ハイスクールD³   作:K/K

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人修羅の生をここで終わらせますか? 

  ・はい

 ⇒・いいえ


補習授業のヒーローズ
陰鬱、獣鬼


 人間界にて激しい戦いがあった。最初はリアスたち悪魔と曹操ら『禍の団』英雄派との戦い。

 曹操たちの思惑に乗じたハーデスにより冥府の最奥であるコキュートスに封印されたヘルズエンジェルの写し身とサマエルが呼び出され、本人の希望により匿われていたオーフィスがサマエルに襲われ、力を奪われた。

 オーフィスから力を奪うという役目を終えたサマエルはそのままコキュートスへ再封印──されるかと思いきや、直前に体の一部を残してそれに自らの力と意識を込め、新たなサマエルとして復活し、リアスたちどころか英雄派の者たちにもその毒牙を剥く。

 弱体化しながらもまだ桁外れの力を残していたオーフィスによってヘルズエンジェルの写し身は撃破され、サマエルも隔離されて一先ず安心──ということにはならなかった。

 それを待っていたかのように旧魔王派のシャルバ・ベルゼブブが襲来。得体の知れない力で強化されたシャルバは圧倒的な力で一誠たちを追い込んだ。

 しかし、一誠たちにも心強い援軍があった。

 偶然別行動をしていたシンが、ヴァーリ、サイラオーグ、ライザー、デュリオと参戦し戦いは一進一退の攻防となる。

 最後は一誠がシャルバにとどめの一撃を与え、この話は完結する──筈であった。

 こうなることを最初から予期していた魔人がいた。死を快楽とし、蛮声を以って嗤う大淫婦マザーハーロット。

 事前にシャルバに施していた仕掛けにより死んだ直後のシャルバの怨念が一誠へ憑りつき、一誠を暴走させ自他共に滅ぼそうとする。

 暴走する一誠を救う為にシンとヴァーリ、サマエルと和解したオーフィス、ライザーの炎を取り込むことで復活した写し身ではなく本物のヘルズエンジェルの四人で一誠を別空間へ送り、そこで戦った。

 結果だけ言えばマザーハーロットの企みは完全には達成することは出来なかった。

 しかし、この戦いでリアスたちは重い代償と深い傷を負うこととなる。

 まずヘルズエンジェルを復活させる為に限界まで力を酷使したライザーは意識不明。怪我は完治したが目を覚ますことはなく眠り続けている。

 次に一誠は激闘の末にシャルバの怨念から解放されたが、この時点で瀕死の状態であり、生還することなく次元の狭間に消えていった。

 最後にシンは死力を尽くして一誠と戦い、その命を散らす。懸命な治療を施されたが、息を吹き返すことはなかった。

 リアス・グレモリーとその眷属たちは頼りにしていた二人を失うという重く、大きな爪痕を刻まれた。

 

 

 ◇

 

 

 シャルバとの戦いの後、リアスたちは冥界のグレモリー城に居た。

 あの戦いの最中、同じ『禍の団』に属しているシャルバは、曹操たちを裏切り、英雄派のメンバーの一人であるレオナルドに神滅具『魔獣創造』の禁手を使わせ、それによって生み出された超巨大モンスターを冥界に送り込んでいた。

 家屋を砂場の城のように軽く踏み潰し、逃げ惑う冥界の住人たちを虫のように視界に入れることなく蹂躙する悪鬼。それが群れを為して行進している。

 その様子は悪夢の具現化。

 神に匹敵する力を持ち、それ故に神を滅ぼすことも可能とする。神滅具とは正に良く言ったものである。

 グレモリー城にある大型のモニターには、如何に『魔獣創造』が凶悪なものかをまざまざと映し出していた。

 

『ご覧ください! 突如現れた超巨大モンスターが歩みを止めないまま進軍しています! 町や村が全滅するという大きな被害も出ています!』

 

『魔獣創造』で生み出された怪物たちの行進を実況するリポーター。その声は震えていた。

 限界まで離れた場所からヘリコプターを飛ばし、移動する様子を撮影している。

 行進している怪物たちの種類は大きく分けて三つ。

 二足歩行であったり、四つ足であったり、腕が四本生えていたり、目が一つか複数など形は統一されていないが共通して百五十メートルを超える巨大モンスター、それが十二体。

 そのモンスターたちの体の一部を突き破って現れる複数の小型モンスター。こちらはサイズとしては人間程度の大きさだが兎に角数が多い。巨大モンスターの体から一度に数十から数百生み出され、しかもそれが一定の間隔で行われている。既に数は万を超えていた。

 そして、モンスターたちの中でも一際大きな体を持つ超巨大モンスター。百五十メートルを超えるモンスターたちよりも一回り大きく、圧倒的存在感を放っていた。特別な個体らしく一体しか存在しないが、それでも十分過ぎた。

 

『冥界政府からの報告によりますと、百メートル級のモンスターの名は『豪獣鬼(バンダースナッチ)』! 最大サイズのモンスターは『超獣鬼(ジャバウォック)』と呼称するようです!』

 

 ルイス・キャロルの創作物から名を取ったモンスターたち。現実には存在しない『魔獣創造』によって創り出された架空の生物という意味では合っている。尤も、現実が創作によって蹂躙されていく様は笑えないが。

『超獣鬼』と『豪獣鬼』の計十三体の巨大モンスターとそれが生み出す無数のモンスター。それらの存在により冥界は危機に陥っている。ついこの間まで平和だったことを思えば、冥界の住人たちの恐れは途轍もないものだろう。

 グレモリー城でも使用人たちやグレモリーの私兵が慌ただしく動いている。魔王を輩出した家系故か忙しなく動いているが混乱はなく、各々がやるべき事を為そうと必死に働いており、教育や訓練がしっかりと行き届いているのが迷いの無い動きから伝わってくる。

 しかし、そんな慌ただしさの中で時間が止まったかのように動いていない者が居た。

 

「……」

 

 木場は怒涛のように過ぎて行く時間の中でその部分だけ切り取られたかのように微動だにせず、誰の邪魔にもならないように静かに立っている。気配まで殺しているので使用人や兵たちは木場の存在に全く気付いていなかった。

 何もせずモニターにリアルタイムで映し出される『超獣鬼』らの進軍を見ている木場。何もしないのは彼の意思ではない。事実、冥界に来た時には真っ先に『超獣鬼』の討伐に名乗り出た程である。

 しかし、それはアザゼルやサーゼクスによって却下された。普段の木場ならここで素直に従う所だが、この時の木場の精神状態はまともではなかった。そもそも後先考えずに討伐に名乗り出た時点で異常であった。

 アザゼルとサーゼクスの却下に食い下がり、不参加を拒否し続け、魔王相手に食ってかかる。普段は冷静な木場の信じられない態度。

 主であるリアスが止めるべき場面であったが、当のリアスはまともに会話出来るような状態ではなかった。それはリアスだけでなく他の眷属も同様である。行動出来る分、木場の方がましとも言えた。

 納得しない木場。リアスが何も出来ない状態なので誰の聞く耳も持たない。しかし、そんな彼でも主以外で従わざるを得ない人物がいた。

 

『随分と荒れていますね、祐斗』

『お、お師匠様……!』

 

 木場の剣の師でありサーゼクス・ルシファーの『騎士』沖田総司。この人物だけには木場も逆らうことが出来ない。

 

『今の貴方を戦場に出す訳にはいきません』

『何故っ!?』

『自覚していますか? 今の貴方の目は剣士の目──戦う者の目ではありません。死に行く者の目です』

 

 総司の言葉に木場は愕然とする。

 

『……何があったのか私も聞いています。短い時間ですが話したことも手合わせをしたこともありました。私も少なからず動揺しています。しかし、貴方は大事な友人を同時に二人も失ったことで自分を見失っています』

『ぼ、僕は……』

『貴方が戦いたいと思っているのは本心でしょう。ですが、それは心の痛みを忘れたいからですね? 戦っている間はそれを考えなくて良いと思ったのでしょう。ですが、貴方の師としてはっきりと言わせてもらいます。そんな考えを持つ貴方の剣など戦いの中で何の役にも立ちません』

 

 師からの厳しい言葉に木場は言葉を失う。

 

『……師として貴方に修行を課せます。指示が出されるまで待機し、己の心と向き合いなさい。剣を振るうことも許しません』

 

 総司はそれだけ命じ、自らは前線へと赴いた。

 戦うことも剣を振るうことも許されなかった木場は、総司の言う通り自分の心と向き合う。それしかすることが出来なかった。

 それは想像を絶する苦痛であった。一誠とシンを失ったという現実を直視することを意味する。

 厳密に言えば一誠の死はまだ確定した訳ではない。次元の狭間に落ちたとしても極めて僅かな生存している可能性がある。死体を見た訳ではないからだ。

 だが、普通なら縋ってしまうような一縷の希望もシンの死という紛れもない事実が簡単に消し去ってしまう。

 どんなに希望を抱こうと思っても、シンの死がそれを許してはくれない。

 それでもリアスたちは、その僅かな希望に縋り、消えてしまう前に魔法陣で一誠の召喚を試みた。

 

 

 ◇

 

 

 グレモリー城地下に用意された広大な空間に全員が集まっていた。

 以前、五大龍王のミドガルズオルムの映像を投影した時に使用したドラゴン専用の転移魔法陣をここで発動しようとしている。

 転移魔法陣の為にタンニーンが駆け付け、ヴァーリもこうなることを見越して限界寸前の体から力を絞り出し、宝玉に移して黒歌たちを通じてリアスたちに渡していた。アザゼルもファーブニルの力を使い魔法陣の起動を行った。

 結果から先に言えば失敗であった。魔法陣は全く反応せず、一誠を召喚することは出来なかった。

 ドラゴン専用の魔法陣でも転移出来ない程の深淵まで一誠は居ることを意味し、それはどう足掻いても帰還出来ないということ。また、一誠は次元の狭間に落ちる前に瀕死であったと聞かされている。

 この瞬間、ほんの僅かに残っていた希望は完全に砕かれた。

 誰もが泣き崩れていた。シンの死で彼らは枯れる程泣いた筈なのに涙はまだ尽きなかった。

 木場は呆然としながら泣いている皆を見ていた。木場の目からも涙が静かに流れ落ち、それを拭うことはしない。そもそも拭う気力すら湧かなかった。

 アザゼルは天を仰ぎ、絞り出すような声を出す。

 

「何でてめえはのうのうと生きてやがる……! この役立たずが……!」

 

 教え子を二人も死なせてしまった自分への罵倒。年長者である自分は生き、若い命が散ったことへの理不尽への怒り。

 タンニーンはそれを黙って見ていた。哀しむ権利があるのは目の前の者たちだけだと弁える。しかし、その心の中では先に逝った若者たちへの深い憂いがあった。

 タンニーンは静かに目を閉じ、黙禱を捧げた。

 

 ◇

 

 

 木場の頭の中で何度も過る言葉がある。

 

『無事に帰って来てくれ……イッセー君と一緒に……!』

 

 あの言葉がシンの重荷に、枷になったのではないかという後悔。

 言葉に出す前に考えるべきであった。シンも一誠も無事に帰って来るという結果があるのなら、どちらも無事に帰って来ないという結果もあることを。

 シンの無事も一誠の無事も願ってしまったから、そんな贅沢な結果を望んでしまったから最悪の結末に至ったのではないか、という罪悪感が木場の心を蝕む。

 シンと一誠が聞いたなら一蹴してしまうような考えだが、精神が弱っている木場にはこのネガティブな考えを跳ね除ける余裕はなかった。

 自分の心と向き合い、木場の感情は深く沈んでいく。

 

「君は確かリアスさんの『騎士』だったね?」

 

 ネガティブな感情に沈んでいた木場に掛けられた声。それを聞いて木場の意識は一気に浮上する。全身から冷や汗が噴き出した。声を掛けられなかったら延々と自分を責めていたかもしれない。

 

「あ、貴方は……」

 

 初めて会う貴族服を纏う物腰柔らかな男性。しかし、木場は男性に既視感を覚えていた。

 

「こうやって会うのは初めてかな? ルヴァル・フェニックスだ」

 

 フェニックス家四兄弟の長兄であり次期当主。既視感を覚えるのに納得した。ライザーに良く似ている。ただし、ライザーから不良要素を抜いて気品が足されている。

 自分が誰と話しているのか理解が追い付き、木場は慌てて背筋を真っ直ぐ伸ばす。

 

「どうしてここへ?」

「これを届けに」

 

 ルヴァルはフェニックスの涙が入った小瓶を木場へ見せる。

 

「どこもかしこも魔獣迎撃で必要としている。搔き集めてもこれぐらいしか集めることが出来なかった。リアスさんに渡そうとしたが、話を聞く限りだと渡せるような状態ではないらしい。だから、君に渡しておこう」

 

 一誠とシンの死のせいでリアスは自室に閉じ籠って誰とも話をしようともしていない。食事も摂っていないらしく使用人たちも心配をしている。

 

「色々と話をしておきたかったが、私も魔獣迎撃に向かわないといけない」

「その……大丈夫なのですか?」

「……君たちと比べたら何ということもない。……あの愚弟もその内目を覚ます」

 

 ライザーを愚弟と言っているが軽んじている訳ではない。ライザーの話をするルヴァルの顔には陰りがあった。

 意識不明状態のライザーのことを本当は心配している筈なのに、冥界の為に働き続けている。尊敬の念を覚えずにはいられない。

 

「……妹も厄介な状況に追い込まれてしまった。あの子には色々と心を整理する時間が必要だというのに」

 

 レイヴェルの心も案じる。慕っている一誠と憧憬を抱いていたシンを同時に失った上に実の兄も危うい状態。心労の積み重ねに心が持つか心配になっている。

 ただでさえ心が弱っている状態だというのに、レイヴェルには特大クラスの問題も用意されていた。

 

「その……レイヴェルさんとは会えましたか?」

「ああ。少しだけだが会話することが出来た。かなり参っていたが」

 

 レイヴェルはとある事情により隔離され、しかも監視状態にある。

 

「……彼とは?」

 

 木場のその言葉にルヴァルの表情が固まり、顔色を悪くする。

 

「……話には聞いていたが、想像を遥かに上回る相手だった。契約のお陰でこちらを害することはないとは分かっていても恐ろしい相手だった……喋った時間は短いものだったが、レーティングゲームを何度も繰り返したような疲れを感じた……」

 

 その時のことを思い出したルヴァルの額から冷や汗が流れる。

 

「結論から言えば無駄だった。レイヴェル以外の話を聞こうともしない。食い下がったら何をするか分からないので大人しく引き下がるしかなかった……」

「賢明な判断だと思います」

 

 現在魔獣により危機に陥っている冥界であるが、それと並行して別の重大な問題が発生していた。

 突如として復活を果たしたヘルズエンジェル。それが今、冥界にいる。

 魔人は稀代の天才であるアジュカ・ベルゼブブが造った対魔人用の結界により冥界に侵入することは不可能の筈である──本来ならば。

 だが、ヘルズエンジェルはある特殊な事情によりバグのように結界をすり抜けることが出来た。

 ヘルズエンジェルが取り込んだライザーの炎と魂の一部。それにより結界はヘルズエンジェルを魔人と認識出来なくなっていた。

 そもそもヘルズエンジェルが何故冥界に来たのか。それはヘルズエンジェルがライザーと交わした契約が原因である。

 契約の内容は二つ。一つはライザーの指示を最優先とすること。事前に他の悪魔を傷付けることを禁じられ、これにより今のヘルズエンジェルは冥界に害を及ぼせない。

 そして、もう一つの契約はライザーがヘルズエンジェルに対し、命令や指示が出せない状態になった場合、契約をレイヴェル・フェニックスが引き継ぐというもの。

 ライザーは意識不明になることを予期し、それによりヘルズエンジェルが再び暴走することを恐れ、保険をかけていた。

 それが良かったのか悪かったのかは評価が難しい。魔人という強力な存在をある程度コントロールする術を手に入れた功績は大きい。ただ、タイミングが悪かったとしか言いようがない。

 結果として傷心している少女に背負いきれないような重責を与えることになる。妹思いのライザーからすれば不本意に違いない。

 またヘルズエンジェルを監視する為に最高戦力が必要となり、現在多忙を極めている魔王が最低一人付き、魔王の眷属たちと共に交代で監視を続けている。

 本当なら魔獣対策の為に奔走している筈なのだが、ヘルズエンジェルが大きな重石となっていた。

 しかし、魔王たちはそれ程の労力を割いてもヘルズエンジェルを徹底的に監視し、その存在を極秘にする必要がある。

 本来ならばヘルズエンジェルが冥界にいることは秘匿され、魔王クラスでなければ知る由もないがルヴァルの場合、レイヴェルが深く関わっていることもあり、例外として情報の一部が開放されていた。

 魔王たちが神経質になっているのは現在のヘルズエンジェルの状態である。自身の口から語っているのでどれほどの信憑性があるのか不明だが、ヘルズエンジェルの中にはライザーの魂が一部混ざっているという複雑な状態にある。

 魔人と悪魔の融合。それは恐るべきことであると同時に大変魅惑的なものでもあった。

 もしかすれば死の体現者、表現者である魔人の力が手に入るかもしれない。

 最悪なことにヘルズエンジェルはある種の成功例となっている。更に最悪なタイミングでそれを実験するのに最適な存在が有る。

 グレモリー城のとある一室。グレモリーの者でなければ辿り着くことも開けることも不可能な部屋。

 そこで厳重に保管されている間薙シンの遺体。

 本当ならば彼の親に返すのが当然だが、間薙シンの遺体はあまりにも価値が有り過ぎた。

 歴史上初となる魔人の死体。しかも今までの魔人とは異なり血肉が付いた人間と変わらない姿をしている。

 もしもシンの遺体が悪魔のみならず他の勢力に知られたとあれば、彼の遺体は無慈悲な好奇心と探求心そして復讐心により解剖し尽くされ、細胞の一つ一つまで調べられることになるだろう。

 それは友の為に果てた者に対し、あまりに惨たらしい仕打ちである。

 だからこそサーゼクスは魔王としての権限を限界まで使い、間薙シンの死と遺体を隠した。

 木場はシンが保管された時の様子を思い出すと同時に腹に力を込める。こうでもしなければ涙が出そうになる。誰もが精神的に弱っている。ムードメーカーの一誠や全く揺るがないシンはいない。だからこそ自分だけでも弱さを見せない。それが例え虚勢であったとしても。

 

『見て下さい! 最上級悪魔チームが魔獣たちに攻撃を仕掛けています!』

 

 モニターからレポーターの熱の入った声が聞こえて来る。

 木場とルヴァルはモニターに注目する。グレモリーの私兵や使用人たちも足を止めてモニターを見ている。

 レーティングゲームの王者ディハウザー・ベリアルが眷属チームを率いて超獣たちの前に立ち塞がる。

 眷属チームはディハウザーの道を切り拓く為に小型魔獣たちを攻撃。爆撃のような魔力により数百の小型魔獣を一掃し、『豪獣鬼』一体への道が開く。

 ディハウザーは開けた道を駆け、その姿は風となる。瞬く間に最高速度に達したディハウザーは跳躍し、『豪獣鬼』の正面へ飛ぶ。

 四つ足の『豪獣鬼』の巨大な顔がディハウザーを待ち構えるが、ディハウザーは空中で更に加速。弾丸のような速度で『豪獣鬼』の顔面に蹴りを打ち込んだ。

 ディハウザーと『豪獣鬼』のサイズを比べれば人と虫程のサイズ差がある。しかし、顔面を蹴られた『豪獣鬼』は、ディハウザーの小さな体から繰り出された一撃でその巨体を数歩後退させた。

 

『やりました! 王者ベリアルが超獣相手に強烈な一撃っ!』

 

 モニターを見ていた者たちも歓声を上げる。今まで蹂躙されるしかなかった超獣たちに一矢報いたのだ。

 ディハウザーの蹴りを受けた『豪獣鬼』の顔は大きく凹んでいた。しかし、すぐに内側から空気でも入れたかのように凹みは膨らみ、元の形に戻る。

 生半可な攻撃が効かない巨体の上にこの再生力。これが超獣たちの強みであり厄介さでもあった。

 降り立ったディハウザーは攻撃を無かったことにされても表情一つ変えていない。『豪獣鬼』を見上げ、凝視している。その様子はまるで観察しているかのようであった。

 暫くの間、ディハウザーは『豪獣鬼』を見ていたが、『豪獣鬼』の方は呑気に待ってはいない。その場から一歩進むだけでディハウザーのすぐ前まで移動し、片足を振り上げてディハウザーを叩き潰そうとする。

 振り下ろされた足が大地を砕く。しかし、既にそこにディハウザーの姿は無く再び『豪獣鬼』の目線の高さまで跳躍していた。

 今度はオーラを込めた拳が『豪獣鬼』の顔に入る。その威力で凹むまでは先程とは同じだが、ディハウザーはオーラを高速で動かすことで『豪獣鬼』の顔を捻じる。

 拳を中心に『豪獣鬼』に螺旋状の皺が寄り、顔の形が歪に変形させられていく。顔の変形に耐え切れず『豪獣鬼』の眼球の片方は飛び出し、口部も裏返しのようにめくれ上がり、牙が剥き出しになる。

 今度はディハウザーの方が殴った反動で離れる。顔の原型が無くなってしまう一撃を受け、『豪獣鬼』はその場で立ち尽くしている。展開としては先程とは逆で退いたのはディハウザー。

 顔を損傷した『豪獣鬼』だが、何もなければ備わっている再生能力で顔の形も戻っていく。だが、既に始まっている筈の再生がいつまで経っても起こらない。『豪獣鬼』の方も自分の身に異変が生じていることに気付いたのか、変形した顔面を地面に擦り付け、元に戻すような行動をとっている。

『豪獣鬼』の再生は始まらない。何故ならばディハウザーの能力『無価値』が発動しているからだ。

『無価値』は相手の特性を一時的に消す。それにより『豪獣鬼』の再生という特性が消されている。

『無価値』は対能力者用だが、対象の分析が出来れば物にも効く。『豪獣鬼』は神滅具により創造された生物であり同時に物体とも言える存在なので敢えて素手で攻撃をし、相手の構成を解析していた。

『無価値』が通じる対象だと理解し、打撃に『無価値』を込めて打ち込んでおいた。

 いつまで経っても再生が始まらずのたうち回る『豪獣鬼』。身を捩る巨体の前で堂々と立っているディハウザーの姿は正に王者である。

『豪獣鬼』の異変を感じ取り、他の『豪獣鬼』が集まり出す。しかし、どういう訳か他の『豪獣鬼』はディハウザーを狙わずに『無価値』にされた『豪獣鬼』の方へ向かっている。

 嫌な予感を覚え、ディハウザーは先に仕掛けようとするが、そこに大きな土塊が降ってくる。

 すぐに避けるディハウザー。地面に一瞬で出来上がる土の山。明らかにトンを超える量である。避けたのも束の間第二、第三の土塊がディハウザーに降って来た。

 それも避けるディハウザー。同時に何処から土塊が飛んで来たのかも確認する。

 土塊を投げ放っていたのは『超獣鬼』。足元の土を掴み、放り投げる。ただそれだけの事。子供のいたずらのような行動だが、一度に投げる土の量は途轍もなく下敷きになればただでは済まない。

 大きいという利点を単純ながらも効果的に発揮させた攻撃であった。

『超獣鬼』はのっそりした動きでまた土を掬う。それだけなら前と変わらないが、『超獣鬼』は掬った土を強く握り締めた。

 凄まじい握力によって握り固められる大量の土。知性など感じられない『超獣鬼』だが、獣としての本能がより合理的な戦い方を導き出す。

『超獣鬼』は腕を振り上げ、投げ放つ。土塊をそのまま放り投げていた時とは比較にならない速度で固められた土が飛んで来た。

 躱そうとするディハウザー。すると、土はディハウザーの数メートル手前の地面に命中。一見外したように見えたが、恐ろしいのはここから。地面に当たった土は四散し、散弾のように広範囲に飛散。固められた土だけでなく大小の石も混ざっており、それらが一斉に襲い掛かる。

 ディハウザーは魔力を展開して壁にする。魔力の壁に大量の土と砂が衝突してくる。これだけでも厄介なのだが、もっと厄介なことがあった。

 散った土や石はディハウザーだけでなく彼の眷属たちにも飛んで行ったのだ。小型の魔獣たちを対処していた眷属らは反応が遅れ、一部の者たちが攻撃を受けてしまう。

 打撲で済んだ者もいれば、石が掠めて体の一部が抉れた者、その石が体に突き刺さった者など重傷者も出る。

 ディハウザーは防御を解くと同時に手刀を振り抜く。刃のように飛ばされた魔力が『超獣鬼』の胸を切り裂く。

『豪獣鬼』と同じ構成なので『無価値』が発動し、傷の再生を妨げる。

 しかし、その様子を見ていた者たちは愕然とした。『超獣鬼』に刻まれた傷の小ささに。

 体の幅が違う。厚みが違う。人体など簡単に切断出来てしまうディハウザーの攻撃も『超獣鬼』からすれば引っ搔き傷程度。『超獣鬼』を倒すには後幾万と繰り返しても足りない。

 ならばせめて『豪獣鬼』でもと見守る人々は思ったが、その願いすらもすぐに絶望へと変わる。

 ディハウザーの攻撃で顔面を負傷した『豪獣鬼』に囲んでいた『豪獣鬼』の一体が突如として喰らいつく。

『豪獣鬼』は当然暴れるが、他の『豪獣鬼』が手足を押さえ、抵抗出来ないようにする。

 

『な、何という光景でしょうか……!? 魔獣が魔獣を食べています! この共食い行為に何の意味が!?』

 

 中継しているリポーターが震える声で実況している。共食いの光景は悍ましく、抵抗している『豪獣鬼』が徐々に動かなくなる様子にモニターから目を逸らす者が何人かいた。

 ディハウザーも何か不味いことが起こっていると察するが、立ち塞がる『超獣鬼』と囲んでいる『豪獣鬼』たちによる二重の壁のせいで邪魔することも出来ない。

 ディハウザーは無駄だと分かっていながらも捕食中の『豪獣鬼』へ魔力を飛ばす。やはりというべきかその魔力は『超獣鬼』が壁となって防いでしまった。最初の傷に重なるようにもう一つの傷が刻まれ×の字になる。

 その間に『豪獣鬼』が『豪獣鬼』に瞬く間に食い尽くされていく。自分と同等の質量を体内に収める姿は正に魔獣としか言いようがない。

 短時間で仲間を食べ切った『豪獣鬼』。その腹は妊婦のように大きく膨らんでいる。共食いを終えた『豪獣鬼』は余韻を楽しむかのように動かなくなる。

 仲間の共食いを見届けると『超獣鬼』が足元へ手を伸ばした。また土を掬って攻撃すると思いきや、『超獣鬼』が掴んだのは小型魔獣の生き残りたちであった。

 一掴みで何十もの魔獣が掴み取られ、指の隙間から藻掻いている姿が見える。その魔獣たちをどうするのかと思えば、勢い良く傷へと叩き付けた。

 叩き付けられた衝撃で小型魔獣は泡のように爆ぜて潰れ、『超獣鬼』はその潰れた残骸を傷に塗り込む。

 一見すると理解不能な光景だが、塗り込み終えた時に全てを理解する。

 ディハウザーに付けられた傷が完全に治っていた。『超獣鬼』の再生能力はディハウザーの『無価値』で無効化されていた筈なのに。

 ディハウザーの能力を知っている者からすれば驚くべきことだが、原理としては非常に単純なもの。

『超獣鬼』は傷が塞がらないと理解するや否や小型魔獣で傷を埋めただけに過ぎない。元々小型魔獣は『超獣鬼』や『豪獣鬼』から生み出された分身。その分身を再び取り込むことで傷を治した。

 これは再生ではなく修復。しかも『無価値』にされていない小型魔獣側の能力なのでディハウザーの影響を受けない。

 獣の賢しさによりディハウザーたちを精神的に追い込む。しかも、それだけでは終わらない。

 沈黙していた肥満体の『豪獣鬼』が何を思ったのかその『豪獣鬼』は徐に膨らんだ腹に爪を突き立てた。

 爪が深く刺さった次の瞬間、その『豪獣鬼』は自ら腹を割った。

 その様子はモザイク無しに中継されており、短く呻き吐き気を覚える者が多数発生する。

 グロテスクな光景はまだ続く。

 割腹された腹から胎児のように身を丸めた魔獣。それは先程共食いされた四つ足の『豪獣鬼』とほぼ同じ見た目をしている。

 体液で塗れた体はすぐに動き出す。四つ足の『豪獣鬼』は喰われる前よりも一回り小さなサイズであったが、すぐに近くにいる小型魔獣を食べ始め、それを取り込むことにより秒単位で大きくなっていき、すぐに元のサイズに戻ってしまう。自ら腹を割いた『豪獣鬼』の傷も既に治っている。

 気付けば『豪獣鬼』は十二体に戻っていた。

 四つ足の『豪獣鬼』がディハウザーの『無価値』でまともに戦えなくなり、役立たずと判断すると、他の『豪獣鬼』らはすぐに新たな『豪獣鬼』を産み直した。

 役に立たないから喰い、孕み、産み直してリセットする。この世にこれ程生を冒涜した出産があるだろうか。

 魔獣の悍ましい出産を間近で見てしまったディハウザーの眷属チームは全員顔を蒼褪めさせている。相手の想像を上回る規格外さに戦意が落ちてしまっているのがモニターから見ても分かってしまう。

 ディハウザーはそんな眷属たちを一瞥すると口頭で指示を出す。眷属たちは一瞬驚いた後に表情を悔しそうに歪め、魔獣たちに背を向けて走り出す。

 逃走を開始したのだ。ディハウザーの指示によって。

 ディハウザーは眷属たちが十分に離れたのを確認すると、全身から魔力を噴き出させ、それを津波のように放出した。

『無価値』の力が魔獣たちを呑み込む。小型魔獣は一瞬で消滅するが、『豪獣鬼』や『超獣鬼』は深手を負うものの倒すには至らない。

 全魔力を消費したらしくディハウザーはその場で膝を着ける。『無価値』の能力で再生し難い傷を負わせたのを確認すると、ディハウザーの足元に魔法陣が出現し、彼を転移させた。

 これ以上の戦いは不利だと悟っての戦略的撤退。相手の能力を幾つか見ることが出来たので決して無駄な戦いではない。少なくとも見ていた木場とルヴァルはそう思っていた。

 しかし、それは戦う側の視点。守られる側からすればレーティングゲームの王者さえもあの魔獣たちには敵わなかったとしか映らない。

 

『なんということでしょうか! あの王者ベリアルですら魔獣たちを前に撤退するしか出来ません!』

 

 レポーターの性か見たものをそのまま口に出している。木場からすれば民衆が余計に不安になるので黙っていて欲しいが、映像として中継されてしまっているのでもうどうにもならない。

 

「私はそろそろ行くとしよう。すぐに忙しくなりそうだ」

「……僕たちも必ず合流します。なるべく急ぐつもりです」

「急がなくともいいさ。君やレイヴェルが落ち着くぐらいは持たせるつもりだ」

「ですが……」

「フェニックス家として貴族として冥界の為に命ぐらいは懸けるさ」

 

 ルヴァルは頼もしく答えると木場の肩を軽く叩いた後に去って行く。これから先向かうのは過酷な戦場だというのに、相手を気遣うことを忘れないその精神に木場は感服する。

 

「──貴方のような人が未来の冥界には必要だと思います」

 

 小さくてなっていく背に木場はそう呟く。こんな理不尽な戦いで潰えていい存在ではない。

 木場は深呼吸した後、自分の頬を手加減無しに殴る。口の中が切れて血の味がし、目の奥で火花が散る。

 精神的に余裕など無い。仲間たちも皆戦意を失っている。それでも戦わなければならない。今も迷いのある剣かもしれないが、少なくとも自暴自棄で振るうつもりはない。ルヴァルのように死なせたくない人の為に振るう。

 それまでの間、木場は一誠とシンのことは考えない。死んだ者の為ではなく生きている者の為に剣を振るうと誓ったから。

 すると、自然と目から涙が零れ出る。

 

「強く……殴り過ぎたかな?」

 

 そう自分に言い訳をして涙を拭う。涙を流すのはこれで最後だと心の中で強く決めた。

 

「──行こう」

 

 歩みを止めていた木場はその場から一歩踏み出した。

 

 

 ◇

 

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか、とレイヴェルは思う。

 敬愛していた一誠は次元の狭間に消えて行方不明で生存は絶望的。尊敬していたシンは死んだ。家族以外で近しい者の死はレイヴェルにとって衝撃であり、物言わぬシンを見た時は全身の血が凍り付いたような気分であった。

 そして、追い打ちでの一誠の状況。弱っていた心を打ち砕くには十分過ぎた。

 レイヴェルはずっと涙を流している。止めようとしてもすぐに目から零れ落ちてしまい、一度涙が流れるとずっと流れ続ける。

 そんな彼女の傍には小猫が座っており、暗い表情をしている。

 レイヴェルの精神状態は最低であり、持ち直すのに時間が必要であった。しかし、ヘルズエンジェルの件が彼女にそんな暇を与えてくれない。

 ヘルズエンジェルからレイヴェルの名が出されたせいで彼女は取り調べのような聞き取りをされ、ようやくひと段落した所である。その間、レイヴェルの隣には小猫が居た。

 

「これから……どうなるんでしょうか……」

 

 レイヴェルは力無く呟く。

 

「イッセー様も……間薙様もいなくなって……それにお兄様も……それに、それに……私はあんな恐ろしい力など扱えません……!」

 

 喪失感と恐怖で圧し潰されたレイヴェルは顔を手で覆って泣き出す。沸き立つ感情全てが今のレイヴェルには心を侵す毒に等しい。

 

「どうして、こんな……ついこの間までは皆さんと楽しく過ごせていたのに……」

 

 ほんの短い期間で激変してしまった。その差に追い付けず、レイヴェルは泣くことしか出来ない。

 

「……相手は手段を選ばないテロリスト。いつかこうなるかもしれないと思っていた」

 

 小猫は思っていても今まで口に出さなかったことを話す。口に出せば現実になってしまうことを恐れていたが、その恐ろしい現実が起こってしまった今、隠す必要もなくなった。

 

「……イッセー先輩は誰よりも前で戦っていた。間薙先輩は痛みとか生き死に無頓着な部分があった。戦いを乗り越える度に強くなっていたけど……いつかは限界が来る」

 

 そうならない為にも小猫は強くなりたかったが、守る前に二人は手の届かない所へ行ってしまった。

 

「……祐斗先輩もそうならないとは限らない」

「止めて下さい!」

 

 小猫のネガティブな発言をレイヴェルの声が遮る。

 

「そんな話聞きたくありません! ましてや御二人がいなくなったばかりだというのに! そんなことを言うのなら出て行って下さい!」

「……嫌」

「どうして!?」

「……そんなに弱っている貴女を放っておくほど薄情にはなれない」

 

 小猫の言葉にレイヴェルは一気に脱力する。

 

「……ずるいですわ。普段は意地悪なことばかり言うくせに……」

「……そうだね」

 

 力なく置かれているレイヴェルの手に小猫は自分の手を重ねる。

 小猫の方も精神的な余裕などなかった。いつ決壊してもおかしくない。それでも、泣いているレイヴェルが傍にいるお陰で何とか堪えられる。

 零す筈であった涙は代わりにレイヴェルが流してくれる。辛い思いも我慢することが出来る。

 レイヴェルは小猫の手の暖かさを感じ、再び泣き出す。小猫の手を強く握り締めながら。

 互いの暖かさを感じ、最も辛い時間を二人はただ堪える──筈であった。

 扉をノックする音が聞こえ、二人は慌てて手を離す。

 

「よろしいでしょうか?」

 

 ノックしているのはグレイフィアであった。

 

「ど、どうぞ!」

 

 レイヴェルは涙をなるべく拭い取り、グレイフィアに入室を許可する。

 

「失礼します」

 

 部屋の中に入ってくるグレイフィア。非常時でも優雅さを崩さない。しかし、その表情は相変わらず無表情なのだが、心なしか苦みを噛み締めているように見える。

 

「……大変申し訳ございませんが、レイヴェル様に御用があります」

「私に?」

 

 グレイフィアは、一瞬躊躇った後に用件を話す。

 

「……呼んでいます」

 

 誰がとは言わなかった。グレイフィアはその名を口に出すことを嫌悪している。

 

「……分かりました」

 

 嫌だと叫びたかったが、その気持ちを抑え込む。行かなかったら何をしでかすか分かったものではない。

 

「……私も付いていっていいですか?」

 

 小猫が同行を申し出る。

 

「……レイヴェル様御一人とは言われていませんので」

 

 グレイフィアは少し考えた後に同行を許可する。

 二人はグレイフィアに案内され、別室に向かう。すると、段々と足取りが重くなってくる。

 小猫とレイヴェルは自分たちが目的の場所に近付いていることを感じていた。嫌な重圧が掛かり、そこに足が向かうのを本能的に拒もうとしてくる。

 それでもその感情を押し殺して先へ進む。

 

「ここです」

 

 目的の部屋へ着いた時、小猫もレイヴェルも精神的な疲労で顔色が悪くなっていた。

 

「連れて参りました」

「……入ってくれ」

 

 グレイフィアが扉を開き、二人は中を見る。

 

『うっ』

 

 二人揃って呻く。

 部屋の中央に置かれた洒落たローテーブル。それを囲むように四方に設置されたソファー。

 ローテーブルを挟んで向き合ってソファーに座るサーゼクス。そして、従者のセタンタもソファーの背後に立っている。

 サーゼクスの真正面のソファーにはヘルズエンジェルが座っているのだが、ヘルズエンジェルは背もたれに両腕を広げてもたれかかり、ローテーブルには組んだ両足を乗せている。

 行儀やマナーなど無いサーゼクス相手に喧嘩を売っているしか見えない態度。

 サーゼクスは無表情だが怒気は無く内心を上手く隠しているが、セタンタからは露骨に殺気が漏れている。序に室内の様子を見た瞬間にグレイフィアからも殺気が放たれた。

 

「……二人が来ましたがいつまでそんな真似をするおつもりで?」

 

 セタンタがヘルズエンジェルの態度を窘めようとする。だが、感情を抑制し過ぎて棒読みであった。

 

「そんな真似? どんな真似だ?」

 

 ヘルズエンジェルは分かった上で挑発する。

 

「……喧嘩を売るような真似です」

「売っているんだよ──暇つぶしにな」

 

 セタンタの殺意を遊びのように煽る。

 

「……買って欲しいのですか?」

「買える度胸があるのならな」

「……殺すぞ」

 

 ボソッと呟いたセタンタの言葉に室内が冷えるような殺気で満たされるが、すぐにヘルズエンジェルの灼熱の怒気が相殺してしまう。

 

「躾のなっていない飼い犬は良く吠える。弱い犬と区別がつかんなぁ!」

 

 狭い室内が異次元のようになっていく。小猫とレイヴェルは、この部屋に心底入りたくはなかった。

 




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