ハイスクールD³   作:K/K

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覇道、激励

 グレモリー城内地下。そこではヴァーリチームが匿われていた。英雄派から襲われたとはいえヴァーリたちもまた元『禍の団』。他の勢力からお尋ね者として手配されており、見つかり次第良くて捕縛、悪くて殺しに掛かられる立場である。

 しかし、半ば強引とはいえヴァーリたちとリアスたちは一時的に協力し、英雄派たちを撃退している。

 アザゼルはそれを上手いこと利用し、サーゼクスに進言することで何とか彼らを秘密裏に匿うことが出来た。尤も、元とはいえテロリストを匿うなどサーゼクスにとってはかなり危険な橋を渡る行為であり、バレたらサーゼクスは魔王の地位を失う可能性もある。

 サーゼクスがヴァーリたちを匿うと決断した時にはサーゼクスはグレイフィアに睨まれ、アザゼルもセタンタから睨まれていた。

 ただ、ヴァーリチーム以上に危険な爆弾──ヘルズエンジェルがグレモリー城にいる時点でテロリストを匿うなど最早些細な問題である。

 地下の一室。そこでヴァーリは療養していた。ヴァーリの他にルフェイと黒歌、そしてこっそりと冥界に招き入れた美候とアーサー、ジャアクフロストもいた。

 ヴァーリは異次元で一誠と戦った後、僅かに残った力を仲間に託し深い眠りについていた。傷の方は魔術や仙術により既に完治しているが目を覚ます様子はない。

 リーダーであるヴァーリの昏睡に仲間である彼らも口数が少なくなる。特にジャアクフロストは顕著であり、目を覚まさないヴァーリに当初は色々と喚いていたが全く反応が無いと次第に元気が無くなっていき、遂には無言になってしまった。

 目覚めない理由はシャルバに憑りつかれた一誠との戦いで何かしらの無茶をしたからと思われる。具体的にどんな無茶をしたのかは分からない。事情を知っているであろうヘルズエンジェルにそれを訊く前にヴァーリたちは隔離された。仮に訊けたとしてもヘルズエンジェルが素直に答えてくれるような気がしないが。

 実は他のメンバーはこれと似たような状態になったヴァーリを見ている。その時は、ヴァーリがマタドール、マダ、そしてルフェイが抱きかかえているフェンリルとの四つ巴の戦いの際にロンギヌススマッシャーを八発同時発射という離れ技を通り越して意味不明な技を使い、極度の消耗によって深い眠りに入ってしまった。

 今のヴァーリの状態はそれに酷似しており、一誠との戦いでロンギヌススマッシャーの複数同時発射またはそれに等しい無茶苦茶な技を使用したものだと考えられる。幸い、あの時は自然に目を覚ましたが、現在のヴァーリはあの時よりも眠りが深く感じられた。

 

「ヒホ……」

 

 ヴァーリの横顔を見ながらジャアクフロストは力無く鳴く。溌剌さの消えたジャアクフロストの声にただでさえ重い空気がより重くなる。

 リアスたちと比べればまだ被害は軽微で済んでいる。しかし、リアスたちの惨状を見てしまったからこそ明日は我が身という考えになってしまう。相手が相手だけにこの程度で済んだのはヴァーリの力と幸運があってこそというのがチーム共通の考えであった。

 チームメンバーがヴァーリの実力だけでなく幸運すらも加味している辺り、如何に紙一重であったか。何か一つボタンの掛け違えがあれば、ここで眠るヴァーリは存在しなかったかもしれない。

 その時、部屋の扉が軽く叩かれる。

 

「誰だい?」

「珍しく連絡入れたもんで駆け付けてやったぞ、大馬鹿もん」

 

 美候は慌てて扉を開ける。扉の向こうにはサングラスを掛けた老いた猿──初代孫悟空が煙管を吹かせながら立っていた。

 

「遅いぜぃ! ジジイ!」

「出迎え早々に口の悪いガキだぜぃ。これでも玉龍を全力で走らせて来たんだぜぃ? 敬老精神は無いのかぃ?」

「後で肩でも腰でも揉んでやるからヴァーリを診てくれぃ!」

 

 文句を言う孫悟空に美候はヤケクソ気味に叫びながらヴァーリの治療を頼む。

 孫悟空は「やれやれ」と言いながら眠るヴァーリの傍に立つ。徐にサングラスをずらし、目を細めた。

 

「こりゃ随分と無茶したなぁ……体中を巡る気が枯渇寸前だぜぃ」

 

 全身を流れている気脈。根のように張り巡らされた流れが孫悟空の目には所々繋がらず途切れ途切れになって映っていた。これは流れる筈の気の量が少な過ぎて停滞してしまったからだ。

 

「でもよぉ、黒歌が仙術で気を流しているんだぜぃ?」

「そこの猫魈のお嬢ちゃんか? 若い割にはそこそこ腕が良いみたいだが、まだまだだぜぃ」

 

 まだまだと言われ黒歌はムッとした表情になる。

 

「……ならお手本を見せてくれるかにゃん?」

 

 孫悟空はニッと笑い、ずらしていたサングラスを掛け直す。

 

「良く見てろぃ」

 

 孫悟空は人差し指を立てる。そこに闘気が流し込まれ、白く発光する。

 ヴァーリの上に手を翳す。次の瞬間、腕が幾本にも分身したように見える速度でヴァーリの全身を人差し指で突いた。

 

「ただ気を流し込むだけじゃ駄目だ。こいつぁ全身の力を振り絞った上に更に最後の一滴まで絞り出してやがる。そのせいで気脈が閉じちまった箇所が幾つかある。そういう時はこうやって閉じた箇所に直接刺激を与えてやらないとなぁ」

 

 限界まで力を出し尽くしたことによる後遺症。ロンギヌススマッシャーの複数発射は、表向きは回復したように見えてもヴァーリの内に見えない傷を残していた。それが二度目の複数発射でより深い傷となり、ヴァーリを昏睡させていた。

 孫悟空は一目でヴァーリの症状を見抜き、気脈が閉じている箇所に自身の気を直接打ち込むことで無理矢理こじ開ける。

 ヴァーリの体内では孫悟空の気により滞っていた気脈が活性化。一瞬で全身を駆け巡る。

 美候たちが見ている前でヴァーリの血色が良くなっていく。

 

「これで暫く寝てれば良くなる──」

「んん……」

 

 ヴァーリの瞼が微かに震えたかと思えば、次の時には目が開き、周りの様子を確認するように眼球が動く。

 今まで微塵も起きる気配が無かったヴァーリの急な目覚めに仲間たちは啞然とし、治療を施した孫悟空も絶句して口から煙管を落としそうになっている。

 

「……成程」

 

 状況を把握を完了するとヴァーリはベッドから体を起こす。肩や首を回し、寝続けて硬くなっていた体を解す。

 

「どうやら貴方に助けられたようだな、初代殿。礼を言わせてもらう」

「お前……規格外の魔力を持っているのは知っているが規格外過ぎだろぃ。治療したのに治療した気になれないぜぃ」

 

 本当ならあと数日は寝ていてもおかしくないのだが、ヴァーリは治療して数分で体を動かしている。無茶をしている訳ではない。孫悟空の目にはヴァーリの気脈が眩しい程の輝きを発しているのが見えていた。魔力が規格外だと生命力も規格外になるらしい。

 

「体の調子はどうなんだぜぃ?」

「少し重いな。鈍っている。すぐにでも体を動かしたい気分だ」

「……今日ほどお前がバケモンだと思った日はないぜぃ」

「納得しましょう。ヴァーリは私たちの予想の斜め上を行く存在だということを」

 

 ヴァーリの生命力に美候は呆れ、アーサーは苦笑しながらヴァーリの規格外さに驚くかずに受け入れる。

 

「ヒホッ! 心配させんじゃないホォォォ!」

 

 復活したヴァーリに今までの大人しさが嘘のような勢いで殴り掛かるジャアクフロスト。

 

「はいはい。いくらヴァーリが化物でも病み上がりを襲っちゃダメにゃん」

 

 飛び掛かろうとするジャアクフロストの首根っこを黒歌が掴んで宥める。

 

「ヴァーリ様……! 本当に、本当に良かったです!」

 

 ヴァーリが目覚めたことにルフェイは涙を流しながら喜ぶ。

 

「心配をかけたようだな。すまない」

 

 周りの反応にヴァーリは心配させたことを詫びるが、同時に違和感を覚える。美候たちの反応がやや過剰に思えた。まるで何かを誤魔化すように。

 

「俺が寝ている間に何が起こった? 説明をしてくれ」

 

 自分にとって都合の悪いことが起きたことを察し、状況確認の為に目覚めるまで間に起こったことを訊く。

 美候とアーサーは横目で黒歌とルフェイを見る。美候とアーサーは戦いに参加していなかったので詳細を知らない。説明出来るのは現場にいた黒歌とルフェイだけ。

 黒歌の表情は曇り、ルフェイはフェンリルを抱き締めている腕に力が込められる。言い難い内容なのがそれだけで伝わってくる。

 ルフェイは深呼吸し、意を決して話し始める。

 

「……ヴァーリ様。落ち着いて聞いてください」

 

 ルフェイはヴァーリが意識を失っている間に何があったのかを話した。とは言ってもルフェイもまたその現場を目撃した訳ではない。帰還者であり唯一の目撃者であるヘルズエンジェルから聞いたことだと前置きをすると──

 

「おいおい! 待て待てぃ! 何でそいつの名が出て来るだぜぃ!?」

 

 聞き捨てならないヘルズエンジェルの名に孫悟空が反応する。彼は過去にヘルズエンジェルを封印した立役者の一人。なのでヘルズエンジェルが復活したのは寝耳に水であった。

 

「えーと……説明しますと」

 

 魔人だいそうじょうが冥府の神ハーデスに協力してもらいコキュートスのヘルズエンジェルの力を抜き取り、それを傀儡として英雄派に与えた。力のみの存在であるヘルズエンジェルの写し身はオーフィスにより戦闘不能状態にさせられる。しかし、ライザー・フェニックスと契約することでその炎を取り込んで完全復活を果たした、と簡潔に説明する。

 話を聞き終えた孫悟空は少しの間無言であった。ガシッという音が鳴る。咥えていた煙管を強く噛んだ音であった。美候は滅多に見ることのない身内のキレる一歩手前の状態に冷や汗を流す。

 だが、暫くの後孫悟空は煙管を嚙むのを止め、口の端に引っ掛けるように咥え直す。

 

「話の腰を折っちまったなぁ。そいつのことはもういいから本題に入ってくれぃ」

 

 納得し切れない筈なのに何事もなかったかのように呑み込み、後回しにする。伊達に長生きはしていない切り替えの良さである。

 

「は、はい……」

 

 話題を戻されたルフェイであったが、内心ではもっとそちらの話に食いついて欲しかったという思いがあった。今から話す内容はルフェイですら心に来る。深く関わりのあるヴァーリならどれ程の衝撃が心に来るのだろうか。そう思うと先程の覚悟も揺らいでしまう。

 

「あの戦いで……赤龍帝様は次元の狭間にて行方不明に……」

「……そうか。ちゃんと助けられなかったか。肝心なところで役に立たないな……俺は」

 

 ヴァーリは一誠を助け出すことが出来なかったことを自嘲する。自分を卑下しているが、全方向からロンギヌススマッシャーで狙われるという絶体絶命の状況を切り抜けることが出来たのはヴァーリが死力を尽くしたおかげであり、間違いなく戦いに大きく貢献していた。しかし、目標を達成出来なかった事実一点のみでヴァーリはその貢献すらも役立たずと切り捨てた。

 

「オーフィスと間薙シンはどうした?」

「オーフィス様は赤龍帝様と共に次元の狭間に……間薙様は──」

 

 ルフェイはそこで言葉を途切れさせる。その短い沈黙が全てを物語ってしまう。

 

「そうか……死んだのか」

 

 ヴァーリはその言葉の後、深く重い溜息を吐く。ヴァーリがこんなにも疲れた溜息を吐くのを仲間たちは初めて見た。

 

「死にそうに見えなかったのに死ぬのか……どうして死んだのか理由は分かるか?」

「ヘルズエンジェルさんが言うには赤龍帝様と……相討ちだったそうです」

「はっ!」

 

 ヴァーリは相討ちと聞き一笑する。嘲りや怒りからではなく感情の処理が分からずバグのように出てしまった。

 

「俺だけ置いて行かれた気分だよ……」

 

 仲間外れにされたことを悲しむ子供のような想いを吐露する。

 ライバル、そして直前に出来た友人。その二人を同時に失ったことをヴァーリは本気で哀しんでいた。

 哀しんでいたが──

 

「すまないが食事を用意してくれないか? ずっと寝ていたせいで空腹だ」

 

 ──急に切り替えて食事を頼む。

 ヴァーリの変わり身の早さに全員呆気にとられてしまう。

 

「いやいや。切り替え極端過ぎだろぃ」

「腹が減っては戦は出来ぬ、というだろう? 戦う前に腹に何かを入れておかないとな」

「もう戦いに出るつもりですか?」

「ヴァーリ様。もう少し静養していた方が……」

「睡眠は十分にとったが?」

「意識不明を睡眠とは呼ばないにゃ」

 

 既に戦う気になっているヴァーリに他のメンバーも呆れてしまう。

 

「もしかして弔い合戦のつかいかぃ? ガラじゃねぜぃ」

「兵藤一誠の仇討ちなら俺に権利は無いな。それはリアス・グレモリーたちのものだ。だが──」

「だが?」

「間薙シンの弔いの為に戦う権利は俺にもある」

「どういうことにゃん?」

「間薙シンとは友人になったからだ」

 

 ヴァーリの友人発言に誰もが絶句する。そういうのが似合わない、というか縁の無いタイプだと思っていた。

 

「……は? 友人? え?」

「……ヴァーリ、貴方は、その……友人を作れるんですか?」

「……ないない。絶対ない! あんな情とか他人に興味なさそうな相手が友達なんて……あったら私の立場がない!」

「そうですか……共に戦ったからこそ育まれる友情があるんですね……ぐすっ」

 

 周りの反応は四者四様。美候は内容を処理し切れず「は?」や「え?」を繰り返し、アーサーは言葉を慎重に選びながらもヴァーリへ遠回しに「貴方は友人が作れるような性格をしていない」と伝え、黒歌はシンからとても雑且つ冷たい対応をされたことがトラウマになっているのか信じられず、ルフェイは純粋に二人の間に友情が生まれていたことに感動していた。

 

「なーんか混沌とし出しちまったが、儂はそろそろ行くぜぃ」

「おや? まだゆっくりとしていけばいいのに」

「あのなぁ、儂はこれでも天帝んところの先兵って立場なんじゃよぉ。冥界には魔王に裏口使わせて貰ってこっそり入ってきたに過ぎんよぉ」

「帝釈天はこの件についてどう関わるつもりなんだ?」

「静観だ。冥界のいざこざは悪魔とその他の仲良しグループがやれだとよぉ」

 

 冥界で起こっていることに対し、帝釈天側からは何もしないと孫悟空は説明する。

 

「それだけか? 曹操と裏で繋がっているのがバレると厄介だからじゃないのか?」

 

 帝釈天は曹操と幼い頃に接触し、曹操が聖槍を所持していることを三勢力に黙っていた。曹操が『禍の団』で英雄派というグループを作っても特に何かをする訳ではなかったが、帝釈天にも何か思惑があるのかもしれないと考えるのが普通である。

 

「少なくとも儂は知らんよぉ。曹操の坊主が聖槍を持っているのを知ったのは最近のことだしのぉ。天帝が裏で何を考えているのかさっぱりだ。何せ自由なジジイでやらせてもらっているからのぉ」

 

 孫悟空という立場と実力で天帝の下、自由に動くこと許されている。しかし、逆に言えば融通が利かない駒だと思われている。帝釈天から孫悟空へ有力な情報が齎されることは全くと言っていい程無かった。

 

「まあ、あの坊主頭は自分たちが最強だと思っているから今回の件は高みの見物に徹すると思うぜぃ。それよか問題なのはハーデスの方よ」

 

 ハーデスの名を出した途端に好々爺の顔が消え、不機嫌な表情になる。ヘルズエンジェルのことを思い出して一気に機嫌が悪くなった。

 

「流石に今回のはやり過ぎだぜぃ。まあ、恐らくはハーデスにとってもヘルズエンジェルの復活は予想外のことだったろうがなぁ。力だけ抜き取った筈なのにそこから蘇るなんて誰が想像出来るんだぜぃ」

 

 孫悟空はしかめっ面のままヘルズエンジェルのしぶとさを忌々しそうにする。何なら少しハーデスに同情すら覚えているように見えた。

 

「──因みにヘルズエンジェルの奴は何処にいるんだか知っているかぃ?」

「その……」

 

 ルフェイは気まずそうに黒歌の方を見る。言うべきかどうか迷っている様子。黒歌は軽く頷き、ルフェイの代わりに答えた。

 

「この城の何処かに居るにゃん」

「げぇ……」

 

 思ったよりも近くに居ることを知らされ、孫悟空は心底嫌そうな声を出す。

 

「全く感じなかった……そんだけ完璧に隠しているのかぁ? それとも何か奴の身に起きたのかぁ?」

 

 言われるまで気付けなかったことを不覚そうにする孫悟空。

 確かにヘルズエンジェルを隠匿する為何重もの結界を張って気配が洩れないようにしていたが、孫悟空ならば空気に漂う僅かな死と火の気配で感知出来ていた。しかし、それは前のヘルズエンジェルの場合である。

 ライザー・フェニックスの炎を取り込んだことでヘルズエンジェルの気配に多少の変化が生じていたので、以前と今回の差のせいで孫悟空の感知の網を潜り抜けてしまっていた。

 

「闘戦勝仏ともあろうもんが情けない声出してんじゃないぜぃ、ジジイ」

「おめえは奴のしつこさと厄介さを知らねぇからそんな風に軽く言えんだぜぃ。はぁ……玉龍と儂だけじゃあ戦力が足りねぇから聞かなかったことにするぜぃ。玉龍が聞いたら真っ先に逃げるだろうしなぁ」

 

 やるならば十分な戦力が必要になってくる。ただ玉龍は前回のヘルズエンジェルの戦いがトラウマになっているので本人の性格もあってまずは積極的には参戦しない。マダの力も必要だが、彼はやらかしたせいで冥界を出禁になっている。余程の理由がなければ冥界には連れて来られない。

 

「かぁー……一度にあれこれ起こり過ぎだぜぃ。老い先短い老人の寿命が縮まっちまぅ」

「あと五百年はくたばりそうにないぜぃ」

「はっ。どっかの誰かさんが早く一人前になってくれたら、とっとと隠居出来るんだがねぃ?」

 

 美候の頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと髪を撫でながら期待と揶揄いの言葉を掛ける。

 

「ガキ扱いすんじゃないぜぃ」

「されたくなければもっと修行しろぃ」

 

 口では文句を言うが、孫悟空にされるがままの美候。普段はヴァーリチームのサブリーダーとして振る舞う彼も先祖の前では形無しになってしまう。

 

「じゃあな。何かあったらまた連絡を入れろぃ。手ぐらい貸してやる」

「立場的に不味いんじゃないのかぃ?」

「確かに儂は天帝の先兵だが、替えの利かない駒でもあるんだぜぃ? ある程度の独断行動は見逃される。あとこれは忠告だが──」

 

 孫悟空はサングラスをずらす。鋭い眼光がヴァーリを射抜く。

 

「おめえさんが昏睡する原因になった技、何度も使うんじゃねぇぞ。使う度に寿命が縮んでいく」

「気を付けはする」

 

 使わないとは約束しなかった。そんなヴァーリに孫悟空は呆れた溜息を吐く。

 

「まーたおめえさんの世話をすることになりそうだぜぃ」

 

 状況によっては立場を超えてまた助けてくれることを約束し、孫悟空は退室していった。

 

「んで、これからどうするんだぜぃ? ヴァーリ」

「さっきも言ったようにまずは腹ごしらえを──」

「この先の話をしているんだぜぃ、俺は」

 

 美候は真剣な表情で問う。

 

「各勢力からのお尋ね者であり、後ろ盾だった『禍の団』からも手配をされている。まさに四面楚歌だな」

 

 冥界に匿われているのはリアスやサーゼクスがお人好しだったからに過ぎない。一誠らと共闘することはあったが、それでもヴァーリたちがテロリスト扱いなのは変わりない。

 

「何の偶然か、それとも奇跡か、もしかしたらこの世の終わりの前兆かもしれないが、お前がお友達の為に戦うのはいいとして、それが今後に関わるとは限らないぜぃ?」

「酷い言い草だな……」

 

 ヴァーリは苦笑するが美候の言っていることは否定しない。

 

「まあ、俺が間薙シンの為に戦ったからといって「だからどうした?」っていう話だろうな。リアス・グレモリーや眷属たちが聞いたら殺しにかかって来るかもしれない。そもそもどの勢力にとって魔人なんて悩みの種だ。死んでしまった方が色々と都合が良い」

「友だの言っていた割には酷い言い草だぜぃ」

 

 先程言った言葉がそのまま返される。

 

「それが分かっていても弔う為に戦うのですか?」

「ああ」

 

 ヴァーリは迷い無く頷く。

 

「スッキリしないのさ。あの戦いは俺にとって敗北と同じだ。ライバルである兵藤一誠を決着を付ける前に失い、間薙シンには返せない借りも作ってしまった」

 

 好敵手を倒せず、死地から帰還出来た恩を返せる相手も失った。何も得ることが出来ず、失うだけの戦いは敗北と変わらない。

 

「このまま自分の為だけに戦える程俺の面の皮は厚くない。切り替える為の禊が欲しいのさ」

「それが人修羅の為に戦うってことかぃ?」

「そうだ」

 

 敢えて魔人の方の名を出して覚悟を問うが、ヴァーリの方は拍子抜けするぐらい即答する。魔人の存在など誰しも嫌うが、ヴァーリだけは数少ない例外。マタドールに戦いを乞うぐらいなので好意的なのは分かっていたが。

 

「それにその方が狙ってくる相手も増えるかもしれないからな」

「はぁ、友人なんてもん作って少しは丸くなったのかと思ったが、相変わらずのバトルマニアで安心したぜぃ」

「多少思うことはあっても根本は変えられないらしい──そんな俺と一緒に戦うのは不安か?」

 

 周りが敵だらけの中、これから先も共に行くか問う。

 

「今まで通りお前に付き合うだけだぜぃ。ここにいるのはおめぇ程じゃないがまともに生きられなかった奴ばっかだ。そんな道から外れた半端な奴らが命を預けられるのはおめぇだけだぜぃ、ヴァーリ」

「私もリーダーに付いていくにゃん。私が誘ってもなーんにも反応しないのは面白くないけど、それ以外だったら面白楽しいし、何だかんだ言ってもこのチームでやっていくのが一番だにゃん」

「はい! 私は皆さんに付いていきます! ずっと共にいるつもりです! ゴッくんもアーくんもフェンリルちゃんも同じ気持ちです!」

「英雄派には興味もありませんし、曹操よりもヴァーリの方が付き合いやすいですからね。それに貴方といれば強者と戦えるでしょうし」

「ヒーホー! ライバルである俺様がお前のことを放っておく訳がないホ! ヴァーリに勝つのが俺様の目標だホ!」

 

 如何なる状況になってもヴァーリから離れないことを各々語る。全員が離れる意思が無いことを知り、ヴァーリは微笑む。

 

「……前から思っていたんだが、俺は出会いに恵まれている──ありがとう」

 

 ヴァーリが感謝の意を示すと美候は噴き出す。

 

「らしくねぇ! 真面目に言うなし!」

 

 笑う美候につられて周りも笑う。ヴァーリチームの結束がより深まった。

 皆が笑っている中、ヴァーリはあることぼんやりと考えていた。

 

(なあ、アルビオン)

『どうした?』

(兵藤一誠とドライグは死んだと思うか?)

『……可能性としては高いな』

(そういう平凡な意見は求めていない。お前自身の想いを知りたい)

『あのような謀略で朽ち果てる程軟ではないさ、赤龍帝というものは』

 

 可能性が高くともそれすらも乗り越えてくる。永遠の宿敵への揺るがない期待と信頼がアルビオンの言葉にはあった。

 

(安心した。俺と同じ意見だ)

 

 ヴァーリもまた一誠との因縁がこれで終わるとは思っていなかった。そんな運命など信じない。

 

(実のところ、間薙シンの死についてもあんまり実感が無い)

『死体すら確認されているのに、その死を受け入れていないのか?』

(正気を疑われるかもしれないが、どうにも俺の心がそれを認めたがらない。実感が湧かないというよりも想像が付かないんだよ、魔人の死というものが)

 

 ヴァーリの中にある魔人のイメージの原型となっているのはマタドール。自分から死地に赴くが、誰よりも死から遠い存在。今は行方不明だが、ヴァーリはマタドールの死もイメージが出来なかった。

 

『──お前はやはり魔人に毒され過ぎだ』

(余計な敵を増やすかな?)

『お前と敵対するだけ損だ。代わりに嫌われるだけだ』

 

 アルビオンの呆れ声に苦笑しながらヴァーリは願う。この微かな可能性が現実に結び付くことを。

 何故ならその方が面白く、楽しい。

 

 

 

 ◇

 

 

 ソーナはある部屋の中に立ち、ドアをノックする。返事は無い。

 

「リアス。私です」

 

 中にいるリアスへ声を掛けて反応を窺う。

 

「貴女と話をしに来ました」

 

 相手の反応が返って来るまでソーナの方から話し掛け続ける。

 

「二人のことは私も知りました。その上で貴女と話をしたいのです」

 

 傷となっている部位に触れ、無反応ではいられなくする。正直、言っているソーナも心が苦しくなる。

 

「ごめんなさい……」

 

 反応があった。中から微かな声が聞こえてきた。

 

「誰とも話したくないの……」

 

 返答は会話の拒絶。リアスは自らを哀しみの檻の中へ閉じ込めてしまっている。

 良くない傾向だとソーナは表情を険しくする。まだ理性が働いているが、このまま身体的にも精神的にも閉じ籠り続ければ一誠を後追いするかもしれない。

 これは決してソーナの考え過ぎではない。リアスの声にはそれを想像させる危うさが含まれていた。

 ここで退いたらリアスはますます自分の殻に閉じ籠る。ソーナは自分の役割が繋ぎだということを理解している。だから、本命である彼が来るまでリアスに話し掛けるのを止めない。

 

「リアス。私と話さなくてもいいです。私が一方的に話しますから。返答もいりません。聞くだけでいいのです」

 

 ドア越しに拒絶する声は聞こえない。少なくとも耳を傾けてはくれている。

 

「私たちはこれから都市部の方々を守りに行きます。守ると言っても恐らくは避難誘導とその護衛でしょうが」

 

 一誠とシンのことは話題にせず、自分の役目について話す。

 

「今の私たちの実力ではこれが精一杯です。最前線で戦っているお姉様やサーゼクス様の援軍にはなれませんが、安心して戦えるようサポートすることは出来ます」

 

 リアスは黙ってソーナの話を聞く。

 

「これが私たちの限界ですが、リアス、そして貴女の眷属たちなら私たち以上の役目を担うことが出来ます……悔しいですが」

 

 リアスたちとソーナたちの戦力差を比べれば大差でリアスたちへ傾く。それ程までの逸材がリアスの眷属たちには揃っている。しかし、今は殆どの者たちが戦意を失っている。奮い立たせるにはリアスが立ち上がり、彼らにその姿を見せるしかない。

 しかし、ソーナの言葉に反応は無かった。薄々こうなることは予想していたが、やはり親友を立ち直らせられないことにショックを覚える。

 

「これが……私の限界ですか」

「いいや。まだだ」

 

 ソーナの弱音を打ち消すような覇気ある声。

 

「それを認めるのは俺がダメだった時にしてくれ」

「来てくれましたか……サイラオーグ」

 

 ソーナに応え、サイラオーグが戦場から急いで駆け付けて来た。

 

「後は俺が引き継ぐ」

「……お願いします」

 

 ソーナがリアスを部屋から出す為に相応しいと思った人物。サーゼクスでもグレイフィアでは適していない。彼らはどうしても身内に甘くなってしまう。サイラオーグも血縁はあるが厳格で人の心を奮い立たせるのが上手い。彼の説得がダメならもう諦めるしかない。

 

「入るぞ、リアス」

 

 部屋のドアノブを掴み、回す。リアスが外界との接触を強く拒んでいる為、ドアには魔術により強固な施錠が施されているのだが、サイラオーグがドアノブを回すと同時にそれらの魔術は捻じ切られ、粉砕され、一切の足止めを許さず力のみで解錠される。

 サイラオーグが部屋の中へ入っていく。ソーナはそれを追うことも中を覗くこともしなかった。彼を信じてドアの前で待つことを選ぶ。

 室内を見回すとすぐに目的の人物を見つけた。リアスはベッドのうえで体育座りをしており、抱きかかえた膝に顔を埋めている。

 サイラオーグが知るリアスよりも一回りも二回りも小さく見えた。

 

「ノックもしないで……いつからそんなに無作法になったの?」

 

 埋めていた顔を上げ、険吞な目でサイラオーグを睨む。目の周りは赤く腫れ、瞳には生気が無い。

 

「情けない姿だが、文句を言う気力はあって少し安心した」

 

 リアスに睨まれてもサイラオーグが臆さない。心折れたリアスの威圧など恐れるに足りない。まだ昆虫の威嚇の方が気迫を感じる。

 

「……サイラオーグ、何をしに来たの?」

「言わなければ分からないのか? そこまで鈍い奴でもあるまい」

 

 リアスの目付きがますます鋭くなる。サイラオーグの言動が一々癇に障る。

 

「ソーナ・シトリーから連絡を受けて来てみれば……予想していたよりも重症だな。まるで萎れた花だ」

 

 リアスの弱々しい様子に嘆息する。

 

「ソーナが、貴方を……」

 

 余計なことを、と吐き捨てはしなかった。ソーナの友情を無下にする程落ちぶれてはいない。

 

「──行くぞ。冥界の危機だ。強力な眷属を率いるお前がこの局面に立たずしてどうする? 俺とお前はまだ若手だが魔王様たちに最有力と目されている。魔王様たち上層部の方々が出来ないことを俺たちが為し、これまでの恩に報いるまたとない機会だ」

 

 サイラオーグが言っていることは尤もな意見だ。普段のリアスならば当然のように頷くだろう。しかし、そんな正論程度では傷心のリアスを動かすことなど出来ない。

 

「……知らないわ、そんなの」

「魔王様の──実の兄の期待を裏切る気か?」

「貴方は私を説得したいの? 追い詰めたいの? 止めて……そんな綺麗事なんて聞きたくないの……」

 

 全く効いていないという訳ではない。今の自分がダメなのは分かっているのだろう。しかし、それを覆そうとする力が折れた心からは湧かない。力に変えることの出来ない義務感も正義感は心に圧し掛かるただの重石になり、余計にリアスの心を沈めさす。

 

「ここまで堕ちるか。リアス、お前はもっと良い女だった筈だ」

 

 魔力を持たない故に幼い頃から差別されてきたサイラオーグ。そんな彼を差別せずに接して来た数少ない者の一人であるリアスが、多くの命の危機に無関心を貫こうとすることに失望を示す。

 リアスはベッドから立ち上がり、無言でサイラオーグへ近付くフルスイングの平手打ちをサイラオーグの頬へ打ち込む。派手な音が鳴ったが、打たれたサイラオーグは微動だにせず打たれるまで瞬きもしなかった。

 

「軽いな」

 

 激高の平手打ちもサイラオーグからすれば何も効かない。言葉通り軽い一発に過ぎない。

 

「彼がいない世界なんて……! イッセーがいない世界なんてどうだっていいのよっ! 私にとって彼は……あの人は誰よりも大切だった! あの人無しで生きるなんて……!」

 

 リアスは泣きながら拳でサイラオーグの胸を叩く。八つ当たりのそれをサイラオーグはやはり黙って受け止める。

 

「それに……私……死なせちゃったのよ……私の大切の人を救ってもらう為に、大事な友人を……! 私が止めるべきだった……でも、私は願ってしまった……この子なら、シンならイッセーを助けてくれるって勝手に……!」

 

 死なせてしまったという罪悪感。弱った心を打ち砕くには十分過ぎる重石。冷たくも頼りになる存在。無茶をするがそれでも窮地を切り抜ける度胸と実力を兼ね備えていた故に麻痺してしまっていた。

 終わらない命などある訳がない。

 

「リアス。それは流石に背負い過ぎだ」

 

 殴る手をサイラオーグの掌が受け止める。

 

「間薙シンは自ら選び、その選択の結果死んだ。そこにお前の責任は無い」

「それでも……!」

「そうだ。『それでも何か出来たのでは?』、と誰もが思う。選択の時が過ぎ、結果が出た後に誰もが後悔をする──俺も例外ではない」

 

 あの日、あの時、あの瞬間一つでも選択を変えていればこうはならなかったのではないか。最悪の結末を前にすれば誰もが最善の選択を誤ったことを悔やみ、そして絶望する。

 リアスは特に情が厚いせいで恋人と友人を失った後悔の輪廻に囚われてしまい、そこから脱け出すことが出来なくなっていた。

 

「だが! それでも! そう在り続けることは許されん! 泣くな! 立てっ! 怒れっ! 抗えっ! 戦いそして生きろっ! 赤龍帝の兵藤一誠が愛した女ならばっ!」

 

 覇気ある叫びが間近で放たれ、リアスの体を震わす。

 

「あの男が誰よりも前に出たのはお前の夢に殉ずる覚悟があったからだ! お前の在り方に美しさを覚えたからこそ誰よりも勇ましく戦えた! 主のお前が、あの男に愛された女がそれに応えなくてどうする!」

 

 兵藤一誠が赤龍帝で在り続けられた理由はリアスが居たからこそ。リアスが居なければ一誠は赤龍帝に成れず死んでいた。仮に神器に目覚めたとしてもリアスに出会わなかった彼が赤龍帝に至るのは難しかっただろう。そして、リアスも一誠を見出せなければ自分の道を進むことが出来ず、敷かれたレールの上を歩むことになっていた。

 どちらかが欠けていたら全く別の人生になっていた。出会い、想い合い、やがて互いに愛し合う。道が交わったからこそお互いに自分の進みたい道を進めた。

 

「証明しろ、リアス! 俺と真っ向から戦い、俺と死力を尽くした男が素晴らしき男であったかを! お前と兵藤一誠の為に散った間薙シンという男が、俺が戦友と呼んだ男が凄まじい男であったか! お前にはそれを為す義務があるっ!」

 

 だからこそサイラオーグはここでリアスが籠り続けることを許せない。それは彼らに対する侮辱となる。

 

「……貴方って自分だけじゃなくて他人にも厳しいのね」

「勘違いをするな。俺は信じた者にしか厳しくしない」

 

 重く厳しいサイラオーグの信頼。リアスは小さな溜息を吐く。

 

「貴方を支えられる女性って現れるのかしら?」

「さてな。何処ぞの誰かも熱愛は出来たし、何とかなるだろう」

 

 緊張感があった空気が徐々に緩み始める。

 

「……今から言う話は俺のただの妄言だ。適当に聞き流せ」

「え?」

「俺は兵藤一誠の死を信じていないし、間薙シンの死も認めていない」

 

 サイラオーグの突拍子の無い宣言にリアスは言葉を失う。

 

「傍から聞けば滑稽に思えるかもしれん。間薙シンなどこの目で死体も見ている。しかし、どういう訳か俺の中の何かがその死を認めていないのだ……奴が魔人だからかもしれんな」

 

 魔人という言葉にリアスは一瞬表情を暗くした。彼女が、シンが魔人である事実を知ったのはシンと死別するほんの少し前。魔人と知って恐れを抱かなかったと言えば嘘になるが、それ以上の信頼がシンにはあった。同時にシンの肉体と精神が超人的な理由が魔人だと知り腑に落ちた部分もある。

 戻って来たら、魔人を隠していたことを説教し最後には魔人だからどうした、と怒鳴り飛ばしてやろうとさえ思っていた。

 

「貴方……無茶苦茶なことを言うわね。正気?」

「至って正常に頭は動いている。動いている上での結論がこれだ」

 

 真っ直ぐ見てくるサイラオーグの表情に狂気は無い。本当にそう思い、発言しているのだ。

 

「そんな都合の良い奇跡──」

「残念ながら聖書の神が死んだ時点でこの世界からはそんな奇跡は消え失せた。そして、同時に神が定めた運命もまたこの世界から消え去った。そう考えれば死んだと思っていた者が帰って来ることや死人が生き返ることなどあり得ないことではない」

 

 聖書の神が死ぬというあり得てはならないことが起きたこの世界では、サイラオーグが言うようなあり得ないことが起こってもおかしくはない。一誠とシン、その二人ならば常識をひっくり返すことをしても不思議ではないように思えた。

 

「説得力があるのかどうか判断が付かないことを言わないでよ……」

「ふっ。他から見れば大穴の予想だ。賭けたところで損はない」

「──仮に私がそれを信じたとして、外れたらどうするの?」

「その時は好きなだけ俺を殴ればいい。何なら滅びの力を使っても構わん」

 

 何一つ迷うことなく言うサイラオーグに暗かったリアスの表情は呆れの表情に変わった。

 

「それなりに長い付き合いだったけど……貴方ってバカ?」

「今更か? 拳一つで成り上がれるなどとバカでなければ本気で思わん」

 

 これ見よがしに自慢の拳を見せつけるサイラオーグ。その姿が最愛の恋人と少しだけ重なり、リアスの瞳に憂いの色が浮かぶ。

 

「信じたいものを信じればいい。信じる力が向かう先は神ではなく己自身だ。兵藤一誠も間薙シンも生きようとする自分を信じた筈。俺は彼ら自身が起こす奇跡を待ち望んでいる」

 

 迷い無く言うサイラオーグ。その姿に光を感じると同時に自分以上に一誠やシンを信じていることに少し嫉妬する。

 

「言いたいことは言い終えた。俺は先に戦場で待つ。代理として子供たちを守らなければならないからな」

「代理?」

「子供たちのヒーローだろ? 『おっぱいドラゴン』は? 駆け付けて来るまで俺が代わりだ」

 

 サイラオーグは部屋から去ろうとするが、ドアの前で足を止める。

 

「俺はお前が眷属と共に来ることを信じているぞ、リアス。あの男たちが守ろうとしていたものはお前たちも守ろうとしているものの筈だ。証明してみせろ、兵藤一誠への愛と間薙シンへの友情を」

 

 今度こそ全て伝え終えたサイラオーグは部屋から出て行く。リアスはその背を見つめていたが、暗かった瞳に少しだけ光が戻っていた。

 

「……ソーナ。まだそこにいる?」

「ええ、いますよ。リアス」

 

 ドアの向こう側からソーナの声が返って来る。

 

「……ありがとう」

「その言葉は私ではなくサイラオーグに直接言うべきです」

「……そうね」

 

 完全とまではいかないが少しだけ立ち直ってくれたことにソーナは内心安堵する。後はリアスとその眷属たちに任せ、ソーナもまたやるべき事をする為にここから去ろうとしたが、ある疑問が湧いて踏み止まる。

 

「リアス。一つだけ確認してもよろしいでしょうか?」

「何を?」

「……あの子たちはどんな様子ですか?」

「あの子たち……ピクシーたちのことね?」

「はい」

 

 リアスたちと同じ、或いはもっと深い繋がりがシンとある仲魔のピクシー、ジャックフロスト、ケルベロス。姿を確認出来ておらず、どんな状態なのか訊ねる。

 

「……あの子たちはずっとシンの傍に寄り添っているわ」

「そう、なのですか……」

「シンの後を追うつもりよ、あの子たちは」

 

 ソーナは息を呑む。そこまで思い詰めているとは思わなかった。

 

「それ、は……」

「別に自殺なんてしないわ。ただ、シンが朽ち果てるまでずっと傍にいる覚悟なのよ」

 

 結局のところは緩やかな自殺と変わらない。死ですらシンと仲魔の繋がりは断てなかった。シンの遺体は隔離されている為、ピクシーたちは閉じ込められているに等しい。ピクシーたちの方から外に出ることは不可能であり、外に出るにはサーゼクスかリアスが外側から部屋を開けないといけない。

 ピクシーたちが飢えないように食料を置いてきたが、ピクシーたちの悲愴な覚悟からして飲まず食わずで傍に付いていると思われる。

 

「説得はしたわ……何度も。でも、あの子たち首を縦に振らなかった。だけど、私たちも完全には諦めていないわ。様子を見てまた説得するつもりよ」

 

 これ以上近しい者の死は御免であった。それがピクシーたちの覚悟を阻むエゴだとしても。

 

「──その時は私にも手伝わせてください」

 

 ソーナもリアスの気持ちと同じであった。協力することを約束しソーナは立ち去る。

 

「ありがとう……」

 

 リアスはもう一度ソーナに礼を言う。この礼はソーナの為のもの。聞かれてはまたサイラオーグへ言ってください、と言われてしまうのを考慮して小さな声で言った。

 

「……親友ですから」

 

 ソーナもまた微かな声で独り言を呟く。偶然か、それとも声は届いていなくとも気持ちは届いたのかまるで会話しているかのようなタイミングであった。

 

 

 ◇

 

 

「やっふー! 元気ぃ?」

 

 見た目にそぐわないハイテンションで声を掛けるリゼヴィム。言動の全てが人の神経を逆撫でする為に機能している悪魔。

 

「……随分と機嫌が良いな」

 

 普段通りにしか見えない筈なのだが、バルパーはそこそこ付き合いがあるせいでリゼヴィムのハイテンションの微妙な違いを感じ取ることが出来るようになっていた。

 

「あ、分かるー? 少し前にとっても素敵なお友達が出来ちゃってさぁ! 本当に最高で最悪でリスペクトしまくりのベストフレンド! もう一目惚れよ! 一目惚れ! いやん! 言っちゃった! ひひゃははははははっ!」

 

 ハイテンションのまま小芝居のようなリアクションを続けるリゼヴィム。老年のリゼヴィムがやると鬱陶しくて仕方がない。

 

「お前が言うのならよっぽどの相手のようだな」

 

 表面上は興味が無い態度だが、内心ではリゼヴィムにここまで言わせる人物などいたか記憶の中で高速検索する。

 

「あ、無駄無駄。いくら探しても分かんないって。超VIPだからさぁ」

 

 バルパーが誰なのか検討しようとしているのを読み、釘を刺してくる。

 

「私も知らないような大物か」

「くふふふっ! 知ったら腰抜かすぜぇ~?」

 

 勿体ぶるリゼヴィムに苛立ちを覚えるが、それでも我慢して聞き出そうとする。

 

「それ程か。まさか、神とは言わんだろうな?」

「うひょひょひょ! 実は……内緒ぉ!」

「……時間の無駄だったな」

 

 最初から言うつもりなどなく、揶揄う為だった。それにまんまと乗せられたことに腹が立ってくる。冷静さを欠く前にリゼヴィムから離れようとする。

 

「そう怒るなってぇ。俺はさぁ、ベストフレンドとの友情を大事にしたいと思っている訳なのよ~。これから先、色々と忙しくなるからさぁ……バルパー君には──」

「ふん。言われなくとも今後も聖剣は造っていくつもりだ」

「あ、違う違う。もう君、要らないから」

「──はっ?」

 

 次の瞬間リゼヴィムの手がバルパーの顔面を鷲掴みにし、そのまま片手で持ち上げる。

 

「もう聖剣(玩具)遊びはいいかなって。飽きたし、オレ。もう時代じゃないのよ、聖剣なんて。だからそんな時代遅れは纏めてポイしよって」

 

 突然の切り捨てにバルパーの思考は追い付かない。

 

「それにさぁ、なーんかバルパー君って段々と調子に乗っている気がしてちょっとムカついてたんだよ。成果もイマイチな癖してさぁ!」

 

 バルパーはリゼヴィムの指を剥がそうとするがビクともせず、それどころか万力のように締めていく力を強めていく。

 

「契、約が……!」

「あーはいはいあれね。ちゃーんと聖剣造る為の環境用意したでしょ? それ以外でも匿ってあげたし、当初の契約の内容通りでございませんこと?」

 

 苦しむバルパーを嘲るリゼヴィム。醜悪な笑顔により皺が深くなり、老醜が増す。

 

「でもさぁウチって成果主義なの。こっちが納得出来る結果が出せないなら、約束破ったのってそっちだよねぇ? 残念! 君の聖剣(玩具)作りはここでジエンド!」

 

 リゼヴィムは哄笑しながらバルパーをそのまま運んでいく。

 

「冥界は今大騒ぎで向こうの潜んでた旧魔王派の方々がやる気になっちゃって、今なら冥界に入り放題なんだぜぇ? でも、多分失敗するね、あれ」

 

 冥界で長年に渡り雌伏の時を過ごしていた同胞とも呼べる存在を、リゼヴィムは既に見捨てていた。

 

「ダメだよー。周りのテンションに合わせて自分もハイテンションになっちゃあ。冷静に状況が見れないじゃん。そんなんだから長いこと潜んでいる羽目になるの! ひゃははははっ!」

 

 リゼヴィムにかかれば屈辱を耐え忍んでいた者たちも嘲笑の対象に成り下がる。

 

「だ・け・ど! なーんにもしないとなると小うるさい奴らが騒ぐかもしれないから、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ力を貸してあげようって思ったわけ。だからちょっと逝ってきてくんない?」

 

 手を貸し、恩を売り、同時にバルパーも処分できる。リゼヴィムにとっては何の損もない。

 

「あ、その前におめかししちゃくなねぇ、バルパー? 君の研究室ってあっちだよねぇ? 特別に俺がデコレーションしてあげんよ」

 

 バルパーは抵抗するが、リゼヴィムの力の前では赤子と大人以上の差がある。

 

「俺も好きなんだよ、玩具作り! うひゃひゃひゃひゃっ!」

 

 バルパーが人生を賭した聖剣を最後まで玩具と蔑むリゼヴィム。屈辱と憤怒に塗れながらもバルパーには何もすることが出来ず、彼は悪魔(リゼヴィム)により生きながら地獄を味わうこととなる。

 

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