ラッパの音にシンは頭上を見上げる。真っ白な空間が天井無く伸びるだけで何も見えない。
すると、シンの反応を予測していたようにシンの足元が無くなり、一瞬の浮遊感の後に落下する。
落ちる先もまた白い空間。ただ、先程の空間とは違って白色の光が高速で駆け抜けていくのが見える。この場合はシンの方が高速で落ちているのだが。
『闇の中に生を受け、生を繋いだ小羊よ』
落ち着いた声が聞こえてくる。何かがシンの回りを飛んでいる。落下しているので自由に体が動かせないので目で追おうとするが、声の主はシンの視線を巧みに躱し、視界に入らない。驚異的な動体視力を持つシンですらその残像しか捉えられなかった。
『汝はその生の全てを使い果たし、友を救った。その働きは全て見通してある』
声だけがシンの耳に入る。追おうとしてもやはり視界に捉えることは出来ない。
「誰だ?」
『私の名はトランペッター。最後の時を告げる魔人なり』
自己紹介が終えると同時にシンの目の前にその魔人は現れる。
その魔人は聖職者のような白い祭服を纏い、十字の形をした帯状の布──ストールを首から下げている。
金の刺繍が入った帽子を被り、その下は金髪のロールへアー。宗教に携わる者として完璧な服装をしているが、白骨の顔が魔人であることを嫌でも思い知らせてくる。
骨の手には名の通り金管楽器が握られているが、通常のラッパとは異なってシンプルなデザインになっており、単眼に翼を生やした装飾が付けられている。
『汝の行いは人としては尊い。だが、悪魔としては──』
トランペッターの姿が消え、今度は背後から声が聞こえる。
『脆弱極まる。悲しきことに』
シンを弱いと断じ、憐れむ。
『この地へ現れたのはこれまで汝のみ。それこそが汝が弱き者の証』
見下しているのか、それとも同情しているのか。トランペッターの言葉からは感情が伝わってこない。
『このまま蘇ったとしてもまた同じ事を繰り返すだけだ』
トランペッターから聞き逃せない言葉が出た。
「蘇る? 俺は死んだんじゃないのか?」
『悪魔が、魔人がそう簡単に死ぬとでも? あの御方の加護がある限り魔人は死の底からでも蘇る』
蘇る。あの御方という言葉も気にはなったが、それよりももう一度生を掴む機会があることの方がシンにとって重要であった。
『だが、先に述べたように汝は弱き者。例え蘇ったとしても死を繰り返す』
「……どうすれば弱くないと証明出来る?」
『その為に私が存在する』
トランペッターは再び移動し、真正面からシンを見る。
『私は審判を下す者であり、魔人を裁く魔人』
審判、裁き。トランペッターから出た二つの言葉は驚愕に値する。この世に魔人を裁けるような、測るような存在がいたことに。そして、それを魔人が担うなど。だが、冷静に考えれば有り得ない話ではないかもしれない。魔人という世界を侵す猛毒を消し去るには同質の猛毒が一番有効だと。
「どうやって俺を測る?」
『簡単なこと。魔人であるのならば抗え、死に滅びに。汝が齎してきたものを超えてみせろ』
トランペッターの言葉を信じるのならば、実力を示せとのこと。当然、それを示す相手は──
『汝が我がラッパの音を聞くに値するか確かめてみよう。そして、我が手より奪ってみせよ、汝の運命を!』
トランペッターが吹き口に口を当て、ラッパから音を鳴らす。次の瞬間、シンの周囲を魔力がドーム状に覆い。その中を高密度の魔力の粒子が高速で駆け巡る。
シンはこの技を見た事がある。その名は──
メ ギ ド ラ オ ン!
ドーム内で発生した消滅の力がシンを一瞬で呑み込み、外殻となっている魔力のドームを内側から吹き飛ばす。
魔人トランペッター。審判と裁きを下すという使命に忠実が故に相手を測る手段に一切の妥協無し。その妥協の無さで嘗ての戦いで敵味方関係無く多くの命を消し飛ばした。
トランペッターが測るのは強き者か弱き者かということのみ。性格もここへ至った背景も考慮するに値しない。基準に満たない限り排除する。魔人の中では最も生真面目且つ妥協を知らない魔人である。
「──ッ!」
意識を取り戻したシン。彼は再びあの白い空間にいた。落下している間にトランペッターによって消し飛ばされたが今の体に傷一つ無い。しかし、消し飛ばされた時の衝撃と体が分解されていく痛みはシンの記憶にしっかりと残っている。
消滅させられたと思ったが、まだ存在している。自分がどんな状況にあるのか把握出来ない。
『耐えたか。まあ、魔人ならば当然のことか』
頭上から降りてくるトランペッター。地に降り立つことはせず、シンの目線の高さで留まる。
『汝の試練にして審判はまだ始まったばかりだ』
トランペッターは再びラッパを構える。
『魔人であるのならばその比類なき力を示してみよ! 魔人であるのならばその烈々たる心を示してみよ!
メ ギ ド ラ オ ン!
構えることも耐えることも許さない消滅の力がまたしても発動される。為す術も無いままにシンは再び消滅させられた。
「──ッ」
そして、またも目を覚ます。やはり消し飛ばされた体は元に戻っていた。二度消滅させられて理解した。この空間内に於いて死は存在しない。それどころか滅びることもない。跡形も無く消し飛ばされたとしてもこのように復活する。ただし、消滅させられた時の記憶はしっかりと引き継いだ状態で。
『理解をしたか?』
自分が置かれている状況を凡そ察したシンに、トランペッターは心を読んでいるかのように肯定する。
『最初に述べたようにここは審判の場。我が審判が下されるまで汝が滅びることはない。その過程で汝の強さを我が認めたのであれば再誕の機会を得るだろう。だが──』
トランペッターは吹き口に口を当てる。
『そうでなければここは裁きの間と化すのみ。弱き者は無間の地獄の果てにその魂を擦り潰されよう』
死ぬことも滅びることもないということは、永遠にそれが繰り返されるということ。トランペッターに認められない限り、今ある魂がシンの形を忘れるまで延々と滅びと再生が続けられる。
いつまでも好き放題やられる訳にはいかないシンは、全身を発条のように駆動させ、握った拳を叩き付ける為にトランペッターへ飛び掛かろうとした。だが、そうなる前にシンの周りに白い冷気が発生し、刹那の速度でシンを氷の中へと閉じ込める。
氷はシンの動きを封じる為の檻であり枷。そして、彼を屠る為の棺桶。
何度も一歩上を行かれ、一方的に消される。飽きすら覚える消滅の輪廻。それから脱するにはトランペッターが言うように抗い、力を示すしかない。しかし、シンとトランペッターとの間には──
『我が魂、未だ夜明けにあり』
メ ギ ド ラ オ ン!
──覆すことが難しい差があった。
◇
グレモリー城のトレーニングルーム。そこでは一心不乱にエクス・デュランダルを振り続けているゼノヴィアがいた。足元には彼女が今まで流した汗により水溜りが出来ており、長時間剣を振るっていたのが分かる。
エクス・デュランダルを握るゼノヴィアの手には何重にも包帯が巻かれており、滲んだ血により赤く染まっている。
応急手当には雑な包帯の巻き方であった。そもそもゼノヴィアは治療目的で包帯を巻いた訳ではない。素振りに没頭して気付けば手の皮が剥け、噴き出した血で柄が滑るのでそれを防止する為に巻いただけである。
「ゼノヴィア」
名を呼ばれ、長時間続けていた素振りがやっと止まる。
「木場か。どうした? 遂に私たちにも出撃の声が掛かったか?」
戦うことを待ち望んでいたゼノヴィアは、危うい眼光を木場へ向ける。木場はそんなゼノヴィアを痛ましげに見返す。
「違うよ」
「ならいい」
ゼノヴィアは一気に興味を失くし、再びエクス・デュランダルを振り始める。
「──鬱憤を晴らすだけの素振りなんて意味が無い。そもそもそれは鍛錬ですらないよ、ゼノヴィア」
木場の言葉を無視してゼノヴィアは素振りを続ける。
「ただの自罰だ、それは」
図星だったのか振り下ろされる筈であったエクス・デュランダルが止まった。そして、ゆっくりと下ろされる。
「……こうでもしなければ頭がどうにかなりそうなんだ」
木場の指摘を否定せずに認めたゼノヴィア。エクス・デュランダルを強く握り締めると赤く染まっている包帯から血が滴り、足元の水溜りに落ちる。よく見れば汗による水溜りにしては赤みがかかっている。今のようなことが何度繰り返されており、透明の筈が血の赤が混じってしまっていた。木場にはそれがゼノヴィアの苦痛と後悔を表しているように見えて仕方がなかった。
「そんな君に朗報だ。アジュカ・ベルゼブブ様がイッセー君のことで何かを掴んだらしい」
ゼノヴィアは目を見開き、一瞬喜んだかと思ったがすぐにそれを消してしまう。
「そうか……それは良かった」
「……嬉しくないのかい?」
「嬉しいさ……間薙が生きていればもっと嬉しかっただけだ」
そう言われてしまうと木場も黙らざるを得ない。「彼はそんなこと気にしないよ」と言うのなら簡単だ。実際、シンなら気にするような性格をしていない。しかし、ゼノヴィアもそれが分かっていながらも喜びを押し殺す。一瞬でもシンの死を忘れてしまうことを罪と思ってしまう。
恋慕する一誠に希望が見えたとしても、それがシンの死を上回ることも下回ることもない。彼女にとって抱く想いは違っても一誠とシンどちらも大事だと思っているからだ。
自分を戒めるようにゼノヴィアはエクス・デュランダルの柄を強く握る。落ちた血の滴が床で波紋を広げた。
「──そうだね。何も間違っていないよ、ゼノヴィア。でも……」
いつの間にかゼノヴィアの傍に立っていた木場はエクス・デュランダルを掴むゼノヴィアの手に触れる。握り続けて固まってしまっている指を一本一本丁寧に剥がし、ゼノヴィアからエクス・デュランダルを取り上げる。ゼノヴィアは抵抗しなかった。木場だから許したのか、それともその気力すら湧かないぐらいに疲労しているからなのか。
「自分を傷付けている君を見ていたら、僕も喜べない」
悲しそうな表情をする木場。そんな彼を見てゼノヴィアは苦笑する。最初は憎み、嫌悪する関係だったのに気付けば互いの痛みを悲しむ関係になっていた。互いの変化が良く分かる。しかし、悪くない変化であった。
「……どうしたんだい?」
「──いや、大したことじゃない」
ゼノヴィアの苦笑を訝しむ木場。木場は自分の変化に違和感を覚えておらず自然に受け止めている。
「エクス・デュランダルは暫くお前に預ける」
「え?」
「私の手元にあったらまた振りたくなるからね」
ゼノヴィアにとって命に等しいエクス・デュランダルを他人に預ける。ゼノヴィアが言うように自棄になっても振れないことも目的としているが、その相手に木場を選んだのはゼノヴィアから木場への信頼の証でもあった。
「それなら仕方がないね」
木場は微笑し、エクス・デュランダルを他の魔剣と同じように異空間の穴へ仕舞った。
「じゃあ、行こうか。部長たちも待っている」
「──ああ、その……少し時間はあるか?」
「部長たちもアーシアさんを迎えに行っているから、少しはあると思うけど……何かあるのかい?」
すると、ゼノヴィアは少しだけ恥ずかしそうにする。
「このなりだ……会う前にせめてシャワーを浴びたい」
「あー……ごめん。大丈夫、多分まだ余裕はあるから」
ゼノヴィアは身嗜みを整える為にそそくさとトレーニングルームから去って行く。残された木場はやってしまった、と言わんばかりに片手で顔を覆う。
「僕もまだ本調子じゃないな……」
普段だったなら言われる前に気付き、それとなく先に離れているところだが完全に見落としていた。このような些細な事でも気付けない自分もまた立ち直ってもまだ精神的な余裕はないことを思い知り、自省するのであった。
◇
身嗜みを整えて綺麗になったゼノヴィアを連れ、木場は予定していた合流地点へ到着する。そこでは既にリアスたちが待っていた。迎えに行ったアーシアだけでなく小猫とレイヴェルもいる。後で迎えに行くつもりだったので手間が省けた。
「アーシアさん」
「あ、木場さん……」
木場が呼び掛けると俯いていたアーシアは顔を上げる。目の周りが赤く、さっきまで泣いていたのが伝わってきた。
「来てくれてありがとう」
「イッセーさんに関わることなら、泣いていられません……」
意気込んでいるが、木場はアーシアが気丈に振る舞っているのが分かった。今も泣いていてもおかしくないのに、一誠に関することなので涙を堪えている。
健気なアーシアを見ていると、もしアジュカが話したいことが、しょうもないやことや期待外れだったら魔王であっても本気で恨むかもしれない、と木場は密かに思ってしまう。
「思ったよりも大丈夫──そうでもないわね」
「見苦しいものを見せてしまったな」
表情はいつもと変わらないが、両手に巻かれている痛々しい包帯を見てリアスは言う筈であった台詞を途中で変更してしまう。ゼノヴィアは包帯を巻いた手を後ろに隠した。
「ゼノヴィアさん!」
意気消沈していたアーシアが急に叫んだので全員驚く。アーシアは周りの反応に構わず、ゼノヴィアが隠している両手を掴んだ。
「見せてください!」
「あ、ああ」
アーシアの必死な形相に気圧され、アーシアに両手を委ねる。包帯が巻かれた手を両手で覆いながらアーシアは『聖母の微笑』を発動させる。
緑色の閃光が走る。その強い光に誰もが反射的に目を背けた。
光が消えた後、ゼノヴィアは啞然としながら巻いていた包帯を解く。皮が殆ど剥がれていた掌が赤ん坊の手のように綺麗な状態に戻っている。
「良かった……」
怪我が治ったことに安堵するアーシアであったが、その顔からは大量の汗が流れ、顔色も悪い。一気に神器の力を消耗して疲労していた。
通常時の『聖母の微笑』なら淡い緑色の光が傷を短時間で治癒するが、今行われた治癒は本当に一瞬で、あまりにも速過ぎた。
「アーシア……君は……」
「私は……皆さんが傷付くことが耐えられません……」
一誠の件やシンが目の前で助けられなかったことはアーシアの中でトラウマになっていた。そのせいで神器の性質も変化しており、皮肉にも治癒能力を大幅に向上させていた。
思い掛けない副反応。だが、リアスたちはそれを素直に喜べない。治癒速度が格段に速くなったことによる負担はアーシアに全て掛かっている。リアスたちの見立てでは同じ事をあと二、三回行えばアーシアは疲労で倒れてしまう。強い力故にリスクも生まれた。
「──そうか。ありがとう」
ゼノヴィアもそれに気付いていたが言及はしない。誰もが傷を負っているので深入りを躊躇ってしまう。
「……行きましょう」
リアスも何も言わず、先に進むことを選ぶ。全員の間に流れる空気は重い。この重さを吹き飛ばしてくれる暖かな明るさと、空気を引き締めてくれた頼れる冷たさが恋しくなった。
◇
その日の深夜。アジュカが手紙に記した場所に到達した。
アジュカが指定した場所は冥界ではなく人間界。しかも、リアスたちが住む駒王町から八駅程離れた市街であった。
指示された場所は町外れにある廃棄されたビル。外観は罅割れや蔦が這ったかなりの年数放置されたビルにしか見えない。
こんな近くに、しかも全く気取られることなく魔王が潜んでいたことに驚く。痕跡も気配も存在もその他感知するもの全てが綺麗に消されていた。
魔王が潜むにはあまりに何も感じないせいでアジュカ本人から招待されているというのに疑いを抱いてしまう。尤も、魔王と悪魔には隔絶した差がある。悪魔であって悪魔が計れない存在こそ魔王と呼ばれる。
リアスたちは廃ビル内に入る。外観と異なり内部は高級なホテルを思わせるような綺麗な内装になっており、磨き上げられた床には塵一つ落ちていない。薄汚れた外と内部の煌びやかな差にリアスたちの目はチカチカする。
廃ビル一階のロビーには人がいた。若い男女がグループを作って話し合いをしている。雰囲気からして転生悪魔ではないが、異能力を持つ者特有の気配を発している。
リアスたちが入って来た時に一瞬だけ視線を向けたが、すぐに興味を失くして携帯電話を弄り出す。しかし、それは表向きの行動であり、若者たちはさり気なく携帯電話を向けてリアスたちの一挙手一投足を監視していた。
声を潜め、グループ内にしか聞こえない声量で何かを話している。
「──悪魔だぜ」
「異様な──」
「『ランク』と『レベル』が──」
リアスたちも何を言っているのか断片的にしか聞き取れなかった。
居心地の悪さを感じるが、相手側から何かをしてくる様子もないのでリアスたちは視線を避ける為にロビーの奥へ向かう。
「お待ちしておりました」
リアスたちの動きを予想していたのかロビーの奥でスーツを着た女性がリアスたちに頭を下げて待ち構えていた。若者たちとは違ってその女性からは悪魔のオーラを持っていた。
顔を上げた女性悪魔が若者たちを一瞥すると、彼らは携帯電話を仕舞い何事もなかったかのように会話の内容を変える。
「申し訳ございません。このフロアは文字通り我らが運営する『ゲーム』の『ロビー』の一つになっておりまして……」
『ゲーム』の『ロビー』。オンラインゲームで使われる用語であり、ゲーム開始前に集まる場所を指した言葉。何のゲームで何が目的で集まっているのか気にはなったが、本題はそれではないのでスルーする。
「こちらへ。アジュカ様が屋上でお待ちしております」
女性悪魔の声に合わせ、ロビー奥のエレベーターの扉が開いた。
終始無言のままエレベーターの乗り続け、何事もなく屋上へ着く。屋上は庭園と化しており、緑や花が広がっていた。
冷たい夜風に揺れる草花の向こう側にテーブルに一人座る妖麗の男性──アジュカ・ベルゼブブがリアスたちを待っている。
「アジュカ様。お招きいただき光栄です」
リアスが代表してアジュカに挨拶をする。
「いや、そこまで畏まる必要はない。色々と大変だった君たちに無茶を言ってここに招いたのは俺の方だ」
魔王だからといって緊張させないよう言うが、立場を抜きにしてもリアスたちは体が強張る。アジュカ・ベルゼブブという男の底知れない魔力を肌で感じればそうなるのも無理はない。サーゼクス・ルシファーのライバルと呼ばれているのも伊達ではなかった。
「それで……イッ──私の『兵士』に関して何か話したいがあるとか」
「ああ。前から君の『兵士』である赤龍帝兵藤一誠には興味があった。彼は短時間の間にトリアイナや真紅の鎧といった前例にない赤龍帝の力を見せているからだ。天龍と悪魔の駒の組み合わせは基調和のスペックは私の想像を遥かに超えていた」
アジュカの冷たさを感じさせる目に好奇の熱が見える。
「普通の悪魔の駒ならばとっくにスペックオーバーをしている所だが、兵藤一誠の変調はない。恐らくは悪魔の駒の幾つかが『変異の駒』になっているだろうね」
後天的に悪魔の駒が『変異の駒』に変化することは無かったが、天龍という存在と掛け合わせたことでバグのようなものが生じたと考えられる。
「天龍でこのような変異が起こるなら、魔人だとどんな変異が起こるのか。変異かそれとも未知なる現象か……」
技術開発者の血が騒ぐのか、寒気が立つ程美麗な微笑を浮かべる。しかし、話が脱線していることに気付いてすぐに真顔になった。
「すまない一人で長々と話してしまった。結論を言うと兵藤一誠は生きている」
アジュカがあっさりと言うのでその言葉を理解するのに一瞬遅れてしまった。
「あ、あの、その……」
「どうした?」
「それは、た、確かなことですか?」
「生きていることは確かだ。死んでいるのなら龍門を開いた時点で『悪魔の駒』が転移されている」
「そ、それは、龍門ですら届かない場所に一誠が居たのでは? 次元の狭間は無限に広がっていると聞きます」
リアスの反論にアジュカは首を振る。
「俺が作った悪魔の駒を甘く見ないでくれ。次元の狭間の果てだろうと帰還は出来るように作ってある──既に実験済みだ」
「──ちゃんと倫理観に反していない実験だから安心してくれ」と逆に不安を覚える言葉を付け加えてくる。
「悪魔の駒が君の手に戻っていない時点で兵藤一誠は生存している。俺の名に懸けてそれを保障しよう」
リアスたちは体から力が抜ける。そうであって欲しいと願いながらもあと1パーセントの後押しを求めていた彼女たちに、アジュカがその1パーセントの保障を与えてくれた。
ずっと聞きたかったことを聞けた気がした。最早迷うことなく一誠の生存を信じるころが出来る。
静かに泣くリアスたちを見守っていたアジュカであったが、小声で呟く。
「──タイミングが悪いな」
アジュカは僅かに眉間に皺を寄せた。
「どうか、しましたか?」
リアスは涙を拭いながらアジュカに訊く。
「君たち以外にも来訪者だ。尤も、招かざる客だがね」
アジュカが視線を上げるとリアスたちも釣られて上を見た。庭園に向かって落下してくる複数の影。強大なオーラを纏うそれは間違いなく上級以上の悪魔たち。
アジュカは頬杖を突きながら指を鳴らす。すると、庭園を覆っていた膜のようなものが解かれる。外界から遮断する結界を解いたのだ。
「どうせ破壊されるならこっちから招こう。それに庭園を荒らされたくない」
複数の人物が庭園に降り立つ。全員男性でオーラからして相当の手練れであった。
「人間界のこのような所にいたとはな。偽りの魔王アジュカ」
偽りの魔王と呼ばれ、アジュカは失笑する。
「紹介が手短なのは君たちの美点だと俺は思うよ、旧魔王派の諸君」
皮肉を言うアジュカに何人かが表情を歪めるが、それでもすぐには襲い掛かろうとはしなかった。
「それで? 何の用かな?」
「惚けるな。以前より『禍の団』から同盟の誘いがあったであろう? その返事を貰いに来た」
『禍の団』からの誘い。まさか、現魔王に声を掛けているとは思わなかったのでリアスたちは驚愕する。
「アジュカさ──」
リアスが言い掛けるが、アジュカは立てた人差し指を口に当て、静かにするようジェスチャーで伝える。それだけでリアスは黙らざるを得なかった。
「貴様があのサーゼクス・ルシファーと思想で対立していることは知っている。政治面でも度々衝突もしているな」
「否定はしない」
「貴様独自の技術、研究は我らも高く評価している」
「それはどうも」
本当なら褒め言葉一つ吐きたくないらしく旧魔王派の悪魔たちは勧誘しているとは思えない険しい顔をしている。一方でアジュカは薄ら笑いを浮かべながら適当な返事をしていた。
「その培った技術や経験をこれからの悪魔の為に生かそうではないか。嘗ての悪魔の栄光を取り戻す為に!」
「その為に俺にテロリストになってサーゼクスたちと敵対しろと? 発想は面白いな」
旧魔王派は真剣だがアジュカは飄々としている。その本気ではない構えに旧魔王派たちは段々殺気を隠せなくなっていく。
「……それで返事はどうなのだ?」
「君たちと同盟を組むのはサーゼクスたちを驚かせる面白い悪戯にはなるだろうな。ただ、それだけだ。答えは最初から決まっている──お断りだ」
同盟を蹴ったアジュカにいよいよ旧魔王派たちは殺意を隠さない。
「俺は色々と趣味で生きているが、その生き方が出来るのはサーゼクスが俺の意思を汲んでくれるからだ。彼とは──いや、あいつとは長い付き合いでね。俺が唯一友と呼べる存在なのだよ。対立していると言ったが、友人同士意見が衝突し合ったり、競い合ったりするのはおかしくないだろ? そうなったとしても不変の間柄なのだよ、俺とサーゼクス・ルシファーの関係は」
強固過ぎて傷付くことも変わることもない絶対の繋がり。初めからアジュカとサーゼクスの間に付け入る隙などなかった。『禍の団』が上っ面だけを見て判断した一人相撲だったのだ。
リアスはアジュカの言葉を聞いて内心驚いていた。自分の兄とここまで親しい間柄だとは知らなかった。そして、アジュカがサーゼクスとの友情を何よりも大事にしていることが妹として嬉しかった。
『……』
喋り終えたアジュカを待つのは旧魔王派たちの冷たい沈黙。しかし、その沈黙は旧魔王派の押し殺した笑いによって破られる。
「……実のところ、こうなることはある程度予想していた」
「へえ、それが分かっていた上で俺を説得していたのかい?」
「貴様への説得は『禍の団』への義理を果たしていたに過ぎん……寧ろ、我々は最初から破談することを望んでいた」
旧魔王派の悪魔たちが邪悪な笑みを浮かべる。
「破談した今! 我々は貴様を滅することが出来る!」
「如何に技術や力があろうとも貴様とサーゼクス、いや! 偽りの魔王たちは独善で冥界を支配しているに過ぎない!」
「いくら冥界に多大な技術繁栄を齎したとしても悪魔としての誇りを失った者に冥界の未来など切り拓けん!」
「貴様のような魔王は野放しにする訳にはいかんのだ!」
旧魔王派の悪魔たちは口々にアジュカを誹謗する。
謗られる様子にアジュカ当人ではなくリアスたちの方が怒りを露わにする。さも自分たちが冥界の代弁者のように語っているが、旧魔王派の悪魔たちは冥界の未来を憂うようなことを言っていたが、三大勢力の戦争の際に疲弊していることが分かっていながら継戦を訴えた者たちである。
一歩間違えば悪魔延いては冥界に致命的なダメージを負わせるかもしれない選択であった。
内乱まで起こした挙句、敗北して辺境に押し込まれた彼らだがその考えはその時から全く変わっておらず、それどころか恨みを募らせている。
冥界を発展させているアジュカを認めないのは、自分たちが誤っていることを認めるのをプライドが許さないようにしか見えなかった。
「雌伏の時は終わった! 今こそ偽りの魔王を滅ぼし、真なる魔王の意思を引き継ぐ我らが偽りの魔王を玉座から奪い返す時!」
怨恨の台詞を吐きながら士気を高め、盛り上がる旧魔王派。その様子にアジュカは苦笑する。
「何度も聞いたことがある台詞だな。ひょっとして君たちや君たちの仲間は現魔王関係者に似たり寄ったりなことを言っているだろうか? 脚本でも用意しているのか? それとも同じ思想の者たちを一箇所に固めておくと考えまで統一されてしまうのか?」
旧魔王派たちの怨恨はアジュカに何一つ届いていない。それどころか台詞がテンプレートだと指摘する始末。
「怨念に彩られ過ぎて言動に華と余裕も興もない。──もっと単純に言えばつまらないということだ」
旧魔王派をつまらないと切り捨てる。元々あった殺気が一気に噴出する。
「我らを愚弄するか、アジュカ!」
旧魔王派が戦闘態勢に入る。リアスたちも臨戦態勢に移るが、アジュカはそんな彼女らを手で制する。
「客人を働かせる訳にはいかない」
何もしなくていい、とアジュカは暗に告げる。
「悪魔たちを守護するのが魔王の仕事だ。俺に任せてくれ。君たちは休んでいてくれ」
『ふざけるなっ!』
自分たちは眼中に無いと受け取り、旧魔王派たちは激昂し、掌から大質量の魔力の波動を一斉に放出する。
「──そして、悪魔を害するものは消すのも仕事だ。相手が例え同胞であったとしても」
アジュカは座ったまま指先で放たれた魔力の波動を指す。指先から小型の魔法陣が展開され、そこに記された記号や悪魔文字が高速で動いていく。
魔力の波動がアジュカを呑み込もうとした刹那、魔力の波動が空中で止まる。魔力の波動は幾つも分割され、形を変えて球体となりアジュカの周りで静止する。
アジュカが指を動かせば魔力はその動きに合わせてアジュカを中心に衛星のように回る。
自分たちの魔力を意のままに操るアジュカに旧魔王派たちは絶句していた。
「俺の能力について把握しているからこそここに赴いたのでは? 何故そんな顔をするのか理解不能だ。まさか、自分たち魔力なら問題無く通じると思っていたのか? その根拠は? オーフィスの蛇で強化したからなどという乏しい理由なら言わなくてもいい」
旧魔王派たちが何を言わないのを見て、アジュカは肩を竦める。アジュカが言っていたことが正解であった。
「なら貴方たちでは無理だ。同胞として最後の警告をしよう。大人しく投降するのであれば命までは取らない」
この戦いが始まってからも始まる前からもアジュカの口調は一切変わらない。一定の間隔と平坦な感情のまま話し続ける。魔王として威圧などしていないのに、その態度だけで全員が慄く。
リアスたちは噂に聞くアジュカの力を目撃し、その絶技に震えそうになる。
同じ魔王のサーゼクスが全てを滅ぼしきる消滅の魔力を有しているのに対し、アジュカは全ての現象を数式、方程式で操りきる魔力を有する。
今のも旧魔王派たちの魔力を瞬時に計算し、導き出した最適の術式により相手の魔力を乗っ取り、操ったのだ。
「幼い頃から計算が好きでね。それをずっと続けていたらあらゆる現象や異能の法則性も計算し答えを導き出せるようになった。大概のことは計算出来るが、最近新しい法則を目にしたんだが──」
一人喋るアジュカに、旧魔王派らは必死の形相で新たな魔力を放とうとする。しかし、突き出された手からは何も出ない。
「こ、これは……!」
「どうなっている!? 魔力が出ない!?」
自分たちの身に何が起きているのか分からず混乱する。
「ああ、君たちの魔力は封じさせてもらった」
事も無げに言うアジュカ。
「言っただろう? 新しい法則を見たと。元は様々な能力の強化を可能とする術式なんだが、俺はそれを解析して対象の魔力を封じる術式を発見した」
アジュカが指を鳴らす。回っていた魔力の一つが消えたかと思えば、旧魔王派の一人の上半身が消し飛んだ。
操った魔力を強化した状態で返し、あっさりと一人撃破する。
「おのれぇぇぇ!」
旧魔王派の一人が掌を突き出す。しかし、魔力が起こる気配はない。
「出ろ! 出ろ! 出ろ!」
額に血管を浮き上がらせながら魔力を出そうと必死になる。
「出ろ! 出ろ!」
リアスたちは不穏な気配を感じる。魔力は発していないのにオーラが膨張している。
「出ろぉぉぉ!」
次の瞬間、蒸発する音と共に旧魔王派の一人が塵も残さず消滅した。唐突なことで旧魔王派の仲間も何が起こったのか理解が追い付いていない。
「俺は君たちの魔力を封じたが、出口を塞いだだけだ。出口が塞がれた状態で無理に力を込めれば最後は魔力でボンだ」
手を開くジェスチャーをしながら旧魔王派たちにアジュカは簡単に説明する。自爆を誘発させるアジュカの術式に旧魔王派たちは明らかに恐怖していた。
「……これがこの男の『
「軽く動かしてこれとは……! 貴様とサーゼクスはどれだけの力を持っている……!」
「さてね。サーゼクスと違って俺は良くも悪くも本気を出す機会に恵まれていなかったからな」
サーゼクスとライバルとも呼べる関係だが本気で殺し合ったことはない。一方でサーゼクスの方はアジュカが知る限り三度本気の殺し合いをマタドールと行っている。アジュカもマタドールに目を付けられていたが、戦う機会は巡って来なかった。
恐れ慄く旧魔王派たちにアジュカは淡々と言う。
「警告は既にしている。そして貴方たちは選択した。二度目は無い」
アジュカが奪った魔力が全て消える。直後に旧魔王派らの体は穴だらけとなった。警告した後に攻撃の意思を示した。最早問答無用であり宣言通り彼らを処す。
結局彼らはアジュカを席から立たすことも出来ずに敗北した。
「──さて、そろそろ姿を見せたらどうだい?」
アジュカはまだ現れていない誰かに声を掛ける。すると、その人物は拍手と共に現れた。
「流石は魔王。感服する強さだ」
一度見たら忘れることはない白髪の青年──ジークフリートの登場にリアスたちは驚き、そして怒気を放つ。一誠やシンの件は英雄派の彼らが深く関わっているので無理もない。特に木場は殺気を放ち、ジークフリートにそれを向けていた。
「やあ、ジークフリート君。君の名は俺も良く知っている。魔帝ジークの二つ名もね。腰に差してあるのは自慢の魔帝剣グラムか」
ジークフリートが自己紹介する前に何者か把握していることを告げる。挨拶のタイミングを奪われたジークフリートは苦笑しながら肩を竦めた。
「手間を省いて感謝するよ」
「しかし、俺が気付いているからいって正直に姿を現すとは思わなかった。即時撤退するなら俺も簡単には追えなかったというのに」
自ら撤退のタイミングを潰したジークフリートにアジュカは興味を示す。
「魔王という存在に興味があってね。一度くらいは戦ってもいいんじゃないかと思って」
アジュカ相手にふてぶてしい物言い。先程実力の一端を見てもそう言えるのなら、ジークフリートの中では勝算があるらしい。
「ほう? 興味深いな、君は」
アジュカは静かに椅子から立ち上がった。旧魔王派たちを相手にした時には一度も立たなかったのにジークフリートには最初から立って相手をする。つまり、そのレベルの相手だと見通している。
「魔王が相手だ。僕の英雄譚も盛り上がる」
「いや、そうはならない」
高速の踏み込みにより二人の間に割って入る木場。聖魔剣を片手にジークフリートの前に立ち塞がる。
「君の物語はつまらない結末で終わるよ、ジークフリート」
復活しても早々に殺される主人公