至近距離で一誠の傷口という砲口から赤いオーラが放たれる。放たれたオーラは濁流のようであった。
濁流とは大雨の後に増水した川が色々なものを取り込んで激しく流れる際の名詞として使われるが、一誠の放出するオーラの荒々しさは正に濁流そのもの。そして、呑み込んだ相手を膨大なオーラの量で圧し、激しい流れによりその肉体を削るのも。
一度吞み込まれれば生身なら原型も分からないぐらいに潰し、削ぐ一誠の赤い濁流がシンに命中する寸前、ヴァーリが間に飛び込む。
全身から赤とは対極の白いオーラを発し、光翼を前方に折り畳んで全力を防御に注ぐ。
もし、ヴァーリを知る者がこれを見たら驚愕するだろう。ヴァーリが誰かを、しかも以前敵対したことがある相手を身を呈して守る姿に。
そして、もう一つ驚愕するだろう。ヴァーリが──
(ヴァーリってガードとか出来るのにゃ……)
(ヴァーリ様ってちゃんと防御とか出来るんですね……)
──攻め一辺倒のヴァーリが防御に専念する姿に。実際、彼の仲間である黒歌とルフェイは驚いていた。
ヴァーリが張り巡らせた白いオーラに一誠の赤いオーラが接触すると、赤いオーラは白いオーラの面に沿って飛び散っていく。
ヴァーリの防御によって二人は赤い濁流に呑まれることはなかった。だが、赤いオーラの圧によりヴァーリは後退させられていく。
両足でしっかりと地面を踏みつけるが、地面の方が柔いせいで抉りながら後ろに押される。
後ろに下がるヴァーリの背に当てられる両手。庇われたシンが彼を支え、これ以上下がらないようにする。
二人分の力により後退が止まる。放出する量に限界がるのか赤いオーラは段々と細まり、威力と押す力も弱まっていく。
もう少し耐えれば反撃に転じられると思われたその時、一際巨大なオーラが一誠の腕から撃ち出された。
ヴァーリは耐えようとするがオーラの量は桁外れのものであり、それが一気に押し寄せて来たので濁流の時のように踏ん張り切れず、足が地面から離れてしまいシンごと一緒に吹き飛ばされる。
威力と勢いが弱まったかと思われたが、あれは一誠が意図して弱めたもの。出す量を調整してオーラを腕に溜め、一気に吐き出した。
シンとヴァーリが飛んで行くのを見て一誠はオーラを放つのを止める。皮一枚で繋がっている腕を振る。傷口を合わせるというよりも砲口を閉じるような動作であった。
断面を合わせると鎧の部分が繋ぎ合わさり、腕が元の形に戻る。鎧の中は接合されていない筈なのだが、どういう原理か五指もきちんと動く。
鎧と一誠の体。どちらが本来の肉体なのか境界が曖昧になり始めている。
一誠があっさりと傷を治した一方で、赤いオーラによって吹き飛ばされたシンとヴァーリは必死に勢いを殺そうとしていた。
シンは地面に足を叩き付け、それをブレーキにするがヴァーリの時と同じ様に地面の方が柔いので埋まった足が地面を抉っていく。多少は減速させているが止めるには至らず。
ヴァーリの方も赤いオーラの威力を削ごうとしているが、両翼を盾にしてしまっているので翼を使っての減速は出来ない。
しかし、ヴァーリの手は赤いオーラに触れている。後はその時が来るまで耐えるだけ。
やがて──
『Divide!』
──ヴァーリの半減が発動し、赤いオーラの量が一気に減る。それに伴い吸収したオーラをそれにぶつけ、ようやく打ち消すことが出来た。
気付けば一誠から何百メートルも離されてしまっていた。
シンはブレーキの為に突き刺していた足を地面から抜く。強い摩擦のせいで履いていた靴はとっくに擦り切れてしまい、素足の方もボロボロになって血だらけになっている。
「目立った怪我がなくて何よりだ」
ヴァーリはシンの状態を確認してそう言う。ヴァーリ視点からすれば皮が剥がれた両足は怪我の内に入らないらしい。尤も、シンの方も似たような考えであり、足の怪我を気にも留めていない。
ヴァーリの方は十秒程赤いオーラの濁流に吞み込まれかけていたせいか鎧の至る箇所に亀裂や罅が生じている。特に防御に使っていた両翼は損傷が目立ち、赤いオーラにより翼の一部が削り取られている。
「……何で庇った?」
シンは身を呈して自分を守ったヴァーリに問う。今は共闘しているが、いずれはまた敵対するかもしれない相手だというのに。
シンの質問にヴァーリは訝しむ。
「俺を助けた君がそれを言うのか?」
立場としてはヴァーリも同じである。腕を千切られそうになった所をシンによって助けられた。ヴァーリからすればただ借りたものを返したに過ぎない。
「……腕」
「うん? ああ、これか」
ヴァーリはだらりと下がった腕を見せる。一誠の握力により骨は完全に折れていた。鎧の修復はすぐに出来るが骨折はすぐに出来ない。縮小の能力で治癒擬きをしようにも骨が繋がっていない状態なのでそれも無理である。
「ちょっと我慢しろ」
シンはそう告げ、折れている箇所を掴む。骨折した場所を掴まれているのにヴァーリは僅かに眉根を寄せただけであった。
シンの掴んだ掌から光が放たれる。治癒魔法が発動し、ヴァーリの骨折を治していく。
「色々万能だな」
「まだ練習中だ」
攻撃だけでなくこういった補助も出来るシンを感心する。シンの方は謙遜ではなく淡々と事実だけを語り、治療を続ける。噓偽りなく治癒魔法はまだ練習を重ねる必要があり、短時間だと応急手当程度にしかならない。
ある程度治癒魔法をかけるとヴァーリはシンの手から腕を抜く。
「ここまで治れば後は自分で出来る」
『Half Dimension!』
骨同士が薄くくっついたので残りは縮小により骨と骨の間の亀裂を限界まで縮める。骨折は瞬く間に治り、戦闘に支障がないレベルまでになる。
ヴァーリは治った腕の感触を確かめる為に手を数度開閉する。
「俺より万能だな」
「伊達に白龍皇はやっていないさ」
ヴァーリも一誠も方向性は違うが戦闘だけでなく補助も十分に出来る。ヴァーリはシンを万能と評したが、ヴァーリたちには負ける。
二人共すぐに戦いに復帰出来る状態になったが、シンは無言でヴァーリを見る。
「どうした?」
ヴァーリがその視線の意味を訊いてきたがシンは沈黙を続ける。
この時のシンは迷っていた。シンがキャスパーと共にしていた練習は実は治癒だけではない。自分とキャスパー以外にはまだ使っていない練習中のもう一つの魔法。それをヴァーリたちの前で使うかどうか数瞬だけ迷う。
しかし、すぐに天秤は傾く。優先すべきなのは一誠の命。他の問題や心配は取り敢えず後回しにする。
「──いや、次はもっと連携をしよう。一人一人ぶつかっていくだけだと勝てるものも勝てない」
「へぇ。君の方から共闘を持ち掛けてくるのか」
「状況が状況だ。仕方がない──そっちもライバルがこんな形で居なくなるのは嫌だろう?」
「──まあね」
ヴァーリは素直に頷く。今の一誠の強さにも興味があるのは本音だが、暴走していない一誠ときちんと決着をつけたいというのも本心である。
「そこで聞きたい。……助けられる見込みはあるか?」
闇雲に戦っていても無駄に消耗するだけ。低い可能性であったとしても何かしらの打開策、一筋の光明が欲しい。
「──だそうだ。だが、何か方法はないのか? アルビオン?」
内に居るアルビオンに策を求める。
『私も何度かドライグとの交信を試みているが繋がらない。恐らくは兵藤一誠の意識と一緒に深く眠らされているのだろう。今の奴を動かしているのはだだの本能だけだ』
「そうなると兵藤一誠かドライグの意識を戻せばいいということか?」
『ああ。だが、あの穢され、呪われた鎧がそれを阻んでいる。意識を復活させるにはあの鎧を完全に破壊するしかない』
「成程……『覇龍』の完全破壊か……」
想像以上の難易度の高さに続く言葉が出て来ない。シンもヴァーリも実際に戦ったからこそ分かる今の一誠の強さ。培ってきた戦いの技術は見る影もないが、それを補って余りある身体能力と能力の幅。しかも、軽い攻撃なら簡単に治してしまう。だからといって鎧を破壊する為の強力な攻撃をするには隙がない。
目標は出来たが、それを達成するには命懸け。改めて現実の厳しさを突き付けられている気分である。
『……もしくは救出は諦めてひたすら耐えるしかあるまい。兵藤一誠が自滅するその瞬間まで。あのまま戦えば……そう長くは持つまい』
アルビオンが出したもう一つの方法──一誠の命を諦め、自分たちが生還することを重視して一誠の命が尽きるまで逃げ延びること。
「こう言うのはなんだが……随分と弱腰の策だな」
アルビオンの提案にヴァーリの表情は変わらないが、言葉には不満が込められていた。
『気を悪くするな。明確に勝てる方法が無い今、一人でも生還者を出す為だけの方法を言っただけだ』
「……俺の『覇龍』で兵藤一誠を止められないか?」
『覇龍』には『覇龍』。ヴァーリ最大の切り札を使えば、もしかしたら一誠に対抗出来るかもしれない。
『止めておけ。暴走した兵藤一誠の『覇龍』は、ヴァーリ、お前の『覇龍』よりも強い……癪な話だが』
アルビオンも認めざるを得ない暴走した一誠の『覇龍』の強さ。アルビオンもヴァーリの『覇龍』の強さを良く知っている。そこにある大いなる未来への可能性も。だが、それに反するかのように一誠の『覇龍』は底が見えない。
過去の記録の中にない初めて誕生した未知なる『覇龍』。邪な企みにより大淫婦と堕ちた魔王の間に生まれ落ちた忌子。
暴走する『覇龍』に未来はない。ただ今あるものを全て消費し、力に変える。命懸けという言葉を最悪な形で体現しているのがあの『覇龍』である。比喩ではなく文字通り『必死』なのだから。
「止めておけか……そんな言葉で俺が止まると思っていないだろう? それなりの付き合い方だ」
ヴァーリがこう言うと分かっていたアルビオンは、ヴァーリの頭の中で盛大に溜息を吐く。普段は耳を傾けてくれるが、本当に肝心なところでは警告を聞いてくれない。
『……ならもう少しだけ体を休ませておけ。龍殺しの傷はその間私が何とかしておく』
「ああ、ありがとう。実は少し気になっていたんでね」
赤く染まっている足甲を見てヴァーリは苦笑する。我慢出来る痛みだが、地に足を着けた際に若干の違和感がある。その小さな違和感でも放っておけば致命的な隙を生むかもしれないので可能な限り治す。これから赴く戦いはそういうレベルなのだ。
「君ももう少し息を整えておいた方がいい」
動き出す寸前であったシンにヴァーリが声を掛ける。悠長に休んでいる暇はないが、だから焦った所で勝てる見込みは変わらない。寧ろ下がる可能性が高い。
ここから先は足並みを揃えて戦わなければならない。ヴァーリの協力は必須。声には出さないがそれは認めないといけない。
シンは無言でヴァーリを見る。彼の提案を聞き入れ、その時が来るまで体を休める。
この戦いで最初で最後の休憩。直にシンとヴァーリの戦いは再開される。
◇
「気付けば蚊帳の外だな、俺たちは。はははは、最初は俺たちが振り回していた筈なのにいつの間にか振り回される側だ」
「笑っている場合か、曹操。誰がどう見てもあの赤龍帝の姿は異常だ。話に聞く『覇龍』があれ程禍々しい筈がない。その矛先がいつ俺たちに向くのか分からないんだぞ?」
曹操は自分たち現状を笑っているが、ゲオルクは悪かった顔色を更に悪くして、数秒に一回は一誠の様子を窺っている。一誠の暴走した『覇龍』に明らかな恐れを見せていた。
「確かにな。こっちは悪魔が大嫌いな聖槍もある。敵と認識して排除しに掛かって来てもおかしくはない。やれやれ……シャルバもとんだ置き土産をしてくれるな。奴の往生際の悪さと死に際の汚さは伝説になるぞ」
死んで尚特大の呪いを残していったシャルバに愚痴を吐く。尤も、一誠の件に関しては背後に別の影を感じる。レオナルドのことといい十中八九マザーハーロットが関わっていると思われる。
相変わらず他人の人生を狂わすのが好きな悪女。その悪趣味っぷりはとても真似出来ない。
「結界の方はどれぐらい持ちそうだ?」
「幸いと言うべきかいくつかの起点は奇跡的に無事だ。……とはいえそんなもの関係なく破壊出来るだろうがな」
自分たちを含めて現実世界から隔離させているゲオルクの神滅具の禁手による結界は、内側からの強力な攻撃により何度も揺るがされているが、何とか保てられている。結界の要となっている起点が結界内に隠されているので、それが完全に破壊されない限りは結界が消えることはない。
ただ例外として規格外の攻撃を受けたとなると崩壊する危険はある。一誠のロンギヌススマッシャーなどはヴァーリが対処しなければ、今頃結界を内側から突き破られて結界を維持することは出来なかっただろう
思いもよらない展開の連続に辟易もしたが、今は結末を見届けたいという思いもある。ただ、どちらに転んだにせよ苦い結末しか待っていないという予感だけはあった。
「……俺たちは暇じゃないぞ」
曹操の内心を見抜いたゲオルクが眼鏡越しの目を細めて釘を刺して来る。ゲオルクも今回の戦いで相当ストレスが溜まっているらしく、その目の鋭さを見ただけで爆発寸前なのが伝わる。ここで何か一つ反論したら有無を言わさずに強制転移をさせられるだろう。
「分かっている──潮時だな。彼女の思惑に付き合う必要もない。だいそうじょうに怒られそうだ」
マザーハーロットの遊びに付き合えば、マザーハーロットを忌み嫌っているだいそうじょうから説教を貰うかもしれない。マザーハーロットは仕方がないとして、まだだいそうじょうとは敵対したくはない。
「タイミングは任せる。静かに、さりげなく逃げるとしよう」
「またそうやって簡単な風に言って俺に面倒な仕事を……」
グチグチと不満を呟きながらもゲオルクは逃走の為の準備に入る。その間、曹操はゲオルクが攻撃されないように守る必要があるが、どういう訳か聖槍を構えない。
曹操の目は一誠に向かっている集団を見ていた。
「暫くは彼女たちに任せるとしよう」
◇
纏わりつくシンとヴァーリを吹っ飛ばした一誠。だが、まだ倒し切れていないことを感じ取っていた。少し離れた場所には同等に危険なサイラオーグもいる。倒すにはこの時が最大の好機と直感する。
一誠が唸り、三人を同時に屠ろうと準備に入ろうとした瞬間、狙い澄ましたかのようなタイミングで頭上から雷光が降り注ぐ。
閃光が視界を白く焼き、轟音が鼓膜を突き抜ける。刹那に五感の内の二つを一時的に麻痺させた上に悪魔にとって毒である光を含んだ雷が一誠の鎧に落ちた。
稲光の閃光が消え、轟音が彼方へ飛んで行った後に残るのは鎧が黒く焼け焦げた一誠。
愛すべき者に全力の雷光を放ち、剰え焼死体のような姿に変えた張本人である朱乃はその表情を悲痛なものにする。
その直後、一誠の鎧から焦げた箇所が剥がれ落ち、下から真新しい鎧が現れると共に一誠が動き出す。朱乃の表情は一転して驚愕へと変わった。
朱乃の雷光が焼いたのは一誠の鎧の表層部分のみ。鎧の下まで届いていない。少し時間が経てば鎧は直り、脱皮するように焦げた表層部分は剥がしてしまう。
朱乃の一撃すらも無に帰してしまう再生速度。しかし、だからといって今の朱乃の一撃は全力であった訳ではない。本人の意識として全力だっただろう。だが、朱乃は無意識のうちに力を制限していた。もし、全力だったのなら一誠のダメージはもう少し深いものだった。
一誠と共に戦い、彼に思いを寄せているからこそ力に制限が入る。一誠を止めるに於いてその制限を取っ払うことが最初にすべきことなのだ。
ただ、命懸けの戦場であったとしても今まで共に戦って来たいきなり相手に武器を向けるのは、普通は出来ない。サイラオーグは己の立場があってこそ一誠と本気で戦え、ヴァーリはライバルであるから本気で戦え、シンは──何かしらの理由があって本気で戦えるのだ。
朱乃の初撃はダメージゼロという結果に終わってしまったが、一誠の注意を自分たちに向けることが出来た。
一誠の複眼がリアスたちを映す。その眼に見られた瞬間、震えと哀しみが同時に襲ってくる。『覇龍』という圧倒的強者に見られるという恐怖、そして一誠がどんな性格をしているのか知っているからこそ無機質の複眼との差に、そこに彼女らが知る一誠は居ないことを思い知らされる。
その現実を突き付けられながらも彼女たちは止まらない。
居ないのなら取り戻すだけのこと。
一誠はリアスたちを見ながらその手を上げる。何かしらの攻撃の前兆。しかし、一手遅い。既に一誠の頭上には複数の聖魔剣が展開されている。
木場は強く念じ、頭上に展開させている聖魔剣を射出させる。いつも以上に力が入る。でなければ頭の中に一誠との思い出が過り、迷いとなってしまうからだ。
一誠の体を串刺しにする勢いで撃ち出された聖魔剣。すると、赤黒い残像が走り、一誠を貫く筈であった聖魔剣が止まる。
見方を変えれば聖魔剣は確かに一誠を刺していた。一誠が伸ばした尻尾、それに聖魔剣が突き刺さり、一誠の体に届くのを阻む。
体の一部とはいえ尻尾に聖魔剣が刺さっても全く動じない一誠。それも驚くべきことなのだが、真に驚くべき点は一誠がたった一回尻尾を動かしただけで全ての聖魔剣を受け止めたことである。
展開から射出までの時間は短く、また距離も短かった。射出の速度は高速であり、また狙いもばらけさせていた。だが、一誠はそれを瞬時に把握して動かした尻尾を形を変えながら一筆書きのように聖魔剣の通過点に置いてあっさりと防いだ。
(速い! しかも正確だ!)
とても理性を失っているとは思えない迅速で正確な対応。或いは感情というものを全て省いたからこそ出来る動きがあれなのかもしれない。
聖魔剣による強襲は容易く防がれたが、まだ攻撃は終わっていない。『騎士』であるゼノヴィアは高速で左側から接近している。
一誠との距離は三メートル以上離れているが、ゼノヴィアのエクス・デュランダルならば十分射程圏内。一誠の真横に辿り着くと同時にエクス・デュランダルを振り抜き、聖なる気を横一閃に飛ばす。
音を超える光の斬撃が一誠に迫るが、一誠は四肢で地面を叩いて跳躍。聖なる気が届くタイミングと高さを正確に見極めた跳躍によりそれを敢えて紙一重で躱す。
だが、それを待っていた者が居た。一誠が跳躍するタイミングに合わせて跳ぶもう一つの影。
空中に跳び上がった一誠を斬り付けたのは木場。
(イッセー君!)
親友を全力で斬る。今まで数多のものを斬ってきた木場だが、これ程までに心に来たのは生まれて初めての経験であった。
聖魔剣の初撃は一誠の鎧に浅く食い込む。硬さと弾力を帯びた金属というよりも生物に近い感触。『赤龍帝の鎧』が変質しているのを聖魔剣を通じて感じ取るが、その情報以上に多大な精神負荷が圧し掛かってきて、一手出すだけで臓腑がひっくり返ったような吐き気を覚える。
(馬鹿か僕はっ!)
自己嫌悪に浸っている暇も余裕もない。誰よりも苦しんでいるのは一誠自身。一誠も今木場が感じているものを、もしかしたらそれ以上のものを感じているかもしれないというのに。
不甲斐なさから生まれる自分への怒りを力に変え、木場は一瞬の間に十を超える斬撃を一誠に打ち込む。
渾身の斬撃は袈裟斬り、逆袈裟、横薙ぎと剣の軌跡は異なるが、どの斬撃もある一点を通過している。一箇所に斬撃を集中させることにより、賽の目状の傷が出来ている鎧の一部が剝がれ落ちた。
いける、と思った瞬間強烈な殴打が木場の側頭部に打ち込まれた。一誠の裏拳をこめかみに受けた木場は数十メートルの距離を一瞬で飛ぶ。反射的に拳が伸びてくる方向に頭を動かして受け流してダメージを軽減させているにも関わらず。
光明を断つ無慈悲な拳。しかし、まだ希望は潰えていない。空中にいる一誠を狙い、掌を翳すリアス。
真紅の魔力が掌に集まり、球体となっていく。命中することを祈り、だが死なないことも願い、リアスは魔力を放つ。
丁度、木場への攻撃を与えた直後の一誠に迫るリアスの魔力。一誠の半身が魔力で紅に照らされる。
当たる、と誰もが思った瞬間一誠は空中を横に滑るように移動し、リアスの魔力を回避した。
暴走した一誠でさえも警戒する滅びの力。アザゼルの光の槍もそうだが効果的な攻撃に関しては過剰に反応する。本能一辺倒ではなく特定の攻撃に対する危機察知能力もある。だが、それよりも気にするべきは空中での不自然な移動。魔力の噴射もなかったのに空中を移動した。
一誠の足が地面に着いたように見えた次の瞬間に一誠は前進する。踏み込みの溜めすらないロープで前に引っ張られたのかと思えるぐらいの急発進。
予備動作の無い動きに木場もゼノヴィアも咄嗟に反応出来なかった。
前方に突進する一誠。その向かう先にはリアス。今の魔力によりリアスを最も危険な存在と認識した様子。
「ダメだ……! それだけはダメだ……!」
木場は泣くように叫んでいた。
一誠がリアスの命を奪う。それだけは決してあってはならない。そんなことがあれば一誠はもう二度と深い闇から戻って来られなくなる。
爪と顎を開き最愛の存在を排除しようとする暴龍。最早、回避は間に合わないと悟り、両手に真紅の魔力を溜めるリアス。
リアスは覚悟していた。自分の命が奪われるようなことがあれば一誠と共に散るつもりであった。心中覚悟の相打ちならば一誠にも滅びの力は届く。
悲痛な覚悟を胸にリアスは一誠を抱き締めるように両手を広げ、待ち構える。
刹那の後に待つ凄惨な光景が誰もの頭を過った瞬間、リアスの紅色の髪が舞った。
紅い髪を拳風で巻き上げながらリアスの顔の両側を光の槍と剛拳が通る。光の槍は一誠の肩に突き刺さり、拳は飛び掛かる一誠の顔面を打ち砕き、飛び掛かって来た勢いを利用してそれ以上の速度で殴り返した。
「若い奴がそんな覚悟するんじゃねぇよ」
「覚悟を決めるにはまだ全てを出し尽くしていないぞ? 俺もお前もお前の眷属も」
「アザゼル、サイラオーグ……」
間一髪のタイミングで迎撃してみせたアザゼルとサイラオーグ。アザゼルはリアスを叱り、サイラオーグは彼女を安心させるような微笑を見せる。
「少し遅れた。すまんな」
「貴方たち、大丈夫なの……?」
サイラオーグが一誠に強烈な打撃を受けて殴り飛ばされているのを知っている。何かしらの大きな怪我を負っていてもおかしくない。
アザゼルの方も騎士ドラゴンにかなり苦戦を強いられたせいか鎧が半壊状態であった。
「この程度の痛み、怪我には入らん」
「どっちにしろ時間制限有りだ。使い切るならこのタイミングだな」
サイラオーグは暗に怪我をしていると告げているが、痛くないから怪我ではないと無茶な理屈を述べている。実際、あばら骨の何本かが罅と骨折しており常人ならばのたうち回っているが、サイラオーグは顔色一つ変えずにいる。
「……無茶をしないで。貴方に何かあったら貴方のお母様に申し訳が立たないわ」
「それはこっちの台詞だ。俺もお前の家族に申し訳が立たん」
どちらも譲るつもりはないのを確認するとこれ以上話し合っても意味は無いと悟り、肩を並べる。
「おーい。こっちの心配をもっとしてくれー」
「貴方は私たちの先生じゃない。心配してくれる立場じゃないの?」
「へいへい。先生は辛いなー」
リアスは少しだけ気持ちが軽くなる。それ程までにアザゼルとサイラオーグの存在が頼もしい。主という立場故に眷属たちに頼りっきりになることは出来ないが、そうでない立場の相手だからこそ素直に頼ることが出来る。
「──手を貸して。私はイッセーを取り戻したい」
「言われるまでもない。俺も今の兵藤一誠は好まん」
「いつまでも玩具にされちゃあ、イッセーの奴も可哀そうだ」
アザゼルとサイラオーグも戦いに加わり、戦力の厚みが増す。
一誠の方はサイラオーグの拳をもろに顔面に受け、仰向けに倒れている。だが、すぐに両膝が浮き上がり、続いて上半身が持ち上がっていき、両足の位置が変わらないまま立ち上がる。
光の槍を乱暴に引き抜く。槍の痕とサイラオーグの拳を受けた箇所は破損していたが、すぐに金属同士が繋ぎ合わさり修復される。
何度も見た光景だが、攻撃を受ける度に壊された箇所が直っていく様子は中々に精神的疲労を覚える。自分たちがやって来たことは徒労だ、と突き付けているようで精神が消耗させられる。
ギュオアアアアァァァァ
一誠が鳴く。威嚇しているというよりも遠吠えのような鳴き声であった。すると、一誠に向かって赤黒い粉状の物質が集まっていく。
「何なの? あれは……」
粉状の物質は一誠に集まっていくと鎧の隙間から吸い込まれていく。全て吸い込み終えると一誠は天を仰ぎ、両手を広げる。
一誠の背中から開く髑髏の翅。小型ドラゴンを生み出す為に使用した翅が復活した。
吸収していた粉状の物質はリアスたちが倒した小型ドラゴンたちの残骸。完全に消滅した訳ではなく塵状になって放置されていたが、今の一誠の鳴き声により再び動き出し、本体に還った。
また三種の小型ドラゴンたちによる攻撃が始まるのかと身構えるが、一誠が行ったのは両翅を羽ばたかせるというもの。
しかし、その羽ばたきは普通ではない。一度羽ばたけば警報レベルの強風が起こり、二度羽ばたけば台風クラスの風が瞬間的に起こされる。
「くぅ!」
リアスは地面に爪先を食い込ませ、前のめりの体勢で風に耐える。前に倒れ込むぐらいの前傾姿勢でなければ風に吹き飛ばされてしまう。
最前線にいた木場とゼノヴィアも強風に押され、リアスたちの居る場所まで押し返されてしまう。
強風に乗じて攻撃を仕掛けて来ることは明白。対処しなければならないと分かっていても風がリアスたちの自由を奪う。
リアスたちの予測が正しかったことを証明するかのように一誠は両手の五指を開く。指先に灯る赤黒い光。小さいながらも高密度の魔力が集まっている。
一誠はそれを風に乗せてリアスたちに放つ。当たれば木端微塵に吹き飛ばされる魔力が割れないシャボン玉のような複雑且つ高速の動きで風の軌道に沿って飛んで来る。
まともに目を開けていられない状況で対処するのは非常に困難であり、そもそもその時間すらも与えてくれない。
リアスたちを窮地に追い込もうとする強風。しかし、次の瞬間にはその風が噓のように消えた。
全員思わず前に倒れ込みそうになるのを全員耐える。
何故、風が止んだのか。リアスたちは風を起こしていた一誠を見る。そして知った。風は止んだのではない。風は向きを変え、風を起こしていた一誠に牙を剥いていた。
リアスたちに放った筈の魔力の球は風によって方向を変え、一誠に命中し、自分自身の力によって吹っ飛ばされる。
何故急に風向きが変わったのか。全員すぐに察する。『覇龍』の起こす風を逆に操る芸当が出来るのは、天候操作に精通し同等の力を持つ者にしか出来ない。
リアスたちはすぐにデュリオを見た。デュリオはリアスのたちの視線に気付いて軽く手を振る。
「全くとんでもない奴だ」
サイラオーグはデュリオの力に戦慄と敬意を抱く。離れた場所で治療中のライザーを守りながらリアスたちのサポートまでこなす。聖槍に次ぐ神滅具の名に恥じない幅広い能力。尤も、それは優秀な使い手が居てこそ。デュリオは『煌天雷獄』の能力を限界まで引き出している。
デュリオのサポートにより一誠は自身でも予期せぬダメージを受けた。鎧の所々に罅が入っており、まだ修復されていない。
畳み掛けるには今しかない。だが、一誠もそれが分かっているのか両手を突き出し、何かを仕掛けようとする。攻撃されるよりもこちらが先に攻撃する。防御を捨てた攻撃の体勢。
このままでは相打ちになる、と誰もが思った時、一誠の動きが急にギクシャクしたものになった。
「今よ!」
号令を掛けたのはイリナ。
イリナはずっと考えていた。『擬態の聖剣』を持っているがゼノヴィアや木場の剣には一歩劣り、火力の方もリアスや朱乃に敵わない。そんな自分がどうやって一誠を助ける為の役に立てるのか。
考え、待ち、その時は遂にやって来た。
イリナは『擬態の聖剣』は視認出来ないレベルで細め、密かに一誠へ伸ばしていた。『擬態』という名に相応しく聖剣が持つ聖なる気すらも隠して。
伸ばした聖剣を一誠の鎧に張り巡らせる。一誠に違和感を抱かせないくらい極細であり、蜘蛛の巣が体に付いた時よりも感じない。
そうやって仕込んでおいたものをこのタイミングで発動。聖なる気を一気に送ることで極細の剣の強度が増し、一時的にだが一誠の動きを阻害する。
しかし、それも僅かな時間だけ。極限まで細めているので一誠が全身に力を込めればすぐに引き千切られる。
リアスたちはイリナが生んだこの刹那の隙を無駄にしない。
リアスが、朱乃が、木場が、ゼノヴィアが、アザゼルが、サイラオーグが持てる力を全て出し切る。
数え切れない程の聖魔剣が射出され、天を衝くような巨大な聖なるオーラが振り下ろされ、空を光らす程の雷光が降り注ぎ、触れるもの全てを消滅させる紅の魔力が放たれ、直視出来ない程に輝く光の槍が投擲され、万物全て粉砕する闘気の拳が繰り出される。
それら全てが一誠一点に集まり、眩い閃光が発生する。
一誠を救う為とはいえ一切の手加減をしていない。これはリアスたちにとって賭けであった。上手く行けば『覇龍』を完全破壊出来るが、下手をすれば一誠そのものが無くなってしまう。
光が収まった時、彼女たちが見たものは──
「そん……な……!」
──自らを翅で囲い全ての攻撃を防ぎ切った一誠の健在。最大の好機もイチかバチかの賭けも最初から無意味だったことを告げる現実。
彼女たちは一つ勘違いをしていた。今の一誠の中で最も硬い部位は鎧ではなくこの翅である。赤龍帝とある存在の力が最も混じった部位。変幻自在に形を変えながらもその硬度は如何なる攻撃にも耐えうる。
リアスたちの攻撃を全て受け切った一誠はそのまま反撃に転じる。変幻自在の翅が形を変え、砲身を形成。それは『龍牙の僧侶』の砲身である。しかも、『龍牙の僧侶』時は二門だったのに対し、こちらはそれ以上の砲身があった。
砲身に即座にオーラが充填され、砲口から赤黒い光が漏れる。展開から準備、発射までの時間が早く、相手に考える時間を与えない。しかも、光が出ている砲口は約半分。残りは砲口から銀色の弾頭が覗いている。こちらはオーラではなく実体弾であり、弾頭部分はアスカロンと同じ性質を持っていた。
非実体と実体のある攻撃を組み合わせることでどちらの攻撃に対しても防御特化出来ないようにする悪質な攻撃。
防御も回避も選択する猶予はない。
アザゼルとサイラオーグが前に出て自分の身を盾にしようとする。そんな彼らをリアスが止めようとするが間に合わない。
慈悲と容赦の無い無差別砲撃が発射され──
「赤龍帝、ドライグ。何? その姿?」
いつからそこに居たのか。彼女が声を発するまで誰も気付かなかった。今まさに発射される砲口の前に立つ黒い少女──オーフィス。
「混沌の『覇龍』……我、その姿、好ましくない」
オーフィスは小さな手で拳を作る。
「だから──戻す」
翅に打つ小さな拳が、全ての砲身を一撃で破壊する。