一誠は微睡みの中にいた。シャルバの怨念と呪いにより自我を奪われて暴走させられた挙句、仲間と殺し合いをさせられたがシンとの死闘の果てに最後の最後で自分を取り戻すことが出来た。
一誠の意識は曖昧で、目覚めなければと思いながらも瞼の上下が張り付いたかのように開こうとしない。
全身に刻まれた傷が痛み──ではなく何故か熱を発しており、心臓もかつてない程の鼓動を刻んでいるが、どういう訳か瞼だけでなく指一本動かすことも出来ずにいた。
(熱い……苦しい……眠い……)
胸を突き破りそうな程荒ぶる心臓の鼓動は苦しく、全身から発せられる熱も苦しく、いっそのこと眠って意識を失いたいのだが、前述の二つがそれを妨害して眠気はあるのに眠らせてくれず、それも苦しい。
それを体を捩ることも出来ないまま耐えるのは拷問であった。
(ああ……何か考えて気を紛らわせよ……)
こういう時に想うのは恋人のリアス、大事で大切なアーシア、綺麗だけど可愛らしい朱乃、思い込みが結構激しい幼馴染みなイリナ、クールだけど抜けているゼノヴィア、無口だけど可愛い小猫、自分のマネージャーであるレイヴェル。シャルバに暴走させられた時に彼女たちを傷付けずに済んだことに対しオーフィスとヴァーリ、そして親友──照れるので絶対に本人の前では言わないが──シンに心から感謝する。
そして、親友といえばもう一人、木場のことを想う。腹立つ程のイケメンだが友情に厚い彼のことを一誠は信頼していた。もし、自分が何らかの事情でリアスたちを守ることが出来なくなったら頼るのは木場かシンの二択である。
ギャスパーもいるが彼はまだまだ発展途上であり、一誠の視点ではまだ庇護の対象になっている。だが、いずれは彼もリアスたちを守る存在になると疑いもなく信じている。
ふと、リアスや彼女の眷属たちのことを考えていると頭の中に映像が浮かび上がって来た。
(あれは……木場?)
脳裏に映し出された映像の中で木場がエクス・デュランダルと聖魔剣の二刀流で戦っている。普段は聖魔剣の一刀流か二刀流で戦っているが、ゼノヴィアからエクス・デュランダルを借りる程の相手なのかと驚く。
そして、すぐに木場が誰と戦っているのかも分かった。
(英雄派の……ジークフリート!)
一誠は直接戦ったことはないが、ジークフリート一人で木場、ゼノヴィア、シンと渡り合ったのは知っている。
ジークフリートは木場と同じ二刀流で戦い、木場の剣技を力と技で圧倒していた。
(強いな、こいつ……!)
ジークフリートは魔剣を複数操るが、彼自身の神器は『龍の手』という覚醒前の一誠が神器と同じ。能力を倍にするという『赤龍帝の籠手』の完全下位互換だというのに一誠が強いと思っている者たちと互角以上に戦えるのは素直に凄いとしか言えない。
気付けば一誠は木場に声援を送っていた。見ているものが夢なのか夢じゃないのか関係ない。親友が必死になっているのなら、それに声を掛けるのは当然のこと。
(負けんなよ、木場!)
体を炙る熱が一誠の想いを伝っていく。
◇
木場は自分の身に起こっていることが信じられなかった。この湧き立つ力は間違いなく『赤龍帝の贈り物』による譲渡。倍加された身体能力がジークフリートのグラムを押し返していく。
「何だこの力は!? どういうことなんだ!?」
急に跳ね上がった木場の力に余裕があった筈のジークフリートは叫ぶ。しかし、冷静さが欠けても仕方がない。木場は死に掛けていた。底力というにはあまりにも理不尽過ぎる力の増加であった。それこそ能力が何十倍にもなったかのように。
何が起こっているのか分からないままジークフリートは木場を見るが、その顔を見てぎょっとする。
木場は人目をはばからずに号泣していた。
「イッセー君……!」
声を震わせながらその名を呼ぶ。
「イッセー? 兵藤一誠が? これが赤龍帝の仕業だって!? 馬鹿な! 次元の狭間に消えた筈なのに!」
理不尽な現象に対し理不尽な答えを出された。ジークフリートは有り得ないとして素直に認めることは出来ない。
「そんな馬鹿なことが出来るのがイッセー君なんだ! 君の常識で測れると思うな!」
零れる涙を拭わずに木場は叫ぶ。贈られる力で確信する。一誠は次元の狭間で間違いなく生きていること。遠く離れた次元の狭間でも自分たちのことを想ってくれていることを。
親友と共に戦っている。最早、何も恐れることなどない。
木場はエクス・デュランダルでグラムを押し返していく。
「舐めるな!」
叫んだ後ジークフリートの左腕が人の手に戻る。ジークフリートは『龍の手』の力を右手一本に集中する。右腕が倍以上に膨張し、木場の力と拮抗して鍔迫り合いになる。
「舐めてなんていないさ」
エクス・デュランダルの刀身から聖なるオーラが消える。代わりに刃の部分だけが輝き出す。その輝きは今までの比ではなく、間近で見ていたジークフリートも眩さから目を細めてしまう。
「ジークフリート」
「ッ!」
「僕も馬鹿になってみようと思う」
木場の宣言にジークフリートの背筋に悪寒が走り、直感が激しい警鐘を鳴らす。
刹那、夜の世界を真昼にするような光がエクス・デュランダルの刃から放たれた。
聖なるオーラを刃という限定した箇所に極大まで集中させたことによる光の爆発。通常の木場だったら出来ない精緻なコントローラーだが、譲渡された力で制御能力を高めたことで可能とした。
その輝きにリアスたちは目を逸らす。直視すれば聖なるオーラで失明する危険がある。アジュカは聖なるオーラが広がる前にリアスたちの前に障壁を張る。それがフィルターとなってリアスたちへの影響を抑える。また、自身にも同じ障壁を張って光を防ぐ。魔王クラスであっても危険と判断したのだ。
ならばその爆心地とも言える場所に立つ木場とジークフリートはどうなったのか。光が完全に消える前、空中から落ちて来た物体が地面に刺さる。
それは二振りの剣。エクス・デュランダルとグラムであった。
聖なるオーラによる光が収まった後、その場所には人影、それも二人分残っている。
片方は当然ジークフリート。聖なるオーラであっても人である彼には毒ではなく影響も少ない。ただ、エクス・デュランダルに込められた聖なるオーラは密度や質が桁違いなので触れれば簡単に断たれてしまう。ジークフリートが助かったのはグラムのオーラを全力で放出して迎え撃ったからだ。
そして、もう一人は聖なるオーラを間近で浴びた筈の木場。エクス・デュランダルの聖なるオーラを至近距離で受けてもきちんと原型を保っている。ただし、エクス・デュランダルを握っていた右手は酷い火傷を負っており、手首から先までしか露出していないが皮膚が溶けて筋肉が剝き出しになっている。恐らく制服で隠れている部分も同じ様な状態となっていると思われる。また顔の右半分にも火傷を負っており、右目を瞑っていることから失明状態になっていた。
逆に言えばこの程度の傷で済んでいるとも言える。エクスカリバー、デュランダル程の聖剣なら消滅していてもおかしくない。
渾身の一撃を以ってジークフリートを断つつもりだったが、相手もそれを簡単には許してくれない。譲渡が加わったエクス・デュランダルの斬撃とグラムの全力の斬撃。出力ならエクス・デュランダルの方が上だが、使い手の木場の方が先に限界を迎えてしまい、振り抜く途中で手から力が抜けてしまった。その結果、聖剣と魔剣は互いに弾き合い、持ち主たちの手から離れてしまう。
ジークフリートは木場の傷の浅さに対して疑念を抱いていた。
だが、その答えはすぐに見つけられた。ジークフリートのバルムンクにより捻じられ、破壊されていた左腕。歪に変形していたそれが今は回復していることに。
「やっぱり持っていたか! フェニックスの涙を!」
木場の足元に散らばるガラス片を見てジークフリートは全てを察する。エクス・デュランダルの聖なるオーラを爆発させると同時に木場はフェニックスの涙を被っていた。しかも、譲渡により再生能力を倍以上に強化したフェニックスの涙を。
光に焼かれると同時にフェニックスの涙によって傷は再生していった。破壊と再生を纏めて体感した木場は、聖なるオーラで消滅する前にショック死するかと思った。それ程までに強烈な体験であり二度としたくない。しかも、結果から見れば聖なるオーラの方が勝っており、傷も残ってしまった。強化していない状態のフェニックスの涙だったら恐らく死んでいた。
木場にとっても賭けであったが、他に目を瞑り生きている点だけを見れば賭けに勝った。
グラムが手離してしまった以上ジークフリートは残った剣で戦うしかない。ジークフリートはすぐにバルムンクを突き出す。
ダメージが残っている木場は聖魔剣を瞬時に創造出来ない。やむを得ず異空間からノートゥングが抜き出し、バルムンクと衝突させる。
空間すら切り裂くノートゥングの切れ味がバルムンクを断とうとするが、バルムンクの刀身が生み出す螺旋のオーラがノートゥングの刃を触れさせないよう激しく回る。
ジークフリートは手首の向きを変え、バルムンクの刀身の角度を変える。それにより回転方向も変わり、ノートゥングは回転する力に乗ってしまい剣先が地面に急降下する。
ノートゥングの剣先が音も立てずに地面に沈む。切れ味が良過ぎて水の中にでも入るかのように。
ノートゥングを逸らされたことで前傾姿勢になった木場に、ジークフリートはディルヴィングを振り下ろそうとする。ディルヴィングが頭上に来ただけでも目に見えない圧が木場の全身に圧し掛かり、咄嗟に動けなくなる。
直撃すれば地面と一体化する程の破壊力。防ぐことも回避することも出来ない。
ジークフリートがディルヴィングの力を解放しようとした時、木場は亜空間からもう一つの魔剣ダインスレイブを取り出し、地面に突き立てる。
ダインスレイブのオーラは一瞬で氷となってジークフリートへ伸び、彼を呑み込んで巨大な氷塊と化した。
ディルヴィングの圧が消え、木場はその場から下がる。ダインスレイブの氷に閉じ込めたのですぐには脱け出せない。
全身凍結され、指一本動かせないジークフリートに木場は情け容赦なくノートゥングを構える。手心を加えられるような相手ではない。必死に戦ってやっと勝機に指先が掛かる強敵。一分たりとも情など挟める余地などなかった。
ノートゥングで空間ごとジークフリートを断とうとした時、氷塊に細かな亀裂が無数に生じ、氷塊の中のジークフリートを白い罅で覆い隠す。
馬鹿な、と木場は内心戦慄する。どうすれば指一本も動かさずに氷塊に罅が入れられるのか。
その時、氷塊から剥がれ落ちた氷の欠片が地面の上で震えている様子が目に入った。よく見れば氷の欠片が震えているのではない。氷塊全体が震えているのだ。
木場はジークフリートを完全に凍結させてしまったことで安堵からあることを見落としていた。
ジークフリートの握るバルムンク。それは刀身にドリルのように穿つオーラを纏える。氷結された瞬間にジークフリートはバルムンクの能力を発動させていた。ダインスレイブの冷気であってもオーラを──しかも高速で回る──止めることは出来ない。
次の瞬間、バルムンクが起こす回転の振動で内側から氷塊を砕いたジークフリートが飛び出す。木場はすかさずノートゥングを構えるが、電光石火の速度でバルムンクが投擲された。
魔剣を投げつけるという意表を衝くジークフリートの行動に、木場は刹那の間驚き、そのせいで回避するタイミングを失う。
バルムンクの剣先がノートゥングの柄部分に命中。回転するオーラが伝ってノートゥングが木場の手を弾き、飛んでいってしまう。
ノートゥングは既に手を伸ばしても届かない場所に飛んでいってしまう。そして、木場の足元にはバルムンク。
武器を失った木場はバルムンクを手に取る──ことはせずジークフリートが取らないように遠くへ蹴飛ばした。
「勿体無い。使えばいいのに」
「その手には乗らないよ……!」
「──残念。そう上手くはいかないか」
もし、木場が失ったノートゥングの代わりにバルムンクを手にしたら、その瞬間にバルムンクは牙を剥く。ノートゥングとダインスレイブに言うことを聞かせるのにかなりの時間を有した。魔剣はそう簡単に使いこなせるものではないのだ。
それを知っているからこそ木場はバルムンクを蹴飛ばした。これすらも狙ってやったのだとしたら、ジークフリートは相当意地が悪く、考えが回る。
またも武器を失った両者。今相対しているのは木場のダインスレイブとジークフリートのディルヴィング。
木場はこれまでの流れを考え、既にどうすればいいのか答えを出していた。もしかしたら、ジークフリートも似たようなことを考えているのかもしれない。流れに身を任せるのか、それとも逆らうのか。それにより結果は変わる。
ジークフリートは半身の構えをとりながらディルヴィングを片手で持ち上げる。引いていた方の足で地を蹴る。しかし、木場はすぐにジークフリートの動きに不自然さを感じた。
踏み込んでいる割には明らかに剣の間合いに入っていない。だが、すぐに危険を察知し、木場はその場から後方へ跳ぶ。ディルヴィングを持つジークフリートの腕が鞭のようにしなり、腕が伸びたような錯覚を覚えると実際に木場の想定していた間合いの外から届いた。
地面に叩き付けられたディルヴィング。剣先を中心に地面が陥没する。振り下ろしたディルヴィングを見て木場は間合いの外から届いた理由を知る。
ジークフリートはディルヴィングの柄の端を人差し指と親指の二本だけで握っていた。サイラオーグとの戦いの中で間合いを伸ばす為にやった技。不安定過ぎる握りだが、ジークフリートの『龍の手』による異常な握力がそれを可能とし、また威力不足もディルヴィングの能力によって補える。この握り方とディルヴィングの相性の良さは敵である木場も認めてしまう程であった。風を扇ぐような軽そうに見える斬撃でありながら、その一撃は地面にクレーターを生み出す程重い。
ディルヴィングの斬撃が通過した後、その重さに空気が引っ張られて真空の隙間らしきものが見えたのは木場の錯覚ではない。
木場の危険察知によりディルヴィングは空振りになった。しかし、ジークフリートはすぐにディルヴィングを切り返す。この時に地面を滑るように前進しており、木場との間合いを詰めていた。
木場の視点からすればジークフリートは頭の位置を動かさずに前に出ており、拡大されたように見えた。それが木場に間合いを誤認識させる。
木場が動こうとした時には既にディルヴィングの刃が迫っていた。
(もう間合いに!?)
剣の振り方と足運びを変え、木場を斬ろうとする。ジークフリートは出し惜しみなく自分の手札を晒していく。何が何でも木場を殺すという確固たる意志と殺意がそこにあった。
「くっ!」
逆袈裟斬りの軌道で来たディルヴィングに木場は斬撃の下に潜り込むように体を傾ける。体を無理に曲げたので筋肉や骨格が痛みという悲鳴を上げた。
避けたと思われた木場であったが、ディルヴィングが上腕部分を僅かに掠める。次の瞬間、掠めた部分が肉ごと持っていかれる。抉れた傷から血が噴き出し、木場の腕を真っ赤に染めた。
掠めただけでこの威力。直撃を想像しただけで冷や汗が出てくる。
打ち合ったら確実に木場の方が負ける。ディルヴィングの不規則な斬撃を紙一重で躱しつつ、どうするべきかと頭から知恵を絞り出そうとする。
その時、木場は気付いた。肩から流れる血が腕を伝ってダインスレイブの刀身を濡らしていることに。
(これだ!)
木場は後方へ跳ぶと同時にダインスレイブを払う。明らかに剣が届かない範囲であり、ダインスレイブも氷柱を創り出していない。怪訝に思うジークフリートであったが、直後に顔に何かが当たり、続いて両眼に鋭い痛みが走って目を閉じてしまう。
「うっ!?」
目を襲う異物感。間違いなく木場によって目に何かを入れられた。ジークフリートは片手で目を擦りながらディルヴィングを振り回して木場を近付かせないようにする。
目への刺激により涙腺が過剰に涙を分泌する。閉じた目から流れ出る涙。ジークフリートは知らなかったがその涙は薄っすらと赤い色が混じっていた。
目への異物はダインスレイブによって凍らされた血の塊。小さな塊だったのでジークフリートの目も捉え切れなかった。
自分の血をも使って一時的に視界を奪った木場は、ジークフリートが立て直す前に距離を詰める。
ジークフリートも木場の接近に気付き、近付かせまいとディルヴィングを振るうと速度を速めた。
受ければディルヴィングの破壊力に負ける。それならば──
(ここだ!)
木場はディルヴィングが振り終えたタイミングでジークフリートに斬り掛かる。ジークフリートは気配を感じ、すぐに切り返そうとした。だが、ディルヴィングが振るわれる前に木場はダインスレイブをディルヴィングに打ち付ける。
打ち合った時に衝撃が伝わってきたが、それは剣同士を打ち合った際に生じた常識内の衝撃であり、ディルヴィングのあの破壊力はない。
「やっぱり!」
木場が睨んだ通り、ディルヴィングの破壊はある程度の勢いが必要であるらしく、振るっていない状態では普通の剣と変わらない。一か八かダインスレイブを先に押し当てたことでディルヴィングを封じた。
ジークフリートも目の異物が取れ、視界が戻る。鍔迫り合いになっている二本の魔剣。ディルヴィングの特徴を見抜かれたことにジークフリートは表情を歪める。
すぐさまダインスレイブを押し退けようとするが、鍔迫り合い状態になった段階で木場の目的は果たされていた。
「封印させてもらう……!」
ダインスレイブから冷気を感じた瞬間、ジークフリートは迷うことなくディルヴィングから手を離していた。そのすぐ後にダインスレイブはディルヴィングを巻き込んで凍結を開始。木場も巻き込まれないようダインスレイブを離すと、ダインスレイブはディルヴィングと共に氷柱の中に閉じ込められた。
ジークフリートの判断は正しかった。あのまま掴んでいたら、氷の中に閉じ込められているディルヴィングと同様に氷のオブジェクトと化していただろう。しかし、それ故に腹も立つ。まんまと木場にしてやられたことに。
「やってくれる……!」
「君に何度も味わわされたことだよ」
やってはやり返すを繰り返してきた戦いであったが、それも終わりが近いことを二人は予感していた。これまでの戦いで互いに全ての魔剣が手元から離れた。取りに行く余裕はない。そんなことをしたら負ける。
そうなれば二人共最後に残った武器で戦うしかない。
木場は聖魔剣を創造し、二刀流で構える。ジークフリートは周囲に六つの転移魔法陣を出現させ、『阿修羅と魔龍の宴』を六腕に戻して魔法陣から『折れる聖剣』を抜く。
「最後はこれか……君にとっては最悪じゃないかな? 木場祐斗」
怨敵であるバルパーが創り出した聖剣を貶める為の聖剣。その切っ先が木場に向けられるのは何かしらの因縁を感じる。
「良い気分はしないさ。でも、もう過去に振り回される僕じゃない」
バルパーへの怒りが消えた訳ではないが、エクスカリバーを憎んでいた木場祐斗は既にいない。ここに立つのは友や仲間たちの想いを背負って戦うリアス・グレモリーの『騎士』木場祐斗なのだ。
「決着をつけよう。最後に残るのは一人だけだ。絶対に中途半端な結末にはしない」
ジークフリートなりの死力を尽くした相手への礼儀。逃走という選択肢は捨てた。ここで逃げたら今後のジークフリートの人生は、負けはないが勝ちもない人生となる。逆に言えばここを超えればジークフリートはもっと強くなれる。
「そのつもりさ……君を斬る」
木場もジークフリートにあらん限りの戦意で応える。勝った者が生き、負けた者は死ぬ。木場のこれまでの戦いの中で最も過酷で厳しい戦いが終わりを迎えようとしていた。
「最後に感謝を……君と戦えて良かったよ、木場祐斗」
「ああ。その言葉そのまま返そう、ジークフリート」
友情とまではいかないが、互いに認め合う言葉を交わす。
一瞬の間を置いた後、木場は『騎士』の俊足を限界まで引き出し、瞬間移動さながらの高速移動を見せ、ジークフリートの懐に飛び込もうとする。だが、ジークフリートはその速さも目で追えており、木場が消えると同時に『折れる聖剣』を振っていた。
木場は急停止し、頭上から来た『折れる聖剣』を聖魔剣で受ける。使い捨てを前提としているので聖剣は粉微塵に砕けたが、木場の喉元には次なる刃が来ている。
上体を仰け反らせて下からの突きを躱すが、今度はがら空きになった胴体目掛けてジークフリートは『折れる聖剣』を突き出す。
当たれば消滅は免れない。しかし、次の瞬間、『折れる聖剣』が突如として砕ける。聖剣を砕いたのは地面に突き刺さる聖魔剣。空中に創造していた聖魔剣を時間差で放ったのだ。
この間に木場は体勢を直す。
「出し惜しみ無しだ」
木場の周囲に展開される無数の聖魔剣。一誠の譲渡により向上した『魔剣創造』で一度に創り出せる数が増えていた。
木場はそれらと共にジークフリートへ斬り掛かる。
交差するように振るわれた二本の聖魔剣を同じ構えから繰り出した『折れる聖剣』で跳ね返す。続いて第三、第四の手で木場を斬ろうとしたが、射出された聖魔剣が『折れる聖剣』を正確に射抜く。
四本立て続けに失ったジークフリート。使い捨ての剣なので攻める時は良いが、守る場合は一度しか防ぐことの出来ない不良品に一気に下がる。
魔法陣からすぐに追加の聖剣を補充するが、それを待ち構えていたように木場の聖魔剣が襲ってくる。一見すると六本腕のジークフリートの方が手数で勝っているように見えるが、実際は虚空に聖魔剣を生み出す木場の方が圧倒的に数が勝っている。
ジークフリートもそれが分かっているが、それでも彼は笑う。
「──面白い!」
四方から来る聖魔剣をジークフリートは六本腕で次々と撃ち落としながら後退することなく木場への攻撃を与える。
背中の四本腕は迎撃用にし、ジークフリート本来の両腕のみ木場を攻撃する。
数多の聖魔剣に対し、ジークフリートは魔人の如き剣技を見せる。
数では木場の方が上で、使い捨てという問題点のある武器を使用しているジークフリートの方が不利に思えるが、ジークフリートは空中から振ってきた聖魔剣を『折れる聖剣』で打ち返す。打ち返された聖魔剣は他の聖魔剣と接触し、軌道を逸らされて外れる。一振りで幾本もの聖魔剣を逸らし、その間に新たな聖剣を補充して隙を無くす。
咄嗟に計算して出来るものではない。思考ではなく直感と反射でそれを行なっている。例え予測してもそれに身を任せて躊躇わず実行することなど常人には出来ない、まさに命知らずの神業。自分に対して絶対的な自信がなければこのようなことは出来ない。
何十もの聖魔剣を六本の聖剣で互角以上に渡り合う。尽きない途切れない聖剣。ジークフリートの戦い方により常に六本腕には聖剣が握られている。
聖魔剣を弾き、弾き、弾き。『折れる聖剣』を砕く、砕く、砕く。戦いの激しさを物語るように二人の周りには『折れる聖剣』の破片が散らばり、落ちた破片の上に新たな破片が絶えず積み重なっていく。
木場は聖魔剣を前方から降らしながら密かにジークフリートの背後に聖魔剣を創造。前が駄目なら後ろから突く。
木場自身が放つ突きをジークフリートが聖剣によって相殺したタイミングで後方から聖魔剣を射出。ジークフリートの背中から心臓を狙う。
その時、ジークフリートが口角を上げた。それを見た木場は背筋に悪寒を感じる。
木場の勘が正しかったと証明するかのようにジークフリートはその場で半身の体勢になる。突き刺さる筈であった聖魔剣がジークフリートを通過し、創造主に牙を剥く。
眼前まで来た聖魔剣を木場は急いで解除。刺さる寸前で聖魔剣は無に帰ったが、この隙にジークフリートが突きを繰り出す。
突き出された聖剣を聖魔剣で防御しようとしたが、完全に受け切ることに失敗し、軌道を逸らされた聖剣が木場の肩を浅く斬る。
僅かな傷だが、消耗している木場には無視出来ないダメージ。ましてや、浅く斬られた際に聖なるオーラが入り込む。『折れる聖剣』が使い捨てだとはいえ一瞬だけでも本物のエクスカリバーに匹敵する聖なるオーラを発することが出来る。
悪魔にとって猛毒と変わらないオーラが入り、木場の体調は急激に悪くなる。
脂汗が滲み、四肢が震え出す。劇薬を流し込まれたような痛みが全身を駆け抜け、集中力を乱す。一誠の譲渡がなければ立っていることすらままならない不調。意識が朦朧とし出し、創造していた聖魔剣も次々と形を崩していく。
しかし、木場も黙ってやられる訳ではない。宙で辛うじて形が残っている聖魔剣を攻撃直後のジークフリートへ放つ。だが、ジークフリートは見向きもせずに聖剣を振って聖魔剣を弾く。しかも、弾いた際に角度と向きを調整しており、弾かれた聖魔剣は木場の方へ飛んで行き、大腿部に浅くない傷を付ける。
ダメ押しの傷を負い、木場の体がガクンと沈む。
「うっ……」
体調は更に悪化。嘔吐感と共に喉にせり上がってくる血のニオイ。口まで込み上げてきたものが口の端から垂れる。
たった一撃受けただけで戦況は大きく変わった。ジークフリートは動きが鈍った木場の胴体に蹴りを放つ。聖剣を強く警戒していた木場は急な蹴りに対処が出来ず、痛恨の一撃を受けてしまう。尤も、蹴りに気付いても片脚が負傷していた状態では回避出来ず、どちらにして木場はこの攻撃を受ける運命であった。
木場は口から血反吐を吐きながら蹴り飛ばされ、何度も地面を跳ねた後うつ伏せの体勢のまま動けなくなる。
握っていた聖魔剣が砂のように崩れ、消える。
「もう禁手も維持出来ないようだ……」
遂に力の底を突いた木場。ジークフリートは勝利の笑みを──浮かべる余裕などなくなっていた。『やっとか』『疲れた……』という表情を隠そうともしない、そんな余裕もない。
今あるのは勝利の喜びではなく、この苦しい戦いが終わることへの解放感だけであった。
「祐斗……!」
今まで見守っていたリアスたちだが、木場が戦えるのはここまでだと思い、見殺しにしない為動こうとする。しかし、ジークフリートはそれを見逃さない。
一瞬で十を超える『折れる聖剣』を投擲。それらがリアスたちの足元に突き刺さると『折れる聖剣』は聖なる気を放つ。猛毒の光がリアスたちを足止めする。
「邪魔をするな」
ジークフリートは吐き捨てる。死闘の果てにもぎ取った勝利を外野に台無しにされるのが我慢ならなかった。
リアスたちが聖なる気に怯んでいる間にジークフリートは素早く木場の命を奪おうとする。
◇
(ここまでなのか……?)
限界寸前まで戦った果てに待つ結果。ジークフリートの剣が木場の命を奪おうとする。
リアスたちが阻止しようとしてくれたが、ジークフリートもそれを見越しており手出し出来ないようにした。
ジークフリートがリアスたちに意識を向けたのはほんの数秒。木場はそのたった数秒間に全ての意識を集中させる。
全身を蝕む聖なる気で満足に体は動かせず、消耗し切ったせいで禁手の聖魔剣ももう創造が出来ない。せいぜい出来るのは神器で剣を一本創り出すことが出来るか、出来ないか程度。
リアスの『騎士』としての役目を果たせず、一誠の生存を知り尚且つ彼から譲渡された力を酷使しても勝てず、やるべき事を為すべき事を果たせずに敗北しようとしている。
(──駄目だっ!)
絶望的な状況でもそれを受け入れてはいけない。諦めてもいけない。
(ここで死んだら……君に会わせる顔が無いよ、間薙君……!)
自らを奮い立たせ、上体を起き上がらせる木場。どうすればジークフリートに勝てるのか考えを絞り出そうとする。
武器の無い自分がどうやってジークフリートに攻撃をするか。
その時、あるものが木場の目に入った。もしかしたら、死に掛けの自分でもそれを利用すればどうにかなるかもしれない。
やった事がない賭けであった、後の無いこの状況で一か八かなど考えている余裕など無い。
(やるしかない……!)
そう決意し、木場は手を伸ばして──
◇
木場へのとどめを刺そうとした時、死に掛けであった木場が跳ね上がるよう体を起こした。そして、その手には今にも折れてしまいそうな罅だらけの剣を持ってジークフリートへ突撃して来る。
追い詰められ、破れかぶれとなったのかと思い、その無策な最期に失望しながらも六本の『折れる聖剣』で迎え撃つ。
「さよならだ! 木場祐斗!」
最後に敬意を示し、その体を斬り裂こうとした瞬間、木場のスピードが急に上がる。
全速力と思っていたのはブラフ。一瞬だけでも本気のスピードを出せるように温存していた。
木場の急加速に聖剣の振りが間に合わず、木場の衝突を体で受け止めることになったジークフリート。人工神器で覆われたジークフリートにはただの剣などダメージにもならない。
ただの剣だったのなら。
罅だらけの剣先がジークフリートの胸に当たる。瞬時に鱗状に硬化し、剣先を弾く──
「──え?」
──ことはなかった。罅だらけの剣はジークフリートの人工神器を貫き、心臓まで達する。
「何を、した……!」
ジークフリートは密着している木場を膝で蹴り飛ばす。木場は呆気無く蹴り飛ばされ、仰向けのまま倒れて起き上がらない。
「これ、は……!」
罅だらけに見えた剣。それは細かな剣の破片が継ぎ接ぎされたことで形を成していた。この剣を構成する破片をジークフリートは知っている。
「再構築、したのか……! 聖剣の残骸を、神器で……!」
無から剣を生み出すには消耗した木場では確信がなかった。だが、地面に散らばる無数の『折れた聖剣』の破片を利用し、『聖剣創造』でなら聖剣一本ぐらいなら創り出せる。
「まだだ……! まだ僕は死んでいない……!」
それにより創造した継ぎ接ぎの聖剣。致命的な一撃を与えることは出来たが、ジークフリートの命まで届かなかった。
最後まで死力を尽くしたがここが木場の限界であった。
ジークフリートは心臓を刺されながらもそれを抜き取ろうとしたが──
「なっ!? 抜け、ない……!」
──何十倍にも向上した腕力でも刺さった継ぎ接ぎの聖剣が抜けない。
不思議なことはそれだけに留まらない。周囲に散らばっている聖剣の破片、そしてジークフリートが持っている聖剣が呼応して光を発する。
何か危険な事が起ころうとしている。それは、継ぎ接ぎの聖剣を創造した木場ですら予想外の事態。
ジークフリートは渾身の力で継ぎ接ぎの聖剣を引き抜こうとしたが、やはりびくともしない。やがて、全ての光は継ぎ接ぎの聖剣へと集う。光が消えた破片は完全に塵と化し、ジークフリートが持っている全ての『折れる聖剣』も使用していないのにボロボロと崩れた。
全ての輝きを宿した継ぎ接ぎの聖剣。だが、突如その光は消える。
「──っ!?」
一拍置いた後、ジークフリートの背中から線状の光が飛び出す。搔き集められた光は継ぎ接ぎの聖剣の剣先に集束し、届かなかったジークフリートの心臓に最期の一撃を放ったのだ。
啞然としたままジークフリートはその場で膝を着ける。自分の身に何が起こったのか理解出来ない、そんな顔をしていた。
継ぎ接ぎの聖剣は光を放った直後に役目は終えたと言わんばかり塵一つ残さずに完全消滅する。
聖剣の欠片を集めて新たな聖剣を創ったのは木場だが、木場は継ぎ接ぎの聖剣にそんな能力を付与していない。そもそもそんな余裕すらなかった。
まるで別の何かから力を借りたような──
「そうか……」
そこで何かに思い至り、最後に起こった事について木場なりの解釈をする。
「例え……使い捨ての道具として生み出されたとしても……きっと誇りがあったんだ
……」
最後に放った一撃は冒涜の為に造られた『折れる聖剣』らが見せたエクスカリバーとしての矜持による本物の輝き。聖剣は別の聖剣にオーラを貸すことが出来る。それと同様のことが継ぎ接ぎの聖剣と『折れる聖剣』に起こったと推測される。
「あの聖剣は……君たちが思っているよりもずっと誇り高かったんだよ……」
あくまで全ては木場の妄想。それが真実であることを知る術はない。
「……成程」
だが、それを聞いたジークフリートの口から出たのは否定ではなかった。ジークフリートは全てを受け入れ、苦笑する。
「最後は剣の差か……」
自分の剣に見放されたのならどうしようもない。もし、『折れる聖剣』ではなくグラムだったら──そこまで考えて止めた。負けた後に『もしも』のことを考えても意味は無く、惨めなだけ。
ジークフリートはグラムを見る。グラムの刀身がオーラで明滅している。ジークフリートの敗北を嘆くように、怒るように激しいものであった。
そんなグラムを見たジークフリートは、唯一の心残りを話す。
「木場、祐斗……僕に勝った褒美だ……残りの魔剣を君に……あげるよ」
ジークフリートからの思わぬ言葉に木場は驚く。
「剣は……使ってこそだ……魔剣は……鑑賞する為のものじゃない……」
普通なら有り得ないことが、自分よりも上の剣士が出て来たのだから素直に譲る。
心残りもなくなったジークフリート。いよいよ喋る気力も無くなる。
(ここまでか……あの戦士育成機関で育った教会の戦士としては……まあまあ納得出来る最期かな……?)
最期を受け入れようとした時──
『っざけんじゃねですぞぉ! こんの野郎っ!』
消えたと思った厄介者の声が頭の中で響く。
(最悪だ……最後の最後で酷い幻聴が聞こえる……)
『てめぇが自分の最期に悦ってのはどうでもいいんだよぉ! 勝手に逝ってんな!』
喚き続けるフリードの残留思念。最初から最後まで落ち着きとは無縁の声だった。
(潔くという言葉を知らないね……)
『知るかんな言葉ぁ! 死ぬなら一人で死んでくだせぇ! そしたら俺が残った体を使ってやんよぉ!』
(木場祐斗に本気で勝てると思っているのかい?)
『死に掛けなんざ余裕よぉ!』
(そんな風にしか思えないなら時間の無駄さ)
足掻く残留思念を冷たく切り捨て、ジークフリートの意識は闇に沈んでいく。
(君とは何の縁も無いと思っていたけど、まさか最期を共にするとはね……教会を離れた時から縁があったのか……それとも戦士育成機関から縁があったのか……)
フリードとの奇妙な腐れ縁に失笑する。
『何感傷に浸ってんだよぉ! 消える! 消える! 俺が! 今度こそ本当に!』
教会の戦士として矯正されて生きてきた。最後は教会から離れたが後悔はない。教会を離れて今に至るまでジークフリートは自分の思うがままに生きて来られたのだからだ。
(お互い道を外れて生きてきたが──)
『やめろぉ! くだらねぇ! 俺はまだ──』
(楽しかったろ?)
『──ッ』
ジークフリートの最後の問いにお喋りな筈のフリードは何も言えなかった。ジークフリートの意識はそこで途絶え、フリードの残留思念も引っ張られて何も無い闇に落ちていく。
最強の魔剣使いと言われたジークフリートの死に顔は、裏切りの果てに道半ばで終わった者とは思えないぐらいの穏やかな死に顔であった。
長くなったジークフリート戦もこれで終わりです。
プライベートが色々と慌ただしくなってきたので暫くの間はゆっくりめの投稿になります。