ハイスクールD³   作:K/K

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打明、四人

 ヘルズエンジェルに轢かれながら一誠は暗いトンネルを抜ける。抜けた先に待つのは荒野。乾いた大地には草一本生えておらず、大きな岩や無機質な丘が見えるだけ。空は青空ではなく赤と緑が混じった色をしており、その二色が一瞬も止まることなく流れ続けていく。

 狂った色をした空からは常に赤雷が降り注いでおり、乾いた大地の何処かへ落雷をしている。

 凡そ生という言葉とは無縁の不毛な荒野。生ある者は一誠とヘルズエンジェルしか存在しない。尤も、その両者も生者か微妙なところはある。

 この空間は魔人によって創り出された特殊な空間であり、主に魔人が特定の相手を引き摺り込み、隔離する為に用いる。また他の魔人の横槍を防ぐ為のものであり、脱出するには例外を除いて空間を創造した魔人が許可を出すか、魔人を倒すかの二つしかない。

 ヘルズエンジェルは穴を抜けても一誠を轢き続ける。このまま固い大地で一誠を擦り減らそうとしているのかもしれない。

 一誠は音を超える速度で削られながらもその手を自分に押し当てられている炎の前輪に伸ばす。

 一誠の手が前輪を掴む寸前、ヘルズエンジェルは急停止する。前輪が一誠を地面に押し付けたまま後輪が急ブレーキにより持ち上がる。

 ヘルズエンジェルは急ブレーキを利用し、後輪が垂直になるまで上げる。バイクが真っ直ぐ立つとヘルズエンジェルはハンドルを切り、前後を入れ替えた。

 ヘルズエンジェルはハンドルから手を離し、ハンドルにもたれかかりながら足元の一誠を見下ろす。

 

「こんなものかぁ? 今の赤龍帝ってのは?」

 

 心底失望したように一誠へ問い掛けるが、一誠からの答えは無い。

 

「つまらん! 操り人形か!? しかも木偶の!?」

 

 ヘルズエンジェルは怒りで一人熱くなる。怒りをぶつけるのはヘルズエンジェルにとっての自己表現のようなものであり、同時に対話でもある。怒りを向けても虚無の反応を示す一誠にヘルズエンジェルの怒りは加速する。

 

「誰の仕業だ! あの淫売か!? 反吐が出る!」

 

 悪意ある手口にすぐに黒幕が誰かに気付き、名を出すことも嫌悪するように吐き捨てる。

 

「お前たちはそれでいいのか!? 無様な木偶人形のままで! まだお前たちの怒りが残っているのなら俺に見せてみろっ!」

 

 恫喝するヘルズエンジェル。彼の怒りのボルテージに合わせて炎のタイヤの熱が増していき、前輪が押し付けられている一誠の胸部装甲はその熱により泡が生じ始める。

 ヘルズエンジェルの恫喝を浴びせられても一誠の態度に変化は無し。寧ろ、止まったことを好機と捉えたのか翅から黒い鱗粉──極小の異形のドラゴンたちを飛ばす。

 大きな掌の上に乗せられているかのようにヘルズエンジェルに四方から伸びる黒い鱗粉。そのまま閉ざされれば龍の鱗すらも食い尽くす悪食らによりヘルズエンジェルは食い散らかされる。

 

「──はっ」

 

 ヘルズエンジェルはこの状況を一笑する。彼を追い込むには迫力も威力も、そして何よりも怒りが足りていない。

 

「この程度の怒りで俺が止められると思うなぁぁぁ!」

 

 ヘルズエンジェルの背中から一対の炎の翼が広がる。アフターファイヤーのように一瞬で消えるそれはヘルズエンジェルの怒りの顕れ。

 ヘルズエンジェルの憤怒によってバイクから放たれる地獄の業火は、ヘルズエンジェルに纏わりつこうとしていた異形のドラゴンたちを一瞬にして焼き尽くす。

 灰すら残らずに蒸発させた炎は、一誠をも呑み込もうとする。一誠は翅を閉じ、ヘルズエンジェルの炎を耐える。

 一誠は数秒後翅を開く。中の一誠は無傷であった。しかし、ヘルズエンジェルの炎は通り過ぎていくのは一瞬であったが、一誠周辺の土は高熱によって溶け、ガラスのような光沢を放つ箇所が幾つも出来る。

 

「ふん! 無様な割には随分と立派なものを背負っているなぁ! 似合ってないぞ!」

 

 一誠の翅を嘲笑するヘルズエンジェル。やはりと言うべきか、一誠の反応は無のままであった。

 

「今代の赤龍帝は礼儀を知らんらしい! それとも言葉も耳も通じないのか!?」

 

 ヘルズエンジェルの言動がまたヒートアップしていく。先程から怒声しか発しないヘルズエンジェル。もしかしたら、相手に怒りをぶつけるのが彼なりのコミュニケーションの取り方なのかもしれない。ただ、暴走して精神を囚われている一誠の反応は虚無そのものなので、上手くコミュニケーションが行かずに苛立っている可能性が出て来る。

 全く反応無しの一誠に、ヘルズエンジェルは深々と溜息を吐く。初めて怒り以外の態度を示した。

 

「何を言っても無駄か……」

 

 ヘルズエンジェルは徐にバイクのハンドルを握る。

 

「なら──」

 

 そして、アクセルを限界まで回す。

 

「肉体言語ならどうだぁぁぁぁ!」

 

 一旦静まったかと思えた怒りが倍以上になって沸き立ち、バイクを急加速させると瞬間移動かと見間違えるスピードで一誠を撥ねた。

 目撃者が居れば、ヘルズエンジェルが叫んだ瞬間には一誠が錐揉みしながら打ち上がっている異常な光景を目撃しただろう。

 ヘルズエンジェルは一誠を撥ね上げた後、そのまま突っ走らずにその場で停車。落下してきた一誠が地面に落ちる寸前に急ターンをして後輪で一誠を殴打。

 音速の一撃により荒野に赤い影が何度も跳ねていく。数百メートルを一拍で通り過ぎていく一誠をヘルズエンジェルは見送っていた。

 ヘルズエンジェルからすればその程度の距離、瞬きよりも速く駆け抜けることも可能だが追撃はしない。正確に言えば追撃出来なかった。ヘルズエンジェルの顔面の半分が砕け散っていた為に。

 顔の半分を失ってもヘルズエンジェルが激昂することはなかった。逆に気味の悪さを覚えるぐらいに大人しい。ヘルズエンジェルという魔人はどうにも感情の振り幅が大きく、そのせいか冷静か怒るの二種類ぐらいしか感情が見えない。

 何があったのかをヘルズエンジェルは冷静に分析をした。

 一誠の体に後輪が接触すると同時に一誠は拳からオーラを放ち、ヘルズエンジェルの顔面を消滅させた。凄まじいスピードを誇るヘルズエンジェルだが、攻撃で接触する際はどうしても動きが止まる瞬間がある。刹那の間しかない極めて短時間だが、一誠はその刹那の間に攻撃をしたのだ。

 命知らずのタイミングの見極め。少しでも早ければヘルズエンジェルは気付いて攻撃を躱していたし、遅ければ攻撃をする前に殴り飛ばされていた。普通ならこのどちらかだが、感情を押し殺され傀儡となった一誠だからこそ捨て身の反撃を成功させられた。

 ヘルズエンジェルは何があったのかを高速で把握すると、宙に向けて右手の人差し指と中指を立てる。ジジジ、と音を立てて指の間に炎が起こり、逆再生のように炎が一本のシガーを作り出す。

 ヘルズエンジェルはシガーを咥え、ひとりでに火が点いたシガーを一息吸う。すると、ヘルズエンジェルの失われた頭部の断面から炎が噴き出し、炎は骨となり失った部分を完全に復元させる。

 顔が治るとヘルズエンジェルは火の粉が混じった紫煙を吐き出した。

 

「こいつはフェニックス産だ。中々の上モノだぞ」

 

 距離からして聞こえないだろう一誠に勝手にシガーの説明をする。

 

「青臭い部分もあるがな」

 

 そう言いもう一度シガーを吸うと半ばまで焼失する。ヘルズエンジェルはシガーを咥えた歯の隙間から再び紫煙を吐いた。

 

「背に腹は代えられないとはいえ、俺があの小僧と契約をする羽目になるとはな。魔人の生は何が起こるか分らん」

 

 自分の身に起きたイレギュラーを楽しんでいるのか腹立てているのか、感情が掴み辛い淡々とした口調であった。

 過去に堕天使たちとその協力者らによりコキュートスの最奥へ封印されたヘルズエンジェル。時間の感覚をも忘れる凍てついた闇の中でただ燻り続けていたが、忌々しい同類の手により力だけを抜き取られ、使い捨ての駒にされた。

 今もまだコキュートスにはヘルズエンジェルの抜け殻が残されているが、ヘルズエンジェルを駒にした者たちは一つだけ勘違いをしている。

 コキュートスで封じられているヘルズエンジェルは本体ではない。あれは殻である。ヘルズエンジェルの本体というべきか正体は怒りそのもの。

 尽きることのない怒りの炎。この世の何もかも、自分を含んだ全てに怒りを向ける存在。

 だが、殻と本体を切り離された時に自分が何者かを忘れてしまい、怒りの核のようなものを失ってしまい、ただの暴れ狂う力の塊に成り下がってしまった。

 一誠やシンたちとの戦いで消耗し、オーフィスにとどめの一撃を与えられて無様に消失するのを待つだけであったが、一つの幸運が訪れる。

 彼の前に炎と怒りを宿した存在──ライザーが現れたのだ。意識はなくともその怒りに惹かれていたヘルズエンジェルは、粉々にされて小さな火の粉になっても引き寄せられ、ライザーの身に落ちた。

 瀕死状態になり何も為すことが出来ず、行き場を失った無念の怒りを激しく燃やすライザーの魂に触れ、ヘルズエンジェルは己が何者であったかを思い出す。

 そして、ヘルズエンジェルは求めた、その怒りを。

 契約書がある訳ではなく言葉だけで交わされた口約束。ヘルズエンジェルは自分以外を信じないし、信じるに値しない存在と思っている。しかし、怒りだけは信じる。魂の奥底から噴き出すもの、それが怒り。ヘルズエンジェルはライザーの中の怒りを信じた。

 ライザーは了承したが当然ながら代償を求めた。ヘルズエンジェルもまたそれを了承した。断れる立場ではなかった。

 吹けば消えそうなヘルズエンジェルと死に掛けのライザーが交わした契約は二つ。

 一つ目は今後ライザーの頼みを最優先に叶えること。ヘルズエンジェルからすれば首輪を付けられたのも同然であり強い屈辱とそれと同等の怒りを覚えるが、首を縦に振らざるを得なかった。

 この契約は少なくともライザーが死ぬまで続く。

 抜け目なくもう一つ契約をさせられたが、ヘルズエンジェルはそれを呑むしかなかった。

 ヘルズエンジェルはライザーと契約を結び、ライザーの怒りを核として見事に完全復活を遂げた。フェニックスの炎を取り込んだ影響か、以前には無かった翼のように噴き出す炎やフェニックス固有の再生能力を手に入れた。

 そして、晴れてライザーに従う立場となったヘルズエンジェルが最初に頼まれたこと。それはヘルズエンジェルの生の中で最も無縁の行為であった。

 その内容を思い出し、咥えていたシガーを一気に灰にする。

 

「……ドライグに赤龍帝。一度しか言わん」

 

 溜まっていた紫煙を唾のように吐き捨てる。

 

「お前たちを俺が()()()()()……クソッ! 反吐が出る!」

 

 潜まっていた怒りが今の台詞により着火。一瞬にして激怒という大火になる。

 ヘルズエンジェルの憤怒に呼応してバイクのタイヤは炎を激しさを増し、マフラーから火が噴き出す。アクセルを回し、唸りを上げるエキゾーストノート。バイクの全てがヘルズエンジェルの怒りを具現化させる。

 

「ドライグ! 赤龍帝! 俺に助けられたことを──」

 

 ヘルズエンジェルがバイクを走らせる。スピードはゼロからマックスまで過程を飛ばして到達し、起き上がっている一誠の目の前に瞬時に移動する。

 バイクごと跳躍し、車体ごと突っ込む。

 

「死ぬ程後悔しろっ!」

 

 

 ◇

 

 

 ヘルズエンジェルが一誠を異空間に連れ去ってしまってから数秒間の沈黙が降りた。急なことが起こり過ぎて状況の整理が追い付かず、誰もが何とか現状を把握しようと努力している。

 

「先ずは……アーシアたちの様子を確認しましょう……」

 

 最初に声を出したのはリアスであった。眷属たちの王として誰よりも冷静に務めている──という訳ではない。明らかに目の焦点が合っていなかった。もしかしたら、ショックなことが重なり過ぎて感情と思考がオーバーフローを起こしてしまい、逆に落ち着いているように見えてしまっているのかもしれない。

 リアスの危うい精神状態を感じ取り、全員黙ってその指示に従う。幸い、言っていることは間違っていないので口を挟む理由もない。それに先程の一戦でサイラオーグが負傷している。一刻も早くアーシアの治癒を受ける必要があった。

 皮肉にもヘルズエンジェルが最大の障害となってしまった一誠を取り除いたことで何の問題もなくアーシアたちの許へ行ける。

 懸念点としては存在感を消している曹操たちのことだが──

 

「……見当たらないな」

 

 ──ヴァーリが気を利かせて既に周りを確認していた。その結果、曹操たちを発見出来なかった。どさくさに紛れて逃走したと考えられるが、傍に結界のスペシャリストであるゲオルクが居る。身を隠して隙を窺っている可能性も捨て切れない。

 

「警戒は俺がしておく」

 

 ヴァーリがシンに小声で告げる。シンは任せたという言葉の代わりに頷く。

 リアスたちとアーシアたちの合流は呆気無い程問題無く済んだ。

 

「皆……無事のようね」

 

 アーシアたちの生存と無傷なのを見て、リアスは安堵の息を吐く。死んでいた目も少しだけ輝きを取り戻した。

 

「リアス様……」

 

 レイヴェルが泣きそうな声。レイヴェルはリアスの傍に来ると縋るように抱き着く。

 

「ライザーお兄様が……お兄様が……!」

「落ち着いて。ライザーが──」

 

 リアスは治療中のライザーを見て言葉を失った。重傷であった傷は完全に閉じている。呼吸もしている。しかし、リアスたちが目を離していた間に何が起こったのか、ライザーの金髪は真っ白になり、全身から生気が完全に抜け落ちている。生きている筈なのに死んでいる、燃え尽きた灰を集めて固めたような姿、それが今のライザーの印象であった。

 ライザーのその姿に人知れずシンの眉間に皺が寄る。

 

「呼吸をしています……心臓も動いています……でも……目を覚まさないのです……! 冷たいんです……! フェニックスの力を……炎を感じないんです……!」

 

 何が起こっているのか理解出来ず、レイヴェルは泣き続ける。

 

「何が起きた? あの火柱の近くにいたんだよな? 間近であれをみたんだよな?」

 

 アザゼルは酷だと分かっていても詳細を確認する。今は少しでも情報をかき集めないといけない。

 

「分かりません……急にライザーさんの体から火が噴出したかと思えば、中から突然現れて……」

 

 泣き崩れてしまったレイヴェルの代わりにアーシアが当時の状況を説明する。

 

「火が治まった後にライザーさんを見たら傷は塞がっていたんです。でも……」

「……今のこいつの気は殆どないにゃー。殆ど死人と変わらないにゃー」

 

 傷が治っても目を覚まさないライザーの状態を黒歌が確認した所、ライザーの体内に流れる気を殆ど感じ取れなかった。生命維持に必要な最低限の分しか気が流れていない。

 

「あの魔人さんが全てを持って行ってしまったみたいです……呪いも命も何もかも」

 

 ルフェイがそう分析する。ヘルズエンジェルが復活した際に間違いなくライザーの力を利用した。そして、同時にライザーを蝕んでいた呪いすらも奪っていった。それによりライザーの傷は塞がれたが、それ以外も殆ど奪い去ってしまったせいかライザーは意識不明という代償を払わされた。

 

「……くそっ」

 

 デュリオは短く吐き捨てる。予兆はあった。あの一瞬の微かな悪寒。あれこそがヘルズエンジェルがライザーに潜んだ瞬間である。だが、デュリオはそれを見過ごした。直感を信じ切れなかった。

 己の失態をデュリオは責める。本人は悔やんでいるが、それを話した所で誰も彼を責めないだろう。そもそも殆ど消えかけていたヘルズエンジェルの残滓を感じ取れた時点で大したものなのだ。周りに至っては予兆すら感じられなかった。

 

「あいつ、他人に寄生して全部分捕るような能力まで持っていたのかよ……」

 

 過去に戦闘経験があるアザゼルはヘルズエンジェルの知らない能力に戸惑う。しかし、言葉にして違和感を覚えた。ヘルズエンジェルとは一度しか戦っていない──一回きりで十分だが──が、ヘルズエンジェルの性格と行動と比較してその能力が合っていないような気がする。

 

「オーフィス、お前も知っていたか?」

 

 自分よりも遥かに長い時を生きる生き字引のような存在であるオーフィスに確認する。

 

「我も初めて見た。知っていたら、我ももっと徹底する」

 

 写し身となったヘルズエンジェルを木っ端微塵に砕いたのはオーフィスである。彼女が言うように事前に知っていたら火の粉すら残さず完全消滅させていただろう。

 

「ヘルズエンジェルは……」

 

 オーフィスの次の言葉に全員が耳を傾ける。

 

「魔人の中で一番うるさい」

「……だろうな」

 

 周知の事実にアザゼルは頷くしかない。

 

「魔人の中で一番理不尽を嫌う。だから、いつも怒っている。ヘルズエンジェルは理不尽を消せない自分と理不尽な世界に怒っている」

 

 聞かされている者たちは何とも言えない表情になる。理不尽を嫌う理不尽の権化が、そんな感傷的な面を持っていることを想像もつかなかったからだ。

 

「つまり……何が言いたいんだ?」

「ヘルズエンジェル、自分が嫌なことはしない」

 

 この場合の嫌なことは他人の力を奪い尽くして蘇生することを指すと思われる。しかし、現にヘルズエンジェルは復活している。そうなると、ある仮説が出て来る。

 

「……ライザーの奴、もしかして同意して力を与えたのか?」

 

 奪われたのではなく分け与えたとしたら。そう考え出すとヘルズエンジェルの不自然な行動が理解出来る気がする。

 そもそも復活したヘルズエンジェルは何故真っ先に一誠を狙ったのか。しかも、異空間に連れて行ってしまった。暴れたいだけなら相手を選ぶことも隔離をする必要もない。

 一直線に一誠に向かったのは最初からターゲットにしていたからなのでは。異空間に連れて行ったのはこちらが巻き込まれないようにしたからでは。

 そのどちらからもヘルズエンジェルの意思を感じない。あまりに不似合い。付き合いは非常に浅いが、そんな気遣いをする奴ではないのは理解が浅くても分かる。

 都合の良い考え方かもしれないが、らしくないヘルズエンジェルの行動が積み重なると自然そのような答えが出て来る。

 

「もしそうだとしたら、ライザーはヘルズエンジェルと何かしらの契約を交わしているかもしれんな」

 

 悪魔にとって契約は重要である。ましてや、ヘルズエンジェルも切羽詰まった状況。ライザー側にとってかなり有利な条件での契約を結んだ可能性がある。

 そう考えるとヘルズエンジェルの不自然な行動も説明がつくかもしれない。

 

「お兄様が……魔人と契約を……?」

 

 レイヴェルは泣くのを止め、信じられないといった表情になる。

 

「そうだとしたら前代未聞だな。どれだけ言うことを聞くかは知らんが、首輪を一つ填めれたかもしれん」

 

 尤も、味方になったと楽観的には考えない。せいぜい敵の敵というポジションになったぐらいである。

 

「お兄様は……大丈夫なのでしょうか……?」

「正直に言うと分らん。だが、意識不明だがライザーは生きている。もしかしたら、契約の内容にライザーの命を保障するものを入れていたのかもしれん。もし、あいつが最初からライザーの力が目的なら根こそぎ奪って灰すら残さなかった筈だ」

 

 他者の命に頓着する奴ではないという負の信用。それを聞き、シンの眉間に寄っていた皺が消える。

 考えることやすべきこと、やることは沢山ある。幸い、それらについて考える猶予は出来た。

 一旦整理しようとした矢先──不穏な音が空間内に響き渡る。

 グオォォォォォンという怪獣の遠吠えのような音。音は頭上から聞こえて来ており、見上げると空に断裂が生じている。

 それを皮切りにして空間の一部が歪み出し、建造物が独りでに崩壊し出す。

 

「くそっ! 結界が崩壊し始めた! 曹操たちめ! 結界の制御を放棄したな!」

 

 維持する者が居なければ自壊していくのは明白。とはいえこれで曹操たちが完全に離脱したことが証明される。

 

「これからって時に急かすようなことしやがって! どいつもこいつも自重しろ!」

 

 少しはあった猶予が一気になくなり、アザゼルは怒りのまま叫ぶ。

 ゲオルクが結界の制御を放棄したので転移魔法陣を使用すれば、この結界からは脱出出来る。しかし、そうなると一誠という問題が残ってしまう。

 どうする、という考えが全員の頭を埋め尽くす。結界から脱出するのは勿論のことだが、一誠も放ってはおけない。

 しかし、決めようにも残された時間は少ない。

 

「二手に分かれましょう」

 

 混乱する状況の中を一切の感情の揺れの無い声が通り抜けていく。大きい声ではなかったのに全員の耳に滑り込むように入って来た。

 

「脱出して冥界に向かうチームと救出に向かうチームに」

 

 誰もが迷う中で出された提案。その内容と発言には躊躇いは無かった。

 

「何を言っている?」

「何を言っているの?」

 

 発言者であるシンに対し、リアスとアザゼルは正気を疑うような言葉を掛ける。

 

「部長たちは冥界に。俺とオーフィス、そして……ヴァーリがイッセーを救けに向かいます」

 

 二人の声を無視し話を先に進める。

 

「いいか?」

 

 勝手に同行者として選んだオーフィスとヴァーリに後から確認をとる。

 

「我、構わない」

「こっちもだ。最善のメンバーだな」

 

 オーフィスとヴァーリに不満は無く、シンに賛成する。

 

「オーフィス。あの魔人が開けた穴をもう一度を開けられるか?」

「出来る。我、同じ異空間に行ったことがある」

 

 某戦闘狂魔人にタイマンを挑まれた際に無理矢理引き込まれた過去がある。オーフィスは戦う気が無かったので適当にダメージを与えた後にさっさと脱出をしたが。

 

「待って! 待ちなさい! 勝手に決めないで! 話を進めないで!」

 

 それにリアスが異を唱える。

 

「どうしても貴方たちだけなの!? イッセーを救けるなら全員で行くべきだわ!」

「ダメです。冥界も今、窮地に陥っている筈です。そちらにも向かうべきです」

 

 リアスの意見をシンは真っ向から反発する。

 

「……全部って訳じゃないが俺もリアスの意見に賛成だ。そもそも向かわせる人数が少な過ぎる」

 

 アザゼルも話に加わり、リアスの援護をする。

 

「一番あいつを助けられると思った人選をしたまでです」

「その根拠は何だよ?」

「直感です」

「ふざけてんのか……? てめぇ……」

 

 アザゼルが前に出てほぼゼロ距離でシンと睨み合う。アザゼルが本気で怒っていることに他のメンバーは息を呑む。しかし、アザゼルの本気の怒気を浴びられてもシンは視線を外すことをしなかった。

 

「そう悪くないとは思いますが? ドラゴンにはドラゴンを用意して──」

 

 そこでシンは一旦言葉を区切る。

 

「──魔人には魔人を用意したまでです」

 

 一瞬空気が凍り付く。事情を知らない者たちは聞き間違えかと思ったが、事実を知っている一部の者たちの反応からそれが真実であることを知ってしまう。

 

「お前……!」

 

 全員の前で自身の正体を明かしたシンにアザゼルは先程以上の怒りを向ける。

 

「ふざけやがって……! 不退転でも示したつもりか? このガキがっ! 一丁前に信念、覚悟を決めたつもりなんだろうがなぁ、そんなもんは後先考えていない子供の思い上がりなんだよ!」

 

 その怒りはシンの無謀を怒っているのではない。どうにかして死地に向かおうとする彼を止めようとしているのだ。アザゼルは頭の中で理解している。それが一番都合が良い選別だと。だが、アザゼルの情がそれを認めようとしない。

 

「言い争いをしている時間も無いのでは? さっさと決めてさっさと分かれましょう──それとも無駄に争って時間と体力を浪費しますか?」

「この野郎……! 本当にぶん殴って連れて行くぞ!」

 

 シンもアザゼルもどっちも退かない。意思の強さが衝突して拮抗している。

 

「……選んだメンバーの中に俺は入っていないのだな?」

 

 二人の言い争いに口を挟むのは、アーシアから傷の治療を受けているサイラオーグである。その眼光にはシンへの不満が込められている。

 

「当然だ。そっちは冥界でやることがある。必要ない」

 

 シンは敢えて突き放す言い方をする。サイラオーグも戦力としては心強いが、それよりも冥界のことを任せた方がシンにとっても、サイラオーグの今後にとっても最善と考えた。

 

「必要ない、か……はっきり言ってくれる」

 

 サイラオーグは苦笑を浮かべる。自分ではシンの意思を曲げられないと悟り、彼の意見を尊重することを選ぶ。また、シンの言う通り冥界の危機を見過ごすことは出来ない。

 

「そっちもだ」

 

 デュリオが何か言う前にシンは釘を刺す。出鼻を挫かれたデュリオは肩を竦め、すねたようにそっぽを向いた。

 実力者二人を封殺したシンは改めてアザゼルと向き合う。

 

「ただの役割分担です。深く考える必要もありません。あの二人なんて人助けに向いていると思いますか?」

 

 ヴァーリとオーフィスを指す。本人らを前にしてかなり失礼な発言をしているが、当人らは気にしている様子は無し。ヴァーリに至ってはその通りと言わんばかり笑っていた。

 

「それに俺が出来ることがあるとしたら戦いだけ。でも、アザゼル先生たちならそれ以上の数を救える、それだけのことです」

 

 シンの台詞にアザゼルは表情を歪める。

 

「……嫌なこと言いやがって。そんな言い回し、誰に教わりやがった?」

「優秀な先生がいるものですから」

「けっ」

 

 アザゼルは怒気を治め、シンから離れる。

 

「勝手にしろ。だけどちゃんと帰って来い──説教の続きがある」

 

 納得し切れてはいない様子だが、この場に於いては全てを呑み込んでシンの案を任せる。

 この中で発言権が強いアザゼルが了承してしまったのなら、他のメンバーも異論は唱えられない。本当なら何かを言いたいのかもしれないが、その言葉を出すには考える時間があまりに足りなかった。

 何よりもシンが自分を魔人であると告げたことによる混乱も大きい。ただでさえ一誠のことで精神的にギリギリなリアスたちにとってシンのカミングアウトは、器から零れさすには十分であった。

 誰も何も言えず見ていることしか出来ない状況でシンはリアスたちに背を向け、ヴァーリとオーフィスと共に崩壊する結界の中、ヘルズエンジェルが消えた場所を目指す。

 数歩離れた時であった。

 

「シン!」

 

 シンの背に向け、声を掛けたのはリアス。足を止め、彼女を真っ直ぐ見る。リアスの瞳は潤んでいた。だが、シンから目を離そうとはしなかった。

 

「貴方には色々言いたいことが沢山あるわ! 本当に沢山!」

 

 リアスは少しだけ怒っていた。声からそれが伝わる。それだけであった。シンが魔人と知っても声色は殆ど変わらない。

 

「だから必ず戻ってきて! イッセーと一緒に!」

 

 リアスは願う。シンが最愛の恋人と一緒に帰って来ることを。何故ならシンは──

 

「そしたら私もアザゼルと一緒に貴方にお説教してあげる! 自分勝手で我儘な私の大切な友人に!」

 

 魔人であったとしてもこれからも変わらず友人として在り続ける。それだけはちゃんと伝えておく。

 

「──楽しみにしておきます。あいつらのことを頼みました」

 

 シンは仲魔たちを見た。全員がシンを心配そうに見ている。戦いには連れていけない。ケルベロスは兎も角としてピクシーとジャックフロストは守っていられる余裕はない。それだったらリアスたちに任せた方が良い。

 心残りを任せ、再び歩き出す。

 三人はヘルズエンジェルが消えた場所に着く。オーフィスはギョロリと眼球を動かし、何もない空間を見回す。

 

「うん、痕跡はある。我、ヘルズエンジェルと赤龍帝の許へ行ける」

 

 彼女にしか見えない痕跡を確認し、ヘルズエンジェルたちの居る異空間に行けることを告げた。

 その時。慌ただしい足音が聞こえる。三人が視線を向けると木場が必死の形相へこちらに来ていた。

 

「間薙君!」

 

 余程急いで来たのか木場の呼吸は少し荒い。

 

「僕も連れていってくれ!」

 

 木場はシンたちに同行を懇願する。

 木場は一誠を救出するメンバーの中に自分が入っていなかったことに少なからずショックを受けていた。一誠は木場にとって親友である。彼を助けたい、救いたいという気持ちは他の者たちにも負けない。同時にシンもまた木場にとって親友である。魔人だとしてもその気持ちに変わらない。

 親友と親友が殺し合う。そんな状況を黙って見過ごすことは出来ず、居ても立っても居られなくなりリアスたちの制止を振り切って来てしまった。

 何かしらの役に立てると思い、同行を求めたのだが──

 

「ダメだ」

 

 ──一切悩むことなくシンは断る。

 

「どうしてだい!? 足手纏いにはならない!」

 

 納得出来ずに木場は食い下がる。ヴァーリやオーフィスと比べれば実力は劣るかもしれない。だが、シンと共に戦えばその二人にも負けない戦いは出来ると確信していた。

 

「いや、足手纏いになる」

 

 シンは無情な言葉を吐く。その言葉に木場は頭を殴られたようなショックを受けた。信頼している仲間から言われたことでかなり効く。

 

「そ、そんなことは……」

 

 声が震える。喉の奥が詰まったような感覚になる。目の奥が熱くなっていく。

 

「木場、お前は──」

 

 その言葉の続きを聞きたくなかったが、最早止めることは出来ない。

 

「──『騎士』だからだ」

「……え?」

 

 予想とは違った答え。木場は言っていることが一瞬理解出来なかった。

 

「ど、どういうことだい?」

「『騎士』の剣は仲間を守る為のものだ──お前は仲間に本気で剣を向けられない」

 

 木場はいとも簡単にその言葉を受け入れてしまう。

 一誠を救う為に剣を向けたことはある。しかし、それが本気であったかどうか木場は断言出来ない。

 シンには見えていたのかもしれない。木場が一誠と戦った時、本気で一誠を斬ることが出来なくなる場面が来るのを。

 そうなれば命を落とすのはどちらか。

 

「僕は……僕は!」

 

 何かを告げようとする木場の肩にシンが手を置く。

 

「お前はそれで良い。無理はするな。出来る奴がやればいい」

 

 優しくもあり、覚悟の極まった言葉でもあった。

 木場は何も言えなくなり、俯く。

 シンが置いた手を離そうとした時、その手を木場が掴む。

 

「無事に帰って来てくれ……イッセー君と一緒に……!」

 

 木場の願いに対し、シンの答えはなかった。

 掴む手を穏やかに解き、木場に背を向ける。

 

「頼む」

「分かった」

 

 オーフィスに言うと、オーフィスは何もない所に両手を突き出す。すると、オーフィスの指先が消える。その状態で両手を左右に広げる。ヘルズエンジェルが開けた異空間への穴がオーフィスの手によりこじ開けられた。

 

「開いた」

「お先に」

 

 異空間への穴にヴァーリが最初に飛び込む。

 シンもそれに続き、穴へ向かう。

 オーフィスを担ぎ上げ、底も果ても見えない暗い穴に飛び込もうとする直前にシンは一瞬だけ振り返った。リアスたちや仲魔の姿を目に焼き付けるように。

 そして、オーフィスと共に穴へと入る。

 結局、シンの口から最後まで一誠と共に帰還することを約束する言葉が言われることはなかった。

 

 

 ◇

 

 

 穴の先には魔人が創り出した荒野。赤雷が降り注ぐ異常な現象が起こっているが、そこに噴き上がる火柱、大地を巻き上げる竜巻まで加わっている。

 遠方で激しい戦闘が繰り広げられていると、急に一陣の風がシンたちに叩き付けられる。

 

「何の用だ!?」

 

 先程まで戦っていたヘルズエンジェルが瞬間移動のようにシンたちの前に現れる。体のあちこちが欠損しており、欠けた部分から炎が噴き出していた。

 発火しそうな程熱のある怒気を向けられながら、シンは臆することなく言ってのける。

 

「協力しろ」

「殺すぞっ!」

 




ここから最終戦となります。
メガテン3らしくパーティーメンバーを四人にしました。
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