ハイスクールD³   作:K/K

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新生、真魔

 アザゼルからの急な共闘の提案にゲオルクは呆けた声を出す。

 アザゼルが最も懸念しているのは、今周囲を覆っている霧の結界『絶霧』が解除されることである。もしそうなってしまったのならサマエルという怪物が人の世界に解き放たれる。

 それによる被害、犠牲者の数など想像したくもない。また、そうなれば一誠たちも戦いに制限が入る。一誠たちが全力で戦えているのは一般人の居ない結界内だからである。現実世界で戦うとなれば一般人の巻き込みを恐れて実力は十分に発揮されなくなる。一方でサマエルの方はそんなことを気にするとは思えない。ハンデのある状況で一誠たちが勝てる可能性はまず無い。

 それら二つの理由でゲオルクが今ここから離れられるのは非常に困る。なので何としてもゲオルクをこの場に足止めして『絶霧』を維持し続けてもらわなければならない。

 ゲオルクの方はアザゼルからの提案に不意打ちを衝かれたが、冷静になってすぐにその発言の意図を理解する。

 

「──成程。俺が必死になって結界を維持しなければお前たちも危ういという訳か」

「話が早い奴は好きだぜぇ。尤も、返答次第では大嫌いになるかもしれないがな」

 

 アザゼルの光の槍がゲオルクの頭髪に触れる。触れた部分は一瞬で蒸発するように消えた。言葉は穏便だが実質はゲオルクを脅しているに過ぎない。しかし、アザゼルは本気でゲオルクを殺すつもりはない──現時点では。必要なら痛い目にあわせるが、それで自棄になっても困るので脅しの塩梅が非常に難しい。

 

「脅しているつもりか?」

「下手に出てお願いしているんだよ。脅迫だったら話し掛ける前にお前の手足を切り落としている……生きていれば『絶霧』が使えるからな」

 

 その言葉に殺意や敵意は無い。恐ろしいぐらいに何の感情も籠っていない。やると言ったら絶対にやるという無感情な本気のみがあった。

 直接言われているゲオルクは勿論のこと傍で聞いている黒歌、ルフェイも冷や汗を止めることが出来ない。堕天使総督の年季の違う言葉に肉体ではなくその奥にある魂が震える。

 

「で? 返答は?」

 

 相手に思考する時間を与えず答えを催促する。ここで時間を掛けてしまえばアザゼルのお願いはたちまち脅しへと変わり、ゲオルクの両手両足は胴体から離れることになるだろう。

 

「俺は──」

 

 その時、ゲオルクの表情が一瞬険しいものへ変わった。何かを嫌なことが起きた。そう思わせる顔付き。

 

「──お前たちに協力する。ただし、最初に言われた通り結界を全力で維持するだけだ。それ以上は干渉しない」

 

 険しい表情は消え、普段の冷静な顔に戻るとゲオルクはアザゼルのお願いを了承した。

 先程の悩むような表情からしてゲオルクからすればそれがギリギリの妥協点なのかもしれない。アザゼルも協力は望んでいるが共闘は望んでいない。さっきまで敵だった相手に背中を見せるのは流石に危うい。

 

「それで結構だ。でだ、最初に何をやるのかは分かっているよな?」

「結界の強化だろう? 既に済ませてある」

 

 アザゼルが言う前に既に結界の強化を行い、サマエルが結界外に出られ難いようにしたと先回りをして告げる。

 アザゼルは黒歌とルフェイを見る。アザゼルにも知識はあるが仙術、魔術に精通している二人も異常はないか確認する。二人共ゲオルクの結界から異変を感じ取ることはなかった。アザゼルも同じ結論である。

 

「優秀、優秀。話が早い奴も好きだが仕事が早い奴も好きだ。ここで正式に降参するっていうなら便宜を図ってもいいぞ?」

「長生きしようとは思わない。ましてや相手の軍門に降ってまで」

「そんなことを言う割には協力的だな?」

「まだ志半ばだと自覚しているからだ。矛盾しているように聞こえるかもしれないが、早死にしたい訳でもない。俺は俺自身が納得できるまで生きていない。だから足掻いているだけに過ぎない」

 

 信念があるのは感じる。魔術に関する才能もあるし、それを腐らせない向上心があるのも分かる。しかし、それ故に『禍の団』に与し、英雄派としてテロ活動をしていることが──

 

「……気に入らねぇ」

 

 立場が違えばもしかしたらそれなりに話が合ったかもしれない。そう考えると無意識に負の感情が漏れる。

 アザゼルの零した一言と彼が発するオーラにゲオルクは表情を変えないもののこめかみから冷や汗を一筋垂らす。生殺与奪を握られた立場で口が過ぎたかもしれないとゲオルクの頭の片隅で最悪の未来が過る。

 黒歌とルフェイもアザゼルがゲオルクを殺すかもしれないと思い、いつでも止める準備に入る。

 

「──まあいいか。結界の維持頑張ってくれよ? 俺はリアスたちと一緒に戦ってくるから。黒歌、ルフェイ、そいつをちゃんと見張っていてくれよ?」

 

 先程まであった不穏を一瞬で消し、元の調子に戻ったアザゼルはサマエルをどうにかする為にリアスたちとの合流へ向かう。

 ゲオルクは周りに悟られないよう長く、細い溜息を吐く。あれもまた脅しの一種だったのではないかと考えたが真偽を問う気にはなれなかった。

 

「という訳でゲオルクさん、一緒に頑張りましょう?」

「死ぬ気で結界を維持するんだにゃー」

 

 黒歌とルフェイに挟まれては流石にゲオルクも魔法陣で転移出来ない。

 ゲオルクは観念して腕を組むと苛立ちを露わにしたかのように指先で腕を何度も叩いていた。

 

 

 ◇

 

 

 絶え間ない猛攻により傷だらけになっていくサマエルの尾。着実にダメージは蓄積している──筈。しかし、それでもまだ動くまだ再生も止まらない。

 アスカロンを代償にした一撃でも絶命に至らないサマエルの尾。一誠はすぐにドラゴンブラスターの構えを取ろうとする。

 

『相棒! 離れろ!』

 

 その時、脳内に響くドライグの警告。声を聞いた一誠の鼻孔を微かに刺激する血のニオイ。

 一誠は攻撃を中断してその場から移動していた。命の危機を感じ取ったからだ。

 移動した直後の一誠の体を襲う疲労感と虚脱感。歯を食い縛らないと禁手が解けてしまいそうになる。

 サマエルの血を微量ながら吸い込んでしまったことにより一誠の体は毒の影響を受けていた。

 吸い込んだ量はごく僅かなものなので今の体調不良は一時的なものだが、逆に言えばニオイを感じたというたったそれだけの量でもドラゴンならばここまで悪影響が出る。

 サマエルに傷を与えたのはいいが血を広範囲に散らし過ぎてしまった。ドラゴンの神滅具を持つ一誠はそのせいで近寄れなくなってしまう。

 

「くそっ……! 少し吸っただけでこれかよ……!」

 

 サマエルの血を少量取り込んだだけで一時的だが戦闘不能に陥ってしまった一誠は悔しさと戦慄が混じった声を絞り出す。

 

「ここは私が!」

 

 一誠の異常から察したレイヴェルがサマエル目掛けて炎を放つ。呪いという不浄を不死鳥の炎で焼き尽くす。サマエルの呪いそのものを消すことは出来ないものの散らばれたサマエルの血ぐらいならば不死鳥の炎で焼失させることが出来るのでは、と思っての行動であった。

 周囲に散らばった呪われた血が不死鳥の業火で焼き尽くされ、その炎はサマエルまで焼く。

 雷光や聖魔剣で貫いても聖なる気で斬っても滅びの力で消滅させても再生を続けるサマエル。ならば傷そのものを焼き潰して再生を更に遅らせようとする。

 炎に包まれるサマエル。だが、業火の中でもサマエルが燃える様子は無い。単純にレイヴェルの火力では足りないのだ。

 力不足を見せつけられ歯嚙みするレイヴェル。だが、そんな彼女に力を貸す者たちがこの場には居る。

 

「アオーン!」

 

 レイヴェルの横から伸びていく炎。ケルベロスが吐き出す地獄の業火の火力がサマエルに足される。

 不死鳥と地獄の番犬の炎は互いに反発することなく寧ろ相乗効果で赤色だった炎の色は黄色へと変わり火力が高まっていく。

 直視すれば眼球がすぐに乾いてしまう程の高温。焦熱の地獄の中で身悶えるサマエルの尾。まだ動ける事実の方が恐ろしい。

 全力の炎。余力など残せられる筈がないので体力が瞬時に消耗されていく。レイヴェルは己の体力不足を嘆くが、隣のケルベロスもまた今にでも酸欠で倒れそうなぐらいに息を吐き続けている。

 まだ火力が足りない。そう思った時、頭上から大地を照らす輝きが降り注ぐ。

 

「まだ温いぞ、レイヴェル」

 

 上空のライザーが限界まで絞り出した炎の塊をサマエルの尾目掛けて蹴り落とした。

 三つの炎が合わさり黄色から白色の炎へと変わり、焦熱を超えて蒸発する火力まで上昇するとサマエルの尾の動きが鈍くなる。

 

「すげぇ! 行ける! 行けるぞ!」

 

 味方ですら近寄ることの出来ない超火力。仲間が力を合わせてこれだけの威力を出していることに素直に感動してしまう。

 このまま行けばサマエルの残滓を葬れるかもしれない──と考えた時、最高にして最悪のタイミングで横槍を入れる者が居た。

 上空から地上へ駆け抜けていく一筋の炎。ヘルズエンジェルの写し身だと気付いた時には既にサマエルを焼く炎の中へ飛び込んでいた。

 

「なっ!?」

 

 一誠が皆の気持ちを代弁して大きな声を上げて驚く。何をするのか思う前にサマエルを覆っていた炎が弱まっていく。炎の中に立つヘルズエンジェルの写し身そのものに炎が吸収されており、やがて鎮火してしまった。

 

「何てことしやがる……」

 

 折角の好機を潰されてしまったことに呆然としながら呟く一誠。そんな彼らの心情など知ったことかと言わんばかりにヘルズエンジェルの写し身はエキゾーストノート音を噴き鳴らし、衝撃波により一誠たちをサマエルから遠ざけた。

 焼き尽くすに至れなかったサマエルの尾。再生を阻害する炎が消えたことで再び再生を開始。焦げた鱗が剥がれ落ち、その下から新たな鱗が生える。

 ヘルズエンジェルの写し身──だいそうじょうは明らかにサマエルを守る為に動いている。

 

「どういうつもりなんだよ、あいつはよぉ!」

 

 アザゼルはヘルズエンジェルの写し身を動かしただいそうじょうの行動に苛立ちを隠せず、八つ当たりのようにゲオルクに怒鳴りながら問う。

 

「……何を考えているのか分かったら俺たちも苦労はしない。そもそも魔人たちは俺たちの言うことなど最初から聞くつもりもない。例え曹操であったとしてもだ。……まあ、だいそうじょうがやろうとしていることは予想が付く──推測だがな」

 

 ゲオルクは冷静、というよりもこれから起こることを全て受け入れることを決めた観念した表情であった。

 

「全てを巻き込んだ皆殺しだ。今のサマエルならヘルズエンジェルの残滓だけでも処分出来ると判断したんだろう──魔人らしい決断だ」

 

 例外はなく皆殺しの中に自分も含まれていると既に思っているゲオルク。足搔いてもどうにもならない状況故に逆に最期の瞬間まで冷静に振る舞うと腹を括る。

 全てが最悪の方へ傾いていく──誰もがそう思った時、彼女は誰にも感知されることなくヘルズエンジェルの写し身の前に立っていた。

 

「獄天使、哀れ」

 

 オーフィスがヘルズエンジェルの写し身に指先を向けると同時にけたたましい快音と爆音が生じ、突然起こった爆風により全員が吹き飛ばされてしまう。

 不意打ちの衝撃波により全員が地面に伏せていたが、すぐに起き上がって現状を確認する。

 ヘルズエンジェルの写し身が居た場所には大きなクレーターが出来上がっており、その縁でオーフィスが自分の指先を見ながら首を傾げている。

 

「……おかしい。我、加減を間違えた?」

 

 凄まじい力で一方にヘルズエンジェルの写し身を捻じ伏せたオーフィス。まさか、今オーフィスの周囲に舞っている火の粉が一瞬前までヘルズエンジェルの写し身だったものとはすぐには理解出来ないだろう。そして、窪みの中心に広がる赤黒いシミがサマエルだったと気付くには考えが追い付かないだろう。

 最強の龍神の一角が見せた、劣らぬ強さに誰もが絶句する。サマエルに力をほぼ吸い尽くされ搾りカスになっていたと認識していたゲオルクの衝撃は一際強かった。

 

「バカな……サマエルにほぼ力を吸収された筈なのに何だその力は……! 吸い取り切れなかったというのか!」

「確かに吸い取られ、弱まった。今の我、全盛期の二天龍より二回りしか強くない」

 

 最強だったドライグやアルビオンよりも二回りも強いだけで十分凄い筈なのだが、それでもオーフィスの感覚では『しか』の模様。尤も、無限の異名も持つオーフィスが計られる数値まで来ていると考えれば大幅に弱体化していると言える。

 

「二回りしか、だとよドライグ」

『オーフィスの尺度で測れば何でも矮小になる。あんまり気にするな』

 

 オーフィスの発言に赤龍帝として立場が無いと思ってしまった一誠をドライグが慰める。もしも、この場に白龍皇のヴァーリが居たら逆に闘志を燃やしていただろう。

 ショックを受けている一誠だが、もっとショックを受けている人物が居る。オーフィスから力を吸い出したと思っていたゲオルクである。

 ゲオルクはサマエルを使役し、それを通じてオーフィスの力が空になっていくのを確かに感じ取っていた。それなのにまだ脅威に感じられるぐらいの力がオーフィスには残っている。知らず知らずのうちにオーフィスに出し抜かれていたことがゲオルクは悔しかった。

 

「何故……そこまで力が残っている……!」

 

 屈辱感で血の涙すら流しそうなゲオルクの形相。更なる屈辱を味わうと分かっていてもその方法を知らずにはいられなかった。

 オーフィスが人差し指を立てる。その指に黒い蛇が巻き付く。

 

「この蛇、我の力を変えたもの」

 

 その一言でオーフィスが力を残せられた方法を察したものが二人。

 

「そういうことか! サマエルに力を取られている間にそうやって力を蛇に変えて逃がしていたのか! しかも曹操たちにも気付かれないように!」

「その蛇たちが逃げたのなら俺たちが見逃す筈がない……そうか! 別空間に蛇を逃がしたんだな!? くっ……! 俺の『絶霧』の目を搔い潜ってそんな芸当を……!」

 

 アザゼルとゲオルクは即座に方法を言い当てた。言い当ててしまったからこそゲオルクの屈辱感が強まる。自身が最も得意とする分野で出し抜かれた。後で答えが分かったとしてもゲオルクからすれば過去の自分を間抜け、節穴と罵っているようなもの。

 

「成程。一誠たちがサマエルを攻撃している間に逃がしていた力を回収した訳か。くくく。してやられたなぁ? 優等生?」

 

 含み笑いをしながら冷静さが剥がれたゲオルクをアザゼルが煽る。次にアザゼルへ向けられたゲオルクの目は親の仇を見るという言葉が生易しく感じる程に殺意と苛烈さに満ちており、ゲオルクの両側で待機している黒歌とルフェイも初めて見るゲオルクの表情に驚いていた。

 しかし、激昂は刹那のこと。ゲオルクは息を吐くと今まで通りの表情に戻る。感情のまま喚いたり、暴れ出したりしない辺り根っからの冷静さの持ち主である。

 

「でも、我、疑問。力の加減が難しい」

 

 力を回収したのはいいが、いざサマエルとヘルズエンジェルの写し身をまとめて攻撃したら思っていた以上の力が出てしまい、二体を原形がなくなるまで破壊してしまった。

 

「サマエルの影響か? あんまり力を使うなよ? 巻き添えになるかもしれん」

 

 力が有限になってもオーフィスがオーフィスであることに変わりない。寧ろ、力加減が上手に出来なくなっているのでオーフィスが巻き込むつもりがなくても巻き込まれる可能性が出て来る。普段の状態なら隕石のような力を針の穴に通す程の精密技術の極致が可能だが、今のオーフィスは狙った場所にただ隕石を降らすだけくらいまで落ちている。

 ただアザゼルの忠告も今となっては遅いのかもしれない。オーフィスの参戦によりあれだけ苦しめられていたヘルズエンジェルの写し身とサマエルの尾がたった一撃で粉砕されてしまった。改めて格の違いを思い知らされる。

 

「これで厄介な問題が二つも解消したな」

 

 残るは曹操たちや彼に協力しているハーデス。曹操たちの口振りからしてハーデス配下の死神たちが来ている可能性が高い。しかし、まだ姿を見せないとなるとシンやデュリオが足止めしてくれている、もしくは既に全滅させているかもしれない。

 アザゼルはデュリオの実力は評判しか聞いていないので正確な評価は出来ないが、シンに関しては戦いっぷりを良く知っており、その実力を高く評価しているので並死神如きには遅れは取らないことは分かっている。それこそ最上級の死神相手でも互角以上に渡り合えると確信している。

 曹操たち有利に傾いていた戦局が均衡状態になるかと思われた時──

 

「むっ……」

 

 小さな声であったが不思議と誰の耳にも届く。それを発したのがオーフィスでありその声に僅かな動揺が込められていたのだから。

 

「……我、失態」

 

 反省する言葉。一体どんな失態を犯したというのか。ヘルズエンジェルの写し身とサマエルの尾は戦闘不能状態になっているというのに。

 聞くのは恐ろしいが聞かず放っておくことも出来ない。

 

「オーフィス……何があった?」

 

 代表してアザゼルが失態の内容を訊く。

 

「我とサマエルは繋がっている」

 

 その瞬間、地面の染みと化していた筈のサマエルが蠢き出す。肉と骨が瞬時に再生されていき尾の状態となると今度は失われた部位が再生していく。

 再生速度が今までの比ではない。瞬きの間にサマエルの体が変わっていく。

 

「サマエルも我の力を取り込んでいる。我の力が戻ったことでサマエルにも影響を与えてしまった」

 

 オーフィスの力を吸収した際にサマエルに取り込まれたオーフィスの力の一部。一度弱体化をしたオーフィスが力を回収したことでサマエルの体内の力にも干渉が起こり、それを活性化させてしまった。

 このような現象が起こったのはオーフィスにも予想外のこと。尤も、過去に前例が無い故に想定することも難しかったと言える。

 

『どうすればいい?』

 

 それがこの場に居る全員共有の思い。何とかしようと考えを絞り出そうとはしているものの何の案も出て来ない。何をすればいいのかすら分からない。

 ドラゴンの天敵でありながらその呪いは他の者たちにも害を及ぼす。またオーフィスの力を吸収したせいで液体まで摺り潰された状態からでも再生出来る。

 否が応でも実感させられる。策というものは相手との差をある程度縮めるだけのもの。相手が絶対的な力を持っていればどんな策も無意味なのだと。

 年長者であるアザゼルの表情は歪んでいた。誰よりも知識も経験もあるが、そんな彼ですら何の打開策も思いつかない。ただ実力不足という無慈悲な現実を認めるしかなかった。

 どうにかしようと誰もが足搔きながら何も出来ない。戦場にあってはならない沈黙が訪れる。

 しかし、間もなくその沈黙は破られる。

 

「……我、責任をとる」

 

 オーフィスが放った一言によって。

 

「オーフィス?」

「おい待て。何をするつもりだ?」

 

 一誠は戸惑い、アザゼルは嫌な予感を覚え彼女を止めようとする。

 オーフィスはそれを聞かず、大きく息を吸い込んだ。オーフィスの薄い胸が膨らんでいく。

 オーフィスは柔らかな頬を丸々と膨らませると吸い込んだものを今度は吐き出した。

 

「ふぅー」

 

 オーフィスの口から吹き出されたのは黒い霧。その黒い霧はサマエルとオーフィス自身を覆い隠していく。

 オーフィスの知らぬ力に一誠たちは驚くが、誰よりも驚いていたのはゲオルクであった。

 衝撃が大き過ぎるのかゲオルクは誰にも聞こえない小さな声を喉から絞り出す。

 

「ま、まさか……お、俺の『絶霧』を……!?」

 

 信じられない、目の前の光景を認めることが出来ないといった表情。ゲオルクが一体何に驚愕しているのか分からない黒歌とルフェイであったが、ゲオルクがここまで狼狽える様子から余程のことが起こっているのだけは伝わる。

 

「我、行ってくる。バイバイ」

 

 黒い霧がオーフィスとサマエルを完全に覆うと黒い霧は空気に溶け込むようにして消え、オーフィスらはいなくなっていた。

 

「責任ってサマエルとサシでやり合うつもりかよ……! 相手はお前の天敵なんだぞ!」

 

 時すでに遅し。アザゼルはオーフィスの勝手な行動に怒りを覚えながらも頭の中にある常に冷静な部分がこれが最適解であると囁く。

 対ドラゴンに特化したドラゴン。リアス側で最強の火力は一誠だがドラゴン故に大幅に威力が削がれる。次点でリアスの滅びの力だが倒すに至らないのは既に分かっている。唯一オーフィスのみが龍殺しであるサマエルを相性を超えて上から殴ることが出来る

 最悪の天敵を葬るには最強の力をぶつける。単純だが最も効果的なやり方である。

 

「……オーフィス、帰って来いよ。お前の帰りを待っている奴らがいるんだ」

 

 

 

 ◇

 

 

 その空間には光が無く真なる暗闇。

 その空間には果てが無く何処までも真なる暗闇が広がっている。

 その空間には空気は無く故に音一つ生まれない永遠の静寂が約束されている。

 その空間には重力が無く何処まで縛り付ける鎖はないので何処までも彷徨い続ける。

 その空間には地面も天井も無く上下左右という枠が無い。

 自然の中にある法則を徹底的に排除した無の空間。オーフィスはその中で目を瞑り、暫しの間闇と静寂に身を委ねる。

 オーフィスが創り出した空間。そこはオーフィスの故郷である空間の狭間、無の世界を模倣したものであり彼女は居心地の良さを感じていた。

 通常の生物ならば入った瞬間に即、死を迎える空間。仮にそれを免れたとしても音と光も重力も無い空間ではすぐに精神が限界を迎えて発狂してしまうだろう。

 この空間はオーフィスによって創造されたもの。より正確に言えば転移する前に少量吸い込んだ『絶霧』を媒体にし、オーフィスの力を混ぜ合わせて創り出した。

 オーフィスの望みを投影させて空間を創造すること自体、『絶霧』の禁手である『霧の中の理想郷』とほぼ変わらない。オーフィスが消える直前にゲオルクが驚愕したのは、オーフィスが禁手同様の力をあっさりとやって見せたからであった。

 普段のオーフィスならばこんな回りくどいことはしなかっただろう。禁手の力をコピーするなど他の者たちが知れば絶望を覚えるかもしれないが、オーフィスからすれば些細な能力である。

 その理由は至ってシンプル。そんなことをしなくともオーフィス自身が強いからだ。圧倒的格上が格下の能力をコピーするなど無意味且つ無駄である。その事実は更に深い絶望を与えることだろう。

 だが、オーフィスは敢えて『絶霧』を真似た。その理由は一誠たちを巻き添えにしたくないと思ったからだ。

 兵藤宅にて過ごしたささやかな日常。イリナやシンとトランプをしたり、アーシアに淹れてもらった紅茶を飲んだり、ピクシーたちに誘われてケルベロスの背中でお昼寝をしたり。そんな小さな思い出がオーフィスにこのような行動をさせた。

 別空間への移動だけなら力を蛇に変えて逃がした時のように自力でも可能だが、今のオーフィスはサマエルに力を吸収された影響で力のコントロールが不安定になっている。安定性を高める為、サマエルが脱出出来ないようにする為に『絶霧』を少し借りて異空間を創造した。

 深海の底、或いは宇宙の果てのような場所で漂いながらオーフィスは閉じていた目を開く。遥か彼方まで黒一色に染まった空間だがオーフィスの目にはしっかりと見えている。

 最初は尾だけであったサマエル。炙られ、貫かれ、焼かれ、消し飛ばされるも再生を繰り返し続け、オーフィスにより染み同然の姿にまで破壊された。

 しかし、それでもサマエルは死なない。その不死身さは取り込んでいる無限を象徴するオーフィスの力が活性化したことで尋常じゃない速度に達する。

 胴から尾の先まで赤黒く染まった鱗が覆い、体の各部に複数の翼が生えている。蝙蝠のような飛膜があり、大小大きさは異なるも左右に一対ずつある。

 蛇の頭部には五つの目があり、サファイアのような眼球が顔の中央に一つ。左右に二つずつある。

 異空間に連れて来られ完全なる再生を果たしたサマエルであったが、その姿にオーフィスは首を傾げる。

 

「サマエル、イメチェンした?」

 

 堕天使とドラゴンのキメラのような姿であった筈のサマエル。だが、再生を果たした今のサマエルはドラゴン──というよりも蛇に近い姿をしている。オーフィスの力を取り込んだことで無限の象徴である蛇としての側面が強く出たとも考えられた。

 オーフィスは何を考えているのか分からない瞳でサマエルを凝視し、あることに気付く。

 

「今のサマエル、ルイとベルと同じニオイがする」

 

 自分の友人たちと同じ気配を持つサマエル。何故そうなったのか分からずオーフィスは傾げていた首を更に深く傾げた。

 暗黒の空間の中、サマエルは口から出した長い舌を動かす。何かを感じ取ろうとしていた。

 やがて舌の動きが止まる。サマエルの首が波打つように動き、その五つの目がオーフィスへ向けられる。尾からの完全再生を果たしたサマエル。しかし、その目に宿すのは狂気。姿形を変えて生まれ変わっても神から与えられたドラゴンへの憎悪と悪意が肉の一片、血の一滴にまで深く刻み込まれているのは変わらず。もしかしたら、そんな風にした神に対する憎悪や怒りも混じっているのかもしれない。

 正気を失う程の悪意を持ったドラゴンへの呪いであり猛毒は、オーフィスを前にして暴れ狂うことを止められる筈がなかった。

 狂気と怨嗟の咆哮。並のドラゴンならばそれだけで身も心も腐らされていたかもしれない。だが、サマエルの前に立つのはこの世界の最強の一角。例え、幾らか弱体化していてもその事実は揺るがない。

 

「分かった。我、サマエルのその憎悪、受け止める」

 

 

 

 ◇

 

 

 混沌と困難を極めた戦場であったが、オーフィスという最強の一手により全てが一掃されてしまった。

 しかし、楽観視は出来ない。オーフィスとサマエルは消えたままでいつ戻って来るのかも分かっていないし、そもそも何処へ行ったのかも分からない。

 

「オーフィスとサマエルは一体何処へ行ったの?」

 

 リアスが一時的な協力者から捕虜へと成り下がったゲオルクに問う。『絶霧』の結界内ならば何かしら把握しているのではないかと思っての質問であった。

 

「お前たちが知らないのに俺が知るわけがないだろ」

 

 けっ、と言わんばかりのゲオルクの投げ遣りな態度。どういう訳かオーフィスが消えた後からゲオルクの態度というか機嫌が露骨に悪くなった。立ち振る舞い次第では身の危険もある立場だというのにゲオルクはそれを隠そうとはせず、苛立ちと不機嫌さを露にしている。

 先程で顎が外れんばかりに驚いていたゲオルクが今度はやさぐれている。ゲオルクの態度の変化には誰もがクエスチョンマークを浮かべていた。

 一体どうした、という全員の眼差しがゲオルクへ向けられる。そんな視線すら無視するゲオルクであったが、またもやゲオルクの表情が変化する。

 訝しみ、険しくなり、最後に疲れた表情になる。

 

「一応警告をしておく」

 

 ゲオルクの発言に誰もが彼に対して身構えた。ゲオルクが何かしらの反撃を試みるかと思ったからだ。

 

「数秒後に侵入者が来る。──忌々しい。俺の結界を力尽くでこじ開けるか」

 

 皆の予想に反して新たなる敵が現れることを告げる。しかも、『絶霧』の結界を強引に破って。それだけで実力者なのが分かる。

 ひずむような音の後、電気がショートした音に似た快音が空間に響く。何者かが空間に穴を空けている音であった。

 次元に穴を開けて結界内に入って来た乱入者。軽鎧の上にマントという出で立ちの白髪の男。

 この場に居る者たちはその男の顔に見覚えがある。

 

「案内通りだ。貴公らの呆けた顔を開幕一番に見られて気分が良い」

 

 まるで自分が主役であるかのような傲慢な振る舞い。

 

「何てタイミングで来やがんだよ……」

 

 シャルバ・ベルゼブブ。ディオドラ・アスタロトを陰で操り、再誕したフリードに半殺しにされて逃げ帰った旧ベルゼブブ──というのが一誠たちの記憶であったが、その時とは異なる点が幾つかある。

 一誠たちの記憶ではシャルバの髪色は黒であった。しかし、今は毛の先まで真っ白になっている。そして、もう一つ大きく異なる点がある。シャルバはここまで強くはなかった。見ているだけで冷や汗が噴き出し、自然と体が戦闘態勢に入ってしまうような強さも威圧感も持っていなかった筈。

 

(何だこれ……! サーゼクス様ぐらい強くないか……!?)

 

 一誠も実力が付いてきたからこそ直感で感じ取ってしまう。シャルバが魔王級の実力に。

 

「ほう……?」

 

 アザゼルの険しい表情と絞り出すような台詞。そして、周囲の雰囲気からシャルバはどのようなタイミングで現れたのか凡そ察する。

 

「最悪のタイミングという訳か……つまりは、私にとって最高のタイミングという訳だ!」

 

 目が弓形になり口が裂けたように両端が限界まで吊り上げられる。心の底から喜んでいることが伝わって来る嗜虐に満ちた笑み。シャルバの性根の腐敗をっぷりは見事に表した穢れた笑みであった。

 

「ふふ……くくく……何とも素敵だ……流れが私に傾いて来ているのを感じる……! はははは……全てはあの御方の祝福があってこそ……!」

 

 内から溢れ出る歓喜を制御出来ないのか何度も会話の間に零れ出る笑いを混ぜながら独白するシャルバ。一誠らはそこに違和感を覚える。今のシャルバには傲慢さだけでなく何かに対する陶酔を感じられる。血統、純血に固執するシャルバが一体何にそこまで心酔しているというのか。

 

「で? お前は何しにここに来た? お仲間でも助けに来たのか? そんな訳ねーよなぁ? 旧魔王派はそんなに仲間思いじゃないだろ?」

 

 自分が主役と自惚れているシャルバ。そこに水を差すアザゼルの茶化し。シャルバは一瞬真顔になったがすぐにそれを余裕の笑みで塗り潰す。

 

「なーに、宣戦布告をと思ってね」

 

 シャルバのその言葉にゲオルクは苦い表情を浮かべる。

 

「……報告があった通り本当に独断で動いたんだな」

「何か知っているのにゃ?」

 

 シャルバの登場や宣戦布告に唯一驚きを見せなかったゲオルク。こうなることを既に知っている様子であった。

 

「耳が早いな。その通り。貴公らの仲間は快く私に協力してくれたぞ?」

「レオナルドか……」

 

 英雄派の仲間の裏切り。ゲオルクはショックを受けていない、怒りもない。仕方がない、という諦めの表情になる。

 

「マザーハーロットの口添えか……」

 

 レオナルドが英雄派を裏切るとしたらマザーハーロットが間に入ったとしか思えない。確かにレオナルドは英雄派の一員だが、彼にとってマザーハーロットの言葉は実の母親以上に重く、絶対である。

 ゲオルクが出した答えにシャルバは反応した。だが、それは勝ち誇った笑みではなく忌々しいという顔。マザーハーロットに借りを作った形になったのがシャルバにとっても不本意なのだろう。

 

「レオナルド──『魔獣創造』の使い手か。そいつに協力して貰ってどうするつもりだ?」

「なに、冥界の悪魔たちを滅ぼそうと思ってね」

 

 サラリと言うシャルバに一誠たちは総毛立つ。

 

「そんなことさせないわ!」

 

 リアスが声を荒げるがシャルバはそれを嘲る。

 

「させない? ふはははははっ! 遅いなぁ、遅い遅い。そんなノロマでは話にならない偽りの魔王の妹よ」

 

 シャルバの言葉に最悪の予感が過る。

 

「貴方……まさか……!」

「私は貴公と違って迅速だ。既に冥界には『魔獣創造』で創ったアンチモンスターたちを転移させてある。今の悪魔たちを皆殺しにする理想の怪物を!」

 

 全員顔色を失う。今もこうしている間に冥界はアンチモンスターにより侵略されている。

 

「シャルバァァァァ!」

「吼えるな。小娘が」

 

 リアスは激情を魔力に乗せ、消滅の力を放つ。数メートルもの大きさを持つ紅の魔力がシャルバを呑み込もうとする。

 

「ふっ」

 

 シャルバは一笑するとその背から翅を広げた。髑髏が浮かび上がる半透明の片翅。悪魔のものではないそれに全員の視線が奪われる。

 

「喰らい尽くせ。我が子らよ」

 

 片翅が一瞬震えたかと思えば、髑髏から溶け出すように放たれる黒い塊。耳障りな羽音を鳴らす塊の正体は、数え切れ量の黒い蝿であった。

 消滅の力に突入していく黒蝿たち。次の瞬間にはリアスの紅の魔力が内側から突き破られる。

 

「そんな!?」

「ふははははは! 見たか! これこそが真のベルゼブブの力! 私こそが魔王ベルゼブブ!」

 

 消滅の力すら真っ向から破ってしまうシャルバの黒蝿。初めて会った時よりも遥かに強くなっており、シャルバの言う通り魔王と変わらないぐらいの力を持っている。そして、何よりも注目すべきなのはシャルバの翅。虫のような翅を持つ悪魔など誰も見たことがない。

 

「シャルバ……何処でその力を手に入れた?」

「これから喰い尽くされる餌にそんなことを言うなど無駄だとは思わないのか? アザゼル?」

 

 答える気など一切ないシャルバはアザゼルの質問に嘲笑を返しながらその指を指揮者のように振るう。

 空を覆い尽くすように広がっていく黒蝿の群れ。耳障りな羽音が鼓膜を震わす。

 

「さて……我が王道への最初の一歩を踏み出す記念すべき瞬間だが目障りな者たちが多い」

 

 羽音がどんどん変わっていく。不快な音が不安を掻き立てる音と化していく。

 

「ここらで篩にかけるとしよう」

 

 羽音は鼓膜を突き抜ける雷鳴と化し、視界を白く灼く稲光が起こると黒蝿の群れから豪雨の如き雷が一帯に降り注ぐ。

 




呆気無く退場したようでまだ出番はあります。
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