ハイスクールD³   作:K/K

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神速、神槍

 暗く、冷たく、音の無い世界。一誠の意識もとい魂はその世界の底へ底へと沈み続けていく。

 

(今……どうなっているんだろう……?)

 

 シャルバの怨念に引き摺り込まれ、最初は藻掻いたり抵抗したりしていたが、気付けば抗うことを止めてしまい、暗黒の中にただ沈んでいる。

 

(俺は……何をしているんだっけ……?)

 

 どうしてこうなったのか段々と意識や記憶が曖昧になっていく。とんでもない事になっている筈なのに、一体何がとんでもないのか思い出せない。それを思い出す気力も湧いて来ない。

 

(……声が聞こえなくなって……どれだけ経つんだ……?)

 

 最初は聞き覚えがある声が何度も自分の名を呼んでいた気がした。だが、暗闇の中の奥へ奥へ行く毎にその声は遠くなっていき、やがて聞こえなくなってしまう。

 

(何か……知らない人にも怒鳴られてたような……)

 

 声が遠くなったかと思ったら、暗闇の世界の中でも響くような怒鳴り声が聞こえて来た時もあった。面識もなければ声の記憶もないというのに物凄い勢いで罵声を浴びせられた。

 正直、何で相手がそこまで怒っているのか分からない。

 その怒声もパタリと止まり、再び怖いぐらいの静寂が戻って来た。こうなるとあの怒声ですら恋しく思えてしまう。

 

(俺は……どうなるんだろうな……)

 

 兵藤一誠という存在すらもあやふやになっていく。

 だからこそ気付くことが出来ずにいた。足や手の指先から紐を解くようにゆっくりと消え始めている事実に。

 

『逃がさん……! 赤龍帝……! お前を呪い尽くす……!』

 

 暗黒の底から伸びて来た手が一誠を掴む。シャルバの呪いが形となった手は、無抵抗の一誠を更なる奈落へと堕としていく。

 引きずり込まれていく闇の中で一誠は力無く瞼を閉じた。

 

 

 ◇

 

 

 オーフィスの強大な魔力を至近距離で受けた一誠。その様子を近くで見ていたシンはスローモーションのようにしっかりと見えていた。

 爆発のような光が起こり、それによって吹き飛ばされる一誠。高い防御力と再生能力を持つ『覇龍』の鎧は龍神の一撃に耐え切れなくなり、砕け散る。

 鎧が破片となって散り、生身の一誠が露わになる。鎧の一部を残骸として付けているが、ようやく暴走の原因と思われる『覇龍』を解除出来た──と思った矢先のことであった。

 一誠の体に付いている鎧の残骸。その断面から黒い液体のようなものが滲み出る。

 黒い液体のようなものの正体はシャルバの怨念。元々は一誠に浴びせた彼の血であったが、シャルバの負の感情とマザーハーロットの魔力を混合させられたことで変質し、実体のある怨念そのものと化している。

 シャルバの怨念は触手のように伸び、砕け散っている破片にくっつくと引き寄せて破損した箇所をパズルのように正確に組み合わせ、オーフィスの魔力が終息するまでの間に鎧を完全に修復させてしまった。

 オーフィスに吹っ飛ばされ、鎧を破壊され、着地した時には元の状態に戻っている。常人の視点ではそう見え、混乱させられていただろう。この場には色々な意味で異常者しか存在しないので誰一人動揺などしていないが。

 

「ただ壊すだけじゃダメかー」

 

 立ち上がったヴァーリが呟く。その呟きには解決策の一つが潰されたことへの焦燥感はない。数ある選択肢の中にダメだったというチェックが入った程度のもの。心身共に強いのでこの程度では心が折れることも絶望することもない。

 ヴァーリと同じく立ち上がるシンも相変わらず無表情で顔色一つ変わらない。ヴァーリと同じく選択肢の一つが潰れた程度の認識であり、やる事は変わらない。

 一誠の複眼は正面を向いたまま周りを確認する。シンとヴァーリは構えてはいないが、いつでも戦闘に入れる状態である。

 一誠の正面に立つオーフィスは力を一気に消耗したのかフラフラと左右に揺れ、眠そうにしている。

 本能的にオーフィスが隙だらけと判断し、一誠はオーフィスを狙おうとした矢先──空から落ちて来たヘルズエンジェルのバイクの下敷きになる。

 

「その間抜けさ──」

 

 一誠を圧し潰している炎のタイヤがヘルズエンジェルに呼応して火力と勢いを増していく。

 

「敵ながら腹が立ってくる!」

 

 バイクごと炎上し、下敷きになっている一誠を焼く。

 

「焼かれて熱いかぁ!? お前のような未熟者が焼き方を選べると思うなっ!」

 

 一誠を罵倒しながらヘルズエンジェルは更に火力を増す。空が焼け焦げそうな火柱が起こっており、近くにいるシンたちも発せられる熱のせいで近寄れない。

 

「お前はウェルダン一択だっ!」

 

 一誠への焼き方を宣言し、高火力で焼いていく。ヘルズエンジェルのバイクの下で焼かれながらも一誠は手足を動かして脱出を図ろうとしている。ヘルズエンジェルも言っていたが、最初の一誠との戦いでヘルズエンジェルの火に対する耐性を多少得ていた。息も出来ない、吸う空気すらも死への凶器と化す高火力を直に浴びせられても活動出来るのはそれによるものだろう。

 しかし、ヘルズエンジェルも当然それを知っているので普通に焼くだけでは済まない。

 

「何をしようと……無駄だぁぁ!」

 

 ヘルズエンジェルはアクセルを回し、エキゾーストノートを発生。すると、ヘルズエンジェルの周囲に風のうねりが生じ、複数の竜巻となる。その竜巻はヘルズエンジェルへ引き寄せられていき、大量の空気を送る竜巻と火柱が融合することで地獄が顕現したような業火となる。

 灰すら残らないのではないかと思える程の火力。ヘルズエンジェルが一誠を救う気があるのか疑わしくなってしまう。

 炎を直視すると眼球の水分がすぐに蒸発をして目を開けていられなくなるので、顔を背け、目を限界まで細めながら一誠の状態を確認する。一誠が燃えていたのなら最悪炎の中に飛び込んで助け出す必要が出て来る。

 しかし、シンのその思いはすぐに無意味となった。ヘルズエンジェルの大火力で直に焼かれていても一誠は原型を保っている。それどころか鎧が熱による変形や変化も起きていない。

 ヘルズエンジェルがやり過ぎていると思われたが、実際はそうではなかった。これぐらいしなければ今の一誠にダメージが通らないのだ。

 恐らくは倍加による譲渡を使い、熱に対する耐性を極限まで高めている。一誠の譲渡は強さだけでなく、聖水の浄化の強化といった対象となる物体の性質も強化することが可能。ヘルズエンジェルとの戦いで得た僅かな熱耐性を自身の能力で即座にヘルズエンジェルの天敵レベルまで引き上げている。

 だが、ヘルズエンジェルは炎だけでなく風も巻き起こしている。ヘルズエンジェルの風は対象の補助能力を吹き飛ばす効果を持っており、赤龍帝に対してこちらも天敵である。

 しかし、いまいち効果が発揮されている気配がない。そうなると考えられるのは一誠の強化はヘルズエンジェルに能力解除されても一瞬で元の状態に戻る程の速さを持っている可能性が高い。

 ヘルズエンジェルがこのまま力押しで勝つのか。それとも一誠が耐え切るのか。能力の比べ合いとなる。

 手を貸そうにもヘルズエンジェル自身がそれを出来ない状況にしているので、シンたちは見ていることしか出来ない。

 互いに拮抗する中、場が動く。

 ヘルズエンジェルのバイクで圧し潰されている一誠は四肢で地面を突くと少しだけバイクが押し返される。だが、ヘルズエンジェルは動じることなく、それがどうしたと言わんばかりにタイヤを回転させて一誠の背部を削る。

 灼熱地獄の中で鎧を削られていながらも一誠は足掻くことを止めず、少しずつ少しずつ押し返していく角度を上げていく。

 

「こいつ……!」

 

 一誠の力が徐々に増していることはヘルズエンジェルも分かっていた。倍加を解除しても解除直後に倍加を使い、意趣返しか無効化を無効化で返してくる。

 ヘルズエンジェルに圧を受け続ける一誠。その時、畳まれていた一誠の両翅が広げられる。

 透けるぐらいに薄い翅。しかし、ヘルズエンジェルが創り出した灼熱地獄の中でも燃える処か火が点く様子もない。異質な状態の一誠の中でもあの翅だけは特におかしく、翅だけがこの世界と異なる理を持っているように見えた。

 どういう理由なのかヘルズエンジェルの攻撃を受けている際に使用しなかった翅。それが展開された。何かしらの準備、それこそ反撃の準備が完了したのかもしれない。

 刹那、シンは肌を炙り、眼球を乾かす程の熱を感じなくなった。

 

「ぬぅ!?」

 

 ヘルズエンジェルも驚きの声を出してしまっている。彼が展開させていた灼熱の空間。それが一瞬にして熱や炎ごと消失してしまった。

 無くなった熱や炎は何処に消えたのか。それはヘルズエンジェルの目の前にある。一誠の両翅。その中の翅脈。幾筋もの翅脈が赤く輝いている。それらはヘルズエンジェルの炎であり、翅が全て吸い尽くしていた。

 炎はヘルズエンジェルの力でもあり、それらを瞬間的に吸い尽くされたことで一時的だがヘルズエンジェルの力が弱まる。その間に一誠は両手で地面を突き、反動で立ち上がる。背中に乗っていたヘルズエンジェルはバイクごと軽々と押し返されてしまった。

 空中に投げ出されてもバイクをコントロールして上手く着地。立ち上がった一誠へすぐさま突撃する。

 正面から突っ込んで来たヘルズエンジェルのバイクを一誠は両手をハンドルに叩き付けて止める。ヘルズエンジェルはアクセルを全開にするが、一誠の両足が数センチ後退するだけに留まる。今の一誠の力はヘルズエンジェルと互角に渡り合えるまで高まっている。

 すると、一誠の翅に変化が生じる。翅脈に溜め込まれたヘルズエンジェルの炎と熱が移動し始め、一誠の体へ流れ込んでいく。

 ドラゴンの頭部と化した兜がヘルズエンジェルの眼前で口を開く。口内で輝く地獄の炎。

 大質量の火炎がヘルズエンジェルへ吐かれ、膨大な炎に呑まれたヘルズエンジェルは、吐き出された火炎によって吹き飛ばされる。

 一誠が火炎を吐き終えた後、ヘルズエンジェルの姿は何処にも見当たらなかった。

 

「……封印される前のドライグが放つ火炎はあらゆるものを焼き尽くすという逸話があるが……まさにそれに再現だ」

 

 ヴァーリは伝説の再現に戦慄と感動を覚えるが──

 

『いや、『赤い龍』の炎はあの程度ではなかった。もっと鮮烈で凄まじかった。あれと比べるのも烏滸がましいぐらいに』

「……何でちょっと怒っているんだ? アルビオン?」

 

 急に不機嫌になった相棒にヴァーリは意味が分からないといった様子で理由を聞いてみるが、アルビオンから答えは返って来なかった。

 一誠は開いていた口を閉じる。余熱のせいで口周りに陽炎が生じており、また白煙は口部の隙間から出ている。兜の一部が熱で変形している。耐性を得てもヘルズエンジェルの熱はその耐性を超えて来た。

 

『見ろ。ドライグなら自分の炎で火傷するなどという愚行はしない』

「……何でちょっと嬉しそうなんだ? アルビオン?」

 

 やっぱり返事はなかった。

 ヘルズエンジェルを撃退した一誠は、今度こそオーフィスを狙おうとする。オーフィスの方は眠そうに目を擦っている。目の前であれだけのことがあっても別次元に存在していたかのように気にしてない。危機感が無いというよりもそもそも危機感という感覚があるのも疑わしく、仮にあったとしても元の感覚が他と違い過ぎている。

 一誠がオーフィスに手を伸ばそうとした時、その横腹にシンの拳が突き刺さる。オーフィスを気にするあまりシンの接近にまるで気付いていなかった。オーフィスの存在感がシンの気配を消してくれていたとも言える。

 シンの拳に耐え、すぐさま放った肘打ちでシンの顔面を粉砕しようとする。シンは首を動かしてそれを回避。うるさく感じる程の風切り音が聞こえた後、耳の端が熱くなる。完全回避には至れず、耳の端が切れ流血していた。

 シンの方も回避と同時に同じ箇所を狙う。一誠は攻撃されることを嫌がるようにシンから離れる。どんなに頑丈になってもやはりシンの拳は通じる様子であった。

 離れた一誠に即座に距離を詰める。身体能力は『覇龍』一誠の方が上だが、先程の拳の一撃で魔法を付与し、一誠の素早さと反射神経は落ちている。逆にシンの方はどちらも上昇させているので後出しでも一誠の動きに追い付ける。

 常に倍加を維持している一誠だが、シンの魔法に対してはそれが発動してない。身体能力の向上、低下を施す魔法が特別なのか、それとも掛けられている本人が認識出来ていないのか。理由は定かではないが、どちらにせよシンにとっては都合が良い。

 簡単に追い付いた一誠にシンは左拳を放つ。一誠は両腕を交差してこれを防御。だが、想像していた衝撃は無い。

 左拳は触れる程度で止めたフェイント。腕を交差させて自ら視界を遮ったのを見て、腕の隙間を狙い下から右拳を突き上げ、一誠の顎を打つ。

 一誠は仰け反るが、仰け反った勢いを利用して鉄槌のように頭を振り下ろす。もしかしたら、本物の鉄槌以上の威力を秘めているかもしれない。

 一誠の頭突きにシンは回避行動はせず、両足で地面を掴むように踏み締める。

 直後に鈍い音が鳴った。一誠の頭突きをシンは拳で受け止めている。シンの拳は裂け、そこから血が流れているが骨が突き出ているなどの様子はない。地面に足が沈みそうな頭突きを拳で相殺したシン。一方で一誠はその場でよろけ、数歩後退する。見た目は無傷でもしっかりと打撃の衝撃が伝わっていた。

 打撃で脳を揺さぶられた一誠。しかし、その状態も数秒で回復する。その間、シンは一誠を攻撃しなかった。

 その時、一誠の頭上に白い流星が落ちる。落ちて来たのはヴァーリ。シンの存在に気を取られてヴァーリが空中に移動していたことに気付いていなかった。

 高速落下から放たれる肘が一誠の脳天に刺さる。一誠の首が一瞬縮んで見えるぐらいの衝撃であり、立て続けに二度頭部を攻撃された一誠はさっきよりも大きくぐらつく。

 ヴァーリは距離を詰めようとしたが、踏み込んだ瞬間に急停止した。赤い残像が空気の爆ぜる音と一緒にヴァーリの眼前を通過する。

 残像の正体は一誠の尻尾。音速を軽く超える速度で振るわれており、もう少し深く踏み込んでいたら貰っていた。手足代わりに使われる尻尾は奇襲としてかなり効果的であり、攻撃は手足から繰り出されるものという固定概念があるほど貰いやすい。反応出来たのはヴァーリの桁外れの戦闘センスがあったからである。

 尻尾を紙一重で躱されてしまった一誠。だが、尻尾による攻撃は未だに揺らぐ視界を回復させる為の時間稼ぎ。あと数度振り回してシンやヴァーリを接近させないつもりであった。

 ヴァーリが接近しようとする気配を感じ取り、一誠は尻尾を鞭のように振るおうとする。だが、振るう筈の尻尾が動かない。

 一誠が時間稼ぎをしているように実はシンたちも時間を稼いでいた。

 

「これ、危ない」

 

 オーフィスの小さな両手が一誠の尾先を挟んでいる。それだけで一誠の尻尾はびくともしなくなる。

 オーフィスが両手を上げる。一誠の両足が地面から離れた。一誠を持ち上げるとオーフィスはその場で回転し始める。

 変則的なジャイアントスイングは回転のスピードは秒単位で速まっていき、最終的には回転速度が速過ぎて静止画のように動きが止まって見える。

 回転が最高速度に達した時、一誠が射出されたように飛んで行く。飛ばされた先には巨大な岩があったが、一誠の体はそれを容易く砕く。更にその奥の岩山も粉砕し、それが数度繰り返された。

 

「取れた」

 

 回転するのを止めたオーフィスの手に千切れた一誠の尻尾が握られている。トカゲの尻尾のようにまだ動いており、断面からは黒い液体が滴っていた。

 可視化されたシャルバの怨念が一誠の許に戻ろうと地を這う。地中に伸びる木の根や粘菌の移動のような光景でありただ気色が悪い。

 オーフィスに鎧を破壊された時は近かった為に一瞬の出来事であったが、一誠との距離が遠いせいで怨念の動きは鈍い。

 這いずるシャルバの怨念だが、尻尾はオーフィスが握っているので先には進めずその場で足踏みしているように留まっている。

 耳を澄ますと微かだがシャルバの怨念が聞こえて来る。

 

『ユルサン……ユルサン……ノロウ……ドラゴン……ノロウ……ワタシハ……ベルゼブブ……』

 

 怨念らしく怨み言しか言わない。

 

「もしやシャルバ・ベルゼブブの怨念か? 見苦しいにも程がある……」

 

 黒い液体の正体に気付いたヴァーリは顔を顰める。勝つ為に足掻く姿は嫌いではないヴァーリだが、他者の足を引っ張る為の悪足搔きは醜悪にしか見えない。シャルバの悪足搔きはヴァーリの人生の中でも最も醜くかった。

 

「オーフィス。いつまでもそんなものを持っているな」

「分かった」

 

 素直に従い、オーフィスが手を離すと一誠の尻尾はシャルバの怨念に引っ張られて本体の許へ向かい出す。

 

「はぁ……」

 

 ヴァーリは、こんな奴にライバルが蝕まれていると知ると一誠への同情とシャルバへの憤りから溜息が自然と出て来る。

 最早視界にも収めたくないとヴァーリはそっぽを向きながら白色のオーラを尻尾に叩き付けた。

 ヴァーリのオーラにより一誠の尻尾は消滅。寄生する先を失ったシャルバの怨念もオーラの中で蒸発するように消えていく。怨念は最期まで怨嗟の声を発していた。

 

「──そういえばまだヘルズエンジェルが復活しないな?」

 

 今のことをさっさと忘れ、気になったことを口に出す。

 

「死んだんだろ?」

 

 シンはどうでもよさそうに言った。

 

「あっ。ヘルズエンジェル」

 

 オーフィスが何かに気付き、指差す。指した先には小さな火の粉。それが膨れ上がり、ヘルズエンジェルは復活する。

 

「……誰がこの程度で死ぬか」

 

 復活した直後にさっきのシンの発言に噛み付くがテンションが低い。自分で頭部を破壊した時も再生直後は冷静になっていた。常に怒っているせいで酷く落差を感じてしまう。

 

「無事だったか」

「死ぬようなダメージじゃない」

「──その割には随分と時間が掛かったな」

 

 シンの勘繰る発言にヴァーリも目を細める。

 

「一から復活するのは初めてだ。……慣れん能力だ」

 

 全身を吹き飛ばされてからの復活はヘルズエンジェルが言うように初めての試みであった。だからこそ当人のみ気付いてしまったことがある。

 どうやら全身を復活させるとあらゆるものがリセットされる。感情すらもリセットされるのだが、これがヘルズエンジェルにとってデメリットであった。

 怒りの化身と呼べる存在である彼にとって感情の値がゼロになるということはエネルギーがゼロになるに等しい。

 復活直後の彼は大幅に弱体化している状態であった。とはいえ弱体化している時間はそう長くはない。時間が経てばすぐに元の状態に戻る。

 しかし、これは明確な弱点である。復活という新たな能力を得たがその代償を払う形になってしまった。

 格下相手ならば問題はない──そもそも格下にヘルズエンジェルを木っ端微塵にするのは不可能──だが、同格の相手となるとこの弱点は危険なものとなる。

 復活のタイミングと場所はヘルズエンジェルの任意ではなく自動なので復活直後を狙われれば何度も倒されることになり、その過程でまた封印されるかもしれない。

 こんな情報を当然ながら他人に漏らす筈もなくそれらしいことを言って誤魔化す。尤も、シンもヴァーリも人外の直感を持つ者でありヘルズエンジェルが何かを隠してことを察し、気付かないフリをする。

 所詮はこの時だけの共闘関係。戦いが終われば感じた違和感を周囲に言いふらすつもりである。

 互いに内心を悟らせず、大した内容ではなかったかのように話を流す。オーフィスだけが蚊帳の外であったが、それはオーフィスが鈍いのではなく強者としての余裕の表れであり、純真であるが故に共闘する彼らを疑うことを知らなかった。

 

(どうしたものかな?)

 

 ヘルズエンジェルのことは一旦置いておいて、少しでも空いた間の中で一誠を助け出す方法を考える。

 この四人による連携自体は然程問題ないことがさっき分かった。ヘルズエンジェルが先行して一誠を抑え、ヘルズエンジェルが戦闘不能状態になったら次にシンとヴァーリが一誠と戦う。そして、シンたちが戦っている間にオーフィスが力を溜め、隙を見て強烈な一撃を見舞う。それぞれに役目を振った即席だが悪くない連携である。

 そもそもこれ以上の連携となると信頼や相互理解が必要となる。少なくともシンとヘルズエンジェルは互いに理解し合うつもりが皆無なので現状が限界であった。

 戦いの中で一誠は様々な方法で攻撃してきたり、自らを強化したりなど戦い難い相手だが四対一なので今はシンたちが勝てている。だが、勝てているだけでは意味が無い。本来の目的は一誠を『覇龍』から解放すること。互いに消耗しているだけでは最終的に一誠は命を落とす。

 

「……あとどれぐらい持つと思う?」

 

 聞きたくもないし考えたくもないが一誠の残りの命の炎はどれぐらいなのか訊く。宿命のライバルであるヴァーリと龍神であるオーフィス、そして死に関して敏感であるヘルズエンジェルならば察知出来ていると思っての質問であった。

 

「……そう長くはないと思う。助け出したとしてもすぐに治療が必要だ。それも最高レベルの」

 

 答えたヴァーリの口調は重い。無傷で済むとは思っていない。肉体どころか目に見えない部分まで深い傷を負っている可能性は高い。アーシアの神器だけでは治療は無理だとしたら、小猫や黒歌の仙術による治療、ルフェイの白魔術も必要になってくる。

 

「赤龍帝の鼓動、確実に小さくなっている。段々と聞こえなくなっている」

 

 オーフィスも着実に一誠が死に向かっていることを告げる。

 そして、ヘルズエンジェルはというと──

 

「……ふっ」

 

 ──シンと目が合うと何故か鼻で笑ってきた。元から会話するつもりはないと宣言していたが、意図の分からない挑発をしてくる。

 

「……そろそろ話が変わってくるな」

 

 呟いた言葉もまた意味が分からない。しかし、不穏なものを感じさせる。

 答えが返って来ないと分かっていてもどういう意図の発言なのか訊こうとした時、這いずるような音が聞こえて来た。水気を含んだような粘り付くような気持ち悪い音であり、不快感しか覚えない。

 音の方を見れば一誠がこちらへ向かって来ている。しかし、その足取りは重く、沼地でも歩いているかのような遅さであった。

 凝視すると一誠の鎧に黒い粘液がへばりついており、足元にもそれが広がっている。一誠の足取りが重いのはその粘液の上を歩いているせいであり、一誠が足を上げる度に足底に付いた粘液が糸を引く。

 黒い粘液は蠢いており、その中に大小異なる大きさの同じ顔が浮かび上がっている。既に粘液の正体はシャルバの怨念なのは知っている。そうなると浮かぶ顔らは全てシャルバの顔となる。

 その顔からは微かに雑音が聞こえてくる。どれもが聞くに堪えない怨嗟の声であった。

 垂れ流されている怨念は、千切られた尻尾の断面から零れ出ている。千切られた部位を短時間で再生するのは不可能なのか、それとも再生させる為の力が残されていないのか。

 前者ならまだ戦いは続きそうだが、後者ならば追い詰めてきている。ただ、それは一誠の命がそれ程までに消耗されていることも意味していた。

 

「死に損ないが……見苦しいにも程があるぞ……!」

 

 シャルバの怨念を見てヘルズエンジェルは醜悪さと見苦しさに底値であった感情がヒートアップしていく。他者の体を奪い、操る。その理不尽さはヘルズエンジェルの感情を昂ぶらせるのに十分過ぎる。

 一誠の足元に広がるシャルバの怨念が途端にその量を増やし、地面へ広がっていく。

 荒野の乾いた地面は黒い沼地のようになっていき、蠢く怨念は凄まじい速度で範囲を拡大していく。

 怨念が一誠たちに届くのはあっという間であり、憎悪の顔が浮かび呪いの言葉を吐き続ける領域がすぐ足元まで来る。

 シンもヴァーリも全て吹き飛ばそうと力を溜め始めた時、誰よりも先にヘルズエンジェルが前に出た。

 バイクに跨ったまま片足を振り上げ、怨念の沼へ振り下ろし、踏みつける。

 シャルバの怨念は当然ながらヘルズエンジェルの足を纏わりつき、浸食しようとしてくるが──

 

「お前……何か勘違いをしているな……?」

 

 ──平坦な喋り方であった。怒鳴りはしなかったがその声には凝縮された怒気が込められており重圧感がある。

 ヘルズエンジェルが喋った瞬間、シャルバの怨念は波打ち、浸食が止める。まるでヘルズエンジェルの声に震え上がったかのように。

 

「赤龍帝の力を自分の力だと錯覚したか? この程度の怒りで俺を呪い殺せると思っているのか?」

 

 侮蔑の言葉を吐き捨てる。赤龍帝の力を自分のものだという思い上がり。ヘルズエンジェルには癇に障る。

 

「その程度で……俺の怒りを呑み込めると思うなっ!」

 

 一喝によりヘルズエンジェルの全身が着火。ヘルズエンジェルに触れていた怨念は炎に触れた瞬間に蒸発してしまう。

 広がっていたシャルバの怨念はヘルズエンジェルの炎を恐れて逆回しのように戻っていき、逃げ込むように一誠の鎧の内側に入っていく。

 

「くたばり損ないの寄生虫擬きが! 所詮はあの淫売の下衆な企みに利用されているだけの残骸風情が自惚れるな! 死んだ負け犬は地獄の底で吠えていろ! 勝った奴にへばりつくな!」

 

 ヘルズエンジェルはこれでもかとシャルバを罵倒する。現在のシャルバに意思があるかどうかは分からない。だが、それを聞いた後の一誠の雰囲気は明らかに変わる。

 地面を割り砕く勢いで両足を踏みつけ、両手の爪を胸に突き立てたかと思えば胸部装甲を無理矢理開き、宝玉の形をした発射口を露出させる。

 発射口は砲身を伸ばすように前に突き出し、宝玉が肥大化する。ロンギヌススマッシャーの発射態勢。最初に見せた時と異なり宝玉の形が違い、通常時と変わらない形状をしている。

 ヘルズエンジェル一点に狙い絞っており、殺意の表れであった。

 

「ふん! 図星を突かれて実力行使に出たか? 馬鹿が! 小さ過ぎるんだよ! お前は!」

 

 ロンギヌススマッシャーに狙われても罵るのを止めないヘルズエンジェル。宝玉に赤黒いオーラが充填されていく。

 ヘルズエンジェルはハンドルを握り締めるとシンたちを一瞥する。何も語らなかったが、その目が何を言おうとしているのか刺すように伝えてくる。

 

 失せろ

 

 そんな声が頭の中で響いた気がした。言葉選びは最悪だが周囲の状況から判断するに離れていろと言いたいらしい。

 

「失礼」

 

 そう解釈したのはシンだけでなくヴァーリも同様であり、シンの腕を掴む。小脇には既にオーフィスを抱えていた。

 

「ヘルズエンジェル、本気で走る。巻き込まれる、離れて」

 

 オーフィスはこれから何が起こるのか察しており、二人に警告をする。

 

「出来れば特等席で見たかったが!」

 

 本気か冗談か分からないことを言いながらヴァーリは光翼から大量のオーラを噴射させ、二人を持ち上げて高速で離れる。

 ロンギヌススマッシャーの準備から発射まで十秒もかからない。威力を考えれば絶望的な短さ。しかし、相手がヘルズエンジェルならば話は変わってくる。

 五秒もあればその絶望を覆し、それを地獄にして返す。

 ヘルズエンジェルがアクセルを回し、エキゾーストノートを鳴らした瞬間に一誠の前からヘルズエンジェルは消えた。

 敵前逃亡ではない。何故ならヘルズエンジェルは一誠の直線上に立っている。ただし、数百メートル以上も離れた位置だが。

 人外の速度で移動したヘルズエンジェル。間合いを広げたのはただの準備に過ぎない。誰よりも速いヘルズエンジェルだが、次の攻撃には十分な助走が必要であった。

 

「お前にも見せてやろう──」

 

 燃える盛る後輪が大地を掴み、走り出す為のパワーを爆発させようとしている。

 

「スピードの向こう側を!」

 

 ヘルズエンジェルの全身から噴き出す炎。エキゾーストノートに反応して発生する竜巻。それらが合わさり、ヘルズエンジェルの背中から炎の翼が後方へ伸びていく。その翼は前に押し出す為の力であり噴射炎のようなもの。

 バイクが走り出した瞬間にヘルズエンジェルの後方の地面が粉砕される。超音速に達した際に発生した衝撃波が原因であった。

 ヘルズエンジェルが走った後にワンテンポ遅れて起こる衝撃波による破壊。それはヘルズエンジェルが前進する度に破壊のテンポが遅くなっていく。

 ヘルズエンジェルのスピードに付いていけず、段々と置いて行かれていっている。残されるのは破壊という名の轍。

 離れた位置でそれを観測していたシンであったが、シンの目でもヘルズエンジェルのスピードに追いつけない。そもそも発進した時には見失っていた。

 光景も風も音も何もかも置き去りにし、ヘルズエンジェルだけが存在することを許される空間。彼が言うスピードの向こう側。

 そこに居る時だけはヘルズエンジェルを怒らせる全てから解放される。刹那であるが、自分の中の怒りを忘れることが出来た。

 しかし、今日は少しだけ違った。スピードの向こう側で自分の中に燻る怒りを感じる。

 これは彼の怒りではない。復活する際に取り込んだライザー・フェニックスの怒りである。

 孤高の空間の中で初めて他者を認識した。不快感はないが初めての経験と言える。怒りの化身である自分が誰かの怒りを背負って走ることに少しだけ奇妙さを感じた。

 その奇妙な感覚に浸った直後、視界を赤く染める巨大なオーラが迫る。一誠の放ったロンギヌススマッシャーであった。

 膨大な量のオーラを圧縮させた必殺の一撃。直撃を受ければ魔人ですら危機感を覚える。

 そんな技に対し、ヘルズエンジェルが取った行動は一つ──直進のみ。

 ヘルズエンジェルとロンギヌススマッシャーが真正面から衝突した時、ロンギヌススマッシャーのオーラは四散する。

 ホースの水を傘で受けるように、ヘルズエンジェルが生み出す衝撃波に沿ってロンギヌススマッシャーのオーラがヘルズエンジェルの後方へ飛び散っていく。

 それは凄まじい光景であり、ただでさえ高威力のロンギヌススマッシャーが幾筋にもばらけて飛んで行き、水平に飛んだものは数十の岩壁を貫いても威力が削げることなく彼方へ消えていき、空に飛んだものは赤い空に本来ならば開くことがない穴を開けてしまう。

 ロンギヌススマッシャーに逆らいながら突き進み続けるヘルズエンジェル。前進するごとにロンギヌススマッシャーの拡散は酷くなり、あらゆるものが破壊されていく。

 ヘルズエンジェルが押しているようにも見えるが、スピードが落ちている。脅威的な速度を出しているからこそロンギヌススマッシャーを弾くことを可能としていた。このまま速度が落ち続ければロンギヌススマッシャーがヘルズエンジェルを貫く。

 ヘルズエンジェルが届くのが先か、一誠が貫くのが先か。互いの全力の一撃を振り絞る。

 一誠とヘルズエンジェルの距離が間もなくゼロになろうとしている。ヘルズエンジェルの速度も大分落ちているが、ロンギヌススマッシャーの出力も落ちている。

 力と速度のぶつかり合いが限界点まで達し時、荒野が赤い閃光に包まれた。

 見ていたシンたちもその光の強さに反射的に視線を逸らす。直視していたら目が潰れていた。

 強い光は一瞬の出来事であり、視線を逸らしたすぐ後に収まる。

 シンたちはすぐに一誠とヘルズエンジェルの決着がどうなったのか見た。

 バイクが止まっている。跨っているヘルズエンジェルの体はボロボロであった。体のあちこちに穴が空いており、片腕も消失している。負傷した箇所は再生しているが、大技を使った直後で消耗しているせいか再生の速度が遅かった。

 一誠に反撃をされたらまた全身が吹き飛ばされてもおかしくない状況で何もせず堂々としている。

 ヘルズエンジェルが何もしないのには根拠があった。相手が何も出来ないと分かっていたからだ。

 ヘルズエンジェルのバイクの前輪。それがロンギヌススマッシャーの発射口である宝玉に埋まっていた。

 ヘルズエンジェルのダメージも大きいが、一誠のダメージもまた大きい。少なくともこれでロンギヌススマッシャーは撃てない。

 互いに痛み分け──とはならない。ヘルズエンジェルの目的は最初から一誠の救出。死なない程度にダメージを与えられたのは最良の結果である。

 全力で轢けば加減(ブレーキ)がかけられない為に一誠を確実に轢殺する。故に全力を出せなかったが、()()()()ことに一誠はロンギヌススマッシャーを繰り出そうとしていた。

 ヘルズエンジェルはこれを利用した。ロンギヌススマッシャーを自らのブレーキにしたのだ。

 その狙いは成功し、今へと至る。しかし、思い通りの結果になったがヘルズエンジェルは憮然としている。

 ヘルズエンジェルはめり込んだ前輪を引き抜こうと苦戦している一誠の前でシガーを見せる。

 

「見ろ。タバコ一本にも火が点けられない」

 

 火が点いていないシガーで揶揄する。

 

「分かるか? この程度にされているんだ、お前は」

 

 シャルバの怨念により暴走させられている一誠に呼び掛ける。

 

「本物はあんな生温いものじゃない」

 

 本物の威力を知っているからこそ今の一撃を生温いと貶す。

 

「……ここから先は俺の怒り(言葉)じゃない──奴の怒り(言葉)だ」

 

 前以って言った後、ヘルズエンジェルは一誠の首元を掴み、引き寄せて額を叩き付ける。

 

「俺に勝った奴が、いつまでもそんな奴に好き勝手されているな! この馬鹿野郎!」

 

 ヘルズエンジェルの内に宿る不死鳥の怒りが一誠にぶつけられた。

 

 

 ◇

 

 

 暗い、暗い、怨念の奈落の中。ただ消えていくのを待つだけの一誠の意識。

 冷たい暗闇すら心地良く感じ始めた時──

 

 この馬鹿野郎! 

 

 暗闇の中で波紋のように誰かの怒声が聞こえる。

 

(この声……)

 

 閉ざされていた一誠の瞼が再び開こうとする。

 




そろそろこの章も終わりになります。
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