ハイスクールD³   作:K/K

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限界、共鳴

『騎士』のスピードを生み出す強力な脚力から放たれる蹴りを急所である顎に受けてしまったジークフリート。首の根本から引っこ抜かれる勢いで首を仰け反らせるが、紐で引っ張られているような勢いですぐに首を元の位置に戻す。

 

「意外と足癖が悪いじゃないか!」

 

 口内がズタズタになっているので血飛沫を撒き散らしながら揶揄うジークフリート。一方で木場の方は揶揄を返す余裕はない。『龍の手』で、しかも二発同時に殴られた箇所が重く響いており、その状態で蹴りを出していたので悪化していた。

 ジークフリートの背中から伸びる二本腕がもう一度同じ箇所へ殴り掛かって来る。

 これ以上殴られれば血反吐では済まないと分かっていた木場は、やむを得ず拳の間合いから引く。

 木場が離れるとすぐにジークフリートが踏み込んで来た。分離させていた『龍の手』を再び統合させて性能を上げると、先程のお返しと言わんばかりに上段からグラムを振り下ろす。

 エクス・デュランダルでそれを受け止める木場。受け止めた瞬間に足元が陥没。振り下ろしの衝撃は木場の脳天から足元まで駆け抜けており、負傷している臓腑を激しく揺さぶる。

 

「──っ!」

 

 最早声すら上げることも出来ない激痛が木場を襲う。しかし、その痛みに屈して力を抜くことは出来ない。力を抜いた瞬間に木場の体は左右に分割される。

 

「耐えるね」

 

 木場の足掻きを嗤いながらグラムの刃からオーラを噴射させ、木場にプレッシャーを与える。それに負けじと木場もエクス・デュランダルから聖なるオーラを放つが、グラムの魔のオーラはそれを喰らうように侵食し、反発も許さない。

 共に片腕は封じられた状態。勝負の行方は聖魔剣を握るもう片方の腕。その瞬間、木場とジークフリートの片腕が消える。

 両者の間に起こる剣戟音と火花。視認出来ない速度で振り続けられる二本の聖魔剣。

 連続して鳴り続ける剣が打ち合う音。その間隔は時間が経過する度に短くなっていき、やがて音に区切りが無くなり一つの音となる。

 打ち合いは互角。だが、二人の顔色は明確な差がある。木場は歯を食い縛り、顔を真っ赤に染め、滝のような汗を流している。それに対してジークフリートの方は汗を流しているが、表情に必死さは無く余裕が有った。

 形相から分かる通り木場は限界を迎えようとしている。最高速度を保ったまま剣を振り続ければ体力の消耗は凄まじい。それに加えてグラムを抑え続けていることが消耗を加速させる。辛うじて喰らい付いているが、残された時間は少ない。このままジリジリと消費し続ければ、最後はグラムによって両断されるか聖魔剣によって斬り刻まれる末路が待っている。

 

(腕の……筋肉が……千切れそうだ……!)

 

 聖魔剣を振り続ける腕が悲鳴どころか絶叫を上げている。限界を超える域で酷使されておりいつ壊れてもおかしくない。しかし、木場は肉体の絶叫を無視して聖魔剣を振るう。そうしないとジークフリートの速さについていけない。

 袈裟斬りを払う。逆袈裟を払う。突きを払う。横薙ぎを払う。防御するのに精一杯で反撃に移れない。守ってばかりでは消耗するだけなのは分かっているが、ジークフリートの苛烈な攻めは木場に反撃の隙を見出させない。

 ジークフリートの方も食い下がる木場に内心舌打ちをする。

 

(分かっていたがしぶといな)

 

 剣の腕も身体能力も自分の方が上の筈なのに中々致命傷を与えられない。良くも悪くも均衡した状態が出来上がってしまっている。

 このまま攻め続ければいずれは木場の方が先に潰れるかもしれないが、ジークフリートにはある懸念があった。

 

(追い詰め続けていたら、流石にリアス・グレモリーたちも黙ってはいないだろうね)

 

 今は二人の戦いを見ているリアスたちだが、木場が危うい状況になれば参戦する可能性が出てくる。リアスたちの能力の高さはジークフリートも知っているので、多対一になればジークフリートにも負けの可能性が出てくる。

 リアスたちは木場の心情を汲み、彼を信じて戦いの行く末を見守っているが、そんなことはジークフリートが知る由も無いので何もしていないリアスたちは不安要素にしか過ぎなかった。

 その僅かな焦りがジークフリートの行動を少し大胆にする。

 何度目か分からない聖魔剣同士の応酬。火花が散り、金属音が鳴る──と思われていた。

 交差する聖魔剣と聖魔剣。しかし、その刃は触れあっていない。ジークフリートが紙一重のタイミングで寸止めをしたのだ。ほぼ反射で防御していた木場はジークフリートのフェイントに見事に引っ掛かってしまう。相手に攻撃の主導権を握られていたからこその失態。

 頭で描いていた光景と現実との差に木場の体は一瞬硬直してしまう。そのタイミングでジークフリートの蹴りが木場の鳩尾に突き刺さった。

 

「かはっ!?」

 

 強過ぎる衝撃で横隔膜が止まり呼吸困難となり、胃が強く圧迫されて激しい痛みも生じる。地獄のような苦しみが木場の脳を焼く。

 

「これで一歩目に追い着いた」

 

 顎を蹴り上げられたことへの意趣返しをするジークフリート。だが、木場はその精神力で痛みに屈せず、その場から一歩も後退することなくジークフリートを睨む。

 その精神力を大したものだとは思うが、睨むだけでは何も出来ない。事実、木場の動きは今の蹴りによって確実に鈍っており、突き出されたジークフリートの聖魔剣を受けるのに反応が遅れ、聖魔剣に切っ先に当てることが精一杯であり、逸らされた聖魔剣の先端が木場の上腕を掠り、肉を裂く。

 呻きながらも堪えようとするが、聖魔剣は聖の属性も含む。裂いた傷からは白煙が上がり、猛毒となって木場の力を削ぐ。

 今の木場の肉体は穴が空いたも同然であり、力を込めようとも完全に閉じ込めることが出来ず抜けてしまう。それにより今までエクス・デュランダルで堪えられていたグラムにも徐々に押されていき、グラムの放つ魔のオーラが木場の頭頂部に触れる寸前のところまで来ていた。

 このまま鋸のように頭部をゆっくりと時間を掛けて割られるのも時間の問題。木場の抵抗する力が弱まったのを感じ、ジークフリートはグラムからよりオーラを引き出し、放たれているオーラから攻撃性が増し──バキン、という音が鳴る。

 

「──あっ」

 

 その音の出所はジークフリート。両腕の『龍の手』に亀裂が生じている。それだけでなく亀裂や体から異様な煙が上がり始めた。

 ジークフリートは苦悶の表情を浮かべ、自分の体の変化に動揺する。

 何が起こっているのか木場も分からなかったが、偶然生じた幸運に呆けていることはせず、渾身の力でジークフリートに体当たりをして突き飛ばす。

 

「ぐぅ!」

「うぐっ!?」

 

 不格好な一撃であったが、ジークフリートを突き放すことに成功した。

 ジークフリートからの反撃を警戒していたが、ジークフリートの方は自分の体に起こっている異変の方に気を取られてそれどころではない。

 木場は意識が逸れている間にようやく息を吸う。息を吸い込み、吐く度に体の内側が激しく痛むが、それよりも止まっていた呼吸を繰り返す方が重要であった。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 これ程空気が美味いと感じた瞬間はない。思考が鮮明になっていき、負った傷の痛みもハッキリして倍近くに感じるが。

 短い深呼吸であったが、十分な活力を得た木場はジークフリートの様子を見る。ジークフリートの体からは未だに白煙が出ている。

 木場はジークフリートに身に何が起きたのかまだ理解していない。だが、ジークフリート自身はこの間に把握し、すぐに対処する。

 グラムの刀身からオーラが消える。すると、それとほぼ同時にジークフリートの体の異変が治まっていく。

 それにより木場は何があったのか察する。

 

「龍殺しか……!」

「ご名答。夢中になり過ぎたかな?」

 

 ジークフリートはこうなってしまった原因に苦笑する。

 グラムに込められた五大龍王であるファーブニルを一度滅ぼしたこともあるアスカロン以上の龍殺しの力。そして、ジークフリートの神器は『龍の手』。『龍の手』の力を引き出せば引き出す程にジークフリートの体はドラゴンに近付き、グラムの影響を受ける。以前の戦いでも亜種禁手した上でグラムを使用していたが、ジークフリートは直感とセンスで龍殺しの影響を最小限に抑えるギリギリのラインを見極めており、大事には至らずにいた。

 しかし、今回はジークフリートが言うように許容範囲を込めてしまった。原因は木場が強くなったこと、ジークフリートが更に『龍の手』を極めたことが挙げられる。そのせいでジークフリートは自らの武器で大きなダメージを受けてしまった。

 

「間抜けな話だ。自分の武器でこんな傷を負うなんてね」

 

 やれやれ、と自分の失態に呆れている。両腕の罅からは消えた白煙の代わりに血が滲み出し、体の所々が内出血で青黒くなっている。外身だけでなく中身もかなりの重傷を負っている。だが、木場はそんなジークフリートを見ても未だに勝機が見えて来ない。

 

「大したものだね、木場祐斗」

「……嫌味かい? 僕は大したことはしていない」

「僕が自爆するまで力を使わせたんだ。褒めるべきだろう?」

「いらないよ」

 

 称賛の言葉を蹴る。ジークフリートの言葉は上からのものであった。それを素直に受け取るのはジークフリートが上だと認めるようなものだ。

『嘘じゃないのに』とやや哀しそうにしながらジークフリートは仕舞っていた小瓶を取り出し、自身に振りかける。すると、ジークフリートの傷はたちまち治癒された。小瓶の中身はフェニックスの涙であった。

 

「因みに僕が持っているのはこの一瓶だけだ。そんなに傷を負うとも思っていなかったし、あんまり持っていると敵に奪われるかもしれないからね」

 

 噓か本当か分からない情報を開示する。ジークフリートの性格からして噓を言っている感じはしなかったが、それでも敵の言葉を鵜吞みにする程木場も素直ではない。

 

「君も持っているなら使ったらどうだい? それとも彼女の神器で治癒してもらうかい?」

 

 急にジークフリートに視線を向けられ、アーシアは怯えたように肩を震わす。すぐにリアスたちが壁となってジークフリートの視線を遮った。

 木場の意識が懐に収めてあるフェニックスの涙に向けられる。ライザーの兄であるルヴァルから貰った貴重な一瓶。ジークフリートの戦いで木場の体はダメージを負っている。しかし、使いどころは今ではないと木場の直感が囁く。

 

「……生憎、手持ちにはなくてね。君だってフェニックスの涙が今は貴重なのは知っているだろ?」

「そうか。冥界への侵攻が巡り巡って僕が有利になるよう働くとはね」

 

 因縁の面白さを笑う。木場の言葉を信じたらしい。

 とはいえ回復のタイミングを失っただけで木場が有利になった訳ではない。直感に従ったが、使うタイミングがいつなのかは木場もまだ計りあぐねている。

 

「──っ!?」

「ん?」

 

 木場が急に硬直し、ジークフリートは訝しむ。すると、木場は蹲って咳き込む。咳き込んだ際に血の飛沫が飛んだ。

 木場が血を吐く様子にジークフリートは一人納得する。先程の戦いで木場の胴体を殴打していた。内臓を強く痛めたらしく吐血している。戦いの最中は気にならなかったのだろうが、間が空いたせいで痛みへの意識が戻ったのだと推測する。

 

(何てことだ……)

 

 木場は俯きながら自分の身に起こっていることに驚愕している。

 

(痛みが……引いていく!)

 

 実際に起こっていることはジークフリートの推測とは真逆。ジークフリートに受けた傷や痛みが治癒されている。ジークフリートにはその異変に気付かれないよう、口の中を噛んで血を吐くという演技をして誤魔化した。

 

(まさか、アーシアさんが!?)

 

 悟られないように木場はアーシアの方を見る。アーシアはリアスたちの陰に隠れてその姿が見えない。

 木場とジークフリートからはリアスたちの壁で遮られているが、アーシアは尋常ではなく量の汗を流し、集中していた。

 ジークフリートに悟られないレベルまで『聖母の微笑』の出力を抑えながら遠隔で木場の傷をピンポイントで治癒する。しかも、この際もジークフリートに気付かないレベルで神器のオーラを隠している。

 凄まじく精密な神器のコントロール。今までのアーシアには不可能。しかも、彼女は一誠とシンのことで神器に影響を及ぼす程精神的に弱っていた。

 一誠は生きているかもしれないという吉報は確かにアーシアの弱った心を持ち直させた。しかし、それでもここまで至る程ではない。

 だが、答えは至って単純なこと。アーシアは木場を死なせたくないのだ。アーシアにとって一誠は想い人であるが木場もまた大事な人であることに変わりない。恋愛か親愛かの違いだけで込める想いに差は無い。

 陰からの助力。しかし、それをジークフリートが卑怯と謗ることは出来ない。何故ならば──

 

『君も持っているなら使ったらどうだい? それとも彼女の神器で治癒してもらうかい?』

 

 ──と挑発したのはジークフリート自身。アーシアはそれを挑発とは受け取っていない。そもそもジークフリートに言われてハッとして使い出した。このような事態を招いたのはジークフリートであり、そして未だに気付いていないのも悪い。一対一という戦いなので勘違いをしているが、そもそもジークフリートが戦っているのはリアスとその眷属たちなのだ。

 数度咳き込む演技をした後に木場は立ち上がる。演技の為に嚙み切った口内の傷も既に完治している。ジークフリートがフェニックスの涙で治癒している間に木場の傷もまた完治していた。

 木場の顔色を見てこれにはジークフリートも違和感を覚える。血色が良い。かなりのダメージを与えていた筈なのにそれを感じさせない。

 

(何かおかしい……まさか)

 

 ジークフリートは横目でアーシアを見る。相変わらずリアスたちの陰に隠れて姿が見えない。もしかしたら、木場はアーシアの神器によって治癒済みかもしれないという疑念が湧く。

 だが、既に終わっているらしくまた証拠も無い。ここで喚いても惨めになるだけ。そもそも気付かなかった時点で悪いのは自分の方。

 称賛すべきはしおらしく、大人しそうな見た目に反したアーシアの大胆さである。

 

「追い詰められているのは実は僕の方だったりしてね」

 

 戦況はリセットされた。ただ、フェニックスの涙を使用した分ジークフリートの方がマイナスである。

 不利で上等。逆境を跳ね返してこその英雄。だからこそ、ジークフリートは更に自らを追い詰める行動を取る。

 

「これを見てくれ」

 

 ジークフリートが取り出した物。ピストルの形に似た注射器であった。見るからに碌でもない雰囲気がある

 

「──何だいそれは?」

「これは旧魔王のシャルバ・ベルゼブブの協力により完成に至ったもの。この世で唯一神器を強化させるドーピング剤さ」

 

 オーフィスの『蛇』以外でそれを成せるものを完成させた事実に驚く。

 

「聖書に記された神が生み出した神器に、宿敵である真なる魔王の血を加工して注入したらどうなるか。それをテーマに研究した際に生み出されたものがこれだ。膨大なデータと犠牲の末に神聖と邪悪は融合を果たした」

 

 魔王の血をも使用し、次の段階へと至る。注射器の中に満たされている加工された悪魔の血に木場やリアスたちは嫌悪感を覚えた。しかし、アジュカだけは例外であり興味深そうに見ている。人間の業を許容している彼からすれば、悪魔の血から作られたものですら人間の可能性が為す物として捉え、それを許す。

 

「これは使えば僕の『龍の手』は強化され、例えオーラを全開にしたグラムであっても効かないだろうね」

 

 先程のような失態を犯さないと宣言しているが、ジークフリートの言動はどうにも腑に落ちない。それだけ有効なものならさっさと使えばいい。だというのにジークフリートは説明をするだけで使用する気配がない。

 

「──このドーピング剤で至った状態を『業魔人(カオス・ドライブ)』と呼称しているらしい。ドーピング剤の名は『魔人化(カオス・ブレイク)』。『覇龍』と『禁手』から名を貰っている。そして──」

 

 ジークフリートは堪らずといった様子で笑いを零す。

 

「人が魔人に匹敵する力を得ることを目的としていたのも名前の由来だそうだ。素晴らしいけど……その分かってなさが可愛らしいとも思わないかい?」

 

 ジークフリートは手持ちの『魔人化』を指で回しながら遊ぶ。研究者たちが如何に壮大で無謀な夢を目的としていたのかを讃えつつも嘲る。高い目標を定めることは凄いが、同時にそれらを知る者たちからすればふざけた話でもある。

 禁手に等しい力なら得られるかもしれない。だが、『覇龍』と『魔人』は規格外であり、魔王の血をどうこうした程度で至れるものでもない。

 

(ましてや負けた魔王の血じゃね)

 

 特大の罵倒を付けながらジークフリートは手で弄んでいた『魔人化』を目の前に投げ捨てた。

 勝つ為の手段を放棄したジークフリートの正気を疑う。

 

「……何のつもりだい?」

「見て分からないかな? 捨てたんだ。欲しいならあげるさ」

 

 ジークフリートの行動の違和感はこれだった。ジークフリートは『魔人化』を使用するつもりがなかったのだ。

 

「勝利を諦めるのかい?」

「勝つ為なら何でもするのが人間さ。それは認めるよ。でも、気が乗らない。そんなものを入れて()()()まで引き継いだらゾッとする」

 

 原料となったシャルバを遠回しに負け犬と罵る。勝つ為に何でもするなら、験を担ぐという意味ではこれ以上無い程に縁起の悪い代物である。

 

「神器は想いの力。それで超えればいい。今の僕は良い感じなんだよ。相手が相手だから。このまま勝てば僕はあんなものに頼らなくとももう一段階上に行ける──そんな気がする」

 

 手応えのある敵との戦いに自分の才能の深化を感じる。神器がより自分と一体化していく。また、敵が強ければ魔剣も協力的になる。魔剣はプライドが高い。それ故に自らを脅かす存在には強い敵意を向ける。事実、木場の聖魔剣にはグラムを含み他の魔剣も対抗意識を燃やしている。

 失敗もあったが流れは悪くない。このままの状態を維持したい。木場相手に得るものが無ければ『魔人化』を使ってさっさと倒していただろうが、得るものがある以上今のままで戦う。『魔人化』を手放したのもそれが理由であり、いざという時に頼るという選択肢を自ら排除した。

 

「その為に勝機の一つを捨てるとはね」

「木場祐斗。君は本気でそれを言っているのか?」

 

 木場の発言にジークフリートは呆れた表情になる。

 

「僕には魔剣と技とこの体がある。何か一つでも君はそれを凌駕したのかい? ──たかが薬一本捨ててだけで何が変わるって言うんだ」

 

 ジークフリートはグラムと聖魔剣を構える。グラムの龍殺しで自傷したのに全く恐れる様子もない。実際、ジークフリートの言う通りである。木場はジークフリートの剣技に辛うじて耐えている状態であり、この戦いでジークフリートの上を行っていない。

 

(どうすれば超えられる? どうすれば勝てる?)

 

 木場はどうすればジークフリートに勝てるのか没頭する。リアスたちの協力を求めるという選択肢は最初から無かった。剣士としてのプライドがジークフリートによって刺激されてしまったせいで無意識に除外してしまっている。

 

「僕をもっと驚かせてみせてくれよ、木場祐斗!」

 

 期待と殺意を込め、二本の剣の切っ先を木場へ向けると瞬足の踏み込みで突っ込んで来る。闘牛の角ように平行に並んだ突き。速過ぎて避ける余裕も無い。

 幅のあるエクス・デュランダルを横向きに構え、更に聖魔剣を後ろに当てて十字に構えた状態で突きを受ける。

 木場の足が簡単に地面から離れ、突き飛ばされた。後ろへ飛んで行く木場。ジークフリートの突きを受けたせいで手は痺れ、肩を痛む。

 すぐに地面に足を着けようとする木場であったが、視界の端に動く人影を捉え、反射的に二本の剣を盾にする。

 先程まで正面に居たジークフリートが木場の側面に移動している。瞬間移動でもしたのかと思えるスピード。まだ特殊能力で転移した方がマシであった。これが身体能力のみで行えるのは悪夢に等しい。

 木場の足が地面に着くよりも速くジークフリートはまだ宙にいる木場を斬り付けた。空中で方向転換され、生えている木に背中からぶつかる。背中から突き抜けてくる衝撃で咳き込み、胸が強く痛むが斬られてはいない。結果と代償が吊り合っているのか考える前にジークフリートは既に木場の正面に立っている。

 交差されたグラムと聖魔剣が木場の首を刎ねようとする。グラムと聖魔剣が重なり合う刹那、掲げられたエクス・デュランダルが二つの刃を止めた。

 止められた直後、ジークフリートの前蹴りが木場の腹部を蹴る。ジークフリートの次の行動へ移る切り替えの速さに木場は追いつけない。

 木と足に挟まれ、内臓が口から出そうになる。しかし、木場もやられるだけではない。腹部に蹴りを貰った状態でジークフリートの伸び切った足に自身の聖魔剣の刃を当て、引く。

 ジークフリートはアキレス腱に触れていた刃が滑るのとほぼ同じタイミングで木場を強く踏み付け、その反動で離れた。

 

「ぐ、うぅ……!」

 

 木場は胃から込み上げるものを無理矢理押さえ込む。折角、アーシアに傷を治癒してもらったのにすぐに同等以上のダメージを受けてしまった。

 一方でジークフリートは片方の足をつま先立ちにしている。つま先立ちにしているズボンの裾からはかなりの血が流れており、足元に血溜まりが出来て行く。ジークフリートの判断があとほんの少し遅れていたら、片足がアキレス腱ごと斬られて皮一枚で繋がっている状態になっていた。

 自分よりも脆い体なのに攻撃を受けながら反撃して来た木場に、『よくぞあの状態から反撃して来た』、『よくも反撃して来たな』という敵意を混ぜた敬意を抱く。

 傷はそれなりに深いが今のジークフリートの再生能力ならジッとしていればすぐに傷口は塞がる。

 時間が経過すれば重傷も軽傷となり最終的には無傷となるジークフリートに対し、木場にはそのような再生能力は無い。それを表すかのように木場は前のめりになり、倒れそうな体を聖魔剣、エクス・デュランダルを地面に突き刺して支えている──という風にジークフリートは捉えていた。

 木場は攻め時に傷の痛みで怯む程大人しくなどない。

 地面に剣を突き刺したまま更に前傾姿勢となる。次の瞬間、刀身からオーラを噴射させ、自らを撃ち出す。

 弱っていると思っていた状態から自然に攻撃へと移った木場の行動に驚きながらもジークフリートは迎撃の為の双剣を振るう。

 四本の剣が打ち合い、空気が震え、庭園の花びらや木の葉が一斉に落ちた。

 射出の勢いと木場の全体重を乗せた斬撃であったが、ジークフリートはその場から一歩も動かずにそれを止めてしまう。やはり、力ではジークフリートの方が木場を凌駕していた。

 ジークフリートは木場を押し返す。ただ強く押し返したら間合いが空き、同じ事の繰り返しになる。だからこそジークフリートは剣の間合い内に収まるよう力を調整した。

 弾丸のように突っ込んでいった木場は次の時には子供の戯れのような力加減で押し返され、緩やかな軌道で地面に降りる。

 そこから先は剣士としての技と思考をコンマ一秒たりとも止めることを許されない剣技の応酬であった。

 ジークフリートはグラムにオーラを纏わせ、一呼吸で網目状の残像を残す速度で振るう。グラムの龍殺しの力による自傷は最初から覚悟しており、先程のように怯むことはもうない。

 それに対応する木場。エクス・デュランダルと聖魔剣でグラムの斬撃を相殺していく。ジークフリートが片手に対し、木場は二刀流で何とか応戦出来ている。この差は非常に大きく、木場はグラムに対応しながらいつ来るか分からないジークフリートの聖魔剣を警戒する。

 今までにない速度でグラムを振るジークフリート。そこに余裕などなく必死の形相をしている。木場の戦いの後、剣を振るう余力を残さない。それぐらいの覚悟で彼はグラムを振っており、それがこの剣速を生み出す。

 神経と体力を削りながら木場はジークフリートに一歩も退かない。両腕はすぐに限界を超えてしまい、内出血を起こして変色していく。それでも木場は剣を振る速度を緩めない。少しでも緩めれば木場の命は斬り刻まれる。

 虎視眈々と木場の命を狙う聖魔剣の刃。自分の命を奪うかもしれない武器は自分が創造した剣という最悪の皮肉。しかし、創造者だからこそ木場にはある予感があった。もしかしたら、ジークフリートから武器を一つ奪えるかもしれない。勿論、それは命を賭けることになるが。

 グラムのオーラとエクス・デュランダル、聖魔剣のオーラが衝突する度に弾け、それが周囲に散る。二人を中心とした地面周りに生じる傷。また離れた場所にある花や木々の枝も落ちることがあり、間近でそれを浴びることとなるジークフリートや木場の体にも浅い傷を付けていく。

 短時間で数百の打ち合いが行われた。どちらも致命傷は負っていない。しかし、消耗の方は二刀流を続けている木場の方が激しい。一見すると全くスピードは落ちていないように感じられるが、実際に打ち合っているジークフリートだけはその変化に気付いていた。

 

(このまま引き延ばすように戦えばいずれ潰れる)

 

 無理に攻める必要はない。攻め手を緩めなければ木場の方が先に潰れる。

 

(そんなのは御免だ)

 

 早々にその案を切り捨てる。疲労困憊の相手に勝っても面白くない。最高の状態の相手を下してこそ、敢えて困難な道を選んでこそ勝利に価値が生まれる。

 不利になるとはジークフリートは思っていない。自分の実力を信じている彼からすれば当然のこと。

 ジークフリートのギアがもう一段階上がった。ジークフリートの強靭な肉体ですら悲鳴を上げてしまうレベルで力を絞り出す。

 今まで上手く斬撃を受け流していた木場であったが、斬撃の質が高まったことで受け流すことが難しくなり一撃一撃受ける度に体幹が崩され、それを立て直そうとすると反応が遅れてしまい、不完全な体勢で攻撃を受け、更に体勢を崩される。

 

(間に、合わない……!)

 

 悪循環に陥り、ジークフリートに何も出来なくなっていく木場。何とかしようにも実力という覆し難い差で叩き潰してくる。

 剣の柄を握る手の皮はとっくに捲れ上がり、柄が血に染まっている。柄を握り締める度に走る痛みも、流れ出る血も何の意味もない。自分を守ることすら出来そうにない自分に悔しさで涙が出そうになる。しかし、その涙すらも何の価値もないのだ。

 

(諦めるな……!)

 

 脳裏に浮かぶ二人の親友。一誠とシンの戦う姿。一誠は折れることなく馬鹿正直に真っ直ぐと戦っていた。シンは恐れ知らずで、どんな相手だろうと臆することなく戦っていた。

 その二人のことを考えると勇気と気力が湧いてくる。ここで臆したら、立ち向かわなければ二人の友に顔を合わせることも、友と名乗ることも出来ない。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

 木場はどこからその声量が出るのか分からない程の咆哮を上げ、ジークフリートの一太刀を弾き返す。木場の底力に一瞬驚くジークフリートであったが──

 

「一回程度で!」

 

 ──グラムが弾かれても温存しておいた聖魔剣が残っている。グラムを弾き返したことで空いた隙を狙って聖魔剣が突き出された。

 神速の突きが木場の心臓を狙う。だが、木場も来るタイミングは分かっていた。隙を見せれば来ると分かっていたのでジークフリートを誘ったのだ。

 木場の聖魔剣が向かって来るジークフリートの聖魔剣を迎え撃つ為に振り下ろされる。刃が交差し、木場の聖魔剣の刃がジークフリートの聖魔剣の鍔に当たる。しかし、それを受けてもジークフリートの突きは止まらず、木場の肩へ突き刺さった。

 ジークフリートは強い舌打ちをする。木場の聖魔剣を鍔に受けたせいで狙いが逸らされた上に肩に刺さるだけで貫くことは出来なかった。

 しかし、ここに来ての深手は木場にとって致命的になる。肩を負傷した状態ではグラムの猛攻に耐え切れない──少なくジークフリートはそう思っていた。

 

(何だ?)

 

 肩を刺された木場は、肩を刺された痛みで顔を顰めているが焦りの表情は見えない。何か狙いがあるかのように。

 木場の血が聖魔剣の刀身を伝って流れて行く。

 

「これは、君には相応しくない……!」

 

 木場が声を絞り出して叫ぶとジークフリートの聖魔剣に罅が入る。何か不味いことが起こっていると即座に判断し、ジークフリートは聖魔剣から手を離そうとした。その瞬間、聖魔剣が砕け散り、破片を至近距離で浴びせられる。

 

「くっ!?」

 

 咄嗟にグラムでガードするが、砕けた聖魔剣の破片の数は多くグラムや人工神器でも防ぎ切れない。頬やこめかみに破片が掠め、肩や脚に破片が埋まる勢いで刺さる。

 捨て身でジークフリートの聖魔剣を破壊し、反撃も与えた木場。バルパーにより創造物である聖魔剣との繋がりを断たれてしまったが、聖魔剣が木場が創造したものに変わりはない。故にもう一度接触して聖魔剣との繋がりを再び結んだのだ。

 普通に触れられれば一番だったが、ジークフリート相手にそれは困難であり、やむを得ず刺されたり、斬られたりした際の接触で聖魔剣のコントロールを奪い返すことを狙っていた。かなりの覚悟が要る行為だったが何とか成功した。だが、安くはない代償も払ってしまった。

 

「うっ……」

 

 肩に出来た傷に木場は呻く。血が垂れて片腕を真っ赤に染める。幸い、剣を握ることへの影響はない。握り締めると神経がショートするような激痛が走るが。

 

「まさか、狙っていたのかい?」

 

 ジークフリートは額や頬から垂れて来た血を拭いながら木場に訊く。

 

「だとしたら、あまり褒められた行為じゃないな。割に合わない」

 

 血を拭うと傷は消えていた。また肩や脚に刺さった破片も傷口の肉が盛り上がり、押し返すことで抜けてしまう。

 

「僕からたかが一本武器を取り上げただけだ!」

 

 ジークフリートは帯剣していたバルムンクを抜く。

 無駄なことだと言うジークフリートを木場は鼻で笑う。

 

「聖魔剣の作り手として使う相手を選びたいだけさ!」

 

 割に合う、合わないの問題ではない。ジークフリートが聖魔剣を使うのが気に入らなかった。それだけだと木場は言う。

 

「そのつまらない意地の代償は大きいぞ!」

 

 グラムから噴出するオーラ。同時にジークフリートの肉体も龍殺しにより血が滲み出て来るが、ジークフリートには関係無い。

 木場も対抗するようにエクス・デュランダルから聖なるオーラを放つ。

 ジークフリートがグラムを振り抜くと極大のオーラの奔流が放たれ、木場がエクス・デュランダルを振るうと光の柱の如きオーラが発生する。

 どちらも必殺の威力を秘めたオーラが庭園内で衝突する。結界が激しく振動するが、思いの外余波は少ない。聖なるオーラと魔のオーラが互いに喰らい合い、打ち消し合うことで被害が抑えられていた。

 このまま拮抗するかと思われたが、徐々に聖なるオーラがグラムのオーラに呑まれていく。エクス・デュランダルの正式な使い手でなく、ジークフリートがグラムの力を自傷覚悟で完全に引き出しているせいで押されているのだ。

 このままでは押し負けてオーラに呑み込まれると思った木場は、エクス・デュランダルを振り抜き、刀身から聖なるオーラを切り離す。すると、聖なるオーラを取り込んでいたグラムのオーラは振り抜いた際の軌道に沿り、木場から離れて行く。

 苦し紛れの回避であったが何とか成功するが──

 

「姑息だ」

 

 ──その場しのぎと嘲笑し、バルムンクを突き出してジークフリートが既に突撃して来ていた。

 掠ればその部位ごと抉られる回転突きに対し、木場は咄嗟にエクス・デュランダルを盾にする。

 エクス・デュランダルにバルムンクが触れようとする刹那、ジークフリートの口角が上がったような気がした。その瞬間、バルムンクを受けた龍騎士の姿を思い出す。

 木場は反射的にエクス・デュランダルとバルムンクの間に聖魔剣を挟み込んだ。

 バルムンクの突きが聖魔剣に当たる。貫くような衝撃も破壊音も鳴らない。代わりに木場は聖魔剣を持つ左手の筋肉が捻じれ、切れる音を体内から聞いた。

 

「うああああっ!」

 

 耐えられず叫ぶ。筋肉、神経、腱靭は限界まで捻じれたことにより断裂し、骨もバルムンクのオーラにより絞られ砕ける。手から肩にかけて内部が全て混ざり合って使い物にならなくなり、木場の手から聖魔剣が滑り、地面に落ちる。

 いっそのこと腕を切断された方がましであったかもしれない。それぐらいの激痛が木場の左腕全体を襲い、また使えなくなった左腕がそのまま錘となる。

 脳が痛みの情報でショートしそうになる中、木場は殺気を感じ取りエクス・デュランダルを翳す。そのタイミングでグラムが振り下ろされ、辛うじて即死は免れた。

 しかし、それは一瞬の抵抗。片腕ではジークフリートのグラムを押し返すことなど出来ない。ジークフリートが力を込めればエクス・デュランダルは押され、胸元に押し当てられる。そして、グラムの刃が木場の首を断とうとする。

 

(これが僕の限界なのか……)

 

 勝って一誠の帰って来る場所を守ることも出来ず、敗北して死ぬ。『騎士』として何一つ守れない自分が心底情けない。

 

(イッセー君、間薙君……僕は──)

 

 

 負けんなよ、木場! 

 

 友の声が聞こえた気がした。

 それは極限状態による幻聴ではない。何故なら──

 

『Transfer!』

 

 ──幻ではない想いが木場へと宿る。

 




そろそろ一誠の現状も書きたいですね。
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