ハイスクールD³   作:K/K

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臨時、同盟

「殺す? 出来るのか? 今のお前に?」

「あ゛あ゛っ!?」

 

 罵声で返して来たヘルズエンジェルにシンは挑発染みた言葉を掛けると、今度はドスの効いた声が返って来た。

 

「会って早々に随分と舐めた台詞を吐くとはなぁ! 新参者がっ!」

 

 ヘルズエンジェルの眼窩の奥に赤い灯が点る。小さな点だが、バイクや体から噴き出している炎を遙かに上回る熱量があり、それはそのままヘルズエンジェルの怒気を表している。

 凝視するだけで穴が空きそうになるヘルズエンジェルの目──やろうと思えば本当に穴が空くのだろう、シンも出来るので──を向けられてもシンは視線を逸らそうとはせず、逆に一歩踏み込んでヘルズエンジェルの目を覗き込む。

 

「舐めている訳じゃない。試しているんだ。俺たちを本当に殺せるかどうかを」

 

 ヘルズエンジェルとライザーは契約を結んでいる。ここに来る前にそう推測したが、あくまで状況から見て判断したことであり、実際に試してみないと分からない。だからこそ、シンはヘルズエンジェルを挑発するような言動をして契約の有無について確かめている。

 

「それが舐めていると言うんだっ! 小僧っ!」

 

 ヘルズエンジェルは眼窩を覗くシンに額を叩き付けた。シンの感情の揺れが無い目とヘルズエンジェルの激情を燃やす瞳がゼロ距離で衝突する。

 傍から見れば一触即発の雰囲気。しかし、激怒しているのは片方だけであり、もう片方は感情が死んでいるのか思うぐらいに無表情のまま。それが相手の癪に障り、際限無く怒りを増幅させていく。

 誰かが止めるべきなのだろうが、生憎この場にはそれを止める気配りが出来る者はいない。

 ヴァーリは火花を散らす二人をワクワクした様子で眺めている。あわよくば自分も混ざりたい様子さえ見えた。

 オーフィスの方は無関心という訳ではなかったが、二人のやり取りをボーっと見ているだけ。時折、首に巻き付いているサマエルの頭を撫でている。

サマエルに至っては言うに及ばず。魔人同士の衝突に対して見向きもせず完全に自分の世界に閉じ籠っていた。

 ヘルズエンジェルの怒声にシンはダメ押しの一言を放つ。

 

「そう思うならさっさとやればいい──案外ノロいな」

 

 バキン、という音が鳴る。怒りで歯を食い縛り過ぎてヘルズエンジェルの並びの良い歯が砕けている。それだけでは留まらず、頭が小刻みに震え始めており、振動が強過ぎて頭蓋骨に罅まで入っている。

 怒りのボルテージが最高潮に達しようとした瞬間──

 

「があああああああっ!」

 

 ──ヘルズエンジェルは拳を振り上げ、自分の頭を粉砕。

 頭部が砕け散った痕に炎が噴き上がり、噴き上がる炎の中に無傷状態の頭部が再生する。

 

「……」

 

 頭部を復活させたヘルズエンジェルは無言のままシガーを取り出し、それに火を点けて一服し出す。さっきまであった怒りは不気味な程に鎮まっていた。

 

「やっ──」

「喋るな」

 

 ヘルズエンジェルはシンが何かを言う前に言葉で遮る。

 

「お前の一言一言が俺を怒りに駆らせる。冷静な内に質問に答えてやる。俺がライザー・フェニックスと契約したかどうか? 答えはイエスだ。契約の内容はライザー・フェニックスの指示を最優先すること。今、俺が与えられている指示は赤龍帝の救出だ。ただし、周りに被害を及ぼすなという条件を付けられている」

 

 余程シンと会話をしたくないのかヘルズエンジェルは早口で捲し立て、自分の現状を説明する。

 

「さっきも見たように俺の炎にはフェニックスの炎も混じっている。その影響か傷を負おうとも勝手に治る」

「なら──」

「お前は黙ってろ。俺を怒らせたくなければ、そっちが質問しろ」

「俺かい?」

 

 シンからの質問を拒絶し、ヴァーリに質問しろと言う。回りくどいやり方ではあるが、シンとの会話をここまで拒否しているのなら仕方がない。シンはヘルズエンジェルと出会って数分で最悪レベルに嫌われる。

 

「あー……炎が混じっていると言っていたが、そこにライザー・フェニックスの意識も取り込んでいないかい? どうやら彼は意識不明の状態なんだ」

 

 あまり興味がなかったが、ここに来る前のことを思い出し、取り敢えず適当な質問してみた。

 

「知らん。そこまで奪ったつもりもないしな。少なくとも奴の声は俺には聞こえん。だが、何かしらの繋がりは出来ている可能性はある。いつかは目が覚めるだろう」

 

 これに関してはヘルズエンジェルの方も分らない様子。ただ、ヘルズエンジェルの口振りからしてライザーから全てを奪い尽くしたようではないので、彼が言うように時間が経てば意識が戻るかもしれない。

 

「ふーん。そうか。そういえば兵藤一誠──赤龍帝はどうしたんだい? 倒すまではしていないだろうが、さっきから随分と大人しいみたいだが」

 

 ヴァーリは本題に入る。ヴァーリが言うようにここに来た直後は激しい戦闘が行われていたが、ヘルズエンジェルがこちらに来てからは静かであり、一誠が来る気配もない。

 

「それなりに痛めつけたが手応えは感じん。最初は腑抜けたかと思ったが、戦っている間にこちらの動きを対処出来るようになっていった。何度も焼いてやったが、その度に鎧が再生していく上にどうやら耐性も付き始めてきた──奴めぇ!」

 

 救助が本来の目的なのだが、それすらままならないことに怒りと闘争心が燃え出し口調から冷静さが一気に抜ける。指に挟んでいたシガーが吸わずに根本まで灰となって崩れる。

 

「俺に追い付こうとしているのが気に喰わん! そろそろおもいしらせてやるべきだ! 真のスピードの向こう側を!」

 

 勝手にヒートアップしていくヘルズエンジェル。放たれる熱気が強まり出したのでシンたちはヘルズエンジェルから離れる。

 

「そもそも──」

 

 何かを言い掛けた時、ヘルズエンジェルは再び自身の頭を叩き砕いた。粉砕された首から上が、断面から噴出した炎の中で復元される。

 

「……火力は落ちたが、フェニックスの炎と混じったメリットもある。こうやってすぐに怒りを抑えて冷静になれる」

 

 冷静とは掛け離れた行為で感情をリセットするヘルズエンジェル。第三者が見れば異常行動でしかないが、生憎この場ではそれを気にする者も指摘する者もいなかった。

 

「まぁ、話は聞く限りでは赤龍帝もドライグも健在か。良かった、俺のライバルはやはりしぶといな」

 

 今までの流れを全く気にせず、ヘルズエンジェルと戦っても善戦している一誠にヴァーリは気分を良くする。

 

「さて、どの辺りにいるのかな?」

 

 ヴァーリは周りを眺めているが、それらしき姿は見当たらない。気配の方も薄いのでかなり離れた位置にいる様子。

 

「赤龍帝とドライグ、怪我を治している」

 

 今まで黙っていたオーフィスが呟く。

 

「分かるのか?」

「ドライグたちの力が脈動しているのを感じる。きっと怪我を治すついでに自分を強くしている。多分、ベルの力の影響」

 

 見ていないのに気配だけで全てを察するオーフィス。

 

「ベル……君の友人の名だったかな?」

 

 ヴァーリはオーフィスを『禍の団』から連れ出した時に出会ったルイとベルの顔を思い出す。

 

「あの翅にベルという名……もしかして、ベルゼブブと深い関係でもあるのか?」

「ルイとベルは同じ。ベルは眠っている仲間の代わりをしているだけ。ベルゼブブとベルのベルゼブブは近いようで違う」

 

 あまり良く分からない説明であった。もしかしたら、オーフィス自身も正確に把握していないのかもしれない。説明だけ聞くとルイという青年とベルという少年は同一人物であり、ベルは不在の仲間を演じているだけということなのだが、説明を整理してもこれが合っているのか分からない。

 

「異常な存在と分かれば十分さ。いずれは手合わせ願いたいものだ」

 

 ヴァーリはそう納得し、それ以上の追究はしなかった。

 会話に間が出来た。シンはもう一度同じ事を言おうとする。ヘルズエンジェルは確かにライザーと契約を結び一誠を助けるつもりであり、こちらにも危害を加える意思はない。しかし、肝心の『協力する』という言葉をヘルズエンジェルから聞いていない。それを聞くまでは共闘など出来ない。

 シンが声を発しようとした瞬間、ヘルズエンジェルの眼光がシンを射抜く。喋る気配すら許せない模様。このまま喋っても良かったが、そうなるとまたヘルズエンジェルが怒り狂い、自傷行為をして感情をリセットするかもしれない。そうなると話が進まなくなるので、仕方なく間に誰かを挟む。

 シンはオーフィスを手招きする。オーフィスは素直に従い、シンの傍に寄る。シンはオーフィスに耳打ちし、ヘルズエンジェルに伝えたい内容を告げる。

 

「頼む」

「うむ」

 

 オーフィスは頷き、シンの言葉を代弁する。

 

「ヘルズエンジェル、我は協力を望む」

「……それはお前の意思と言葉か? オーフィス」

 

 当然ながら間にオーフィスを挟んだとしてもヘルズエンジェルが素直に了承する筈もない。そうなればとんだ茶番であるし、ヘルズエンジェルもそんな間抜けでもない。

 

「そう、我の意思と言葉。我は今の赤龍帝とドライグに興味がある。だから、ここで滅んで欲しくない」

 

 シンに言わされた言葉であるが、同時にそれはオーフィスの本音でもあった。昔と変わったドライグとそれを変えた今の赤龍帝である一誠。その二人の行く末をもう少し見てみたい。

 友人のルイとベルが関与している可能性があるが、それでもオーフィスは一誠たちを優先する。

 オーフィスの言葉にヘルズエンジェルは不気味なぐらい沈黙する。表情が無いので分からないが、絶句している様子であった。

 

「……お前がそんなことを言うとはな。グレートレッドと自分以外に興味の無い奴だと思っていたぞ」

「少し前の我、そうだった」

「気が変わったとでも言うのか? それとも狂ったか? 無限を司る龍神もとち狂うこともあるのか! はぁーはっはっはっ!」

 

 荒野の端から端まで届きそうな大音量で哄笑するヘルズエンジェル。無と怒り以外の感情を初めて露わにした。

 

「ヘルズエンジェル、やっぱりうるさい」

 

 オーフィスの耳でも騒がしいのか普段は無表情の顔を僅かに顰め、ヘルズエンジェルに文句を言う。

 ヘルズエンジェルの笑いがピタリと止まる。

 

「良いだろう、協力してやる──そいつは気に喰わんが」

 

 感情や言動が急ブレーキを掛けたように変化するので相手をする方が追い付けなく。事実、シンとヴァーリはヘルズエンジェルが言っていることを理解するのに一秒程間が空いた。

 

「魔人との共闘か……マタドールが見たら何て言うだろう?」

「……お前、あんな狂人と付き合いがあるのか? 碌でもない魔人の中でもトップクラスの最低野郎だぞ?」

「相変わらず同類には嫌われているなー」

 

 ブレないマタドールの評価にヴァーリは寧ろ笑う。因みにマタドールのヘルズエンジェルへの評価は『話の通じない狂人』である。瀕死状態から復活したのが原因か、それともライザーの炎を取り込んだのが原因なのか、今のヘルズエンジェルは多少話が通じるぐらいには丸くなっている。

 

「協力すると言ったが、最初に忠告しておく。俺にチームワークなど求めるな。指図するな、邪魔をするな、足手纏いになるな」

 

 協力すると言っておいてのスタンドプレー宣言。傲慢さが極まった忠告であったが、この面子の中で特に気にする者はいない。

 

「別に問題無いさ」

「我、チームワーク、知らない」

「……」

 

 戦うことが好きなバトルジャンキーに限りなく最強に近いせいでチームワークという概念すら無い龍神。最初からそんなものをヘルズエンジェルに期待していない沈黙の魔人。共通して彼らの中には一緒に戦うというイメージが無かった。

 

「念を押す為に言っておくが、俺が頼まれたのは赤龍帝の救出だ──それ以外のことはするつもりはない」

 

 含みを持たせた言い方であるが、ヘルズエンジェルの真意は分からない。

 

「そして、最後に言っておく」

 

 ヘルズエンジェルはシンを睨み付けながら言う。

 

「俺に話し掛けたら手足の二、三本は灰になる覚悟をしておけ」

 

 わざわざシン個人に忠告しておく辺り、シンは本当にヘルズエンジェルに嫌われている。

 

「……まあ、世の中合う、合わないはあるさ」

「気にしない、気にしない」

 

 その嫌われっぷりにはヴァーリとオーフィスが慰めの言葉を掛ける程であった。

 協力しろとは言ったが、仲良くするという考えなど微塵も無いシンはヘルズエンジェルの言葉をほぼ雑音として聞き流し、そんなことよりも未だに姿を見せない一誠の方を警戒する。

 

「ここに来てそこそこ時間は経つが、兵藤一誠はまだ準備中かな? 俺たちのことはとっくに気付いている筈なんだが……」

 

 ヴァーリの方もまだ現れない一誠を怪訝に思っている。

 その時、示し合わせた訳でもなく全員が揃って視線を上げた。赤い雷が落ち続ける色彩が狂った空を見る。

 殺気を感じた。直感に優れた四人は来る前にそれを感じ取っていた。

 空を凝視した時、彼方に赤い光が見える。それは点ではなく線。その線は徐々に鮮明になっていく。

 やがて、ハッキリと見えた時には空一杯に広がる菱状の赤い線がシンたちに迫って来ていた。

 赤い線は間違いなく一誠が出しているオーラである。一誠が何をやったのかシンは凡そ把握出来た。

 恐らくこの攻撃はシンやケルベロスも使う指先で相手を引き裂く技である。一誠もまたそれを真似て使うことを知っている。これはそれの応用だが、出力と範囲が桁違いであった。

 両の指先からオーラを線状に放出し、それを交差して振り下ろす。原理としては単純なのだが、前述したが出力が異常なのである。

 投網のように広範囲に広がる赤いオーラ。ただし、捕縛が目的ではない。それを示すように高い岩山が赤いオーラに触れた瞬間、硬さなど無いかのように斬り裂かれていく。このまま地面まで振り下ろされればシンたちは菱状の肉片と化すだろう。

 だが、シンたちは逃げることはせず互いに顔を見合わせる。

 

「どうする?」

「俺がやろうか?」

「あれぐらいどうにかしてみせろ」

 範囲外に逃げるという選択肢は最初から無かった。

 

「我、やる」

 

 役目を買って出たオーフィスが空に指を向ける。

 銃で撃つような真似をすると指先から極小のオーラが本当に飛び出した。

 

 小さいながらも凄まじい速度で上昇していくオーフィスのオーラ。程なくしてオーフィスのオーラと一誠のオーラが激突する。

 結果はオーフィスの圧勝であった。オーフィスのオーラが接触すると同時に爆発的な速度で拡大。空に穴が空いたようなブラックホールを彷彿させるオーラで菱状に張り巡らされていた一誠のオーラを全て呑み込み、消し飛ばしてしまう。

 

「──相変わらずだな」

 

 ヘルズエンジェルの声は静かであった。オーフィスならこれぐらいいとも簡単に出来るという既知。同時に協力関係ながらも改めてオーフィスの力を警戒する。

 オーフィスの方はというと、「ふぅ」と小さな吐息を洩らした後、ゆっくりと後方に傾いていく。

 このまま仰向けに倒れてしまうと思いきや、そうなる前にオーフィスの背後に回り込んで彼女の背に手を当てて支える。

 それを行ったのはヘルズエンジェルであった。どういう原理か不明だが、バイクを音もなく動かし、気付いたらオーフィスの背後に移動していた。

 

「……オーフィス、ふざけているのか?」

「ふざけていない。我、疲れた」

 

 オーフィスが本当に疲労していることにヘルズエンジェルは少なからずショックを受けているように見えた。最強や無敵の代名詞とも言える存在が弱っていることに憤りを覚えているらしい。

 

「……お前程の存在が随分と軽くなったものだ」

 

 少女姿のオーフィスを片手で支えているヘルズエンジェルは、色々と意味を含ませたことを言う。弱体化したオーフィスを不甲斐ないと怒るのではなく、冷静にその事実を受け止めようとしている。

 

「色々としてやられた。サマエルも強かった」

「サマエル……むっ!」

 

 ヘルズエンジェルはオーフィスの首にチョーカーのように巻き付いている小さなサマエルの存在に気付く。存在が存在なだけにヘルズエンジェルも無反応で済ませられなかった。

 

「今のサマエルは無害。我と契約を結んでいる」

「……色々と変わり過ぎだ」

 

 誰よりも速い魔人であるヘルズエンジェルだが、コキュートスの最奥で封じられている間に過ぎていった時代の変化には簡単に追い付けられないのか、少し愚痴を零す。

 ヘルズエンジェルはオーフィスを掴み上げ、自分のバイクの後ろに乗せる。ヘルズエンジェルの予想外の行動にシンもヴァーリもヘルズエンジェルをまじまじと見つめてしまった。

 

「鬱陶しいぞ!」

 

 その視線が気に入らなかったヘルズエンジェルは、怒声で牽制する。

 

「さっさとあのイカれた赤龍帝を見つけて動けなくなるまで叩きのめして来い! お前らはその為に来たんだろうがっ!」

 

 また怒鳴り始めたヘルズエンジェル。大声で罵声を浴びせられるのは相手によっては不快感を齎し、不和を生じさせるだろう。尤も、シンもヴァーリも怒鳴られた程度で動揺するようなメンタルの持ち主ではないのでヘルズエンジェルの怒声など軽く聞き流す。短いやり取りの中でヘルズエンジェルとの付き合い方を早々に理解していた。

 

「誰が戦うかは早い者勝ちなのに俺たちに譲ってくれるのかい? それとも自信の表れかな?」

「さっさと行け! お前のスピード、俺が値踏みしてやる!」

 

 上からの物の言い方。ヴァーリは楽しそうに笑う。

 

「なら評価してもらおうかな」

 

 ヴァーリは光翼から光を放出して浮上。飛び立つ瞬間にシンの腕を掴む。

 

「お先に」

 

 そこから急加速し、高速で飛行を開始する。ヴァーリに腕を掴まれていたシンは、当然ながらヴァーリに引っ張られて空に連れられていった。

 一誠が居るであろう方向へ全速前進する二人をヘルズエンジェルは黙って見ていた。

 

「ヘルズエンジェル、行かない?」

「始まればすぐに追い付く。それまで休んでいろ」

「ん」

 

 ヘルズエンジェルは自身の背に微かな重みが伝わるのを感じた。オーフィスは言われるがまま頭を背に預けている。ヘルズエンジェルはそれを邪険にすることはなかった。

 オーフィスに関してはシンとヴァーリと比べると若干だが扱いが丁寧である。

別にヘルズエンジェルがオーフィスのことを好いているというわけではない。怒りの化身であるヘルズエンジェルからすれば虚無感漂うオーフィスのことは寧ろ嫌いの類である。

 しかし、オーフィスのその強さには一定の敬意は払っていた。理不尽を嫌い、世界も自分も怒りを向ける対象だが、理不尽に屈することなど無いオーフィスの圧倒的な力は嫌いではなかった。

 だが、何の因果か、或いは強過ぎるという業のせいか。最強や無敵の権化である筈のオーフィスは弱くなってしまっていた。ヘルズエンジェルにとってこの事実は本人が思っている以上の衝撃であった。オーフィスの強さは数少ない不変的なものであると思っていたからである。

 弱くなったからといって今のヘルズエンジェルよりも弱体化した訳ではないのは流石ではあるが、それでも息切れなどするオーフィスは見たくなかったというのがヘルズエンジェルの誰にも言えない本音である。バイクの後ろに座らせたのもそれが理由である。

 しかも、その弱体化の片棒を担いでいた時の記憶がヘルズエンジェルの中にはある。力だけを抜き取られ、意思を縛られてヘルズエンジェルの形を雑に与えられただけの姿であったが、断片的には覚えている。

 その断片的な記憶だけでも思い出すとヘルズエンジェルの腹の中で地獄の炎が噴き上がる。

 

「あの腐れ坊主が……!」

 

 悟りの途中で逃げ出したような死は救済という使い古された陳腐な考えの下で好き勝手振る舞う生臭坊主、というのがヘルズエンジェルのだいそうじょうへの評価。

 今度会った時には二度と念仏が唱えられないようにしてやる、と決意する。

 ヘルズエンジェルは溢れ出る衝動のままにシガーを出し、火を点けて全て灰になるまで吸い込んだ後、煙幕のような大量の紫煙を吐き出す。

 神すら手が出せない龍神であるオーフィスが弱体化された。そうなると、オーフィスの対の存在というべきグレートレッドもまた危うい可能性が出て来る。

 今も次元の狭間で自由に過ごしているのだろう。何者にも何事にも左右されない自由さもまたヘルズエンジェルは嫌いではなかった。

 体重を預けているオーフィスが小さく寝息を立てていることに気付く。少しでも回復を早める為なのだろう。そういう図太さは評価出来る。

 ヘルズエンジェルは誰よりも速いという自負がある。しかし、世界から隔絶されていた間に世の流れに追い付けなくなっている。それは如何なるスピードを以ってしても追い越すことは難しい。

 

「イラつく世の中になったもんだ……!」

 

 世界の変化とそれを許容出来ない自分に対し、ヘルズエンジェルは小さく吐き捨てた。

 

 

 

 

 半ば強引にヴァーリに連れ去られたシンは、特に文句を言わずに一誠の姿を探していた。気配は感じており、ヴァーリもその気配が強い方向へ飛んでいるがまだ発見出来ない。

 広大な荒野の何処かで一誠とヘルズエンジェルは戦っていた。向こうもこちらを感知して仕掛けて来たので、次の攻撃が始まってもおかしくはない。

 相手の姿を捉えられなければ一方的に攻撃されるだけ。一刻も早く発見しなければならない。

 

「見つからないな」

「誘ってみるか?」

「それもいいかもしれない」

 

 ヴァーリは飛行するのを止め、シンと共に地面に降りる。身を隠すことはせず堂々と姿を晒すシンたちは相手からすれば格好の的であった。

 

「さて、ここまでサービスしたんだ。来てくれなければ興醒めだ」

 

 ヴァーリは両手を広げ、待ち構える。

 

「俺はここだ。逃げも隠れもしない」

 

 堂々とした挑発である。もし、プライドが高い者がそれを見せられたら自分が小物のように思え、さぞ劣等感を刺激されるであろう。尤も、今相手にしている一誠にはそういった人間らしい感情はほぼ失せている状態である。プライドを刺激されて攻撃をしてくるのであれば、逆に救える可能性が見出せるかもしれない。

 しかし、現実というのは無情である。ヴァーリが待ち構えても何の感情も向けられて来ない。

 一誠の気配は漂っているものの詳細な位置までは分からず、誘ってみてから数分は経過する。

 

「……来ないな」

『慎重なのか、それとも隙を窺っているのか』

 

 暴走している割には静かな行動。ヴァーリが若干飽き始めているのをアルビオンは感じ取っていた。

 あまり良くない傾向である。ヴァーリは冷静な時は冷静だが、時折箍が外れてアルビオンも戦慄するような馬鹿な真似をする時がある。その馬鹿さ加減は女性に関わった時の一誠の馬鹿さに匹敵する。

 すると、ヴァーリは兜を解除して姿を晒し、更に光翼を折り畳む。更に踏み込んだ無防備を見ているかもしれない一誠に見せる。

 

『おい! ヴァーリ!』

 

 アルビオンも声を荒げてしまう無謀な行動。しかし、当の本人は悪びれる様子もない。

 

「ここまでやってダメなら、ここで横にでもなろうか?」

 

 冗談にも本気にも聞こえる。同時にここまで隙を晒しても行動を起こさない相手を小馬鹿にしている雰囲気もあった。

 

「君も付き合うか?」

 

 ヴァーリが誘ってくるが、シンは馬鹿を見るような冷たい眼差しを彼に返すだけであった。

 

「つれないなぁ──」

 

 シンの素っ気無い態度にヴァーリが苦笑した瞬間、まるで条件反射のようにヴァーリが動く。本人すらも何に反応したのか理解するよりも早い本能的行動。シンと接触していたことで彼から素早さと回避の補助魔法を受けており、それにより強化された反射神経はヴァーリの感覚の一歩先を行く。

 その瞬間、巨大な一枚岩を突き破って赤い魔力の塊が飛び出して来た。

 一誠のドラゴンショット或いはドラゴンブラスターと思われる魔力による砲撃。一枚岩で直前まで射線を隠していたので視界に入るまで気付くことが出来なかった。

 直径十数メートルはある魔力の塊が高速で飛来。射線上に立つシンとヴァーリはすぐさま射線から離れる。二人共素早さを強化していたので避けること自体は苦ではなかった。

 射線上の全てを吞み込む魔力の塊。リアスの滅びの力に通ずるものがある。

シンとヴァーリは一誠の攻撃を避けた後すぐに魔力の塊が通った場所に戻る。地面が半円状に抉れている。直接触れずとも通過しただけで消滅していた。

 魔力の塊が飛び出して来た一枚岩を見る。厚さ数十メートルはあるだろうが、魔力の塊の形に沿った穴が綺麗に開いており、向こう側が見える。穴の向こう側に一誠の姿は見つけられなかった。

 撃った後すぐに移動したのだろうが、そうなるとかなり不味い状況である。周囲には同じような一枚岩が幾らでもある。これを目隠しにして攻撃されたとしたら──その考えを実証するように右手側の巨岩を貫通して再び魔力の塊を撃ってきた。

 今度は先程の魔力の塊に比べてサイズは縮んでいるが、その代わりに速度が上がっており数倍の速度で飛んで来る。

 

「逃げてばかりじゃ性に合わない」

 

 ヴァーリは拳を握り、迫る魔力に自ら一歩踏み出すと魔力を拳で殴る。白い閃光が走り、一誠の魔力が殴り返された。

 殴り返した際にヴァーリの魔力も混ぜられており、白と赤のオーラが混合した魔力が巨岩に接触。爆ぜた魔力により巨岩は完全に消滅させられた。

 

「……また居ないな」

 

 巨岩の向こう側にやはり一誠は居なかった。ヒット&アウェイを徹底しているのか攻撃が見えた時には既にその場所から移動していた。

 忙しなく動いているのならシンとヴァーリに発見されるだろうが、移動した後は攻撃するまで潜み、攻撃後はシンとヴァーリの視線がそちらに注目している間に新たな攻撃地点に移動してしまっている。

 ヴァーリからすれば一誠はもっと積極的に攻撃を仕掛け来ると思っていたので拍子抜けを通り越して少し怒りを覚えていた。しかし、妙に知性を感じさせる行動に疑問も抱いている。

 

(外部から操られている可能性があるか?)

『かもしれんな……暴走している割に動きが慎重過ぎる』

 

 状況に応じて敢えて本能のままに暴れさせる状態と操って意のままに動かす状態を切り替えている可能性が出て来る。

 もしかしたら、操っている張本人は一誠の目を通してこの状況を愉しんでいるのかもしれない。

 そんなことを考えていた時、三発目の魔力の弾が一枚岩を突き破って来た。速度は二発目よりも遅く、大きさは最初と同じ位である。

 速度重視から威力重視に戻したことに疑問を感じながらシンとヴァーリは射線上から離れ、安全圏まで移動する。

 魔力の塊が二人の傍を通過していく──次の瞬間、魔力の塊から飛び出したモノがシンたちに襲い掛かり、二人の首を掴むと同時に地面に叩き付けられる。

 

「かはっ!」

 

 思いもよらない奇襲を受けてしまったシンたち。飛び出して来たのはやはり一誠。高密度の魔力の中に入っていたせいか鎧の所々が溶けている。

 

「そう、来たか……!」

 

 首を絞められながらも口角を上げるヴァーリ。その目は嬉しさからなのかギラギラと輝いていた。

 一回目と二回目の攻撃は布石。ヒット&アウェイで攻めて来ていると思い込ませる為のもの。

 本命は三回目。自ら放った魔力の塊の中に潜み、ただの攻撃だと思い込んでいた心の隙を狙って仕掛けてきた。

 高威力の魔力の中に入るなど自殺行為。ましてや、出力が上がった今の状態ではどれだけダメージを負うかも分からない。だからこそ、そのような発想が出来なかった時点で一誠の奇襲は成功したも同然であった。

 発想で負けたことに悔しさと嬉しさを感じながら笑うヴァーリ。酸欠と血流遮断で苦しい筈なのにヴァーリの好戦的な笑みは消えない。

 二人の首を絞め続ける一誠。ヘルズエンジェルに異空間へ連れて来られる前よりも鎧の黒さが濃くなり、角は伸び、装甲は何枚も重なって鱗状となってより生物に近い外見になっている。短時間で破壊と再生を繰り返した結果、より戦いに適した姿に変貌していた。

 変わっていく一誠の姿にヴァーリの中である疑念が過るが、すぐにそれを考えるのを止める。それを考え始めてしまったら、この戦いの意義が揺らいでしまう。

 死ぬ前に意識が飛びそうになる。気絶してしまえばそのまま息の根が止まるまで絞められ続けるので死と同義である。

 意識が黒く塗り潰される数秒の間にヴァーリは抵抗を試みようとする。首を絞める手は密着しており入り込ませる隙間はない。押し返そうにも体が地面に押し付けられたままで一センチぐらいしか浮き上がらない。

 

(うん……無理だな、これは)

 

 意識が飛ぶよりも先に脱け出すことは難しいと判断し、ヴァーリはあっさりと抵抗を止めてしまった。

 ヴァーリが無抵抗になっても一誠の追い詰める力は弱まることはない。

 このまま二人纏めて葬られるかと思われた時、パキンという生々しい音が鳴る。

 シンの首を絞めている一誠の手。その小指が手の甲に着くまで折り曲げられている。そして、その小指にはシンの人差し指が絡められていた。

 首を絞められる刹那、シンは紙一重のタイミングで人差し指一本を間に挟み込むことが出来た。後は絞殺される前に全力で一誠の小指をへし折る。

 小指が使用不可能な状態になり握力の安定性を失う。絞める力は緩み、その間にシンは両手でその手を引き剥がそうとする。

 指先が食い込み喉の皮膚を抉っていくが、死ぬよりはましなので傷付くことを恐れずに剥がす。

 途中で弱体化の魔法を発動しており、一誠の握力は更に弱まっていたが、それでも渾身の力で片腕を引き剝がすのが精一杯であった。

 一誠の手を無理矢理離すと同時に止まっていた血と酸素が脳内を巡る。頭の中が脈動するのを感じながら息を吸い込んで力を溜め、全力の蹴りを一誠の腹に打ち込む。

 爪先を尖らせ、力が分散しないように一点集中を狙ったシンの蹴りは、通常の蹴りよりも深く一誠の体に刺さった。

 鎧を貫く衝撃が一誠の体内を通過する。痛覚がなくとも肉体は反応するのか、爪先蹴りを受けた一誠の背中が丸まる。

 弱体化の魔法と肉体の反応によりヴァーリを絞める力も緩まった瞬間、この為に力を温存していたヴァーリは目を見開き、ほぼ密着状態から放った拳で一誠を宙へ打ち上げた。

 数十メートルの高さまで上がる一誠。だが、翅を広げて勢いを減速させ、そのまま空中に留まる。一誠は二人を見下ろしながら翅を羽ばたかせ、何かを巻き起こそうとするが──

 

「こっちを見ろ」

 

 ──背後からの声に視線をそちらに向けざるを得なくなってしまう。

 一誠よりの後ろにはヘルズエンジェルがおり、怒れる瞳を向けていた。

 

「このノロマが」

 

 吐き捨てると共に一誠の背中を蹴り飛ばす。打ち上げられた時以上の速度で今度は打ち落とされる。

 

「行ったぞ──」

 

 打ち落とされた一誠の落下先。そこに待ち構えるのは──

 

「オーフィス」

 

 充填完了済みのオーフィスが、落下して来た一誠に向け、人差し指を突き出す。

 高速で落ちて来た筈の一誠はオーフィスの人差し指一本で受け止められる。

 

「加減、難しい。頑張って、耐えて」

 

 オーフィスの人差し指から放たれる光が一誠を呑み込む。

 




ヘルズエンジェル「お前嫌い」
四騎士以外は魔人同士の相性は最悪だと思ってください。
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