ハイスクールD³   作:K/K

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メタ的というかゲーム的要素があります。


死亡、死別

 ロンギヌススマッシャー同士の衝突、しかも複数同時に。恐らくは歴代の赤龍帝と白龍皇の戦いでもまず無い光景であり、新たな歴史のページに刻まれるべき偉業に等しい光景である。

 残念ながらその光景を目撃しているのはたった二名。オーフィスとヘルズエンジェルのみ。どちらも性格に難があり、この光景を正確に他者へ伝えることは出来ないだろう。

 ただし、彼らだからこそこれを目撃出来たとも言える。並の存在であったのなら目に焼き付ける前に余波で消滅し、目撃することも叶わなかった。

 質も量も桁外れの赤と白のオーラが反発し合うことで発生した二色の衝撃波がまず荒野全体へ一瞬にして広がる。この時点で大半の存在は不可視の衝撃波で全身が粉微塵に粉砕される。

 その後に待っているのは完全に混合した二色のオーラが光線のように四方へ飛び散る光景。相反する力が奇跡の比率によって混ざり合うことで意図せずに発生した赤龍帝と白龍皇の合わせ技のようなものであり、未知なる力となって空間を貫く。

 最初の衝撃波を難無く耐えていたオーフィスとヘルズエンジェルであったが、次に発生したこれらには流石に危険を感じ、無差別に放たれる光線を躱す。

 オーフィスは細やかなステップで未来を予知したかのように事前に光線の射線上から移動し光線を回避。

 一方でヘルズエンジェルもバイクを動かし瞬間移動のように光線を避けていた。大型のバイクという小回りの利かない乗り物を巧みに動かし、順調に回避し続けていたのだが、あるタイミングで光線を躱した時、十分に離れていたと思っていたのに光線の出力が強過ぎるせいかライダースーツの一部が溶ける。その瞬間、呪いのように再生が発動。一誠の譲渡の影響がまだ及んでいるせいで過剰再生が起こり、ヘルズエンジェルの全身が炎に包まれた。

 炎が消えた後ヘルズエンジェルは無傷になっていたが、代償として精神のリセットが行われ、ヘルズエンジェルの精神は無に近い状態となる。

 バイクに跨ったまま棒立ち状態となり、次に来る光線に対して躱す動作も見せない。やがて、光線がヘルズエンジェルを貫く──かと思いきや直前になってバイクが後退をして直撃を免れた。

 

「ヘルズエンジェル、ボーっとしない」

 

 注意したのはオーフィス。小さな手がヘルズエンジェルのテールカウルを掴んでいる。不自然な後退をしたのはオーフィスに引っ張られたからであった。

 

「……お前からボーっとするなと言われるのは屈辱の極みだな」

 

 平坦な口調ながらも『お前からは絶対に言われたくない』という強い意志が感じられる。精神が虚無の状態であっても否定したい台詞なのが伝わって来た。

 このようなことを言われて流石にいつまでも虚無感を抱いている訳にはいかない。オーフィスの気遣いらしきものは、ヘルズエンジェルの心に熱を与える。

 

「ちっ」

 

 本人を前に盛大な舌打ち。これでもかと苛立ちと怒りが込められている。とてもではないが助けられた者の態度ではない。小物染みた態度だが、相手がオーフィスとなると一瞬にして命知らずか大物かに感想も反転する。

 ヘルズエンジェルはオーフィスを掴み上げる。オーフィスはそれに抵抗しなかった。オーフィスを掴んだままヘルズエンジェルは乱射される光線を潜り抜ける。

 オーフィス本人の実力なら別に手助けも要らないが、代わりにやってくれるのなら別に構わずヘルズエンジェルに全てを委ねる。

 腑抜けていた時とは比べ物にならないハンドル捌きで躱し続けるヘルズエンジェル。あまりの速度にヘルズエンジェルが分身しているように見える。

 反発する力を避け続け、ようやく力が収まる。

 異空間内は今の乱射より空間の至る箇所に穴が開いている。穴の向こう側は何処でもない異次元へと繋がっている。穴が開いてしまったことで異空間を構成する力が異次元へと流れ始め、穴が広がっていき異空間の崩壊が始める。

 この異空間はヘルズエンジェルが創り出したものだが、壊れた箇所を修復するには数が多く、また一誠とヴァーリの二人が壊したものを自分が尻拭いするのが腹立たしかったので崩壊を止めずにいた。

 特に中心地となった部分は酷く、地面に無数の穴が出来ており、そこもまた異次元へと繋がる。

 この様な事態を引き起こした原因らをヘルズエンジェルは見る。

 一誠は無傷であったが、ロンギヌススマッシャーを放った発射口である黒い宝玉が自壊していく。塵のようになって宙に溶けていくが翅に還る様子はない。一誠が消耗していない様子からして翅を代償として複数のロンギヌススマッシャーを発射したと思われる。

 それは迎撃したヴァーリは地面にうつ伏せになっていた。死んでいるように見えたが、微かに体が上下しており呼吸をしている。一誠とは違って全魔力を消費してロンギヌススマッシャーの同時発射を行ったので限界を迎えて意識を失っている。

 ロンギヌススマッシャーの撃ち合いで生きていることも驚嘆だが、更に驚くことに目立った外傷は見当たらない。ロンギヌススマッシャーの放った際の余波が障壁となり攻撃を防いでくれたと思われる。攻撃に全てを振ったからこその偶然の産物であった。

『覇龍』を発動しても生きている上にロンギヌススマッシャーを複数回発射は歴代の白龍皇とは一線を画す、というよりも上位者の領域に完全に足を踏み入れている。ヘルズエンジェルから見ても怪物と認識するぐらいの才能と素質であった。

 放っておいたら広がる穴の中に落ちてしまいそうだが、ヘルズエンジェルは助ける素振りは見せない。急いで助けるのも癪であった。そもそもヴァーリの救出は契約の対象外なので落ちる刹那まで放置する。助けるかどうかはその時のヘルズエンジェルの気分次第である。

 ヴァーリは放ってもう一人爆心地にいたシンの方へ──

 

「……ふん」

 

 ──ヘルズエンジェルは一目見た途端、鼻を鳴らす。不機嫌そうで、それでいて何処か愉し気な含みもあった。

 

「中途半端野郎が……ようやく()()()()か」

 

 

 

 ◇

 

 

 激しい閃光を間近で浴びたシンは全身が焼け溶けるような感覚を味わった。しかし、熱さも痛みもすぐに感じなくなる。それらを感じる為の神経がロンギヌススマッシャーの閃光により潰れてしまったからだ。

 目も見えなくなり、耳も聞こえなくなる。鼻も何も感じなくなり、最終的には五感全てが使い物にならなくなった。

 数度死んでもおかしくない力の濁流の中、それでもシンの命が断たれることはなかった。死のラインを超えそうになると無意識に治癒魔法を発動させ、命を繋ぎ止める。それを何度か繰り返して力の衝突が収まるのを待つ。

 苦痛の中では一秒が何倍にも引き延ばされて感じるが、それでもシンは声一つ上げることなく耐えていた。

 怒濤の如く押し寄せて来る力が止み、静寂が訪れる。その静けさの中でシンの命は死の淵に立っていた。

 呼吸すらままならない状態の中、シンは死の片鱗を感じながらもそれに怯えることも恐れることもしない。

 短い期間でそれを何度も経験しているので慣れているということもあるが、もっと別の理由があった。

 暗く冷たい死へと沈みこんでいくこの感覚。マタドールに胸を突き刺された時の記憶が嫌でも蘇ってくる。

 生と死の狭間。本来ならばそこには何もなく闇のみが広がる──筈であった。

 その闇の中で浮かび上がる赤い光で縁取られた紋様。そして、こちらを真っ直ぐ見つめてくる黄金の双眼。それ以外は闇と同化しているのか見えない。

 

 久しぶりだな

 

 闇の中に潜む者が話し掛けてくる。

 

 成長はしているな。前はあの魔人を取り込めたことで成れたが、今回は自力でここに来た。それはお前が魔人として成長している証だ──それとも順調に『戻って来ている』証拠と言った方が良いか? 

 

 自分が魔人として自覚したせいか、闇に溶け込んでいる者の姿が段々とハッキリと見え始めてきた。

 声から分かっていたが、それは間違いなく自分自身であった。

 

 自覚出来ているな。

 

 自分とあれこれお喋りする趣味は無いので、話し掛けられても無視する。

 

 それでこそだ。

 

 喋らなくとも向こうには伝わっている様子。ここが自分の精神世界なら当然のことではあるが。

 

 力を手にしてどうする? 命懸けで彼奴を救うのか? 

 

 試すように訊いてくる。自分自身の声だからなのか妙に腹が立つ。わざわざ言葉にしなくても伝わるので返事はしなかった。

 言葉にしない決意を聞いたその声は──

 

 それでこそだ。

 

 もう一度同じ称賛をした。

 

 

 

 ◇

 

 

 倒れ伏せていたシンは徐に立ち上がる。ロンギヌススマッシャーが激突した中心地に居た筈なのだが、こちらも無傷であった。ヴァーリとは違って身を守る術など持っていない筈なのに外傷は無い。そうなると自力で生き残ったということになるが、数度死んでも釣りが来るような状況の中でどうやって生き延びたのか見る者にとっては不思議でならない。

 構えらしい構えも取らず脱力した状態で立つ姿は枯れた花を連想させる。生き延びることに全力を尽くし、果ててしまったように見えた。

 オーフィスの目から見ても今にも散ってしまいそうな儚さを感じさせる──しかし、それは一瞬の幻であった。次の時には尽きるかと思われた命が力強く脈動を始める。

 消えそうであった生命力が妖しく、強く、恐ろしく輝く。それはシンの外見にも変化を及ぼした。

 体の至る箇所に浮かぶ紋様。それらが木の根のように、或いは浸食するようにシンの体表で伸びていく。紋様が無かった右目周りにも新たな紋様が浮かび、それもまた他の紋様と繋ぎ合わさっていく。

 全身の紋様が一つとなると首裏にある紋様が隆起し、背鰭のような突起に変形した。

 シンの瞳は黄金へと変わり、肉体の変化が終わると紋様を縁取っていた蛍光色は赤色となり溢れ出る魔力が放電のような火花の形となって全身から迸った。

 魔人・人修羅としての在るべき姿へシンは返る。

 

「魔人……」

 

 オーフィスは変貌したシンの姿を見てポツリと呟いた。

 シンが魔人であることをオーフィスは勿論知っている。しかし、彼女が日常で見て来たシンは人間の割合が多かった。魔人としてのニオイや気配、片鱗はあったが彼女が知っている他の魔人と比べると薄いと言えた。

 だが、今の姿となってオーフィスはシンが魔人であることを再認識する。ようやく彼女の知る魔人となった。

 同時に人修羅と成ったシンの姿はオーフィスの友人と重なる。オーフィスから見ても何を考えているのか、何者か分からない深淵の存在であり、この世界にとっての異物。それは他の魔人からも感じるものであったが、シンからは特に強く感じられた。

 

「……気に入らないな」

 

 オーフィスの耳に入る微かな声。発しているのはヘルズエンジェル。同じ魔人の覚醒に対し、ヘルズエンジェルは快く思っていない。しかし、だからといって怒気や苛立ちに塗れている訳ではない。その言葉には微かな、ほんの微かな敬意のようなものが含まれている。

 ヘルズエンジェルが気に入らないと言ったのは人修羅に対してではなく、人修羅を見て複雑な感情を抱いてしまっている自分自身へ向けてのものであった。

 オーフィスからは好奇、ヘルズエンジェルからは敵意、殺意の視線を向けられながらもそれらを無視してシンは一誠の方へ歩いていく。

 その歩みに緊張感というものはなく、友を救う為に戦いに向かっている筈なのに在るべきストーリーや背景が連想されない。速くも遅くも重くも軽くもない歩調から何も見出せないぐらいに『無』としか感じられない普通の歩みで。

 シンが人修羅へ覚醒すると同時に一誠もまたある変化が起こっていた。

 

 

 ◇

 

 

 ロンギヌススマッシャー、しかも複数同時発射。倒れてもおかしくないどころか死んでいても不思議ではない大技を放ったというのに一誠は疲労感を覚えない。それが却って不気味であった。

 

『そう──恐れる必要は──無い』

 

 声が聞こえて来たが、途切れ途切れになっており聞き取り難くなっている。

 

「どうした!? 何かあったのか!?」

 

 一誠は声の異変に心配する様に言う。

 

『代償を──払っただけさ──あの技は──僕らの翅──力を消費して使ったもの』

 

 声が言うようにロンギヌススマッシャーのエネルギーの殆どは一誠の体に翅を消費していた。発射と同時に内包していたエネルギーを全て使い切り、砲口であった宝玉は発射し終えると全て消滅していた。これには一誠はもう翅の力を使うことが出来ず、一度しか使用出来ない大技であった。

 

『君との──繋がりも──これで消えてしまう──最後に良いものを──見せて貰ったよ──最後まで見届けられないのは少々残念だが』

 

 別れを惜しむようなことを言う声。一誠も色々と助けられたので惜別の気持ちが生まれていた。

 

「えーと……誰か分からないけど、ありがとな」

『別に──気にする──必要はないさ──』

 

 そこで少しだけ間が置かれる。

 

『後は君の──好きにすればいい──()()()()

「──え?」

 

 次の瞬間、今まで沈黙を保ち続けていたヘドロのような闇が蠢き、呆気に取られている一誠を呑み込む。

 見たいものが見られた。こちら側に直接影響を受けた一誠の強さ。魔人に影響を受けたヴァーリの強さ。二つの世界が交差することで生じた力は声の主を満足させるには十分であった。

 それが見られたので後はどうなっても良かった。だから、元々在ったマザーハーロットとシャルバへ借りたものを返す。それだけのこと。

 

 

 ◇

 

 

 一誠の真紅の鎧がまた黒く染まっていくのが見える。何度も何度も手が届きそうな所まで来たが、全てが徒労に終わったと嘲るような振り出し。

 シンはそう考えながらも振り出しに戻ったことに対し辛くも、苦しくも、怒りも無い。事実を事実として潔く受け止める──嘘である。

 特に何の感情も湧いて来なかった。友人の危機に何も思わないことへ理由を付けようとして思いついたのがそれであっただけである。

 自分が酷く危うい存在に思えて来る。そう客観視しても全く止まる気も改める気もないことが最も危うい。

 拳が自然に握られる、一誠との距離が詰まっていく。

 

「……きっとお前は後悔する」

 

 自分にも相手にも向けた言葉。最悪の未来を阻止する為に、最善の選択であると自らに言い聞かせる為に──本当はとっく決断している癖に人間らしく言い訳をする。

 

「そうなる前に俺がお前を殺してやる──イッセー」

 

 これから俺は戦友と殺し合う──そのことに何一つ葛藤がない。言葉が口から滑り出る。

 やがて、シンは一歩が両者の間合いへと踏み入れる──瞬間、完全に黒く染まった一誠の裏拳がシンの顔面を打ち抜く。

 首が折れるような勢いで傾くが、直後に液体の零れるような音が鳴った。

 一誠の兜、その隙間から大量の血が零れ出ている。内臓を損傷したことによる吐血。その原因となったのは一誠の腹に打ち込まれていたシンの拳。

 シンは一誠に殴られながらも反撃をしていた。だが、殴られたシンも無傷では済まない。

 ドラゴンの鱗に似た粗い表面の手甲で殴られたせいでシンの頬は肉ごと皮膚が削がれている。

 しかし、怪我など認識していないかのようにシンは同じ箇所を再び殴る。凹んでいた鎧の装甲が更に深く窪んだ。

 間髪入れずに痛めていた腹を殴打され、衝撃と圧迫で一誠はもう一度吐血する。

 血塊を吐き出した兜の口部からヒュー、ヒューとか細い呼気が漏れる。

 シンはまたも同じ箇所を殴ろうとし、予備動作に入る。一誠──この場合彼に憑りついているシャルバの怨念はこれ以上危険と判断したのか咄嗟に下がろうとした。

 ドン、という音が鳴り下がろうとしていた一誠の体が引き止められる。

 下がることを事前に察していたシンの足が一誠の足の甲を踏み付けていた。尤も、地面に埋まる程の強さで踏んでいるので、地面に磔にしているに等しい。

 三度目の拳。何処を狙っているのか分かっているので反射的にガードをするが、それは愚策。拳が打ち付けられた瞬間、衝撃がガードを貫通して三度目の衝撃を体内に浸透させた。

 防ぐどころか腕に余計なダメージを負う結果になってしまう。

 血混じりの吐瀉物を吐きながら一誠はシンに抱きつく。クリンチのように両腕を押さえつけながら密着し、シンの動きを制限しようとする。

 純粋なパワーなら一誠の方が上であり、事実シンは一誠の腕を振り解けていない。

 負ったダメージを回復までは行かないが、四回も同じ箇所を攻撃されたら流石に耐え切れないので少しでも時間を稼ごうとする。

 振り解かれないよう一誠は抱きついた体勢からシンを締め上げた。こうすることで簡単に脱出出来ないようにする。このまま力任せにへし折ることも可能だが、そうするにはダメージを負い過ぎた。痛みが和らぎ、呼吸が整えられるまでそれは出来ない。

 一誠の時間稼ぎに対し、シンは耳元に口を寄せる。

 

「──あいつの戦い方じゃないな……お利口過ぎる」

 

 シャルバの怨念に再び意識を乗っ取られたことを再確認する。

 

「負け犬のニオイがする」

 

 無感情の言葉のまま蔑む言葉を吐く。

 

「恥晒しの死人が醜く足搔いている。醜悪という言葉じゃ足りないな。流石は旧魔王ということか」

 

 普段は口数の少ないシンだが、シャルバの怨念に対する挑発は饒舌であった。

 

「何一つ為せない死人のすることは、生者の足を引っ張るということか。その死に様が全てを物語っているな。お前が魂の一片まで負け犬だということが」

 

 骨が軋む程締められているのに苦しむ様子は無く淡々と罵る。

 怒り締める力が増してくるが、シンはそれすらも罵倒する。

 

「怒ったフリは止せ。怒る程の誇りも尊厳も持ち合わせていない癖に。さも有るように振る舞うな。怨念風情が生者の真似事など無礼だ」

 

 シャルバの怨念にある人格の残留を徹底的にこき下ろす。拘束されている状況での挑発は相手の理性を奪い、攻撃を苛烈にさせる燃料にしかならない。

 案の定、一誠を操る怨念の殺意が膨張し、シンを二つ折りにしようとする。しかし、当然ながらシンも抵抗するので締め付けもある程度まで進んだ所で止まってしまう。

 そこから暫くの間、拮抗状態となる。一誠がどれだけ締めてもシンを殺すには至らない。

 一誠の体から煙のように浮き出ているものが見える。黒く、ドロドロとして人の形をしており、背後霊のように一誠に纏わりついている。その纏わりついた部分が操り人形のように鎧ごと一誠を操っている。

 

「貧弱な奴だ。さっさと代われ。元の持ち主の方がまだ勝てる可能性がある」

 

 蔑むと黒いそれはよりハッキリとした姿になる。泥を捏ね上げて作り上げた下手な造形で嘗ての見る影も無い筈なのだが、それがシャルバの怨念であることは直感的に伝わってくる。

 完全にシャルバに乗っ取られていると想定し、ここぞとばかりにシンは再び挑発し、シャルバの怨念の怒りを誘う。

 それを聞いたシャルバはより強い力を出す為に両腕に力を込める。この時、力を入れることに集中したせいで動きが一瞬止まり、防御が疎かになった。

 両腕の力が入るまでの短い間にシンは首を素早く動かし、シャルバの首筋に顔を寄せると躊躇なく首に噛み付く。

 噛む、という原始的な攻撃。だが、攻撃に於いては強力な武器である。首の装甲に突き立てられた歯は咬筋力に物を言わせて装甲に罅を入れ、歯が装甲に食い込んでいく。

 野蛮過ぎる戦い方はこれまでのシンの戦い方とは大分違う。今のシンは自分の中にある使えるものを全て使って戦っている。ペラペラと喋ってシャルバを挑発した時もそうだが、言葉も声も歯も使える武器の一つに過ぎないと考えであり、それが顕著になっていた。

 シンが嚙みついて来ることを予想していなかったシャルバは動揺し、慌ててシンを締めつけるが、動揺しているのと首を噛まれていることを気にし過ぎて締める力が十分ではなく、シンの体をへし折るには到底足りなかった。

 その間にも装甲を噛み砕いていくシン。ギシギシという音を立てて装甲が嚙み砕かれていく様は、直接音が響いている相手にとって恐怖と言えるだろう。

 このままでは首を嚙み切られると思ったのか、音の重圧と恐怖に耐え切れなくなって両腕をシンから離し、シンの頭を掴んで引き剥がそうとする。

 その手が届く前に解放されたシンの両手がシャルバの両腕を掴む。指先が手首に突き立てられ、腕部装甲にめり込んでいく。あわよくばこのまま手首を指で貫くつもりである。

 引き剝がすことも出来なくなり、シャルバは首を揺さぶって離そうとする。しかし、シンの歯は装甲にしっかり食い込んでいるので簡単には離れなかった。

 このまま装甲を食い千切られる──とシャルバが考えているとしたら、それは悠長な考えである。シンからすれば少しでも切れ目が入れば更に一手繰り出せる。

 シンは鼻から息を吸い込む。そして、吐く。その吐かれた息は炎と化していた。

 炎の息を装甲の切れ目に吹き込まれ、シャルバは一層激しく暴れる。僅かな隙間の為、炎は入り込めないが熱は伝わっていく。

 圧迫されている首筋に灼熱まで加わり、シャルバの恐れは極限まで高まった。

 その時、装甲前面の一部が開く。そこから噴射されたオーラがシンに当たる。

 本来は飛行の為に用いる噴射孔。パニックに近い状態になったシャルバが夢中で鎧の能力を使おうとした結果、偶然の形で発動した。

 タイミングが悪いことに今のシャルバの精神はマイナス方向とは言え強まっている。恐怖、拒絶などのシンを遠ざけたいという想いに反応し、高い出力を引き出す。

 密着状態であったが、この噴射によりシンは掴んでいた手を離してしまう。

 片方だが腕の自由を取り戻したシャルバは、すかさずシンを殴ろうとした。

 攻撃が来るのが分かった。このまま噛み付いていても良かったが、それよりも一旦攻撃を中断した方がダメージを抑えられると判断し、嚙むのを止めた。

 シャルバに殴られる瞬間、腕を盾にするがそのまま殴り抜けられる。使い手がどうしようもないが、使っている神器のパワーは据え置きなのでシンの体はボールのような速く、遠くへ飛んでいった。

 余程シンを怖れたのか飛距離は百メートルを超え、シンは背中から地面に落ちた。しかし、すぐに上半身を起こす。

 ダメージなど無いかのように立ち上がろうとし、両手で体を支えるがバランスを崩す。

 今気づいたようにシンは先程盾にした腕を見た。殴られたことで腕は歪に変形している。それどころか肩辺りに貫通創まであった。そのせいで自重を支えることが出来なかった。

 近距離で噴射を受けた際に肩を噴射のオーラで貫かれていた。それが原因でシャルバの腕を掴んでいた手を離してしまった。

 魔人として覚醒したのは良いが、この痛みと恐怖に鈍感になるのは考えものであった。

 確かに痛みと恐怖は戦いの妨げになることはある。痛みは思考を途切れさせたり、恐怖は決断を誤らせたり、鈍らせたりする。

 同時に痛みや感情は危険を知らせる信号でもある。痛みを感じなければ、恐怖を感じなければ誰もが死へ簡単に向かってしまう。

 現にシンもバランスを崩すまで自分の負傷具合に気付かなかった。これが戦いの最中であったのなら使えない片腕を使おうとし、動かすことが出来ずに更なるダメージを負っていたことだろう。

 シンは考える。せめてもう少し自分の傷を客観的に見られないものかと。

 そこで簡易ながらも思い付いた。数値化である。これから受ける傷を数値として記憶していき、自分を客観視する。

 自分の現在の状態を分かり易く数値化する。

 

 HP499/999 MP0/999

 

 古い記憶を呼び起こし、一回だけやったことがあるゲームを参考にしてみた。こう見ると体力が半分しかなく、魔力の方は完全に尽きている。覚醒する前にロンギヌススマッシャーを生き抜く為に何度も治癒魔法を使用したせいである。このせいで使えなくなっている左腕を治せない。僅かに残っていた魔力も先程の炎の息に使ってしまったので完全に空になった。

 尤も、片腕が攻撃に使えないのであれば別の使い道もある。魔力の方も体力が残っているのなら攻撃は出来るので特に問題無い。

 何の問題も無しと判断して再び立ち上がるシン。今度はバランスを崩すことはなかった。

 飛んで来た方向を見る。そこにはまだシャルバがいた。シンはすぐに走り出してシャルバに接近する。

 シャルバは自分の方へ走り寄ってくるシンに悍ましさを感じていた。殴り飛ばして数秒も経たずにもう動き出している。負傷しているのは間違いない。現に左腕が折れているのか垂れ下がっている。だが、当人は気にすることなく折れた左腕を大きく揺らしながら全力で走っていた。

 本能的な恐怖を感じ、シャルバはシン目掛けてオーラを飛ばす。一誠のドラゴンショットと比べて威力はお粗末だが、その分連射を重視しており機関銃のように連続して発射される。

 正面から来たオーラの弾。連なるように連射されているのが見える。しかし、シンは走る速度を緩めずにそのまま前進する。

 オーラの弾が命中する──かと思われたが、シンの傍を通り抜けていく。他の弾もシンに当たらずに近くを通り過ぎていくだけであった。

 これに驚いたのはシャルバ。連射しているというのに全く当たらない。何かしらの異能力を使ってオーラの弾を逸らしているのでは、と思いながらも連射を維持する。

 シャルバはシンの未知なる力を恐れているが、シンは特別なことは何もしてない。シャルバの手が震えて弾の方が勝手に外れていくだけである。シンが速度を緩めないのも弾の軌道が自分に当たらないことが分かっているからだ。

 しかし、シャルバは自分の恐怖に気付いていない。或いは気付かないように目を逸らしているのか。ただ前進して来るだけのシンを、何か得体の知れない事をしていると勝手に思い込み、自分から動揺して更に狙いをブレさせる。

 その負の連鎖を繰り返し、いつの間にかシンはシャルバの十メートル手前まで無傷で来られた。

 シャルバは胸の内からせり出してくる恐怖心を叫ぶことで誤魔化し、両手からオーラの弾を放つ。流石にここまで近付くと外れる方がおかしく、シャルバの拒絶を形にしたオーラがシンへ命中し、爆発が起こる

 当たったことに喜ぶシャルバであったが、すぐにそれは消え去る。爆発を突き破ってシンが現れたからであった。

 オーラの弾を受けても無傷──という訳ではなかった。歪になっていたシンの左腕が今は血塗れになっている。左腕を振って防御に使用していた。血塗れになっても特に問題は無し、最初からそういった目的で使うつもりであった。

 

 HP449/999 MP0/999

 

 かなり流血をしている。放っておけば失血死するかもしれない。試しに氷の息で止血が出来るかやってみる。しかし、息を吸い込んでもその息が冷気になる気配はない。

 今度は体力を消費して魔力に変えてみる。枯渇しているものを体内で変換し、魔力を生成する。

 シンの口から白い冷気が吐き出され、左腕の傷を凍結させる。これにより失血死するまでの時間を稼ぐことが出来たが──

 

 HP359/999 MP0/999

 

 僅かな魔力に変換するだけで体力を一割程消費した。客観視することで気付いたが、体力を魔力に変換する方法は非常に変換効率が悪い。あまり多用は出来ないが、だからといって出し惜しむようなものでもない。

 命がゼロにならなければ良いだけのことである。

 片腕はほぼ使えない。体力も残り半分を切っている。まだ十分戦える。

 錘と化した左腕を揺らしながらシンは地面を強く蹴る。低く、速い前方への跳躍。シャルバの視点からはシンの姿が急に拡大されたように映った。

 急接近してきたシンにシャルバは反射的に下がろうとするが、伸ばされたシンの右手がそれを許さない。

 蛇のようにしなりながらシャルバの後頭部に右掌が叩き付けられ、そのまま手前に引かれるとシャルバの顔面にシンの頭突きが入る。

 兜と生身が衝突すれば当然生身の方がダメージは大きいが、シンの頭突きは兜に罅を入れていた。

 頭突きの衝撃で互いに仰け反る。シンは下から見上げながら一誠に憑いているシャルバの怨念を金色の光を宿す瞳に収める。

 

「その体を使って逃げるな」

 

 何処までも冷たい声であった。怨念であり死者であるシャルバが震えてしまうぐらいに。

 シャルバは幻視した。自分の後ろが断崖絶壁になっている。戦うか逃げるかの二者択一は最早無い。逃げたら確実に滅ぼされる。退路は完全に断たれていた。

 シャルバは奇声を発しながらシンに殴り掛かる。それは逃げるという選択肢を失った者の足掻きですらなく、考えることを放棄した逃避の暴力。何かしなければという行為が盛大に空回ったもの。目の前のシンに屈したことを行動で示す。

 シンは顔を殴られ、口から血を飛ばす。だが、すぐに向き直り同じ箇所を殴り返した。

 

 HP339/999 MP0/999

 

 激しい痛みを生み出すシンの拳をもろに受けたシャルバは殴られた体勢のまま固まる。痛みがオーバーフローを起こして動けなくさせていた。肉体を失った怨念という存在だというのに、それすらも関係無しに痛みを与える。

 一誠に憑いているシャルバの怨念は暫くの間硬直し、泥のような見た目を激しく震わせる。伝わってきた痛みがやっと処理出来始めている。

 シャルバが動かなくなった間、シンは手を出すことはしなかった。相手が再び動き出すのを不気味なぐらい静かに待っている。

 痛みを処理し終えたシャルバの中に残るのは恐れのみ。シンへの恐れと痛みへの恐れ。

 そんなシャルバの前に立つシンは無言で催促する。『早く攻撃して来い』と目が語っている。

 シャルバはその目に操られるかのように今度はシンの腹を殴り、間髪入れずに腹を殴られた。

 殴られたら殴り返す。嬲るようなシンの戦い方。相手をとことん追い詰めるのは嗜虐的な衝動によるものではない。

 シンはシャルバを殺そうとしている。しかし、シャルバは既に死んでおり、今戦っているのは肉体から抜け出た憎悪の塊であり魂のようなもの。

 死んだ存在に死を与えるのは困難極まる。故にシンが出した答えは、その魂を徹底的に擦り減らすこと。跡形も無くなるまで。

 憎悪を痛みと恐怖で削り、魂を暴力で潰す。

 魔人と相対する者はとてつもなく恐ろしいものを感じる。シンはそれを以ってシャルバに二度目の死を与える。

 シンとシャルバのターン制の殴り合い。片方は恐怖に突き動かされて必死に殴り、もう片方は淡々と殴り返す。

 

 HP319/999 MP0/999

 

 HP287/999 MP0/999

 

 HP265/999 MP0/999

 

 殴られる度に削られていく自分の命を冷静に観測する。既に三分の二以上失っている。半死半生という言葉はとっくに通り過ぎている。シンが反応していないだけで肉は潰れ、骨は壊れ、内臓も傷付いている。操っているシャルバの腰が引けているが、『覇龍』のスペックは維持されたままなので真正面から殴り合えばそうなる。寧ろ、その程度で済んでいる分シンの頑丈さが増したとも言える。

 血を流しているのはシンだけなのだが、追い込んでいるのはシンの方であった。傍から見れば殴り合いだが、実際の所シャルバは殴り合いをさせられている。どんなに強い力を持っていようと震えた拳、引けた腰、腑抜けた魂ではシンを絶命させるには至らない。

 失っていくのはシャルバのみ。魔王の子孫という極めて稀な血筋を持ちながら、その地位を失いない、誇りを持っていた高貴な血統は肉体ごと失い、最後に残るのは負の感情に塗れた憎悪の魂のみ。しかし、その憎悪すらも人修羅という魔人によって失おうとしている。

 残されているのは目の前の恐怖によって圧し潰されそうな矮小な魂だけ。逃避の為の暴力を振るう度に同じ暴力を返され、その魂は縮小していく。

 いっその事殴り飛ばされればそれに乗じて逃げられたかもしれないが、シンの拳は威力はあるのだが、その衝撃が相手の体を無駄なく貫通していっているのかダメージだけが体に残り、衝撃などは綺麗に抜けていく。そのせいで殴り飛ばされず、その場に留まってしまう。

 小さくなっていくシャルバの魂は助けを求めていた。だが、シャルバに力を与えたルイとベル、シャルバに外道な秘策を与えたマザーハーロットもその声に応じない。

 何でも、誰でもいいから救い出して欲しかった。それこそ忌むべき神にすらすがりつく程に。惨めな事も惨めと思えないぐらいにシャルバの魂は摩耗し、弱まっていく。

 しかし、そんな救いを求める祈りを断つシンの拳が打ち込まれる。

 何度目か記憶することすら拒絶する痛みと衝撃が魂に伝わり、シャルバの魂はまた縮まる。

 

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 攻撃の応酬でシンの体力も残り少ない。だが、それが分かっているのはシンのみ。シャルバからすればいつ終わるかも分からない戦いであった。

 殴られた直後のシャルバを殴られた箇所を押さえ、よろめく。シンはそれをただ見ているだけ。本当に見ているだけであり、目には怒りも蔑みもない。

 押さえていた箇所から手を離し、シャルバの反撃が来るのかと思いきやシャルバは伸ばした両掌をシンへ突き出すだけ。

 攻撃でも防御の構えでもない。両手を伸ばしつつ両足は下がっている。シンが近付くのを拒む為の姿。

 シャルバは『もう止めてくれ』と降参のポーズをしているのだ。

 シンはそれを察し、降参するシャルバを──力の限り蹴り上げた。

 蹴り上げられたシャルバは二、三メートル程真上に飛ぶ。落ちたシャルバは受け身をとることが出来ず地べたにうつ伏せになる。

 頭を掴み、地面から顔を離れさせると下から掬い上げるアッパーがシャルバの顎を打ち抜いた。

 シャルバの戦意は既に消失している。だが、それはシンが止まる理由にはならない。シンは最初からシャルバの魂が死ぬまでやり続けるつもりであった。シャルバの魂はまだそこにある。心が折れている今こそ畳み掛ける。

 与えるのは徹底的な痛みと恐怖。魂に深く刻み込むように、転生しても記憶に残るぐらいに、生まれ変わることすら拒否するぐらいに深く、深く、永遠に忘れられない程に。

 顎を突き上げられ、強制的に立たされたシャルバの顔を鷲掴みにする。兜が握り潰されていき、兜ごと頭蓋骨を圧迫する。

 シャルバの魂が頭を押さえて悶え苦しみ姿が見える。両眼から血涙を流し、許しを乞うように絶叫を上げる。しかし、その姿もシンの心を動かすには足らない。そもそも、シンは相手を苦しめることに喜びなど感じていないので無意味である。

 何処までも無感情にシャルバを苦しめる。そうすると決めたから実行をしているだけ。

 殆ど瞬きをしないシンの目はシャルバの魂が苦しむ様子をただ映すだけであった。

 

 

 ◇

 

 

「つまらん戦いだ」

 

 シャルバとシンの戦いに最低評価を下すヘルズエンジェル。一方的で勝ちが分かり切った戦いに殆ど興味が失せており、暇潰しに煙草を吹かしている。

 それとは反対にオーフィスはシンとシャルバの戦いを──正確にはシンの様子をジッと眺めていた。

 すると、オーフィスは視線を滑らせ、ヘルズエンジェルに向ける。

 

「仲間?」

「怖気が走るようなことを言うなっ!」

 

 同じ魔人としての気配を持っているシンとヘルズエンジェルの関係をそう繋げてみたが、ヘルズエンジェルからは怒声が返ってきた。

 

「じゃあ同じ?」

「……同類なのは認めてやる」

 

 不本意ながらもそれは認めた。

 

「だが格が違う。今は俺の方が上だ」

「今は?」

「……」

 

 今後どうなるかは分からないことを暗に認めるような沈黙。オーフィスはどうにもヘルズエンジェルの言動に違和感を覚える。前から知っているような雰囲気があるのだ。

 

「……前から知ってた? 人修羅を?」

「──ああ。どういう訳かな」

 

 人修羅とヘルズエンジェルは初対面。そもそもシンが魔人として覚醒したのはここ一年の間のこと。古くから暴れ、その挙句に長い間封印をされていたヘルズエンジェルと面識があるのはおかしい。しかし、ヘルズエンジェルの記憶の中には鮮明ではないが人修羅の記憶が存在している。

 

「……魔人とは何?」

「駒だろ? 捨て駒か手駒かは知らんが」

 

 憤怒の化身のような存在だというのに、その口から出た自分たちの存在意義は卑下に近いものであった。

 

「……誰の駒?」

 

 すると、ヘルズエンジェルはアクセルを回し、威嚇するようにエンジンを唸らせる。

 

「止めておけ。聞かれているぞ?」

 

 深入りはするなと忠告をする。しかし、オーフィスにとっては半ば確認のような質問であった。

 誰が裏で糸を引いているのか彼女は察していた。

 

「お前はそのままでいろ。自分の世界が大事ならな」

 

 ヘルズエンジェルからオーフィスへの警告。静寂とグレートレッド以外には無関心で居続けろと助言をする。

 

「……」

 

 しかし、この助言は少し遅かったかもしれない。オーフィスは風変わりな赤龍帝である一誠に興味を持ち、また人修羅であるシンにも関心を示していた。殆どのものに無関心であったオーフィスは少しずつ変わり始めていた。

 

 

 ◇

 

 

 シンとシャルバの戦いは最早決着がついたようなもの。片手でシャルバを苦しめる様は弱い者いじめと変わらない。

 シャルバの所業を知っている者ならもっと苦しめろと思うかもしれない。良心が強い者なら過剰な暴力にシンを非難するかもしれない。

 だが、当人であるシンはそのどちらの声にも耳を貸さない。自分の行っていることに何も思っておらず、また他者に対しても何の感情も抱かない。

 このまま頭蓋骨を圧し潰すかと思われたが、その前に兜の方が限界を迎える。

 大きな音を立て、兜の一部が破損し、中の一誠の素顔が露になる。相変わらず正気を感じさせない虚ろな目をしている。

 硝子玉のような目とシンの目が合う。

 特に感慨は無かった。指先に込められた力も緩まない。このまま握り潰す──かと思われた時、意思に反するようにシンの手が離れる。

 人修羅としては何の情も湧いていない。救うべき相手であっても、それが友人であっても。

 だが、この世界で育まれた間薙シンという人格は、友人を殺すことに一切の躊躇が無い事を許さなかった。

 その結果が攻撃の中断となる。

 これは致命的な隙であった。心折れたシャルバの前に奇跡のように現れる二度と無い好機。窮鼠猫を嚙むという言葉があるようにシャルバには後がない。極限まで追い詰められた者は縋るように目の前のチャンスに飛びつく。

 絶叫、或いは悲鳴のような声を上げてシャルバは手刀を突き出した。指先から伸びるドラゴンの鋭い爪。シンの胸にその先を埋め、肉も骨も紙のように裂き、その奥で鼓動する心臓を貫く。

 背中まで突き抜ける手刀。急所を貫いた指先から赤い血が滴る。

 

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 誰がどう見ても致命傷であった。

 

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 どう足搔いてもシンの命は尽きる。

 

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 戦いの最中で人と成ってしまった。

 

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 人と魔人の間という中途半端な状態になってしまったことが彼と死を繋げてしまう。

 

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 だが──

 

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 それでも──

 

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 ──彼はまだ魔人である。

 心臓を貫かれた状態でシャルバの腕を掴む。死に掛けとは思えないような力で腕から払い除けることが出来ない。

 その一歩は間薙シンが魔人だからこそ出来る一歩。

 そして、人であるからこそ出来る一歩。

 死の淵にいようと自分が死のうと相手を殺すという不変の殺意。

 友人に友を殺させない為の最期の情。

 自らの命脈を断つ一歩。

 踏み込み、拳を握り、真っ直ぐ突き出す。

 シンの拳はシャルバの胸部を打つ。

 打つと同時に腕を掴んでいた手が離され、シャルバは地面を滑りながら後退する。シャルバが離れたということは貫いていた手刀も抜かれ、シンの開いた胸の穴からは大量の血が流れ、足元を血溜まりにする。

 後ろに下がったシャルバ。思ったよりもダメージはないことに気付く。しかし、安心したのも一瞬のことであった。

 ピシッという音が聞こえ、その音の出どころに目を向ける。シンに殴られた胸部。凹みなど無いのに罅が入っている。すると、先程聞いた音が断続的に聞こえ始める。小さな罅が亀裂となり、亀裂から罅が枝分かれをしその罅もまた亀裂になる。

 シンが放った拳は鎧を貫くことはなかったが、その威力は万遍なく鎧へ通っていたのだ。

 シャルバは罅を押さえて崩壊を止めようとするが、そんなことで破壊が止まる筈もない。

 やがて、鎧の全身に罅が入る。シャルバは悲鳴を上げた。

 間もなくして今まで一誠を覆っていた悪意によって造られた鎧が剝がれ落ちる。

 

 

 ◇

 

 

 鎧が崩壊する寸前、シャルバの怨念は一誠の精神世界へ逃げ込もうとしていた。鎧に付着していた血を媒体として憑りついていたので、それが無くなってしまえば一誠を支配出来ず、それどころかこの世にしがみつくことも出来ない。

 仕方なく一誠の精神に入り、いつかまた乗っ取る為に精神の片隅に身を潜めようと考えていたのだが──

 

「な、何だこれは……!?」

 

 目の前に広がるのは炎が全てを覆う灼熱の地獄。シャルバが知る一誠の精神の中ではない。

 自分が何処にいるのか分からず戸惑っていると、炎の中から巨大なドラゴンの手が飛び出し、シャルバを鷲掴みにする。

 

「なっ! ぐああああああっ!」

 

 逃げることも許されず、捕まると同時に体が握り潰された。

 

『怨念でも痛みはあるのか?』

 

 空間そのものが震えたような気がした。叫び声も呑み込んでしまう絶対者の声。炎の中から赤いドラゴンがシャルバを見下ろしている。

 

『随分と……好き勝手やってくれたな……』

 

 ドライグの声は平坦であった。だが、その一言一言にシャルバは震える。言葉の平坦さでは隠し切れない怒りが全身から噴き出している。

 

『相棒と俺を虚仮にしてくれた代償を……先ずはお前から払ってもらおうか』

 

 シャルバを持ち上げ、顔の位置まで持ってくる。シャルバが鼻先に来ると徐に口を開く。

 鋭く、長い牙が連なる口腔。それだけでも恐ろしいが、それよりももっと恐ろしいのは喉奥に見える赤い輝き。

 

『欠片も残ると思うな』

 

 ドライグのブレスが至近距離で吐かれた。シャルバは絶叫することも出来ずに一瞬で塵に──否、塵すら残さずに完全消滅する。

 彼らを苦しめたシャルバの怨念はこの世から完全に消えた。

 しかし、ドライグの怒りは鎮まらない。もう一人、この下らない企みを行った者が居る。シャルバはそれに利用されていたに過ぎない。

 それはドライグの意識を押さえ付け、表に出られなくする程の強大な魔力を持っている存在。

 

『覚えていろ……! 必ず、必ず……いつかこの報いを受けさせてやる……!』

 

 

 ◇

 

 

 呪いそのものであった鎧から解放された一誠。しかし、動きが無い。解放されたことへの喜びも、自分の身に起こったことへの戸惑いもなく糸の切れた人形のようにその場に膝を突く。

 俯いている一誠の目に生命の輝きは無かった。

 

「……」

 

 シンはこの様な結末になるのではないかと薄々勘付いていた。『覇龍』の負担は尋常ではない。しかも、あれだけ大技を使い続けていた。それこそ命を燃料とし尽きるまで使い続けてもおかしくはない。

 

「色々……」

 

 小さな掠れ声。残り少ない命を僅かな言葉に込める。

 

「ごめんな……」

 

 解放されたことで一誠は自分の身に何が起こったのか凡そ察してしまった。だからこそ、最期の最期に自分を助ける為に戦ってくれたシンに謝る。

 一誠の最期の言葉を聞き、冷えていたシンの心に僅かな熱が点る。失われていた感覚が蘇り、胸の穴から流れ出る血の暖かさを感じる。

 

(……もっと冷たい血が流れていると思っていた)

 

 血の暖かさ、命の熱を感じたシンの体から紋様が消え、首から生えていた突起も塵になって消える。

 

「お前は……何も悪くない……」

 

 一誠に届くかどうか分からないシンの最期の言葉は友への赦しの言葉。それだけ言うとシンは仰向けに倒れ、動かなくなる。

 そして、一誠もまた最早言葉も発することも出来ず、心の中で何度も謝る。

 アーシアにイリナにゼノヴィアに木場に小猫に朱乃にギャスパーにロスヴァイセにレイヴェルにヴァーリにサイラオーグに。

 もっともっと謝りたい人達が居るが、残された時間がそれを許さない。

 一誠が消える間際の意識で思ったのは最愛の恋人であるリアスの顔。

 

 大好きなリアス……ごめん……ああ……死にたくないなぁ

 

 

 ◇

 

 

 崩壊する異空間。オーフィスは動かなくなった一誠の傍に座り、彼を見ていた。

 

「ドライグ」

『……ああ』

「動かない」

『……ああ』

「ドライグ、どうする?」

『俺の意識が次の宿主に移るまで傍に居るさ……相棒だからな』

「ドライグ……泣いている?」

『……ああ。どうにも抑えられん』

「……そう」

 

 世界が崩壊する中でオーフィスは一誠とドライグの傍から離れようとはしなかった。やがて、彼らの周囲が罅割れていき、崩れ落ちる。

 落ちた先は次元の狭間。殆どの者たちが知る由も無い未知なる空間へ彼らは消えていった。

 

 

 ◇

 

 

 荒らすだけ荒し、全てを放り投げ、飛ばしていた意識がルイへと戻って来る。彼はいつものように傍にベルを置き、湯気が立ち上る紅茶の置かれたテーブルに座っている。

 普段なら定位置のように向かい側にオーフィスが座っているが、現在は不在。代わりに別の人物が座っていた。

 

「いやいやいや……おじさんが言うのも何だけど……あんた最高に最悪で最低だなぁ!」

 

 ルイを通じて彼が何をしていたのか見学させて貰っていたリゼヴィムは、ルイの自己中心的という言葉すらも生易しい行動をそう評価する。

 

「だから素敵ぃ! おじさん最高過ぎてもうビンビンだよぉ! 百歳は若返った気分! 新手のアンチエイジングで決まっちゃうぅぅぅ!」

 

 尤も、リゼヴィムからすればそれは最高の評価であり、ルイの所業を手放しで褒めた。

 

「おじさん、その悪魔っぷりマジリスペクトだわぁ! 最近の悪魔はそういうのが無いからいかんねぇ! いかん! 世間の目を気にして実は良い奴じゃね? っていう悪魔の逆張り風潮はバァァァッド! 聖書で天使の方が人を殺していたりとか、悪魔が契約の内容で失敗して人間風情に間抜け晒したりするのは、もう悪魔へのネガキャン! プロパガンダだよ! 相手を騙し、尊厳を奪い、最悪を徹底するのが悪魔でしょ? うひゃひゃひゃひゃっ!」

 

 早口で捲し立てるリゼヴィムの称賛を聞き流すように紅茶を飲むルイであったが──

 

「君と僕たちの間でそんな気取った態度をする必要は無いさ、リゼヴィム」

 

 ──そう発した瞬間、リゼヴィムの動きがピタリと止まる。そして、ニタニタとした笑いが消え、ルイを無表情でジッと見つめた後に年相応の渋みがある笑みへ切り替えた。

 

「──失礼。どうも私の癖になっていましてね。確かに私と貴公との間では無粋であった」

 

 中身がそっくり入れ替わったかのような口調。態度も威圧感も何もかもが別人。演じるにしても二重人格レベルである。

 

「好きなのですよ。他人から憎まれ、忌み嫌われるのが。相手を辱め、人生の全てを賭した憎悪を向けられるのが」

 

 公言するには下衆な内容。それを穏やかな表情で恥かし気もなく言いのける。

 

「貴公の振る舞い、所業には私が信奉する正しい『悪魔』としての在り方があった。感服させてもらった」

 

 邪悪、悪鬼、畜生、悪道、外道、邪道、魔道、鬼畜、悪辣。関わる者全てを不幸にして地獄に落とす存在、それがリゼヴィムにとっての悪魔。昨今の各陣営や人間に媚びるような悪魔など存在意義が失った目障りな出来損ないに過ぎない。

 

「そうだったかな?」

 

 悪魔らしい振る舞いをしたと褒められてもベルは自覚が無いのかルイの方を見る。ルイもまた良く分からないのか首を傾げた。

 

「だから貴公は最高なのだ」

 

 自分の行ったことに何一つ疑問も罪悪感を持たない。そもそも善悪という狭い枠を持ってすらいない。リゼヴィムの掲げる悪魔としての在り方に収まらないが、彼と対峙した全ての者たちは彼らを『悪魔』と認識するだろう。誰の指図を受けず、その癖全てを意のままに操ろうとし、それを誰も咎められない絶対の傍若無人。

 悪魔として振る舞うからこそ誰もが恐れる悪魔となる。

 何者もルイとベルの存在を罰することなど出来ないと確信をしていた。世界には神が定めたルールがあるが、聖書の神は死んでそれに次ぐ者たちは既に定められたルールに従っている。

 しかし、仮に聖書の神が生きていたとしてもルイとベルを裁くことは難しかっただろう。彼らには神罰すら及ばぬ強さがある。

 

「──一つ質問がしたい。貴公らは本当に何者なのだ?」

 

 どうしようもない未知への好奇心が溢れ出る。閉ざされていた灰色のつまらない世界が急激に広がっていく。子供のような童心のままリゼヴィムはベルの答えを待った。

 

「僕らもまた大いなる意思に抗う者さ……()()()()

「まだ、か……」

 

 リゼヴィムの背中に歓喜が走る。『今はまだ』、それはいずれそこに至るということ。そこから見える光景は一体どのようなものなのだろうか。

 

「もっと詳しく、もっとじっくり、貴公と話をしたいな」

「良いよ、リゼヴィム。隠し事はしない」

 

 純血の魔王の末裔と大いなる意思が生んだ闇が交差する。そこに生まれる新しい何かに期待しながら。

 

 

 ◇

 

 

 一誠たちが次元の狭間へ姿を消した後、ヘルズエンジェルによりシンとヴァーリは元の世界へ帰還。

 即座にアーシアの神器、フェニックスの涙による治療が開始された。

 ヴァーリは命に別状はなかったが、シンは致命傷である胸の傷を塞いでも心肺が動くことはなかった。

 引き続きアーシアの神器とフェニックスの涙による心肺蘇生を試みる。小猫、黒歌による仙術、ルフェイの魔術も施されたが効果は無し。

 蘇生術を行うこと約一時間。蘇生不可と判断され、アザゼルの指示により蘇生術は中止となる。

 アザゼルにより間薙シン死亡の決定が下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人修羅の生をここで終わらせますか? 

 ⇒・はい

  ・いいえ

 

 




この章はこれで完結となります。
次章に入る前に話を一つ入れます。
はい、を選んだ場合の話です。
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