短いやりとりだと特に忘れてしまうんですよね。
『悪魔の駒』の特性を宿した小型ドラゴンらの猛襲を受けるシンたち。傍から見れば危機的な状況。リアスたちはそれらの総攻撃を偶々離れた場所にいたお陰で免れたが、いつまでも傍観者という立場に甘んじている訳でもない。
一誠が外部からの接触により暴走させられている。動揺は残るが、その現実は受け入れた。今すべきことは一誠を救う事、そして傷付けられている仲間たちを助けること。
リアスは覚悟を決め、今の一誠と戦うことを決める。前に出ようとするリアスにデュリオは問う。
「大丈夫かい?」
「──大丈夫よ」
答えるリアスの双眸からは今も涙は流れており、それを拭おうとはしない。
「眷属って言っても赤龍帝だし、しかも『覇龍』だよ?」
「違うわ」
「へ?」
「私の恋人よ」
デュリオはリアスと一誠が恋人同士という情報を初めて知る。デュリオは目を見開き、戸惑って視線をあちこちに忙しなく動かし、展開していたシャボン玉はデュリオの動揺が伝播して右往左往している。
「え? は? うそー……あー……ホントごめんなさい」
試す為に訊いたのだが、想像以上に重い覚悟をしてのあの答えだったことを知ってしまい、デュリオは気まずくなって謝ってしまう。
「いいの。こんな顔をしていたらそう思われても仕方ないわ──貴女たちもしっかりしなさい」
リアスはこの時流れていた涙を拭い、同じような顔をしている眷属の女性たちを叱咤する。
デュリオはリアスとリアスの眷属たちの顔を見渡し、決意が強いことを確認する。
「オーケーオーケー。皆、大丈夫そうっすねー。なら俺は変わらずサポートさせてもらいましょ──」
デュリオの目がリアスたちからシャボン玉の方に向く。次の瞬間、文字通りデュリオの目の前まで迫る刃。だが、それ以上先に進むことはなかった。刃を包む虹色の薄い膜。デュリオを突き刺す筈であった騎士ドラゴンはデュリオが展開していたシャボン玉の中に閉じ込められていた。
「折角、心機一転してた所に水を差すんじゃないよー」
騎士ドラゴンは翅を羽ばたかせてシャボン玉を突き破ろうとするが、シャボン玉が割れる気配はない。ロンギヌススマッシャー級を防ぐには心許なかったが、これぐらいならばそう簡単にシャボン玉は割れない。
それも分からずに悪足搔きをする騎士ドラゴン。すると、一閃の後にシャボン玉ごと騎士ドラゴンは真っ二つにされ、消滅する。
「わおっ」
神滅具から生み出したシャボン玉が斬られたことに素直に驚く。そして、今の斬撃を行った木場と彼が持つ聖魔剣をまじまじと見た。
「良いセンス持ってるねー」
「──どうも」
聖と魔を完璧に合一させた噂の聖魔剣を直に見たデュリオは、木場の唯一無二の才能を褒める。一方で木場の方は若干素っ気ない態度であった。
一誠のこともあって余裕がないこともあるが、あまり面識がない上に元教会側の人間だったこともあって普段の爽やかさは潜めていた。
デュリオの方は木場の態度に気分を害した様子は無く、木場と聖魔剣に関心を寄せている。
しかし、いつまでそんな余裕はなかった。騎士ドラゴンの急襲はデュリオにより防ぐことが出来たが、後続で戦車ドラゴンと僧侶ドラゴンも来ていた。
駒の特性を宿した小型ドラゴンの大半は前線で戦っているシンたちに向けられていたが、全て投入している訳ではない。何匹か残してリアスたちの方にも差し向けていた。
シンたちとは異なり三種の小型ドラゴンの襲撃を受けようとしているリアスたち。見方によってはシンたち以上に厳しい状況とも言える。
だが、戦い方が異なる三種類の小型ドラゴンと戦うのは、同じように戦い方が異なるリアスたち。
その強みを存分に発揮させられる。
速さと龍殺しの刃を持った騎士ドラゴンは、デュリオのシャボン玉の前に完封させられる。どんなに速くとも無数のシャボン玉の壁をすり抜けることが出来ず、次々にシャボン玉によって捕獲される。捕まった騎士ドラゴンは全て木場の聖魔剣に一太刀により消滅させられていった。
木場は騎士ドラゴンを斬り捨てながら他の小型ドラゴンたちの動向を窺っており、騎士ドラゴンの後詰めで戦車ドラゴンが飛翔してくるのを確認する。
周囲に聖魔剣を展開させ一気に射出。騎士ドラゴンとは違って動きが遅いので直接斬らなくとも外すことはない。
聖魔剣の切っ先が戦車ドラゴンに突き刺さる──ことはなく貫く前に厚い外骨格によって聖魔剣が弾かれる。戦車ドラゴンの外骨格に傷は付いたものの戦闘不能に至る程ではない。射出だけではパワー不足であった。
しかし、それならば聖魔剣射出以上の力で斬ればいいだけのこと。もしくは、分厚い外骨格でも意味を為さない攻撃をすればいい。
「ゼノヴィア!」
リアスはゼノヴィアに指示を出しながら戦車ドラゴンを指差す。滅びの力を宿した魔力が指先から撃ち出され、戦車ドラゴンの固い外骨格を難無く貫いて落とす。
リアスから声を掛けられたゼノヴィアも、名を呼ばれただけで自分が何をすべきか把握しており、残りの戦車ドラゴンたちにエクス・デュランダルを振り抜く。極限まで高められた聖なる気は如何に堅牢な戦車ドラゴンであっても一刀両断で斬り飛ばし、跡形もなく消し飛ばす。
ゼノヴィアはエクス・デュランダルを振り下ろした後、手首を返して斬り上げる。Ⅴの字の軌道を残しながら数メートル先の戦車ドラゴンを切断した。
戦車ドラゴンを一掃すると更に視界が開ける。戦車ドラゴンらの後ろには僧侶ドラゴンらが砲身を伸ばしてオーラを充填させていた。
間もなく僧侶ドラゴンからドラゴンブラスターの一斉発射が始める。木場やゼノヴィアの速度でも間に合わない。
「朱乃!」
リアスは焦ることなく朱乃の名を呼んだ。朱乃はこうなることを予測していたのか既に手を天に掲げ、いつでも攻撃を開始する準備をしている。
「イッセー君……貴方を本気で攻撃する日が来るなんて」
例え本人の一部であったとしても愛する者を攻撃することに悲愴な気持ちに駆られる朱乃。だが、それでも攻撃の手を緩めることはしない。一誠の名誉を守る為に自分たちは決して死んではならないのだ。
天から降り注ぐ雷がチャージしている最中の僧侶ドラゴンたちを貫く。堕天使の光が含まれた雷光の力は、僧侶ドラゴンたちには効果的であり分解されるように体が崩れていく僧侶ドラゴンたち。やがて、チャージしていたオーラが暴発して纏めて吹き飛ぶ。
リアスたちによりあぶれた小型ドラゴンたちは全て駆除された。
(思いの外大丈夫そうだなー)
リアスたちの顔付きや今の戦いっぷりを見てデュリオはひとまず安心した。
一誠が暴走し、『覇龍』となった時はあまり交流が無いデュリオですら動揺を覚えたので、親しい者たちならばデュリオの何倍、何十倍もの衝撃を受けてもおかしくはない。大丈夫そう、とは言ったが実際に見るまでは半信半疑だったので疑っていたことを心の中で謝罪する。
このままリアスたちと一緒に『覇龍』となった一誠を止めるのも有りかもしれないと思い始めていたが、視界の隅に治療中のライザーを見てしまう。
アーシアとルフェイが神器や魔術で治療を試み、何とかして助けようとしている。小猫も仙術でそれを手助けし、さっきまで死に掛けていた黒歌も休んでいるべきなのに小猫をサポートしている。レイヴェルもライザーの手を握ってしきりに声を掛けていた。
この場で今最も危険な状態なのはライザーであることは間違いない。何かしらの攻撃、それこそ巻き添えに食らっただけでも命を落としかねない。
デュリオとライザーは今日が初対面である。三勢力は同盟を結んでいるが、立場としてはそこまで仲を深めるべきではないのだが、途中で中断してしまったとはいえ同じテーブルで同じ物を食べようとした縁がある。
その縁を無かったことにしてライザーを見捨てるような真似をするのは少々後味が悪い。
(シンたんたちに負担を掛けちゃうけど、しばらくの間は言われた通りに守りに徹しますかー)
デュリオは信じることに決めた。
覚悟を決めたリアスたちが頑張っているように、最前線で戦う者たちも簡単には敗れない。
状況が大きく変化するまではリアスたちと共に行動をすると決めたデュリオは、『煌天雷獄』の能力で生み出したシャボン玉の量を増やす。
「……うん?」
シャボン玉が一瞬何かに触れたことを感知する。あまりに淡く、瞬間的な反応だったので何を感知したのかデュリオには判別出来なかった。
肉眼で周りを確認してみるが、怪しいものは見当たらない。誤作動か勘違い──とは思えなかった。自分の神滅具に自信と誇りを持つ故にそんな事は起こりえない。
気持ち悪さを感じながらデュリオは警戒を強める。またシャルバが良くない事をしでかすかもしれない。
デュリオは気付くことは出来なかった。小さな、本当に小さな火の粉が風に舞い、シャボン玉の隙間を縫うようにして飛んでいることに。
デュリオ以外もそれに気付けなかった。飛んで行く小さな火の粉がやがてライザーの体に落ちたことに。
◇
絶えず送り込まれる戦車ドラゴン。サイラオーグの体に張り付き、撃鉄による衝撃で彼を壊そうとする。腕や脚、胴、背中など張り付けられる箇所なら場所を問わずに張り付き、ありったけの力をサイラオーグへ打ち込む。
やがてサイラオーグの動きが止まり、棒立ちになる。ここぞとばかりに戦車ドラゴンらはサイラオーグの全身に付く。
体に隙間なくくっつく戦車ドラゴン。頭部にも止まる個体もいた。これだけの数が一斉に撃鉄を打ち込めば、サイラオーグであっても原型を留めなくなる。
戦車ドラゴンらは同じタイミングで撃鉄を上げる。その時、サイラオーグは細く長い呼吸を静かに行っていた。
戦車ドラゴンの撃鉄が叩き込まれる刹那──
「ふんっ!」
──サイラオーグは全身から闘気を発し、張り付いていた戦車ドラゴン全てを闘気の圧で引き剥がす。
ゼロ距離から闘気を浴びられた戦車ドラゴンたち。頑丈な外骨格に罅が生じる。次の瞬間、サイラオーグの両拳が未だに宙を舞う戦車ドラゴンに打ち込まれる。
サイラオーグの拳を受けた戦車ドラゴンは、あっけなく粉砕される。一撃ならば耐えられる筈なのに今は一発であった。
何かしらの偶然が起こり、そうなったとも考えられるがサイラオーグが拳を放つ度に戦車ドラゴンは砕け散る。
立て続けに起これば最早偶然ではなく必然。さっきと今では何が違うというのか。
もし、この場にシンなどの目が良い者がいればその答えはすぐに分かっただろう。
空中を藻掻くように体勢を直そうとする戦車ドラゴンの一匹。サイラオーグはそれに向けて拳を突き出す。
サイラオーグが放った拳は、戦車ドラゴンの罅の中心に打ち込まれていた。
何匹か撃破しているとはいえまだ数多い戦車ドラゴン。サイラオーグは先程の闘気の放出により傷を負った戦車ドラゴンたちの傷目掛けてピンポイントで攻撃を行っていたのだ。
どんなに頑丈であったとしても亀裂や罅があればそこから壊れていく。理屈としては分かるが、それを実行するとはなる至難の業。
傷の箇所を一瞬で見極める動体視力。その箇所を正確に打つ精密動作性。自分の肉体と性能を熟知していなければ出来ない芸当だが、サイラオーグはそれを難無くやっている。そもそも今のような小さなターゲットに精密攻撃をするのは初めての経験だというのに。
闘気の傷を負った戦車ドラゴンたちは全滅した。残りは数えられるぐらいにまで減っている。しかし、戦車ドラゴンたちは撤退せずそれしか指示されていないかのように特攻してくる。
一匹でも攻撃が通るように固まらずに全方向から最後の攻撃を仕掛ける戦車ドラゴンたち。
今まで数が多かったせいでサイラオーグは文字通り手数を優先していたが、数が減った今ではもっと大振りの攻撃に切り替えられる。
戦車ドラゴンたちが間合いに入るタイミングで軸足となる左足で強く大地を踏み締め、闘気を帯びた右足を振り抜く。蹴りの勢いと軸足の回転を連動させその場で一回転したサイラオーグ。あまりに速いせいで一回転したことが分からない程であったが、回転し終えた直後に遅れて旋風が起き、砂塵が巻き上がる。
戦車ドラゴンたちは砂塵が舞う中で次々と落ちていく。戦車ドラゴンたちの体の一部は綺麗に抉られており、それが致命傷になっていた。尋常じゃない速度と力を掛け合わせた破壊は無駄な傷を生まず、綺麗な傷跡だけを相手に残す。
サイラオーグは戦車ドラゴンたち全てを塵に還すと深く深呼吸をする。戦車ドラゴンの攻撃は決して軽くなく今もサイラオーグの体を痛みという形で蝕む。サイラオーグは特殊な呼吸によりその痛みを緩和させる。
サイラオーグは一誠を見る。獣のように体勢を低くしながらこちらを見ている。その様子がサイラオーグには不気味に見えた。
その不気味な圧に屈することなくサイラオーグは前に出ようとするが、それよりも先に一誠へ走っていく者の姿があった。
◇
高速で飛来し続けて来る騎士ドラゴンを紙一重で避け続けているヴァーリであったが、最初の頃に比べて被弾が増えてきた。掠る程度なのだが、騎士ドラゴンの角はアスカロンと同じ効果を持っているのでその程度のダメージでも『白龍皇の鎧』は劣化したようにボロボロと剝がれ落ちてしまう。
ロンギヌススマッシャーの無効化という偉業を成し遂げたヴァーリだが、その反動で重態の病人のように体の軸がぶれているかのような動きになっている。
良く言えば風に舞う薄紙、悪く言えば飲み過ぎた酔っ払いを思わせる動作で騎士ドラゴンを捌き続けるヴァーリ。
辛うじてそれが出来るのは軸の定まらなさ、ふらつく足、左右に揺れる体という三重苦をヴァーリは上手く利用し、動作の一部として扱っているからこそ回避が出来ている。土壇場で見せたヴァーリの並々ならぬセンス。
しかし、ヴァーリの戦闘スタイルとかけ離れているのを見ればどれだけ彼が不調なのかも伝わってくる。
罅割れ、剥がれ、みすぼらしくなっていく『白龍皇の鎧』。回避に並行してヴァーリはオーラを込めることで鎧の修復も行う。鎧の装甲一枚で済ませているアスカロンの刃も直に刺さればヴァーリといえども危うい。しかし、直したところで騎士ドラゴンたちによりボロボロにされていく。
ヴァーリらしさのない碌に反撃もせずに回避のみ。いつまで持つのか分からない綱渡り状態。
何度目か分からない騎士ドラゴンの突撃。正面から来たそれに対し、ヴァーリはふらついた足取りでこちらも何度目か分からない回避に入ろうとした。
その時であった。騎士ドラゴンの角がヴァーリ目掛けて発射された。相手の意表を突く奥の手。単調な行動の積み重ねの果てに繰り出される不意打ち。
放たれた刃がヴァーリの眼前に迫り、次の瞬間にはヴァーリの顔が仰け反った。
仰け反っているせいでヴァーリの顔は見えないが、ヴァーリに突き刺さっているだろう刃だけは真っ直ぐ真上に伸びている。
歴代の白龍皇の中で最強と謳われるヴァーリ。その伝説が今日終焉を迎える──仰け反っていたヴァーリが顔を起こす。突き刺さったと思われていた刃は、ヴァーリの白く整った歯が噛んで受け止めている。
ヴァーリは首を振り、歯で受け止めていた刃を騎士ドラゴンに投げ返す。横回転で飛ぶ刃は騎士ドラゴンの体に滑るように入り込み、スピードを全く落とすことなく騎士ドラゴンを真っ二つに切断。ついでにその後ろに居たもう一匹の騎士ドラゴンも斬り飛ばしてしまう。
アスカロンの力を帯びた刃は騎士ドラゴン自身にも有効であり、アスカロンが龍殺して如何に優れているのかを身を以って証明した。
「あぁ……やっとスッキリした」
そう呟くヴァーリの顔からは先程まであった赤みが消えており、元の染み一つ無い白い肌に戻っている。
ヴァーリの体調を狂わせていた力の過剰摂取。乱射されたロンギヌススマッシャーを吸収し、外に放出してもかなりの量が体内に残留していた。本来ならばここまで体調が悪くなることはないが、吸収したオーラの量が桁外れであったことやオーラに混じる悪意のようなもののせいでヴァーリにとっても想定外の体調不良が起きてしまった。
ヴァーリは、余分なオーラを消費する方法を考えていたが、丁度良いタイミングで騎士ドラゴンたちが襲ってきた。
騎士ドラゴンたちにより破壊される『白龍皇の鎧』。それを修復する為にオーラを消費し、やっと余分なオーラを使い切ることが出来た。
体の熱も、ぼやけるような視界も、重苦しい疲労感も全て消えて万全の状態となる。
「協力感謝するよ」
皮肉を言いながらヴァーリは腕を振るう。警戒する騎士ドラゴンたち。しかし、振られた腕からは何も出て来ない。
そう見えた時には既にヴァーリの術中であった。騎士ドラゴンたちは無防備のまま突如として発生した白いオーラの爆発に呑み込まれ、消し飛ばされる。
オーラが消えた後は騎士ドラゴンたちの姿はなかった。
ヴァーリが行った攻撃はドラゴンショットのようにオーラを飛ばすという単純なもの。ただし、縮小の能力を応用し威力はそのままに大きさだけを視認出来ないサイズにまで縮めた。騎士ドラゴンたちでも砂粒以下のオーラを見抜くことは出来なかった。
これぐらいの相手を散らすには持って来いの文字通りの小技である。
「手伝おうか?」
ヴァーリは頭上を見上げ、騎士ドラゴンの残りに今も手古摺っているアザゼルに、手助けがいるか訊いてみる。
「こっちはいいから早くイッセーを助けてやれ!」
「了解」
ヴァーリは一誠を見る。外部からの介入で暴走させられ、ましてや『覇龍』に至らされたことに同情を覚えつつも異形の『覇龍』に対して不謹慎とは理解しつつもどうにもワクワクしてしまう。表に出すことはしないが止めることも出来ない。空腹や眠気ような本能の欲求であった。
小型ドラゴンたちの大半を落とされても全く動じない──そもそもそういった感情が残されていないかもしれない──一誠に挑もうとした時、誰よりも先に挑もうとしている者を見つけた。
迷いなく突き進む姿に称賛と少々の嫉妬を覚える。
「出遅れたな」
◇
僧侶ドラゴンらのドラゴンブラスターの一斉発射とシンの魔力による全方位攻撃。シンの攻撃の方が速く、レーザーのような魔力が曲線を描きながら誘導され、僧侶ドラゴンを貫く。致命傷を負って消滅する僧侶ドラゴンや致命傷に至らずともシンの魔力の影響で体が麻痺し、地面に落下する個体や麻痺の影響で暴発を起こす個体もいる。
多くの僧侶ドラゴンがシンの先手によりドラゴンブラスターの発射を中断されたが、それでも運良く攻撃を免れた僧侶ドラゴンもおり、それらは攻撃直後のシンにドラゴンブラスターを撃つ。
シンの視界に映る複数のドラゴンブラスター。直撃すれば跡形もなくなる。だが、幸いにもシンを狙っての攻撃だったので攻撃が一点に集中していた。ドラゴンブラスターがもっと広範囲にばら撒かれていたら、直撃でなくとも着弾の際に広がるドラゴンブラスターの余波に巻き込まれて命を落としていたかもしれなかった。
シンは着弾する前に走り出す。全身の力を足に集中させ、瞬時に最高速度に達する。その速度を維持したまま出来る限り着弾点から離れる。どれだけ広がるかは分からない。ここから先はシンの速さと運に懸けるしかない。
一秒が何等分にされたかのような感覚。いつドラゴンブラスターが着弾するかは分からない。確認する余裕もない。全ての意識を走ることに向ける。
直後、背中に来る衝撃。ドラゴンブラスターが着弾したことによる爆風がシンの背中を押す──という生易しいものではなく叩き付けられる。
前のめりになり足が地面から離れる。そのまま顔面から地面に落ちていくが、シンは腕を交差させて顔面からの着地を防ぐ。その状態で更に爆風がシンの体を吹き飛ばしてくるので、シンはそれに逆らわずに爆風に身を任せた。
咄嗟に体を丸めることでシンは地面を転がっていく。全身から魔力を放ったせいでボロボロになっていた上着が完全に襤褸切れになり、上半身から剝がれていく。地面を数度転がった後に爆風の勢いが弱まる場所まで移動させられると、流れるような動きで立ち上がる。
立ち上がったシンは立ち止まることなく足を動かす。向かう先には一誠。
シンが駆け寄って来るのを一誠は複眼のような目で捉えるとゆっくりとシンの方へ顔を向ける。
ギュオアアアアアアアアアッ!
人外の叫び、もしくは鳴き声を上げてシンを威嚇する。その声だけで万人を竦ませ、棒立ちにさせてしまうだろうが、シンは壁のように妨げる一誠の声に一切速度を緩ませずに突き破る。
あと数歩進めばシンの間合いに入る、と思われた矢先にシンは突如身を低くした。その直後にシンの頭上を赤い残像が通る。
先に仕掛けたのは手足以上の間合いを持つ一誠の尾。直撃していたら上半身が吹っ飛んでいたかもしれない。
尾の動きを読んでいたシンは先読みして尾を躱すと、両手で地面に指を立て、獣の如き四つ足の体勢になると両手両足で地面を思いっ切り押す。
四肢の力を駆使してシンは低い体勢のまま前に跳ぶと、そのまま一誠の胴体に頭から突っ込んだ。
首に胴体に押し込まれるような衝撃が掛かる。なりふり構わない攻撃であったが、今の一撃で生物の質感になった鎧は凹み、一誠も僅かに怯んだ。
一誠の動きが一瞬硬直したのが伝わるとシンは顔を上げる。頭突きのせいで額が割れており、そこから流血し出しているが構っている暇はない。
顔を上げたシンが見たのは闇。兜が変形し、顎となった一誠の口内。上下から迫る赤い牙がシンの頭部を嚙み千切ろうとする。
シンは上半身を仰け反らせる。顎の外に出ると一誠の顎が閉じる前に下から膝で突き上げた。
上下の顎が凄まじい速度でぶつかり合い、牙の何本かが折れる。上顎と下顎の嚙み合わせがずれ、ずれた牙が上下に刺さり互いを縫い合わせるように口を閉ざさせる。
シンは手を伸ばし、一誠の肩を掴んで前に引く。その際にシンは一誠の側面に回り込む。
前のめりになった一誠の頭頂部にシンは全力で拳を叩き込む。兜が波打ち、金属音が鳴る。下手をすれば頭に障害が残ってしまうかもしれない一撃だが、シンは構うことなく二度、三度と立て続けに殴る。
現状一誠を正気に戻す手段は思いつかない。ならば、古今東西おかしくなったものを直す方法を使うまで。
シンは一誠を殴る。元に戻るまで殴る。壊れたら壊れたのでその時はその時と割り切り、取り敢えずは動かなくなるまで全力で殴り続ける。
一誠の側頭部にシンの拳が突き刺さり、側頭部から生えていた角が折れる。その状態でもう一方の手で一誠の喉を掴み、拳を開く。
開いた拳の中には蛍色に輝くシンの魔力。押し当てた状態から光弾を放とうとする。
『Divide!』
放つ筈であった光弾がシンの掌の中で縮小していき、最後には消失する。白龍皇から奪った力である『白龍皇の籠手』。未だに成功率が低く一誠も実戦で使うことに慎重になっている技をカウンターとしては完璧なタイミングで発動する。
技を不発させられたシンに一誠は爪を振るう。シンは紙一重でそれを躱し、後退した。
シンの肌に赤い線が走る。そこから血が噴き出し、胸から下が一瞬で血に染まった。
一誠の爪は完全に躱せたが、爪の先端から放たれたオーラまでは躱すことが出来なかった。シンも使う技だが、相手に使われると咄嗟には反応出来ない。
急な失血でシンの視界が暗く狭まる。動かなければ死が待っている筈なのに、意識と体が上手く繋がらず反応が肉体を追い越してしまう。
棒立ちになってしまったシンに一誠は踏み込み、二撃目の爪を放つ。直撃すればシンの上半身と下半身は斜めに切り分けられる。
「させん!」
サイラオーグの手刀が一誠の腕に叩き付けられる。生木が折れるような音がし、一誠の腕は歪に変形した。
一撃で一誠の腕を折ったサイラオーグ。これで流れが変わるかと思いきや、一誠は折れた腕をそのままサイラオーグに叩き付ける。
「ぬぅ!?」
自身のダメージを無視した攻撃にサイラオーグも一瞬反応が遅れてしまい、脇腹に腕を受けてしまう。
今度はサイラオーグから骨の折れる音が鳴り、一誠の一振りにより弾き飛ばされる。
骨折を無視し、余計に腕を壊す──と思いきや歪であった一誠の腕は真っ直ぐになっている。先程サイラオーグを攻撃した際に殴ると同時に折れた骨を接ぎ、鎧でギブスのように固定して無理矢理治したのだ。
あまりに原始的且つ攻撃的な応急処置。痛みなど関係なく、動けばいいとしか考えていない。
邪魔者のサイラオーグを除けた一誠は、再びシンに襲い掛かろうする。
「ははっ。勇ましいな」
その二人に割って入る白い影──ヴァーリ。シンの傷口に手を当てながら、一誠の胸部に拳を打ち込んでいた。
『Half Dimension!』
発動する『白龍皇の鎧』の能力。シンの傷が半減の力により縮小して引っ搔き傷程度まで小さくなると同時に、突っ込んだ所に反撃を受けた一誠が突き飛ばされた。
傷の手当と攻撃を同時に行うという器用さを見せつける。
「後は自分で何とかしてくれ」
最小まで傷を縮小させると残りはシンに任せ、ヴァーリは一誠に向けて構える。一誠の鎧にはヴァーリの拳の跡が残っているが、瞬く間に跡は消えてしまう。シンによって変形させられた兜も既に修復されている。
一誠は両手を垂らし、前傾姿勢になる。人と獣の境目のような構え方であった。
「マタドールは『覇龍』に興味を持っていないが、俺は逆だ。君の『覇龍』がどんなものか楽しみだ!」
その言葉を合図に一誠はノーモーションで前進。背中から魔力を噴き出し、滑るように前に出て来た。
ヴァーリの顔面目掛けて爪の大振り。爪の先からオーラを斬撃のようにして飛ばすことは既に見ているので、それを頭に入れて爪が届く前にしゃがんで躱す。
大振り故に空振ることで一誠の体は半回転する。すると、回転に合わせて今度は尾がしゃがんだヴァーリへ振るわれる。
相手の動きを本能で読んだ二段攻撃。しかし、その尾が届く前にヴァーリは低い跳躍をしていた。
「甘いな」
一誠の二段攻撃もヴァーリにとっては想定内。尾で攻撃をしているのを見てからこうなることは予測出来ていた。
跳躍したヴァーリは、尾が足元を通過するタイミングでその尾を片足で踏みつける。尾を覆う鎧がヴァーリの足の形に変形する程強い踏み付けにより、振り抜かれる筈であった尾は地面に縫い付けられた。
尻尾を押さえられ咄嗟に振り返ることが出来ない一誠の無防備な背中に大木も容易にへし折ることが出来る中段蹴りが迫る。
当たれば脊椎への大ダメージは免れない攻撃に対し、一誠のとった行動は──
「っ!」
ヴァーリの蹴りが一誠の背中に当たる直前に寸止めをされる。一誠の背中、そこには先程まで無かった背鰭のような突起が無数に並んでいた。ヴァーリの攻撃に反応し、鎧が変化したのだ。ここまで来ると殆ど生物と変わらない。
しかも、ただの突起だったならヴァーリも攻撃を止めることはしなかった。良く見れば突起の先端部分が銀色に輝いている──それは騎士ドラゴンの角と同じ輝きであった。
アスカロンの能力を持った突起を瞬時に形成することにより、ヴァーリは反射的に攻撃を止めてしまった。
そして、それはヴァーリのミスである。
突起は背骨に沿うようにして生えている。そして、その延長には尻尾もあった。ヴァーリがそれに気付いた時、彼が踏み付けている尾からも突起が出現し、ヴァーリの足を刺す。
「くっ!」
アスカロンの効果を持った突起なので『白龍皇の鎧』も簡単に貫通してしまう。
ヴァーリは反射的に足を突起から引き抜く。抜いた途端に傷からは血が溢れ、ヴァーリの白い甲懸を真っ赤に染める。
ヴァーリが足を離したことで一誠の尾は自由になってしまうが、あのまま刺されたのを無視して踏み続けていたら、尾を動かされて足が真っ二つになっていた可能性が高い。
ヴァーリは刺された足の爪先部分だけを地面に触れさせ、バランスをとる。殆ど片足で立っているのと変わらないが、咄嗟の時には負傷した足を使うつもりなのだろう。
「やってくれるじゃないか……!」
ヴァーリは笑っていた。不覚をとってしまった悔しさと一誠の強さに対する喜びを半々に混ぜた獣のような笑みであった。
ヴァーリを刺した尾や背中の突起が鎧の中に仕舞われていく。必要な時にしか使わない隠し技のようなものらしい。虫や獣が危険が迫った時に見せる威嚇や牽制の為の部位、器官のようなものであり、ますます生物染みている。
ヴァーリは自分の状態を冷静に分析する。片足は足の裏から甲まで貫通創。これにより地上での戦いに於いて機動力や攻撃力が低下してしまったが、光翼でそれを補えば問題無し。アスカロンの効果を持つ突起により怪我以上の痛みが脳に危険信号を送るが戦闘に一切の支障は無い、という結論に0.1秒で達する。
そう決断するだけで痛みは静かなノイズと化し、外に流れ出る血の熱さを戦意高揚の熱で埋める。
「──そろそろか」
ヴァーリは呟く。一誠に触れてからそろそろ十秒が経過する。つまり──
『Divide!』
白龍皇の能力が発動。相手の力の半分を吸収し、ヴァーリの力になる。赤龍帝の倍加によって半減した分は帳消しに出来るが、ヴァーリは力を吸収した分強くなる。
『Divide!』
それとほぼ被せるように発せられる音声。だが、それはヴァーリによるものではない。
音の発生源は一誠の方である。
ヴァーリは吸収される筈の力を感じられなかった。ヴァーリの能力は一誠の能力によりほぼ相殺されてしまっていた
ヴァーリの半減に一誠は『白龍皇の籠手』の半減を使用することによりその効果をシンの時のように限りなくゼロにする。
先程から一誠は成功率の低い技や鎧の変化、変形を当たり前のように使いこなしている。暴走して一誠の意識が無いにもかかわらず。
今の一誠には迷いというものが無い。ましてや失敗したら、という恐れなど皆無。想いやイメージなどを重視する神器に於いて迷いなどの邪念は神器の性能を損なう。しかし、暴走している一誠は自分の能力を何の疑いを抱かずに使用している。それが皮肉にも神器の性能を完全に引き出しているのだ。
白龍皇である自分の能力を赤龍帝である一誠が打ち消す。闘争とは異なる熱によりヴァーリの頭の中が一瞬熱くなる。
「それは流石に生意気だ!」
白龍皇の矜持に泥をかけてくるような行動を前にしてヴァーリも冷静ではいられない。
ヴァーリの拳が一誠の顔を叩き込まれる。兜が変形する程の威力であったが、一誠は殴られたままヴァーリの腕を掴んだ。ヴァーリはすぐに腕を引き抜こうとするが、一誠の握力がそれを許さない。
『白龍皇の鎧』が一誠の握力に指の形に凹んでいく。
「このっ!」
胴体に蹴りを打ち込んで怯まそうとするが、一誠の握力は緩まずそれどころか力が増す。
ヴァーリの体内に鈍い音が響く。一誠の握力により遂に腕は折られた。だが、それでも一誠は掴むのを止めない。ヴァーリの腕は肉も骨も圧縮されていく。このまま行けば今度は腕が千切れ飛ぶ。
一誠の複眼が強く輝いた時、肉が裂ける音がした。飛び散る血がヴァーリの白い鎧を汚す。
ヴァーリの視線の先、そこには皮一枚で繋がった状態の──一誠の腕。
二人の間に割って入ったシンの指が、一誠の腕を装甲ごと引き裂いたのだ。
胸に付けられた傷のお返しと言わんばかりに同じ技で一誠の片腕を奪ってみせたシン。
重傷だがアーシアかフェニックスの涙があれば何とかなる。そもそもそれぐらいのことをしなければ暴走した一誠は止まらない。
一誠の腕が半ば以上斬られたことでヴァーリの腕も解放される。指の跡がしっかりと残った腕部の装甲は反対の腕と比べるとかなり細くなっており、もう少し遅かったらヴァーリの腕は危うかった。
一誠は千切れかけた腕もシンもヴァーリにも視線を向けない。複眼のおかげで正面を向いていても真後ろ以外を確認することが出来る。
一誠は低く唸った後、何故か千切れかけた腕の断面をシンの方へ向けた。
腕の断面からは膨大な量の血が──出ていない。血の代わりに断面を満たすのは赤いオーラ。濃い密度のオーラが肉や骨を覆い隠している。
不味い、とシンは反射的に防御を固めてしまうが自身を照らすオーラの輝きを見てそれが失敗であったと悟らされる。
腕の断面を砲口代わりにして一誠はオーラの発射準備に入る。ドラゴンショットやドラゴンブラスターのように溜めたオーラではないが、『覇龍』状態でならただ放出させるだけでも相当な威力となる。
シンの顔を何一つ感情が込められていない冷たい赤いオーラが照らした。