフリートは笑う。
「さて……? そっちは担当じゃないから詳細は知らないなー」
匂わせる発言をしながら肝心なところははぐらかす。正直に答えるとは思っていなかったが、それでもジークフリートの答えはライザーの沸点に達するには十分であった。
「嫌でも話してもらうぞ……!」
ライザーは炎の両翼を広げ、両手に渦巻く炎も発生させる。今にも飛び掛かりそうなライザーであったが、横から伸びてきた太い腕がそれを制した。
「待て、ライザー殿」
止めたのはサイラオーグ。ライザーは口では何も言わなかったが、止めたサイラオーグに非難する眼差しを向ける。
「サイラオーグ卿。何故止めるのですか……?」
本当は腸が煮えくり返っているが、それを理性で押し留め冷静さを取り繕う。尤も、完全ではないので声が若干震えていた。
「ここは俺に任せてくれないか?」
そんなライザーの心情を知った上でサイラオーグはこう発言する。ライザーは思わず絶句してしまった。
「ああも挑発された手前、ライザー殿が出向くのが筋なのは分かっている。でなければ貴族として舐められるからな。しかし、それを承知で頼む」
ライザーが何かを言う前にサイラオーグが畳み掛ける。
「打倒『禍の団』はかねてより俺の願いであった。リアスたちが『禍の団』と戦ったという話を聞く度に歯痒い思いをしていた。この拳は流れ落ちる涙を止める為に鍛えたもの。それが出来ないことを俺は何度不甲斐なく思ったか」
握られた拳。その拳に握り込まれた感情は如何ほどのものなのか。
「だからこそ俺に挽回する好機を譲ってくれ。我儘なのは百も承知。バアルとしてフェニックスに命じるのではなくサイラオーグとしてライザー殿に頼む」
一個人としての願いをライザーに乞う。
「そこまで言われて突っ撥ねる方が野暮でしょうが……」
ライザーは苦虫を嚙み潰した表情をしながら炎を消し去った。後はサイラオーグに託すということである。
ライザーは他のメンバーの様子も確認する。シンは両手を垂らして傍観の構え。デュリオの方も戦闘態勢を解除しており、サイラオーグに任せる状態になっている。
「……他の連中もサイラオーグ卿に任せるつもりみたいですよ」
「有難い。期待には応えよう」
サイラオーグは雄々しい笑みを見せた後、ジークフリートの方へ向かって行く。
サイラオーグと距離が空くとライザーは小声で呟いた。
「実は自分が戦いたいだけじゃないでしょうね?」
サイラオーグの岩壁のような背中から楽し気なオーラが出ているように見え、つい疑ってしまう。先程言ったことは嘘ではないだろうが、全てではないような気もする。
「お前ら、本当に手を貸さなくていいんだな?」
戦う気の無い二人にライザーは再度確認する。
「サイラオーグが仮に負けたとしても、その時は全員でやればいい」
「まあ、大丈夫でしょ。サイラオーグどんは強いし。いざというときは選手交代で」
シンの方は冷静というよりも冷徹な考えを述べ、デュリオの方は自分とサイラオーグに対する強さへの自信を述べる。少なくともジークフリートが勝とうが負けようがただでは済まないのは確実であった。
(色んな意味で怖いな、こいつら……)
口に出さない代わりに心の中で慄く。強者としての余裕に見えて癪だが、同時に参考にもなる。得られるものがあるのなら得ていく。零してしまうのは勿体ない。
四人を代表してサイラオーグがジークフリートと対峙する。
「俺が相手になろう」
「一対一かい? 願ってもない展開だ。流石の僕も四対一はキツイ」
「いや、俺たちにとってもこれが最善だ。俺や間薙シンはともかくライザー殿と恐らくデュリオは広範囲攻撃を得意としている。下手に乱戦になれば長所を生かすことが出来ず同士討ちの可能性が出て来る。そうなるよりも一人が戦い、相手を消耗させ、味方に情報を与えるのが一番だ」
サイラオーグの話を聞くとジークフリートは苦笑する。
「何か言い訳っぽいね。本当は君が僕と戦いたかっただけじゃない?」
サイラオーグは微かに笑うと拳を握り、構える。
「答えは想像に任せるってことかい?」
ジークフリートは鞘からグラムを抜き、その切っ先をサイラオーグへ向ける。
「なら期待に応えさせてもらおうか」
開始の合図代わりにジークフリートはいきなりサイラオーグへグラムを振り下ろす。
真正面から襲い掛かる銀閃。普通なら退いて避ける。だが、サイラオーグは逆に地面を強く踏み付け、力を溜めるとグラムの一太刀に拳を繰り出した。
剣を、それも名高い魔剣を拳で迎え撃つ暴挙。傍から見れば蛮勇を通り越して愚行。しかし、その拳の主がサイラオーグであるのならばその行為は暴挙でも愚行でもない。
拳と魔剣が触れ合った時、起こったのは打撃音。
「っ!?」
振り下ろされる筈のジークフリートの腕が跳ね上がっていた。
(何てことだ)
ジークフリートは内心驚愕していた。斬る筈であったサイラオーグを斬れなかったどころか、逆に押し負けたことに。
ジークフリートはグラムでサイラオーグの拳ごとその脳天を真っ二つにするつもりであった。だが、グラムとサイラオーグの拳が接触した瞬間にその未来は覆される。
拳に集中していた闘気の層がグラムの刃が拳に届くのを遅らせ、刃が拳を断つ前にサイラオーグの拳撃により打ち返されてしまった。
魔剣の中でも最高峰であるグラムすらも容易に斬れなかった闘気の密度もそうだが、何より恐ろしいのは──
(この男、全く躊躇いが無い……!)
──一切の恐怖もなく魔剣に全力の拳を放ったサイラオーグの胆力。余程の自信が無ければこんな真似など出来はしない。
(そして、この衝撃!)
ジークフリートの驚愕はまだ終わらない。サイラオーグはただグラムを打ち返した訳ではない。彼はしっかりとジークフリートに攻撃を与えていた。
グラムを通して流れ込む衝撃。それは一言で言えば感電。神経、細胞に打撃が流し込まれ、ジークフリートの腕力など無意味と嘲笑うかのように一瞬にして片手から感覚を奪ってしまう。
ジークフリートがまだグラムを握っていられるのは体に染み付いた行動によるものであった。
(恐ろしい悪魔だよ、サイラオーグ・バアル)
若い悪魔ながらもナンバーワンを謳われる理由を一撃で悟る。
(だが──)
ジークフリートは跳ね上がった腕を戻すことはせず、そのまま限界まで反らす。肘が曲がり、ジークフリートの背中にグラムが隠れるような形となった。
ジークフリートは手の力を緩める。ジークフリートの手からスルリとグラムが抜け、そのまま地面へ落下。その途中で反対側の手でグラムの柄を掴み、サイラオーグを真下から斬り上げる。
サイラオーグの打ち返しからジークフリートの魔剣の持ち替えまでの間はほんの一瞬の出来事でありサイラオーグが攻撃直後、ジークフリートの持ち替えがあまりに滑らかなこともありサイラオーグの反応が微かに遅れる。
その結果、グラムが振り上げられると赤い血が飛び散る。
「サイラオーグ卿!」
思わずライザーが声を上げるが、サイラオーグは一歩後退した後に踏み止まる。
「問題ない」
サイラオーグの頬が斬られ、そこから血が流れ落ちている。サイラオーグは指でそれを拭う。それだけで頬の傷からの流血は止まってしまう。
「今のを避けるか……」
ジークフリートはゾクゾクとした感覚が背筋を走るのを感じた。ジークフリート自身完璧なカウンターだと思っており、彼の予想ではサイラオーグの顔を半分に割っていた。しかし、現実は頬に浅い斬り傷を付けただけ。
結果だけ見れば今も腕に痛みがあり、痺れているジークフリートの方がダメージは大きい。
強い、と素直にジークフリートは思う。今までの人生の中で自分よりも強い相手とは何人も会ったことがある。だが、素手でグラムを弾き返してのはサイラオーグが初めてであった。
年齢が近い──悪魔は容姿を変えられるので当てにならないが──こともあってジークフリートの中で対抗心が燃え上がっていく。
(ああ……この感覚……きっとこれが普段曹操が感じているものなんだろうね……)
曹操も天賦の才を持っているが、ジークフリートはそれを凌駕する才を持っていると自負している。何せそうなるように創られたのだから。曹操もそれを認めている。
だが、天は曹操に聖槍を与え、ジークフリートには凡庸な神器を与えた。神器というどうしようもない差。ジークフリートは魔剣によりその差を埋め、曹操とは対等の関係を維持している。
しかし、最近は徐々に曹操との間に差が出来ているようにジークフリートは感じていた。その原因は分かっている。曹操にあって自分には無いもの──向上心である。
そうなるように生まれ、育てられ、戦ってきたジークフリートとは違い、常に足搔き続けている曹操。曹操の中にある満ち足りない飢え。ジークフリートはそれを感じていた。
いざ、自分も手にしようと思っても中々得る機会が無い。必要なのは丁度良い相手。ジークフリートの全力を出すに足りる実力者。
一度はマタドールかマザーハーロット辺りに勝負を仕掛けてみようかと考えていたが、仲間によって全力で止められたことがある。ジークフリート自身仲間思いの面もあるので彼らの顔を立てて結局機会に恵まれることはなかった。
京都でのシン、ゼノヴィア、木場との戦いは限りなく理想に近いものであった。ジークフリートの考えていた通り、あの一戦は大分強くなれた気がする。代償として魔剣を二本奪われたが授業料と考えれば高くはない。それにいずれは取り返すつもりである。
「恐ろしいな……きっと貴方は俺が今まで会った悪魔の中でも最強クラスだろうね」
「俺は少し後悔をしている。もっと早く人の世界に来るべきだった、と。人の中でもこれだけの実力者が居ると知れば、俺は今以上に修行に励んでいた筈だ」
相手の強さに危機感を覚えながらもその実力を称賛する。共に実力者。故に如何にその強さを研鑽したのか感覚的に分かってしまう。相手を倒すという気概は変わらないが、敬意を表さずにはいられなかった。
「嬉しい言葉だ」
ジークフリートはさり気なく腕の状態を確認する。既に痺れは抜けている。体に移植した人工神器フリードは、ジークフリートに高い耐久性を与えると同時に再生能力も向上させる。生身だったらこの戦闘中片腕が使い物にならなくなっていたかもしれない。
ジークフリートはサイラオーグに気付かれないようにグラムの柄の握りを緩める。少しずつ柄を滑らせ、柄の端を持つ。
「その言葉を貰ったからには──」
ジークフリートは踏み込む。しかし、サイラオーグの目には少し間合いが遠く見える。
「期待に応えないと!」
腕がしなり、常人には目で追うことも出来ない斬撃が繰り出される。
片腕で振るうことで剣の間合いは広がり、更に柄の端を持っていることで間合いは更に伸びる。
サイラオーグは振るわれた斬撃が目測よりも伸びていることに途中で気付き、最小の見切りではなく十分な余裕を持って間合いの外へ下がった。
だが、サイラオーグが途中で気付くことはジークフリートにとって予測内のこと。ジークフリートのサイラオーグへの評価は既に高い。だからこそ、サイラオーグならばそう動くと信じることが出来た。
振り抜かれる筈であったグラムが急停止する。その切っ先は丁度サイラオーグの顔面に向けられている。全力からの急停止。普通なら腕の筋肉が壊れてもおかしくない。だが、ジークフリートならばその常識は容易く覆される。また、纏っている人工神器の補助も相まって一切のリスク無しでそれが行える。
横薙ぎから軌道を変えての直線突きが下がったサイラオーグの喉を狙う。
しかし、サイラオーグは冷静にグラムの軌道を見て相手が何処を狙っているのかを察すると、突き出されたグラムに上下から掌を叩き付けた。
空気が爆ぜる音が鳴る。
グラムがサイラオーグの白刃取りにより動きを止められている。
実戦でそれを行うサイラオーグの桁外れの度胸と技量。敵ながら天晴と言うしかない。
だからこそ残念に思う。尊敬に値する敵との戦いがこれで最初で最後だという事実に。
グラムの突きを見事に受け止めたサイラオーグ。その結果、サイラオーグの両手は塞がれた状態となった。
ジークフリートの動きは迅速だった。空いた手に瞬時に転送させる一本の剣。対悪魔に絶大な効果を持つ、バルパーによって新造量産されたエクスカリバー──『折れる聖剣』。
一本一振という大きな制約が課せられているが、一振りだけは本物のエクスカリバーと遜色ない効果を発揮する。
ジークフリートは『折れる聖剣』でサイラオーグのがら空きになっている胴体を抜き打つ。悪魔を消滅させる聖なる気がサイラオーグの胴体を両断──
(……?)
──する未来がジークフリートの頭に思い描かれていたが『折れる聖剣』から伝わってきた感触がその未来を否定する。
ジークフリートは振り抜いた『折れる聖剣』を見た。『折れる聖剣』は根本の部分から折れている。そして、サイラオーグの胴体は無傷であった。
ジークフリートは見た。いつの間にかサイラオーグの全身から放たれる闘気を。悪魔に対して絶大な効果を持つ聖剣だが、サイラオーグが発している闘気は鍛え抜いた肉体から放出される可視化された生命力。悪魔の魔力とは違う。故に聖剣の聖なる気が通じ難い。
「ははっ」
ジークフリートは思わず笑ってしまう。『折れる聖剣』の欠点がこの状況で露呈してしまったことに。量産を前提として製造されたことでコストを限界まで減らした結果、耐久性まで限界まで減らされている。そのせいでサイラオーグを斬る前にサイラオーグの闘気に圧し折られてしまった。
尤も、これを弱点というには些か条件が厳しいと思われる。何故ならばサイラオーグ級の闘気を放つ悪魔などまず存在しないからだ。
ジークフリートは運悪く天敵に遭ってしまい、そして運悪く実戦の中でそれを知ってしまった。
ジークフリートの会心の反撃が盛大に空振りに終わると次に待っているのはサイラオーグの反撃の時間。
サイラオーグは『折れる聖剣』で胴体を斬られようとしていても冷静であった。冷静に拳を握り、最短距離を見極め、動きは最小でありながら最速の拳を繰り出す。
所謂、ボクシングでいうジャブに近いパンチ。しかし、サイラオーグがそれを放てば牽制というレベルでは収まらない。
最速の拳が狙うのはジークフリートの胸。より正確に言えばその心臓。鼓動するその心臓にサイラオーグの貫く拳が打ち込まれた。
その瞬間、ジークフリートの心臓は鼓動を止める。全身に送り込まれる筈の血液が止まり、ジークフリートの動きも硬直した。
人工神器を纏い、物理攻撃に対して無類の防御力を誇る筈なのだがサイラオーグの拳はそれを嘲笑うかのように貫通し、衝撃を心臓に叩き込む。
ジークフリートの動きが止まった瞬間、サイラオーグは打ち込んだ拳を引く。今度はモーションを大きくし、握っていた拳を広げ、五指を限界まで開く。
隙だらけの動きだが硬直しているジークフリートにはそれを避ける術は無い。目の前で起こっていることをただ見ているしかなかった。
引き絞られた筋肉が解き放たれ、高速の掌打がジークフリートの胸部に再び叩き込まれる。凡そ人体が発してはいけない音が響き、その音を聞いてしまったライザーは──
「うわっ……」
──と思わず声を洩らし、見ているだけなのに全身に鳥肌を立てる。
一誠とのレーティングゲームでも見せた戦慄の掌打。サイラオーグの叩き付けた掌から発生する衝撃は、ジークフリートの細胞や神経に染み込むようにして広がっていく。
掌打を受け、ジークフリートは二、三歩後退る。吹っ飛んでいてもおかしくない威力だったにも関わらず。
サイラオーグは、先程の攻撃を衝撃が貫いていくのではなく浸透していくのをイメージして出していた。結果衝撃が逃げていかない分、ダメージは深刻なものとなる。
「うっ……」
ジークフリートが呻くと共に喉が動き、次の時には口から血塊を吐き出す。出血は口からだけで終わらず目、鼻孔、耳という複数の箇所からも流れていた。しかも、手足には大きな範囲で赤黒い内出血を起こしており、全身の至る箇所で出血が起こっている。
「これは……効く……!」
最初の印象は体内が爆ぜたというもの。全身の灼熱感の後に嘔吐感が来たと思えば今まで経験したことがない吐血。視界がぼやけ、音と匂いが遠い。五感も機能不良を起こしている。
自分の血を味わうのは久しぶりであった。しかも、舌が浸る程の量を味わうのは初めてのことである。
人工神器を纏い、伝説の英雄ジークフリートに倣って不死身に近い耐久力を得たことに対して良かったと思う反面若干の後悔も覚えてしまう。
前者はそのおかげで死ぬことはなかった。後者はそのせいで死よりもキツイ苦痛を味わうことになってしまった。
ぼやける視界に映るのは構えているサイラオーグ。笑ってしまいそうになるぐらい容赦が無い。尤も、戦いの最中でそれは当然の行為であり同時に見た目が半死半生のジークフリートをまだ戦えると認識していることを意味する。
「光栄な……ことだ……」
空気の壁を突き破るような突きをサイラオーグが放つ。
当たれば絶命は必至。しかし、攻撃を受けた直後のジークフリートは今になって灼熱感が激痛へ転じ、今すぐにでも意識を手放しそうになる。
(痛い……苦しい……普通には動けない……)
痛くない箇所を探す方が困難な状態でジークフリートが導き出したのは──脱力。
瞬時に全身から力を抜き、拳の下へ潜る。下手に体を動かせば激痛が走ると分かっているので敢えて重力に身を任せた。
しかし、重力に身を任せたままでは地面に崩れ落ちるだけ。ジークフリートは重力に引かれる勢いを利用し、グラムで地面を突く。その反動でサイラオーグから離れる。
ジークフリートは兎に角時間を稼ぐことを優先していた。ダメージは深刻であり少し動くだけでチャポンと水が揺れる音が聞こえる。音はジークフリートの体内から響いており、水の揺れる音ではなく溜まった血が揺れている音。今のジークフリートは大量の内出血により比喩抜きで血袋状態なのだ。
(体が重いな……)
体重は変わっていない筈なのだが酷く重く感じる。いっその事、ここで割腹すれば溜まった血が外に出て体が軽くなるのでは、と危うい思考になり始める。
『──ぞ』
頭の中で誰かの声が聞こえたような気がした。その瞬間、ぼんやりとしていた思考が働き、迫り来る拳を捉える。
拳の拳圧に煽られたかのようにふらふらとした覚束ない足取りで紙一重でそれを回避するが、紙一重ということは次への余裕が全くないことを意味する。
『──来てんぞー!』
甲高い声が鼓膜の内側から聞こえた。それを耳障りと感じながらも追撃の蹴りを身を低くして躱す。
足腰に力が入り難く、体を支える為にグラムを杖にする。今まで一度もやったことがない行為。
(ああ……無様だ)
自分の姿を客観視し自嘲する。
『自虐って余裕っすねー! おら! さっさと動けや! てめぇが死ぬと俺様も死ぬだろうが!』
間違いなく幻聴である。死んだ筈のフリードの声が頭の中でガンガン響く。大して親しくもない相手からの叱咤激励はジークフリートをうんざりさせるには十分であった。
(最悪の幻聴だ……)
『避ける気ないなら体寄越せやぁぁぁ!』
本当にフリードの声なのか。それとも重傷のジークフリートが聞いた幻聴なのか。答えはジークフリート自身にも分からない。
だが、ジークフリートは喧しい幻聴のおかげでちょっとだけ意識がはっきりとする。
蹴りを終えた直後のサイラオーグは流れるような無駄を省いた動きでしゃがんでいるジークフリートの顔面を狙い、地面を捲り上げる勢いで拳を下から突き上げてきた。
杖にしていたグラムで地面を突き、仰向けに倒れていく形でそれも避ける。
このまま倒れ込むかと思った時、ジークフリートの背中から伸びる第三の手『龍の手』。
『龍の手』はジークフリートよりも先に地面に着くと伸び切った腕をジークフリートの倒れるタイミングに合わせて丁寧に曲げていき、ジークフリートの負担や痛みを最小に抑える。
そして、曲げられた『龍の手』は次の瞬間には発条となり、最速でジークフリートの体を起こしながらサイラオーグの喉元に突きを繰り出す。
地面が爆ぜる程のサイドステップで突きを躱すサイラオーグ。しかし、避けるタイミングが僅かに遅れて薄皮一枚分だけ首筋に切り傷が付けられた。
『下・手・く・そ! 俺様だったら一撃で仕留めているつーの! やってるつーの! だっつーの!』
(そう思っているのなら君は絶対に彼に敵わないだろうね……って不味いな。かなりの重傷らしい……)
脳内とはいえ幻聴と会話してしまったことにジークフリートは危機感を覚える。血を流し過ぎて大分脳の機能が低下していると考えられる。
脳内に響くフリードの声はあくまで幻聴。自分にとって何のプラスにもならない。ジークフリートはそう割り切っていた。
「それがお前の神器か……」
「そうだよ。まあ、そう珍しくもないものさ」
「そういう形で発現するのは珍しいと思うが?」
神器として第三の手を生やすジークフリートをサイラオーグは興味深く観察する。観察しながら先程の動きや形状を見てどれだけの動きが出来るのか測っていた。
(どうしようかな……)
『ばーかですかー? 貴方はぁ? こういう時はガンガン行こうぜ一択ですよー! 自慢の魔剣コレクションを見せびらかすチャンスですよー! ほら出せや間抜け!』
(はぁ……手数で勝てる相手じゃない)
心底役に立たないアドバイスを送ってくる幻聴。ジークフリートとフリードの間では差があり過ぎるのでジークフリートからすれば枷が一つ増えた気分である。尤も、その喧しい声のおかげでぼんやりとしそうになる頭に活が入るという少しのメリットがあった。
徐々に肉体が再生しているのが分かるが、それもまた痛みとなって神経をチリチリと焼いてくる。損傷した肉体が再生していく分、精神が削られていく感覚であった。
サイラオーグは首筋から血が垂れさせながら構えた。相手は重傷。だが、サイラオーグは微塵も油断をせず手加減もするつもりもない。
力を溜め、踏み込もうとした瞬間、サイラオーグの体が刃で斬り付けられた。
「っ!?」
踏み込む筈であった足が反射的に止まる。サイラオーグは自分の体を見るが痛みは無く、それどころか斬られた痕すらない。
サイラオーグが止まった間にジークフリートは後退して十分な距離を開け、サイラオーグに簡単に攻められないようにしていた。
「──やるな」
何が起きたのかを理解し、サイラオーグはジークフリートを褒める。ジークフリートは青白い顔に微笑を浮かべた。
サイラオーグが攻撃をする刹那の間、ジークフリートは殺気を刃のようにサイラオーグへ飛ばした。ジークフリートに対して感覚を研ぎ澄ませていたサイラオーグはその殺気に反応してしまい、咄嗟に攻撃から守りの方へ切り換えてしまった。
常に相手を見下さずに戦うサイラオーグだが、今回はそれが悪い方向に働いてしまい攻撃の機会を逃してしまう。
「……そう簡単には終わらせないさ。こんな滾ることを」
流れ出る血が熱く感じる。沸き立つ血潮と闘争心。この熱が在り続ける限りジークフリートはまだ戦い続けられる。
◇
「嫌な感じだ……」
サイラオーグとジークフリートの戦いを見ていたライザーが不意に零す。シンもデュリオもそれに同感であった。
シンはサイラオーグがジークフリートに一撃を入れた時点で勝負はほぼ着いたと思っていた。しかし、ジークフリートは深手を負い、覚束ない足取りでふらふらとしながらもサイラオーグの攻撃を躱し続けている。
不思議なことにサイラオーグとジークフリートが戦う前に感じられた勝利のビジョンが、段々と不明瞭になっていく。ジークフリートはあれだけ弱っているにも関わらず。
このまま戦い続ければジークフリートの逆転の目が出てしまうかもしれない。だが、だからといって徹底的に追い詰めれば良いという問題ではない。面倒なことにジークフリートは追い詰めればその分だけ戦いの才を開花させていく。
何かしらの変化が欲しい。そんなことをシンが考えていたとき、思いもよらない角度から変化が起こる。
「ん……?」
急にライザーが怪訝な表情をして彼方を見詰める。
「何だこの炎と風のニオイは……うっ! 死臭が混じっているのか……?」
フェニックスの属性から炎や風のニオイに敏感なライザーが真っ先に異変を捉えた。そして、遠くから来たそのニオイの中に無視出来ないニオイが混じっていることに気付く。
「レイヴェル……!」
間違いなく妹の炎のニオイ。妹も結界の中に囚われているのではと薄々思っていたが、それが確定してしまった。しかも、激しく危険な炎と風を放つ存在の傍に居る。
ライザーはそのまま飛び出す──ことはせず焦燥感に満ちた表情でシンたちの方を見た。言葉の代わりにその表情が全てを語っている。
「優先順位を間違えるな」
「そうそう。君のやりたいようにしなー」
シンとデュリオはライザーの背を押す。そして、ジークフリートの相手をしているサイラオーグも小さく頷いた。
「──すまん」
一人で行くことに謝罪をし、炎の翼を広げたライザーが飛び出す寸前にシンは声を掛ける。
「
それは再会を約束する言葉。ライザーは振り返ることはしなかったが、飛び立つ間際──
「──ああ」
ライザーは聞こえるか聞こえないかの小さな声で確かに応じ、妹の安全を確認する為に飛翔する。
シンはライザーの判断が間違っているとは思っていない。ライザーから少し遅れてシンもある気配を感じ取っていた。良く知る気配だが、過去に何度か感じ取ったものとは少し違い、ぼやけたようなはっきりとしない気配であった。
一人減ったがサイラオーグの戦いに影響はない。しかし、シンにはある予兆を感じていた。
自分たちの目が届かない場所。そこで起こっている変化が波紋のように広がっている。或いは自分たちが初めに出した波紋が形を変えて戻って来ているというかもしれない。
その予感はあまり好ましくない形で現実のものとなる。
ライザーの離脱という事態が起きる中でサイラオーグとジークフリートは構えながら動きが止まっている。ジークフリートは体力維持と回復の為にカウンターの体勢に入っており、サイラオーグもそれが分かっているので相手の隙を狙っている状態。
膠着状態になりあれだけ激しかった戦いが静かなものとなっていた。
間もなくしてその膠着状態に変化が訪れる。だが、それは二人に動きがあったからではなく外部からの要因であった。
変化の切っ掛けはジークフリートの発した言葉。
「……悪いが今は邪魔をしないでくれないか?」
「安心してくれ。そんなつもりはない」
ジークフリートの声に応じる別の声。この時、シンたちの視線は否が応でもそちらへ向けざるを得なかった。
英雄派のリーダー曹操が聖槍を担いで現れたのだ。
「少し見ない間に随分と男前になったじゃないか」
顔を血で汚し、飛び散った血で白髪がまだら模様になったジークフリートを見て、曹操は軽口にも称賛にもとれることを言う。
「……正直今は良い返しが出来る余裕が無いんだ、曹操。ゲオルクはどうしたんだい?」
「ゲオルクにはリアス・グレモリーや赤龍帝たちのことを任せてきた」
「可哀想なゲオルク……」
会話しながらも二人は隙を見せない。逆にシンたちの方が警戒する対象が増えたので負担が増したくらいである。
曹操とジークフリートの会話で断片的ながら新たな情報を得られた。先程まで曹操は一誠たちの相手をしていたとのこと。そうなると一誠たちはまだ無事だと思われるが、後のことをゲオルクに任せたというのが気になる。
ゲオルクは『絶霧』を持つ実力者だが一誠たちをまとめて相手に出来る程戦闘に秀でている印象は無い。何かしら戦う手段があると考えられるが、そうなると飛び出していったライザーの言葉や感じ取った気配が深く関わっているのではないか、とシンは推測した。
「お前が噂の曹操か。まさか、ここで相まみえるとは思っていなかったぞ」
「それに関しては同じ意見だ、サイラオーグ。やれやれ……何から何まで予定通りにはいかないな」
わざとらしく溜息を吐きながら、曹操は聖槍で空に架かっている虹を指す。
「まあ、あんなのを見せられたら来ない訳にはいかないが」
曹操の視線はデュリオに向けられる。
「神滅具の中で二番目の強さを誇る『煌天雷獄』。それを相手にするとなるとこの槍しかない」
曹操の言葉に一瞬だがデュリオの頬が動いた。
「にしても──」
デュリオから離れ、傍に居るシンに向けられる視線。若干の恨めしさが込められている。
「君ってもしかしてかなりの疫病神かい? どうやったらこんな厄介なメンバーを集められるんだ?」
「厄介だと思っているのか? それなら集まった甲斐があった」
シンの皮肉に笑って返す余裕が無いのか苦い表情をしている。
「──本当に厄介だ」
曹操の言葉に呼応し、聖槍が輝きを放つ。相変わらず悪魔にとって寒気立つ聖なる気。シンの眉間に皺が寄り、サイラオーグもジークフリートに敵対中だというのになるべく光を見ないよう限界まで目を細めている。
曹操が戦闘態勢に入ったのでシンも傍観を止め、いつでも戦えるようにする──だが、その肩にデュリオの手が置かれる。
「シンたーん。ここは俺に任せてくんない?」
「──任せていいのか?」
何故とは問わず、共闘をしなくてもいいのか確認する。
「相手はあの聖槍でしょ? なら俺の方が相性良いよ。……俺も前から戦いたいって思ってたし」
デュリオは好戦的な笑みを浮かべる。何か因縁があるのか曹操との戦いに積極的であった。
「分かった。任せる」
「あんがとねー。……という訳で早速」
デュリオは曹操に向けて指を鳴らす。すると、突風が発生して曹操を吹き飛ばす。
「場所を変えようや」
「むっ!?」
聖槍で留まる暇も与えらず突風の勢いで何処かへ移動させられていった。
曹操が風で飛ばされていくのを見て、デュリオはシンに顔を向ける。
「じゃあ行ってくる。シンたんも
「ああ、また後でな」
「うん。一緒に美味しいもの食べよう」
デュリオは手を振った後、背中から白い翼を広げて曹操を追う。
そして、この場にはジークフリートと戦うサイラオーグとシンが残された。
シンは最初に戻ってサイラオーグの戦いの行く末を見守る──ということにはならなかった。
立っているシンの喉元に背後から回された大鎌の刃が突き付けられる。
《こうもあっさりと後ろを取れるとは拍子抜けですね》
籠った男の声がシンに失望の声を掛ける。
シンの背後に立つのは他の死神よりも更に装飾が増したローブを纏い、道化師を連想させる仮面を被った通常の死神よりも一回りも二回りもオーラがある死神。
突き付けて大鎌の刃は多くの死を与えると同時に刈り取ってきたのかどす黒く変色しており、見ているだけで高位の死神なのが分かる。
《お初にお目にかかります。私はハーデス様に仕える死神の一人。名をプルートを申します》
丁寧ながらもシンへの敵意を隠さないプルート。初対面である筈なのだが何故か怨恨を感じる。
《……こうやって貴方にこの鎌を当てる日を楽しみにしていました。間薙シン》
「面識は無い筈だが?」
《確かにありません。ですが、以前より目障りに思っていました──魔人という存在が》
抑揚の無い声が僅かに熱を帯びる。
《魔人……あらゆる者たちに死を与える畏怖すべき存在。故に彼らはこうも呼ばれていました──死神、と。我々を差し置いて》
傍から聞けば八つ当たりに聞こえるかもしれないが、プルートを初めとした死神らにとっては重要な問題である。何しろ自分たちの存在意義に関わるからだ。
《この先魔人が死神として怖れられ続け、死神が魔人の代名詞と化したとき我々は果たして存在することが出来るのでしょうか?》
信仰が神々への力になるように、畏怖が死神にとっての力になる。それが魔人によって丸ごと奪われた時、彼らはどうなるのか。死を齎す死神たちにとってそれは未知なる恐怖。
《貴方たちは危険です。我々死神にとって、そして我が主であるハーデス様にとっても》
死神の大鎌を持つ手に力が籠る。
《その命、ここで刈らせて頂きます!》
シンの命と共に首を刎ねようと大鎌を引く。しかし、大鎌は固定されているかのように動かなかった。
「後ろを取ったのか取らせられたかの区別も付かないのにか?」
死神の大鎌を挟む人差し指と親指。上下から刃を挟む指二本がそれ以上先に進むことを許さない。
「様子を伺っていることは知っていた。俺もデュリオもサイラオーグも」
プルートが隙を狙っていたことに気付いていた。だからこそ、デュリオは確認をする為に『気を付けて』を言い残したのだ。
《戯言を……!》
今も背を向けている状態のシンが言ったところでプルートにはそうとしか聞こえない。だが、プルートは知らなかった。
「確かめてみるか?」
シンの体に電流のような魔力が生じる。
一見プルートが有利に見える状況だが、実態は違う。捉えられているのはプルートの方であり、そしてシンは今の状態からでも攻撃をする術を持っている。
「余り者同士、仲良く
解き放たれた魔力が矢のように散る。プルートはそれを至近距離から浴びせられた。
◇
突風に煽られ、空中を高速で飛ばされる曹操。
「よっ」
いつまで飛ばされる訳にはいかないので聖槍を正面に向けて一振りする。風という見えない力が聖槍の一振りにより斬られ、一瞬にして凪となる。
押し出す力は無くなり曹操は落下するが、難無く民家の屋根に着地する。
「お見事」
拍手の音。向かい側の民家の屋根にいつの間にかデュリオが立っている。
「いきなりな挨拶だ。そんなに俺と戦いたかったのかい?」
「まあね。それにああいう場所だと俺の場合巻き添えとか出しちゃう可能性もあるし。配慮、配慮」
「文句は無いさ。神滅具第一位と二位との衝突だ。この結界内でも狭いくらいだ」
曹操が何気なく言った言葉にデュリオの眉が微かに吊り上がった後、デュリオは大きく溜息を吐く。
「はぁぁぁ……またそれだ」
項垂れるデュリオに曹操は怪訝そうにした。
「俺って別に肩書きとかってあんまり興味ないんだよねー。天界の切り札とかジョーカーのは誇らしいとは思っているけど。でもねぇ、一つだけ気に入らないことがあるのよ」
デュリオは曹操にVサインを向ける。
「決まって言われるのよ。神滅具第二位の『煌天雷獄』の所持者とかナンバーツーの『煌天雷獄』の所有者とか」
ウンザリした表情をしながら不満を垂らす。
「誰が決めた順位か知らないけど気に入らないじゃないの。生まれ持った俺の神器だよ? 愛着もあるんだよ? それが二番目、二番目って言い続けられるのって可哀想じゃない?」
いつの間にか決められていた二番目に強いという称号。言う人々は称賛の意味を込めているのだろうが、言われている本人からすれば気に入らない。
「──だから、そろそろ順位替えをしても良くない?」
「成程。今日の君は挑戦者ってことか、デュリオ・ジェズアルト」
「そういうこと」
Vサインを止め人差し指のみを立てる。すると、突如周囲の環境が変わる。空にはいつの間にか雲ができ、雷が鳴り始め、デュリオの両手には炎と冷気が発生する。
デュリオの本気に対し、曹操は聖槍の輝きを以って応じる。
「おめでとう。
「残念。
次は一誠たち側の話になります。