シャルバとの決着がつく少し前。リアスたちはシンに頼まれたライザーの救助を行っていた。
崩れた建物の下敷きになっているので何処に埋もれているのか分からず、巻き添えにしてしまうのが怖くて魔力を使って瓦礫をどかすことも出来ない。手作業で地道に瓦礫をどかしていくしかなかった。
「ちょっと待った」
除去作業前にデュリオが瓦礫の山に向けて腕を振る。すると、突風が発生し通り抜けた風により土埃が舞う。
「──うん。運良く下敷きにはなってないっぽい。あそこだ」
デュリオは積み上げられた瓦礫の一点を指す。デュリオの神滅具の能力で起こした風を瓦礫の中を通り抜けさせることで内部の状態を凡そ把握した。これによりライザーを探す手間が一気に省かれる。
残されたメンバーの中で最も力があるのは小猫とケルベロスは大きめの瓦礫を掴んだり、咥えたりして取り除いていく。他の者たちも作業速度は二人には劣るが瓦礫を取り除く。
時間的な余裕はない。今も戦闘が行われており、いつ矛先が自分たちに向かうかも分からない。また、ライザーはシャルバによって重傷を負っている。シャルバの攻撃は傷を汚染させ、不死身に等しいフェニックスの再生能力も阻害する。時間が経てば経つほどライザーの生存が厳しくなっていく。
デュリオの風も何処に居るかは把握出来るが、どんな状態かまでは確認出来ない。誰も口に出さないが、最悪の事態も覚悟しておかなければならない。
そんなメンバーの中で誰よりも焦燥に駆られているのがライザーの実妹であるレイヴェルであった。
白く、細い指先が傷つくことも恐れずに必死になって瓦礫を運ぶ。どんなに頑張っても除ける瓦礫の大きさに限界があるせいか自分の非力さが悔しく涙を滲ませている。
血の繋がった兄の命の危機。それだけでも彼女を焦らせるに十分だが、彼女は少し前までシャルバの呪いに侵される苦しみを味わっていた。今も兄がその痛みに苦しんでいるかと思うと病み上がりの体に無理させてでもライザーを救い出そうとする。
大きめの瓦礫を持ち上げようとした時、彼女の動きが止まる。
「──うっ」
呻き、反射的に胸を押さえる。そのままバランスを崩して倒れそうになるが、間一髪のタイミングで背後に回った小猫が彼女を受け止めた。
「……無理をしない」
「それでも……無理しないと駄目なんです……! げほっ! げほっ!」
レイヴェルの意気込みとは裏腹にその体は悲鳴を上げていた。かなりの荒療治で無理矢理治したせいかフェニックスの再生力でも完治には至らず、今もレイヴェルの胸の中では心臓が鼓動する度に鈍痛が起きている。
「……気持ちは分かる」
小猫もまた黒歌を目の前で失いかけていた。身内が死ぬかもしれないという恐怖と焦り。今の小猫はレイヴェルの気持ちが誰よりも理解出来る。
「……でも貴女まで倒れたら意味がない」
小猫はそう言い、レイヴェルを優しく横たわらせる。
「……貴女の分、私がやる」
同性で年が近い故にライバル心を抱いていた小猫だったが、この時ばかりはレイヴェルを労わる。
「小猫さん……」
小猫の思いやりが伝わったのか、レイヴェルは小猫の厚意を無下にすることはせず、彼女に後を託す。
「お願い……します……!」
小猫は頷き、宣言通り先程以上の速度で瓦礫を取り除き始める。
全員が今出来ることをしている中、アーシアは勇気を振り絞って己の影に声を掛ける。
「あ、あの! お願いします! 手伝って下さい!」
自分の影の中に待機しているギリメカラに手助けを頼む。ギリメカラの巨体から出される怪力なら今以上の作業効率でライザーを救助出来ると思ったからだ。
アーシアの一度目のお願いに対してギリメカラの答えは沈黙。答える素振りすら見せない。
「聞いていますよね!? お願いします!」
二度目の懇願。アーシアの影の中にギリメカラの単眼が出現するが二、三度瞬きをすると閉じて消えてしまった。
「ギリメカラさん!」
三度目のアーシアの呼び掛け。再び影の中に単眼が現れるが、この時のアーシアはギリメカラの冷たい反応に大分頭に来ていたので、普段の慈悲深さを捨てて強引な手段に出る。
「朱乃さん! もう雷落として下さい!」
「えっ!?」
アーシアからの強行手段の提案に朱乃は困惑してしまう。すると、雷が落とされる前に影が盛り上がり、面倒そうにギリメカラが現れる。
「ありがとうございます!」
やっと出て来てくれたギリメカラにアーシアは心の底から礼を言う。ギリメカラとしては最後の最後まで自分を隠し通し、いざという時の為の奇襲要員として待機していたかったが、アーシアがここまで騒げばこれ以上隠れていてもバレてしまうので仕方なく手伝うことにする。
ギリメカラは大きな腕と長い鼻を巧みに動かし、瓦礫などを纏めて取っ払っていく。まるで重機のような作業量と速度であり、ギリメカラが協力することで除去速度は飛躍的に向上する。
間もなくしてライザーの体の一部が除かれた瓦礫の下から見えた。そこを中心にして一気に瓦礫をどかすとようやくライザーを発見する。
発見したライザーに皆が言葉を失う。
腹部には風穴が空けられており、シャルバの影響によりやはり傷は再生していない。整えられていた頭髪も今は乱れ、目を閉じたまま微動だにしていなかった。
「お兄様……!」
小猫に肩を貸して貰ったレイヴェルがライザーの傍に寄る。レイヴェルが呼び掛けるがライザーは反応しない。
「ライザー!」
リアスも彼の名を呼んだ。最初の頃にあった角は取れ、以前よりもリアスの中では彼の評価は上がっていた。プライドの高さは相変わらずであったが、それも良さの一つに思えるようになっていたが、今のライザーは死人のように見えてしまう。
手遅れだったのか、言葉にしなくても誰もがそう考えてしまう。レイヴェルや黒歌と比べてライザーの傷は深く、大きい。致命傷であってもおかしくない。
「お兄様っ!」
血を吐くようにレイヴェルはもう一度呼び掛ける。ライザーは応えない。
「妹が泣いてるぜ、ライザっち」
デュリオは深刻な表情で彼を呼ぶ。すると、ライザーの瞼が微かに震え、少し経った後に薄っすら瞼が開く。
「その名で……呼んだら……燃やすって……言ったよな……?」
意識を取り戻したどころか苦しそうながらも確かに喋った。
「お兄様! 良かった……! 本当良かった……!」
ライザーが生きていることにレイヴェルは涙を流しながら安堵する。
「レイヴェル……治ったのか……良かったな……」
「自分の心配をして下さい!」
ライザーの言葉にレイヴェルは泣きながら怒鳴ってしまうが、すぐにその顔は泣き顔に崩れる。
辛うじて生きているライザーに一先ずホッとするが、安心するにはまだ早い。すぐにアーシアが神器による治癒、小猫と黒歌により仙術による治療を始める。ライザーの小さな命の火を絶やさない為に。
シャルバの呪いのせいで傷の治りは悪いが悪化するのを防ぐことは出来る。何とかしてライザーを生き長らえさせようとした時、治療をしているアーシアたちは気付いた。
ライザーの胸に空いた痛々しい傷。その傷周りが橙色に点滅している。注意深く見ると橙色の点滅は燻った火。呪いによって変色した傷周りを火が焼き、ほんの少しずつだが再生させている。
「傷が少しずつですが治っています!」
アーシアたちは驚いた。シャルバの呪いを受けて尚完全に再生能力を失っていないことに。
「あんな奴の……せいで……死ねる、か……!」
「ライザー。貴方って人は……」
旧魔王派などという冥界を裏切った連中の攻撃で死ぬなどライザーのプライドが許さない。フェニックスの不死身と精神力は密接な関係にある。シャルバへの怒りが呪いを凌駕し、フェニックスの再生を僅かながら発動させることができ、それがライザーの命を繋げた。
「流石です……! お兄様……!」
プライドの高さも時と場合によっては身を滅ぼすことに繋がるが、今回の場合はそれは良い方向に働いた。これにはレイヴェルもライザーのことを素直に尊敬する。
「もう少し頑張りなさい、ライザー。アーシアたちが貴方の傷が治る手助けをしてくれるし、イッセーたちがシャルバを倒してくれるわ」
「はっ……出来れば……俺が……倒したかったのにな……」
この期に及んでも強がりを言うライザーに呆れと安堵を覚える。ここまで喋られるなら当分は生きていられるだろう。
やがて、一誠たちの連携によりシャルバは追い詰められ、一誠が止めの一撃をシャルバに与えようとする。
誰もが次に起こる一誠の勝利を確信した。
だが、予想に反して一誠の拳が届く前にシャルバは自らの手で心臓を抉り出し、それを握り潰して自害するという道を選んだ。
皆言葉を失った。清々しい勝利とは大きく異なる、血生臭く後味の悪さを覚える勝利だったからだ。
敗者であるシャルバの血を浴びせられた一誠にリアスたちは不憫に思う。
「……嫌なニオイがする」
一瞬だけ緩みかけた空気を不穏なものに変えたのはデュリオの一言。デュリオは眉間に皺を寄せ、何かに対して強い嫌悪感を示している。
「嫌なニオイってあの血のニオイのこと?」
「違う……肺が腐りそうなこの甘ったるい感じは……」
デュリオが警戒し出したタイミングで打撃音が響く。見れば何故か一誠がヴァーリを殴り飛ばしていた。
「イッセー!?」
一誠の不自然で不似合いな行動にリアスは驚き、この時点でデュリオと同じように嫌なものを感じ始めた。
空中で一誠は頭を抱えて苦しみ出す。鎧にかけられた血が生物のように動き出し、シャルバの顔を浮かび上がらせた。
「イッセー!」
「イッセーさん!」
リアスたちが苦しむ一誠の許へ行こうとするが、デュリオは彼女たちの前に立ち塞がり、それを止める。
「今行っちゃいけないよ──やばいことに巻き込まれるかも」
何が起こっているのかデュリオにも分からないが、彼の感覚は一誠の方から強い死の気配を感じ取っていた。それは魔人に関わるもの。被害が他に及ぶのを防ぐ為にデュリオはリアスたちを絶対に一誠へ近づかないようにする。
『Juggernaut Drive!』
一誠の姿が変貌していく。紅の鎧は鮮やかさを失い、纏わりついていた血は脈打つ赤黒い線へ変わり、鎧は生物のような形に変形し、背中からはドラゴンではなく蟲の翅が生える。
「嘘……」
『真紅の赫龍帝』からリアスたちの知らない『覇龍』へ変わり果てた一誠。戦いが終わった筈なのにわざわざ『覇龍』を発動させる意味がない。そもそも『覇龍』自体大きなリスクがある。一誠に異常事態が起こっているのは明白であった。
「シャルバの……ベルゼブブの翅……」
リアスは呆然と一誠に似合わない悪魔の翅を見ていた。眷属たちは言葉を失っている。事態に思考が追い付かない。
「しゃんとしろ!」
珍しくデュリオは大きな声を上げ、リアスたちの正気を取り戻そうとする。
「どう見ても異常事態だ! 赤龍帝は……暴走している可能性が高い!」
デュリオは言葉を選んだ。一誠の殺気しかない姿。こちらに敵意がある。しかし、敵になった、と言ってしまえばリアスたちに今の以上のショックを与えてしまうと思ったので暴走という言葉で誤魔化す。
「早く──ッ!?」
上から押さえつけられるような重圧がこの場に居る全員に圧し掛かる。心理的なのものではなく実際に圧を感じていた。
『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』
倍加していく一誠のオーラ。集束し切れていないオーラが外に漏れ、攻撃性を持つそのオーラはこの場に居る者たちに纏わりつき、重石のようになって体の自由を奪う。
そんな状況下でアザゼルは懸命に叫ぶ。
「ロンギヌススマッシャーを撃つ気だ! 全員射線から離れろぉぉぉ!」
「こ、れは……やばくない……?」
額から汗を流しながらデュリオは『煌天雷獄』で虹色のシャボン玉を生み出し、リアスたちを守れるようにする。
デュリオは、自分の周囲を漂うシャボン玉を生まれて初めて儚く思う。今出来る万全の体勢に入った筈だというのにデュリオには一誠が放つロンギヌススマッシャーを防ぐビジョンを描くことが出来なかった。
胸部と腹部の装甲がスライドして変形したことで露出した多面体の発射口。最早感知出来ないレベルのオーラがそこに溜まっている。
(あー。もっと美味しいもの食べたかったなー)
そんなことを考えてはダメだと分かっていても胸中に湧いてくる後悔。ここまで弱気になったのも生まれて初めての経験である。
全員の覚悟の有無ごと消し飛ばす死刑宣告が遂に宣言された。
『Longinus Smassher!』
多面体の発射口から集束されたオーラが多面体の数だけ拡散して放たれる。質でも数でも圧倒するロンギヌススマッシャー。
一発だけでも防ぐ手立ては無いというのに幾本もの破壊の光がばら撒かれる。誰の頭の中にも死という言葉が過った時、それを覆す為の言葉が響き渡る。
『Divide! Divide Divide! Divide! Divide Divide! Divide! Divide Divide! Divide! Divide Divide! ──』
「おおおおおおっ!」
ロンギヌススマッシャーを対象にして半減と吸収の力を発動するヴァーリ。途方もないオーラの塊であるロンギヌススマッシャーは半減が繰り返される度に細まっていく。
着弾までの猶予がない極短時間に半減を連続して発動し、吸収した力を余剰として鎧の翼から噴射される。
半減と吸収の発動は普段のヴァーリからすれば呼吸に等しい筈なのだが、ヴァーリは凄まじい声を上げながら発動し続けている。それは自らを鼓舞しているようであり、途轍もない負担がヴァーリに掛かっている証拠でもあった。
事実、ヴァーリの『白龍皇の鎧』の至る箇所に亀裂が生じている。吸収しきれない力は余剰として放出しているのにヴァーリですら処理し切れない程のオーラの量が『白龍皇の鎧』を壊していく。
だが、ヴァーリが血を吐くような思いをした甲斐もあり、拡散したロンギヌススマッシャーはどんどん先細りしていき、最後には形を維持出来ずに霧散する。
ロンギヌススマッシャーを半減、吸収し切ると同時にヴァーリは膝を突き、兜を解除。ヴァーリの顔は汗まみれになっており体温が異常に高くなっているのか湯気が立っていた。
「流石に……ロンギヌススマッシャーの吸収は……きついな……」
『何という無茶を……もう少しで体が弾け飛んでいたぞ』
ヴァーリの命知らずの行動にアルビオンは咎めるが、同時にヴァーリの凄まじさを実感していた。底知れない潜在能力をまた知れた。
「紙一重……だったな……だが」
『白龍皇の鎧』の両翼の噴射機構は鎧の中で最も負荷の掛かった部分だったせいで融解しており、今も膨大な熱を放っているので翼周りの空気が歪んでいる。
『当分の間半減も吸収も出来ないぞ』
「……分かっているさ」
複数のロンギヌススマッシャーを無力化した代償と考えれば安いが、まだ戦いは始まったばかり。この後の戦闘で鎧の能力が使用不可能は厳しい。
ロンギヌススマッシャーを無効化された一誠は、変形した鎧を元に戻して緑の複眼でヴァーリを凝視する。
その視線に感情は感じられない。無機質な目で自分の攻撃を無力化したヴァーリを現時点の最大脅威として認識した様子。
一誠は地面を蹴って飛び出し、空中で翅を羽ばたかせることで加速。地面を踏み砕きながら着地し、行動不能状態のヴァーリに爪を振り上げる。
一誠の爪がヴァーリを切り裂く寸前、横から伸びてきた拳が一誠の顔面に打ち込まれた。
闘気を纏わせたサイラオーグの拳。ヴァーリを守る為にやむを得ず一誠を攻撃した。
しかし、攻撃した方のサイラオーグは額から汗を流す。攻撃は手を抜いていない。少なくとも全力でなければ暴走している一誠を止められないと判断したからだ。
サイラオーグの拳は確かに一誠の兜に罅を入れた。だが、それ以上の結果は生み出さなかった。
殴られた衝撃で僅かに首を傾けていたが、一誠は傾いていた首を元の位置に戻す。その際にサイラオーグの拳を押し返す。首の力のみでサイラオーグの腕力を凌駕する。
手応えはあった。守りすら無視するサイラオーグの一撃は鎧を貫いて中に通っていた。だが、それでも一誠を戦闘不能にするには足りない。
一誠はサイラオーグに殴られたままヴァーリに振り下ろす筈であった爪をサイラオーグに向ける。ターゲットをサイラオーグに切り替えた。
攻撃が来ると感じたサイラオーグ。だが、その予感よりも一誠の動きは鈍い。サイラオーグは察する。今の攻撃は一見効いていないように見えるが効果はあった。一誠の攻撃に入る動作がその影響でやや遅い。
今なら先に仕掛けられる。サイラオーグは拳を素早く引き、体勢を変える。
「ふん!」
サイラオーグの回し蹴りが一誠の腹部に突き刺さる。穂先のように伸ばされたサイラオーグの爪先はピンポイントで鳩尾を突いていた。肺の中の空気を全て吐き出させ、数日間は食事や息を吸う事すら困難になる程の激痛を与えるサイラオーグの爪先蹴り。
強い弾性のある感触が爪先に返ってくる。拳の時もそうであったが、一誠の鎧は厄介なことにただ固いだけでなくある程度の柔軟性も帯びている。『覇龍』と化したことにより鎧は鎧ではなくなり、ドラゴンの性質がより強く濃く現れ、生物が持つ鱗や外骨格のようなものに変質していた。
サイラオーグは今更ながら蹴りで攻撃したことを失敗だと悟る。拳とは違い、足はまだ『防御を貫き衝撃を通す性質』が不十分。弾性のある鎧に打ち込んだ時点で蹴りの衝撃の殆どが外に逃げてしまっていた。
先に仕掛けようするあまり十分ではない攻撃を行ってしまった。ただ、この場合サイラオーグの攻撃が弱かったのが原因ではない。一誠が規格外過ぎただけなのだ。
サイラオーグの蹴りを受けたまま一誠は両手をサイラオーグへ伸ばす。サイラオーグは両腕でガードしようと構える。
ドラゴンの鋭い爪がサイラオーグを腕ごと貫こうとした時、鈍い音と共に一誠の動きが途中で止まった。
一誠の背後、そこに立つのはシン。彼の拳が一誠の後頭部に打ち込まれている。人体の急所の一つである後頭部を手加減無しで殴られれば『覇龍』状態の一誠だったとしても流石に動きは一時的に止まる。
場合によっては再起不能、下手をすれば命を奪う結果に繋がるかもしれないというのにシンはそこを攻撃した。そうしなければ止まらないと思ったからだ。
頭を仰け反らせながら動かない一誠。このまま大人しくなってくれることを願ったが、それは視界から消えるように吹っ飛ぶシンにより否定される。
「間薙シン!」
一誠は手も足も使わずにシンを殴り飛ばした。しかも、目が良いシンが反応出来ない速さの攻撃で。
シンが稼いでくれた時間を無駄にしない為にサイラオーグが一誠へ拳を放つ。だが、放たれた拳は一誠に届くことはなかった。
『覇龍』の腰部から伸びる節状の長い物体。ドラゴンならば全ての持っている手足に相当する部位。
「尾か!」
一誠を守る為に伸ばされた赤い尾がサイラオーグの拳を阻む。
「ぬぅぅ!」
サイラオーグは尾ごと一誠を殴ろうとするが、サイラオーグの腕と比べれば細い尾がサイラオーグの腕力と拮抗する。細い尾の何処にそんな力があるというのか。
一瞬の膠着が生まれた瞬間、二人の頭上を照らす光。幾本もの光の槍が投擲されており、その穂先は全て一誠に向けられていた。
ドラゴンであったとしても悪魔としての本能が勝るのか、光の槍を捉えると同時に一誠は凄まじい速度で後方へ跳ぶ。一誠とサイラオーグの間に急に広げられる間合い。だが、サイラオーグにとってその間合いは零と変わらない。
サイラオーグは踏み込み、突き出していた拳を伸ばす。空を切る拳から放たれる闘気の一撃は、跳び退いている一誠をその奔流に呑み込んだ。
地上を駆け抜ける流星のような闘気。アザゼルはそれを空中から見下ろす。
彼の今の気分は過去最悪であった。仕方がないとはいえ教え子に光の槍を全力で投擲してしまった。殺す気で放たなければ一誠に危険と認識させられない。それが最善であったとしても感情が納得し切れない。
「くそ野郎共が……!」
アザゼルは内に溜まる鬱屈した気持ちをここにいない者たちへの罵倒として吐く。シャルバとマザーハーロットの性根の腐り具合に反吐も出そうになる。
一誠の様子を確認しつつ尻尾で殴り飛ばされたシンの状態も確認する。
アザゼルが視線を向けた時には既にシンは立ち上がっていた。トラックに轢かれたような勢いであったというのに相変わらず表情一つ変えていない。我慢強いというレベルではなく痛みを感じない体質なのかと疑ってしまう。
ただ無傷という訳ではないのか脇腹辺りを押さえている。そこが一誠の尻尾で殴られた箇所なのだろう。最低でも肋骨数本に罅、最悪何本か折れている可能性もある。
(ん?)
脇腹を押さえているシンの掌が光を放っているのが見えた。攻撃の為でなく負傷している箇所に当てている様子からそれが治癒の為のものだとアザゼルは推測する。
(いつの間にあんなこと出来るようになったんだ? まさか、アーシアと似たようなことが出来るようになったとはな……言っちゃ悪いが似合わねぇ)
しかし、これでシンが戦いに復帰する可能性が高まった。一誠を止めるにはシンの力も必要になってくる。
ヴァーリはロンギヌススマッシャーのせいで動けない。尤も、初手の拡散ロンギヌススマッシャーを無効化しただけでも御釣りが来るぐらいの活躍である。
このまま休んでいろ、というのがアザゼルの本音だがヴァーリ自身は戦いたがっているようなのでいずれは参戦すると思われる。
離れた場所にいるリアスたちの様子も確認する。リアスを含む眷属たちは全員死人のように顔を蒼褪めさせており、そんな彼女らをデュリオが足止めしているのが見えた。
デュリオの行動をアザゼルは良くやった、と内心褒める。正直、今の精神状態のリアスたちが最前線に来るのは自殺行為に等しい。まともに戦えると思えない。
暴走している一誠と本気で戦える者たちは限られている。その限られた人数でどうにかして一誠の暴走を止めなければならない。
アザゼルが時間を惜しむのは長期戦になって不利になるのは自分たちだけでなく、一誠自身も命の危機に陥るからだ。
(どう見たって正当な『覇龍』のやり方でも姿でもねぇ。不完全な『覇龍』を敢えて発動させて暴走させてやがる。俺たちの一掃だけじゃない。『覇龍』で暴走させた一誠を使い潰そうとしてやがる……! あの腐れ外道共は!)
不完全な『覇龍』は使用者の寿命を削る。しかも、拡散ロンギヌススマッシャーなど激しく消耗する技を躊躇なく使わせていることから最初から一誠の寿命を使い切るつもりなのだろう。同士討ちをさせ、後には何も残らないやり方にアザゼルは何度目か分からない罵倒をする。
溢れ出そうになる怒りを精神力で捻じ伏せながらあくまで思考を冷やし、冷静に物事を判断する。最悪の事態を避ける為に冷静さを欠くことや誰かが欠くことも出来ない。
サイラオーグの振り絞った闘気がようやく打ち終える。極太のレーザーのような闘気の中にいた一誠にダメージが通っていることを祈る。
消え去った闘気の中から現れた一誠。彼は両翅を前に畳み盾のようにしていた。翅に目立った損傷は見当たらない。それだけで翅の下がどうなっているのか分かってしまう。
一誠は翅を広げる。翅に隠されていた鎧はやはり無傷であった。
シャルバの時もそうであったが、あの翅の防御力は他と一線を画す。破損させる方法が全く思いつかない。
サイラオーグの渾身の一撃を受けても殆どダメージが無い一誠。普通なら絶望的な状況であるが、それを目の当たりにしてもサイラオーグもシンもヴァーリも全く折れていない。
(本当に頼もしい奴らだよ)
若い者たちの姿を見てアザゼルは奮い立つ気分になる。年長者である自分がこれぐらいで折れる訳にはいかない。いざとなれば誰よりも先に命を張る覚悟もある。
グギュアアアアアアアアアアアアッ!
放たれた咆哮は体を物理的に揺さぶり、その激しさと悲痛さに心も揺さぶられる。聞く者の感覚を震わす傀儡となってしまった一誠の叫び。或いは支配から逃れようとする抗いの声なのかもしれない。
だが、その支配から解放される未来はまだ遠かった。
咆哮の後、大きく広げられる両翅。すると、先端から翅が崩れ出す。崩れた翅は赤黒い粒子のようになり、粒子同士が接触し合い一定の大きさになる。翅が全て崩れるまでの間に一誠の周囲にはサッカーボール程の大きさの赤黒い粒子が無数に浮かぶ。
『DDDDDDDDDDDDDDDDDDDD!』
同じ音声をひたすら繰り返し鳴らし始める。音声が鳴る中で赤黒い粒子は形を変化させる。
爬虫類ような鱗を生やし、翼の代わりに虫の薄羽を生やした小型の生物。ドラゴンと虫を混ぜ合わせた見た目をしており、本体の一誠に少し似ている。
小型のドラゴンは三種類に分かれており、体が細く鋭利な姿をした固体、外骨格のような厚みのある見た目をし背中に突起がある固体、前述の二種よりも胴体が倍近く長い固体という風に分かれている。
「おいおいおい……使い魔擬きも出せるのかよ……!」
暴走している筈なのに暴走前よりも多芸になっていることにアザゼルは勘弁してくれ、と心の中で天を仰ぐ。
使い魔擬きの小型ドラゴンを多数展開した一誠は号令のように再び吼える。その瞬間、三種の小型ドラゴンの内、細身で鋭利な小型ドラゴンの姿が一斉に消える。
驚き、アザゼルが目を瞬かせた間にその小型ドラゴンらは目の前にまで移動してきた。
「うおおおおっ!?」
まるで瞬間移動のような高速移動。そして、その小型ドラゴンらは頭部から刃のような角を出して突っ込んで来るのでアザゼルは思わず声を上げながら身を捩る。
弾丸を超える速度でアザゼルの傍を通過していく小型ドラゴンたち。間一髪で回避することが出来た──と思っていたのだが。
胴体辺りに軽い衝撃を感じた。一匹だけ躱し損ねてしまった。しかし、鎧のお陰で深くまで刃が通ることはなかった。念の為に損傷した箇所を確認したアザゼルは絶句する。
付けられた傷はほんの小さなもの。だが、その傷を中心にして鎧に亀裂が生じ始めている。ファフニールの力を宿した鎧がここまで簡単に傷付くなど明らかに普通ではない。
「まさか……」
今の小型ドラゴンが一誠の能力を部分的に再現しているものだとしたら。小型ドラゴンの凄まじい速度。あれは『赤龍帝の三叉成駒』の形態の一つである『龍星の騎士』によるものだとしたら。
もし、この推測が正しいとしたら小型ドラゴンの刃のような角、あれはアスカロンの力を再現した可能性が出てくる。
そうなるとアザゼルは勿論のことヴァーリも危ない。
「ヴァー──!」
アザゼルが危険を伝える前にヴァーリは既に小型ドラゴンの猛襲を受けていたが、紙一重でそれを躱し続けていた。
流石だ、と思ったがやはり本調子でないのは見て分かった。動きにキレがなく重い。小型ドラゴンの攻撃も完全には躱せていない。
すぐに援護に行きたいが、アザゼルの方もそんな余裕はない。先程避けた小型ドラゴンらが反転して再び襲い掛かって来るのが見えた。
アザゼルが心配しているようにヴァーリは絶不調であった。常人ならとっくに倒れていてもおかしくない体温で動き続けている。
(頭が上手く働かないな……)
『ヴァーリ! 意識を保て!』
アルビオンが呼び掛けてくれるので意識は辛うじて持っているが、殆ど曖昧な状態である。そんな状態のヴァーリを小型ドラゴンたちは容赦なく責める。
ぼやけた視界の中でヴァーリは気配と体に染み付いた感覚で『騎士』と同等以上のスピードで飛ぶ小型ドラゴン──
何となく頭の辺りを狙われていると思ったのなら頭を傾けてそれを避け、胴体を狙われていると感じたのなら最小限の足運びで通過点から外れる。
だが、それでも反応が少し遅れてしまい、装甲に掠っただけで装甲の一部がパラパラと剝がれ落ちてしまう。
「あー……あの時を思い出す」
一誠と初めて戦った時の記憶が蘇る。あの時は赤龍帝の能力で強化されたアスカロンを打ち込まれて死に掛けた。竜殺しの能力を身を以って経験したが中々に鮮烈な記憶として残っている。
ヴァーリには珍しく今すぐ横になって眠りたい気分である。しかし、そんな考えとは真逆に体は動き続ける。
「座して待つのは主義じゃないってことか……」
精神だけじゃなく肉体までも戦いを求めていることに苦笑する。
フラフラとしながらもヴァーリは動き、移動し、回避する。不思議なことに段々とヴァーリの動きにキレが出始める。戦いそのものが活力になる。とことん戦いに向いた男であった。
騎士ドラゴンが先行してアザゼルとヴァーリに襲い掛かっている頃、騎士ドラゴンに少し遅れて他の小型ドラゴンらも標的を襲っていた。
サイラオーグを襲う小型ドラゴンは、分厚い外骨格を持っている個体。騎士ドラゴンに比べると動きはかなり鈍重。しかし、見た目からして頑丈そうであった。
かなりの数の小型ドラゴンがサイラオーグを囲む。サイラオーグはそれらに注意しながらも本体である一誠の動向からも意識を逸らさない。幸い、小型ドラゴンたちに攻撃を全て任せているのか一誠が動く気配はない。
取り囲む小型ドラゴンの内の一匹がサイラオーグの死角から迫る。サイラオーグは事前に闘気を薄い膜のようにして周囲に張っており、小型ドラゴンが闘気の膜に触れた瞬間、体が反応して思考よりも先に小型ドラゴンを迎撃した。
小型ドラゴンの体からすれば大き過ぎるサイラオーグの拳。分厚い外骨格であったとしても容易く割ってしまう。すると、小型ドラゴンはサイラオーグに体を砕かれながらも背中の突起を勢い良く体へ押し込んだ。その動きは撃鉄そのもの。
小型ドラゴンの体全体から衝撃が発せられ、打ち込んでいたサイラオーグの拳が押し返される。
「これは!?」
その衝撃に近いものをサイラオーグは知っている。『龍剛の戦車』の時の一誠の拳に酷似している。
『龍剛の戦車』の特性を引き継いだ
拳を押し返されて体勢を崩している所へ戦車ドラゴンたちは一斉に群がってくる。
「くっ!」
サイラオーグはバランスを崩していながらも腕を振るい、群がろうとする戦車ドラゴンたちを払いのける。
数匹の戦車ドラゴンはそれで飛ばされていくが、サイラオーグが腕を振り抜いた直後の一瞬の硬直時間を狙った戦車ドラゴンが腕にしがみついた。
それを取り除こうとするも戦車ドラゴンの撃鉄が打ち込まれるのが僅かに速く、サイラオーグの腕に衝撃が叩き込まれた。
骨折までは行かずとも骨の芯まで響く衝撃に腕の感覚が一瞬麻痺する。
神経が断たれたかのようにサイラオーグの腕が垂れ下がる。今までサイラオーグの未来を切り拓いてきた腕も、この時だけはただの錘と化す。
サイラオーグの動きが短い時間でも止まると、戦車ドラゴンたちはサイラオーグの体のあちこちに張り付く。脚や肩など手が届く範囲なら何とか出来るが、背中など咄嗟に手を回せられない箇所にまで戦車ドラゴンは張り付いた。
張り付いてしまえば戦車ドラゴンたちがすることは一つ。撃鉄を叩き込み、自らの体から発せられる衝撃を相手に通す。その際に自壊しても戦車ドラゴンは気にしない。こうする為だけに生み出された存在故に。
サイラオーグの体が衝撃を打ち込まれ、踊るようによろめいている最中シンもまた危機的状況にあった。
全方位からシンを囲む長い胴体の小型ドラゴン。騎士、戦車と来れば次に来るのは一つしかない。
小型ドラゴンたちは口を開く。長い胴体に仕舞われていた砲身が伸びる。『龍牙の僧侶』の時に展開されるものと同じ形をしていた。
折れた肋骨の治癒は既に終わっている。しかし、逃げ場は何処にもない。それに下手に動けば周りを巻き込むことになる。
こうなってしまったらやる事は一つしかない。撃たれるならば迎え撃つのみ。
シンの心臓に集中していく魔力。自然と自らを抱きかかえるような態勢になり、腕を交差させながら背中も丸まっていく。
僧侶ドラゴンからドラゴンブラスターが放たれる直前にシンは溜めた力を解放。上半身を仰け反らせながらレーザーのような魔力が無数に放たれ、誘導された魔力が僧侶ドラゴンたちを貫く。ドラゴンブラスターを撃つ前に破壊される僧侶ドラゴンもいたが、仕留め損ねもおり、残った僧侶ドラゴンからシンにドラゴンブラスターが撃たれる。
互いに回避を捨てた捨て身の攻撃が交差する。