ハイスクールD³   作:K/K

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復活、集結

 心身共に消耗し尽くした木場。今までの戦いの中で最も疲労した戦いが終わった。ジークフリートの死を感じると同時に木場の集中の糸が完全に切れる。その瞬間、無視していた或いは気付かないフリをしていた様々な痛みが木場の全身を襲う。

 肺は空気を求めて激しく収縮し、心臓は胸を突き破る勢いで鼓動し続ける。全身から大量の汗が噴き出すが、木場の危険域まで上昇した体温のせいですぐに蒸発していく。ジークフリートに刻まれた傷がこれでもかと木場の神経を痛めつける。ジークフリートという存在を永遠に忘れさせないように。

 

「祐斗!」

 

 リアスたちが木場に駆け寄る。リアスは倒れている彼を抱き起こす。

 

「祐斗君!」

「祐斗先輩!」

 

 朱乃と小猫も木場の傍で彼の名を呼んだ。

 

「……僕、勝ちましたよ」

「ええ……。ちゃんと見ていたわ……。貴方は私の最高の『騎士』よ……!」

 

 戦った甲斐があった言葉。木場は微笑を浮かべ、そのまま気を失う──ことを止しとせず、搾りかすのような気力で意識を保つ。

 

「アーシアさん……治癒を……僕にはまだやる事があるんだ……」

「祐斗! もう休みなさい! 貴方は十分に──」

「お願い……します……!」

 

 木場はリアスの腕を掴みながら懇願する。腕を掴んだ手の力。まるで赤子のような握力で掴んでいるというより当てられているだけ。だが、木場の震える手から精一杯の力が込められているのが伝わってくる。

 リアスにはこんなになるまで戦った木場の頼みとその手を払うことなど出来る訳がなかった。

 

「……分かったから。今はアーシアに傷を治してもらいなさい」

 

 掴む手に手を重ね、慈しみに満ちた声で木場を宥めると木場もその言葉に従い、リアスの手を掴むのを止める。

 

「アーシア」

「は、はい!」

 

 アーシアは急いで神器による木場の治癒を始める。途端、眩い治癒の光が辺りを照らす。すると、今までにない速度で木場の傷が治っていく。その治癒速度はリアスたちも驚く程であった。

 一誠やシンの件で不安定になっていた彼女の神器だったが、一誠が生きていることを知ってある程度精神が落ち着き安定性を取り戻した。また、瀕死の木場を治すというアーシアの強い想いが反映され、『聖母の微笑』の治癒力を格段に上昇させていた。

 木場がリアスたちに囲まれている中、一人だけその輪に入らない者がいた。ゼノヴィアは木場ではなく事切れたジークフリートの傍に立っており、眠るように穏やかなジークフリートの死に顔を見ている。

 ジークフリートの死に顔を見ているゼノヴィアは口を真一文字に結んでおり、眉間に皺を寄せていた。ジークフリートの生き様の果てを怒っているような、哀しんでいるような、悼んでいるような複雑な感情が表情に出ている。

 

「その生き方に満足していたのか?」

 

 答えが返って来ないと分かっているが、それでも声を掛けずにはいられない。異なる道を選んだが、共に教会を離れるという選択をした。ゼノヴィアはエクスカリバー、デュランダルに選ばれ、ジークフリートはグラムや多くの魔剣を手にし教会での地位は約束されていたが、ゼノヴィアは悪魔になる道を選び、ジークフリートは『禍の団』に入ることを選んだ。

 一方的だがシンパシーのようなものを感じていたのかもしれない。敵対することとなったが、ジークフリートの生き方を否定する気にはなれなかった。

 

「彼をどうするかね?」

 

 気配を感じる前にアジュカが傍に立ってゼノヴィアへ話し掛けてきた。

 

「どうする……?」

「言い方は悪いが彼は貴重なサンプルだ。神器を亜種禁手化させ、複数の魔剣を使い、過去の英雄の血が流れている。おまけに人工神器付きだ。俺としても好奇心が湧かないと言えば噓になる」

 

 冗談を言っているようには見えなかった。事実、ジークフリートの死体は研究者にとって解剖し甲斐があるものなのだろう。

 それを堂々と言うアジュカに嫌悪感は──湧かなかった。包み隠さず本音を語っていることもそうだが、やろうと思えば陰で回収すればいい。わざわざ言ってくる辺り判断をこちらに委ねている。

 

「……出来ることなら人として埋葬したい」

「そうか、分かった。すぐに手配しよう」

 

 アジュカは即座にそれを了承し、スーツ姿の女性悪魔を呼び寄せた。

 

「……そんな簡単に許可していいのか?」

「悪魔は人の魂を手に入れようとするが、死体を弄ぶ趣味は無い。そうなったらただの畜生だ」

 

 それに、とアジュカは言葉を続ける。

 

「敵であれ人間の可能性を見せてくれた。辱める気にはなれん」

 

 ジークフリートという人間の死を尊重する態度にゼノヴィアは自然と頭を下げる。

 

「……感謝する」

「ところで彼の遺体は何処へ送ればいい?」

 

 ゼノヴィアは少しの間考え──

 

「……やはり、教会しか思いつかない。帰る場所があるとすれば」

「別に構わないが……教会を裏切った相手を手厚く葬ってくれるのか?」

「どうだろうか……いや、天界を経由してなら……しかし、そうなるとイリナかあの人に頼まないと……」

 

 小声でブツブツと言いながら悩み始めるゼノヴィア。イリナは兎も角『あの人』と言っていた人物には苦手意識を持っているらしい。

 

「祐斗! 動いてはダメよ!」

 

 ある程度傷が治った木場が体を起こそうとしているのでリアスが止めようとする。

 

「……大丈夫です。やり残したことをやったらまた休みます」

「やり残したこと?」

 

 ジークフリートを倒すという大仕事を終えた木場がこれ以上何をしようとしているのかリアスたちは分からない。

 それを考えている間に木場は体を起こし、ふらふらとしながらも立ち上がった。

 極度の疲労が残る体を動かして向かった先には床に突き刺さるグラム。

 木場が近付くとグラムが輝く。しかし、それは新たな主を迎える歓迎の輝きではなく敵意を感じさせる攻撃的な輝きであった。グラムに呼応してバルムンクとディルヴィングも光を発し、木場を威嚇する。

 木場を威嚇するのは、ジークフリートに反発する態度を見せながらも彼を主として認めていた証。それを奪った下した相手に敵意を向けるのはおかしくない。ジークフリートから奪ったノートゥングやダインスレイブに認めさせるのもかなりの時間を有した。

 グラムらに木場を主として認めさせるのは同じくらいの時間が必要となるだろうが、今はそんな余裕はない。

 

「──僕はジークフリートに()()()

 

 拒絶を示すグラムに木場は静かに告げる。

 

「……多分、勝てたのは偶然に偶然が重なった結果だ。それにリアス部長たちが居てくれたことも勝利に繋がっている。もし、ジークフリートと百回戦ったとして僕が勝てる可能性は一回あるかないかだ」

 

 実力で勝ったとは木場も思っていない。木場が言ったように様々な要因があったからこそ掴めた勝利。

 

「でも、僕が勝ったという事実は変わらない」

 

 しかし、それでも木場の勝利という真実は揺るぎない。

 

「ジークフリートは君たちを譲ると言っていたが、別に素直に従う必要はない。先ずは僕の傍で僕を見ていてくれ。君たちを扱うに相応しい剣士かどうか」

 

 ジークフリートの遺言を出しながらもそれを強制しない。魔剣らにも意思が宿る。それを上から押し付けては真の力を引き出すことは出来ない。

 

「僕はもっと強くなる。何故ならジークフリートという強敵を倒したからだ。無様に負けるようなことがあれば、それは僕が勝利して来た相手への侮辱だ」

 

 ジークフリートに勝ったからにはそれ以上の存在にならなければならない。その使命を自らに課し、強くなることを魔剣たちの前で誓う。

 その誓いに納得してくれたのか、或いは自分たちに値する剣士か見極める為に攻撃的なオーラを消す。

 

「……これからよろしく」

 

 木場はそう言うとグラムを床から抜いた。魔帝剣と呼ばれた剣は物理的にも精神的にも重みを感じた。

 グラムを亜空間の中に仕舞う。そして、残ったバルムンク、ダインスレイブも同じように回収し──その度に「よろしく」と一言添えた──亜空間の中に収める。

 これにより木場は五本の魔剣を手に入れる。恐らく今後、木場の名は悪魔の中でより一層広がることとなるだろう。

 やるべきことを終えた木場はリアスたちの方を見て、爽やかに笑う。

 

「限界です。暫くの間、寝ます」

 

 そう告げると宣言通りその場で崩れ落ちる。慌ててリアスたちが駆け寄るが、木場は静かに寝息を立てていた。極限状態での戦闘という緊張から解放され、心身共に限界だった木場の肉体が、これ以上の活動は無理として強制的にスイッチを切った。

 取り敢えず命に別条はないと分かり、リアスたちは安堵の息を吐くのであった。

 

「見事な戦いだった。リアス・グレモリーの『騎士』木場祐斗。その名をしかと覚えておこう」

 

 アジュカが死闘を終えた木場を労う。

 

「戦いの中で君たちも気付いただろうが、赤龍帝のオーラを感じた。まず間違いなく彼は次元の狭間で生きているだろう。もしかしたら、ドライグやオーフィスの力を借りて自力で生還するかもしれない。とはいえこちらからも調査をすべきだろうな。俺の伝手で進めておこう。ファルビウムの眷属に詳しいのがいた筈だ」

「……ありがとうございます。アジュカ様」

 

 色々を手を尽くしてくれることを約束してくれたアジュカにリアスは頭を下げながら礼を言う。

 

「そういうのは全て終わってからだ。君たちにはキツイかもしれないが、まだ冥界の問題が残っている。俺も眷属たちに指示を出して巨大怪獣討伐を指揮するつもりだ。対抗策も考えないといけない。一つ大きな壁を超えたが、その先にはまだ幾つもの壁が残っている──嫌気が差すか?」

 

 ジークフリートを倒した功績は大きい。しかし、冥界では未だに『超獣鬼』と『豪獣鬼』が暴れている上にまだ英雄派のメンバーが残っている。戦いを終えた後にまだ続く戦いという事実を突き付けて、アジュカは少し意地悪な質問をリアスにした。

 

「……少し前の私だったら何も考えることも出来ず、泣いているか自暴自棄になっていたことでしょう。でも、イッセーが生きているかもしれないということを知り、未来に希望が持てました。この希望がある限り私は生きて戦い続けます」

「良い答えだ。冥界の未来は君たちのような現悪魔たちが決めるべきだ。俺たちはその手伝いをする。冥界はそうあるべきだと思う」

 

 リアスの答えに満足し、彼女たちの為に転移魔法陣を展開した。

 

「冥界の今後をよろしく頼む」

 

 アジュカは若い悪魔たちに希望を抱き、彼女たちを冥界へと送った

 

 

 ◇

 

 

 一誠は微睡の中にいた。夢と現実が曖昧な意識の中で彼はある光景を見る。そこでは木場が傷だらけになりながら英雄派のジークフリートと戦っていた。それを見た一誠は思わず彼に声援を送っていた。

 負けるな、勝てという強い意思を声と共に送り続ける。

 やがて、その夢も途切れて、次に別の光景が見えてきた。

 白い空間内でシンが笛を持った骸骨と戦っている。骸骨が笛を鳴らす度に光と爆発が起きてシンが吹き飛ばされていく。消えて無くなったかと思えばすぐに復活するが、シンが何かをする前に笛を吹く骸骨が彼を消滅させてしまう。

 あまりに容赦のないやり方に一誠は絶句してしまうが、すぐに木場の時と同様にシンに声と力を送ろうとする。

 その時、ぐるりと笛を持つ骸骨がこちらの方を見た。背筋が凍りつくような気分を味わう。

 偶然ではない。一誠は骸骨と目が合っている。

 

『これは試練。横槍は止めてもらおう』

 

 見える筈の無い一誠を目視した上に骸骨が一誠に向け笛を鳴らす。不可視の力が一誠の意識を白い空間から押し飛ばしてしまう。

 何がなんだか分からない。あの骸骨は何だったのか。シンは何をされていたのか。そもそもあれは夢なのか現実なのか。

 分からないまま吹き飛ばされた一誠だが、体が浮上していくような感覚が生じる。

 曖昧だった意識が覚醒し出し、やがて──

 

「──っは!?」

 

 目を覚ました一誠。だが、立ち上がることが出来なかった。

 

「はっ! はっ! はっ!」

 

 苦しそうな呼吸を何度も繰り返しながら胸を掴む。胸の内部では心臓が胸を突き破る勢いで激しい鼓動を鳴らしており、それが覚醒直後の一誠を苦しめる。

 エナジードリンクやコーヒーをタライで飲み干したような異常な興奮状態。全身の血管が浮き上がっており、血が噴き出しそうになる。

 

「こ、ここ……は……?」

 

 のたうち回りながらも自分の置かれている状況を把握しようとする。

 

(確か、俺はシャルバに……)

 

 シャルバの怨念を受けて暴走させられ、最期はシンとの相討ちによって止められた。そこで自分の命は終わったものだと思っていたが、うるさく、苦しく脈動する心臓によりまだ生きていることが伝わってくる。

 普段の数倍の速さで鼓動する心臓。全身に送られる血液もそれに応じて加速している気がする。耳の奥から聞こえる雑音はもしかしたら血液が流れていく音なのかもしれない。

 その雑音も五月蠅くは感じなかった。異常な鼓動と破裂しそうなぐらい痛む頭のせいで気にする余裕がないのだ。

 陸に上がった魚のように悶えながら一誠は上を見る。空の色が水に浮かんだ油を彷彿させる虹色であった。空の色は常に変化しており、長時間見ているとただでさえ気分が悪いのに更に悪化しそうになる。

 

「う、ぐっ……!」

 

 苦しみに耐える一誠。

 

『目が覚めたか? 一時はどうなるかと思ったぞ』

 

 聞こえてきた相棒の声。それに耳を傾けると少しだけ苦痛が和らぐ。

 

「ド、ドライグ? 俺は──うおぇ」

 

 ドライグに状況を確認しようとしたが、激しい頭痛が引き起こす吐き気のせいで中断される。

 

『……吐くなよ、絶対に』

 

 えずく一誠にドライグは妙に圧を込めて忠告する。何度もえずくことはあったが嘔吐まではいかない。そもそも吐くものが胃に残っていなかった。シンとの戦いでエネルギーになるものは全て使い切ってしまったので既に空っぽである。

 

「俺は……どうなったんだ……?」

 

 少しだけ落ち着いたのでようやく聞きたかったことを聞く。

 

『お前はシャルバの呪いにより限界まで肉体を、いや限界を超えて肉体を酷使させられた。本当ならそのまま命を落とす筈だったが……寸前の所で救われた』

「救わ、れた……? 誰に……?」

 

 ドライグが方向を指示すると、一誠はそちらを向く。視線の先ではオーフィスが何故か地面をペシペシと叩いている。

 

「オー……フィスが?」

『違う』

「えいえいえい」

 

 ペチペチという音が虚空に響く。

 ここは何処なんだ、という疑問が浮かぶとドライグが答えてくれた。

 

『ここは次元の狭間だ。あの魔人が創り出した空間に開いた穴からここへ落ちた』

 

 ドライグに言われて朧気ながら思い出すやたらと五月蠅いヘルズエンジェル。それに引っ張られる形でヴァーリのことも思い出した。ヘルズエンジェルのことはどうでもいいが、ヴァーリがどうなったのか気になる。

 

『死んではいないだろう、多分な。あの魔人も……生きているだろうな、残念ながら』

 

 それを聞いて安心──は出来ないが、ドライグの言葉とヴァーリの強さを信じることにした。

 

(それにしても……次元の狭間にはこんな荒野もあるのか……)

『……荒野ではない』

(じゃあ、ここは……?)

 

 その時、一瞬の沈黙が降り、オーフィスの声がはっきりと一誠の耳へ届く。

 

()()()()()()()、倒す」

 

 オーフィスは引き続きごつごつとした岩場改めグレートレッドの背を叩き続ける。

 

「グレート……レッド?」

 

 苦しみを忘れてしまう程に呆気にとられ、そのまま周りを注意深く見る。

 果てしなく広がる赤い荒野。目を凝らすと荒野の果てに巨大な突起物。それが角だと気付いた時、一誠は絶叫してしまった。

 

「う、うわあぁぁぁぁ!? う、うおえ!」

 

 叫んだせいで気持ち悪さが増し、吐きそうになる。

 

『……頼むから絶対吐くなよ』

 

 グレートレッドの背中で吐瀉物を撒き散らすなど前代未聞。そんな不名誉な称号など要らない一誠は死ぬ気で吐き気に耐えた。

 

「はぁ……はぁ……一体何があったんだ……?」

 

 意識が無い間に何があったのかドライグに説明を求める。

 

『次元の狭間に落ちた俺たちをグレートレッドが通りかかった。そこでオーフィスが俺たちをグレートレッドの許へ連れていってくれた──それだけだったら相棒もそこで終わっていた』

 

 ドライグは今でも信じられない様子で語る。

 

『グレートレッドが死に行くお前を見て何を思ったのか血の一滴をお前に与えてくれた。ドラゴンの、ましてやグレートレッドの血など生命力そのもの。その血を受けた相棒は瀕死の状態から一気に回復したんだ』

「……でも、今も死にそうなんだが……?」

 

 傷は無いが、心臓は爆発しそうで頭は割れそうで、一誠当人はとてもじゃないが回復したと納得が出来ない。

 

『この場合、グレートレッドの生命力が強過ぎたんだ。相棒の肉体から溢れ出るぐらいに。死にはしないと思うが……』

 

 グレートレッドが一誠に与えた血の量は、それこそ人間でいうと指を針で突いて出て来た血の玉ぐらいの少量。だが、それでも一誠の肉体には強力過ぎたものであり、再生の為の薬は再生完了と同時に劇薬へと転じていた。

 

「我慢するしか……ないのか……? うん……?」

 

 収まり切らない生命力に喘いでいた一誠は、左腕に違和感を覚えた。見ると左腕の赤い鱗に覆われ、指先からはかぎ爪のような爪が伸びている。

 

「げぇ!?」

 

 過去に禁手の代償としてドライグに左腕を捧げ、それにより左腕はドラゴン化していたことがあった。朱乃の協力や一誠の成長によりそれはすっかり治まっていたが、今になって急に再発した。

 ただ再発するだけならまだ良かった。明らかに左腕の鱗が腕を浸食しており、段々と胴体の方へ来ている。

 

「どうなってんだ……!?」

 

 ドラゴン化する肉体。しかし、それに反して体調が良くなっている。心臓の鼓動も落ち着き出し、吐き気も治まってきている。

 

『……ドラゴンの血を過剰に摂取したせいで肉体が適応する為に変化しているのかもしれん。このままだと完全にドラゴンになる』

「やばいじゃん! どうするんだ!?」

『ドラゴンのオーラを放出すれば或いは……』

「あれか!」

 

 朱乃にドラゴンの気を吸われ、肉体の変化を戻して貰ったことを思い出す。

 一誠は急いで立ち上がる。この段階で一誠の体調はほぼ完治していたが、ドラゴンの鱗が首辺りまで来ていた。

 

「うおりゃああああああ!」

 

 次元の狭間に向けて全力のドラゴンショット。『赤龍帝の籠手』を装備していないのに、それと変わらないぐらいの威力が出すことが出来た。

 左腕の状態を見る。浸食の速度は若干遅くなっている──気がする。それでも変化は続いている。

 

「だあああああああっ!」

 

 出し惜しみをせずに何度もドラゴンショットを撃ち出す。後先考えている暇はない。ここでやり続けなければドラゴンの体になってしまう。

 そうなってしまったらリアスとどう接すればいいのか分からない。リアスならばドラゴンの体でも愛してくれるかもしれないが、客観的に見れば特殊性癖過ぎた。

 

「俺にそっちの趣味はないんだぁぁぁぁぁ!」

『お前はこういう時でも変わらんな』

 

 一誠の理解不能な叫びに理解よりも先に安堵を感じてしまうドライグ。今に始まったことではないのでドライグもすっかり慣れてしまい聞き流す。叫びの内容よりもグレートレッドの血を受けても一誠の中身は変わっていないことの方が重要であった。

 息切れするまで連射する。多少は浸食スピードが落ちているが、それでも消費の方が遅い。いつの間にか一誠の左腕の鱗は喉、胸の方にまで来ている。

 このままドラゴンショットを放ち続けても体の異形化の方に負けてしまう──と思った時、急に体からガクンと力が抜けた。

 

「お、おおっ?」

 

 膝から力が抜けて前のめりに倒れていく。咄嗟に左腕で体を支えた。その腕はドラゴンの腕ではなく元の人間の腕へ戻っていた。

 装甲板を張り巡らせたような腕ではなく、つるりとした人間の腕に触れて一誠は気が抜けたような息を吐く。

 戻る前に体に起こったことは謎だが、もしかしたら時間差で消費が追い付いたのではないかと推測する。兎にも角にもドラゴン化は免れた。

 

「はぁ……良かった」

「グレートレッドの力、嫌い?」

「うおっ! ……いたのかオーフィス」

 

 夢中になって気付かなかったが、グレートレッドを叩いていたオーフィスが傍に立って一誠を見上げている。

 

「グレートレッドの血があれば、強いドラゴンになれた」

「強いってどれぐらいの……?」

「ドライグかアルビオンぐらい」

「そこまで!?」

 

 あのままドラゴン化していたら二天龍クラスになれていたことに驚く。グレートレッドの血はそれ程までに凄まじいのか、と内心戦慄する。

 

「でも、ならなかった。グレートレッドの力が嫌い?」

「別に嫌いって訳じゃないけど……いきなりドラゴンになるのはなぁ……俺は悪魔のままでいいし、ドラゴンになったら皆と出来なくなることが沢山あると思うし……」

 

 強くなることに不満はないが出来ることなら悪魔のまま強くなりたい。我儘な考えかもしれないが、リアスの『兵士』として最強になろうとしている一誠にとってはどうしてもそこに拘りたかった。

 

「まあ、悪魔のままドラゴンの力を使えればなと……気を悪くしたらごめんな」

「問題無い。我、ただ聞きたかっただけ」

 

 そこで沈黙が訪れる。オーフィスが本当にただ聞きたかっただけなのは伝わったが、こんな何もない世界での沈黙は重苦しい。

 何か話題を出そうとした時、一誠は直前まで見ていた夢のことを思い出した。

 

「そういえば夢で木場が戦っているとこを見たんだよ。やたらリアルな夢でさー」

『それは夢じゃないかもしれんぞ』

「へ?」

『聖魔剣の小僧には何度も譲渡でオーラを送ったからな。何かしらの繋がりが出来ているのかもしれん。奴の禁手も相棒の影響がもろに出ていたのがあったしな』

 

 ということは木場とジークフリートが戦っていたのは本当のことなのかもしれない。結末を見ることが出来ず心配だが、あの木場なら何とかするだろうという信頼もあり、きっと勝った木場と会えると前向きに信じる。

 

「実は間薙の奴も見たんだよ。何か笛を持った骸骨みたいのと戦って──」

『──それも夢じゃないな』

 

 先程とは違って断言するドライグ。その声は苦々しさを含んでいた。

 

『何処でどう奴と会ったかはしらんが、厄介なことになっているな……このままだと確実に不味い』

 

 ドライグの口調から深刻さが伝わってくる。

 

「待ってくれよ! 間薙は一体何と戦っているんだ!?」

「魔人トランペッター」

 

 一誠の疑問にオーフィスが答えた。魔人という名に一誠の顔から血の気が引く。

 

「魔人トランペッターって……ヤバい奴なのか?」

『……魔人というカテゴリーの中で見たら戦闘能力は上位だろうな』

 

 過去に手痛い目に遭ったドライグは、忌々しく思いながらもトランペッターの実力を高く評価する。同時にドライグもまたトランペッターに痛い目を見させているのでお互い様ではあるが。

 

「トランペッター、あの戦い以降自分を封印した。いつ復活した?」

 

 トランペッターが天界にて封じられていることを知っているオーフィスは、復活の兆しすら感じなかったので首を傾げる。

 

『そもそも本当に復活したのか? 奴は魔人の中で最も考えが分からん』

 

 自分の欲望や目的の為に動くマタドール、だいそうじょう、マザーハーロット、ヘルズエンジェル。使命によって行動する四騎士。それらはとは異なり何を目的、使命としているのか全く分からないのがトランペッター。一応は天界側についているが、天界の天使ですらトランペッターのことを理解出来ていない。

 

「どうなってやがるんだ……」

 

 一誠の記憶の中に強く残るシンとの決着。彼の心臓を貫いた感触は手に強く残っている。友人を殺めてしまったことに強い罪悪感を覚える。死に際にシンが言ってくれた言葉のおかげで救われた気にはなれたが、それでも顔を合わせてもう一度言いたいことがあった。

 シンの戦っている光景を見た時、彼が生きていることを素直に喜んだが、どうやら現実は一誠が想像していたものよりも単純ではないらしい。

 

「何が起こってんだ……」

 

 目覚めたばかりの一誠ではどうしようも出来ない。そもそも次元の狭間にいるせいで何も出来ない。グレートレッドが気まぐれで助けてくれたが、このままシンの場所まで連れていってくれと頼んだ所で聞いてくれるとも思えない。そもそもスケールが違い過ぎるので話が通じるかどうかも分からなかった。

 八方塞がりの状況に頭を抱えてしまう。このまま無力感を嚙み締めるだけかと思われたが──

 

『しょうがない。ここは私たちに任せなさい』

 

 不意に聞こえた声に一誠は驚き、顔を上げて周りをキョロキョロと見る。しかし、当然ながら周りにはオーフィスしかいない。

 

「どうかした?」

「声が……聞こえた」

「誰の?」

「知っている声……だよな? ドライグ」

『ああ。あの声は──』

 

 

 ◇

 

 

 魂そのものを消し飛ばす滅びの力がシンを消滅させる。もう何度目かも分からない。数える気にもならない。そもそも死を数えることなどを馬鹿馬鹿しい。

 遊びも余裕も排してひたすらにシンを攻撃し続けるトランペッター。圧倒的な力を持っているが驕りなど一切無く病的な真面目さでシンを作業のように追い詰める。

 主に使用するのは相手を消滅させる爆発。直撃すれば原型など跡形もなく消し飛ぶ。疲れ知らずなのかそれを何度も繰り返し、シンを徹底的に消し飛ばした。

 幸いというべきかその技には若干だが力を溜める為の間がある。消滅した後に上手くその間に復活すれば致命傷の範囲からは逃れられる。

 しかし、トランペッターが使用するのはそれだけではない。全身を一瞬で焼き焦がす炎、脱出困難な分厚い氷の棺、全身を捻じ切るような旋風、脳天から一直線に貫く雷、威力は消滅の力に劣るもののシンの動きを止めるには十分な威力を持っており、それを直撃させた後、動けない所を消滅させるという手を抜くことを知らない徹底的な蹂躙を行う。

 死を何度も経験させられるシン。その度に魂は摩耗していく──筈なのだが、死の体験など覚えていないかのようにシンも折れる事なく何度もトランペッターに挑み続ける。

 炎を放ち、氷を放ち、電撃を放ち、魔槍を放ち、光弾を放つ。それがダメだったのなら拳を放ち、蹴りを放ち、体当たりを放つ。自分が持っている手札を全て切りながらも一瞬の綻びを生み出す為にトランペッターに仕掛け続けた。

 どちらも人外の精神であり、折れることも諦めることも止めることもしない。それが当然のように殺し合い続ける。

 トランペッターによる一方的な蹂躙ではあるが、蹂躙を行い続けなければいずれシンの牙がトランペッターへと届く。数多の消滅を経験しながらシンはその時を虎視眈々と狙っていた。

 定められた動作を繰り返すトランペッター。しかし、突如として異常な行動をとる。

 

『これは試練。横槍は止めてもらおう』

 

 何もない空間に向かって吹かれるラッパ。トランペッターには何かが見えている様子だが、シンの視点からは奇行としか見えない。そして、待ち望んでいた隙にしか見えなかった。

 反射と速度の自己強化に加え、力の強化を自らにかける。トランペッターのラッパがシンに向けられる前にありったけの力で地面を蹴り飛ばし、弾丸のように飛んだ。

 着地など考えていない捨て身の特攻。ラッパから音が奏でられるか、シンの拳が届くかの勝負。

 時間が引き延ばされようにスローに感じられる。シンにはトランペッターの動作が事細かに見えた。

 白い歯に密着する吹き口。トランペッターが体内に蓄えているものを、ラッパを通して吹き出そうとしている。

 シンの拳は──それまでに届かない。出来ることと言えば、ラッパを凝視すること。そう、シンの視線はラッパから外されることはなかった。

 ラッパが吹かれる刹那、高速で飛来するものがラッパへと当たり、向きを逸らす。

 シンの目から発射された光線。初見ではトランペッターは回避することは出来なかった。ラッパが逸らされると同時にトランペッターの肩を貫通し、更に背中から生えている翼に穴を開ける。

 片翼に風穴が開いたトランペッターは空中で体勢を崩す。そして、穴が開いた自分の肩と翼を観察するように見ていた。

 

『私に傷を──』

 

 言葉が続く前に突っ込んできたシンの拳がトランペッターの顔面に入り、振り抜かれることで空中を錐揉みしながら殴り飛ばされる。

 数え切れない程の消滅を経験させられたシンがようやく反撃することが出来た。

 殴り飛ばされたトランペッターは果てまで行く勢いで空中を飛んで行くが、途中で不自然な程ぴたりと止まる。

 

『──成程』

 

 ほぼ真後ろを向いていた頭部をゆっくりと元の位置へ戻っていく。頬骨辺りに見える亀裂。シンの拳による傷痕。

 シンは砕くつもりで殴ったが実際の傷は小さい。華奢な見た目に反してかなり頑丈である。

 

『中々に重い。幾多の試練を乗り越えて来ただけのことはある』

 

 シンの拳の威力を認めながら罅割れた頬を撫でる。片腕は肩に穴が開いた影響で垂れ下がっていた。

 トランペッターはラッパを吹く。距離が開き過ぎていた為、シンはそれを妨害することは出来ない。次に来るであろう衝撃に備えるが、想像していた衝撃は来なかった。

 吹かれたラッパから飛び出す清涼な音。澄んだ音が響き渡ると、トランペッターの頬の罅割れ、肩や翼に開いた穴も既に塞がっていた。

 攻撃だけでなく当たり前のように持っている治癒能力。生半可な攻撃をしても傷を治されるだけという事実を今の攻撃で学んだ。

 

『──見事、と言っておこう』

 

 ラッパを離した口から出たのはまたもやシンを褒める言葉。

 

『まだ完成に至っていないとはいえ私に傷を負わせるとは』

 

 先程の反撃はトランペッターも想定していなかったことが分かる。トランペッターからすれば一方的に蹂躙出来る実力差があると思っていたので驚きもひとしおだろう。

 

『汝はこの試練──』

 

 白い空間内に全体を震わすラッパの音色。それは今までよりも強く、激しく、重い。

 

()()()()()()()()()()を得た!』

「──っ!」

 

 手と足が重くなる。それこそ何十キロの錘を付けられたかのように。耐えようとするが、全身に力が込めにくくなる。どんなに体に力を込めても空気が抜けていくみたいに力が入らない。意識もまたぼやけ、何日も徹夜していたかと思える程に働きが鈍る。

 シンの全体的な能力が全て下げられた。シンが使う同系統の魔法を全て打ち込まれ、弱体化させられる。客観的に見て、コカビエルと戦った時以下まで弱くなっている。

 これは不味い、とシンが率直に思うぐらいの窮地。やっと反撃出来たかと思えば、強制的に難易度が引き上げられる。反撃の好機を得られたのは偶然とシンの能力があったからこそ。だからこそ何千分の一の可能性に触れられたが、シンが弱くなればその可能性にゼロが更に三つ、四つ付くことになる。

 トランペッターはこれを試練と言っているが、長い時間をかけた処刑と変わらない。だが、トランペッターは本気で試練だと思っている。

 道半ばで散ったシンという魔人がどれほどのものか徹底的に調べ尽くす。石橋を叩いて渡るなどというレベルではない。分解し、欠片の一つ一つまで確認し、それでもまだ納得しない。99.9パーセント合格しながらも100でなければ決して認めようとはしない。

 生真面目を通り越して試練を建前にシンを完全に無に帰そうとしているようなものである。

 だが、トランペッターは本気でこれを試練だと思っている。自らの行いに一切の疑問を抱いていない。多くの死が有ろうともトランペッターは意に介さない。天の使いのような見た目をしているが、やはりその本質は死の上に死を積み重ねる魔人であることに変わりなかった。

 再び多くの死を経験することになるであろうシンは、ようやく「うんざりする」程度の感想を抱くようになったが、刹那で覚悟を決めることでその感想も霧散する。何万、何億という滅びの果てに好機を掴むことを期待しながら構えた。

 試練の段階を上げてもその在り方に翳りが見えないことにトランペッターは内心満足しながらもそれを理由に情けを掛けることはせず、一切の情を排して苛烈なる試練を課そうとする。

 

『──何?』

 

 ラッパを吹こうとしていたトランペッターは何かに気付き、視線をシンから外す。同時にシンもトランペッターから目が離れていた。トランペッターのすぐ傍にいつの間にか現れた二つの赤い光球によって。

 

『汝らは──』

 

 トランペッターが何かを言おうとした瞬間、二つの光球はトランペッターに突進。まともにそれを受けてしまったトランペッター。すると白い光球も現れ、飛ばされているトランペッターを追撃し、空間の彼方まで吹っ飛ばされる。

 トランペッターが見えなくなると光球らはシンの前まで来て、光から人の姿へ変わる。

 

「初めまして。魔人のボク?」

 

 軽い感じで挨拶をしながら自然な動きでシンの肩に触れる女性。触れられた途端、体に重く圧し掛かっていたものが軽減される。

 白い光球は白いオーラを纏った青年となり、シンへ手を翳す。トランペッターにより弱体化がまた軽くなり、殆ど元の状態に戻る。

 残った最後の赤い光球もまた人の姿となり精悍な容姿の男性となる。

 男性は睨むようにシンを見て──

 

「──ポチっと、ポチっと、ずむずむいやーん」

 

 ──時が止まるような台詞を真顔で言う。

 

「……つまり赤龍帝の、兵藤一誠の関係者ということか?」

「貴方、話早過ぎない? まあ、手っ取り早いからいいけどね」

 

 今の台詞で全てを察したシンにクスクスと笑いながら感心する女性。

 

「あの魔人が戻って来る前に自己紹介。私は歴代赤龍帝のエルシャ、こっちはベルザード。で、そっちは──」

「僕は歴代白龍皇の一人さ。ただ付いて来ただけだから気にしないでくれ」

 

 何故白龍皇が、という疑問が浮かぶが説明を求めている時間の余裕はない。

 

「私たちって残留思念だから、後は今の赤龍帝に任せて自然に消えるのを待つだけだと思っていたのだけど、最後の最後で大仕事が来ちゃった」

 

 赤龍帝としての記憶はあるが、エルシャたちは本人の魂ではない。世界に焼き付けられた彼らの心残りが彼女たちである。本人らの魂は既にこの世には存在せず、一誠に後を託した時点で完全に消え去る筈であった。

 しかし、一誠が偶然にもシンとトランペッターを認識してしまったことで静かに消滅を待つのではなく最後に一肌脱ぐことを決意した。

 

「この様な状態だからこそ案外すんなりとここに来ることが出来た」

 

 生きてはいないが死んでもいない記憶だけの存在の為か、トランペッターの異空間に侵入することも出来た。トランペッターもその様な存在を想定していなかった。

 

「まあ、ここからは私たちも手伝うから、あの魔人にラッパじゃなくて一泡吹かせてあげましょう? 大丈夫、大丈夫。今の私たちはエネルギー満タンだから」

 

 エルシャ、ベルザード、過去の白龍皇から迸る赤いオーラ。尋常ではない量であり、残留思念が持つ質や量とは思えない。

 

「赤龍帝のボクからちょっと拝借しちゃった。苦しんでいたし一石二鳥だと思ってね」

 

 ここへ来る前にグレートレッドの力で龍化しそうであった一誠から『赤龍帝の籠手』を通じて力を抜き取っていた。それにより一誠の龍化は収まり、エルシャたちも戦えるレベルまで持ち直せられた。

 こうなった経緯を──そもそも歴代赤龍帝、白龍皇も──シンは全く知らないが、どうやら一誠との縁は死んだ程度では切れないらしい。

 

「この瞬間だけは、私たちが貴方の()()

 

 仲魔。その言葉を聞き、シンは微かに口の端を上げた。

 




基本的にアトラスゲームの主人公はチームで戦うものだと思っています。
一人旅みたいな縛りプレイは凡庸プレイヤーの自分には無理です。
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