ハイスクールD³   作:K/K

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新年最初の投稿となります。


烈火、鎮魂

 室内の空気は最悪であった。殺気、怒気に加えてヘルズエンジェルのガソリンと死臭が混ぜられたような得体の知れない気配が漂い、息を吸い込むことすら苦痛に思える程の緊張感が生まれる。

突然戦場に放り込まれたかのような戦慄に、レイヴェルはドアの前で立ち尽くす。傍らに立つ小猫もまた、その身を小さく震わせていた。

 グレイフィアがドアを開けてしまった以上中に入らないといけないのだが、レイヴェルたちの体が入室を拒み、その場で立ち往生させてしまう。

 魔王であるサーゼクスを待たせてしまうなど不敬とは理解しているが体が動かないのでどうしようもない。

 この空気を生み出す主な原因であるヘルズエンジェルをどうにかしてくれればいいのだが、ヘルズエンジェルの空気に当てられたのかセタンタは今にも嚙み殺しそうな形相でヘルズエンジェルを睨み、普段は冷静なグレイフィアですら離れたくなる冷たい怒気を発している。

 二人もまた嫌な緊張感を造る要因になってしまっているが、全てはヘルズエンジェルが無礼を通り越して舐めているようにしか思えない態度で挑発しているせい。グレイフィアとセタンタの怒りはサーゼクスへの忠義の表れが裏目にされてしまった結果であった。

 どうすればいいのか、声も出せず目に涙を浮かばせながらオロオロするレイヴェル。

 その時──

 

「止すんだ」

 

 ──サーゼクスの放ったたった一言が場の空気を一変させる。

 ヘルズエンジェルの怒気に無意識に引っ張られていたセタンタとグレイフィアはサーゼクスの言葉で我に返り、まんまとヘルズエンジェルに乗せられた自分を恥じて目を伏せる。

 ヘルズエンジェルの態度は変わらなかったもののサーゼクスに興味を持ったかのように彼を凝視する。

 

「折角、暇が潰せそうだったのに──」

 

 ローテーブルから足を下ろし、代わりに腕を乗せて前のめりの体勢となってサーゼクスの顔を覗き込む。

 

「──水を差すなよ」

 

 これもまたヘルズエンジェルの挑発行為。サーゼクスの怒りを煽ろうとしているが、サーゼクスの表情は変わらない。

 

「生憎、君に好き勝手させないのが私の役目だ。大人しくしてくれると非常に助かるのだが?」

 

 ヘルズエンジェルという暴走装置であり大量破壊兵器のような存在を抑えるには、それに匹敵する存在を用意するしかない。魔王という冥界の頂点が魔人と対等に渡り合える。

 サーゼクスは魔力を出すなどの相手を威圧する行為は一切しなかった。ただヘルズエンジェルに対して一歩も退かない。真正面から向き合い、目を逸らすこともせず、感情も荒立たせない。

 

「──ふっ」

 

 ヘルズエンジェルは鼻で笑い、ソファーに背を預ける。

 

「魔王サーゼクス。実を言うとお前の名前だけは知っていた」

「それは光栄だね」

 

 言った言葉は虚飾だが、知られているということへの驚きは本当であった。

 

「あの戦闘狂に見初められた哀れな奴だ。一度会ってみたいとは思っていた」

 

 戦闘狂という言葉だけで誰から聞いたのか察してしまう。

 

「君は……マタドールと繋がりがあるのかい?」

 

 サーゼクスの口からマタドールの名が出た途端、セタンタとグレイフィアは僅かに表情を歪める。ただでさえマタドールの存在は不快だというのに、サーゼクスの口から出るとそれだけで穢れると思っているからだ。

 

「はっ! 魔人として一括りにされるだけでも不愉快だな! 機会が有れば俺が奴を焼却するか轢殺してやる!」

 

落ち着いたかと思えばすぐにヒートアップする。何が彼の怒りのスイッチになるのか分かったものではない。だが、この怒りは演技ではなく間違いなく本物。魔人同士の仲の悪さを再認識させられる。

 

「──そうなってくれたら我々としても助かる」

 

 魔人の共倒れ。様々な勢力にとってこれほど望ましい展開はない。

 

「ふん! どうやらマタドールの片思いのようだな! 賢明だ! あんな変態を相手にする義理なんてない! 有るなら捨てておけっ!」

 

 マタドールの悪口を言うヘルズエンジェル。心なしか楽しそうに盛り上がっているようにも見えた。嫌悪している故にただの悪口でも怒りが下降している。

 室内の空気が二人の強者によって攪拌されていく。入室を心の底から拒んでいたレイヴェルと小猫であったが、サーゼクスのお陰で何とか中に入れるぐらいにはなった。

 レイヴェルはゴクリと喉を鳴ら──そうとしたが、緊張のせいで口の中が乾いていることに今気付いた。

 数度呼吸を繰り返し、入るタイミングを窺う。その時、小猫がさり気なくレイヴェルの服の端を掴んだ。独りではないことをそれとなく伝えてくれる。

 レイヴェルは一瞬小猫の方を見た。小猫はこれからレイヴェルが進む方向を見ている。

 一人でダメなら二人。レイヴェルは小猫の気遣いを後押しにして部屋の中に踏み込む。小猫もそれに続く。

 レイヴェルが部屋の中に入った途端、ヘルズエンジェルが黒い眼窩を向けて来た。

 

「随分と待たせてくれたなぁ、小娘。もう主人気取りか? 俺を舐めているのか?」

 

 ヘルズエンジェルの先制。胃に穴を空けてくるような重圧の言葉でレイヴェルを容赦なく追い詰めてくる。

 しかし、レイヴェルが何かを言う前にグレイフィアが彼女の前に出る。

 

「申し訳ございません。私がお伝えするのが遅れました」

 

 グレイフィアがヘルズエンジェルの眼光からレイヴェルたちを守る盾となる。口では謝っているが態度は謝罪のそれではない。ヘルズエンジェルに対して真っ向から歯向かっている。

 

「──くっ。さっさと座れ、お嬢様」

 

 グレイフィアに守られているレイヴェルを嘲笑し、ソファーに座ることを促す。その呼び方は、彼女が庇護されるだけの存在であることへの明確な皮肉だった。投げつけられた嘲笑に、レイヴェルは激しい羞恥を覚えるが相手が相手だけにそれを表に出すことが出来なかった。

 レイヴェルと小猫はサーゼクスとヘルズエンジェルの間に挟まる位置にあるソファーへ座る。そもそも他に選択肢など無かった。魔王の隣に座るなど不敬であり、ヘルズエンジェルの隣に座るなど論外である。

 

「……それで君は何故彼女の同席を求めたのだい?」

 

 レイヴェルを呼び出した理由を問う。

 

「ライザー・フェニックスの厄介な置き土産のせいだ。俺は奴との契約のせいで何かを決める時には契約者を同行させないといけない──こんな置物の小娘の顔色を窺わなければならないとは……屈辱だなっ」

 

 質の悪いジョークのように吐き捨てるヘルズエンジェル。レイヴェルを見向きもしないが、見えないプレッシャーが言葉を吐く度に彼女に刺さる。

 

「あまり彼女を萎縮させないで貰いたい」

「生憎だがこれでも気遣っている。これが最低限だ。求めるなら俺ではなくそっちの小鳥に求めろ」

 

 元よりへりくだるつもりはないヘルズエンジェル。しかも格下相手になど出来る筈がない。暴言を吐き、明らかに見下した態度でも譲歩に譲歩を重ねた我慢出来る最低ライン。

これより以下を強制しようとすればヘルズエンジェルはキレて契約も自分自身もどうでも良くなり暴れ狂う。

 

「わ、私は、だ、だ、大丈夫です……!」

 

 サーゼクスにこれ以上迷惑を掛けない為に大丈夫だと言うが、声は震えており目には涙が浮かんでいる。無理をしているのは明らかであった。

 

「くくっ」

 

 ヘルズエンジェルの嘲笑がレイヴェルの自尊心を抉る。最初に会った時点でヘルズエンジェルの中でのレイヴェルの格が決まっていた。

 実はレイヴェルとヘルズエンジェルがこうやって顔を合わせるのはこれが二回目である。

 一回目はヘルズエンジェルが冥界に来た直後のこと。ヘルズエンジェルに対して武装解除を命じた時である。

 ただその時のレイヴェルは一誠のこと、シンのこと、ライザーのことで精神がどん底でありまともに会話出来る状態ではなかった。

やむを得ずサーゼクスがレイヴェルに話す内容を伝え、それをそのまま繰り返しただけで命じたというよりはスピーカーのようなものであった。

 レイヴェル自身何を言ったのか記憶が曖昧であり、殆ど覚えていない。

 余談だが、この時にヘルズエンジェルから没収した武器というのが彼の愛車のバイクである。車輪部分以外は普通のバイクのパーツに見えるが、下手に近寄ると人体発火を起こすという危険な代物である。

 幸い、それを予見しておりバイクを運ばせたのはサーゼクスの『戦車』であった。サーゼクスの『戦車』は炎に強い肉体を持っており、体が燃えても然程問題はなかった。しかし、そんな『戦車』であっても運んだ後の感想が『熱かった』というものであったので、ヘルズエンジェルのバイクが如何に危険かを示している。

 現在、ヘルズエンジェルのバイクは隔離された状態であり、誰にも触れることが出来ない。魔人の武器など誰もが研究対象として垂涎ものだが、好奇心で触れれば灰になってしまうので命を守る為にも接触出来ないようにしている。

 ヘルズエンジェルのレイヴェルへの評価は彼が何度か口に出しているように『お嬢様』『小鳥』という遥か下の存在。首輪を付けられている状態だが、決して媚びるような性格ではないので、レイヴェルに対して最初から舐めた態度をとっている。尤も、彼が舐めた態度をとる理由はそれだけではないが。

 

「──さて、契約者様も揃ったことだ、話すとしよう」

「なら、早速本題に入ろう。この戦いについてだ」

 

 冥界への魔獣侵攻。しかし、実際はそれだけではない。魔獣の侵攻に合わせて各地で潜んでいた旧魔王派が侵攻に便乗してクーデターを起こしている。

 魔獣はシャルバが送り込んだもので事前に攻め入ることを連絡していたと思われる。このクーデターは旧魔王派の計画であった。

 尤も、主導する筈であったシャルバは死に、魔獣の制御は誰が行っているのか分からない状態である。暴れている旧魔王派は魔獣を戦力に数えているかもしれないが、魔獣側がどう認識しているかは分からない。

 そして、この混乱は更なる混乱を引き出す。上級悪魔の眷属の一部が主に対して反逆し出したという報告があった。神器を持っているが故に無理矢理転生悪魔にされた所有者たちが、これを機に今までの怨みを解き放っている。

 これもまた旧魔王派の策略──であったのならまだ気が楽だっただろう。少なくともそういう情報は入ってきていない。人の生と慮らず、自らの傲慢さで人の生を終わらせ悪魔に転生させたツケを今になって払うこととなった。

 しかも主に離反した神器所有者たちはもう後がないことが分かっているのか全員覚悟を決めており、その結果禁手のバーゲンセール状態になっている。

 

「はははははははははははっ! 良いなっ!」

 

 最初はヘルズエンジェルは自業自得とはいえ眷属にやられている悪魔たちを嗤っていると思っていた。

 

「気骨があるな。気に入った。理不尽を味わった奴はそうでないとなぁ!」

 

 似ているようで違っていた。ヘルズエンジェルが笑ったのは反逆する転生悪魔たちに気を良くしており、讃える言葉まで出て来た。

 しかし、ヘルズエンジェルは笑っているが他の者たちからすれば笑えない。

 

「あまり笑って欲しくはないな」

「はっ。俺だから笑い話になっているだけだ。他の奴が聞いたら因果応報だの自業自得だの権利云々とつまらん話になるのは見えている。笑い話にされているだけ有り難く思えっ」

 

 相変わらず圧があり、上からの物言いだがこの件に関しては悪魔側の落ち度なのでサーゼクスも反論はしない。そうならない為に色々と規制をしたり、保障したりなどしてきたが、問題が解決する前に爆発してしまった。

 ただ、サーゼクスが眷属問題に関して尽力していたことを知っているグレイフィアとセタンタは今にもヘルズエンジェルに飛び掛かり物理的に黙らせそうな程に殺気立っているが。

 

「事情は分かったがそれがどうした? 俺に何をさせたい? 魔獣共を焼き殺すか? それとも旧魔王派を轢き殺すか? 反逆している転生悪魔たちを全滅させるか?」

「我々が君に求めるものは逆だ。この戦いに一切手を出さないことを約束してもらう」

「──何?」

 

 サーゼクスの言葉が意外だったのかヘルズエンジェルは疑問を含んだ声を出す。傍で聞いていたレイヴェルと小猫も同様の感想を抱いていた。

 

「君の力を使えば問題の幾つかは力尽くで解決するだろう。だが、それは出来ない。そもそも私たちはそこまで君のことを信用していない」

「成程。当たり前だな」

 

 ヘルズエンジェルは肩を揺らし、声無き笑いを見せる。

 レイヴェルは今のサーゼクスの言葉で全てを理解した。色々あって感覚が麻痺してしまったが、ヘルズエンジェルがいくら契約しているからといってこちらの思惑通り完璧に動いてくれる保障は無い。そもそも、ライザーとの契約の話はヘルズエンジェルから語られたもの。何処までが本当で何処までが嘘なのかヘルズエンジェルの匙加減であり、鵜吞みに出来ない。

 古今東西、悪魔との契約の話で契約内容の解釈や穴を突かれて悪魔が出し抜かれて大損や痛い目を見る話はよく有る。だからこそ、悪魔は契約というものに慎重にならなくてはいけない。

 相手は器用に噓を吐くタイプには見えないが、だからといって正直者にも見えない。他人をストレートに罵倒する様を見ていればどうしても不信感を覚える。

 

「信じる、信じないの関係を築ける程長い付き合いでもあるまい。ましてや魔人と悪魔だ。俺がどれだけ悪魔を轍に変えて来たか教えてやろうか?」

「……君は他人を怒らせるのが上手いんだろうね。自分が怒るのと同じくらいに」

「はははっ! 良い評価だっ!」

 

 サーゼクスの皮肉を混ぜた評価にもヘルズエンジェルは動じない。それよりも少しだけ機嫌を良くしている。

 

「少しずつ感情を見せてくれるようになったなぁ、サーゼクス?」

 

 髑髏の顔が嫌な笑みを浮かべているのを幻視する。

 ヘルズエンジェルはサーゼクスの怒りを煽ろうとしていた。

 

「俺は誰よりも怒りが分かる。どんなに隠していてもだ」

「……」

 

 サーゼクスの眉が微かに動く。

 

「そこの二人はまあまあだ」

 

 ヘルズエンジェルはセタンタとグレイフィアを指す。

 

「そっちは論外だ」

 

 舌打ちをしながらレイヴェルと小猫を見る。

 

「──お前だよ。この中で誰よりも怒りを抱いているのは」

 

 ヘルズエンジェルはサーゼクスを指差した。

 

「憐れなもんだ。その怒りを晴らせる程の力がありながら、立場がそれを許さない。理不尽を覆す程の力があるというのに! ……魔王というのは枷だな!」

 

 サーゼクスの内心を見透かしたようなことを言うヘルズエンジェルだが、サーゼクスの表情に然程変化はない。

 ただ、ヘルズエンジェルの言う事は否定しなかった。指摘された通り、サーゼクスの中には今も怒りが渦巻いている。

 冥界が侵略され、無辜の民が危険に晒されていること。義理の弟になる筈であった一誠が次元の狭間に落ちて行方不明になったこと。シンが仲間の為に戦った末に若い命を落としたこと。そのことに責任を感じ、妹のリアスが絶望に打ちひしがれていること。

 そもそも事の発端となった冥府の神ハーデスの行動。

 サーゼクスの中には消えることがない業火の如き怒りが今も燃え続けている。それを隠せられているのは偏にサーゼクスの精神力の強さだからだろう。

しかし、そんなサーゼクスの内心をヘルズエンジェルは見抜いていた。伊達に怒りの魔人とは言われていない。親しい間柄の者たちもサーゼクスがピリピリしている程度にしか感じていなかった。

だが、だからこそサーゼクスはヘルズエンジェルの言葉には乗らない。

 

「私のことなどどうでも良い。私が聞きたいのは『はい』か『いいえ』の答えだけだよ」

「──その澄ました顔。剝ぎ取りたくなってくるなぁ」

 

 サーゼクスはあくまで冷静に事を運ぼうとする。一方でヘルズエンジェルの方はサーゼクスの怒りを引き出そうとしている。双方の目的が違うせいで話し合いが縺れそうな気配が生じていた。

 レイヴェルも聡い故にそれを空気で感じ取っている。このままでは会話が平行線を辿るかもしれない。ヘルズエンジェルのことはどうでもいいが、サーゼクスはこの様な場にいつまでも留めておく訳にはいかない。サーゼクスの一分一秒は冥界の未来に関わる。

 状況に振り回され続けていたレイヴェルは、微かな勇気を振り絞って声を出す。

 

「あ、あの──」

 

 一瞬であった。レイヴェルがソファーから腰を上げ、二人の会話に入ろうとした時、電光石火の如くヘルズエンジェルの手が伸び、金糸のようなレイヴェルの綺麗な髪を乱暴に掴み、中央のローテーブルに側頭部から叩き付けた。

 何が起こったのかレイヴェルは数秒間分からなかった。だが、こめかみから伝わる痛みと頬に来る冷たさにより自分の顔がテーブルに押し当てられていることを理解する。

 ヘルズエンジェルの喉元にセタンタの槍の穂先が突き付けられ、グレイフィアのオーラが満ちた掌がヘルズエンジェルの顔のすぐ傍で寸止めされている。これは警告であり、すぐにレイヴェルを放せと言外に伝えている。

 

「俺が何かをするのにお前の許可が必要と同じようにお前が何かをしようとするのなら俺の許可がいる。俺とサーゼクスの会話にお前が口を挟めると思っているのか? 頭に乗るなよっ! 小娘がっ!」

 

 ヘルズエンジェルは周りの警告を無視してレイヴェルに炎が爆ぜるような怒声を浴びせ、尚且つテーブルに埋め込む勢いで強く押し付ける。

 レイヴェルは頭蓋が割れるような痛みに声も出せない。いっそのことこのまま押し潰してくれればフェニックスの力で蘇生でき抜け出せられるが、嫌らしいことにヘルズエンジェルは激痛だけが生じる絶妙な力加減であった。ヘルズエンジェルの中にあるライザーの魂がヘルズエンジェルにフェニックスの再誕条件のラインを教えてしまっており、それを悪用している。

 

「……警告は一度きりだ。今すぐ、レイヴェル嬢から手を離し、大人しくしてくれ」

 

 ヘルズエンジェルの暴挙を見ても微動だにしなかったサーゼクスだが、一言一言丁寧に言いながらヘルズエンジェルに警告する。サーゼクスが冷静だからではない。その冷静さは火山が噴火する予兆のようなものであった。

 ヘルズエンジェルが何か一つでも言葉を間違えたのなら、消滅の魔力が音を超えてヘルズエンジェルを貫く準備を済ませていた。

 小猫がレイヴェルがテーブルに叩き付けられたことに反応出来たのは、サーゼクスの警告を聞いている最中であった。小猫の反応が鈍いのではなく他の者たちの行動と反応が速過ぎた。

 レイヴェルの危機に小猫は猫魈の力を解放し、猫耳と尻尾を出す。だが、ヘルズエンジェルの方は小猫の行動に見向きもしない。ヘルズエンジェルからすれば小猫の行動など文字通り仔猫の威嚇であり警戒するに値しない。

 現時点に於いてヘルズエンジェルが興味を持っているのはサーゼクスだけであり、同時にヘルズエンジェルを倒す可能性を持つ者もサーゼクスだけであった。

 話し合いの段階は過ぎ、一触即発の状況になる室内。様々な殺気、怒気を受けてヘルズエンジェルは生き生きとしている。

 

「お待ち……下さい……!」

 

 しかし、それを止めようとレイヴェルが声を出す。

 

「分かっていない小娘だなっ!」

 

 声すら上げる権利は無いとレイヴェルの頭をテーブルに強く押し、頭蓋を圧迫する。その圧痛にレイヴェルは次の言葉を出せなくなる。

 ヘルズエンジェルの暴力。それを止めようとした時、真っ先に動くものがあった。ヘルズエンジェルの手がレイヴェルの髪を掴む手を握り締める。

 

「むっ!」

 

 ヘルズエンジェルは軽く驚き、周りの者たちもヘルズエンジェルの奇行に戸惑う。

 

「ライザーか……随分と妹が可愛いらしい……!」

 

 自分の手を砕く勢いで強く握り続ける。それを行っているのが自身の中に残っているライザーの魂であることが分かっているヘルズエンジェルは、その反抗を楽しんでいる。

 

(お兄……様……)

 

 ライザーの抵抗もあって上からの圧が弱まり、レイヴェルは声を出すぐらいの余裕が生まれ、もう一度ヘルズエンジェルに声を掛ける。

 

「私の、話を、お聞きになって下さい……!」

「まだほざくかっ。小娘っ!」

 

 ヘルズエンジェルは明らかにレイヴェルに苛立っている。レイヴェルの何に苛立っているのかレイヴェル自身分からない。

 

「私の……何が……気に入らないのですか……!」

「ふんっ。そんなもの──」

「教えて、下さい……!」

 

 ヘルズエンジェルがどんなに否定しようともヘルズエンジェルとレイヴェルの間には契約が成立している。なので、レイヴェルが強く頼めばヘルズエンジェルはそれを拒否することが出来ない。

 

「簡単だ」

 

 ヘルズエンジェルの眼窩に怒りの炎が灯る。

 

「理不尽や不条理に怒りの一つも抱かず、鬱陶しく泣いているだけの奴など死んだ方が良い」

 

 過激過ぎるヘルズエンジェルの思想。怒りの化身であり、代行者である彼にとって怒ることを忘れた者など許し難い存在であった。どうすることも出来ず無念を晴らすことの出来ない怒りを抱えた者の許にヘルズエンジェルは現れる。その怒りを引き継ぎ、晴らす為に。

 泣くことしか出来ず、理不尽な現実に屈した者などヘルズエンジェルの存在意義とは真逆の行為。嫌悪感しか抱かず、徹底的に唾棄する。

 一誠やシン、ライザーのことで悲しんでいるレイヴェルなど正にヘルズエンジェルにとって否定すべき存在。本来ならば怒りのまま焼き尽くすところだが、契約の為にそれも出来ないので契約が許す範囲できつく当たっている。傍から見れば信じられないかもしれないが、これでも一応丁寧に扱っていた。

 

「これで満足か? いい加減鬱陶しいぞ! ライザー・フェニックス!」

 

 妹を暴力から救おうと足掻くライザーの魂の断片を一喝する。すると、ヘルズエンジェルを掴んでいた手が離れた。混じっていようと体の主導権はヘルズエンジェルにある。その気になれば大人しくさせられる。

 

(何ですか……それは……?)

 

 ヘルズエンジェルの話を聞いたレイヴェルの感想がそれであった。失った者たちを想うことの一体何がいけないというのか。魔人という存在が理解出来ない、というよりも理解したくない反発心が徐々に生まれて来る。

 悲しむことを許さないことが許せない。涙で冷たくなった心に熱い導火線が通った感覚がした。

 萎れたレイヴェルの心に火が灯る。その火は心の奥に沈んでいた泥のような悲しを包み込む。火が悲しみを覆った時、四肢に力が入る。

反抗と反発の火。皮肉にも、それこそがヘルズエンジェルの求めている怒りであった。

 

「──ほう?」

 

 レイヴェルの中に灯った怒りに反応し、顔を引っ張り上げてレイヴェルを目線の高さまで持ち上げる。髪の痛みがある筈だが、レイヴェルはヘルズエンジェルを仇でも見るような眼差しを向けている。

 

「少しはましになったか?」

「貴方の……言う通りなんて死んでも御免ですわ……!」

 

 ヘルズエンジェルへの怒りで涙は止まり、喪失感による悲しみも薄まった。しかし、開いた心の穴を埋めたものが怨敵への怒りなどレイヴェルは絶対に認めない。

 

「囀るな、小鳥。口だけじゃなくもっと行動で示してみろ。ほら、唾の一つでも吐きかけてみたらどうだ?」

 

 ヘルズエンジェルは自分の頬骨を指で叩く。つくづく他人の怒りを煽るのが上手な魔人である。

 

「レディーがそんなはしたない真似、出来る筈がありませんわ……! 常識で御考えなさって下さい……!」

 

 ヘルズエンジェルの言う事など絶対に聞かないと誓ったレイヴェルは一蹴する。本当は吐き掛けてやりたかったが、フェニックス家の子女というプライドがそれを引き止める──かなりギリギリであったが。

 

「──ふん」

 

 レイヴェルの反抗的な態度、即ち怒りが及第点に達したのかヘルズエンジェルは髪を掴んでいた手を乱暴に離す。レイヴェルは不意に離されたので、ソファーへ背中から倒れるが、小猫が彼女を丁寧に受け止める。

 

「……ありがとうございます、小猫さん」

「……お礼はいい」

 

 レイヴェルの目に少し生気が戻ったのを見て、小猫は安堵する反面それが自分によるものではないことに少し複雑な心境になる。

 

「小娘の下らない横槍のせいで時間を食った。さっさと話しの続きだ」

 

 騒動を起こしたヘルズエンジェルは悪びれる様子も無くソファーへ座る。戦闘態勢を維持していたセタンタとグレイフィアが指示を窺うようにサーゼクスを見た。サーゼクスは困ったように眉間に皺を寄せながらも首を横に振る。二人は渋々といった様子で戦闘態勢を解除した。

 

「……いつか貴方を這いつくばらさせて靴にキスをさせてやりますわ」

「面白い。その時は灰も残らないぐらい熱いのをくれてやる」

 

 自分に屈する相手よりも歯向かい、反抗する相手を好む捻くれた性格をしているヘルズエンジェルは、レイヴェルの宣戦布告を愉快そうに受け取った。

 

 

 

 

魔獣の侵攻に寝る間も惜しんで対策を練っていたアザゼル。それどころか食事の時間すらも惜しんでいる。兎に角少しでも時間が開けば対策を考えている状況であり、今も移動の間に策を考えていた。

 

「アザゼル」

「──ん? ああ、バラキエルか」

 

 声を掛けられてバラキエルの存在に気付き、アザゼルは立ち止まる。

 

「……酷い顔をしているな」

「はっ……だろうな」

 

 鏡を見ていないが、自分がどんな顔色をしているのか何となく想像出来たのでアザゼルは自嘲気味に笑う。

 バラキエルはもっと言いたいことがあったが言葉を呑み込む。アザゼルともあろう者が、バラキエルが声を掛けるまでバラキエルの存在に全く気付かなかった。

それだけアザゼルが参っていることを意味する。しかし、何を言っても今のアザゼルが取り合おうとしないのが付き合いの長いバラキエルには分かっていた。

 

「──朱乃の様子を見に来た」

 

 アザゼルへの気遣いは一先ず置いておいて本題に入る。

 

「正直、来てくれて助かる。今の俺じゃ慰めることも出来ん」

「……案内を頼む」

「じゃあ、今すぐ誰かを──」

「アザゼル。お前に頼んでいるんだ」

「はぁ? 俺は──」

「頼む」

 

 バラキエルの頼みにアザゼルは悩むように顔を顰めるが、やがて溜息を吐く。

 

「付いてこい」

 

 アザゼルの案内で朱乃が籠っているゲストルームへ行く。

 気を張り詰めているアザゼルの気分転換になるかもしれないと思い、誘ってみたがバラキエルは口が上手い方ではないので簡単に話題は出てこない。

 

「事前に話だけは聞いているが……あの二人の生存は絶望的なのか?」

 

 考えた挙句に出たのは現状確認であった。

 

「……実は生きていましたなんて奇跡が起きたら、今すぐ堕天使なんて止めて聖書の神様に土下座しに行ってやるよ。ついでに足も舐めてやる」

 

 どちらとも面識のあるバラキエル。それ故に死んでいるという現実が簡単には認められない。しかし、アザゼルはそれをヤケクソ気味に否定する。

 

「──ただ」

 

 生存の可能性を否定したアザゼルが続ける。

 

「天界にも調査を出した。赤龍帝の魂がどうなったのか」

 

 死ねば魂は天界へ行く。宿主が死ねば赤龍帝──ドライグの魂は自動で次の所有者を求めて移動する。その際の情報は天界の神器システムのデータベースに登録されることになっている。

 ただ聖書の神が死に、その影響で現世の神滅具所有者の特定は過去よりも非常に困難になっている為か未だに新たな『赤龍帝の籠手』の所有者は登録されていない。

 そしてもう一つ不可解なことがあった。

 

「それとなぁ未だに辿り着いていないみたいなんだよ」

「何がだ?」

「シンの魂だよ」

 

 死後魂が向かう先は凡そ決まっている。アザゼルはそれらの場所に網を仕掛けていたが、まだシンの魂は見つからない。

 そうなると唯一網を張れなかったハーデスの縄張りである冥府が行き着くことになるが──

 

「あり得るか? オリュンポスの領域だぞ? シンが十二神信仰しているのならもしかしたらもあるが、それ以前に神を信仰するような奴じゃない」

 

 ヘルズエンジェルが冥府のコキュートスに幽閉された事例もあるが、あれは例外中の例外である。そもそもヘルズエンジェルは死後ではなく生きたままコキュートスに氷漬けにされていた。

 

「もしかしたら……」

 

 何かを言い掛けてアザゼルは口を閉ざす。アザゼルは苛立った表情をしていた。

 

「いや……何でもない。変な点があった。ただそれだけだ……」

 

 言おうとしていることを隠し、この話題を打ち切る。

 アザゼルの仲間だからこそバラキエルはアザゼルが何を思っているのか予想が出来る。

 アザゼルはシンの魂が見つからないことに万が一の可能性を感じたのかもしれない。だが、アザゼルの中にあるリアリストな部分が可能性を否定した。教え子の生死の可能性すら信じ切ることの出来ない自分に腹が立っているのだろう。

 

「……着いたぞ」

 

 いつの間にかゲストルーム前まで来ていた。アザゼルの気を紛らわせるつもりであったが、大した役には立てなかった。

 アザゼルには妻を失った時に色々と力を貸して貰った。その時の恩を少しでも返せたらと思ったが、アザゼルのように上手く出来ない自分の不器用さにバラキエルは溜息を吐きたくなる。

 

「親子水入らずの方がいいだろ」

 

 アザゼルは「自分は邪魔者だ」と嘯き、バラキエルに朱乃を任せて背を向ける。 結局、慰めの一つも言えぬまま、アザゼルの貴重な時間を浪費させてしまった。バラキエルが自責の念に駆られながらドアに手をかけようとした。その時だ──

 

「──ありがとよ」

 

 礼の言葉が聞こえ、バラキエルは弾かれたようにアザゼルの方を見る。アザゼルは振り向かずに離れていく。

 バラキエルが付き合いの長さでアザゼルの内心を予測出来たように、アザゼルもまたバラキエルが何を考えているのか大体分かっていた。

 自分のことを気遣い、傷付けないように掛ける言葉を懸命に考えていたのがいつも以上に厳つい表情から伝わっていた。

 バラキエルは空回りで終わったと思っていたが、アザゼルはしっかりと汲み取っていた。

相手を想うということは下手をすれば一方通行になりえる。想われる側がそれを認識し成り立たせる。その相互の理解は友情とも言い換えられ、アザゼルとバラキエルの間に友情があるからこそ想いだけで慰めになった。

 

(アザゼル……)

 

 ひらひらとバラキエルに手を振りながらやるべき事の為に去っていく。上手くいったとは思えなかったが、それでも少しは力になれたのなら仲間として喜ばしいことである。

 

「ふぅ……」

 

 気持ちを切り替え、ゲストルームのドアに向き直る。アザゼルも心配だが、それと同等以上に娘のことも心配である。

 妻を失った時に悲しむ朱乃に寄り添えなかった。同じ過ちは繰り返さない。

 ドアをノックする。中から反応は無い。もう一度ノックするが同じであった。

 

「入るぞ」

 

 バラキエルは一言断ってからドアを開ける。室内は明かりが灯されておらず、暗がりのままであった。だが、バラキエルはすぐに朱乃を見つける。

 朱乃は部屋の隅のソファーに座っていた。双眸は虚空を見つめたまま動かない。ソファーに無気力に体を預けており、部屋の暗さと同化してしまったように見えてしまう。

 バラキエルは朱乃の傍へ行く。バラキエルが近付いても朱乃は彼に気付かない。その目は虚ろであり、光が無い。妻と似た瞳が生気を宿していない。華のような娘が暗く、萎れてしまっている様を見てバラキエルは胸が痛む。

 バラキエルは朱乃の肩に触れ、彼女の名を呼ぶ。

 

「……朱乃」

 

 触れられ、名を呼ばれ、ようやく朱乃はバラキエルの存在に気付く。

 

「とう、さま……?」

 

 虚ろであった瞳に僅かな光が戻った。しかし、その瞳が今度は涙で潤む。

 バラキエルは何も言わずに娘を優しく抱き締める。

 

「父様……私……」

 

 父の胸に顔を押し当て、朱乃は嗚咽を洩らす。バラキエルは泣く朱乃の髪を優しく撫でる。あの日、あの時に出来なかったことをバラキエルはしている。しかし、それに喜びなど無い。泣き崩れる娘を見たい父親などいない。出来ることならば、こんな慰めの必要の無い人生を娘には歩んで欲しかった。

 バラキエルは朱乃を存分に泣かせる。しかし、いつまでも泣いている訳にはいかない。

 座り込んだ者は立たなければならない。本来ならば時間を掛けるものだが、冥界の状況がそんな猶予を与えてはくれない。

 朱乃はグレモリー眷属の『女王』。若い彼女には酷かもしれないが、『女王』という立場として立ち直らなければならない。

 だが、出来る限り立ち直る為の時間をバラキエルは稼ぐつもりである。その為に冥界へ来た。

 その時が来るまでバラキエルは朱乃に涙を流させる。父親として子が泣き止むまで付き合うつもりであった。

 

 

 

 

 冥界の危機。招集を受けてソーナは匙たち眷属を連れて冥界に戻っていた。

 ソーナを迎えるセラフォルー。当然ながら普段の魔法少女の姿ではなく戦闘に適した格好をしており、普段のテンションの高さはなく別人のような大人びた様子であった。

 匙たちはセラフォルーの態度に冥界がそれ程までに危機的状況に追い込まれているのを察し、気持ちを引き締める。

 一方でソーナは身内としてセラフォルーに違和感を覚えていた。非常事態だけでは説明出来ない重さと暗さを姉から感じ取っていた。

 セラフォルーから説明を受け、ソーナとその眷属たちは都市部で一般人を守るよう指示された。

 ソーナは眷属たちを先に退室させ、セラフォルーと二人きりになると話を切り出す。

 

「……何かありましたか?」

 

 すると、セラフォルーは苦笑する。

 

「鋭いなー、ソーナちゃんは」

 

 セラフォルーは次の瞬間には真剣な表情になる。

 

「落ち着いて聞いて」

「はい」

「英雄派と旧魔王派がリアスちゃんたちを襲撃した話は聞いているでしょ?」

「はい。リアスたちが無事に撃退したとか」

「その情報は正確じゃないの。私たちが情報操作したもの」

「情報操作? 何故ですかお姉様?」

「……リアスちゃんたち側に犠牲者が出ているの」

 

 ソーナな静かに息を呑んだ。リアスとその眷属たちの強さはレーティングゲームで戦ったソーナたちが良く知っている。

 

「誰が……」

 

 亡くなったのか、とは言えなかった。せめて負傷であって欲しいという願望からその言葉を呑み込んでしまった。

 

「イッセー君が旧魔王派のシャルバ・ベルゼブブと戦って次元の狭間で行方不明になったの。生存している可能性は……限りなくゼロに近いって」

 

 先に眷属たちを退室させて良かったと心から思う。特に一誠をライバルとして見ている匙が聞いたら強いショックを受けるだろう。

 

(リアス……)

 

 同時に親友の心配をする。最愛の恋人を失った彼女の心の痛みは、ソーナでも計り知れない。しかし、冥界の危機にはリアスやその眷属たちの力が必要となる。リアスを心配しながらも戦わなければならないことにジレンマを覚える。

 

「そして、もう一人」

「まだ……いるのですか?」

 

 辛いので聞きたくないというのが本音だが、それでも聞かなければならない。

 

「間薙シン君。彼は……死亡が確認されている」

「……えっ?」

 

 聞き間違いかと思った。冷静を保とうとしているが情報に感情が追い付かない。

 

「それは……その、何かの……間違いではないですか?」

 

 年が近しく、また生徒会役員補佐という肩書きを持ち、協力者という特殊な立場にある男子。そんな彼が死んだと聞かされた。死亡という情報の処理をソーナの理性が拒む。

 

「……残念だけど事実よ。シン君の遺体はサーゼクスちゃんの城で保管されている」

 

 一誠が生存が絶望的な行方不明という情報だけでも動揺していたのに、追い打ちでのシンの死亡という情報。しかも、一誠とは違って遺体も残っている。

 何を言えばいいのか。どう反応すればいいのか。聡明なソーナにも答えは分からない。

 

(冷静に……冷静に……)

 

 自分に暗示をかけるように同じ言葉を心の中で繰り返す。

 

「そう、ですか……」

 

 やっと出て来た言葉は声が震えていた。

 

「分かり、ました……」

 

 ソーナは冷静な表情を保っている。しかし、その目からは抑え切れなかった感情が涙となって流れ出てしまう。

 主という立場だからこそ心を冷やし冷静で在り続けようとするが、どうしても流れてしまう熱い涙を抑えられない。

 

「ソーナちゃん。無理しなくてもいいんだよ? ここにはお姉ちゃんしかいないよ?」

 

 感情を押し殺そうとするソーナをセラフォルーは気遣う。

 

「……冥界の危機にそうも言ってはいられません」

 

 涙を流しながらも気丈に振る舞おうとうするソーナ。

 

「ですが──」

 

 それでも姉だからこそ言える本音と弱音を零す。

 

「私は……もっと冷徹な性格だと思っていました」

 

 ソーナな喪った友人たちを想い、静かに涙を流し続ける。

 

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