ハイスクールD³   作:K/K

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共闘、治療

 アザゼルは最初目の前の光景を信じられなかった。

 英雄派の襲撃に冥府の神ハーデスと死神たちの背信行為。そこに禁じられた存在『龍喰者』サマエルの召喚によるオーフィスの弱体化とコキュートスで封じていた魔人ヘルズエンジェルの写し身も登場。これ以上最悪は無いだろうと思っていた所に、ダメ押しと言わんばかり謎の力で強大となったシャルバの参戦。おまけに『魔獣創造』の禁手化で生み出されたアンチモンスターを冥界に送るという特大の嫌がらせ付きである。

 最悪と最悪が掛け合わせかもしくは累乗のような展開。どうやって覆せばいいと脳みそが発火しそうなぐらいアザゼルが頭を働かせている時であった。

 最初はライザーの参戦。若い悪魔だが、最近は実力をつけまた相性が良かったのかヘルズエンジェルの写し身を抑える活躍を見せてくれた。

 その後に複数の負傷者が出たタイミングで抜けていたヴァーリの帰還。それを追うようにして曹操もまた戻って来る。曹操の方は敵だが、シャルバの独断専行を非常に苦々しく思っており、シャルバ自身も曹操とその仲間を疎ましく思っているので対立が発生し、一戦力として数えてもいい状態となった。

 そこに加えてどういう訳か天界のジョーカーという最高クラスの援軍──デュリオ・ジェズアルドもやって来た。正直、デュリオ一人でも戦況を覆せるレベルである。

 そして、これ以上の援軍はないだろうと思った矢先、その二人はやって来た。

 間薙シンとサイラオーグ・バアルである。

 あまりにも都合が良い展開にアザゼルは遂に現実逃避による錯覚でも見始めたのではないかと思ってしまった。

 だが、それだけ瞬きをしても彼らが消えることはない。紛れもなく現実であり本物である。

 

「──お前らのこと抱き締めてキスしてやりたい気分だ」

 

 感極まってそんなことを言ってしまう。

 最後に現れたシンとサイラオーグは戦場を見回し、大体のことを把握する。そして、気になる点があった。

 

「ライザー殿が見当たらないな」

「……やられたのかもしれませんね」

 

 無情ではあるが考えなくてはいけない可能性をシンの方から出す。サイラオーグは僅かに眉間に皺を寄せる。サイラオーグも考えていない訳ではないが、だからといって悲観的な考えばかりを先行させない。

 

「リアスたちの許へ行ってくれ。そこでライザー殿の安否を確認してくれ」

「そっちは?」

「俺は──」

 

 サイラオーグは五指をゆっくりと折り曲げ、固く拳を握り締める。拳を握るという動作だけで目に映らないものが圧縮されたような錯覚を覚える。

 

「奴の相手をしておく」

 

 意識外からの渾身の闘気を打ち込んだが、それでもまだ消えることのない邪気をシンとサイラオーグは感じていた。それに足されていく肌を焼くような怒気。シンとサイラオーグの攻撃を受け、相当頭に来ている様子。

 

「任せてもいいのか?」

 

 シャルバの実力は『禍の団』の施設で遠くから感じ取ったがかなりのもの。下手をすればサイラオーグも危うい。

 

「周りには頼れる者たちが居るからな。早く戻って来ないとお前の活躍の機会が奪われるかもしれんぞ?」

「構わない。欲しければ譲るぞ?」

 

 ふっ、と微笑を浮かべるとサイラオーグは邪気が放たれる方へ臆することなく進んで行く。

 周りに頼れる者が居ると言っていたがお前が一番頼りになりそうだ、と言いたくなったが思うだけに留めた。当たり前のことを言っても恥をかくだけである。

 サイラオーグから頼まれたので、シンは彼から離れてリアスたちの方へ向かう。

 前進するサイラオーグ。その姿に驚きながら一誠は声を掛けて来る。シャルバがシンとサイラオーグの攻撃により一時的に戦闘不能状態になった為か黒蝿たちが制御を失って何処かへ飛んで行ってしまったので少しだが一息入れる時間が出来た。

 

「サイラオーグさん! 何でこっちに!?」

「兵藤一誠、その話は後で説明しよう。今は目の前の敵に集中する。力を貸そう」

「サイラオーグさんが来たら百人力どころじゃないですよ!」

 

 一誠はついはしゃいでしまう。絶望的な状況からサプライズで現れた希望。その落差にテンションも最高潮になる。

 

「百人力か……すまないがレグルスは連れていない。今の俺がどれ程の力になるかは分からん」

「いやいや! 神器がなくなってサイラオーグさんが強いのは痛い程知ってますって! マジで!」

 

 サイラオーグが所有する神滅具『獅子王の戦斧』があれば今以上の戦力アップなのは否定しないが、それだけがサイラオーグの強さではないことを言葉通り身を以て一誠は知っている。こんなにも頼れて心強い助っ人は他に居ないだろう。

 

「そう褒めるな。……俺が居たとしてもまだ厳しい戦いになるのは変わらない。相手は少なくとも魔王級。さっきの一撃も間薙シンの助力があってこそだ」

 

 謙遜している──という訳ではない。サイラオーグが言うように希望が見えてきたが、まだ全てを覆す程ではない。サイラオーグが感じている負のオーラを一誠もまた感じていた。シンとサイラオーグの攻撃を受けて禍々しさが増している。

 

「思わぬ所で思わぬ相手に出会うものだ」

 

 サイラオーグの隣にいつの間にか立っていたヴァーリ。一誠はヴァーリがサイラオーグに話し掛けるまで気付くことが出来なかった。

 

「……ヴァーリ・ルシファー。現白龍皇だな?」

「如何にも。貴方に名を知って貰えて光栄だ。サイラオーグ・バアル」

 

 一誠の目には一瞬両者の間で闘気がスパークしたように映った。化学変化のように強者が強者に反応する。だが、すぐに二人は目を合わせるのを止めてしまう。

 二人共優先すべきことが何なのか分かっている。これ以上視線を交わすと無意識に闘志が引き摺り出されそうだったので視線を逸らした。

 責任感が強く、精神面が成熟しているサイラオーグなら不思議には思わないが、自他共に認める戦闘狂であるヴァーリが強者を前に自分を抑えているのを見ると戦いに釣られていたことを本気で反省している様子。自分の性分を曲げるぐらいには仲間のことを大切に思っているらしい。

 

「──それにしても随分と良い鎧を着ているじゃないか、赤龍帝」

 

 サイラオーグに闘気を放ちながらも一誠に対しても好奇の目を向けてくる。

 

「『覇龍』とも異なる新しい赤龍帝の形……兵藤一誠、君は相変わらず俺の

 惹きつけ方を心得ている」

「おい止めろ。俺を変な目で見ないでくれ」

 

 ギラギラとしたヴァーリの眼光を受け、一誠は身震いする。『真紅の赫龍帝』になっても『白龍皇の鎧』状態のヴァーリに勝てると確信出来ない。相変わらず壁の高いライバルである。

 

(頼もしいぜ、全く)

 

 三人の様子を見ながらアザゼルは空で待機する。正直、今の三人に加わるとなるとアザゼルの戦力は一段階落ちる。肩を並べて戦えば足手纏いになると判断したアザゼルは、視界を広く保ちながら一誠たちのサポートに徹することに決めた。

 

(それによ……)

 

 シャルバも脅威だが、それと同等以上に脅威となるのが曹操。シャルバとは敵対関係にあるのが見て分かるが、だからといって曹操は味方だと考えるのは浅慮。一度はデュリオと戦う為に離脱したが、衣服の傷や乱れはあるものの目立った外傷の無い状態で戻って来た、しかも禁手状態で。

 

(ったく禁手は禁手でも亜種の方かよ……くそったれ! 周囲に浮いている六つの球体が亜種の能力か……くそっ! 新しい能力じゃ過去の資料も役に立たん!)

 

 未知なる能力のせいで自分の知識が全く役立てないことに歯嚙みするアザゼル。いざという時には体どころか命を張って一誠たちを守ることを密かに決意する。

 アザゼルが警戒している曹操もまたアザゼルと似たような心境であった。

 

(さてさて。どう立ち回るかな?)

 

 曹操としてもシャルバを処分したいが、そう簡単に行かないことは場に満たされる呪いのようなオーラの残滓で分かる。真っ向から衝突すれば曹操も危うい。

 

(だからといって赤龍帝や白龍皇、バアルと肩を並べて仲良く戦うっていうのもな……)

 

 戦いに綺麗汚いなど無く利用出来るものは利用すべきなのは分かっているが、嫌なものは嫌である。ついさっきまで戦っていた相手に簡単には尚更背中を向けられない。

 

(それに……)

 

 曹操がさり気なく視線を動かした先にはアザゼルが居る。アザゼルはシャルバを意識しつつも曹操への注意を怠らない。

 

(アザゼルの目もある。あーあ、こっちの手札を何枚か晒すことになるなー)

 

 目を光らせている相手がアザゼルでなかったのなら曹操ももう少し大胆に動くことが出来たが、アザゼルなら話は大きく変わる。必ずこちらの禁手の能力を解析し、それに対応した手段や策を見つけてくる。

 

「──まぁ、なるようになるか」

 

 考え過ぎて何もしないのも愚行。戦いの流れに合わせて戦い方を決めれば良いと今は判断する。

 アザゼルと曹操が互いに牽制し合っている中、一誠、ヴァーリ、サイラオーグはシャルバに向かって進み続ける。

 サイラオーグの闘気の拳が直撃して吹っ飛び、瓦礫に埋もれているが動けない程のものではないのは分かっている。

 次の瞬間、シャルバの上に積み重なっていた瓦礫が下から吹き飛ばされ、遥か上空へ打ち上げられる。その下から大きな翅が震えながら現れた。

 

「よくも……やってくれたな……!」

 

 続いて幽鬼のような動きが立ち上がるシャルバ。額や頬から流血しており、着用していた軽鎧も体に引っ掛かっている残骸に成り下がっている。

 胸に空けられた風穴。内部から肉が盛り上がっていき、穴を閉じていく。しかし、尋常ではない速度で再生していくが、再生に痛みが生じるらしくシャルバの顔は苦痛で歪んでおり、また速過ぎる再生は大きく消耗するらしく傷が癒えるまでシャルバは脂汗を流し続けていた。

 

「この傷っ! この痛みっ! 奴か!? あの時、私の目を奪ったのは奴か!?」

 

 翅の力を我が物にし、意気揚々と新たな力の試運転で『禍の団』ごと襲撃者たちを狙った時に去り際に放たれた不可視の一撃。あの時は誰の攻撃によるものか分からなかったが、少なくともこの場所に居ることだけは分かった。

 顔も名も知らない相手に一人憎悪を燃やすシャルバ。そんな彼に掛けられるサイラオーグの落ち着いた声。

 

「お初にお目にかかります。俺の名はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主です」

 

 シャルバへの最初の言葉は自己紹介。傍で見ている一誠は内心『こんな奴にそんな丁寧な対応をしなくてもいいのに……』と思い、ヴァーリはサイラオーグの真っ直ぐさに苦笑を浮かべる。

 

「──バアル?」

 

 自分の世界に入っていたシャルバがバアルという名を聞いて現実に戻って来る。そして、呆けたような表情でサイラオーグを見る。

 

「バアルだと……!?」

 

 バアルに向けられるシャルバの怒りは赤龍帝、白龍皇に匹敵する。もしかして、それ以上かもしれない。

 

「あの風見鶏共の一族か……!」

 

 バアル家の思想はシャルバたち旧魔王派と似ているようで根本が違う。旧魔王派にとって魔王は冥界を統治する絶対的な存在だが、バアルからすれば魔王は悪魔の象徴。カリスマと力を示すことが出来なければ、次の者を推すだけ。バアルにとって重要なのはバアルが認める悪魔が存続すること。故にバアルは旧魔王派が魔王に相応しくなく、また悪魔の存続を脅かす者たちとして袂を分かった。

 旧魔王派からすれば今まで支えられた者たちから梯子を外され、挙句の果てに新しい魔王たちを推す姿を見れば風見鶏と罵倒したくもなるのだろう。

 

「かねてより『禍の団』の討伐に参戦したいと願っていましたが……この様な形で叶うとは思っておりませんでした」

 

 冥界を裏切った悪魔であるとはいえ嘗ては魔王の名を受け継いでいた者たち。礼儀作法を忘れない。

 

「上辺だけの礼儀など虫唾が走るぞ、バアル!」

 

 シャルバの方は憎悪を剥き出しにて吼える。サイラオーグではなくバアルそのものに憎しみをぶつけてくる。

 

「……本当に残念だ。嘗てベルゼブブであった者よ」

 

 最早、魔王としての威厳も誇りも失っていることを確認し、サイラオーグはこの瞬間から同胞ではなく討つべき敵と認識する。

 

「ほざくな! バアルっ!」

 

 シャルバは翅を震わせ、そこから黒蝿を大量に放つ。黒雲が眼前に広がったような光景。大量の羽音が豪雨のように大気を揺らす。

 触れれば全てを喰らい尽くす死の群れ。だが、一誠、サイラオーグ、白龍皇は一歩も引かない。そんな発想も出て来なかった。隣に並び立つ者たちが心強かったおかげで。

 

「正面からぶち抜いてやりましょう! サイラオーグさん! ヴァーリ!」

「先に言われたな」

「こうやって肩を並べて戦うのは新鮮だ」

 

 一誠は両手を突き出して構え、サイラオーグは拳を握り締め、ヴァーリは掌を広げる。一誠の両手に真紅のオーラが集束し、サイラオーグの拳には闘気が圧縮され、ヴァーリの掌には膨大な魔力が集まっていく。

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

 その掛け声で一誠は最大火力のクリムゾンブラスターを放ち、サイラオーグは拳から闘気を撃ち出し、ヴァーリは集めた魔力を球体にして投げ放つ。

 三つの力がシャルバの操る黒蝿の群れと激突。桁外れの力と力のぶつかり合い。どれ程の余波が生み出されるのか分からず、傍観していた者たちは身構える。

 次の瞬間、一誠たちの攻撃とシャルバの黒蝿の群れは音も衝撃も無く消滅した。

 同等の威力を持つ強力な力が衝突した結果、瞬時に互いの力を喰らい合うように相殺し合い、それにより最初から何もなかったかのようにお互いの攻撃が消えてしまったのだ。

 一誠たち三人の攻撃を一人で打ち消したシャルバが凄いのか。それとも魔王同等以上の力を持つシャルバをたった三人で抑えた一誠たちが凄いのか。

 どちらにせよ滅多に起こることがない奇跡のような現象に見ている者たちや当事者であるシャルバも呆気に取られてしまう。

 だが、そんな現象が目の前で起こっていても止まらない者たちも居た。

 サイラオーグとヴァーリである。

 不可思議な現象も彼らにとっては眼中に無い。戦闘状態に入っている彼らからすれば目の前の道が切り拓かれた。その程度の認識でしかない。

 そんな彼らに一歩出遅れた一誠。それを遅いと謗ることは酷というもの。一誠が遅いのではなくサイラオーグとヴァーリの判断と反応が早過ぎるだけなのだ。

 ヴァーリは飛翔し、サイラオーグは地を駆ける。速度はどちらも同じ。ヴァーリの速度に追い付けているサイラオーグの脚力は尋常ではない。

 シャルバが二人を認識した時、既に彼らの接近は終わっており攻撃の段階に移っていた。

 先手を取ったのはサイラオーグ。トップスピードを維持したまま地を蹴る。踏み込まれた大地は陥没し、四方へ亀裂が伸びる。

 サイラオーグは弾丸さながらの直進で宙を飛び、瞬く間にシャルバの前に出る。サイラオーグの速度に黒蝿の防御が間に合わず、シャルバはやむを得ず翅を前方に畳んで身を守る。

 闘気を纏わせたサイラオーグの拳がシャルバの翅に激突。衝突の瞬間、闘気の余波が風のように吹き抜けていく。

 

「かはっ!?」

 

 苦悶の声を上げたのはシャルバ。翅は確かに拳と闘気を防いだ。だが、翅を通じて伝播して来た衝撃そのものがシャルバの体を内側から貫く。

 体の内側に突如として大きな塊が出現したような圧迫感。両目が飛び出してしまいそうな感覚にシャルバの動きと思考が止まる。

 直後、サイラオーグの頭上を白い影が高速で通り過ぎる。それはヴァーリが振り上げた足であり、動きが止まっているシャルバの顔面に叩き込まれた。

 外側に飛び出しそうだった目が今度は内側に埋没しそうになる。『白龍皇の鎧』を纏わせた足から繰り出されるハイキックは華麗な軌跡で足の甲をシャルバの顔にめり込んでいた。

 鼻骨は砕け、頭蓋骨は歪む。ヴァーリは足の感触でシャルバの負傷具合を認識しつつ足を振り抜く。シャルバの頸椎が限界以上に反れて悲鳴を上げる。

 

(今、何が、熱い、痛い、これは!? 攻撃を──)

 

 サイラオーグとヴァーリの打撃を立て続けに受けたシャルバ。強烈過ぎる攻撃であったが、桁外れの生命力で自分の状態を把握しつつ止まっていた思考を動かし始める。

 シャルバは今の状況を把握すると同時にそれを聞いた。

 

『Star Sonic Booster!』

 

 一歩出遅れたのを補う為の『騎士』による急加速。

 

『Solid Impact Booster!』

 

 二人と比べて足りない威力を足す為の『戦車』の力。

 右腕に紅いオーラで覆った一誠が突撃してきたのを理解した時には、既に回避不能の段階であった。

『騎士』のスピードと『戦車』のパワーが掛け合わされた一撃がシャルバの腹部に深く捻じ込まれる。

 目も口も限界まで開かれるシャルバ。一誠の攻撃はまだ終わらない。鎧の肘にある爪或は角をイメージした撃鉄が打ち鳴らされ、既に打ち込まれている腹部に二度目の衝撃が叩き込まれる。

 

「ぐはっ!」

 

 シャルバは大量の血反吐を吐く。サイラオーグによりダメージを負っていた体内が、一誠の攻撃により火薬に火を点けるかのように一斉に破裂。体の内側がズタズタに破壊され、目や耳からも出血する。

 一誠が拳を引くとシャルバは自分の吐いた血溜まりの中に突っ伏す。

 

「倒した……のか?」

 

 サイラオーグ、ヴァーリ、そして自分の連続攻撃を受けて崩れ落ちたシャルバ。正直、一誠が同じ立場だったら立ち上がれる自信は無い。しかし、倒れ伏したシャルバを見ても何故か勝ったという実感が湧かない。

 

『──!? 相棒! 離れろ!』

 

 ドライグの声に一誠は反射的に離れる。すると、散らばっていた黒蝿らが集合して来た。もう少し離れるのが遅かったなら今頃あの黒蝿の塊の中に閉じ込められていたかもしれない。

 

「何だあれ……?」

 

 シャルバへたかる黒蝿たち。シャルバの体が見えなくなるまで黒蝿は覆い尽くす。

 

「うぇ……」

 

 その光景に思わず吐き気を覚える。悍ましい光景に背筋もゾクゾクする。

 黒い塊と化したシャルバ。すると、その塊が徐々に小さくなっていく。

 

「う、え……?」

 

 吐き気が止まる。小さくなっているということはあの群がる黒蝿に喰われているということ。自分の能力で自分を喰わすという意味不明な行動に一誠は混乱する。

 かと思えば今度は逆に塊が大きくなっていき、元の大きさまで戻る。すると、塊は動き出し、立ち上がる。

 人型になっている黒蝿の塊。群がるそれは一斉に飛び立つ。その下からは全裸で無傷のシャルバが立っていた。

 目を閉じていたシャルバは目を開け、今の自分の姿を見る。

 

「これは……!」

 

 シャルバは驚く。あれだけの重傷がいつの間にか完治していることに。痛みは全くなく疲労も無い。まるで生まれ変わったような気分であった。

 

「──そうか。そういうことか……!」

 

 シャルバは自分の身に起きたことを瞬時に理解する。

 前にも述べたが死体に群がる蝿は昔より病と死を齎すものとして忌避されていた。だが、同時に死骸を喰らいウジから蝿に羽化して飛び立つ様を死と再生の象徴とした。

 死者を還し、転生させる。それが今シャルバが行ったこと。

 しかし、シャルバの様子からして意図してやったようには見えなかった。転生した自分の姿に驚いている様子を見れば尚の事。

 以前体が二つに分けれる重傷を負った際に再生したが今回はそこから更に一歩先の進化を遂げる。

 

「まずは貴公らに感謝を」

 

 裸のまま恭しく一礼する。どうにも慇懃無礼さが拭い切れていない。

 

「貴公らが私を追い詰めてくれたおかげで私は更なる段階へと進んだ!」

 

 生と死の狭間まで追い込まれたシャルバ。その時、彼にあったのは生への執着。『死にたくない』と強く願っていた。

 それは死を恐怖したからではない。死の間際に彼の腹の中にあったのは憤怒の情のみ。正統なる魔王である自分にここまでの無礼を働いた者たちへの憎悪。

 風見鶏のバアルの次期当主であるサイラオーグ。高貴なるルシファーの血と唾棄べき人間の血を持つ混ざりもののヴァーリ。転生悪魔などという存在そのものを認めていない天龍の出来損ないである一誠。

 存在そのものがシャルバを不快にさせる者たち。そんな者たちから与えられた屈辱。

 そんなものを抱えたままでは死んでも死に切れない。

 そう強く願った瞬間、彼の分身である黒蝿らはシャルバに集い、肉も骨も食らい、卵を生み落とし、ウジが孵化し、それらのウジが一つとなって巨大な蛹を作り上げた後、その中からシャルバが再誕した。

 翅の力を我が物とする為に何度も死に等しい苦痛を味わった。それと同じように生と死の狭間でしか得られない感情の昂ぶりをトリガーにしてシャルバは成長したのだ。

 自分の新たな力に喜び、昂るシャルバ。

 一方で一誠たちは再誕したシャルバに絶望──している様子は全くなかった。

 サイラオーグの胸中にあるのは使命感。シャルバは必ず冥界に仇をなす者となる。サイラオーグは、いずれは魔王となり血や名ではなく実力さえあれば誰もが認められる冥界の未来を創ること目標に掲げている。

 シャルバは実力はあるが、血統を重視し過ぎている。サイラオーグが掲げる冥界の未来など決して認めないだろう。

 ならばこそここで倒す。その固い意思に恐怖など入り込む余地などない。

 今のヴァーリにあるのは戦意と好奇心。不死身になろうとしている者と戦えるなどこの先あるかどうかも分からない。本当に死なないのか、何度も蘇ることが出来るのか。ありったけの力でそれを確認したい。

 子供のような無邪気な好奇心と戦意は恐れを抱く発想すらない。

 他二人と比べれば凡人寄りの一誠。だが、先の二人と同じように恐怖はなかった。

 後ろには守りたい最愛の恋人と大事な仲間たち。隣にはこれ以上ない程に頼りになる戦友。そして、自分の裡には一心同体の相棒がいる。

 こんなにも自分を支えてくれるものがある。相手がどんな怪物であろうと恐れを抱く理由が見つからなかった

 強い意思を宿した三つの視線がシャルバを貫く。シャルバはその目が心底気に入らない。一切の恐怖を含んでいない目。絶対的な魔王に対してそんなものを向けるのは不遜。

 

「忌々しい目を私に向けるな!」

 

 吐き捨てると共に大量の黒蝿が塊となって突撃してくる。一誠たちに圧し掛かるように降ってくる黒蝿の群れ。

 一誠たちはばらけてそれを回避すると、黒い巨塊が地面を叩き割る。そして、液体のように四散して避けた一誠たちを追尾する。

 一誠、ヴァーリは翼で空へ上がるが、サイラオーグは飛翔する手段を持たないので地面を駆ける。サイラオーグの脚力は凄まじい速度を生み出すが、すぐにサイラオーグは不利な状況に追い込まれる。

 空と違って地面には様々な制約がある。地面の荒れ具合や瓦礫などの障害物。既にシャルバとの戦闘によりあちこち荒らされている。サイラオーグの足は確かに速いが、それが百パーセント発揮されるのは整った地面でのこと。

 荒れた地面では転倒することまではしなかったが、走りにどうしても影響が出てしまう。

 だが、足場が悪い場所で走る速度が落ちるのはサイラオーグも承知。一誠とヴァーリと比べて襲い易いと判断されたのか二人よりも引き付けている黒蝿の数が多い。それはサイラオーグにとって好都合。

 黒蝿に追い付かれる前にサイラオーグは反転。同時に拳に溜め込んでいた闘気を放つ準備に入る。

 引き付けた黒蝿を一掃する為の拳を繰り出そうとした瞬間、サイラオーグの視界が突如として変わる。

 迫ってくる大量の黒蝿ではなく王のように佇むシャルバが何故か目の前に居た。サイラオーグは驚くが、シャルバもまた驚いている。

 両者共に何が起こったのかを分からず混乱、困惑を覚える。直後、サイラオーグの拳はシャルバの鳩尾を貫いていた。現状を考えるよりも先に体に染み付いた動作が体を突き動かしていた。

 シャルバの鳩尾に深々と拳を突き刺しながらサイラオーグは自分の身に何が起こったのかを整理する。

 

(目の前にシャルバが現れたのではなく俺が目の前に現れたのか。何者かにより転移させられたということか)

 

 闘気を纏わせた拳を今度は直に受けてしまうシャルバ。衝撃と闘気が全身を駆け巡り、シャルバの全身は即座に青黒い色に変色。そして、穴という穴から血が噴き出す。

 肉体を瞬時に血袋のような状態へ変える破壊の拳。二撃目を打ち込もうとする前にシャルバの全身が黒蝿で覆われる。

 サイラオーグは構わず拳を打ち込もうとするが──

 

「ダメだ! その蝿に触れたら手が無くなる!」

 

 寸前の所で一誠が声を掛けて止めさせる。サイラオーグも黒蝿からは危ういものを感じ取っていたが、それよりも攻撃を優先しようとしていた。しかし、一誠の必死な声に中断してしまう。

 サイラオーグの判断は正しい。直接触れれば中のシャルバにダメージを与えられたが、代償として片手を持っていかれていた。サイラオーグ自身はそれでも構わないと割り切れていただろうが、他の者たちからすれば釣り合わない代償である。

 こうなってしまうとサイラオーグも拳を打ち込めない。サイラオーグが躊躇する間にシャルバの体は分解、再構築を短時間で終える。

 最初の再誕よりも速度が上がっていた。これはシャルバが新たな力を自覚したからである。回数を重ねれば更に速度は上がるだろう。

 黒蝿から飛び出した新生シャルバが、目の前に居るサイラオーグを薙ぎ払おうとする。大鎌のように腕を振るおうとした直前、シャルバの腹部に何かが押し込まれる。

 

「──あ?」

 

 そこに居たのはサイラオーグではなかった。六つ珠を従え、背中に神々しい輪後光を背負う青年──曹操。

 その曹操により聖槍の刃がシャルバの腹に突き立てられている。

 

「──ッ!?」

 

 シャルバは声を上げることも出来なかった。聖なるもの気を放つものの中でも最上級に位置する『黄昏の聖槍』。シャルバが今まで生きて来た歴史の中で最上級の痛みがシャルバの脳を焼く。

 考えるという行為すらも白く焼いてしまう聖槍の聖なる気。シャルバは抵抗することも出来ずにその刃が体に沈み込んでいくのを棒立ちで受け入れるしかなかった。

 

「サポートだけに徹するつもりだったが──」

 

 サイラオーグを転移させたのは曹操の仕業である。『七宝』の一つである馬宝の能力は任意の相手を転移させる。その能力によりサイラオーグを一瞬にしてシャルバの目の前まで移動させたのだ。

 相手の同意なく転移など一歩間違えばサイラオーグの方がシャルバにやられていたかもしれない。しかし、曹操はそれを躊躇なく行った。曹操からすればどっちに転んでも良かったからだ。サイラオーグが攻撃されようが、シャルバが攻撃されようが、共倒れになろうが曹操にとっては得にしかならない。

 そんな状況で即座に対応してみせたサイラオーグの反応には目を見張るものがあった。事前に知れて良かったと曹操は思う。同じ状況になったら対応出来るからだ。

 思いもよらない収穫を得たのは一先ず置いておいて、驚愕と怒りに塗れたシャルバと目を合わせる。

 シャルバには色々と予定を狂わされた。しかし、得体の知れない力を手に入れて強くなったので曹操も簡単には手を出せなかった。

 

「──それでも、やっぱり一回ぐらいはやり返さないとな」

 

 曹操は敵意を煽るような笑みを浮かべ、聖槍を強く押し込んだ。

 

 

 ◇

 

 

 リアスたちの許にシンが駆け寄った時、そこにはあまり望ましくない状況になっていた。

 体の一部が抉られて半死半生状態の黒歌とレイヴェルが並んでおり、治癒が出来る者たちが必死になって延命治療を施している。

 

「シン……」

 

 リアスはシンが来てくれたことに一瞬安堵の表情を浮かべたが、すぐに表情を切り替える。

 

「シャルバの蝿で二人が重傷を負ったわ。アーシアたちの治癒でも治らない強い呪いが込められているわ」

 

 リアスは簡潔に二人の状態を教える。シンにとってはすぐに状況把握が出来て有り難い。

 フェニックスであるレイヴェルの傷が再生しない程の厄介な呪い。そんな呪いを打ち消すとなると同じくらい強い力が必要となる。

 先に合流していたデュリオに視線を送る。デュリオはその視線の意図を察して首を横に振った。

 

「残念だけど……」

 

 神滅具の『煌天雷獄』でもどうにか出来る傷ではないとのこと。能力から考えるにシンの方が都合の良い考えであったので仕方ない。

 呪いの影響でどす黒く変色した傷。懸命な治癒のおかげで傷周りだけに押し留めているが、いずれは限界を迎える。そうなる前に手を打たないといけない。

 シンは傷を凝視する。シンプルに考えれば治癒を阻害している箇所を取り除けばいい。だが、その箇所は強く呪われているので接触すればそれが移る可能性もある。だが、何故なのかシンは二人を侵す呪いに恐怖を、危機感を覚えなかった。

 思考は一瞬。そして決断も一瞬であった。

 シンはまず黒歌の傍によりしゃがむ。

 

「おい」

 

 シンが声を掛けると黒歌は薄っすらと目を開けた。

 

「何にゃ……?」

 

 声が弱々しい。大分衰弱している。

 

「死にたくないか?」

「当たり前……にゃ……」

 

 黒歌は即答した。

 

「失敗したら今以上に痛い思いをすることになるが……やるか?」

 

 何をするかを言わず、覚悟だけを問うと黒歌はフッと笑う。

 

「どうせ……それしか……ないんでしょ? ……やって」

 

 黒歌は全てをシンに任せることを決断する。

 何をしようとしているのか困惑をする皆の前でシンは徐に右手を黒歌の傷へ伸ばす。

 

「シンたん──危ないよ?」

 

 何をしようとしているのか気付いたデュリオがシンに警告を出す。

 

「俺は大丈夫だ──たぶん。心配するな」

 

 根拠などシンの感覚のみ。それだけを理由にして続ける。デュリオも止められないと思ったのかそれ以上は何も言わなかった。

 シンは黒歌の抉れた傷に掌を当てる。穢れた傷は丁度掌に収まる大きさであった。

 

「塔城」

 

 これから行うことの前に小猫に声を掛ける。

 

「ダメだったらお前の好きにしていい」

「……え?」

 

 半ば強引にその権利を押し付けると、皆が見ている前でシンは黒歌の傷口を握り潰す。

 人外の握力で傷口周りの肉を掌に握り込み、そのまま力任せに引き千切る。

 

「──ッァ!」

 

 黒歌が絶叫を上げなかったのは流石の意地であった。

 傷周りの呪いが原因ならばそれを切除すればいい。単純ではあるが、ダメだったら傷を悪化させるだけに終わる。命が懸かった場面でそれを実行出来るのは並大抵の精神力ではないだろう。

 黒歌の受けた傷は引き千切られた分酷くなる。誰もがシンの無慈悲な行動と黒歌の凄惨な傷に蒼褪め、言葉を失う。

 

「……あ、赤い血が……!」

 

 傷から赤い血が流れる。当たり前のことだが、この場合は意味が変わる。呪われた傷から流れる血はどす黒かった。それが元の血の色に戻っているということは──

 

「アーシア! 小猫! 治癒に集中して!」

 

 言われるがまま治癒に集中すると小猫の気による影響で抉られていた酷い傷を埋めるように肉が盛り上がっていき、皮膚が覆い、アーシアの神器で最後には傷一つ無くなる。

 終わりの見えなかった治癒が嘘のようにあっさりと終わってしまった。

 黒歌の治癒が終わるのを見て、シンは手の中にあったものを投げ捨てる。黒歌の肉片であったものが地面に落ちると、呪いによって黒い液状となり地面に吸われて染みと化す。もしも、アーシアたちが力尽きていたら黒歌の成れの果てはあの黒い染みだったのかもしれない。

 

「──シンたん、手」

 

 端的なデュリオの指示。シンは言われた通り手を出す。シンの手の上に水の塊が出現し、一気に落ちてシンの手の汚れも落とす。浄化の力も込めているのかシンの手は呪いの残滓もない綺麗な状態に戻っていた。

 

「無茶するねー」

 

 デュリオはシンの行動に呆れと感心を混ぜた表情になっている。シンからすれば今のは無茶な範囲には入らない。

 何故なら──

 

「もっと無茶をする」

 

 ──今からさっき以上のことをするからだ。

 予行練習は上手くいったが、これからする方法は更に難易度が上がる。

 黒歌が負った傷は脇腹であったが、レイヴェルは胸の中央。しかも貫通した状態である。

 全員の視線がシンに集まる。『本当にやるのか?』という不安と焦燥に満ちたものであり、期待の色は薄い。

 

「間薙君」

 

 木場が何かを言い掛けようとするが、名を呼ぶだけでそれ以上の言葉は出てこなかった。

 誰もが頭では理解しているのだ。方法があるとすればそれしかないと。しかし、その方法は一歩間違えれば自らの手で仲間の命を奪うことになる。少なくともこの場に於いてそれを迷いなく実行出来る者は居ない──シンを除いて。

 仲間を思っての行動であると同時に冷酷とも言える矛盾した行為。それに躊躇いが無いシンの精神が歪なのだ。

 シンは黒歌の時のようにレイヴェルの傍に寄り、その頬を軽く叩いて意識があるかを確認する。

 

「目を開けろ」

「は、い……」

 

 レイヴェルは返事をしながら薄っすら目を開ける。その瞳に宿る生気の光は弱い。重傷なので仕方がないことだが、レイヴェルの命を救うにはレイヴェル自身の協力が不可欠。今は呪いのせいで阻害されているが、フェニックスの再生が必要なのだ。

 フェニックスの再生は当人の精神が大きく関わってくる。心が折れてしまえばフェニックスの再生は止まったまま。何が何でもレイヴェルには気持ちを強く持ってもらわなければならない。

 

「今からその呪いを取り除く」

「は、い……」

「はっきり言って危険な賭けになる」

「そう、ですか……」

 

 レイヴェルの目は虚ろのまま、機械のように答えを返す。

 

「もしも……ダメだったら……こんな姿が……私の最期になるんですね……」

 

 レイヴェルのネガティブな台詞。彼女からすれば今の自分の姿は醜態そのもの。黒蝿により貫かれた胸。別物だと頭では理解していても、汚物にたかる蝿により命が尽きようとしている自分は汚物よりも下の存在に思えてしまう。

 傷や体力の消耗、痛みで心が負の方向へ進んで行く。レイヴェルは無意識のうちに今の心境を吐露してしまう。

 レイヴェルの弱音を聞いたシンは──

 

「それは違うな」

 

 ──レイヴェルが感じているものを即座に否定する。

 

「蝿でも花には止まる」

 

 シンの口から似合わない台詞が出て来た。周りもそうだが、言われたレイヴェルも少しの間ポカンとしてしまう。

 少し経った後、レイヴェルは小さく噴き出す。激痛が走っている筈なのにそれでも耐え切れなくて笑う。

 

「そう、ですね……」

 

 レイヴェルの瞳に僅かながら生気が戻った気がした。今ならば行ける気がする。

 

「そろそろやる──いいな」

「ええ……でも」

 

 レイヴェルは揶揄うような笑みを浮かべた。

 

「失敗したら……責任を……とって下さいね?」

「安心しろ。そうなったら俺はきっとライザーに殺される」

 

「確かに」とレイヴェルが苦笑すると同時にシンの最速の拳がレイヴェルの胸を貫く。

 元々風穴が空いていたが、それに通すかのように放たれた拳。傷周りの呪いごとぶち抜く。

 レイヴェルの目が限界まで見開かれる。黒歌と違って呻く余裕すらない。

 見ている者たちからすれば頭では理解していても衝撃的な光景である。シンがレイヴェルを殺めているようにしか見えない。

 シンは貫いていた拳を引き抜く。肘辺りまでレイヴェルの血で真っ赤に染まっていた。

 見開かれていたレイヴェルの目が今度は閉じようとする。肉体的にも精神的にも衝撃が強かったのか意識が断たれようとしている。

 周りがすぐに応急処置を行おうとした時、閉じられようとしていたレイヴェルの目が開く。その瞳には強い意思が宿っていた。

 胸の傷を埋めるように炎が噴き出す。同時にシンに付着していた血も炎に還る。熱は感じたがその炎はすぐにシンの右腕の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。

 炎が消えるとその跡には傷一つないレイヴェルの肌。シンとレイヴェルの賭けが勝った証である。

 

「かはっ!」

 

 レイヴェルが咳き込みながら体を横にする。何度も咳き込み続けており、朱乃が背中を擦る。

 

「気分はどうだ?」

「……体の内側に殴られた感触がまだ残っています」

 

 レイヴェルは涙目でシンを見た後、また咳き込む。

 他に手は思いつかなかったとはいえ、如何なる対象であろうと痛みを覚えるシンの拳で貫かれたので、フェニックスの力で再生した後もその時の痛みが残っている様子。

 レイヴェルの意識が朦朧としている状態でやったのが却って良かったのかもしれない。はっきりとしていたら痛みでショック死していた可能性があったと今更ながら思う。とはいえ、脳天まで突き抜けていく痛みが気つけとなってレイヴェルを死の瀬戸際で踏み止まらせた側面もあった。

 

「──私、どんなことがあろうとも絶対に間薙様の敵にはならないと今決めました」

 

 復活したのはいいが、若干のトラウマがレイヴェルの中に残ってしまう。

 やり方はどうあれ命の危機に瀕していた二人が助かった。リアスたちの間にあった重苦しい空気が少しだけ軽くなる。

 

「二人を助けてくれたことに礼を言うわ、シン。ありがとう」

「やり方は褒められたものじゃないですけどね」

 

 少し卑下するような言い方は、シンなりの謙遜なのかもしれない。

 

「それよりもライザーは何処に? 先に来ている筈ですが?」

 

 二人を助ける為に後回しにしていたが、リアスたちの許に来たのはそれが理由であった。

 

「ライザーは……シャルバに攻撃を受けて……」

 

 リアスは表情を暗くしながら倒壊している幾つもの家屋の方を見た。ライザーはその下敷きになっているらしい。

 シャルバの攻撃を受けているというのならあまり猶予はないかもしれない。呪いを帯びた攻撃はフェニックスの再生を阻害する。

 シンは一瞬だけシャルバの方を見た。一誠たちがシャルバを食い止めている。倒すには至っていないが互角以上に渡り合っている。少なくともまだ余裕はある。

 シンはライザー救出の為に家屋の方へ足を向けた時──

 

 来たら殺す

 

 ──風に乗ったライザーの声が聞こえたような気がした。

 

「……」

 

 急に立ち止まったシンにリアスたちは訝しむ。すると、反転して逆に離れて行く。

 

「部長」

 

 リアスの傍を通り過ぎる間際、シンは彼女に頼み事をした。

 

「あいつの救助をお願いします。俺は戦ってきます」

 

 てっきり助けに行くのかと思っていたリアスは、シンの心変わりに困惑しつつも了承する。

 

「分かったわ……でも、いいの?」

「俺に助けられるぐらいなら死んだ方がましみたいなので」

 

 ライザーのプライドを優先し、敢えて助けない選択をする。

 そう言われるとライザーの気持ちも理解出来ない訳ではない。同時に性格的に合わなさそうな二人がそこまでの関係を築いていることに内心驚く。

 シンが戦いの場へ向かおうとすると声を掛けられる。

 

「シンたーん」

 

 デュリオの緊迫とは無縁の軽い声。

 

「俺、行かなくてもいいの?」

 

 一人で行こうとしているシンに質問する。

 

「ここは任せた」

「本当にいいの? 俺はまだ結構やれるよ?」

 

 ナンバー2の神滅具を待機させておくことに不満はないが疑問はある様子。

 デュリオの『煌天雷獄』があれば広範囲でリアスたちを守ることが出来る。まだ黒歌もレイヴェルも自由に動けない。後ろを守ってくれる最高戦力があれば、一誠たちも安心して戦える。

 そして何より──

 

ジョーカー(切り札)は取っておくものだろ?」

「その言い方、ずるいなー」

 

 デュリオは苦笑し、シンの背中に手を当てる。

 

「全部終わったらまた一緒に美味しいものでも食べに行かない?」

「考えておく」

 

 デュリオに背中を押され、シンは戦いの中心へ赴く。

 

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