ハイスクールD³   作:K/K

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強者、集結

 全ての退路を塞ぐようにして降り注ぐ雷の豪雨。稲光により視界は白く染められ、雷鳴はささやかな音を全て掻き消す。

 光った時、雷鳴が轟いた時には既に攻撃は完了している上、常に目を封じられている状態に近い。

 しかし、それでも一誠たちはこの雷を避け切らなければならない。そうしなければ死ぬ。

 限定された空間内で一誠たちは自分たちを狙う雷から死ぬ気で回避する。

 黒雲ならぬ黒蝿から放たれる雷は、自然のものとほぼ変わらない勢いで、ただし異常な数で生じる。

 

「私から離れないで下さい!」

 

 雷の嵐の中で声を張り上げたのは朱乃。彼女は同じく雷の魔力を得意としており、シャルバが黒蝿で雷を発生させようとしている少し前にその気配を感じ取り、自身もまた雷の魔力を発動させていた。

 ただ、それは攻撃する為のものではなく雷の魔力を使用することにより避雷針とは逆に雷の軌道を逸らす防御の為のもの。

 リアスたちに落ちて来た雷が、落ちた雨粒が傘を伝うように逸れていく。しかし、防いでいる朱乃の顔には汗が噴き出しており、耐えるように唇を噛み締めている。シャルバが落とした雷の威力は朱乃が想像していたよりも遥かに強力。一度防いだだけでも魔力を大きく消耗させた。広範囲に展開すればすぐに魔力切れを起こしてしまう。故に朱乃は皆に自分の傍から離れないように告げたのだ。範囲を絞ればその分消費を抑えられる。

 なるべく朱乃の傍から離れないようにするリアスたち。だが、どれだけ集中していようとも攻撃を全て逸らすことは難しい。

 

「きゃっ!」

 

 アーシアが悲鳴を上げた。少し離れた地面に雷が落ち、落雷の衝撃で砕けた地面の破片が飛んで来たことについ声を出してしまった。

 雷だけでなく雷が起こす二次被害。幸い小規模なものなので大事に至ることはなかったが、雷が続けばどうなるか。

 リアスたちも朱乃に守ってもらうだけではない。それぞれが自分に出来ることをする。

 リアスは朱乃の邪魔にならない範囲で自身の魔力を放ち、落ちてくる雷を消滅させる。ゼノヴィア、イリナもエクス・デュランダルや『擬態の聖剣』の聖なる気を用いて可能な限り雷を迎撃する。

 ピクシーもまた電撃を得意としているので朱乃に寄り添い彼女のサポートに回る。

 ライザー、レイヴェルはいざという時には自身の不死性を生かし皆の盾になる覚悟を決めていた。

 リアスたちがシャルバの無差別攻撃に何とか耐えている一方で一誠やアザゼルは空中で悪戦苦闘を強いられていた。

 

「うおっ! 危ねぇ!」

 

 脇を通り過ぎていく雷を運良く躱すことが出来た一誠。しかし、息吐く暇もなく次なる攻撃があらゆる角度から襲い掛かってきている。

 アザゼルは雷を紙一重で回避している。神器の性能だけで見れば『真紅の赫龍帝』よりも劣っている筈なのだが、一誠よりも余裕があり回避しつつ反撃の糸口はないか探っている。性能で劣っている面をアザゼル自身の身体能力と戦いの経験の差で補い、一誠よりも無駄のない動きを可能とする。

 一誠は成れてから日が浅い『真紅の赫龍帝』に若干振り回されながらもシャルバの攻撃を躱し続ける。逆に言えば躱すことしか出来ていない。何とか今の状況を変えたいとは思っているが、攻撃が激しいのでそれも難しい。

 

(──というよりも俺への攻撃激し過ぎないか?)

 

 最初は気のせいかと思っていたが、段々と気のせいではなくなってくる。明らかに他よりも攻撃頻度が多い。

 名前以外殆ど知らない相手だが、どういう理由か一誠はシャルバのヘイトを買っていた。

 

(それでリアスたちが怪我しないなら別にいいけどさぁ!)

 

 攻撃を引き受ければその分リアスたちの負担が減る。最前線を行く『兵士』としては望むところ。

 一誠も当たるまいと必死に避ける。すると、雷の攻撃の激しさが増していく。攻撃と回避のいたちごっこが始まる。

 

『来るぞ! 右に避けろ!』

「おうよ!」

 

 ドライグの声に従い右に動くとさっきまで居た場所に雷が通過していく。一誠自身の戦闘経験は浅いが、それをドライグが代わりに補ってくれる。ドラゴンとしての本能と戦いの経験で磨かれた直感が未来予知の如く相手の攻撃の先を読む。

『赤龍帝の鎧』だったのならドライグが指示を出した後に動いても間に合わなかった。『女王』の力を発揮出来る『真紅の赫龍帝』だからこそドライグの指示に合わせることが出来る。

 一誠は経験が無くドライグは自由に動かせる体が無い。互いに無いものを補い合うことで一誠たちは一心同体の動きへ至ろうとしていた。

 一誠の動きのキレが増すのを見て、シャルバの憎悪が増していく。

 

「紅い鎧……忌々しいな……! 赤から紅への変化だと……? あの紅色の髪を持つ偽りの魔王の走狗にでもなったのか……!? その紅を貴公の命ごと消し去ってやろう!」

 

『真紅の赫龍帝』という紅の鎧を纏うことをサーゼクスへの忠誠と受け取ったのか勝手な解釈で一誠もサーゼクスと同様の即座に排除すべき対象と認定している。一誠への攻撃が他よりも苛烈なのはシャルバの個人的な八つ当たりに過ぎない。一誠からしたらたまったものではないし、しょうもない理由なので想像も付かないだろう。

 厄介なことにその執念や怒りはそのままシャルバの攻撃の糧となり、飛び交う黒蝿たちの数が増していく。

 

『相棒! 直接来たぞ!』

 

 雷を起こしていた黒蝿たちの一部が塊となって一誠に襲い掛かってきた。攻撃の不気味さも勿論だが、大量の蝿が迫って来る光景は強い嫌悪感を覚え、背筋が冷たく震える。

 

「うおっ!」

 

 雷を回避しつつ回避直後の一誠を狙った黒蝿の襲来に一誠は魔力を噴射することで空中を横滑りして避けた。だが、完全に避け切れることは出来ず、腕の一部に黒蝿が掠めた感触を覚えた。

 黒蝿たちに群がられることは避けられた一誠だったが、先程黒蝿が掠めた腕に違和感を覚えたので腕を見る。

 

「嘘だろ……?」

 

『真紅の赫龍帝』の腕部装甲の一部が剥がされており、その下の生身の部分が露出していた。剝がされている装甲の周辺は錆びたように色が変色して朽ちており、一誠が腕を動かすとそれだけで崩れるぐらいに脆くなっている。

 

『くそっ! 何だこの気持ち悪い魔力の残滓は! 修復が出来ん!』

 

 鎧の修復を試みるドライグだが、朽ちている装甲周りに残る得体の知れない魔力が修復を阻害してそれが出来ない。

 

「これならどうだ!」

 

 一誠は腕に拳を叩きつけ、脆くなっている部分を全て壊す。すると、破壊された装甲部分が修復される。

 

『良い判断だ、相棒。あのまま放置していたらあの気持ち悪い魔力が鎧を浸食していたかもしれん』

 

 一誠の咄嗟の判断を褒めるが、しかしという言葉が続く。

 

『同じことは何度も出来ん。さっきの方法だと修復する部位が大きくなり消費も増える。消費が増えるということは鎧を維持する時間も短くなっていくということだ』

 

 ドライグの指摘に一誠は頷くしかない。単純な話、当たらなければいいのだが大量且つ不規則に動く黒蝿の群れを避け続ける自信は一誠に無い。かといって黒蝿により浸食された部位をいつまでも放置しておく訳にもいかない。ドライグが言ったように何らかの悪影響を及ぼす可能性がある。

 また生身部分をあの黒蝿に晒し続ける勇気もなかった。鎧だったからこそ躊躇いなく壊すことが出来たが、もし生身の部分で同じことが起こったのなら最悪切断も視野に入れなければならない。四肢の欠損はこの戦いに於いて致命傷になりかねない。

 シャルバはまたも黒蝿を一誠に向かわせる。そして、当然のように雷で一誠の逃げ道を塞いでいく。

 

(このままだとじり貧だ!)

 

 黒蝿と雷。せめてそのどちらかを対処出来るようになれば。そう考えていた時──

 

「イッセー君!」

 

 木場の声が聞こえ、見れば何かが飛来する。一誠はそれを反射的に受け取った。

 

「それを使ってくれ!」

 

 飾り気の無い日本刀に似た木場が創造した魔剣。どんな効果が秘められているのかを知る前に閃光と同時に雷が伸びてくる。

 一誠は握っている魔剣を振ろうとする。すると、一誠に迫っていた筈の雷が突然軌道を変えて手に持っていた魔剣へ落ちた。

 落雷の衝撃が手に伝わってくるがそれだけ。感電などの影響はない。魔剣の効果に驚いている間に雷が次々と魔剣に吸い込まれるように落ちてくる。雷を受けた魔剣は雷のせいで赤熱化するだけであった。

 見れば木場は一誠に渡した魔剣を複数周囲に展開することでそれに雷を受けさせ朱乃の負担を減らしている。

 古来より雷を斬ったという逸話を持つ刀剣が存在する。木場はそれを参考にして魔剣を創造した。本物の雷ですら斬ることも出来る逸品だが、シャルバの放つ雷が強力なせいで避雷針ぐらいの効果しか発揮出来ない。

 しかし、一誠がこの魔剣を持つことで大きな意味を持つ。

 

「木場! お前って本当に頼りになるなぁ!」

『Transfer!』

 

『赤龍帝からの贈り物』で倍加の力を魔剣に譲渡。対雷への効果を極限まで高める。『真紅の赫龍帝』からの譲渡がどれだけ力を引き出すことが出来るのか分からないまま一誠は魔剣を雷目掛けて一振りした。

 その瞬間、轟音響き渡る空間が瞬時にして静寂となる。

 落ちる筈であった雷は霧散し、それを放っている黒蝿らは纏めて斬り飛ばされていた。

 

「うおぉぉぉ……」

 

 振るった一誠すらも啞然とする程の効果。『真紅の赫龍帝』状態での『赤龍帝からの贈り物』の譲渡は、限界以上どころか魔剣の性質を一段階上げてしまい、対雷どころか雷特効となって全て消し飛ばしてしまった。

 あれだけの攻撃を一振りで一変させた一誠に仲間たちからの歓声が飛ぶ。

 

「つくづく……」

 

 空間が軋むような怨嗟と憎悪、憤怒の声。零れ出るような小さな声量であったが、どういう訳か全員の耳に届いた。

 

「つくづく目障りなドラゴンだな……」

 

 シャルバが一誠たちを見る。誰かが息を呑んだ。シャルバの片目がいつの間にか虫のような複眼と化していたからだ。

 力がまだ制御出来なかった時、シャルバは体の至る所が蝿のように変化するという異常に苦しめられていた。与えられた翅をある程度コントロール出来るようになってからはそれもなくなったが、今のように感情が昂ぶると制御が出来なくなり体の一部が虫化してしまう。

 

「……ヴァーリから話を聞いていたが、本当にどうなっちまったんだ? お前?」

「ほう? やはりヴァーリからは聞いていたのか?」

 

 リアスとサイラオーグのレーティングゲームの裏でヴァーリたちがシャルバと交戦したことはアザゼルにも知らされていた。当然ながらサーゼクスもセタンタを通じてそのことは知っている。

 

「ああ。シャルバらしき悪魔と戦ったって話だ」

「……らしき?」

 

 はっきりとしないことにシャルバは訝しむ。

 

「何せヴァーリから聞いた話のシャルバと俺の知っているシャルバとじゃ強さが段違いだからなー。俺の情報の中のシャルバにヴァーリが苦戦するなんてありえん。だから、らしきだよ」

 

 間接的にシャルバを弱いと言うアザゼル。シャルバの形相がこれでもかと歪む。

 アザゼルとて何も考えずにシャルバを挑発している訳ではない。相手の攻撃を自分に向けさせる意図があった。しかし、アザゼルの狙い通りに怒りは買えたものの矛先が自分に向けられているという感覚がない。

 アザゼルに誤算があるとすれば、シャルバがアザゼルの想像以上にねじ曲がったプライドの持ち主であったことだろう。

 シャルバの怨念に応えるように翅の紋様から次々と新たな黒蝿が生み出されていく。雷による広範囲攻撃を止め、触れたもの全てを朽ち果てさせる黒蝿の群れを動かす。

 

「ああ……鬱陶しい! 何もかもが鬱陶しい! 偽りの魔王の妹も! それに隷属する従者たちも! 忌々しい真紅のドラゴンも! 宿敵である堕天使の長も! 全てが! あの御方と共に私が進むべき覇道を邪魔する全てが!」

 

 吐き出される憎悪。シャルバの怒りはすぐさま彼の中の器から溢れ出る。溢れ出した怒りは殺意に変質し、それを向けるのは一誠だけでなくそれに関わる全ての者たちにまで広がる。そこに何も理不尽なことはなく当然のことであり、何もおかしくはない。

 世の理などシャルバにとって意味が無く彼の中の理こそが絶対なのである。

 

「くそっ! このヒステリックが!」

 

 自分を肯定しない者は全て敵。そこに年齢性別など一切関係無い。いい歳した悪魔の癇癪にアザゼルは吐き捨てるように言う。

 シャルバの外に向けられる怨みは黒蝿の形となってこの場に居る全員に襲い掛かった。

 黒蝿の群れが幾筋に分かれ、触手のように伸びていく。

 

「こいつ!」

 

 アザゼルが先制の光の槍をその触手の一本に投擲する。光の槍は命中し、黒蝿を多少消滅させるが消し切る前に逆に光の槍が消されてしまう。

 

「貪欲だな!」

 

 吐き捨てながら黒蝿の群れを回避するアザゼル。黒蝿らは不規則な軌道でうねりながら飛んでいるので非常に回避し難い。

 それでもアザゼルは黒蝿らの軌道をギリギリまで見極めた後、紙一重で避けてみせ、戦いのベテランっぷりを見せる。

 アザゼルはもう一度黒蝿の群れに光の槍を投げてみた。さっきよりも光を圧縮させて威力を上げている。光の槍はさっきと同様に黒蝿に貪られて消える。多少消滅までの時間が伸びたが殆ど意味がない。

 アザゼルは無駄に攻撃を仕掛けた訳ではない。何かしらの情報を得られないか調べているのだ。光の槍が黒蝿らに消滅させられた際に彼の頭の中の膨大な量の情報から一つだけ類似した現象があった。

 それは嘗て魔人だいそうじょうと戦った時の記憶。堕天使たちがだいそうじょうに光で攻撃をした際、だいそうじょうは光の力と対極にある力──呪殺により光の力を打ち消したことがある。その時に起こった現象と今起こったことは似ている部分があった。

 詳しい研究など行っている暇がないので過去の経験とそれによって培われた直感によるものだが、アザゼルは黒蝿の攻撃を呪殺の一種ではないかと分析する。

 そう仮定するとアザゼルやイリナが食らえば即座に死を迎えることになるだろう。何せ『真紅の赫龍帝』の鎧を崩壊させるレベルの呪殺である。それが弱点である堕天使、天使はかすり傷でも致命傷になりかねない。

 

「おい! もしかしたらこの蝿は呪殺の力を持っているかもしれん! イリナ! お前は前に出るな!」

「えぇ!?」

 

 最悪の事態を避ける為にイリナに戦闘の参加は控えるように指示を飛ばす。前に出て皆を守るつもりであったイリナはアザゼルの急な指示に戸惑いの声を上げる。

 アザゼルの指示を聞き、ゼノヴィアがイリナを守る為に彼女の傍に寄る。万が一の事が起こらないように黒蝿の動きを常に目で追う。

 シャルバが黒蝿の密度を変えたことでリアスの魔力や朱乃の雷光、ライザーやレイヴェルの炎でもある程度黒蝿を防ぐことが出来るようになった。しかし、その分群れを細かに分けているので手数の方が多くなり、少数の一つの群れを滅してもすぐに他の群れが襲い掛かってくる。

 

「はああああ!」

 

 ゼノヴィアが黒蝿の大元であるシャルバにエクス・デュランダルによる極大の聖なる気を斬撃と共に繰り出すが、シャルバを守るように黒蝿らが斬撃の前に集まりそれを受け止め、聖なる気を穢す力で威力を大きく削いでいき最終的にはシャルバに届く前に聖なる気は消えてしまう。黒蝿の数も大きく削れたが、すぐにシャルバの翅から新たな黒蝿が生み出される。

 数が減っても即座に補充される黒蝿。数が戻った途端に脅威となってシャルバが敵と思った者全てを襲う。

 それは一時的とはいえ身を寄せていた『禍の団』のメンバーでも例外ではない。

 枝分かれした黒蝿の群れがゲオルク、そして彼を見張っている黒歌とルフェイを貪ろうとする。

 

「ここまで堂々と裏切ってくるといっその事清々しいな」

 

 ゲオルクは指を鳴らす。すると、黒蝿の群れに『絶霧』の霧が立ち塞がる。黒蝿らはそれすらも食い尽くそうとし霧の中へ飛び込み──そのまま消えてしまった。

 

「おー、消えたにゃー」

「何処へ転移させたんですか?」

「深海に沈めてやった」

「不法投棄にゃー」

「海に還しただけだ」

 

 黒歌の揚げ足取りにゲオルクは詭弁で返す。

 

「流石ゲオルクさんですね! 結界や転移に関しては右に出る者はいませんね!」

 

 ルフェイが素直に褒めてくるが、ゲオルクの方は素直にそれを受け取れない。少なくともゲオルクはルフェイの魔術の才能に関しては自分と互角以上と認識している。そんな相手の称賛をそのまま受け取れる程にゲオルクは純粋ではなかった。

 

「──シャルバの暴走、裏切り、独断専行、どうしたものか」

 

 気を取り直してゲオルクは腕を組みながら自分の今後の立場、行動を考える。この状況に内心苛立っているのか指がせわしなく腕を叩いている。尚、ゲオルクはシャルバの裏切りにご立腹だが、ゲオルクを含む英雄派は先に旧魔王派のカテレアを見捨てている。直接手を下している訳ではないが、シャルバが敵対することをあまり責められない立場であった。

 各々が自分に出来ることを全力で尽くし、辛うじて均衡を保っている。しかし、その危うい均衡が崩れるのも時間の問題であった。

 絶えず全力で戦い続けるリアスたち。疲労と消耗の色が濃くなってきている。一方でシャルバの方は未だに攻撃の苛烈さが変わらない。負の感情がそのままシャルバの燃料となり、更に中々倒せない一誠やリアスたちの存在がシャルバの負の感情を常に増大させていき、シャルバの中で永久機関が出来上がってしまっていた。

 どんなに集中していようとも必ず何処かで一瞬だったとしても集中が切れる瞬間が訪れる。そして、それが今まさに起ころうとしている。

 間もなく最初の綻びが生じる。

 黒蝿の群れに対応しているリアス。向けた指先から発射された紅の魔弾が黒蝿らをまとめて消し飛ばそうとする。その瞬間、交差するように雷光が迸る。リアスと朱乃、二人の狙った対象が被ってしまったのだ。疲労により視野が狭まってしまった故のバッティング。何よりも最悪だったのは黒蝿に命中する前に滅びの力と雷光の力が接触してしまったこと。それにより互いの力を相殺し合ってしまい、大幅に威力が減少してしまった。

 弱まった力では黒蝿らを消滅させることは出来ず、初めて守りを突破されてしまう。

 

「部長!」

 

 この事態に最速で対応したのは木場。彼は聖魔剣を黒蝿の群れに放つ。蝿の集合体に突き刺しても勿論手応えなどないが、木場は聖魔剣を操り内包している力を群れの中で解放する。聖と魔の力が内部で暴れ狂うことで黒蝿の群れは内側から四散。

 だが、それでも完全に消滅しておらず、残った少数がプログラムのように刻まれた指示に従い、最も近くに居る標的目掛けて最後の突撃を開始する。

 その標的に選ばれてしまった彼女は端的に言えばただ運が悪かった。偶々そこに居ただけだったのだから。

 聖魔剣の暴発に気を取られ、飛び散った黒蝿らが少数の群れを形成し直していることに気付けず反応が遅れる。

 彼女がそれに気付いた時には──黒蝿の群れが胸を貫いていた。

 

「レ、レイヴェル!」

 

 最初の犠牲者となったのはレイヴェル。レイヴェルは自分の身に何が起こったのかも分からないまま声を上げることなく倒れる。

 ライザーは顔面蒼白になりながら倒れたレイヴェルを抱き上げる。その胸の中央には数センチの風穴が空けられていた。常人なら致命傷だが、彼女はフェニックスであり不死性を帯びている。しかし、ライザーはすぐに異常事態が起こっていることが分かった。

 

「くそっ! 傷が再生しない!」

 

 欠損した部分があればすぐに炎が噴き出し、それを埋めて再生する。だが、今のレイヴェルにはそれが起こっていない。傷周りがどす黒く変色しており、それが不死鳥の再生を拒む。

 仲間の負傷。しかも命に係わるもの。動揺しない者などこの場に居ないが、ライザーの次に激しく動揺しているのが小猫であった。

 駒王学園の同じ一年ということもあり互いに意識し、反発心を剥き出しにしていがみ合うことが多い二人。しかし、お互いに心底嫌い合っている訳ではない。お互いの人生にとって初めて出来たライバルのような存在。

 そんな相手が今死に掛けている。厳しい人生を生きて来た小猫だが、それでも慣れることの出来ない『死』。

 それを目の当たりにしてしまったことで小猫は戦いの最中に思考が停止し、棒立ちになってしまう。

 綻びが次なる綻びを生む。戦いの真っ只中で立っているだけなど敵からしたら格好の的。しかも他の者たちの視線は瀕死状態のレイヴェルの方に向けられており、小猫の状態を誰も見ていない。

 いっそのこと敵が小猫の事を見逃してくれたのなら彼女は助かったかもしれない。だが、自分の視界に映る全てを抹殺すると誓ったシャルバはそれを見逃さず、容赦なくそこを衝く。

 死が具現化したような黒蝿の群れがリアスたちの感傷を無視して突っ込んで来る。動けないレイヴェルを守る為にリアスや朱乃、木場が前に出ようとするが、黒蝿らは突然軌道を変えた。

 ギリギリまで標的がレイヴェルであると思わせ、本来の標的から目を逸らす為のいやらしい小技。

 黒蝿らの飛行ルートが変わったことで別の誰かを狙っていることを察するリアスたち。そこでようやく呆然とし無防備な状態を晒してしまっている小猫に気が付いた。

 何もかもが手遅れであり、第二の犠牲者が生まれようとした時──

 

「馬鹿っ! 何で避けないの! 白音っ!」

 

 ──突如として横から来た衝撃に小猫は抵抗する間もなく突き飛ばされる。

 ハッとし先程まで自分が立っていた場所を見る。そこに立っているのは黒歌。その脇腹は深く抉られており、穢されて黒くなった血が流れ出ている。

 黒歌は小猫を見た。小猫に傷一つ無いことが分かると安堵の微笑を浮かべる。

 

「ま、全く……相変わらず愚図ね……」

 

 その言葉を最後に黒歌の意識は途切れ、倒れていく。小猫はすぐに駆け寄り黒歌を抱き留めた。

 黒歌はかなり離れた場所でゲオルクの監視をしていた筈であった。なのにいつの間にかこんな近くまで来ている。咄嗟に来て小猫の盾になるなど不可能。

 だからこそ分かってしまう。黒歌はずっと小猫のことを意識していた。小猫がレイヴェルの負傷にショックを受けて棒立ちになっているのを誰よりも先に気付き、誰よりも早く彼女を守ったのだ。

 

「……ね、姉様っ!」

 

 涙を流しながら姉を呼ぶ。しかし、黒歌の返事はない。呼吸はまだしているが黒蝿による傷は深く、また濃い死を纏っている。放っておけばこのまま命が尽きる可能性がある。

 

「黒歌さん!」

 

 ルフェイは声を震わせながら叫ぶ。いつの間にか離れていた黒歌。次に彼女を見た時には小猫を庇って重傷を負っていた。

 すぐに魔術による治療を施したい衝動に駆られるが踏み止まる。ルフェイの隣にはゲオルクが居る。この状況でゲオルクを放置しておく訳にはいかない。

 

「先に言っておくが、今は自分の身を守るのに精一杯だ」

 

 ルフェイが何かを言う前にゲオルクは先手を打って手を貸さないことを告げる。噓だと否定したかったが、ゲオルクがそう言ってしまった以上彼の助力は期待出来ない。元々敵対しているので可能性は低かったが、それでも協力出来ないことは純粋さが抜けないルフェイにとってはかなりショックであった。

 

「分かり、ました……」

 

 全く納得していない表情でルフェイは何とか黒歌やレイヴェルを助けられないか考え、自分の中の知識と技術を脳内で組み合わせて即席の魔術による遠隔治療が出来ないか試してみる。

 ルフェイが望むような効果を発揮するには試行錯誤が圧倒的に足らないが、それでもルフェイの中で魔術の形が形成されていく。傍からそれを見ていたゲオルクは、化物でも見るような目でルフェイを見ていた。

 

「小猫!」

「……部長! 姉様が……!」

 

 リアスは唇を強く噛み締める。また負傷者が出た。その事実が重く圧し掛かってくる。黒歌とは一時的な協力関係に過ぎないが、それでも大事な眷属の身内。小猫が涙を流す姿に胸を締め付けられる。

 しかし、リアスはそれでも行動しなければならない。

 

「祐斗、朱乃、ゼノヴィアはシャルバの攻撃を防ぎ続けて! 小猫! 今すぐ黒歌を抱いてこちらに来なさい!」

 

 木場たちには引き続き守りを徹底させる。小猫は涙を流しながらもリアスの指示に従い、黒歌をリアスたちの傍まで運び、レイヴェルと黒歌を横並びに寝かす。

 

「アーシアはすぐに神器の治癒を開始して! ピクシー! 貴女もアーシアに手を貸してあげて! 小猫! 貴女は仙術で気を二人に送って! ライザー! 貴方、『フェニックスの涙』を持っていない! 持っているならすぐに使って! 回復の手段があるのなら何でもいいから使うわよ!」

 

 アーシアは言われた通り『聖母の微笑』で治癒を始め、小猫も二人の手を握って気を送る。妹の負傷で気が動転していたライザーもリアスに言われて思い出し、万が一の場合に備えて持ってきていた『フェニックスの涙』の小瓶を開け二人にかける。

 効果は──ゼロではなかった。傷を汚染する呪いが三重の治癒により進行が止まるのが確認出来た。しかし、それだけである。現状では呪いによる傷の悪化を防ぐだけ。今も傷からは血が流れ続けている。

 このままでは塞がれない傷により二人の命が危うい。

 

「くそっ! どうなっている! 傷が塞がらない! 血が止まらない!」

 

 ライザーは焦る。大事な妹の命の火が消えようとしているのを見て冷静ではいられない。アーシア、小猫が全力を尽くしてくれているが状況は変わらない。

 焦燥がライザーから冷静さを奪っていく。元々熱くなりやすい性格をしているので一度熱を持ってしまうと簡単には冷えない。

 どうすればいい、という言葉を何度も頭の中で繰り返した挙句、ライザーは一つの答えを出す。

 レイヴェルの傷が呪いによるものなら、その元凶を断ってしまえば。

 その瞬間、それ以外に方法はないと決断してしまい、そして即座に行動へ移ってしまう。

 

「シャルバァァァァ!」

 

 怨敵の名を叫びながらライザーが炎の翼で飛翔。後先を考えずの行動は皮肉にも誰よりも迅速であった為にライザーを止められる者はいなかった。

 ライザーは黒蝿の群れの隙間を縫うようにして飛ぶ。幸いにもシャルバは攻撃の対象を多くしていたので群れの隙間が多く、またシャルバ周囲の防御も手薄になっている。

 

「フェニックスか」

 

 今では稀少な純血の悪魔。だが、シャルバは彼が自分の邪魔をしているのを見ている。立ち塞がる者、邪魔する者はシャルバにとって全てが敵。同じ悪魔であっても排除の対象である。

 

「誰か止めろっ!」

 

 これ以上の被害を出させない為にアザゼルが叫ぶが、アザゼルを含め全員黒蝿の対処に追われておりそんな余裕などない。仮にあったとしても激昂しているライザーを止めるのは至難の業に違いない。

 ライザーの噴き出した怒りは全身を覆う炎と化し、家名を表す不死鳥となってシャルバへ突撃していく。

 

「例え七十二柱に名を連ねる悪魔だったとしてもそれを束ねる真の魔王に勝てる道理などないっ!」

 

 シャルバは逃げる素振りを見せず、それどころか周りに待機させていた黒蝿を退かせる。身一つでライザーの憤怒の一撃を迎え撃つ舞台を整える。

 

「冥界だけじゃなく俺の妹にまで手を出しやがって! 灰になれ害虫がっ!」

「私を拒絶するものなど全て消え失せてしまえばいい! 死に行く貴公の妹の姿は良い余興だ!」

 

 ライザーの義憤とシャルバの下卑た怒り。何処までも真逆な怒りが激突する。

 太陽の如き光を放つ不死鳥の嘴がシャルバを貫こうとする。それを止めるのはシャルバの翅。折り曲げられて盾のように翳される翅が不死鳥の嘴を完全に防いでしまっている。容易く突き破れそうな薄翅だというのに破るどころか焦げ跡もつかない。

 

「どうした!? その程度か!? そのような脆弱な火力で私の翅を貫けると思うな!」

 

 シャルバが翅を振り抜く。その一振りで生み出される黒い風には呪いが含まれており、煽られたライザーは纏っていた炎を払われてしまう。

 

「なっ!?」

 

 あまりに呆気なく消し飛ばされた自分の力。驚愕が怒りを上回ってしまう。

 

「所詮は魔王に至ることも出来ない、名があるだけの悪魔──」

 

 炎を剥ぎ取られたライザーにシャルバは接近し、その腹に手刀を突き刺す。

 

「がっ!?」

 

 シャルバの手刀はライザーの腹部を貫き、背中から突き出る。その手はライザーの血で赤く染まっている。レイヴェルと同じくフェニックスの再生が発動していない。

 

「身の程を知れっ!」

 

 手刀を抜くと同時にシャルバは身を翻してライザーへ背を見せたかと思えば、次の瞬間には胸部に蹴りを打ち込んでいた。

 蹴り飛ばされたライザーは住宅へと突っ込み、勢いが止まらないまま何件も突き破って倒壊させながら瓦礫の中に姿を消す。

 

「ライザァァァァ!」

 

 一誠は叫ぶ。レイヴェルの時も、黒歌の時も、そしてライザーの時も悲痛な声でその名を叫んでしまう。叫ぶのを自分の意思では止められなかった。

 

「ふははははははははははっ!」

 

 一誠の叫びの余韻を消し飛ばすシャルバの哄笑。嘲りと悪意しか感じられない笑い声。

 

「同じだ! 私の前に立ち塞がる者は全てあれと同じになる! 魔王の前では全て屈服するしかないことを理解したか!?」

 

 シャルバの高揚に応じるように黒蝿たちの動きが活発になる。シャルバの精神性が黒蝿と繋がるのなら今の黒蝿らの動きは凄まじいものとなるだろう。

 それを示すかのように黒蝿の群れが動く。群れの動きのキレ、速度は明らかに上がっており、対処する者たちはより苦しむこととなる。

 そして、何よりも最悪なのはシャルバには情けも容赦もないこと。動けない負傷者を抱えているリアスたちを徹底的に攻める為に大量の黒蝿を向かわせる。

 視界一杯に広がる黒蝿。一誠やアザゼルは残った黒蝿らに行く手を阻まれてリアスたちの救助に行けない。

 リアスは悔しさで唇から血が滲む程噛む。思いたくもないし諦めたくもない。それでも条件反射のように頭の中でその言葉が浮かび上がってくる。

 

『ここまでか』

 

 抗い、足掻く者たち。どれだけ頑張っても覆すことが出来ず頭の中で無慈悲にその言葉が過ってしまう。

 空気に薄っすらと混じる諦めの気配を一誠は敏感に感じ取ってしまっていた。そう思ってしまうのは無理のない状況だと分かっている。覆すことが難しい状況になっているのも理解する。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 しかし、一誠はそれを認めない。一誠は一生自分は利口になれないと悟る。

 馬鹿だと思われてもいい。どうしても諦めることを、戦うことを止められない。

 ドラゴンショットを連射する。もっと力を溜めたドラゴンブラスターを放ちたいが黒蝿の群れはそれを待ってくれない。

 連射したドラゴンショットで大群の一部は消し飛ばすことが出来たが、それでもまだ数え切れない程いる。

 力が空っぽになるまで振り絞ろうとした時──

 

『Half Dimension』

 

 ──黒蝿の群れが半分の量になったかと思えば全員が見ている前で群れは縮小していき、最後には存在が維持出来ないサイズまで縮小して消滅する。

 

「ヴァーリ!」

 

 曹操によって何処かへ転移させられたヴァーリが戻って来た。最強クラスの戦力の復帰に一誠は思わずその名を熱く叫んでしまう。

 

「寄り道先が急に移動したから先回りをしてみたんだが──」

 

 ヴァーリの視線が一瞬シャルバに向けられた後、横たわっている黒歌を見る。

 

「ヴァーリ様! 黒歌さんがっ!」

「ああ……今回ばかりは俺も反省しないとな」

 

 普段の態度は鳴りを潜め、後悔している様子を見せる。

 

「……仲間をやられても自分を優先するほど俺も我儘じゃない」

 

 シャルバの登場など予想の範疇を超える事態であったとしても言い訳にはならない。色々と誘惑に誘われ過ぎたことを自省する。一誠たちを助けられたのもタイミングと運が良かっただけ。危うく今以上の被害が起こっていたかもしれない。

 表には出さないが内心では黒歌の重傷にはかなりショックを受けていた。傷一つ無いヴァーリが負った心の傷。心身共に頑丈なヴァーリだが、その精神に傷を付けたのは間違いなく彼の足止めをしたコンラの手柄である。

 

「ヴァーリ……ヴァーリ、ヴァーリッ! また私の前に立ち塞がるか! 忌々しい白龍皇! 唾棄すべき混血の雑種がっ!」

「少し見ない間に随分と醜悪になったじゃないか。見た目じゃなくその精神が。内面の汚さが言葉になって出ているぞ?」

 

 直球の侮蔑もヴァーリには通じない。既にヴァーリは怒っている。仲間を傷付けられたことに。その怒りの前ではシャルバの罵倒も虫の鳴き声程度の煩さであった。

 

「あの時は仕留め損ねたが、今度こそ殺してやろう! そして知れ! 真の魔王の偉大さを!」

 

 シャルバの宣言を聞いてヴァーリは鼻で笑う。

 

「明らかに誰かから借り物の力を授かったような奴が真の魔王を語るのは滑稽だな」

「馬鹿め! 与えられた物を我が物として何が悪い! 雑種風情が魔王を知った風に語る方が滑稽だ!」

 

 ヴァーリは借り物の力で誇示するシャルバを煽り、シャルバはヴァーリの血筋を煽る。ヴァーリは静かな態度であったが、シャルバの方はヴァーリが現れてから感情が一段と不安定になってきている。

 

「──丁度良い。全て屠ろうと思っていた所だ。赤龍帝だけでなく白龍皇も、二天龍を同時に亡き者にすれば魔王としてそれなりに箔が付く」

 

 激情が一転して冷静になる。しかし、腹の中では煮え滾る感情が蠢いているのか、それを代弁するかのようにヴァーリによって消滅させられた数以上の黒蝿が召喚されていく。

 

「お前たちは我が分身たちの餌だ。特にヴァーリ、お前は骨一つ残さず蛆虫たちに喰らわせてやる」

「やれるものならやってみればいいさ。──ただ、お前たち旧魔王派は出来ることと出来ないことが判断出来ないから冥界の隅に追いやられたと聞いたが?」

 

 旧魔王派の過去の失態を持ち出し、シャルバの宣言を小馬鹿にする。

 

「貴さっ──!」

「まあ待て」

 

 激昂するシャルバをヴァーリは手を翳して制止する。

 

「今更命乞いかっ!?」

「少しは考えるか、相手を見てものを言え──お前に挨拶したいのは俺だけじゃないんだ」

 

 その瞬間、黒雲のような黒蝿の群れに一筋の光の線が走る。初めは細い線であったがすぐに光の強さは増していき線の幅も広がっていく。それに接していた黒蝿らは次々と消滅していき最終的には黒蝿の群れは大きく分断され、三分の一程の数まで減らされる。

 光の正体は聖なる気。それもエクス・デュランダルよりも数段上回る程強い。

 

「はぁ……助けた恩を仇で返されると不思議な気分になる。怒っていいのやら悲しんでいいのやら……熱と冷気が胸の中でぐるぐる回り続けて落ち着かなくなる」

 

 独白しながら曹操がこの場に戻って来た。しかも、見慣れない神器を携えて。それが聖槍の禁手だと気付いた時、悪魔である一誠たちは弱点である聖なる気の波動で身震いを起こす。

 

「いや、こうなることは分かっていたさ──強がりではないよ? ──十分協力はしてたとも思っている。でも、もう少し足並みを揃えて欲しくもある。派手なことをやるにも色々と準備が必要なんだ。このタイミングで勝手なことされたら困る」

 

 口調は普段通りなのだが、その目付きは一誠たちも初めて見る程険吞であった。内心では腸が煮えくり返っているのだろう。

 

「──ゲオルク、良く報せてくれた。もう少し辛抱してくれ。あれを片付けたらすぐに助ける」

「そうか。ただ、そう急ぐ必要もない。今のところ身の安全は保証されている」

 

 曹操とゲオルクのやり取りにルフェイはゲオルクを凝視する。ゲオルクが何らかの方法で事態を報せたというらしいが、少なくともルフェイはゲオルクの通信魔術を検知していない。

 一体どんな方法で連絡を取ったのか。そんな素振りを見せなかったことに驚愕している。

 

(全く分からない──という表情をしているな)

 

 天才に一泡吹かせたことでゲオルクの溜飲も下がる。とはいえゲオルクが行なったことは特別高度な技術などではなくネタが分かれば大したものと感じない程度のもの。

 ゲオルクが密かに行っていたのは感覚共有の魔術。その名の通り相手と自分の感覚を共有するもの。それを利用してゲオルクは自分の体にさりげなく触れることで動作そのものを暗号にして相手に送っていた。ゲオルクが度々行っていた自分の腕を指で叩く行為。あれは苛立ちを紛らわせるものではなく曹操に自分の現状を報告していたのだ。

 これは通信の為の魔術ではないのでルフェイの検知の網にも引っ掛からない。魔術のみの知識では決して導き出せない方法だろう。尤も、溜飲は下がったが勝ったとは思っていない。所詮は正攻法で挑むのを止めただけのこと。次は魔術で出し抜くことをゲオルクは密かに誓う。

 ヴァーリに続いて曹操も参戦。敵勢力な為、嬉しい参戦とは言えないが少なくとも曹操はシャルバを敵と認識しているので敵の敵という多少ましなポジションである。

 しかし、そうなるとある疑問が湧く。曹操は『煌天雷獄』で造られた虹を見てこの場を離れていた。それが戻って来たということは、もしかしたらデュリオは──

 

「何あれ? 滅茶苦茶キショイんですけど」

 

 ──そんな心配など杞憂と言わんばかりにリアスたちの傍にいつの間にか居た。

 

「デュリオさん!?」

「うーす、イリナちゃん。それとリアス・グレモリーさんとその眷属の皆さん初めまして~」

 

 ミカエルの切り札と呼ばれる青年は、戸惑ってしまうぐらいに軽い挨拶をしてきた。

 

「やっぱりデュリオさんだったの!? あの虹を出したのは!? どうしてここに!?」

「俺の趣味、食べ歩きなの知ってんでしょ? プライベートで偶々駒王町に来たら、偶々巻き込まれちゃったの」

 

 本当にただ偶然戦いに巻き込まれてしまっただけという事実にリアスたちは啞然としてしまう。戦闘があった証拠にデュリオの衣服は所々血が滲んでいた。

 アザゼルは『そんなアホな話があるか……』と言っていたが、本当にそんなアホな話であった。

 曹操と激戦を行い、戦いもここから佳境に入るというタイミングで曹操の方から『優先順位が変わった』と言われて離脱された。当然ながらデュリオには追う選択肢しかなく、追っかけて来てみたらまた別の戦場。今思えば曹操にまんまと釣られてしまったかもしれない。

 

「はぁ……折角、シンたんたちと季節限定パフェを楽しもうと思ってたのに、災難ですわ」

『……?』

 

 リアスたちの頭の中に浮かぶクエスチョンマーク。イリナが思わず聞き返す。

 

「あの……デュリオさんって駒王町にお友達がいるの?」

「え? シンたんだよシンたん? あ、フルネームじゃないと分からない? でも、君たちともお友達でしょ? 間薙シンたん」

『……?』

 

 一緒に季節限定パフェを食べていた人物がシンのことだと判明したが、それでもリアスたちの頭の中に浮かぶのはクエスチョンマーク。疑問は解消したが、その光景が想像出来なかった為のクエスチョンマークである。

 少し間を置いた後に全員がデュリオの言ったことを呑み込めたが、それでも困惑を隠せない。

 

「まあ、その話は後にしましょ。今はそっちが重要じゃない?」

 

 負傷しているレイヴェルと黒歌を指す。相変わらず二人の容態は回復しない。

 

「こりゃ不味いな……」

 

 二人の怪我の具合を診てデュリオは眉間に皺を寄せる。

 

「デュリオさん! どうにか出来ない!?」

 

『煌天雷獄』の力でどうにか出来ないかイリナが乞うが、デュリオは首を横に振る。

 

「残念だけど……」

 

 デュリオは悔しさを滲ませながら出来ないと答える。『煌天雷獄』は確かに強力な神器だが、治癒などには向いていない。それこそ曹操の聖槍の方がまだ可能性がある。だが、敵である曹操に仲間の命を握らせるなど愚策でしかない。

 

「呪われた箇所を取り除ければ可能性はあるかもしれないけど……」

 

 それも難しい方法である。呪いの影響に負けずに切除する方法としては木場の聖魔剣、ゼノヴィアのエクス・デュランダル、リアスの消滅の力が候補に挙がるがどれも強力過ぎるせいで下手をしたら二人が死ぬ。だからといって生半可な方法でやったら逆に呪いの汚染を受けて被害者が増える。

 

「そんな……」

 

 残る解呪する方法はシャルバを倒すことぐらいだが、それがいつ達成されるのか分からない。二人の生命力があとどれくらい持つのかも。

 

「そう深刻な顔をしなさんなって。頼れる助っ人たちが来るっスから」

「助っ人……たち?」

 

 複数回の助っ人。一人はシンだとしてもう一人は一体誰なのか、この時のリアスたちは知らない。

 

「──くくく」

 

 二天龍、聖槍、ジョーカー。シャルバの前に次々と現れる強者たち。だが、シャルバは口を歪めて笑っている。このシチュエーションを待っていたかのように。

 

「はははははっ! どうやら余程私に首を捧げたいと見える! いいぞ! 我が覇道の贄に相応しい者たちばかりだ! 私が再び冥界を制覇した暁には、貴公らの首を玉座に飾り付けると約束しよう!」

 

 相手にとって不足なし。それどころか負けると微塵も思っておらず既に勝利した未来まで語っている。

 

「やれやれ……妄想まで強くなったのか?」

「約束された未来だ。貴公らのな!」

 

 ヴァーリの皮肉もシャルバの高まったエゴの前には届かない。

 

「ふははははっ! 見える、見えるぞ! 冥界の最期が! 我が呪いによって滅びる冥界の悪魔たちが! 苦しむがいい! 血反吐を吐くがいい! 藻掻き、足掻き、のたうち回った末に全てに絶望して果てるがいい!」

 

 どす黒い妄想はシャルバの口から延々と吐かれ続ける。皆が聞くに堪えない、と表情を歪める。

 

「私こそが──」

 

 言いかけた瞬間にシャルバの体が一度だけ震えた。

 何が起こっているのかも分からない呆然とした様子で自分の胸を見る。シャルバの右胸には綺麗な穴が空けられており、前から覗き込めば後ろが見える。

 突然空けられた胸の風穴に触れようとした時、轟音と共に白色の光にシャルバは飲み込まれる。

 光が放たれた先には拳を突き出しているサイラオーグ。そして、その隣に並ぶのはシン。

 

「ここは随分と五月蠅いな」

「でかい蝿がいるからな」

 

 

 




長かった敵との戦いもそろそろ終わりが見えてきました。
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