脇腹に走る熱のような痛み。氷柱によって抉られた傷だが冷たさではなく熱を感じるのは皮肉に思えた。
不意を衝かれての攻撃に対しデュリオが真っ先に思ったのは、何故こんなことになったのかという戸惑いでも傷を負わせた曹操への怒りでもなく、どうやって攻撃されたのかという冷静な分析であった。
背後から飛んできた氷柱は先程デュリオが放ったもの。氷柱は今は消失してしまったが黒い渦から出て来た。
間違いなく球体の能力によるもの。既に能力の候補は二つ出ている。一つは相手の攻撃をコピーするというもの。正解であったのなら厄介だがデュリオ自身はその確率は低いと思っている。
氷柱と接触した時に自分の力を感じ取れた。つまり間違いなくデュリオ自身が作り出したもの。コピーが恐ろしいまでに正確過ぎるのなら話は変わってくるが、そうなると返してきた攻撃が氷柱一つということに違和感を覚える。
デュリオが本命と思っているのは二つ目の候補。それは相手の攻撃を吸収し反射するというもの。
デュリオが転移する際の一瞬の間に攻撃を吸収し、相手に注目している隙を狙って死角から攻撃を返す。それがデュリオの導き出した答えである。
デュリオが曹操の能力を分析している間に曹操もまたデュリオの様子を観察していた。
曹操からしたら死角からの完璧な不意打ちであったが致命傷には程遠い。貫く筈であった氷柱の一撃は、デュリオの脇腹を少々抉っただけに終わった。
これは予想外──とは思わない。そうなるだろうな、と頭の何処かでと思っていた。もう少し深いダメージを与えたいと思いながらもそうはならないだろうな、という二つの考えもあった。
少し前までの曹操ならネガティブな考えをあまりしなかっただろう。だが、京都での戦いで格下の一誠に手痛い思いをしてからは常にそのことを考えるようになった。
神滅具所有者の爆発力は容易く予想を上回ってくる。それこそ差を一瞬で埋めるぐらいに。
(今ので珠宝の能力もバレたかな?)
珠宝の能力は襲い掛かってくる攻撃を他者に受け流すというもの。霜柱の檻に閉じ込められた時、曹操は二つの『七宝』の能力を使用していた。馬宝で互いの位置を転移で交換しつつ、珠宝で黒い渦を作り出しそこにデュリオが放った氷柱を吸い込み、時間差でデュリオに返した。
デュリオの推測はほぼ正解であった。
(まあ、少しは前向きに考えよう。軽傷でもダメージはダメージ。痛みや出血は戦いが長引けば長引く程に無視できなくなってくる。コツコツと行こう)
能力はバレたことよりも相手にダメージを与えたことを重視し、ネガティブに考えるのを止める。後ろ向きな考えは神滅具にも悪影響を及ぼす。
デュリオは出血が続く脇腹に手を当てる。抉られた肉の感触に鳥肌が立ち、続いて脳に突き刺さるような激痛を覚えるが、それを無視して神滅具を発動。傷口は氷で覆われ、一時的な止血をする。
「無茶をする。血は止まるかもしれないが凍傷になるぞ?」
「その前にお前は倒せば問題無しって分からない?」
流血と痛みにより少し顔を蒼褪めさせながらもデュリオは曹操を挑発する。
「瘦せ我慢を──と言いたい所だけど相手が天界のジョーカーとなるとねぇ……? 下手な真似をしてやり返されるのも怖い。チャンスだと思っても焦らず行かせてもらうよ」
慎重な様子を見せるが同時にわざとらしく時間を掛ける態度。早急に決着をつけるのではなく持久戦を挑もうとしている曹操の態度自体がデュリオへの挑発になっている──と思われた矢先、曹操は自分の言葉を無視して聖槍を突き出した。
光の刃がデュリオの傷を狙って高速で伸びる。デュリオは痛む傷を押して刃の射線上から移動。聖槍の伸びる突きを躱したと思われたが、次の瞬間デュリオの肩に裂傷が生じた。
「っ!」
血が噴き出た肩を押さえるデュリオ。視線を動かすと高速で動く何かが飛んで行くのを捉える。
凝視すると槍状の何かが飛翔している。すぐさま曹操の方を見る。『七宝』の一つが無くなっている。
形態変化した『七宝』が旋回して再び戻って来る。ほぼ残像しか捉えられないスピード。デュリオはやむを得ずその『七宝』目掛けて落雷を落とす。
だが、落雷が命中する瞬間に雷が四散する。デュリオはその現象を一度見たことがあった。
武器破壊の輪宝を槍状に変えて攻撃することでデュリオの『煌天雷獄』の攻撃を弾く無敵の武器と化す。
「輪宝の武器破壊能力を前に君の攻撃は通じない!」
輪宝の槍がデュリオの胴体を貫こうとするが──
「なら攻撃じゃなければいいだけじゃん」
──さも単純かのように言い放つとデュリオは胸の前で両手で輪を作る。両手で受け止めるというのはあまりに無謀。輪宝が両手の輪を通過し、デュリオの胸に突き刺さる──
「はい。いっちょ上がりー」
緊張感の無いデュリオの声。だが、そんな声を発せられるのがそもそもおかしい。輪宝に貫かれたのなら。
デュリオの傍にフワフワと人の頭部よりも大きなシャボン玉が浮かぶ。表面が虹色に輝いているが目を凝らしてみるとシャボン玉の中に何かがある。
デュリオを貫く筈であった輪宝がシャボン玉の中に閉じ込められていた。
「ッ!? 輪宝!」
すぐに輪宝を戻そうとするが、シャボン玉の中の輪宝は反応しない。曹操も輪宝との繋がりが切れていることを感じ取った。
「ただの綺麗なシャボン玉じゃないさ。一種の結界だよー」
内と外を隔絶させるシャボン玉の結界。神滅具の能力によって生み出されているので、いくら禁手の派生であったとしても簡単には破ることが出来ない。
(輪宝の武器破壊能力も発動していない。これじゃあ取り戻すことも出来ない……!)
「今、何で能力発動しないんだ? って思っているよねー?」
表情を変えていない曹操の内心の焦りと考えを当て、曹操を挑発する。
「何何? こんな綺麗なシャボン玉が武器だと思ってんのー? シャボン玉って皆を楽しませるものなのにさー。もしかして意外と臆病?」
武器とはどんなものを指すかと定義する時、考えられるものとしては何かを傷付ける、殺す、破壊する物という認識であろう。
実際に輪宝が武器破壊で無効化したのは雷撃や氷柱など殺傷を目的とした攻撃である。だが、輪宝を包み込んでいるシャボン玉は違う。一切の攻撃力を持たずただ閉じ込めるだけの頑丈なシャボン玉。それだけである。その為、輪宝も能力の発動条件を満たせず無力化させられてしまった。
(全く……やり辛いな。一度見てしまえばすぐに対応してくる。こっちの全部を見せないと倒せる気がしない)
曹操がデュリオの対応力の高さにうんざりしている一方で──
(戦い難いったらないよ、もう。完全に後手に回ってるじゃん。あとどんだけ初見殺しが残ってんのさ。一々見てたらこっちが先に削り殺されるよ。あー、全部出し尽くさないと倒せないかも)
──デュリオもまた曹操に対して似たようなことを思っていた。
容易く倒せる相手ではないが、倒すとなると自分もまた相応の代償を払わないといけない。下手をすれば同士討ちというつまらない結果にもなり得る。
覚悟云々を抜きにしてまだ道半ばの二人にとってはそこまでやれる気にはなれない。英雄派を率いる者としての責任感。天界のジョーカーとしての立場や責務。まだ全てを放り出して戦う時ではない。
だからといって目の前の相手を放っておくことも出来ず、落としどころも見つからないので二人揃って内心では悶々としてしまう。
このままチキンレースの如く何処まで自分を削り切れるかの不毛な戦いになる予感がした。
◇
六本腕という手数というアドバンテージを自ら捨て、自前の腕二本に全ての力を注ぎ込むという戦いへ切り替えたジークフリート。
相対するサイラオーグは肌が焦げるような威圧感を感じ取っていた。
最初に有った余裕のある感じは無くなったが、相手の焦燥は感じられない。それらが全て集中力、戦意に変換されているような気がする。
ジークフリートは『龍の手』が絡み合い、まぐわう蛇のような両手でグラムをしっかりと握る。この戦いがジークフリートは初めて両手でグラムを構えた。ジークフリートの戦闘スタイルは複数の魔剣を同時に操るものであり、大抵は片手で振るうのだがサイラオーグという強敵を前にしてグラム一本で戦うことを決めたので、ジークフリート本人も久しぶりだと感じる正道の構えをする。
サイラオーグの正面に突きつけられるグラム。型らしい型を使わずに戦っていたジークフリートが剣の基本ともいうべき構えをしている。その姿にサイラオーグは少しだけ目を見開く。
(──見事だな)
全ての剣士の手本になりそうな一分の隙の無い綺麗な構えにサイラオーグは心の中で賞賛する。地道な努力を重ねてきたサイラオーグだからこそ分かる。ジークフリートは天賦の才を持ちながらもそれだけで戦って来たのではなく、基礎も完璧に修めていることを。
土台となる基礎が完璧であるからこそ応用として変則的な戦いも出来る。今のジークフリートは応用などを一切捨て、基本に戻り、余分なもの可能な限りそぎ落とすことでサイラオーグの領域にその剣先を届かせようとしている。
まだ間合いの外の筈なのに喉元に剣を突き付けられたような冷たい緊張感を覚える。戦いが始まってそれ程時間が経っていないが、短い間にジークフリートは強くなっている気がした。
今まで足りなかったものをサイラオーグとの戦いで学んでいる様子は、宛ら力を吸収されているような気分である。
(しかし、それが良い)
サイラオーグもまた張り詰めるこの空気に高揚感を覚えている。レーティングゲームとは違う誰も見ていない戦い。一対一という孤独な戦いはサイラオーグに開放感を与えてくれる。
重責を担うことで得られる拳の重さがある。だが、それを外したことで得られる拳の鋭さもある。もっと自由に、もっと力強く、もっと容赦なく、力の枷ではなく精神の枷が外れ掛かっていることをサイラオーグは自覚していた。
地面を少しずつ移動する摺り足で徐々に距離を詰めていく両者。
サイラオーグとジークフリートにはお互いの間合いが見えていた。半円状のドームのように視覚化されており、サイラオーグと比べるとジークフリートの間合いの方がグラムの分当然広い。
サイラオーグは少しでも間合いの内に入り込むことを考えながら進み、ジークフリートは一ミリでも相手が間合いに入ったら反応することを考えて進む。
地面を擦る音だけが聞こえる戦場。二人の距離は縮まっていき、やがて──
「っ!」
──ジークフリートの間合いにサイラオーグが触れた瞬間、意識よりも先にジークフリートの体が動いていた。まるでシステムのような自動的な反応。ジークフリート本人ですら一瞬何が起きたのか分からなかったぐらいである。
普段だったら出来なかっただろうが、相手のサイラオーグを強く意識したことによりジークフリートの反応はかつてない程に研ぎ澄まされていた。
直線距離を突き進む最速の突き。それはサイラオーグが出遅れるぐらいに速い。
サイラオーグが纏っている闘気が外付けの感覚となり、サイラオーグの防衛本能を動かしてこちらもまたほぼ無意識に回避行動に移っていた。
音を置き去りにし、空気の壁を破る至高の突きは、サイラオーグの顔面を貫く筈であったが、躱されたことでサイラオーグの鎖骨辺りを裂く。
鎖骨から噴き出す鮮血。その血がサイラオーグの頬を濡らすがサイラオーグは痛みに表情を変えることも傷を一瞥することもなく回避と同時に踏み込み、サイラオーグの剛拳が放たれた。
ジークフリートは半身を前に出し、サイラオーグの拳を肩で防ぐ。筋肉が千切れ飛びそうなぐらいに力を込めて腕を硬くするが、サイラオーグの拳の前では防御は無意味に等しい。
硬い肉を貫き、骨格に染み渡るサイラオーグの一撃。ジークフリートは一瞬意識を手放しそうになった。
(この衝撃……!)
明確に死を予感させる。人工神器で得た不死身に近い防御力を嘲笑うようなサイラオーグの拳。速過ぎて回避するのも困難だというのに防いだとしても威力が強過ぎて防御の意味を為さない。
サイラオーグの拳は相手に地獄の選択を迫る悪魔の拳である。
そして、サイラオーグもまた悪魔らしく無慈悲。ジークフリートが硬直した瞬間を狙ってもう一歩前進しながら伸ばしていた腕を曲げ、地面を叩き割る勢いで踏み込んだタイミングで腰を捻って肘をジークフリートの脇腹に打ち込んだ。
入り込んではいけない深さまで人体にめり込む肘。肋骨が折れるのを通り越して砕ける音が複数鳴る。
再びジークフリートの動きが止まる。痛みによる硬直もあるが、それ以上に今の状態から動けば砕けた肋骨が臓器を貫いたり、外に飛び出ると直感したからである。流石にその状態ではまともに戦えない。かといって動かないままでは追撃を受けてより酷い状態になる。
今のジークフリートに出来ることは人工神器の力をフル稼働させて傷を可能な限り回復させること。だが、完全回復にはあまりに時間が足りない。既にサイラオーグは次なる行動に入ろうとしている。
腰を捻って肘打ちしたのは当然攻撃する為だが、次の攻撃に繋げる意味もあった。腰を回したことで溜めが出来ており、反対側の拳がいつでも放てる。
準備が整っているサイラオーグに対し、ジークフリートの再生は全体の一割にも満たない。
ジークフリートは詰まされていた。
とどめの拳が放たれようとした時、突然ジークフリートはグラムを両手持ちから片手持ちに切り替える。否、切り替えたというよりももぎ取ったような感じであり、何故かジークフリート本人もそれに驚く。
手首を返し、グラムをサイラオーグの脳天目掛けて振り下ろす。
このままでは相打ちになると思ったサイラオーグは、攻撃を中断して後ろに跳んだ。
振り下ろされる筈であったグラムが急停止し、再び手首を返して横に払われる。しかし、既にサイラオーグは後方に下がっておりグラムの間合いの外に出ていた。
そのことはサイラオーグにも分かっていた。分かっていた筈なのだが──
「うっ」
──突如として胸に走る熱。サイラオーグの胸板に赤い筋が浮かび上がる。斬られた、と認識するとそのタイミングでサイラオーグの胸から血が噴き出した。
サイラオーグは傷の深さよりも何故傷を負ったのかを考える。完全に間合いの外でグラムの刃も届かない筈であった。
サイラオーグはジークフリートの手元に注目する。斬られた理由はそこにあった。
ジークフリートはグラムの柄の端を人差し指と親指で握るというより最早挟むような形で持っていた。
あの振り抜かれる一瞬で柄の端まで手を滑らせ、指で挟む。そうすることによりグラムの間合いを無理矢理広げていた。
一歩間違えばグラムがあらぬ方向に飛んで行くような荒技。また本来なら指二本で剣を振るうことなど出来ないが、『龍の手』で力を上げているからこそそれを可能とする。
変則的な剣の使い方によりダメージを負ってしまったサイラオーグ。少し前まで基礎的な剣の扱いをしていたこともあって虚を衝かれてしまった。
だが、ダメージを負ったのはサイラオーグだけではなかった。
「ごほっ! ごほっ!」
咳き込むジークフリートの口から血の飛沫が飛ぶ。彼は吐血を起こしていた。
「……くそっ」
ジークフリートは冷静さを捨てて思わず毒吐く。傷を負ったことに対してでもそれを負わせたサイラオーグに対しての罵声ではない。
『おひょほほほほ! ワタクシのおかげでやっと反撃らしい反撃が出来ましたねぇ! ボクって凄くない? それに比べてジーク君は……情けなさ過ぎっ!』
向けた相手は脳内で喚く忌々しいフリードの残滓。フリードは確かにサイラオーグにダメージを与えたが無理に体を動かした。その結果、ジークフリートの体内では折れた肋骨が臓器や肺を傷付け、今のように吐血する羽目になっている。
ダメージを与えても同じかそれ以上のダメージを負っては意味が無い。
『へーそうなの。でも、俺、痛くないしー!』
(寄生虫が……)
フリードのふざけた台詞にジークフリートはストレートに罵る。しかし、ジークフリートが如何にフリードを邪魔に思っていても事態はジークフリートにとって望ましくない方向へ進んでいる。
消耗が進むにつれてフリードの干渉も強くなっていく。最初は雑音か幻聴のようなフリードの声のみであったが、遂にジークフリートの意思を無視して勝手にグラムを奪い、勝手に体を動かした。
人工神器と化した筈のフリードに徐々に浸食されていることに強い不快感を覚える。すぐにでも引き剥がしたい衝動に駆られるが、今のジークフリートはサイラオーグにより大ダメージを負っており、人工神器のおかげで何とか戦えている。外したらすぐに戦闘不能状態になってしまう。
一方でサイラオーグも内心で困惑をしていた。
(戦い方が急に変わったな……どういうことだ?)
正道な構えからの戦い方から急に独自性の強い戦い方に切り替わった。先程までの戦い方がサイラオーグの油断を誘うものだとしたら大した役者ではあるが、それにしても切り替え方が急過ぎて違和感しか覚えない。
(まるで別人のようだった)
ジークフリートの剣の振り方を見てきたが、さっきのそれは今までにない太刀筋であった。サイラオーグが自らの感覚を信じるのなら、あの時だけはサイラオーグの知らない人物のものであった。
『お、向こうの悪魔さん何かビビッてない? 追撃ターイム!』
(馬鹿が……!)
阻もうとするが、そこにフリードそのものが宿ったかのようにジークフリートの左腕は完全に制御を奪われていた。
自由を奪われているので止めることも出来ない。かといってその場で踏み止まるようなことをすればサイラオーグに対しての致命的な隙を晒すことになる。ジークフリートは心の底から不本意ながらフリードの動きに合わせるしかない。
蛇のように左腕をしならせ、グラムが湾曲したような錯覚を起こす不可思議な軌道で迫る斬撃。
斬撃の速度は速いが、大振りのためサイラオーグはそれを簡単に躱せる──と思っていた。
振り抜かれる筈であった斬撃は、途中で右手がグラムを奪い取りそこから突きへと派生し躱したサイラオーグを追う。
突き出されるグラムにサイラオーグは側面に裏拳を当て、力で軌道を逸らす。
グラムに軌道が横に流れていくかと思いきや、またも左手がグラムを奪い取って切り返してきた。
(変則的だな)
統一感が全く無いチグハグな戦い方に急に変わってしまったせいでサイラオーグは読み切れず頬にグラムを掠らせ、耳から頬にかけて切傷を負ってしまった。
ぬるりとした熱い感触が頬を伝う。
ジークフリートの左手がグラムで斬りかかろうとするが、それよりも速く槍のようなサイラオーグの前蹴りがジークフリートに刺さり、蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたジークフリートは咳き込んで血を吐いているが見た目よりかはダメージが浅いと思われる。蹴った本人が先に当てる為に放ったものだというのが分かっているからだ。
サイラオーグは訝しむ。ジークフリートの様子が明らかにおかしい。先程の戦い方といい、まるで知らない人物が一人急に増えたかのような感覚。
手強くなった──という訳でもない。初見は驚かされたが左手を使っての斬撃は奇をてらっているが質自体はそこまでではない。ジークフリート本来の太刀筋に比べれば劣っている。
既に二回受けてしまったが、三回目は無い。
サイラオーグの直感は正しい。だが、流石に人工神器の元になった人物の人格がジークフリートに悪影響を及ぼし始めているという正解までは導ける筈もなかった。
ジークフリートの方は、攻撃は当たっているもののまるで押されているように表情は険しく、顔色も悪化している。フリードに無理矢理合わせているせいでどんどん内部の傷が悪くなっている。再生も現状維持で精一杯であり、ジークフリートは体の内側を自分の骨で引っ搔き回されるという生き地獄を味わっていた。
込み上げてきた血がジークフリートの口の端から流れ出る。今のジークフリートにはそれを拭う余裕すら無かった。
サイラオーグは変化する戦いに対し、より一層集中しながら相手をすることを決め、構える。
ジークフリートは如何にして暴走する左腕を制御するかを考えながら、いつでも左手を止められるようにグラムに右手を添えた。
混沌としてきた場。二人が想像していたものとは大分異なる展開になっている。
それ故なのだろか。導かれるように、合わせたかのように、その人物はこのタイミングで現れた。
「大丈夫か?」
本当に相手を気遣っているのか疑問を抱いてしまうような無感情な声。その声は誰よりもある人物の激情を誘う。
プルートと戦っていた筈のシンが現れる。
(もうプルートを倒したのか?)
最上級の死神を相手にしていたとは思えない早い合流。しかも目立った外傷は見当たらない。無傷で倒したとなると更に脅威度が跳ね上がる。
『おいおい……おいおいおいおいおいおいっ! うおぃ! うおぃ! うおぃ!』
ジークフリートの頭の中で凄まじい声量の早口でフリードが喚き出す。
『俺様の仇がやって来たじゃねぇかよぉぉぉぉぉぉぉ!』
(なっ!? 止めろ!)
フリードの自我が今までにない程に前面に出され、一瞬だがジークフリートの精神力を押し退けて彼の体の制御を奪ってしまう。
恨み、怒り、殺意というあらゆる負の感情を爆発させ、フリードの残留思念はシンに斬りかかる。
様子を確認しに来たのと同時にいきなり矛先を向けられるシンであったが、やはりその表情が変わることはなかった。
殺意を込めた大振りのグラムがシンを真っ二つに割る為に振り下ろされる。
「そういえば──」
振り下ろされたグラムの側面に回り、あっさりと回避したシン。『龍の手』を重ね合わせて力を凝縮された一振りだったが、シンの視点からすると無駄に力が入り過ぎているせいで避け易い。
ジークフリートの制御から完全に外れてしまったせいでぎこちない動きになってしまったのが原因である。
京都で戦った時の方が遥かに剣筋が鋭かったと思いつつ、何故劣化したのかはシンにとってどうでも良かった。
「腕の借りがあった」
シンは伸びきった左腕の二の腕部分を両手で掴む。握力で肉も骨も限界まで圧縮させて細めるとそこから左右の手首を異なる向きで捻った。
細まった腕が更に絞り上げられると束ねられた縄が千切れるような音がし、ジークフリートの左腕は捻じ切られる。
ジークフリートは左腕を切断されたことに呆然と──するよりも先に左手が持っているグラムを奪い、大きく下がる。
左腕を失ったというのに呻き声一つ漏らさない。距離が空くと左腕の断面から流れ出る大量の血を見つめながら、何処か安堵したような息を吐いた。
「……ありがとう。ようやく雑音が消えた」
恨み言どころか礼を言うジークフリート。ジークフリートの内情がどうなっていたのか全く知らないシンやサイラオーグからすれば正気でも失ったのかと思ってしまう。
穏やかな表情をしているジークフリートを探るように見ながらシンは捻じ切った左腕をジークフリートの足元に投げ捨てる。
挑発兼相手の反応を探る為の行為であったが、ジークフリートは地面に落ちた自分の左腕に鋭い眼光を向けた後、拾い上げるのではなくグラムで突き刺して持ち上げるというとんでもなく雑な扱いをする。
「どうやら僕はまだまだ修行不足みたいだ。そのことを痛感させられたよ、文字通りね。この傷と痛みはその為の対価として有難く受け取らせて貰うよ」
肩を竦め、自分の未熟さと敗北を認める。
「悪いけどここまでにさせてもらう。死んだら再挑戦も出来ないからね」
ジークフリートの足元に魔法陣が展開された。
「では、次の機会に」
ジークフリートの体は一瞬で転移され、消えてしまった。
「──要らない横槍だったか?」
巻き込まれる形だったとはいえサイラオーグの勝利を横からかっさらう形になってしまったことにシンはサイラオーグから視線を逸らしながら問う。
「降りかかった火の粉を払っただけだ。俺に対し負い目を感じる必要など何一つ無い」
サイラオーグの方は気遣うように言った。
結果だけ見れば不完全燃焼ではあるが、サイラオーグはそれだけを重視はしない。戦っている中でレーティングゲームでは味わえない緊張感があった。ジークフリートはサイラオーグが生きて来た中で間違いなく最強クラスの剣士であると言える。
だからこそ腑に落ちないこともある。
「──しかし、何だったのだろうな? 最後のあれは?」
ジークフリートの良く分からない言動。戦闘スタイルがガラリと変わったことが理由なのだろうが、詳細を知らないサイラオーグには答えに辿り着くことは出来ない。
逆にシンの方はジークフリートが退き際に何故あんなことを言ったのか凡そ想像が付いていた。人工神器に宿っているフリードの残留思念か執念かが暴走したのだろう。
「さぁ? 何だったんだろうな?」
──だが、シンからすればどうでも良いことだったので詳細を説明することもしなかった。
シンの口からフリードの名が出て来ることは遂になかった。
◇
「……サマエル、まだそこに居る」
その言葉の意味を問い返すような者は誰一人としていなかった。『無限の龍神』であるオーフィスが言うのならその通りなのだろう。
現に一誠たちの前で千切れたサマエルの尾が徐々に再生し始めている。
「攻撃しろ!」
真っ先に正気に戻ったのはアザゼルであり、号令と共に光の槍を尾目掛けて投擲する。
光の槍はサマエルの尾を貫き、赤黒い血を流させた。サマエル本体の時とは違って攻撃が通ることを目撃すると、一誠たちもアザゼルに続く。
木場が瞬時に聖魔剣を創造。十を超える聖魔剣が一斉発射され、光の槍で固定されているサマエルの尾を突き刺し、昆虫標本のように更に深く磔にする。
朱乃が天に手を翳す。雷と堕天使の光が混じった雷光が発生し、サマエルの尾を貫いている聖魔剣に落ちる。聖魔剣を通じて雷光が尾の内部に浸透し、その身から白煙を上げさせる。
再生途中の攻撃なので思っていたよりも効果が有り、最初の頃よりも再生速度が落ちている。
畳み掛けるのなら今しかない。
ゼノヴィアはエクス・デュランダルを両手で振り上げる。聖なる気が剣身に限界まで充填され、余剰の光すら漏れ出さないぐらいに圧縮する。ここまで酷使すればしばらくの間エクス・デュランダルの性能は落ちるが、出し惜しみしている理由など無い。後のことなど一切考えない乾坤一擲の光の斬撃がサマエルの尾へ振り下ろされた。
普段は大雑把、力任せと言われているゼノヴィアだが、そんな彼女が極限まで集中した状態で放たれた斬撃は、それを覆す程に見事なものであり、光が走ったかと思えば地面に綺麗な一筋の裂け目が生じているだけで無駄な破壊の無い一撃であった。
一拍の間を置いてサマエルの尾は切り裂かれる。しかし、両断には至らない。恐ろしいまで硬さである。だが、エクス・デュランダルの聖なる気を受けたことでサマエルから放たれる悍ましい呪いが一時的に無効化される。
リアスが掌をサマエルの尾に向け、狙いを定めると球体状の紅色の魔力が放たれる。滅びの力がサマエルの尾に命中すると再生している部分が一気に消滅し、サマエルの再生は大きく後退した。
そこに追撃を加えるのは一誠。今ある力の全てを左腕に込める。内蔵されているアスカロンが展開され、増幅された一誠のオーラと『赤龍帝の贈り物』により龍殺しの力を強化する。
『龍喰者』と呼ばれているがサマエルもまたドラゴン。アスカロンの龍殺しが通る筈。ただサマエルと比べればアスカロンの龍殺しの力は弱いかもしれない。だが、現状サマエルに最もダメージを与えられるのはアスカロンしかなかった。
一誠はだいそうじょうが操るヘルズエンジェルの写し身が妨害しないか警戒し、ライザーもいつでも間に入るようにしていたが、ヘルズエンジェルの写し身もといだいそうじょうは傍観し続けている。
体の一部とはいえサマエルが英雄派の制御から離れた。一誠たちを利用して今のサマエルの強さを測る思惑である。
燃えるような真紅のオーラに剣身が染まる。構える一誠であったが、その時アスカロンからパキンという音が鳴った。
アスカロンを見ると刃に罅が入っている。龍殺しの剣とはいえ『真紅の赫龍帝』の力に耐えきれなかった。
損傷具合を見るに本気で使ってしまったらアスカロンは壊れて使い物にならなくなる。
「……ごめんな」
一誠はアスカロンに謝る。
剣の技量が未熟な一誠がアスカロンを武器として扱った回数は少ない。自分が使うよりも木場やゼノヴィアに譲渡した方がもっと効果的に使えると思ったからだ。今更ながらもっと剣の特訓をしておけば良かったと後悔する。アスカロンを使えなくなる日が今日であったなど考えもしなかった。
せめて最後くらいはアスカロンの所有者らしく精一杯使うことを決意し、一誠は噴射孔から魔力を放出し、サマエルの尾に高速で接近。
再生が始まろうとしている尾にアスカロンを突き立てる。
「いっけぇぇぇぇぇ!」
何十倍にも増幅された龍殺しの力がサマエルの尾に注ぎ込まれ、サマエルの尾の動きが硬直する。
同時に負荷に耐え切れなくなったアスカロンが剣身の半ばから折れてしまう。だが、アスカロンの剣身が途中で折れたことは逆に幸運と言える。何故ならば、サマエルの尾に残ったアスカロンの剣身に血が血管のように張り巡らされている。そのまま刺し続けていたら、サマエルの血は一誠にも伸び、サマエルの毒に侵されていただろう。
アスカロンは最後の瞬間まで使い手を守り続けていた。
一誠の龍殺しの一刺しによりサマエルの再生速度がまた落ちる。血が溢れ、肉が盛り上がり、骨が伸び、皮と鱗が覆っていくのを早回しで見ているかのような速さであったが、今は一工程を丁寧に行っている程の速さになっている。しかし、それでも再生は続いていた。
各々の全力の攻撃を浴びせられて尚まだ活動している──しかも、身体の一部に過ぎないというのに──ここまで来ると殺し切れないのでは、という不安を抱いてしまう。
ぎくしゃくした動きでのたうち回るサマエルの尾。数々の攻撃を浴びせられたことで断面部分以外にも傷が生じ、そこから大量の血を噴出し続ける。明らかに内容量以上の血を出しているが、サマエルの尾が失血死をする気配は無い。
今まで連続して攻撃出来ていたが、傷付けたことでサマエルの尾の呪われた血がより広範囲に散らされ、一誠たちも近付くことが出来なくなる。
誰もがサマエルへの対処を考える中で現状を素直に受け止め、冷静に動こうとする者も居た。
(当初の目的は果たした。いつまでもイレギュラーに付き合う必要はない)
ゲオルクは既に頭の中でこの場から脱出する算段を立てている。発端は英雄派でありゲオルクに至ってはサマエル暴走の責任を背負うべき立場であるが、そんなことを気にしていない。
『絶霧』の結界は維持してサマエルと一誠たちを閉じ込めておけば足止めにもなる。あわよくば共倒れになることが理想であった。
誰にも悟られないように静かに、正確に転移魔法陣を発動させ、気付かれることなくこの場から去る。
「おい」
その後頭部に突き付けられる光の槍。こうなることを見越して既にアザゼルは動いていた。
「……俺を人質にしても無意味だ」
命乞いのように聞こえるかもしれないが、語るゲオルクの表情は淡々としている。こうなっても無駄に足搔かない辺りは英雄派らしく肝が据わっている。
「あんまり生き急いじゃダメですよ、ゲオルクさん」
「にゃははは。そんなことを言ってもカッコつかないにゃん」
ゲオルクを挟むようにルフェイと黒歌が立つ。魔術と仙術によりいつでもゲオルクの妨害が出来るようになっている。
「念の為に聞いておくが、もう制御出来ないのか?」
「もし出来ていたらこうなってはいない」
「だろうな」
アザゼルもダメもとで聞いたのでゲオルクの答えは想像通りであった。
「こうなったら仕方ないか……」
「俺を殺すか?」
「それでこの事態が好転するなら千回だろうが万回だろうがやってやるよ──そうならないからこそ妥協するしかねぇんだよ」
アザゼルは溜息を吐き、そしてゲオルクに圧を込めて言う。
「おい。俺たちに協力しろ」
「……はぁ?」