ハイスクールD³   作:K/K

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神毒、自切

(何だこいつは……やばいな……)

 

 勢い良く飛び出した挙句、考え無しに蹴り飛ばしたライザーであったが少し遅れて相手の強さと如何に自分が無謀なことをしたのかを知る。

 ライザーがヘルズエンジェルの写し身に触れた瞬間に感じたのは『熱さ』。奇しくもレイヴェルと同じ感想を抱き、同時にそれがどれ程驚愕すべきことなのかを察してしまう。

 

(あれ以上接触していたら危なかった……!)

 

 ヘルズエンジェルの写し身を蹴り飛ばしたライザーの足は素足になっている。ヘルズエンジェルの写し身を蹴った瞬間にあまりにも気色の悪い炎に本能的が危険と判断したライザーは、片足を内側から発した炎で爆破して切り離した。既に再生しているので問題は無いが、そのまま何もせずに蹴っていたらどうなっていたのか想像するだけで背中に冷や汗が噴き出す。

 

(笑い話にもならない。フェニックスが炎を恐れるなんて)

 

 出来ることなら二度と触れたくない炎。炎や風に対して敏感なフェニックスだからこそ分かるのだが、炎そのものから死体を燃やしているような濃い死臭を放っており、嫌悪感で全身に鳥肌が立つ。

 だが、同時に既視感を覚える。この時のライザーは戦いの最中なので意識がそちらに回らなかったがその既視感は正解であった。触れたくない炎、触れればフェニックスであっても熱を感じさせる炎──シンの炎を見た故の既視感。

 フェニックスとして炎に精通しているからこそ直感的に答えに辿り着く。シンの炎はコカビエルとの戦いの時に彼の燃える右手の炎を吸収したことで発現した。そして、コカビエルの右手に燻り続けていた炎は元々はヘルズエンジェルのもの。周り巡ってライザーは本家と対峙することとなってしまった。

 そして、それがライザーに最善の行動を取らせた。もしも切り離さずにそのまま蹴っていたらライザーの体は今頃ヘルズエンジェルの炎に喰われていただろう。

 

「何なんだあいつは?」

「何でお前が居るんだよ!? ライザー!」

 

 質問のタイミングが被ってしまい、どちらも相手の答えを待っているせいか沈黙してしまう。しかし、時間の猶予の無い状況。すぐに簡潔に答える。

 

「間薙シンと待ち合わせしたからだ!」

「あいつは魔人だ!」

 

 またもやタイミングが被ってしまった上に返ってきた返答が予想の斜め上であった。

 

『何でだよ!?』

 

 コントのように声を重ね合わせ、同じ質問をしてしまう。

 

「うるさいぞ、お前ら」

 

 鋭い声が二人の動揺を強制的に断ち切る。

 

「そういうのは後でやれ」

 

 いつもとは質の違う怒りに二人は萎縮してしまう。大人として振る舞えたり、子供のように振る舞ったり、偶に底知れない雰囲気を出すアザゼルだが、状況が状況な為に一切の余裕を省いた冷徹な態度になっていた。

 一誠は普段を知っている故にそのギャップで肝が冷えるし、ライザーも堕天使の総督としての威圧感に黙らざるを得なかった。

 確かにアザゼルが厳しく言ったように少し気が緩んでいたかもしれない、と一誠は内心反省する。相手は力だけとはいえ魔人である。気を抜くことを許されない相手。

 それは一誠も十分理解しているつもりなのだが──

 

(何で気を抜いちゃったんだ?)

 

 ──反省するついでに何故そんなことになったのか自己分析する。答えはすぐに返ってきた。

 

『……安心したんだろ』

(うん? どういう意味だ? ドライグ?)

『言葉通りだ、相棒。あのフェニックスの小僧が助太刀に来たことが嬉しくて、ついはしゃいでしまったんだよ、相棒は』

(俺が!? あの焼き鳥が来たことに喜んで安心した!? 嘘だぁぁぁぁぁ!)

 

 認めたくない答えに一誠は心の中で絶叫を上げてしまう。初めて会った時よりは若干印象は変わったが、それでも気障で妬ましくていけ好かない男なのは変わらない。

 そんな男が来ただけではしゃぐなど──一誠は信じ難い気持ちでライザーを見る。ライザーは『何見てんだ、殺すぞ』という目で睨み返してきた後、さっさと視線を外してしまった。

 

「──くそ。よりによって魔人か。先走り過ぎたか……」

 

 レイヴェルが心配で先行してしまったが、シンたちも連れて来るべきだったのでは、という思いが頭の片隅に過る。

 しかし、既にヘルズエンジェルの写し身には不意打ちで一発入れてしまっていた。敵として照準が定められていると考えられる。

 

「……まあいい。嫌だが共闘だ、兵藤一誠……本当に嫌だが」

 

 渋々という表情を隠そうともしないライザー。心底納得し切れていない態度で共闘を申し出て来る。

 

「嫌だけど分かった。嫌だけど」

 

 ライザーを真似して了承する一誠。兜の下ではライザーと似たような表情をしている。

 すると、地面に叩き付けられていたヘルズエンジェルの写し身がアクセルを吹かし、重力に逆らって真上に駆ける。

 一瞬にして一誠たちが見上げる高さまで上昇すると、反転してマフラーから炎を噴射させる。その炎は集束されており、まるで光線のように一誠たちへ伸びていく。

 範囲を絞めた分炎の速度は上がっており、恐らくは威力も上昇している。遠隔操作で粗末に扱っているだいそうじょうだが、酷使しているだけあって写し身の操作が段々と上手くなっている。

 炎で牽制し、動いた先に高速の攻撃を仕掛ける。先程と同じ戦法だが、やっていることは単純なのに仕掛ける側の能力が高過ぎるせいで攻略の糸口が見つからない。

 誘導されていることが分かっていても一誠とアザゼルは炎の射線上から逃れようとする──ただ一人動こうとしないライザーを残して。

 ライザーが動かないことに二人はつい動きを止めてしまった。そのせいで炎の範囲外から逃れるタイミングを失う。

 そんな二人の焦りなど知ったことかと言わんばかりにライザーは前に出る。

 

「ばっ!」

「おいっ!」

 

 止めようとするが間に合わない。ヘルズエンジェルの写し身の炎がライザーを貫こうとする。

 

「フェニックスの炎を舐めるなよ」

 

 ライザーが呟くと共に両手から炎を放つ。しかし、その炎は第三者から見てもヘルズエンジェルの写し身の炎よりも勢い、威力が劣って見えた。

 炎と炎が衝突する。だが、拮抗することはなく写し身の炎はライザーの炎を喰らうように呑み込んでいく。

 その光景に悲鳴を上げる者はほぼ居ない。悲しいことに予想が出来ていた光景であったからだ。

 

「お兄様っ!」

 

 ──唯一妹であるレイヴェルだけが悲痛な声で兄を呼ぶ。その先の悲劇が頭の中で浮かび上がってしまったからであった。

 だからこそ、ここから先の光景は誰もが予想も出来なかったことである。

 自身の炎が写し身の炎により焼き尽されていくのを見てもライザーは動揺はせず、半ばまで侵食された時、突き出していた両手を翼のように左右に広げた。

 次の瞬間、写し身の炎が真っ二つに割け、ライザーの両腕の動きに沿い、ライザーを避けるように右と左に広がりながら斜め上へ伸びていき、最終的には上空へ消えていった。

 

「威力は流石だが……雑な炎だ」

 

 写し身の炎を捌いた後、さも何てこともなかったかのように写し身の炎を酷評する。

 ヘルズエンジェルの写し身は炎を逸らされたことに一瞬硬直をする。次の攻撃への間は、操っているだいそうじょうがライザーを過小評価していたのか、このようなことになると思わなかったからこそ起きた。

 だが、すぐに気を取り直して今度はアクセルを回す。一誠の強化を吹き飛ばした衝撃波を放つ動きであった。

 一誠たちがその動きに警戒する一歩前にライザーは異変を感じ取っていた。フェニックスは炎だけでなく風も支配する。故に空気の動きには誰よりも敏感であった。そんなライザーが空気の震えをいち早く感じ取る。空気を伝って何かしらの攻撃が飛んでくることを先読みした。

 どれ程の規模の攻撃が来るのか分からないままライザーは全力で風を支配下に収める。その直後、空気を激しく揺さぶる衝撃波が写し身から放たれた。

 気を抜けば一瞬で支配した風を持っていかれる。ライザーは奥歯を噛み締め、出せられる力を使い尽くして揺さぶられる空気を押し留めた。

 ライザーの尽力により大音量で鳴らされる筈のエキゾーストノートは十分の一程に消音され、衝撃も一誠たちに届くことはなかった。

 

「う、おおおおおおおおっ!? すげぇ! すげぇぞ! ライザー!」

 

 思わず興奮して叫んでしまう。触れれば焼き尽くされる炎をああも容易く捌き、強化を吹き飛ばす衝撃波を無効化する姿を見れば当然の反応であった。

 

「やるな……」

 

 アザゼルも言葉は短くも驚愕していた。相性はあるかもしれないが、若い悪魔が魔人を相手にあれ程のことをすれば称賛せざるを得ない。

 一方で二人から褒められているライザーはというと──

 

(何だあの炎は……あぶなかった……それにあの攻撃も何度も止められないぞ!)

 

 表面上は涼しげな表情をしているが、内心では心臓が限界寸前まで鼓動するほど焦っている。

 ヘルズエンジェルの写し身に不意打ちのキックを打ち込んだ時から嫌なものを感じ取っており極力触れないよう心掛けていたが、先程の炎で確信する。ヘルズエンジェルの写し身の炎は危険過ぎる代物であり、フェニックスの不死性をも脅かすものであると。

 ヘルズエンジェルの写し身の炎を捌けたのはほぼ偶然に等しい。初見である筈の集束された地獄の業火。それを見たライザーにあったのは既視感。

 シンの使う炎の技と良く似ていたのだ。

 技の原理はライザーも良く知っている。そもそも炎の使い方を教えたのはライザーである。原理が分かれば、それをどうにかする方法も自然と思い付く。

 シンの技は二つの炎を掛け合わせて威力を上げるものだったので、ライザーは逆に一つに纏められた炎を二つに分けるようにした。

 ヘルズエンジェルの写し身の炎は、同じ炎すらも焼く。その性質が作用し、ライザーの炎を餌のようにして貪っている所で炎を左右に分散され、導火線のようにライザーの炎を伝って彼方まで見事に誘導されて飛んで行ってしまった。

 心臓に悪かったが似たような技を見ていたおかげでぶっつけ本番でも上手くいった。衝撃波の方もフェニックスの領域なこともあって最小限に抑え込めた。だが、そう何度も上手くいかないことは自身の消耗加減で分かる。連続して同じ事をされたら先にライザーの方が潰れるが、今はそれを周りに伝わらないよう隠す。

 その甲斐あって全体の士気が上がる。ここから華麗に反撃──と言いたかったが、それを踏み止まらせる悍ましい叫びが響き渡る。

 

「な、何だこれは……!」

 

 体が反射的に蹲りそうになる。術や魔力などではなく純粋な防衛本能による行為。

 ライザーは身震いしながら声の方を見ると、十字架に磔にされた上半身が人、下半身がドラゴンの異形──サマエルが磔にされたまま激しく体を揺さぶりながら叫んでいる光景を目撃する。

 

「あれは何だ!?」

 

 ヘルズエンジェルの写し身に注目していたせいで今の今まで気付かなかった。どう見ても普通の存在ではない。

 

「サマエルだよ」

 

 アザゼルが答えた。一誠は叫ぶサマエルの影響を受けて苦しんでいるので代わりに。

 ヘルズエンジェルの写し身もサマエルが叫び出してから急に動きが止まる。操縦しているだいそうじょうがサマエルをこれ以上刺激するのを控えているのかもしれない。

 

「サマエルか……サマエル!?」

 

 聞けばすぐにどんな存在か分かる程、聖書に記される名を出されてライザーは二度その名を叫んでしまう。一度目は理解が追い付かないまま反応し、二度目は意味を理解して。

 

(あれは確かコキュートスの最下層に封印されていたとおとぎ話で聞いたような……なら何で封印が解かれている? コキュートスは冥王の管轄で『禍の団』なんかじゃ──つまりそういうことなのか? 吐きそうだ……)

 

 どんどん厄介事が積み重なっていきストレスで気持ちが悪くなる。日頃の行いが悪いとは微塵も思っていないライザーからすればこのような厄災を招くような人物は、目の前で耳を抑えている一誠か今も何処ぞで戦っているシンぐらいしか思いつかない。

 明確な根拠は無い。ただそういう風にしか思えなかった。

 神の悪意を以って封印された怪物が人間界の、それも駒王町の一角に現れている半ば非現実的な光景に啞然としながらついサマエルを凝視してしまう。

 ライザーの視線は自然とサマエルの口から伸びる舌に向けられ、それを伝うと黒い塊が目に付く。黒い塊の周辺にはリアスたちが集まっているのが見えた。

 すると、黒い塊を内側から引き裂いて今まで囚われていたオーフィスが出て来る。

 

「オー──」

 

 脱出出来たことに一誠は喜び、思わず名前を呼びそうになったが寸での所でアザゼルが一誠の頭を小突いて黙らせる。

 いきなり殴られた一誠は、アザゼルの方を向く。アザゼルは顎でライザーを指した。そこで気付く。ライザーだけが一誠たちがオーフィスを匿っていたことを知らない。もし、あそこでオーフィスの名を出していたら後々大変なことになる。

 

「一体何が起こっている? 誰だあれは? 何でサマエルに捕まっていた?」

 

 事情を知らないライザーが当然の質問をしてくる。オーフィスの名を知っていても姿形を知らない彼からすれば、黒いゴスロリの衣装を着た少女がサマエルの拘束から無理矢理脱出した風にしか見えなかった。

 どう考えても普通の存在とは考えにくいので何か知っていそうな一誠とアザゼルに問うのも自然の流れである。

 どう返答すべきか分からず一誠は沈黙してしまう。アザゼルもまた事が事なだけに慎重に言葉を選ぼうとしていた。

 そんな彼らに助け舟を出したのは、皮肉にも敵であるゲオルクであった。

 

「──ここまでだな」

 

 冷静な表情を保っているが顔をおびただしい量の汗を流すゲオルク。どれだけ消耗しているのか視覚で伝わってくる。

 様々な不確定要素が起こり、何度も冷や汗を流し、胃に穴が空くような思いをしたが結果だけを見れば当初の予定を大きく上回る四分の三以上の力をオーフィスから抜き取ることに成功した。

 時間制限内にこれだけ取れれば十分。後はサマエルを元の場所へ返すだけである。

 サマエルの足元にある魔法陣から輝きが失われていく。同時にこの場所に引き留めていく力が無くなっていく。

 サマエルを磔にした十字架が魔法陣の中へ沈み始める。このままコキュートスへ直送するつもりであった。

 色々な妨害があったが終わりだけを見れば曹操たちの勝ち。曹操たちの狙い通り『龍喰者』の力でオーフィスの力の大半を奪われることとなった。

 しかし、やはりというべきか曹操たちの見通し──否、曹操たちに協力したハーデスの見通しは甘かったと言える。

 彼らは見くびっていたのだ。長い年月コキュートスに封じ込められていた者の執念と怒りと呪いを。絶望という言葉ですら足りない正気を失う程の孤独の中で巡って来た最後かもしれない好機にしがみつく覚悟を。

 

『オオォォォォォォォォォォ……!』

 

 コキュートスに返されることを強く拒み、激しく体を揺さぶるサマエル。生半可な抵抗ではなく、打ち付けられている釘がその揺さぶりで傷を大きくさせ夥しい量の血が吹き出す。

 

「うぅ……」

 

 アーシアが蒼白になって口を手で押さえる。傷が広げられていく生々しい音や流れ出る血、漂い始めるニオイ。目と耳と鼻を侵食する悍ましさに気分が悪くなっている。他のメンバーもアーシア程ではないが気持の悪さや嫌悪感を覚えていた。

 

「くっ……! 無駄な足掻きを……!」

 

 最後の最後でサマエルが抵抗し出すことはゲオルクにとっても予想外のことであった。ほぼ成功した作戦に水を差された気分になりながらもゲオルクはサマエルを魔法陣の中へ沈めていく。

 

『オォォォォォォォォォォ……!』

 

 尾の先が魔法陣の中へ入ろうとしたとき、サマエルが一際強く鳴いた。すると、肉が裂けていく気持ちの悪い音がする。十字架に釘で打ち込まれていた筈のサマエルの尾の一部が力尽くで揺さぶったことで裂け目は大きくなっていき、最後には釘を打ち込まれていた部分が千切れる。

 

「馬鹿な!?」

 

 サマエルを十字架に磔にしたのは神によるもの。サマエルは自力で神の拘束から逃れたことを意味する。

 サマエルは皮一枚で繋がった尾の先を乱暴に振り回す。その際に飛び散る血のせいで誰も近付くことが出来ない。

 ドラゴンに対して最凶の効果を発揮する呪血。それ以外に効果が無いとは考えにくい。そもそも神の毒とまで言われる存在がそんな限定的な筈がない。

 神の毒が撒き散らす血はそれこそ万物の毒と呪いを混ぜ合わせたものであり、漂う血のニオイですら地球上に存在する化学兵器を凌駕するだろう。

 サマエルを中心にして少なくとも半径十数メートルは安全とは言い難い。

 誰にとっても予想外の展開に皆が呆けたように事の成り行きを見ている。それしか出来ることがないのだ。

 やがて、皮一枚で繋がっていた尾の先が完全に千切れ飛び、転々と地面を転がっていく。サマエルはそこで力尽きたのか先程までの抵抗が嘘のように大人しくなり、叫ぶのを止めて項垂れて沈黙してしまった。

 呆気にとられていたゲオルクであったが、すぐに正気に戻って動かないサマエルを魔法陣の中へ還す。

 

「切れた……」

 

 啞然とした様子で一誠は見たままの感想を漏らす。先端付近とはいえ人の腕の太さぐらいはある尾の先は、自切したトカゲの尻尾のようにピクピクと動き女性陣たちに鳥肌を立たせていたが、やがて動かなくなる。

 サマエルの最後の抵抗はゲオルクにとって、そしてサマエルを貸し出すことを決定させたハーデスにとっても予想が出来なかったこと。

 こうなった要因は幾つか考えられる。

 一つはオーフィスとサマエルの接触を軽く見ていたこと。曹操たちの目論見通りドラゴンへの憎悪によりサマエルはオーフィスの力を大幅に削った。それらは全て曹操たちの計画に使われる予定であったが、ほんの僅かな力がサマエルにも流れ込んでいた。

 例え少量であったとしても無限を冠するドラゴンの力。それがサマエルに加わればどうなるかは容易に想像がつく。

 そして、二つ目はサマエルが拘束から抜け出せないという強い思い込み。サマエルを十字架に磔にし釘を打ち込んだのは神によるもの。だが、現在神は死んでいる。神が死ねば自然と神由来の力は、力を失っていく。急に消失することはないがそれでも徐々にだが劣化していく。サマエルを貫く釘も例外ではない。

 しかし、誰もそのことに気付いていない。可能性すら考えていない。愚か──という言葉で片づけるには些か不適切なのかもしれない。何故ならば彼らは未だに神の力を信じているからだ。死んだと知っても尚神の力は絶大であると無意識に思考へ刻まれている。

 世界に根付いた意識のない信仰、或いは神の絶対性への盲信。それは人だけでなく同じ神であるハーデスにも、そして他の神々にも刷り込まれてしまっていた。

 それが目を曇らせた。それが可能性を見逃させた。

 神は死んだが、今でもこの世界は神によって治められているのだ。

 本体のサマエルも魔法陣の中に消え、コキュートスに送り返された。結果だけ見れば、サマエルは何をしたかったのか、という疑問が浮かぶ無駄な足掻きに終わってしまった。

 発狂しているが故の自傷行為と判断したゲオルクは冷や汗を拭いながら真面目なせいでこの事後処理のことを考え、その事に没頭して目の前のことから目を逸らす。

 現実を見ながら現実逃避をしている複雑な真似しているゲオルク。そんな彼の逸らした目を強引に今へ向けさせることが続けて起きる。

 動かなくなった筈のサマエルの尾先が再びのたうち回り始めたのだ。だが、さっきとは違って切断面から血は撒き散らされていない。何故ならば断面部分からは肉が盛り上がっており、傷口を塞いでいる。

 肉は徐々に伸びていき、剝き出しになっている筋組織を覆うように赤紫の鱗が生え出す。

 あまりの光景に誰もが立ち尽くしてしまう。そして、皆の脳裏に共通してある可能性が浮かび上がった。だが、その可能性は恐ろしく、口に出すことなど出来ない。

 ──一人を除いて。

 

「……サマエル」

 

 ただ一人、オーフィスだけが口を開き、サマエルの尾を指差す。

 

「まだそこに居る」

 

 悪夢のような可能性は、無限の龍神により確定した現実となった。

 

 

 

 ◇

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 興奮した獣のように荒い呼吸を繰り返すコンラ。『闇夜の獣皮』を纏っていることもあってよりらしく見える。

 コンラの前に展開されているのは黒い半円状のドーム。外から中を見ることが出来ないそのドームの中ではコンラにしか把握出来ないことが起こっていた。

 

「……化け物め!」

 

 コンラが吐き捨てた瞬間、黒いドームは崩壊し中から『白龍皇の鎧』姿のヴァーリが現れる。

 

「中々良かった。まさか禁手まで使うとは思わなかったよ」

 

 上機嫌でコンラを褒めるヴァーリ。だが、今のコンラにそんな言葉など届かない。

 

(中々良かっただと……? 俺の切り札を受けて出た感想がそれか!? 怪物が……!)

 

 ヴァーリを覆っていたのは、コンラの最後の大技。半径数百メートルの影を集め、圧縮したそれをドーム状に展開して対象を閉じ込める。影のドーム内では上や左右だけでなく足元からも影の刃が伸び、三百六十度から対象を攻撃する。

 一度使えば暫くの間周囲から影が消失し、展開と維持による消耗から二度は使えない奥の手。

 だが、ヴァーリはその影のドームの中で三百六十度から迫る影の刃を全て避け切りコンラが影のドームを維持出来なくなるまで耐えてみせた。その間、神滅具の能力を使っていない。

 

「──がどうやらそこが限界みたいだ」

 

 コンラの消耗具合を見てヴァーリは彼の限界を悟り、この戦いを終わらせる為に動く。

 

「く、くそ……!」

 

 コンラが操れる今の影は『闇夜の獣皮』として纏っている影しかない。攻撃に使えば防御が薄くなるが、逆に防御に専念したら攻撃の手段が無くなる。

 コンラは割り切り、防御に専念することを選ぶ。物理攻撃を無効化するこの禁手の能力なら時間稼ぎぐらいなら出来る。

 

「時間稼ぎは出来る、と思っているのかな?」

 

 ヴァーリに考えを見抜かれ、コンラの心臓が跳ね上がった。コンラは気付いていない様子だが、ヴァーリには伝わっていた。コンラから攻撃的な気配が消えたことに。だからといって戦意喪失をした訳ではない。ならば、答えは防御に徹して時間稼ぎをすることしかなかった。

 

「まあ──」

 

 ヴァーリはコンラが反応出来ない速度で間合いを詰めた。

 

「無駄だけどね」

 

 伸ばした人差し指がコンラの『闇夜の獣皮』に触れる。

 

『Half Dimension!』

 

 発動する白龍皇の能力。

 

「うぐおっ!」

 

 コンラの全身を覆っていた影がヴァーリの指に吸い込まれるように引き寄せられる。対象を半分に縮小させる力を連続して行っていることで影を縮め、コンラの獣皮を無理矢理引き剥がしているのだ。

 影を維持しようにもそれ以上の力で引き剥がされる。神器の能力を強引に抑え込まれる感覚は途方もない精神的苦痛であり、コンラは今全身の生皮を剥かれているような体験をしている。

 余すところなく全身を覆っていた影は、ヴァーリが突き付けている人差し指が差す影の中に収まってしまうぐらいに縮小。物理攻撃の無効化もこうなってしまっては意味を為さない。

 

「終わりだ」

 

 ヴァーリの腕が消え、軽い衝撃がコンラの顎を打つ。視界がぐるりと回り始め。両足から力が抜けてその場にへたり込んだ。

 意識はあるものの体が思うように動かない。ヴァーリの綺麗に入った一撃はコンラの脳を揺らし、無力化させてしまう。

 

「こ、殺さ、ない、のか……!?」

 

 脳が揺れ、吐き気を覚えながらコンラは屈辱に満ちた声を上げる。

 

「殺したら次は無いだろ? 俺は可能性がある相手を潰すのは忍びないんだ」

 

 ヴァーリが見せる勝者の余裕。それはコンラのプライドを深く傷つける。

 

「こ、後悔……するぞ……? お、俺を……殺さなかった……ことを……!?」

「生殺与奪は勝者の特権だ。敗者は潔く勝者に与えられた結果を受け入れてくれ」

 

 傲慢な物言いだがこの場に於いてはヴァーリが正しい。そして、コンラもまた一誠に続いてヴァーリにも敗北し、再び屈辱を味わう。赤龍帝と白龍皇と戦って生還するなど大したことの筈だが、実態はどちらも見逃され、情けをかけられたのだ。

 

「く、そ……!」

 

 意地はある。気力もある。心もまだ折れていない。だが、どんなに足掻いても体を動かすことが出来ず、また脳を揺さぶられた影響で集中力が搔き乱されて神器を再び使用することも出来ない。

 ヴァーリは言うだけ言って去ろうとする。ヴァーリならばすぐに元の場所へ戻れるだろう。コンラはまだ作戦完了の報せを聞いていない。

 何かないのか。吐き気を堪えながら時間を稼ぐ方法を必死に絞り出そうとするコンラ。

 

(何か……何か……)

 

 ヴァーリが間もなく飛び立つ。残された時間はあと少し。

 

(曹操……すまない……)

 

 コンラは心の中で曹操に詫び──

 

「曹操は……今『煌天雷獄』と戦っている……」

「……何だって?」

 

 ──ヴァーリに重要な情報を漏らした。

 

「どういうことだ? 『煌天雷獄』……デュリオ・ジェズアルドが来ているのか?」

 

 参戦している英雄派のメンバーはリアルタイムで情報を交換している。曹操がデュリオを抑える為にオーフィスの傍から離れたのは当然コンラも知っている。一方でヴァーリはデュリオが来ていることを今知る。それは空にデュリオの虹が架かったとき丁度先程の影のドームの中にヴァーリが居たからである。

 コンラが齎した情報は少なからずヴァーリに動揺を与える。

 

「あっち……だ……」

 

 コンラは二人が戦っている場所を指差す。ヴァーリの視線はそちらに釘付けになっていた。

 

(すまない……)

 

 コンラはもう一度心の中で曹操に詫びた。理由はどうであれ仲間を売るような真似をしたからだ。しかし、コンラの行動は決してヴァーリに媚びる為のものではない。

 英雄派の目的は『龍喰者』サマエルを使ってオーフィスの力を奪うこと。それは今後の英雄派の立場を大きく変えるものである。

 目的を成就させることが第一。それは曹操も同じ考えであった。だからこそ目的を叶える為に、少しでも時間稼ぎをする為にコンラはヴァーリの興味を別方向へ向けさせた。曹操を危険に晒す行為なのは百も承知。だが、ヴァーリをあの場に戻す訳にはいかない。

 目的達成の為延いては曹操の為。やっていることは矛盾しているが、それが最善だとコンラは信じる。そして、曹操なら切り抜けると信じる。

 

(すまない……)

 

 結局こういう方法でしか時間稼ぎが出来ない自分の弱さについて詫びるとそこで糸が切れたかのように前のめりになり意識を失ってしまった。額を地面に付けている様は気絶しても尚謝罪をしているようであった。

 

『……どうするつもりだ?』

 

 アルビオンが視線を固定したままのヴァーリに問う。言っている本人は答えは分かり切っているが念の為に。

 

「──行くとしよう」

 

 ヴァーリの向いた先は一誠たちの居る方角──ではなくコンラが指し示した方角であった。

 やはり、と言わんばかりにアルビオンは嘆息する。

 

「『禍の団』は一枚岩じゃなかったが、英雄派は一枚岩だ。大将の曹操の首を獲れば自然と瓦解する。他のメンバーでは英雄派を率いられない」

 

 それっぽい理屈を出してみるヴァーリ。

 

『二人まとめて戦いたいだけだろう?』

 

 アルビオンの指摘に対し、兜を被っていても分かってしまうぐらいにヴァーリは獰猛な笑みを浮かべる。元からあったヴァーリの悪い部分がマタドールと交流したことでますます悪化してしまった、とアルビオンはつくづく思う。

 

「色々と大変な(面白い)ことになっているな」

 

 ヴァーリは心底楽しそうに笑った。

 

 

 

 ◇

 

 

 ほぼ零距離から放たれる無数の魔力。レーザーのように対象を貫くその攻撃にプルートは即座に回避行動に移る。

 あまりに速過ぎて自分の影を残す音無しの高速移動。瞬時にシンの背中から離れるが、幾筋の魔力は逃げたプルートを追い、軌道を変えて迫る。

 

《厄介な攻撃ですね!》

 

 追尾してくる魔力。様々な角度からプルートを狙うが、その内の一つがプルートの正面に来る。死神の大鎌を振るい、その魔力を真っ二つにすると状態を維持できなくなり霧散する。

 威力は中々であるが死神の大鎌を突破するには至らない。ただし、その評価は威力だけを見たもの。

 

《むっ!?》

 

 大鎌を通じて流れ込むシンの魔力。プルートは腕の感覚が鈍くなり、力が入りにくくなっていることに気付いた。

 すぐにシンの魔力は攻撃だけのものではなく接触した対象を麻痺させる効果もあることに気付く。

 

《本当に厄介ですね!》

 

 声を荒げるも口調は乱さず、プルートは防御は悪手と判断して回避のみに専念する。

 地上を滑るように移動するプルート。最上級の死神なだけあり、その速度は下級、中級とは比べ物にならない。それこそ『騎士』の木場を上回る程の速度かもしれない。

 追尾する魔力を紙一重で回避し続けるプルート。移動によりはためくローブ。するとその端を魔力が貫く。

 プルートは即座に大鎌を振り抜き、ローブの一部を切除。大鎌で防いだだけで手にまで麻痺が伝わってくる経験による迅速な対応であった。

 しかし、その僅かな動作によりプルートの動きが鈍る。その隙を狙ってシンは熱波剣を放った。

 荒れ狂う魔力の渦がプルートを呑み込む。だが、渦の中でプルートの姿が忽然と消えた。

 シンはプルートの姿を探す前にその場でしゃがみ込む。直後、シンの胴体があった位置に大鎌が通過していく。

 

《勘が良いですね。忌々しいぐらいに!》

 

 怨嗟を込めた称賛をシンの背後に移動していたプルートが吐き捨てる。

 恐らくは魔法陣による転移と思われるが、プルートの場合それを発動させる予備動作が一切無い。

 

「存在感があったからな。死神の癖に」

 

 皮肉で返すシン。プルートの転移直後に感じ取った死の気配。魔人故か或いは他の魔人と関わりがあるせいかそれに対してシンは非常に敏感である。

 

《ほざきますね。半端な魔人風情が》

「半端な魔人風情を殺すのに手古摺っている死神は半端じゃないのか? それとも半端以下か?」

 

 相手の神経を逆撫でする挑発。プルートの全身から冷たい殺気が噴き出す。

 最早言い返す言葉も無い。目の前の魔人の命と存在を認めず、それを断つ為に大鎌が振るわれる。

 シンの顔を真っ二つにする為に迫る大鎌の刃。掠り傷でも命を刈り取る攻撃に何故かシンは動かない。

 大鎌がシンの顔を通過。しかし、どういう訳かシンの顔には傷一つ無かった。直後、さっきまで動かなかったシンが一歩後退する。

 その眼前を鈍色の光が通り過ぎていった。

 最初の攻撃は残像を利用したフェイント。相手の動きを誘導して移動した先で大鎌で刈る狙いだったのだろうが、シンの目はそれを見抜いていた。

 勘の良さだけでなく目の良さも忌々しく思いながらプルートは残像によるフェイントを幾つも出し、シンを惑わそうとする。

 四方八方から迫り来る死神の大鎌。一撃でも受ければ致命傷になる攻撃。本来ならば凄まじい重圧により動く前に思考すら途切れてしまうだろう。

 だが、度重なる死線を潜り抜けてきたシンの心にはさざ波一つ立たない。全てを異常なぐらい冷静に見極めた後、自分から大鎌の方へ踏み込む。

 無数の刃がシンを切り裂くが全て残像な為、シンは無傷。

 傍から見れば命を惜しまない攻めへの転じに驚かされるプルート。大鎌という特殊な形状故に間合いを詰められてしまった。

 このままでは先にやられる。そう思ったプルートは止むを得ず攻撃を中断し、前進するシンとは逆に後退をした。

 だが、後退したとしてもまた間合いを詰められることは分かっている。そこでプルートは後退するタイミングに合わせて背後に転移用の魔法陣を展開させる。それを潜ればすぐにシンの死角へ転移出来るので後は攻撃を空振りさせたタイミングで反撃をする。

 プルートは体が魔法陣を潜る。後は転移するだけなのだが──

 

《──これは》

 

 すぐに転移される筈なのだが、今のプルートは転移前の魔法陣と転移後の魔法陣を繋げる異空間の狭間に居た。本来ならば一瞬で通り抜ける筈の場所に何故か留まっている。

 何か魔法陣に不具合が起こっている。そう考えるのが自然であるが、異常を起こした原因は何なのか。

 答えはすぐ目の前にあった。

 

《……正気ですか?》

 

 プルートの視線の先にあるのは鉤状に曲げられた八本の指。誰の指かなど考える必要もない。シンが転移魔法陣に両手を突っ込んでいるのだ。本来ならプルートが潜った時点で閉じる転移魔法陣に強引に手を突っ込み、閉じさせないことで転移を妨害している。

 プルートが正気を疑ったのは閉じようとしている転移魔法陣に体の一部を入れるという行為。そんなことをすれば転移に巻き込まれて切断される危険性があるというのに、それを躊躇なく行っている。

 魔法を力技で強引に邪魔するその様子に戦慄を覚える。密着していた両手の指が徐々に離れていく。転移魔法陣に無理矢理広げられていく。

 

《くっ!》

 

 思いもよらない相手の行動につい固まってしまったが、これはこれでチャンスと言える。

 魔法陣をゆっくりとこじ開けられている。シンが魔法陣の中に入り込んでくるのはだいぶ先のこと。今のうちに突っ込まれた指を大鎌で切り落とす。指を落とした程度のことでもそれが死神の大鎌でやれば絶命も可能。

 プルートは大鎌を振り上げたとき──合った。

 こじ開けられた魔法陣。その向こう側から覗くシンの目と。

 プルートは知らない。シンと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シンの目とプルートの目が螺旋の光線によって繋がった。

 




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