シンの目から放たれる瞬きよりも速い光線はプルートの目を確かに射抜いた。プルートの苦痛に満ちた叫びが転移魔法陣内で響き渡る。
プルートに重傷を負わせたシンはそれ以上の追撃はせず、こじ開けていた魔法陣から両手を引き抜く。
転移を妨害されていた魔法陣は、それにより正常に機能し魔法陣内のプルートを転移させる。
プルートの出現を警戒するも現れる気配がない。時間にすれば数十秒程経過しただけだがそれでも遅過ぎる。
先程まで漂っていた殺気や死の気配が薄れていくのを感じてシンは確信した。
(逃げたか……)
恐らくは転移魔法陣内で別の場所に転移するよう書き換えたと思われる。逃走したことを臆病とは思わない。寧ろ冷静な判断と言えるし痕跡を残さずに逃走したことは皮肉抜きで大したものであった。
プルートは死神という立場故に魔人であるシンのことを疎ましく思っている──もしかしたら冥府に関わる者たち共通の考えかもしれない──様子だが、倒されたら元も子もない。恥を忍んで今回は逃走を選び、次の戦いの為の糧にした方が勝てる可能性は高まる。少なくとも今の戦いでシンは何枚かの手札を見せたので。
それと万が一の可能性として何処かで息を潜めてこちらの隙を伺っているという考えは残しておく。今も戦いの最中、考え過ぎで十分。
(──さて、どう動くか)
この場をデュリオとサイラオーグに任せてライザーと同じように一誠たちと合流してもいい。シンの直感は結界内に漂う嫌なもの──サマエルの気配を感じ取っていた。正体不明の気配の元を断つのも選択の一つであった。
曹操と戦っているであろうデュリオの援護も良いが、デュリオの『煌天雷獄』は広範囲に攻撃する神滅具、シンを巻き添えにしないように気を付けた精密な攻撃は難しい。集中すればそれも可能だろうが、精神に大きな負担が掛かるのは想像し易い。却って邪魔になる可能性が高かった。
(──サイラオーグと合流しよう)
時間にすれば数秒の思考。その短時間で出した選択はサイラオーグとの合流。先ずはサイラオーグの許へ行き、戦っているジークフリートを倒す。一対一の戦いに横槍を入れられることにサイラオーグは不満を感じるかもしれないが、状況が分かる相手だと思っているので揉めることはない。
サイラオーグと合流後にデュリオに手を貸す。デュリオは任せろと言ったが首謀者である曹操を撃退すれば他の英雄派たちも撤退せざるを得ない状況になると思われる。彼らにとって曹操は文字通りの頭なのだから。
正直、後手に回っている状況なので策らしい策など無い。敵を見つけて倒すという力技のみ。自分でも浅い考えだと自覚しているが、兎に角動くしかない。せいぜい動いて相手の思惑を搔き乱すぐらいしか今のシンには出来ない。
場の空気、流れに乗ってシンは次なる戦いの場所へ赴く。
◇
サイラオーグとジークフリートの一対一の戦い。拳と剣が交差する激しい戦い。それをぼやかすように漂う赤色の靄。それは二人から流れ出た血による赤い霧であった。
高速で動くことで飛び散る血。飛び散った血が地面に落ちる前に空気を震わす拳と光の線にしか見えない斬撃が発する衝撃により霧散。細かな血の霧となって二人の周りを漂っているのだ。
片手持ちから両手持ちに切り替えたジークフリートが魔剣グラムを横に薙ぐ。サイラオーグが右の突きを繰り出そうとしているタイミングでの攻撃。そのまま踏み込めばサイラオーグの胴体は輪切りにされる。
すると、サイラオーグは極めて滑らかな動作で構えを左右切り替え、前に踏み込む筈であった足を後方に下げる。
相手の動きの先を読んで出したジークフリートの斬撃は、サイラオーグの胴体数ミリ手前を通過。構えの切り替えと共に恐ろしいぐらい冷静な見切りによりグラムを空振りさせる。
(どういう心臓だ!?)
攻撃を中断するのはまだ分かる。回避に専念するのもまだ分かる。だが、サイラオーグの場合、下手すれば重傷になっていた可能性があったにも関わらずジークフリートの斬撃を寸前まで見極め、敢えて紙一重で避けることで攻撃の隙を生じさせた。
異常と呼んでもいいサイラオーグの精神力にジークフリートは驚愕と共に強い嫉妬と自らへの失望を覚える。
(こんなにも差を感じたのは生まれて初めてだ……!)
サイラオーグの強さに敬意と妬みを感じながらジークフリートは振り抜いたグラムを急停止させる。高速の斬撃を一瞬で止めたのは大したものだが、サイラオーグにとって大きな隙を晒しているのは変わらない。ジークフリートはサイラオーグに無防備な体側面を晒している状態であった。
サイラオーグは回避と同時に攻撃の動作に入っているので淀みない動きで左の拳を突き出す。
直撃すれば人工神器で守られている体も千切れ飛ぶかもしれないサイラオーグ必殺の拳。ジークフリートの体に吸い込まれるよう直進するが──バシンという大きな音と共に拳の直進は止まる。
ジークフリートは確かにサイラオーグに無防備を晒していた。絶体絶命の状況であったと言える──少し前であったら。
ジークフリートの背中から生えた第三の腕──『龍の手』。ジークフリートの隙を埋める為にサイラオーグの拳を掌で受け止める。
普通ならばここでジークフリートの反撃に移っていただろう。だが、相手はサイラオーグ。普通で済むような相手ではない。
「──ッ!」
歯を食い縛ってもその隙間から漏れ出る苦痛に満ちた吐息。それを出しているのはジークフリートの方であった。
ジークフリートは確かにサイラオーグの左拳を防いだ。しかし、防いだ代償は大きい。
『龍の手』の手の甲側に走る大きな亀裂。それは『龍の手』の肘の部分まで伸びていた。サイラオーグの拳の衝撃は、『龍の手』を罅割れさせ破壊寸前にまで追い込む。
下級の神器とはいえ龍の魂を封印し、その鱗に匹敵する防御力を持っている。使用者の力を二倍するという能力しか持たないが、ジークフリートという人間の中でも上位の素質を持ち、また第三の手として顕現させるという通常のものとは違う特殊性故に加えて人間の限界まで鍛え抜いているので他の『龍の手』とは一線を画す性能を持っている──その筈であった。
三本目の手として使用していることもあり、破壊されたことによる痛みがジークフリートの脳神経を焼く。感覚を切断することも可能だが、剣を振るう際には剣の感触は不可欠。感覚が無いと一気に精密さを失う。
文字通り腕が砕けていくという斬新な痛みを初体験しながらもジークフリートは剣を振り抜いたことで捻られている上半身を戻す力を利用し、グラムを切り返す。
サイラオーグはまた最小の見切りの後にカウンターを放とうと考えるが、突き出した拳を戻そうとする際に抵抗を感じる。
サイラオーグの拳を受け止めている『龍の手』。罅割れている状態であるにもかかわらず獲物を逃さないようにサイラオーグの拳にしっかりと爪を立てていた。
少しでも相手の動きを妨害しようとする執念は見事なものだとサイラオーグは思いつつ、だからといって相手の思った通りに事が運ばないと示すかのように拳を固く握り、先程よりも強く引いた。
突き立てていた『龍の手』の爪がサイラオーグの引きの力に負けて剝がれ、或いは捲れる。一方でサイラオーグの拳には目立った傷は無い。
サイラオーグは『龍の手』を引き剥がしつつグラムの軌道も見ていた。掴まれて時間稼ぎをされたことで最小の動きによる見切りの猶予は無くなっている。サイラオーグは仕方なく地面を蹴ってジークフリートとの間合いを広げた。単純に回避するだけならば余裕である。
切り返しの斬撃を難なく躱されたがジークフリートは特にショックを覚えない。最初からサイラオーグを遠ざける為に行っていたので。
(それにしても……)
ジクジクと罅割れた『龍の手』が痛む。『龍の手』に亀裂が生じているようにジークフリートのこれまでの自信と自負が傷付いていた。
(強いな……素直に認めてしまうぐらいに)
サイラオーグと戦って何となく気付いたことだが、サイラオーグ自身は才能に恵まれた感じがしない。魂に刻み込むレベルで基本や基礎を学び、その魂が擦り減るような鍛練の果てに得た強さ。サイラオーグの拳を通じてジークフリートが感じたイメージがそれであった。
ジークフリートは傲慢さ故の考えではなく間違いなく天才である。そうなるように産み落とされた。そして、その才能に胡坐をかかずに特訓を重ね、天賦の才を磨き続けていた。
『まあ、その天才が今はぼっこぼこにされているんですけどねー! ぷっふー!』
フリードの幻聴がジークフリートの現状を嘲笑する。
(才能だけで戦ってきて無様に散った男が言うと面白い冗談になるね)
あまり認めたくないがフリードは天才側であった。尤も、才能を伸ばす能力が低かったせいで呆気なく死んだ。フリードの幻聴が言ったことはフリード自身に突き刺さっている。
ジークフリートの脳内で猿よりも品が無いフリードの奇声混じりの罵倒が繰り返されるが、ジークフリートは完全にフリードへの意識をシャットダウンしてサイラオーグのみに意識を向ける。
「……腕一本じゃ流石に勝てないか」
ジークフリートはポツリと呟いた後、囁くようにその言葉を唱える。
「──禁手化」
ジークフリートの背中から追加で生える三本の腕。
「やはり既に至っているか」
「『阿修羅と魔龍の宴』。本来とは異なる亜種なる禁手さ」
背中と合わせて計六本の腕となり、腕の数だけジークフリートの能力は倍加する。しかし──
「……」
『おいおい。何黙っちゃってんの? ちゃっちゃと魔剣やら聖剣やら抜いてばっさばっさと悪魔を斬っちゃいましょうよ! カモンカモンカモォォォォン!』
何も分かっていない戯言を無視し、ジークフリートは思う。
(これまで通りでいいのか?)
『阿修羅と魔龍の宴』はジークフリートの必勝パターン。これさえ出せばまず負けることはない。だが、心の片隅でそれを不満に思う自分が居る。
今までにない追い込まれた状況。ジークフリートの経験の中で数少ない逆境で既存の戦い方をするのはどうなのか。追い込まれたのなら追い込まれた者らしく自らの限界を突破するような未知に至るべきなのではないか。
少なくとも今の状態でサイラオーグに勝つ姿がジークフリートには見えない。手数を増やしてもそれを操るジークフリートの脳は一つ。闇雲に剣を振っても勝てる相手ではないが、だからといって考える暇も与えてくれない相手。
勝利への欲求がジークフリートに新たなイマジネーションと未知なる可能性を脳裏に幻視させる。
「──やはり、六本腕じゃ貴方に勝つビジョンが浮かばない」
脳裏に閃いた可能性に従い、ジークフリートは『阿修羅と魔龍の宴』を自前の両腕に添える。すると、『阿修羅と魔龍の宴』が巻き付くように変形し、ジークフリートの両腕を肩まで覆うと、大蛇が交差するような紋様の装甲と化す。
「……初めてやったが上手くいったみたいだ」
ジークフリートは両腕の感覚を確かめた後、グラムを軽く振るう。すると、サイラオーグの髪が突風に煽られたかのように揺れた。腕の本数が減っても倍加能力まで減っていない。寧ろ、数を絞ったことでより無駄がなくなり倍加能力が十二分に発揮されている気がある。
「敢えて魔剣一本に拘るか」
「さっきも言ったように数だけ揃えても勝つ未来が見えなくてね。ならいっその事昔から振り続けているグラムだけで戦おうと思ってね」
ジークフリートはグラムを目線の高さまで持ち上げ、剣先をサイラオーグに向ける。逆手で柄を握り、もう片方の掌を柄頭に押し当てる。
(こんなにグラムが大人しいのも珍しい)
グラムには龍殺しの特性がある。ドラゴンの神器が活性化している『阿修羅と魔龍の宴』ではグラムの全力を出せば龍殺しの力が呪いとなってジークフリートを蝕み、致命傷を与える。
今は人工神器の再生能力である程度呪いによるダメージを抑えることが出来るが、不思議なことに今グラムの力を完全解放している筈なのに呪いのダメージを感じない。
(もしかして……グラム、お前も負けたくないと思っているのかい?)
サイラオーグは素手のみで戦っている。魔帝剣と讃えられるグラムはそんな素手相手に押されていた。サイラオーグの力にジークフリートのプライドが揺るがされている一方でグラムにも同様のことが起こっていた。
普段はジークフリートに対し非協力的なグラムだが、この時ばかりは己の矜持を取り戻す為にジークフリートに力を貸し、自身から出る龍殺しの呪いを抑えてくれている。
新しい試みをすれば、新しい事が起こる。そんな事実を嚙み締めながらジークフリートは魔剣を握る手に力を込め、一気に放つ。
間合いの外から繰り出される突き。普通なら届く筈がないのだが、間合い限界までグラムが迫ったとき、そこから更に伸びる。
原理は至って単純で、柄頭に当てていた掌で柄の端を掴み、柄の分だけグラムが前に出たに過ぎない。
異常なのは──
(速い!)
──その速度。柄の持ち替えまでが完成した無駄のない動作であり、柄の端を持っているというのに突きの速度が全く衰えない。
『阿修羅と魔龍の宴』の腕の分だけ倍加した身体能力から出される人の枠を超えた突きは、サイラオーグに回避という選択肢しか与えなかった。
サイラオーグは顔面中央を狙った突きを頭部を傾けることで躱す。余裕を持った回避方法ではなく咄嗟にそう避けるしかなかった。
突きが外れた瞬間、グラムが九十度角度を変えてサイラオーグを追尾。傾けられた頭部を斬り飛ばそうとする。サイラオーグは体からわざと力を抜くことで体を沈ませ、これを回避。サイラオーグの頭髪が数本斬り飛ばされる。
避けたサイラオーグは危険は承知で敢えて前進してジークフリートの懐に飛び込もうとし、その場で足を止めた。直後、サイラオーグの目の前で銀閃が上から下へ斜めに走った。
一拍置いた後、サイラオーグの胸に赤い斜線が浮かび上がり、そこから血が噴き出る。
「避け切れなかったか……!」
その言葉には己の不甲斐なさと相手への賞賛が混じっていた。だが、サイラオーグはすぐさまそこから素早く下がる。先程の銀閃が今度は逆に下から上へ斬り上げられたが、言葉ではなく行動で反省するサイラオーグは二度同じ攻撃を受けることはなかった。
「やっと一歩前進だ」
グラムを振り抜いたジークフリートは、全ての手札を見せてようやくサイラオーグに一太刀入れられたことに喜びと、そこに至るまで険しい道のりを思い出して少し疲れたような声色で成果を確認する。
「良い一撃だ──だが」
サイラオーグが息を吐く。闘気がより濃密になったかと思えば、傷が付いた胸筋に力を込めると筋肉が収縮して傷を塞ぎ出血を止め、胸筋の収縮を緩めると既に血は止まっており、傷口には薄い膜が張られている。力だけでなく生命力の顕れである闘気を集中させることで応急処置として傷を塞いだのだ。
「俺の命にはまだ届かん」
呆れる程に分厚く、高い壁。サイラオーグを相手にして折れることの無い者は余程の馬鹿か自信家かのどちらかだろう。
果たして自分はどちらかとジークフリートは思った時、ジークフリートは自分の頬に違和感を覚えた。
頬が下から押し上げられる感覚。自分が自然と笑っていることに気付いた。それを自覚するとますます口角が上がる。
自分はどちらかと思ったが、どうやら自分で思っていた以上に馬鹿で自信家だったらしい。
サイラオーグを感じても負ける気など微塵も無く勝つ気でいるのだから。
◇
曹操とデュリオの開戦は雷鳴と共に始まる。
デュリオは初手から曹操目掛けて落雷を放つ。直撃すれば一億ボルト。しかも、デュリオの雷は神滅具によって発生したもの。デュリオの意思で電圧は更に上がっており、曹操を一撃で戦闘不能へと追い込む程の威力がある。
初手から最速、即死の攻撃を情け容赦なく出すが、曹操はデュリオの行動を見抜いており雷鳴が轟く前に聖槍を掲げていた。
聖槍から放たれる膨大な聖なる気が曹操の頭上へ伸びていくと、落ちる筈であった落雷をその奇跡の力で真っ二つに切り裂いてしまう。
初撃を防がれたデュリオも防いだ曹操も表情一つ変わらない。所詮は探りを入れる為のもの。防ぐ、防がれるは想定内。
互いにまだ全力に至っていないのは分かっている。二人は相手を過小評価していない。寧ろ、この場に於いては誰よりも相手を評価している。
こんなものではないと相手の実力を信じ、こんなものではないと己の実力を信じる。
デュリオの繰り出す次の手は冷気。突風に乗ったマイナスの空気が曹操の体を容赦なく包み込む。
一瞬にして曹操の漢服に霜が降りる。髪やまつ毛が凍り付き、瞬きをしようものならその僅か水分で瞼がくっついてしまう。息を吐こうにも顔に当たる猛烈な風のせいでまともに空気を吸えず、また辛うじて吸い込んだ空気も超低温であり口から喉にかけて凍りつきそうになる。
曹操がこの吹雪を浴びせられた時間は十秒にも満たない。しかし、たった数秒間で曹操の体は氷像のようになっていた。
だが、デュリオは攻撃の手を緩めることはしない。曹操を吹雪で足止めしている間に天候操作の応用で曹操の頭上に大量の水を集めていた。それを冷気によって瞬間凍結。短時間で曹操の頭上にトン単位の氷塊を出現させる。
強力な攻撃ですらも足止め、目晦まし。圧倒的攻撃力を持つからこそ可能な豪快な質量攻撃を追撃にし、デュリオは曹操へ氷塊を降らす。
冷たい殺意の塊が頭上から落ちてくるが氷漬けにされている曹操は身動き出来ていない。
建物一つ圧潰出来る氷塊の下に曹操の姿が消えると、落ちた衝撃で地面が大きく割れる。
墓標のように突き刺さった氷塊を見ているデュリオ。その目は訝しむものであった。デュリオは曹操の実力を高く想定していた。だからこそこの呆気無い結末をいまいち実感することが出来ずにいる。
確かにデュリオは曹操の命を奪うつもりで吹雪も氷塊も出した。それなのに自分が出した結果を信じれていない。
(これで終わり? いやいやいやいや!)
しかし、氷塊の落下音が遠くまでこだました後、場に残された静寂がまるでデュリオの勝利を後押ししてくるようであった。
もしかしたら、或いは、そんなことをデュリオは考えながら一旦戦闘態勢を解いた──刹那、大地を引き裂くように地中から長く伸びた光の刃が振り上げられ、線上にあった氷塊を真っ二つにしながらデュリオを股下から脳天まで両断しようとしてくる。
「やっぱし!」
見せかけの戦闘解除であったデュリオはサイドステップで光の刃を回避すると同時に巨大な火球を瞬時に発動させ、デュリオの代わりに両断された氷塊目掛けて投げ放った。
火球が氷塊に直撃すると氷塊は一瞬で溶けて蒸発し周囲を水蒸気で白く染め上げる。しかし、すぐさま突風が吹き抜けて漂っていた水蒸気を全て吹き飛ばしてしまった。
氷塊があった場所に立つのは無傷の曹操。髪の毛の先から滴が垂れており、曹操は前髪を掻き上げながら濡れた髪の滴を払う。
「服が台無しだ」
肩を竦めながら服を引っ張ると髪と同様に水滴が飛ぶ。凍結が溶けたことにより曹操は全身が濡れている。
「水が滴れば良い男に見えるかもしれないぜー? もしかしたらだけど」
デュリオは皮肉を言いながらもいつでも『煌天雷獄』を発動出来るようにする。予備動作は見せない。後出しでも対応出来るようにする。
「ふっ」
曹操はその皮肉に余裕を持った態度で一笑する。
デュリオの吹雪で氷漬けにされたように見えたが、実際のところ表面部分が凍っていただけで体内まで凍り付いてはいなかった。聖槍の聖なる気を体内に巡らせることで冷気の侵入を防ぎ、動ける状態を保っていた。
氷塊が落とされた時もギリギリまで回避するのを待ち、デュリオの視界が氷塊に一瞬だけ遮られるタイミングで躱し、氷塊によって出来た死角に身を隠して地面に突き刺した聖槍で反撃をした。
静かに相手を見つめていたが、頭の中では今の戦闘で得られた情報から推測と対策が高速で思考されている。
(攻撃の種類が多いのにどれも必殺級だ。天候を操ると言われているが、天候の性質をそのまま引き出しているの間違いじゃないか? じゃなければ吹雪や氷塊、火球なんて出せない。あれは拡大解釈によるものかもしれないな……そうなるとますます攻撃の幅が広がる)
(芯まで凍らせるつもりだったのに動けるってどういうこと? 聖槍の性質なの? あー、俺って転生天使だから攻撃に何かしらの光の力が混じるのかも。そうなると聖槍の聖なる気で威力が弱められる? 特異ケース過ぎてわっかんねぇ)
強いという前評判はお互いに知っている。それでも戦えば自分が勝つという自信がどちらにもあった。しかし、いざ実際に戦ってみると想像以上に相手は強く、そして嚙み合わない。相性が悪いのが今の戦いで理解出来た。
(なら戦い方を少し変えるとしよう。──人間らしく色々と小細工を使わせてもらうさ)
曹操は自然な動作で聖槍を構え直す。その拍子に袖が捲れ、腕に巻いてある数珠が露わになった。デュリオは聖槍の方に意識を注目しているのでその数珠を気にも留めない。
曹操は構え直した体勢から聖槍で空を突く。聖槍から聖なる気が射出され、デュリオへ一直線に飛んでいく。
直線的な攻撃などデュリオにとって脅威ではなく、射線上から移動してそれを躱す。それこそ曹操が望んでいた動きである。
デュリオの回避先を読み、数珠から珠を一つ抜き取る。そして、それを親指で弾いた。指弾という技術だが、技術そのものでは相手に致命傷を与えるには程遠い。珠と組み合わせることで効果を発揮する。
デュリオの目が飛来してくる物体を捉える。小さかった為、かなり接近するまでそれに気付かなかった。そして、そのせいで回避の動作が一歩遅れてしまう。
珠の内側から放たれる黒い光。悪寒を覚えたデュリオは咄嗟に動く。梵字が映し出された珠が割れると共に内包された黒い力──呪殺が解き放たれ、相手を死出に引き摺り込むような黒い光が針状に四方八方へ伸びる。
回避のタイミングが遅れたデュリオ。何とか直撃は避けたものの伸びた光の一部が羽に触れる。
「っ!」
デュリオの顔が苦悶に歪むが、すぐさま指先から光を射ち、呪殺によって黒く変色した羽の一部を光で貫いて消滅させる。貫かれた羽は抉られた形になったが、咄嗟の判断としては完璧なものであり、何もしなければ呪殺はデュリオの羽を侵食していた。
以前にだいそうじょうから貰った呪殺の力が込められた珠。天使への不意打ちとしてはこれ以上無い程までの効果を発揮してくれた。
不意を衝かれたことによる動揺、警戒。それが齎す僅かの間。今の曹操にはその僅かな間で十分。気力はこれ以上無い程に満ちている。勝利を渇望する想いはこれ以上無い程に燃え上がっている。
聖槍から迸る聖なる気。天使でありながらデュリオが思わず避けてしまう程の強く、眩い輝きの中で曹操は力あるその言葉を発する。
「──禁手化」
眩い光も聖なる気も一瞬で消える静かな禁手化。
鎧を纏う訳でも新たな武器を手にした訳でもない。聖槍の形そのままに、それを握る曹操の背後に神々しく輝く輪後光と人の頭部程の大きさの七つの球体が曹操を囲ように宙へ浮かんでいる。
(予想はしてたけどやっぱり禁手に至ってたか……!)
出来ることなら外れて欲しかった予想にデュリオは苦虫を嚙み潰したような表情になる。同時に曹操の禁手を深く観察していた。
(……話に聞いていた禁手とは違う。あんな珠なんて無かったよな……? もしかして亜種? 嫌だなぁ初見で対応させられるのって)
過去の記録に当てはまらない曹操の禁手にデュリオの表情はますます険しくなる。そして、血の気が引いていくような寒さを覚える。直前まであった膨大な聖なる気が今は全く感じられない。それらが全て余すところなく槍と球体に納まっているのかと思うと、力の精密なコントロールに戦慄を覚える。
「これが『黄昏の聖槍』の禁手、俺の『
曹操は不可視の階段を上るように宙へと浮く。曹操の動きに合わせて七つの球体も追従していく。京都で見せた時は限定的に禁手の力を引き出し、球体を二つだけ召喚したが、その時とは比べ物にならない圧を曹操は発している。
曹操はデュリオと同じ目線の高さまで上がり、挑発するように笑う。
相手は切り札を切ってきた。そうなるとデュリオ自身も切り札を出さなければ分が悪い。
禁手には禁手で対抗を、と考えた時、デュリオの脳裏にある不安が過ってしまう。
(……俺も禁手を使ったらこの空間は耐えられるのか?)
『絶霧』によって創り出された隔離空間。神滅具の中では『黄昏の聖槍』、『煌天雷獄』に続く上位の神滅具ではあるが、いくら上位であったとしても一位、二位の禁手同士の衝突で影響を受けないとは考え難い。最悪の場合、隔離空間が破壊されて元の空間、駒王町に戻ってしまう可能性がある。しかも、戦闘の最中に。
多くの人々が住む町で最強クラスの神滅具が使ったらどうなるのか。所持者であるデュリオにはその光景が鮮明に想像出来る。
「くっ……」
一度でも想像してしまったならデュリオは禁手を使えない。普段は飄々としているが、性根は心優しい故に万が一の可能性を見なかったことには出来ない。
デュリオは眉間に皺を寄せたまま『煌天雷獄』のまま曹操と戦うことを選ぶ。
「使わないのか? 禁手を? 何だったら待ってもいい。禁手同士、それでフェアだ」
曹操の言葉にデュリオの目付きは険しくなる。普段のデュリオを知っている者からすれば別人に見間違うだろう敵意と怒りに満ちた目であった。
曹操はデュリオが禁手を使わないことを見抜いていた。口ではフェアと言っているが、先程の台詞は禁手を使用しないことへの確信を得る為のもの。デュリオの反応は曹操が望むものであった。
「別にいいさ、このままで。これぐらいで丁度いいでしょ?」
「おや? 今から負けた時の言い訳や理由を用意するのかい? ははは。天界のジョーカーは準備が早い」
「えぇー? もう勝った気でいるの? 禁手じゃなくて亜種禁手な上に自分で未完成だって言ったのに? 不完全な槍と玉を振り回しているだけで強くなったつもりになれるなんて羨ましいなぁ。俺もそれぐらい頭空っぽなポジティブになってみたいスわ」
嫌味と皮肉の応酬。相手の感情を逆撫でするような発言を互いにしているが、二人共全く表情に変化が無い。それが逆に恐ろしく感じさせる。
表情の下にはどんな激情が隠されているのか。もしかしたら、表情通りで何も感じていないのかもしれない。相手が何をほざいていようと最後に勝つのは自分だ、という揺るがぬ自信がある故に。
「切り札っていうのは手札に持っている時が一番輝いているのかもしれないな。切ってみたら案外大したことがないって分かる」
「俺が君の名を歴史に刻んであげるよー。聖槍を振り回しているつもりが振り回されて人生棒に振った人間として。きっと負け犬の希望になるなぁ。あれに比べたらまだましって感じで」
力を交える前の舌戦はどんどん激しくなっていき、普段なら絶対に言わないような毒を相手に吐く。目の前の相手なら嫌われても憎まれても構わないという考えが、リミットを外していた。
『……』
しかし、それも終わりを迎え互いに口を閉じる。言いたいことを言い尽くしたせいか。流石に腹の一つも立ってきたせいか。
二人の舌戦の結末は──
『はははははははははっ!』
──空恐ろしくなる二人の哄笑によって終わりを迎え、そこから速やかに暴力へと移行する。
稲光が起こると共に雷が曹操を貫こうとする。電光石火の攻撃に対し曹操は防御態勢にも入らない。代わりに宙に浮かんでいる球体の一つが消える。すると、曹操を貫く筈であった雷が当たる前に霧散した。
消えた球体が曹操の頭上に移動しており、それが雷を散らす。
デュリオは再び雷を曹操へ落とす。球体に雷が命中すると無かったかのように掻き消される。
禁手化によって生成された球体の名は『七宝』。球体一つ一つに固有の能力を持つ。今、デュリオの雷を無効化した球体の名は
デュリオは二度の攻撃で輪宝の能力が攻撃の無力化だと凡その当たりを付ける。正解ではないが、輪宝には雷などは効かないと認識すること自体は間違っていない。
同時に球体の一つ一つが異なる能力を有しているのではないかと推測する。
それを前提としてデュリオは攻撃方法を変え、指揮者のように指を振るう。途端に曹操は視界が遮られる程の集中豪雨を浴びせられる。
滝の中に頭を突っ込んだのかと思ってしまう程の雨粒の暴力。まるでデュリオに許しを乞うように頭が垂れていく。
しかし、例えそれが懺悔の姿勢であったとしてもデュリオは攻撃の手を緩めない。
豪雨が不意に止む。上からの圧から解放された曹操の体を風が撫でる。濡れて冷えた体にはその風の一撫ですらも身震いする程の──そこで気付く。いくら何でも風が冷た過ぎることに。
曹操の周りの気温が急速に低下。すると、曹操の足元に溜まっていた大量の雨水が凍結し、天に逆らうように伸びていく。
自然現象である霜柱なのだが、その数と大きさは自然発生するものとは桁違いであり文字通りの柱であった。
咄嗟に動こうとしたが冷え切った体は曹操の反応に追い付けず、聖槍を振るおうとした腕を阻むかのように霜柱が生えてくる。
下から伸びて来た霜柱が曹操の周りを囲み、曹操は霜柱の檻に閉じ込められた。
デュリオは火球、雷、氷柱を動けない曹操目掛けて放つ。
曹操も万事休すかと思われた時、デュリオの視界が突然変わる。放った攻撃を見ていた筈のデュリオは、気付けば迫って来る自らの攻撃を見ていた。
「これは!?」
曹操を閉じ込めていた霜柱の檻にデュリオが閉じ込められている。
『七宝』の一つ
自分の攻撃で自滅する危機。だが、デュリオは冷静であった。腕を動かし、指で輪を作る。そして、出来た輪の中に息を吹き込む。
指の輪から飛び出したのはシャボン玉。表面を虹色に変化させるそれはゆらゆらと動きながらも確実にデュリオの攻撃の方へ向かっていく。
シャボン玉が火球、雷、氷柱に接触。そのまま儚く割れるかと思われたが、それらの攻撃はシャボン玉の中に吸い込まれ、中に閉じ込められた。
このシャボン玉はデュリオの奥の手の応用。自分の攻撃ならば今のように簡単にシャボン玉の中に封じ込められる。
デュリオはすぐさま能力を使い、自分を閉じ込めている霜柱の檻を溶かす。
曹操はデュリオに追撃をしなかった。デュリオの周囲には先程のシャボン玉が漂っている。火球などを封じ込めたシャボン玉以外にも中身が分からないシャボン玉も混じっている。下手に攻撃をすれば手痛い反撃を受ける可能性があった。
「まあ、こっちも禁手を見せたんだ。君の手札を何枚か見ないと割に合わない」
デュリオの能力の一端を垣間見た。禁手を見せた甲斐が少しはあったと言える。
曹操を無言で睨みながらデュリオは守りを固める為にシャボン玉を周囲に浮かばせ続ける。
いつでも曹操への攻撃に対処出来る防御態勢。だが、それを見ていた曹操はニヤリと笑ってみせた。
デュリオはその笑みに悪寒を覚え、警戒を強める──だからこそ一瞬の隙が生まれてしまった。
デュリオは気付いていない。背後に発生した黒い渦に。
「──
曹操が合図を出すと渦の中から氷柱が飛び出す。それはデュリオが曹操に放った攻撃の一部であった。
この時になりデュリオは背後の異変を察知。咄嗟に振り向いた時にはシャボン玉の守りを抜けて飛んできた氷柱の先端がデュリオの脇腹に突き刺さる。
攻撃手段や能力が多いとどうやって戦わせようか悩んでしまいます。