シンはいつもの様に授業を終え、そのまま部室へと足を運んでいた。いつもならば一誠、アーシアらと合流し一緒に部室へと向かうのが当たり前の様になっていたが、今回シンは授業後に係としての仕事があった為に、一誠たちには先に行くよう指示していた。
「遅くなりました……」
約一時間程遅れて部室へ着いたシンが扉を開くと、いつもならば全員揃っているオカルト研究部の教室に誰も居ない。急遽中止になったのかと思い、携帯電話を開いて連絡があったかどうか確かめてみるが連絡はない。
どうしたものか、と考えるシンの目にテーブルに置かれた一枚の紙。手に取って見るとそれはリアスからの置き手紙であった。
『今日は、イッセーとアーシアを連れて彼らの使い魔をゲットしてくるわ。もしかしたら遅くなるかもしれないから、今日の部活動も悪魔の仕事も中止にする予定よ。
シン、貴方も今日はゆっくり休みなさい』
置き手紙の内容を見た後にシンはソファーへと腰を下ろす。確かに悪魔として使い魔を持つことは基本中の基本であり、主の目や耳の変わりになるなど臨機応変な扱いが出来る存在である。たまに部員に代わって人に変化しチラシ配りまで出来る程の万能さである。
リアスの使い魔は以前見せて貰った蝙蝠、朱乃は手の平に乗れるほど小さな鬼、木場は小鳥、小猫は子猫とそれぞれ所有している。
シンも傍から見れば使い魔とも呼べる仲魔のピクシーとジャックフロストがいるが、使い魔とは違って平然と我儘を言ったり、こちらの言うことに文句を言ったりなど、忠誠心という言葉が空しくなるほどに自由であった。
現に今も、約束した時刻が過ぎるまでに部室へと集合するようにと授業が始まる前に言っておいたが、その約束の時間は既に過ぎ去りピクシーとジャックフロストは未だに学園内のどこかで遊んでいる。絶対に学園の外には出るなと念を押しておいた為、少なくとも学園の外で遊び呆けている筈は無いと思えるが、ピクシーはジャックフロストが仲魔になって以降、遊び相手が増えたこともあり、度々時間を無視することがあった。
一般人には見えない二人ではあるが、この学園にはオカルト研究部以外にも悪魔は存在することをシンは確認している。リアスの方からそちらの悪魔たちには事前にピクシーたちの存在を知らせていることもあり大丈夫だとは思っているが、シンが一番懸念していることはピクシーとジャックフロストが被害にあうことではなく、ピクシーとジャックフロストが被害を出すということの方が心配であった。
シンは深々とソファーに座り直すと背中を背もたれに預け、一気に脱力する。そのまま軽く目を閉じるシンであったがその途端強烈な睡魔が襲い掛かってきた。だが、シンは特にそれに抗うことはせず、久しぶりに独りになったせいかその眠気に身を任せて仮眠へと入っていくのであった。
そしてシンは奇妙な夢を見る。
◇
部室内でシンは未だに二人が遊んでいると思っていたが、実際の所シンがオカルト研究部の教室に入る数分前までピクシーとジャックフロストは教室内でシンを待っていた。
リアスたちから一緒に使い魔探しに同行するかを尋ねられたが、シンを待つと言って断り二人で教室内でシンが来るのを待っていた。
しかし、元々二人が持つ飽き性と堪え性の無さが時間の経過と共にその表情を見せ始め、ある一定の時間を過ぎたときそれが爆発する。
「ひーまー!」
「退屈だホ!」
待つことに飽きた二人はそのまま教室の外へと出ていき、そして現在面白いものがないかと旧校舎内を探索している。
「なにかあったー?」
「なにもないホー」
パタパタとピクシーが先に飛び、その後ろをキョロキョロと周りを見ながらジャックフロストがついていく。
普段は新校舎で探検紛いのことをして時間を潰している二人であったが、この旧校舎は新校舎と比べてあまり探索などを行っておらず、それが二人の好奇心を刺激し旧校舎の奥へ奥へと足を進ませていく。
だが、中々興味を引くものが見つからず別の階へと移動する二人。そこでも面白いものは見つからず、仕方なく二人は一階まで降りていく。
「なにかあったー?」
「なにもない――ヒホ?」
ジャックフロストの足がある場所で止まる。
「どうしたの?」
ピクシーが振り向くと、足を止めたジャックフロストはある一点を見つめて動こうとしない。その目を向けている先にピクシーも目を向けると、そこには不可思議な扉があった。
「うーん、なにこれ?」
「ヒーホー、なんだろうホ?」
扉には『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープが至る所に張り巡らせ、扉自体にも不可思議な文字が刻み込まれており、いかにも立ち入ることを禁止していることがよく分かる。
「ためしに入ってみよ!」
「ちょっと怖いけど、ドキドキするホー!」
しかし、目の前の扉の厳重な警戒にも目もくれず、持ち前の好奇心を十二分に発揮する二人は躊躇う事無く扉のノブに手を掛け思いっきり引っ張る。
「あれ?」
「開かないホ」
だが、扉はびくともせずノブも固く回る気配を見せない。何度かガチャガチャとノブを引っ張ってみるが結果は初めと変わらなかった。
「誰かいないのー?」
「開けてホー!」
扉を自力で開くのを諦めた二人は、ならば内側から開けて貰おうと中に誰か居ないかを確認する為、扉をノックし始めた。
ダンダンとノックしてみるが返事は無い。もう一度ノックをしてみるがやはり返事は無い。これで反応が無ければ諦めようと三度目のノックをしようとしたとき――
『ヒィィィィイイイイイイイイイイ!』
扉の向こう側から甲高い絶叫が聞こえてきた。不意を突かれ、その声の大きさにピクシーとジャックフロストが揃って跳び上がる。
「わっ!」
「ヒホッ!」
驚きで目を丸くしている二人をよそに扉の向こう側では、恐らく絶叫を上げたと思われる人物が涙混じりの声で文句を言い始めた。それは扉の外にいるピクシーたちを対象としたものでは無く、扉の中に居るもう一人へと向けられている。
『きゅ、急に声を掛けて驚かせないで下さいぃぃぃぃ! 外の人達にばれちゃいますぅぅぅぅぅ!』
『駄目だよ~、誰かが尋ねてきたら返事をしないと~、居留守なんて相手に失礼だよ~』
落ち着きの無い声と間延びした声、どちらの声の主も声の若さから幼い印象を受ける。
「ねえねえ、いるんでしょ? ここ開けてちょうだい」
「ヒーホー、オイラたちと遊ばないかホ」
外から呼びかけてみるが、相手の反応はあまり良くない。
『ほらほら~、君のこと呼んでるよ~、勇気を出して外に出てみたら~』
『嫌ですぅぅぅぅ! お外怖い! 僕から外に出るなんて無理ですぅぅぅぅぅ! ここがいいんですぅぅぅぅぅ!』
間延びした声の方が外出を促すが、甲高い声の方はそれを強く拒絶し断固として受け入れない。その後も何度か同じ話を繰り返していたが、やがて甲高い声の方が耐え切れなくなったのか嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ! という絶叫の後にがさごそと何かを漁る様な音を出して沈黙してしまった。
『また、そんなところに引きこもる~。君は本当に臆病な奴だな~』
若干の呆れを含んだ声でそう言った後、間延びした声の方が扉まで近づいてくる。
『という訳だからここには誰も居ないよ~』
「居るじゃん!」
「居るホー!」
『居るけどいないよ~、だから見なかったことにしてこのまま大人しく帰ってくれると助かるヒ~ホ~』
「ヒホ! オイラの喋り方真似しちゃダメホー!」
『なんかこの喋り方面白いから真似しちゃうホ~』
扉の前でのジャックフロストの抗議を無視して、ジャックフロストの口癖を真似する間延びした声、声を震わせながら何度もヒ~ホ~と連呼するのであった。
「何かこれ以上は無駄そうだね。別のとこ行こう?」
「ヒーホー! オイラの話はまだ終わってないホー!」
『ヒ~ホ~、ヒ~ホ~』
「はいはい、また今度決着つけてねー」
「あっ! 引っ張っちゃダメホー!」
ピクシーはジャックフロストの帽子の先を掴み力尽くで扉から離していく。二人が完全に扉から離れたのを感じたのか、扉の向こう側で再び会話が始まる。
『ほら~、もう二人はいっちゃったよ~。そろそろ出てきたらヒ~ホ~』
『ほ、ほんとに、ほんとに行っちゃった? 僕のこと騙していない?』
『君も疑り深いな~、あんまりしつこいようだとその引きこもっている段ボール箱ごと燃やしちゃうホ~』
『ヒィィィイイイイイ! 熱いの嫌ぁぁぁぁぁああああ!』
◇
「うーん、暇だねー」
「ヒホー」
退屈そうにピクシーが呟き、引っ張られて伸びた帽子を直しながらジャックフロストは同意をする。
結局あの後、旧校舎では興味を引くものは見つからずそのまま新校舎へと足を運んだ二人。このときの二人の頭の中ではシンとの待ち合わせのことなど綺麗さっぱりと忘れていた。
大分遊び慣れた新校舎でピクシーは物珍しいものはないかと目を光らせているが、ジャックフロストの方はあまり探すことに集中できてはおらず、しきりに帽子を直すことに気を取られていた。
「ねえねえ、いつまでも帽子いじってないでキミも何か見つけてよ」
「ダメホ! いまいち帽子の位置が決まらないんだホ」
後ろを振り向いた状態で飛ぶピクシーがやる気を感じさせないジャックフロストの態度を批難するが、ジャックフロストは態度を改めない。ジャックフロストにとって帽子の位置にはそれなりのこだわりがあるらしい。
「あのね――きゃん!」
「ヒボッ!」
更なる文句を言おうとしたピクシーであったが、後ろを向いていた為に背後の障害物に気付かずに衝突、その反動で前へと飛ばされジャックフロストの額に頭突きを喰らわす形となった。
「何だ?」
障害物と思われたものは生徒の足であり、何かに接触したことで足下を確認する。
「いたーい!」
「ヒホー!」
頭を押さえて痛がる二人。一般人には声も姿も見えない為、その場で痛みが治まるまで動かずにいようとしていたピクシーとジャックフロストであったが、ここで予想外のことが起こる。
「お前ら、誰の使い魔だ?」
「えっ?」
「ホ?」
見えない筈の二人を認識しているとしか思えない声の掛け方。痛みを忘れてそちらの方へと目を向けると、そこに立って見下ろしている目付きのやや悪い髪を染めた男子生徒。
二人は目配せをすると同時に振り返り一目散に逃げようとするが、最初の一歩目を踏み出したとき二人は猫の様に首根っこを掴まれ、その状態で宙吊りにされる。
男子生徒はその状態の二人を自分の方へと向かせた。
「何逃げようとしてんだ」
やや剣呑な目付きで尋ねてくる男子生徒。
「うーん、つい?」
「ヒ、ヒホー」
笑って誤魔化そうとするピクシーと男子生徒の目付きにやや怯え震えた声で同意するジャックフロスト。その返事を聞いて男子生徒の目付きはますます悪くなる。
「ああん、ついで――って冷てぇ!」
その男子生徒の態度にジャックフロストの緊張が一定のラインまで高まった為、ジャックフロストの身体から冷気が漏れ始め男子生徒の持つ手を冷凍し始める。
「その子、脅かしたり怖がらせたりすると冷たくなるよ。というかアタシも寒い!」
近くにいるピクシーもジャックフロストの冷気の影響を受け、自分の身体を抱きしめて震えはじめる。
「落ち着け! 別にとって食ったりもしねえし殴ったりもしねえよ! てか早く冷気を止めてくれ! 凍傷になる!」
徐々に肌の色が変色してきた片手を見て男子生徒は必死の様子でジャックフロストを宥める。その様子がジャックフロストに届いたのかジャックフロストの冷気がやや弱まる。
「……離してくれるのかホ?」
「逃げずにこっちの話を聞いてくれるんだったらな」
「じゃあ、聞く」
男子生徒はピクシーとジャックフロストを床へと降ろす。そして、ジャックフロストを掴んでいたせいで悴む手を息で暖める。この間、ピクシーとジャックフロストは約束を守りその場から動く気配を見せない。
手の温度が戻ったのか男子生徒は何度か片手を開閉した後、改めてピクシーとジャックフロストに質問をする。
「それで? 最初に聞いたがお前たちは誰の使い魔なんだ? 使い魔なら主をほったらかしにしておいていいのか?」
「アタシたちは使い魔じゃないよ、『仲魔』だよ」
「は? 『仲魔』?」
初めて聞く単語に男子生徒は怪訝そうな表情となる。
「そうだホ、オイラたちはシンの『仲魔』だヒーホー!」
「シン? 苗字は?」
「えーと、たしかマナギだったっけ?」
「間薙シン? あー、あいつか。――ということは会長の言ってた奴らはお前らのことか」
ピクシーたちの話を聞いて一人納得をする男子生徒。口振りからするに事前にどこかでシンやピクシーたちの情報を聞かされていたことが窺える。
「あのな、いくら学園内で自由にしていいって言われてもなあんまりウロチョロするなよ? 今回、事情を知ってる俺だったからいいがお前達って一応レアな妖精なんだからな」
「えー、ここ色々あって暇つぶしになるし」
「オイラも王様になる為の勉強をしてるんだホー!」
言い聞かせようとする男子生徒にピクシーとジャックフロストは露骨に不満を示す。その幼さを感じさせる態度にこれ以上強く言っても無駄だと悟り、男子生徒は溜息を一つ吐くと話題を変えた。
「……まあいいや、説教なんて俺の柄じゃないしな。とりあえずお前らは今からリアス先輩の所に連れていくからな?」
「リアスなら今居ないよ」
「他のみんなも居ないホ」
「マジかよ。間薙も居ないのか?」
「シンは何か用事があるって言ってたらしいから、居るか居ないか分かんないよ」
ピクシーの言葉を聞いて男子生徒は少しの間眉間に皺を寄せて何かを考えていたが、結論に至ったのか二人の前にしゃがみ目線を合わせる状態となる。
「とりあえずお前らを生徒会室を連れて行く。会長ならリアス先輩とも連絡を取れるだろうしな」
「生徒会室? うん、行く。アタシまだそこには行ってないから」
「ヒーホー! オイラも楽しみだホ!」
あっさりと了承する二人に男子生徒は呆れた眼差しで二人を見る。
「あのな、いくら学園内で俺が眷属悪魔だからってお前らに危害を加えないとは限らないんだぞ? それなのに簡単に付いてっていいのか?」
二人の不用心さを窘める男子生徒。しかし二人は――
「うん? だってキミって別に悪い奴には見えないし、本当に悪い奴だったらアタシすぐにわかるし――って言うかキミって悪魔だったんだね」
「イッセーたち以外の眷属悪魔に会うのは初めてだホ!」
男子生徒を善人である評するピクシーと無垢な瞳で見つめてくるジャックフロストに、男子生徒は照れたのか目線を逸らしてしまう。
「ま、まあいい。今から生徒会室に行くから離れずに付いてこいよ」
「うん」
「ヒホ! あ、そうだホ」
何かに気付くジャックフロスト。
「どうした?」
「オイラの名前はジャックフロストだホ! よろしくヒーホー!」
自らの名前を名乗るジャックフロスト。ピクシーと男子生徒もそこで互いに自己紹介をしていないことを思い出す。
「そういえば言ってなかった。アタシはピクシー、よろしくね」
「確かに自己紹介ぐらいはしておかないとな。俺の名前は
匙の自己紹介を聞いてピクシーとジャックフロストは納得したかの様に頷く。
「ああ、何となくだったけど『兵士』って聞くとますますイッセーと似た雰囲気がするね」
「少しだけイッセーに似ているかもホ」
「ああっ! イッセーってあの変態三人組の一人で最近眷属になった奴か? どこが似てるっていうんだよ!」
一般的な評判のよろしくない一誠に似ていると言われ不満を露わにする匙に、ピクシーとジャックフロストはビシッと指差しタイミングを計ることなく同時に思っていることを口にする。
『スケベそうなところ!』
「おい!」
◇
「失礼します」
挨拶と共に生徒会室に入る匙。生徒会室の内部はリアスたちのオカルト研究部の部室と似通った内装が施されており、オカルト研究部と違いやや質素な印象を受ける。その生徒会室の奥では二人の女子生徒が書類を見ながら、何やら打ち合わせをしていた。一人は生徒会長と役職が刻まれているプレートが置かれた机に座る、ショートカットの黒髪で眼鏡を掛けた女子生徒。その容姿は全てが完璧と言っても過言では無い程の整った造形をし、鋭く近寄り難い気配を纏うものの同時に知的な雰囲気も醸し出し、それらがその女子生徒の魅力を更に高めていた。
もう一人は生徒会長の側で書類について説明をしており、生徒会長席に座る女子生徒と同じく黒髪に眼鏡をしているが髪型は対称的に長髪である。容姿はショートカットの女子生徒と比べるとやや曇りがちにはなるが、それでも紛れも無く美人と言える顔の造りをしていた。
「サジ、遅かったですね」
話が一段落したショートカットの女子生徒は、鋭い視線と声を匙へと向ける。声自体に怒りなどは含まれていないものの、その言葉自体に刃の様な鋭さが秘められていた。
「す、すみません! 会長! ちょっとこいつらを連れて来るのに手間取って」
「こいつら?」
「まあ」
そこで匙の背後から顔を覗かせるピクシーとジャックフロスト。珍しい来訪者に生徒会室にいる二人は少しだけ驚いた表情となる。
「サジ、私の記憶が確かならば、その子たちはリアスの協力者である男子生徒の使い魔だった筈ですが、何故ここに連れて来たのですか?」
「えー、あの順番に説明しますと――」
匙がピクシーたちをここに連れて来た経緯を軽く説明をする。会長と呼ばれた女子生徒は聞き終えると軽く頷く。
「――という感じで連れて来た訳なんですが……」
「よく分かりました。それならば暫くの間二人をここで預かることにしましょう。リアスの方へは私が連絡を入れておきます」
「ありがとうございます」
快諾をしてくれたことに匙が頭を深々と下げて礼を言う。
「貴方達もしばらくここで大人しくしてくれるかしら?」
「うん。ここは初めて来るしアタシはいいよ」
「ヒーホー! 確かカイチョーって学校で一番偉い人だった筈ホ! カイチョーは学校の王様なんだホ?」
きらきらとした瞳で会長席に座る女子生徒に熱い視線を送るジャックフロスト。その視線を受けて会長席にいる二人は軽く微笑む。
「――残念だけど会長と王様は違うわ。私はこの駒王学園の平和の維持を務める生徒会長の
「初めまして」
紹介された椿姫が軽く頭を垂らす。
「リアスから貴方たちのことは聞いているわ。ピクシーとジャックフロスト――そして同時に貴方達にも言っておきたいことがあるわ」
ソーナから微笑みが消える。
「最近生徒会宛てにある苦情が入っているわ。何でも置いてある物が急に動きだしたり、宙に舞ったり、この季節ではありえない程に冷たくなっていたり……申し出をした生徒たちは怪奇現象だの幽霊の仕業だのポルターガイストなどと言って不安になっているわ」
冷たく厳しい目つきとなるソーナにピクシーとジャックフロストは視線を合わせようとはせず、その目はしきりに泳いでいる。
「貴方たちの仕業ね」
追い詰めるソーナの言葉。
「え、えーと、そのね。あのー」
「ヒホ、ヒ、ヒホー」
しどろもどろな言葉と態度が全てを物語っていた。
「はっきりと言いなさい。やったのか、やっていないのか」
声の大きさこそ普通であるものの、それを放つ人物の迫力に二人はすっかりと呑みこまれてしまい、そして――
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさいホー」
自らの罪を認めソーナへと謝罪をした。
「貴方がたの出自を知れば、この学園はとても興味深く映るのかもしれないわ。でも、だからと言って自分たちが楽しむために他人に迷惑をかけることは許容できるものではないわ。少なくとも私が許さない」
ソーナのお叱りの言葉にすっかりとしょげてしまいいつもの明るさに影が差す二人。
「――ですがきちんと自分たちのやったことを認め、謝ったことは素直に感心します。これ以上強く言うつもりはないわ」
ソーナの言葉から厳格な気配が薄まり、子を諭す親のような暖かみを感じさせるような言葉へと変わる。
「あまりはしゃいだら駄目よ二人とも」
「はーい」
「ヒホ」
頷く二人にソーナは微笑みかける。そんな二人に匙は身を低くし二人にしか聞こえない声量でぼそぼそと話しかけた。
「お前らこの程度で済んで良かったな。普段の会長なら今の三倍の迫力で叱られてたぞ。何せ会長は厳しい上に更に厳しいからな……」
何か思い出したくも無い記憶を呼び起こしたのかやや表情を蒼褪めさせる。
「サジ、何かありましたか?」
「い、いえ何も」
血色が悪くなった匙を気遣ってのソーナの言葉であったが、当の匙は低い姿勢から跳び上がようにして俊敏に立ち上がり、そのまま背筋をまっすぐにして直立不動の体勢のまま愛想笑いで誤魔化す。
「そう? まあいいでしょう。私たちの仕事も一区切りついたから少し休憩をしましょう。貴方達もそこにずっと立っていないで、そこのソファーでくつろいでいてくれるかしら」
「はーい!」
「ヒーホー!」
ソーナに言われた通り二人はソファーへと移動するとそこに座る。それを見たソーナは次の指示を椿姫へとした。
「椿姫、彼女たちにお茶を入れてくれるかしら?」
「分かりました、会長。ついでに何かお茶請けを持ってきます」
「その必要は無いわ」
「えっ?」
ソーナが側に置いてある学生鞄を開き、中から青色の包装紙で包まれ白いリボンで口の部分を縛った包みを取り出す。
「私が家で作ってきたから」
心なしか誇らしげな様子のソーナ。
「中身はなに?」
「クッキーよ。二人ともお菓子は好き?」
「わーい! 好き!」
「ヒホ! 大好きホ!」
心の底から喜ぶ二人に嬉しそうに微笑むソーナであったが、その暖かな空気とは反対に椿姫と匙は動きが固まり、表情を蒼褪めさせ額から汗を流し無言で目配せをし始める。
「どうしたの椿姫? さっきから黙って立っていて」
「い、いえ何もあ、ありません。……お茶を……淹れてきます……」
両足に鉄球の枷でもはめられたのかの様な重い足取りで動き始める椿姫。匙の方もどうしたらいいのか迷っている顔付きとなっておりソーナとピクシーたちを交互に見ていた。
「あ! も、もしかしたらもうオカルト研究部に誰か来てるかもしれないな! よし! 行って確かめてみよう! 二人も来るよな!」
必死な形相で二人をオカルト研究部の部室に連れて行こうとする匙であったが、二人からの答えは拒否であった。
「いーや! アタシはここでお菓子を食べてくの!」
「オイラも食べてから行くヒーホー!」
「サジ、そんなに焦る必要は無いわ。貴方も座って食べていきなさい。貴方の分もあるから」
匙は言葉を詰まらせる。が、何故か覚悟を決めた顔付きとなり無言でソファーへと座る。その表情は死地に向かう兵士を彷彿とさせる勇気と諦めが混在したものであった。
間もなくして椿姫が紅茶のティーポットを持ってきた。そして小刻みに震える手付きで、ソーサーをソファー前にあるテーブルに置いていく。置く度にカタカタとテーブルとソーサーが接触し、椿姫の心情を現しているかのような不協和音を奏でていた。
ソーナが椿姫の持ってきた大皿の上に持参したクッキーを並べていく。狐色に焼け、甘いバニラエッセンスの香りが生徒会室内に広がっていく。
「さあ、どうぞ」
「いただきまーす!」
「いただきますホー!」
ピクシーとジャックフロストが同時に大皿の上に置かれたクッキーを手に取る。それを見た匙と椿姫は諦観したような表情を浮かべ、ソーナはそんな二人の表情には気付かず食べようとする二人を暖かく見守っている。
クッキーが二人の口に入るか入らないかの刹那の瞬間、ピクシーの視界の端に時計が映り込む。それはほんの気紛れであったが、時計を見たときピクシーはほんの少しだけ心の片隅にある想いが浮かぶ。
(あ、こんな時間だ。シンは……ま、いっか!)
◇
実に変な夢であるとシンは想った。
随分と低い視点から校舎の中を歩き回っていると思っていたら突如視点が変わり、今度は見下ろす様な視点で校舎の中をさまよい続ける。
視点が変わる度にジャックフロストの姿が映ったり、ピクシーの姿が映る。二人の視点から周囲を見るというやけにリアリティのある夢であった。
その夢の中で何やら怪しげな旧校舎の扉の前で声だけの人物と揉めたり、新校舎で顔や名前程度は知っている人物に連れられて入ったことの無い生徒会室に入ったり、そこで生徒会長からお叱りの言葉を受けたりと、寝ている筈なのに異様に疲労感を覚える内容が続いていた。
そして、生徒会室でソーナから菓子を振る舞われ、それを食そうとしたときピクシーの視点から今の時刻が分かる。
とっくに集まる時間は過ぎている。ただ忘れているだけならばまだ許容できる範囲内であった。しかし、内なるピクシーの声がシンの脳裏に木霊する。
(あ、こんな時間だ。シンは……ま、いっか!)
分かっていていての菓子優先。思わずシンは夢の中で声を出していた。
(分かっているなら早く来い)
その瞬間、腹部に軽い衝撃が走りそれによりシンは目を覚ます。開いた目で自分の腹部を見るとそこには手に何かを持ったジェスチャーをしながらポカンとした表情をするピクシーとジャックフロストが座っていた。
「あれ……あれ?」
「ヒホ?」
事態が呑みこめずキョロキョロと周りを見ている二人に、寝起きのシンは気だるげに話しかける。
「人の腹の上で何をやっているんだ?」
◇
「うおっ!」
クッキーを食べようとした瞬間に突如として消えた二人に匙は驚きの声を出す。二人が消えたせいでクッキーはテーブルの上に落ち、僅かに欠ける。
「あいつらどこに――」
「落ち着きなさい、サジ。おそらく彼らは召喚をされたのよ。少しだけ魔力の残滓を感じるわ」
その説明を聞きホっとする匙であったが、それとは逆にソーナの表情は暗い。
「せめて、もう少し遅かったらね」
欠けたクッキーを大皿に戻しながらソーナは寂しげに呟く。だが、匙と椿姫はその寂しげな表情のソーナに申し訳ないと思いつつ、内心ではこの結果になって良かったと思っていた。
何故ならピクシーとジャックフロストが食べようとしたソーナ手製のクッキー。その味はおそらく筆舌に尽くし難い程の不味さを秘めているからである。
あらゆる分野で非凡な才能を見せるソーナ・シトリー。その彼女が唯一持つ趣味で有り、唯一才能が欠落しているのがお菓子作りであった。
どういう手順で作ったかは誰も知らないが、彼女が作り出す菓子はとにかく不味い。
「最初に全身の汗腺が開き、続いて胃に穴が開きそうになり、最後に瞳孔が開きそうになる」
ある生徒会役員の食べた後の感想。
「一定量食べたら確実に寿命が縮む」
別の生徒会役員の食べた後の感想。
などなどの意見が出る程の壊滅的な腕を持つソーナであったが本人にはそう言った自覚は無い。原因は二つあり、一つは彼女の身内、もう一つは生徒会役員全員がソーナに対し尊敬と敬意の念を持っている為、不味いと言ってソーナを傷付けることを避けているためであった。
そんな周りの事情を知らないソーナは匙へと大皿を差し出す。
「どうぞ、サジ」
一瞬、匙の顔色は死人に酷似した色へと変わったがすぐにそれを消し去り、実に爽やかな笑顔を浮かべこう告げる。
「いただきます、会長。それを全部」
全ての苦しみを受け入れる覚悟の意志を見せる匙。
このときの彼はまるで
日常回でありつつも、主人公が新しい力を使った回でしたね。
今後出るキャラクターもフライングして出してみました。