ハイスクールD³   作:K/K

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賛否ある展開だと思われますが、ファンの皆さんご容赦を。


邪笑、道連

 ヴァーリは生粋のバトルジャンキーであり、相手の命に対して頓着することはあまりない。戦えば死ぬ、そういうドライな思考を常に戦いの中に持っていた。

 しかし、何事にも例外はある。ヴァーリは強い相手、戦って楽しいと思える相手には心の中で死なないで欲しい、と切に願っている。

 戦いが好きだからこそ強い相手は好きであった。だからといって戦いで手を抜かないのがヴァーリである。だからこそ戦いの中で強く願うのだ。相手が死なないことを。

 とはいえそうでない相手には至って前述の通り冷淡である。一誠のことも最初は歯牙にもかけておらず、次の赤龍帝に期待して殺すことを考えていたが、戦いの中で一誠が見せた数々の行動に心打たれ、今では戦って楽しいと思えるライバルと認めている。

 そんなヴァーリだからこそ戦いの中で無意識に使用を控えている技がいくつか存在する。使えば十中八九相手に致命傷を負わせるまたは死に至らしめる技である。

 そして、今回ヴァーリがシャルバに使用したのはその技の一つ。空間を縮小することで相手に大きなダメージを与えるもの。

 それを使用したということは、ヴァーリはシャルバを敵であるが敵と見なしてない。あまり面白くない、つまらない相手というのがヴァーリがシャルバに下した評価であった。

 半身を失ったシャルバは一瞬棒立ちとなるが、すぐに抉られた断面が蠢く。傷口から湧く蛆や黒蝿。それらが欠損した部分を補うように集まって形を変える。

 形を変えた黒蝿らは瞬く間に失われたシャルバの半身と化した。ヴァーリの一撃もシャルバにとってはかすり傷のようなもの。

 ヴァーリの方はシャルバの再生力に目を見張るものがあったが、所詮は治るのが早いだけ。徹底的に潰すと最初から方針が決まっているので徒労とも思っていない。

 ヴァーリは後ろに下がりながら一誠の肩を掴む。

 

「巻き添えになるぞ」

 

 一誠を引っ張りながら自身と一緒に後方へ移動し、シャルバと十分な距離が開いたのを確認すると、先程の縮小の効果を解除する。

 縮小というよりも限定的に圧縮されていたというのが正しいのかもしれない。白龍皇の力で極小まで縮められていた空間は、ヴァーリの解除と同時に元のサイズに戻る。この際に戻る力が発生。空間の波のようなものがシャルバのすぐ傍で起こり、それを間近で浴びてしまったシャルバは不可視且つ防御不能の波を全身で体感する。

 結果、全身の外骨格に亀裂が生じて体液が噴き出し、複眼は破裂する。生身の部分も眼球からは血涙、皮膚や穴から血が流れ出す。

 ヴァーリの攻撃は二段構え。最初の縮小で肉体を抉り、解除することで残った部分を破壊する。

 

「うおっ……」

 

 一誠の視点からでは、何が起こっているのか理解出来ないままシャルバの肉体が崩壊していくのを見せられる。

 

「すっげぇ……なんつー破壊力」

「いつか君にも使おうと思っているけどね」

「……冗談だよな?」

 

 ボソッと呟いた不穏な言葉に一誠は噓であることを願うが、ヴァーリからの返答はなかった。

 血の赤と表現し難い色の体液が入り混じった凄まじい姿へと変えられるシャルバ。だが、それでもシャルバは生きて動いている。傷が出来ればそれは閉じ、欠損が出来ればそれを埋める。変わらない再生速度を維持し続けているが、一誠はそれに徒労感を覚えると同時に憐れみも感じる。

 

(どんだけ苦しい思いすんだよ、こいつは……)

 

 両手で足りない程の致命傷を受けているにもかかわらず死なないシャルバ。もしかしたら、死ねないのかもしれない。敵として見れば厄介だが、視点を変えれば何度も殺される不憫な怪物である。そもそも音が聞こえて来る程の再生の痛痒に正気を保てるのだろうか。

 整った元の容姿は今や蝿と人が混合した不気味なもの。シャルバ自身の自我もどうなっているのかも定かではない。

 仮にシャルバが勝ったとしても一生その姿で生きるのかと思うと、我が身に置き換えると一誠は身震いする。

 

「同情なんてするなよ、赤龍帝。無意味だ」

 

 ヴァーリは一誠の心が読めるかのように正確に一誠の心境を見抜く。

 

「殺しに来ているのだから、殺されもする。それだけのことだ」

 

 あまりに割り切ったヴァーリの考え。だが、今の状況ではヴァーリの言い分の方が正しいのだろう。ほんの数か月前までごく普通の人間で一般家庭で育ってきた一誠には慣れない考えだが。

 

「色々と考えちまうが……手は抜かない」

 

 それでもそれなりの修羅場や生死を懸けた戦いを潜り抜けてきた一誠は、自分なりの決意を示す。

 

「──まあ、別に疑うつもりはないさ。最前線で戦っているんだから。それに──」

 

 ヴァーリの視線が上に向けられる。一誠も誘導されてそちらを向く。上空から急降下してくる人影があった。

 

「仮に君が手を抜いたとしても他の連中は手加減しないさ」

 

 凄まじい勢いで落下しているのがサイラオーグだと一誠が気付くと、一誠が見ている前でサイラオーグは右足を高々と振り上げる。

 サイラオーグの足が地に着くよりも前に右の踵がシャルバの脳天に命中。着地と同時にシャルバは地面に押し込まれ、その上で振り下ろされていた右踵がシャルバが埋まっている地面を叩き砕く。

 拳と同様に右足に闘気を集中させているので大地が割れると共に闘気が光の柱になって天に昇り、生じた亀裂は闘気の輝きを洩らしながら一誠たちの近くまで伸びて来る。

 

「隕石が落ちたみてぇ……」

 

 戦慄しながら感想を洩らすが、サイラオーグを中心にしてクレーターが出来上がる様は正に隕石の落下であった。

 

「あれを防げたら本当に隕石も迎撃出来るかもしれないな」

 

 冗談のようなことを言っているヴァーリだが、声が弾んでいるので本気で言っている。もしかしたら、頭の中で今のサイラオーグの攻撃をどう対処するかシミュレーションしている可能性もある。一誠からすれば防ぐどころか地球の中心まで打ち込まれる自分の姿しか想像出来ない。

 落下と踵落としと闘気を掛け合わせたサイラオーグの一撃。直撃すれば生身の体など紙よりも薄く潰されてしまうだろう。

 必殺に近い攻撃をクリティカルヒットさせたサイラオーグだが、攻撃を終えた直後にすぐにその場から離れて構える。

 どれだけ有利であろうと勝利目前であろうと全く油断も隙も見せないのがサイラオーグ。鋼の肉体に相応しい付け入る隙をこじ開けることすら許さない鋼の精神の持ち主である。

 自身が作り出したクレーターの中で神経を張り巡らせるサイラオーグ。普通ならば勝負ありと思える一撃を叩き込んだが、サイラオーグの直感は彼に勝利を告げていない。シャルバの度重なる変貌を見れば分かるが相手は普通ではない。常識に縛られれば命を落とすとサイラオーグは理解していた。

 集中するサイラオーグの耳が微かな異音を拾う。それは地面が罅割れる音。サイラオーグの攻撃の余韻がまだ残っているとも考えられるが、その音の間隔が段々と狭くなって来ている上に音が近づいて来ている。

 来る、と即座に判断したサイラオーグはその場から全力で飛び退く。すると、地面にある無数の亀裂から大量の蝿たちが飛び出して来た。

 飛び出した蝿らは空中で一塊となるが、それらは今までの黒蝿とは少し違っている。黒一色であった蝿たちが赤黒い光を放っている。明らかに黒蝿の時よりも威圧感が増していた。

 

「何か変わってねぇか……?」

『凄まじい怨念だな。前の時も強い呪いが込められていたが、一段上がっている。余程俺たちのことを殺したいらしい』

 

 一誠が感じ取ったものをドライグが言葉に変えて説明してくれた。ドライグが言うように確かにあの赤黒い蝿たちからはシャルバからの強い負の感情が感じられる。

 

「やれやれ。ここまで恨まれるのは辛いな、兵藤一誠」

「……そんな風には聞こえないけどな」

 

 事実、ヴァーリの声は楽し気であった。シャルバの怨念もヴァーリからすれば戦いの為のスパイス程度なのだろう。

 上空にて獲物を定めるように蠢く赤黒い蝿たち。だが、相手の攻撃を窺っている程一誠たち側も呑気ではない。

 禍々しさが増した蝿たちの特性を調べる為に先手を繰り出したのはやはりサイラオーグであった。

 右足を後ろへ引き、溜めの動作をするとその右足に闘気を乗せて上空目掛けて回し蹴りを放つ。

 白い闘気が太く長い線となって飛んで行く。サイラオーグの拳が大地を砕くものだとしたら、今のサイラオーグの蹴りは大海を割る程の威力があった。

 強い生命力をそのまま攻撃に転じさせたサイラオーグの闘気の蹴り。拳とは違い鋭さを帯びた蹴撃が蝿の群れを横一線に裂く。

 サイラオーグの感服するような攻撃が命中したのを見て一誠は思わずガッツポーズをとりそうになるが、ヴァーリの冷静な言葉がそれを制止させてしまう。

 

「成程──厄介だ」

「え?」

 

 その言葉に一誠は蝿の群れを凝視する。サイラオーグの一撃は確かに当たった筈なのだが、蝿の群れが纏う赤黒い怨念のオーラがサイラオーグの闘気を蝕み、攻撃を打ち消していた。

 

「そんな……サイラオーグさんの攻撃が……!」

 

 通じない、とショックを受けそうになったが、その言葉は大砲の如きサイラオーグの一撃により掻き消される。

 蹴りの攻撃が防がれたと判断したサイラオーグは即座に次の攻撃を放っていた。狙いは同じ箇所。一撃目は防がれても二撃目はどうなのか確かめる為である。

 サイラオーグの拳から繰り出された砲撃のような闘気を受けても蝿の群れは健在。怨念の力でこれもまた防いだ──次の瞬間には三撃目が打ち込まれていた。

 攻撃が通じない現実を『だからどうした?』と言わんばかりに動揺することなく追撃を繰り返す。そこには揺るがない自信と貫徹する強い意思があった。

 全く動じていないサイラオーグの姿に一誠は改めて尊敬の念を抱く。嫉妬もなくここまで他人を尊敬する日が来るとは思ってもみなかった。

 

「当人がああなのに君が焦る必要はないと思わないか? 兵藤一誠」

「分かっているっての。こっちも援護だ!」

 

 どこまで通じるのか定かではないが、サイラオーグを見習ってとことん攻撃することに決めた。

 一誠はクリムゾンブラスターの発射態勢に入り、ヴァーリも集束させた魔力を飛ばそうとする。その時、サイラオーグの攻撃を受けていた蝿の群れが四散し、別々に移動し始める。別れた蝿の群れは一誠やヴァーリ、サイラオーグ、シン、アザゼルへ向かっていた。

 

「反撃してきた!」

「いや、あれはサイラオーグの攻撃を嫌がって分かれたな。どうやら全くの無駄じゃなかったみたいだ」

 

 ヴァーリは冷静に相手の行動を観察しそう結論する。蝿の行動に特徴があった訳ではない。一誠も群れの動きを見てもヴァーリの言っていることはピンと来なかった。事実、蝿らの動きに変化があった訳ではない。

 ヴァーリが見ていたのは動きというよりも蝿らが纏うオーラ、気配という感覚的なもの。蝿たちが分かれて行動した時に逃げのようなものを感じた。根拠は無いがヴァーリ自身は自分の感覚を信じていた。

 

「少しは強くなったが、メッキの強さだな。芯を感じられない。仮初めの翅ではそこまでが限界だな」

 

 ヴァーリは今のシャルバの力を酷評する。確かに力は増したが、ヴァーリの中では既に薄っぺらく見えていた。

 

「雰囲気や気配に騙されるな。あれはサイラオーグや俺たちに追い詰められたことで覚えた危機感を恨みや怒りで誤魔化しているだけだ」

「ようは逆ギレ、ってことか?」

「俗っぽく言えばな」

 

 ヴァーリの前ではシャルバの憎悪も随分と安く見られる。

 

「大丈夫だ──俺たちの方が強い」

 

 ヴァーリの断言に一誠は疑う気持ちがいつの間にか消えていることに気付く。バトルジャンキーで戦うことが大好きで自己中心的で高慢な部分も目立つが、彼が仲間を率いる理由と、彼についていく者たちの気持ちが少し理解出来た。

 ヴァーリの持つ自信とそれに見合った強さは惹かれる。

 これが自分のライバルだと思うと一誠は背筋がゾクゾクとするが、決してそれは恐怖から来る悪寒ではなかった。

 

「──へっ。言ってくれる」

「重い期待だったかな?」

「それどころか過小評価だったと思わせてやるよ!」

 

 一誠が啖呵を切るとヴァーリは兜越しに笑う。その答えが期待以上のものであったと言わんばかりに。

 蝿たちが目前まで迫る。ここから先は互いに言葉は要らなかった。最初から打ち合わせでもしていたかのように息を揃えて放たれた二色のオーラが蝿たちを呑み込む。

 

 

 ◇

 

 

 群れ為す蝿たちはシンとアザゼルの方にも来ている。アザゼルは光の槍を投擲するが、蝿の赤黒いオーラに接触すると砕け散るように消えてしまう。

 

「威力が足りねぇなぁ」

 

 焦ることなく冷静に分析し次の攻撃に生かそうとするが、そうなる前にシンが前に出てしまう。

 敢えて自分から距離を詰める行動。一誠やヴァーリとは違って身を守る鎧は無く、またサイラオーグのように闘気で全身を覆っている訳でもない。

 無謀と言える行動にアザゼルは声を掛けようとするが、それよりも先にシンは更に前進をしてしまう。

 怨念と呪いに満ちた蝿の群れの前に立ち塞がるシン。蝿らも獲物を捉え、密度を高めて襲い掛かる。

 通過すれば骨すら残さずに消滅してしまうだろう貪食な蝿らに向け、シンは右手の五指を曲げてから正面から右腕を振り下ろした。

 指先に集中された力が刃となって蝿の群れを切り裂く。振り下ろされた時の余波で直接触れなくとも大地に五本の爪痕が深く刻まれる。

 蝿の群れは集まって密度を高めていたことが仇となり、腕の一振りで先頭から最後尾まで一気に削り取られ、呆気なく全滅してしまった。

 

「おい!」

 

 アザゼルが急いでシンに駆け寄り彼の右腕を掴む。そして、状態を確認し始めた。

 触れればその箇所が消滅する凶悪な蝿。それに触れた筈のシンの右手から右腕にかけて無傷であった。

 

「……大丈夫そうだな」

 

 安堵はあったが、それよりも無傷なことに異常性を感じる。

 

(どうなってやがる? あんだけの呪いが込められたものに触れて無傷なんて……これが魔人の特性なのか?)

 

 何の影響も受けていないシンの右腕を見て改めてシンが魔人であることを実感してしまう。人の姿は維持しているが、内側から変わっていく様にどうしても不安を感じる。

 

「よく触ろうと思ったな、アレに」

「…………勘で」

 

 上手い理由が見つからなかったのか、根拠など皆無の勘のみで無謀な反撃をしたことを告白する。

 

「……頼もしいこった」

 

 アザゼルもそう言うしかなく、掴んでいた右腕を放す。

 

「前に出ます」

 

 一言告げるとシンは駆け出す。アザゼルはその背を見送るが、不意に胸騒ぎを感じた。長年生きてきた経験から来る予感に冷や汗が滲み出る。

 警告しようにもシンは既に声の届かないぐらい先に行ってしまう。

 今ある予感が勘違いであって欲しいとアザゼルは切に願う。

 それはアザゼルが何度も経験してきた死別の予感であった。

 

 

 ◇

 

 

 シンは目的地を目指して全力で走る。その途中、横から殴りつけてくるような衝撃が来た。見なくても分かる。一誠とヴァーリが協力して蝿の群れを一掃したのだ。かなり離れている筈だが、それでもバランスを崩しそうになる程の衝撃の余波。二人の戦意の高さがそのまま攻撃力に転じているかのようであった。

 赤と白の閃光を感じながら脇目を逸らすことはせず、それから間もなくして目的の場所に辿り着いた。

 そこは大地に出来た大きな凹み。サイラオーグがシャルバを地面に埋め込んだ場所。既にそこに居たサイラオーグは、シンを一瞥した後にすぐに警戒に戻る。

 最初にサイラオーグを襲った蝿の群れは既に消滅している。

 

「すまん。俺のせいで戦い辛くしてしまった」

 

 サイラオーグはまず謝罪した。サイラオーグはシャルバを地面深くまで打ちつけたことを失敗であったと感じていた。大きなダメージを与えたのは間違いないが、そのせいでシャルバは傷が再生するまで地面の深い場所で引き籠ってしまう。

 更に地面の深い場所から蝿の群れを飛ばし、亀裂などを通じて様々な場所から奇襲を仕掛けてくる。どのタイミングで、どの場所から攻撃するのか判別出来ないので反応が一瞬遅れてしまう。

 凹みの中心にはシャルバが打ち込まれた穴が空いているが、シャルバも馬鹿ではないのでとっくに移動していると思われる。反撃の為に地中を潜行し、文字通り今も足掻いているのだろう。

 

「問題無い──引き摺り出す」

 

 その言葉の後にシンは目を瞑り集中し始める。力が高まっていくとシンの周りに光の粒子のようなものが発生し出す。

 

「巻き添えになる」

 

 シンはサイラオーグに一言だけ警告する。サイラオーグはシンを中心にして地面に亀裂が生じていくのを見てやむを得ず警告に従いシンから距離をとる。

 その間にも亀裂は広がっていき、その亀裂からは光が生じる。シンの力が両足を通じて大地に流し込まれているからだ。

 技としては時間が掛かり、自分を中心にしか発動出来ない未完成品。だが、シャルバを地面から引き摺り出すにはこれ以上打って付けの技はない。

 裂けた地面から飛び出してくる蝿ら。それらは藻掻くように空中を飛び回った挙句、シンを見つけて襲い掛かってくる。

 今のシャルバの心境を表しているかのような蝿の行動。シンの攻撃が効いていることを意味する。

 無数の蝿がシンを呑み込もうとする。蝿らの強い怨念に対して耐性を持つシンだが、数が数だけに万が一の場合もある。しかし、シンはそれが分かっていながらもその場から一歩も動かない。何故ならば──シンを襲う筈の蝿らは横から来た衝撃により弾き飛ばされる。

 サイラオーグの拳が空を切る。いつ拳を出したのか分からない程の速度で風切り音しか聞こえない。サイラオーグの両拳が消える度に蝿の群れが弾け飛んでいく。

 機関銃のような速度と連射力で次々と蝿らを撃ち落とすサイラオーグ。指一本たりとも触れさせないという意思を行動で示す。

 シンも身を守ることを全てサイラオーグに任せ、攻撃に集中する。

 局地的な地震が発生し、地面の亀裂は更に伸びていき噴き出す光も強くなる。亀裂は蝿たちが飛び出している裂け目にも繋がり、光が裂け目からも噴出する。

 裂け目から飛び出そうとしていた蝿たちは、下から噴き出した光によって焼かれて消滅してしまう。

 やがて光が最大の輝きを発した時、下から突き上げるように一際強い揺れが起こった。次の瞬間、地面を突き破ってシャルバが宙へ打ち上げられる。

 

「──────ッ!」

 

 人外の鳴き声を出しながら宙を舞うシャルバの体はぐしゃぐしゃに変形していた。サイラオーグの踵落としと事前に受けたシンの攻撃。地中でどのようなことが起こっていたのか分からないが、夥しい体液をまき散らす姿を見れば凡そ想像もつくだろう。

 全力を出したシンは少しの間動きを止める。敵を前にして無防備を晒しているが、シン本人は構わなかった。

 止めを刺すのは自分ではないからだ。

 シンの頭上を超えていく紅と白の光。一誠とヴァーリが最大速度でシャルバへ接近している。

 

「お先に」

 

 並走していたヴァーリはそう言って一誠の一歩先を行くと、空中にいるシャルバの眼前まで近寄る。

 複眼の殆どが潰れ、視界の大半を失ってしまったシャルバはヴァーリの接近に気付くのが遅れてしまい、それが分かった時にはヴァーリは拳を握り締めていた。

 シャルバは最も防御力の高い翅でガードしようとするが判断も行動もヴァーリからすれば全てが遅過ぎる。

 白色の魔力が込められたヴァーリの拳がシャルバの顎にめり込む。

 

「ここがお前の限界だ」

 

 シャルバの目に憎悪の光が宿るが、ヴァーリは構うことなく殴り抜ける。シャルバの体は錐揉みしながら更に打ち上げられた。

 

「とっとと魔王の名を返上しろ」

 

 ヴァーリはもう興味はないと言わんばかりにシャルバに背を向ける。その時、ヴァーリの傍を一誠が通り過ぎていく。

 

「後は譲る。決めてこい、兵藤一誠」

「任せろ!」

 

 一誠は力強く答え、シャルバを追って上昇する。

 飛翔中に一誠は魔力を集中させる。本来ならば砲身から放つ為の魔力を拳へと集めていた。

 一誠は紅の光となり飛ぶ跡に一筋の光を残していく。

 その様子を視界に収めていたシャルバの胸中は、恐怖と焦りと憤怒などの感情がごちゃ混ぜになったものであり自分自身ですら把握しきれない。

 避けようにも体を上手く動かせない。度重なるダメージのせいで再生が追い付かず、まともに動かすことが出来るのは、ほぼ唯一と言っていいシャルバの要素を残した生身の腕一本のみ。

 負ける、負ける、負ける。ベルゼブブの名を持つ偉大なる血統の自分が負ける。シャルバを否定してきた全てを消し去る前に敗れる。

 冥界に与える筈の絶望。今やシャルバ自身がその絶望に陥ろうとしている。

 何が悪かったのか全く分からない。シャルバは自身に与えられた使命に従い動いていただけ。否定される謂れも非難される謂れもない。

 どんどん近付いて来る忌々しい紅。シャルバは紅が大嫌いであった。魔王の座を奪った偽りの魔王であるサーゼクスを象徴とする色だからだ。

 紅、偽りの魔王、忌々しい紅。皮肉にも一誠の紅色がぐちゃぐちゃになっていたシャルバの心を一つに纏める。

 

(そうだ……そうだ──そうだ! お前が悪い! その紅が悪い! ドラゴンが悪い! 真の魔王になる私を阻むお前が全て悪い!)

 

 正気など微塵もないシャルバの結論。彼は既に狂っているのだろう。

 狂気故に走る。常人には想像もつかない凶行に。自らの浅はかさに自覚することなく。

 今のシャルバの頭の中にあるのは一誠への八つ当たり同然の怨み。そして、この戦いの前に囁かれた大淫婦からの邪なる陰謀。

 激怒し一蹴した筈のそれを狂気に満ちたシャルバの思考はそれを実行に移す。

 一誠の拳がシャルバの顔面を打ち砕く直前、シャルバの唯一動く腕がそれよりも速く動いた。

 シャルバからの反撃を想定し、拳だけでなく全身に急ブレーキをかける。一誠の急停止によりシャルバの腕は空を切る──と誰もが思った。

 勢い良く振るわれたシャルバの腕は弧を描き、その手はシャルバの胸へと向かったかと思えば、止まることなく自らの胸を突き刺さした。

 

「なっ!?」

 

 一誠だけでなく全員がシャルバの行動に驚く。ここに来ての自傷行為。その意図が全く分からない。

 

「が、ぎぃぃぃぃ!」

 

 シャルバは絶叫を上げながら刺さった腕を更に押し込む。刺した手がある深さまで到達すると今度は勢い良く引き抜いた。

 誰もが絶句した。引き抜かれたシャルバの手には赤黒い体液に塗れたシャルバの心臓が握られていた。

 引き抜かれた直後なのもあったまだ脈動している心臓。シャルバはその鼓動を止めるように心臓を強く握る。

 心臓は握られることで変形膨張し、限界まで膨れ上がった次の瞬間に破裂する。

 裂けた心臓から飛び散るシャルバの血。間近にいた一誠は夥しいその血の雨を避けることが出来ず、浴びせられてしまう。

 体内に入るのは不味いと思い、咄嗟に息を止める。真紅の鎧は血により赤黒く染められていき、兜や鎧の端から血が滴る。

 息を止めている間に一誠はシャルバから離れる。その刹那、一誠とシャルバの視線が合った。ほぼ蝿と化したシャルバの顔。殆ど面影が残っていないその顔がピクリと動く。

 一誠にはそれが何故か笑っているように見えた。

 自ら心臓を抉り取り、潰したシャルバ。その行為に何かがあるのかと思いきや、シャルバの体は力なく落ちていく。

 背中に生えていた翅は萎れていき、外骨格の体は枯れるように生気を失う。シャルバの体は落ちていく際の空気の流れで崩れていき、地面に到達する前に塵となって消えてしまった。

 あれだけ怨嗟と暴力と傲慢さを撒き散らした悪魔の最期は呆気ない程に静かで何も残らないものであった。

 

『相棒。どうやらこの血には呪いの類はないらしい。呼吸しても大丈夫だ──不快かもしれんがな』

 

 浴びせられた血に呪いなどの穢れはなく、ドライグはそろそろ限界を迎えそうな一誠に大丈夫だと告げる。

 振り抜く筈の一誠の拳から魔力が霧散する。振り上げた拳を振り下ろす先が急に無くなり、モヤモヤとした感情が残る。シャルバは絶対に倒すべき敵だと思っているが、死んで嬉しいとまでは思えない。目の前で自害されたせいで勝ち逃げをされたような気持ちになる。

 

「意味分かんねぇ……」

 

 思ったことをそのまま口に出す。最後の瞬間まで諦めないのが信条の一誠からすれば決着がつく前に自ら命を絶つシャルバの行動が理解出来なかった。

 

「ふっ。君にやられるぐらいなら自分で命を絶った方がまし、と思ったのかもしれないな。どちらにせよ厄介なプライドだ」

 

 いつの間にか近くまで来ていたヴァーリが、シャルバの最期をそう解釈する。

 

「そういうもんか? 何て言うか──」

『ホォーホッホッホ。自らの誇りの為に殉じた? 随分と()()()()されているようじゃな、シャルバ』

「誰だ!?」

 

 突然聞こえて来た女の声。鼓膜を通して脳を溶かすような甘い毒の声に一誠は聞き覚えがある。

 

「急にどうした?」

 

 突然叫んだ一誠にヴァーリが怪訝そうにする。

 

「お、俺にしか聞こえていないのか!?」

『違うぞ! 俺にも聞こえる! あの毒婦の声か!?』

 

 二人の中にだけ聞こえてくるマザーハーロットの声。明らかに異常事態が起こっている。

 

「毒婦? まさかマザーハーロットか!」

 

 ここであの魔人が関わって来たことにヴァーリは焦りを覚える。マタドールと同じ魔人だが、ヴァーリとは関わりが薄いので何を考えているのか分からない。

 

「俺から離れろ! 何かヤバいことが起きる!」

 

 本能的な危険を感じ、一誠はヴァーリに警告を飛ばす。

 

「皆をここから避難させてくれ! 俺に何かが起こる前に!」

 

 手遅れになる前にヴァーリに懇願する一誠。

 

『ホッホッホォ。何とも健気な。案ずるな。其方にも妾の愛をくれてやろうぞ』

 

 一誠の献身を嗤い、理解することを拒む悪意によって穢す。

 

『共に育もうぞ──死という快楽を』

 

 次の瞬間、一誠の全身を濡らすシャルバの血が生物のように鎧を這い、一誠の体を縛り付ける。

 

「動け、ねぇ……!」

「赤龍帝!」

 

 ヴァーリが一誠を救助しようと動く。だが、一誠の体が突然動き出す。へばりつく血が一誠の体を外から操り、近寄ってきたヴァーリを殴り付ける。

 

「ぐっ!」

 

 強制的に動かしているとは思えない鋭く、速く、重い一撃をヴァーリはまともに受けてしまい、空中から地面へ叩き付けられてしまう。

 

「ヴァーリ! うっ!?」

 

 一誠の意思を無視して動く体に攻撃されたヴァーリに一誠は叫んでしまうが、頭の中に響く声のせいで意識がそちらへ向いてしまう。

 

 ──我、目覚めるは覇の理を神より奪いし二天龍なり

 

 歌うように紡がれる言葉。それは『覇龍』の詠唱。

 

『馬鹿な!? 『覇龍』の詠唱だと!?』

『ホッホッホッ。妾が知らぬと思ったのか?』

『例え知っていたとしても、お前が唱えた所で──ッ!?』

 

 鎧の主であるドライグだからこそ気付いてしまう異変。鎧がマザーハーロットの詠唱に呼応し出している。

 

『何だこれは!? 外部からの詠唱で『覇龍』だと!? ありえん! ましてや過去の赤龍帝たちは相棒と和解している! 今更『覇龍』などに──』

 

 覇龍の原動力となっていたのは過去の赤龍帝たちの怨念。志半ばで散っていった歴代の赤龍帝たちの無念や恨み、憎しみが覇龍を突き動かしていた。しかし、一誠が『真紅の赫龍帝』に至ったことでそれらの負の感情は全て浄化された筈。

 

『何を言っている。そこにあるではないか。新鮮で生々しく、この上なく暗い怨念が』

 

 一誠の鎧に滴る血が蠢き、人の顔を形作る。あらゆる負の感情を表現した醜い顔は間違いなくシャルバのものであった。

 

『赤龍帝……! ドラゴン……! 貴様だけは……! 貴様だけでも……! 呪う……! 呪ってやる……!』

 

 人面瘡のように鎧に張り付いた血のシャルバから延々と吐かれる怨みの言葉。肉体が滅び、剝き出しの魂のみになってしまったシャルバにあるのは自分をここまで追い詰めた相手への憎悪のみ。

 

「シャルバ……!」

 

『覇龍』に至らせる為の外付けの負の原動力。シャルバの血を媒体にし、そこにシャルバの魂を定着させた。血を浴びた時点で異変に気付かなかったのは、察知されないギリギリまでシャルバの魂を宿さなかったからだ。

 

 ──無限を嗤い、夢幻を憂う。我、赤き龍の覇王と成りて

 

 あまりに手際が良過ぎる。シャルバの死から詠唱までの流れがまるで予期されていたかのように。

 一誠は必死に抗おうとするが、シャルバとの戦いにより心身を消耗してしまった一誠にはマザーハーロットの呪詛を跳ね除けることが出来ない。

 詠唱を聞く度に一誠の意識が闇に呑み込まれていく。体中の感覚が消失していくのを感じた。

 

『全ては貴様の計略か! マザーハーロット!』

『ホォーホッホッホ。妾は策を与えただけのこと。実行したのはシャルバの意思ぞよ?』

 

 確かにマザーハーロットはシャルバに策を与えた。しかし、それは勝利の為の策ではなく負けた後の策。当然のことながらそれを聞いたシャルバは激怒した。最初から負けを考えるなどあり得ない。ましてや、その時のシャルバは手にした力に万能感を覚えていた。

 だが、シャルバは実行した。勝てないと悟ったからだ。そして、勝った者が許せなかったからだ。相手の勝利を穢す道連れの精神。それがシャルバにマザーハーロットの策を行わせた。

 

「ぐうぅぅぅ……! 誰か……! 俺を……! 殺してでも止めてくれ……!」

 

 絞り出すような一誠の必死の声。このまま行けば最悪の事態になる。それを予感した一誠は、最悪が起きる前に誰でもいいから殺してでも自分を止めてくれるように懇願する。

 

『安心するがよい。ちゃんと殺してやろうぞ。ただし、汝が全てを殺した時にのぅ。愛する者も親しき者も敬愛すべき師も全て殺し、最後には自分自身を殺すがよい。ホォーホッホッホ!』

 

 そんな一誠の覚悟すらも魔人は嗤い、堪能する。

 

 ──汝を紅蓮の煉獄に沈めよう

『Juggernaut Drive!』

 

 最後の一唱が詠まれた時、一誠の意識は闇の中に居た。

 

「こ、ここは……?」

 

 全てが黒一色の暗闇。一筋の光すらない。その中で生身の一誠は佇んでいる。

 

「俺は──」

 

 その時、何かが一誠の足を掴む。ハッとして一誠は足元を見る。暗闇の中から伸びる手。そこから這い出て来るのは邪な笑みを浮かべるシャルバ。

 

「赤龍帝……! お前を地獄に落としてやる! 我が呪いを喰らえっ!」

 

 シャルバに引っ張られ、一誠の体は闇の中に沈んでいく。

 

「く、そ……!」

 

 完全に闇に沈んだ時、一誠の意識は完全に断たれる。

 

 

 ◇

 

 

「馬鹿な……何が起こったんだ……?」

 

 ヴァーリは我が目を疑う。発動してしまった覇龍。それにより一誠の姿は禍々しく変わっていく。

 リアスの髪色と同じ真紅の鎧はくすんだ赤色に変わり、全身に血管ように赤黒いラインが巡る。手足の爪はかぎ爪のように太く鋭く伸び、兜が変形してドラゴンの顔へと変わっていくが、緑色の輝く目は細かく分割され複眼のように変わる。

 最大の特徴はその背から生えるもの。覇龍の時は翼であったが、今の一誠の背に生えているのは翅。シャルバと同じ髑髏の模様が浮かび上がる虫の翅。ただし、片翅であったシャルバとは違い左右揃った一対の翅であった。

 ドラゴンに虫の要素が混じった過去に存在しない例外の姿。

 変形完了と同時に一誠は叫ぶ。その叫びは理性を感じさせない獣のような叫びにも悲鳴のようにも聞こえる。

 戦勝の空気は完全に消え去り、誰も彼も今起こっていることに理解が追い付かない。

 時が止まったような空間の中で誰よりも先に動いたのは一誠。

 纏う鎧の一部が変形し、胸元と腹部が開いて緑の宝玉が発射口のようにせり出す。

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 広げられた両翅が脈動するように赤黒く輝き、点滅する度に翅先から本体に向けてオーラが集まっていく。赤黒いオーラが宝玉へ集まっていく。その光景に全員の体から冷や汗が噴き出す。圧縮された禍々しいオーラを感じるだけで冷静さを奪う程の恐怖が身体を支配する。

 

「ロンギヌススマッシャーを撃つ気だ! 全員射線から離れろぉぉぉ!」

 

 アザゼルがありったけの声を出し、動けない者たちを逃がそうとする。

 しかし、そんなアザゼルの必死の思いを嘲笑うかのように更なる絶望が訪れる。

 ロンギヌススマッシャーを撃ち出す為の発射口である宝玉。それが変形し、球体から多面体となった。もしかしたら昆虫の複眼を表しているのかもしれない。

 発射口の変化。それが意味するのは──聡い故にアザゼルは真っ先に気付いてしまう。

 

「噓だろ……?」

『Longinus Smassher!』

 

 面の数だけ放たれ、拡散するロンギヌススマッシャー。全てを屠る絶望の砲撃が空間内に無差別に蹂躙する。

 魔人の悪意と悪魔の悪意が一人の少年と一体のドラゴンを大きく狂わせ、歪めた形態。嘗て神をその鎧に宿した彼は、今度は大悪魔の力を宿してしまう。

 全てを、自分自身すらも殲滅する望まぬ『覇龍』。

 

覇龍・堕天(ジャガーノートドライブ・モードベルゼブブ)

 

 




この章最後にしてEXボスバトル戦の開始となります。
味方のボス化は賛否あるでしょうが、嫌な役をやらせてしまった分強く書いていくつもりです。
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