ハイスクールD³   作:K/K

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激走、激情

『呆けているな、相棒! もう一度倍加だ!』

「はっ!?」

 

 呆然としていた一誠は、ドライグの叱咤により正気に戻ると言われた通りに倍加を再始動する。

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! ──』

 

 禁手化しているおかげ十秒を待たずに連続して行われる倍加。しかし、通常通りに倍加はしているが一誠は自分の体に違和感を覚えていた。

 

(おかしい……ちゃんと倍加しているのに力が戻った気がしない……何か、何かかが足りない……)

 

 現状最強の力である『真紅の赫龍帝』になっているが、一誠の体感では『赤龍帝の鎧』時のときとほぼ変わらないぐらいの力しか感じられなかった。

 

『……くそ。『悪魔の駒』の強化も消されている』

(マジかよ……)

 

 ドライグから聞かされた状態に一誠はまたもや呆然としてしまいそうになる程のショックを受ける。

 対象に付与された能力全てを吹き飛ばすヘルズエンジェルのエキゾースト。赤龍帝の倍加は勿論のこと『悪魔の駒』による能力の底上げも対象内になっている。

 一誠はリアスたちの方を一瞬見た。リアスの眷属たちは体に起こった違和感に戸惑っている様子。一誠と同じく『悪魔の駒』の強化を無効化されているのが見て分かる。

 

(最悪だ……!)

 

『兵士』をプロモーションすることで『女王』となり、それに適応させた形態が『真紅の赫龍帝』である。『悪魔の駒』が無効化された現状では、今の『真紅の赫龍帝』は張りぼて同然である。

 

『気休めになるかは知らんが、『悪魔の駒』の強化は一時的にゼロにされているだけだ。時間が経てば元に戻る』

「そうなのか!? じゃあっ!」

 

 ドライグから齎された微かな希望。一誠は大きく息を吸い込んで叫ぶ。

 

「部長! あの魔人の衝撃波は強化を打ち消します! だから『悪魔の駒』の底上げも無効化されているんです! でもドライグが言うに一時的なものだそうです!」

 

 一誠は得た情報を素早く仲間に共有する。

 

「何ですって!?」

 

『悪魔の駒』による強化を一時的とはいえ無効化する。シンプルだが恐るべき能力である。炎ですら厄介なのに勝ち目を潰してくるようなヘルズエンジェルの写し身の能力に冷や汗が止まらない。

 しかし、同時に気付いてしまった。強化を打ち消すということは、一誠の倍加も解除されているということ。今までの戦いっぷりから忘れてしまいそうになるが、一誠の悪魔としての素質は最底辺である。『兵士』のプロモーションや『赤龍帝の籠手』の能力で何とか喰らい付いているのが現状。

 それすらも剥ぎ取られてしまうということは──

 

「イッセー!」

「俺はっ!」

 

 リアスの声を掻き消す一誠の大声。

 

「……大丈夫です!」

 

 握った拳を見せ、精一杯のアピールをする。大丈夫だと言っているが勝てる根拠など今のところ全く無い。それでも、瘦せ我慢でも、好きな女性を前に情けない姿を見せたくはなかった。

 リアスも一誠が虚勢を張っていることには気付いている。主人として、最愛の恋人として今すぐにでも一誠と共に戦いたいという気持ちがある。しかし、リアスの傍には同じく愛すべき眷属たちがいる。

 一誠がくれた情報が確かならば眷属たちはヘルズエンジェルの写し身により著しく能力が下がっている。そんな状態で放っておく訳にはいかなかった。

 

「──任せたわ、イッセー」

 

 唇を嚙み締めながらリアスは一誠に託す。そんな彼女の肩に乗せられる大きな手。

 

「おいおい。こっちも頼ってくれよ」

 

 リアスが振り返った時には置かれた手はなく、代わりに目の前で舞う一枚の黒羽根。

 

「アザゼル!」

 

 リアスが空を見上げた時、飛び立ったアザゼルが牽制として巨大な光の槍をヘルズエンジェルの写し身に投擲していた。

 ただ投擲したのではなく放たれた光の槍は高速で回転しており、その回転により飛翔中に絞られ巨大サイズから平均的サイズにまで圧縮し、光の槍の質と密度が高まる。

 ヘルズエンジェルの写し身に届く頃にはサイズも太さも十分の一ぐらいにまで圧縮されており高密度の光となって写し身を貫く。

 刺されたまま硬直するヘルズエンジェルの写し身。だが、写し身自体がヘルズエンジェルの力を抜き取って形作られたものである為、目立ったダメージは無く刺し貫いた光の槍は写し身の炎により焼失してしまう。

 

「ちっ。やっぱあんまり効果ねぇか」

 

 予想通りの結末だったのかアザゼルは然程ショックを受けていない。

 

「アザゼル先生!」

「援護してやる。その間に態勢を立て直せ」

 

 アザゼルは懐から宝玉──五大龍であるファーブニルの魂を宿した核を取り出す。

 

「禁手化ッ!」

 

 宝玉から放出された光が分割されたパーツを幾つも創り出し、それらがアザゼルを覆うと共に黄金の光で包み込む。

 一瞬にしてアザゼルは黄金の全身鎧──『堕天龍の鎧』を纏った。

 

「久々の禁手化! でも、大丈夫なんですか?」

「彼奴の能力は把握済みで対策済みだ。少なくともあの衝撃波は俺には効かん」

 

 一誠の不安をアザゼルは頼もしい言葉で払拭する。

 アザゼルの禁手は正確には禁手ではなく内蔵しているファーブニルの魂を覚醒させ、暴走状態にしているに過ぎない。時間限定で膨大な力を手に入れられるがその分使用後には使用不能となる人工神器。

 肝心なのはこの鎧はアザゼル自身を強化するのではなくファーブニルの力を借りているということ。鎧のように纏っているが、言ってしまえばアザゼルはファーブニルに跨って戦っているに過ぎない。付与された能力を吹き飛ばすヘルズエンジェルの衝撃波の対象外であった──理屈の上では。

 

「でも、あの厄介な炎がありますよ!」

「まあ、何とかするさ」

 

 アザゼルは一誠を安心させる為に軽い口調で言う。

 

「だから──」

 

 そこまで言いかけた時、横殴りの衝撃がアザゼルを襲う。一誠もそれに巻き込まれ、二人して空中を滑るように移動。アザゼルは翼を、一誠は魔力を噴射して急ブレーキを掛ける。

 

『Reset』

「くそっ!」

 

 ヘルズエンジェルの写し身による容赦の無い衝撃波によりまたもや倍加を解除と『悪魔の駒』の強化をゼロに戻され、一誠は苛立って思わず言葉を吐き捨ててしまう。

 

「計算通りダメージは無し──腹が立つのは許容範囲だ」

 

 表向きはクールに言っているがアザゼルの心臓は久方ぶりに鼓動を早めていた。

 設計上はヘルズエンジェルの衝撃波に耐えられるとされているが、実際に受けてみるまではそれが正解かは分からない。そして、今受けてみてアザゼルの計算が正しかったことが証明された。ついでに衝撃波による強制解除の適応外であることも。尤も、折角格好をつけている場面で横槍を入れるように攻撃されたことには一誠と同じくイラッとしたが。

 これである程度は戦えるが、同時にアザゼルはある懸念を抱いていた。それは、ヘルズエンジェルの写し身が出るまで人工神器を使用しなかったことへの理由でもある。

 

『オオオォォォォォォォォオオオオオッ!』

 

 悍ましい叫びにアザゼルは一瞬身を震わす。アザゼルがその声に恐怖を抱いた訳ではなく核であるファーブニルの魂が反応したのだ。

 血を吐くように叫び続けるサマエル。ドラゴンの気配が増えたことを察知したことにより更なる呪詛を撒き散らす。ドラゴンが増えることでのサマエルの活性化。それがアザゼルの懸念していたことであったが、不本意ながら的中してしまった。

 

「ぐぅ……!」

 

 当然ながら一誠の影響を受けてしまう。ただでさえ集中する必要があるのにサマエルの叫声がそれを搔き乱している。

 アザゼルは少しでもその声を抑える為にダメもとで光の槍をサマエルに投げ放つ。

 すると、光の槍の移動上に濃霧が出現。濃霧の中に光の槍が飛び込むと光の槍は消失。次に現れたのはアザゼルの頭上であった。

 転移により投げ返された光の槍がアザゼルの脳天を貫く──かと思われたが、アザゼルは見向きもせずに光の槍を霧散させた。自分が出したものならば消すのも造作もない。

 

「ちっ。思った通り遠いな」

 

 ゲオルクはサマエルを制御しつつ『絶霧』により周囲を守っている。また、サマエル自身にもドラゴン由来の攻撃を無効化或いは消滅させることが出来る。二重に守りを固めているサマエルに攻撃を届かせるには実際の距離以上に遥か遠い。

 空にはヘルズエンジェルの写し身。地上にはサマエル。どうにかするには戦力がどうしても足らない。

 どうするべきかとアザゼルは頭を働かせているとき、三度目の衝撃波が命中。アザゼルの頑張りを嘲笑うかのように思考を中断させる。

 

『Reset!』

「ああ! もうっ!」

 

 三度目のリセットに一誠は堪らず声を荒げてしまう。ダメージは少ないがストレスで精神がガリガリと削られていく。

 

「ドライグ! アザゼル先生! あれどうにか避けられないですか!?」

 

 過去に戦闘経験がある二人に訊ねるが、その答えは──

 

『一瞬で排気音が聞こえない距離まで移動するか、彼奴の目が届かない場所まで移動すれば或いは……』

「あー、残念だが見えなくても凡その位置を把握して攻撃してくるぞ。隠れていた奴らが竜巻みたいな衝撃波で吹っ飛ばされている所を見たからな。攻撃の精度が多少変わるだけだ」

「無理なのは分かりました……」

 

 希望の見えない答えを返された一誠。特に絶望をしていないのはそんな気がしていたからである。

 

「じゃあ、本当にどうするんですか?」

「決まってんだろ」

 

 対策が自分では思いつかないのでアザゼルに聞いてしまうが、アザゼルは即座に答えが返ってきた。

 

「こうする!」

 

 再び光の槍を放つアザゼル。今度は先程のような圧縮したものではなく、通常の大きさのものを複数放っていた。

 アザゼルが攻撃した時、ヘルズエンジェルの写し身もまた攻撃に入ろうとしており、アクセルを回すようなジェスチャーをしようとしていた。そこに突き刺さる複数の光の槍。効果が薄いことが分かっているのか避けようともしなかった。光の槍を刺さったまま初撃のときのように動きが固まる。

 

「──やっぱりな」

 

 アザゼルは兜の下で口角を上げる。

 

「よく見ろ、一誠」

 

 アザゼルが指差した方を一誠は凝視する。注目するとアザゼルが投げ放った光の槍は、ヘルズエンジェルの写し身の体に絡みついている梵字を刺し貫いて一部を消していた。

 

「恐らくあれで制御してやがる。ああやって壊せば短時間だが動きを止めることが出来る!」

 

 アザゼルの言う通り梵字を破壊したことでヘルズエンジェルの写し身の動きは不自然に停止していた。しかし、貫いていた光の槍が炎により燃え尽きると破壊された梵字も復活しヘルズエンジェルの写し身の動きも再開される。これもまたアザゼルの言った通りである。

 ヘルズエンジェルの写し身がアクセルをふかし、エキゾーストを鳴らすと衝撃波が発生する。またもや倍加がリセットされるかと思われたが、一誠の前にアザゼルが立ちその体から光を膜状にして発生することで壁になる。

 

「くっ!」

 

 呻きながらも衝撃波を防ぐアザゼル。アザゼルが立ち塞がってくれたお陰で衝撃波は一誠にまで届かず倍加が解除されない。

 衝撃波は抜けていった後、アザゼルは疲労したように肩で息をする。

 

「想像以上にきついな……!」

 

 一度は防げたが堕天使の光がヘルズエンジェルの攻撃とそこまで相性が良い訳ではないので体力を消耗してしまう。

 

「イッセー! 一緒に動くぞ! 俺なら盾になってやれる! かき乱すように動いてやれ! 向こうは細かい動きは出来ない筈だ!」

「そんなこと分かるんですか!?」

「彼奴の攻撃パターンを見ていたら分かる。多分、マニュアル操作で動かされている、だいそうじょうのジジイにな! まあ、そうだろうな。魔人同士でも操るとなると簡単にはいかない」

 

 ヘルズエンジェルの写し身のワンパターンな動きや避けるなどの動作をしないことからだいそうじょうが遠隔操作していることを予想するアザゼル。

 

「ミイラと化石の中間みたいなジジイにはラジコンの操作はハイテク過ぎるってこった!」

 

 ここには居ない、しかし写し身を通じて聞いているかもしれないだいそうじょうに対して悪態を吐く。

 それに応えるかのように写し身は衝撃波ではなく炎を一誠たち目掛けて噴き出す。

 

「力を貸せ!」

 

 アザゼルが一誠に手を伸ばす。それの意味をすぐさま理解した一誠は、その手を握る。

 

「はい!」

『Transfer!』

 

『赤龍帝からの贈り物』により倍加された力がアザゼルへ譲渡。アザゼルは譲渡された力により一気に飛翔。そこに一誠も魔力噴射で加速の助力をする。二人分の力が合わさることで一瞬にして最高速度達し写し身の獄炎の射線から逃れる。

 かなり離れていても獄炎が発する熱を感じる一誠。一方でアザゼルの方は写し身について観察を続けていた。

 

「今の所固定砲台代わりに使っているみたいだな。そんだけ扱いが難しいか? 魔人同士相性最悪だから仕方がないか。出来る限り悪戦苦闘してくれ。俺たちが助かる」

 

 皮肉を言いながらアザゼルは光の槍を展開。鉄塔かと見紛うような巨大な光の槍であったが、一瞬で圧縮されてアザゼルの背丈程の大きさにまで縮む。アザゼルの技術と力は勿論のことだが『赤龍帝からの贈り物』の効果も影響している。

 

「合わせろ!」

「はい!」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに既に構えていた一誠は、両手からドラゴンショットを発射。未だに『悪魔の駒』の能力が回復していないので通常時のドラゴンショットであり威力は大幅に下がっている。

 ヘルズエンジェルの写し身がエキゾースト音を鳴らそうとするのが見える。このままでは再び強化解除される。その場合、今放ったドラゴンショットやアザゼルが溜めている光の槍の強化も剝ぎ取られてしまい、下手をすれば攻撃が不発に終わる。

 だが、アザゼルは兜の下で不敵な笑みを浮かべた。

 

「遅せぇよ」

 

 アザゼルが光の槍を投擲した瞬間光の速さというのが比喩ではない速度で放たれる。柄頭に当たる部分から光が噴射されることで槍の速度を爆発的に上昇させており、光の槍が通過した後には彗星の尾のように線状の光の残滓が伸びていた。

 先に発射されていたドラゴンショットを串刺しにしてエキゾースト音を響き渡らせようとしているヘルズエンジェルの写し身の胴体に命中。写し身の体内でドラゴンショットが炸裂し、大爆発を引き起こす。

 今のような速度特化にしたのなら光の力が速度分消耗して威力は大幅に下がるが、一誠から譲渡によりそれを補い、加えてドラゴンショットと合わさることで逆に大幅に威力を上げていた。

 やられてきた相手に一矢報いた一誠たちだが、兜の下の表情は明るくはない。経験上この程度で終わる筈がないという嫌な信頼感があるせいで楽観視が出来なかった。

 そして、案の定ヘルズエンジェルの写し身の気配が消えていないことを二人は感じ取る。

 爆発が消え、その中から現れたのは身体の半分が消失しているヘルズエンジェルの写し身。跨っているバイク型の炎の方は健在であった。

 

「しぶとい……」

『だが効いている』

「脆くなっているな」

 

 身体の半分を消失した状態のまま変化しないヘルズエンジェルの写し身。力のみを抽出した存在故か本物と比べると酷く脆い、というのがアザゼルとドライグの感想であった。

 核となるもの、もしくは力を内包する為の外装とも言うべきものが無いせいか大きなダメージを負ったヘルズエンジェルの写し身は、損傷した部分が崩れていき火の粉のように散っていく。

 このまま崩壊する──というのは甘い考えでありヘルズエンジェルの写し身は再びその体を梵字によって覆われる。初めの時よりも梵字の数は多くなっており、余すところなく描かれた様は耳なし芳一を連想させた。

 梵字に書き尽くされたことでヘルズエンジェルの写し身の崩壊が止まる。どうやら上から覆うことで無理矢理力の放出を抑え込んでいるらしい。

 

「あのジジイ……使い潰す気だな」

 

 ヘルズエンジェルの写し身がエンジン音を唸らせるのを見てアザゼルは忌々しそうに呟く。

 

「使い潰すって……」

 

 アザゼルの言葉の意味を理解して一誠は表情を蒼褪めさせる。

 退く気が全くない相手の動向。使い潰すということはヘルズエンジェルの写し身が消滅するまで戦いは終わらない。

 考えみれば当然のことであった。魔人同士の仲は殺し合うぐらいに悪い。そんな関係なのに相手を気遣う気持ちなど湧く訳がない。だいそうじょうはヘルズエンジェルから抜き取った力をここで全て使い尽くし間接的にヘルズエンジェルを亡き者にしようとしている。その間に一誠たちが死ぬのなら一石二鳥。

 威嚇音。攻撃の前兆。それを示すように鳴り響くアクセル音。炎か衝撃波、そのどちらかが来るのかと思い身構える一誠。

 瞬きも許されない状況の中、一誠はヘルズエンジェルの写し身を凝視し続け──その姿を見失った。

 

「え?」

 

 注目しているのに見失うという矛盾した現象。その瞬間、肩を掴まれて強く引き寄せられる。同時に何かが腕を掠めていく。

 

「あぶねぇ!」

 

 片方の耳はアザゼルの声を聞き、もう片方の耳は鼓膜が痛くなる程の風切り音を聞くとともに聞く。

 何が起こっているのか理解出来ないまま一誠は何かに触れた自分の腕を見た。腕の装甲には大きな亀裂が生じており、動かした拍子に腕から装甲が剥がれ落ちていく。

 攻撃を受けたという認識をこの時したが、どのような風に攻撃されたのかまで理解が追い付いていない。

 傍に立つアザゼルが後方を見ているので一誠も同じ方向を向く。遥か彼方に立つ炎の人影。見失ったヘルズエンジェルの写し身がそこに居た。

 

「気を付けろ。直線距離限定なら──」

 

 アザゼルの忠告。その声は緊張に満ちている。

 

 

「恐らくあいつが魔人最速だ」

 

 ヘルズエンジェルの写し身が何をしたのか。何ということはない。ただ真っ直ぐ走っただけ。ただし、全てを置き去りにしてしまう程のスピードで。

 

 

 ◇

 

 

 一誠とアザゼルが力を合わせてヘルズエンジェルの写し身を押し留めている中、リアスたちもまた行動を起こそうとしていた。

 

「貴方たち、大丈夫?」

 

 リアスが眷属たちの体調を訊ねる。皆が口を揃えて『大丈夫』と言ったが、そんなものは瘦せ我慢であることはリアスにも分かっていた。

 ヘルズエンジェルの写し身が放った衝撃波の影響で『悪魔の駒』で転生した眷属たちは全員能力が低下している。また、今まで当然のようにあった力が喪失したのはかなりの不快感らしく何名か顔色が悪い者も居た。

 

「大丈夫かにゃ?」

「応急処置ですが少し楽になると思います」

 

『悪魔の駒』を使用していない黒歌とルフェイが仙術と白魔術で眷属たちの体調を整える。ルフェイが言うように『悪魔の駒』を元通りに出来る訳ではないが、それでも崩れた体調を戻すには効果があった。

 皆が立て直している間にリアスはこれから何をすべきか考える。この場合、主として最も忌避すべきなのは『何もしない』ということ。眷属であり恋人でもある一誠が必死になって戦っているというのに、幾らでも並べられる理由を盾にして何もしないなど出来る筈がない。

 

(落ち着いて考えなさい、リアス・グレモリー。今、私たちがすべき最善は何かを……!)

 

 恋人の安否で乱れそうになる思考を、一刻を争う状況で早まる鼓動を、死と炎のニオイに満ちた異様な空間のせいでネガティブに侵食されそうな心を皆の『王』という矜持で捻じ伏せる。

 

(私たちがすべきことは!)

 

 リアスの視線が向けられるのは黒い球体。サマエルによって捕らえられているオーフィスを救出すること。オーフィスの力は強大である。この場に居る誰よりも強い。しかし、その強さもドラゴンという存在に対して絶対的有利に戦えるサマエルに抑えられている。

 

(どうやってオーフィスを救うの?)

 

 サマエルは力が及ぶのはドラゴンだけではない。サマエル自身も高位の存在故にリアスの消滅の魔力や木場の聖魔剣も通用しなかった。ゼノヴィアのエクス・デュランダルはまだ試していないが、前二つの効果の薄さから見てあまり期待出来ない。

 持てる最大火力が通用しないとなると別の方法が必要になるが、その方法が咄嗟には思いつかない。

 

(どうすれば……つっ!)

 

 打開策を絞り出そうとするリアス。その時、目に強い痛みが生じる。目を開き続けていたせいで目が乾いてしまったことによる痛み。何せ周りが火の海になっており、空気が熱せられているので早く乾く。

 

「あっ……」

 

 そこでリアスにある方法が浮かぶ。強力な火力を有しながらドラゴンと関わりのない力。それが今、目の前に燃え広がっている。そして、それを扱うのに最も適している者が眷属の中に居た。

 

「祐斗!」

 

 リアスに名を呼ばれた木場は、苦し気であった表情を一瞬で消し、引き締めた表情ですぐにリアスの傍に行く。

 

「どうしました?」

「……祐斗。貴方の魔剣で魔人の炎を取り込むことは出来る?」

 

 リアスからの問い。木場はリアスが何をしようとしているのか瞬時に理解する。

 

「魔人の炎を利用してオーフィスを助けるんですね?」

「──ええ。でも、見ての通り魔人の力は危険よ。何が起こるか──」

「やってみます」

 

 リアスの不安を最後まで聞き届けることはせず、何の躊躇もなくリアスの案を了承すると、木場は『魔剣創造』により木場のイメージを投影させた一本の魔剣を想像する。

 出来上がった魔剣は柄や鍔は特徴の無い仕上がりであったが剣身の部分が異彩を放つ。先が尖った円筒状になっており、反対側が透けて見える。剣というよりもガラス細工のような魔剣であった。

 創造した魔剣を握り、最も近くで燃え盛る炎の近くに移動する。炎上する民家。そこから炎を貰う。

 ヘルズエンジェルの炎を間近で改めて見る。ゲオルクの結界が創り出した模倣とはいえコンクリートなどの不燃物が枯れ木や紙のように燃えていくのは不可思議な光景であった。また、対象が燃え尽きれば自然と炎も弱まっていく筈なのにヘルズエンジェルの炎は勢いを衰えさせない。完全に灰にするまで焼き尽くす、そんな意思を感じさせる。

 獰猛。炎を形容するには些か不似合いな言葉だがそう思わせる危険な炎であった。

 魔剣の柄を握る手が汗で濡れる。それは炎の熱だけが原因ではない。木場の動向を見守っているリアスたちもシンクロするかのように体に汗が滲み出ていた。

 意を決して木場は地獄の炎に魔剣を突き刺す。すると、突き刺した魔剣に炎が吸い込まれていき、ガラスのような剣身の中に封じ込められる。

 

「──『炎喰剣』

 

 創造した魔剣の名を呟く。その名の通りの効果を発揮した魔剣。かつて炎を凍らせる魔剣を創り出したことがあるので難しい創造ではなかった。

 透明の剣身の中に炎が燃えているのでさながらランプを彷彿とさせる。尤も、宿る炎は何かを照らすような生易しいものではく、照らす相手すら焼き尽くす凶悪なもの。

 これで第一段階は完了。後は閉じ込められたオーフィスをヘルズエンジェルの炎で救出するだけなのだが──木場は既に異常事態が起こっていることに気付いてしまう。

 

(剣が……!?)

 

 炎を封じている魔剣の先端から落ちる雫。それは溶けた魔剣の一部。炎を封じ込める為の魔剣ですらもヘルズエンジェルの炎を封じ切れない。それは同時に木場のイマジネーションを遥かに超える、文字通り想像に及ばない力を持っていることを意味する。

 

(急げ!)

 

 溶け始めてしまえば後は速い。徐々に魔剣は赤熱化し始め、形を変えようとする。

 

「祐斗!」

 

 目に見える形の変化なのですぐにリアスたちも気付く。リアスはすぐにそれを手放すよう指示を出そうとしたが、それよりも先に木場が動いていた。

 

(今出来ることを! 僕も!)

 

 魔剣が溶け切って内なる炎が溢れて木場を焼くか、それよりも先にサリエルの拘束を焼き切るかの時間との勝負。

『騎士』のスピードで電光石火の勢いで斬る──という訳にはいかなかった。

 

(お、遅い……!)

 

 自分で自分の速さに怒りを覚えるぐらいに速度が落ちている。それもヘルズエンジェルの写し身のせいであり、『騎士』の能力を一時的に打ち消さられた結果である。

 羽毛のように軽かった体は今は錘のように重く、一足で駆け抜けられた距離が藻掻くように足を動かさないと進めない。

 客観的に見ても今の自分は無様そのものだと木場は思う。だが、リアス・グレモリーの『騎士』としての矜持が木場に足掻かせることを止めさせない。

 無様でも良かった。無様でも貫けばカッコいい。それを親友たちを見て木場は知っている。

 必死になって走り、果てしなく遠いと思えたオーフィスの許へ辿り着く。魔剣の状態は融解寸前。柄にも熱が伝わっており、早くしないと溶けた柄と手が一体化してしまう。

 

「はああああああっ!」

 

 木場は渾身の力を込めて魔剣を振り下ろす。サリエルが作り出した黒い塊に赤熱の魔剣が触れ、消滅することなく一筋の傷を付けた。しかし、そこが限界であった。魔剣の封じていた炎が剣身を突き破り、外へ噴き出す。

 

「祐斗!」

 

 せめてもう一振りと考えていた木場であったが、リアスの声を聞き止むを得ず手にしていた魔剣を投げ捨てる。木場が魔剣を投げ捨てて間もなくして、封じられていた炎が解放され空中で人一人ぐらいは軽く呑み込めそうな炎の球体が発生する。

 結局一太刀しか入れられなかった木場は悔し気に表情を歪める。だが、すぐにその表情を引き締めると止められるのも危険も承知でもう一度行おうとする。

 その時であった。木場が入れた傷の周辺が内側から押されて盛り上がる。やがて、僅かに薄くなっているその箇所を突き破り、白く小さな指が現れる。

 

 

 ◇

 

 

 

「くそっ! やっぱり戦い方変えて来やがったか……!」

 

 だいそうじょうとて馬鹿ではない。今までの戦い方が通じ難くなればすぐに別の戦い方に切り替える。

 

「来るぞ!」

 

 一誠は今度こそヘルズエンジェルの写し身を見逃さないように目を凝らす。集中力を高め、瞬きすることすら惜しむ。

 ヘルズエンジェルの写し身がアクセルを回し、エンジンを唸らせ──エンジン音が聞こえた時にはヘルズエンジェルの写し身はすぐ傍まで接近していたのだ。

 ヘルズエンジェルの写し身の本気の速さは音を軽々と超える。動くと思った時には既に手遅れ。

 ヘルズエンジェルの写し身はそのまま突っ切って轢殺するのではなく一誠とアザゼルが間合いに入ったのを確認すると同時にターン。一誠のときに見せたような高速ターンだがスピードの桁が違う。減速することなく半回転しながら炎の後輪を二人目掛けて振り回す。

 動け、と脳が体に命じるのでは遅い。本能に仕込まれた緊急装置が発動したかのように二人は無意識に全速力で後ろへ下がっていた。二人の脳が動けと命令した時には既に一手先であった。

 しかし、それでもヘルズエンジェルの写し身の攻撃を躱すには一歩遅い。一誠は胸部、アザゼルは腹部の装甲に後輪が僅かに触れ、たったそれだけの接触で弾き飛ばされる。

 装甲は破壊されたが一誠は修復が出来る。一方でアザゼルの方は人工神器故に修復が出来ない。

 幸い見た目に反してダメージは大したことがないのですぐさま反撃に転じようとするが、ヘルズエンジェルの写し身の攻撃は同時に方向転換でもあり接近した時と同等の速度で離脱。一瞬にして二人から離れてしまう。こうなってしまうと互いに距離が離れ過ぎてしまい一誠たちの攻撃を避けるのに十分な余裕を与えてしまい、攻撃をするだけ無駄であった。

 

「──くそったれ!」

 

 アザゼルはつい毒吐いてしまう。向こうの攻撃は間合いなど無いに等しい最速。自分たちは攻撃をする機会すら与えられない。これ以上無い程に一方的な攻守。紙一重で何とかしてきたがそれでも限界はある。装甲を剝がされたアザゼルの姿が未来を暗示していた。

 離れた場所に居るヘルズエンジェルの写し身がこちらに休む暇も与えずに動きだそうとしている。

 今まで固定砲台のような使い方をしていたが、少し対応出来るようになったと判断したら今度はヘルズエンジェルの写し身自身を砲弾として使い始めた。元より使い潰す前提で操っているので、惜しみなく特攻をさせてくる。

 

(よく見ろ……! よく見ろ……!)

 

 徐々にだが『悪魔の駒』の能力が戻り始めている。『女王』程ではないがそれ以外の駒の能力状態に近い。速度と反射神経、万が一の場合に備えての耐久力でヘルズエンジェルの写し身の次なる攻撃も切り抜ける。

 

(よく見──来たっ!)

 

 ヘルズエンジェルの写し身の姿が視線先から消える。だが、完全に見失った訳ではない。轍のような橙色の炎が一直線にこちらへ向かってきているのを辛うじて捉えた。

 しかし、一誠とアザゼルは動かない。ヘルズエンジェルの写し身をギリギリまで引き付けなければ先程のように高速で離れられるのが予想出来ていた。

 相手が有効射程内に入るまで動くことを耐える。そして、その間に密かに攻撃の準備に入る。

 刹那で過ぎ去るような極めて短い時間。だというのに一誠にはその時間がとても緩やかに感じられる。

 もしかしたら臨死体験をせぬまま走馬灯を実体験しているのでは、と一誠は思う。思い出を振り返る暇もなく戦うことに全てを注ぐ。そして、生きながら走馬灯を経験させるような恐ろしい死を迎え撃つ。

 緩やかな時の中、粘度の強い液体の中を藻掻くように思い通りに動かない体を筋肉と気力を振り絞って動かす。

 不可侵の砲弾と化したヘルズエンジェルの写し身が突っ込んで来るのを神がかったタイミングでアザゼルと共に左右に避ける。言葉にしなくともシンクロした動き。共にこれが最善と導き出した故の鏡合わせの行動。

 標的を車線上から失ったヘルズエンジェルの写し身は、そのまま突き抜けて行こうとする。後はその背に最高まで高めた技を撃ち込む──筈であった。

 ヘルズエンジェルの写し身はその瞬間、その場でターンし一誠たちに背を向けた。あまりにも完璧なタイミングであったせいで一誠もアザゼルも何が起こったのか理解が追い付かない。

 そして、一瞬にして理解する。攻守は入れ替わっていなかったことに。

 偶然なのか、それとも見計らっていたのかはこの場に居る一誠たちには分からない。だが、その答えが何であったとしても事態は好転しない。

 ヘルズエンジェルの写し身による高速の体当たり。避けることに全神経を集中しなければならない二人にとってヘルズエンジェルの写し身が突っ込んで来た時点で選択肢は一つしかなかった。

 恐れを押し殺し、それにより神経が擦り切れるような思いをしながらの後出し。だが、思い知ることになる。速いということは常に相手の先を行くということを。後出しをされた後に後出しをするという理不尽すらも可能とすることを。

 一誠たちに向けられるバイクのマフラー。込められる圧縮された地獄の炎。一度点火すれば焼き尽くすまで消えないそれが至近距離で放たれようとしている。

 動こうにも咄嗟には動けない。誰かが一誠の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。それが遠くに感じてしまうぐらいに一誠の意識は目を背くことすら許さない劫火に向けられる。

 終わり、その文字が頭に浮かんだ。

 その瞬間であった。

 何かが飛び込んで来たと思ったらヘルズエンジェルの写し身に爆発が起こり、その衝撃でヘルズエンジェルの写し身は地面へ落下する。

 誰かがヘルズエンジェルの写し身を攻撃した。それは──

 

「ライザー!?」

 

 ──ライザー・フェニックスという予想もしていなかったまさかの相手に一誠は素っ頓狂な声で名を呼んでしまう。

 途端、ライザーは不機嫌な表情で一誠の方を見る。

 

「最悪だ……」

 

 少し乱れた髪を直しながらライザーは吐き捨てる。

 

「いけ好かない奴を助けちまった……」

 

 ライザーの気分は最悪であった。婚約者を奪った挙句自分にトラウマを刻んだ一誠を意図せず助けたこと。

 

「本当に最悪だ……」

 

 その為に気色の悪い炎と接触する羽目になってしまったこと。

 

「ああ、最悪だ……」

 

 何よりライザーを最悪の気分にさせているのはレイヴェルの存在。こちらをポカンとした表情で見上げているレイヴェル。その頬は涙で濡れていた。

 

「お前か……俺の大事な妹を泣かせるのは?」

 

 ヘルズエンジェルの写し身を睨むとライザーが放つ炎の双翼が激しく炎上する。

 

「焼き尽くしてやる……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向けられる激情。すると、誰にも聞こえることも届くこともない小さな、小さな声が発せられる。

 

 い……か……り……

 

 核を失った力だけの存在の筈のそれは確かに喋った。

 




バフ解除はイラっとしますが、それすらも戦略に組み入れるのがメガテン。
でも、やっぱりイラっとします。
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